独立祓魔官の愛ある日常 ~片手鬼と吸血鬼のタンゴ~

漆黒猫

ハローハロー、漆黒猫でございます。

角行鬼氏の色恋沙汰。春虎の式鬼×伶路さんの式鬼。
角行鬼の過去にスポットライトを当てようかと・・・思ったら、
格好イイ角行鬼さんは何処かに消え去りました。

一途なんです、彼は。

セッ××しないと出られない密室。

・・・道満法師に悪戯心を起こして頂きました。
かの自由人は、つじつまの合わせようがない時に重宝致します。

捏造使役式、好きです。
土御門家がモノホンの竜を使役しているように、他の家にも大妖が居るに違いない・・・!
(倉橋家とか倉橋家とか倉橋家とか。)
たでさえ伶路さんは、複数の鬼を抱えてるってのが公式なんだから!!
妄想しないと勿体ない!!←え?

伶路さんは、身内とソレ以外への温度差が、南極と赤道直下レベルに違う人だと思ってます。
敵と味方はきっちり分けるタイプ。
陰陽庁に所属しつつ、裏では冬児や大膳氏とも繋がってる『中間』の人ですが。
だからこそ、自分は誰にどう対処するべきなのか、接する基準が明確なのではないかと。
人に指示されなくても、自分ルールがちゃんとある人。

あと、『渡辺綱』さんも捏造してます。
直接は出てきませんし話の影響もしませんが、チョイチョイ名前が出て来る程度。

あとうっかりしていて、角行鬼さんが綱さんに、片腕持ってかれた事実が
すっぽり抜け落ちてます。
影も出てきやがらねぇ・・・!!
まぁ、その辺り、わだかまりも頓着もない、という事で。

やはり、捏造してて楽しいのは使役式。
彼らと主の関係とか。

会話メインですので、
そんなに過激な描写はありませんが、念の為、R18にしときました。

そんな感じで捏造しまくりですが、お楽しみ頂ければ幸いです。

独立祓魔官の愛ある日常 ~片手鬼と吸血鬼のタンゴ~

 蘆屋道満。通称『D』。

「ヒィッヒィッヒィ♪
 最近、逃げ隠れしてばかりで詰まらぬでのぉ。各陣営の式神同士、たまさかの一夜を楽しもうではないか。」

 現在は大友陣の式神を務めるこのエロ老人・・・荒魂が、(セクハラ的)遊び心を出した事。ソレが全ての始まりだった。



 セッ××しないと出られない密室。

「って、流行りモノにでも乗ったつもりですかあのエロ老害略してエ老害っ!!!」

「こういう時まで丁寧語が崩れないお前が好きだよ、酒呑童子。」

「こんな時に好きとか言わないで下さい、洒落にならないので。
 茨木童子。」

 きっちり昔の名で呼び返して、酒呑童子・・・絃莉(いとり)は自分の体をベッドに縫い付けている男を睨み上げた。
 1000年以上も昔、出会った頃と変わらず絃莉は彼に、腕力ではまるで敵わない。彼が右腕を失った今に至ってすら。
 外の時間は21時を回っている。『絃莉屋』の店仕舞いは済んでいるので、ソレは確実だ。故に新たな客が来る心配をする必要はない。その接客要員が居ない事も。店仕舞い後、掃除して、器具のチェックをして、明日の仕込みをして・・・肉と魚をじっくり漬け込んでいる内に、茶葉類の準備をしておこう、その前に水分補給でも、と冷蔵庫を開けた途端に。
 気付いたらこの部屋で、茨木童子=角行鬼に押し倒されていた。

「食材の下準備真っ只中なのにっ!!
 ウチは食べ物屋さんなんですよっ?! 明日のお客様にご満足頂けなかったらどうしてくれるんですかっ!!
 聞いてるんでしょうっ? 早くこの無駄に固い結界を解きなさい、エ老害!!」

「自分の貞操より店の心配かっ?! どんだけの店自慢」

「伶路さまとの、大事なお店なんですっ!」

「っ、鏡、伶路・・・。」

「あの御方は、私の望む全てを叶えて下さいました。自分の店を持ちたいという望み、戦いたくないという望み。他にも色々な事を。
 伶路さまと共に作り上げたお店なのだから、大事にして当たり前でしょう。私の貞操など二の次で宜しい。早く帰って、私の大事なお店に来て下さるお客様にご満足頂けるよう、備えなければなりません。
 という訳で、茨木童子・・・今は角行鬼、でしたか。
 とっととヤって済ませて下さい。」

「なっ、何だその色気の無い誘い方っ!!
 お前、自分の店の為に俺を男娼扱いするつもりかっ?!」

「男のクセにガタガタとうるさいですよ、茨木。身を奪われる『男娼』役は私でしょう? 私がヤれと言っているのですから、SMでも目隠しでも緊縛でも、何でも好きなプレイで楽しめば宜しい。
 ソレを見れば、あのエ老害だって満足するでしょう。
 とにかく私は、食材がダメになる前に帰りたいんです。」

「・・・・・・・・萎えた。」

「左様ですか。ならば私も、肉と魚は諦めましょう。
 スイーツに使うフルーツの仕込みは、幸いまだでしたのでね。明日のお客様は、お茶類と甘味でおもてなし致します。
 いつもと趣向を変えて、ご希望の形のクッキーを焼いて差し上げるのも面白いかも知れません・・・えぇ、それでいきましょう。生地と型の準備だけなら、そんなに時間も掛かりませんし。」

「つくづくお前は・・・。
 それより『帰れないかも知れん。』とは考えないんだな。」

「それこそ有り得ぬ事。
 必ず助けに来て下さいます。伶路さまと、あの御方が与えて下さった仲間たちが。かの御方はお優しい御方。私が貞操を犠牲にする事をお望みにはなりません。
 伶路さまの憂いにならぬ為ならば、食材の事も諦めが付くというものです。」

「・・・・・・・。」

 伶路さま、伶路さま、伶路さま。
 このまま聞いていたら軽く頭がおかしくなりそうで、角行鬼はとうとう観念して、絃莉の上から立ち退いた。ふかふかの洋ベッドの枕に、顔から突っ込んで沈み込む。
 強制的に召喚されたのは、彼も同じなのだ。
 相棒である飛車丸が体調を崩していて、アジトの冷蔵庫に薬剤摂取用のミネラルウォーターを切らさないようにしている。その水を買い足しにアジトの扉を開けた途端、この部屋に飛ばされていた。
 先客はおらず、最初は彼一人だけだったのだ。
 状況はすぐに把握出来たが、『相手』が誰かは道満法師・・・絃莉言う所の『エ老害』は示さなかった。
 絃莉が飛ばされてきた時は、少なからず歓喜したものだったが。
 歓喜したのは角行鬼だけのようで、当の相手は、乱れ髪を撫で付けながら周囲を見渡している。独力突破を諦めず、結界の穴でも無いかと探しているらしい。
 『伶路さま』の為に。

「そういうあなたは? 茨木。
 何が悲しくて、わざわざあんな死に損ないのエ老害と手を組んで、私の監禁など思い付いたのです。そんなに溜まってたんですか?」

「・・・何か誤解があるようだな。
 俺もお前と同じだ、酒呑。『強制的に』飛ばされた。仲間の為に水を確保しに出ようとしたら、ドアを開けた途端にこの部屋だ。
 どうせいつもの遊びの延長だろうが、道満め、何を考えてるのかさっぱり判らん。」

「仲間・・・あぁ、飛車丸、と仰いましたか。『土御門夜光』の、あなたと並ぶもう1人の双璧。彼女は本当に綺麗な銀狐ですね。」

「?? 会わせたか?」

「・・・伶路さまとシェイバが、『土御門春虎』と飛車丸殿を追い詰めた事があったでしょう? 彼が失踪する直前の事です。
 その時の委細を、私たち他の仲間も共有しているのですよ。戦場の状況、敵の使う術、他にも色々。敵の容姿も含めて、視界共有の術でね。」

「それはそれは。『伶路さま』は多彩な術をお持ちだな。」

「この程度は指揮官の嗜みだと、伶路さまが。情報共有は作戦行動の要です。
 私と敵対している、という事実を忘れていませんか、茨木。」

「・・・実感など湧く筈もない。未だ戦場では一見もせず、お前とあのヤクザ祓魔官が共に在る姿も、見ていないくらいなんだ・・・見たくもないが。
 だが、そうだな・・・今を逃すと、もう二度と怨嗟抜きのお前には触れられないのだろう、な。酒呑。」

「なんです、フフフ。やっぱりヤるんじゃありませんか。
 それで宜しい・・・それくらい本能に忠実な方が、あなたに相応しいですよ、茨木。」

 背を見せていた絃莉を片手で抱き寄せて、軽く上向かせた唇を吸う。
 『早く帰りたい。』という言葉は本音だったのだろう、彼の方でも角行鬼の逞しい首筋に、その華奢な両腕を絡ませて誘ってきた。
 結っていない黒灰色の艶髪が、白いシーツの上に散る。肩より長いストレートは、綺麗に櫛が入っていてサラサラだった。武骨な指を絡ませ、嬲るように、柔らかい頬に触れる。
 角行鬼の指に這わせる、絃莉の舌の赤さが妙に目に残った。

「ああ、先に・・っ、言っておきますが、ぁっ、」

「どうした? 言っておくが、ヤるからにはドロドロに溶かすまで止めんぞ?」

「ドロドロ、は、望む所・・・ただ、あなたを・・伶路さまだと・・、思って、抱かれてる事をお忘れなく。」

「・・・・・・何、を・・、あの小僧、涼しい顔してヤる事はヤッてるって事か?」

「正確には過去形ですけどね。それも何年も前の。
 私は伶路さまの、一の鬼。那智さまよりも更に前、一番最初の、最も未熟で駆け出しだった頃からお傍に置いて頂いている鬼です。
 当時、伶路さまは任務に忙殺され、慣れない集団生活にも疲れ、風俗に行く時間すら取れない状態。私は私で、初めて主君を持って、家事以外にどう接すれば良いのか判らない状態。お互いで情を交わすのが一番、諸々の『具合』が良かったんですよ。
 体の相性も良かったですし。茨木、あなたより余程優しくして下さいました。
 念の為、今の伶路さまは鈴鹿さま一筋なので、悪しからず。」

「ちょっと待て、酒呑。それはつまり、あの小僧はお前を『キープ』しておいて捨てたって事か? 出会ってこの方、俺が何十年、何百年もかかって体だけは手に入れ、心は終ぞ傾けさせた事のないお前を。
 あの小僧は心も体も手に入れた上で、あっさり人間の女に乗り換えたと?」

「『キープ』とか、言い方が古いですねぇ、茨木。
 そういうのじゃないですよ、伶路さまは。説明するの面倒くさいのでしませんけど。」

「お前はまたそうやって、俺への手間暇を惜しむ。」

「私、茨木に抱かれるの、好きですよ?
 それでイイじゃありませんか。」

「・・・お前はまたそうやって、俺が殺せないのを解っていて煽る。」

「他の男に嫉妬してる時の、茨木のカオ、好きですよ?
 ねぇ、早く羽目を外させて下さい。」

「・・・死ね。俺の上で腹上死しろ。」

 いっそ凶暴な程の強さで吸い付いてから、性急にギャルソン服をはぎ取る。今日最後の客に淹れたのだろうか、強いコーヒーの香りがした。
 その客は男だったのか、女だったのか。もしかしたら、伶路だったのかも知れない。
角行鬼の中で、嫉妬の炎がユラリと火勢を強めた。



 美しい鬼が居る。
 手下からそう聞いて、どれ程の美貌かと会いに行ったのが、角行鬼が絃莉を見た最初だった。縄張りに入ってきた流れ者の吸血鬼が、中々の容姿だと。傍に置いては、と手下が囁くものだから、暇潰し程度に見に行った。
 見に行って・・・堕ちた。

「お前、名は?」

「そう仰るあなたのお名前は? 『礼儀知らず』殿とお呼びしても宜しいか。」

「っ、失礼した。
 俺は『茨木童子』。この辺りの地名から取った名だ。
 改めて、貴殿の名が知りたい。俺には名乗りたくないというのなら、それでも構わない。何と呼んだら良いのか教えてくれ。」

「・・・・・・。」

 驚いたように、ゆっくりと瞬きしたその仕草まで。角行鬼は鮮明に覚えている。
 後から振り返るに実際、絃莉は驚き、戸惑っていたそうだ。御殿に呼びつけられてもおかしくないものを、一帯の支配者が自ら足労し、自ら名乗り、あまつさえ凄い勢いで名を問い掛けておきながら、下手に出て譲歩してみせたのだから。
 ただ困った事に、この時の絃莉は、名を持ち合せていなかった。

「・・・・・・・・・・・・・・名を・・・持っていないのです。
 子供の頃の名は、忘れてしまいました。呼ばれる事がないもので・・・・・・ずっと独りで流れていると、名など必要ないのです。長く共に居るような御方もおりませんし。
 ええと、ですから、その・・・お好きなように、呼んで下さい。
 余程の悪しき名でなければ、お返事致しますから。」

 説明が下手でごめんなさい。慣れていないのです、と。
 俯き加減で言い添えた、寂しそうな風情にも心惹かれた。そこいらの女より余程優美で、柔らかい美貌。血に飢えた野郎共を見慣れた目に、透明な佇まいは新鮮だった。
 傍に置きたい、と思った。

「蓮姫(れんき)、」

「あからさまに女名前じゃないですかっ。
 嫌です。せめて男名前にしてください!」

「お前が好きに呼べと言ったのだろうがっ!」

「悪しき名は嫌だとも申しましたっ!」

 そう小さく叫んで彼は、持っていた柿を角行鬼に投げつけたのだ。一帯のボスとして誰もに平伏されていた、角行鬼・・・茨木童子に。
 殺気は籠もっていないとはいえ、物を投げて反抗してみせた。
 ますます気に入った。自分の心が、歓喜に波打つのをはっきりと感じた。

「決めたぞ、蓮姫。お前は今から俺の郎党。俺の相方だ。
 ちゃんとした屋敷に住まわせてやる、来い。」

「嫌です、これでもちゃんと自活してるんですから。浮浪者扱いしないで下さい。
 あと私、あなたに抱かれる気、少しもありませんので悪しからず。」

「?! この俺が拒否られた、だと・・・?!」

「何を驚いているのか・・・さては今まで、デレデレですぐ靡く女しか相手にしてこなかったんですか? 『男』としてはお坊ちゃん育ちなんですね。
 じゃそゆ事で。」

「待て、蓮姫っ。」

「その名前、嫌ですってばっ。」

 嫌だ嫌だと言うばかりで、絃莉はひとつも角行鬼の望みを叶えないまましばらく彼の縄張りに逗留し、そして去っていった。一度も抱かせないままに。
 その後も付かず離れず、友人以上恋人未満(褥抜き)の交流は続き、だが、転機は訪れた。
 『渡辺綱』の存在だ。

「って頼光さまが仰ったら、綱さまが自分もって。
 負けず嫌いなんですから、も~♪」

「・・・蓮姫。お前、最近『綱さま』ばっかりだな。」

 自分を退治しに来た人間に惚れ込み、あまつさえ行動を共にしている話なんぞ、他の妖怪共は聞いてくれないのだろう。頼光一行、特に綱と出会って以来、絃莉が角行鬼の許を訪れる回数はむしろ増えていた。
 酒肴はいつも、綱についてだったが。

「だって格好イイじゃないですか、綱さま♪」

「格好イイ、ねぇ。」

「それと茨木、これから私の事は『酒呑童子』と呼んで下さいね?
 綱さまが付けて下さったんです。お前は酒に強いんだし、強そうな童子名の方が『悪い虫』も寄って来ないだろうって。」

「悪い虫って・・・彼氏気取りか。
 単身お前の館に乗り込んで、酔わせて襲って、枕テクで骨抜きにしただけだろうが。」

「ちょっと茨木っ、その言い草、私にも綱さまにも失礼が過ぎますよっ?!」

「アレから人、食ってないんだろう? 水菓子やら植物の精気で我慢してる。」

「だって・・・・・・・・・・・き、嫌われたく、ないじゃないですか・・・。」

「・・・・・・・。」

 どうかしてる、と思った。綱本人も居ないのに頬を染めて涙目で、そんな事を言う絃莉も。その絃莉の健気さにどうしようもなく惹かれてしまう、角行鬼自身も。
 本当に、どうかしている。

「丁度良かったんです。元々私、争い事、嫌いですし。
 人は勿論、家畜の血を吸う事にさえ、いつも何処か罪悪感がありましたから・・・潮時なのでしょう。吸血鬼と言っても、私は血液でなければダメなタイプでもありませんから。
 大地の精気を分けて貰えば、充分生きていけます。」

「そんなに人が好きなら、綱の式神になったらどうだ。幸い奴には霊力がある。式神になれば一緒に居られるし、空腹に悩まされる事もないだろう。」

「・・・・・・・嫌ですよ。それは・・・嫌なんです。どうしても。」

「綱が、軍人だからか。」

「・・・式神となり、郎党となったからには戦に出ねばなりません。綱さまの敵、頼光さまの敵までならば・・・ですがそれ以上は・・・殺したくない相手を、殺さねばならない義務が生じる。そういう状況は、いつか必ず来る。
 私は・・・殺す相手を選ぶ権利のある立場で居たいのです。」

「そしてお前は、今日も空腹を我慢する、と。」

「もぅっ、いいでしょう、好きでやってる事なんですからっ。」

「蓮姫、」

 名を呼んだら、掌で口を塞がれた。柔らかく、滑らかで・・・温かい掌だった。
 角行鬼の耳元に、絃莉の紅い唇が寄る。

「酒呑。そう呼んでと言いました。」

「・・・俺の恋着を知っていて、他の男が付けた名で呼べと言うか。」

「茨木。」

「イイだろう? 俺が好きでやる事だ。」

 外させた絃莉の手が、少しだけ冷えていたのには気付かないフリをする。
 いっそ優しい程の手付きで髪を撫でると、綱が贈ったという簪を抜き取り・・・夜の庭に投げ捨てた。石畳を転がった甲高い金属音に、白い肌がビクリと震える。
 たまらなく腰が疼いた。

「俺が、怖いか。酒呑。」

「・・・いいえ、茨木。
 恐怖など、感じなくなるくらいドロドロにしてくれるのでしょう?」

 微笑を含んだ声音に苦笑する。
 もっと早く『こう』していれば良かった。そう思いながら、角行鬼は絃莉の首筋に舌を這わせた。
 時が流れ、今度は角行鬼が人間にハマる日が訪れた。陰陽師の名は『土御門夜光』。
夜光の式神になると決めた時、敢えて絃莉を誘わなかった。絃莉の軍人嫌いを知っていたからだが・・・まさか、長期の別離を言い渡されるとは。
 最後の逢瀬は、絃莉の住んでいた長屋だった。何処にでもある、下町の・・・いつの時代も、どの街でも。彼は『そういう所』に好んで住んだ。豪奢で広壮な邸宅よりも、人の体温が近いから、と。
 それくらい絃莉・・・酒呑童子という鬼は、人間が大好きだった。

「何も異界に引き籠る事は無いだろう?
 夜光や飛車丸に、何か言われたのなら俺が文句を言ってやる。お前は今まで通り、人の中で暮らせばいい。」

「お2人にはお会いした事は御座いませんし、お会いしたいとも思いません。
 それ以前に、その『人の中』が最近、怖いのですよ、茨木。」

「怖いって・・・酒呑?」

 夜光の式神になる、そう彼が嬉々として報告した途端に、絃莉は角行鬼が惚れ込んだ美しい笑顔で言ったのだ。『では私は異界で暮らす事に致しますね。』と。
 絃莉の軍人嫌いは知っていたが、ソコから何故『異界暮らし』に飛躍するのか。当時の角行鬼には訳が分からなかった。彼より余程人間を愛している、絃莉が。
 『向こう』と『こちら』。根本的に世界が異なる。高位の鬼ですら、行き来は容易い事ではないというのに。
 『異界で暮らす』とは、実質『数百年後に会いましょう♪』と同義だった。
 縁側に並び座る絃莉の体温が、遠い。冷たいのは秋風のせいでも、『遠く』感じるのは彼の心が既に、角行鬼の傍に居ないからだ。
 それでいて、否、だからこそ、か。絃莉の声は静かで、何処までも穏やかだった。

「あなたと夜光殿の契約の事も、多少はあります。
 外つ国との戦が当たり前になってしまった世で、殊更に軍人と契るなど。理解に苦しむ。海の向こうにまで渡って、勇武を示すつもりですか? そんな事に、一体何の意味があるというのです。」

「それは違う、酒呑。
 俺は夜光という人間に興味があるだけだ。力になってやりたいと。
 ヤツは研究職だし、そもそも好戦的な性格でもない。式鬼になったところで、俺が戦場に駆り出されるような事にはならないさ。
 なったところで、この俺が負けるものか。」

「勝ち負けの問題ではないのですよ、茨木。
 元々その傾向はありましたけど・・・あなたの目は、本質を捉え切れていない。目の前の敵に勝ったところで、その敵に死を与えたのはあなたなのです。外国人であろうと、戦時であろうと、好き勝手に殺して良いと本気でお思いですか?
 茨木、あなたは他人の生死に無頓着過ぎる。」

「お前は繊細過ぎる、酒呑。
 仮に『そう』だとして、お前が異界に渡る理由とどう繋がると? お前には夜光も軍部も関係ないだろう。」

「だからあなたは、考えが浅いと言うのです、茨木。
 あなたや夜光殿は私の意思を尊重してくれるでしょう。そこは疑いますまい。ですが、軍の上層部は? 他の軍人たちは?
 『軍部付きの陰陽師の式鬼』の傍に居る、戦闘可能な吸血鬼。
 そんな私を放っておくと思いますか?」

「それは・・・。」

「彼らが私という『軍事力』に、絶対に手を伸ばさないと?」

「・・・・・・・。」

「それに私は、最近の人間たちの狂気が恐ろしい。子供たちまで殺気立って・・・金髪の者が歩いていれば、薪であろうと振りかざして後ろから殴りそうな。
 珊瑚の簪でも殺しの道具にしてしまう。
 茨木。
 あなたが夜光という人間を気に入っているのも、その式鬼になったのも・・・否定はしません。諫めたい気持ちも、言いたい事も山程ありますが。かつて私が『綱さま』をお慕いし、今でも『酒呑』の名を大事にしているのと同じ種類のモノなのでしょう。
 ですが、その道行きに同道する事は出来かねます。
 私は人間たちの狂気に呑まれるのも、あなたの、他者の生死に対する無頓着さに振り回されるのも、どちらも嫌です。」

「・・・だから、逃げるのか。異界に。」

「えぇ、逃げますとも。
 私はね、茨木。今でも人を愛しています。『狂気』という欠点まで含めてね。ですが気に入っているからと言って、破滅に付き合う気は毛頭ないのです。
 コレが個人なら、友として諫める事も出来ましょうが・・・国そのものではね。
 嵐が過ぎ去るのを待つしかありません。愛する友の死が、少しでも少ないよう、異界から祈っていますよ。」

「・・・俺を、置いて・・・独りで。」

「・・・・・・・そうなりますね。私、あなたの他に親しい御方はおりませんし。向こうで新たな友を見付けるのも、きっと難しいでしょう。
 孤独は恐ろしい。
 ですが、『戦争』を理由に人を殺すのは、もっと恐ろしい。」

「俺とて、戦を礼賛する訳ではない。だが・・・。
 お前は何故、そこまで戦を嫌う。」

「・・・・・・・・。」

「酒呑?」

「私は、人に育てられた鬼ですから・・・。
 その人は、国同士の争いで殺されてしまった人だから・・・。」

「っ?!」

 初耳だった。
 絃莉は『角行鬼に出会う前の自分』を、殆ど話さない鬼だった。お互いに殊更話すまでもなく最初から気が合った、というのもあるし、お互いに踏み込まないラインを心得ていた、というのもある。無意識の内に。
 集落を作る『天狗』と違い、鬼は独りで生まれ、成長するまで独りで過ごす。本能的に、隠れるように出来ているのだ。吸血鬼も吸精鬼も、ソコは変わらない。
 角行鬼がそうだったから、絃莉もそうなのだと。勝手に思い込んでいた。戦嫌いは元来の、性格の内なのだと。
 常から説明嫌いの話下手を明言している吸血鬼は、その夜に限って、よく話した。それはそれだけ、彼の決意が固い事を表していた。

「私の丁寧語はね、その人の口調が移ったのですよ。
 とても綺麗な言葉遣いをなさる、聡明で美しい巫女であられました。」

「・・・・・・。」

「太陽よりも月が好きな御方でした。」

 スイッと差し伸べて、中秋にも劣らぬ美しい月を掌に載せる。
 繊細な所作が、角行鬼の記憶に焼き付いた。

「心静かで、思慮深くて。物知りな御方でしたよ。
 少食で、固形物より美味しい水がお好きでね。放っておくとあまりに召し上がらないものだから、よく私がお粥を作ってお持ちしたものでした。これなら食べられるでしょうと。今でもお粥のアレンジには自信があります。
 高位の御方で、使用人には事欠きませんでしたが・・・私の作るお粥が一番美味しいと。それが嬉しくてね。」

「初めて会った時、名を覚えていないと言った。子供の頃の名は忘れたと。
 その巫女は、お前を何と呼んでいたんだ?」

「ですから、ソレを忘れてしまったのですよ。
 人の上に立って先導するタイプのリーダーではいらっしゃいませんでしたが、それでも国の者は皆、あの御方を信じ、慕っていたのです。
 ですが・・・それでも、負ける時は負ける。
 最後の日、私の手を引いてお社の抜け道まで駆けて下さった。運動が苦手で、ロクに剣も握った事の無い御方が。てっきりご一緒して下さるものと思っていたら・・・抜け道の入り口で、手を離されました。
 あの御方の温もりに代わって、建物の焼けるイヤな熱気が掌に流れ込んできた。その温度差まではっきりと覚えています。
 ココから先は独りで生きなさい。国主である私は臣下を置いて行けないけれど、貴方の事だけは別よ。敵に捕まり、戦の道具に成り下がった貴方は見たくないの。
 そう仰ったお声は、とてもお辛そうでした。
 ただ・・・何故でしょうね。
 幼い私の名を呼ぶあの御方のお声だけが、思い出せない。思い出そうと努めても、鳥居やお社の焼け落ちる轟音で、いつもかき消される。
 泣いていらしたお顔も、私の身を強く抱き締めて下さった腕の強さも。1000年経とうが2000年経とうが、生々しい程にはっきりと覚えているのにね。
 思い出せるものなら、思い出したい・・・あの御方の事ですから、きっととても綺麗な名を付けて下さっていたと思うのですが。
 ね、茨木。」

「・・・酒呑。」

「あなたの武勇、猛々しさを、否定はしません。むしろ好ましいとすら思う。
 ですが・・・。
 忘れないで下さいね、茨木。
 人を1人殺す。死に至らしめる。ソレは誰かの大切な人を殺しているのだという事。
 私にとっての巫女姫様。あなたにとっての夜光殿。」

「俺にとっての酒呑?」

「えぇ。私にとっての茨木も。
 あまり『私』を殺さないで下さい。手に掛ける時は、よく考えて。あなたは基本、優しく温厚で、誇り高いヒトです。振り返ってから後悔しないように。
 この現し世が、もう少し穏やかになったら・・・また会いましょう、茨木。」

「・・・・・・判った。いつかまた、必ずこの現し世で。」

 何の保証もないソレは、ひどく曖昧な約束だった。
 時代は実際、狂気に蝕まれていた。絃莉が異界に去って後、ますます時世は荒れていった。角行鬼自身は結局、『海の向こう』まで出征する事は無かったが・・・国内だけでも、繊細で優しかった絃莉に、見せたくないと思う惨状は多かった。
 戦好きの吸精鬼と、戦嫌いの吸血鬼。
 2人が気楽に寄り添うには、少しだけ無理があった。
 時は過ぎ、夜光は去った。
 そうして角行鬼は土御門家を出たのだ。不忠だと言って、飛車丸は綺麗な顔をしかめたが。絃莉を探したかった。土御門家の式鬼として待っていても、彼は会いに来てはくれない気がした。
 人の世に戻っている、という確信は強かった。伊達に1000年以上想ってはいない。人を愛していた彼は、人の世が落ち着きを取り戻すのを、首を長くして待ち焦がれ、目を凝らしているに決まっているのだ。
 日本中を探して探して・・・見つからないうちに『夜光の転生』が生まれて。
 100年近く探し続け、ようやく見つけた愛する鬼は、情報屋が寄越した敵対者リストの写真の中で微笑んでいた。曰く、陰陽庁所属の十二神将のひとりに鬼使いが居て、その式鬼として主君に重用されている、と。
 その主君の名は、鏡伶路。
 何処となく、渡辺綱を思い出させる男だった。



 フッと目覚めると、まだ例の密室の中だった。
 角行鬼に膝枕する絃莉の、男にしては白くほっそりした指先が、優しく額を撫でていく。このまま2人で過ごせるなら、この密室にずっと居るのも悪くない。寝起きの頭で角行鬼にそう思わせるくらい、心地良い時間だった。
 だが『そう』思うのは、いつも角行鬼の方『だけ』なのだ。悲しい事に。

「夜が明けたら出してくれるそうですよ、あのエ老害。もう夜明けの方が近いお時間だそうで。身支度を整えておくようにと。
 そうしたら私は伶路さまの許に、あなたはお仲間の許に帰りましょうね。茨木。」

「・・・・・・・。」

 異界に引き籠ると、宣言した時と同じ美しい笑顔でこの台詞。
 夢で過去をトレースしていた角行鬼は、不覚にも本気でヘコんでしまう。全身の力を抜き、ただ左手だけは絃莉の左手を取って、口許に引き寄せる。
 甘やかすように頬を撫でていく繊手の動きが、いっそ悲しかった。

「人攫いは、鬼と天狗の常套手、だったな。」

「茨木・・・。」

「このままお前を攫ってしまいたい・・というのは、ベタな口説き文句か。
 鏡からの霊力供給があるとはいえ、酒呑、お前の本性は吸血鬼。血を吸って力を発揮する。どうせまた『伶路さまに嫌われたくない。』とか言って、人は食ってないんだろう?
 ただでさえ腕力では、俺の方が上なんだ。
 力尽くで抑え込んで、込めない事は」

「茨木。」

「・・・判っているさ、酒呑。あながち冗談、という事も無いが。
 ソレが出来るなら、そもそも綱だの鏡だの、他の男の許にお前を行かせていない。」

「まったくもう、私如きに、未練たらしい事。
 あなた程の鬼ならば、佳いヒトが選り取り見取りでしょうに。勿体ない。」

「こんな風になるのはお前にだけだ、放っておけ。
 俺はお前がイイ。後にも先にも、本気で惚れてるのは酒呑、お前だけだ。」

「お店にも来てくれないクセに。場所、知ってるでしょう?」

「今行ったら、速攻でパクられるだろ。
 『鏡に報告もせず、黙って茶だけ出して見逃す。』なんて可愛い真似、お前がするとは思えんな。遅くとも隠れ家の場所が割れた時点でお縄だ。」

「まぁ否定はしませんが・・・。」

「しないのか。やっぱりしないのか。」

「ねぇ、茨木。」

「なんだ、酒呑。」

「・・・いつか、一緒に住みませんか? 同じ家、同じ場所で。」

「・・・・・・・・大変に魅力的なお話だが、今言う事か、ソレ。陰陽庁地下の特殊牢獄に一緒に入ってあげます、としか聞こえんぞ。」

「違いますよっ、そんなトコ一緒に入りませんっ。」

「即答かっ。」

「そうじゃなくて・・・伶路さまがね、お家を買って下さったんです。
 とても大きなお屋敷で・・・伶路さまは今、7人の鬼と契約していらっしゃいます。あの御方は、人より余程妖怪の方を愛していらっしゃる。ご自分の許に集った7人を、どの者の事もとても案じて下さっていて・・・。
 伶路さま亡き後、再び棲み家に困る事が無いようにと。
 辺鄙な山奥じゃないんですよ? 吉祥寺にも秋葉原にも近く、でも緑が濃い場所。
 7人の中に1人、病気の子が居てね。その子の為の結界も、ちゃんと張られていて。噴水もあるんです。業者に作らせたり、修理させたりしている所で。
 お洒落な赤レンガ造りで、中庭を囲んだ『コの字型』の。ヨーロッパ貴族の別宅みたいな、とても綺麗で大きな、何十人も暮らせるお家。」

「高かったろう、そんな城みたいな家。」

「お金の事は、よく判りません。登記簿とかの事も。
 『現金一括払いで5000万』だったんですって。『土地込みでこの値段は破格だ、何年も物件を探し続けた甲斐はあった。』って、伶路さまはとてもお喜びでした。
 屋敷も土地も、全て私名義にしておいた、っておっしゃってました。でも税金対策その他、お金回りの事は、伶路さまがして下さるって。」

「酒呑よ・・・。
 それはつまり、5000万の家を買ってもらった、という惚気話か?」

「違いますって♪
 伶路さまはその屋敷を、鬼たちの『家』になさりたいとお考えです。
 自分の死後、7人が再び別れて暮らすのも悪くない。陰陽庁の伶路さまのお部屋に集えなくなっても、異界でも別の場所も、好きな場所で暮らせば良い。
 そう仰せでした。
 ただ『自分には行く場所なんて無い。』って思う事程、惨めな気分になる事は無いから、と。取り敢えず1か所は、いつまで居ても、それこそ500年、1000年、永遠に居ても良い場所を、俺が生きてる内に作っておいてやるって。
 末っ子の病気は先天性です。治る見込みは無く、今は陰陽庁の管理下に置かれて結界も含めた面倒を見てもらっていますが、陰陽庁が無くなったら? 伶路さまからの霊力供給が、ある日突然、途絶えたら?
 あの子の為に、いずれ必ず家は必要になる。
 私も含めて7人全員、皆、何処か『いびつ』な者たち。適当に主を選んで、適当に合わせていく、そんな器用な真似が出来ない者たちばかりです。
 伶路さまの死後にこそ、あの家は重要になってくる。
 私はあくまで、そこの管理人・・・そういう重要な家の管理を、任されたのですよ、私は。気に入りの式鬼に与えた、高価な玩具。そんな安易な話ではありません。」

「すまん・・・というか、意外な・・・。
 あの男、そんなプランを立てて実際5000万用立てるくらい、本気で式鬼大事なんだな。ヤツは以前、飛車丸を庇って片目潰した春虎をせせら笑ったんだぞ?
 バカな男だと。」

「それは『土御門春虎』がバカなんです、実際。
 使役式は主を守護する為に在る者。決して主が使役式の為に在るのでは御座いません。私とて自分より伶路さまを、仲間より伶路さまを取るし、伶路さまも迷わずご自身を優先なさるでしょう。ソレを不服とする者は、我らの中には居りません。
 ただ・・・伶路さまは『そういう天秤の揺らし方を、使役式にさせないのが主たる者の器だ。』と仰せでした。自分なら、最初からそういう状況を作らない。そんな選択をお前らにはさせない、と。」

「そ・・ういう、ものか・・・。
 夜光の式神だった頃から、あまり、その手の事は考えた事が・・・なかった、な。夜光がどういう考えでいたのか、そういう事も、あまり話さなかったが・・・。」

「あなたも夜光殿も、元が強いですからね。飛車丸殿は夜光殿を全肯定でしょうし。
 ねぇ、茨木。
 いつか全ての遺恨が流れて、思い出として語れるようになったら・・・例えば綱さまや、頼光さま方のように。
 そうしたらあの家で、私と・・・私たちと共に暮らしませんか。」

「・・・即答の出来ん話、としか、今の俺にはな。」

「それはそうでしょうけれど。
 とても賑やかな、明るい館になりますよ。式鬼7人以外にも、伶路さまが面倒を見ている使役式は多く御座いますから。
 双子の天狗が居たり、焼肉屋さん出してる河童が居たり。」

「カフェを出してる吸血鬼が居たり、か?」

「ふふふ、そうですね。
 禁呪指定されている人造式も居ます。
 シェイバは霊気供給が必要ですが、あの館に形代が安置されている限りは、自由に出入りできるでしょう。上質な霊気で満たされた場所ですから。
 あの子もね、戦闘狂なばかりではないのですよ。甘いモノが好きで、ケーキを焼くと喜んで食べてくれる。素直で、陰に籠った所が無い。ある意味ではとても健全な子です。小さな子には優しいですし。
 ウチの末っ子はまだ幼く、やっと4つになったばかり。その上病気で室内暮らし。そんな子に付き合って、1日折り紙で遊んであげる。そういう所も、シェイバにはちゃんとあるんですよ?」

「・・・お前の式鬼仲間の内訳が、物凄く気になってるんだが・・・。
 あのインテリヤクザが、幼児と契約? お前が把握してるからには、騙してる訳じゃないんだよな?」

「ふふふ、怒りますよ茨木♪
 自慢したい事は山程あるんですけどね。今は黙っておきましょう。下手に口を滑らせると、機密漏洩になってしまいますから。
 シェイバ然り、倉橋公が何処からかお連れになった、那智さま然り。
 奥方であられる鈴鹿さまも、倉橋公と宮地公の秘蔵っ子ですしね。
 伶路さまのご身辺は、陰陽庁の機密で溢れているのです♪」

「インテリヤクザのクセに、実は陰陽庁の大幹部だよな、あの小僧。
 『官』の字がアレだけ似合わん男も珍しかろうが。どんな経緯で入庁したんだ?」

「孤児であられるので、お生まれは不明です。
 物心ついた時から星宿寺の末寺育ち。伶路さま曰く『末寺中の末寺、ド底辺・ザ・ド底辺。10人中10人が這い上がるのを諦めるであろう場所』だったと。
 10代前半の時、宮地公にスカウトされたそうです。そのスカウトの経緯は、私も存知上げません。何やらその辺りも、機密に触れるという事で。
 まぁ、過去の事はどうでも宜しいのですけどね。
 今の伶路さまが格好イイので♪♪」

「・・・お前の『格好イイ』が時々判らなくなるよ、酒呑。」

 綱と伶路の共通点を鑑みるに、『自信過剰で武に秀で、身内とソレ以外に対する温度差が極端に激しい事』だろうか。
 そういえば、綱とは結局契らずに終わったのだったか。伶路とは何故、契る気になったのだろう。やはり『戦闘不可』という条件を受け入れたから、だろうか。綱はその辺り、ガチガチの武闘派だった。郎党が戦に出ないなんて有り得ない、と絃莉の前でも言っていた。
 その度、彼は黙って微笑んでいた。角行鬼は綱の、そういう所は嫌いだったけれど。
 だとするならば。

「俺が鏡伶路を殺しても、お前とは戦わずに済む、って事だよな。」

「あらあら、あらあら、フフフフフフ。」

「おい、酒呑?」

「私は確かに、筋金入りの戦嫌いです。が、恩ある主君に刃を振りかざされて、黙って見ているような腑抜けでは御座いませんよ、茨木。
 伶路さまは私に、戦闘を『強制』する事は出来ません。ソレははっきり明文化した条項として、契約時に取り交わして下さってます。
 ですがその条項は、私の戦闘能力を何ら制限するモノではない。
 私が自分から戦いたいと思う限りにおいて、私は自由に戦えるのです。『強制』ではなく『任意』。『命令』ではなく『指示』。従うかどうかは、私次第。
 綱さまと伶路さまとは、そこが違う。
 綱さまにとっての『鬼』は、戦の道具でした。勿論人格は認め、尊重して下さっていましたが。こと戦場という特殊な場において、道具は使い手の思い通りに振るわれるべきモノ、という意識もまた、お強かった。
 伶路さまにとっての『鬼』は、あくまで霊力を底上げするだけの存在。言ってしまえば、契約した時点で既に半ば以上は用済みです。戦闘自体は伶路さまご自身で行う。ソレが戦士としての、あの御方のスタイルですから。
 ですが、指揮官としても優れておいでですよ、伶路さまは。
 勝負は水物。そうと判っていても、伶路さまや仲間と共に作戦行動していて、負ける気になった事は一度たりとも御座いません。
 ねぇ、茨木。
 私、あなたと戦うの、実は結構楽しみなんですよ?」

「ふん、あんな小僧が何ほどのものか。
 鏡伶路と、お前の式鬼仲間6人。全員殺して、お前ひとりを俺の足許に跪かせよう。
 赤レンガ造りの屋敷に住むのは、俺とお前の2人きりだ。」

「宜しい。受けて立ちますよ、茨木。」

 絃莉の紅い唇が、うっとりと微笑む。
 身を起こした角行鬼はその紅い唇をこじ開けると、熱い舌遣いで翻弄した。



「伶路さま~♪」

「・・・エラくご機嫌だな、絃莉。」

 気付くと絃莉は、自分の店に戻っていた。より正確には『絃莉屋の3階、寝室のベッドに横たわっていた』のだ。角行鬼の姿は無かったが、昨夜の事が夢でないのは、他ならぬ自分の身に刻まれた赤い痕を見れば明らかだった。
 あのエ老害、次会ったらシメる。
 外は白々と明け初めて、電車が動き始める時間帯。
 食材のチェックからと思って店に下りると、何故か既に伶路が来ていたのだ。彼は店の鍵を持っているとはいえ、ピンポイント且つタイムリー過ぎる。
 どうしたのだろう・・・という疑問は、顔に出ていたのだろう。絃莉の主君は抱きついてきた彼を首許にぶら下げたまま、器用に肩を竦ませた。

「道満の野郎に、伝令用の式符1枚で叩き起こされたんだよ。野郎の悪戯のせいで、今日の食材ダメになったんだって?
 すぐ使える肉と魚、調達してきたから使いな。」

「えっ? これから調達しに行くから付き合え、ではなくっ?!」

「何でだよ、午前の客に間に合わねぇだろ、そんなの。俺にだって祓魔官の仕事があんだよ、お互い時間は有効活用しようぜ。
 魚は築地で買い付けてきた。車すっ飛ばしたら競りに間に合ったからよ、問屋通すの面倒くせぇし、もう自分で買っちまった。目利きには自信があるが、流石に捌く時間なかったし、血抜きはしてねぇぞ?
 肉の方は皆川のヤツ叩き起こして融通させた。サンドイッチにして、余裕で80食分だ。普段から店に通ってんだし、コンサル料の内だと思えば安いモンだろ。」

 『皆川』というのは、角行鬼にも話した『焼肉屋出してる河童』の名前だ。呪捜官時代に仕事絡みで知り合った男だが、この男も変わり者である。
 傾いた焼肉屋の経営を、立て直してくれた伶路に感謝し、今でも合法違法、色々『融通を利かせて』くれる。伶路の事を経営コンサルタントと思い定めているらしく、経営面の相談をよく持ち掛けてくるのだ。
 そして築地の競りは・・・午前3時から、である。
 参加資格を持っているのは知っていたが、まさか本当に買い付けてくれるとは。

「ついでに輸血用血液も持ってきた。当然正規ルート品だ。そろそろ足しとく頃合いだろ? 地下冷蔵庫に入れとくぞ。
 献血者に感謝しながら美味しく飲め。」

「私・・・伶路さまの式鬼で良かったです。」

「何を今更言ってんだ、俺の一の鬼が。」

 額を肩口に擦りつけ、猫のように甘える絃莉。
 その頭を苦笑しながら撫でてやる伶路。
 角行鬼は絃莉が吸血しなくなって久しいと思っているようだが、それは『献血』や『輸血』という手段が無かった頃の発想だ。
 絃莉たち吸血性の鬼は、血の中の精気を摂り込んだ時、その力の真価を発揮する。
 人間の肉を食わねばならない訳でなし、血液だけで充分なのだ。

「その分仕事はしてもらうぜ、絃莉。
 こないだの任務でぶっ壊れた、花緑(かろく)のプロテクトアーマー。直ったそうだから武器商人から引き取って来い。青蓮(しょうれん)に使わせる新品のライフルもな。お前の槍も、リニューアルしたのが届いてる。話通ってるから、引き取るだけでイイ。
 それから、清弦(せいげん)が欲しがってた螺鈿の琵琶な。腕のいい螺鈿職人が見つかったから、連絡しといたぜ。デザイン画持って見せに来いっつってたから、俺の描いたの持って交渉してきな。
 お前は説明下手だが、そういうヤツが出向いた方が、信が得易い時もある。
 こと職人の相手なら、俺よりお前の方が適任だろう。」

「かしこまりました、伶路さま♪」

「それと、館の工事でトラブってるトコがある。
 羽衣杏(ういきょう)の為の結界。1000坪の敷地全体を囲むデカいヤツな。濠の形も重要なんだが、難しいから難易度下げろって土木業者がゴネてる。圧掛けていいから、最初の予定通りやれってよ、きっちり型ハメてきな。
 噴水よりも羽衣杏の体の方が大事だ。」

「承りました、伶路さま♪」

「ラスト。
 那智がこのテーマパークに行きたいんだとさ。お前の都合イイ日に8人分、チケット取っとけ。俺はその日に合わせて有給取るし、羽衣杏の外出許可も取っとくからよ。」

「御意のままに、伶路さま♪」

 諾々と頷いてメモ類を受け取ってから、絃莉は薄い唇に微笑みを乗せた。
 答えは判り切っているが、つい、問い掛けたくなる時がある。悪戯心というヤツだ。

「9人分、でなくて宜しいのですか? 鈴鹿さまの分は。」

「その鈴鹿に発破かけられたんだよ、絃莉。テメェを使い倒し過ぎだから、労わってやれと。たまには主従水入らずで遊んで来いってさ。
 シェイバの面倒は俺が、羽衣杏の面倒は清弦が見る。那智は勝手に好きなトコ行くだろうし、青蓮には花緑が付いてりゃ安心だろう。
 絃莉、お前もそういうトコ、嫌いじゃねぇだろ? ゆっくり楽しむといい。
 そうした方が鈴鹿も喜ぶ。」

「・・・伶路さま。私、やっぱり人間が好きです。
 どんな狂気を見せられても、やっぱり嫌いにはなれません。」

「知ってる。
 取り敢えず、とっとと今日の開店準備始めんぞ、絃莉。食材仕込んどけ。他のトコやっといてやる。終わったら俺は陰陽庁戻るからな。」

「はい、伶路さま♪♪♪」

 赤光(しゃっこう)童子、通り名を花緑(かろく)。
 童子名は仏説から、通り名は、『紅花緑葉(こうかりょくよう。四字熟語。春の光溢れる季節に花が咲き乱れる様。)』から、伶路が付けた名だ。悪い商人に囚われ、長く冥獄に繋がれていた彼に、光の下で風景を愛でろ、と。
 瑠璃光(るりこう)童子、通り名を青蓮(しょうれん)。
 伶路はその治癒能力を瑠璃光菩薩(薬師如来)に準え、穏やかで慈悲深い気性を極楽浄土の青い蓮に喩えた。失語を患う対人恐怖症の女装男子だが、医術の腕は確かだ。伶路は隔意も偏見もなく信頼し、自分や鈴鹿の治療も平気で任せている。
 白維(はくい)童子、通り名を清弦(せいげん)。
 伶路と出会う前の記憶を、一切持たない彼に伶路が願ったのは『過去に捉われず、真っ白い心で維(つな)いでいく者で在れ。』という一事だけだった。彼が唯一覚えていたのは、殺しでも何でもなく、奏弦の技。その清らかな弦の音は、その為にあると。
 幼過ぎる羽衣杏(ういきょう)に、伶路は未だ童子名を与えていない。
 金晴眼の鬼天狗。伝説の斉天大聖も持っていたという金の瞳に、鬼と天狗の強さを合わせ持つ、最強に成り得る・・・病さえなければ、成り得た鬼天狗。
 伶路は天狗の翼ではなく純真な気性をこそ愛で、鬼の霊力を宿した時の金晴眼ではなく、普段の赤みが勝った黄色をこそ賞揚した。故の『羽衣杏』=『愛い杏』だ。
 末っ子も含め、皆、酷い場所に居た。
 でも今は伶路が居る。伶路が綺麗な名前をくれた。

「伶路さまって・・・見た目で損してますよね。」

「何だよ急にっ。持ち上げられた後のディスりって、結構クるんだぞっ?!
 俺だって傷付くんだからなっ、絃莉!」

 軽口を叩き合いながら、店を整えていく。
 酒呑童子、通り名を絃莉(いとり)。
 最後まで自分に従わなかった『酒呑童子』の我が侭を、綱は笑って通させてくれた。人と繋がるには場が必要だろう、絆の絃紡ぎで在れ、と『絃莉』の名を与え、店を持たせてくれたのは伶路だった。ジャスミンの花は、店のシンボルにもしている。
 ごめんなさい、茨木。私、この名前が好きです。あなたのくれた『蓮姫』よりも。
 この名前を、絃莉は今度はずっと忘れないだろうと思った。



「ヒィッヒィッヒィ。
 片手鬼の方に良い目を見せてやろうと思うたのじゃが・・・コレは、だいぶ可哀想な仕儀となったのう。」

「あの、法師? AV撮影なんぞの為に、僕の霊力使わんといてもらえます?
 鬼向けに風俗でも始める気ぃですか。」

「馬鹿を言うでない、ワシ個人の秘蔵コレクションに決まっておろうが。」

「・・・せめて僕の前で見んといて下さいね、アレ。」

「ヒィッヒィッヒィ、青い、青い♪」

 道満の上機嫌な哄笑を横目に、絃莉の色っぽい瞳を思い出した陣は思わず口許を押さえた。遠視術越しでも、思わず背筋がゾクッとクるような妖艶さ。
 いつだったか勉強の為に、記録映像で見た『飛車丸』の冷艶な美貌とも違う。アレは一種近寄り難い艶だったが、絃莉のソレは温もりを感じさせ、手を触れて確認したくなる。引き寄せられてしまう。
 伶路はアレを抱いたのか。心ごと。

「おぬしの後輩は、面白い男よな。
 鬼の肌は別格と聞くぞ? あれ程の鬼を抱いて、なお人間の女を選ぶか。妻女に選んだ女もまたおぬしの後輩らしいが。余程よき女なのであろうな?」

「・・・鈴鹿クンですか。
 口は悪いし二面性パッキパキに割れた猫被りやし、血縁信仰皆無のスレた子ぉでしたけどね。一途で純粋、仲間想いで、お兄ちゃん子。倉橋長官と宮地室長を、それこそ親みたいに慕っとりましたわ。長官が父親、室長が叔父さんや、言うてね。
 あの3人でひとつの家族みたいやった。
 焼肉屋さんで偶然会うた時、僕は鈴鹿クンに『一緒に来ないか。』言うて誘って、ぶち断られてまいましたけど。
 アレ、結局羨ましかったんですよ、長官と室長が。
 僕もあんな風に慕ってくれる、娘分か妹分が欲しかったなぁって。」

「三十路手前の男が、枯れるでないわ。
 何ならワシが、アレより良い女鬼でも見繕ってきてやろう。あるいは幼女でも攫ってきて、若紫計画にチャレンジするくらいの気概を持ちやれ、主殿。」

「涼でもあるまいし、勘弁して下さい、法師。」

 苦笑して嘆息すると、陣は朝の光に目を細めた。
 鈴鹿は言っていた。源司と磐夫を理解したいと。その上で敵対か受容か選びたいと。彼女の心は今、どちらに傾いているだろう。あの2人は彼女を、どう見ているだろう。
 禅次朗はどうしているだろう。麻里は、十悟は。隼人は陰陽1種試験をクリアして、無事に十二神将になっただろうか。
 まだ2年も経っていないのに、『あの頃』が無性に懐かしくなる瞬間がある。
 泣きたくなる程に。

「鈴鹿クン・・・京子クンも・・・、見ないうちに、きっとエラい綺麗になっとるんやろうなぁ・・・女の子は成長が早いさかい。
 鈴鹿クンは16になった筈やけど、鏡クンと籍とか入れたんかな。
 京子クンも監視役のイケメンSPとのロマンスとか、浮いた話のひとつも転がってないんやろか。しっかりした子ぉやけど、年相応に夢見がちなトコもあったから。
 悪い男に騙されてへんか、『先生』としては心配でたまりませんわ。」

「しっかりせい、主殿。朝から現実逃避してなんとするかっ。まだ思い出に浸るようなトシでもあるまいに。
 そろそろ我らも出るとしようぞ、主殿。今日は何処へ向かう?」

「東の方へ。春虎クンぽい人影が目撃されとりますわ。」

 後悔はしていない。ソレだけは。
 あの頃の自分に、恥じない為に。いつか再会する彼らと、胸を張って対話する為に。
 その為に、陣は春虎にもう1度。一目だけでも、会わねばならないのだ。



                        ―FIN―

独立祓魔官の愛ある日常 ~片手鬼と吸血鬼のタンゴ~

独立祓魔官の愛ある日常 ~片手鬼と吸血鬼のタンゴ~

角行鬼さんの恋愛話。昔馴染みの酒呑童子=伶路さんの式鬼と、2人きりで密室に閉じ込められてしまい・・・道満法師の悪戯な訳ですが。沢山居る伶路さんの式鬼の中に、1人くらい茨木童子=角行鬼の知り合いが居ても、おかしくないと思うんだ。

  • 小説
  • 短編
  • 成人向け
  • 強い性的表現
更新日
登録日
2016-01-13

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二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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