独立祓魔官の愛ある日常 ~砂塵と星屑のカプリッチオ 1~

ハローハロー、漆黒猫でございます。

東京レイヴンズ×アルスラーン戦記×鏡鈴、という、我ながら何という無茶仕様。

カプリッチオってのは、
PCの辞典に「狂想曲→一定の形式がなく自由で機知に富む曲」とあったので。
型に嵌まらない、どころかぶち壊していく辺りが、彼らに相応しいかと。

十二神将サイドにも、アルスラーン殿下サイドにも。

初の続き物(『続けられなかったらどうしよう』と考えてしまうタイプwww)、
初のクロスオーバーwww

どの辺りからがクロスオーバーと言えるのか、よく判らんのですが。

東京レイヴンズを知っている御方には、問題なくお読み頂けます。
アルスラーン戦記しかご存知ない方には・・・多分、かなり不親切仕様かと。
申し訳ない。

東京レイヴンズのような、『霊災の存在する日本』に国賓とか来たら、大変だろうなと。
護衛とか面倒そう・・・もとい、きっと陰陽師にしか務まらんよな、と。
外国と陰陽師を絡ませたくて、やらかしてしまいました、はい。

鈴鹿ちゃんのパルス語は、ペルシャ語で代用しました。

あと、源司さん。

源司さん、相っっっ当、鈴鹿ちゃん可愛いんじゃないかと。

陰陽庁長官殿は、とんでもない親バカだと思ってます(真顔)。
だって・・・ただでさえ未成年で、至道パパの一件で危険人物扱いされてるであろう鈴鹿ちゃん。
身元引受人とか保護者とか、どうしてるんだと思うじゃないですか・・・!!

源司さんしか居ないに違いない。

至道パパが社会常識を常識的に教える姿は想像できないし。
陰陽1種試験も、アレ多分、保護者的な誰かが居ないと受けらんないんじゃないかと。
試験ってのはそういうのが面倒・・・もとい、必須と相場が決まってるのですよ。

源司さんしか居ないに違いない。

公式でも、
禁呪に手ぇ出した上、ヨソん家にも迷惑かけたコを、
霊力半端に封印した上学校に行かせるとか・・・!(拘束しないのかよっ!)

上司より友達選んで、敵対の意思を捨てないまま自分たちの真意を探ってくるコを、
自分直属に異動させてまで手許に置いてるとか・・・!(殺さないのかよっ!)

いくら手駒が少ないからって、からって・・・!!
手駒にならない子を生かすか、フツー!!!

源司さん、どんだけ鈴鹿ちゃん可愛いんですか。
京子ちゃんの事はどうなんですか源司さん。

春虎サイドと陰陽庁サイドの和解のカギは、『神童』が握ってると信じてます。

海のモノとも山のモノともつかぬアレですが、楽しんで頂けたら幸いです。

独立祓魔官の愛ある日常 ~砂塵と星屑のカプリッチオ 1~

 呪捜部部長・天海大膳は愕然としていた。
 甲種言霊を自在に操る、幻術のエキスパート。踏んだ場数は人並み以上と自負している。その自分が、いつの間にこんな高度な『幻術』に掛けられたのか。

「御機嫌よう、天海のお爺様☆
 この度の潜入捜査、期間が長いのでご案じ申し上げておりました。ご無事のご帰還何よりと、鈴鹿は嬉しゅうございます。」

「・・・さてはお前さん、ウチの末っ子の双子か何かか?」

「何よ双子って?! あんま舐めてっと棺桶に潜入させるわよっ?!」

 滑舌もよろしく繰り出された、個性的な悪態。意外な程にズシリと重い、腹で受け止めた拳の感触。ソレらを身に噛み締めてようやく、大膳は認める気になった。目の前の金髪碧眼『notツインテ・和服』美少女が、我らが『末っ子』その人だと。
 結っていない金色の癖っ毛が、寒気を纏い始めた秋風に揺れている。

「何を騒いでいる、鈴鹿。
 ヤクザに絡まれたら私を呼べと言ったろう・・・、」

 呉服屋から出てきた壮年の紳士が、殆ど言い終わっていた言葉尻を呑み込む。
 和服の鈴鹿と話す大膳・その後ろで妙に大人しい伶路を見て、一瞬で遠い目になった。

「ヤクザだと思ったら、ウチの鬼喰いとエア扇だったか。」

『テメェにだけは言われたくねぇよ、エセ援交野郎っ!!!』

 大膳と、伶路。はからずも『倉橋源司』観が一致した瞬間だった。



 つまりは、こういう事だ。
 目下未曽有の多忙を極める呪捜部は、比較的霊災の落ち着いている祓魔局から『元』呪捜官すら引っ張り出してきて、荒事に充てている状態である。全ては某国王太子の、初来日を控えているせいだ。駆け込みで犯罪者を一掃しておきたい、警備面をクリーンにと思うのは、多分どこの国でも一緒である。
 部長たる大膳自ら、『元』呪捜官・伶路を引き連れて尽力していた程だ。
 ソレが一段落した翌日・・・と言っても、もう午後だが。地獄の超過勤務を五体無事で生き残ったハイテンションのまま、昼まだ明るい銀座に繰り出して来たのは、大膳が『どうせヤクザかホストみてぇなスーツしか持ってねぇんだろ? オレがスーツ一式、作ってやるよ。』と伶路に申し渡したからだった。銀座に馴染みのテーラーがあるから、そこで好きなように作らせてやる、と。
 伶路はいつもの調子で『要らねぇよっ!』『帰って寝させろ!!』とゴネたのだが、まぁ例によって例の調子で強引に引き摺られてしまった・・・今更伶路如きにどうにか出来たら、それこそ幻術で作られた別人であろう。
 まぁ審美眼は一級だし、大先輩持ちで手に入るならスーツ丸々一式、作らせるのも悪くはないか、と。
 伶路が嘆息し、大膳がノリノリで店に向かっていた時。
 老舗呉服屋の前で『金髪碧眼『notツインテ・和服』美少女』に声を掛けられた訳だ。
 つまりは『仕立て上がって来た振袖を試着し、以前とサイズを変えたので、身に馴染ませがてら軽く外を歩いていた』鈴鹿に。
 ・・・普段ゴスロリではっきりした色調の服しか見慣れていなかった眼は『和装』、しかも京友禅特有の、多色使いながら柔らかく、優雅で上品な色調チョイスの鈴鹿など想像した事もなかったのだ。
 和服。『アレ』が私服の鈴鹿が、和服。しかも京友禅。
 いや、可愛いけれども・・・!! 新境地開拓悦・・・!!

「ったくもぅ! 信っっじらんない!!
 よりによって『双子?』だなんてっ!! 髪おろして服変えて、軽く化粧して分厚い猫皮被ってただけなのにっ!」

「謝る必要ねぇぞジジイ。
 アレは間違う。普通に間違う。むしろ間違わない方がおかしい。特に分厚い猫皮被ってる辺りなっ! テメェの猫被りは最早猫被りじゃねぇんだよっ! 演技力のレベルだっ!
 陰陽師より女優の方が向いてんじゃねぇの、このクソガキっ!!」

「普段から素でヤクザ臭漂わせてる鏡に言われたくないもん!」

 演技力・・・まぁ確かに、『ヤクザ(な外見の十二神将)』相手に臆さず喧嘩を叩き付ける今の鈴鹿を見て、陰陽塾の勧誘ポスターを思い出す者は少なかろう。
 所は変わって、源司が贔屓にしている呉服屋近くの、甘味店。
 ココのお薦めは白玉善哉だ。

「誂えてたのは大連寺の晴れ着かい、倉橋。」

「あぁ。王族の相手を1週間だ。
 見劣りしない服を着せてやりたくてな。」

「王族?」

「??
 そっか、鏡は最近ずっと呪捜部のお手伝いだったから、まだ聞いてないのね。」

 上司たちの会話を聞き留めて、伶路の眉がピクリと動く。彼の微妙な表情を汲む事も無く、鈴鹿は僅かに小首を傾げると、1人で納得していた。
 結っていない金髪が、フワフワとリズミカルに揺れる。下ろしていると背の半ばまである髪の筋が、細い首筋に絡んでいる。下半分程は、熱を当ててもいないのに、はっきりと流麗なウェーブを描いていた。
 濃紫の着物、そこに描かれた流水紋とリンクして、とても美しい。

「1か月後、『パルス』っていう中東の国から王子様が来るでしょ?
 その王子様の年が、丁度あたしと同じ『14歳』なんですって。それで1週間の滞在期間中、あたしが話相手も兼ねた護衛をしろって、倉橋長官はじめ上の人たちが。
 テロリスト系からの護衛は専属SPが居るにしても、霊災からの護衛は陰陽師しか担えないし。あたしなら十二神将だし、適任だろうって。」

「・・・ソレ、弓削先輩じゃダメなのか?」

「ダメって事は無いだろうけど・・・。
 10歳差じゃ、向こうも話しづらいでしょ?
 それに、あたしは広告塔だから。パルスから国賓を迎えるのは初めて、っていうのもあるけど、テレビにも沢山映る事になるわ。上としては『普段からCMやらポスターやらで使ってる人間』を、普段以上にカメラに映してアピールしたいって下心がある訳。
 陰陽師は護衛も出来ます、みたいな。」

「・・・木暮先輩は? あのヒトだって広告塔だろ。」

「勿論、色んなシーンで同席はするって聞いてるけど。
 どっちかっていうと、バックのイメージが強いみたいね。王子様の傍で目を光らせるのがあたしで、少し離れた場所から哨戒するのが『神通剣』。役割分担よ。」

「・・・何で着物。」

「『日本文化を紹介する為』と、王子様が『キモノ』に興味津々だから、だって。
 巫女服と迷ったんだけど・・・ほら、継いでるモノなんて何もないけど、一応、大連寺家は神道系の家だから。でも『いかにも』過ぎるでしょ。着物とは似て非なるモノだし。
 だから普通の着物にしてもらったの。どっちでもイイって言われたから。」

「・・・・・・『王子様』とやらの前で盆とか引っ繰り返せばいいのに。」

「しないわよっ!! どんな絵に描いたようなドジッ娘よっ?!
 アンタに言われるとマジでやっちゃいそうだからやめてくれる?! 乙種言霊乙っ!!」

『・・・・・。』

 再びギャンギャンと口喧嘩を始める、伶路と鈴鹿。
 源司と大膳、上司2人は意味深な目配せを交わし合った。勿論議題は『王子様』の存在が出てからこちら、伶路が機嫌を損なっている理由について。
 嫉妬か。嫉妬なのか。

「倉橋よ、髪飾りはどうするんだい?
 滅多に来ねぇ晴れ舞台だ、加賀や東京じゃなく、敢えて京都友禅の柔らかさを選んだ慧眼は流石だが。大舞台に、まさか簪の1本も挿さない訳じゃあるめぇな?」

「当然、考えている。
 王子の従者に2名、女性も居るそうだからな。ウチの末っ子が、彼女らに見劣るような事があってはならない。
 『王子の目を惹くように』、鈴鹿に相応しく飾り立てるつもりだ。」

「初来日ながら親日家って聞くぜ、『王子様』は。海の向こうにありふれた、横文字の宝石も悪くはねぇが。漆に螺鈿、真珠に珊瑚。東洋ならではの宝石にも色々あらぁな。
 1か月後なら秋真っただ中だ。秋の陽射しに透ける『水晶の玉飾り』、なんてのも、シンプルながら綺麗なモンだろう。色付きのバリエーションも多いし。
 翡翠はどうだ? 一級品の硬玉だ、お嬢ちゃんの金髪に良く映えるだろう。」

「流石だな、天海。
 鈴鹿の金髪と翡翠の翠の取り合わせが、私は気に入りでな。琅玕(ろうかん)の最高級品を用意した。簪から髪紐の飾り、その他色々。琅玕一択で統一する事にした。
 中々良い品が揃ったぞ。」

「『琅玕一択』たぁ、流石倉橋家♪ 言う事が違うねぇ♪♪♪♪」

 琅玕(ろうかん)とは、最高級の翡翠である。翡翠にも白や赤などとりどりあるが、緑の翡翠、その中でも透明感のある翠碧色のモノを指す。インペリアル・ジェイドとも呼ばれ、ピアスにしか出来ないような小粒でも、色さえ琅玕ならば5000万は軽くイってしまう、事も有り得る、高級品の中の高級品。
 物言いたげな伶路の視線の先で、遠い目の鈴鹿が黙々と白玉善哉を口に運んでいる。

「翡翠だけでもバランスが悪いからな、他にも色々と揃える事にした。
 水晶の耳飾り、珊瑚の帯留め、絹の組紐、檜の根付。漆も黒だけではない。赤漆と螺鈿の相性も中々、良いものだ。着物で楽しいのは小道具で遊べる所だな。
 彫りを加えるなら、翡翠より水晶の方が向いていると思う。身に着ける者次第だろうが、翡翠の陰影はどうしたって重くなるだろう? 水晶の軽やかさの方が鈴鹿らしい気がしてな。珊瑚の彫りは、何色でも似合うと思うが。
 ココで羅列しても仕方あるまい。詳しくは当日、本人が付けている所を見に来れば良い。」

「いいのかい? 一応『祓魔官』としての仕事で、呪捜部長の出番はパーティーの時くらいだろう。宮地が鼻歌唄ってたぞ。」

「別に出番の時しか居て悪い事はあるまい。
 呪捜部も陰陽庁長官の管轄の内だ。私に『折節』、報告する事もあるだろう?」

「流石陰陽庁長官殿っ!! 好きだぜぇ、お前さんのそういうトコ♪」

 そういうトコとはどういうトコだ。
 伶路の嫉妬を煽って楽しむつもりが『(同一の)ウチの子自慢』と化してしまった、上司2人を指さして、煽られる筈だった当の伶路が呆れている。

「なぁ、アレ・・・。」

「言わないで、鏡。悟りの境地ってヤツよ。」

 眉根を寄せた複雑な表情のまま善哉を平らげた鈴鹿は、丁寧に匙を匙置きに戻すと、きちんと蓋を閉めてから、両手で湯呑みを持った。
 自炊をしない偏食家。そういう者は、食事の作法にも無頓着だったりするモノだが。
 鈴鹿はその辺り、とても『行儀の良い女の子』だった。箸の使い方も綺麗だし、テーブルに肘をついたりもしない。伶路が作ってやった料理も、残さず食べる。
 ・・・一番最初に、一度だけ。伶路は鈴鹿の少食ぶりを甘く見ていて、常人レベルの量を出してしまった事があったが。
 どうしても食べ切れず、残してしまった事を、彼女は素直かつ素で謝ってきたものだ。常の勢いで『作り過ぎた鏡が悪いっ!』とは言わなかった。
 料理する男・・・もとい、『側』としては、まぁ、可愛げがあると思わない事も無い。
 だが、だからこそ、何と言うか・・・面白くない。実に面白くない現状だ。

「安心しろ、鏡。お前さん自身は危なっかしくてよ、とてもじゃねぇが国賓の前になんざ出せねぇが。仮にも同じ『独立祓魔官』だ。
 オレよりずっと近くで『着飾った大連寺』を見られるぜ?♪ 嬉しいだろ?」

 安心。安心ねぇ。
 伶路は薄々、自分の心に掛かる黒い靄、その正体に気付いていた。

「別に嬉しかねぇけど。
 いくら広告塔っつってもよ、普通『そういう役回り』って、実の娘の方にさせるモンなんじゃねぇの? 運良く見目のイイ『愛娘』が居んだろが。
 屋敷の奥に押し込めといていいのかよ?」

「京子か。あの子はダメだ。」

 今更ながらどうにかして、鈴鹿の身に及ぶかも知れない危険(『悪い虫』含む)の全てを『倉橋京子』に押し付けようとした伶路の努力は、あっさりと斬って捨てられてしまう・・・伶路自身は『倉橋家のご令嬢』に何の関心も無いが、情報量だけは豊富なのが、何とも物悲しい。別に伶路が『倉橋京子』のストーカーなのではない。一言一句全てに至るまで、当人の父親・倉橋源司が渡してきた情報なのだ。『食の好み』に情報量が偏っているのが証拠である。その点だけはこの上なく強く強調しておきたい。
 実子の誕生日が来る度にゴースト料理人扱いしてくる当の『父親』は、今も。
 感慨も何もなく、我が子を淡々と『評価』していた。

「確かに優秀な子だよ、京子は。見目はともかくな。
 礼節を身に着け、霊力の素養も高く、知識面でも能く学んでいる。一般的な同年代より、頭ひとつ先んじているのは確かだろう。
 だが、優等生過ぎる。実技も知識もスペックは高いが、闇というモノを知らん。政治の闇も、人心の闇もな。
 世話焼きな子だから、『1歳年下の少年』の相手は、親身にするだろう。が、正義感が強過ぎる。政治犯罪のひとつも見かけた時、『国賓』の身の安全を優先して、その場だけでも見て見ぬ振りをする。そういう器用な真似は出来まい。
 鈴鹿が居なくても、『王太子』の傍には置けんよ。京子を使うくらいなら、まだ弓削の方が安心だ。」

「・・・・・・。」

 的確な評価、なのだろう。父親らしからぬ程に、情を排した『正確』な。
 『実の娘の方』も気の毒に、と伶路でさえ思わなくもないが、だがしかし、ならばどんな評価なら『父親らしい』と言えるのか。孤児として寺で育った伶路には判らなかった。
 彼に判るのは、源司が鈴鹿のメンタルについて真剣に考えているらしい、という事だけだ。それこそ、いっそ養子にでもすれば良いのではという勢いで。

「反対に鈴鹿は、むしろ積極的に『外』に連れ出した方が良い子だ。
 広告塔然り、外国人の傍然り。
 生まれた場所が真っ暗闇だったからな。世界を底辺からではなく、様々な角度から見て、少しずつ闇の薄い方へ馴染んでいけば良い。政治家の織りなす犯罪劇など、この子には茶番に映るだろう。
 路頭に迷わないだけの、最低限の礼節と社会常識は教え込んである。
 自分が何処で生きるか、最終的には鈴鹿が選べば良い。今はその選択肢を増やす時期だ。光に馴染むには時間が必要だろうが、少なくとも他国の王族と接する事は、この子にとって良い経験になる筈だ。」

「何というか・・・実の娘と『義理の娘』、会わせない方がイイって、絶対。」

「そうか?」

「すげぇ不仲になるか、度を越して仲良くなるか。両極端だと思うっスけど。
 あと奥さんの前で『大連寺自慢』、しない方がイイッスよ? 絶対確実、マジ贔屓の引き倒しになる事請け合いなんで。」

「もう遅いわ、鏡。」

「?? まさか、会った事あるなんて言わねぇだろうな?」

 源司の優しい手に大人しく撫でられていた鈴鹿は、伶路の『忠告』に半眼になった。
 ヤサぐれた秘蔵っ子に源司と、事情を知る大膳が明後日の方を向いて苦笑している。

「会った事あるも何も、同じ敷地で暮らしてたわよっ、3か月もっ!!
 ナニあのヒト、超怖いっ!」

「へ、へぇ・・・。」

「『上巳の大祓』が起こったのが、あたしが13の時だったの。ソレで父親が死んで、母親もお兄ちゃんも、もうかなり前に死んでて。
 行くトコなくなったあたしは呪捜部に保護されて、一時的に倉橋長官の預かりって事になって、実際一緒に過ごしてくれて。名実共に長官が『保護観察者』だったの。その期間が3か月くらいだった、んだけど・・・。
 その間は倉橋家の、同じ敷地の別の館に住まわせてもらってたのね。
 初日に、倉橋長官と天海のジジイに付き添われて、奥さんに挨拶に行ったの。宜しくお願いしますって。でも・・・お嬢さんが居ない時点で、イヤな予感はしたのよ。
 あたしを一目見た瞬間に、顔色どころか人相変えて掴みかかって来たわ。
 『泥棒猫の子供っ!』って。あたしの事、倉橋長官の隠し子だと思ったみたい。首を絞められた跡が、しばらく消えなくてね。
 あたしが倉橋長官と初めて会ったのは、大連寺至道が死んでからです、そう何度説明しても信じないんだもの。
 ホントは同じ館に住む筈だったんだけど、それで急遽予定を変えて、別館になったという訳。厄介になってた3か月も、あたしの教育の為に長官、別館に入り浸ってくれてたから。それも奥さんには気に入らなかったみたい。
 『私の娘には、そんな手間かけてくれた事ないのにっ!』って。別館付きのメイド相手に、そう言ってキレてた。『大連寺真宵(まよい)の娘は特別扱いなのっ?!』って。
 メイドに言っても仕方ないのにね。」

「大連寺、真宵(まよい)・・・?」

「あたしの遺伝子上の母親で、大連寺家の惣領娘。
 自分で自分に鬼降ろして、フェイズ4の起爆剤になって高笑いして死ぬような、イカレた男を婿に選んだイカレた女よ。」

「救われねぇ話だよな、実際。
 倉橋が数少ねぇダチの大連寺至道と疎遠になったのは、当の『大連寺真宵』が苦手だった、端的に言や『生理的に受け付けなかった』からだってのによ。」

「『魔女』も魔女、骨の髄まで魔女だった。陰陽の理、ていうか、世界を構成する『理屈』そのものを解き明かす事に魅入られてた女よ。およそ『家庭的』とは程遠かった。
 倉橋長官と合う筈ないのに。そこを理解出来るようになれば、倉橋長官の気も、もう少し惹ける気がするんだけど。」

「14の子供が、マセた口を利くものではない、鈴鹿。
 白玉善哉、食べるか?」

「頂きます♪」

 自分の前に置かれていた善哉を、鈴鹿の前にスライドさせる源司。
 『食べかけの甘味をごく自然に分け与える壮年の男』と、『その甘味を素直に貰い受け、躊躇なく匙を入れる女の子』。そのナチュラルな空気感。
 少なくとも『上司と部下』にだけは絶対、見えないだろう。『親子』以外の選択肢があるなら聞かせて欲しいくらいだ。

「・・・・・・・。」

「頑張れ、青年。
 下手に倉橋家に婿入りするより、よっぽど高ぇハードルだろうけどな♪」

「何をだよっ、頑張んねぇよっ?!」

 全て見透かしたカオで、大膳が笑う。ムキになって否定する『鬼喰い』の威嚇など、『神扇』はどこ吹く風だ。
 取り敢えずこの短時間で、『鬼喰い』が『神童』の和服姿に弱い事は判明した。
 新調するスーツには、着物美人の隣に立つ時、馴染む色を選んでやろう。



 そして1か月後、成田空港。

「ようこそ日本へ、アルスラーン王太子殿下。
 まずはご無事のご到着、お喜び申し上げる。」

「ありがとう、ミスター・クラハシ。
 日本はずっと憧れの国でした。来日が叶い、嬉しく思います。」

 源司の歓迎の辞に、返礼する言葉は予想よりずっと流暢な日本語だった。優しげな風貌にはにかんだ微笑を佩いた『王太子アルスラーン』を、鈴鹿は禅次朗の脇からそっと見つめていた。
 客人が引き立つようにと、濃い色にシンプルな柄の着物を選んだが。質素や素朴を好むという王子は、白を基調としたベーシックなスーツだった。だが、趣味が良い。秋の陽を弾く生地の艶は、確かに上質を伝えてくる。
 輝く銀髪を肩辺りで整えた、抜けるように白い肌の王子様だ。群青色に曇りは無く、夜空を思わせる瞳は初めて見る異国にキラキラと輝いている。
 霊気の流れを視るに、淀んで視える所は無い。持病などが無いというのは本当のようだ。・・・たまに居るのだ、そういうのを隠して健康ぶって、後で問題を起こすVIPが。広告塔として有名人と行動する事の多い鈴鹿は、初見で大まかな健康状態を把握するのが半ばクセのようになっていた。
 源司と話していた『王子様』の視線が、こちらに向く。
 どうやら出番らしい。

「王太子殿下、ご紹介します。
 木暮禅次朗・独立祓魔官と、大連寺鈴鹿・独立祓魔官。共に私の部下で、日本でも20名に満たない『十二神将』の位を持つ実力者です。
 王太子殿下の護衛にあたらせます。」

「初めてお目に掛かります、王太子殿下。
 木暮と申します。」

「はじめまして、殿下。
 鈴鹿と、親しくお呼び頂ければ光栄ですわ♪」

「スズカ・・・。」

「特に大連寺祓魔官には、護衛と同時にお話相手としてもお側に控え、色々なご案内もさせたいと存知ます。ご質問・ご用命は彼女にお申し付け下さい。
 頼んだぞ、鈴鹿。」

「はい、倉橋長官。」

 小さく頷いて、スッと『王太子殿下』の隣に身を移す。さりげない言葉の遣り取りだが、『頼んだ。』と言われた今この瞬間から、王太子の『霊的身の安全』は鈴鹿(と禅次朗)が保証すべき物となったのだ。
 普段どれだけ口が悪くひねくれていようとも、鈴鹿には源司に懐いている自覚があった。何せ『テロリストの娘』『危険因子』として殺されてもおかしくなかった自分を救い、また優しくもしてくれた初めての大人である。
 仕事は完璧にこなしたい。

『きゃ~♪ 鈴鹿姫と王子様のツーショットよっ!!』

『鈴鹿姫可愛いっ、お着物姿もまた素敵♪』

『こっち向いて、鈴鹿姫~~!!♪♪♪』

 苦笑しながら控えめに。お行儀良く手を振った鈴鹿に、空港に詰めかけていたギャラリーが更に湧き立つ。
 『アルスラーン王太子』は素直に目を丸くしていた。

「姫? スズカ姫はこの国の姫君なのか?
 もしや天皇陛下の娘御・・・っ?」

 横断幕を掲げるギャラリーの、大半は『王子様』見たさだ。が、中には広告塔である鈴鹿のファンも紛れているらしい。
 ファンの戯れを真に受けた『王子様』の誤解は、早めに解いておく。

「ただの通り名ですわ♪
 どうぞお気になさらず、鈴鹿とお呼び捨て下さいますように、殿下。」

「スズカは謙虚だな。」

 鈴鹿が謙虚。『あの』大連寺鈴鹿が。
 吹き出しそうになるのを堪える禅次朗に、ポーカーフェイスでノーコメントを決め込む源司。取り敢えず『神通剣』は後で一発殴っておこうと、鈴鹿は心に決めた。
 天皇よりもよっぽど怖い、倉橋当主の『義』ご令嬢なのだ・・・とは、彼女以外の事情通全ての心の声である。

「私からも2人、家臣を紹介させて欲しい。
 まず私の剣・ダリューンを。」

「初めてお目に掛かる、木暮卿、鈴鹿嬢。
 特に木暮卿とは、お会い出来るのを楽しみにしておりました。『剣』の二つ名を持つ木暮卿の事、さぞお強い御方と存知ます。
 パルスに帰る前に是非ともお手合わせ願いたい。」

「はじめまして、ダリューン卿・・・あの、俺の事は『禅次朗』って呼んで下さい。
 あと俺、術師なんで剣術試合はご勘弁を・・・。」

「なんと、鈴鹿嬢といい、木暮卿といい、日本の御方は謙虚であられる。」

「あはは・・・・。」

「私の兄弟弟子・エラムを。
 彼は私の学問の師・ナルサスの養子で、一緒に学びながら、私の身の回りの世話を焼いてくれています。」

「初めて御意を得ます、木暮様、大連寺様。
 あ、あのっ! 大連寺様のイメージフラワーです、貰って下さいっ!」

「え? えぇ、まぁ・・・。」

 エラム・・・事前情報では王太子よりさえ年下の、13歳だったか。そのエラム少年が、顔を真っ赤にして差し出して・・・というか、鈴鹿に向けてすごい勢いで突き出してきたのは、1輪のチューリップ。
 シンプルなラッピングは可愛らしいが、真紅の花弁を妙に毒々しい黄色が取り囲む花色は・・・果たして、10代女子に贈るプレゼントとして、最適と言えるかどうか。
 もっと清楚な色、いくらでもあったろ。
 とは、見ていた大人連中全員の心の声である。

「متشکرم.(ありがとう。)
 گل لاله تمیز.(綺麗なチューリップね。)」

「えっ? パルス語をお話になるのですかっ?!」

「本場の御方には、カタコトに聞こえてさぞお耳汚しかと存知ますが。発音など至らない点も目立ち、お恥ずかしい限りですわ。
 エラム卿こそ、日本語がお上手ね。」

「大連寺様とお話ししたくて、頑張りましたっ。」

「それはどうもありがとう。
 1週間、宜しく頼みます。」

「はいっ。」

 鷹揚に貴族然として美しく微笑む鈴鹿と、恋情に染まった若草の瞳で、子犬のように彼女を見つめるエラム。これではどちらが『世話になる側』か判らない。
 クール少年だった筈のエラムだが、事前情報として渡された『陰陽庁のアイドル』の画像を見て以来、すっかり彼女の犬に成り下がっ、もとい、心奪われてしまったのだ。
 つまりは、一目惚れである。

「倉橋長官・・・。
 俺、今日は庁舎に帰りたくないです。鏡がコワい。」

「・・・鈴鹿を先に帰らせるか。」

 笑いを含んだ禅次朗の耳打ちに、流石の源司も苦笑している。最近、あの問題児は『鈴鹿姫』にご執心なのだ。
 この来日映像は報道陣の流すニュースとは別に、警護の関係上、陰陽庁のモニター室にも流している。今頃モニター室は、嫉妬の黒炎を背負った『鬼喰い』が不機嫌を撒き散らしている事だろう。
 まぁ先輩連中はソレさえ揶揄の種にするような鋼メンタルの持ち主たちだし、その嫉妬は、鈴鹿に対して『(伶路なりの)甘やかし』となって表出するので、別に問題は無いのだが。全く、何の問題もないのだが。
 源司は最近、恋愛方面における『愛娘』の天然さに1周回って感心していた。

「エラムの奴、上手く話を逸らされたな。」

「だから別のモンにしとけって言ったのに♪」

 黙って後ろで見ていたナルサスとギーヴは、気付いていた。『スズカ』が敢えて『あの時』を選んでパルス語を使ってみせたのは、計算なのだと。
 彼女が何気ない話題で、ごく自然にパルス語を使った。その一事でエラムの心を完全に掴み、それ以上に『内緒話は出来ないぞ。』と相手国を牽制してみせた。主君ではなく臣下を相手にソレをした辺りも、また計算の内なのだろう。
 日本人らしく謙遜していたが、発音も中々だ。パルスに行っても通じるだろう。
 思考の瞬発力、会話術。語学などより、ソレらの方が余程興味深い。どんな教育を施したら14歳の少女が持ち得るのか。
 二つ名が『神童』と聞いた時は、正直、親バカっぽくて失笑してしまったが。
 『十二神将』、侮れない集団だ。

「互いに挨拶も済んだようですし、行きましょう。
 ミスター・クラハシ、案内を頼みます。」

「かしこまりました、王太子殿下。」

 日本とパルス、陰陽師たちと王太子の従者たち。
 両者の思惑を乗せて、リムジンが走り始めた。



                  ―Con―

独立祓魔官の愛ある日常 ~砂塵と星屑のカプリッチオ 1~

独立祓魔官の愛ある日常 ~砂塵と星屑のカプリッチオ 1~

東京レイヴンズをメインに、アルスラーン戦記とのクロスオーバー。東レ知ってる御方には問題ありませんが、アル戦専門の方には不親切仕様で申し訳ない。伶路→鈴鹿っぽいです。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-13

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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