アルスラーン戦記 姫殿下ver. ~殿下は夜空に姉を想う~

ハローハロー、アルスラーン殿下にお姉様がいらしたら、バージョン。
アルスラーン殿下の女体化バージョンではございませんので、念の為。

くっっっっそぅ、すっ転んじまったぜ『アルスラーン戦記』な漆黒猫。
契機はアニメですが、それ以前に昔のOVAやら荒川先生の漫画版やらを見ていたのも大きいかと。でもやはり、アニメでしょう。だって、だって・・・!!

『ギスカール公が』動いて喋ってるっ!!

えぇ、また変な方向にハマりましたww

よりによってルシタニアかよっ!
えぇ、パルスだったらヒルメス様サイド、あと万騎長ズ。
アルスラーン殿下も好きっすよ? ただ、悪役スキーの漆黒猫からすると、イイ子すぐる、という、この矛盾。

戦バサならポスト・松永サン? 松永サンを苦労性にしたような感じかと。
ぶっちゃけ小説は読んでないんですが、ウィキ先生に『一代の梟雄』『即位の野心を持ってて、実際に即位しちゃった人。しかもルシタニア以外を実力で獲っちゃった。』と教えてもらって、『すげぇ、カッコイイ・・・♪』となってしまいました。

不遜キャラ最高。

そういう人の嫁取りは、徹底的に政略尽くめか、徹底的に情熱的な恋愛か、どちらか極端でしょう。

梟雄の傍らに立って、仕事手伝えるような女傑と出会うとしたらパルスで出会うしかタイミングないよなぁ、と。

という訳で、梟雄のお相手が出来るような姫君をご用意してみました。

オリキャラは『彼女』だけです。

『彼女』を通して、ギスカール公やらヒルメス様サイドやら万騎長ズやら、アルスラーン殿下のお姿を透かし書いてみました、みたいな。

需要?

そんな単語を辞書に載せてて、マイナー街道は突っ走れません♪♪

それでは、少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。

アルスラーン戦記 姫殿下ver. ~殿下は夜空に姉を想う~

 流れる銀髪は輝き強く、異父弟の目すら奪っていく。
 夕日の紅に染まった双眸は美しい知性を灯し、義父を満足させた。
 左腕の古傷さえ無ければと、実母は嘆じた。
 だがそんな傷痕を歯牙にもかけない闊達な気性は、義父の部下たちを喜ばせ、義父直伝の武芸は彼らから喝采を引き出した。

『ラーニエ。愛しい弟。
 あなたは私の、自慢の弟よ。』

 自慢の、姉。
 アルスラーンにとって異父姉は、紛う事なく自慢の姉であり・・・自分などより、余程『アンドラゴラス王の子』に相応しい人、だった。



 カシャーン城砦からペシャワール要塞へ行くには、複数の道筋がある。
 現在アルスラーン一行は、要所に敷かれたルシタニアの伏兵を避け、追捕の手を警戒しながら、その道筋を慎重に辿っている最中だった。
 今日も野営だ。

「どうぞ、殿下。」

「ありがとう、エラム。」

 すっかり一行の料理番が板に付いてきたエラムに、礼を言って椀を受け取る。汁物は体を温め、疲れた筋肉をほぐし、効率よく栄養を吸収させてくれる。豪奢な肉料理や珍しい砂糖菓子よりも余程、万能なのだ。

「姉上が喜びそうだなぁ・・・。」

 本当に、アルスラーンはふと漏らしただけなのだが。
 何気ない呟きに劇的に反応したのは、忠臣2人だった。ダリューンが水を噴き出し、ナルサスが乾燥パンを喉に詰まらせてエラムに背中をさすられる。
 絵に描いたような2人の様子に、理由の察せられるアルスラーンとしては苦笑するしかない。この光景を、当のナルサスならばどんな絵に起こすのだろうか、とは、ちょっとだけ好奇心が疼くが・・・口にしてもダリューンの心労が増えるだけなので、やめておく。
 2人が立ち直るより早く、更にはアルスラーンが言葉を継ぐよりも早く。
 女性絡みの単語となれば、この男が黙っている筈がないのだ。

「おやおや殿下、殿下に姉君がおいでとはこのギーヴ、露知らず♪ 美しい女人を存じ上げないとは、不徳の至り、不敬の極みをどうぞお許し下さいますように♪」

「おぬしに知られた今この瞬間が、姉君にとっての最大の不幸じゃ。」

 辛辣な毒舌で楽士を黙らせると、ファランギースは不思議そうに首を傾けた。そんな些細な仕草すらも、彼女は美しい。
 汁椀をかき混ぜながら、主君と定めた少年に問い掛ける。

「とはいえ、わたくしも初耳でございます、殿下。
 アンドラゴラス王に、御子はおひとり。アルスラーン王子殿下はお1人子と伺っておりました。王は側室などもお持ちではないと。
 下々にも話は伝わっておらず、お人柄を推察する手立てもございません。どのような姫君でございましょう。」

「アレが『姫君』などというガラかっ。」

「不敬だぞ、ナルサス。」

 小声で毒づくナルサスも、その親友を窘めるダリューンも何処かげんなりしている。忠誠の権化たる黒衣の騎士すらアルスラーンの御前で、そんな顔をする、またアルスラーン自身にも苦笑させる。
 そんな『姉君』に、普段は超然として他人の噂話など興味のないファランギースも、だんだんと興味が湧いてきた。
 目顔で問う臣下たちに、アルスラーンは穏やかに語り聞かせる。

「そうだな。ファランギースの申す事は正しい。私はパルスの王族としては一人っ子だし、姉上は隠されている所があるから、民はその存在自体を知らないと思う。
 だが皆には話しておこう。
 まず出自だが・・・バダフシャーン公カユーマルス殿と、バダフシャーン公妃だった頃の母上との間にお生まれになった、娘だ。
 私にとっては、所謂『父親違いの姉』という事になる。」

「え・・・? あれ、殿下?
 それってつまり、我らパルス人は、姫にとって父君の仇、という事では・・・?」

「俺から話そう、ヘボ楽士。」

 出た。過保護の権化。
 お優しく清らかな殿下に大人どもの汚いシモ事情を語らせんなっ。・・・流石のお調子者も大人しく黙ったのだから、空気とは恐ろしいモノだ。
 ダリューンは何となく、燃え盛る焚き火の炎を見つめていた。
 変幻自在のオレンジは、彼女の瞳によく似ている。

「タハミーネ王妃が、元はバダフシャーン宰相の婚約者だったのは有名な話だ。
 婚約成立が、15歳の時。
 主君であるカユーマルス公に見初められて、強引に公妃にさせられたのも有名な話だ。
 その輿入れが、16歳の時。
 隣国だったバダフシャーン公国を、アンドラゴラス陛下を大将軍とするパルス軍が滅ぼし、併呑したのが、王妃様が19歳の時。
 知っての通り、公王は塔から飛び降り自殺。タハミーネ『公妃』は、アンドラゴラス『大将軍』にエクバターナへ連行され、そのまま兄王オスロエス『陛下』の王妃となられた訳だが・・・この時、『公妃』は2歳になる姫君を伴っていた。
 その子供が、カユーマルス公の遺児。
 オスロエス王がカユーマルス公の遺児を処断なさらなかったのには、諸説ある。
 曰く、バダフシャーンの人心統制の為、と言う者もいれば、タハミーネ様が王妃となられる際に、我が子の助命、という条件を付けたと言う者も。亡国の王位継承権をお持ちではないし、成長すれば王妃様似の美人になるかも、という下心もあったかも知れん。
 明言なさらなかったというから、どれも正解、というオチかも知れぬ。
 その後、オスロエス王は病没なされた。
 王妃様が20歳そこそこの時だ。
 後継にはアンドラゴラス王が即位され、やはり知っての通り、兄嫁だったタハミーネ様を王妃にお迎えになった。
 それに伴って、姫君は正式にアンドラゴラス王のご養女として、パルス王族の席に列せられた。オスロエス王は、保護はなさっても席にまではお招きではなかったのでな。
 そして、今に至る、と。」

「何ともまぁ、忙しい事で・・・。
 生まれは王族ながら、既にして数奇な運命をお持ちではないか。詩吟に仕立てたら、さぞ良い曲が生まれるだろう。」

「だから不敬だと・・・ナルサスに続いてお前もか、ギーヴ。」

「して、お年はお幾つになられる?」

「19にお成りだ。
 言っておくが、アレを『姫君』として見ない方がいい。下手をするとトラウマになるぞ。」

「おぬしの言い様も大概だがっ?!」

「俺はアルスラーン殿下一筋だからいいんだっ。」

 大人げない物言いの黒衣の騎士に、苦笑しかけた楽士はふと、真顔になって口を噤んだ。この楽士の真顔は危険信号だ。普段チャラい人間が、たまに見せるシリアスなカオ。
 気付かれたか、という表情で、ダリューンもまた遠くを見る。

「別に派閥争いとか、そういうのではないのだ。
 が、何というか・・・アンドラゴラス王の態度が、あからさまでな。
 離宮の一室に閉じ込めて遠ざけてもいいくらいの『亡国の姫君』を、王は何故か溺愛しておられる。王妃と同じか、ある意味、それ以上に。
 形式上『王妃の護衛』に任じて行動の自由を与え、部屋も調度も侍女侍従も最高のモノを。学問の師は当代最高峰の専門家、武芸百般にいたっては、忙しい政務の合間に時間をお作りになり、手ずから仕込む程だと。
 さりとて別に後宮に入れる訳でもなく、純粋に『娘の父親』という立場を楽しんでおられるようだと、伯父上が。」

「オスロエス王は、姫君をよく殴っていたそうだ。」

「オスロエス王?」

「姫君の『2人目の父親』だ、ギーヴ。パルスでの最初の父とも言う。
 ヴァフリーズ老は危惧しておられたらしい。放っておいたら、姫君が王に殴り殺されるのではなかと。
 オスロエス王は『王妃の連れ子』を、殺しはしないまでも目障りに思っていたらしい。或いは生かしたのは、サンドバックとしてだったのか。病弱な御方だったらしいからな。ままならない体や、薬による情緒不安定。政務の鬱憤まで、当時3つになるやならずだった幼子にぶつけていたと。
 老の諫言も耳に届かない有り様だったそうだ。
 アンドラゴラス王が即位なされて、最も安堵したのは間違いなく姫君だろう。」

「19歳という『年頃の娘』となっても反抗期のハの字もありやがらない・・もとい、お見せにならず、義父にべったり・・もとい、懐いておられる。
 過去の経緯を知らなければ、ただのファザコンだがな。」

「ダリューン、お前、建前くらい付けろ宮仕え。」

「・・・・・。」

「ギーヴ、ファランギース、エラムも、どうか姉上に隔意を持たないで欲しい。」

 咄嗟に良い『建前』が思い浮かばなかった忠実な騎士を、アルスラーンはどうフォローしようかと一瞬本気で迷った。
 異父姉を慕う気持ちに嘘は無い。本当に、無いのだ。

「父上からの扱いが違うのはまことだし、王が『そう』扱えば、臣下に思う所が生じるのも当然の事。
 だが姉上ご自身は、私に良くして下さるのだ。お年は5つ違いでな。同じ銀髪なので、昔はよく同父母の姉弟に間違われたものだ。城下に降りて買い食いをすると、大抵はおまけで串焼きなど3本もらえたりしてな、おまけは全て私に下さるような、そんな姉上だ。
 苛められた事など一度もない。
 勝気なのは確かだな。街の悪ガキ相手に、よく私を背中に庇って下さった。
 あと、先程ダリューンが言っていた、『母上がオスロエス伯父上の妃となられる際、姉上の助命を条件にした』という噂話。
 アレは噂に過ぎぬと思う。
 『母上と一緒に居ると息が詰まる、責められている気がする。』と申されて、肩書は母上の護衛役なのに、専ら図書室か練兵場に逃げていらした。
 実際、母上と姉上がお話しされているのも見た事が無い。父上はともかく、母上から疎まれているのは私も姉上も同じなのだ。
 でもソレで卑屈になる事なく、逆に『自由度が上がった』と喜ぶ。そのような、前向きで明るい御方だ。正直、私はその明るさに随分と救われた。
 聡明で、特に語学が得意でいらっしゃる。
 私を異国風の愛称で『ラーニエ』と呼んで、王宮でも姉上の方から呼びかけて下さるんだ。」

「殿下の御名前の後半、『ラーン』を、北方風にアレンジした訳ですか。
 とある北方の国の言葉で、『ラン』は『雪』を表します。パルス語には『雪』がありませんので、直訳すると『空から降ってくる水』という何とも味気ない言葉になりますが。
 北の言葉で『ラーニエ』と言うと、『雪の坊や』くらいの意味になりますね。なるほど、お可愛らしい。」

「流石ギーヴ、よく知っているな。
 天空から氷の結晶が、無数に降りて来る大気現象・・だったか。砂漠で乾燥地帯が多い我が国には、あまり降らないだろう?
 姉上は本で『雪』を知って以来、コレが一番のお気に入りらしい。キシュワードが守ってくれているペシャワールには、そろそろ降る季節だと聞くけれど。姉上ご自身は、あまり王都からお出になった事が無いから。
 いつか本物が見てみたいと仰せであった。」

「ぶっちゃけ俺、見た事ありますけど・・・。
 寒いし積もるしで、砂漠育ちの俺たちには、あんまイイモンじゃ、」

「まことかっ?! 流石ギーヴ♪
 姉上は今、エクバターナにいらっしゃる筈だ。母上と共に・・・。ルシタニアからの救出が成った暁には、是非とも旅の話をお聞かせしてくれ♪ きっとお喜びになるっ♪♪」

「はぁ、まぁ、殿下の仰せとあらば・・・。
 殿下は姉君様が、本当にお好きなんですね。」

「あぁっ♪♪
 あ、でも私だけではないぞ、姉上を好きなのは。万騎長たちの間ではアイドル扱いだったし、公表されていないとはいえ、城下に降りればすぐにご友人が出来る御方だ。見知らぬ者と仲良くなるコツを、よくご存知のお人でな。
 ダリューンも、」

「殿下っ、私はあのような型破りの事など、」

「そうです殿下、私もあのような常識の通用しない姫君の事などっ、」

「型破りなのは、型をよくご存知だからだよ、ダリューン。というか私は、ナルサスの事は言っていないのだけど。
 ヴァフリーズはダリューンと姉上を積極的にくっ付けようとしていたみたいだし、ナルサスもその影響で顔見知りなのかな?」

「顔見知りというより、被害者と申した方が正しいのですが・・・。」

「俺にあの姫君のお相手など身が保たな・・もとい、畏れ多過ぎます。」

「建前、黒衣の騎士殿、建前はどうされたっ。」

「知るかっ。」

「いやしかし、コレは期待して良いやも・・・。
 殿下似の銀髪に、王妃似の美貌、国王も認める武芸に、一流の教養。でありながら、殿下と共に城下にも降りられ、ナルサス卿とダリューン卿を振り回す破天荒さと、まだ見ぬ『雪』に憧れる純真さもお持ちときた。
 ちなみに、瞳のお色はどのようなモノかな?」

「俺の目には・・・オレンジが勝った紅、に見える。
 赤系なのは確かだが、光の入り具合によって全く違う色に見える不思議な瞳をお持ちだ。炎のようなオレンジにも見え、真紅のルビーでもある。時には紫系柘榴石(ロードライトガーネット)にも見え、たまにピンクの水晶のようにも感じられる。
 見飽きぬ瞳、美しい瞳だとは、思う。」

「ほっほ~ぅ。
 絹の国の黒真珠といい、大陸公路の紅玉といい。戦士の中の戦士殿は、兜を飾る宝石にも事欠かぬご様子♪♪」

「ぬかせヘボ楽士っ!
 今日の不寝番は俺だ、食べたらさっさと寝ろっ!!」

「はいはい♪
 最後に大事な事を。殿下、姉君様のお名前は、何と仰るのです?」

「あぁ、それならば。とてもお美しい名をお持ちなのだ。
 姉上の名は、」



「フォルツァティーナ。」

 王都エクバターナ、深更。王弟の私室。
 ギスカール公に名を呼ばれて、パルス王家唯一の『姫』は顔を上げた。
 金茶色の髪に晴れた空色の瞳が鮮やかな壮年の男は、彼女の紅眼に文字が焼き付くかと思う程に凝視されていた紙束を、ヒョイっと取り上げて文面を斜め読みする。
 パルス語で書かれた・・・何だかよく判らない書類。書式から察するに、何かの申請書だろうか。
 大陸公路渡りの材木で作られた、重厚な紫檀の机と、同じく重厚な造りの椅子。
 大木が生えにくい乾燥地帯の国の中にあって、木製という時点で貴重品だ。流石に交易路一の大国、良い品を揃えていると、一目で気に入って宝物庫からかっぱらって来た代物だった。今の所、座る事を許しているのは自分自身と・・・彼女、だけである。
 重厚さにそぐわない白銀の髪の美少女は、黙って視線を寄越してきた男に、椅子に座ったまま澄まし顔で笑み返した。

「読めないでしょ? 訳してあげる。」

「箱入り娘に、ビジネス用語が判るのか? 筆が止まっていたようだが。」

「ルシタニア語に訳すのは簡単よ? 後学の為に、書式を覚えておこうと思っただけ。」

「後学、な。
 俺の専属通訳殿は、随分と勉強熱心な事だ。」

 言うと、ルシタニアの王弟は用紙を裏返して机に置き直す。
 抗議しようとするパルスの姫の、その柔らかい唇を無造作に奪った。

「んっ、・・、また『兄者』様に、無理難題でも言われた?」

「まぁな。」

 短く返した王弟ギスカールは、フォルツァティーナ姫の細い体を姫抱きにすると、躊躇う事無く、寝台の上に横たえる。無造作だが、自然で、手慣れていて、そして何処か優しさも思わせる動きだ。彼女が抵抗しない辺りも含めて、もう幾度となく2人の間で交わされてきたのであろう、そんな動き。
 パルス風のゆったりしたドレスを男の手が剥ぎ取り、白玉の如き舌触りの肌を、入念に舐め嬲って愉しむ。ピアス穴を開けていない耳朶を噛み、首の筋を確かめるように口付けを落としていく。
 気付けば2人共、下着も振り捨てて交わっていた。淫靡で昏い、淀みのような情交だ。
 軍総司令官の日焼けして浅黒い体躯が、高貴な姫君の肢体を押さえつけているようには、見える。
 だが。

「ほら、お前もねだってみろよ、ティーツァ。」

「ぁ、んっ、・・・ゃ、そこ・・・き、もちい、・・っと、」

 姫君の両足を大胆に広げさせ、顔を埋めるようにして割れ目に舌を這わせるギスカール。その口許が纏うのは、悪人の色気だ。
 緩急を付けて吸い、舌で弄ぶうちにも彼女の息が上がっていく。嬌声を零して悶える呼吸は、快楽以外の何物でもない。
 どうすれば『先』に進めるのか、焦らさずに『くれる』のか。
 ソレはもう、教え込んである。自分好みの『女』になるように、ギスカールがイチから教え込んだのだ。このパルスの姫に。性技も、性戯も。

「っ、ギ、ス、カール・・お、ねが・・・っは、ぁ・・も、頂戴・・あなた、の、」

「イイ子だ。よく言えた。
 褒美をやろう、なぁ?」

「ぁっ、・・ん、は・・いっ、つもよ、り、おっき、っ、」

「そりゃ良かった。好きだろう? 大きな『俺』は。
 ほら、動くぞ、ティーツァ。」

「ん・・っ、ぁ、ひ、ゃ、ぁん・・っっ、おく、だめ、っっっ、・・っ」

「ほら、ちゃんと息吐いて・・・くっ、ふぅ・・・やはりたまらんな、お前のナカは。」

 中出しする事に、躊躇いなど無い。
 気にする者が居るのもその理由も知っているが、ギスカールは気にしないタイプだった。精を吐き出す場所が何処だろうが、孕む時は孕むのが女だ。それならば気持ちイイ方がイイだろう。
 初めて抱いた夜、泣きもせずに淡々と身支度を整える彼女にかえって罪悪感を刺激されて、そんな、女に聞かせてもおよそ理解が得られなさそうな持論を展開してしまったギスカールは、思えばその時には既に彼女に夢中になっていたのだろう。
 嫌われたくないという心理が仕事をした時点で確定だ。

『変わっていますね、あなたは。戦勝国の軍総司令官が、敗戦国の女を奪う。この程度は世の習いでしょうに。ましてや異教徒など気遣うなんて。
 本当に、変わった王弟殿下だわ。』

 そう言って、煙るように静かに微笑んだ瞳が忘れられない。あの時自分は、確かにこう思ったのだ。笑って欲しいと。もっと綺麗な笑顔を持っている筈だ、ソレを自分に見せて欲しい、と。
 焦がれる、という言葉の意味を、初めて知った。

『俺の事を変わっている、と連呼するが、そういう貴女も相当の変わり者だろう。
 齢19にして、その悟りよう。『初めて』にそれなりの夢を見る年頃だろうに、16も年上の男の欲を淡々と・・・パルスの女は、皆、そうなのか?』

 胸の内から燃え上がる、などという、生易しい感覚ではない。肚の底から荒ぶる炎で焼かれ、肉が、心が焼けて焦げ付くような『衝動』。
 迂闊に腕を動かしたら、彼女を壊してしまいそうだと半ば本気で思った。
 愛情を自覚したが故に壊す事を恐れ、かえってゆっくりと伸ばされた『ルシタニア王弟』の腕に、大人しく収まった『パルスの姫』はやはり静かな表情だった。
 静かで、だが、王妃と違って確かに感情の揺らぎを察せられるカオ。ソレが揺れる様が、もっと見たい。勿論苦しみではなく、喜びで。

『そんな事も、無いと思いますけど・・・。
 父上の敗北は歴然。ならば武王の子として、私の務めは可能な限り王宮内部の秩序を崩さない事と心得ます。お相手は私が致しますので、侍女たちはどうぞご容赦を。
 万騎長たちの首が城門の外に並んだ時点で、強姦される覚悟はしていましたし。』

『改めてその単語を使われると、な。』

 苦いモノがこみ上げた。
 戦場では多少、高揚して羽目を外す事もあるが、ギスカールは基本、その手の『性犯罪』には眉を顰める常識人だった。
 抱いてから惚れた事に気付いたとか、どう言い訳したものか。

『事実から目を背けても、良い事はありませんよ、王弟殿下。
 ルシタニアの諸将の誰ぞに下げ渡され、弄ばれて後、首を刎ねられるものと思っておりましたが・・・選択権が無かった割に、私は運がいい。
 私を寝台に引き込んだのが、あなただったのだから。』

 言い訳する必要も無かった。
 その事実に愕然とし、次いで年甲斐もなく頬が熱くなる。

『・・・その言葉。こう聞こえるぞ。
 自分が見初めた男は、兄者でもボダンでもなく、このギスカールだと。』

『・・・・・・・一国の姫ともあろう者が、侵略国の司令官に一目惚れするなんて。
 あなたはまた、変わり者だと仰る?』

『いや・・・可愛らしい、と・・素直にそう思う。』

 処女を捧げたばかりの、未だ余韻覚めやらぬ火照った肢体で、美しい顔を背け、頬を染めて俯いた19歳の美少女・・・否、『美女』を。
 本気で可愛いと思ったギスカールを誰も責められない筈だ。直後に再び押し倒してから先の仕儀も、誰にも無理強いとは呼ばせない。
 彼専属の通訳として働きたい、と。彼女自身が申し出たのは翌朝。ギスカールの寝台の上で、だった。
 実際、助かっているのは事実だ。
 純粋に通訳としての力も申し分ない。パルス語は勿論、ルシタニア後、マルヤム語、セリカ語、その他主要な国々の言語はあらかた網羅しているのだから。占領統治下とはいえ、パルス語の需要はある。ルシタニア以外の国々からも書状が絶えた訳でもなく、むしろ如才ない返書をしたためねばならぬ分、気の抜けなさは倍増している。
 通訳は困らない人数連れて来ているが、やはり、専属として背後に控え、振り返ればすぐに正確なルシタニア語が得られる利は捨てがたい。彼女の訳語は硬い直訳ではなく、外交的・政治的知見も踏まえていて、その鋭さ、才知に時折ハッとさせられる。
 加えて『アンドラゴラス王の娘』の存在は、自由に動けるほぼ唯一のパルス王族として、城内の安定にも一役買っていた。ソレが役目だと、あの夜、彼女自身が言ったように。
 王宮の者は皆、彼女の存在も、王の溺愛も知っている者たちばかりだ。
 ルシタニア軍宰相兼最高司令官。その後ろをパルスの姫が歩き、付き従っている。たったそれだけの事だが、ソレが大事なのだ。おかげで必要最小限の戦闘で王宮を掌握出来、今も仮初めとはいえ、まともな秩序を保っている。
 まぁそれでも、念の為の用心として、兄・イノケンティス7世と政敵・ボダン大司教の前に出すのは、最小限に留めるつもりだが。
 兄はタハミーネに夢中だから害は無かろうが、ボダンは油断ならない。
 フォルツァティーナはイアルダボード教に改宗済みではあるが、ソレが表面上のフリである事くらい、ヤツも理解している筈だ。あの狂信者に『パルス人の人心掌握の為、生き残ったパルスの姫を、融和の象徴としてルシタニア王弟の妃に迎え入れる』などという詭弁は通じまい。『王弟妃の最初の仕事として火刑に処されろ。』などと言い出しかねず、また実行し得る力を持つのがヤツの恐ろしい所なのだ。
 真面目に思う。狂信者には、ハナから権力など与えるべきではない。

「起きたか、ティーツァ。」

「ん・・・。」

 裸の胸に抱き竦めていた彼女の体が、僅かに身動ぐ。
 起き抜けに、猫のように。額を彼の胸に擦り付けるのは彼女のクセのひとつだ。
 ギスカールは黙って、彼女の銀髪に口付けを落とす。
 囚われの父王を盾に取られて、夜毎、侵略者の頭目に瑞々しい肢体を貪られる哀れな姫君。侍女侍従の間で、『おいたわしや』と囁く声があるのは知っている。
 全くの見当外れ、でもないのも自覚している。フォルツァティーナが自覚的に振る舞っているから忘れそうになるが、彼女に拒否権が無いのは王宮陥落から変わりない。泣いて拒否した所で、ギスカールが一言『来い。』と言えば、自ら寝台に横たわらざるを得ない立場なのだ、フォルツァティーナは。
 侍女侍従たちが、父王に愛されて育ち、自由闊達で誇り高い彼らの姫君を案じるのも無理からぬところであろう。
 ただ、まぁ、だからといって諦観に囚われ流されるような『ひ弱なご令嬢』なら、ギスカールの食指もあの一夜で止まっていた筈なのだが。

「まだ夜明けには遠い。寝ていて良いぞ。」

「えぇ・・・カール、何か悩み事?」

「そう見えるか?」

「眉間に皺、寄ってる・・・カールはいつも、何か悩んでるのね。」

 フワッと淡く微笑んで、ギスカールの顔に細腕を伸ばす。フォルツァティーナの柔らかい唇が、彼の眉間に軽く触れた。
 あぁ、と、ギスカールは無音の息をついた。
 この表情、この温もりが、自分に向けられている。その安堵を知ってしまったからには、もう彼女を手放す、などという選択肢は存在しない。火刑に処すなど真っ平御免だ。
 よく手入れの行き届いた、腰まで伸ばした見事な銀髪を弄びながら。
 ギスカールはフォルツァティーナの耳元で囁いた。

「俺は必ず、お前を妻に迎える。
 だが、だからこそボダンには気を付けろ。俺の同行無しに会わぬように。言質を取られそうなら、不自然でも口を閉ざしていろ。後の辻褄は俺が合わせる。」

「はい、王弟殿下♪
 カールは、母上の事は欲しくないの?」

「気にもならんな、あんな人形女。
 確かに王妃は美しい。が、笑った顔が全く想像出来ん。向かい合って食事をする様も想像出来ん。何を好むのか、知る気も失せる。
 お前の方がイイ・・・お前が、イイ。
 好奇心旺盛で、行動力があって、前向きなお前がな。俺はお前の、その紅の瞳が好きだよ、ティーツァ。」

「たまに考え過ぎてかえってバカな事したり、フライングしたり、お姫様にあるまじきレベルで武芸が達者だったり、流血が平気だったりするけど?」

「俺が何も言わなきゃまともに動けもしない指示待ちな女より、前のめりにでもいいから、一途に行動してくれる女の方が好きだがね、俺は。
 それに、お前には話したろう、ティーツァ。俺の野心を。」

「っ、うんっ。」

「俺は必ず、野心を果たす。
 その俺の隣に立つ女、妻になる女。そんな女が、血を見て卒倒したり、ナイフも握れないようなひ弱な『ご令嬢』では困る。
 そういう意味でも、俺にとって理想の妻なんだよ、お前は。」

「はいっ♪
 嬉しいな、初めて本気で好きになった人に、そんな風に言ってもらえて・・・。一目惚れした次の瞬間に失恋確定だと思って、死ぬ前に、1度でも抱いてもらえれば幸運、くらいに思っていたから。」

「何を無欲ぶっているんだ、このお転婆は。
 そういうお前は? 齢35、16も年上の敵国の男の、一体何処に惚れ込んだ?」

「? カールって結構、私との年齢差、気にしてるよね。
 私、年上の人が好きなの。ファザコンっていうのもあるし、物心ついて以来、年上の男に囲まれて育った、っていうのもあるし。
 もちろん自衛は出来るけど、それとは別に守られたい願望強い面もあるし。
 私の実父は、義父に負けて自殺した。私と母上を放り出して・・・その影響も、潜在的にあるのかも。実父の記憶なんか何も持ってないのにね。
 ギスカール、世話焼きなあなたなら、思い定めた女を放り出すなんてしないでしょう? そういう所が好き。
 それにね、私、向上心が強い人が好き。
 明確な野心、しっかりしたビジョンを持っていて、口だけじゃなく実際に行動してる人が好き。ただプライドが高いだけじゃなくて、望みに見合う実力を持った人が好き。
 戦に強い人も好きだけど、実務能力に秀でた人も好き。
 ね、今6回くらい『好き』って言ったでしょう? 全部、あなたへの『好き』よ、ギスカール。」

「今ので8回目か?」

「これから先、もっと言うわ。
 数え切れないくらい言うから、ちゃんと聞いててね、カール♪」

 しっとりと男の胸に甘えながら、子供のような無邪気な言葉を紡ぐ。
 柳の細腰を優しく撫でつけながら、ギスカールは改めて苦笑した。どうにも自分は、このギャップまで含めて気に入っているらしい。パルスの・・・まぁ血筋的にバダフシャーンの流れなのは知っているが、パルス唯一の姫君を、絆したのか絆されたのか。
 『あの』アンドラゴラス王が、実子の王太子よりもなお愛でる姫君、というから、一夜の気紛れのつもりで閨に侍らせてみたが。
 いつか必ず、何処かの王位に即位してみせる。
 そんな野心まで語らせたのだ、この姫は。彼女の真意がハニートラップだろうが兄王の寝首だろうが、とことんギスカールの都合に付き合ってもらうつもりだった。



 天空に散ちばめられた銀の欠片を眺めて、しかしダリューンは感嘆どころか悲嘆の眉根を寄せた。
 表情の意味が解るナルサスが、草の上に寝っ転がったまま面白そうに笑っている。

「ダリューンよ、今宵は何とも、紅き戦星(いくさぼし)が鮮やかな事だな。
 恋しい人を思い出すだろう?」

「何が恋しいモノか。
 俺は別に、『姫君とは深窓であるべき』とまでは思わんが・・・あの御方は、フォルツァティーナ姫殿下は、何かが違う。
 初めて御意を得た13歳以来、折節感じていたのは才覚への畏敬よりも、ご年齢に不相応な程の・・・まるで心だけ一足飛びに大人に入れ替わったかのような、落ち着き。品のあるお振る舞い。ソレらに対する違和感だった。
 およそ子供らしさの欠如した姫君だったよ。『苦労したから』とか、『天才児だから』などという一言で片付けられない『何か』をお持ちの御方だった。」

「仕える側としては、楽で良い。
 そう考えられない所が、おぬしの美点であり、苦労の原点でもある。」

「・・・黒は好きだが、赤は好まん。火星も嫌いだ。
 俺はあの姫殿下が恐ろしい。その恐ろしい姫殿下を、否が応でも思い出すからな。」

「大陸公路最強の騎士を怯えさせるか。
 だが、此度のような仕儀に至っては、逆に幸運であろう、ダリューン。お前を怯えさせる程の器量をお持ちの姫殿下の事、今も敵中に伏せて計略を巡らせておられるに違いない。
 殿下の王都奪還に、内側から助力を賜る事も不可能ではなかろう。」

「・・・・・・あの御方が、そのようにシンプルに考えて下さるだろうか。」

「さてさて。
 判らんよ、何せ俺は幸運な事に、おぬしよりかは被害が軽い、もとい、会う機会が少なく、その分情報も少ないのでな。
 なんだ、カーラーンと同じく、ルシタニアに協力なさっておられるかも、とでも考えているのか?」

「少し違う。
 あの御方は実母のタハミーネ王妃を嫌っておられるが、義父のアンドラゴラス国王陛下には忠実だ。王族としてのご自覚は、誰よりも意識高く持っておられる・・・それこそ、タハミーネ王妃よりもな。
 だがそれ以前にあの紅の視線は、そういう国同士の鍔迫り合いを超えた所にある気がしてならぬ。
 目の前の興亡と同時に、遠くの歴史も見遥かす。同時進行で違うモノを見聞きしておられる。俺には伺い知れぬモノを。
 決して冷淡な御方ではないし、弟君への情も偽りではなかろうと思うが・・・正直、何を欲し、どうお考えなのか、全く推量が出来ぬ。」

「ふぅむ・・・何を考えているのやら、と。
 姫殿下は、王太子殿下にはご助力下さらぬだろう。そう思うのか?」

「ソレも含めて、俺には判らぬという事だ。
 あの御方は、良くも悪くも尋常な御方ではいらっしゃらぬ。連絡手段があるならともかく、事前の相談無しに『こう動いて下さるだろう。』と当て込んで動くのは、危険だと思うのだ。こちらが肩透かしを食らいかねん。」

「俺もかの姫君を多少は存知上げているから、お前の懸念する所は判る気もするが・・・。
 お前も気苦労が絶えんな、ダリューン。」

「お前がとっとと若隠居を決め込むからだろうがっ。山奥とかテンプレ過ぎだろっ!
 殿下が即位なされた暁には、宮廷に缶詰めになって馬車馬も真っ青の仕事量をこなしてもらうからなっ!」

「応とも、望む所だ未来の大将軍よ♪
 宮廷画家として、陛下のお姿を1日も漏らさず毎日描き続けよう、友よ。そして後の世の人々に、絵画で偉大な治世を語り聞かせるのだっ♪」

「実にブレないな、おぬしも。
 言っておくがその『偉大な絵画』とやら、冬になったら俺が全部引き取って暖炉の燃やしにするからな。さぞ燃料代が浮く事だろう。家計への助力、今から感謝しておく。」

「本当にブレんな、おぬしもっ。」

 パルス歴320年10月、アトロパテネの会戦。
 季節は刻一刻と、砂漠の王国に寒気を示し始めていた。




                          ―FIN―

アルスラーン戦記 姫殿下ver. ~殿下は夜空に姉を想う~

アルスラーン戦記 姫殿下ver. ~殿下は夜空に姉を想う~

カシャーン城砦からペシャワール要塞へ行く道すがら。アルスラーンが臣下たちに、望郷の表情で語るのは『家族』の話。彼にとって唯一の『温かい』家族、『姉上』の存在だった。 『弟』が姉について、キラキラした瞳で語っていた頃。彼の『姉』は、弟の仇敵、侵略者の首魁である筈の、ギスカール公の寝台に居た。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 時代・歴史
  • 成人向け
  • 強い性的表現
更新日
登録日
2016-01-13

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work