戦国BASARA 真・転生ver. ~計画恋愛~

ハローハロー、『恋愛』シリーズ? 第3弾。

前回の続きで、スパイ物、です。
・・・無事にソレになっているのか、どうなのか。

ともあれ。

今回投稿したこのお話は・・・。

カップリングは、やはり天海×鶴姫。

他に大谷さんと松永さんがご登場。
あと、一瞬、名前だけ佐助さんが。

他にオリキャラが2名ほど。

・・・転生モノのお話を読む度に、ホント、思ってたんですけど。
木の股から生まれた訳でなし、蔵にでも押し込められてた訳でもなし。
『前世と全く関係のない、今生の』
親だの師匠だの(義)兄弟だのが、居るのが普通だと思うのですが。

そして、『彼ら』との絆が『前世』より優先する可能性だって、
大いにあると思うのですよ、うん。

今生の天海さんが、まさにそのタイプ。元々『やり直したい願望』の強い人だったと思うし。
今生の鶴姫さんは、前世と今生と、あまりに違い過ぎるギャップに耐えかねてるタイプ。
今生の松永さんは、ほぼ唯一の天然の前世持ちで、ソレが出来る立ち位置だったから『対テロ組織』とか作ってみたけど、悪戦苦闘してるタイプ。前世実質愉快犯のテロリストだった御仁が、慣れない事するモンじゃないよ、っていう。

エロは無いです。
というか皆様、多分そんな余裕が無い(精神的に。)。

一気に、松永さんと鶴姫さんと天海さん、それぞれが何を考えて行動しているのか、その目的が明かされます。

前回同様、注意点という名の逃げ、

その1→文中の外国語は、全てグー●ル先生が訳して下さったモノです。
なので間違っていたらゴメンナサイ。先に謝っときます。

高校英語で留年が危ぶまれたレベルの猫が、間違いに気付くのはムリッス・・・!

その2→実在の国・団体とは一切の関係がありません。
・・・当たり前ではありますが、アレだけ色々と国名を出した手前、一応言っておきたくなる・・・。
先に、スライディング土下寝。

その3→月読命が何を司っているのかっていうのは、記紀神話にも殆ど記述がないそうです。

エピソードが無さ過ぎて謎の神、姉が太陽、弟が黄泉(父親から『やれ』って言われたのは海だけどネ。)だし、名前から月じゃね? 月に関係するモノも一緒に司ってるんじゃね? みたいな。
詳しい方、誰か教えて下さい(笑)。

個人的には、二面性が激しすぎてどっちが基本か判らず、纏めるのを諦められた、という展開を希望(その方が面白い)。
居るよネ、良く言えば繊細、悪く言えば不安定で、普段は穏やかで優しいけど、キレるとケンカがマジ強い、っていうタイプ。

月読命がそういう御方だと嬉しいなぁ・・・(何を目指しているのか。)。

長々と言い訳を連ねて参りましたが、この辺りで。

お楽しみ頂ければ幸いです・・・♪

戦国BASARA 真・転生ver. ~計画恋愛~

『お願いよ、天海殿。
 最初の予定通り、私をあなたの妻とし、そして私を殺して頂戴。』

『・・・・・鶴姫さん。あなたの言葉は、至って正論です。』

 最大の誤算は、自分の心。誰が予想し得ただろう、前世の狂人の心に、ごく一般的で普遍的で穏やかな、『妻への愛情』が宿るなど。
 天海は静かに息を吐いた。



 翠雨。
 この名の由来を、鶴姫は知らない。何を思い、どう願って付けたのか。今生、『飾茨』の父からも母からも、とうとう聞かず終いだった。
 単純に言葉の意味だけを国語辞典で調べれば、『5月頃に降り、若葉を潤す慈雨』である。
 誰かを潤す者で在れ。
 そういう意味なのだと、勝手は承知で、そう解釈していた。

「お久しぶりです。『大谷さん』。」

「久しいな・・・『伊予巫女』。ほんに、久しい。」

 夏真っ盛りの日の本、それでも一応涼しい日を選んで、鶴姫は吉継と2人きりで対面していた。彼女がベルギーから帰国するのは、実に2か月ぶりになる。
 この人を潤す者で在れたら、良かったのに。
 そう思いつつも、今生の鶴姫は既に、別の祈りを胸に秘めて行動を始めてしまっている。
 止まる事は、出来ない。

「お体の方は如何ですか、大谷さん。
 今生、何処か苦しかったりしませんか?」

「おお、おお。大事ない。我の今生、前の世より余程頑丈な器を授かった故な。
 そういうヌシは如何様(いかよう)か。怪僧めはヌシを安んじておるか。外つ国での暮らしぶり、不足はないか。外つ国の者たちは、よもやヌシを軽んじてはおるまいな? 怪僧めはヌシに、まともな医者を宛がっておるか?」

「大谷さん・・・。」

 静かに苦笑を纏う鶴姫に、質問攻めに今更気付いた吉継は、彼もまた静かに苦笑してティーカップに口を付けた。
 吉継と『だけ』なら、会うと。
 彼と『だけ』会う為になら、帰国しても良いと。
 1か月前、『月雫』にそう伝えたのは彼女だった。入隊する気になったのではないし、彼以外のメンバー、例えば小十郎や元就に会う気もない。個人的に、吉継に『だけ』渡したい物があるからだ、と。
 吉継以外が同道するなら、踵を返してベルギーに帰る。荷物なら郵送でも構わないのだし、不義理を重ねる前世の弟子からの品など、入り用に非ずと言うなら別に、贈らなくてすら構わない。大変に残念ではあるが、そうするより他にない、と。
 そう(メールで)言われては、小十郎も元就も、他のメンバーも黙らざるを得ない。
 彼女から提示された条件を全て呑み、彼女から指定された時と場所で会う。
 策謀巡らせたがりの『あの』寥星跋扈・豊臣軍師の性悪な方・大谷刑部吉継が諾々と従う辺りに、彼の必死さが垣間見える。何としてでも前世の愛弟子に会いたい、と。
 彼女が指定したのはそこいらの居酒屋・・・ではなく、部屋付きの執事が居る高級茶館、それも個室だった。入館自体の敷居が高ければそうそう(月雫からの)妨害も受けまいし、個室ならばゆっくりと話せるだろう、という訳だ。
 着ていく服に迷って『デートかっ』と一人ツッコミを入れ、結局無難なスーツに落ち着いた吉継に対し、車椅子の鶴姫は、清楚で品の良い、ピンク系のツーピースである。

「その・・・まずは謝罪を。
 ごめんなさい、大谷さん。師筋の方とお会いするのに、色々と勝手な条件を付けてしまって・・・本来なら、膝を屈して『会って頂く』のが礼儀ですのに。
 さぞご不快に思われた事でしょう。」

「なに、構い立ては致さぬわ。
 ヌシも事情が立て込んでおるのは、何とのう察せられる。『会いたいが会いたくない』者だらけ、といった所であろ。今の『月雫』は。
 『自分の名は無いのか』と聞いてきた謀神だの、『この際、小姓でも何でもやってやる』とやらほざいてきおった鬼めらの顔は、見ものであったしな。
 いや、実に愉快、ユカイ♪」

「あはは・・・ノーコメントで☆
 小姓と言えば、先に彼を紹介しておきますね。
 敬啓(けいけい)。私の師に、ご挨拶なさい。」

「はっ、皇姫(こうき)殿下。」

「?? こ・・何とな?」

 唐突に耳慣れない単語を出されて、流石の性悪軍師も目を白黒させる。
 その青年の薄翠(はくすい)の髪は、世界的に見ても珍しい部類だろう。伸ばしたらさぞと思わせるが、短く刈り込み、澄み渡った濃翠の瞳がよく見える。肌は黄色いし、顔立ち的にも東洋人と見受けられた。 
 年頃は20代前半、天海より少し上くらいか。
 身の丈は180前後か、アジア系にしては大柄だ。漆黒のスーツに包まれていても、武人として練り上げられた良い肉体が見て取れた。
 戦国レベルに鍛えた武人肌の男など、西暦3000年の世に珍しかろう。
 珍しかろうが・・・。
 身体こそ健康を保っているが前世の記憶を持ち、つまりは前世同様、心根のねじ曲がった吉継は苦手だった。この青年が、この部屋に入って初見した時から。
 例えて言うなら、幸村や利家に通じる健全さを感じるのだ。

「初めて御意を得ます、大谷吉継卿。
 お、おうさ、噛んだ・・・お噂はかねがね承っておりますっ! 我が姫殿下を導き給うた御方に、お目に掛かれるなど光栄の至りでございますっ。
 自分、中国諜報部・特殊部隊『陰陽(インヤン)』所属・喬・敬啓(きょう・けいけい)と申す者。
 本日は畏れ多くも、九瀬公の代理の任を賜りまして、瑠璃皇姫(るりこうき)殿下の護衛をさせて頂く事と相成りました。何なりとお申し付け下さいっ。」

「・・・・・い・・伊予巫女・・・。」

「おおっ、まことに『伊予巫女』と呼び給うておられるのですねっ。」

「伊予巫女っ!」

「天海殿なりの気遣いですよ、大谷さん♪」

 『半分も意味が取れなかったっ!』という顔で短く叫ぶ吉継。
 彼のそんな表情にすら、鶴姫の傍らの青年は、瞳をキラキラさせるのだ。

「おおっ、名を呼んだだけで互いの意が通じるとはっ!
 流石に『戦乱の中で育まれた絆』という感じです、素晴らしいです姫殿下っ!」

「・・・コレの何処が『気遣い』とな? 狸2号を送り込む事がか?」

「ふふふ♪
 天海殿が日の本に入国すると、『月雫』が過剰反応するでしょう。私の身柄だって欲しいでしょうけれど、彼の身柄はもっと欲しいでしょう?
 『ヤキ入れたい』的な心理が入るから。
 とてもじゃないけど、師弟の再会どころじゃ、なくなってしまう訳ですよ。
 だから天海殿は今回、ベルギーでお留守番。
 だからって私1人で日の本に行かせると、拘束されて帰って来れないかもっていう危惧がある。体調の事もありますしね。
 だから、敬啓が天海殿の代理。
 彼は自己紹介で言っていた通り、中国諜報部の所属。ですが『陰陽(インヤン)』は本当に特殊な部隊で、時間に融通が利くんです。
 特殊部隊なのに我が侭が通り易いというか。
 加えて・・・まぁこちらがメインですが、彼の忠誠心は私にある。故国ではなく。」

「御意。
 シャイラルの戦士は、国ではなく特定の女性を定め、守って一人前とされます。我が姫の『瑠璃皇姫』の器たる事、誇りに思います。」

「シャイ、ラル・・・?」

「ご存知かもしれませんが、中国の広大な国土には、多数の少数民族が存在します。
 『シャイラル』はその中のひとつ。
 薄翠の髪が特徴の『流浪の弓兵』。国を持たずにアジア全域に広がる謎の民です。西洋で言う『ロマ』みたいなものですけど、文化史が殆ど知られていないから、『シャイラル』でネット検索しても、何の情報も出てこない。そういう民。」

「先程からチョイチョイ出てくる、『るり、こうき』? というのは・・・。」

「ラピスラズリの『瑠璃』に、『すめらぎのひめ』で『皇姫』。
 今でこそ国を持たないシャイラルですが、伝承曰く、古代には帝国を築いていたと。その帝国が危機に瀕した際に、国を救った皇帝の妹が居たそうです。
 一族伝統の薄翠の髪に、一族には珍しい瑠璃色の瞳。
 『救国の巫女』にして、帝国中興の祖となった瑠璃の姫を、民は敬意を込めて『瑠璃皇姫』と呼んだそうで。
 シャイラル男性の『特定の女性を生涯守り抜く。』という伝統は、その『瑠璃皇姫』以来なのだそうですよ? あ、その『特定の女性』は、別に血縁だとか、妻だの恋人だのに限りませんから。純粋に自分の意思で選ぶんですって。
 そして、敬啓は自分の『瑠璃皇姫』に私を選んだ、と。」

「殿下は『只の女性』に収まらぬ器。
 前世の大功だけでなく、今生も我が闇を祓い給うて下さいました。武力も計略も用いず、会う事すらないまま、歌声だけで人を救える御方。
 まこと、『瑠璃皇姫』の御名に相応しき御方にて。」

「コレですもの。仕方のない子。
 天海殿は、この『私への』忠誠心を見込んで、彼を中国からベルギーに呼び寄せました。彼ならば、たとえ中国と日の本の間に摩擦を生んででも、日の本からベルギーに私を連れ帰ってくれる。
 そう見込んで。」

「無論っ。
 九瀬公のご信頼、光栄至極にございます。」

「・・・ヌシの今生16年、どのようなモノであったか知りたくなったわ。」

「それはまた後ほど、ごゆるりと。
 敬啓の話は、コレで終わり。今は先に、お約束のお品を、お渡しさせて頂きたく。」

「あい、あい。
 そういえば、我に渡したき品があるとやら。」

「これを。」

 無言の連携ならば、敬啓と鶴姫の間にも成立しているらしい。
 薄翠の青年が腰つきも低く卓上に置いた楽器のケースを、彼女の繊手が丁寧に開く。名残を惜しむように、懐かしく、慈しむように。
 見慣れぬ形をしたその楽器ケース。中から出てきたモノを見て、吉継が瞠目する。
 磨き込まれた紫檀の木肌、凛と張った4弦、緩やかで美しい半卵形の胴。それに、彼女が・・・彼女と自分が、共に愛した精緻な螺鈿。
 他ならぬ吉継が、覇王・豊臣秀吉から賜り、至宝とした琵琶。
 彼女と三成以外には触れる事を許さず、豊臣と彼女の為以外には、終ぞ弾かなかった琵琶。
 失ったと思っていたその琵琶が、今、吉継の眼前に在った。

「・・・飾茨の蔵で見つけました。かの家は、古物商ですから・・・。
 前世、私、この琵琶をお借りしたでしょう?」

「・・・あぁ、貸した・・・。」

 悠久の過去を見遥かす、鶴姫の静かで穏やかな声音に、対する吉継の声は震えていた。
やり切れなさに。

「少し前、蘭ちゃんに会いました。」

「・・・・・。」

「なじられましたよ、待っていたのに何故、帰らなかったのか、と。自分たちの誰も、私が最期を迎えた場所を知らない、と。
 それを聞いて思い出したんです。
 飾茨の蔵に、見覚えのある琵琶が眠ってたな、って。当時は再会出来ると思ってなかったから通り過ぎた、むしろ叶わぬ再会ばかりに焦がれさせられるアイテムとして、奥に仕舞い直した代物ですけど。
 思い出して、どうしても気になって、天海殿に頼んで入手してもらったんです。
 改めて見直して・・・やっぱり、あの琵琶だ、って。
 前世、最期の瞬間。頭をよぎったのは『あの琵琶を返さなきゃ』でした。
 だから・・・。
 今、お返し致します。我が師。」

「・・・・・前の世、ヌシに最後とまみえたは、この琵琶を貸した時であった。」

「はい。」

「悪しき妖物に堕落した、かつての国津神の調伏に使うと。」

「はい。」

「我は躊躇いなく貸した。躊躇わなさ過ぎたのよ。
 何も訊かず送り出した。何も、訊かな過ぎた。ヌシがどのような神を相手取るのか、堕落したとはどのように、何処で戦い、どの程度の激しき戦となりよるか。
 ヌシはそのまま、待てど暮らせど、いつまでも帰らず行方も知れなくなった。
 後悔した。愕然とした。迎えに行きたくとも、我は土地の名も知らぬ。あの時一言・・・せめて、一言なりとも問うておれば良かった。『1人で大事ないか』と。『何処で戦いやる、土産には何々を買うて参れ。』とでも。
 我は、いつの間にこのような不実な師に成り果てたのかと・・・若かりし日は、共に戦場を駆け抜けた我が、いつの間にこのような横着に・・・。
 済まぬ、伊予巫女よ・・・我が唯一の愛弟子よ。
 済まぬ事であったな、吾子。」

「・・・・・・。」

 今生、包帯を巻いていない右手が、鶴姫に伸ばされる。歪みきった精神に、不似合いな程の優しさで彼女の頬を撫でた指先に宿っていたのは、紛れもなく『慈愛』だった。
 涙の浮かんだ瞳で笑い返した鶴姫は、あの頃と変わらず。病んでいてもいなくても、吉継の手を握るのに、彼女が躊躇した事などない。己が両の掌でしっかりと彼の掌を握り、大事そうに頬に押し付けた。

「伊予巫女よ、ヌシが最期を迎えた場所は何処か。」

「・・・・・。」

「こうして転生も果たし、怨霊と化してはおらぬとはいえ・・・弔いがしたい。前世、謀神と竜の右目、揃いも揃って首を縦に振らぬでな。
 結局、葬式も法要もロクに致しておらぬのよ。ヌシが死んだと、認めたくなかったのは皆同じでな。故にあの2人だけのせいではあらぬのだが。今からでも・・・。
 伊予巫女?」

「・・・土地の名など、忘れてしまいました。覚えていたとして、1000年以上も昔の話です。変わったり無くなったりで、探し出すのは至難でございましょう。
 調伏は失敗、我が命と引き換えに封印が成功したのを確認した所で、私の記憶は途切れております。
 天海殿と共に炎に巻かれての最期。死因は焼死でした。
 この琵琶のその後の行方は存知ません。寺のご住職のご依頼で為した封印故、様子を見に来たご住職にでも拾われたものと思います。あとは流れ流れて、飾茨の蔵に、といった所でしょう。」

「左様か・・・。
 本人が望まぬのなら、そこまでの事よ。この話はこれまでとしよ。」

「はい、大谷さん♪
 あのですね、大谷さん♪♪ 実は色々持って来てるんです。大谷さんにお見せしたい物♪ 召し上がって頂きたい物も。
 ちょっと多めに作ってきたから、お毒見で多少減っても結構、残りますよ?」

「毒・・そういう単語をサラッと言いやるのが、ヌシのヌシたる所以よな。
 今の流れは『我だけでなく他の面子にも振る舞える程に多量』であろ。」

「流れなんて知りませ~ん♪ そうやって『流れ』を読む辺りが、丸くなった証拠ですよ、大谷さん。そういう大谷さんも、私は好きですけど。
 割と珍しめなの中心に、色々作ってきたんです。スイカ糖とかサングリアとかは調味料にも使えますから。ドイツの人から教えてもらったドイツのお菓子とか。
 あ、スイカ糖は長期保存出来ますけど、サングリアは飲み頃がありますから、どんどん飲んじゃって下さいね?
 保存方法とか使い方は、ネット検索して下さい☆」

「げに大漁よな、タイリョウ。
 ヌシの真価は、外つ国の菓子だけではなかろ。見たぞ、ヌシの作った偶像を。
 『星晶(しょうき)』と言うたか、黒き歌姫。」

「っ、見て下さいましたっ?! 大谷さんっ♪♪
 どうでした、大谷さん♪ どのお歌がお気に召しました?♪♪♪」

「まぁ急くな、ちくと待て。
 ゆるりと話を致そうぞ。」

 警備のしっかりした高級茶館の、長居できる個室。そこを対話の場に選んだ鶴姫はやはり慧眼だった。2人は結局、昼食を挟み、消炎剤の副作用による睡眠すらも挟んで、1日中話し込んでいたのだから。
 吉継に頭を撫でられて瞳を輝かせる鶴姫の横顔を、薄翠の従者が穏やかに見守っていた。



 その夜、深更。
 鶴姫の滞在先を訪れた久秀は、のっけから冷たい言葉を賜っていた。

「少し、精神統御が甘いのではなくて?」

「そうかね? 羽衣の巫女。」

 ノックしたにも関わらず、扉を開けてすぐ飛んできたダーツの矢。それに冷え切ったこの台詞。
 矢を弄びながら、久秀は自分の判断を修正していた。今生の『彼女』を甘く見ていた、と。
 甘言を弄して近付き利用せんと欲し、迂闊に裏事情を話してしまったが・・・苦笑と共に、『病弱な引き籠もり娘』像を修正する。
 そうだ、前世も彼女にはこうして、散々に思考や行動を修正させられた。須らく予想通りに動いた男たちと違って、彼女のなんと闊達だった事か。故にこそ、彼は彼女を気に入っていたのではなかったか。

「卿は本当に、大谷と私に対する態度が違う事この上ない。」

「それがイヤだのヒドイのと、泣けた立場ではないでしょう?
 あなたこそ、お気を付けなさい、戦場の梟。『月雫』司令官殿。
 糸繰り棒を手放さないよう。精神統御が完全に解けたら、彼らはあなたを八つ裂きにするかも知れないわ。」

「卿は? 巫女。」

「私には関係がないから。
 あなたの『戦い方』の是非を、私は問えた立場ではないもの。必ずしも間違っているとも思わないし。麾下に入る気もなく、この国と運命を共にする気もないなら尚更ね。」

「そうかね。」

「えぇ。」

 『評価を修正する』と言うのとは、また違うかも知れない。
 前世、久秀は『鶴姫』という少女・・・女性が、嫌いではなかった。見た目の愛らしさとは裏腹の毅(つよ)さ。残酷な現実にも難なく対応する彼女との、対話が。
 『前世は』そんな対話を、年長者として気に入っていた。
 『今生の』彼女に、自らが設立し、『月雫』と名付けた秘密組織の裏事情まで話した・・・話してしまった、のは。
 今度は彼の方が、年少者のような感覚で安らぎたかったから、だ。この『残酷な現実』にさしもの彼もうんざりしていたし、だが逃げられないのも判っていたし、何より対等な目線で共有してくれる存在が欲しかった。
 己が行いを知り、醒めた目で『批判』し、それでいて『否定』はしないでくれる存在が。
 人はソレを『共犯者』と呼ぶ。
 彼のそんな感傷を、知ってか知らずか。退屈そうな表情の彼女が、淡々と渡してきたのは盗聴器。年若い女性が持つには、随分と物騒な代物だった。

「これを。
 茶館には私が先に入ったでしょう? その時に執事が渡してきたわ。」

「ほほぅ、コレは中々。空気の振動で会話を聞き取る、最新式の盗聴器ときたか。
 誰の手配か、興味深いところだな。」

「簡単な質問ね。
 即席で指紋を取って、『月雫』のデータベースをハックして、個人情報と照合した。
 それとは別に、盗聴器の機種を特定して、製造番号から購入者を追跡した。
 どちらも出てきた名前は『猿飛佐助』よ。
 背後に居るのは幸村さんか政宗さんでしょう。」

「見事だ。
 その情報収集力、是非『月雫』で発揮して欲しいものだな。」

「その言葉は聞かなかった事にするわ。
 今回は事前のルームチェックの段階で、執事が気付いて外してくれた。それにそもそも、聞かれて困る会話もしなかった。
 だから問題にはしないけど・・・別の意味で、少々問題では? 対話には介入しないよう、言っておいたのでしょう? 彼らはあなたの指示に背いた、という事よ。
 私と長時間向き合えば、『絶対加護』の神威で、どんな複雑な精神操作もいずれ解ける。だからこそ、私はあなたの邪魔をしないよう、私なりに気を遣ったつもりなのだけど・・・大前提の精神統御が機能していないのなら、配慮にも意味がなくなるわね。」

「返す言葉もない。」

「・・・大分、お疲れのようね。『梟さん』。
 敬啓。紅茶を。ミルクティーがいいわ。」

「御意、皇姫殿下。」

 壁際に控えていた薄翠の従者が、音もなく静かに、続きの間に下がる。
 流れるような静かな動きは、本来、イギリスなど本場で訓練されなければ身に付かない『西洋の執事』『騎士の従者』の動きだ。当然ながら東洋にも、従者ならではの礼節は存在する。が、西と東では根本的に心得が異なる。
 喬・敬啓。彼のように、西と東、両方のオフィシャルスペースで通用する礼節を身に着け、また、両方を自在に切り替えられる人間は珍しいのだ。
 自分を卓にいざなった鶴姫に、久秀は感心と好奇心から問い掛けた。
 探るような口調になったのは、ただの職業病である。容赦して欲しい。

「彼、喬・敬啓といったか。
 大陸は『陰陽』の所属という事だが、どういう来歴なのだね? 西への留学経験でも?」

「彼の一族は長年、かの大国の片隅に居住区を設定されて、押し込められていたの。加えて彼自身も『国外禁』の処分を受けた身。
 西への留学どころか、アジアの他の国にも行ける立場ではないわ。
 『陰陽』内部で振られる任務も、中国国内に限られているそうよ。」

「その割には日の本やらベルギーやら、自由闊達な事だね。」

「『本来は』よ。
 今は、用事がある度に毎回、中国諜報部と取引しているの。『天海殿が』。
 ゆくゆくはイチイチ交渉しなくても私の傍に常在出来るよう、彼の自由を勝ち取ってくれると言っていたけれど。『天海殿が』。」

「・・・・・・。
 竜の右目には、出来ない芸当だろうね。」

「私は何も言っていないわ。私は。」

「・・・・・・。」

「お待たせ致しました、皇姫殿下。松永卿。」

 ミルクティーが置かれたのは、久秀の前にだけだ。鶴姫の前には、ミネラルウォーターで満たされたカップが置かれている。
 彼女は基本、カフェインを含む飲料を飲まない。炭酸も。薬の作用を邪魔するが故。基本は清水、たまに緑茶、紅茶。ブラックのコーヒーなど絶対に飲まない人だった。
 礼節を超えた気遣い、中華の奥地出身ながら、堪能な語学。武芸百般に通じた身体能力に、自由度が低いとはいえ、大国の中枢近い身分。
 何よりその、瞳の輝きに現れた忠誠心。
 これだけの従者は、そうそう転がっているモノではあるまい。
 鶴姫は殊更に誇る事もなく、ただ、静かに微笑んだ。

「敬啓が気になるのね、『梟さん』。
 大業を為すにあたって、風魔さんが転生していないのが寂しい?」

「どうかな・・・寂しい、とは、違う気がするが。」

 大業。
 『月雫』の全メンバーの心を、大掛かりな術式で精神操作している事か。
 その術式によって、司令官としての久秀の言葉に無自覚かつ強制的に従属させ、『アラミタマ』という特殊なテロ集団との血みどろの闘争を、暗黙に強要している事か。
 もっと言えば『集団転生』自体、『アラミタマ』に勝利する為、武力に秀でた英雄たちの助力を欲した久秀の、さる大御神への祈願に始まる事か。
 さて。
 聡明な彼女の言葉は、一体ドレを指しているやら。
 彼女の言葉・・・というより感じ方は、常に久秀の予想の斜め上を行く。
 『祈願』した『あの時』には、そうするしか方法がないと思っていた。だがもし、『あの時』。鶴姫が傍に居てくれたら・・・居てくれていたら。
 何か、違う判断があっただろうか。

「梟さん?」

「・・・いや。
 卿は風魔の事を、もう『宵闇の羽』とは呼ばないのだな、と思ってね。」

「私の事を、精神年齢いくつのお嬢さんだとお思い?
 初恋にも満たないファン心理よ、アレは。懐かしくはあるけれど。
 ついでに、私の事とは別に、松永さんの為に。大御神は何故、風魔さんを転生させなかったのかな、って嘆息したくもなるけれど。
 義輝公を転生させるなら、風魔さんも転生させれば良かったのに。」

「実際の所、私も大御神の選択基準がよく判らなくてね。
 大御神は、卿が私の副官になるものと思っていたのかも知れないが。」

「は~い、編集入りま~す。
 私の加護神は、須佐之男命。
 松永さんの『取引相手』は、月読命(つくよみのみこと)。かの大御神が担っておられるのは、月と暦、そして水と転生、再生。あの御方にとって、戦事(いくさごと)は領分外。実戦というモノを肌身ではご存知であられない。
 転生させる魂魄の選択基準が、前線の基準からズレるのは、致し方なき事。
 どうせ三貴神の一角と取引なさるなら、我が大神・須佐之男命となされば宜しかったのに。あるいは思い切って、天照大御神にでも。」

「伊勢神宮の協力が得られなかった。
 今もその色は否めないが、当時から色々と準備不足でね。呼びかけられる中で、最も輪廻に近い権能を持ち、高位の大御神。それが月読命だった。
 君か謀神辺りの助力が得られたなら、別の神を仰ぐ選択も有ったかも知れないが。」

「卵が先か鶏が先か。
 まぁ、神々からすれば、徒人(ただびと)の魂など、極言すればどれも同じなのでしょう。多少毛色が違っていた時、愛でるかも知れない。その程度。
 それを踏まえた上で、では人の身で何が出来るか、変えられるか、という事なのだと。
 私はそう解釈致しますが。」

「そう、いう事になる、か。
 むしろ、そう思わねばやっていられんよ、1対多数の精神操作など。時々、衝動的に解いてしまいたくなる時がある。
 『前世のままの彼ら』との、肌がひりつくような緊張感が懐かしくなってね。
 私も大概病んでいる方だが・・・隷属に愉悦を見出せない程度には、健全だったらしい。」

「解るわ。術による精神操作ってチートに見えて、結構、術者の方のメンタルにクるのよね。かといって全員、流石に口先の心理誘導で操れるような小さな器ではないし。
 長引けば長引くほど疲れる。10年単位で続けていられる松永さんのメンタルは、素直に尊敬するわ。並の人間だったら、とうに廃人だもの。」

 そう言って肩を竦め、清水を含む鶴姫の表情に敵意は無い。無造作な茶飲み話。裏組織に入る入らないで確執があるとは、到底思えない穏やかな日常のカオ。
 あぁ、そうか、と。
 久秀は唐突に理解した。自分が彼女に裏事情を話した、本当の理由を。
 簡単な話だ。
 彼はただ、彼女に話を聞いて欲しかっただけなのだ。『月雫』のメンバーだからこそ話せない打ち明け話を、真面目に、かつ適当に、時に辛辣な冗談や共感や、寸評を交えながら。文字通り茶を飲みながら、聞いて欲しかった。所謂『愚痴』というモノを。
 自分がそんなモノを言いたくなる人間なのだと、そう気付いていなかっただけだ。
 唐突に華やかでレトロな古時計が鳴り、敬啓が銀の盆に、別の清水と内服薬を乗せて彼女に差し出した。

「皇姫殿下。お薬のお時間です。」

「ありがとう、敬啓。」

「長居をしたらしい。私はこれでお暇(いとま)するよ、羽衣の巫女。」

「あら、もうお帰り?
 お見送りを」

「いや、要らんよ。君は先に、薬を飲み給え。
 また来る。世間話をしに。私も廃人にはなりたくないのでね。」

 ガス抜きなら他を当たれ、とは、彼女は言わなかった。ガス抜きついでに、心臓にアイスピックでも刺してやろうか、とも。
 『戦国の梟雄』に向けるには不似合いな程に。フワッと綺麗に微笑んで、鶴姫は軽く手を振った。まるでまた明日も、同じ場所で会うかのように。
 彼女のソレを許可と受け取って、久秀は扉を開く。
 流石の彼にも、この時の彼女の真意を読み切る事は出来なかった。



 ベルギーと日の本、時差は8時間。今はサマータイムが適用されるので、更に1時間差し引かれる。まぁ平たく言うと、夏の日の本で深夜23時だった時に、ベルギーの時計は午後16時を指している訳だ。

「『計画』を早めましょう、天海殿。」

 久秀を送り出した後の、定時連絡。
 テレビ電話で『夫』の顔を見た途端、思い詰めた表情で切り出した『妻』に。
 天海の秀麗な片眉が跳ね上がる。

『どうしたのです、鶴姫さん。
 あなたの為に、一度は矛を収めた大谷さんだからと送り出しましたが・・・まさか愛弟子大事な彼が約定破りを? 松永さんの精神統御は、そこまで脆いモノだったのですか?
 今、何処です。
 あなたも敬啓も、GPS反応はホテルですが・・・私が直接迎えに行きます。
 敬啓はっ? 一緒ではないのですか?』

「一緒・・・彼を責めないで、天海殿。
 敬啓が悪い訳ではないの。大谷さんとのお話は楽しかったし、琵琶はちゃんと返せた・・・し、精神統御も、ちゃんと効いてる・・・フライングはあったけれど。
 そうじゃなくて・・・。
 私のメンタルの問題よ。そう言えば、あなたならば判るでしょう。」

『衝動的に自傷しかねない状態、と?』

「『今はまだ』我慢できてる。今日の分の薬も、ちゃんと飲んだ。
 でもね、正直、果物ナイフに手を伸ばしたくてたまらない誘惑は感じてる。鎮痛剤を飲む理由、消炎剤を打つ理由。そういうのを見失ってる。
 痛む体を引きずって、自分を薬漬けにする理由が判らない。生きる理由もないのに。」

『鶴姫さん・・・。』

「ごめんなさいね、天海殿。
 あなたに再会する前の精神状態に、近くなってしまっていて・・・ひとつ大きな心残りを解消できて、気が緩んだっていうのも、あるのでしょうけど。
 松永さんや大谷さんが、何かした訳ではないのよ。ただ・・・昔の仲間たちは、健康な体で、自分で選んだ戦場で、自分の思うように戦ってる・・・戦えてる。
 なのに私の体は、言う事を聞かない・・・前世以上に。
 この体に、私はもう、うんざりしているの。どうしたって健康な仲間たちに嫉妬してしまう、この精神にも。リセットしたいの。
 楽になりたいのよ。」

 青白い顔色に、頭痛に耐えるように引き絞られた柳の眉。車椅子の肘置きに両肘を突いて俯き、頭を抱える華奢な体は、折れそうに儚い。
 儚い程に、美しい。

『・・・鶴姫さん。
 もう少しだけ、私に時間を下さいませんか? 駒を総動員して『帰蝶の転生体』を探しています。彼女なら『計画』におけるあなたの身代わりになれるかも知れません。』

「ソレでは話が違うわ、天海殿。
 『10年前の人体実験で殺されてしまった妹を、取り戻したい。『桜紫(おうし)』を生き返らせる為に、魔道の力を借りる。彼女の魂の器として、『前世、最も近しかった者の今生での肉体』が要る。』。
 そういう話だったでしょう?
 どうせ長くない今生の命、同じ死ぬなら、病み衰えて孤独の中で死ぬよりも、『桜紫』の器となって意味のある死を迎えないか、と。
 あなたはあの時、そう言ったわ。そして私は、その話に乗った。
 あなたの『本業』も、この10年で犯してきた罪も、全て知っても乗り続けた。『桜紫』の器となる事が、他ならぬ私自身の望みだったから。彼女の一部となって生きる事が、私の望みになったから。
 『桜紫』を取り戻す。現世に呼び戻す。
 あなたの祈りを、自分の祈りとしたから、私は今ここに居る。
 濃姫様が発見出来たとして、『桜紫』の器に出来るかどうか判らないのでしょう? 今更、私を『使わない』なんて言わないで。他の人を選ばないで。
 お願いよ、天海殿。
 最初の予定通り、私をあなたの妻とし、そして私を殺して頂戴。」

『・・・・・鶴姫さん。あなたの言葉は、至って正論です。
 取り敢えず、ベルギーへ戻っていらっしゃい。
 どうするにせよ、術の発動条件が揃っていません。複雑高度な術式です。誰を器とするにせよ、器があるだけでは、ね。
 条件が揃うのを待つ間に、私たちはじっくり、お話をしましょう。』

「天海殿・・・。」

『そんな泣きそうなカオをしないで下さい、鶴姫さん。出来る限り、あなたの希望を叶えて差し上げますから。
 予定では明日も日の本に滞在して、買い物などして帰る事になっていましたが・・・どうします? その精神状態では辛いでしょう。』

「・・・迎えに来て、天海殿。今すぐに・・・。
 私、ベルギーに・・あなたの傍に帰りたい。」

『承知しました。今からすぐに出ます。
 ホテルの構造は把握してます。1階のラウンジで落ち合いましょう。『月雫』の目は適当に誤魔化すとして、日の本に着いたらまた連絡します。
 あなたはホテルから出ないように・・・敬啓から離れないように。』

「あと、刃物に近付かないように?」

『そう。よく判っていますね。
 『桜紫』の器になりたいと思うなら尚の事、徒に肉体を傷付けるべきではありませんよ。』

「そう・・ね、天海殿・・・そうね。」

 画面の向こうで、天海がソファから立ち上がる。
 ベルギーは今、16時。午後の光の中、彼の見事に混じり気のない銀髪が肩から流れ落ちるのを、鶴姫の翠眼は何となく眺めていた。
 そういうのを『目を奪われる』と言うのだと、聡明な筈の彼女は自覚していない。
 だから彼の呟いた単語を、聞き逃したのだ。

『愛していますよ、鶴姫さん。』

「?? 天海殿? どうしたの?」

『・・・いえ。
 すぐに参上仕りますよ、我が姫。それまで身を休めていらっしゃい。』

「はい、天海殿。」

 やっと、微笑ってくれた。揺るぎなく健全な愛を捧げる小十郎よりも、殺意を囁く天海にこそ、鶴姫は笑いかけるのだ。
 そういう『女』が、今生、天海が愛した鶴姫だった。

「敬啓。」

「はっ、皇姫殿下。」

 それでいて自殺願望に溺れている訳でもない、真っ直ぐ毅然と、強い瞳を持った女性。
 その瞳を鶴姫は、今は敬啓に向けている。
 天海が付けてくれた、しかし天海でも祖国でもなく、鶴姫にこそ忠義を燃やし、恭順し、彼女を『瑠璃皇姫』と呼んで跪く薄翠の従者。
 今も敬啓は、彼女の車椅子の傍らに膝をつき、控えていた。大柄な彼の表情は、互いに座っていても、彼女の瞳によく映る。
 美しい瞳で、彼の皇姫は残酷に問うた。

「あなたは、私の味方よね?」

「御意。」

「あなたの忠義とは、どのようなものかしら。」

「・・・殿下が・・・誰の思惑にも振り回される事なく、ご自身のご意思だけで行動なさる事が出来るように。御意を、貫いて生きられるように。
 飾茨家、月雫、各国政府、九瀬公、それに・・それ、に・・、」

「それに、敬啓?」

「・・・・・・・御、意・・・っ、生きる・・理由がないなどと、何故仰るのです。
 我が主君として、九瀬公のご妻女として、残り少ない今生を過ごされるのではダメなのですか?
 6年前、あなたの歌声は間違いなく、獄中の私をお救い下された。私のこの6年、殿下をお探し申し上げ、殿下にお仕えしたい一心で生きてきました。
 己を磨き、武を磨き、国外禁を解かせる為、一族の仇である中国政府にすら仕え・・・。
 九瀬公・・・天海様に見出され、皇姫殿下にお引き合わせ頂いた時の我が心が、どれだけ歓喜に打ち震えた事かっ。」

「ごめんね・・・ごめんなさいね、敬啓。」

「良いのです、殿下。
 憎悪の化身を人に引き戻し得たのは、殿下のご人徳。その殿下をお救いし得なかったのは、我が身の不徳。
 御心を和らげられないのならば、せめてご意志を、誇りを貫く為の一助となりたい。
 我意も含めて、誰の思惑にも振り回される事のないように。
 皇姫殿下の剣となり、盾となるのが我が忠義の形にございます。
 殿下が『意味のある死』をお望みならば、その実現に尽力するまで。」

「・・・そう言ってくれる敬啓に、これを頼むのは酷だと。
 そう解っていても、私にはあなた以外に頼める人が居ないの。頼まれてくれる?」

「ご命令を・・・どうか『ご命令』を、姫殿下。」

「では、命令を。
 天海殿を守って。私が『桜紫』の器となった後、『飾茨翠雨』も『鶴姫』も居なくなった後も、天海殿の傍に居て、あのヒトを守ってあげて。
 彼には敵が多い。
 『月雫』は攻勢に転じて、積極的に彼を殺そうとするでしょう。私の仇だと叫んで。
 ドイツ政府とも対立するから、最後はギュンターも敵に回るわ。彼は、あなたとは違う。
 愛国心が強い人だから・・・本当は、彼にも・・・天海殿の傍に居てあげて欲しいのだけど。それがギュンターの望みでもある筈、なのだけど。いくら苦しんでも、結局彼は、ドイツ人であることを止められないの。
最後、天海殿のナイトである事より、彼は護国のスパイである事を選ぶでしょう。
 各国の諜報部と繋がっていると言っても、所詮、利害関係の一致でしかないのよ。
 藍翅ちゃん自身は天海殿の味方でしょうけど、彼女はアンドロイド。人格データを書き換えられてしまえば、簡単に敵に回る。
 私の知らない所に、天海殿の部下が居る事は知ってるの。
 だから私が思うほど、彼は孤独ではないのかも知れないけれど・・・心配なのよ。天海殿が、まるで1人で世界と戦っているようで。
 掛け値も誇張もなしに、文字通り世界を相手に我意を通そうとする人だから。
 私の見える所に1人は、『私が現世を後にしてからも、天海殿の絶対的味方で居てくれる、そう信じられる人』が居て欲しいの。
 ねぇ、敬啓。
 その役目を、どうかあなたが担って頂戴。彼を孤独にしないで・・・私を殺したなどと、彼を憎まないで。」

「っ、ご遺命、承りましてございます。瑠璃皇姫殿下。」

 薄翠の従者は瞑目し、息を吐き、深く頭を垂れた。
 天海だから、だ。
 敬啓は人形ではない。
 『我意よりも忠義を優先し、彼女の意を正確に汲んだ上で、自分の頭で考え行動出来る男だから。』。以前、数多居る『星晶』の崇拝者の中から敬啓を選んだ理由を、他ならぬ天海がそう表現した事がある。
 その『人形ではない敬啓』は、頭の片隅で考える。
 彼女が無事を願う男が、天海だから。
 『意味ある死』という彼女の望みを最高の形で叶える、筈の男。再会してからの数か月、彼女が自らの意思として『桜紫』の復活を願うように、その器となる事に『意味』を見出せるように、誠意を尽くしていた事を知っているから。
 だから、素直に頷けるのだ。
 小十郎が相手では、こうはいかない。
 敬啓は、前世の小十郎を知らない。前世に関する史書は紐解いたが、生身の彼は知らない。彼女をどう愛し、どう守ったのか。
 今生は一目(いちもく)もしていないとはいえ、史書を読む限り、特に鶴姫の晩年、彼女に寄り添ったのは天海のように思えてならないのは贔屓目だろうか。

「御身をお休め下さい、姫殿下。
 九瀬公が来日されましたら、ご案内致しますから。」

「そう、ね、敬啓。少し、疲れたわ。
 後を頼みます。」

「御意。姫殿下。」

 敬啓に抱き上げられた鶴姫は、彼の腕の中に居る内からもう、トロトロと眠りに落ちていく。彼を信頼し切った、その寝顔。

「お慕いしております、嘘偽りなく。『私の』皇姫殿下。」

 服の裾に口付ける。
 薄翠の従者の瞳には、揺るぎない忠義と深い思慕が同居していた。



 TV電話を切ると、天海は力なく座り直し、ソファにぐったりと背を預けた。明るい陽射しを疎むように、右手の指先で両目を覆い隠す。
 口許は苦々しげに歪んでいた。

「鶴姫・・・私は、あなたを・・・っ、」

 5歳の時、実母が死んだ。他殺だった。
 10歳の時、実母の友人でビリヤードの師だった男が死んだ。他殺だった。
 同じ年に、別の日本人家庭からやはり同じ男に預けられていた、幼馴染みの少女が死んだ。他殺だった。
 更に同じ年に、師の実子で妹同然だった幼女が死んだ。他殺だった。
 天海が『死』を許容出来た・・・どうにか飲み下せたのは、『幼馴染みの少女』までだった。
 前世を、やり直したかった。やり直せると信じていた。彼らとなら。今生の実父に捨てられようが、継母に国から追い出されようが、彼らが居れば、何とでもなると思っていた。
 他者を慈しめる、『人間』になれると。

「・・・それでも、私は・・・取り戻さなければ・・・。」

 取り戻したかった。せめて、妹だけは。
 本当なら、母も師も幼馴染みも、全てを、と言いたい所なのだが・・・全てが無理でも、せめて・・・あの子だけは。
 幼馴染みを殺したのは、フランス政府だった。そのフランス政府から守ってやると言われて付いて行ったドイツで、妹は・・・『桜紫』は殺された。まだ、5歳だった。
 皮肉にも実験は成功、『桜紫』は意識だけが軍事兵装システムの制御プログラムと化し、今もなお電子の海を漂っている。
 彼女は天海が仮想空間中に作り上げた世界を現実の世界と誤認し、自分が死んだ事すら自覚していないのだ。
 肉体は朽ち、魂魄は死界、意識は電脳。その『意識』も、メンタルすら成長しないまま、5歳の記憶を延々ループしている。とても正常な状態とは言えない。
 天海の目的は、2つ。
 ドイツ政府を敵に回してシステムを破壊し、妹を完全に、正しく、死なせてやる事。
 その上で、『器』を準備して妹を現実世界に生き返らせる事。
 10年。
 この10年、妹を救いたい、その一念だけが、天海の生きる理由だった。『飾茨翠雨との見合い』も、彼女の霊気と遺伝子情報をサンプリングして、器として『使える』か、否か。その判断の為、だけのつもりだったのだ。
 彼女に拒否権は無い。そんなモノ、認めない。大事なのは『今生の妹』であって、『前世の主筋』ではない。断じて。
 そう、『前世の』主筋では。
 では、『今生の妻』は?
 彼女の孤独を、死に焦がれる彼女の狂気を、放っておける筈がなかったのに。
 最も惚れてはいけない女に、惚れてしまった。
 最悪の矛盾だ。
 『前世の従姉』帰蝶を魔法陣の真ん中に立たせる事が出来れば、この矛盾は解消されるのだろうか。だが『意味のある死』を与えられない天海を、鶴姫は愛してくれるのか?
 否・・・な気がする。
 小十郎に対する一番のリーチは、彼女の狂気を理解している、寄り添える、という点だ。健全な愛で良いのなら、彼女は小十郎を選ぶだろう。鶴姫は別に、彼が嫌いになった訳ではないのだから。

「Παπά, δεν είναι να πάει; Η μαμά περιμένει;
 (パパ、行かないの? ママが待ってるよ?)」

「Ναι, θα πάω.
 (えぇ、行きますよ。)」

 続きの間から顔を出したのは、金髪碧眼の少女。年頃は10歳程か。天海に父と呼びかけ、鶴姫を母と呼ぶその少女はギリシャ語を操ってみせたが、ギリシャ人には見えない。
 彼女の名は、ヴィーヴィ・オネルヴァ・ミューリュライネン。
 7年前、一番最初に天海が『拾った』少女・・・フィンランドの路上で出会い、遺伝子データもフィンランドの民だが、詳細な国籍は不明。名前すらも、天海が付けた・・・不幸な死に方をした、実母の名前を。
当然の如く、彼との間に血縁は無い。

「こちらへいらっしゃい、ヴィー。
 ヴィーヴィ・オネルヴァ・ミューリュライネン(Viivi Onerva Myyryläinen)。」

「はい、パパ。」

 今度は日本語。
 躊躇いなく駆け寄ってきた『娘』を、『父』もまた躊躇いなく膝に乗せる。手慣れた仕草で頭を撫でる様は、知らぬ者には実父にしか見えまい。事実、彼女に必要だったのは凶手としての教育よりまず、日常生活の送り方だった。半端な覚悟で3歳のストリートチルドレンは育てられないのだ。
 白に近い希い金髪、今は綺麗に腰まで伸ばされたストレートのこの髪に、初めて櫛を入れたのは天海だった。ピアス穴を開けるのは嫌がったので、代わりにイヤーカフスを作ったのも。瞳のネオンブルーに合わせて、同じ色調のアンティークビーズを探すのが結構大変だった。
 彼女の瞳は、どんな由緒あるアンティークより美しい。
 そう思うのは『父』の欲目だとは思うが。

「Ben şimdi bir anne almaya gidiyorum. Aoba ile telesekreter ediniz. Geri döndüğünde, ben düzgün selamlıyorum memnunum.
 (今からママを迎えに行ってきます。藍翅と一緒にお留守番していなさい。帰ってきたら、ちゃんとご挨拶するのですよ。)」

「Evet, baba. İlk kez çocukları karşılamak için, Baba ve kan bağlı olmadığını, bir çocuk, bana aşk acaba?
 (はい、パパ。初めて会う子、パパとも血が繋がってない子を、ママは愛してくれるかしら?)」

 今度はトルコ語。
 天海は手ずから凶手としての教育を施した子供を、各国の諜報機関に送り込んでいる。彼らの有能さが、天海が20歳という若輩ながら諜報機関に一目置かれている理由でもあるのだ。半ば『凶手の人材派遣業者』と化している彼が、しかし、ずっと手許に置いているのは、実母の名を付けたこの娘だけだった。
 『計画』の全貌、真意の全てを語り聞かせているのも。

「Bé. Aquest punt em garantirà. Ets bo si et relaxes.
 (大丈夫。その点は私が保証します。お前はリラックスしていればいい。)」

「Estava alleujat♪
(安心したっ♪)」

 カタロニア語。

「それにお前は似ていますよ、ヴィー。彼女と。そうして語学に堪能な所など、特にね。」

 日本語。
 どうやらこの『親子』の会話は、複数言語が入り混じるのがデフォルトらしい。

「嬉しい。
 さっきまでね、ギリシャ人のコとチャットしてたの。」

「? あぁ、それでギリシャ語でしたか。」

「そのコ、『星晶』の大ファンでね、言ってないけど、ヴィー、心の中で自慢してたの。私のママになる人なんだよって。
 私のママは世界中の人気者、自慢のママなんだよって。」

「ヴィー・・・あなたの存在が、彼女の救いに成れば良いのにね。」

「パパ、なぁにその言い方っ。救いに成れないのが前提みたいな言い方っ。」

「・・・そういう利発な物言いも、彼女そっくりですよ、ヴィー。」

 口許で微笑んだ『父』を、その頭を、少女の小さな掌がヨシヨシ、と撫でてくれる。
 選ばなければならない。天海は。妹か、妻か・・・否、答えはもう出ているのだ。ここで方向転換して『妻』を取れるなら、10年前に妹の墓の前で自害している。
 あぁ、矛盾だ。この迷いさえも偽善だ。気が狂いそうになる。
 妹の墓を建ててから、3年後に出会った『娘』の体を抱き締めて。
 その柔らかい温もりに、天海はまた少し笑った。




                         ―FIN―

戦国BASARA 真・転生ver. ~計画恋愛~

戦国BASARA 真・転生ver. ~計画恋愛~

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-12

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work