戦国BASARA 真・転生ver. ~二重恋愛~

漆黒猫

ハローハロー、『恋愛』シリーズ? 第2弾、

前回の続きで、スパイ物、です。
・・・無事にソレになっているのか、どうなのか。

ともあれ。
今回投稿したこのお話は・・・。

カップリングは天海×鶴姫。
小十郎、哀れ。
『7家合議ver.』と話が繋がってる以上、避けて通れないし。

転生モノのお話を読む度、常々思っておったのです。
精神年齢は享年辺りで、人間関係も『死亡時の』もので(若かりし日の、ではなく)。
すれ違った状態で死亡して、ソレでそのまま再会したらどうなるんだ・・・と。

我ながら斜めなモノの見方をする、とは思いますが・・・でもそういう事ですよね、うん。

エロは無いです。
少しずつ、謎が具体的になってきます。

注意点という名の逃げ、

その1→文中の外国語は、全てグー●ル先生が訳して下さったモノです。
なので間違っていたらゴメンナサイ。先に謝っときます。

高校英語で留年が危ぶまれたレベルの猫が、間違いに気付くのはムリッス・・・!

その2→実在の国・団体とは一切の関係がありません。
・・・当たり前ではありますが、アレだけ色々と国名を出した手前、一応言っておきたくなる・・・。
先に、スライディング土下寝。

その3→漆黒猫は、ビリヤードのルールを知りません・・・!
あと、ダーツのルールも。

『陽極酸化処理』の、具体的な意味も理解してません・・・!

「陽極酸化とは、対象となる材料の表面を陽極として、主に強酸中で電解によりバルブ金属の表面を酸化させる処理を指す。」

・・・ありがとうございますウィキ先生。
ぶっちゃけ、写真で見かけて色が綺麗だったから使ってみただけだよ、
そんなのが景品に出るビリヤード大会ってどんなだよっ!!

その4→須佐之男命が水神、という話は、リアルです。マジです。
でも鶴姫さんの『稀なる先見の瞳』の理屈は、適当です。捏造です。

漆黒猫はゲームをやらない猫です。
ファンブック的なモノも、読んでないダメ猫です。
矛盾があったらどうしよう・・・。

瀬戸内⇒宗像3女神、という安直なイメージです瀬戸内の皆さまゴメンナサイ。

長々と言い訳を連ねて参りましたが、この辺りで。

お楽しみ頂ければ幸いです・・・♪

戦国BASARA 真・転生ver. ~二重恋愛~

 ビリヤード。
 それは紳士が嗜む、メンタルのスポーツ。

「天海・・・てめぇにだけは負けられねぇ・・・!!! 勝って鶴を取り戻すっ。」

「宜しいでしょう、竜の右目。幾度でも叩き潰して差し上げます。」

「鶴姫サマっ、オレ、頑張るっスよっ。」

「うぉおぉぉおぉっっっっ!!! 見ていて下され鶴姫殿ぉっ!!!」

「秀吉様・・・私に、鶴姫の為の勝利を得る許可を・・・!」

「鶴姉ちゃん・・・止めなくていいの?」

「いーの。天海殿が勝つから。」

 天海が創ってくれた、シーグラスのネックレス。美しい翠緑は、彼女の瞳とほぼ、同色を示す。弄りながら鶴姫は、呆れの、というよりいっそ苦笑の溜息を吐いていた。
 ビリヤードは、女を得る為の格闘技ではない。



 事は1ヶ月近く前に遡る。

「片倉サン、はいコレ♪」

「凶犬?」

「気晴らしに行ってみねぇッスか?
 さっき見つけたばっかの大会だけど、近場だし、飛び入り参加もOKだって。」

 特殊部隊『月雫(つきしずく)』の談話室。
 『月雫』は前世の記憶、その保持が確認されている者たちを集めた特殊部隊だ。表向きは存在しない、日の本政府が密かに新設した、機密度SSランクの精鋭部隊。
 戦国以外の時代を生きていた魂も、多く所属している。ただ時代背景上、戦闘能力という事ならやはり戦国時代のメンバーが随一だったし、7王家制度を成功に導いたチームワークもある。荒事は彼らが担う事が多かった。
 『日の本守護』の理念に賛同し、戦国乱世の仲間たちは転生が確認されている者、全員が招集に応じた。
 あの2人、以外は。
 ネットサーフィンしていた左近が、見せてきたPC画面に小十郎の表情が動く。

「ビリヤード大会か。」

「そ♪ 昔やってたって言ってたっしょ?
 アマチュア参加OK、道具は貸してくれるってハナシだし、参加費無料だし、景品出るし。今日、非番でしょ? 一緒に行きましょーよ。つかルール教えて♪
 あんま思い詰め過ぎるのも、かえって女の子に嫌われるモトッスよ?」

「島・・・お前って奴ぁ・・・!!」

 左近の気遣いに、小十郎は思わず目頭を押さえてしまった。
 前世の妻・鶴姫が、この西暦3000年の世に転生していると知ったのが約7か月前。
 喜び勇んでスカウトしに行こうと『した』矢先、天海に先を越されたのも約7か月前。
 見合いという形で彼女に近付いた天海に(しかも断られなかった)、内心燻るモノがありながら、では先に彼をスカウトしようという訳で天海に部隊の説明をし・・・。
 その場でぶち断られたのも、約7か月前。
 天海から、鶴姫にも勧誘をかける気かと問われ、頷いて以来、邪魔され続けて約7か月、だ。
 彼女に近付こうとすれば、その悉くを彼に邪魔される事、約7か月。
 逢いたさばかりが募る事、約7か月。
 向こうは今生の彼女の親公認の婚約者。文句も言えず、それでいて、彼女の声だけは・・・歌声だけはいつでも聞ける。フルフェイスネット歌姫『星晶(しょうき)』の歌声として。
 『機械の事は判らんっ!』と切って捨てていた小十郎が、『星晶』が投稿したサイト全てを、お気に入り登録した理由。
 そして周囲の仲間たちが、煮詰まった彼のメンタルを危ぶむ・・・もとい、案じる理由。

「そうだな、島。
 鍛錬以外で体を動かすのも悪くねぇ。戦況も一応、落ち着いてる事だし。
久し振りに、任務も鶴も忘れて派手に遊んでみるか。」

「さっすが片倉サン♪ 行きましょ行きましょ♪♪」

「島殿、片倉殿。お出掛けでござるか?」

「ちょっと飛び入りで、ビリヤード大会に。
 三成サマと真田サンも、ご一緒にどうッスか? 人数、多い方が楽しいし・・・あ、賭け要素はナシッスからね? 至って健全なスポーツ大会ですよ、三成サマっ。」

「当然の事を囀るな左近っ。愚劣な賭け事になど誘おうものなら斬滅するぞ。」

「石田殿、某、行きたいでござるよ。
 折角の今生、今様(いまよう)の遊びも体験したいでござる。ご一緒致しませぬか?」

「・・・良かろう。いつ、何が秀吉様の御為になるか判らんからな。
 何事も一度は体験せよと、半兵衛様も仰られていた。」

「なに、竜の右目、出掛けるの? オレも行くっ。」

 三成と幸村に加えて、通りすがりの蘭丸も外出届を書く事になった。この少年は、小十郎が行く所になら何処にでも付いて行きたがる。成年組で『大人の遊び場』に行こうとした時には、置いて行くのに苦労したものだ。
 『月雫』の寮自体、交通の便優先で建てられたのもあって、会場には1時間程で到着した。ものの数分でエントリーとルール説明を完了し、開始までの半端な時間を、男5人でブラついていたのだが・・・。

「意外と人、少ないッスね~。景品が大した事ないからかな?」

「どうだろうな。日の本じゃ、元々の競技人口が少ないから。大会っつっても客寄せの臨時だし、観客を合わせても大体、こんなモンだ。」

「確かに娯楽って言うと、ビリヤードよりボーリングの方がメジャーですしね~。
 こうして見てても、外国人のお姉様方の方が多い・・・アレ?」

「どうした、凶犬。
 ビリヤードはメンタルスポーツだ。他の競技より体格差だののハンディが出にくいから、女の強者は珍しくないぞ? ・・・島?」

「いやいやいやいやいや、何でもナイッスっ!!
 オレ、何も見てないッスからっ!」

「?? そう、か・・?」

 怪訝なカオで振り返ろうとした小十郎を、彼の背後を歩いていた左近は全力で押し留めて前を向かせた。
 マズい。
 非っ常に、マズい。
 気付かせてはいけない。今ココで、今、小十郎に、後ろに誰が居るのかを悟らせでもした日には・・・自分たちが何をしに来たのか、その目的が水泡に帰す事になるのだ。
 何故なら今、自分たち5人の背後でキャッキャウフフしている4人組は・・・!!

「ね、来て良かったでしょ? 隼鷹(はやたか)さんっ♪」

「確かに、豪華景品を総取り出来るのは、悪い気分ではありませんね。」

「スイウもハヤタカも、声が大きい。謙譲は日本人の美徳ではないのか?」

「謙遜し過ぎて損をするのは、日本人の悪徳よ、ギュンター。
 ギュンターと隼鷹さん、藍翅(あおば)ちゃん。この3人なら3位独占なんて、簡単なんだから。事実を言ってるだけよ、私は。ね、隼鷹さん♪」

「そうですね、翠雨(すいう)さん。」

『・・・・・・。』

 翠雨、と。
 今、背後の銀髪の男はそう呼んだ。彼自身が押す車椅子に乗る、少女の事を『翠雨さん』と。見事な銀の長髪の、一見すると繊細な芸術家『っぽい』その優男は、紛う事なく完全に、前世の怪僧にして今生の異母兄・天海=明智光秀な訳で。
 彼が『そう』呼ぶという事は、車椅子の少女は鶴姫・・・資料でしか見た事のなかった、『飾茨・翠雨(かざらぎ・すいう)』な訳で。
 左近、三成、幸村、蘭丸。彼女に気付いた4人は同時に目配せし合い、瞬間的に意思統一を果たした。この辺り、100年続いた内戦を終結に導いた結束力は、伊達ではない。
 小十郎に見せてはいけない。彼女を。天海と一緒に居る、彼女を。

「ずっと景品を欲しがっていますが、翠雨さん。
 3つあるうちのドレが欲しいのです? 私が獲ってあげますよ。」

「そうね、どれも素敵だけど・・・飾り皿が欲しい。
 陽極酸化処理した、ニオブの飾り皿。陽極酸化を使ったアートなんて、滅多にないでしょう? それに飾り皿の絵がね、何となく、瀬戸海に似ている気がするの。」

「『昔の』瀬戸海に、ね。承知しました。」

「私が3人に互せる実力者なら、あの蝶の髪飾りを獲って、藍翅ちゃんに贈るんだけど・・・そうなの? 藍翅ちゃん、ホントに詳しいね、生き物の事何でも知ってるのね♪」

「中でもアオスジアゲハは、藍翅のお気に入りですからね。
 ギュンターはどれ狙いで行きます? やはりダーツセットですか? 矢はタングステン製の最高級品ですからね。」

「そうだな。正直、矢だけで良いんだが・・・そうだな、アオバ。そうしよう。」

「ふふふ、楽しみね♪ アオスジアゲハの髪飾り、誰が獲るかしら。
 こういうのは男の人が獲って、女の子に贈るのがベストだと思うけど。アレは良い物よ? ・・・私よりあなたよ、藍翅ちゃん。きっとあなたの黒髪に映えるわ♪」

「何層も塗り重ねた黒漆に、翠緑のシェルだけを使った螺鈿細工。
 繊細なモノを作らせたら、日本人の手先は一級だな。・・・そうか、アオバ。そう言ってくれるか。」

「何も言ってねぇじゃんっ!」

「あ、コラ左近っ!!」

 絶対に振り返るまいと思っていた左近のか細い堪忍袋の緒は、簡単に切れてしまって、彼は思わず振り返ってツッコミを入れてしまった。
 珍しく三成の声が上擦り、制するがもう遅い。正直、自分でもマズったなとは思うが、勢いよく怒声を発してしまった以上、言い切るしか道は残されていなかった。

「折角気分転換に来たのに、台無しだよアンタの顔があるなんてっ!
 しかも何だよ、知らない女まで連れてさぁっ! ナニ、両手に花とか自慢しちゃう系? どうせそのヒトだって騙してるんだろっ?! 鶴姫サマみたいにさっ!
 それでっ・・・えーと、・・何とか言えよ、このイカサマ野郎っ!!!」

「・・・どちら様でしょう?」

「っ?!!」

「すみませんねぇ、なにぶん、日本に居る時間自体が少ない人間なもので。
 日本人の顔など区別が付かないんですよ。15年近く会っていない愚弟が2人・・いや、3人だったかな? 何人か居る国、という程度の、薄い認識なものですから。」

「な、何を・・言うに事欠いて、てめぇ、」

「さ、参りますよ、藍翅、ギュンター、翠雨さん。
 ・・・いいえ、藍翅、放っておきなさい。私たちは夜のレセプション・パーティーまでの暇潰しに来ただけ。こんな所で荒事をしても意味はない。
 困りますよねぇ、もう春先という季節でもないのに、頭の湧いた人間に絡まれるなんて。」

 ギュンターと呼んでいた、金髪碧眼の大柄な男。
 その男の脇に立っていた、黒髪の美少女。
 そして鶴姫。
 彼ら相手に善人面で微笑むと、天海は完全に他人の態度で『翠雨さん』の車椅子を押し、左近や小十郎たちの脇をすり抜けていく。
 黒髪の少女は、どうやら言葉が発せられないらしい。手話で天海に何事か語り掛けている。
 東洋人だろう、年の頃は天海より少し下、16歳の鶴姫と同じ位だろうか。解いたら地に付こうかという程長い髪を複雑に結い上げ、白い肌に濃い藍色の瞳が神秘的な、本当に綺麗な子だった。
 彼女の手話に、天海は僅かに首を振って背を向ける。

「ソレはあなたが考える事ではありませんよ、藍翅。
 関係者には私から伝えておきますから。」

 無関心を装った冷淡な背中に、黒髪の少女は諦めたらしい。手話を止めると、華奢な両腕を天海の左腕に絡め、ギュッと抱き付いて、彼の肩口に側頭を預ける。
 固まっていた左近の頭に、再びカァッと血が昇る。

「勝負しろ、天海っ!! オレとビリヤードで勝負だっ!」

「はぁ? 謹んでお断りしますよ、豊臣の禍つ犬。お前に割く時間が勿体ない。」

「オレが勝ったら『月雫』に入れっ! 鶴姫サマからも手ぇ引きやがれ!
 ていうか、豊臣の名前出してる時点で覚えてんだろっ!」

「イヤだと言っているでしょう、しつこい駄犬ですねぇ。機密度SSランクの名前を、往来の真ん中で叫ぶんじゃありませんよ。そんな情報的ザル組織に入るなんて、前世云々が無くてもイヤです。
 私を入れて、なし崩しに鶴姫さんも入れてしまおうという肚なのでしょうが。
 私が入れば藍翅(あおば)にもお前たちの毒牙が及ぶ。私の妻と幼馴染みを、荒事に巻き込まないで頂きたい。」

「お、前、のじゃ・・ねぇだろ・・・。」

「おや、竜の右目。やっと口を開きましたか。
 ご機嫌よう、『片倉卿』。『伊達王』を放って、撞球などなさっていて宜しいので?」

「っっ!! 鶴は『俺の』妻だっ! 従者如きが、弁えやがれっ!
 俺と勝負しろ、天海。俺が勝ったら鶴と別れろ。俺が負けたら、鶴にも飾茨家に対しても、一切の干渉をやめる。
 左近は相手にしなくても、俺との勝負を逃げたりはしねぇよな?」

「なかなか面白い事を、」

「応じる必要はありません、天海殿。」

「鶴姫さん。」

「鶴?!」

「『別れろ』とか『一切の干渉を止める』とか、まぁ私を抜きにして話を進めて下さる事。西暦3000年のこのご時世に、どうして私は、私以外の人に夫を決められなければならないのかしら。
 現状、『桐船・仁視(きりふね・ひとみ)』を相手に婚姻届にサインするくらいなら。
 両腕切り落として海に飛び込んだ方がマシよ。」

「おやおや、私とした事が失礼を♪ それを実行し得る行動力と、過激さ。それがあなたの魅力ですよ、鶴姫さん。」

 『桐船・仁視(きりふね・ひとみ)』とは、小十郎の今生の名前だ。
 思わぬ拒絶に言葉を失う小十郎。ていうか、なんで本名知ってるんだ、野郎から何処まで聞いてるんだ?? 天海はそんな彼を横目に大仰に腰を折ると、さも大事そうに、鶴姫の・・・『翠雨』の右手の甲に口づけた。
 声音は穏やかなトーンだが、嘆息する鶴姫の表情は疲れていた。

「彼らを相手にする必要はありません、天海殿。彼らは、あなたに対する権利の一切を失って久しいのだから。
 あなたはあなたの感情の侭、欲する所を為せば良いのです。今生、私はその助けとなりましょう。」

「感謝致します、応龍の姫。」

「参りましょう、私の蛟龍。」

「はい、共に。」

 共に。
 その短い言葉に胸を衝かれて、小十郎は思わず黙り込んだ。前世、最後に彼女と『共に』行動したのはいつだったか、と。
 思い出せない。
 でも、だとしても、だからこそ。

「戻って来い、鶴・・・!」

 小十郎は語り掛けなければならない。今、此処で。このタイミングで。
 次のチャンスを考える余裕など無い。全霊を以って語らねば、彼女の心を永久に失う気がした。たとえ彼女が、背を向けていたとしても。
 彼女の車椅子を止めた事は、天海が見せた唯一の『昔の仲間』らしい気遣いだろう。

「・・・・・。」

「『月雫』に入りたくないなら、それでもいい。上とは俺が、責任持って話を付ける。
 前世とは関係なしに・・・仕切り直させてくれ。」

「・・・・・あなたに私は守れない。」

「お前の病の事も、詳しく教えて欲しい。こっちにはかつて『医王』とまで謳われた、毛利元就が居る・・・お前の兄が。大谷や、竹中だって。
 新薬の開発だって、不可能じゃない筈だ。
 『飾茨翠雨』と『桐船仁視』として。新しく始めさせて欲しい。」

「・・・・・あなたに、私を守らせる訳にはいかないの。」

「?! どういう意味だっ?!」

「・・・・・。」

「応えてくれ、鶴・・・翠雨っ!」

「それくらいにしてもらえますか、竜の右目。」

「っ、どけ天海、いや明智っ。」

「前世、私を最後まで『明智』と呼んでいたのはあなただけでしたねぇ、『片倉殿』。
 それよりも。
 在日フィンランド大使館が爆破され、フィンランド大使が死亡しました。先方は名指しで犯人を九瀬当主・九瀬・将清(くぜ・しょうせい)であるとし、国際法と条約に基づいて、身柄の即時引き渡しを要求しています。
 早く『月雫』の寮に帰って、待機していた方が宜しい。早晩、あなたたちの許に出頭命令が来るでしょうから。」

「・・・は?」

「理解しない人たちですねぇ。いつからそんなに頭の回転が鈍ったんです。
 島左近、森蘭丸。あなたたちの今生の実父が、外国大使爆殺テロの犯人扱いされている、と言っているのですよ。
 真偽のほどは知りませんがね。」

「そ、んな情報・・何処で・・・。」

「何処で、誰から。そんな事は、今はどうでも宜しい。
 『九瀬家の子供たち』。
 詳細は適当に、SNSで確認しなさい。世界中に拡散していますから。九瀬将清の現在地も含めて、ね。」

『っ!!!』

 顔を強張らせて、全速力で走り出す『九瀬家の子供たち』。意識の上では限りなく他人に近いとはいえ、左近と蘭丸にとって『九瀬将清』はやはり『父親』だった。
 幸村と三成も『九瀬兄弟』の背中を追う。
 他の4人が、大急ぎで要人警護に頭を切り替える中。ひとり、流石に小十郎だけは鶴姫を振り返っていた。

「鶴、いや・・・仕切り直させてくれと言ったばかりだったな。
 『翠雨』。このまま一緒に来ないか。」

「・・・・・。」

「古今東西、しつこい男ほど嫌われる代物はありませんよ、竜の右目。押せば宜しいというモノではありませんでしょうに。」

「お前には訊いてねぇよ、天海っ。
 曲がりなりにもお前だって、『九瀬家の子供たち』だろう。それも嫡男だ。父親を守らなくてイイのか。」

「嫡男、ね。そんな御大層なモノではありませんよ、私は。フィンランド人の母とのダブルですし。敢えてそういう枠組みで表現するなら、『廃嫡されて久しい家など興味はない。』といった所ですか。」

「廃嫡?」

「詳細は左近か蘭丸にでも訊くのですね。2人共、あなたに随分と懐いているようだ。泥水でも飲んだようなカオで教えてくれるでしょう。
 もう行きなさい、竜の右目。私たちも、これから少々行く所がありますから。」

「・・・また、会いに来る。『翠雨』。」

「・・・・・・・。」

 沈黙を守った・・・無事、『守り切る事が出来た』鶴姫は、ぐったりと息を吐くと車椅子の背に全身を預けた。眩しそうに、初夏の太陽から瞳を閉ざす。
 さりげなく木陰を選んで移動する天海の気遣いに、穏やかに微笑んで彼を見上げた。

「今回は何処からの依頼だったの?」

「ラトビア政府から、少々ね。なに、ちょっとした貿易摩擦、よくある話ですよ。『フィンランド大使を殺して、それを日の本の人間のせいに見せかけてくれ。』なんてね。」

「フィンランド・・ラトビア、か。」

「大丈夫ですよ、ギュンター。ラトビア政府とドイツ政府の利害は一致しています。フィンランド内部の親ドイツ派ともね。
 あなたはドイツ政府から遣わされた、私の監視役。私にとって大切な、かの国とのパイプ。ギュンターが叱られるような事、私がする筈ないでしょう。
 かの国には『桜紫(おうし)』が居るというのに。」

「・・・・・・・。」

「ねぇ『隼鷹さん』。
 ラトビアと日の本の貿易摩擦に、フィンランドが巻き込まれたのでしょう? 何で?」

「レアメタル関連と聞いてますが、詳しくは興味がありません。パワーバランスさえ崩れなければ、基本、どんな国のどんな仕事でも受ける方針ですので。
 まぁ、私がよく『使う』あの二国に、レアメタルが集まるのは私にとっても重要な事なのでね。その為なら、報酬が多少低くても頑張りますよ。
 藍翅のボディを維持するには、ゼウシウムの確保が不可欠ですから。」

「ゼウシウム・・・ニオブのお皿を溶かしても採れないのよね。」

「ニオブ自体が単体の金属ですから。ですが別に、ゼウシウムだけで作っている訳でもありませんので。持っていて損になるモノではありません。なんだったら、売り払って研究資金の足しにする事も出来ますし。
 というか、溶かして宜しいのですか? 瀬戸海の風景に似ているのでしょうに。」

「昔の瀬戸海より、今の藍翅ちゃんよ。
 藍翅ちゃんの爪に、陽極酸化処理したニオブを使うのはダメかしら。マニキュアみたいに綺麗な青色を乗せるの♪」

「技術的には可能ですが・・・あの処理、高いんですよねぇ。」

「女の子のオシャレに、高いとか言っちゃダメっ。
 可愛い『娘』の事でしょう?」

「宜しい。ですが、ネイルのデザインは『翠雨さん』が考えて下さいね。
 私、そういうの苦手なので。」

「いいけど・・・グラフィックデザイナーが、ソレを言うの?
 本業が世界相手の多重スパイ『兼』機械工学者で、賞金だけで食べていける、ビリヤードの世界ランク保持者だとしても。真面目にデザインの仕事してるのも本当でしょう?」

「コンペに出すのとか、正直面倒になる時ありますけどね。
 株式投資の方が、金額的には余程稼げる。」

「世界初の完全ヒト型アンドロイドを創り出した天才機械工学者が、なんてスレ切った事を・・・。
 天海殿って語学もイケるし、西暦3000年の現世に完全に適応してるわよね。」

「語学に関しては、『昔』からあなたの方が上でしょう、鶴姫さん。
 初めて聞く言語でもその場で聞き覚えて、応用し、拙いながら正確に使ってみせる。拙さや真摯さがまた、相手の信用や信頼を引き出す。
 情勢を読む知性と合わせて、実に通訳や外交官向きですよ、あなたは。」

「語学も政治学も、必要だっただけよ、歌う為に。
 美しく聞こえる歌詞でも、意味が取れなければ歌えない。それに歌詞の内容によっては、アップしてはいけない国もあるから。大まかでも国情くらい理解しないと。
 ネットという匿名の世界で、純粋に歌声だけで人と繋がりたかったら、歌が巧いだけじゃダメ。政治も経済も、最新のモノを。そして過去の歴史も、深く学んでいないとね。」

「そうして完成した偶像が『星晶(しょうき)』、今やテロリストも新作動画をチェックするという『完全匿名歌姫』ですか。
 ストーカー的なファン相手でも身元はバラさず、ハンドルネームから東洋人なのかな、という程度。その上アバターも『顔立ちは東洋人だが、銀髪翠眼に黒い肌、黒鳥の翼と垂れ耳ウサギの垂れ耳を持った人魚』という無国籍ぶり。
 昔の仲間の誰も『元・海神の巫女』だとは気付きませんて。
 ちなみに何故、立ち耳じゃなくて垂れ耳なんです?」

「え~? 個人的に、垂れ耳が好きから♪
 一応、統一感は意識してるのよ? 垂れ耳だけ違う色にしようかなと思ったんだけど、魚の鱗を金からブラウンのグラデーションにしたでしょう? これ以上色を増やさない方がキレイに纏まるなと思って、垂れ耳の毛皮も黒にしてみました☆」

「派手な色を一切使わず、佇まいで目を惹く動画の作り。
 フルポリゴンのMMDでありながら、現実の人間が出演しているかのような、リアルで滑らかな動き、瞳の光。
 異形を異形と思わせない美しさ。
 歌声の持つ表現力もさる事ながら、あのPVを独りで創り出した映像技術でも、その筋の方々から評価が高い。」

「ふふふ、ありがとう天海殿。
 引き続き『完全匿名歌姫』で居させてね?♪」

「はい、御意は承っておりますよ、我が姫。」

 実際、天海・・・『多重スパイ・九瀬隼鷹』の許に、彼女に会いたいから探してくれ、という依頼が来ているのを承知の上で、素知らぬ顔で念を押す鶴姫。
 血縁の父を破滅スレスレに追い込んでおきながら、直後に婚約者に優しい苦笑を向ける。
 そんな製作者・・・天才機械工学者を、『世界初の人型アンドロイド・宝城・藍翅(ほうじょう・あおば)』は心配そうに見つめていた。
 何故だろう、彼は、被造物である藍翅に一切の戦闘能力を与えていないのだ。
 係員が出場者を呼び集めている。ようやくビリヤード大会が始まろうとしていた。



 3時間後、『月雫』寮内・左近の部屋。
 『兄』の隣で、蘭丸も一緒に膝を抱えていた。

「現状を説明しよう、左近君、蘭丸君。」

 帰ってすぐ秀吉と政宗から自室待機を命じられ、通信機器の使用も禁じられた2人には状況がまるで掴めていない。
 事を落ち着けてから彼らの許を訪れた半兵衛は、2人の予想よりは落ち着いていた。
 まぁ、この麗人も大概肝の据わった人だから・・・この人が冷静に見えるからと言って、状況が混迷していない、という証拠にはならないのだが。前世、あの覇王の武を右腕として支え続けた胆力は伊達ではない。
 今生も銀髪が涼やかな天才軍師は、ニッコリ笑って事件の概要を伝えてから、こう続けた。

「フィンランド政府は手を引いていない。国交断絶も辞さない強硬姿勢でね、外務省も手を焼いているんだ。
 かの国とはかねて、空路にかける通行税のコトで摩擦があるからね。異国での同胞の死。そういう感情的な理由以外にも、通行税の交渉を有利に運びたい、っていう思惑もあるんだろう。ぶっちゃけ向こうでも、犯人なんて実は誰でもいいのさ。」

「スンマセン、半兵衛様・・・。九瀬の親父がテロなんてするとは思えないんスけど、仮に嵌められたとしてもソレは親父にスキがあったからで・・・。
 ホント、ご迷惑おかけして、マジスンマセンっ。」

「なに、気にする事はないさ。この程度、外交ではよくある事だよ。
 実際に先方と交渉してるのは外務省だし、将清氏の護衛に当たってるのは、正規軍の専任部隊だし。存在自体が秘匿事項のボクらには、手間をかける権限がないんだ。
 彼らはソレが仕事なんだから、やらせておけばいいのさ。」

「半兵衛様・・・♪」

「将清氏の身柄は確保した。
 彼の指示や犯行ではないと仮定して・・・真犯人が居る、って事になる。
 普通に考えれば、真犯人は天海って確率が高いんだけど。」

「? 何でですか??」

「何でって・・・え?」

「え?」

「・・・・・・・・・・・左近君。
 天海が君にイラッとくる理由が、何となく理解できたよ。」

「何でですか? ね、何でですか半兵衛様ぁっ!」

「ええい、100年生きても精神年齢の低い男だね、君はっ。
 今現在、重要参考人である天海の身柄確保に、動ける『月雫』のメンバー全員で動いてる。尋問には立ち会わせてあげるから、その時、本人に訊くといい。」

「いつもみたく、毛利公の術で一発なんじゃ・・・?」

「それが、今回はそうもいかないんだ。彼曰く、『靄のような力で全て打ち消されてしまう』そうでね。本人をピンポイントで発見する事が出来ないってさ。
 ただ、その『靄』を追う事は出来る。
 術を繰り返して範囲を限定し、そのエリアを人海戦術で、足で探す。確実なのはそれしかない。だから今、戦国以外の転生者も含めて総動員してるんだ。今回に限っては『肉体労働は守備範囲外』なんて我が侭は聞かないよ。」

「鶴姉ちゃんだ・・・。」

「蘭丸君?」

「鶴姉ちゃんが、天海に味方してるんだ、きっと。
 毛利に対抗できるなんて、鶴姉ちゃん以外に居ないだろ。」

「・・・飾茨家には既に外務省が、娘を出頭させるように言ったそうだ。両親にはあっさり、『家に居ないなら知りません。』って言われたらしいけど。
 天海が捕縛されれば、自ずと彼女の真意も見えてくるだろう。
 それまでキミら2人は、この部屋を出ない事。いいね?」

『はい。』

「うん。イイ子たちだ。」

 鶴姫が何を考えているか判らない。
 鶴姫が今生は敵に回るかも知れない。
 前世は感じた事のなかった、そんな信じ難い不安を、3人が3人とも押し殺して。
 表面上は穏やかなまま、半兵衛は左近と蘭丸を部屋に残し、仕事に戻っていった。



 消炎剤の副作用で、深い眠りに落ちていた鶴姫は、天海の声で目を覚ました。
 何事が起こっても穏やかな低音、飄々とした声音。前世、動揺で正常な判断力を失いそうになった時、幾度も救われた。理性に立ち戻らせてくれた声だ。
 薬が効いているのだろう、ベッドから起き上がっても、関節は痛まない。

「承知しました、大佐。
 ですがなにぶん、イレギュラー色の強い任務ですのでね。判る範囲でご報告は差し上げますが、あまりご期待なさらないで下さい。
 『月雫』の目的は、私の身柄確保である筈。
 まともなデータとして纏められるだけの戦闘能力など、殆ど見せないで終わらせようとするでしょう。」

『それで構わない、『グラン・ブリュ』。我々フランス政府は、君を戦闘用工作員ではなく、あくまで機械工学者と認識している。
 『ヒノモト政府が秘密裏に立ち上げた特殊部隊『月雫』。彼らがどのような装備を備え、どの程度の戦闘能力を保持しているのか』。
 自衛し、見極め、その範囲内で君の所感を述べてくれれば良い。』

「では、そのように。」

『これからどの国に行くつもりかね?
 日の本からは、しばらく距離を置くのだろう?』

「そうですねぇ。
 妻の薬には、当分困らない量、ストックがあります。藍翅のメンテナンスも、先日施したばかりですから。旅券だの車の燃料だのは、かねて準備してありますし・・・。
 『月雫』と遊んでから離れるのならば、余計に。
 急いで次の国を決める必要もないかな、と思っているのですが。」

『フランスに来給え、『グラン・ブリュ』。
 歓迎しよう、君の工房はいつでも使えるように整えてある。』

「感謝します、大佐。
 妻とも相談して、少し考えてみますよ。」

 通信機器のランプが切れたのを確認してから、鶴姫は未だ眠い頭で、軽くふらつきながらベッドから降りた。
 ソファの天海、その隣に座を占めると、上体を倒して側頭を彼の太腿に預ける。
 瞼を閉ざしたその横顔は、お世辞にも顔色が良いとは言えなくて。瞳を曇らせ目を細めた天海は、優しく彼女の前髪を撫でつけた。

「天海殿、次はフランス?」

 所は天海が借りている高級マンション・・・訳ありの住人が大半の為、こういう『有事』にも最後まで手が回らない。そういうマンションである。
 時刻は午後8時を回った程度か。
 灯りも消した2人きりの静かな室内に、鶴姫の幼げな声がよく響く。

「まさか。紅陽(べにひ)を殺した国など、藍翅を創った時点で用済みです。
 仕事以外で興味はありませんよ。」

「うん。」

 宝城・紅陽(ほうじょう・べにひ)。天海の・・・『九瀬隼鷹』の幼馴染みで、藍翅の原型で、守れなかった恋人。

「私の後援者は、ドイツだけでもフランスだけでもありません。世界中に居る。だから行き先に困る事もありません。選り取り見取りです。
 鶴姫さん。あなたは何処か、行きたい国は?」

「天海殿のお薦めの国がいいわ。
 私、小学校から不登校の引き籠りだったから。薬も日用品も全部通販、診察も往診とTV電話。この10年、一度も靴を履かなかったくらいだもの。
 お見合いが決まってね、靴も服も、初めて他人に買ってもらったのよ?」

「だから私は、毎日のように鶴姫さんを外に連れ出した。
 外出は無理だと、諦めていたあなたに思い出して欲しかったのです。外遊びが好きだった頃の、あなたを。好奇心旺盛で、楽しそうに笑っていたあなたを。
 戦う事よりも先に、笑う事を。」

「えぇ、天海殿。そして私は思い出した。今はね、外に出たいって思ってる。外国にだって何処にだって、自由に行ける、行きたいって。
 でも今の私は、実際に行った事がないから。
 だから一番最初の行き先は、天海殿が決めて?」

「宜しい。気候が穏やかで政情が安定している国が良いでしょう。
 そうですねぇ・・・ギリシャ、イタリア・・・そうだ、ベルギーは如何です? 甘いモノはお好きでしょう。本場のベルギーチョコやワッフルを食べながら、初めての外国暮らしに、のんびりと体を慣らしては。」

「素敵ね、天海殿♪
 自分で作れるようになったら、天海殿に美味しいワッフルを焼いてあげる。」

「えぇ。楽しみにしていますよ、鶴姫さん。」

 天海の声は、鶴姫の耳に何処までも心地よく響く。
 『海外逃亡で日の本を離れる際には、自分も連れて行く』事。
 ほんの2か月程前、彼が内に秘めた真意を、鶴姫が知った時。彼の本当の同志となる事を求められた時。その一事だけが、天海の婚約者で居続ける条件だった。
 あの見合い、鶴姫は『形ばかり出席して断れば良い。』と思っていた。
 そして天海は、『接触さえ出来れば、あとは彼女の方から断るだろう。』と思っていた。
 当時の彼にとって大事なのは、『飾茨の息女と一目(いちもく)する事』であって、実際に妻に迎える事ではなかったから。
 お互いにそれぞれの理由で、見合いは流す筈だった。
 だが・・・一度自覚してしまった『情』は、なかった事には出来ない。お互いに。

「ほぅ、これは意外な。」

「天海殿?」

 スルリと、彼の薄い唇から洩れた呟きに鶴姫が顔を上げる。
 無垢な瞳のまま上体を起こし、ソファに横座りになった彼女はしかし、俯き加減で横顔を押さえた。眉根を寄せて痛みを堪えている。
 天海はといえば、瞳に霞がかかっているような鶴姫を慎重に立たせると、下から覗き込むようにして気遣った。

「大丈夫ですか、鶴姫さん。次の投薬まで2時間半ですが。」

「平、気・・・。ちょっと立ちくらみがしただけよ、天海殿。」

「先に車に行っておいでなさい。藍翅を待機させてありますから。
 ギュンターは、一足先にドイツに向かわせてあります。」

「えぇ、天海殿・・・。」

 弱い足を、慎重に引き摺るようにして扉へと歩く鶴姫。その姿はかつて、あの戦国乱世の最中、日の本中を活発に駆け回っていた少女とはかけ離れていた。
 その乖離具合についての自覚、そんな自分に対する嫌悪、受け入れ難さ。
 それもまた、昔の仲間に会いたがらない理由のひとつである事に、果たして小十郎は気付いていただろうか。

「本当に、ヌシはつまらぬ男よなぁ、怪僧よ。
 今生の我の見ても驚かぬとは。」

「いやいや、驚きましたよ、一瞬だけね。立ち歩くあなたは見慣れない。
 ただ、予想の範囲を出なかった、というだけの事。」

「さてもさても、アレの兄のような口を叩きよる。」

 そしてこちらは、その事に気付いたろうか。
 何もない虚空から出現する、などという芸当は、前世、鶴姫とこの男しか出来なかった。
 大谷刑部吉継。
 彼しか。
 自分の両足でしっかりと着地する吉継に、天海が向ける目は醒めている。

「随分と遅かったのですね。
 私たちは何食わぬ顔でビリヤード大会を制した後、ドイツ大使館近くで友人を降ろして、真っ直ぐこの家に帰り、鶴姫さんの休養を確保しつつ、じっくりゆっくり、次の旅行の用意をしていたというのに。」

「その間ずぅっと、じっくりゆっくり仕事よ、シゴト。主に賢人がな。
 まさか涼しい顔で帰宅しておるとは思わなんだわ。謀神はヌシらの追い過ぎで、占盤片手に寝込んでおるというのにな。」

「たかだか半日足らず、根を詰めたくらいで情けの無い事を言わないで下さいよ。戦国乱世とは時代背景が違うとはいえ、少し鍛え方が足りないのではありませんか?
 やはりあなた方には、鶴姫さんをお任せ出来ませんねぇ。」

「ヌシが望むは、アレの羽衣か。」

「羽衣・・・悪くない響きです。私たちは『絶対加護(パーフェクト・プロテクション)』と呼んでいますが。」

「さて、我ら日の本の民草が、何も好んで横文字を使う事もなかろ。
 羽衣を纏いし海神の天女。今生のヌシはどう扱う気なのやら。」

 嫌味たっぷりの吉継のセリフに、天海は口角を釣り上げるようにして冷笑した。
 絶対加護。羽衣。パーフェクト・プロテクション。
 言い方は違えど、示す処はみな同じ。つまりは彼女が今生も、海神の愛し子、神の寵愛を一身に集める女巫(めかんなぎ)である、という事実だ。
 前世、彼女を寵愛したのは瀬戸内の海神。航海と道標の神・宗像3女神だった。その神威は標を示す力、先見の瞳力となって表れた。それが、戦国乱世の終焉にも貢献した『稀なる先見の瞳』の正体、理屈である。
 そして、今生。
 神は再び、自らの巫女として彼女の魂を選んだ。
 その神の名は、須佐之男命。
 あまり知られていないが、記紀神話で有名なこの男神もまた、宗像3女神と同じく水神の神格を持つ。ちなみに関係ないが、第六天魔王・織田信長にも加護を与えていたとされる神だ。全然、まったく、何の関係もないが。

「女神と男神の差なのか、単に性格の差なのか。
 あるいは、前世のお市様の在りようを見て、反省する所があったのか。
 動的に使える力を賜った宗像3女神と違って、須佐之男命は過保護なんですよ。戦う力は一切、彼女にお与えにならなかった。
 絶対加護の能力はただひとつ、鶴姫さんに対する一切の危害の無効化。彼女に向けられるいかなる攻撃もキャンセルされます。物理的な刃も、精神的な操作も、全てね。
 治療の為の注射はアリなようですが、コレも恐らく、中身が毒物だったなら弾かれるのでしょう。
 まぁ、そんな加護はあまり役に立たないというか、16年間ほぼ養育放棄状態で、誰からも相手にされなければ無意味な訳ですが。」

「・・・・・。」

「今生の彼女は、神の加護は得ていても、神と語らう為の霊力を持っていません。かの男神は、何を考えてこんな半端な状態をお与えになったのやら・・・神官ならぬこの身には見当も付きませんが。
 有り体に言って、巫女としては無能です。
 強いて言うなら、私の傍に居てくれたらそれで宜しい。彼女の傍らに在る人間に対しても、物理攻撃、精神攻撃共に無効化されますから。」

「追跡系の術も、であろ?
 毛利の術を跳ね返す程の神威、流浪を重ねるヌシにとっては、大層重宝しようなぁ。」

「極秘部隊として隠密行動に従事するあなたたちにも、重宝しそうな能力ですよねぇ。」

『・・・・・・。』

「私の方は、彼女が自ら選んで傍に居てくれようと思うだけの誠意は、尽くしているつもりですがね。」

「竜の右目と違うて、か?」

「別に彼を責めたり詰ったりする気はありません。が。
 彼には別格として、政宗公が居る。公のお背中を離れられない人間が、鶴姫さんの傍から離れずに居られると思いますか?
 前世は、それで良かった。彼女は自衛出来ましたから・・・まぁ後半生、特に最後の10年程は、すれ違いまくって別居状態でしたが。
 今生は、そうはいきません。傍らで薬の時間を管理し、車椅子を押し、痛みと戦う彼女の手を握っていてあげられる男でなくては、彼女は孤独なままだ。
 『桐船仁視』に『飾茨翠雨』は、荷が重すぎますよ。」

「ヌシ・・・実際この目で見るまでは、よもやまさかと思うておったが。
 怪僧よ、ヌシ・・・よもやマジだとか言うまいな?」

「マジですよ? 大マジですが、何か?」

「・・・・・・・。」

「ちょっとっ! そこで黙らないで下さいよっ!!!
 今すごく傷付いたんですけどっ、私が女性を平和裏に愛してはいけませんかっ?!
 ねぇ、ちょっと大谷さんっ!! 自分だって前世、相当性格悪かったのに彼女と石田三成だけは愛でてたじゃないですか、私だけヒドくないですかっ?!」

「いや、まぁ・・・否定はせぬが、な・・・。」

「とにかくっ!
 竜の右目に伝えて下さい。『前世『鶴姫さん』の夫で居られただけ、ありがたいと思いなさい。今生『翠雨さん』の夫の座は私が頂きます。』と。
 『月雫』のトップには、こう伝言を。
 『法皇ですら意の侭にならぬ賽の目が、あなた如きの好きになる道理はありません。二つ名に驕らない事です。』と。」

「・・・ヌシ、我らの内情を何処まで知っておる。」

「さぁ? 私は一介のグラフィックデザイナーに過ぎませんのでね。お答え致しかねますよ、『蝶々さん』。
 お市様といつきさんは、ご健勝ですか?」

「・・・ヌシ、まこと嫌味な男よの。伊予巫女の男の趣味が疑われるわ。」

「『前世あの2人だった魂である事、そこが確実だから引き取ってみたが、長じるにつれ、どうも前世の記憶を持っていないらしい。第五天として根の国と繋がる力も、前世の加護神であるウカノメ様との繋がりも皆無らしい。』。
 それが判って、今更のように慌てているのでしょう?
 敵が敵ですからねぇ。巫女は必須という訳だ。
 まぁ、いつきさんの加護神・ウカノメ様は本来、稲を司る豊穣神ですから。前世、自分の巫女に武力を与えた事の方がイレギュラーだったのでしょう。お市様の第五天の力は、織田の術者連中による人体実験の産物。外から術によって定着させられた、人造の巫女。
 どちらも、転生後も継続している方が有り得ない話というモノです。
 流石に『賽の帝』、見極めの誤り方も随分と派手でいらっしゃる。」

「本人の資質、神の性質。全て総合して、今生で起てる天然の巫女は、伊予巫女だけだったというオチよな。
 そこまで理解していながら、なおヌシは我らの賽の河原となりよるか。」

「『あなたたちの遣り口まで含めて』理解しているからです。
 いや、戦国乱世を共に戦ったあのメンバーだけならば良いのです。私が信用出来ないのは、政府の方ですよ。そしてあなたたちは、日の本政府に逆らえる立場にない。」

「・・・否定せぬ。流石に今生、我らがこの国のトップという訳にはいかぬでな。
 極端な話、伊予巫女を殺せと命じられれば、否とは言えぬ立場であるのが泣き処よ。いや、ツライ、ツライ。」

 そう言って吉継は、ずっと塞いでいた天海の進路から、自ら身を引いて退路を作った。
 天海が目を細める。

「・・・随分と、素直でいらっしゃる。」

「一度だけ。ただひとたびの気紛れぞ。
 我も人の師。あの子は愛(う)い故な。病苦を察せられもする。手枷足枷に首枷まで付けて引き摺り回し、敵の最前列に『生きた盾』として置くような。そんな真似を好んで致したくはないのよ。他の誰は突き飛ばせても、伊予巫女だけはな。
 が、我も歯車のイチ。
 刀を抜かずに見逃すのは、ただ一度だけ。次は2人まとめて縄打ってくれようから、覚悟しておけ。」

「おぉ、怖い怖い♪
 ではお礼に、2つ。良い事を教えてあげましょう。」

「・・・・・・。」

「ひとつ。
 フランス政府も秘密裏に、大統領直属の諜報部を持っています。司令官の名は、セレスタン・ジェレミー・ドニ・オレスム(Célestin Jérémie Denis Oresme)。表の軍部での階級は、大佐。通り名も『大佐』。
 彼の嗜好は、前世の私以上に異常だ。会う機会があっても、『あんなの』をフランス人の標準だ、などと誤解なさらないで下さい。彼の存在自体が、愛と文化の国フランスへの多大な汚点です。
 自分も仲間も、関わらせないようお気を付けなさい。」

「なぜ、教える。あまり気分良うはないわな。」

「無償のつもりだった弟子への情を、貶められたようだと?
 別に対価を支払った訳ではありませんよ。前田利家公でもあるまいし、私がそんな律義者でない事はご存知でしょう。
 あなたは鶴姫さんへの情ゆえに、一度だけとはいえ矛を収めた。
 その選択への、敬意と感謝を込めて、ね。」

「・・・・。」

「ふたつ。
 このマンションの地下貯蔵庫に、ワインセラーがあります。鶴姫さんが私に作ってくれたサングリアが眠っていますから、どうぞお好きに飲んで下さい。
 当分、私たちはこのマンションに帰って来れそうにないのでね。飲み頃を逸するよりは、誰かに飲んで頂いた方が、鶴姫さんも喜ぶでしょう。
 あぁ、貯蔵庫は共用なんです。他の住人が張ったトラップに巻き込まれないようにご注意を。軍人向けブービートラップから、術によるカウンタートラップまで色々です。『月雫』の良い軍事演習になるかも知れませんよ?」

「サングリア・・・。」

「ご存知ですか? ワインを使った甘い飲み物です。」

「存知おる。今生の謀神の好物故な。」

「・・・早く『アラミタマ』を黙らせておしまいなさい。
 鶴姫さんが巫女として起つ必要がないのなら、少なくとも『仲の良い他人』程度の接触は許されるでしょう。『同じ部隊の仲間』には、絶対になりませんがね。」

「さてもさても、他人の為すが如きなその言い様。
 『許さない』のはそちさまであろ。」

「いえいえ、なかなかどうして。『許さない』のは『状況』。他人が作り出した『状況』ですから。私だけに責任を帰結されましてもね。
 私自身は、彼女が昔の仲間と会うのを禁じたりはしておりませんよ。真っ向から『竜の右目』と競り合っても、負ける気は致しませんし。」

「言うておれ、湧き虫風情が。
 外つ国の何処に住まおうが、日の本との縁の深きは、変えようがない。アレはこの国の神に愛でられし巫女。『羽衣の巫女』をしかと守り抜け。
 我ら師弟の邂逅が、あの世に立ち戻ってから、などというのは勘弁せいよ。」

「お言葉、この身に刻み付けましょう。」

 長くも短くも感じられた、対話。
 終えて愛車に赴き、スライドドアの扉を撫でて、天海は薄く笑った。
 口には出せないチート技を使って追跡術を攪乱したのは、元就を消耗させる為だった。故に彼が来ないのは解る。捜索範囲を都内全域に見せかけたのは、天海の把握していない人員も含めて、『月雫』の戦力を分散させる為だった。だから自宅を襲撃されるとしても、相手は少人数だろうと思っていた。故に来訪者が3人以下なのも、頷ける。
 だが、まさか・・・。
 まさか、主力と成り得る戦力が、たった1人でほっつき歩いているとは。
 拘束目標の自宅に1人で乗り込み、あまつさえ、その行動を本部が把握していない・・・援軍すらも来ないとは。

「ふふふ・・・これは相当、報告に困りますねぇ・・・。」

 フランス政府へ向けて、何と言を弄すべきか。
 鶴姫を守るのは自分である、と。小十郎への優越を感じつつ、天海の頭脳は次の駆け引きに向けて動き始めていた。



 7日後―――。
 ベルギー王国首都・ブリュッセル。

「Das ist eine lange Zeit.Kondition ist was? Suiu.
(久し振りだ。体調はどうだ? 翠雨。)」

「Ja, nach einer langen Zeit I, Gunther. Nicht schlecht. Es ist stabil.
(えぇ、久しぶりね、ギュンター。悪くないわ。安定してる。)」

「Empfängt Sie mit, Gunther.
(歓迎しますよ、ギュンター。)」

「Es war sicher ein gutter,Hayataka. Ehrlich gesagt, war ich ziemlich besorgt Bis in aufeinander treffen.
(無事で良かった、隼鷹。正直、会うまではかなり心配したぞ。)」

「Es ist ein Pessimist ist Gunther.
(心配性ですね、ギュンターは。)」

 古式ゆかしい庭園が美しい、サンルーム付きの邸宅で。天海と鶴姫は異国の友人を迎えていた。
 ベルギーは中世ヨーロッパの気配が色濃い、美しい国だ。ベルギー諜報部が用意してくれたこの邸宅も、中世貴族が実際に暮らしていた、石造りの立派な代物である。
 リフォームなどしなくても、充分に威厳を感じられる伝統的な屋敷。中世日本で一軍の将だった2人には、むしろ現代風になどしない方が似合うかもしれない。
 故国を離れたからとて不遇をかこつなど、とんでもない。
 即日でベルギー政府と話を付け、病身の妻にも負担を掛けずに大邸宅を手に入れた天海の人脈、その広さと深さたるや。ギュンターは時々、友人に会うにもドイツ政府とベルギー政府、両方の許可が要る己が身が窮屈になる。
 車椅子の鶴姫と、寛いだラフな服装の天海。好天に恵まれた異国の地で、2人は更に別の異国の友人を、明るいテラスに案内した

「Es ist ein gutes Zuhause.
(いい家だ。)」

「Danke.
(ありがとうございます。)
 Anzahl der Zimmer wird, dass es mehr als 30 gehört. Ich meine nicht, dass rund um noch schauen überhaupt. Freunde von Gunter auch voll in der Lage zu bleiben.
(部屋数は30以上だと聞いています。まだ全てを見て回った訳ではありませんが。ギュンターの友人も泊められますよ。)」

「Unter den zwei Regierungs koordiniert, ne. In Belgien, einen Freund dort anders als Sie. Es ist, was ich will, um zu kommen.
(2つの政府が協調している内は、な。ベルギーにはお前以外にも友人が居る。仲良くしていたいものだ。)」

「Wäre alles in Ordnung.
(大丈夫でしょう。)
 Belgien und Deutschland, Entfernung noch Kultur wirtschaftliche, überlappen großer Teil ist. So einfach ist es nicht an der Tötung von einander Intelligenz zu entwickeln.
(ベルギーとドイツ、距離も文化も経済も、重なる部分が多い。そんなに簡単に、諜報部同士の殺し合いには発展しませんよ。)」

「Die von Ihnen erhalten zu sagen, so ist zu, zu den besten Seelenfrieden.
 (お前にそう言ってもらえるのが、一番安心するよ。)」

「Gut zu hören.
(それは良かった。)」

「I der Zwischenzeit werden Belgien und die Rundreise in Deutschland. Und auf die weitere Zusammenarbeit mit der Überwachung zu haben, werde ich es auch andere Arbeiten.
 (俺は当面、ベルギーとドイツの往復になる。お前への監視と協力も継続しているし、他の仕事もあるからな。)
 Du kannst tun?
(お前はどうする?)」

「I die Zeit ist, wird erwartet, als Kollaborateure von Belgien Seite handeln. Vor allem als Forscher des Engineering-Systems, als Designer. Es war auch rätselhafte gelegentlich Informationen Shop.
(私は当面、ベルギー側の協力者として活動する予定です。主に工学系の研究者として、デザイナーとして。たまに情報屋めいた事もね。)
 Bewegen Sie für die Belgien und französische Zusammenarbeit, Finnisch Japanisch Nationalität. Glauben Sie nicht, dass es durchaus interessante Tätigkeit sein kann?
(ベルギーとドイツの協調の為に動く、日本国籍のフィンランド人。なかなか面白い活動が出来ると思いませんか?)」

「Oder Nationalität. Was nicht bereit ist, zu ändern?
 (国籍か。変える気はないのか?)」

「In meine Art von Position, da ist so etwas wie gar nicht da. Und, ich nur sagen, dass, um eine zu beobachten "sie."
 (私のような立場では、有っても無いような物ですから。それに、『彼ら』を観察するのに丁度いいんですよ。)」

「Oder "sie."
(『彼ら』か。)」

「Ja. Selbst etwas zu schmieden, die Sie nie Sie zu einem echten Daueraufenthalt kommen.
 (えぇ。何か偽造するにも、本物の永住権があるに越した事はありませんしね。)」

「Wie möglich gewartet, Es wurde gebrühten Tee. Linzer Torte, würde es aussehen?
(お待たせ、ギュンター。紅茶を淹れたわ。リンツァートルテ、好きでしょう?)」

「Danke,Suiu.Sie backen uns Linzer Torte ist das lecker.
(ありがとう、翠雨。お前の焼いてくれるリンツァートルテが、一番美味い。)」

「Ich bin glücklich. Ich ging zu viel zu essen, Gunther♪
(嬉しいわ。たくさん食べていってね、ギュンター♪)」

「ところでスイウ、ハヤタカ。大変に言い難い知らせが、1件あるんだが・・・。」

「なぁに? ギュンター、改まって。」

 急に日本語に『変わった』会話に、鶴姫と天海は首を傾げて顔を見合わせた・・・『戻る』では、ない。3人で話をする時には、ドイツ語で会話するのが彼らの習慣だった。他の言語を使う時は、その国の人間が同席する時、だ。
 今は、日本人が来ている事になる。2人が出迎えた客人は、ギュンターただ1人である筈だが。
 目の前のギュンターは、本当に言い辛そうに顎を撫でていた。

「・・・ハヤタカ。ビリヤード大会に出ないか?」

「? 迂闊に答えたくはありませんね、その質問の仕方。
 Meine Hobbys sind Billard. Der Billard-Turnier, ist es aus der gewöhnlichen.
 (私の趣味はビリヤードです。ビリヤード大会には、普段から出ていますよ。)
 ギュンターが言いたいのは、ドイツ政府の依頼で特定の大会に出た上、特定の人物と接触せよ、という事ですか?」

「いや、違う・・・近い気もするが。
 まずは拒絶せず、よく聞いてくれ。
 正式に・・・と言っても裏ルートだが。日の本諜報部からドイツ諜報部に依頼があった。ハヤタカ・クゼとスイウ・カザラギの身柄を確保したい、ついては協力してくれ、と。
 俺たちは断った・・・ちゃんと断ったんだぞ? こういう時の防波堤役も、ハヤタカとの協定の一部だからな。
 食い下がられて二転三転して、結局、落とし処はこうなった。
 『ハヤタカになるべく早期に、アマチュアも参加可能なビリヤード大会に出場させる。彼が出場を決め次第、日程を日の本諜報部に教える。
 ドイツで協力できるのはココまでだ、あとは自分たちで直接、交渉してくれ。』と。
 大前提として言っておくが、ドイツ側はお前の味方だ。
 大会に出ない自由は保証する。出るなら出るで、軍部でも何でも動員して、アオバも含めたお前たち3人の護衛に充てる用意もある。
 ドイツと日の本で話している事で、ベルギー側は何も関知していない。
 繰り返すが、ドイツはお前の味方だ。
 解るだろう? ハヤタカ。お前に異変があれば、『オウシ』がシステムダウンする。それだけは回避せねばならん。『オウシ』が、今やドイツ国防の要なのだから。」

「私の妹の名を、軍人があまり繰り返さないで下さい。
 いくらあなたの口からでも、気分が悪い。」

「っ、すまん・・・。」

「『あなたの口からでも』と言いました。
 私の一番は桜紫と鶴姫さん、それに藍翅ですが、長い付き合いのギュンターの事だって、それなりに特別視はしてるんです。
 そうビクつかれると、流石に傷付くんですけどね?」

「そう言うなっ、怒ったお前ほど面倒な男は居ないんだ!
 頑なで、地味に攻撃的で、冷酷で繊細で皮肉屋で厭世的で、取り付く島がなく、人の話を聞かず。    碌々、機嫌も取れやせん。
 地雷がはっきりしていてその他の事には鷹揚だし、メンタルは安定しているから付き合えてるんだ。流れるように口をついて出る知的な悪口雑言も、俺は結構好きだしな。面白いと思うが、ソレが怖いと思う奴も居るだろう。
 敵対者に対しておよそ寛容や容赦や手心というモノを示さない。値踏みして、擦り切れても猶、甘言を弄して使い倒す。その使い倒し方がまたエグイ。
 お前のような男が救国の一端を担ったとか、戦国乱世の麻っぷりが今イチ読めん。乱れていたのは解るが、その方向性がな。
 お前、どう考えても主君に傅くってガラじゃないだろう?」

「ギュンター・・・あなた本当に日本語がお上手になりましたねぇ・・・。」

「お前と会った日は、まだカタコトだったがな。
 お前の皮肉だの、敵対者の涙混じりの哀願だのを聞いて覚えたんだよ。」

「・・・・・・。」

「出てあげたら? 天海殿。」

「鶴姫さん。」

 ギュンターの天海評に腹を抱えて笑っていた鶴姫は、笑い涙を拭うとそう進言した。
 彼女の皿のリンツァートルテは、綺麗に空になっている。
 男2人の前に、淹れ直した紅茶を置く。オリジナルブレンドは研究中だ。

「ねぇギュンター、確認させて。
 先方は『アマチュア参加OKの』大会に出るよう、言って欲しいのよね?
 交渉は日の本側に一任されているのよね?
 ドイツ側は天海殿に、ドイツ以外の特定の国や政府に、正式に所属されると困るのよね?」

「そうだ。」

「ならば話は簡単よ。
 つまり向こうには、アマチュアレベルしか居ないって事でしょ? 日本ではビリヤードは比較的マイナーだし、『月雫』の構成員自体『昔』の人間だし、プロなんて居なくて当然なんだけれど。
 プロの中でも頂点近いワールドホルダー(世界ランク保持者)が、付け焼き刃のアマチュアに負ける筈がない。
 よしんば番狂わせがあったとして、話は『交渉』であって、何か具体的な条件を呑め、という『強制』ではないのだから、突っ撥ねれば良いだけの事。
 ドイツの協力が得られるのならば、尚の事。妨害を更に妨害すれば、向こうの弱味も握る事が出来るというもの。今後の為にもなるでしょう。
 放っておいても『彼ら』はしつこく何度も接触してくる。手は、早めに打っておいた方が良いと思うの。
 どうかしら、天海殿。」

「そうですねぇ・・・そうしましょうか。
 数日後にドイツで、アマOKのビリヤード大会が開かれます。
 私はしばらくビリヤードは休養して、ベルギー向けの仕事を優先しようと思っていたのですがね。ベルギー諜報部が気遣って下さって、教えてくれたんですよ。
 それに出ます。
 出る事に、今決めました。
 ドイツ諜報部には、日の本諜報部へ返答と、警備・不正への監視強化を頼みます。
 それと、条件を付けますのでその告知も。
 競り合う『月雫』のメンバーを、事前に明確にさせて下さい。人数は・・・4人以下とします。その4人の顔と名前を、事前にドイツ・ベルギー両諜報部と私に告知する事。
 その4人以外の『月雫』のメンバーが私より上位に入っても、一切の交渉を受け付けない事。
 その条件を日の本が呑むのなら、私は数日後の大会に出ます。
 呑めないのなら、半永久的にビリヤードに関する活動の全てを停止します。
 ベルギー諜報部には、私から『良いように』説明しておきますから。
 シンプルな条件でしょう? ギュンター、いつも通り、窓口はあなたが担当して下さい。」

「そうだな、シンプルだな。」

 そして『いつもながら』エグイ条件だ。
 スパイ・・・諜報員にとって、身バレ、顔バレがどれ程にイタいか。それに『良いように』と言うのは、『ドイツ・ベルギー両諜報部が『月雫』相手に一枚岩となれるように』、『月雫』を悪役に仕立て上げる、という意味だ。
 スパイ社会で孤立するように。
 精神的・肉体的・文化的、バックグラウンドの全てが違う相手に確信を持って言い切れる程度には、ギュンターは天海という男を熟知していた。

「そうだ、ハヤタカ。俺はもうひとつ、お前に伝える事があるんだ。
 Kirje oli tullut.
 (手紙が来ていた。)」

「Ugh varmaan sanovat, että se jätä!
 (任せると言ってあるでしょうっ!)」

 急にフィンランド語に変わった会話に、そしてギュンターの見せた紙束を、速攻で拒絶した天海の、嫌悪感丸出しの苛立った表情に。
 戸惑う鶴姫は、紙束・・・手紙の差出人を見て納得した。
 Leevi Aarne Kilpivaara レーヴィ・アールネ・キルピヴァーラ。
 彼の、母方の祖父だ。
 拒絶されたギュンターはといえば、予想の範囲内だったらしい。冷静だが、その碧眼には真摯な労りがあった。

「En ole varaa miksi. Paljon, että kirje on tulossa ei pidä kertoo. Olen näyttäisi tarkoituksella piilotettu.
 (そういう訳にはいかない。手紙が来ている事くらいは伝えておかないと。俺がわざと隠しているように見えるだろう。)」

「Kysymys I sanon. Saanen pitää tarkoituksella piilossa kanssa. Koska niistä, oliko äiti oli joka silmässä. Se ei halua nähdä, kuten he kirjoittivat kirjeen. Hyvä vaikka tällaisissa olosuhteissa.
 (当の私が言っているんです。わざと隠しておいてくれと。彼らのせいで、母がどんな目に遭ったか・・・。彼らの書いた字など見たくありません。事情などどうでも宜しい。)
 Missä järjestyksessä, ja he uskoa, että se opettaa osoitteesi kuin osoitteeni? Jonka sensuuri Saksassa puolella, suomalainen tietoja käyttää Saksan, ja vaikka se on aina sanonut.
 (何の為に、彼らにあなたの住所を私の住所として教えていると思っているのですか? ドイツ側で検閲して、フィンランドの情報をドイツの為に使うようにと、いつも言っているのに。)
 Teidän rehellisyys on, se on joskus, hirveän tuskallista ....
 (あなたの誠実さが、時々、ひどく苦しくなる・・・。)」

「Minulla oli huono,Hayataka. Liian vakava, se on paha tapa saksalaiset. Koska tämä olisi jo suljettu, ja kiinteät fiiliksen.
 (俺が悪かった、ハヤタカ。真面目過ぎるのは、ドイツ人の悪い癖だ。これはもう仕舞ってしまうから、機嫌を直してくれ。)」

「・・・・・。」

 苦悶に歪んだ美貌をテーブルに伏せ、その額をギュンターの、拳銃を握り慣れたゴツい左手の甲に預ける天海。そして黙って、右手で天海の、柔らかいプラチナブロンドを撫でつけるギュンター。
 美貌の機械工学者と監視役のスパイ。
 と、『だけ』呼ぶには近すぎる距離と雰囲気を、賢明な鶴姫はニッコリ笑ってスルーする。
 兄・元就や『昔の』夫・小十郎。
 おそらく大半のメンバーが揃っているのであろう『月雫』が、自分の入隊を熱望しているのは知っている。その理由も、恐らく『天海は・・・要らん☆』とか思っているのであろう事も。
 だがしかし。
 天海の抱える真の孤独を知ってしまった以上、鶴姫に彼を置き去りにする選択肢は存在しないし、ぶっちゃけ、自分より彼の方が、能力的に余程貢献できると思う。
 『月雫』は鶴姫と小十郎を復縁させるより、天海の内面を理解する方が先なのだ。
 複雑な成育環境から、『今生も』屈折した青年に育った天海が、プライベートな手紙を丸渡しする程、ギュンターに心許している理由。
 『それなり』どころではなく特別視している、理由を。

「ギュンター・・・こんな面倒なコだけど、傍に居てあげてね。」

「心得ている。」

「2人とも、何を密約を交わしているのですっ。」

 密約の内容、それは『天海を独りにしない事』。
 ドイツは騎士の国。ギュンターという騎士が、誰に剣を捧げているか、それを知って鶴姫は初めて、安堵の息を吐く事が出来たのだ。
 彼が居れば、20歳まで保たないと宣告されている彼女の体が機能を停止させても、彼女という『同志』が彼岸に去っても。残された天海は此岸で孤独にならずに済む。そう信じられる。
 振り子時計がレトロな音を響かせる。
 その音は地下に置いた天海・・・『九瀬隼鷹』の工房。そこで『人型アンドロイド』藍翅のメンテナンスが終わった事を告げていた。



「鶴姉ちゃん・・・止めなくていいの?」

「いーの。天海殿が勝つから。」

 天海が創ってくれた、シーグラスのネックレス。美しい翠緑は、彼女の瞳とほぼ、同色を示す。弄りながら鶴姫は、呆れの、というよりいっそ苦笑の溜息を吐いていた。
 今日は少し、体調が良い。高みからプレイルームを臨む壁に寄りかかって、『婚約者』の勇姿を眺める余裕があった。もちろん傍らにはギュンターと藍翅が控えているが。
 『月雫』が出してきたメンバーは、上限ぎりぎりの4人。予想通り、あのビリヤード大会で遭遇した4人・・・小十郎、左近、幸村、三成だ。相当練習を重ねてきたらしく、アマチュアの中で勝ち残って天海と競ってはいるが・・・。
 何事も、プロフェッショナルとアマチュアの壁は厚いものだ。

「鶴姉ちゃん・・・竜の右目、負けちゃうよ? いいの?」

「いーの。
 仕方のない子ね、蘭ちゃん。それが戦士の顔? 別に死ぬ訳じゃないんだから、この程度のお遊戯事で大袈裟じゃない?」

「し・・死ぬよ、精神的にっ・・・!!」

「・・・・。」

 絶望的に泣きそうなカオの蘭丸に、振り返った鶴姫は幼な子をあやすような優しい苦笑を向ける。優しいが、真意の掴めない・・・真意を明かす気のない笑顔だ。
 ゲームは進み、点差はアマチュアの腕では埋めようがない所まで来ている。

「鶴姉ちゃん・・・竹中半兵衛が、九瀬の親父を嵌めたのは天海だって・・・。
 本当なの?」

「さぁ? 私はコメントする立場にはないわ。
 私、あのヒトの仕事には口出ししない主義だから。」

「今、ベルギーに居るって、聞いた・・・。
 ベルギーに発つ前、毛利が探しても見つからなかったのは・・・鶴姉ちゃんが天海を守ってたから、なの・・・?」

「どうだったのかしらね。
 今生の私は、自分が賜った神威を制御出来ていないの。神威に干渉する為の燃料、霊力を持っていないのだもの。仕方がないでしょう?
 今生、私の加護神が須佐之男命なのは、天海殿が話したのでしょう?
 誰か巫女を須佐之男命の依り代にして、かの男神に直接問い掛けたら?」

「竜の右目、寂しがってたよ?」

「・・・・・。」

「前世、どうして奥州に帰ってきてくれなかったの。待ってたのに・・・竜の右目もオレも、ずっと待ってたのに・・・!!」

「そう。待つだけ。座して、待っているだけ・・・。
 手伝おうとは、言ってくれなかった。」

「っ、それは・・・っ、」

「・・・新体制への過渡期、適応するまでの間に、思いの外、乱世の只中よりも人心は乱れた。人心が乱れれば、闇も乱れる。
 日の本中に魑魅魍魎が跋扈し、反比例して人材は不足していた。極度に。兄様は人材育成に注力して下さったけれど、それもまた、兄様と私に別行動させる原因になった。
 北から南まで、全ての怪異を私1人で鎮めて回らなくちゃいけなかった。
 重力操作を応用した、空間転移による移動。
 次に何処で怪異が起こるか予測し得る、未来視の瞳。
 この為に与えられたのだと、初めて納得した。」

「仕事だから仕方なかった、って言いたいの?!」

「そうね、そうなるのかしらね・・・。
 目の前の怪異収束に躍起になって必死でこなしているうちに、奥州にも安芸にも帰らなくなり、野宿が普通になって、人とよりも魑魅魍魎と会話する事が多くなって・・・。
 気付けば『仲間』と呼べるのは天海殿だけになってた。」

「どうして・・・?!
 みんな居たのに・・・独眼竜も、謀神も覇王も、西海や権現たちだってっ、みんな、心配してたのに! 仲間だって、思ってくれてなかったのかよっ?!
 最期を何処で迎えたのかも、オレたちは知らない・・・知らないんだっ!」

「・・・女は難儀ね。
 『仕事なんだから仕方ないでしょ。』が使えないのだもの。」

「そうじゃない・・・こんな事が、言いたいんじゃなくて・・・、っ。
 鶴姉ちゃん、日の本に戻ってきて。また皆で一緒に・・・今度は絶対、独りにしない。
 約束するから。」

「・・・あなたは、今生の私の孤独を埋めると言う。
 でも、今生『も』また、あのヒトの孤独は、見てくれないのね。」

「え・・・?」

 鶴姫が何を言っているのか解らなくて、でも理解したくて。
 蘭丸の思考停止と、意識の喪失は同時だった。

「スイウ。」

「ちょっとした実験よ、ギュンター。
 私を拘束しようとした人間は、一定時間を過ぎると意識を失い行動不能になる。その時間がね、『前世持ち』の場合は、何か違うのかなって。」

「・・・・・・。」

「先例と大した違いは無かったわ。通じる事が実証出来ただけでも、良しとしましょう。
 部隊が編成可能な程、一度に大量に生み出された『前世持ち』。いずこの大神が、何を考えてお遣わしになったものやら。天意だと仰るのなら、神託で御意を賜りたいところだけれど・・・。
 皆、何で疑問を持たないのかしら。
 あれだけ反骨精神旺盛で信仰心の薄い人たちが、何故、諾々と従う気になるのかしら。
 ねぇ、ギュンター。
 ドイツという外つ国の人間から見て、何かおかしいと思わない?」

「外の人間だからこそ、判らん事もある。だがお前の直感を大事にすべき事は解る。
 ハヤタカが戻るまで、もう少しかかる。
 スイウ、俺の仲間、ドイツ諜報部と合流しよう。ここはドイツで、警備はドイツ軍と諜報部。万が一など無いとは思うが・・・何か、イヤな予感がする。」

「ギュンターがそう言うのなら。」

「その前に卿の疑問に答えよう、海神の巫女。いや・・・、」

 鶴姫の瞳が、警戒に細まる。
 前世、彼女は決してこの人が嫌いではなかった。蛇蝎の如く嫌う仲間たちを、よく宥めて落ち着けたものだった。
 だが、今は。今の、この人は。

「『羽衣の巫女』と呼ぶべきかね?」

「梟、さん。」

 何かが、歪んでいる・・・前世以上の歪みを纏っている。
 松永弾正久秀。
 今生の彼は、黒い喪服がやけに似合う、30代の美丈夫だった。



                   ―FIN―

戦国BASARA 真・転生ver. ~二重恋愛~

戦国BASARA 真・転生ver. ~二重恋愛~

  • 小説
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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-01-12

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