みんなのパタ子

 
 みんなのパタ()


   ○ひとしくんと、ぼくのこと

 よだひとしくんとはじめて()ったのは、ぼくが生まれてから、三年あとのことです。
 ひとしくんは、ぼくのお(かあ)さんに()っこしてもらってお(うち)にきました。お()めがまん(まる)で、とても小っちゃくて、ねむっているか、()いてばかりいるかの(あか)ちゃんでした。
 ぼくはお(かあ)さんのお(はな)しを()いて、(おとうと)ができたことを()りました。とても、とてもかわいい(あか)ちゃんで、ぼくはとってもうれしい気もちになりました。
 お(かあ)さんは、
「パタ()。あなたはお兄ちゃんなんだから、ひとしちゃんのことを、かわいがってね」
 とぼくに言います。
 ぼくは、お(かあ)さんにたよりにされて、ますますうれしい気もちです。
 これからぼくは、お兄ちゃんなんだから、(おとうと)をまもってあげなくてはいけません。(おとうと)大切(たいせつ)にして、たすけてあげなくてはいけないのです。
 ぼくは(あか)ちゃんひとしくんを()て、そう(おも)いました。

 ぼくのお名前(なまえ)は、よだパタ()です。パタ()って、(すこ)しかわったお名前(なまえ)でしょ。
 そう。ぼくはお(かあ)さんやひとしくんたちとちがって、にんげんでないの。
 きっとぼくのことを()らない人もいるだろうし、()っている人でもぼくを()たら、
「なつかしいなあ、めずらしいなあ」
 っていう人がおおいと(おも)うよ。
 ぼくはね、()ざまし時計(とけい)だから。
 サンドウィッチを入れるランチボックスのような、(すこ)(よこ)(なが)い、はこのようなかたちをした、おからだが(あか)()ざまし時計(とけい)なんだ。
「どこが、なつかしいのかって?」
 きっと、みんなのお(うち)にある()ざまし時計(とけい)は、(なが)いはりと(みじか)いはりと、1秒2秒ってすすむ(ほそ)(はり)がついているものか、デジタルの数字(すうじ)時間(じかん)がわかるものだと(おも)うんだ。
 でもぼくは、(くろ)(いた)(おお)きな数字(すうじ)()いてあって、その(いた)をはんぶんづつ、 「 ヨイしょ、ヨイしょ 」 ってじゅんばんにめくって、はい、 「 12:00 」 ですよって、お時間(じかん)()らせる時計(とけい)なんだ。
 その(いた)をめくるときに、 「 パタ、パタ 」 って、(いた)がふれあう(おと)がするの。その(おと)()いているうちにお(かあ)さんは、ぼくのことを、 「 パタ() 」 って、()ぶようになったのさ。

 きっとぼくのことを()たら、 「おもしろいね」 って(おも)うだろうけど、むかしはたくさんあったんだよ。
 ぼくにはね、時間(じかん)()らせることのほかにも、大切(たいせつ)なやくめがあるんだ。そのなかでもとても大切(たいせつ)なのが、ひとしくんを(おこ)してあげること。
「 6:30 ですよ。さあ、(おこ)きてください 」
 って(おと)()らして、(おこ)してあげるの。
 ぼくがちゃんと(おと)をならさないと、ひとしくんはお()ぼうして、学校(がっこう)におくれちゃうでしょ。そうしたら、みんなといっしょにお勉強(べんきょう)ができないし、あそぶこともできなくなっちゃうでしょ。
 だからぼくが(おと)をならすことは、とっても大切(たいせつ)なやくめなんだ。

 ぼくがいつも、ずっとひとしくんのお部屋(へや)にいると(おも)っていないかい?
 そんなことは、ないんだ。
 家族(かぞく)みんなで旅行(りょこう)にいった(とき)には、ぼくもつれて行ってくれたし、ひとしくんが(おお)きくなってからは、ぼくといっしょに、お仕事(しごと)の、 【 けんしゅう 】 で、(とお)くにお泊まりしたことだってあるんだから。
 けんしゅうと言うのは、お仕事(しごと)をしていくためのだいじなお勉強(べんきょう)のこと。だからその(とき)は、ぼくはとてもきんちょうしたなあ。もう十七、八年も(まえ)のことだけど、ぼくは(いま)も、はっきりとおぼえてるんだ。
 
 ぼくはいつもひとしくんのそばで、いっしょにすごしてきたの。なんて言ったって、ぼくはひとしくんのお兄ちゃんだからね。(あか)ちゃんの(ころ)のひとしくんも、小学生(しょうがくせい)のときのひとしくんも、大人(おとな)になったひとしくんのことも、み~んな()ってるんだ。
 ひとしくんは、ぼくのことをとても大切(たいせつ)にしてくれた。だからいっしょにいられたぼくは、とてもしあわせなんだよ。


   ○ミミちゃんの気持(きも)


 パタ()とひとしくんと、お(とう)さんとお(かあ)さんは、五(かい)()ての団地(だんち)の二(かい)()んでいました。
 ひとしくんが小学生(しょうがくせい)になる(すこ)(まえ)には、パタ()とひとしくんは、ふたりで同じ(おなじ)部屋(へや)でねんねするようになったのです。
 学校(がっこう)がおわったあとやお(やす)みの日には、お(とも)だちがたくさんお部屋(へや)来る(くる)ようになったので、パタ()もとてもたのしいお時間(じかん)をすごしました。
 その(ころ)のひとしくんは、()がぐんぐんとのびて、お(とも)だちとお(そと)でたくさんあそぶようになったので、お(かお)がまっくろのげんきな()にそだちました。

 ひとしくんが小学三年生のころにはこんなことがありました。
 ある日、ひとしくんが()ねこを()っこして、(かえ)ってきたのです。
 ()ねこはお(かあ)さんのお()てと同じ(おなじ)くらいの(おお)きさの、(あか)ちゃんねこです。(しろ)とうすい(ちゃ)いろのからだの、お(みみ)だけが(おお)きくてシッポの(なが)い、()ねこでした。
 ひとしくんは、 「 みゃ、みゃあ 」、 とだけしかなくことのできない(あか)ちゃんねこを、()っこしながら言いました。
 「お(かあ)さん。この()ねこを(そだ)てたいの。ぼくがめんどうを()るから、ちゃんと世話(せわ)をするから、()わせて。おねがい、()わせて!」
 そうなんどもなんども、お(ねが)いしたのです。
 お(かあ)さんは、お仕事(しごと)からかえってきたお(とう)さんに、さっそくそうだんをしました。
 動物(どうぶつ)(そだ)てることが、とってもたいへんなことをわかっていたお(とう)さんとお(かあ)さんは、どうすれば()いのか、とてもまよいました。
 でも、まよったのにはほかにも理由があったのです。
 お(とう)さんとお(かあ)さんは、いつかお(わか)れをしなければならない(とき)の、そのつらさを()っていたからなのです。
「ひとしが(おお)きくなれば、お(わか)れのつらさをきっと()けとめられるはずさ」
()ねこを(そだ)てることで、ひとしはせいちょうするわよ」
 お(とう)さんとお(かあ)さんは、ふたりで(はな)しあって、ひとしくんのお(ねが)いをかなえてあげることにしました。
 そのとき、お(とう)さんはこう言いました。
「じぶんの()どもだと(おも)って、(そだ)てなさい。ひとしは、この()ねこの、お(とう)さんだということを、わすれてはいけないよ」
 ひとしくんは()きながら、しっかりとうなずきました。
 ひとしくんのその表情(ひょうじょう)()て、()ねこは安心(あんしん)して、 「 みゃ〜お 」 といって、にっこりしました。

 こうしてお(うち)に、かぞくがひとり、ふえたのです。
 ひとしくんは()ねこに、 「 ミミちゃん 」 という、お名前(なまえ)をつけて、とてもかわいがりました。
 ごはんをあげるのも、オシッコやウンチの世話(せわ)をすることも、毎日(まいちに)かかさずひとしくんがします。
 (よる)ねるときには、お()なかをやさしくなでてあげながら、いっしょのおふとんで()んねします。
 パタ()は、そんなひとしくんとミミちゃんを()ていると、とてもしあわせな気持(きも)ちになりました。
 
 ミミちゃんは、すこやかに(おお)きく(そだ)っていくと、げんきいっぱいにお部屋(へや)をかけまわるようになりました。
「ひとしくんと同じ(おなじ)ようだなあ」
 パタ()はそんな気持(きも)ちで、やさしく()まもっていました。
 でもその元気(げんき)()さは、エスカレートしていって、しだいにパタ()にジャレるようになったのです。
 お部屋(へや)元気(げんき)にあそんでいるときには、パタ()をけとばすようになりました。
 しばらくたって、気づいたひとしくんは、パタ()をつくえの(うえ)()くようにしたので、パタ()安心(あんしん)していました。
 でもまたしばらくすると、パタ()のことをつくえの(うえ)から、おっこどしました。
 パタ()はからだじゅうがとても(いた)くて、 「 えん、えん 」 と()いていました。
 ひとしくんはパタ()がゆかに()ちているのを()て、
———ミミちゃんが、()っこどしたのかな?
 そう(おも)って、パタ()をつくえの()()しにしまうようにしました。
 でもそれだけで、()わらなかったのです。
 パタ()がいつものように、 「 6:30ですよ、(おこ)きてください 」 と(おと)をならすと、ミミちゃんはパタ()()びかかって、お()てでパンチするようになったのです。パンパンって。
 ひとしくんはたまりかねて、
「なんで、パタ()をいじめるの」
 とミミちゃんをしかりました。
 ミミちゃんは、
「ボクはお(そと)であそびたいの」 と(こたえ)えました。
 そうだったのです。ミミちゃんは(ひろ)いお(そと)で、たくさんあそびたかったのです。お部屋(へや)のなかでは、ほんの(すこ)ししかあそぶことができません。ひとりぼっちで、さびしくて、ストレスがたまっていたのです。
 ひとしくんは、ミミちゃんを()っこしてこう言いました。
「ごめんね、ミミちゃん。これからは、ぼくがお(はな)しをしたり、あそんであげるから、みんなでなかよくしようね」
 ひとしくんはミミちゃんと、(いま)までよりたくさんお(はな)しをしたり、あそぶようになりました。そしてパタ()とミミちゃんも、なかよしになっていったのです。


   ○みんなのやさしいお(かあ)さん


 パタ()は、お(かあ)さんが二十一(さい)のときにお(うち)()らすようになりました。その(ころ)のお(かあ)さんはまだお姉さんで、ひとり()らしをするために、()ざまし時計(とけい)がひつようだったのです。
 パタ()()ったお(かあ)さんは( ひとしくんが生まれる(まえ)までは、かおりさんって()んでいました )、お(うち)(かえ)ると、おばあちゃんやおじいちゃんにじまんしました。
「ほら。()(あか)可愛(かわい)時計(とけい)でしょ」
 おばあちゃんは()ざまし時計(とけい)(しな)さだめするように、(うえ)から下から、(よこ)からしょうめんからと、ゆっくりと()まわして、お(かあ)さんにこう言いました。
()時計(とけい)をえらんだね」
 パタ()はおばあちゃんが(わら)ってくれたので、とてもあんしんしました。
 お(かあ)さんはお仕事(しごと)から(かえ)ってくると、どんなにつかれていても、かならずパタ()をきれいな(ぬの)でふきました。
(いま)でも、 「ひとり()らしの(おも)()時計(とけい)だから」 と言って、ときどきひとしくんのお部屋(へや)に行って、きれいにします。
 そうです。パタ()がいちばん(なが)一緒(いっしょ)にいるのは、お(かあ)さんなのです。お(かあ)さんは、ひとしくんやミミちゃんと同じ(おなじ)ようにパタ()のことも大切(たいせつ)にする、やさしいお(かあ)さんなのです。
 パタ()同じ(おなじ)ように、パタパタと(いた)をめくって時間(じかん)()らせる時計(とけい)は、(いま)はもうほとんど()かけません。
 お(かあ)さんがパタ()をえらんだから、パタ()は四十年も生きてこられたのです。パタ()はずっとしあわせをかんじながら、お(うち)ですごしているのです。

 お(かあ)さんは、ものを大切(たいせつ)にする人です。
 ひとしくんが生まれたころに()った、電子(でんし)レンジは、三十年以上(いじょう)もつかっています。こんなに(なが)くつかっている人は、なかなかいるものではありません。
 電子(でんし)レンジがこわれてしまった(とき)には、電気()さんに()っていって、なおしもらってつかいます。
 そうじ機がこわれた(とき)もそうです。せんぷう機の調子(ちょうし)がわるい(とき)には、お(とう)さんといっしょに、なおします。フライパンも、ラジオも、テレビも、大切(たいせつ)使(つか)いつづけるのです。
 お(うち)にくる人たちは、
「あら、こんな(ふる)いものを、(いま)でも使(つか)っているの?」
 そう言って、()をまわるくする人もいます。
 そのたびにお(かあ)さんは、
家族(かぞく)生活(せいかつ)をささえて、たすけてくれたんだから、大切(たいせつ)にしてるの」
 そう(こたえ)えるのです。
 パタ()はお(かあ)さんのやさしい気持(きも)ちが、よくわかります。だからパタ()も、ひとしくんやミミちゃんに、やさしくしてあげなくてはいけないと(おも)っているのです。

 そんなやさしいお(かあ)さんでも、(おこ)ることがあります。
 それは、だれかを(かな)しませたり、さびしい(おも)いをさせてしまった(とき)です。
 ある日の(あさ)、ひとしくんは、ベランダのお花にお水をやらずに、学校(がっこう)に行ってしまいました。お(かあ)さんはお水をあげる係のひとしくんが、てっきりいつものように、お水をあげたと(おも)っていました。
 ひとしくんは、学校(がっこう)から(かえ)ると、げんかんにかばんをおいてすぐに(あそ)びに行きました。そして夕方(ゆうがた)、ひとしくんが(かえ)ってくると、お花はぐったりとしていたのです。
 お(かあ)さんはあわててお花をあたたかいお部屋(へや)にうつしてあげて、きりふきをつかってお水をあげました。
 お花は(すこ)しづつ元気(げんき)になっていき、ひとしくんはとても(よろこ)びました。
 しかしお(かあ)さんは、ひとしくんにお(はな)しをはじめました。
「お花を()てごらんなさい」
 ひとしくんはお(かあ)さんの言うことを()いて、お花を()ました。
「お花を()て、なにか、(おも)わない?」
 ひとしくんは、じっくりとお花を()て、こう言いました。
元気(げんき)になって()かったね。とても、きれいだね。」 
 ひとしくんが言いおわるのと同時(どうじ)に、お(かあ)さんはひとしくんのほっぺを、パチンとたたきました。
 ひとしくんはおどろいて、ほっぺに()をあてました。なにが(おこ)きたのかわかりません。
「ひとしにはお花がきれいに()えるの? ほんとうに、そう()えるの」
 お(かあ)さんは、(おこ)っています。
 それよりもパタ()は、なみだを()かべているお(かあ)さんが(かな)しんでいるように()えて、かわいそうだなと(おも)いました。
「お花は水が()めないで、ぐったりとして、よわってしまったのよ」
 お(かあ)さんはじっとひとしくんを()つめます。ひとしくんのことばを、()っているのです。
「・・・・・・」
 お(かあ)さんはなみだをふこうともせずに、じっとひとしくんがお(はな)しし(はじ)めるのを、()っています。
「ぼくがお花にお水をあげなかったから、お花はよわっちゃったんだ」
 ひとしくんはなみだ(こえ)で、そう口にしました。
「お(かあ)さんごめんなさい。お花さん、ごめんなさい」
 ひとしくんはそう言って、えんえんと、(こえ)をあげて()きました。
 お(かあ)さんはひとしくんのことを()きしめて、
「もういいの。()かなくていいのよ」
 そう言って、あたまをやさしくなでました。ひとしくんはますます(おお)きな泣き声(なきごえ)をあげて、お(かあ)さんにしがみつきます。
 それからのひとしくんは、ぼくやミミちゃんを可愛(かわい)がるのと同じ(おなじ)ように、お口の()けないお花さんのことも可愛(かわい)がるようになりました。
 お水をあげる(とき)には、
「のどがかわいただろ」
 とやさしい(こえ)をかけて、お水をあげます。
 雨がつづく日には、
「さむくない? つめたくない?」
 って(はな)しかけます。
 お花が()いたとには、
「きれいなお花を()かせたね。ありがとう」
 そう言って、にっこりします。

 みんなのやさしいお(かあ)さんは、みんなに大切(たいせつ)なことを、教えてくれて、みんなをやさしくしてくれるのです。


   ○お()()


 こどもだったひとしくんも、パタ()もミミちゃんも、すっかり(おお)きくなりました。
 ひとしくんが小学五年生のときには、団地(だんち)がとりこわされ、お()()しをすることになりました。
 お()()(さき)は、(くるま)で一時間(じかん)くらいはなれた、しんちくのマンションです。
 ()てられたばかりのマンションは、お部屋(へや)(ひろ)くとてもきれいで、団地(だんち)よりも()(たか)い、とてもながめの()いところです。
 お(とう)さんもお(かあ)さんも、ひとしくんも(よろこ)びました。でもお()()しをきめる(とき)になって、とっても(おお)きなもんだいがあることに気づきました。
 それは、ミミちゃんのことです。
 マンションでは、どうぶつといっしょに()んではいけないと言うのです。
 しんちくマンションでみんなで()めると(おも)っていたので、みんなとてもがっかりしました。
 でもとりこわしの工事(こうじ)(はじ)まるまでには、団地(だんち)()ていかなければなりません。とても、(こま)ったことになったのです。
「ミミちゃんといっしょに、お()()しをしたい」
 みんな同じ(おなじ)気持(きも)ちです。でも、どこかに()むところを()つけなければいけません。
 お(とう)さんとお(かあ)さんは、ふどうさん()さんに行って、ミミちゃんと()めるところを、いっしょうけんめいさがしました。
 でもミミちゃんと一緒(いっしょ)に、家族(かぞく)みんなで()めるところは、なかなか()つかりません。
 そんな(とき)です。お(かあ)さんのお(とも)だちが、
「ミミちゃんといっしょに()らしたいの。ミミちゃんを、わたしにくれない?」
 そうお(かあ)さんに、お(ねが)いをしたのでした。
 お(とも)だちのおねえさんは、ときどきお(かあ)さんをたずねてきて、ミミちゃんのことをよく()っています。ミミちゃんともなかよしの、(かみ)(なが)いやさしいおねえさんです。
 みんな、とてもなやみました。 
 ひとしくんは、
「ミミちゃんといっしょに()らせないなら、()()しはしない」
 そう言って、わんわん()きました。
 みんな(こま)りました。みんな、同じ(おなじ)気持(きも)ちだったからです。
 でもいちばん(こま)っているのは、ミミちゃんです。
 ミミちゃんはお部屋(へや)でかけまわることもなくなり、ごはんもあまり食べなくなって、(よる)もねむれません。
「ミミちゃん」
 パタ()はみんながいない(とき)に、ミミちゃんに(はな)しかけました。
「なあに?」
「げんきを()して、ちょうだいね」
 パタ()はしんぱいして、そう言いました。
「ねえパタ()ちゃん。ボク、どうしたらいいのかな?」
 パタ()は、なにも言うことができません。
「ボク。おねえさんのところに、行こうかな」
「えっ! ぼくたちと()らさないの? お(わか)れするの!」
「だって、ボクがおねえさんのところに行けば、みんなマンションにお()()しできるしょ。それに、()らない人にもらわれるよりいいし、お(そと)()らしているお(とも)だちにくらべたら、ずっと、ずっと()いもん」
「そんなあ。ミミちゃんとお(わか)れなんて、」
 パタ()は、なみだを(なが)しました。
「ボクはおねえさんのことが大好(だいす)きだもん。大好(だいす)きなおねえさんは、お(かあ)さんのお(とも)だちだから、ときどき()えるかもしれないよ」
「そうだけど」
「ねえパタ()ちゃん。ボクは(あか)ちゃんのとき、お(そと)でひとりぼっちだったでしょ。ひとりぼっちで、生きていけなくなって()んでしまう()ねこも、たくさんいるんだよ。だからボクは、とてもしあわせなんだよ」
 あの(あか)ちゃんねこだったミミちゃんが、こんなお(はな)しをするようになったのです。
 パタ()はミミちゃんに()うことができて、ほんとうに()かったと(おも)いました。
 パタ()はミミちゃんが(はじ)めてお(うち)にきた(とき)のことを、(おも)いだします。お(とう)さんとお(かあ)さんは(わか)れることのつらさを(おも)って、ミミちゃんを()うことを、ためらっていました。でも(いま)では、ミミちゃんはなくてはならない、家族(かぞく)のひとりなのです。
 お(とう)さんとお(かあ)さんは、ひとしくんと(はな)し合いました。
「やさしいおねえさんが、大切(たいせつ)(そだ)てたいと言ってくれているのだから、ミミちゃんはしあわせなのよ」
(かあ)さんの言うとおりだよ。ミミちゃんがしあわせに生きていけるんだから、おねえさんにお(ねが)いしよう。どうだい? ひとし」
 ひとしくんは、だまったまましっかりと、 「 はい 」 とうなずきました。なみだが()るのをがまんしてうなずくひとしくんを()たパタ()は、なみだが止まりませんでした。

 ミミちゃんとお(わか)れするときには、ひとしくんもお(とう)さんもお(かあ)さんも、(こえ)をあげて()きました。そして、 「 ありがとうね 」 となんどもなんども言いました。
 おねえさんは、
「わたしがミミちゃんを、ずっとずっと大事(だいじ)にするからね」
 と言いました。
 おねえさんの(むね)()かれたミミちゃんはにっこりと(わら)って、 「 ありがとう。ありがとうね 」 と、何度(なんど)もくりかえして言いました。ミミちゃんの()は、(なみだ)があふれそうでした。


   ○ひとしくんとの(わか)


 ひとしくんは高校(こうこう)をそつぎょうすると、しょうしゃというところで、(はたら)(はじ)めました。
 でもマンションからは(とお)くて(かよ)えないので、会社(かいしゃ)(りょう)()むことになったのです。 
 研修(けんしゅう)センターでのお勉強(べんきょう)のときには、パタ()()れていきましたが、いざ(りょう)に入るお()()しのときになると、ひとしくんはとても(なや)みました。
(かあ)さん。パタ()、やっぱり()いていくことにするよ」
「あんなに大事(だいじ)にしてたでしょ。()れていって、いいのよ」
 パタ()はどっちにしても、ひとしくんかお(かあ)さんのどちらかとお(わか)れをしなければならないのです。
「でもさ。仕事(しごと)(はじ)めたら、パタ()をふいてやれなくなって、よごれて故障(こしょう)でもさせたら、かわいそうだから」
 ひとしくんはさびしそうに、そう言いました。それでもパタ()は、ひとしくんとお(わか)れするのはさびしいのです。
「でもひとしが(はたら)いていくうえで、パタ()がそばにいれば、なぐさめられると(おも)うわよ」
 お(かあ)さんはひとしくんのことを(おも)って、そう言います。
「パタ()は、(かあ)さんの大事(だいじ)()ざまし時計(とけい)じゃないか。やっぱり(かあ)さんが、ずっと()っていたほうがいいよ。パタ()家族(かぞく)のいち(いん)なんだから、はなれたくない、と(おも)っているはずだよ」
 お(かあ)さんはひとしくんと同じ(おなじ)ように、パタ()がどう(おも)っているのかを考えます。
「そうね。パタ()気持(きも)ちになったら、そのほうが、()いのかもしれないわね」
 ひとしくんとお(わか)れする。それはパタ()にとって、とてもさびしいことです。
 ひとしくんの(りょう)にパタ()が行けば、お(かあ)さんとはずっと()えなくなってしまいます。でもパタ()がお(かあ)さんといっしょにいれば、ひとしくんが()(とき)()うことができます。
 そしてついに、パタ()はひとしくんとお(わか)れすることになりました。
 パタ()()くのをがまんして、
「ひとしくん。どうもありがとう。お仕事(しごと)がんばってちょうだいよ」
 と言いました。
 こうしてパタ()は、またお(かあ)さんのお部屋(へや)で、いっしょに()らすことになったのです。


 ぼくがお(かあ)さんとはじめて()ってから、もうすぐ二十一年になります。ぼくはまた、出会(であ)った(ころ)同じ(おなじ)ようにすごすのだと、自分に言い()かせることにしました。やっぱり、ひとしくんとはなればなれになるのは、さびしいかったからです。
 お(かあ)さんは二十一年たってもやさしいお(かあ)さんのままです。
 でもまえと、(すこ)しちがうなあ、と(おも)うことがあります。それは、とてもやわらかくてスベスベしていたお(かあ)さんのお()てが、ざらざらになったところです。
 そんなお(かあ)さんも、ぼくのことを()てこう言います。
「ずいぶんと、(いろ)がかわったわね」って。
 ひとしくんが(おお)きくなっていくように、ぼくも()らないうちに()わっていたのです。
 それでもお(かあ)さんは、あたたかいお()てで、まえよりもやさしくぼくのことをなでてくれます。だからぼくも、お(かあ)さんのために、いっしょうけんめいパタパタしています。


   ○大人(おとな)になるということ 


 ぼくは、三十一(さい)になりました。もうすっかり大人(おとな)です。
 じっとお(かあ)さんとお(とう)さんのお部屋(へや)の、ベッドのまくらもとにいます。おすわりをして、(とお)くの(やま)()るのが大好(だいす)きです。
 最近(さいきん)のお(かあ)さんは、とてもいそがしい日々(ひび)をおくっています。
 おばあちゃんのぐあいが(わる)くなってしまい、毎日(まいちに)のように電車(でんしゃ)に二時間(じかん)()って、おばあちゃんのところに行っているのです。
 おばあちゃんは、たびたびお(うち)()てくれました。でもここ数年(すうねん)は、お(かお)()せなくなっていました。
 おばあちゃんのことは、(いま)もはっきり(おぼえ)えています。お(かあ)さんがぼくを()って、お(うち)(かえ)ったときのことです。ぼくのおからだをすみずみまで()て、 「()いのをえらんだね」 と(わら)っていた、やさしい(かお)のおばあちゃんを、ぼくは忘れてはいません。

 そのおばあちゃんが()んじゃったなんて、ぼくには(しん)じられません。もう()うことが()()ないなんて、(しん)じられないのです。
 おばあちゃんが()んでしまって、お(かあ)さんは(こえ)をあげて()きました。ぼくよりもっともっと、お(かあ)さんには(しん)じられなかったのです。
 (いさ)しぶりにお(うち)()た、ひとしくんも()きました。もちろんぼくも()きました。
 ぼくには、わかったことがあります。
 大人(おとな)になるということは、いろんな人やものと出会(であ)うのと同じ(おなじ)ように、お(わか)れがあるということです。
 ミミちゃん、おばあちゃん、団地(だんち)出会(であ)った人やものとは、いつか、お(わか)れをしなければならないのです。
 お(とう)さんは、ひとしくんが()どもの(ころ)から、よくこんなお(はな)しをしていました。
「人は、いろんなことを()ろうとしたり、()とうとしたりするけど、かならずお(わか)れしなければならないのだよ。だから、じぶんが()ったことや()ったものを、人にあげようとしなければ、いけないんだ」って。
 小さいぼくにはむずしくてよくわからなかったけど、(いま)では(すこ)しわかる気がします。
 お(かあ)さんやひとしくんがぼくを大切(たいせつ)にしてくれるのは、ものを大切(たいせつ)にしてきたおばあちゃんがいたからに(ちが)いありません。

 
 おばあちゃんが()くなって半年(はんとし)くらいたった(ころ)、ぼくはおからだのぐあいが(わる)くなってしまいました。
 (はじ)めの(ころ)は、
電池(でんち)が切れかけているのかな?」
 そう(おも)っていたんだけど、お(かあ)さんが電池(でんち)()りかえても、時間(じかん)はくるってしまい、なおりません。
 お(かあ)さんは(えき)のそばの時計屋(とけいや)さんに電(はな)をかけて、ぼくの調子(ちょうし)()くないことを(はな)しました。ぼくは、生まれて(はじ)めて病院(びょういん)に行くことになったのです。

 時計屋(とけいや)さんの先生(せんせい)は、ぼくをすみからすみまで、みてくれました。お医者(いしゃ)さんは、こまった(かお)をでこう言いました。
「このからだで、よくもちこたえましたね」
「パタ()は、そんなに(わる)いのですか? パタ()になにがあったというのですか」
 (おも)ってもいなかった先生(せんせい)のことばに、お(かあ)さんの頭はまっ(しろ)です。
「この時計(とけい)をだいじに、大切(たいせつ)にして()たことはよくわかります。しかし、人(あいだ)にも動物(どうぶつ)にも、そして時計(とけい)にも、それぞれ(あた)えられたじゅみょうがあるわけです」
 先生(せんせい)は、ぼくをなおそうとがんばります。お(かあ)さんは、ぼくをはげまします。
 先生(せんせい)もお(かあ)さんも、ぼくを元気(げんき)にしようと、いっしょうけんめいです。
 お医者(いしゃ)さんの手当(てあ)てと、お(かあ)さんの必死(ひっし)のおいのりで、ぼくは(いのち)()りとめて、おばあちゃんのように()ぬことはありませんでした。
 でもお医者(いしゃ)さんは、こう言いました。
出来る(できる)ことは、ぜんぶやりました。あとは、この()のがんばりしだいです」
 ぼくがこれからどうなるかは、ぼくのがんばりしだいなのだそうです。
 お医者(いしゃ)さんのことばを()いたお(かあ)さんは、
「わたしがパタ()をたすける。パタ()()なせはしない」
 そう言って、ぼくを()きしめました。
 ———―お(かあ)さん、ありがとう。ぼくのことをそんなにまで、大切(たいせつ)にしてくれて。
 ぼくはお(かあ)さんの愛情(あいじょう)がうれしくて、(こころ)のなかで、そうくり返しました。


   ○大好(だいす)きなお(うち)


 ぼくは()ざまし時計(とけい)のパタ()です。
 元気(げんき)(ころ)は、パタ、パタと(いた)をめくって、みんなにお時間(じかん)()らせてあげて、(おこ)してほしい時間(じかん)に、みんなを(おこ)してあげていました。
 でもぼくはもうおからだに(ちから)が入らなくて、パタパタすることが()()ません。みんなを(おこ)してあげる(こえ)()せません。何もできなくなってしまったのです。
 ぼくのおとなりには、(しろ)くてまわるい形をした、()ざまし時計(とけい)の、マルくんがいます。(はり)は暗くなっても()える、かっこいい時計(とけい)です。
 マルくんはぼくのかわりに、お(とう)さんやお(かあ)さんが(おこ)きたい(とき)に、リンリン、リーンと元気(げんき)(こえ)で、一日の(はじ)まりを()らせます。
 しっかりとお仕事(しごと)をするマルくんのことを、お(かあ)さんは可愛(かわい)がっています。(とな)りにいる、(うご)けなくなったぼくのことも、いつものようにふいてくれて、やさしいことばをかけてくれます。
 もう()ざましとしても、時計(とけい)としても、みんなの(やく)に立てなくなったのに、お(かあ)さんはにっこりしながら、ぼくのことを大切(たいせつ)にしてくれるのです。
 お(そと)が明るくなると、ぼくはベッドからお(やま)をながめます。(よる)になると、(すこ)しうとうとします。
 みんなが(おこ)きる時間(じかん)よりも早く(おこ)きるのは()わりませんが、(おと)をならせなくて、とてもかなしいです。
 でもぼくは、(うご)けなくなっても生きているのです。
 
 ある日ひとしくんは、()らない女の人といっしょに、お(うち)をたずねてきました。
 その女の人は、のりこさんと言う名前(なまえ)で、ひとしくんのお(よめ)さんになる人だそうです。
「ほら、のり()。パタ()だよ」
 ひとしくんはぼくを()っこして、のり()さんにわたしました。
「まあ、パタパタ時計(とけい)ね。なつかしい。わたしの(うち)にもあったわ」
 のり()さんに()っこされたぼくは、くすぐったさと、なつかしさを(かん)じました。のり()さんは、出会(であ)った(ころ)のお(かあ)さんと同じ(おなじ)ような、すべすべしたお()てだったからです。
「パタ()は、ぼくより三(さい)年上(としうえ)なんだ。(かあ)さんがひとり()らしを(はじ)める(とき)に、()ったんだって。ねっ、(かあ)さん」
 お(かあ)さんは(わら)がおを()かべて、にっこりとうなずきました。
大切(たいせつ)使(つか)ってきたんですね。パタ()もきっと(よろこ)んでいるわ」
最近(さいきん)まで(うご)いていたんだけど、(うご)かなくなっちゃたの。時計屋(とけいや)さんにみてもらって、一度は(うご)くようになったんだけど」
「そうですか」
 のり()さんはさびしそうな(かお)をしましたが、何かを(おも)いだしたように、明るい(こえ)(はな)(はじ)めました。
新聞(しんぶん)で、(ふる)時計(とけい)をせんもんにしゅうりする人がいるって、のっていました。もしかしたら、なおるかもしれませんよ。お(かあ)さん!」
「ほんとうかい? のり()
「その記事(きじ)を読んで、いなかの(ふる)い柱時計(とけい)のことを(おも)いだしたの。だから(たし)か。わたし、調(しら)べてる」
「うん。パタ()をしゅうりに()そう。いいでしょ? (かあ)さん」
「もちろん。もしまた(うご)くようになったら、あなたたちにあげるわ」
「でもパタ()は、お(かあ)さんが大事(だいじ)にしてきた時計(とけい)じゃないか」
「そうです。お(かあ)さんのところにいるのが、いちばん()いと(おも)います」
 のり()さんも、ぼくとお(かあ)さんがいっしょにいる(ほう)が、()いと(おも)っているのです。
「あなたたち二人が大切(たいせつ)にしてくれたら、(かあ)さんはうれしいの。それに、あなたたちに(あか)ちゃんができたら、またパタ()(あか)ちゃんを()まもってほしいの。ひとしを()まもったときと同じ(おなじ)ようにね」
 ひとしくんとのり()さんは、(すこ)してれた(かお)になりました。
「いいの? (かあ)さん」
 お(かあ)さんは(わら)がおのまま、ゆっくりとうなずきました。
(わたし)、お(かあ)さんのように、パタ()大切(たいせつ)にしながら、()どもを(そだ)てたいです。いつかその()大人(おとな)になったら、お(かあ)さんと同じ(おなじ)ように、その()にパタ()大切(たいせつ)にしてねって、ゆずりたいです」
「パタ()。これからはひとしとのり()さんと、生まれてくる()どもたちのことを、お(ねが)いね」
 ひとしくんは(なみだ)()かべて、ぼくのことを()つめていました。


 こうしてぼくは、修理(しゅうり)にいって(うご)くようになって、ひとしくんとのり()さんといっしょに、新しい(あたらしい)(うち)()らすようになりました。
 ぼくはほんとうに、しあわせです。
 ぼくはパタパタと(おと)をたてる(ふる)時計(とけい)で、マルくんほど正かくに時間(じかん)()らせてあげることはできません。それなのに、こんなにも大切(たいせつ)にしてくれる人たちと、いっしょにいられるのだから。

 ぼくの(こころ)のなかには、いつもお(かあ)さんがいます。
 お(かあ)さんが、大切(たいせつ)にしてくれたから、ぼくは生きていられるのです。
 (いま)まで、どうもありがとう。ほんとうに、ありがとう。
 ぼくはこれからも、パタ、パタ。パタ、パタって、がんばるからね。
 いっしょにいたときと同じ(おなじ)ように、みんなのために、がんばるからね。
 ありがとう。ぼくの、お(かあ)さん。
 ぼくを家族(かぞく)にしてくれて。


                                                             了

 

   

みんなのパタ子

みんなのパタ子

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-12-28

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