みんなのパタ子

 
 みんなのパタ子(こ)


   ○ひとしくんと、ぼくのこと

 よだひとしくんとはじめて会(あ)ったのは、ぼくが生まれてから、三年あとのことです。
 ひとしくんは、ぼくのお母(かあ)さんに抱(だ)っこしてもらってお家(うち)にきました。お目(め)めがまん丸(まる)で、とても小っちゃくて、ねむっているか、泣(な)いてばかりいるかの赤(あか)ちゃんでした。
 ぼくはお母(かあ)さんのお話(はな)しを聞(き)いて、弟(おとうと)ができたことを知(し)りました。とても、とてもかわいい赤(あか)ちゃんで、ぼくはとってもうれしい気もちになりました。
 お母(かあ)さんは、
「パタ子(こ)。あなたはお兄ちゃんなんだから、ひとしちゃんのことを、かわいがってね」
 とぼくに言います。
 ぼくは、お母(かあ)さんにたよりにされて、ますますうれしい気もちです。
 これからぼくは、お兄ちゃんなんだから、弟(おとうと)をまもってあげなくてはいけません。弟(おとうと)を大切(たいせつ)にして、たすけてあげなくてはいけないのです。
 ぼくは赤(あか)ちゃんひとしくんを見(み)て、そう思(おも)いました。

 ぼくのお名前(なまえ)は、よだパタ子(こ)です。パタ子(こ)って、少(すこ)しかわったお名前(なまえ)でしょ。
 そう。ぼくはお母(かあ)さんやひとしくんたちとちがって、にんげんでないの。
 きっとぼくのことを知(し)らない人もいるだろうし、知(し)っている人でもぼくを見(み)たら、
「なつかしいなあ、めずらしいなあ」
 っていう人がおおいと思(おも)うよ。
 ぼくはね、目(め)ざまし時計(とけい)だから。
 サンドウィッチを入れるランチボックスのような、少(すこ)し横(よこ)に長(なが)い、はこのようなかたちをした、おからだが赤(あか)い目(め)ざまし時計(とけい)なんだ。
「どこが、なつかしいのかって?」
 きっと、みんなのお家(うち)にある目(め)ざまし時計(とけい)は、長(なが)いはりと短(みじか)いはりと、1秒2秒ってすすむ細(ほそ)い針(はり)がついているものか、デジタルの数字(すうじ)で時間(じかん)がわかるものだと思(おも)うんだ。
 でもぼくは、黒(くろ)い板(いた)に大(おお)きな数字(すうじ)が書(か)いてあって、その板(いた)をはんぶんづつ、 「ヨイしょ、ヨイしょ」 ってじゅんばんにめくって、はい、 「12:00」 ですよって、お時間(じかん)を知(し)らせる時計(とけい)なんだ。
 その板(いた)をめくるときに、 「パタ、パタ」 って、板(いた)がふれあう音(おと)がするの。その音(おと)を聞(き)いているうちにお母(かあ)さんは、ぼくのことを、 「パタ子(こ)」 って、呼(よ)ぶようになったのさ。

 きっとぼくのことを見(み)たら、 「おもしろいね」 って思(おも)うだろうけど、むかしはたくさんあったんだよ。
 ぼくにはね、時間(じかん)を知(し)らせることのほかにも、大切(たいせつ)なやくめがあるんだ。そのなかでもとても大切(たいせつ)なのが、ひとしくんを起(おこ)してあげること。
「6:30 ですよ。さあ、起(おこ)きてください」
 って音(おと)を鳴(な)らして、起(おこ)してあげるの。
 ぼくがちゃんと音(おと)をならさないと、ひとしくんはお寝(ね)ぼうして、学校(がっこう)におくれちゃうでしょ。そうしたら、みんなといっしょにお勉強(べんきょう)ができないし、あそぶこともできなくなっちゃうでしょ。
 だからぼくが音(おと)をならすことは、とっても大切(たいせつ)なやくめなんだ。

 ぼくがいつも、ずっとひとしくんのお部屋(へや)にいると思(おも)っていないかい?
 そんなことは、ないんだ。
 家族(かぞく)みんなで旅行(りょこう)にいった時(とき)には、ぼくもつれて行ってくれたし、ひとしくんが大(おお)きくなってからは、ぼくといっしょに、お仕事(しごと)の、 【 けんしゅう 】 で、遠(とお)くにお泊まりしたことだってあるんだから。
 けんしゅうと言うのは、お仕事(しごと)をしていくためのだいじなお勉強(べんきょう)のこと。だからその時(とき)は、ぼくはとてもきんちょうしたなあ。もう十七、八年も前(まえ)のことだけど、ぼくは今(いま)も、はっきりとおぼえてるんだ。
 
 ぼくはいつもひとしくんのそばで、いっしょにすごしてきたの。なんて言ったって、ぼくはひとしくんのお兄ちゃんだからね。赤(あか)ちゃんの頃(ころ)のひとしくんも、小学生(しょうがくせい)のときのひとしくんも、大人(おとな)になったひとしくんのことも、み~んな知(し)ってるんだ。
 ひとしくんは、ぼくのことをとても大切(たいせつ)にしてくれた。だからいっしょにいられたぼくは、とてもしあわせなんだよ。


   ○ミミちゃんの気持(きも)ち


 パタ子(こ)とひとしくんと、お父(とう)さんとお母(かあ)さんは、五階(かい)建(た)ての団地(だんち)の二階(かい)に住(す)んでいました。
 ひとしくんが小学生(しょうがくせい)になる少(すこ)し前(まえ)には、パタ子(こ)とひとしくんは、ふたりで同じ(おなじ)お部屋(へや)でねんねするようになったのです。
 学校(がっこう)がおわったあとやお休(やす)みの日には、お友(とも)だちがたくさんお部屋(へや)に来る(くる)ようになったので、パタ子(こ)もとてもたのしいお時間(じかん)をすごしました。
 その頃(ころ)のひとしくんは、背(せ)がぐんぐんとのびて、お友(とも)だちとお外(そと)でたくさんあそぶようになったので、お顔(かお)がまっくろのげんきな子(こ)にそだちました。

 ひとしくんが小学三年生のころにはこんなことがありました。
 ある日、ひとしくんが子(こ)ねこを抱(だ)っこして、帰(かえ)ってきたのです。
 子(こ)ねこはお母(かあ)さんのお手(て)てと同じ(おなじ)くらいの大(おお)きさの、赤(あか)ちゃんねこです。白(しろ)とうすい茶(ちゃ)いろのからだの、お耳(みみ)だけが大(おお)きくてシッポの長(なが)い、子(こ)ねこでした。
 ひとしくんは、 「みゃ、みゃあ 」、 とだけしかなくことのできない赤(あか)ちゃんねこを、抱(だ)っこしながら言いました。
 「お母(かあ)さん。この子(こ)ねこを育(そだ)てたいの。ぼくがめんどうを見(み)るから、ちゃんと世話(せわ)をするから、飼(か)わせて。おねがい、飼(か)わせて!」
 そうなんどもなんども、お願(ねが)いしたのです。
 お母(かあ)さんは、お仕事(しごと)からかえってきたお父(とう)さんに、さっそくそうだんをしました。
 動物(どうぶつ)を育(そだ)てることが、とってもたいへんなことをわかっていたお父(とう)さんとお母(かあ)さんは、どうすれば良(よ)いのか、とてもまよいました。
 でも、まよったのにはほかにも理由があったのです。
 お父(とう)さんとお母(かあ)さんは、いつかお別(わか)れをしなければならない時(とき)の、そのつらさを知(し)っていたからなのです。
「ひとしが大(おお)きくなれば、お別(わか)れのつらさをきっと受(う)けとめられるはずさ」
「子(こ)ねこを育(そだ)てることで、ひとしはせいちょうするわよ」
 お父(とう)さんとお母(かあ)さんは、ふたりで話(はな)しあって、ひとしくんのお願(ねが)いをかなえてあげることにしました。
 そのとき、お父(とう)さんはこう言いました。
「じぶんの子(こ)どもだと思(おも)って、育(そだ)てなさい。ひとしは、この子(こ)ねこの、お父(とう)さんだということを、わすれてはいけないよ」
 ひとしくんは泣(な)きながら、しっかりとうなずきました。
 ひとしくんのその表情(ひょうじょう)を見(み)て、子(こ)ねこは安心(あんしん)して、 「みゃ〜お 」 といって、にっこりしました。

 こうしてお家(うち)に、かぞくがひとり、ふえたのです。
 ひとしくんは子(こ)ねこに、 「 ミミちゃん 」 という、お名前(なまえ)をつけて、とてもかわいがりました。
 ごはんをあげるのも、オシッコやウンチの世話(せわ)をすることも、毎日(まいちに)かかさずひとしくんがします。
 夜(よる)ねるときには、お背(せ)なかをやさしくなでてあげながら、いっしょのおふとんで寝(ね)んねします。
 パタ子(こ)は、そんなひとしくんとミミちゃんを見(み)ていると、とてもしあわせな気持(きも)ちになりました。
 
 ミミちゃんは、すこやかに大(おお)きく育(そだ)っていくと、げんきいっぱいにお部屋(へや)をかけまわるようになりました。
「ひとしくんと同じ(おなじ)ようだなあ」
 パタ子(こ)はそんな気持(きも)ちで、やさしく見(み)まもっていました。
 でもその元気(げんき)の良(よ)さは、エスカレートしていって、しだいにパタ子(こ)にジャレるようになったのです。
 お部屋(へや)で元気(げんき)にあそんでいるときには、パタ子(こ)をけとばすようになりました。
 しばらくたって、気づいたひとしくんは、パタ子(こ)をつくえの上(うえ)に置(お)くようにしたので、パタ子(こ)は安心(あんしん)していました。
 でもまたしばらくすると、パタ子(こ)のことをつくえの上(うえ)から、おっこどしました。
 パタ子(こ)はからだじゅうがとても痛(いた)くて、 「えん、えん」 と泣(な)いていました。
 ひとしくんはパタ子(こ)がゆかに落(お)ちているのを見(み)て、
———ミミちゃんが、落(お)っこどしたのかな?
 そう思(おも)って、パタ子(こ)をつくえの引(ひ)き出(で)しにしまうようにしました。
 でもそれだけで、終(お)わらなかったのです。
 パタ子(こ)がいつものように、 「6:30ですよ、起(おこ)きてください」 と音(おと)をならすと、ミミちゃんはパタ子(こ)に飛(と)びかかって、お手(て)てでパンチするようになったのです。パンパンって。
 ひとしくんはたまりかねて、
「なんで、パタ子(こ)をいじめるの」
 とミミちゃんをしかりました。
 ミミちゃんは、
「ボクはお外(そと)であそびたいの」 と答(こたえ)えました。
 そうだったのです。ミミちゃんは広(ひろ)いお外(そと)で、たくさんあそびたかったのです。お部屋(へや)のなかでは、ほんの少(すこ)ししかあそぶことができません。ひとりぼっちで、さびしくて、ストレスがたまっていたのです。
 ひとしくんは、ミミちゃんを抱(だ)っこしてこう言いました。
「ごめんね、ミミちゃん。これからは、ぼくがお話(はな)しをしたり、あそんであげるから、みんなでなかよくしようね」
 ひとしくんはミミちゃんと、今(いま)までよりたくさんお話(はな)しをしたり、あそぶようになりました。そしてパタ子(こ)とミミちゃんも、なかよしになっていったのです。


   ○みんなのやさしいお母(かあ)さん


 パタ子(こ)は、お母(かあ)さんが二十一歳(さい)のときにお家(うち)で暮(く)らすようになりました。その頃(ころ)のお母(かあ)さんはまだお姉さんで、ひとり暮(く)らしをするために、目(め)ざまし時計(とけい)がひつようだったのです。
 パタ子(こ)を買(か)ったお母(かあ)さんは( ひとしくんが生まれる前(まえ)までは、かおりさんって呼(よ)んでいました )、お家(うち)に帰(かえ)ると、おばあちゃんやおじいちゃんにじまんしました。
「ほら。真(ま)っ赤(あか)で可愛(かわい)い時計(とけい)でしょ」
 おばあちゃんは目(め)ざまし時計(とけい)を品(しな)さだめするように、上(うえ)から下から、横(よこ)からしょうめんからと、ゆっくりと見(み)まわして、お母(かあ)さんにこう言いました。
「良(よ)い時計(とけい)をえらんだね」
 パタ子(こ)はおばあちゃんが笑(わら)ってくれたので、とてもあんしんしました。
 お母(かあ)さんはお仕事(しごと)から帰(かえ)ってくると、どんなにつかれていても、かならずパタ子(こ)をきれいな布(ぬの)でふきました。
今(いま)でも、 「ひとり暮(く)らしの思(おも)い出(で)の時計(とけい)だから」 と言って、ときどきひとしくんのお部屋(へや)に行って、きれいにします。
 そうです。パタ子(こ)がいちばん長(なが)く一緒(いっしょ)にいるのは、お母(かあ)さんなのです。お母(かあ)さんは、ひとしくんやミミちゃんと同じ(おなじ)ようにパタ子(こ)のことも大切(たいせつ)にする、やさしいお母(かあ)さんなのです。
 パタ子(こ)と同じ(おなじ)ように、パタパタと板(いた)をめくって時間(じかん)を知(し)らせる時計(とけい)は、今(いま)はもうほとんど見(み)かけません。
 お母(かあ)さんがパタ子(こ)をえらんだから、パタ子(こ)は四十年も生きてこられたのです。パタ子(こ)はずっとしあわせをかんじながら、お家(うち)ですごしているのです。

 お母(かあ)さんは、ものを大切(たいせつ)にする人です。
 ひとしくんが生まれたころに買(か)った、電子(でんし)レンジは、三十年以上(いじょう)もつかっています。こんなに長(なが)くつかっている人は、なかなかいるものではありません。
 電子(でんし)レンジがこわれてしまった時(とき)には、電気屋(や)さんに持(も)っていって、なおしもらってつかいます。
 そうじ機がこわれた時(とき)もそうです。せんぷう機の調子(ちょうし)がわるい時(とき)には、お父(とう)さんといっしょに、なおします。フライパンも、ラジオも、テレビも、大切(たいせつ)に使(つか)いつづけるのです。
 お家(うち)にくる人たちは、
「あら、こんな古(ふる)いものを、今(いま)でも使(つか)っているの?」
 そう言って、目(め)をまわるくする人もいます。
 そのたびにお母(かあ)さんは、
「家族(かぞく)の生活(せいかつ)をささえて、たすけてくれたんだから、大切(たいせつ)にしてるの」
 そう答(こたえ)えるのです。
 パタ子(こ)はお母(かあ)さんのやさしい気持(きも)ちが、よくわかります。だからパタ子(こ)も、ひとしくんやミミちゃんに、やさしくしてあげなくてはいけないと思(おも)っているのです。

 そんなやさしいお母(かあ)さんでも、怒(おこ)ることがあります。
 それは、だれかを悲(かな)しませたり、さびしい思(おも)いをさせてしまった時(とき)です。
 ある日の朝(あさ)、ひとしくんは、ベランダのお花にお水をやらずに、学校(がっこう)に行ってしまいました。お母(かあ)さんはお水をあげる係のひとしくんが、てっきりいつものように、お水をあげたと思(おも)っていました。
 ひとしくんは、学校(がっこう)から帰(かえ)ると、げんかんにかばんをおいてすぐに遊(あそ)びに行きました。そして夕方(ゆうがた)、ひとしくんが帰(かえ)ってくると、お花はぐったりとしていたのです。
 お母(かあ)さんはあわててお花をあたたかいお部屋(へや)にうつしてあげて、きりふきをつかってお水をあげました。
 お花は少(すこ)しづつ元気(げんき)になっていき、ひとしくんはとても喜(よろこ)びました。
 しかしお母(かあ)さんは、ひとしくんにお話(はな)しをはじめました。
「お花を見(み)てごらんなさい」
 ひとしくんはお母(かあ)さんの言うことを聞(き)いて、お花を見(み)ました。
「お花を見(み)て、なにか、思(おも)わない?」
 ひとしくんは、じっくりとお花を見(み)て、こう言いました。
「元気(げんき)になって良(よ)かったね。とても、きれいだね。」 
 ひとしくんが言いおわるのと同時(どうじ)に、お母(かあ)さんはひとしくんのほっぺを、パチンとたたきました。
 ひとしくんはおどろいて、ほっぺに手(て)をあてました。なにが起(おこ)きたのかわかりません。
「ひとしにはお花がきれいに見(み)えるの? ほんとうに、そう見(み)えるの」
 お母(かあ)さんは、怒(おこ)っています。
 それよりもパタ子(こ)は、なみだを浮(う)かべているお母(かあ)さんが悲(かな)しんでいるように見(み)えて、かわいそうだなと思(おも)いました。
「お花は水が飲(の)めないで、ぐったりとして、よわってしまったのよ」
 お母(かあ)さんはじっとひとしくんを見(み)つめます。ひとしくんのことばを、待(ま)っているのです。
「・・・・・・」
 お母(かあ)さんはなみだをふこうともせずに、じっとひとしくんがお話(はな)しし始(はじ)めるのを、待(ま)っています。
「ぼくがお花にお水をあげなかったから、お花はよわっちゃったんだ」
 ひとしくんはなみだ声(こえ)で、そう口にしました。
「お母(かあ)さんごめんなさい。お花さん、ごめんなさい」
 ひとしくんはそう言って、えんえんと、声(こえ)をあげて泣(な)きました。
 お母(かあ)さんはひとしくんのことを抱(だ)きしめて、
「もういいの。泣(な)かなくていいのよ」
 そう言って、あたまをやさしくなでました。ひとしくんはますます大(おお)きな泣き声(なきごえ)をあげて、お母(かあ)さんにしがみつきます。
 それからのひとしくんは、ぼくやミミちゃんを可愛(かわい)がるのと同じ(おなじ)ように、お口の聞(き)けないお花さんのことも可愛(かわい)がるようになりました。
 お水をあげる時(とき)には、
「のどがかわいただろ」
 とやさしい声(こえ)をかけて、お水をあげます。
 雨がつづく日には、
「さむくない? つめたくない?」
 って話(はな)しかけます。
 お花が咲(さ)いたとには、
「きれいなお花を咲(さ)かせたね。ありがとう」
 そう言って、にっこりします。

 みんなのやさしいお母(かあ)さんは、みんなに大切(たいせつ)なことを、教えてくれて、みんなをやさしくしてくれるのです。


   ○お引(ひ)っ越(こ)し


 こどもだったひとしくんも、パタ子(こ)もミミちゃんも、すっかり大(おお)きくなりました。
 ひとしくんが小学五年生のときには、団地(だんち)がとりこわされ、お引(ひ)っ越(こ)しをすることになりました。
 お引(ひ)っ越(こ)し先(さき)は、車(くるま)で一時間(じかん)くらいはなれた、しんちくのマンションです。
 建(た)てられたばかりのマンションは、お部屋(へや)が広(ひろ)くとてもきれいで、団地(だんち)よりも背(せ)の高(たか)い、とてもながめの良(よ)いところです。
 お父(とう)さんもお母(かあ)さんも、ひとしくんも喜(よろこ)びました。でもお引(ひ)っ越(こ)しをきめる時(とき)になって、とっても大(おお)きなもんだいがあることに気づきました。
 それは、ミミちゃんのことです。
 マンションでは、どうぶつといっしょに住(す)んではいけないと言うのです。
 しんちくマンションでみんなで住(す)めると思(おも)っていたので、みんなとてもがっかりしました。
 でもとりこわしの工事(こうじ)が始(はじ)まるまでには、団地(だんち)を出(で)ていかなければなりません。とても、困(こま)ったことになったのです。
「ミミちゃんといっしょに、お引(ひ)っ越(こ)しをしたい」
 みんな同じ(おなじ)気持(きも)ちです。でも、どこかに住(す)むところを見(み)つけなければいけません。
 お父(とう)さんとお母(かあ)さんは、ふどうさん屋(や)さんに行って、ミミちゃんと住(す)めるところを、いっしょうけんめいさがしました。
 でもミミちゃんと一緒(いっしょ)に、家族(かぞく)みんなで住(す)めるところは、なかなか見(み)つかりません。
 そんな時(とき)です。お母(かあ)さんのお友(とも)だちが、
「ミミちゃんといっしょに暮(く)らしたいの。ミミちゃんを、わたしにくれない?」
 そうお母(かあ)さんに、お願(ねが)いをしたのでした。
 お友(とも)だちのおねえさんは、ときどきお母(かあ)さんをたずねてきて、ミミちゃんのことをよく知(し)っています。ミミちゃんともなかよしの、髪(かみ)の長(なが)いやさしいおねえさんです。
 みんな、とてもなやみました。 
 ひとしくんは、
「ミミちゃんといっしょに暮(く)らせないなら、引(ひ)っ越(こ)しはしない」
 そう言って、わんわん泣(な)きました。
 みんな困(こま)りました。みんな、同じ(おなじ)気持(きも)ちだったからです。
 でもいちばん困(こま)っているのは、ミミちゃんです。
 ミミちゃんはお部屋(へや)でかけまわることもなくなり、ごはんもあまり食べなくなって、夜(よる)もねむれません。
「ミミちゃん」
 パタ子(こ)はみんながいない時(とき)に、ミミちゃんに話(はな)しかけました。
「なあに?」
「げんきを出(で)して、ちょうだいね」
 パタ子(こ)はしんぱいして、そう言いました。
「ねえパタ子(こ)ちゃん。ボク、どうしたらいいのかな?」
 パタ子(こ)は、なにも言うことができません。
「ボク。おねえさんのところに、行こうかな」
「えっ! ぼくたちと暮(く)らさないの? お別(わか)れするの!」
「だって、ボクがおねえさんのところに行けば、みんなマンションにお引(ひ)っ越(こ)しできるしょ。それに、知(し)らない人にもらわれるよりいいし、お外(そと)で暮(く)らしているお友(とも)だちにくらべたら、ずっと、ずっと良(よ)いもん」
「そんなあ。ミミちゃんとお別(わか)れなんて、」
 パタ子(こ)は、なみだを流(なが)しました。
「ボクはおねえさんのことが大好(だいす)きだもん。大好(だいす)きなおねえさんは、お母(かあ)さんのお友(とも)だちだから、ときどき会(あ)えるかもしれないよ」
「そうだけど」
「ねえパタ子(こ)ちゃん。ボクは赤(あか)ちゃんのとき、お外(そと)でひとりぼっちだったでしょ。ひとりぼっちで、生きていけなくなって死(し)んでしまう子(こ)ねこも、たくさんいるんだよ。だからボクは、とてもしあわせなんだよ」
 あの赤(あか)ちゃんねこだったミミちゃんが、こんなお話(はな)しをするようになったのです。
 パタ子(こ)はミミちゃんに会(あ)うことができて、ほんとうに良(よ)かったと思(おも)いました。
 パタ子(こ)はミミちゃんが初(はじ)めてお家(うち)にきた時(とき)のことを、思(おも)いだします。お父(とう)さんとお母(かあ)さんは別(わか)れることのつらさを思(おも)って、ミミちゃんを飼(か)うことを、ためらっていました。でも今(いま)では、ミミちゃんはなくてはならない、家族(かぞく)のひとりなのです。
 お父(とう)さんとお母(かあ)さんは、ひとしくんと話(はな)し合いました。
「やさしいおねえさんが、大切(たいせつ)に育(そだ)てたいと言ってくれているのだから、ミミちゃんはしあわせなのよ」
「母(かあ)さんの言うとおりだよ。ミミちゃんがしあわせに生きていけるんだから、おねえさんにお願(ねが)いしよう。どうだい? ひとし」
 ひとしくんは、だまったまましっかりと、 「はい」 とうなずきました。なみだが出(で)るのをがまんしてうなずくひとしくんを見(み)たパタ子(こ)は、なみだが止まりませんでした。

 ミミちゃんとお別(わか)れするときには、ひとしくんもお父(とう)さんもお母(かあ)さんも、声(こえ)をあげて泣(な)きました。そして、 「 ありがとうね 」 となんどもなんども言いました。
 おねえさんは、
「わたしがミミちゃんを、ずっとずっと大事(だいじ)にするからね」
 と言いました。
 おねえさんの胸(むね)に抱(だ)かれたミミちゃんはにっこり笑(わら)って、 「ありがと、ありがとちゃんね」と、何度(なんど)もくりかえし言いました。その目(め)には涙(なみだ)がいっぱいです。ありがとうのすんだ涙(なみだ)が。


   ○ひとしくんとの別(わか)れ


 ひとしくんは高校(こうこう)をそつぎょうすると、しょうしゃというところで、働(はたら)き始(はじ)めました。
 でもマンションからは遠(とお)くて通(かよ)えないので、会社(かいしゃ)の寮(りょう)に住(す)むことになったのです。 
 研修(けんしゅう)センターでのお勉強(べんきょう)のときには、パタ子(こ)も連(つ)れていきましたが、いざ寮(りょう)に入るお引(ひ)っ越(こ)しのときになると、ひとしくんはとても悩(なや)みました。
「母(かあ)さん。パタ子(こ)、やっぱり置(お)いていくことにするよ」
「あんなに大事(だいじ)にしてたでしょ。連(つ)れていって、いいのよ」
 パタ子(こ)はどっちにしても、ひとしくんかお母(かあ)さんのどちらかとお別(わか)れをしなければならないのです。
「でもさ。仕事(しごと)を始(はじ)めたら、パタ子(こ)をふいてやれなくなって、よごれて故障(こしょう)でもさせたら、かわいそうだから」
 ひとしくんはさびしそうに、そう言いました。それでもパタ子(こ)は、ひとしくんとお別(わか)れするのはさびしいのです。
「でもひとしが働(はたら)いていくうえで、パタ子(こ)がそばにいれば、なぐさめられると思(おも)うわよ」
 お母(かあ)さんはひとしくんのことを思(おも)って、そう言います。
「パタ子(こ)は、母(かあ)さんの大事(だいじ)な目(め)ざまし時計(とけい)じゃないか。やっぱり母(かあ)さんが、ずっと持(も)っていたほうがいいよ。パタ子(こ)は家族(かぞく)のいち員(いん)なんだから、はなれたくない、と思(おも)っているはずだよ」
 お母(かあ)さんはひとしくんと同じ(おなじ)ように、パタ子(こ)がどう思(おも)っているのかを考えます。
「そうね。パタ子(こ)の気持(きも)ちになったら、そのほうが、良(よ)いのかもしれないわね」
 ひとしくんとお別(わか)れする。それはパタ子(こ)にとって、とてもさびしいことです。
 ひとしくんの寮(りょう)にパタ子(こ)が行けば、お母(かあ)さんとはずっと会(あ)えなくなってしまいます。でもパタ子(こ)がお母(かあ)さんといっしょにいれば、ひとしくんが来(き)た時(とき)に会(あ)うことができます。
 そしてついに、パタ子(こ)はひとしくんとお別(わか)れすることになりました。
 パタ子(こ)は泣(な)くのをがまんして、
「ひとしくん。どうもありがとう。お仕事(しごと)がんばってちょうだいよ」
 と言いました。
 こうしてパタ子(こ)は、またお母(かあ)さんのお部屋(へや)で、いっしょに暮(く)らすことになったのです。


 ぼくがお母(かあ)さんとはじめて会(あ)ってから、もうすぐ二十一年になります。ぼくはまた、出会(であ)った頃(ころ)と同じ(おなじ)ようにすごすのだと、自分に言い聞(き)かせることにしました。やっぱり、ひとしくんとはなればなれになるのは、さびしいかったからです。
 お母(かあ)さんは二十一年たってもやさしいお母(かあ)さんのままです。
 でもまえと、少(すこ)しちがうなあ、と思(おも)うことがあります。それは、とてもやわらかくてスベスベしていたお母(かあ)さんのお手(て)てが、ざらざらになったところです。
 そんなお母(かあ)さんも、ぼくのことを見(み)てこう言います。
「ずいぶんと、色(いろ)がかわったわね」って。
 ひとしくんが大(おお)きくなっていくように、ぼくも知(し)らないうちに変(か)わっていたのです。
 それでもお母(かあ)さんは、あたたかいお手(て)てで、まえよりもやさしくぼくのことをなでてくれます。だからぼくも、お母(かあ)さんのために、いっしょうけんめいパタパタしています。


   ○大人(おとな)になるということ 


 ぼくは、三十一歳(さい)になりました。もうすっかり大人(おとな)です。
 じっとお母(かあ)さんとお父(とう)さんのお部屋(へや)の、ベッドのまくらもとにいます。おすわりをして、遠(とお)くの山(やま)を見(み)るのが大好(だいす)きです。
 最近(さいきん)のお母(かあ)さんは、とてもいそがしい日々(ひび)をおくっています。
 おばあちゃんのぐあいが悪(わる)くなってしまい、毎日(まいちに)のように電車(でんしゃ)に二時間(じかん)乗(の)って、おばあちゃんのところに行っているのです。
 おばあちゃんは、たびたびお家(うち)に来(き)てくれました。でもここ数年(すうねん)は、お顔(かお)を見(み)せなくなっていました。
 おばあちゃんのことは、今(いま)もはっきり覚(おぼえ)えています。お母(かあ)さんがぼくを買(か)って、お家(うち)に帰(かえ)ったときのことです。ぼくのおからだをすみずみまで見(み)て、 「良(よ)いのをえらんだね」 と笑(わら)っていた、やさしい顔(かお)のおばあちゃんを、ぼくは忘れてはいません。

 そのおばあちゃんが死(し)んじゃったなんて、ぼくには信(しん)じられません。もう会(あ)うことが出(で)来(き)ないなんて、信(しん)じられないのです。
 おばあちゃんが死(し)んでしまって、お母(かあ)さんは声(こえ)をあげて泣(な)きました。ぼくよりもっともっと、お母(かあ)さんには信(しん)じられなかったのです。
 久(いさ)しぶりにお家(うち)に来(き)た、ひとしくんも泣(な)きました。もちろんぼくも泣(な)きました。
 ぼくには、わかったことがあります。
 大人(おとな)になるということは、いろんな人やものと出会(であ)うのと同じ(おなじ)ように、お別(わか)れがあるということです。
 ミミちゃん、おばあちゃん、団地(だんち)。出会(であ)った人やものとは、いつか、お別(わか)れをしなければならないのです。
 お父(とう)さんは、ひとしくんが子(こ)どもの頃(ころ)から、よくこんなお話(はな)しをしていました。
「人は、いろんなことを知(し)ろうとしたり、持(も)とうとしたりするけど、かならずお別(わか)れしなければならないのだよ。だから、じぶんが知(し)ったことや持(も)ったものを、人にあげようとしなければ、いけないんだ」って。
 小さいぼくにはむずしくてよくわからなかったけど、今(いま)では少(すこ)しわかる気がします。
 お母(かあ)さんやひとしくんがぼくを大切(たいせつ)にしてくれるのは、ものを大切(たいせつ)にしてきたおばあちゃんがいたからに違(ちが)いありません。

 
 おばあちゃんが亡(な)くなって半年(はんとし)くらいたった頃(ころ)、ぼくはおからだのぐあいが悪(わる)くなってしまいました。
 始(はじ)めの頃(ころ)は、
「電池(でんち)が切れかけているのかな?」
 そう思(おも)っていたんだけど、お母(かあ)さんが電池(でんち)を取(と)りかえても、時間(じかん)はくるってしまい、なおりません。
 お母(かあ)さんは駅(えき)のそばの時計屋(とけいや)さんに電話(はな)をかけて、ぼくの調子(ちょうし)が良(よ)くないことを話(はな)しました。ぼくは、生まれて初(はじ)めて病院(びょういん)に行くことになったのです。

 時計屋(とけいや)さんの先生(せんせい)は、ぼくをすみからすみまで、みてくれました。お医者(いしゃ)さんは、こまった顔(かお)をでこう言いました。
「このからだで、よくもちこたえましたね」
「パタ子(こ)は、そんなに悪(わる)いのですか? パタ子(こ)になにがあったというのですか」
 思(おも)ってもいなかった先生(せんせい)のことばに、お母(かあ)さんの頭はまっ白(しろ)です。
「この時計(とけい)をだいじに、大切(たいせつ)にして来(き)たことはよくわかります。しかし、人間(あいだ)にも動物(どうぶつ)にも、そして時計(とけい)にも、それぞれ与(あた)えられたじゅみょうがあるわけです」
 先生(せんせい)は、ぼくをなおそうとがんばります。お母(かあ)さんは、ぼくをはげまします。
 先生(せんせい)もお母(かあ)さんも、ぼくを元気(げんき)にしようと、いっしょうけんめいです。
 お医者(いしゃ)さんの手当(てあ)てと、お母(かあ)さんの必死(ひっし)のおいのりで、ぼくは命(いのち)を取(と)りとめて、おばあちゃんのように死(し)ぬことはありませんでした。
 でもお医者(いしゃ)さんは、こう言いました。
「出来る(できる)ことは、ぜんぶやりました。あとは、この子(こ)のがんばりしだいです」
 ぼくがこれからどうなるかは、ぼくのがんばりしだいなのだそうです。
 お医者(いしゃ)さんのことばを聞(き)いたお母(かあ)さんは、
「わたしがパタ子(こ)をたすける。パタ子(こ)は死(し)なせはしない」
 そう言って、ぼくを抱(だ)きしめました。
 ———―お母(かあ)さん、ありがとう。ぼくのことをそんなにまで、大切(たいせつ)にしてくれて。
 ぼくはお母(かあ)さんの愛情(あいじょう)がうれしくて、心(こころ)のなかで、そうくり返しました。


   ○大好(だいす)きなお家(うち)


 ぼくは目(め)ざまし時計(とけい)のパタ子(こ)です。
 元気(げんき)な頃(ころ)は、パタ、パタと板(いた)をめくって、みんなにお時間(じかん)を知(し)らせてあげて、起(おこ)してほしい時間(じかん)に、みんなを起(おこ)してあげていました。
 でもぼくはもうおからだに力(ちから)が入らなくて、パタパタすることが出(で)来(き)ません。みんなを起(おこ)してあげる声(こえ)も出(で)せません。何もできなくなってしまったのです。
 ぼくのおとなりには、白(しろ)くてまわるい形をした、目(め)ざまし時計(とけい)の、マルくんがいます。針(はり)は暗くなっても見(み)える、かっこいい時計(とけい)です。
 マルくんはぼくのかわりに、お父(とう)さんやお母(かあ)さんが起(おこ)きたい時(とき)に、リンリン、リーンと元気(げんき)な声(こえ)で、一日の始(はじ)まりを知(し)らせます。
 しっかりとお仕事(しごと)をするマルくんのことを、お母(かあ)さんは可愛(かわい)がっています。隣(とな)りにいる、動(うご)けなくなったぼくのことも、いつものようにふいてくれて、やさしいことばをかけてくれます。
 もう目(め)ざましとしても、時計(とけい)としても、みんなの役(やく)に立てなくなったのに、お母(かあ)さんはにっこりしながら、ぼくのことを大切(たいせつ)にしてくれるのです。
 お外(そと)が明るくなると、ぼくはベッドからお山(やま)をながめます。夜(よる)になると、少(すこ)しうとうとします。
 みんなが起(おこ)きる時間(じかん)よりも早く起(おこ)きるのは変(か)わりませんが、音(おと)をならせなくて、とてもかなしいです。
 でもぼくは、動(うご)けなくなっても生きているのです。
 
 ある日ひとしくんは、知(し)らない女の人といっしょに、お家(うち)をたずねてきました。
 その女の人は、のりこさんと言う名前(なまえ)で、ひとしくんのお嫁(よめ)さんになる人だそうです。
「ほら、のり子(こ)。パタ子(こ)だよ」
 ひとしくんはぼくを抱(だ)っこして、のり子(こ)さんにわたしました。
「まあ、パタパタ時計(とけい)ね。なつかしい。わたしの家(うち)にもあったわ」
 のり子(こ)さんに抱(だ)っこされたぼくは、くすぐったさと、なつかしさを感(かん)じました。のり子(こ)さんは、出会(であ)った頃(ころ)のお母(かあ)さんと同じ(おなじ)ような、すべすべしたお手(て)てだったからです。
「パタ子(こ)は、ぼくより三歳(さい)年上(としうえ)なんだ。母(かあ)さんがひとり暮(く)らしを始(はじ)める時(とき)に、買(か)ったんだって。ねっ、母(かあ)さん」
 お母(かあ)さんは笑(わら)がおを浮(う)かべて、にっこりとうなずきました。
「大切(たいせつ)に使(つか)ってきたんですね。パタ子(こ)もきっと喜(よろこ)んでいるわ」
「最近(さいきん)まで動(うご)いていたんだけど、動(うご)かなくなっちゃたの。時計屋(とけいや)さんにみてもらって、一度は動(うご)くようになったんだけど」
「そうですか」
 のり子(こ)さんはさびしそうな顔(かお)をしましたが、何かを思(おも)いだしたように、明るい声(こえ)で話(はな)し始(はじ)めました。
「新聞(しんぶん)で、古(ふる)い時計(とけい)をせんもんにしゅうりする人がいるって、のっていました。もしかしたら、なおるかもしれませんよ。お母(かあ)さん!」
「ほんとうかい? のり子(こ)」
「その記事(きじ)を読んで、いなかの古(ふる)い柱時計(とけい)のことを思(おも)いだしたの。だから確(たし)か。わたし、調(しら)べてる」
「うん。パタ子(こ)をしゅうりに出(で)そう。いいでしょ? 母(かあ)さん」
「もちろん。もしまた動(うご)くようになったら、あなたたちにあげるわ」
「でもパタ子(こ)は、お母(かあ)さんが大事(だいじ)にしてきた時計(とけい)じゃないか」
「そうです。お母(かあ)さんのところにいるのが、いちばん良(よ)いと思(おも)います」
 のり子(こ)さんも、ぼくとお母(かあ)さんがいっしょにいる方(ほう)が、良(よ)いと思(おも)っているのです。
「あなたたち二人が大切(たいせつ)にしてくれたら、母(かあ)さんはうれしいの。それに、あなたたちに赤(あか)ちゃんができたら、またパタ子(こ)に赤(あか)ちゃんを見(み)まもってほしいの。ひとしを見(み)まもったときと同じ(おなじ)ようにね」
 ひとしくんとのり子(こ)さんは、少(すこ)してれた顔(かお)になりました。
「いいの? 母(かあ)さん」
 お母(かあ)さんは笑(わら)がおのまま、ゆっくりとうなずきました。
「私(わたし)、お母(かあ)さんのように、パタ子(こ)を大切(たいせつ)にしながら、子(こ)どもを育(そだ)てたいです。いつかその子(こ)が大人(おとな)になったら、お母(かあ)さんと同じ(おなじ)ように、その子(こ)にパタ子(こ)を大切(たいせつ)にしてねって、ゆずりたいです」
「パタ子(こ)。これからはひとしとのり子(こ)さんと、生まれてくる子(こ)どもたちのことを、お願(ねが)いね」
 ひとしくんは涙(なみだ)を浮(う)かべて、ぼくのことを見(み)つめていました。


 こうしてぼくは、修理(しゅうり)にいって動(うご)くようになって、ひとしくんとのり子(こ)さんといっしょに、新しい(あたらしい)お家(うち)で暮(く)らすようになりました。
 ぼくはほんとうに、しあわせです。
 ぼくはパタパタと音(おと)をたてる古(ふる)い時計(とけい)で、マルくんほど正かくに時間(じかん)を知(し)らせてあげることはできません。それなのに、こんなにも大切(たいせつ)にしてくれる人たちと、いっしょにいられるのだから。

 ぼくの心(こころ)のなかには、いつもお母(かあ)さんがいます。
 お母(かあ)さんが、大切(たいせつ)にしてくれたから、ぼくは生きていられるのです。
 今(いま)まで、どうもありがとう。ほんとうに、ありがとう。
 ぼくはこれからも、パタ、パタ。パタ、パタって、がんばるからね。
 いっしょにいたときと同じ(おなじ)ように、みんなのために、がんばるからね。
 ありがとう。ぼくの、お母(かあ)さん。
 ぼくを家族(かぞく)にしてくれて。


                                                             了

 

   

みんなのパタ子

みんなのパタ子

パタパタ時計のパタ子と、家族のかたちを描いた物語です。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-12-28

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