ワナリーの仲間達番外編

2014年の12月に、「ワナリーの仲間達」という本を出版しました。それは、私の家の裏庭に現れた大きいターキーとの出会い、散歩の途中に寄ってきてくれる動物達との出会いがきっかけでした。2011年から書いていた物語が、その後の不思議な現象とともにこうして世の中に出ていったことに、特別なメッセージがあったような気がしていきました。この物語は、実在の動物や人間達、起こった事柄を基にして書いています。そこに住んでいる生き物達のメッセージです。
この地球! 大切なことってなんだろう? 命には限りがある……毎日が大切な日々、身近な仲間と仲良くやろう! 皆が愛や思いやりをもとう! すべてにリスペクトしながら、一生懸命に生きていこう!
そういう強い願いで書かれた本です。 

 「ララ・ランド・ゲストハウス」の仲間達

 ここで、しばらくラッキーと未来とパールの登場はお休みにして、「ワナリーの仲間達」の一作目で虹色のブーゲンビリアを取りにいって泊まったホテル、あのアグネス・ララ・ランドのララ・ランド・ゲストハウスの今の様子をお伝えします。 
 ここは、以前からラッキーの大親友である、今は介助犬をリタイアしたラブラドールレトリバーのラララーお婆さんがいた所です。ラララーお婆さんは、その昔、若い頃はワナリーで介助犬としてお仕事をしていました。その時のオーナーとよく散歩に行ったフェアフィールド公園で、ターキーだった頃のラッキーと親しくなったのです。 
 また、飼い主からDVを受けていたキャトルドックのルーシーも助けられて、今はこのララ・ランド・ゲストハウスから近い特別な使役犬の訓練所で、牛追いの技術を学んでいました。                      
 オーナーのマークと奥さんのリリーも元気で仕事をこなしています。すぐお隣には広大な敷地に、介助犬と聴導犬、盲導犬、そしてセラピー犬を育成する有名な施設があります。ラララーお婆さんも歳を取って引退して、ここでのんびりと余生を過ごしています。そして、時にはラッキーが訪ねてくれるのを楽しみにしています。                                             
 昨年までは、ララ・ランド・ゲストハウスのレセプションにいました。マークとリリーと一緒にお仕事をしているようでした。実際には番犬として、ただお客様にご挨拶をしていただけでしたが、些か1日を寝て過ごすことがずっと多くなり今は施設の方で暮らしています。シーズン中の夏の期間は、近くの海岸を目当てのサーフィンをする若者などもララ・ランドに泊まりに来ますが、今は冬になるので、シーズンオフです。
 以前はお隣の施設の関係で、お仕事とか用事でお泊りにくる方が、ここにもいました。しかし、昨年、未来とラッキー達が来たあたりから状況が変わってきました。お客様が増えだして、いつも大体満室、それも長期で滞在する人達が多くなりました。それはね、常連さんの宣伝とツイッターなどでどんどんと評判になってしまったからです。
 何が良いと思う? それは、もちろんお隣の施設です。ここは、プロの介助犬やら盲導犬などを育成する所ですから、当然お仕事のできる犬達は長くここにはいません。犬達はそれぞれ、仕事を持って決められたお家に行っています。怪我や病気をしたり、または歳を取った犬は戻ってきますが、毎日の厳しい訓練をしている犬はお隣のゲストハウスにはやっては来ません。しかしながら、訓練をしても駄目というか......人の家に行けないワンちゃんもいます。そして、セラピー犬に関しては病院や学校に出動していないという期間もあります。 
 セラピー犬でも動物愛護と人との交流を目的としたAAA(Animal Assisted Activity)という役割のワンちゃんの方がここには多くいました。オーナーが、ご希望ならばここのララ・ランド・ゲストハウスの中でワンちゃんをお貸し致しますということにしました。また、本来は、犬も同伴で宿泊してもよいホテルですからペットと一緒に泊まっている人もいます。ドッグマナーの学びやパピー教室も作りました。でも、マークとリリーは、少しだけ他にも心配をしました。宿泊者の飼い犬の方が、お隣のコテージにいるセラピー犬に警戒したり、吠えたりしないかと思ったのです。ところが、意外にもトラブルになるような事は何も起こりません。飼い主と一緒に旅慣れている犬は、けっこうお利口さんです。むしろ、人間の方が問題でした。
 ここのコテージタイプのホテルは、廃車などで使わなくなった超大型トラックの後ろのコンテナを利用して、綺麗にリフォームされ、カラフルにそれぞれ色が塗られています。クイーンズランダーの様式にのっとり下は太い柱で上げられて、玄関前には丈夫な木の階段とちょっとしたティータイムのできる丸いテーブルと椅子とベンチがあるテラスもあります。2階になっているコンテナのお部屋に入ると、ワンルームのように見えますが、まん中に仕切りがあるので左側がリビング、右側がさらに3つ横に区切られて奥の部屋に2段ベッドがあり、まん中にシャワー室とトイレ、手前がメインの寝室でクイーンサイズのベッドがありました。コンテナを2つ利用しているからです。中央のシャワー室は両方のベッドルームから行けるようにドアが2つありました。トイレの時はしっかり両方をチェックしないと鍵を片方を掛けても反対のドアが開いてしまうのでご注意です。でも、広くて床もフローリングが張ってあるのでペット連れにはお掃除もしやすく便利です。 
 そのコンテナのコテージは、マーク達のいるレセプションと母屋の奥に整然と並んで8棟が建っていました。門を入って敷地の半分の反対側は広いお庭です。まん中には屋根のあるバーベキュー施設と、これまたどっしりとした木でできた大きな四角いテーブルと、木り株を利用して作ったかわいい丸い椅子が幾つかあり、折りたたみの木の椅子も立て掛けてありました。それは大勢でバーベキューができるようにです。もちろん、15メートル位のプールと小さな滑り台やブランコのある子供の遊び場もありました。当然のように、それぞれの場所に犬達と過ごすここでのルールはきちんと張り紙で明記されていました。                                                
 レセプションから一番遠いい所から、グリーン、ピンク、ブルー、オレンジ、グレー、レッド、ブラウン、イエローとコンテナは色分けされていました。上空から見たら、四角い積み木が色鮮やかに並んでいるようでしょう。正方形の母屋の屋根は黒でした。そして、以前に未来と空、ラッキーとパールで泊まったグリーンコンテナには、今、あのミセスフォーリーと、大好きなペット……というより大親友のヒマラヤンのアレキサンドリア・バクスターが1週間程滞在しています。(ワナリーの仲間達Ⅰ、バクスターの願い)猫も家猫ならばOKなのです。未来達は空の大学の予定が合わず、またラッキーも分からなかったので今回は来ませんでした。このふたりはバカンスを楽しんでおり、未来に聞いていたこの外にある知る人ぞ知る違う場所で、使役犬を育成しているという所にいる元ディンゴ(狼犬)のイルブィオ・デモーネ閣下と、その奥さんのキャトルドックのルーシーの子供に会いにきたのです。
 生まれ変わる前はとても怖ろしい悪魔だったイルブィオ・デモーネも、ワナリーからお嫁さんにきたやさしいルーシーと仲睦まじく毎日を平和に暮らしています。可愛らしい子犬が3匹、誕生していました。ダドリーストリートの坂上のブルドック、シンディーの飼い主の運送会社社長さんが、その昔にルーシーを助けました。ルーシーの飼い主がDVで怖い人だったからです。(ワナリーの仲間達Ⅰ、キャトルドックのルーシー)その社長さんの知り合いが牧羊犬とか、牛追いを育てるという仕事をボランティアでしている人でした。それが、ミセスフォーリーの知り合いでもあったのです。 
 ミセスフォーリーのお友達の未来は、イルブィオ・デモーネ閣下の過去の事は伝えてありません。猫のバクスターには少々お気の毒ですが、ミセスフォーリーが見た目は強そうに見えるこの犬達の所に子犬を見にいくときは、グリーンコンテナの中でお留守番でした。そんなわけで、この2人、いえ、1人と1匹はアグネス・ララ・ランドを楽しんでいました。もちろん、帰るときにはあの虹色ブーゲンビリアの特製スタミナジュースを持ち帰るつもりです。  ヘルズゲートの中のタイヤの塔はまだあります。(ワナリーの仲間達Ⅰ、いざ!ヘルズゲートへ)ディンゴの子孫でボスであるイルブィオ・デモーネ閣下が優しくなって、ご希望ならば欲しい人にタイヤの塔の側の虹色ブーゲンビリアを私が取って差し上げるというお仕事も加わりました。もう、ラッキーがラララーお婆さんと取りに行かなくても大丈夫なのです。                                    
 それ以外の色のコンテナの滞在者は、ただ楽しい旅行中の滞在者だけではありませんでした。皆、このお客様たちは訳ありだったのです。まず、奥のこのグリーンコンテナの次はピンクです。
 ピンクのお部屋は、お仕事も引退してあちらこちらと小型のキャンピングカーで旅をしているお爺さんが独りで滞在していました。ペットはいません。こういう旅行者はこの国ではそう珍しくはありません。でも、大抵はご夫婦とかパートナーやお友達と一緒という方が多いのです。 
 このお爺さんは実は2回目の滞在であり、1ヶ月位いるのだそうです。マークはよく理解していて、朝はいつもレセプションの玄関前でこのお爺さんと立ち話をしています。が、リリーはこのお爺さんが少し苦手でした。独り者にありがちな変わり者で、頑固なところがありました。 
 それから夕方には、誰がプールにいようと関係なく、そのジェットの出ている(ジャグジーも隣接しているのです)所に向かってひたすら歩け、歩けとウォーキングの運動をしているのですが何ともひとりよがりなのです。何か歌っていることもありますし、ぶつぶつと言っていることもあります。かといってちょっと頭がおかしい? というわけではありません。プールサイドの芝生の上で他の宿泊者の子供達の前で、何かお話をしている時もありました。昔は小学校の先生だったらしいのです。結構ためになるお話です。たまになら、子供達も熱心におもしろく聞いています。 
 この地域はいつも温かいといっても、結構寒くなってきた今日この頃です。季節は冬に向かっています。でも、上半身は裸でいつもジャグジープールの歩け歩けの運動をしています。その上半身のすごい逞しいこと。真っ黒に日焼けして、筋肉もりもりでとてもそのお歳には見えません。しかし、髪の毛は真っ白で少々薄くはなっていますが、何よりもそのバイタリティーはすごい感じなのです。 午後の大抵は、ゴルフやフィッシングに出かけます。いつもひとりで、ここでもそんなに皆とお付き合いはしないのですが、引退した自分のライフスタイルを十分に満喫しているようでした。  
 ある日のこと、マークが用事で出ているので、今日やってきたお掃除担当の叔母さんスタッフに言われていたことを、リリーがこのピンクコンテナのお爺さんに伝えなくてはならなくなりました。明日は少しまとめて大掃除をするので、午前中の2時間ほどはお部屋に入りますということを伝えます。ですが、このお爺さんとお話をするのが苦手でリリーは困りました。どうしてなのでしょう? それはまず、お話が脱線して長くなること。普段にあまり人と交わらないので、たまにおしゃべりをするとこのお爺さんは楽しくなって、色々とお話が広がってしまうのです。はっきりいってうっとうしい!のです。でも、長期で宿泊してくれる大事なお客様です。
 夕方にプールでの歩け歩け運動を終えたお爺さんが部屋で着替えて、外へ夕食でも買い物に行くのかレセプションを通りました。すかさず、リリーはその事をできるだけ短く伝えます。 
「それでは、すみませんが少しまとめてのお掃除をしますからよろしく願います。その時に、またいつものようにシーツやタオルなど取り替えるものを出して下さいね」リリーは、早口に言いました。
 お爺さんは、「貴方達は長くこのビジネスをやっているのかね?」と来ました。(あーあ!)と内心思いながらも、(始まっちゃった、でも短く答えよう)と、「ええ、10年位かしら」と、答えました。               
「10年、でも、このコンテナを利用しての建物は新しいよね。その前は違う所でやっていたの? それともここで、建物が違ったのかな」(やっぱり、続くよ)と思いながらも、(電話でもならないかしら、誰か来ないかしら)と、頭に浮かびながら答えます。
「コンテナではありませんでした」                 
「そうか、やっぱり。それではこのお隣の犬達の訓練施設は古いのかな?」              
「ええ、古いです」                                                           
「どれ位前からやっているのかな?」                                                
「ここの宿泊施設ができる前からですから、10年以上です。」 
「どうして、サーフィンしかできないような海の近くで不便な場所なのに、ここに犬の施設ができたのかな?」
「どうしてって。最初にイタリアから移民してきた人達が作ったと聞いています」 
「ルート1199という道路もあるくらい、西暦1199年にトスカーナ地方で独立した子孫からきた人によって開拓されたのだっけ。貴方達もそんな血筋を引いているのかな?」  
 どこかで会話を終わらせなくてはと、リリーは思いました。
「私達はいいえ、違います」 
「いや、何、私はそんな歴史がある人達がうらやましいと思うのだよ。私は実は自分の先祖を知らない。父親と母親も分からずに孤児院で育ち、スペイン系の血が入っているらしいとは聞いたが、どうやらどこで生まれたかが分からん。頑張って教師となり、何とか自分の家族を作ろうと努力もしてみたが、あまりうまくいかずに、結局こうしてひとりだ。子供もいないのだよ。貴方達もできることなら、子孫を作るべきだ。できるならばだよ。早いうちに。若いうちの方がよい」
 まだまだ、おしゃべりが続きそうでしたが、リリーは何となく、うっとうしいという気持ちが少なくなりました。このお爺さんは毎日をエンジョイしているように見えるけれど、本当は孤独とも戦っているのだなと感じたからです。その時にマークが帰ってきたので、おしゃべりの方はご主人に任せました。リリーは事務処理も忙しいのです。毎日はそんな風に忙しなく過ぎていきます。でも、人生においての大事なことは何でしょうか? リリーはちょっとそんなことを考えました。ご主人のマークとの喧嘩も有意義かもしれません。
 そして次はブルーのコンテナの3号室です。ここにはお隣から貸し出しされているセラピー犬がいました。1週間の予定です。6歳の女の子とお母さんが滞在していました。                          
 この女の子は名前は、ケイティーと言います。精神的な病を抱えているようでした。パーソナリティー発達障害というものを患っていました。気にいらないことがあり、ひとたび暴力的になってしまうと自分を止められなくなり、最後は自己嫌悪になってしまうのでした。どうしてそうなってしまったのか? 生まれたときからそういう障害があったのか、母親にも理解できませんでした。ただ、若い頃の母親にも自律神経のアンバランスな時があり、催眠医学で直したことがありました。自分の神経質な育て方がいけなかったのか......それとも父親が仕事が忙しく充分に家庭を顧みてくれないということが起因しているのか? 母親にも分からないのです。 
 躾の厳しい怖いお爺さんの影響なのかと、母親は悩みました。父親はひとりしかいない娘なのに、お前がちゃんと見てあげてないからこうなるんだ、と母親を責めました。                          
 実はこのケイティー、以前に未来達がフェアフィールド公園で出会ったことがあるのです。パールを連れて朝のお散歩の時です。まん中の東屋付近のベンチに座って、母親とケイティーとその前にも、お友達なのかお母さんと女の子がいました。お母さん達がお話に夢中になっていると、ケイティーだけがこちらに走ってきました。いきなり、「通せんぼ!」 と両手を開いて前を立ちはだかったのです。未来はその時のケイティーの顔を、その後しばらく忘れることができませんでした。 
 それは、一口に言えば、そう昔のオカルト映画に出てくる悪魔に乗り移られた女の子の顔に似ていました。その睨みつけたというか......表情がそれよりももっと、心が凍り付いているような感情がまったく無い怖い顔でした。睨むならば、「よおし、通さない、いじわるしてやるぞ」という感情が感じられます。いいえ、それは何かもっと怖い、奥深く冷たい、そして悲しい感じさえ受けました。通さないということよりも、それできっとこの人も振り返って遠のいていくのだから、私は避けられる=嫌がられる女の子、それを知っている、試しているかのようでした。
 お母さんが気を使っているのか、お洋服はピンク色でかわいいフリフリワンピースを着ています。ピンクのリボンを金髪のたばねた髪の後ろにつけていました。広げた両手の指に、色々な色でカラフルにマニュキアをしていました。それらが、余計にその表情にアンバランスで不思議でした。でも、そのマニュキアははげている所も見られます。少し人間的なほっとしたような所を見つけたような気がしました。
「あら、かわいい爪だね。色々な色で綺麗だけど、取れてる所もあるよ」と言ったのを覚えています。
 ケイティーは、未来が他の人の態度と違い、違う事を言ったので、一瞬ぽかんと顔の表情が緩みました。でも、また元の怖い感情の無い顔に戻りました。その時に、少し背筋が寒くなったのを思いだします。本当にあの悪魔映画の女の子に違いないとさえ思ってしまいました。何が、こんなにこの子の表情と様がそうさせるのか? ちょっと疑問に思いました。足元にパールがいるのに、何も思っていないようです。
 その時、お母さんが走ってきたのです。それですら不思議に思ってしまいました。なぜなら、お母さんの顔の厳しさが普通より尋常ではなかったのです。人に迷惑を掛けてはいけない……そう思っているのか。それとも、こんな子を知られたくないと思うのか。分かりませんが、慌ててそこから引き離して連れ戻そうとします。(ほら、いつもの様に、こうして私は嫌がられる)そう聞こえてきそうでした。 
 私は思わずケイティーのマニュキアの所々剥げている左手を取って、パールの頭に持っていきました。「いいこ、いいこ」そう日本語で言って、それから「グッドガール」と言いました。右手はお母さんに取られたままでしたが、母親も立ち止まりました。母親は(この子はどうするかしら?)という顔をしています。万が一、もし乱暴なことをしたらと警戒もしている様子です。しかしながら、ケイティーはパールの頭を触ってから少しして、さっきからは想像もつかないような信じられない笑顔を見せたのです。パールも知ってか知らずか、お座りの姿勢で思いっきりかわいい顔をして見せています。
 ケイティーは思ったのでしょう。自分を避けたい、関わりたくない、そばにきて欲しくないという人ではない、いや、犬でないということを。迷惑に思っていないんだと感じました。明らかに見た目に何か疾患を持っているという子供ならともかく、ちょっと見た目には分からないけれど、接すればすぐに精神的におかしいと分かる子供は不可解なだけに、他人には煙たがられるものです。                       
 それから、ケイティーのお母さんは未来に全部話しました。パニックになると、大抵は夜ですが、手のつけられないくらい暴れて、また両親や身近な人を罵ること。本当に何かが乗り移っているのかもしれないなどと思ってしまいます。でも、次の日になって治まると、赤ちゃんに戻ったように甘えて静かになってしまうのでした。色々な精神科の病院にも行きました。そして、この都会にきたのです。
 未来はそのケイティー家族の帰り道にあたるアグネス・ララ・ランドのララ・ランド・ゲストハウスを教えました。今、ブルーのコンテナのお部屋に一緒に居るAAAのセラピー犬、ボーダーコリーといくつかのミックス犬のサミーを譲り受けたいとお母さんは施設に伝えています。サミーは処分寸前の所から子犬のころにレスキューされた犬で、ボーダーコリーとどの犬種のミックスかも正確には分かっていません。ボーダーコリーにしては少々小さいので、たぶんコーギーとかミニチュア犬などが入っていると思われます。
 今まで直せないと思っていたケイティーの疾患でしたが、ここの所のケイティーの穏やかさを見ていると希望が持ててきました。母親は、こんなにわんちゃんの力が大きいとは思ってもみませんでした。動物から得る癒しの力はすごいのです。何よりお母さん自身も、今は癒されているのでした。

大工のジョージ

 4号室のオレンジコンテナには、元大工のジョージという50歳のスキンヘッドで背の高い男の人が、何とも可愛らしいフレンチブルドックと一緒にいました。ジョージは朝早くと夕方には、この可愛いフレンチブルドックと共にお庭に現れてお散歩します。厳つい体型と、ポコポコとしたフレンチブルドックの小走りに歩く姿は微笑ましい感じです。                                         
 このわんちゃんの名前はミリーというのです。尻尾が極端に短くて、尻尾フリフリと一生懸命に喜んでいるのですがその表情が良く分かりません。しかし、お庭を元気よく飛び跳ねている様はきっと楽しいのでしょう。それに比べて、飼い主のジョージはいつも浮かない顔をしています。1年前町で大工の仕事中に、心臓発作を起こして救急車で病院に運ばれました。リタイアするにはまだ早い年齢でしたが、数ヶ月も病院に入院していたので、自分でもこれ以上無理を重ねるわけにはいかないと感じました。ドクターストップも掛かりました。ドクターから心臓に爆弾を抱えているようなもので、のんびりとゆっくり暮らすようにと言われました。それからは、頼まれた小さな仕事だけを無理せずにする事にしたのです。幸い、少々の蓄えもあり、ジョージには奥さんも子供もいません。年老いた両親はそこそこと裕福だったので、今はお婆ちゃんの母親がこのオレンジコンテナに遊びにきていました。息子を心配しているのです。ひとり者で、うつ病にでもなりはしないかと心配し過ぎています。 
「おい、ジョージ、お前はミリーばかり可愛がっていてそれでいいの。いい年して、犬ばかりを友達にしてないで、ガールフレンドでも捜しておいで。嫁さんのきてもなくて将来をどうするのよ」   
 いつも最後は嫁さん! と話がくるので、ジョージは気まずくなって、ミリーを連れて外に散歩に行ってしまいます。いつもの様にお部屋から出て、夕方の散歩をしている時でした。今日はララ、ランド、ゲストハウスから外へも出てみようとミリーにリードをつけました。しばらく歩き始めて外からゲストハウスのフェンスを見たら、その一部が少し壊れそうなのを見つけました。          
「あーあ、そのフェンスを直すのを、ずっと気にかけているのですが、なかなか今、日常が忙しくて直せないのですよ」と、後ろから言われました。マークが通りかかったのです。                                
 「私は今、静養中と言いましたが、実は大工なのです。仕事を数ヶ月も休んでしまって、これでは腕も鈍っちゃうし、お袋がいるので煩くて部屋から出て何かしたいと思っていました。やりましょうか?」
「本当ですか? それは、助かります。もちろん、バイト料は払わせて下さい」ということで、マークとジョージは仲良くなりました。
 今はお隣の5号室のグレーコンテナの内装が改装中です。もちろん、大工のジョージのお仕事です。そんなわけで、ここに居るのが少し長くなっています。でも、この仕事がジョージの生きるエネルギーになってきたのです。まだまだ、大工の仕事はできそうです。ミリーは時折、サミーをはじめお隣からやってくるわんちゃん達とお庭で遊ぶのが、もっと楽しくなりました。
 改装中で誰もいないグレーコンテナのお隣はレッドの6号室です。ここも、愛犬のキュートなチワワと共に滞在している方達がいました。インド系のハーフの方でご夫婦でした。                     
 夫のロレンスはこの国生まれのこの国育ちですが、奥さんのニーシャはインドからお嫁にきました。このふたりの子供のように可愛がっている愛犬は、何故かグラシアスという名前です。スペイン語で「ありがとう」という意味のようですが、何故って? それはこの夫婦がこの国に永住する前に、スペインにしばらく住んでいたからです。ここからグラシアスは連れてこられました。もう10歳にもなりますが、小さいながらも活発でお利口さんな子でした。でも、飼い主のロレンスの方は、肝臓癌末期を宣告されていました。元々が顔や肌の色が浅黒いので、顔色がよく分からない感じもしましたが歩き方などが時折辛そうで、明らかに病的な表情だと分かりました。ニーシャはこれが最後の旅行かもしれないと、ワンちゃんOKのこのホテルを選んだのです。                          
 夕暮れになると、ニーシャはロレンスとの早めの夕食を終えて、ロレンスをベットに横にさせて、そこから見られるように部屋のテレビをつけて、またその横の窓をカーテンと共に少しだけ開けておきます。外の様子も見られる様にです。それから、ニーシャはグラシアスを連れてララ・ランドの中庭を散歩します。この所寒くなってきて夜風はロレンスにはよくないから、余程調子が良いとき以外は彼は妻のいう通りにして外に出ません。ロレンスは時折、窓の側に置いてあるお気にいりの椅子に座り、外の様子を見ています。
 天気が悪くない暖かい夕暮れ時ならば、ニーシャは外のテラスで、もしくは中庭まで下りて、ついワインを飲んでしまいます。(今は飲めない夫に悪いかしら?)と思いながらも、つい一杯だけと飲んでしまううちにボトルを半分は開けてしまいます。この所、夫の癌の進行が進んできたように思います。作昨日などは、赤ワインを1本空けてしまいました。いけないと慌てて部屋に入り、ロレンスの様子を見に奥のベッドルームへ行きました。2段ベッドはダブルサイズのベッドに変えてもらっています。ロレンスはぐっすりと眠っていました。安心して手前のベッドルームで、グラシアスをバスタオルを敷いた上でベッドの足元に置いて、自分は洋服も着たままシャワーも浴びずに丸くなりすっと寝ました。本当は犬は犬用の寝所で寝なくてはならないのですが、ニーシャはグラシアスを片時もそばから離すことができません。ニーシャ自身も60歳を過ぎて自分の健康状態にも不安を感じ、何よりもこれからのロレンスの様子を考えるともっと不安になり、どうしようもない気持ちに襲われるのでした。今晩はあまり飲まずにおこうと思っても、そんな気持ちを落ち着かせるにはワインの力を借りるしかありませんでした。
 ロレンスは知っていました。本当は眠れないときもありましたが、妻の為に寝たふりをしていることが多いのです。ロレンスも心が苦しくて胸が張り裂けそうなときもありました。でも、覚悟はしていました。いつかはその時がくることを。今は苦痛のあるときもできるだけ耐えて、妻がこの最後かもしれない旅行を少しでも楽しく感じ、ふたりにとっても最高の思い出にできるように努力しようと決めていました。病院に戻ったら、辛い苦しいと言ってもよいかもしれない。だから今だけは、今は1日でも楽しく過ごしたい。そう切に思っていました。
 ニーシャがいつもの様にその夕暮れ時、片手にワイングラスを持ってテラスの階段を下りて中庭へと足を向けました。グラシアスも一緒です。その時、母屋のある方向から夕闇の中を歩いてくる人影が見えました。いいえ、実際は人影だけではありません。車椅子の陰とそれに乗っている人影でした。大きな犬を連れていました。というより、その犬はリードもなく、その車椅子に寄り添う人のように、一緒の速度で歩いてきました。
「高齢のお婆さんだわ。お隣に介助犬のことで来ているのかしら?」
 そうニーシャは思いました。近くですれ違いそうになったので、 「こんばんわ、今日は風もなくて暖かく良い日ですね」と声をかけました。そのお婆さんは、隣の犬に「待て、座れ」と、声をかけて振り返りました。その人は、眼鏡を少し右手で下げて立ち止まりました。 
「そうね。本当、楽な日ですよ。貴方の連れているこの可愛いチワワちゃんは賢そうな目をしていて良い子ね。でも遠慮してますよ。とても何かに気を使っているように見えます。なんだか......介助犬のようね。いいのよ、貴方は気をつかわなくても」
 そして、グラシアスの頭を撫でました。お婆さんのお隣に付いていた大きな犬、ラブラドールレトリバーはあのラララーお婆さんでした。
「そちらは介助犬のわんちゃんですか?」 ニーシャはワインを一口飲み、(失礼かしら?)と思いながらも尋ねました。
「いいのよ。ご遠慮なく飲んで下さい。お酒も飲めるうちが花、人も犬も働けるうちが花、もちろん恋愛もね。主人が亡くなった後、この子は昔は私と共に一緒に暮らして、そりゃあとても仕事をたくさんしてくれて、助けてくれました。何よりも楽しい毎日で、素晴らしい思い出もできました。こんなに歳を取ってしまって、お互いに天からのお迎えを待つ日々になってしまいましたが、きっと神様は私達をまた終の棲家で会わせて下さると思っています。今、私はここから2時間ほどの所の老人ホームにいます。この子はお隣で犬のリタイアグループのホームにいます。会いにきたのよ。よろしければ、明日でもこの介助犬達の高齢ホームでも訪ねてみたらよいですよ。犬は死ぬときも立派です。人間みたいに大騒ぎすることもなく、自然に受けてね。その運命に逆らうことも無く静かにその時を迎えます。立派ですよ。生きている間に幸福だったときの夢でも見ながら終盤を迎えられたらそれは幸いよ。今のうちよ、お酒も飲んでおきなさい。貴方、家族は? そう、迷惑をかける人がいるなら飲みすぎも駄目よ」と言って、少し笑いました。
 ラララーお婆さんもお座りをしたまま、元飼い主のお婆さんの顔を見て首を傾げて笑ったように見えました。
「何だか、初めて会った人なのに話してしまいましたね。貴方はまだまだ私より若いし、もう少し色々なことができますよ。毎日を有意義にね」 
 ある程度の歳を過ぎた人には、その人の顔を見ただけで何かを伝えた方がよいとか、そんな何かが分かるのかもしれません。それ程ニーシャの顔は、深刻そうに見えたのでしょう。いいえ、グラシアスの表情だったかもしれません。そのテレパシーでラララーお婆さんに伝わったのかもしれません。ラララーお婆さんは、グラシアスの右手に顔を近づけ軽く舐めました。チワワのグラシアスは小さすぎて、顔を舐めることができなかったのです。ラララーお婆さんは優しい介助犬でした。気の使い方はその親譲りで、優等生のわんちゃんでした。今はその親もお隣の訓練施設の近くの墓地で眠っています。犬の中で代々親が分かっているという、ブリーダーからきたわんちゃんは幸せです。
 そのお婆さんと、どこか普通の犬とは違うという威厳を醸し出しているラララーお婆さんが行ってしまってから、ニーシャは片手に持っているワインを飲むのも忘れてしばらく立ちすくんでいました。
「私はまだ大丈夫。それより、自分がしっかりとしてロレンスを最後まで看病しなければ。グラシアス、私を勇気づけてくれていつもありがとうね。そして、できるだけ一緒に長く生きていこうね。明日また、お隣の訓練所へあの介助犬たちに会いにいってみましょう」と、呟いていました。
 グラシアスは、振り返ってレッドコンテナへ向かって走っていきました。運命には逆らえない。強くならないとね。ニーシャはそう自分に言い聞かせました。

招かれざるお客様

 ブラウンコンテナには、嘗ては招かれざる客であったカップルが居ました。というのも、このカップルが最初にきた時はマークもリリーもビビって、どうしようかと一瞬悩みました。それは、5ヶ月前の雨の日の夜10時過ぎのことでした。リリーは、13日の金曜日だったのを覚えています。車は門の外に停めてあるようで、まず男の人の方が、すでにドアを閉めかけている母屋に隣接したレセプションに現れました。その容貌が怖かった。頭の額にはフランケンシュタインのようなギザギザの傷跡が大きくあり、ほとんどスキンヘッドの頭にもぐるぐる包帯が巻かれて網のようなものを被り、それからはみだして縫った様な傷跡も見えていました。マークもリリーも、本当に何か化け物がきたのかもと思ってしまいそうでした。夜も遅いし、何か事件でも絡んでいては怖いので断ろうかと思ったのですが、リリーがめずらしく話してみると言いました。その頃は、経営的にも少し難しいということもあって、リリーも宿泊客が1人でも増えればと思ったのです。
「色々と周辺すべてを当たったのですが、何所も泊めてはもらえない状況で困っています」とそのフランケンシュタインさん、いいえ、ウイリアムはほとほと困っている様子でした。大分車で走って捜したのでしょう。ハイウェイから外れてまたさらに国道からでは、そんなにモーテルも、ペンション(B&B)もありません。
「お気のどくに。ここらは予約をしてこないと難しいですよ。どうぞ、ここにお名前などを書いてクレジットカード番号を教えて下さい」と、セキュリティーを万全にしておけば大丈夫だと、リリーはマークに合図しました。取り立ててその頭の大怪我には触れませんでした。聞くのも躊躇しました。そしてマークに、ブラウンコンテナの鍵を渡しました。リリーは母屋のすぐ隣は嫌だけれど、目の行き届かない奥のグリーンコンテナも避けました。でも、ほっとした表情を浮かべて、「良かった。ありがとうございます」というウイリアムが、悪い人には見えませんでした。
「どうしたのかしらね。あの傷、尋常じゃないわね。暴漢にでもあったのか? 喧嘩でも巻き込まれたのかしら?事故かしらね。面と向かって聞くと、それで泊めてもらえない、触らぬ神にたたりなしという感じになるような理由ということかしら。ずい分困ってた。まっ、大丈夫でしょう。宿泊名簿にもちゃんと書いたし」とふたりはひそひそと話し、レセプションのドアを閉めて、窓から車が敷地内に入るのを見届けました。後で、マークが外のゲートを閉めます。 マークはゲートを閉めながら振り返り、「フランケンシュタイン、コンプレックス」という言葉を思い出して呟きました。これからの時代はロボットが介護、介助をする時代になるという。でも、人間の心はそんなに容易なものではないはず。目が見えなくても盲導犬はその人の目の代わりをするだけでなく、心の感じ方の目もするのではないか? それが、犬の温もりに手で触れることに寄っても感じ取れるのではないか? 何故かそんなことを考えていました。
 そして、ウイリアムの車がブラウンコンテナの横に停まったのを何気なく確認しました。その助手席から降りてきた彼女の姿を見て2度驚きました。片方の足の腿から下が無くて松葉杖を使って片方の腕をウイリアムが助けて歩いていました。マークは慌てて走って駆け寄り、「荷物をお持ちしましょう」と声を掛けました。
「ありがとうございます。今は旅行どころでは無いのですが、実は最初は無事に出発したのです。途中で交通事故に遭い、しばらく途中の町で入院するはめになりまして、今は退院したのは良いのですが、仕事も厳しい状態なのでこうしてドライブしながら、まっ、開き直りもあってどうせなら旅続行! で家に帰る所なんですよ」                                                   
 ウイリアムは彼女を見やって、少し微笑みました。 
「そうでしたか。それはどうぞごゆっくりと休んで下さい」マークは大怪我の理由が分かって安心し、「そうれ、見なさい。事件なんて考えすぎよ」というリリーの言うことが、頭に浮かびました。しかしながら、このカップル、ここが居心地が余程良かったのか、3日間も滞在しました。
 実はちょっとした問題があったのです。それは、そのシーツも枕カバーもバスタオルも、そのまだ完全ではない怪我の血液で汚れてしまうのでした。これはもちろん大変で、なかなか普通の洗濯では落ちません。そして、若いこのふたりは結構なヘビースモーカー(ここはタバコはもちろん禁煙なのですが!)で、外へ出ていってはタバコを吸うので向かいのお家や隣の訓練所などへマークも気を使いました。外は天下の大道ですからそこまでは禁止にはできませんが、困ったものでした。でも悪い人達では無いし、ちゃんと支払いもしてくれそうだし、お部屋で煩くするというマナーの悪い人達ではなかったので言えませんでした。宿泊経営はこんなこともあるのです。やれやれ、とにかくこのお客様が3日間で旅立ち、良かったなぁと思っていたのですが、半年もしないで、またやってきました。何でも実家に行く途中の町で、ここへ寄るのに丁度良いのだそうです。でも今回は、お隣がご病気の方だったので、グリーンコンテナのミセスフォーリーと猫ちゃんのバクスターがチェックアウトする明日には、お部屋を移ってもらうようにするつもりです。
 ウイリアムの彼女は片足が義足になってしまった為に、ここへくるのは心の拠り所にもなったのです。義足という自分の足ではない機械的なものを付けるのには、心も体も拒否反応がありました。リハビリの訓練や辛い日々を克服してきました。ここで、お隣の犬達に触れるのが唯一の心の支えと励みになります。セラピー犬や介助犬の訓練も見学させてもらって勇気がでました。                     
 こういうことにお役に立てるならば、マークもリリーもハッピーなのですが、ただ1つだけ、そのタバコだけは止めてもらいたいといつも思っています。彼女さんの方はさすがに最近は吸わなくなったようですが、なかなか止められないのでしょうね。リリーはこのお客様がくるといつも頭を痛めています。でも、段々と元気になるカップルには応援したくなってしまうのですけれど。
 皆さんが愛すべきお客様なのです。マークもリリーもそう思えるのが、自分に対しても仕事の励みになるのでした。

絶望から希望へ

 8号室、イエローのコンテナお部屋にはマークの姪っ子ちゃんがいました。少し前、ずい分と久し振りにマークに連絡があった時には、マークもリリーも戸惑いました。というのは、この姪っ子ちゃん、ジェニー、モローンという名前ですが、数年前まで音楽系業界では有名人だったのです。彼女は誰も真似のできない独特の雰囲気で作詞と作曲をオリジナルで作り、シンガーソングライターとしてその世界で天才と脚光を浴びました。18歳の時に、突然にメディアを嫌って自分が表舞台に出ることは拒み、CMソングやら映画やドラマの主題歌などを裏から作ることに専念しました。マークも、この出世した姪っ子は、当然とても忙しい日々を送っていると思っていたのです。                    
 ただ、5年前にマークのお姉さんが突然亡くなった時は、心配もしました。姉もひとり娘のこのジェニーを残して、さぞや心残りであろうと案じました。お姉さんは未婚の母でジェニーを育てたのです。でもその告別式でジェニーに会った時には、彼女に将来を誓った一緒に生活しているパートナーを紹介されて、マークは安心をしました。                                                        
 それが突然に今、ジェニーは絶望のどん底だと伝えてきました。もちろん、この姪っ子をほっておけるはずもありません。マークは、とにかくここアグネス・ララ・ランドへとジェニーを呼び寄せました。ジェニーは今までの培ってきた人生を、全部を失ったと言ってきました。5年前に大切な母を失い、それから何も曲が作れなくなり、詩を書くことができなくなりました。歌は何よりも愛していましたが、声が出なくなりその才能を失いました。仕事もできなくなり、信頼していた最愛のパートナーも去っていき裏切られました。そしてさらに、引き取っていた亡き母の形見の可愛がっていた猫も後を追うように死んでしまいました。
 あまりの度重なる心労で健康も壊し、生きていく目標が何も分からなくなってしまったのです。体の傷なら誰か側で励ましてくれる人がいる限り、頑張れるかもしれないけれど、心が空っぽになってしまったジェニーには毎日がどうでもよくなってしまったのです。寝てばかりいるかと思うと、今度は不眠症になり、薬やお酒にも溺れました。すべての欲求はなく、かといって極限に空腹を覚えた時はたくさん食べ、それ以外は食べませんでした。重症でした。 マークが1500キロも車で走って家に迎えにいった時、荒れた家の中で痩せこけて幽霊のような風貌でジェニーが立っていました。マークはくる前に寄ったお隣の施設から、ラララーお婆さんと同じ所にいる引退した盲導犬のゴールデンレトリバーのべラを連れてきていました。ラララーお婆さんよりは若くて、まだ施設に戻ってきてまもない犬でした。べラは使えていたオーナーがお亡くなりになり、寂しい思いをしていました。ララ・ランドへ帰る道中に、べラと共に車の中で過ごし、その温もりに触れて温かいハートを感じてジェニーが癒されて欲しい。また、べラも新しいオーナーに今度は盲導犬としてではなく、ただ寄り添うことでセラピー犬のようになってほしいと思ったのです。車中でジェニーは、大きなべラに寄りかかり涙を流していました。 
「よく私達に連絡してくれたね。どんな時でも、私達はファミリーの一員であることに変りは無い。そのべラだってファミリーだよ。君のことを今は大事に思っているよ。べラはそう思っている」      
 少し高齢に入る経験豊かなべラは、何が起こっているのかは分かっているのです。思慮深いその温かい眼差しには光るものがありました。犬は泣きませんが、心で涙を流します。
「これからの貴方の人生、必要ならば私がずっと慰めますよ。一緒にいますよ」と、べラが言っているようでした。
 それから、そのイエローコンテナのお部屋には金色に輝く毛並みのゴールデンレトリバーのべラが、ジェニーと共にいることになりました。少しずつですが、ジェニーも自分を取り戻してきて、声も出るようになりました。ジェニーはきっとその繊細さと強い感受性の持ち主なので良い歌を作ってこれたのかも知れません。でもその神経を削ってまで、血の滲むような思いで作る曲はもう止めにしました。今はマークとリリーの仕事のお手伝いを少しずつする日々ですが、また近い将来、無理せずに自分が素直に正直に作りたい曲を少しずつでいいから、作って歌っていこうと思いました。希望が見えてきたのです。
 ジェニーは、側にいるべラもそう......そして、ここに滞在している人達からも、また何よりも叔父さんのマークとリリーからも、勇気と愛をたくさん貰ったのです。些細なことから希望は見えてきます。どんな小さいことでも、アクションを起こすことです。伝えることです。人も動物も皆、生きとし生けるもの、持ち持たれつで助け合うことはできるはず。明日を信じましょう。

キャトルドックのルーシー

 それからというもの、未来とパールは、時折ミセスフォーリーの所に寄って御茶をするという機会が増えました。未来も一緒にジュースもお茶もいただけるので、ここの所、もりもりもっと元気になりました。キャッツマジックのお陰もあるのかもしれません。 
 ある日のこと、お散歩で久しぶりにダドリーストリートの反対側の別の坂道を通ることにしてみました。チェリーストリートです。ここには、おとなしいボーダーコリーちゃんがお庭にいる、チューリップの彫りの木の塀がかわいいクイーンズランダーの家と、猫ちゃん達が並んでいる階段のある、お城のようなレンガ作りの古い家などがあります。 
 ここは以前には、散歩ルートの3番目くらいに入っていました。空が帰ってくる時刻に合わせて上の道のバス停に行き、帰り道はダドリーストリートを下ってくるつもりでした。ここ最近は、ちょっとラッキーに会っていないので、少し気にもなっています。未来のイヤリングの性能もチェックしてもらいたいと思います。また、ダドリーストリートで会えるかもしれないと思いました。相変わらず、真夜中の我が家の屋根は、突然のにぎやかサウンドが毎日と繰り返されているのですが。
 チェリーストリートに入ってまもなく、とても小さな声、かわいらしい声で「助けて、ヘルプミー!」と聞こえます。ナラの木=オークの下のほうの枝から聞こえます。インディアン、マイナーバードの赤ちゃんでした。それは、むちゃくちゃへたくそに飛びました。昔、我が家で育てたことのあるサンバードの赤ちゃんを思い出しました。今度は道路脇に止めてある四駆のジープのフロントに張り付いています。きっとしばらくすれば夕方に差し掛かるので、暗くて目も見えなくなりもっと危ない飛び方になるでしょう。
 今日は曇り空です。思わず未来の右手にある学長から貰った黒い傘を差し出しました。その先端にひょこひょこ鳥は飛び移りました。未来はそれをそのままそっと持って、門の前にオークの木がある広い家のお庭に、ちょっとお邪魔して持っていきました。  
(お邪魔しますよ)と心で言って、もっと大きなしっかりとしたオークの木の中間の枝に置きました。赤ちゃんひょこひょこ鳥はうまく飛び移りました。
「おい、アホなひょこひょこ鳥!親が戻るまでここにじっとして!あまり飛ばないのよ」  
 私がパールを見ると、パールも首を傾げて頷きました。大好きなチキンではありませんけれど、その尻尾は嬉しそうに左右に振ってはいました。
「パール、全く、これじゃ私らがラッキー・ベンジャミン・ミカエルの助手みたいになってきたじゃないの」パールはまた、首を傾げました。
 うわさをすれば影というやつです。バス停で空が降りてくるのを待って、皆でダドリーストリートを下ってきたときです。またまた、ラッキーのおしり振り振りという姿を前方に見かけました。下り坂を走っているので一段とおしりが揺れています。追いかけて声をかけました。
「お久しぶり!最近は忙しいの?」
「よお!未来か?おや、空とパールと皆お揃いじゃな、いつものことじゃ。いつも忙しい。とくに最近はひどいものじゃ。また、もう少し経つと、シーズンなので、子供達が多くなる。なかなか、全部を無事に育てるのは大変なことじゃな。親達もたーいへん! わしもたーいへん」相変わらずのラッキーです。春も近いので忙しいのです。
「何所へ行くの?」
「ちょっと気になるやつがいるので、ピピの所へ行くのじゃ」
「あっ!ファンシー教会のとなりね。ちょっと一緒に寄ってもいい?」
 空はお腹が少し空いているので、少々不満げです。
「オフクロは物好き。俺達お腹がペコペコになるよ。寄ってもよいけれど、早く帰ろうよ。メシは早くね!」と言いながらも、空も多少の興味はあるようです。
 パールはピピに会えるので、目が輝きました。リードを引っ張って、下り坂をラッキーよりもお尻を振って歩いています。あの例の建物の入り口から例の病室まで、皆がラッキーのあとを追いました。カラフルな病室に入り、まん中まで入ると奥のベッドの下に1匹のわんちゃんがぽつんといました。今日は魂の傷ついた入院患者は、他にはあまりいないようです。
 ピンと同じような食べ物を取るのに失敗して怪我したアホなカラスと、軽い事故に巻き込まれた3匹のハトさんと迷子のポッサムがいましたが、ラッキーは大丈夫というように皆の頭を撫でながら頷いています。大したことではないようです。そしてそのわんちゃんの所で停まりました。未来は実は、この床に座っているキャトルドックを知っています。
「ルーシーでしょう?キャトルドックのルーシーちゃん」
「何だ、知っておるのか?」ラッキーが怪訝な顔をしました。
「この間、私達の散歩の途中にこのわんちゃん、道に迷ってふらふらとしていたので慌てて家からリードを持ってきてRSPCA(動物愛護団体)に連れていったのよ。すぐにマイクロチップでウォルフストリートのキャトルドックのルーシーと分かって、飼い主に連絡をしたみたい。それで、そこにルーシーをおいてすぐに帰ってきたのだけれど......」    
 未来はその時に、体の大きなキャトルドックにしては、その長い足が細くて少し痩せているな、そしてルーシーはずい分と大人しいとは感じていました。
「ふむ、こいつはまた、脱走を繰り返しておる。こいつの飼い主はひどい奴でな。ろくにルーシーはメシも貰えず、アル中の親父は時として、殴る蹴るの暴力をこいつに振るうのだ。DVじゃな。ルーシーの心はもうボロボロで可愛そうなので、わしはもう家に帰すのは止めた。そしてじゃな、あくまでもこれはわしの考えなのじゃが、どうじゃ! 未来、ほら、あのヘルズゲートのイルブイォ、デモーネ閣下のおかみさんにと思うのじゃが、どうかしら?」
 ラッキーはおどけて両手=両羽を上げて見せました。(エエーッ!)未来が空に事の経緯を説明します。
「大賛成、いいんじゃない。もともとさ、キャトルドックって、強くするために、牛追いやら牧畜犬にするためにデインゴともかけ合わせたというじゃない。親戚みたいなものだよ。きっと仲良しになれる」と、空が横から言います。肝心のルーシーはどうでしょうか?
「ラッキー、本当にそれでいいと、ルーシーはそう思っているかしら?」              
 そういう未来の顔をルーシーは潤んだ瞳で見上げています。
「うん、あれから渡り鳥達の情報によると、イルブイォ・デモーネ閣下は相変わらずで、ブーケや首飾りばかり作っていてすっかり男らしさに欠けてしまったらしい。優しくなったのはよいのじゃが、このまま女性ホルモンが勝ってしまったままだと大変なので、嫁さんをもらったらどうかと伝えてくれと言ってある。ルーシーも、連れ帰されるくらいなら、何所か遠くへ行きたいと思っていたらしい。一か八か、どうかうまくやってくれるようにと思っているのじゃが?!」
「分かった、確か、この坂上のシンディーのオーナーのおとっさんはお引越しの運送会社を経営していたと思うから聞いてみるわね。アグネス、ララ、ランド方向のお引越しの荷物のときに、ついでにルーシーを乗せてもらってヘルズゲートで落としてもらえば行けるでしょう」
「そういうこと。それで決まり! 早速おふくろ、そのシンディーのご主人に話しをしろよ。腹減ったー! 帰ろう」
 空は、空腹を我慢できないようです。この件は明日お話ししましょう。その日の夕食はパールにも少し多めに作り、ルーシー用におすそ分けです。後で空がピピと共にルーシーの所に届けたのでした。
 翌日の朝の散歩のとき、そこの家の前に未来とパールが立ち止まりました。シンディーの家です。「ウオフ、ウオフ、ワオーン」丸々と太ったブルドックのシンディーが今日は軽快に門の所まで走って来ました。それからシンディーが2回、吠えたところで「こら、シンディー、こら!」とおとっさんも大きな体を揺らしながら玄関に出てきました。                                                   
 今日はおとっさんもTシャツではなく上着も着ているので少しはそのりっぱなお腹も目立ちません。でも、相変わらず、息を切らしています。ルーシーがここの家で飼われていたらきっと、太ることができたでしょうにと思ってしまいます。                       
 とにかく、これこれしかじかとお話をしてみました。いつもは挨拶くらいで、ちゃんと長くお話しをしたことがありません。でも、さすがに運送会社の社長さんらしく、義理人情のお話には弱いようで、「任しておけ!」という感じで引き受けてくれました。
「私の知り合いに、牛を管理する使役犬、即ち、ヒーラーを育てるという仕事をしている人格的にもりっぱな奴がいるので、そのヘルズゲートにしてもそこを守りつつ、その中でヒーラーが育成できるか?人と仲良くうまくやっていくこともできるか?尋ねてみる。そのディンゴの親分とルーシーの子供なんかだと、血筋的にも期待できそうなりっぱなヒーラーが育ちそうなんだけれどね」と、おとっさんは言ってくれました。
 忠誠心は強いですが、家庭犬とはルーツが少し違うので通常は野生的で攻撃性もあり、強く行動的という個性を持っているはずのキャトルドックなのですが、ルーシーは大人しくて痩せていました。
 森の中で、少し逞しくなった方がよいのです。もともとはあの野性味溢れるイルブイォ・デモーネ閣下、ディンゴの親分の中の親分! きっと、パートナーとしてもルーシーとうまくいくでしょう。本来のキャトルドックとしてのお仕事もできたら、ハッピーかもしれません。
(フレーフレー!ルーシー)。これからは、自分らしく変わるのよ。
 ブルドックのシンディーの家、運送会社社長のおとっさんの所にもナラの木=オークがありました。オークは逞しい木、生きるパワーがある樹木といわれています。

ヴィラマリン(アグネス・ララ・ランドへ行く途中......)

 それは、ハイウエイから15分ほど海岸に向うホーランドという地域の道路沿いにあります。空のパソコンで調べたのです。
「ここ、ペットOKだ! 何だか、見た目が面白そうなモーテルだよ」 
「場所は何所? グルグルで調べてみてよ」
「おふくろ、グーグルだよ、いい加減、自分で勝手に名前を付けないでよ」
 ラッキーはくる前に疲れたのか、まだグースーと居眠りです。パールも空にくっ付いて半分夢心地で、片方の目を開けたり閉じたりしています。
「俺、まん中で暑いよー。おい、くっ付くな」ラッキーは暑そうな赤い顔を、空の肩にもたれ掛けています。
「幸せよ。こんな可愛いペットで両手に花」
「冗談じゃないよ、こいつは鳥くさいよ。おい、起きろ!」
「なんじゃ、ムニャ、ムニャ、あれ、もう着いたあー?」
「まだよ、ラッキー。よさそうなモーテルが見つかったわよ」と、会話が続きます。
 その、ヴィラマリンというモーテルは海岸通りよりも1つ入った所にありました。
 明日の朝は海岸を散歩してから出発できるかもしれないと少し楽しみです。途中の休憩所で、お休みを取りながらのんびりと来たので、もう夕暮れが迫っていました。
「着いた、着いた、ワイワイ、ワナリー!」空には「ガッ、グアッ、グアーォ、!」と聞こえます。
 駐車する場所を見つけて、皆降りる準備をしました。空は炊飯器とパソコンを持って、未来はパールとともにドッグフードと、人間様のため少しの食料品の紙袋を持ち、ラッキーは黄色のバンダナ風呂敷を首から背中に背負いなおしました。                
 フェンスを入るとすぐに右側にフロント兼オフィスです。 フロントにはボブというマネジャーだけです。このモーテル、ヴィラマリンは彼がひとりでやっています。フロントから左側に並んで、1号から8号室までコテージスタイルのお部屋があります。右側、フロントの後ろには大きなプールがありました。その後ろはブッシュです。うっそうとした森林と沼地です。早朝にはカンガルーもワニも出るそうです。
「わしは部屋からは出ない、出ないからな。おい、パール、お前がわしを守れ」
「ワオン?」パールが思いっきり首を傾げます。(たぶん、納得がいかないのかしら?)
「何でー?」という感じです。ボブが言うことに、「普通は犬はOK。 でもこんな大型の鳥はケージに入れてもらわないとね。しかしながら、今、実は1号室に居られるのはフライングドクター、つまり動物のドクターでね。ご自身も大型犬のペットがいるけれど、他に今丁度救出してしまって、明日動物園に連れていくコンドルがいるらしい。何かあればドクターもいるから今日は特別。ただし、大型のケージを借りて部屋に置いておくので夜はそこに入れて下さい」と、ターキーも泊まれてラッキーでした。
 ラッキーはぶつぶつと不平を言っています。                             
「俺様を何だと思っているのだ。このラッキー・ベンジャミン・ミカエル様を、ケージ、かごの中の鳥だと!許されないことだ。ねえ、未来」 
 空は不思議そうに見ています。
「こいつ、何かガーガー言っているけど、顔がますます赤くなってるよ、おかしー」と言って、今度は笑いました。パールも受け口で歯を半分だして笑っています。いえ、パールはご飯の時間が近いので笑っているのです。お腹が空いた催促です。
「大丈夫、ラッキー。パールは笑ったのではなく、お腹が空いたのよ」          
 未来はラッキーの面子を救ってあげました。一応はケージを預かりましたが、ラッキーにはボブや人が部屋にきた時だけ、そのケージに入ってもらう事にしました。1号室のアニマルフライングドクターは若い女医さんです。飼い犬はハンナという名前のゴールデンレトリバーです。ラッキーよりもずっと大きくてマッスルもりもりという感じですが、優しい思慮深い丸い目をしています。もちろん、ボディーはゴールデンレトリバーらしいクリーム色がかっていて、よくブラッシングされており艶やかに金色に見えました。
 7号室に落ち着いて早々に近くのスーパーに、皆で買い物に行きました。未来が作ります。親子丼にパールはチキンライス、ラッキーは共食いは嫌だと、パールのドッグフードとビスケットにレタスを食べました。ごますり、ごますりとボブさんにも親子丼を持っていきました。
 (疲れたー!)、皆はくたくたで、それぞれが自分の場所を見つけて眠りにつきました。空はダブルベッドを占領していつもの様に大の字で、未来はツインのベッドで、隣のベッドにはパールが上で丸くなっています。そして、もちろん、ラッキーはカゴの中では寝ていません。何と、パールの隣のバスタオルの上で、一緒にイビキをかいています。いつのまにか仲良しになりました。信用ができるワンちゃんのパールの隣ならば、安心できるのでしょう。
 そして、未来がまだ夢の中......の早朝に事件は起こりました。ボブはとても働きものです。すべて仕事を自分ひとりでこなしてしまいます。ですから、朝も5時過ぎからコインランドリーのそうじやら各室のゴミ回収やらプールの点検など外の仕事をこなし、9時からはオフィス兼レセプションでの仕事をして、一日中大忙しです。そのボブの声で未来は目を覚ましました。もうひとりの話し声はアニマルフライングドクターのニコール先生です。
「それで、ワニは治療が必要なの?」
「エエーッ!ワニだってワニ、何所ー?」思わず、言った未来の声でラッキーが目を覚まします。
「ワニ、ワニ、何所?」パールも起こされてきょとんとしています。
 空はそれくらいの騒ぎでは起きません。急いで着替えて、未来は外の廊下に出ました。
「何か動物の事件でもあったのですか? ワニとかって聞こえました」                              
 すると、ボブが慌てたように言います。
「皆さんが驚くといけないと思って言わなかったのだけれど、昨夜、遅くにプールの向こう側、奥の沼地でワニの頭が見えていたんだ。それもめったにないことなのだけれども、あったとしても大抵は朝にはいなくなっているのだけれど。それが今朝、プールのフェンスの下に頭を乗せて動かないので、プールの中からそっと近ずいてみた。どうも目をやられているらしいんだ。このまま、ここに挟まっていられても困るし、ニコール先生に相談していたんだ。できれば直して、早く裏の沼地から川に帰してあげたいからね」 
「麻酔を打って、目を見てみましょうか?」                                  
 ニコール先生も少々、お困りです。動物園にでも電話をして麻酔銃でも持ってきてもらうか。相手が相手だけにどうしましょう。
 そうです、ここで動物の通訳ラッキー、ベンジャミン、ミカエル様の出番です。
「ラッキー、あのワニさんとお話ししてみてよ。貴方ならできるでしょうが。特別なターキーで皆の魂、思っていることも分かるのでしょうが?」
「未来、カンベンでしょ、相手はワニでしょう?わしが食べられるでしょう」
「プールのフェンスの向こうだから大丈夫よ。フェンスの上にとまって下に呼びかければいいじゃない?フェンスの間に挟まっているみたいだよ」
 パールも後ろから、応援してるワン!と言っています。未来がニコール先生に説明します。
「信じないと思いますが、私もこのターキーも実は、動物の皆と意思疎通ができるんです。このワニを大人しくしてみせます。そして、まず、目の何所が悪いのか聞いてみます。待っていて下さい」
「いいえ、私は動物達とお話しができる人たちも知っています。でも、動物にはそのキャラクターというものがあります。ワニは特にその点では危険です。充分、気をつけて下さい」ニコール先生は心配そうな顔をしました。
「そうそう、ワニは気まぐれな所があり乱暴ものじゃ! わしは苦手。それが得意なのは別の鳥じゃ」ラッキーはまた、その顔をより赤くしました。
「ワニは口を閉じるより開ける方が苦手だけど、開けたままで小鳥に歯をきれいにしてもらうんだよね」あれ、空もいつのまにか起きていました。
 皆でプールのフェンスの所に来ました。プールのヘリに未来と二コール、そしてパールは空とボブと反対のプールサイドにいます。フェンスの綱渡りはラッキーです。
「押すなよ、未来、押すなこら、アホ! わしは飛べないんだから押すなよ」
 テレビのお笑い番組で、リアクション芸人の場面のようになりました。
 ラッキーはいつになく慎重です。それでもワニから50センチ位近くのフェンスの上に着きました。さて、「グアッ!グアー、ガッ、ガッ、グアーッー、グアッー」と皆には聞こえます。未来にはイヤリングのお陰で会話が分かるので、ニコール先生に通訳します。
「あら、かわいそうに。あのね、この間のあの大洪水と台風のときに、どうも目を傷めてしまったらしい。目が痛くてと言っている。結膜炎かしら?」
「どうやら、こいつは目がやられていてはどうも不便で困るので、何とかこのままフェンスに口を挟んだままで大人しくしているから、何とか治療してほしいと言っている。ふむふむ」                                                   
 ラッキーはいつもの調子に戻りました。怖かったくせに!
「麻酔など嫌だ、仲間の奴で動物園に治療に行って、そのままそこで生活しなければならなくなった者がいる。ふーむ」顔を下に向けてラッキーは頷きました。
 ニコール先生が何か考えています。
「お薬ならば、まず、大型犬用の目薬があるので試すのは可能なのですが......それも、数日いや1週間ほどは続けなければなりません。どうしたものか」 それでも、取り合えずの処置をすると言いました。ニコール先生はさすがの獣医師です。普段もフライングドクターとして内陸の野生動物の保護と治療にあたっているので慣れています。プールのヘリを伝い歩き、口を開けないでフェンスの間に頭を突っ込んでいるワニの目にこちら側から犬の結膜炎用の目薬を両方にさしました。ワニの目は赤くなっていたのです。ワニは今、両目を閉じています。ニコール先生は未来の所に戻ってきて、「今日は、私がこのまま2-3回は目薬をさします。ワニにここに静かにしているようにと言っておいて下さい」とラッキーの顔も見ました。
 ラッキーはフェンスの上で一度、軽く羽を広げました。
「そうだ、わしにまた、良い考えがある。ちょっと後で、ビーチを散歩してカモメどもにも聞いてくる。パール君お供を頼む」
 未来は、ここでまた、もう一泊はしなくてはならないかもしれないと思いました。「ラッキー、何よ、考えって」
「今、コイツに説明するからな。おい、今日はニコール先生がお前に目薬をつけ続けるが、まだ治療しなくてはならない。それでじゃな。お前さんの一番の相棒に頼んでいくのでしっかりと直してじゃな。早く地元の川に帰れやー! よろしく」
 ワニは片方の目を少し開けてみて「おおーっ、痛みがひいてるよー。助かった」
と水の中で少しシッポを揺らしました。 犬みたいです。
「ラッキー、ワニの相棒って?」 
「それはじゃな!ワニチドリという鳥じゃ。コイツはワニの背中に止まり、ワニの口の中を掃除するのも得意でよいコンビなのだ。ワニチドリ君を捜してこれに(目薬をさす!)というお仕事を頼んでおけば安心」
「それは、良い考えだわ」 やっとこさ、一件落着です。
 ニコール先生はその日、4時間おきにプールのヘリの伝い歩きをして、プールのフェンスの間に頭の先を突っ込んでいるワニ君に目薬をささなくてはなりませんでした。
 これは、ちょっとしたショーになってしまったので、宿泊しているお客さん達が見に来ていました。ボブは相変わらずの忙しさです。お気のどくなので、未来はその日も夕食を皆さんに作りました。ジャパニーズカレーに、ハンナとパールにもチキンの丸焼きを買って来ました。ハンナとパールをお供に、ラッキーと空達はビーチに行っています。ワニチドリを捜しているのです。ラッキーの留守の間に、チキンの丸焼きはばらしておきました。ラッキーが卒倒したら困ります。
 でも、ハンナ達は大喜びするでしょう。チキンは大好物です。そうそう、ラッキーの為にもナッツも入った野菜サラダを用意してあります。あとは、このお庭で調達してもらいましょう。何がお好きなのか分かりませんから。
 ボブは私達7号室の2日目は、宿泊料をサービスしてくれました。ワニ君のために皆が優しい気持ちになりました。今も隣の6号室のお客様の子供達がワニ君を見に来ています。ワニはただ、じっとしていました。目の赤みがひいたようです。本当に痛かったのでしょう。
「このワニ、朝から何も食べてないよ。大丈夫?お腹空いちゃうよ。おばちゃん」    
 未来が7号室で食事の準備をしていると子供達が言いに来ました。後で、ラッキーに聞いてもらいましょう。ワニさんはチキンは生じゃないけれど食べる? ラッキー、聞くのは嫌だろうな。
 そして、夕方にはワニチドリが見つかり4人、いえ、3匹と空は帰って来ました。
「涼しい季節だからよかったけれど、これが夏だったら大変だったよ。ビーチの端まで行ったんだよ。道はあるけれど、大きな岩を登ってさ!その上にいたんだよ、ワニチドリ、
丁度休んでいたところらしい。どこかへ行く途中だったらしいけれど、ラッキーが交渉して1羽が来てくれたんだ、まだ、1週間位ならここにいてもいいって感じかな? 俺が見た感じだけれどね。あとで、こいつに聞いてみてよ」
 良かったね、ワニ君はこれで大丈夫でしょう。どうやら、ニコール先生の目薬も効いているようすです。その夜は、少し暖かだったので、皆でお庭のテラスに出て夕食を食べました。6号室と他のメンバーも外のバーベキュー施設を利用して作り始めました。それで、ワニ君には焼かない前のバーべキューのステーキ用のお肉をあげることができました。 ラッキーはまた、不平を言っています。
「残酷。アホな!本当残酷。鶏肉だって、牛肉だって。わしらを見習え、ベジタリアンだぞ、おい」と言いながらも、自分はあちらこちら歩き回りながら、何やらみみずや、虫達を食べています。これも、致し方ないことなのでしょうか?
 ニコール先生が言います。「生物には無駄というものがありません。きちんと輪廻転生しています。生きるという為には残酷なことがあります。但し、すべての命を大切に思うこと、そして感謝していただかなくてはなりません」                               
 チキンカレーをおいしそうにほお張りました。そして、こうも言いました。
「私はね、人間がこの地球の王様だとは思っていないのです。あの動物を実験にするのは嫌です。人類を救う為には仕方が無い、かもしれない。でも私は嫌いです。他に方法がないものか?といつも思います。だからこうして、フライングドクターとして誰も入らないような所の大自然の中で動物達を助けています。でも自然の中でのバランスはとてもうまくできています」
 ラッキーがウインクしました。
「わしも、できるだけ助けたいのじゃ。大切なのはその魂じゃな、どんな状況でも諦めずにやる。突き進む。思いを残してしまったなら、わしが空へ向って届けてやる」                                       
 ラッキー、貴方は飛べないでしょうが?そうか、必殺技の風船球の術があったっけ。パールがハンナの顔を舐めています。お疲れさん! という感じかしら? 一日は伸びてしまったけれど、何だか有意義な日となりました。
 翌朝に、未来はワニ君の様子を見にいきました。そしてまたまた驚きました。その頭の上に乗っていたワニチドリさんはその昔、未来達の住んでいた以前の田舎の家で生まれた、そう! サンバードのマリとお母さん仲間で友達だったのです。未来には分かりました。あの時、小さかったマリも今はお母さんで、5匹も子供がいるということを教えてくれました。もうすぐ、孫も生まれる。それは良かったね。
 目薬を持ったワニチドリさんとワニ君は仲良く奥の沼地の中、川の方向へとプールのフェンスから離れていきました。
「ボブさん、何とか一件落着で良かったわね、今日はこれから皆を起こしてビーチを散歩してからアグネス・ララ・ランドへ向います」
 ボブもほっとしたようです。
「貴方達は本当に良い仲間だね。うらやましい位です。また、アグネス・ララ・ランドからの帰り道には是非とも寄って下さい。ターキー、ルールを守ればOKですよ。大活躍ですから」
そしてニコール先生はお仕事なので、その愛犬ハンナと皆でビーチのお散歩をしてから、ボブに見送られて次へと出発をしたのでした。

インダラーピーという町 (ターキーからヤシオウムに生まれ変わった後!)

「さて、未来、ちょっとした事件じゃ。集合。そういやあ、あんたのそのピアスはいつもよくにあっておるなー」
 あれま、また、年寄りターキーだった頃の話し方になってるよ。
「おっと、ダメよダメ、ダメよ。今の私はイケメンヤシオウムのラッキー・ベンジャミン・ミカエルだった。黒いこじゃれたマントのような羽に、ニヒルなフェイスに虹彩をはなつ魅惑的な目、赤いほっぺ、何よりもこの流行遅れのリーゼントのようなカッコイイヘアー、ダンスをするような歩き方にジェット機のような俊敏な飛び立つ様子とまだまだ......」
 俊敏? フェアフィールド公園のベンチの上をのそのそと歩きながら、羽を少し広げて「クククククー」と鳴きました。それから、その手(足?)に持っていた小枝の棒でベンチの上をカン、コンコン、と叩いて見せました。白いオウムのキバタンのように、ギャーギャーとヒステリックには鳴かないのでニヒルといえばそうかしら。
「ぐたぐたとカッコよくなった説明を長々とよいから、一体、今度は何が事件なのよ」 
 いつものように、未来がパールとお散歩にきた朝の公園での会話です。
「未来は、ムルーカという町のことを覚えているか?」                   
 ラッキーは、その小枝の棒を葉巻のように咥えています。(それ、おいしい?)パールは首を傾げてから、クシャミをしました。
「ムルーカ? あのとあるアフリカの国王、ホンジャマ、サバ総長が治めるムルウーカー族とパピブ族がいるあの独立した町? 覚えているけれど、今は争いもなくて平和になったとマグパイ達から聞いているけれど」                                
 未来と未来の隣でお座りのパールもまた、同時に首を右に傾げました。
「今度はね、アフリカではなく、インディアだ。といっても今度はインドの国王というわけではない。ここは、インドの移民が多いというだけで独特の雰囲気を醸し出している。それだけなのだが、インド人は計算が大得意だ。だからというわけでもないのだが、何故か両替所が多くて、色々と強盗、泥棒などの物騒な事件が多い。私はポリスが上司ではないのでその問題はさて置き、その巻き添えなのか最近は、私の仲間が多くやられている。傷ついたり、弄られて運悪くおっちんだりとあまりに鳥達がやられるので、その魂を上に上げるという仕事を引き受けている部下のタキオ一家もワナリーから出張しているらしい。何とかその数を減らせないものだろうかと相談された。そして、何だか怪しげなインダラーピーの町の中心地にあるエルドラドという映画館を、調べて欲しいという依頼をされた。映画館なので、未来や息子君の空に協力してもらうと助かると思うので、一度ちょっと行ってみてもらえないだろうか。どんな小さなことでも何か見つけられると良いのだが」                                               
 分かりました。それでは今夜、パールがお兄ちゃんと思っている空に相談してみましょう。フェアフィールド公園でラッキーと別れて家へ向う途中、日本ではレンジャクバトという名前のかわいらしい鳩に会いました。
「自分の仲間だよ。皆、やられている。エルドラドという映画館の屋上に仲間の団地があったんだ。たくさんの鳩の仲間達がいる。何故かその屋根裏部屋に、人間の悪い奴らのアジトがあるみたいなんだ。大分前にもそんな事があった。奴らはしばらくすると、そこを出ていくんだ。もう、5年も前だから覚えている自分の仲間も少ないけれど、そいつらのせいで、とばっちりを受けて仲間がみんな殺されちゃうんだ。何をしているんだろう?」
 その鳩は特徴的な頭の上の尖がった冠羽を持っています。まるで、今のラッキーの子分達のようです。可愛らしく「ポー、ポー、ポー」と鳴きます。飛ぶ時はヒョローヒョローヒョローと羽が笛のような音を立てます。
「分かった。とにかく調べてみるから」と、未来は急いでパールと走って家に帰りました。
 その次の週の火曜日の夜に、パールには家でお留守番をしてもらって、そのインダラーピーのエルドラドという映画館に行ってみることにしました。火曜日は映画とピザが安いという学生達の味方の日でもあります。もちろん、おばさんもOKですけれど。
 そしてその日の夕方、連れていってもらえないと残念そうに首を垂れて上目遣いに見るパールちゃんを家に留守番させて、未来と空がそこへ行くことにしました。未来が頼んで、ラッキーは映画館の屋上に待機してもらうことにしました。目立たないようにフェアフィルードの公園の端で集合です。また、上空を飛ぶのです。ラッキーはいつものように風を送るべく、ベンチの上でスタンバイしています。
「少し慣れてきたとはいえ、この曇り空の夕闇の中、大丈夫なの? 雨でも降ったら墜落しない? それに、傘の柄をふたりで持って重いでしょう」
 ラッキーはベンチの上で一度飛び跳ねてみせました。それからその黒い羽をブルブルと震わせて整え、準備体操のようです。
「それがすごいエネルギーが吹き込まれているので落ちないのよ。大分、練習を積んだので全然問題は無い。でも、まだ近場しか飛ぶことはできない」そして、またラッキーは両羽を広げました。「行くよ、では強い風を送る」
「お袋と飛ぶのなんか、嫌だよ。おもしろいから体験してみたいとは言ったけれど、本当に大丈夫なの?」空は弱気です。
「まっ、大丈夫というのだから大丈夫なのでしょう。とにかく隣町だから飛距離は5分もすればつくわよ」と、ふたりの会話が終わる前に、もう例の学長の黒い傘は半分パッと開いて、くるくると回りだしていました。未来がその傘を右手で取ります。
「ほら、じゃ、この傘の柄を持って」
 空が取っ手よりも上の柄の所を握りました。
「傾くと危ないから、あまり力を入れないでね」                               
 でも、黒い傘はラッキーの羽ばたく風をいっぱいに受けてさーっと浮かんだのですが、ふたり一緒に運ぶのでいつもと違う形になりました。ちょっと右に横向きです。インダラーピーはそちらの方角ですが、未来の左手は空の肩に置きました。心配をすることもなくやはり傘の下はバリアに包まれて、正確には斜めに包まれ、とにかく軽く傘にタッチしているだけでも問題はないようです。不思議なバリアです。
 未来と空の後から飛んだラッキーですが、さすがジェット機ヤシオウムです。先に着いていました。まだ雨は降っていないので、着地は簡単にできました。映画館エルドラドの屋上です。その右端に鳩小屋が並んでありました。1匹のレンジャクバトがこちらに向って歩いてきます。尖がった頭の冠羽を揺らしながら胸を張っています。
「ポー、こんにちわ。これは昔々、ここのオーナーが趣味で作っていた鳩の家、小屋です。一度は取り崩されたこともありましたが、今は何とか新しい小屋となって管理されています。本当は私達は足に番号を付けています。ここの団地の鳩という意味です。でも、最近は番号をつけていない鳩や鳥達が来ます。何だか追われているようです」と、レンジャクバトは一息に話しました。その先を話します。「ここの建物は150年前に、ここを開拓した時に作られたそうです。私達の先祖は伝書鳩としてこの建物の屋上で大切にされていました。ここはその昔、ゴールドラッシュの時代に内陸の山から採掘された金や鉱石を一時保管されていた場所でもありました。また、それらで働く人達の憩いのバーや娯楽施設もありました。そして、ここからそれらの連絡を取る手段として私達の先祖は活躍していたのです。その時代を過ぎて、ここはその後は当時の面影を残す小さなカフェと隣は映画館となったのです。ここ10年は私達も伝書鳩の仕事もなく、以前のオーナーがいなくなってからは、ただそのまま残されて平和な日々を送って来ました。ところが最近、そう5年前にも一度、事件がありました。とにかく物騒で、仲間が何十匹も殺されてしまいます。それを調べて欲しいのです。分かっているのは、仲間の中で伝書鳩の仕事を無理やり遣らされている者がいたということです」
 近くのフェンスや屋上から顔を出して下を覗いたり、鳩小屋の方にいったりとラッキーは下調べに余念がありません。とにかく、未来も映画館の内部を探ってみることにしました。未来達は他の人には分からないように、傘を使って屋上から下の地面へ建物の裏から降りました。表の通りに玄関を目指して歩きます。それは開拓時代を物語り、古い石畳でした。
「これは、情緒あるじゃん。いつも車でくる時も、あのアーチ型の大きな橋を渡るとインダラーピーという感じなんだよね。インドのお金はルピーだっけ。行った事はないけれど、イメージがインダス川越えのインディアみたい。あのくるくると川沿いを回って橋に向う道も異国情緒だよ」空が言います。
(何言ってるの。私達だって異国で暮らしているのよ)心の中で呟きました。               
 なる程この階段を登り、今時では? という昔風な装飾の重くて厚い扉を押し開けると、町のノスタルジックな映画館の玄関になります。こんなローカル映画館は古い映画をやっていることが多いのですが、今夜は学生を意識してか、イギリスのミステリーファンタジーで比較的新しい作品でした。 これは、未来も空もOKであり、楽しみです。おっと、映画を見にきたのが目的ではありませんでした。とにかく、壁の向こう、廊下の端、トイレの裏とチェックをしなければなりません。未来は、ひとまずまだ映画は始まる前なので、うろうろとしてみる事にしました。 
 何も怪しい所は見当たりません。未来と空は、ドリンクとお決まりのポップコーンを買って中に入ってみます。怪しそうな人もいなさそうです。どこかに何かの秘密でもあるのでしょうか?                                               
 今日はサービスデーということもあり、そこそこ人は入っています。若いカップルもいるので、空は母親と隣は嫌がり1つ前の階段側席に座りました。少し後ろの方の席からふたりで色々と見回してみます。そのうちに映画は始まってしまい、ふたりとも大変に楽しく鑑賞しました。
 そして出口に向う時です。ローカルの映画館なので、次の上映までには少し時間がありました。確か、今日はオールナイトではないと思いますが、遅くまではやっているはずです。次の上映までは間があるというのに、入り口から急いで入ってくる男の人を未来が見かけました。彼は、普通の地味なグレースーツを着た40歳位の会社員風に見受けられました。でも、未来はちょっとこの男の来た時間と、服装が不自然な気がしました。
 こちらの国の人達は仕事帰りに遊ぶというよりも、一度帰ってラフな服装に着替えてまた繁華街に出てくるという人が多いのです。そして、時間的にもそれが十分できるほど、また中途半端な感じでした。夜、9時半を回る所です。次の上映は10時20分です。待ち合わせなら、外には、気が利いたたくさんのカフェやバーがあるはずです。
 未来は振り返りその様子を目で追いました。トイレの方向に行くので、きっと用を足すのに急いだのかしらと思いました。他の人はもうほとんど出口に出ていて、未来と空だけが小さなロビーに残っていました。そして男の行くその先を見てしまいました。トイレに行くと見せかけて、そのすぐ横のドアを開けたように見えたのです。空が走ってチェックをしにいきました。
「非常階段に続いているドアだけど、どうして誰も見ていないのかな。それともここの関係者なのかもしれない」と、空が言います。
 未来はロビーの反対側でトイレからは死角になっている券売と売店のカウンターに行って、「トイレの隣から非常階段を使うような人を見かけましたが、ここのスタッフとか関係の方ですか?」と聞いてみました。
 カウンターにはスタッフが2人しかいません。お客が出た後も色々と仕事に追われ忙しいので、怪訝そうな顔で早口に答えました。また今日は、サービスデーのいつもより忙しい日でもあります。
「今日は、仕事をしているのはここのふたりだけで、後はガードマンが外と中に、それからもしかしたらオーナー、幹部の方とかも考えられます。基本的にはお掃除は今ではありませんがそういう人も出入りするので。でも入り口前でガードマンがセキュリティーチェックをしていますから大丈夫と思います」 まるで、問題はないという言い方です。余計に気になります。そう、外のガードマンが怪しいということです。
 早速、屋上にいるであろうラッキーに報告にと考えて、エルドラドの裏の路地にふたりで回り未来が黒い傘を振ってみましたが駄目です。風が無いので傘は作動してくれません。「困ったね。まだ、どうやって自分で飛ぶのかを正しく教わっていなかった」未来はまだ傘を振っています。
「よく人のことを、注意が足りないとか色々と言ってくれるけど、お袋も抜けてるねぇ」
(言われてるよ)さて、中に入ることができればあの階段を使うしかありません。そして入り口のガードマンには忘れ物をしたと言って、未来と空はまた映画館の中へと入ることに成功しました。もちろん、未来はサングラスを掛けている黒メガネのガードマンの顔もちゃんとチェックをしておきました。未来と空はトイレに行くような振りをして非常階段の扉の方向に行きます。                                            
 その鉄の扉を開けて非常階段を屋上に向かい上りました。屋根裏部屋なのか不自然な扉もありましたが、鍵が掛かっています。4階は屋上です。ドアを開ければラッキーもレンジャクバト達もいるはずです。未来がドアを開けます。あれま、さっきのスーツを着た男の人が立っていました。後ろからでは薄暗いのでその風貌はよく分かりませんが、あまり印象も強くない普通の会社員風の感じで肌は浅黒く、インドというより何というべきか......もっとエキゾチックオリエンタルな感じを醸し出していました。その黒い髪は、直毛できちんと整髪料でオールバックに固められています。そのスーツ姿は、映画の中に出てくる大俳優ミスターラッセル(クロウ)のようで、カッコよくて似合っていました。                                      
 夜遅くになるにつれて、お天気は良くなってきていつの間にか綺麗な満月に近い月が出ています。正面の月明かりの中、外の下からの街灯にも照らされたそのスーツの一見紳士風な悪党は、レンジャクバトの一匹を鷲づかみにして何やらその背中にくくり付けています。
「おい、いつも通りに運ぶんだぞ。いいか、すぐに届けて戻って来い。今日はこれだけだが、ちゃんとしないと明日は3匹にしてお前の子供にも付けて飛ばすぞ」
 残された子供は、人質(鳥質)です。レンジャクバトは「ククククーグー」と苦しそうに鳴きました。背中が重そうです。
「あの、それって伝書鳩に使ってるの? どこへ運ばせるの? 何か嫌がってるみたい。かわいそうでしょ」と、そいつの後ろから思わず早口で未来が言ってしまいました。ちょっと怖いかしらと未来は思いましたが、意外にも振り向いたその悪党は強面ではなく、紳士風で静かに言いました。
「いやいや。これは見苦しい所を見られました。失礼。今はインターネットやスマホなどは安全なようですがスキミングされてしまう危険性があるので、クラシカルな方法の方が良いときもあるのです。映画の評判とか売り上げ状況ですよ。企業秘密のようで、大したことのないものですがね。ここの鳩は皆優秀で、大体失敗が無い。途中で何かあるとしても、仲間同士の協力性がすごくて大抵100%無事に届きます。今まで失敗がないんですよ」
「おい、ちょっと待った。嘘つきめ! お前らは私らの子供や仲間を人質、いや鳩質を捕って私らに無理に伝書鳩の仕事をさせている。私らの先祖は素晴らしい技術を持っていたが今、こんな汚い仕事を無理強いさせられていると知ったらきっと、皆悲しむだろう。止めろ」
 やって来たのは、先ほどのチーフのレンジャクバトのようです。きっと、ラッキーもそして皆がいるので、レンジャクバトはこの時とばかりに言っているのです。ラッキーが何とかするはずです。レンジャクバトがその悪党紳士を口ばしで激しく突きました。
「何だと、歯向かうのか! 餌もいいものをやっているのに。お前は見せしめの為にぶっ殺してやる」と、その悪党紳士は掴んでいたレンジャクバトを放して、チーフレンジャクバトに向っていきます。ああ、早く現れてよ。未来は心で祈りました。
「何してるんだ。しょうがないな。この俺様が立ち向かうか。武器がないけど」    
 空の武器は、あの例のワナリー1話のイルブイォ・デモーネ閣下と戦った時は、お鍋のフタに縄跳びの縄、コショウと殺虫剤に傘やバスケットボールを用意したような? とにかく、手元にあったこの空飛ぶ傘を未来は空に渡しました。
「そうだ、傘だ。空からの攻撃だ。覚悟しろ」空が、身構えました。  
「風、風、どうしよう?」と未来が思ったとき、ラッキーがどこからか飛んで来ました。 
 何と、その羽ばたきの羽の風があたり、空の右手にあった黒い傘は少し離れていきなりくるくると回りだしたと思うと、パッと開き空の右手に握られ空を上空へと上げてしまいました。
「ウワー、怖いけどやらなくちゃ。よし、行くぞ。ドッコイ」
 それって、ラッキーの台詞でしょう。(えっ、先輩の私でも操縦は無理なのに、それを操れるのかい?)と、内心未来も心配です。その悪党紳士もびっくりして目を丸くしています。それと同時に、その後ろの鳩小屋から次々とレンジャクバトはじめ他の鳥達も加担して、たくさんの鳥が空飛ぶ黒い傘の空と共に悪党紳士に向っていきました。いつの間にやら下から駆けつけてきた黒メガネガードマンも一緒です。そして、着地と共に空から腹に蹴りを入れられて尻餅をついた悪党紳士に鳥達が突きまくりました。間髪いれずに隣に立っていた黒メガネガードマンも、たくさんの応援に現れた黒カラス達に突かれていました。悪党紳士と仲間の黒メガネガードマンは「痛い、痛い」と言って屋上のフェンスの端まで追いやられて追い詰められ、フェンスに登り、落ちそうになっています。
 そこでラッキーが、飛んできてフェンスを思いっきり揺らしました。悪党紳士はフェンスの上まで上っていたので、手を放したら外へと落ちるという恰好になってしまいました。黒メガネガードマンはフェンスから下りて逃げようとしたので、空が傘を使って構えて剣道のポーズをとりましたが、それより早くラッキーがジャンプして後ろから蹴飛ばしました。不意を突かれて転び、頭を打って一瞬気絶してしまいました。その体を動かさないというばかりに、すごい数の鳥達が下りて止まっています。少しでも動いたらまた突くという寸法のようです。 
 どんな悪い人でもその魂を救うという天使の使い、そのラッキーのはずなのに、ラッキーが今度は悪党紳士をまさに下へ突き落とそうとします。その瞬間に、すばやくそれは準備されていました。あの久し振りに見る魂の風船球の術です。今度はどんな風船玉の効力なのでしょう。その大きな風船玉は、半分が黒っぽい灰色、半分が透明に近い淡いオレンジ色でした。
「おい、お前は色々な所で現金、宝石などを仲間と盗み荒稼ぎをしては遠くへとんずらしているな。ほとぼりが冷めてはまたやってくる。窃盗団の一味だな。この辺は両替所や、宝石店が多い。大手ではなく個人経営も多くて足がつき難い。おまけにこんな古い建物や路地裏や倉庫、そしてこんな伝書鳩の伝統を持つという利用する付加価値も多いからいい様にしている。反省して、泥棒はやめろ。いいか、その心が変わらない限りあの世へ行ってもお前達の魂は黒いま、ま、だ。暗黒だぞ。いいことは無い。さて、このまま落ちて暗黒の魂でいくか? それともオレンジの温かい魂でもう一度遣り直して生きるか......どうするかな?」
 未来がこのラッキーの強い口調を、悪党紳士達に通訳して伝えます。
「助けてくれ、落ちたくはない。助けてくれよ」悪党紳士は、顔が真っ青になっています。
「では、警察に自首するな。そしてもう、この鳩君達にも他の動物にもこんな扱いはしない。生きているものは大切に、そして尊重していかねばならない。共存共栄だ」               
 その悪党紳士は目を白黒とさせながら、「分かった。誓う。約束する。警察にも行く」そう言いました。
「もし、また、それを忘れて泥棒に戻ったらどうするの?」                          
 未来の問いに、ラッキーが答えます。
「また、見つけて風船玉を投げつけるだけだ」 
「ヘエエ―ィ」今にも落ちそうで、早く助けてくれとそいつは訴えていました。            
レンジャクバトのチーフさんが言います。                                                      
「私達はこの伝統で引き継いできた伝書鳩の技術を、忘れたくはありません。でもこんな形で使っては悲しくなり辛いだけです。今は毎日を平凡に過ごし、些細なことに楽しいとか嬉しいとかこの家に戻ってきて感じることが本当に幸福なのです。階下から夕方毎日のように香ってくるポップコーンの匂い、そしてその2つお隣のビルから匂うハンバーガーショップのフライドポテトの匂い、そんなことを感じながら今日も無事に過ごした、そんな家族や仲間と共にいるこの生活が何よりの幸せです。それを壊さないで下さい」
 ラッキーの側に、いつの間にやらあのターキー一家のタキオと息子の一匹が来ていました。ターキーは飛べませんから、階段を登ってきたのでしょう。皆、頷いています。そして、ヤシオウムのラッキーが空中から投げた風船玉はオレンジ色になりました。
「分かったか? 我々の些細な幸福を奪うんじゃないぞ。ドッコイだ」               
 その悪党紳士はオレンジ色の風船玉のバリアの中に包まれてゆっくりと地面へ下りていきました。今度は魂を上に上げるのではなく下へ下ろしましたか? バリエーションが豊かになって来ました。
「ところで、その伝書鳩はどこへ持っていくつもりだったんだろう? なにを命令されていたの?」
 空が疑問に思ったことを口にしました。
「あいつ等は窃盗団のグループで常習のプロだから、盗む場所は幾つか調べている。ここは先程も言ったが、インダラーピーは昔から窃盗では遣りやすい所だったらしい。当然、ここの伝書鳩達の素晴らしい技術も知っていた。そして、最近は盗聴などやスキミングも巧みになったので彼らの情報や連絡が漏れるのを恐れた。ここで盗みをし、その連絡のやり取りで、町に泊まっているモーテルの仲間に向けて鳩君を飛ばしていたのだろう。昔と違うのは鳩君にはほら、あのUSBとか何とかいうものがくくり付けられていた。パスワードが無ければ中は開かない。そういうことだ。そしてひと稼ぎすると空港から他の土地へと行く。それにしても、ここで犠牲になった鳩君達がかわいそうだったな」   
 ラッキーがタキオと顔を合わしました。タキオは、先輩のラッキーから教わっていた、あの凶暴だった頃のイルブイォ・デモーネ閣下を、やさしい性格に変わらせてしまったゴールドの風船球を特別に作り、倒れているガードマンに投げました。そのゴールドの風船球は口を開けて倒れているガードマンの中にすっと入ってしまいました。                  
 起きたら驚くよ。やれやれ、その逞しい風貌でおねえ様風言葉を話すようになってしまいますから、きっと性格もお優しくなることでしょう。
 その夜の闇の中、月明かりが弱まったその瞬間にたくさんの流星群が光っていました。星が落ちるとはこういうことかとあまりの綺麗さに未来達も驚いています。空はまだ傘を握り締めていました。
この流星達はきっと犠牲になったり、事件や事故にあった鳩さんや鳥達の魂だと未来には感じられました。パールが待っています。では、皆で帰りましょうか。

片足と片目の無い猫

 ダドリーストリートをフェアフィールドの駅と反対に、上のバス停に向かい坂を上ると、国道に出る1つ手前を曲がる所に、小さな美容院があります。
 お隣のアパートの建物の塀と美容院の狭い間の隙間に、その猫は居ました。溝のどぶに浸かって出たようなそんな毛色のボディーなので、そのまま動かないとゴミの山のようにも見えます。いいえ、そういう汚い色の茶と黒とベージュの3種がぶちぶちに混ざったような毛並みは、日本では通称サビ猫、またはべっ甲柄の猫と呼ばれています。こちらではトートイシェルといいます。 
 ウサギにもそんな種類がいます。かわいい姿で、野山を駆けている様子が浮かびます。その猫は、その右目が潰れていて左の前足は半分しかありませんでした。それらがどれ位以前に失ったのか、分かりません。それでもその猫は結構活動的なので、傷の直り具合の推測からは、大分昔なのでしょう。その昔に交通事故にでも遭ったのでしょうか。
 この頃の毎日のお散歩では、未来とパールが気になっている場所です。美容院で働いている猫好きのお姉ちゃん達が、面倒を見ているようですが、野良猫なので警戒心がものすごくて誰も近寄ることはできません。お店の横のその路地の入り口に、いつもお水と、キャットフードが置いてありました。 空はここの美容院にヘアーカットをしてもらいに行く時があります。空も猫を気にしていました。髪の毛をやってもらう時に、尋ねたこともあります。
「あれさ、何とか捕まえて去勢と予防注射や健康診断した方がよくない? あれだけリスクを背負っていると、これからも大変だと思うし。今後が心配だよ」
 外の世界では、皆動物たちは自然の中で逞しく暮らしていますが、犬とか猫など人と共に暮らしている動物は、少し違うように思います。人のケアが必要です。第一、ここでは完全な野良というのは少ないのです。そして皆人間に馴れているので、完全野良の日本猫のように、こんなに警戒心を剥き出しにするのはめずらしいことです。余程、怖い目に遭った記憶があるのでしょう。事故により切断された前足は、自然に、そう自分で舐めて舐めて治したのか、それとも親切な誰かがVET(病院)に連れていき治療されたのかは分かりません。どちらにせよ、とても恐怖に慄いたことでしょう。
「一度ね、3人がかりで捕まえようとしたの。洗濯ネットで被せてVETに連れていこうと思って」
 美容院のお姉ちゃん達も空達と同じ思いです。
「でも、超無理。全く2メートル範囲内にも近づくことはできず、これ以上にストレスを与える方がよくないということになり、そのままただ見守るようになっちゃって。目の調子も悪いみたいだし。お腹の寄生虫はここでキャットフードを食べているから、それにもお薬を入れているので大丈夫と思うんだけれど」
 お姉ちゃんの足元で、別の遊びにきた猫が「ミヤー」と言いました。こいつは、しましま茶色のトラ猫です。シルビィーと呼んでいますが雄猫です。シルベスターというのが正しい名前ですが、大俳優さんから付けたというわけではありません。シルビィーはずい分立派なお歳になっています。実際はよく分からないのですが、シルビィーがこの美容院の外に住みついてかれこれもう、5、6年は経ちます。この2年前位から警戒心も取れたようで、時折お客様のいないときや、閉店を見計らい美容院の中に入って来て、ずうずうしくもご飯をねだるようになりました。ちょっと寒い時は入り口近くのカウンターの下や、テーブルの下で丸くなっているときもあります。
「おい、シルビィー、お前が面倒を見ろよ。野良猫にも野良猫のルールっていうものがあるだろう。お前が自分の餌を分けてあげてるんだから」
空が話しかけます。
「そうなのよ。それがね、どうやらあのサビ猫にちゃんと残してあげているの。だから、キャットフードを倍買ってきて、あげてるのよ」
 皆、やさしいここでの仲間です。助け合いです。お姉ちゃん達も、単調な仕事をこなす中で、猫ちゃん達に癒されているのです。でも、皆の心配がありました。何度かお姉ちゃん達とオーナーの叔母さんも空も加わり、このさび猫を何とかしようと努力したのですが、VETに連れていくことはできませんでした。その心配は数ヵ月後に的中しました。 その後、サビ猫ちゃんはル・スリーと名前がついたのですが、どうやらお腹が大きくなりだしたのです。ル・スリーとはフランス語でほほえみという意味だそうです。とても笑うような、ほほえむような感じの猫ではなかったので、そう付けたのです。それは、楽しそうにしてほしいという皆の願いがありました。いつも何かに警戒してびくびくとしています。物陰に身を潜め、暗い所から光るイエローの目は何かに怒っているようです。無理もありません。その片目と左前足を失くしたときは、とても痛くて辛かったに違いありません。ところが、お母さんになってしまった。父猫は誰かという話しで盛り上がりましたが、想像通り、それがシルベスターだったようなのです。
 そしてまた数ヵ月後、子猫が産まれました。どこで、どうスリーが自分で産んだのかは誰も知りませんでした。彼女はしばらくその路地にいなかったように思いましたが、自分で子猫を銜えて戻ってきたのかまた細い路地の隙間に陣取りました。そこには、美容院のお姉ちゃんが用意してあった丈夫な段ボール箱でできた小さなハウスが置かれました。上には雨が降っても大丈夫なようにビニールカバーがかけてあります。ここの人達は大丈夫。ひとまず、ここを利用させてもらおう。そうスリーは考えたと思います。第一、お父さんはシルビィーです。そのご飯を分けていただくのは当然です。
 そして、忙しい美容院のお姉ちゃん達も大変なので、未来もパールと共にそこへ立ち寄るときは子猫用のキャットフードを持っていくことにしました。スリーは母親になって必死に子育てに専念しているようでした。子猫は3匹です。真っ黒な子に、茶と白の2色が丸くブチ模様になっている子に、もう1匹は少し濃い茶と白のトラ猫でした。それはとても可愛らしくて、1匹もお母さんと同じサビ猫ちゃんカラーはありませんでした。
 仮に片目と片足があったとしても器量よしとはいえないスリーから、こんなに可愛い赤ちゃんが産まれるとはと皆が驚き、美容院のお客さんも見にきたりするようになりました。でも、相変わらずスリーが低姿勢からうなり声をあげて、子猫の前へ立ちふさがり子猫をダンボールハウスに隠してしまうのでなかなか見るチャンスがありません。絶好のチャンスの時間はシルビィーがご飯を催促にくる夕方、美容院が閉店してシルビィーが食事をした後です。 
 シルビィーが退散して、その残した餌にスリーが、警戒しながら低い姿勢で近づいてきます。最近では、お姉ちゃん達が見計らってその前に、未来にもらった子猫用のキャットフードなどをまぜて2つお皿を多く置くのです。そこに現れたスリーが、まず自分で食べます。それからその後ろからおずおずとやってくる3匹の子猫達に場所を開けます。皆で仲良く食べ始めます。お母さんのスリーは途中からは見張り役で周りを伺い、偶然近くに降りてきた鳩など見かけようものなら「シャーッ」と背中の毛を逆立てます。それでも、それらの子猫を遠くから眺めるのは、猫好きの方なら楽しみのようです。
 ところが、ある日のこと、未来が朝の散歩でダドリーストリートを歩いていたときでした。美容院のお姉ちゃんに会いました。お姉ちゃんは未来を見かけると、すぐに走ってきて言いました。
「あのね。今朝、近くの方が教えて下さって裏のアパートの駐車場に行ったら、子猫のうちの1匹が死んでいたの。もう、ショックで」
 それは、トラ猫ちゃんでした。シルビィーに似ている子です。お姉ちゃんは目が赤くなっていました。悲しくて泣いていたのでしょう。
「それが、車に間違って当たったのかどうか分からないんだけれど、目も飛び出て口からも血を出していて即死のようだった。取りあえず、オーナーが仕方がないので、電話して保健所に引き取ってもらうようにしたの。報告します」
「自然というのは、大変なことね。もしかしたら、3匹全部が生き残るのは難しいかもとは思ってはいたけれど。皆さんが応援していたからうまく生きていって、そのうち自分の場所を探してほしいとは願ってたんだけれどね」                             
 猫は育つと、それぞれが自立してそこを離れていくようです。未来も悲しくなりました。
 未来は、その昔に田舎に住んでいた自分の家の庭で、一緒に子育てをしたサンバードのプクリを思い出しました。外の世界へ巣立ちしてすぐに終わってしまったプクリの人生。同じ兄弟で産まれたマリは、2回以上結婚をして子育てをしているのに、運命はこの世に生まれたときから決まっているのでしょうか? 定命なのですか? ラッキーに上へ聞いてもらいたいと思います。
「可哀相だけれど、もう仕方が無いね。お花を持って後で置いておくね」
 そう言いながら、未来はラッキーに話してその子猫の魂を助けてもらうことにしました。パールは大好きな猫ちゃん、ファンシー教会に住む看護士のピピちゃんを思い出したようで、その方向を見つめています。
「もう、ファンシー教会の病院へ連れていっても駄目なんだよ。ピピちゃんでも助けられないの」
 パールは首を両方に、何度も何度も傾げる様に振りました。
 絶対秘密の儀式は他の誰にも見られるわけにはいきません。といってももう未来の家族、空とパールと他のラッキーと関わるワナリーの仲間は、皆知っています。でも、美容院の人達に知られるわけにはいかないので、その日の夜遅くの12時過ぎに、ラッキーが屋根の上にバンクシアの実を落とす合図で未来も家を出るということになりました。              
 パールだけでは番犬にもならないので、特別に近くのお友達のシュンバというグレートデンの大型ワンちゃんに同行してもらいます。シュンバはいつもその家の庭で駆けずり回っています。通行人に吠えることもあるのでその庭の端のゲートには、内側からはロックされていました。知っている人達には吠えないので、番犬としても利口な犬です。未来は、伝達屋の3馬鹿からすのキリに頼んで根回しをしておきました。通訳の通訳を通して、事情はシュンバに伝わっていました。
 未来がそのゲートの内側に手を回して、ロックを外しそっとシュンバを出しました。家の人にはちょっと内緒です。難しい鍵はしてないので、ロックが外れてしまっている時などはシュンバは時折脱走します。でも、すぐに戻ってくるので、家の人も驚かないのです。さて、シュンバも一緒に付いてくるので心強いかぎりです。
 それは、いつもよりもずっと厳かに行われました。まず、ラッキーが駐車場に到着すると、夜の闇にまぎれて3馬鹿からすもやってきました。近くの電線に止まっています。  
 未来と空、パール、シュンバ達は、駐車場の入り口近くで、未来が中を見守り、他は外を見張っていました。近くに住む看護士の猫のピピやらモンティーも来ています。 
 肝心のここで死んじゃったトラ猫のお母さんはいません。警戒しているのでしょうか?きっと他の子猫達と隠れて何所かで見ているはずです。
 未来達が置いた可愛らしい小さなデイジーのブーケとお水を入れた猫ちゃんのお皿、そして横にキャットフードが少し置かれています。デイジーの花言葉は「無邪気」、もう少し無邪気に天真爛漫に生きてもらいたかったと未来は思いました。
 始まりました。ターキーだったころよりも格好良くなったラッキー・ベンジャミン・ミカエルはまずその艶々の右手(右羽)でリーゼントの冠羽をかき上げました。そして、「コホン」と咳払いをして、久し振りにトローチを口に運びました。喉を整えるようです。 懐かしい魂の風船球の術。そのボディーからそっとストローとチューブを出して、さっと息を入れて膨らまします。おっと、トローチが風船球に入ってしまいました。(まいったな!)という顔をしたラッキーですが、その風船球の中でトローチが宝石のように光って、透明のはずのオブラートの風船球が虹色に輝きだしました。
 久し振りに見ました。ワナリーの仲間達のⅠでターキーのタキオの最初の奥さんが亡くなってしまった時に見たのと同じです。今度は、子供を思う心ではなくお母さんを思う心です。いいえ、生きているお母さんだってその子供をもっと思っています。色々と入り混じって複雑な思いです。
 その子猫の亡骸はもう無いので、その地面にそっとそのフワフワ風船球をラッキーは置きました。そこには子猫の毛が少し残してありました。ラッキーの呪文のような弔いのお言葉が出て来ました。何やら分かりませんがラップのようにも聞こえます。ラッキーは夜空といっても駐車場の天井に向かい、両手(両羽)を広げて何やら踊りながらブツブツと言っています。まるで、ラップを歌いながらの盆踊りのようです。歩くのが苦手のヤシオウムのよちよち盆踊りです。
「恰好わりぃー。ターキーだった頃と変わってない」                          
 空が振り返って、笑っています。パールも歯を出して笑っているように首を傾げました。シュンバは、お座りで耳がぴくぴくとしています。鼻もぴくぴくとなりました。不可思議です。その子猫の魂の風船球は、一度その駐車場の横の塀にあたりました。それからゆっくりゆっくりとそこから外へ出て、澄みきった真夜中の大空、暗い宇宙彼方に向かい風に乗って上がっていきました。
「アブラカダブラ、ワナリーカダブラ、ワイワイナンダ、ワッショイカダブラ、ドッコイのドッコイ、、、、」
 未来にもパールにも、そのラッキーのお言葉はそんな風に、聞こえたのです。久し振りにすごく熱意が入っていました。
「終了した」ラッキーは疲れたようです。
 皆駐車場の外に出て、それぞれがその夜空を見上げていました。セレモニーは無事に終わりました。いろんな色が入り混じった黒いラッキーの羽の色のような暗い上空に、その宝石を散りばめたような美しい星達の中を、ひと際光り輝く虹色の風船球が泳いで上がっていきます。その中には溶けて消えかかりそうなダイヤモンドがポツンと見えました。(トローチかしら?) 我に返ったラッキーが振り返りました。
「何か、聞きたいことがあったのだっけ?」
「そうそう、ラッキー、貴方は天の使いだから尋ねたいの。皆、生きているものには定命というものがあるの? 貴方は分かるの?」
 唐突な未来の質問です。
「それは、いつも言っているが、私からは言えないし分からない。決まっているかもとは思うが、僕の上司、天のかみさまだって言わない。もっと上の上司、宇宙の大神様にでも接近しなくては無理だと思う。でも、自然界にはルールがある。ある物だけが増え続けるわけにもいかない。輪廻転生というのはある。そして、我々は動物で、人間とはちょっと違う。生きている魂は一緒でも、もっと厳しい現実は止むおえない。そこの、シュンバ、そいつは昨夜も小さいポッサムをやっちまった」
 そういえば、未来も思い出しました。シュンバの飼い主のナオミさんが言っていたことを......。
「こいつ、蛇でもトカゲでもみんな噛み殺しちゃうの。ネズミも増えなくてお陰で家の庭は助かりなんだけれどね。毒蜘蛛とか怖いから気をつけてねと言うんだけれどこの子は狩猟するのが好きみたい」
 矛盾してるとは、未来も思います。
「そうだ。猫だってハンターだから、そういう気質を持っている。また、それでなくてはこの世界に強く生きてはいくことはできない」
 ラッキーの目のやった先には、その駐車場の塀の向こう側から「ミィアー、ミュウー」と死んだ子猫のお母さん、スリーと子猫2匹の声がしました。パールに横からまじまじと見られているシュンバは、その大きな体を縮めるようにして両手で自分の目を覆っていました。
 そうだね、ピピだって、ファンシー教会で働きながらも、増えすぎた子ネズミを追いかけていたりとするのだから、助ける=ハンターする、矛盾しているけれど、これが自然界のルールということなのでしょう。人間が......自分がこの世界で一番だと思い、このルールをコントロールして正当化するのはいけません。

ターキーの赤ちゃん

 未来と空がホリデーでワナリーを留守にして、またこのダドリーストリートの家に帰ってきた日のことです。パールは未来の友人で、動物レスキューの仕事をしていて、自分の所もたくさんの犬や猫達がいるルイーズとラリーという夫婦の家に預けられていました。 
 そのパールも戻り、ワナリーでの夕方、久し振りの散歩に出ようとした時です。未来はそおーっと開けた玄関に、驚いて飛び跳ねたグレー色の毛もまだぽよぽよとしたターキーの小さな赤ちゃんと遭遇しました。たぶん留守中の間は、この子はいつも夜になると、ここに身を潜めていたようなのです。玄関先の横には瀬戸物でできた狸の置物があるので、その横に小さな赤ちゃんは座っていたようです。
「どうしたの? 親に見放されてしまったの?」                                 
 未来のそれには答えず、飛べないターキーですから、小さな可愛いお尻を振りながら、木目の廊下からその階段を駆け上がり、あわてて道路の向かいの家の方に逃げていきました。未来はこのベビーは可愛いけれど、ここで面倒見るわけにもいかないし、困ったものだと思いました。そんな夕方の光景は2週間ほど続きました。仕方がありません。できるだけ玄関をそっと開けますが出ないわけにもいかず、その度にそのベビーちゃんは、可愛いグレーのふわふわお尻を振りながら走って逃げていきました。                        
 未来達がお散歩から戻り、もう明日の朝まで玄関が開かないと悟ると、どうやらそこで朝まで過ごしている様子なのです。(狸の横で座って寝ているのかしら?)どうしてここにいるのか......ここに帰って来て、フェアリーフィールド公園でまだラッキーに会っていないので尋ねられません。
 そのベビーはまだ鳥語もままならぬ様です。未来には何も伝わりませんでした。このスペシャルピアスを付けたのが、久し振りだからかもしれません。でも、未来の家の屋根の夜中の運動会から推測すると、どうやらタキオは来ているはずなので、この子は天敵にも襲われずに大丈夫だと思いました。それで、この家の玄関先を安全な場所として選んだのでしょう。
 その昔、タキオが突然にいなくなってしまった先妻を捜してオタオタとしていたときに、ターキーだったラッキーが歩く後ろに、タキオの子供3匹を従えて面倒を見ていたときがありましたっけ。それに比べると、この兄弟もいなくて1匹だけのベビーちゃん、なかなか強い子のようで独立心も旺盛でした。結構上手に生きています。うまい具合に、周りを人も利用して快適ライフを確保しているようです。
 未来は、その昔生まれたときはこんな風だったかもとターキーのラッキーを想像してしまいます。最初の出会いの頃、ラッキーはもう大きかったけれど、家のバルコニーから見た裏の雑木林に住んでいました。皆のお邪魔にならないように、かといっていつもこちらのことを伺いながら、シャッ、シャッと落ち葉を掃除していました。駐車場の横のゴミ箱の茂みを覗き込み、いきなり開いた自動シャッターに驚き「クワッ!」と一声あげて一目散にダドリーストリートから家の屋根に駆け上り、そのまま2階から飛び込む格好になってしまう反対の庭方向に逃げていきました。
 そのベビーちゃんも飄々と登場するのですが、そのまだ赤くもなっていない顔を横にしてみたりして、その円らな目でこちらの目を見て伺っています。ひょうきんで面白い。何かユーモラスです。でも、本当は一人ぼっちで毎日を生きることに戦っているのです。そう、あの前回の子猫ちゃんの例もありますからね。でも、未来は何かこのひょうきんベビーちゃんは大丈夫という気がするのでした。何かに守られているようです。そして、それはその通りでした。見かける度に少しずつ顔も羽の色も変わっていくのですが、成長していくのに強い運を持っているようです。
 このターキーの日本名はヤブツカツクリというのが正しいのですが、思ったとおり我が家の裏に住みつきシャッ、シャッと自分の塚を作る練習をしています。まだベビーなのに頑張っています。最初はふわふわのグレーのひよこのような風貌が少し大きくなって、生意気に赤い顔と首の所が少しだけ黄色くなってきています。毎日の成長がちょっと楽しみです。ただ、このベビーちゃんにはお友達もいないようで孤独でした。本当、昔のラッキーを思い返すようです。
「昔のアイツみたいなアイツ? そうだね。それはそれで逞しくてちゃんと生きているのだから心配ないでしょう。でも何だか気にはなるよね」
 空も気に掛けていたようです。また群れが大好きなパールには信じられないみたいです。パールは「キューン」と鳴いてみせました。首を右に傾げます。
「他の仲間と触れ合うということを、初めから知らないのだから寂しいという感情もそうないのかもしれない」空が言います。
(それで、いいのかな?)未来も首を傾げてしまいました。だって、そいつは皆を遠くから観察しながらでも、結構楽しくのびのびと暮らしているように見受けられたのです。
 ある朝、今日は早起きをする曜日と決めているので、未来はバルコニーの方のカーテンを開けて窓に手を掛けました。何だか、広いバルコニーに誰かいます。猫か何かと思いながら、恐る恐る窓を開けると、何だ、お久し振りのヤシオウムのラッキーです。
 手摺をノソノソと歩きながら、ダンスを踊るような仕草で頭を下げて上下に振っています。突然、止まったかと思うと、犬みたいに前足で首を掻き、そのままご自慢の黒くて長いリーゼントヘアーを手入れしています。
「朝っぱらからなに? それにしても久し振り。元気だった?」
「おう、元気だが、隣町の隣町で忙しくしていたので本当に久し振りに戻った。ところで、タキオからも話を聞いているが超孤独のベビーちゃんがいるんだって。危なっかしいと心配しているらしい」
「そうそう、ここら辺にいつもうろうろとしていて、大分育っちゃって最近は赤い顔になってきてるよ」
 顔を出そうとするパールを手で引っ込めながら、未来は答えました。パールは吠えないので助かりますが、おせっかいな性格でラッキーを驚かしてしまいます。もっともラッキーはパールとも仲良しですが、時折パールの大好物がチキンであることが頭によぎるのです。パールも(おっと、いけない)と思いながらも、その鳥の匂いにうっとりとなってしまうことがありました。
「アイツは、まだ名前さえないのよ」
「アイツ! アイツだと、その昔、この私も未来にそう呼ばれて憤慨したものだ。全く。まっ、その子に何か名前をつけよう」
「そうね。何となく微笑ましくなるので、スマイル。ほら、ラッキースマイルっていうじゃない」
「アホ、何で僕の子供なのよ。私はクールなヤシオウムだ」
「あれま、もしかしたら昔のときの子かもよー」
「あるわけないだろう。ターキーのときの最近のラッキーは90歳過ぎの爺さんじゃ」
「ワハハハハー」
 未来の笑いは豪快です。未来に抱っこで、パールも真似して歯を剥き出して笑いました。
「とにかく、そのスマイル、ちょっと気をつけていてくれ。この所、蛇どもや毒蜘蛛も活動し始めている」
 そうラッキーは伝えて、バルコニー裏の緑いっぱいの雑木林に消えてしまいました。
 そしてそんなことのあった数日後に、事件は起こりました。
 その日も朝早く起きると決めていた日です。実はゴミ収集日なのです。大きなゴミ箱をごみ屋が回収したあとに、未来が自分の家のゴミ箱を早くガレージ前に仕舞う為です。                        
 その時に、小さく「ヘルプミー」と聞こえました。未来は耳を澄ませました。確かに、パサパサという音と微かに「ヘルプミー」と聞こえたと思います。どこだろうと、階下へ続く階段を下りていってみました。                               
 このダドリーストリートからは2階の未来の家から、1階は地下のようになります。でも1階のバルコニー側から雑木林を抜ければチェリーストリートです。階下の人は看護士さんなので、どうやら朝早くからお勤めで今日はいないようです。そこから塀をよじ登るように、雑木林の中を覗いてみます。(いた!)何と、スマイルが大きなカシの木の上の方で逆さまになっています。どうして飛べないはずの小さいターキーが、カシの木の枝からぶら下っているのか分かりません。おそらく、何かに追いかけられたかアクシデントで、いつにもない力を発揮してしまい高い木に登ってしまった。もしくは、この屋根を駆け上がり、そこから飛んでしまった。いずれにせよ、助けなければなりません。まだ、幼くて完全に赤くなっていないそのお顔が、真っ赤になってきています。未来もパールも無理。梯子を持ちだしても難しい場所です。とにかくラッキーを呼ぶしかありません。 
 近くにいるひょこひょこ鳥ことインディアン、マイナバードを見つけて、一生懸命にこの状況を伝えます(しまった!)今朝はゴミ回収のためだけに出たので、ピアスをまだ付けていませんでした。未来のテレパシー、それともパールからかもしれませんがとにかく鳥さんには伝わったようです。大急ぎで、どこかへ飛んでいきました。たぶん、フェアフィールド公園近くの電柱にいつも3馬鹿からすがいるので、そこから皆で手分けしてラッキーを捜してくるのでしょう。
 しかし以外にも早く、ラッキーが飛んで来ました。飛べないターキーの昔では、また3馬鹿からす達の背中のお世話にならなくてはなりませんでしたが、今度は超特急です。 
 遅れて代わりにタキオが、3馬鹿からすと一緒にやってきました。タキオは体の大きいキリにしっかりと摑まっています。
「グエッ、苦しい。苦しい。きつく摑まるな」
 キリが背中にタキオを乗せてフラフラと飛んできて、咲いていないジャカランダの木にやっと止まりました。 
 すでに、ラッキーが羽を羽ばたかせて空中に停止した状態であるホバリングで、慌てて逆さまのスマイルを背中に乗せていました。小さなスマイルでもヤシオウムには重いのです。
「よっしゃ! ドッコイ」そして次に、「おーい、私もヘルプミー」とククククーと鳴きました。
「受けた! ドッコイ」次々とピンが、そしてカラが助けに加担しました。
「俺は何をやっているんだ。重い方のターキーを乗せてるよ」                     
 キリも行こうとしましたが、タキオが下りないので駄目でした。ラッキーとピンとカラでスマイルをそっとカシの木の下に降ろしました。
「いやいや、これはまだ駄目だな。一人立ちにはまだ早い。それから他の者との調和とか、関係も学ぶ必要がある。そこでだ。タキオに来てもらったのは、子育てもベテランだからだ。とにかく、スマイルはお前さんの所にしばらく養子にして面倒をみて欲しい。しっかりと教育するのだよ。愛情を注いでな」
「そうね。スマイルはもっと色々と教えてもらった方がよいかも。ちゃんと大人になって今後が生きていけるように」
 未来の言葉に3馬鹿からすとパールも、全員が揃えて首を右に傾げました。
 子供好きのタキオは、また子供ができて嬉しい様子です。3番目の奥さんに見せにいくと言って、そのチェリーストリートに続く雑木林の中に向かい歩きだしました。自分の起こした騒ぎに悪びれるようすもなく、スマイルは振り返り、(ありがとう!)というようにひょうきんに頭を下げて、グレーのフワフワかわいいお尻をフリフリと振りながら、タキオの後を付いて行きました。
「あー! 疲れた。取りあえず、バイタミン、今日は大目によろしくね」               
 ラッキーはその円らな虹彩を放つ目で魅力的にウインクをしました。
「はいはい、それはビタミン=フルーツ盛り合わせたっぷりということですね。他の皆にもね」
その日の夕方、未来が作り空も手伝って、フルーツをたくさんフェアフィールド公園へ届けることとなりました。

(To be continued.......読んでくださり、ありがとうございました)

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ワナリーの仲間達番外編

私の祖父は、大正時代に翻訳家としては少しは売れた作家でした。富士見高校の校歌も残しています。自分の小説としては、世の中に出たものはあまりありませんでしたが、最近、古本屋さんから一つ、金沢四校時代の文集が見つかりました。その「二百十日」という小説の最後の文章が、「今日の太陽と共に其の幸福を汲み交わしていた。」というものでした。「ワナリーの仲間達」のカバー写真は、驚くべき、私の家の前の通りに出現した夕方の太陽と、宇宙からのメッセージのようなスマイルマーク(NASAがハッブル望遠鏡で映し出した銀河団の写真にそっくり!)です。奇跡的にこの瞬間だけに撮れたものです。
「ワナリーの仲間達」に携わってくださった皆様、動物達、全部に感謝します。皆様の魂が、幸福でありますように。

ワナリーの仲間達番外編

「この地球、この世界が、ちょっとおかしくなってきていると思いませんか? 人間の欲望はどこまで果てしないのでしょう」 周りに現れる動物達が、そう騒いでいます。この環境がおかしくなってきていると訴えています。「表を見ても、裏からは本物が見えたりする。魂は、本当のことを分かっている。自由は自分の魂の中にある。それでも『生きている』っていうことはこの瞬間に、大切なことなのだよ」 by ラッキー 「ワナリーの仲間達」の、番外編で、ボツになったお話です。皆様が平穏無事でありますように!

  • 小説
  • 中編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-12-24

Copyrighted
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  1.  「ララ・ランド・ゲストハウス」の仲間達
  2. 大工のジョージ
  3. 招かれざるお客様
  4. 絶望から希望へ
  5. キャトルドックのルーシー
  6. ヴィラマリン(アグネス・ララ・ランドへ行く途中......)
  7. インダラーピーという町 (ターキーからヤシオウムに生まれ変わった後!)
  8. 片足と片目の無い猫
  9. ターキーの赤ちゃん
  10. (To be continued.......読んでくださり、ありがとうございました)