騎士物語 第二話 ~悪者である為に~

RANPO

第一章 黒くて明るい商人

 プ……プロ……プル……
 名前を忘れたけど、時間使いの男との戦いから二週間が経った。オレの身体は完治し、今では普通に学生をやっている。
 月は七月で季節は夏。どこのどんな学校の生徒でも等しく楽しみな夏休みが近づく中、それと同時にやってくる試験という奴に大抵の生徒は追われていた。
 オレは何も知らない生徒なわけで、みんながやってきた数か月の勉強を一か月足らずで頭に叩き込む必要があった。騎士の学校なんだから、もちろんメインは実技なんだけど、それでも頭がアッパラパーじゃカッコ悪いだろーがと、先生は言う。
 なのでオレは、ベッドから抜け出た後はエリルとローゼルさんにみっちりと勉強を教わっていた。エリルの成績は言ってしまえば普通なそれなんだけど、魔法に関する科目だけはダントツの成績で、ローゼルさんはどの科目も平均を超え、平均を底上げしてしまう迷惑な成績だ。
 別に勉強は好きじゃないが、二人が先生になって教えてくれるとあっては頑張らないといけない。それに、今のオレには頑張る理由がある。ちゃんと勉強して、立派な騎士になる。守りたい人を守れるように。先生じゃないけど、守る相手に恥をかかせない為にもだ。


「んー……」
「んぐ……」
 昨日も夜まで勉強を教わり、そして日課となった朝の鍛錬を終え、学食で朝飯を食べ終えたオレとエリルは並んで鏡の前にいた。
 口の中に歯ブラシを突っ込みながら。
「ふぅ、スッキリした。何か挟まっていたのがとれたよ。」
「……朝から骨付き肉なんかにかじりつくからよ。」
 洗面所から出たオレとエリルはそれぞれのスペースに行き、それぞれの鞄に今日使う教科書とかを入れる。
 ローゼルさんがひいてくれたカーテンは、前にエリルが言ったように着替える時とか寝る時以外は開いている。
 一人の時間ってのは時として大切だって事はわかるけど、部屋にいつも誰かがいるっていうのは単純に嬉しいとオレは思う。寮での生活、二人一部屋ってのはいいもんだ。
「な、なによじろじろ見て……」
「いやぁ……なんか家族みたいで嬉しいなぁって。」
「か! 家族!?」
「一緒の部屋で暮らして、何するにも一緒――あ、お風呂とかは別としてな? 考えてみればフィリウスともそういう生活をしていたんだけどさ。こう、実際に一つの部屋でそれをやると……やっぱり嬉しいというかなんというか――エリル? まだ武器を装着するには早いんじゃないか?」
「なんであんたはそうなのよっ!」
 三日に一回くらいで、この部屋には炎が舞う。



 ロイドの真っ直ぐな――真っ直ぐ過ぎて恥ずかしい言動にはまだ慣れない。しかも、ロイドはあたしを大切な人だって――ち、違うわよ! 友達って意味よ! あのバカ的にはそういう意味合い……なのよ!
 ま、まぁ、ロイドのバカみたいなところは置いといて、実際、ロイドといると楽しいし充実する。
 しゃべるのが楽しい。
 一緒にご飯を食べるのが楽しい。
 体術を教えてもらう時も楽しい。
 あたしもあいつに色々教えるけど、あいつもあたしに色々教えてくれる。互いに高め合う……戦友とか同士とか……そんなモノなんじゃないかしら?
 そういえば最近、言動は真っ直ぐでバカだけど、頭の方はバカじゃないって事がわかった。
 ロイドには今、ローゼルと一緒に入学してから今までの勉強を教えてる。確かにロイドはなんにも知らないんだけど、それはただ知らないだけで、教えたらちゃんとモノにできる奴だった。
 ま、剣を回すなんてことを、いくら恩人から教わったモノでそれしかやる事がなかったからって言っても、それを七年間も続けてきた奴だから基本的に真面目なのは当たり前よね。

「学食でも言ったが、おはようエリルくん、ロイドくん。」
 教室。別に誰がどこに座るってのは決まってないんだけど、なんとなく全員に定位置があって、あたしとロイドは一番上の端っこ。ローゼルは一番前の席。
「わたしもこの辺に座りたいんだがな……クラス代表は何かと、教卓に近い方が都合良くてな。」
「? なんでこの辺に座りたいんだ?」
「先生からは離れたところに座りたい。これは誰でも思う事だろう?」
 授業が始まる前、授業と授業の合間の時間、朝昼晩の三食、大抵の時間を最近はあたしとロイドとローゼルの三人で過ごしてる。
 ローゼルの部屋の同居人もいい加減元気にならないとテストがまずいと思うんだけど、相変わらず具合が悪いみたい。何か重い病気なのか、でもそれならどうして病院に行かないのか……色々考えるけど、あんまり立ち入るのもアレな話だと思うからあたしは何も言わなかった。
「ほれほれ、今日も始めんぞ。」
 服装はビシッと決まってるのにだるそうな顔の先生が入って来る。あのあんな先生が実は根っからの教師って事をこの間知ったけど……あれは夢か何かだったんじゃないかって思えてきたわ。
「今日はお前らに嬉しいお知らせが二つある。」
 先生は、本人も少し嬉しそうにそう言った。
「そこそこの嬉しい話とかなり嬉しい話、どっちから聞きたい? サードニクス。」
「え、オレですか?」
 プロゴって男の襲撃があってから、先生は妙にロイドにからむようになった。最強って言われる《オウガスト》の剣術を使う生徒……それが相当嬉しいみたい。
「じゃあ、そこそこから。」
「明日、商人が学院に来る。」
「……え? それが嬉しいこ――」
「「「うおおおおっ!!」」」
 ロイドがぽかんとするのをよそに、クラスの……男の子たちがほえた。
「え、あれ? オレも叫ばなきゃダメ?」
 って、ロイドがあたしを見る。
「叫ばなくていいわよ。前に言ったでしょ……学院に来る商人は可愛い女の子だから男の子に人気あるって。」
「えぇ? あれってこんなになる程だったのか? すごいな……」
 ……やっぱりロイドも気になるのかしら……
「いつも通り、掲示板に商品のリスト貼っとくから興味ある奴は見ておけ。んじゃ次はかなり嬉しい方だが……」
 嬉しそうではあるんだけど、なんか急に真剣な顔になる先生。
「お前らも知っての通り、ざっと二週間前、この学院は襲撃を受けた。」
 それまでほえてた男の子たちはそれをやめて先生の方を見た。

 実際、あの襲撃は学院に衝撃――みたいなモノを与えた。この学院には学院長がいて、無数の罠がしかけられているし騎士もいる。騎士の学校っていうのはイメロを保管してたりするから悪い連中に狙われることがそこそこあるけど、セイリオス学院は大丈夫。そう思ってた大半の生徒がショックを受けた。

「学院中の時間を止めるなんていう大魔法を使ってくるなんてのは正直予想外だった。しかも単独でな……結果、この学院のセキュリティには……前々からわかってはいたんだが、第十二系統の時間に対する防御が薄いことが明白となった。」

 学院長は偉大な魔法使い。元騎士なんだけど、魔法の腕の方が有名過ぎて大抵魔法使いって呼ばれるし、魔法使いと言えば学院長ってくらいにすごい人。得意な系統が何なのかわからなくなるくらいに十二系統の内の十一個を極めてる。
 だけど……そう、どうしても十二個にはならない。第十二系統の時間は、それを得意とする者でないと使えないからだ。

「学院長が学院長になってから数十年経つが、その間侵入に成功した悪党はゼロ。それがいつの間にか慢心になっていたようだと、学院長自身が仰っていた。だから今回の事を受けて、学院長は第十二系統の使い手に頼んで時間に対する防御魔法をこの学院にかけてもらう事にした。」
「時間の使い手……それも学院長が頼むような人物となると、相当な方ではないですか?」
 ローゼルが優等生モードで先生に聞くと、そこでまた、先生は嬉しそうな顔になった。
「相当どころじゃない。一番の方が来るんだ。目的を考えると不謹慎だが、私にとってもお前らにとっても嬉しい事だ。」
 もったいぶりながら、先生はニヤリと笑ってこう言った。

「近々、《ディセンバ》が学院に来る事になった。」

 クラス中がざわついた。今度は女の子も含めて――もちろんあたしも。だけどあたしの隣に座ってる奴は反応がちょっと遅かった。
「えぇっと……《ディセンバ》は……十二騎士の呼び名の一つで……あ、そうだ。第十二系統の頂点に与えられる名前――え、十二騎士が来るのか!」
 ワンテンポ遅れてビックリするロイドを呆れて見てると、同じくそんなロイドに「やれやれ」って顔をした先生が続きを話す。
「《ディセンバ》はこの国出身の十二騎士だから大抵この国の王宮にいる。だから実のところすぐそこにいるんだが……それでも、十二騎士を呼べる学院長に改めて驚いておけ。」

「え? ていうかお姫様がいるからなんじゃ?」

 クラスの誰かがそう言うと、全員の目があたしを向いた。正直気持ちのいいモノじゃないんだけど、でもたぶん……あたしがいるからだ。
 そもそも、プロゴって男の狙いはあたしだったわけだし……
「いや、どうも違うみたいだ。」
「え?」
 先生がケロッとした顔でそう言うから、あたしはそう言った。
「聞いた話なんだが……確かに、学院長が上に掛け合った時、上の連中はクォーツ家の人間もいる事だからそこは確実にしたいなって感じの話をしたらしい。だが当の本人は別にそうでなくても頼まれれば魔法はかけるし、元々学院を訪ねる予定だったと言ったそうだ。クォーツではない、誰かに会いに行くとかなんとか。」
 そう話す先生は、チラリとロイドを見ていた。実は《オウガスト》だったフィリウス……さんに剣を教わったロイドなら、実は《ディセンバ》とも知り合いでしたって言われても納得できてしまう。
「まーとにかくだ。この学院には何人か時間使いもいるし、そもそもにして十二騎士ともなればまさに達人だ。模擬戦までやってくれるかはわからないが、参考になる事は多いはずだ。全員、そのつもりでな。」


 その日のお昼。すぐに行くから先に行っててと言ってふらっとどこかへ行ったロイドを、あたしとローゼルは席をとって待ってた。
「テスト前だというのに、イベント事が立て続けだな。」
「そうね……ま、片方はどうでもいいけど。」
「大抵妙な品揃えだからな。しかしそれでも売れていくのだから不思議だ。男子相手なら色仕掛けだとか言えるが、女子も買っていくからな。」
「……ねぇローゼル、あんた、さっきの《ディセンバ》の話どう思った?」
「……ロイドくんに会いに来るのでは……という事か? あり得ない話ではないから何とも言えないな。それに、七年も十二騎士と共に旅をしていたのだ……あれでロイドくん、実は有名な方々に顔が広いかもしれない。」
「……」
「なんだ? ロイドくんがとられてしまいそうで嫌か?」
「ば! バカじゃないの!」
 悪い顔でシシシと笑うローゼル。
「しかし真面目な話、そうだとしたらロイドくんの傍にいると得られるモノが随分多いという事になるな。十二騎士直伝の体術に加えて人脈までとなると、そろそろ頭が上がらない。」
 時々だけど、ローゼルも朝の鍛錬――ロイドの体術授業に参加してる。そのせいなのか、あたしもローゼルも、前より身体の動きが良くなったと授業で褒められたりした。
「……あいつはそういうの気にしないでしょうけどね。」
「……気にしないと言えば、ロイドくんは学院における自分の現状を理解しているのだろうか?」
「きっと気づいてないわよ……」

 本人は相変わらずなんだけど、プロゴの襲撃の前後でロイドに対する周りの目は変わった。
 先生の口から言われたわけじゃないけど、プロゴの狙いがあたしだったって事は学院の全員が知ってる。そして、時間が動き出したあの時に窓から庭を見ていた生徒たちから噂は広まった。

 お姫様を狙ってやって来た賊を、田舎者が追い払ったと。

 一体どうやって調べ上げたのか知らないけど、プロゴが全世界指名手配のA級犯罪者って事まで広まってた。
 というか、あいつがそこまでの奴だったって事をあたしたちもその噂で知った。先生に確認したら苦笑いしながらも頷いたから、これは事実。
 犯罪者や危険な魔法生物にはその強さや危険度からランクがふられる。Sが一番でそのあとA、B、Cと続く。A級の犯罪者ともなれば騎士で言えば上級騎士――セラームレベル。それを撃退したんだから、噂にもなる。
 それに加えて、六月っていう中途半端な時期に入学してきたって事や……あ、あたしとよく一緒にいたり、一年生の間じゃ有名な『水氷の女神』とも仲がいい。
 そんなこんなで、ロイドっていう田舎者の雰囲気丸出しの男の子は、実はすごい奴なんじゃないかって感じに噂が広がってる。
「秘密というわけでもないから、エリルくんとロイドくんが同じ部屋というのもそろそろ知れ渡るだろう。そうなるとさらに拍車がかかる。ロイドくんが心配だ。」
「何が心配なのよ。あいつはそういうのも気にしないわよ……」
「いや、わたしが気にしているのはロイドくんが他のお…………何でもない……」
「?」
「……君は余裕そうだな。だが油断していると足元をすくわれるぞ……」
「何の話よ……」
「何の話だ?」
 ふと横を見ると、ロイドがお盆を持って立ってた。
「なんかオレの名前が聞こえたけど……」
「い、いや、何でもないよ。どこに行ってたんだろうとな。」
「んー、ちょっと……」
 そう言ってロイドは――ローゼルの横に座った。
「……ロイドくん。」
「うん?」
「理由があればだが……今、席はエリルくんの左側とわたしの右側の二択だった。それでわたしのと、隣を選んだのは何故かな?」
 少し顔を赤くしながらそう聞くローゼルに何故かムッとすると同時に、あたしもそれが無性に気になった。
「? エリルの左に座るとオレの右手がエリルの髪に触れそうだからな。女の子の髪には許してもらえた時しか触らない方がいいってフィリウスが言ってたから……あれ、間違いだったか?」
 確かに、あたしは髪を後ろに伸ばしてて、一部をサイドテールにしてる。そしてそれは頭の左側にしてるから、あたしの左に座ると右利きのロイドの手はあたしの髪に――触れる。
「べ、別に触られても何とも思わない――わよ……」
「そっか。」
「そ、そうだぞ。わたしも気にしないからな。」
「そ、そっか。」
「で、あんたは何してたのよ。」
「うん……明日の商品のリストを見てた。」
 そう言ってロイドはノートの切れ端を見せてきた。
「あんた……掲示板に貼ってあったリスト、書き写してきたの?」
「ああ……正直、名前を見ても何のことかわかんないのが多かったから、あとで二人に教えてもらおうと……」
「ロイドくんは変にマメだな。」
「そうかな……」
 ロイドに見せてもらった、明日商人が持ってくる商品のリストを見るあたしとローゼルは、二人そろってやっぱり妙なラインナップな事にため息をついたんだけど――
「あ、でも一つだけわかったのがあった。これはオレも買おうかなって思ってる。」
「はぁ? どれよ。」
「これ。クリオス草。」
「クリオス草を買うのか? 余生を楽しむ老人が飲む健康茶の茶葉だぞ?」
「……あたしの紅茶じゃ満足できないってわけ……?」
 ちょっとドキドキしながらそう聞くと、ロイドはわけがわからないって顔をした。
「お茶? 何の話だ? それにエリルの紅茶は好きだぞ?」
 話がかみ合ってないのを互いに感じて、あたしはコホンと咳払いをする。
「クリオス草はお茶の葉の一つで、身体に良い成分が多いから健康にいいお茶として有名で……主に高齢者に人気のお茶……って、あたしとローゼルは思ってるんだけど。」
「オレは……クリオス草と言えば薬草の一種で、主に身体の中の悪い所に効果があって二日酔いとかに効くんだけど、使い方を工夫すれば切り傷とかにも効くから……一種の万能薬みたいなモノで旅人には必需品……って、思っている。」
「万能薬?」
 ローゼルが反応する。
「ああ。オレは今までそれぐらいの効果しか知らなかったんだけど、魔法を使った時の……あの疲労には効かないのかなと思って保健室の先生に聞いてみたら魔法による傷とか、魔力の暴走で受けた身体の中のダメージを治す効果もあるらしくて……そうなると本当に万能薬だから、買っといて損はないかなって……」
「それは本当か、ロイドくん!」
 ローゼルがロイドにせま――顔が近いわよ!
「う、うん。大きな街じゃ医者がいるからあんまり知られてないけど、さっき言ったみたいに旅をする人には必須な薬草で……良く知ってたねって感心されたよ……ローゼルさん、ち、近い……」
「あ――す、すまない……」
 顔を赤くしながらも、かなり真剣な顔でロイドが持ってきたリストを睨みつけるローゼル。
「……わたしも……買っておくかな。」
「い、いいと思うよ……言ってくれれば薬の形にしてあげるって保健室の先生も言っていたし。」
「そうか!」
 何故か嬉しそうなローゼル。
 今のローゼルが薬を必要とする……ローゼル自身に持病とかがあるって可能性を除けば、考えられるのはローゼルの同居人……もしかして、魔法による何かを受けちゃったのかしら……



 商人。何かを売る事でお金を得ている人たちの事。大きく分けると二種類あって、一つは首都とかの大きな街で店を構えるタイプ。もう一つは大きな街も含めてあっちこっちを転々として、馬車で旅をしながら商売するタイプ。
 オレとフィリウスには、あっち側からすればオレたちがお得意さんって事になるくらいによく会う商人がいた。別にオレたちと同じ方向に進んでいるわけじゃないのに、ある時は道の反対側から、ある時は曲がり角から、ある時は小さな村や町で、オレたちはその商人に出会った。
 その商人は女の子だった。何の会話の中だったか忘れたけど、オレと同じ年だという事がわかっている。そしてそれ以外は何も知らない。実のところ、顔も見た事がないのだ。
 その女の子はいつもフードを被ってマフラーを巻いていて、さらに長袖長ズボンの上に手袋までしているから目しか見えない。
 女の一人旅、しかも商人とあれば狙って来る賊も多い。だから少なくとも、パッと見は女に見えないようにしているのだと、その女の子は言っていた。それでも襲われたらどうするのだろうと心配に思ったりもしたんだけど、フィリウスが言うに、あの女の子は相当強いのだとか。
 立ち振る舞いが素人じゃないとかなんとか……
 そうだ、そうだった。フィリウスがそう言ったから、あの商人の場合は大丈夫なんだと思ったんだった。


「ふむ……これはまた、面白い剣じゃな。」
 その日の放課後。オレはエリルとローゼルさんとわかれて一人、校長先生――学院長の部屋に来ていた。オレがここに来て最初に入った部屋なんだけど、そうとわかるとこの部屋がより一層居づらいというか、敷居が高く感じる。
 今日は金髪のにーちゃんがいないから部屋にはオレと髭のじーさん――学院長だけ。オレは、フィリウスがくれた剣を見てもらいに来たのだった。
「最初見た時は気が付かなかったが、こうして手に取るとわかる。この剣が魔力を発している事をの。じゃがそれとて微弱なモノ……アドニス先生ならばともかく、やはりクォーツくんも相当なセンスの持ち主じゃな。」
 アドニス先生というのはつまりオレたちの先生の事だ。本当ならオレもそう呼びたいんだけど、なんでか先生は「先生」と呼べと言う。
「それで……結局この剣はなんなんですかね? マジックアイテムとかいうのとは違うんですよね?」
「うむ。似てはいるが根本的に異なるものじゃな。」
 学院長は剣を机の上に置いて、まるで授業をする先生のように(いや、たぶん元々そうだったんだろうけど)やんわり微笑んでオレを見る。
「マジックアイテムとは、言うなれば普通の物をマジックアイテムにする魔法をかけたモノの事じゃ。じゃがこの剣はそうではない。単純に魔法がかかっているだけじゃ。」
「魔法がかかってる?」
「二つの魔法がの。」
「え、二つもですか。」
「逆に、二つかかっているからこそまるでマジックアイテムのようになっているというべきじゃな。」
「はぁ……」
「一つは、ロイドくんも理解している通り、剣そのものに修復の力を、持ち主に外傷に対する治癒力を与えている魔法。そしてもう一つは、その魔法の効果を延長する魔法じゃ。」
「?」
 オレは、最近じゃ少なくなってきたチンプンカンプン感を感じていた。
「ロイドくん。魔法の原動力とは何かな?」
「……マナですか?」
「満点ではないな。正解は、魔力。我々がマナを取り込んで体内でそれを変換した形――魔力こそが魔法の原動力じゃ。決して、マナではない。」
「??」
「よいかな? 仮に一つの魔法をずっと発動させておきたいとする。ロイドくんで言えば――一つの風の渦をずっとそこに出現させておきたいというように。もしも魔法の原動力がマナだというのならば、その魔法に周囲のマナを吸収させるような魔法陣を組み込めば、その魔法は発動し続けるであろう。じゃが実際はマナではなく魔力……そう、どうしても人の手によるマナの魔力への変換が必要なのじゃ。故に、魔法を持続させるには誰かが魔力を供給し続けなければならない。」
「えっと……そうですね。」
「実を言うと、マナを魔力へ変換する魔法陣というのは存在しており、それを組み込めば魔法を持続させる事は可能じゃ。」
「え、あるんですか……」
「あるにはあるが……人間が行っている事を魔法陣というただの式で行おうというのじゃ……その魔法陣は相当な規模になる。巨大な魔法陣を描いたり、きちんとしたシンボルを設置したりなどの。じゃから大抵、魔法で結界を張る時くらいしか使われん。」
「結界?」
「儂がこの学院に仕込んだ、侵入者を撃退する罠などじゃな。この学院は必要なモノが必要な場所に設置されており、巨大な魔法陣となっているのじゃよ。故に、儂が仕掛けた結界は発動し続けておる。」
「な、なるほど……でももし、それを……例えばそういう剣とかでやろうとすると――」
「剣よりも大きな魔法陣を背負って剣を使う事になる。本末転倒じゃろう?」
「……その、魔法ってすごい達人が使えば長持ちさせる事はできるんですよね? 確か授業で、同じ魔法でも使う魔力の量で色々変わるって……」
「その通りじゃ。じゃが限界はある。魔力というのは元々がマナである事から空気中のマナに中和されてしまう性質があっての、どれだけ大量の魔力を使おうとも、二~三日でそれらの魔力は空気に溶けてしまうのじゃ。」
「イメロが生むマナと同じですね。」
「おお、よく気が付いたの。そう、それと同じじゃ。」
「……えっと学院長、今の話だとその剣が謎って事に……」
「まぁ待て。ここからが本題じゃ。確かに魔法を維持するのは二~三日が限界じゃ。じゃが……ある系統の組み合わせに限って、その時間を数年にも引き延ばせるのじゃよ。」
「えぇ?」
「第一系統の強化と第十二系統の時間がそれじゃ。強化の魔法が比較的簡単という事は知っておるかな?」
「はい……」
「あれはの、強化の魔法が一番燃費の良い魔法じゃからじゃ。つまり、効果を得る為に必要とする魔力が少なくて済むのじゃな。そこに他の系統とは異なる点の多い時間魔法の特殊性……この両極端な組み合わせが、魔法の常識を打ち破ってしまうのだろう――というのが多くの学者の見解じゃ。」
「なんかざっくりした見解ですね……」
「まだまだ研究が続いている段階での……正直、よくわからないというのが現状なんじゃよ。」
 学院長はほっほっほと笑い(実際はそんな笑い方じゃないんだけど、そう表現するのがしっくりくる)剣を鞘に収める。
「じゃがまぁ、原理はこの際問題ではない。結局、この剣には強化の魔法がかけられ、その持続時間を延長する魔法がかけられているという点が重要なのじゃ。そう、決して永久的な効果ではないという点が話すべき点じゃな。」
「……いつかはその魔法が切れて――普通の剣になるって事ですか……」
「そうじゃ。儂は第十二系統は使えんからあとどれくらいで効果が切れるといった事はわからん。じゃがいつかは切れる。明日かもしれんし十年後かもしれん。この剣をくれたという《オウガスト》に聞かぬと真相はわからんのじゃ。ただ――」
「ただ?」
「そうであるのだから、プロゴの時のような無茶は今後せぬようにな。要するに、この剣の力を知った今でも――いや今だからこそ、剣の効果をあてにしてはいかんという話じゃ。」


 知らない間に、オレはフィリウスから色んなモノをもらっていた。それの使い方を知らない内に、だけどちゃっかり役立つモノを。
 オレを拾ったフィリウスは拾った理由を何となくと言った。たぶん、拾った時点ではそうだったんだろう。じゃあ一体いつから……フィリウスはオレをこう育てようって決めたんだろうか。
 何かを回す事を日課にするように言われたのはいつだったか。
 剣をもらったのはいつだったか。
 身体の動かし方――体術を教わるようになったのはいつからだったか。
 フィリウスと過ごした時間を思い出しながら、鞘に収まったままの剣を何となく回しながら、オレはぼんやりと歩いていた。

「きゃ!」

 そしてオレは誰かにぶつかった。
 完全にぼけっとしていたオレは誰かにぶつかったその廊下の曲がり角でしりもちをつく。そしてそれは相手も同じで、二人そろって床に転がった。
「あ、す、すいません! ぼーっとしてて――」
 謝りながらその人に手を伸ばした時、オレはその人の顔を見た。同時に、オレの頭に違和感が走った。
 人の顔ってこういう形だっただろうか。
 目の場所ってああだっただろうか。
 口は真ん中じゃなかったか。
 根本的におかしいわけじゃないんだけど、何か違う。どこかずれている。オレは、その人の顔を見てそんな事を思った。
「!! み、みないで……!」
 オレの視線に気づき、フードを深くかぶって顔を隠すその人。その声で、オレはその人が女の子だという事に気づいた。
 というのも、その女の子は制服ではなく、なんというか、普通の服――私服だった。
 微妙にサイズが合ってないのか、ぶかぶかの上下で指先まで隠れた服を着て、フードで顔を隠している。雰囲気的には大人しそうな印象なんだけど、その髪は黄色――金髪で、その眼も深い金色という少し「大人しい」という言葉からは遠い容姿の女の子だった。
 そこまで見て、オレはその女の子が震えている事に気が付いた。寒いからとかそういうのではなく、たぶん、オレに顔を見られた事で怯えているんだ。

 フィリウスと一緒にあっちこっちに行った時、そこそこの頻度で、オレは――こういう言い方はいけないと思うけど……普通とは違う姿の人に出会った。
 街から遠く離れていたりすると医者の一人もいない村なんかもあって、そこで大けがをするとそのままになってしまって、結果……腕や脚を無くしたり、身体に酷い傷跡が残ったりする。
 そういう人たちには、どうしてもいつもと違う視線を送ってしまい、それを敏感に感じてみんなは暗い顔をする。
 だけどどうした事か、フィリウスはそうじゃなかった。
 気づいてはいるんだけど特にそれを話題にしなくて、だけどだからと言って気遣うような素振りもない。
 そう……だからどうしたと言わんばかりに接するのだ。
 オレは、そうやって村のみんなと仲良くなって、別れ際に手を振られるフィリウスをかっこいいと思っていた。
 そう……そうだとも。
 エリルだってオレとは違う髪の色をしているじゃないか。オレはその事を変と思った事は無い。きっと、そういう事なんだ。
 オレは、フィリウスのようになろうと挑戦した。

「えっと……」
 震える女の子は、オレが言葉を発するとビクッとした。
「き、気にしないで――とは言わない、です。それはそれを深刻に考えている……と思うあなたに失礼だと、思うから。だけど……そう、少なくともオレは、オレは気にしない――いや、それは多少何か思うところはありますけど……それはたぶん……オレが男だけどあなたは女の子なんだなって事くらいというか……」
 何を言っているのかわからなくなってきたオレだが、そういえば何よりもまずやるべき事があることに気づく。
「……それは、オレがあなたから目をそらす理由にはならないんです。加えて、オレはあなたに謝らないといけないんです。鞘に入っているとは言え、剣をクルクル回しながらぼんやりと歩いていたオレは、下手すればあなたにケガをさせていた。だから……オレに謝らせて下さい。人に謝る時は相手の目を見て行うのだと、オレは恩人から教わりました。だからどうか、あなたの顔を、目を見て謝らせて下さい。」
 謝らせろとお願いする日が来るとは思っていなかったけど……オレは女の子の顔の事を考えるよりも謝るべきなんだ。
「…………」
 震える女の子は、少しフードをあげて……顔はちょっとしか見えないんだけどその目をオレに向けてくれた。
「ありがとう。そして――ごめんなさい! 危うくケガをさせるところでした!」
 廊下に座り込んだ状態からの謝罪のポーズだったから、土下座みたいになってしまった。
「えっと……あの、ゆ、ゆるします……」
 オレの土下座に困惑しているのか、オドオドしながらだったけどオレはその女の子に許してもらう事ができた。
「ありがとう。」
 金色の目をオレに向けている女の子を改めて見て、オレはふと思い出した事をしゃべる。
「――全然関係ないですけど……オレ、ここに来る前はあっちこっちを旅していたんですよ。」
「……」
「山奥の村とか、洞窟の中に住んでいる人たちとか色々な人に会ったんですけど……ある時気づいたんです。その村、その集落ごとに違う文化とか習慣があるのに、共通している事があるなぁって。」
「……」
「不吉なモノとか幸運のお守りとかがそれなんですけどね? その、たくさんの村で言われていたんですよ。黄色は幸せを意味するって。」
「!」
「えっと、あなたの髪とか目とか……んまぁ黄色って言うとあれですけど金色ですし……うん、ここは黄色と言っていいでしょう。だから、あなたは幸運を象徴しているんですよ。きっと今日、それか明日とかに、オレにはいいことが起こるんだと思います。だからもう一度――」
 フードを抑えている方とは逆の手を握り、オレは元気づける意味でも笑いながら言う。
「ありがとう。」
「――!!」
 唯一見えているその金色の目をいっぱいに見開いた後、その女の子はバッと立ち上がって走り出した。
「……なんかキザ過ぎたかな……フィリウスみたいにうまいこと言葉が出てこないなぁ……」
 オレは建物の外に出て、走り去った女の子と同じ色をしたお日様を眺めながらため息をついた。



 商人はお昼に来て放課後までいる。欲しいモノがある生徒はお昼にダッシュするし、そうでもない生徒は放課後に覗きに行く。
 ……ま、ダッシュするのは男の子で、覗きに行くのは女の子って感じかしら。
 街でお店を出してる場合はともかく、馬車でゴトゴトやってくる商人には学院からもらったカードが使えない事が多い――っていうかほとんどね。
 だけどさすが、定期的に来るその商人にはカードが使えるから、買い物がしやすいってのも人が集まる理由かもしれないわ。

 朝。寮の庭で鍛錬前の準備運動をしてたら、今日は参加するらしいローゼルがあたしと同じジャージ姿で呟いた。
「やはり、お昼に行った方がよいだろうな……」
「えぇ? でもみんなにとってはクリオス草ってお茶の葉っぱなんだろ? そんな人気商品じゃないような気がするけど。」
 この前の買い物の時に買った深緑のジャージを着たロイドが剣を回しながらローゼルの呟きに反応した。
「だが……もう一つの使い方を知っていると、ロイドくんのように「今必要というわけではないけど買っておこうかな」という考えに行き着く品物だ。この学院の授業に薬学は無いが、騎士になるため独自に勉強している者は多い。使い道を知っているのがわたしたちだけという事はないだろう。」
「なるほど……念には念をってやつだな。――ってことだけど、エリルはどうする?」
「なにがよ。」
「オレとローゼルさんはお昼にその商人のとこに行くけど……興味ないならエリルは先にお昼食べててもいいぞ?」
「あ、あたしも行くわよ。」
「? 欲しいモノがあるのか?」
「の、覗きに行くだけよ。あんたたちが行くって言うなら……そ、そのついでに覗こうと思ってるだけよ! だからその変な顔やめなさいよローゼル!」
「いやいや……エリルくんは意外と寂しがり屋なのだなぁと。」
「あんた!」
 あたしはソールレットから炎を吹き出してローゼルに飛びかかった。
「ふふ、では今日はエリルくんとの戦闘訓練からだな。」
 トリアイナに氷をまとい、あたしのキックをヒョイとかわして距離をとるローゼル。
 氷と水でできた刃を伸ばしてくるローゼルはかなり離れたところから攻めてくる。近距離で戦うあたしにとってはどうやって近づくかって事が課題で、それを何とかできそうなのが――
「はっ!」
 あたしの左腕から放たれるのは炎をまとったガントレット。このロイドのアイデアの技は意外と対処に困る技だって事が最近わかった。
 一番厄介なのはガントレットが重たいって事。遠距離武器の矢とか銃弾は遠くから飛んでくる上に速いけど、小さくて軽い。小さいって事は攻撃の――面積が小さいって事だから、避ける為に動かなきゃいけない距離はそんなにないし、軽いから弾けるし盾とかで防げる。
 だけどあたしのガントレットはつまり大砲みたいなモノだから、結構大きく避けないと当たっちゃう上に、重たいから弾けないし盾とかで正面で受け止めてもとんでもない衝撃を受けちゃう。
 そんな特徴のある攻撃だから、最近ローゼルは受け流すようになった。
「来たな!」
 ローゼルの氷の刃が反った壁みたいな形になる。それにぶつかったあたしのガントレットは、その反りに従って明後日の方向に受け流された。
「まだよ!」
 変な方向に飛んでったガントレットに視線を送る。ガントレットの中で爆発を起こし、軌道を修正、あたしの左腕のガントレットは再びローゼルに迫る。同時に、あたし自身ローゼルに向かって飛び出した。
 今はまだガントレット一つをコントロールするのが精一杯だし、かなり集中しないとできないから疲れて来るとちゃんと操れなくなる。だけどこの先、ソールレットも含めてあたしの四つの武器を自在に操れるようになったら相手に近づく方法とか攻撃のバリエーション、相手の攻撃の防御の仕方も増える。
「――威力の高い爆発攻撃が多方向から迫る――相手がエリルくんでなければ止められるのだがな!」
 ガントレットの方に反った氷の壁を出すと同時に、ローゼルもトリアイナを手にあたしに向かって来る。
 ローゼルの武器は自在にそのリーチを変えられるから常に相手と距離を取ってる方が有利――と思ってたんだけど、あたしの手が届くような近距離――目の前で刃の形が変わるとかなり厄介だって事が判明した。

「ローゼルさんの武器はコロコロ形が変わるし、グイグイ伸びるから遠くから攻撃できるんだけど、それでも銃とか矢とかに比べたら遅いでしょう? それよりはその――トリアイナって武器の本来の間合いの中でコロコロ変わられる方が近い分反応できなくて大変なんじゃないかな。」

 それは本当にその通りで、目の前に迫る氷の刃を避けたと思ったらいつの間にか刃が変な方向に伸びてて全然避けれてなかったり、弾こうと思って氷の刃にパンチしたらいきなり水になって空振りしたりする。
 離れたところから武器を伸ばして攻撃してくるローゼルに対して、きっと相手はそれをかいくぐって近づく事が勝つ方法だと思う。だけど近づいたらもっとピンチになる。
 遠距離武器を使う相手に対しては氷の壁を上手に使って受け流したりしながらゆっくり近づいて行く。
 ロイドのアドバイスを受けてローゼルが最近試している戦法はそんな感じだ。

「しかし、ロイドくんのアドバイスはどれも――なんというか派手さの無い、その分現実的で相手にすると嫌らしい戦法だな。」
「い、いやらしいとか言わないで欲しいな……」
 あたしとローゼルが部屋の窓際に座って休憩している前で、ロイドは自分の周りで剣をクルクル回してた。
 ロイドが練習してるのはプロゴとの戦いでやり、先生が教えてくれたかつての《オウガスト》の戦法――剣を風で回転させながら自分の周囲に展開、それを相手に飛ばすっていうモノだ。あの時は本人も――あ、あたしのたたた、為に必死で、魔法の負担も考えないでやったからあれだけたくさんのガラスを飛ばせたけど、安定してできる数は、今は五つ……って言ってるわ。
 ロイドの剣の二本にプラスして適当に拾って来た木の棒を自分の周りで回すロイドは、それをまるで片手間にやってるみたいに、本人は平気な顔で腕組みしながらあたしたちの会話に入って来る。
「は、派手なのも提案したじゃないか……」
「そうだな。エリルくんの、全力全開で爆発させた炎で放つガントレットの威力はとんでもないモノだ。そしてわたしの――相手の周囲に漂っている空気中の水分を一瞬で凍らせ、相手の動きを止める技もかなり派手で見ていて楽しい技だが……基本戦術はやはり嫌らしいよ。さすが、十二騎士が教えた戦い方というか……達人好みというか玄人的というか。」
 あたしは常に武器から炎を出してるから効かないんだけど、ローゼルの言った相手の周囲を凍らせる技は結構すごい。試しにロイドにやってみたらローゼルに向かって走ってたロイドがすっころんだ。
 まぁ……周囲の水分って言ってもそんなにたくさんあるわけじゃないから身体中をカチンコチンってわけにはいかないんだけど、関節とかに集中してやると一瞬だけどホントに動けなくなる。
水と氷の変換を一瞬でできるローゼルならできるんじゃないかってロイドが提案したんだけど、炎使いで、しかも常に出してるような相手――つまりあたしみたいなの以外には結構効く。
「それで――あんたはそれ、五つならもう自由自在なの?」
 あたしとローゼルは――うん、確実に強くなってる。だけど教えてくれてるロイドは実際どうなのかしら……
「自由自在か……それな、やろうとするとある事が自在じゃないと難しいって事がわかったんだ。」
「なによそれ。」
「左手で自在に剣を回せるって事。」
 ロイドは自分の左手をひらひらさせる。
 ロイドは自由自在に――プロゴが言うには方向も速度も自在に剣を回せるんだけど、それは利き手の右手だけで、左手はそうでもない。
「フィリウスが両手で回せるようになれって言っていたのはこういう意味だったんだと、最近気づいたよ。自分の手から離れた所で、風で回している剣を操るにはどうしても左手の感覚もいるんだ。」
「ふぅん。」
 ロイドがふぅとため息をつくと、ロイドの周囲で回っていた風が散って、同時に回ってた剣とか棒が地面に落ちた。
「――その魔法、やめた瞬間に突風が起こるという事は相当な勢いで回っているのだな……風が。」
 一瞬吹いた風で乱れた髪をなおしながらローゼルがそう言った。
「それくらいじゃないと剣とか重たいものは回せないよ。」
「なるほどな。そうしてその突風でスカートをめくるわけか。」
 ローゼルはニンマリする。
「あ、あれはその……本当にすみませんでした……」
 そうして謝ったロイドは、あたしたちの顔を見ると急に顔を赤くした。
「! あんた! 今思い出してたでしょ!」
「しょ、しょうがないだろ! てか! ローゼルさんが思い出させるから!」
「ふふ、わたしも恥ずかしいのだ。だがまぁ……その、なんだ……」
 ローゼルは視線をそらして髪をクルクルいじりながら、ぼそぼそと呟く。
「意識してもらうには丁度良い材料かもしれないなと思ってな……」
「え? ローゼルさん、もう一回言って?」
 ロイドには聞こえなかったみたいだけど、隣に座ってるあたしには聞こえた。ローゼルは半目で意地悪な顔であたしを横目で見る。
「部屋が違う分、わたしはこうして攻める事にするよ、エリルくん。」
「……なんの話よ……」



「サードニクス。」
 鍛錬を終えて、朝ごはんを食べて、教室にやってきたオレは誰かに呼ばれた。オレをそう呼ぶのは先生くらいなんだけど、その声は男のそれだった。
「……えっと……?」
 オレを呼んだのはクラスの男子。正直エリルとローゼルさん以外名前を知らないクラスメイトたちの一人がオレを呼んだわけだ。
「一つ聞きたいんだが――お前、お姫様と同室ってホントか?」
「……そうだけど。」
 オレの答えに、その男子と男子の周りにいた他の生徒がざわつく。
「んじゃ……この前来たA級犯罪者を撃退したのもホントか?」
 一つじゃないんかい。
「……やっつけたのは先生だけど……そうだな、寮からは追っ払えたのかな。」
「……んじゃ最後に一つ。」
 三つじゃんか。
「お前がこの学院に来た理由って……」
「理由?」
 学院に来た理由? 騎士になる理由は最近見つけたけど、ここに来たこと自体に意味はない。フィリウスに放り込まれたって事くらい……
 ん? てか学院に入る理由なんて騎士になるため以外ないじゃんか。という事はあれか。これは遠まわしに何で騎士になるかを聞かれているのだな?
 それは自信を持って答えられるぞ。

「――大切な人を守るためだ。」

「た、大切な!? や、やっぱそうなのか!? 同室だし――お前とお姫様は一体――」
「あー、これはきちんと説明しておいた方が良さそうですね。」
 なんかビックリしてる男子の後ろから、ひょっこりとローゼルさんが顔を出す。
「色々な噂が流れているようですし、誤解が元で争いに、という事は避けなければいけません。」
 ローゼルさんはニッコリと、だけどなんか怒っているようにも見える顔といつもと違う口調でクラス中に聞こえるように声を張り上げて話を始める。
「まずロイドくんは普通の生徒です。特別な使命を受けているとか、実は高い身分だとか、そういうことはありません。首都からは遠く離れた所から、遥々騎士になる為にやって来たのです。中途半端な時期の入学となったのは、ここまでの旅路に予定上の時間がかかってしまった為です。」
 なんだか事実とは違う事が正式な事として説明されている気がする。
「そしてみんな気付いているとは思いますが、彼は魔法についての知識や経験を除けば、抜きん出た実力の持ち主です。それもそのはず。街を守る騎士もおらず、凶悪な魔法生物や盗賊などを自分たちの手で撃退しなければならない……そのような、わたしたちとは異なる環境で育った彼です。わたしたちと彼との間に実力の差があるのは当然です。」
「……田舎者だから逆に経験豊富ってことか……」
 質問してきた男子が「ほほう」という顔でオレを見る。
「そして彼がここに来た目的……それは立派な騎士になって故郷を守る事。何のことはありません。わたしたちの誰もが思う目的を持って、彼はここにいるのです。」
 オレについての若干嘘交じりの解説を終えたローゼルさんは次にエリルの方を向いた。エリルは突然始まったローゼルさんの演説に目を白黒させている。……いや、エリルの眼は赤色だから白黒じゃないか。ん? なんていうのが正解だ?
「そして彼が学院に来たその頃、学院は一つの問題を抱えていました。クォーツ家の人間であるエリルくんのルームメイトを誰にするべきかという問題です。本来であれば上級騎士が護衛するところですが、いつでもどこでも護衛付きとあっては学院生活に支障が出ます。となれば、やはり同い年の生徒が護衛の代わりも兼ねて相部屋になる形が何かと便利です。かと言って、では普通の生徒を相部屋にした場合、何か問題があった時に学院の責任問題となります。」
「つまり……正式な騎士くらいの実力が必要だけど、一緒に学院生活をする都合上、同い年であって欲しい……ってことか。」
「そんな時にロイドくんが現れたわけです。魔法の技術は皆無ですが、その実力は高い。嫌な話ではありますが、仮にエリルくんに何かあっても学院としてはそういう実力のある人物を相部屋にしていましたよと、筋を通せるようになるわけです。ということで、男子という問題はあるものの、一先ず相部屋にしてみようという事になったわけです。」
「でもってこの前の襲撃か。」
「そうです。ロイドくんはA級犯罪者から見事にエリルくんを守りました。これならば安心という事で、学院側は正式にエリルくんのルームメイトをロイドくんに決めたのです。」
 思わず「へー、そうだったのか。」とオレが言いそうになる。
 でもまぁ、実際はどうなんだろう? 学院長と金髪のにーちゃんに言われるがままに相部屋になって、一応今日までうまくやってきてるけど……
「無論、女子寮に男子がという事で心配な生徒もいるでしょう。ですが、その辺りも含めての学院長の判断です。きっと大丈夫でしょう。」
「んま、代表がそう言うなら……」
 いや、あんたは男子だろうが、と心の中でつっこむオレ。
「しっかしまー……」
 その男子がエリルの方を向き、エリルにも聞こえるようにこう言った。

「色々と面倒だし迷惑だよな、お姫様?」

 胸の中がざわついた。エリルの顔が――表情が少し暗くなったのを見て、オレは拳を握りしめた。

「おい、あんた。」
「あん?」

 フィリウスと過ごしていた間は一度も覚えなかった感情。それはきっと、フィリウスがバカみたいに強いから。心配ないと感じたから。
 だけどエリルは違う。騎士を目指している途中の女の子。だからオレは、精一杯相手を睨んでこう言った。

「エリルの悪口を言うな。怒るぞ。」

 オレがそう言った瞬間、オレと目が合った瞬間、その男子はその顔を変に歪めて後ずさり、そしてしりもちをついた。
「わ……悪かったよ……」
 意外と素直に謝ってくれたから――ていうか本来ならエリルの方に謝って欲しいんだが、まぁこれ以上この話題を続けるのは嫌だったから、オレはエリルが座っている席へ向かった。
 ちょっと気になった事として、何故かローゼルさんが信じられないってくらいに驚いていた。
「……大丈夫? ロイド。」
 上から一部始終を見ていたエリルは申し訳なさそうにそう言った。
「悪いわね……あたしのせいで。」
「別にエリルのせいじゃないよ。たぶん、変に目立っているオレも悪いんだ。入学させるならさせるで四月に来れば良かったんだよな……フィリウスの奴め。」


 お昼になった。先にクリオス草を買って、そのあとお昼にしようと計画したオレは早足で校舎の外に出た。たぶん同じ目的地の生徒が――主に男子がたくさんいて、中には猛ダッシュしている人もいる。
「うわ、なんか心配になってきたぞ。買えるかな……」
「あの全力ダッシュ組は商人を見たいだけのチームだよ。ほら、カメラを持っていたりするだろう?」
「えぇ? 写真撮影すんのか。」
「いい場所をとってベストショットを狙うのさ。あとで写真がそこそこの値段で出回るからな。」
「そこまでか……」
 この前エリルが案内してくれた開けた場所に到着する。そこにはいつの間にか馬車があって、出店みたいな形になっていた。地面にはシートがしかれてその上には商品が並んでいて、もう何人かの生徒が手に取って眺めている。
「いらっしゃいませー。」
 そしてそんな生徒の近く、シートの前で元気な声でそう言っている女の子がいた。
 茶色い髪の毛を首の近くで左右に結んで短いツインテールにして――いや、あの場所でもツインテールって呼ぶのか知らないけど――とにかく首の近くで左右に短くぴょこんとまとまった髪の毛が飛び出ている。あと、あれは髪飾りっていうのかな。大きな花が頭にくっついている。
髪の色と同じ茶色い眼をして……ムスッとしてないエリルみたいに可愛い女の子で身長もエリルくらい。だけど、その服装はえらく色っぽかった。
エリルの寝間着みたいに頭からすっぽりかぶる上と下がくっついている――ワンピースだったかな? そういう形の服なんだけど、袖が無いから肩から先の腕が出ていて、スカートの丈もすごく短い。その上そのスカートは……こうふわっと広がっていない……身体にフィットしているタイプで身体のラインがそのまま出ていて、その上一部にスリットが入っていたりする。
 ローゼルさん程じゃないけど出るとこの出ている女の子だからそんな服を着ているととんでもなく色っぽ――いたたたたた!
「ひょ! なんれふはりひてほっへを!」
 オレは左右からほっぺをつねられた。
「ど、どこ見てんのよ変態!」
「じっくり見過ぎだ。」
「ご、ごめんなさい?」
 またつねられると嫌なのであんまり商人さんを見ないように、オレはシートの上を眺めた。全部の商品の前に立札があって値段と名前が書いてある。オレは端から順番にそれらを見ていき、そして目当ての商品を見つけた。
 袋詰めされた形を想像していたんだけど、親切な事にクリオス草は粉末状になって大きめのビンに入っていた。量と粉末になっている事を考えれば値段も妥当なところ。オレはローゼルさんつついてクリオス草を指差した。
「おお、あれか。一、二……七つビンがあるが……どれくらいの量が――その、治療とかには必要なのだろうか。」
「んまぁ、ケガとか病気の程度にもよるけど、大抵は葉っぱの二枚とか三枚って単位で薬を作るから、一ビンあればいいんじゃないかな。心配なら二ビン?」
「なるほど。まぁ持っておいて損は無いのだし、二ビン買っておこうか。」
 オレは、段々と増えてきた生徒たちをかき分けてクリオス草の所に辿り着き、商人さんを呼んだ。
「すみません。クリオス草を……二人で四つ、もらえますか?」
「あー、ごめんなさい! それは一人一ビンでお願いしてるんですー!」
 そう言いながら商人さんがオレの方に近づいてくる。ローゼルさんを見るとこくんと頷いたので、オレは――
「じゃあ二人で二つで。」
「毎度ですー。」
 オレはポケットから財布(使い慣れた巾着袋)から白いカードを取り出す。この前買い物に行ったときは店のレジにカードをかざす機械が置いてあって、カードを近づけるとピッて音がして……お金を払った事になった。まだ慣れないけど、たぶんこの商人さんも同じような機械を持っているんだろう。そう思ってカードを手にその機械が現れるのを待っていたのだが、商人さんはオレの前に立ってからまったく動かない。
 あれ? オレから何かするのかな……くそ、ちゃんと買い方を聞いておけばよか――

「ロイくん?」

 突然、ここ最近は聞いてなかった呼ばれ方をした。オレを「ロイくん」と呼ぶのは天国にいる母さんと友達。そして一番近いところだと……何故かいつも出会う商人――

「え?」
 オレは顔をあげて目の前に立つ商人の女の子を見た。が、正直なところ初めて見る顔だったからそのまま視線を上に持っていく。そして馬車の一番上にかかげられた看板を見た。
「『トラピッチェ商店』……トラピッチェ!?」
 そして視線を戻し、目の前の女の子を見る。女の子はその呆然とした顔をみるみる内に喜びの表情に変えていく。
「えぇ? もしかして……リリーちゃん?」
「わぁ! やっぱりロイくんなんだね!? 会いたかったよー!」
 と言って、商人の女の子――リリー・トラピッチェはオレに抱き付いて来た。
「んな!?」
 後ろでローゼルさんが声をあげ、それを合図に周りの生徒たちがざわざわと騒ぎ出す。オレはまわされた腕とかから感じる圧力よりも強く感じる胸への圧迫感と柔らかさにドギマギする。
「ちょちょちょ! リリーちゃん!」
「!」
 我に返ったのか、周りの反応に気が付いたのか、リリーちゃんはバッと離れてオレからカードを奪い取り、馬車の中でピッとしてオレに返す。
「えとえと、話したい事結構あるんだけど、一応今、ボク仕事中って奴だから――放課後、また来てくれる?」
「べ、別にいいけど……えっと、その前にこっちのビンの会計も……」
 と、オレはローゼルさんに手を伸ばす。ローゼルさんはハッとして自分のカードをオレに渡す。
「あ、そうか。二人で二ビンだったね。ごめんごめん。」
 再び馬車の中に戻り、さっきと同じことをして戻って来るリリーちゃんはカードをそのままローゼルさんに渡す。
「毎度です。」
「……ああ。」
 仕事の邪魔をしちゃいけないと思い、オレはローゼルさんに目配せして馬車から離れ、エリルを拾ってそのまま学食へ移動した。それぞれがそれぞれのお昼ご飯を手にして空いてる席を探して座り、そろっていただきますと言った直後、オレが焼きそばパンというなんともうまそうなパンをかじると同時に左右のほっぺをつねられた。
「どういうことよ、ロイド!」
「どういうことだ、ロイドくん!」
「ほぶぇ!?」
 オレの正面に並んで座った二人からはすごい圧力を感じた。フィリウスが、強い奴と戦う時は身体中がビリビリするような感覚を覚えると言っていた。たぶん、これはそれに近い何かだ。
 口の中に入った分の焼きそばパン(これがまたうまい)を飲み込み、リンゴジュースを飲んで落ち着いた後、オレは言う。
「何が?」
「何がじゃないわよ! あの商人よ!」
「知り合いのようだったが? 抱き付かれる程に仲良しか?」
「だ、抱き付かれたのは初めてだけど知り合いではあるよ……」
「ふむ、じっくり聞こうか。」
 ロ、ローゼルさんがめっちゃ怖い顔をしている。対してエリルは見慣れたムスッとした顔なんだけど、ムスり具合が過去最高だ。
「えぇっと……リリーちゃんは――」
「へぇ、ちゃん付けで呼ぶのね。ロイくんって呼ばれてたもんね。」
「親密なのだな?」
「親密……どうかな。でもまぁ、フィリウスと旅をしている間、親しかった人を上から並べたらフィリウスの次に来るのがリリーちゃんかな。ここ一~二年の付き合いだけど行く先々でよく会ったんだよ。んで旅に必要な物を売ってもらっていたんだ。」
「ただの商人をちゃん付けくん付けで呼び合ったわけか。」
「よ、呼び方はフィリウスがそう呼んでて、「可愛い女の子はちゃん付け。これが基本だぞ大将。」って言うから――オ、オレとしては恥ずかしかったんだけど仕方なくリリーちゃんはちゃん付けで呼んで……もうそれに慣れちゃったから。ちなみにリリーちゃんはオレをロイくん、フィリウスをフィルさんって呼んでいた。たぶん縮めて呼ぶのが好きなんじゃないか? て、ていうか――」
「なによ。」
「なんだ。」
「オ、オレもあの女の子がリリーちゃんって事にビックリしたんだよ。」
「ああ……ちょっと見ない間に可愛くなったという事か?」
 ローゼルさんの飲み物が凍り付く。
「ち、違います! オレ、リリーちゃんの顔を見た事なかったんです!」
 なんか知らんけど怒りモードだった二人が、そこで初めて困惑した。
「なによそれ。しょっちゅう会ってたんでしょ?」
「会っていたけど……いつもフード被ってマフラーして長袖長ズボンで手袋してたから正直眼しか見た事なかったんだよ。肌の色も知らなかった。」
「そんな真冬の格好をいつもしていたというのか?」
「うん。女の子が一人で商人しているわけだから……パッと見は女の子に見えないようにしてるんだってリリーちゃんは言ってた。んまぁ、フィリウスが言うにはリリーちゃん、相当強いらしいんだけど。」
「なに、戦ってるとこでもみたわけ?」
「いんや。でもフィリウスが……立ち振る舞いが素人じゃないって。」
「――十二騎士がそう言うのであればそうなのだろうな。」
 いつもの二人に戻った気がしたから、オレは焼きそばパンをかじる。
「でも……会いたかったって言ってたわよね? あれはどういうことよ。」
「さぁ……でもまぁ、リリーちゃんとは週一か五日に一回くらいのペースで会ってて……オレが学院に入学してからもう二週間以上でその間会ってないから、久しぶりにもなるし、お得意さんだから会いたかったって感じじゃないかな。」
「……どうかな。」
 ローゼルさんは凍らせた飲み物を一瞬で元に戻して飲みながら外を眺めていた。そしてふと何かに気づいたようにオレの方を向く。
「そういえば聞こうと思っていたのだが――」
「うん。」
「今度ここに《ディセンバ》が来るだろう? (オウガスト)の弟子であるところのロイドくんは――実は既に面識があったりしないのかと思ってな。」
「うーん……旅先では色んな人にあったからなぁ……その内の誰かが《ディセンバ》でしたって言われてもおかしくはないんだけど……少なくとも《ディセンバ》って紹介された人はいなかったな。んまぁ、フィリウス自身が《オウガスト》って言ってないし、そもそも十二騎士なんか知らなかったし……」
「――逆に言うと、もしかしたら全ての十二騎士に会ったことがあるかもしれないわけか。」
「それはないわね。」
 ローゼルさんの予想をエリルが否定する。
「だって《エイプリル》はずっとあたしのお姉ちゃんの護衛をしてるもの。その前は――死んだ一番上の姉さん。十年以上前からクォーツ家にいるわよ、あの人は。」
「――あんまり話したくない話題かもしれないけど、エリル。」
「なに?」
「その、十二騎士が護衛していても……一番上のお姉さんを守れなかったのか?」
「……ちょっと違うわ。一番上の姉さんが《エイプリル》に何も言わずに勝手に外出したからよ。お忍びで行きたいとこがあるとかなんとか……それで死んだの。」
「そっか……」
 オレとエリルが何となく暗くなっていると、それを気遣ってかローゼルさんがため息をついた。
「しかし、二人そろって十二騎士の知り合いがいるのだな。片や貴族で片や田舎者……一番騎士に関わりのあるわたしが唯一そうでないというのだから、嫌なモノだな。」
「あはは。確かにそう言ったらあれだけど、でもローゼルさんが騎士の家の人で良かったよ。」
「? なぜだ?」
「そうでないとここにいなかったでしょ? そうしたらオレがローゼルさんに会えなかったかもしれない。」
「!」
「これもフィリウスが――って、フィリウスの教えばっかりであれだけど、人との出会いは全てが奇跡なんだってさ。悪い場合は何も思わなくていいけど、良い出会いの場合は何かに感謝しておけって。それが生涯の友や恋人や家族との出会いだっていうなら、なおさら。」
 オレは固まっているローゼルさんの手を握って握手する。
「だからオレは感謝するんだ。何かに感謝するってんなら、この場合はローゼルさんの家が騎士の家だった事に。リシアンサス家にありがとう。」
「……」
「……あれ? ローゼルさん?」
「こ、恋人……かかか、家族……」
「ふん!」
 突如振り下ろされるエリルのチョップに握手を切断される。
「ロイド、あんたあんまりフィリウスさんの教えってのに従わない方がいいかもしれないわよ。」
「えぇ?」
「……その内災難に遭うから……」



 放課後。あたしとロイドは……「リリーちゃん」の所に行った。ローゼルはちょっと用事があるから先に行っててくれと言ってどこかへ行った。
 放課後も商人は商売をしているから少し時間を置いてその場所に行ったら、ちょっと予想外に馬車には店じまいの張り紙がしてあった。
「あれ、リリーちゃんはどこだろう?」
 ロイドがキョロキョロと周りを見回す。あたしは馬車の中かと思って近づく。そしたら馬車の後ろから声がした。覗いてみると「リリーちゃん」が手鏡を手にしゃがみ込んでた。
「は、反則だよー……居場所がつかめなくなったと思ったらいきなり出て来るんだから……あぁ、でも制服似合ってたなー……かっこいいなー……あ、ボク大丈夫かな……この格好見せた事ないし、ていうか知ってたら見せなかったよー……恥ずかしいよー……え、えっちな子だって思われてないかな……うう……で、でもロイくんなら大丈夫だよね……」
「……コホン。」
「ひゃあっ!」
 あたしが咳払いをすると「リリーちゃん」は飛び跳ねてあたしを見た。
「な、何かな! もう店じまいだよ!」
「……ロイドー、いたわよー。」
「…………『ロイド』?」
 「リリーちゃん」の目つきが変わった。正直、背中に寒気が走るくらいのすごいプレッシャーだった。でも――
「あ、ほんとだ。来たよ、リリーちゃん。」
「ロイくん!」
 ロイドが来た途端にケロっと元に戻った。

 馬車の中から椅子を持ってきた「リリーちゃん」は馬車の前にそれを並べた。
「何か飲み物だすねー。」
 そうして「リリーちゃん」が馬車の中でガシャガシャと何かをしている間に、遅れてローゼルがやって来た。
「む、何をしているのだ?」
「ありゃ? 一人増えたね。」
 一瞬だけ馬車から顔を出した「リリーちゃん」は再びガシャガシャと何かをし、数分後あったかいコーヒーを持って中から出てきた。
「これはタダだから遠慮しないでねー。」
 こうして、あたしとロイドとローゼルは夕方の空の下、馬車の前で「リリーちゃん」と向かい合って座った。
「えぇっと……そうか。まずは紹介だな。」
 ロイドがコーヒー片手に立ち上がる。
「こちらリリー・トラピッチェ。オレとフィリウスがよくお世話になった商人さんだ。」
「よろしくー。リリーって呼んでね。」
 ひらひらと笑顔で手を振る「リリーちゃん」――リリー。
「えぇ? オレ、リリーちゃんって呼んでるけど……」
「ロイくんはいいんだよ。お得意様には特別にちゃん付けを許してるから。」
「そっか。で、リリーちゃん。こっちの赤い髪の女の子がエリル・クォーツ。青い髪の女の子がローゼルさん――ローゼル・リシアンサス。二人ともオレの友達だ。」
「へー? 女の子の友達が二人も! ロイくんってばやるねー。」
「えぇ? いや、そういうんじゃ……」
「でもビックリしたよ。最近会わないと思ったら騎士の学院にいるんだもん。」
「ああ……二週間――もうそろそろ三週間かな。それくらい前にいきなりフィリウスに放り込まれたんだよ。」
「てことは途中入学だよね? フィルさん、ただ者じゃないと思ってたけどそんな事できるくらいすごい人だったんだ。」
「オレもビックリしたよ。最近知ったんだけどさ、フィリウスって十二騎士の一人だったんだ。《オウガスト》っていうんだ。」
「ふぅん。」
 結構意外な事実ってやつだと思ったんだけど、リリーはそんなに驚かなかった。
「? あんまり驚かないね。」
「うん……なんか、それくらいすごくてもおかしくないっていうか……」
 どうやらリリーはフィリウスさんの実力を、何も知らないロイドよりもちゃんと見てたみたいね。やっぱり、本人もそれなりに強いってことかしら。
「そうかな。あ、ビックリと言えばオレもビックリしたよ。」
「? ボクがここで商売してる事かな?」
「それもそうだけど――」
 ロイドがリリーの顔をじっと見つめ――何やってんのよロイド!
「いやん、ロイくんったら。そんなに見つめられたら顔に穴が空いちゃうよ。」
「いやだって……リリーちゃんの顔を初めて見たから。それにその格好も……全然印象が違うって言うか……」
「それは仕方ないかな。ロイくんと会うような地方の村とか田舎道でこんな格好してたら盗賊に襲って下さいって言ってるようなもんだもん。でもこういう大きな街なら治安もいいし騎士もいるから安心なんだよ。」
「そうか……で、でもなんでそんな――その、い、色っぽい格好を?」
「ふふん。自分で言うのもなんだけど、ボクは結構可愛いと思うんだ。自分が客寄せの看板娘になれるなら一石二鳥ってものだよ。」
 パチンとロイドにウインクを飛ばすリリーと顔を赤くするロイド……
「ねぇねぇ! それよりもさ、ここって寮生活でしょ? ロイくんもここで暮らしてるんだよね?」
「そうだけど。」
「どんなお部屋なの? 興味あるなー。」
「? 見てみる?」
「うん!」
 なんか物凄く嬉しそうなリリー。そしてロイドは――
「いいかな、エリル。」
 あたしにそう聞いた。
「――んん?」
 あたしが何か言う前に、リリーが笑顔を固めたままこっちを向いた。
「なんで……エリルちゃんに許可を求めるの?」
「ああ、同じ部屋なんだよ。」
「お、同じ部屋?」
「ここの寮は二人一部屋でね。オレとエリルは相部屋なんだよ。」
「あ、相部屋? へ、へー……」
「だからエリルにも聞かないと――で、どうかな。」
「……別にいいんじゃない?」
 リリーの笑顔が引きつりだす。そんな状態のリリーをひっぱって、ロイドは女子寮に向かって歩き出した。
「おお……なんか友達を家に呼ぶみたいで楽しいな。こっちだよ、リリーちゃん。」
「う、うん……」

 数分後、あたしたち四人はあたしとロイドの部屋にいた。
「そっちがエリルで、こっちがオレの場所。」
「あ、カーテンがあるんだね。」
 ローゼルがひいたカーテンを見て少しホッとするリリー。そしてそのままロイドのベッドに飛び込ん――何やってんのこいつ!
「うわーふかふかだー。こんなふかふかだと逆に慣れなくて寝れないんじゃないの?」
 ロ、ロイドのベベベベッドの上でゴロゴロと転がるリリー……
 あたしの隣でローゼルがあたしと同じ顔をする。そしてロイドは気にもしないでリリーの質問に答える。
「最初はね。でもやっぱりふかふかのベッドは寝心地いい――て、ていうかリリーちゃん、その格好でそう――ゴロゴロするとその……あの……」
「やーん、ロイくんのえっち。」
 そういいながらロイドのベッドの――布団にくるまるリリー。
「え、えっちって……」
 顔を赤くするロイド。
「そういえばロイくん。」
「な、なに?」
「それ、持ってきちゃったの?」
 布団の中から指を伸ばすリリー。最初、何を指差してるのかわからなくてロイドはキョロキョロする。そして、代わりにあたしが気づいた。
「! コーヒーカップ……」
 台所のシンクの横に、さっきリリーがコーヒーを入れてくれたコーヒーカップが置いてあった。
「コーヒーはタダだけどカップはあげないよー?」
「えぇ? オレ、持ってきたっけ……」
 少なくともあたしとローゼルは椅子の上に置いて来た。それはたぶんロイドも同じだった――と思うんだけど……
「?? ごめん、リリーちゃん。」
「別にいいよ。あ、でも丁度いいかもねー。」
 相変わらずロイドの布団にくるまったまま――っていうかいい加減出なさいよ!
「ボク、エリルちゃんとローゼルちゃんと話したい事があるんだ。女の子同士のお話。」
「? そうか。んじゃあオレはこれを戻してくるよ。椅子の上とかに置いとけばいいかな?」
「うん。お願いねー。」
 そうして、首を傾げながらカップを取って部屋から出ていくロイド。部屋に残ったのはあたしとローゼルと――

「さてと?」

 さっきまでの可愛い声とは――ううん、声は同じなんだけど、その温度が違うっていうか……ゾッとする声がロイドの布団の中から聞こえた。
「二人はさ――」
 布団からのぞくその顔には、さっきまでの元気のいい可愛らしさは無くって、キラキラしてた栗色の眼からは光が消えて――
「ロイくんのなんなのかな?」
 馬車の裏で見た時に一瞬感じた寒気のする気配をビシビシと放ちながら、あたしたちを見るリリー。
「……さっきロイドくんが説明したではないか。」
 その黒い気配を感じながらもそのデカい胸を張ってローゼルが強気な姿勢になる。
「わたしとエリルくんはロイドくんの友達だ。」
「ふぅん? そう? そうだね、ロイくんからしたらそうだろうね。でもボクが聞きたいのは、二人にとってロイくんがなんなのかって事だよ。」
「と、友達だ。」
「た、ただのともだちよ……」
「……気づいててそうなのか本当に鈍感なのか知らないけど……まぁいいや。一応これだけは言っておくよ。」
 格好だけ見れば布団にくるまってるだけの女の子。だけどその視線は真っ黒で、その気配は寒気を感じる程に冷たい。

「ロイくんはボクが先に見つけたの。ボクが先に好きになったの。だからロイくんはボクのだよ。」

「す、好き!?」
 あんまりにストレートな言葉にローゼルが顔を赤くする。
「も、物好きね! あんなのがすすす、スキとか……」
「そう? あなたはロイくん嫌い? ならいいよ、別に。」
「き、嫌いじゃないわよ!」
 思わずそう言ったあたしはリリーに物凄く睨まれた。
「…………ただの友達ならいいよ? 同じ部屋でもね? でももしもそうじゃないっていうなら覚悟してね?」
「な、なにを覚悟しろっていうのよ。」

「ボクに何をされてもって意味だよ。」

 寒気を通り越して恐怖を感じた。
「なっ!?」
 ローゼルが声をあげるのと同時に、あたしも気づいた。布団にくるまってたリリーがいつの間にかそこにはいなくて、あたしたちの後ろにいる事に。
「色んなモノを含めて、ボクは二人より強いからね?」
 背後に立つリリーから距離をとるあたしとローゼルは、思わず戦う姿勢になっていた。それほどに――危機感を覚えたのだ。
「もうやらないって決めたんだけどね? でも一番欲しいモノを奪われるっていうなら、あの決意をボクは破る。」
 まばたきをした瞬間、リリーはまたあたしたちの後ろ、ロイドの布団の上に座っていた。
「――!」
 部屋の中に広がる黒い気配――これはきっと、殺気って呼ぶモノだ。
「あんた、一体何者――」
身体に染み込む危機感が命の危機にまで達した時、ガチャリと部屋の扉が開いた。
「ただいまー。」
 そう言ってロイドが戻ってくると――本当に一瞬で、部屋に満ちてた黒い気配がきれいさっぱり消えてなくなった。
「! どうしたんだ、二人とも。」
 真っ青な顔をしてるあたしとローゼルを見てロイドが心配そうにする。そして位置的にロイドに近い所にいたあたしの方に寄って来たロイドは――
「気分悪いのか?」
 ついさっきまでこの部屋で何が起きてたかも知らないで、ロイドはあたしのおでこに自分のおでこを当て――!!!
「みゃああああ!」
 いきなり視界をうめつくしたロイドの顔に頭が真っ白になったあたしはロイドを突き飛ばす。
「うわわ!」
「んなっ!?」
 飛ばされたロイドはそのままローゼルにぶつかって倒れ込――なーっ!?
「あ、ご、ごめん、ローゼルさん……」
「な!? ふぇ!? ロ、ロイドくん!?」
 それはまるで、ロイドがローゼルを押し倒したみたいな格好っていうか押し倒したわ!
「バ、バカロイド! は、離れなさいよバカ!」
 なんかもうキキキキスするくらいに近い二人の顔を引き離すあたし。そして――

「……トモダチねぇ?」

 あたしとローゼルは、二人そろって顔を真っ赤にしながら、最初の元気な笑顔に戻ったリリーからにじみ出る黒い気配を感じていた。
「ま、話したいことは話せたからいいかな。ロイくん、ボクはそろそろ帰るよ。」
「帰る? あ、もしかしてどこかの宿とかって事?」
「ちょっと違うかな。この街には商会があるから、そっちに顔を出しておきたいってだけ。ボクの家はあのお店だもん。」
「そうだよね。」
「てことでロイくん、次はロイくんと二人っきりでお話したいな。校門まででいいから付き合ってよ。」
「えぇ? オレ今、リリーちゃんの馬車まで言って来たとこなんだけど……」
「なーにー? お見送りしてくれないのー?」
「妙な往復だよ……んまぁいいけど。じゃ、じゃあオレはリリーちゃんを送って来るよ。」
 こうして、リリーはロイドと一緒に部屋から出て行った。
「……この短時間に随分なドタバタだったな。」
「そうね……」
 ため息をつきながら、あたしはあたしのベッドに、ローゼルはロイドのベッドに座――
「……あんた、なんでロイドのベッドに座ってんのよ。」
「む? と、特別な意味はないさ。そうだな、強いて言えばリリーくんが乱したベッドを整えておこうかと思ったくらいだ。」
 そういって布団を丁寧に広げるローゼル。それを、なんて表現したらいいのかわかんない気持ちで見るあたし……
「しかし……リリー・トラピッチェ。彼女は一体何者なのだろうな。」
 なぜかロイドの枕を抱えたまま真剣な顔であたしの方を向くローゼルに、何か言いたいんだけど何を言えばいいのかわからないモヤモヤを感じながらその話題にのる。
「位置か時間、どっちかの使い手って事は確かね。」
「さっきの背後に移動したあれか。だがあの魔法の気配の無さ――おそらく第十系統の位置魔法だろう。」

 魔法の気配。人によっては「魔力を感じる」とか「マナの流れ」とか色んな言い方をするけど、要するに自分の近くで魔法が発動した時に感じる何かの事。何を感じてるのかイマイチわかんないけど――たぶん視線を感じるとかそういうよくわからない類だと思う。
 どの規模の魔法からそれを感じとれるかは人によるけど、大量のマナを使う第十二系統の時間は魔法を使える人なら誰でも気づく。プロゴがやってたコンマ数秒の自分自身の加速ですら、その気配はあった。

「もしリリーが時間使いなら、あたしたちの後ろをとるには――自分の動きを物凄く加速させるか、あたしたちを止めるかのどっちか……どっちをしても、魔法の気配は残るわ。」
「つまり、位置魔法という事になる。ロイドくんが椅子の上に置いて来たコーヒーカップがこの部屋にあったのも、位置魔法で移動させたと考えれば合点が行く。」
「でも……なんにせよ、あいつはかなりの使い手よ。時間よりは気配が少ないのは確かだけど、あたしやあんたが使う自然系のよりは気配が大きいはずだもの。それをあそこまで抑えるなんて……」

 魔法の気配は、それを使う奴の腕次第でかなり抑えられる。マナから魔力、魔力から魔法への変換がスムーズで、無駄がないほど気配は小さくなるんだけど……

「そうだな。あそこまで抑えられるとなると――恐ろしい話だが、暗殺を行えるレベルだ。」
「あいつの殺気も相当なもんだったわ。あいつ、「位置魔法が使える商人」じゃなくて、「位置魔法の使い手が商人やってる」って感じよ……元々は何だったのかしらね。」
 ローゼルが言ったみたいに元暗殺者って言われても納得できる。でもそんなのが何で商人なんか……それに、悪者だっていうならきっとフィリウスさんがそれに気づく。だけどロイドたちとは長い付き合いみたいだし……
「殺気……か。」
 あたしがリリーについて色々考えてると、ローゼルがロイドのまくらに顔の下半分をうずめてそうつぶや――!
「ちょ、ちょっとあんた!」
「エリルくん、わたしは少しショックだよ。」
「な、何がよ! ていうかそれ!」
「殺気だなんて、物騒なモノは……それこそ騎士の家の出のわたしが近い場所にいるものだと思っていたのだがな……」
「……? 何の話よ。」
「考えてもみてくれ。騎士の名門校に入ったわたしや多くの生徒が、田舎道で商売していた一人の商売人や、方々を放浪していた少年の足元にも及ばないんだ。まして、その二人が殺気なんてモノを放った……まったく、世間知らずの田舎者はどちらなのだろうな?」
「は? ちょっと待ちなさいよ……ロイドが殺気を? この前のプロゴとの時の話?」
「……この前は殺気を感じるとか、そんな余裕はなかったからわからないが……そうか、朝の事に気づいてなかったのか。」
「?」
「朝、男子が一人ロイドくんに色々聞いていただろう?」
「ああ、あれ。」
「そして話の最後、彼はエリルくんの悪口を言った。」
「……別に、悪口だなんて思ってないわ。あんなの、もう慣れたわよ。」
「問題はその後だ。エリルくんの悪口を言われたロイドくんは、その男子をエリルくんの悪口を言うなと、睨みつけた。その時だ……正直、わたしもゾッとしたよ。」
「……何によ。」
「ロイドくんの……迫力にだよ。あれはさっきのリリーくんの目に似ていた。相手に対する敵意、それがある一定の段階を超えたモノ……そのつもりはなかったろうが、ロイドくんはあの時、あの男子に向けて殺気を放っていた。」
「……ロイドが……殺気を……」
 あたしはプロゴとの戦いを思い出す。いつもすっとぼけた顔のロイドが怖い顔をしてたのが頭の片隅に残ってる。そしてそれは――
「あたしの為に……」
 思わずそう呟いたあたしは、真面目な顔をしてたローゼルの顔が膨れるのに気づく。
「べ、別にき、君だけの為というわけではな、ないと思うぞ! ロイドくんは友達想いなのだ! きっとわたしが悪口を言われても――怒ってくれる!」
 と、声を張り上げるけど絶対的な自信はなさげなローゼルを、あたしはなんだか優越感と一緒に眺めてた。
「でも――そうね。たぶんロイドはあんたの為にも怒るわ。そして、場合によっちゃこの前みたいな無茶をする。」
「……そうだな。ロイドくんはわたしやエリルくんをた、大切な人だと言う。意味合い的には友達のそれなのだろうが――一度家族を失っているロイドくんにとってこの言葉は、わたしたちが考えるよりも、そして本人が思うよりも大きな意味を持っている事だろう。」
「……あたしたちもちゃんと強くなって、ああいうことにならないようにしないといけないわね。」
「……ああ。」



 足取りは機嫌が良さそうなんだけど表情はなんかモヤモヤしてるリリーちゃんを横目に、オレはリリーちゃんのお店を片付けていた。なんか面白いくらいに変形する馬車は、きちんと畳むと出店から普通の馬車になった。すごいな。
「――ロイくん。」
「んん?」
 近くの木にくくりつけてあったリリーちゃんの馬を引っ張って来ると、リリーちゃんが心配そうな顔をしていた。
「エリルちゃんってさ……クォーツ家の人だよね。」
「……うん。」
「ボクはね、心配だよ。力のある家の人は狙われやすいんだ。何故なら、その家の人がどうにかなっちゃったとき、得する人が結構いるから。」
「……」
「誰と友達になってもいいと思うけどね? ボクはロイくんが巻き込まれたりしないか不安なんだ。」
「……ありがとう、リリーちゃん。でも……どっちかっていうと、オレは巻き込まれたいかな。」
「……どうして?」
「いつの間にかとか、知らない間にとか、そんな感じに大切な人がどうにかなっちゃうのは嫌なんだ。だからオレは巻き込まれて、そこでその人を守るんだ。それはエリルだからってわけじゃなくって、ローゼルさんだってそう。オレはね、リリーちゃん。そういう騎士になろうと思うんだ。」
「……まったく、妬けちゃうなぁ……」
「?」
「わかったよ。でも無茶はしないで欲しいかな。お得意様がいなくなっちゃうのは商人としてのボクが困るし、知り合いとしてのボクがハラハラするから。」
「知り合いなんて……リリーちゃんはオレの友達でしょう?」
「……トモダチ?」
「そう、オレにとっての大切な人。」
「――!」
 目を見開いて口をキュッと結んだリリーちゃんは、もう夕方だからかもしれないけど、顔が赤かった気がする。
「も、もう! まったくもぅ、ロイくんは!」
 そう言いながらバシバシとオレの肩を叩くリリーちゃん。
「よし! そんな危なっかしいロイくんにお守りをあげちゃうよ!」
「お守り? あ、もしかしてマジックアイテムとかいう――」

 マジックアイテム的な、オレの剣みたいな何かをくれるのかとワクワクしたオレは、直後ほっぺに感じた柔らかい感触に頭の中を真っ白にされた。
 それは昔、母さんが寝る前にしてくれたモノだった。
 ふざけて妹がしてきたこともあったモノだった。

 オレは――リリーちゃんにほっぺにキスをされた。

「ななな!?!?」
 時々見る慌てたローゼルさんみたいになったオレは、ひょいと離れるリリーちゃんを凝視した。
「うふふ、そんなに驚かなくてもいいと思うんだけどなー。」
「び、びっくりするよ! な、なにしてんのリリーちゃん!」
「お守り――おまじないだね。昔っから、可愛い女の子のほっぺちゅーは幸運のおまじないだよ?」
「だ、だからって……お、女の子がそんな――そういうことを軽々と……」
「……別に軽くはないから大丈夫。あ、あとこれ、お代をもらうからね。」
 その一言を聞いた瞬間、目の前のリリーちゃんが商人だって事を思い出す。
「さ、さっきあげるって!」
「タダとは言ってないよ? 大丈夫、いつか何かでもらうから。」
「な、何かって……」
「楽しみにしててね。あ、馬ありがとー。」
 ほっぺを抑えながらあたふたするオレをよそにそそっと馬をつないで馬車に乗り込むリリーちゃん。
「じゃあね、ロイくん。近いうちにまた会うよ。」
「え、近いうち?」
 オレの疑問には答えてくれず、リリーちゃんは行ってしまった。オレはこみ上げる恥ずかしさというかなんというか――何かに顔を熱くしながら寮に向かって歩き出す。
「……なんでかな。エリルとローゼルさんに怒られる気がするぞ?」

第二章 頂に立つ者

 ロイドの師匠のフィリウスさん。(オウガスト)でもあるその人は一体どんな人なのか。ロイドから聞いたり先生から聞いたりしてわかった事は、フィリウスさんは酒好きで女好きの中年オヤジだってことだった。
 確かに、どういう性格かを聞くとこういうろくでもない感じになるんだけど、その実績を調べてみるとイメージがひっくり返る。その実績があるからこそ、《オウガスト》になれた――つまり、世間的にはただの中年オヤジだった頃からとんでもなかったという事。
 剣の一振りでS級の魔法生物を真っ二つ。
 剣の一振りで裏の世界にその名を轟かせる悪党率いる一団のアジトを木端微塵。
 剣の一振りで昔の要塞を根城にする盗賊団を要塞ごと壊滅。
 とにかく大抵の事を剣の一振りで終わらせる豪快な戦い方と、それを可能にする圧倒的な力。本人の力も魔法の力も桁外れ。
 先代の《オウガスト》も一撃で倒したのかしら?
「お、それフィリウスの本か?」
 不意に耳元に響くロイドの声。ビックリして顔を横に向けたらロイドが近――
「近いわよバカ!」
「どわっ!」
 あたしに突き飛ばされたロイドはゴロゴロ転がって窓に頭をぶつけた。
「痛い……」
「あ、あんたがいきなりの、覗き込むからよ!」
「いや、だってフィリウスの写真が載っているからつい……んまぁちょっと若いけど。」
「……《ディセンバ》が来るっていうから、なんとなく十二騎士の本を借りてきたのよ。図書館からね。」
「おお、そういう本もあるのか。」
 あたしが本をテーブルに置いて広げると、ロイドはあたしの隣に来てそれを覗き込んだ。
 リリーが来てから二日後。いきなりリリーに抱き付かれたロイドを睨みつける男の子が増えてきたこの頃、明日来るっていう《ディセンバ》の話題で持ち切りだった今日の夜、あたしとロイドは肩が触れる距離で並んで座って本を覗き込んでた。
 お風呂上りの、寝るまでのちょっとした時間。この時間だけは他の誰もこなくて、この部屋はあたしとロイドだけになる。
 あたしは、この時間が好――べ、別に変な意味じゃないわ! 落ち着くって話よ!
「ん? 《ディセンバ》って女の人なのか。」
「昔は騎士って言えば男だったんだけどね。魔法のおかげで腕力だけじゃ強さが決まらなくなったのよ。だから女の人も強い人はすごく強いわ。どの代の十二騎士にも何人かいたみたいだし、逆に女の人の方が多い時もあったみたいね。《エイプリル》も女の人よ。」
「なるほど……あれ?」
 ロイドが本をパラパラめくって首を傾げる。
「なによ?」
「いや……顔写真はあるけど――他の十二騎士みたいに戦っている所っていうか、全身? の写真が《ディセンバ》は無いなぁと思って。」
「? 言われてみればそうね。彼女だけ武器がわからないわ。」
「なんか秘密の武器なのかな……」
「何よそれ。」
「あ、そういえばエリル。武器と言えば、この前思いついたんだけどさ――」
「?」
「オレみたいに、エリルもたくさんの武器を爆発で飛ばしたらすごいんじゃないか? 普通に剣がとんでくるよりも威力高いし。」
「いきなりね――でもそれは無理よ。」
「そうなのか?」
「あれをするには爆発を起こせる形――空洞があって、それでもって爆発を起こしても壊れないモノじゃないとできないのよ。」
「そっか。残念だ。」
 その後、パラパラと十二騎士を一人一人見て、その戦歴や伝説に驚きながら、そしてロイドが知ってる実際の《オウガスト》と、あたしが知っている実際の《エイプリル》とのギャップみたいなものを笑い合う。
「でもフィリウスも、あんなんでもすごく強いんだよなぁ……でもなんかよくわかんないな。」
「なによ、一番近くで見てきたクセに。」
「そう言われても……こう言っちゃあれだけど、フィリウスが本気になるような相手に出くわしたことないんだよ。いざ悪い奴にからまれたら「実戦経験だ、大将!」とか言って何人かをオレに任せるんだけど、オレの事はしっかり――見守っていてくれてさ、自分が相手にしてる奴は片手間にやっつけちゃうんだ。強いってのはわかるんだけど、どれくらいなのかわからない。」
「そうね……先生を基準にするといいかもしれないわ。」
「先生? アドニス先生のことか?」
「……どうせ知らないんでしょうから教えるけど、あの先生ってすごい人なのよ。」
「う、またそういう話か。オレの恩人は十二騎士だったし、学院で初めに知り合った相手はエリルだし――もしかしてローゼルさんも騎士の世界じゃすごい家の人だったりするのか?」
「リシアンサスは――そうね。この国じゃ十本の指に入る名家よ。」
「……んで、先生はどれくらいすごいんだ?」
「元国王軍指導教官。」
「?? 指導教官ってのはつまり先生的なモノで……え、国王軍の?」
「そうよ。上級騎士の中から選ばれた精鋭がそろう軍……個人的にすごい騎士団を作ってるところもあるけど、単純にこの国で一番強い騎士団……その指導教官よ。」
「めっちゃ強いってことじゃんか!」
「あたしたちにとっては嬉しい先生だけど、そんな人がここにいてもいいのかしら? って気もしてくるくらいね。」
「えっと……その、ごめん。気を悪くするかもだけど、それはエリルが入学したからなのか?」
 ロイドは、あたしの前であたしがクォーツ家の人間だって事に触れるような事を話すのをためらってくれる。
 正直、ロイドがいる今――ロイドとかローゼルがいる今、お姫様とか言われても前ほど嫌な気分にならなくなってる。だけどそんなロイドの気遣いが――優しさが嬉しくて、それを感じていたくてあたしは何も言わない。
 ――って、何考えてんの、あたし?
「――たぶんそうね。」
「そっか。んで、先生が基準ってのは?」
「ルビル・アドニスと言えば、毎年行われる十二騎士への挑戦で《フェブラリ》――第二系統の頂点に立つ騎士に毎年挑んでる人って事で有名よ。」
「? 挑むのが有名なのか?」
「そうよ。前にローゼルが話したでしょ。系統ごとにトーナメントやって優勝したら十二騎士に挑めるって。」
「! 毎年挑んでるって事は……」
「世界中の猛者を毎年抑えてトーナメントに優勝してるって事よ。第二系統じゃ《フェブラリ》が一番で、二番はルビル・アドニスってのが……騎士の間じゃ常識みたいになってるわ。」
「つまり、今一番十二騎士に近い人って事か。なるほど……」
 ロイドは何かを思い出しながら苦笑いをした。
 先生はあたしとロイドの初めての模擬戦を中断させた人。ロイドは避けてただけだけど、あたしは爆発の勢いの乗ったパンチを片手で止められた。
「先生って実技の先生だけど……あんな動きにくそうな格好なのにオレたちが一斉に飛びかかっても全員返り討ちにされるもんな……しかも武器と魔法を使わずに。」
 ロイドの言う通り、先生は実技の先生。武器を使う技術と魔法を使う技術の両方を学ぶ授業――要するに実戦を勉強する授業だ。授業の中で時々先生相手に模擬戦をするんだけど、今のところ誰一人としてかすり傷も負わせられてない。
「つまり十二騎士ってのは少なくともあれくらいって事か……すごいんだなぁ……ん、もうこんな時間か。」
 ロイドにつられてあたしも壁の時計を見る。そうそろ明日になりそうな時間だった。
「寝ようか。」
「そうね。」
 真ん中に出してたテーブルをたたんで隅っこに置き、カーテンを引く。その時、あたしは剣が鞘から抜かれる音を聞いた。見ると、ロイドが剣を一本手に持ったままベッドに入ろうとしてる。
 今まで野宿が当たり前だったロイドはその癖がまだ続いてる。だけどあたしは――
「ねぇ、ロイド。あんたいつまでその剣を持って寝るのよ。」
「? あ、心配ないぞ。もう慣れてるから寝返りして身体を切っちゃった! みたいなことにはならない。」
「そうじゃないわよ。だってもうここは――今まであんたが心配してた魔法生物とか賊に襲われる事はないのよ?」
「それはわかってるさ。あの時間使いが来たには来たけど、それだって明日(ディセンバ)が魔法をかければこの学院は無敵の結界に包まれる。もう二度と誰も入ってこれない――って先生が言ってた。それを信じてないわけじゃないけど――でもオレはエリルを守るって決めたから。」
「――!」
「だから……まだまだ弱いオレだから、警戒だけでも精一杯しておきたいんだ。」

 ロイドの気持ち――みたいなのはわかる。ローゼルと話した通り、たぶんロイドにとってロイドの言う大切な人っていうのはそれこそ命を懸けて守る相手。万が一に備えていつも準備する。
 でもそれじゃあ、あんたがちゃんと休めないじゃない!

「――ロイド。あたしが《エイプリル》から教わった騎士の心得をあんたに教えるわ。」
「おお? なんだそれ。」
「『騎士は、その時にだけ騎士になればいい。』」
「??」
「騎士は――特に、さっきの国王軍みたいに国とか大きなものを守るんじゃない、誰かを守る騎士は守る相手との信頼関係が大切よ。」
「そりゃ……そうだ。」
「それこそ、あ、あんたとあたしみたいにととと、友達みたいな関係になれれば一番だって《エイプリル》は言ってたわ。勿論、それを逆手に取られて事態が悪くなるかもしれない。だけど、いつも傍にいて守ってくれる人が「それが仕事ですから」って顔して武器を片手にうろうろしてたら守られる側は……安全だけど安心できない。」
「……でも、それでもガッチリ守られてる方が安心じゃあ……」
「そ、そうなんだけど……そうじゃなくて!」
 あたしは、そこから先、あとで思い返すとすごく勇気を出したなって思える事を言った。
「い、いい? あんたはあたしの騎士なんでしょ! あたしを守るんでしょ! なら中心はあたし! あたしは、自分を守ってくれる人がいつも武器持って寝てたら安心しないの! しかもそいつはあたしの友達だから! 剣を持ってちゃんと眠れてるのか心配になるの! き、騎士が騎士自身で守る相手を不安にさせるなんて論外よ! そ、そんなんじゃあたしの騎士なんてししし、失格なのよバカ!」
 一気に言った。ここ最近、寝る前に剣の音を聞く度に感じてたモヤモヤを全部吐き出した。あんまりに一気に吐き出したからどんな言葉を口から出したかイマイチ覚えてないんだけど、恥ずかしい事は確かみたいで、顔がすごく熱くなった。
「――!!」
 もうロイドの顔も見れないから、あたしはそのまま自分のベッドにもぐりこんだ。
 電気もつけっぱなしでカーテンも半分しか引いてない。
 ロイドがバカなせいで時々感じる顔の熱さとは違う――何か違う顔の熱さ。心臓がバクバクなって眠れるわけなんてない感じなのに、あたしは布団にくるまる。

「エリル。」

 予想外に、ビックリするくらい近くでロイドの声がした。たぶん、あたしのベッドの横に立ってる。
「オレ――オレ、まだまだ騎士の卵でさ。だけどもう守りたい人がいるんだ。だから騎士として頑張るんだけど、やっぱり半人前でさ――ごめん。今まで不安にさせてたんだな。」
「……」
「『騎士は、その時だけ騎士であればいい。』か。その時、その瞬間になったら騎士になって全力で守るんだけど、そうじゃない時までピリピリしてたらダメで、そういう間は友達として傍にいるべし――って事なのかな。うん、そうだな。その通りだよ。」
「……」
「きっとまた、今度は違う何かで――エリルを不安にさせるかもしれない。だけど……間違っていたら直すから。それで絶対立派な騎士になるから、だからその――今回のこれは改めるから、ひ、一先ずこれから先も……オレに、エリルを守らせて下さい。」

 あたし自身、そんなに大した騎士でもないし、守られる側としてもそんなに大層なモノじゃないと思う。でもロイドはあたしを守ると言って、騎士になると言った。
 あたしの見習い騎士が、あたしの文句を聞いて謝った。注意するって。改めるって。
 そうしたら別に、あたしにその騎士をどうこうするつもりはない。元からないし。

 ……頭を下げてるのか、こっちをずっと見てるのか、今ロイドがどんな状態なのか全然わかんない。でも――そう、ロイドがああ言ったんだから、あたしはちゃんと顔を見て答えなきゃいけない。そう思って――
 
「――ゆ、許してあげるわ。これからは気をつけ――」
 言いながらロイドの声がしてた方を向きながら顔を出す。そしたらあたしと同じ目線にロイドの目があった。
 確かにロイドはベッドの横にいた。だけど立ってはいなくて――
「そっか! ありがとう!」
 あたしの顔から二十センチと離れてない距離にあるロイドの顔。ロイドは、しゃがみこんであたしの顔を覗いてた。
 不意打ちに目の前に広がるロイドの、許してもらって嬉しそうな笑顔。それだけでもアレなのに、布団の中ってだけで……まるで寝顔をずっと見られていたみたいな……別にそうじゃ全然ないんだけど、いつも以上にこみ上げて来る恥ずかしさにあたしは――
「みゃあああああ!」
「ぎゃあああああ!」
 ロイドに目つぶしをした。


 目を開くと天蓋。窓から差し込む朝日。起こしに来たメイド。
 重たいまぶたをこすりながら、メイドの手を借りて着替える。
 朝の紅茶を一杯。今日の予定を確認。
 そろそろ朝食の時間。部屋の扉を開けて廊下に出る。
 そしてその時に再会する、昨日の夜に別れた人。
 おやすみなさいと言って別れて、おはようございますと言って再会する人。
 深々と頭を下げるその人を見て、メイドは一礼の後にその場からいなくなる。
 残るのは二人だけ。
お姫様と、彼女を守る騎士。
 頭をあげた騎士は、ほんの数秒前までの礼儀正しい態度や上の者に対する振る舞いを空っぽにしてニッコリとほほ笑む。

「おはよう、エリル。」

 ――。
 ――。
「……なんて夢……」
 きっと昨日の――あのバカのせいでこんな夢を……
 きょ、今日は《ディセンバ》が来るのよ! 世界最強の十二人の一人! 何か学べるモノは学んでおきたいところじゃない。集中するのよ――
「おはよう、エリル。」
 顔を洗いたくて洗面所にきたらロイドがいた。
「ん? 今日は朝から目がパッチリしてるな。いつもは眠そうなの――」
「みゃあああああ!」
「どわっ!?」
 ロイドに向かってパンチで突進するも、ロイドお得意の円を描く動きでこんな狭い場所なのにするりとかわされた。
「な、なんだ!? オレなんかしたか!?」
「ゆ、夢に出てきたのよ!」
「えぇ!? それでオレ怒られてるのか!?」

 そのままの流れで朝の鍛錬を全力で戦ったあたしとロイドは朝っぱらからクタクタになって学食に行った。
「今日はローゼルさん来なかったな。」
「なによ、来てほしいわけ?」
「そりゃまぁ、みんないた方が楽しいし。」
「ふぅん。」
 お腹がぺこぺこだったから、エネルギーになるっていうパスタを選んで、あたしはローゼルを探した。ここ最近は三人で朝ごはんを食べてて、そしていつもローゼルが席をとって座ってる。
「あら?」
 ローゼルを見つけたあたしはそっちに向かう。だけどそのローゼルは一人じゃなくて、正面に座る誰かと親しそうにしゃべってた。相手は金髪の女の子なんだけど、少なくともあたしのクラスでは見覚えのない髪の色だわ。
「……おはよう、ローゼル。」
 あたしは、自分でも意外なんだけど最近すっと出るようになったローゼルへの挨拶をする。
「おはよう、エリルくん。」
「……こっちは?」
 あたしは金髪の女の子に視線を移した。

 金髪の女の子って言うと気の強そうなイメージがなんとなくあるけど、この女の子はそうじゃなかった。雰囲気で言えばおとなしめね。
 髪はセミロングですとんと落ちるこれまたおとなしい髪型。ただ、あたしから見て左側、顔にかかりそうな髪をなんでか三つも髪留めを使ってまとめてる。小さいのをパチンってはめるタイプなんだけど、髪を止めるのにそんなに力のいらなそうな場所を止めるのに同じ髪留めを三つ使うっていうのはなんだか不思議っていうか……大げさだけど頭が左に傾かないのかしら。
 そんな髪を見ていたら、その女の子と目が合った。ビクッとして怯えたみたいなその目は、表情こそ小動物みたいなんだけど……その瞳の色は金色で、まるで宝石みたいに輝いていて吸い込まれそうな美しさってのがあって――

「大変だエリル! 生姜焼きってのを頼んだらなんか肉が出てきた! 生姜がどっか行った!」
 あたしがその女の子の眼に見入ってたら後ろからバカな事を言いながらロイドが来た。
「……ロイド、生姜焼きってそういう料理よ。」
「えぇ!? オレてっきり生姜の丸焼きだけの料理かと思って、面白そうだなって頼んだのに……生姜は?」
「それ、お肉についてるわよ。」
「? あ、これがそうなのか。たれに浸った大根おろしかと思ってた……」
「ふふふ。朝から相変わらずだな、ロイドくん。」
 ローゼルが挨拶した時、目の前の金髪の女の子がその吸い込まれそうな金の瞳を真ん丸に見開いた。
「あ、ローゼルさん。おはよう――ん? そっちの人は……」
「紹介するよ。二人とも座ってくれ。」
 ローゼルに促されて、あたしはローゼルの、ロイドは金髪の女の子の隣に座った。
「さて、遅ればせながら紹介しよう。わたしのルームメイトのティアナ・マリーゴールドだ。」
 金髪の女の子――ティアナはぺこりと頭を動かした。
「ルームメイト? あの病気か何かでずっと部屋にいた子? 治ったのね。」
「ああ。クリオス草の薬のおかげでな。まさかこうも簡単に治るとはな……もっと早く医務室の先生に相談するべきだった。」
「? 相談してなかったの?」
「――少しあってな。ああ、そうだ。二人の紹介をしなければ。ティアナ、こちらがエリル――」
 あたしの紹介を途中で止めたローゼルの視線の先では――
「?? あれ? やっぱり?」
 ロイドが、一生懸命顔を背けてるティアナの顔を覗こうと首を動かしてた。見方を変えると、嫌がる女の子をナンパする軽い男みたいな――
「何してんのよ!」
「何をしてるんだ!」
 あたしに鼻を、ローゼルにほっぺをつままれたロイドはふがふが言いながらわけを話す。
「い、いや……一度会った事あると思って……顔をよく見たいなと……」
「? それはないはずだ。ティアナはロイドくんが来る前から部屋で――」
 そこまで言ってローゼルが――なんて言えばいいのかわからない微妙な顔になった。
「……ティアナ? ま、まさか王――」
「だめーっ!!」
 大人しいと思ってた女の子が、おとなしめな声色でいきなり大声を出してローゼルの口を塞いだ。何事かと、周りの生徒たちの視線が集まるのに気づいて、ティアナはローゼルから手を離して俯いた。
「……そうか……まったく……」
 ローゼルはやっぱり微妙な顔で、今度はロイドを見る。
「ん?」
「……なんでもない。」
 なんでか知らないけどローゼルがすねた顔になった。
「……よくわかんないけど、あたしがエリル・クォーツでそっちがロイド・サードニクスよ。よろしくね、ティアナ。」
「……よろしく……」
 俯いたままのティアナは、そのままの姿勢で手を伸ばし、ローゼルの制服を引っ張った。
「うん?」
「あの……お、お礼……ちゃんと、話さないと……」
「! 話していいのか? まぁ、ロイドくんは見てしまったのだろうが……無理して話さなくてもいいんだぞ?」
「それは、だ、だめだと思うの……」
「そうか。ティアナがそう言うのならそうしよう。しかし、相変わらず変な所で頑固だな。」
 すねた顔から元に戻ったローゼルはあたしとロイドを交互に見る。
「ティアナがかれこれひと月の間、部屋に閉じこもっていた理由を話そうと思う。特に、ロイドくんにはクリオス草の礼があるしな……話しておかなければいけないだろう。」
「……ならあたしは聞かない方がいいかしら?」
「いや。エリルくんには今後――ああならない為のアドバイスが欲しい。」
「――てことは、病気じゃなくて、魔法絡みの何かって事ね?」
「そうだ。」
「えっとさ……」
 ローゼルやあたしが真面目な話の空気の中で真面目な顔をしてると、ロイドはお茶碗を片手にボケッと言った。
「なんか大事な話なんだろうけど、きっとそれ、あんまり他の人に聞かれたくないんだろ? ここでするのか?」
 そう言われてふと周りを見る。朝ごはんを食べにきた生徒でいっぱいの学食……聞こうとしなくても耳に入ってしまうような状態。
「む……言われてみればそうだな。ロイドくんにしては気の利いた事を言う。」
「珍しいわね。」
「えぇ……ちょっとひどくないか?」
「では――今日の放課後にしようか。わたしたちの部屋でどうだろう。」
「いいんじゃないかしら。」
「えぇ? あんまりよくないんじゃ……」
「なんでよ。」
「だってオレ、エリルの部屋よりも奥に入らない方がいいって言われたんだけど……ローゼルさんに。」
「……そういえばそんな事を言ったな。だが今更だな。ロイドくん、君が今女子寮の住人にどう認識されているか知っているか?」
「?」
「なにそれ、何の話?」
 あたしも聞いたことのない話を、ローゼルは当たり前みたいに話す。
「いいか? 君たち二人は毎朝寮の庭で朝の鍛錬に励んでいるのだぞ? 女子寮の全員がそれを見た事があるし、ロイドくんとエリルくんが――ど、同室というのも最早周知だ。」
「……そうでしょうね。」
「そして、ロイドくんはA級犯罪者のプロゴを撃退した。毎朝披露している、見るからにレベルの高い体術とそういう実績。少なくとも女子寮の――女子の間で、ロイドくんは上級生からも一目置かれているのだ。」
「えぇ? 上級生って二年生とか三年生ってことだろう? いくらなんでも……」
「君は自分を過小評価し過ぎなのだ。」
 ローゼルの言葉に、あたしは頷きながら――
「そうよ。あんた、鍛錬の時とか実技の時じゃ全力じゃないじゃない。」
「えぇ? 手を抜いているつもりはないんだけど……」
「つもりがないだけよ。あんたとあのプロゴの戦いを見たあたしたちからしたら手抜きもいいところよ。あの時、プロゴは学院の時間を止めるのに力を使ってたせいで全力じゃないって言ってたけど、それでも――鈍りはするだろうけど根本的な戦闘技術まで無くなるわけじゃないわ。A級っていう、騎士で言ったら上級騎士クラスの相手と同等の戦闘をした……体術だけなら間違いなく三年生にも通じるわ。」
 って、あたしが腕組みをしながら言うとローゼルが目を半分にしてぼそりと言った。
「――エリルくん。なぜ君が自分の事のようにニヨニヨしているのだ?」
「し、してないわよ!」
 コホンと咳払いをして目を戻すローゼル。
「単純に実力があり、加えてその――何も知らない雰囲気というか、田舎者くささというか、人畜無害っぷりというか――」
「あれ、もしかしてオレ今ローゼルさんに悪口言われてる?」
「――諸々含め、ロイドくんは……女子寮に男子が来た時に女子が心配する色々な事を心配しなくてもいいだろうという、この前わたしが口から出まかせで言った事が現実になっているのだ。」
「で、出まかせだったのか……」
 女子の中での妙な信頼の高さよりもローゼルからの毒舌にショックを受けてるロイド。
「ロイドくんはその辺り信頼されている。だからもう大丈夫だ。」
「……ローゼルさんって、実はオレの事嫌い?」
「? いや、好きだが。」
「そっか! よかった!」
「うむ。」
 結局、どういう話かは知らないけどティアナの話を放課後、ローゼルたちの部屋で聞くことを決めたあたしたちは、朝ごはんを食べる事に集中する。
 途中、段々とローゼルの顔が赤くなっていって、食べ終わる頃には頭を抱えて何かをぶつぶつ言ってた。たぶんロイドとティアナには聞こえてないんだろうけど、あたしには聞こえてた。

「すすすすす、好きと言ってしまった、好きと言ってしまった、好きと言ってしまった……!!」



 オレたちが授業を受けている建物――校舎の隣にある建物は体育館と呼ばれている。要するに屋根と綺麗な床つきの校庭みたいなもんで、室内で身体を動かす授業の時に使う。
 オレが通っていた学校にはこんなん無かったから、雨が降ると体育が中止になってブーブー文句を言ったものだ。
 だけど今は運動するために使っていない。オレのクラスも含めてこの学校の全クラス――一年生から三年生までが勢揃いし、綺麗に並んで体育館の中におさまっている。
 まだ経験はないんだけど、全校集会? とかいうのをやる時にはこういう形になるのだとか。ただ、今はそうじゃない。
「朝から集まってもらってすまんの。一時間目の授業を担当しておる先生方にも迷惑をかける。」
 オレたちが向いている方向には一段高くなってる場所があって、そこには偉い人がスピーチする時とかに置かれるマイク付のテーブルが設置されてて、その後ろに学院長が立っていた。
「じゃがしかし、諸君らの目標にもなり、いずれは剣を交えるかもしれぬ方が来て下さった。要件は別にあるとは言え、諸君らに言葉を送りたいと言って下さったのでな。挨拶をいただくことになった。では紹介しよう。」
 学院長が一段高くなっている場所の袖口を向き――
「十二騎士の一人、《ディセンバ》じゃ。」
 カシャンカシャンと、鎧の音をさせながら袖口から人が出てきた。そしてその瞬間、体育館中がざわめいた。
 そりゃもちろん、十二騎士の一人が来たんだから生徒のテンションも上がるってものだろう。だけど、そのざわめきはそういう理由のざわめきじゃなかった。
 姿勢よく歩き、学院長がいるテーブルの横で止まって、その人はこっちを向いた。
 十二騎士って聞くとベテランなイメージだし、何よりその内の一人が中年オヤジだからみんなそこそこの歳だと思っていたんだけど、エリルと一緒にあの本を見た時から《ディセンバ》は若いんだなと思っていた。二十後半から三十前半ってところだろうか。
 鎧を着た短い金髪の若い女の人。いや、正確に言えば――鎧しか着ていない。
 全身を包むタイプの鎧じゃない、要所要所だけを覆ってできるだけ身軽にするタイプの鎧……それだけを身にまとっているのだ。
 つまり、鎧が覆っていない場所は素肌が丸見えでお腹まわりとか太ももとか……背中に至っては丸出しで……歩く姿を横から見た感じだと……な、なんかお尻の上のあたりまで見えそうなくらいだった気がする。
 下着は履いているだろうけど、腰のあたりにある鎧はスカートと呼べるようなものじゃなくて所々隙間があるし丈で言ったら膝のかなり上までしかない……一番前に並んでる生徒には見えているんじゃないかと思うくらいだ。
 細かく言い出したらキリがないんだが、要するにかなり――色っぽい鎧姿だった。
「《ディセンバ》殿、こちらへ。」
 学院長が横に出て、代わりに《ディセンバ》がテーブルの後ろに立つ。これでお腹から下あたりは見えなくなったけど、び、微妙に隠れ切れていない――フィリウスが「うひょー」とか言いそうな立派な胸が鎧の所々から見えて……よ、余計に……
 そろそろどっちかの、もしくは二人のビンタなりが飛んでくる――そう思ったオレは目だけを動かして周りを警戒する。だけどよく考えたら、オレからはちょっと離れたところに並んでいる二人の手はオレに届くはずもない。
 しかしこのままだと終わった後に燃やされるか凍らされる。そう思い、オレはせめてもの意思表示として、ポケットからハンカチを取り出し、それを広げて目のあたりに巻き付けた。
 何も見えなくなったオレは、《ディセンバ》の声だけを聞く。
「――別に私はそこまでの歳ではないし、まだまだ若いと思ってはいるが、ここでは確実にそうではないだろうからこう言おう。おはよう、若人たちよ!」
 凛とした、よく通る声だった。
「私の名はセルヴィア・キャストライト。十二騎士の一角、《ディセンバ》の名を預かる者だ。」
 本名と十二騎士としての称号、どっちで呼ぶべきなのか迷うところだ。
「自分で言うのもなんだが、諸君らからすると……私は遥か高みにいる存在に見えるだろう。まだ騎士の卵である諸君らに対し、私は世界最強の十二人の一人なのだから。」
 ものすごく自慢しているようだけど、その声からはそういうのが感じられない。
「しかしだ、諸君。私が今言った事は、かつて私も感じた事だ。学生の時分だった私が当時の十二騎士の一人を見た時に思った事だ。そう、今の十二騎士にはそうでなかった時があり、十二騎士に憧れたりした時があったのだ。残念ながら、今の十二騎士は今の十二騎士のモノだ。だが、未来はどうであろうな?」
 ふとフィリウスを思い出す。そういえばフィリウスもそんな事を言っていた。生まれた時から強い奴はそうそういなくて、強い奴ってのは大抵、その昔弱い奴だったと。
「私はここに立つ事が出来てとても嬉しい。なにせ、未来の十二騎士の前に立っているのだから。もしかしたら、未来の十二騎士の目標や憧れになっていたりするかもしれない。そう思うと心が震える。ここは一つ、カッコイイ姿を見せなくてはとな。」
 周りの生徒たちがざわついた。今の言葉にというよりは――オレには見えてないけど、《ディセンバ》が何かを始めたようだ。
「私がここに来た理由は、この学院に第十二系統の時間に対する防御魔法をはることだ。既に魔法陣などの配置は終えているから、あとは発動させるだけ――さぁ、若人よ。この今を過去にし、未来へつなげるといい。これが世界で一番の時間使いの時間魔法だ。」
 時計の音がした。小さな時計のカチコチという音じゃなくて、もっと大きな時計の針がガコンと動いた時の短く、重たい音。
「ふふふ、興ざめかもしれないが、これで終了だ。」
 ……ホントに何が起きたのやら、さっぱりだった。



 とんでもなかった。
 あたしが、人よりも魔力とかの気配に敏感ってのは理解してる。魔法を使うのに合ってる才能だって、あたしに魔法を指導した家の――家庭教師みたいな人は言ってた。
 そんなあたしが今感じたのは、あの――や、やらしい格好の十二騎士が両腕を広げて、聞き取れない程の小声と早さで呪文を唱えた瞬間に発せられた圧倒的な魔法の気配。体育館どころじゃない、きっと学院を丸々覆っちゃうくらいの巨大な魔力の広がり。
 そりゃ、この学院に結界をはりにきたんだからそうなのは当然なんだけど、それをあんな平然とできるモノなの? あの一瞬に、《ディセンバ》の身体にかかった負荷はどれくらいなのか想像もつかないわ。
「ほう? 上に立つとみなが良く見えるのだと、諸君らくらいの時に言われたがその通りだな。今の魔法、その気配を感じ取ってビックリしている者が数人見える。有望な魔法使いだな。」
 満足そうに笑う《ディセンバ》。動くたんびに――む、胸が鎧の中で揺れる。
「しかしそうでない者には私が来た事で経験したことが何もないというのは私の望む所とは異なる。よって、諸君ら一人一人に権利を与えようと思う。」
 綺麗に笑っていた《ディセンバ》の顔が、同じ笑顔なんだけど――もっと挑戦的なそれになった。
「私と戦う権利を。」
 体育館のざわめきが頂点に達する。これには学院長も驚いた顔をしていた。
「一対一でも、チーム戦でも構わない。好きな方法で私に挑んでくるといい。勝っても負けても、褒美も残念賞もないが……どうかな?」
 《ディセンバ》の問いに誰かが答える。それが連鎖して、広がって、体育館中の全員が叫んだ。
「ちょ、ちょっと待たれよ! 全校生徒と戦うとおっしゃるのか?」
「学院長。私はあなたよりも遥かに年下ですし、私はあなたという大魔法使いを尊敬しています。敬語は無しでお願いできませんか?」
「そ、そうか……ではない! 日が暮れるどころの話ではな――」
 学院長の言葉を遮って、《ディセンバ》がガントレットをつけた手をガシャンと叩いた。瞬間、さっきと同じくらいの魔法の気配が広がった。
「今、この学院を時間的に隔離しました。これでこの中で一年間戦ったとしても、街に出ればお昼時程度でしょう。」
 学院内の時間だけを……えぇっと? この場合早くしたってことかしら。
「若人たち。あ、先生方もよろしければ。私は校庭に向かいます。」


 授業どころじゃないこの状況。校庭の真ん中に《ディセンバ》が立ち、その周りを遠巻きに生徒たちが囲む。全員が制服から授業の時に使う体操着に着替えて、自分の武器を手にしてる。
「学院の時間を操っているから、残念ながら今の私は魔法を使えない。が、この剣技だけでも卵の諸君らには脅威となるだろう。いや、もしかすると剣抜きでもそうかもしれないかな? そんな強者である私だが……恐れずしてかかって来るといい。」
 《ディセンバ》は、幅の広い重そうな剣を地面に突き立てた。格好だけ見れば、ほ、ほとんど裸みたいなやらしい格好なのに、騒ぐ男の子は一人もいない。
 そんな事で喜んでる場合じゃない。そんな余裕はない。それくらいのプレッシャーが《ディセンバ》からは放たれていた。
「これが世界最強の威圧感というやつか。」
 気づくと隣にローゼルがいた。
「あの十二騎士と剣を交える機会。大半の生徒が嬉しい事と思っているのだろう。しかしこの状況……一人目が出て行かないと誰も出ないな。」
 私も含めて、って付け加えたローゼルの言う事は確かにその通りだわ。だってここには全校生徒が集まってるんだもの。それに《ディセンバ》が単純に――怖くもある。
 だって相手は世界最強の一人……何もできないで終わる事が目に見えてる。別に恥でも何でもないんだろうけど、それでもこれだけのギャラリーの前であっさり負ける姿なんて見せたくな――

「はい! オレ、やってもいいですか!」

 全校生徒が武器を手にして、戦おうとはしてるけどあと一歩前に出ない中で空気を読まなそうな声と口調で誰かがそう言った。人ごみの中から出てきたのは男の子。割と整った顔立ちなんだけど制服に着られてる感がある、雰囲気的にちょっと田舎の――
「――って、ロイド!」
 あたしたちからは離れた所にいたロイドが、スタスタと校庭の真ん中に歩いて行って《ディセンバ》の前で立ち止まった。
「ほう。全員に聞くつもりはないが、しかしこの我ながら出にくい状況で最初に出てきた君には聞いてみようか。さっき私は戦う権利を与えると言った。義務ではない。つまり君は、何か理由があって今、私の前に立ったはずだ。それはなんだろうか?」
 キョトンとしたロイドは抑揚のない、当たり前の事を言うように答える。
「自分の実力を知るため……です。」
「実力か。なるほど。自分より強い者と戦えば、自分の今の限界点を知る事ができるだろう。しかしそれなら――そう、他の生徒を相手にしてもできるのでは? 上級生とか。」
「んまぁ、そうですけど……せっかくの十二騎士だし、それに長い間自分の――実力っていうのを測る時に比べる相手にしていた奴が――十二騎士だったみたいなので。」
「? それはどういう――」
 長い間ロイドが自分の強さを測る為に比較にしてた相手……それはフィリウスさんだ。
「――! 二刀流……もしや……ふむ。では始めようか。」
「お、お願いします。」
 手にした二本の剣を抜くロイド。そして剣は突き立てたまま、別に構えもしない《ディセンバ》。
「――この戦い、いいんだか悪いんだか、だな。」
「は?」
 隣でローゼルが妙な事を言った。
「今、ロイドくん――ロイド・サードニクスという男子生徒がA級犯罪者を撃退したという話が、きっと色々な尾ひれを付けて学院中に広まっている。そして彼が独特な剣術を使う事も知れ渡っている。戦いが始まれば誰もが、あそこにいる男子をロイドくんだと認識する。その実力を全校生徒にお披露目するわけだ。噂通りに、もしくは予想以上予想以下……それぞれがロイドくんをその目で評価するだろう。どの方向にせよ、この戦いの後、周囲のロイドくんを見る目は変わるのだ。」
 ロイドはいつものように剣を持ち、そして右手に持った剣を――回し始めた。
 ざわめく生徒たち。
 でも、今のロイドはここで終わらない。
「……風、イメージ……」
 相変わらず、ぶつぶつ言わないと初期魔法も使えないロイドがそんな事を言いながら風を起こす。て言っても、誰にも見えてないんだけど。
 右手で回ってた剣が、ふわりとその手から離れた。だけど回転はそのままに、ゆっくりとロイドの周りを回り始める。左手の剣はロイドがひょいと空中に投げると風を受けて回転を始め、同じようにロイドの周りをグルグルする。
 最終的に、両手をフリーにしたロイドと、回転ノコギリみたいに高速回転しながらロイドの周りをグルグルする二本の剣が出来上がった。
 生徒たちのざわめきが大きくなる。あたしは――何故か嬉しく思って、そういえば《ディセンバ》はどんな顔をしてるのかと思ってそっちを見た。
「やはりか。」
 《ディセンバ》は――え、なんか嬉しそうね……
「そうかそうか。君がタイショーくんか。」
 ……? タイショーくん? 誰よそれ。
「?」
 言われたロイドも首をかしげる。
「しかし話によればまだ入学してひと月も経っていないのだろう? ということは魔法の経験もその程度。だと言うのに既にそこまで――なるほど。その剣術の要はやはり回転の技術なのだな。風の扱いは二の次と。」
「! これを知ってるんですか?」
「勿論。あの《オウガスト》は今でも語り草だ。」
 ロイドの――ロイドが言うところの曲芸剣術の事を知ってるらしい《ディセンバ》。それは別にいいんだけど、なんでロイドが最近入学したばっかって事を知ってんのよ……
「だが……彼の場合は一度に百を超える武器をそうさせていたから良かったが、今の君が彼と同じ事をするのはお勧めしないな。その二本の剣を自由自在に私に飛ばしたとして、しかし私は一瞬で君に近づくことが出来る。武器を持っていない無防備な君にな。このままではすぐに決着してしまうが――どうする?」
 《ディセンバ》の突然のアドバイス。でも確かにその通りだわ。
 たぶん、あの剣術を使ってた《オウガスト》は――十二騎士なんだし、魔法の腕もすごかったはず。だから、無数の武器を相手に飛ばしちゃったせいで自分自身が無防備になっても戦えた。だけどロイドにはそれがない。
 言われたロイドも「言われてみれば」って納得した顔になって、あごに手をあてて何かを考えてる。それを一分くらいやった後、ロイドはこくんと頷いて身構えた。
「どうするか決めたようだな。では始めようか。先手は譲ろう。」
 相変わらず武器も持たないで立ってるだけの《ディセンバ》。
「行きます!」
 ロイドが――走り出した。
 真っ直ぐに《ディセンバ》の方に向かうロイド。その左右には回転する剣が並んでる。
「はっ!」
 まだだいぶ距離が離れてるのに、ロイドは走りながら右手を前に出した。するとロイドの右側に浮いてた回転する剣が手の動きに合わせて銀色の弧を描きながら《ディセンバ》に迫った。
「ほう。」
 少し身体を動かしてそれを避ける《ディセンバ》。対してロイドは、避けられることをわかってたみたいに、今度は左手を動かして左側に浮いてた剣を一直線に飛ばした。
 さっき弧を描いて飛んできた剣と比べると圧倒的に速いその剣は――
「いいフェイントだ。数が増えれば脅威だろう。」
 《ディセンバ》のガントレットの指に触れたかと思うと明後日の方向に飛んでった。
「すごいな……指先の動きだけで軌道を変えたのか。」
 隣でローゼルが驚く。
「まだまだ!」
 《ディセンバ》との距離が剣を振り回すような近距離になると、ロイドは得意の円を描く動きで《ディセンバ》の周りを右へ左へ流れるように動く。そして、両腕を動かして避けられた剣と逸らされた剣を再び《ディセンバ》に向ける。
「おお、これは……」
 《ディセンバ》の呟きは落ち着いてたけど、彼女を取り囲む銀色の嵐は猛攻だった。
 正面から、背後から、上から下から右から左から……弾いてもいなしてもしつこく戻ってきて再び斬りかかって来る二本の剣。
 ロイド自身は《ディセンバ》の周りをグルグル走りながらその動き観察して、隙のあるところや死角を探してそこに向けて剣を動かしてる。
「まるで指揮者ね。」
 あたしがつい、そう呟いたのをローゼルが聞いてた。
「……縦横無尽の刃を操り、敵を銀色の渦に閉じ込める……なるほど、確かにロイドくんは剣の指揮者だな。剣を操る手の動きなんてそのままだ。」
「あたし、ロイドの剣術の話を聞いた時、あれは一対多数の剣術なんだって思ったけど……一対一になったらとんでもないわね。」
「そうだな。」
 とんでもない。そう、とんでもないんだけど――
「はっはっは! これは初めて経験する攻撃のされ方だな!」
 銀の渦の中、《ディセンバ》は踊ってるみたいだった。どの方向から来てもそれをかわしたり弾いたりしてる。全然、「一撃」が入らない。

 ロイドの回転する剣は実際どれくらいの威力があるモノなのか、前に実験したみた。回転する刃物っていうとチャクラムとか手裏剣とか、それこそ草を刈る回転ノコギリくらいしか思いつかない。
 回転ノコギリはともかく、それ以外の武器として使われる回転する刃物は基本的に投げる武器だからどれも小さくて軽い。切ったり刺さったりはするけど――たぶん、何かを切断するくらいのパワーはないわ。
 でもロイドのあれはそうじゃない。
 訓練所に置いてある丸太を使ってロイドが一本の剣を両手で握って力いっぱい振った時と回転させてぶつけた時を比べてみたけど、そのパワーは同じくらいだった。
 ロイドはムキムキってわけじゃないけどヒョロヒョロでもないから、たぶん平均的な腕力だと思う。要するに――一般的な男の子の渾身の一撃を常に保ってるのがあの回転する剣ってわけ。
 剣はいつも全力で振れるわけじゃない。その時によっては片手で振ることもあると思うし、変な態勢であんまり力を入れられない事もある。そんな状態で放った一撃は、せっかく敵の弱点に斬りかかれてもちゃんとしたダメージを与えられない事がある。だから剣士は、どんな状態でもしっかり剣を振れるように筋トレしたり訓練したりする。
 そんな、滅多に出せない渾身の一撃をずっと出し続ける状態の剣が四方八方から迫って来る――これはかなり恐ろしい状況だと思う。鎧で受けるならともかく、少しでも生身にかすったらかすり傷じゃ絶対にすまないんだから。
 でも――

「もしも君がもっと手練れで、もしも剣の数がもっと多かったら、さすがに全てを処理は仕切れなかっただろう。しかし今はそうじゃない。動きはいいがまだまだ速さの足りない君を見ていれば、剣の動きやどこを狙っているかは想像できる。そう、君はまだまだ未熟だ。」
 銀色の嵐の中、《ディセンバ》は余裕の表情だった。
「――っ!」
 今のままだと何時間続けても無理――たぶんそんな感じの事を考えたロイドは《ディセンバ》から距離をとった。
「速さか……」
 ぼそりと呟いたロイドは再び考えるポーズ。
「さっきもそうしていたな。今の戦い方もまさに今ここで思いついた――いや、考えてはいたかもしれないが実践したのは初めてだったようだな。普通であればぶっつけ本番はお勧めしないが、今は君が君の実力を知る時間なのだろう? 色々試すと良い。」
 また一人で頷いたロイドは、回転させてる剣を自分の後ろに移動させた。まるでプロペラ機みたいに、剣の回転で前に進むような格好だった。
「行きます!」
 ロイドのその言葉の後、あたしには何が起きたのかわからなかった。
 いきなり消えるロイドの姿。
 一陣の突風。
 かすむ《ディセンバ》。
 鳴り響く金属音。
 そして――
「! ロイド!」
 空高く舞い上がったロイド。
 大抵の風使いは空を飛べる。だけどロイドにはまだできないことで、今ロイドがいる高さはそのまま落ちたら――
「――!」
 あたしは無我夢中だった。近くにローゼルとか他の生徒がいる事なんか忘れて、あたしはソールレットで出来る限りの炎を爆発させた。
 急上昇するあたしの身体はロイドの方に飛んでいく。ロイドは意識がないのか、手足を動かしたりせずにそのまま落ちていく。
「ロイド!」
 だらんとしたロイドを捕まえる。血が出てるとかはないけど、気絶してるみたいだった。あたしは下を見る。
 かなりの高さ。着地の瞬間に爆発を起こせばとか考えたけどそもそも――爆発で空にあがった事なんて今が初めてのあたしに、そのタイミングとかはわからな――
「エリルくん!」
 どうしたらいいのかわからなくなったあたしの方に向かって何かが伸びてきた。それは氷の足場だった。らせんを描いて地面から――ローゼルのいる所から伸びるそれがあたしの足元まで伸びてくる。
「ナイスよ、ローゼル!」
 ロイドを抱いたままそれに着地。氷の足場をそのまま滑り降りる。足場は、あたしと戦う時によく使って来る壁みたいに軽く反っていて、特にコントロールしなくても足場に沿って滑る事ができた。
「――って、ちょっと! 速すぎるわよ!」
「んな!?」
 下まで来たあたしは足場が終わって校庭の地面に足がついてもまだ滑り続けて、足場を作ってたローゼルに激突した。
「おいおい! 大丈夫か三人とも!」
 ぶつかった衝撃に頭がぼーっとしてると先生の声が聞こえてきた。目を開けると目の前にロイドの横顔――
「――!?」
 あたしはびっくりして起き上がろうとしたんだけど、何かに抑えられて起き上がれなかった。
「んにゃ!? ロイドくん!?」
 あたしを抑えてるのがロイドの腕だとわかり、そんなローゼルの声を聞いて今の状態を理解した。
 あたしとローゼルが仰向けでロイドがうつ伏せ。でもってあたしとローゼルが下にいてロイドが上にいる。つまり、あたしとローゼルの間あたりにロイドが覆いかぶさってる状態。
 い、いつもなら顔が熱くなってロイドをひっぱたいてるんだけど、うんともすんとも言わないロイドの横顔を見て、気絶してるって事を思い出す。
「ロイド!」
 腕をどけて起き上がるあたし。ロイドを仰向けにしたところで、隣に先生が来た。
「――よかった。気絶してるだけだな。」
「大事ないか。」
 気が付くといつの間にか《ディセンバ》も近くにいた。何かの魔法を感じる、ガントレットを外した右手をロイドの首筋にあてる。するとロイドがパッと目を開けた。
「えぇ!? なんだ、どうなった!?」
 あたしたちに囲まれてるロイドは目を白黒させる。
「すまなかった。とっさの事で――つい剣を抜いてしまった。」
 見ると《ディセンバ》の傍らにあの幅広の剣が置いてあった。
「とっさ? えぇっと……何が起きたんでしたっけ……?」
「君は完全に私の後ろをとったのだ。」
「えぇ? オレが?」
「君は私を中心として弧を描く風を引き起こし、それに乗って自分を吹き飛ばした。圧倒的な加速だったよ。そうして私の背後にまわった――ところまでは良かったのだが、君は勢いをつけすぎたのだな。そのまま素通りするコースだった。」
 そこで《ディセンバ》の表情が申し訳なさそうに曇る。
「が、あまりの事に驚いた私は――背後をとられた事に……反射的に身体を動かしてしまった。使うつもりは無かった剣を抜いて力いっぱい振ったのだ。風の勢いと私の反撃を受け、君は空高く舞い上がった。気絶しながらな。」
「……オレ、よく無事でしたね……」
「そこの二人が助けたのだよ。私からも礼を言わねばな……ありがとう。」
「べ、別に……」
「ありがとうな、エリル、ローゼルさん。」
「気にするな。」
「さて……」
 すっと立ち上がった《ディセンバ》は何事かとざわつく生徒たちの方を向いた。
「私のミスだ。彼があまりに――そう、あまりにすごかったのでな。つい、本気で反撃してしまったのだ。結果少々危険な事になったが……逆に考えてもらいたい。」
 ゆっくりと校庭の真ん中に向かう《ディセンバ》。
「世界最強の一人である私とまだ学生である諸君らの間は意外と埋められるかもしれないという事だ。それは一瞬かもしれないが――最後の一撃、私は本気だった。私についそうさせてしまう力……まだあるのではないか? 諸君らの中に。」
 校庭の真ん中、剣を地面に突き立ててドンと腕を組む。
「さぁ、次は?」
 戦うっていう経験はしてみたいけど、勝てるわけはまずない相手。だけどもしかしたら、一矢報いるくらいはできるかもしれない。その可能性が見えたからか、それとも単純に一人目じゃないからか、周りにいた生徒の中から手を挙げて出て来るのがたくさんいた。
「順番に相手をしよう。まずは君だ。」
 《ディセンバ》と二人目の戦いが始まった。何となくそれを見てたあたしは肩を叩かれる。
「エリル。ローゼルさんも。行ってきなよ。」
 ロイドがニッコリと笑った。
「オレはもう平気だから。」
「…………そうね。」
 ちょっと心配ではあったけど、あたしはため息をつきながら立ち上がった。
「別にケガとかしてないみたいだし……先生もいるし。ローゼル、行くわよ。」
「そうだな……先生、ロイドくんをお願いします。」
「ああ、心配するな。貴重な経験をしてこい。」



 なんというか、本当にどこも痛くないし戦いの疲れもない。そんな全快状態のオレは《ディセンバ》と全校生徒の戦いを見るために立ち上がった。
「しかし、とっさの反撃っつー中途半端な一撃で気絶とは。考えてみれば情けない話だな、サードニクス。」
 隣で先生がにやりと笑う。
「情けない以上ですよ。だって、剣を振って本気の反撃をしたのなら、背後にまわった時点でオレはきっと真っ二つですよ……とっさだけど手加減した反撃で気絶したんです。」
「言いようというか何と言うか……別に嘘じゃないぞ、《ディセンバ》の言葉は。」
「?」
「詳しく言うと――お前がビックリするような速さで後ろにまわった時、《ディセンバ》は手加減無しの本気の速さで剣を抜いてお前の方を向いた。ただ、お前を視界に捉えた瞬間に、このままやったら斬ってしまうって事に気づいた《ディセンバ》は剣の向きを変えた。そしてそのまま――周りに浮いてた二本の剣を弾きながらお前に剣の腹をめり込ませて打ち上げたんだ。ほれ、一応一部は本気だ。」
「ていうか、そこまで見えていた先生がすごいです……オレ自身、速くし過ぎてよくわかんなかったのに。」
「当然だ。私は先生だからな。」
 そこからしばらく、オレは先生の横で色んな生徒が《ディセンバ》に挑んでいくのを見た。他の生徒の戦うところなんて授業中にチラ見できるクラスの面々ぐらいなもので、特に上級生の戦いは中々見られないから面白かった。
 全員が本気で挑んでいる。色んな魔法をまき散らしながら武器を振り回すんだけど《ディセンバ》には大抵当たらなくて、オレみたいにアドバイスをされている。
 そして――
「よろしく。」
 両手両足から炎を吹き出しながら、エリルが《ディセンバ》の前に立った。
「ふむ。君は女の子だが、その外見は非常に強そうだ。相手が人であれ魔法生物であれ、自分を初めて見る相手に自分は強い奴だと思わせる事は結構バカにできない効果を生む。私だって、君が学生だと知らなければいつもより身構えていた事だろう。余計な緊張や警戒は実力を百パーセント以下にする。」
「しかも、見た目通りなら言う事ないわよね?」
 妙に自信ありげな顔のエリル。
「……良いね。」
 そんな挑発するみたいなエリルに対して、《ディセンバ》は嬉しそうに笑った。
「はぁっ!」
 ソールレットから爆炎を吹き出しながらエリルが迫る。一息で《ディセンバ》に近づいたエリルはいつもの攻撃を始めた。
 相手の目の前で、炎を引きながらのパンチ、キックの連続攻撃。単調な連打ではない、相手の動きを見ながらの攻撃。時に爆速で、時に身体全体を使った大きな一撃の混じるそれは、まさに炎の渦――竜巻だ。そこにフィリウスから教わってオレがエリルに教えた動き――攻撃にも防御にも使える円の動きが入ることで、まるでエリルは踊っているかのような動きをしていた。
 円の動きというのは丸く動くって話じゃなくて、止まらないように動くって事だ。攻撃するにしても避けるにしても、直線的な動きは最短だけど終わった後に止まってしまう。
 常に位置を変え、相手の隙を狙いながら自分の方は狙わせない。特にエリルは手も足も使う格闘が主体だから、円の動きとは相性がいい。
「はは、よくできている。炎がこちらの視界を狭くし、炎が消えたかと思ったらもうその場所に君はいない。相手の死角に、その爆発を利用しながらアクロバティックに、ダイナミックに、トリッキーに、先を予想させない動きで迫る。しかも放たれる一撃は非常に重たい。」
 外から見てるオレでさえ、炎に隠れて時々エリルを見失う。なのに《ディセンバ》は全身のあちこちに目があるかのように全てに反応している。
「君の意思を、この炎から感じる。勝つ意思。強くなるという決意。少なくとも、今まで戦った生徒らの中では一番の意思の強さだ。だがその真っ直ぐな、炎のような意思から今の君のような動きが出来上がるとは思えないな。真正面からガンガン来るモノだと思っていたが――ああ! よく見ればこの動きはタイショーくんのそれだな? まだ彼ほどではないが基本思想は同じ……さっきも助けていたし、君たちは友人関係であり、師弟関係でもあるのかな。」
「十二騎士って、結構おしゃべりなのね!」
 爆発で加速した回し蹴りを放つエリル。あの至近距離じゃ信じられないくらいの速さに感じるはずなんだけど、《ディセンバ》はさらりとかわす。
「はぁっ!!」
 回し蹴りによって吹き上がった炎は通常よりも大きく《ディセンバ》の視界を大きく狭めたはずだ。その瞬間、エリルの右腕からガントレットが放たれる。
「!」
 かすったと言うよりは削ったような、すこし鈍い金属音が響く。普通にパンチが来たのだと勘違いした《ディセンバ》は、自分の鎧の籠手――ガントレットの部分で受け流そうとしたんだけど、さっきまでとは段違いの威力と速さでガントレットだけが飛んできた。なんとかかわせたけど、予想外の攻撃に《ディセンバ》は大きく姿勢を崩した。
 行ける――!
「ここっ!」
 姿勢を崩した《ディセンバ》に放たれるエリルの左パンチ。爆発で加速されたパンチを変な体勢で迎える《ディセンバ》――これは決まっ――
「えぇっ!?!?」
 なんと、《ディセンバ》はエリルの左腕を掴み、その威力を絶妙に受け流しながら自分の身体をエリルの背後へと動かした。エリルは勢い余って前のめりになるけど、エリルの後ろに着地した《ディセンバ》のもとには既にさっき飛ばした右手が迫っていた。
 だけどその視界の外から飛んでくる右のガントレットを見もしないでかわし、自分の横を通り過ぎようとするそのガントレットに拳を打ち下ろす。ガントレットは深々と地面に突き刺さった。
「――っ!」
 前のめりの状態から爆発で無理やり姿勢を戻し、背中を向けている《ディセンバ》に爆発で加速したキックを――
「ちなみにだが。」
 身体をエリルの方に向け、迫る脚に流れるような動きで両手をそえた《ディセンバ》は――
「円の動きはこういう風にも使える。」
 そのままエリルを投げ飛ばした。爆発の威力を《ディセンバ》の両手によって明後日の方向に向けられたエリルは何故かオレの方に飛んで――えぇっ!?
「次は君が助ける番だな、タイショーくん。」
 飛んできたエリルを受け止めたオレは、その威力までは殺すことができずにそのままゴロゴロと転がって行った。
「しかし強いな、君は。エリルくんと言ったか――ん? どこかで聞いた名前だな。」
 やっとこさ転がるのが止まったオレは上体を起こしてエリルの名前を呼ぶ。
「エリル、大丈夫か?」
 丁度背中からとんできたエリルを受け止めたので、今オレはエリルを後ろから抱きかかえ――
「――のよ……」
「? なんか言っ――ん?」
 エリルの前面にまわしているオレの両腕……その右手に妙な感触があった。ぴったりと手に収まる心地よい柔らかさ――
「どこ触ってんのよっ!!」
「ぐぇっ!」
 深々と突き刺さるエリルの肘。
「い、痛い……何するんだ……」
 オレから素早く離れたエリルの方を見る。顔は真っ赤で目は潤んでいて、胸のあたりを両腕で覆って――
 ! まさか!
 さっきまで触れていたモノが何だったかを察したオレは、つい自分の右手を見てワキワキと指を動かす。
「!! 何思い出してんのよ変態! バカ!」
「いや! これは! つ、つい! ごめんなさい!」
「バカーっ!!」
 エリルに追いかけられ、その場でグルグルと走り回るオレを他の生徒たちが「え、なに?」という顔で見ている。そしていつの間にか近くに立っている《ディセンバ》がそんな状況を気にもせずにしゃべりだす。
「強力な攻撃と多彩な動き、そして瞬間的な加速――それらを可能にする爆発の魔法。加えてガントレットまで飛んでくるとは恐れ入った。ほらここ、私の鎧が少しえぐれてしまった。受け切れなかった証拠だな。うん、攻撃に関しては相当なモノだと評価しよう。荒削りだがな。」
「ほ、ほらエリル! 《ディセンバ》のアドバイス!」
「~~!! あ、あとで燃やしてやるから!!」
 オレを追うのをやめ、《ディセンバ》の方を向くエリル。ようやく解放されたオレはよろよろとその場に座り込んだ。
「派手さもあって相手を威圧する良い攻撃だ。威力も高い。だがまだまだ隙が多いな。タイショーくんから学んでいるのだろう? 今の君が今のタイショーくんレベルに動けるようになると更に厄介になるだろう。あと、爆発の調節をもう少し細かくできると良いかもな。これもさっき言った隙につながるが、若干勢い余っている事がある。」
 一通りのアドバイスをした《ディセンバ》は、すたすたと校庭の真ん中に戻って「さぁ、次は!」と叫んだ。
 そしてエリルはズンズンと座り込んでいるオレのところに迫る。
 しまった、今のうちに逃げてれば――!
「あんた!」
「はい!」
 座り込むオレに目線を合わせるようにオレの真横でしゃがんだエリルは、《ディセンバ》が来たせいか、さっきまでのオレを燃やそうとする勢いは無くなったもののすごく怒っていた。
「あ、ああああたし、あ、あんなこと……だだだ、誰にもされた事……ないんだから!」
「ごめんなさい……」
 眼も髪も赤いのに顔まで真っ赤でとにかく真っ赤なエリルの迫力に、謝る事しかできないオレ。
「せ、責任! 責任と、取りなさいよ!」
「責任!?」
 い、いや、女の子の胸を――さ、触ったんだ。これは大きな罪だ。フィリウスも、あんな女好きのクセに「そういう事はお互いの了承を得てしないとな! お互いが楽しくない!」って言っていたし。
「よ、よし、なんでも言ってくれ! 何でもするから!」
「な、なんでも!?」
「お、おう! ドンと来い!」
 何故か、下手するとさっきよりも赤くなったエリルの顔がふっと暗くなった。表情がってわけじゃなく、いきなり何かの影に入ったのだ。

「楽しそうだな、二人とも。」

 オレの後ろから聞こえたその声は底冷えするくらいに冷たかった。
「次あたり、わたしが挑もうと思う。見ていてくれるかな、二人とも。」
 振り向くと、そこには史上最も冷え込んだ笑顔を顔面に張り付けたローゼルさんが立っていた。
「み、見るぞ! 応援するぞ!」
「そうか。ああ、そうだ――」
 すっとしゃがみこんだローゼルさんの顔が近づく。めちゃくちゃ怖い。
「今のゴタゴタはあとでゆっくり話そう。それでいいかな?」
「はいぃ!」


 結局、その日の授業は全て中止になった。時間的には《ディセンバ》が言っていた通り、相当長かった戦いが終わってみても時計の針は始めた時からちょっとしか動いてない。だけど一時間目の半分にも行かないその時間に、大多数の生徒がクタクタだった。授業なんか受けていたら全員が夢の中に旅立ってしまうし、実技系の授業は無理だ。
戦いを挑まなかった生徒もいたにはいたんだけど、その人たちだけで授業ってわけにもいかない。
 そんなこんなで、大抵の生徒が部屋でぐったりする中、オレは目を合わせると顔を赤くしてそっぽを向くエリルと二人きりで部屋にいた。
 さ、触ってしまった手前、オレも気まずい。何か話題を……
「そ、そういえばさ……」
「な、なによ……」
「《ディセンバ》が言っていたタイショーくんって……あれ、オレの事なのかな。」
「……そうじゃない? 何かあんたの事色々知ってたし。やっぱり知り合いなんじゃないの?」
「あんな格好の人、会ったら忘れないけどなぁ。」
「スケベ!」
 まくらが飛んできた。
「や、やっぱりあんたもああいうのが好きなのね! むむむ、胸の大きな女の人が!」
「いや、あの人の場合胸がどうこうの前の話のような気が……」
「じゃあ《ディセンバ》じゃなかったら胸がどうこうの話なのね!」
「そ、そうじゃないぞ! 胸は――あ、あんまり気にしないというか……旅の経験上、グラマーな人程悪い人の可能性が高いっていうかなんというか……」
「……どんな経験してんのよ……」
「と、とにかく、女の子を好きとか言うのにむ、胸は関係ない! きっとその人がその人だから好きになるんであって――そ、そう! オレがエリルを守るっていうのも、別にエリルの容姿とか身体つきがどうだからって話じゃなくてだな――」
「かかか、身体つき!? 変態!」
「だぁああ、そうじゃなくて! ただオレはエリルがエリルだから守りたいんだって話で――」
「――!」
 エリルが真っ赤になる。エリルは赤くなるとすごく怒り出すか妙に大人しくなるかの二パターンの行動をする。今回のこれは――
「……どうしてあんたは……あたしをそうやって……もぅ……」
 布団を手繰り寄せてそこに顔の半分を埋めるエリル。
 ……や、やらしい気持とかなく……ただ普通に……このエリルはなんかかわいいなぁ……

「青春だな?」

 いきなり誰かの声がした。この前来た時間使いみたいに廊下に立っていたなら、あの時と同じように剣を投げつけていただろう。だけどその人は部屋の真ん中に置いてあるテーブルの近くで体育座りしていた。
「さすがフィリウスの弟子。女性を虜にする術も伝授されたのか?」
「! フィリウス!?」
 オレはその人を改めてみる。
 男みたいとは言わないけどエリルやローゼルさんを見ているオレからすると短く整った金髪。すぅっと済んだ青い瞳。そして――なんというか、個人的にすごく懐かしさを覚える服。上とスカートの部分がくっついている……ワンピース的な服なんだけど、ワンピースなんて洒落た呼び方は合わない。地味な色と着古した感じのするそれは、小さな町の町娘って感じの格好だ。
 そんな、格好はあれだけど美人な女の人が部屋の真ん中に座っている。
「えっと……」
「ああ、すまない。話題が私だったからな、当の本人がいきなり現れたらビックリするだろうという、まぁいたずらだよ。」
「話題……?」
 オレとエリルは顔を見合わせ、そして同時に叫んだ。
「「《ディセンバ》!?」」
「うむ、間違っていないが――この格好の時は名前で呼んでほしいところだな。」
 言われてみれば《ディセンバ》だった。ただ、服装のギャップがありすぎる。
「な、なんていうかさっきまでと全然違うから誰かわからなかったですよ……」
「よく言われる。しかし私は時間使いだからな。一度に必要なマナの量が多いのだ。マナは皮膚から吸収するものだからな、皮膚の露出は多い方が良いのだ。」
「! じゃ、じゃああの格好は趣味とかじゃないんですね……」
「むぅ……そう改めて言われると恥ずかしいのだがな。個人的には水着と下着、面積は同じなのに恥ずかしさが違う――のと同じようなものだと思っている。言うなればあれは仕事着か。恥ずかしいとかそういう話ではないのだ……恥ずかしいがな。」
 と、ちょっと顔を赤らめる《ディセンバ》は、やっぱりさっき戦った相手とは思えないほど雰囲気が違った。だけどこの雰囲気は――
「でも――こんなこと言うと失礼かもですけど、今の方が似合っているというか……しっくりきますね。《ディセンバ》――じゃなくてえぇっと……」
「セルヴィア・キャストライトだ。苗字は長いからな、名前で呼んでくれ。そして君の感想は正しいよ、タイショーくん。」
「正しい?」
 オレとエリルはベッドから降りてテーブルを挟んで《ディセンバ》――セルヴィアさんと向かい合う。
「私は街から遠く離れた小さな村の出身だ。これはその村の一般的な服だよ。」
「ははぁ……妙に懐かしく思ったのはそういう事ですか。」
「……要するにセルヴィアはロイドと同じ田舎出身ってことね。」
 じとっとした目でオレとセルヴィアさんを交互に見るエリル。しかしエリルは相手が誰でも呼び捨て――ん? フィリウスはさん付けだったか。
 んまぁ、そんな偉そうなエリルに嫌な顔一つせずに、むしろいきなりセルヴィアさんは姿勢を正して頭を下げた。
「先ほどは十二騎士として、まだ学生の身である貴方の前に立ちましたが――今は一人の国民として貴方の前におります。お会いできて光栄です、エリル姫。」
「や、やめてよ、そういうの。だいたい、こんな所にいる時点で姫も何もないわよ……」
「おや、そうか。」
 ケロッと元に戻って体育座りに戻るセルヴィアさん。
「さっきも言ったしその前も言ったから三回目になってしまうが……初めまして。私はセルヴィア・キャストライト。第十二系統の時間を得意な系統とする騎士であり、十二騎士の一角を任されている。」
「……エリル・クォーツよ。得意な系統は第四系統の火。」
 何故か自己紹介タイムになったけど――んまぁ、さっき会ったとは言えセルヴィアさんからしたら大勢の中の二人だったわけだしな。
「オレはロイド・サードニクス。得意な系統は第八系統の風だ。」
「? ロイド? そういえばエリル姫もそう言っていたな……あれ、君の名前はタイショーくんじゃないのか?」
「いや、ロイドです。」
「?? 確かにフィリウスはタイショーと……」
「……あ。もしかして大将かな。フィリウスはオレの事を大将って呼ぶから――というかやっぱりフィリウスと知り合いですか?」
 と、オレが尋ねるとエリルが呆れた顔になる。
「当たり前じゃない。十二騎士同士なのよ?」
「ん、そういやそうか。でも――やっぱりオレはセルヴィアさんとは初対面だと思うし、だからフィリウスが誰かにオレの事を話すとなるとやっぱりオレがここに入ってから――だと思うんだ。だから……つい最近会ったって事ですよね?」
「そうだ。近くまで来たからと言ってふらりと王宮に現れたのだ。私は基本的に王宮にいるからな。その時に聞いたのだ。「今、俺様の弟子がセイリオスにいるんだ。」と。」
「弟子……」
 色々教えてもらっていたわけで、そういう意味じゃ確かに弟子なんだろうけど、フィリウスが直接そう言ったのか……なんかうれしいな。
「それであんたはロイドに会いに来たってわけね。ついでに結界も張りに。」
「うーん……一応メインは結界だ。ただ、頼まれなくともいずれはここに来る予定だったという話だ。頼まれたから、ついでにタイショーくんに会いに来た。あー、もう私はタイショーくんという呼び方で口が覚えてしまった。いいかな?」
「いいですよ、別に。それがオレだってわかったんで。」
「ありがとう。しかしまぁ、今思えば確かにフィリウスの弟子だな。攻め方は違うが動きはそのままだ。」
「そう――ですか? オレ、フィリウスがまともに戦っているとこ見た事ない気が……」
「戦ってるとこか。フィリウスの戦いは大抵一瞬で終わるからな。」
 セルヴィアさんは、どこか楽しそう――嬉しそう? にフィリウスについて語る。
「フィリウスの戦いにおけるスタンスは一撃必殺。自身の力と風の力を溜めに溜めて放たれるたった一度、しかし決まれば勝負も決まる絶対的な一撃――フィリウスは相手が人であれ魔法生物であれ、二回以上剣を振るった事が無い。」
「へー、すげーんだなぁ、フィリウス。」
「ふふふ。だが凄いのはそこではないのだ。」
「?」
「フィリウスの凄い所……その一撃の破壊力は桁外れだがそれよりも、その一撃を放つまでの過程が凄い。フィリウスが強い理由はそこにある。」
「?? 力を溜める過程ってことですか?」
「いや。溜めた一撃を放つまで、一度も相手の攻撃を受けず、かつその一撃を最適な場所に打ち込むまでの過程だ。」
「一度も……あ、そうか。攻撃を受けたらせっかく溜めた力がパァになる――んですか?」
「そんな所だ。膨大な量のマナを取り込み、風の魔法へと変換してその大剣に溜めこんでいく……相手の攻撃を全て避け、同時に相手の弱点を見抜き、ベストなタイミングでそこに一撃を打ち込む。タイショーくんの円を基本とした動きはつまり、フィリウスが相手の攻撃を避ける為に使っている動きと同じなのだ。」
 どうやらオレは、フィリウスが十二騎士にまでなった所以……みたいな技術を教わったらしい。
「その動きにあの剣術を組み合わせた戦い方。エリル姫の場合は強力な爆発と組み合わせているわけだが、何にせよ……一対一であれば相手を翻弄し、一体多数であれば囲まれようとも対応できる戦い方だ。」
 一人の国民としてとさっき言っていたけど、一瞬だけその顔を全校生徒に挑戦した時の威圧感のある騎士の顔にしてこう言った。
「まだ未熟な私が言っても仕方がないかもしれないが……このまま磨いて行けば君たちは相当強くなると思う。」
 未熟。この学院のほとんどの生徒と、しかも連続で戦って「鎧が傷ついた」くらいで済んでいる上に全勝している人なのにそんな事を言うんだからオレたちは困ってしまう。だけど、確かに最強の十二人の内の一人が言ったのだ。オレたちは強くなると。
 オレとエリルは知らず知らずに互いの顔を見て、そして笑った。
「さてと、ではそろそろ本題に入ろうか。」
「本題?」
「そうだ。私はタイショーくんに会いに来たのではなく、タイショーくんに聞きたい事があって来たのだから。」
「オレに?」
 ここ最近知らない事ばっかりなオレに十二騎士が聞きたい事ってなんだ?
「――とその前に、一つ事実を教えておこうか。タイショーくんはさっき、私が君の事を知っているという事は最近フィリウスに会ったのだと推測したね。それはきっと、君がフィリウスと旅をしていた七年間、私がフィリウスに会っていないと思っているからだろう?」
「? そうじゃないんですか?」
「実はな。もしタイショーくんの記憶力が凄くて、この七年間を思い出せるなら……たぶん、年に二、三回くらいは半日以上、フィリウスの顔を見なかった日があったと思うぞ?」
 そう言われてオレはフィリウスとの旅路を思い出す。
「……と言いますか、そういう日は結構ありましたよ。町につけば買い出しとかで分かれる事はあったし、宿だって一人一室の時も多かったし。」
「ではきっとそういう時だろうな。」
「?」
「十二騎士は出身もその時々で居る場所もバラバラだからな。下手をすると何年も顔を合わせないという事になってしまうのだ。だから年一回、それぞれの近況報告や世界の脅威について話すための会議が開かれる。加えて十二騎士の交代戦などもあるから何かと顔を合わせるのだ。そして、フィリウスはそれらを欠席したことが無い。」
「……つまり、オレが見てない間にそういうのに出てたって事ですか? え、でもどうやって移動を……」
「フィリウスに限らず十二騎士は世界中に散っているから、毎回(オクトウバ)が迎えに行くのだ。位置の魔法でな。」
「なるほど……」
「しかし、だ。」
 セルヴィアさんは、リンゴが二個くらいはすっぽり入りそうな大きなポケットから手帳とペンを取り出す。
「それでも会うのは年に数える程。ずっと一緒に旅をしていた君の方が詳しいに決まっている。だから聞きに来た。さぁ、教えてくれタイショーくん。」
「……な、何をですか……」
 十二騎士としての迫力がにじみ出る真剣な顔で、セルヴィアさんはこう言った。

「フィリウスの好物はなんだ?」

「……へ?」
「フィリウスの好きな食べ物だ。どんな料理が好きなんだ? 飲み物は何が好きだ? 果物ならなんだ? 嫌いな野菜とかはあるのか?」
「えぇっと……」
 オレはセルヴィアさんの迫力に押され、フィリウスについて語る。
「基本的に肉が好きなんですけど、何かとトマトを食べたがりますね。トマトソースがかかっている肉料理とか、サイドメニューにトマトのサラダとか。」
「ほう! トマトが好きなのか!」
「飲み物は酒なら何でも。だけど貴族が飲むような高級品をちびちびするよりは、街の酒場に並ぶような安い酒をがぼがぼ飲みたいらしいです。」
「なるほどなるほど。」
「果物はリンゴですね。安売りされている時なんかは袋一杯に買ってきますよ。嫌いな野菜――と言うか嫌いな食べ物はないですね。」
「そうかそうか。」
「……なんでこんなことを? 十二騎士で夕食会でもやるんですか?」
「ははは。そんなイベントはないよ。しかし好きな食べ物くらい作ってあげたいではないか。妻ならば。」
「そうですか。妻――」
 その時のオレに走った衝撃は、新しい事だらけの学院生活の全てを超える驚きだった。
「妻あああぁぁぁああぁっっ!?!?!?」
「つ、妻? え、フィリウスさんて結婚してたの? セルヴィアと?」
 オレほどではないけど、ビックリしているエリルがそう聞くとセルヴィアさんは首を横に振った。
「いや、フィリウスは独身だよ。今言ったのは未来の話だ。」
「じゃ、じゃあ婚約してるってこと?」
「私としてはそのつもりだ。」
「こここ、婚約! あのフィリウスが婚約!! 酒場に入る度に女の人を口説いていたフィリウスに婚約者が!!!」
「いや、フィリウスに婚約者はいないはずだ。」
「えぇっ!? セルヴィアさんじゃ!?」
「言っただろう、私としては、だ。」
 セルヴィアさんのケロッとした顔を前に、よくわからないオレはエリルとこそこそ話す。
「エリル! オレには何が何だか!」
「……つまりこういうことよ。セルヴィアはそういう予定だけどフィリウスさんはそうじゃない。」
「えぇ? どういうこと?」
「要するに……セルヴィアの片想いよ。」
「今のところはな。」
 振り向くと顔を赤らめて恥ずかしそうにテーブルに「の」の字を描くセルヴィアさん。
「会う度に思いを告げているのだがな……あれやこれやとはぐらかされてしまう。想っている女性がいるのか、運命の出会いを待っているのか――しかしそんな事は関係ない! 私は必ずフィリウスを振り向かせる!」
 ぐっとガッツポーズを決めるも、オレたちの視線を受けてこれまた恥ずかしそうにするセルヴィアさん。
「……フィリウスさんって女好きなんじゃなかった?」
「……そうだけど……あれはなんていうかちょっと違うんだよ。その時を楽しく過ごすために、でもってお互いにハッピーになるために口説いているっていうか……フィリウスはあんなんだけど誰かを不幸にしたり嫌な思いをさせたりはしない奴だ。」
「その通りだ。さすがわかっているな、タイショーくん。しかしフィリウスもそこそこの歳になったからな妻をめとって落ち着く頃合い……私が、その妻になるのだ。」
「……でもフィリウスとセルヴィアさんて結構歳が離れてませんか?」
「愛の前には如何なるモノも障害と成り得ないのだよ、タイショーくん。」
 そう言われてしまうともう何も言えない。
だけどまぁ、全部を知ってるわけじゃないけどフィリウスに想い人がいるとかって話は聞かないし、セルヴィアさんなら十二騎士だし間違いは起きないだろう。オレも、恩人には幸せになってもらいたいところだ。
「わかりました。オレでよければ色々協力しますよ。」
「本当か! 現状、フィリウスと最も距離が近いのは君だからな! ありがたい! では次にフィリウスの好みのタイプをだな――」
 その後、フィリウスが如何にいい男かを語るセルヴィアさんと知っている限りのフィリウスの情報を話すオレの会話をじっと聞いていたエリルがしびれを切らして叫ぶまでその会話は続いた。



 セイリオス学院の女子寮。入口に最も近い部屋から出てきた、少し古臭い格好をした女――《ディセンバ》ことセルヴィア・キャストライトは満足気な顔をしていた。
「久しぶりだな、《ディセンバ》。」
 ふと前を見ると寮の入口に一人の女が立っている。眼鏡をかけたその女はいかにも「女教師」という格好をしていた。
「こちらこそ。挨拶が遅れましたね、『雷槍』殿。」
「よせよせ。私はただの先生だ。」
「あなたが教師になってそろそろ四――五か月ですか? 騎士を指導するあなたの声が響かない王宮は少し寂しいですよ。」
「ったく……教師になってからこっち、軍の騎士を指導してる方が合ってるとかよく言われたが……生憎私はこっちの方が好きだし楽しい。騎士を目指すお姫様に、伝説の《オウガスト》の剣術を操る田舎者――毎日が面白い。」
「私としては、早いところ今の《フェブラリ》をあなたに倒してもらって、あなたと共に十二騎士として働きたいですがね。」
「おいおい、《フェブラリ》が泣くぞ。」
 ただの知り合い以上の雰囲気で話す二人だったが、セルヴィアがふと声のトーンを落とした。
「学院長にはお伝えしましたからいずれ耳に入るでしょうが――こうして出会ったのですから、あなたにも伝えておきましょう。」
「ほう?」
「先日ここを襲った『セカンド・クロック』についてです。」
「あん? あれは……あいつ自身も雇い主も捕まって終わったんじゃないのか?」
「そう……だと良いのですが。」
「……詳しく聞こうか。」
「……『セカンド・クロック』は、あれで結構な大物です。今回捕まえることが出来てホッとしている国も多い。しかしそれに対してあれの雇い主は何でもない、ただの小悪党です。どうにも悪党の格が違い過ぎる。」
「また変ないぶかりだな。」
「それだけなら。しかし――これは機密として聞いて欲しいのですが、実は似たような事件が他の国でも起きているのです。息子であったり兄弟だったり遠縁の者だったり、血縁上の距離はまちまちなのですが、国を治める者の関係者がさらわれそうになる事件が。」
「まじか……」
「どれも未遂に終わっていますし、犯人たちにつながりはありません。しかしこれらが繋がっているとすると、私たちはある一つの事件を思い出してしまいます。」
「……複数の国が同時に壊滅、転覆、乗っ取られの危機を迎えたあれか。」
「それぞれの国で反乱を起こした者たちはそれぞれの理由や信念があり、つながりは無いように見えた。しかしその実、各国の反乱者たちのリーダーはそれぞれに、反乱を起こす前に共通の人物に出会っていた。」
「……国を亡ぼしてどうこうする気はないが、どうこうする気のある奴らを扇動して反乱を引き起こす……しかもそれを複数の国で同時にやったバカがいた。」
「……近く、十二騎士に緊急の招集がかかる予定です。議題は勿論――」
 先ほどまでの満足気な顔を、今日一番の厳しい顔にしてセルヴィアは言う。

「アフューカスについて。」

第三章 魔眼

 《ディセンバ》が来たおかげでなんだか濃い日になった今日だったけど、あたしたちにはもう一つイベントが残ってた。
 ローゼルのルームメイトのティアナがひと月の間部屋にこもってた理由――クリオス草で治ったっていう魔法絡みの何か。それを今日の放課後に聞くって約束。
 元気になったならそれでいいじゃないって思うんだけど……ローゼルの口調からするとそこそこ重たい話みたいで、ローゼルとな……ナカヨクしてる以上そうなっていくと思うティアナのそういう話はきっと聞いといた方がいいわよね。
 フィリウスに関する話を延々と聞かされたあたしがベッドでぐでっとしてると誰かがドアをノックした。
「オレが出るよ。はいはい誰ですかー?」
「わたしだ。」
 ドアの方から聞こえたのはローゼルの声。
「例の話なんだが……ティアナが夕食を作ったから、それを食べながら話さないか?」
「ティアナさんが? へぇ、料理出来るのか。」
「基本的には学食なのだがな……休みの日などに振舞ってくれる。味はわたしが保証するよ。」
 ってことで、いつもなら学食に行く時間にあたしとロイドは女子寮の二階の隅っこ、ローゼルの部屋に向かう。途中、他の寮生に会ったけど、ロイドを見ても特に表情を変えたりってことはなかった。
 寮の中では階ごとにルールみたいのがあったりするんだけど、あたしは部屋の位置的にそういう話を聞かないからローゼルが言ってた寮の中におけるロイドの認識みたいのも知らなかった。
「……ホントに大丈夫なんだな、オレ。」
「何もしなければこのままだろうな。何もしなければ。」
 ローゼルが意地の悪い口調でそう言うと、ロイドがとんでもない事を言った。
「何もしないよ……でもまぁ、煙たがられたりしたら女装でもするかって本気で考えていたりしたから良かったよ。」
「はぁっ!?」
「なにっ!?」
 あたしとローゼルの反応にビックリしながら、ロイドは恥ずかしそうに言う。
「い、いやね。前に男子禁制的な店から買い物しなくちゃいけなくなった時があってさ。俺様じゃ無理だからってオレを女装させて買い物に行かせたんだよ……これが全然ばれなかったし、フィリウスも「大将の意外な才能だな!」って言っていたから、たぶん、そこそこいけるんだと思ってるんだ。女装。」
「ななな、何よ男子禁制的な店って!」
「ロイドくんはフィリウス殿とどんな旅をしていたのだ!」
「六……七? 年間も旅してれば色々あるんだよ。お、ここか。」
 ロイドはリシアンサスとマリーゴールドって書いてある札がある扉の前で立ち止まる。
「……今度じっくり聞くとしよう。とりあえず、どうぞだ。」
 ローゼルが扉を開くと良い匂いが鼻をついた。正面にはあたしたちの部屋と同じようにキッチンがある廊下があって、そこにエプロンをつけたティアナが立ってた。
「い、いらっしゃいませ……」
 制服じゃなくて私服に着替えてるティアナは、なんかサイズが合ってないんじゃない? って思うくらいにぶかぶかの上下を着てた。
「ティアナ、まだその服を着ているのか? もう必要ないだろうに……」
「な、なんかこれはこれで楽だなーって……あ、ご飯もうちょっと待ってね。」
 ティアナの後ろを通って奥の部屋に入る。あたしたちの部屋と広さは変わらないけど、二つ違うところがあった。
「あ、そうか。上の階の窓はこうなってるのか。」
 ロイドが窓際に立って下を眺める。あたしたちの部屋は一階だから庭に出れるような大きな窓がついてる。だけど上の階にはそれがない。代わりに小物を並べられそうなスペースのついた小さな窓があった。
「上だと眺めが多少良いが、庭には出られないからな。その点、下の部屋は羨ましい。」
「でもローゼルさんなら氷の階段作って降りて来れそうだけど。」
「ふふふ。せめて滑り台だな。階段では滑って危ない。」
「そうか……ん? あれ? この部屋はベッドが片方に寄ってるのか。」
 あたしたちの部屋と違って、ローゼルの部屋は片側にベッドが二つ並んでて、テーブルとかはもう片方に置いてある。
「と言うよりは、ロイドくんらの部屋が特殊なのだ。基本はこの形だよ。」
「そうなのか。」
 そう言いながらロイドがぼんやりと部屋を見渡してると、ローゼルが少し顔を赤くしてロイドの目を片手で覆った。
「あ、あんまりじろじろ見るな。女性の部屋を……」
「ご、ごめん。なんかそれぞれの色になってるんだなぁっと思って。」
「色?」
「この部屋、小物とかベッドのシーツとか、大雑把にわけると青色と黄色にわかれている。」
「ああ、それか。わたしは基本青系統で、ティアナは黄色。確かエリルくんも赤色でそろえていたな。」
「見事に髪の色と言うか、得意な系統と言うか……そういえばティアナさんの得意な系統って?」
 ロイドがそう聞くと、ローゼルの表情が少し変わった。
「……これからする話に関わって来る点の一つだな、それは。」


「お、おまたせしました……」
 ティアナが作ってくれたのはビーフシチュー。それとボウルにもられたサラダをテーブルにおいて、あたしたちはローゼルの部屋のテーブルの周りに座った。
「うん、うまい。」
 いただきますをしてからロイドがそう言うまでロイドの方をそわそわと見てたティアナはその言葉を聞いてホッとし、自分も食べ始めた。
「……ロイド、あんたは料理できないの? 七年も旅人してたんでしょ?」
「……丸焼きを料理と呼ぶならできるけど。そういうエリルはどうなんだ?」
「あたしは……お、お菓子なら……」
「おお……女の子だな、エリル。」
「なによその感想!」
「アップルパイ作れるか?」
「なによいきなり……作れるけど……」
「ほんとか! オレ、アップルパイ好きなんだ。今度作ってくれよ。」
「……考えとくわ……」
 アップルパイ――パイ生地の材料が無いわね……買ってこないと。
「ちなみにローゼルさんは?」
 あたしたちの会話をふくれっ面で見てたローゼルにロイドが聞いた。
「わ、わたしか? そうだな、パスタなら作れる。何でも。」
「何でも? それってえっと……どんなパスタでも作れるってこと?」
「ミートソースやカルボナーラ、ペペロンチーノ――なんでもだ。」
「何よそれ。なんでパスタだけそんなにできるのよ。」
「……色々あってな。」
 その後、丸焼きしかできないけど魚はさばけるとかいうロイドのよくわかんない特技の話をした後、ローゼルが本題に入った。
「さて……ではそろそろ話そうか。ティアナがこの一か月の間部屋から出てこなかった理由を。」
「? あんたが話すの?」
「ティアナは何と言うか……人に何かを説明するのが下手なのだ……」
「苦手なんじゃなくて下手なのね……」
「そうだ。壊滅的に。」
「ロ、ロゼちゃん……」
 真面目な顔で言うローゼルとあたふたしながらローゼルの制服を引っ張るティアナ。
「この一か月の間の話をする為に、説明するべきことが二つある。一つは、ティアナの得意な系統――ティアナは第九系統、形状の魔法を得意とする。」
「形状? ん、もしかしてローゼルさんが前に言っていた身近にいた形状を使う人ってティアナさん?」
「いや、それはまた別の人だよ。わたしも驚いたモノだ。第十二系統の時間程ではないが魔法を使う者の中では少数派の形状使いにこうも出会うとは思わなかった。」
 縮こまるティアナ。
「形状の魔法は――一応わたしたちでも使う事が出来る系統だ。しかし……学院長のような例外を除けば、それを得意としない者では物体の形を変えるくらいしかできない。だが得意とする者は物体に加えて生物の形も変える事ができる。」
「ん、覚えてるぞ。腕を増やしたり傷口を治したりできるんだろ?」
「そうだ。極めると人以外の生き物に「変身」する事すら可能になると言う。」
「おお! ティアナさんはすごいんだな!」
 ロイドが「すげー!」っていう顔でティアナを見たけど、ティアナはぶんぶん首を振ってた。
「いや、ティアナはまだそこまでできないよ。この間までは物体の形を変える事しかできなかった。」
「……過去形なのね。」
「ああ。そこでもう一つ説明するのが――ティアナの特殊な体質。」
「体質? あ、エリルみたいに魔法に合った身体とか?」
「……それ以上だな。」
「! まさか……」
 あたしは思わずティアナを――ティアナの眼を見た。
「? どうしたんだ、エリル?」
 初めて見た時に感じた引き込まれるような……あのつい見入っちゃう感じはそのせい……
「ティアナ……あなた、魔眼なのね?」
 あたしがそう言うとふっと下を向いて、そのままティアナはこくんと頷いた。
「えぇ?」
 いつもみたいに何も知らなそうなロイドのすっとぼけた声が聞こえたから――
「――ロイド、魔眼っていうのは――」
「ティアナさん、魔眼だったのか。そりゃすごい。」
 説明しようとしたら、意外にもロイドはそんな反応だった。
「なに、あんた知ってんの? 魔眼。」
「あ、どうせ知らないとか思ったんだろー。」
 ニシシと腹の立つ顔で笑った後、ロイドはあたしたちに解説するみたいにしゃべりだした。
「人が魔法を使うようになってからしばらくして、特殊な力が宿った眼を持つ人が現れ始めた。魔法が人の身体を進化させたとか、ただの遺伝子異常とか色々な説はあるけど、普通の人には無い能力を持った眼を――魔眼と呼ぶ。」
「……なんか説明するロイドって気持ち悪いわね。」
「ひどいな! 毎朝体術の説明してるじゃんか!」
「あれとこれは分野が違うからな。違和感がとんでもない。」
 あたしとローゼルが変なモノを見る顔をしてる中、ロイドは少し落ち込みながら解説を続けた。
「……その特殊な能力ってのはいくつかあって、例えば人には見えないはずのマナの動きを視る事ができたり、相手に幻を見せたり……でもってその能力の違いでそれぞれの魔眼に名前がついている……」
「完璧だな。十二系統も知らなかったのになぜ魔眼にはこんなに詳しいんだ?」
「フィリウスとの旅の中でね。ちょっと魔眼使いと関わる事があったんだよ。」
 ちょこちょこフィリウスさんとの旅の経験が出るロイド。あんなに一般的な事を知らないのに変な事に詳しいなんて……もしかしてフィリウスさんは、学院じゃ学べない事を教える為に旅をした――のかしら?
「そう、ティアナは魔眼の持ち主だ。魔眼ペリドットのな。」
「ペリドット……えっと、どんな能力があるんだっけ。」
「簡単に言えば遠視だろうか。すごく遠くまで見え……加えて常人離れした動体視力がある。普通の人の眼をそのままレベルアップさせたようなイメージだな。」
 ティアナは第九系統の形状の魔法を得意な系統としてて、魔眼ペリドットの持ち主。
 何が起きたのか、だいたいわかったわ……
「要するにティアナ、あなた魔法が暴走したのね?」
 あたしがそう言うと、ティアナはビクッと身体を震わせ、ローゼルが少し厳しい顔になった。
「さすがエリルくん……」
「?」
 これに関しては首を傾げたロイドに、あたしは説明する。
「魔眼はそれだけで一つの魔法みたいなモンなのよ。だから魔眼を持つ人が魔法を使うと――術式の中に魔眼が混ざってきて魔法が狂う――暴走しやすいの。」
「暴走すると――どうなるんだ?」
「あたしやあんた、ローゼルなら……例えば出そうと思ってた風よりも強かったり弱かったり、耐熱魔法が上手くできなくて火傷したり、凍らせる対象がずれたり。」
「あ、危ないな、それ。」
「そして今回はティアナ。暴走したのは形状の魔法――」
 そこまで言ってようやくわかった。ティアナが一か月も引きこもってたわけが。
「……そういうこと……確かに、辛いわね。」
「え? え? どういう事?」
 ロイドがさらに首を傾げるの対し、ローゼルが口を開く。
「ロイドくんは……その、見たのだろう? この前、ティアナ……顔を。」
「見たけど……いや、なんていうかその……」
 ロイドは申し訳なさそうにこんな事を言った。
「あとになって思い出せるのはその金色の眼とか金色の髪だけだったというか……そっちの方が印象強くて……他はそんなに覚えてないんだ……」
 それを聞いてティアナがほっとした顔になる。
 でもロイドはきっと覚えてる。だけどそれがティアナにとってどうなのかを考えて、こう言ったんだと思う。
 もしかしたら本当に忘れてるのかもしれないけど……なんとなく、ロイドはそういう事をするんじゃないかって思った。
「……覚えていないのならそれはそれでいいが――話すのだろう? ティアナ。」
「う、うん。」
 ローゼルは「ここからが本題」とでもいうくらいに、真剣な顔をもっとキリッとさせた。
「――一か月前、物体の形状しか操れなかったティアナはこの部屋で生物の形状変化に挑戦した。」
「おお。つまり――変身に?」
「まさか。変身は形状魔法の奥義みたいなモノだからな……傷を治せるようになるぐらいを目指して始めたのだ。」
「なるほど。」
「だが今までやった事のない生物の形状変化を、例えばいきなり自分の腕とかにやるとさすがに危険だ。だから大抵、形状使いは髪の毛の変化から練習を始める。」
「髪の毛?」
 当然のようにロイドはそのすっとぼけた顔をあたしに向ける。
「……髪の毛なら別に失敗しても大したことないし、だけど一応身体の一部だからその辺の物を変化させるのとは感覚が違うのよ。だから形状使いは最初、髪の毛を変化させる事で魔法のイメージとかをつかむのよ。」
「へぇ。」
「そうしてティアナが自分の髪の毛の一本に形状の魔法をかけた時――魔法が暴走したのだ。」
 その時の事を思い出したのか、ローゼルとティアナは二人そろって暗い顔になる。
「暴走した結果、魔法は髪の毛ではなくティアナの全身にかかってしまった。」
「全身!?」
「ああ……あまり詳しくは話さないが……人間のシルエットはそのままに、所々がおかしくなった……とだけ言っておこう。」
 暴走して自分の身体のどこかが変形しちゃったんだろうとは思ったけど……まさか全身とはね。それは引きこもるわ……
「すぐに先生に相談しようと思ったのだが、ティアナが誰にも見られたくないと言い張った。正直あの姿であれば、そう思う気持ちはわかってな……わたしは誰にも言わなかった。」
「え、誰にも? それじゃあどうやって……その、元に戻そうと……?」
「自力で、だよ。暴走とは言え、形状の魔法で起きた事なのだから、形状の魔法で元の形に戻せばいい……この事故が起きた事は二人だけの秘密にし、何事もなかったかのようにこっそり治してしまおうと思ったのだ。」
「ポジティブだなぁ、ティアナさん。」
 ロイドが――裏表のない純粋に感心してる顔でティアナを見ると、ティアナはぶんぶん首を振った。
「あ、あたしは……お布団の中で……泣いてた……だけだったよ……ロゼちゃんが励ましてくれたの。」
「でも自力でなんて……元々生物の状態変化はできなかったのよね? 髪の毛から始めたわけだし……」
「そうだ。だから勉強したのだ。わたしが図書館から形状魔法に関する本を借りてきて、それを読んでティアナは魔法を練習したのだ。」
 ローゼルは疲れたように肩をまわす。
「いつでも授業に復帰できるように、わたしはティアナの分のノートを取ったり、その日の授業の内容を教える。ティアナはわたしが借りてきた本を元に部屋で魔法の練習をし、元に戻る為に技術を磨く。それがここ一か月間のわたしたちの生活だった。」
「……ハードだな。」
「なに、やってやれない事は無い――そんな事を実感した一か月だった。きちんと成果も出ていたしな。」
「成果?」
「そうだ。ティアナは魔法の技術を着々と上げ……徐々に自分の身体を元に戻していったのだ。」
「! すごいわね……それって本を読んで独学でって事でしょ?」
 戻りたい一心でってのもあると思うけど、それでもすごいわ……
「このまま行けばティアナが元に戻るのも時間の問題――だと思っていたのだがな、その時間がまずくなってきたのだ。」
「……試験ね?」
「そうだ。筆記試験はまぁ、最悪なんとかなるかとも思ったのだが、実技はそうはいかない。先生の前で披露しなければならないからな。加えて、その頃元に戻さなければならない場所は残り一か所だけだったのだが――そこは顔だったのだ。」
「? 顔だとなんかあるのか?」
「自分の眼で直接見る事ができないのさ。そういう意味では背中もそうなのだが、幸い背中に変化は起きていなかったからな。」
「鏡見ながらでも難しいのか?」
「難しい。鏡を見ながら文章を書くようなモノかな。」
「――うん、それは……難しそうだ。」
 あたしは形状の魔法を使えないからわからないけど、生物の形を変えるなんて難しそうな事を鏡越しっていうのはきっと相当なことなのね。
「試験が迫る中、それまでに顔を戻すのは難しい……わたしたちはそう判断した。だから学院長に相談しようと考えたのだ。あの人ならば確実だと思ってな。」
「え……でも顔は……まだだったんだろ? 他が元に戻ったって言っても顔は特別だろうし……」
「わたしもそう思った。が、この一か月間で――友人の事ながら嬉しいのだがティアナは随分強くなってな。全身があのままだったらそれでも嫌だったかもしれないが、顔だけならまだ何とか頑張れると。」
「すごいなぁ。あれだ、ティアナさんにはガッツがあるんだな。」
「――!」
 ロイドが自分の腕をぺしぺし叩きながらそう言うと、ティアナは顔を赤くしてさっきから下を向いてる顔をもっと下げた。
「そして、わたしがロイドくんからクリオス草の事を聞いたあの日、ティアナは一人で学院長の元に向かったわけだ。ここが妙に頑固な所なんだが、ティアナは一人で行くと言い張ってな。ついて行くと言ったわたしを置いて放課後に学院長がいる建物に向かい――ロイドくんに会ってしまったのだ。」
「じゃあ入れ違ったのね。クリオス草の事をティアナに言う前にティアナは学院長のとこに行っちゃったって事でしょ?」
「そうだ……」
 ローゼルは、なんでか知らないけどたまに見せる半目とへの字の口になる。
「戻って来たティアナは妙に顔が赤くてな……しかし元には戻っていなかったから、学院長には会えなかったのかと聞いたら王――」
「ロゼちゃん!」
 何かをいいかけたローゼルの口を覆うティアナ。これ、前も見たわね。
 半目のローゼルが顔を真っ赤にして怒ってるのか慌ててるのかよくわかんない顔のティアナを見てため息をつく。
「――ま、つまり男子生徒に顔を見られたから戻ってきてしまったと。そこでクリオス草の事を話して、次の日リリーからそれを買い、保健室の先生に薬にしてもらって――無事に元に戻ったというわけだ。」
「……要するに、クリオス草の事を知ってればすぐに解決したって事よね、これ。」
「ははは。ま、そうなるがな。この一か月間はムダではなかったよ。わたしはティアナに教える分、普段よりも授業内容を理解できたし、ティアナに関して言えば一か月間形状の事だけを勉強していたわけだからな。今では当初の目標だった傷口の治療もできるようになってしまったよ。」
「んまぁ、結果的に良かったならよかったよかった。」
「そうね。でも大事な所が解決してないわ。」
「えぇ? どこだ?」
「そもそも、暴走しなければ良かったわけでしょ?」
「そうだ。エリルくんにアドバイスをもらいたいのはそこなのだ。魔眼をきちんと制御する為にはどうすれば良いか。」
 わたしは家の……都合で授業で習うよりも早く色んな事を知ってる。それに、自分で言うのもあれだけど魔法は得意。ローゼルがあたしにこれを聞くのは納得できるんだけど――
「……悪いけど力にはなれないわよ。あたしもそんなに詳しいわけじゃないし――それこそ学院長に聞いたら?」
 魔眼は、そういう眼を持つ人がいるって言ってもそんなに多くない。持ってるってだけで騎士団の中で重宝されたりなんてこともよくある事。だから魔眼はその専門家じゃないとキチンとした事は言えないのよね。
「えぇ? 制御する方法だろ? それなら知っているけど……」
 また意外な事に、ロイドがそう言った。
「なによ、あんた魔眼博士なの?」
「それはあの人――の話は、んまぁいいとして、さっき言った魔眼使いに教えてもらった事をそのまま言うと、オンとオフで分けるんじゃなくて使う使わないで分ける事がコツなんだと。」
「ど、どういう……事かな……」
 あんまり会話に入ってこなかったティアナがロイドの方を向いた。
「えっと……たぶん今は魔眼を使おうと思った時に初めて魔眼を――発動させていると思うんだけど……」
「う、うん……ずっと使ってたら疲れちゃう……から。」
「そこをだね――」

 そこからしばらくロイドとティアナの会話になった。魔眼をきちんと制御する方法……ロイドが言った事をまとめると、それは常に使う事なのだとか。
 あたしたちの眼は見るモノまでの距離に合わせてピントを変えれるわけだけど、それの――一部っていうか、延長みたいな考え方で魔眼を使うのがいいらしい。
 例えると筋肉みたいなモノで、重たいモノを持つ時だけ力を出してそうでない時は力を抜いてる。でも別に筋肉の電源をオフにしてるわけじゃない。そんな風に、意気込んで魔眼を発動させるんじゃなくて、いつもよりちょっとだけモノをよく見ようとする時に必要な力を引き出す……そんな感じらしい。
 まぁ、これでティアナの魔眼については――すぐに解決ってわけじゃないけど、もう起きないようする対策はとった事になる。

「これで一件落着かしら?」
 食器を片付けて食後のコーヒーを飲みながらあたしがそう言うと、ローゼルとティアナがぺこりと頭をさげた。
「そうだ。色々とありがとう、二人とも。」
「あ、ありがとうございます。」
「あたしは何もしてないじゃない。クリオス草の事も魔眼の制御方法も教えたのはロイドよ……」
「オレも大したことしてないぞ。知っている事を教えただけだ。だからきっと、感謝を向けるべきなのは一か月間頑張った自分たちにじゃないかな。」
「はは、少しキザだなロイドくん。」
「えぇ!?」
「だが――せっかく出した感謝、受け取る相手がいないなら自分の懐にしまうとしようか。」
 ローゼルとティアナが互いを見て笑みをこぼす。そんな二人に砂糖とミルクをたくさん入れてもうコーヒーじゃない甘い何かにして飲んでたロイドがぼそりと言った。
「じゃあ次はティアナさんの話を聞く番だな。」
「? 今聞いたじゃない。」
「今聞いたのは一か月間の話だろう? ティアナさんはもうオレたちの友達なんだから、色々知りたいじゃんか。どんな武器を使うとか、なんで騎士を目指すのかとか。」
「なるほど。女の子の情報は仕入れておきたいロイドくんなのだな?」
「変な言い方やめて下さい!」
「しかしまぁ……うん、たぶん今なら誰もいないだろう。ちょっと見てみるのもいいかもしれないな。どうだ、ティアナ。」
 あたしとロイドが?を浮かべてるとティアナがこくりと頷いた。



 鍛錬所。エリルに案内してもらった時に来たけど入った事はなかったその建物の中には、夕飯時も過ぎて風呂に入ろうかって時間なのにそこそこ人がいた。
 たまに――えっと、ダンベルっていうんだっけか。なんか重たい奴を上げ下げしていたフィリウスが見たら喜びそうな……身体を作るための道具がたくさんあって、でもって多種多様な武器を思う存分振り回せる広い空間もある。しまいには魔法で動く人形が相手をしてくれるなんて部屋もあった。
「さすが騎士の学校って感じだな。強くなれる環境があるというかなんというか。」
「そうだな。わたしも入学したての頃は律儀にここに来ていたよ。しかし家での特訓を思い出して嫌になったな。せっかく抜け出したのに何をしてるのやらと。」
「? ローゼルさんは騎士になるのが嫌なのか?」
「昔はな。家がそうだから仕方なく頑張って、面倒な事になったり面倒な事を言われたりしない程度に力を入れて――学院に入った時は家よりは縛りのない三年間に突入できたと、我ながら大喜びだった。」
 ローゼルさんは優等生だけど、それが素ではない。それがわかってローゼルさんを見ていると、時々ものすごくつまらなそうな顔をしているのがわかる。授業中、たまにあくびをかみ殺してたりもする。
「あ、あたしも、ロゼちゃんの――素顔っていうのかな、そういうの……お部屋で見た時はビックリしたよ……」
 ティアナさんが思い出し笑いをする。小さく笑うその感じはなんだか小動物みたいだ。
 しかし……「ティアナさん」か……
「あの、ティアナさん?」
「は、はい……」
 どこに向かっているのかは知らないけど、鍛錬所の中を歩きながらオレはティアナさんに話しかける。
「ローゼルさんをローゼルさんって呼んでいるからなんとなくティアナさんって呼んでいたけど、「ティアナ」って呼んでいいかな。」
「ふぇ!?」
「なに!?」
 ティアナさんが驚くのはともかく、なんでかローゼルさんがすごい勢いでこっちを見た。
「え、えっと……あ、あたしは……その……い、いいよ……」
「よかった! んじゃこれからはティアナって呼ぶよ。」
「ちょ、ちょっと待てロイドくん! わたしは!」
「……ローゼルさんはローゼルさんで……」
「な、なんでわたしだけ「さん」付けなのだ! なんかこう――距離を感じるぞ!」
 えらく必死なローゼルさんだけど、これには理由がある。
「えっと、ほら、ローゼルさんは美人だから。」
「んにゃ!?」
 舌を噛んだのか、語尾がかわいくなるローゼルさん。
「個人的な感覚で悪いんだけど……こう、美人は「さん」を付けて呼ばないとっていう……イメージっていうかなんというか……ほら、あるじゃんか! 理由は説明できないけどそれぞれにあるこだわりみたいなの! あれだ!」
 説明しづらいオレの感覚を説明するんだけど、ローゼルさんはいつかみたいに顔を覆って隅っこにうずくまってしまう。でもってエリルが見るからに不機嫌な顔になった。
「そうね。確かにローゼルは美人よね。スタイルいいし、表向きは優等生だし、騎士の名門だし、クラス代表だし!」
「後半、関係ないんじゃないか?」
「うっさい!」
「あ。あれだぞ? オレがエリルをエリルさんって呼ばないのはエリルが可愛いからだぞ?」
「みゃっ!?!?」
 エリルの顔が過去最速で赤くなる。
「ざっくり分類するとな、個人的にローゼルさんは美人系でエリル――とティアナは可愛い系の女の子なんだよ。そんで可愛い系の女の子に「さん」を付けるとすごい違和感があって、どっちかっていうと「ちゃん」なんだけどそれは恥ずかしいから――呼び捨て的な?」
 頑張って説明したけどエリルとローゼルさんは背を向けているから、オレは何とは無しにティアナの方を見た。まるで髪留めの重さに引っ張られているみたいに、少し首を傾げてオレの方を見ていたティアナは目が合うや否やプイとそっぽを向いた。


 妙な空気の中、オレたちは縦に長い部屋に着いた。部屋の奥の壁がえらく遠くにあるのだ。
「コホン。えっと、ここは主に遠距離武器を使用する者が利用する部屋だ。」
 そういいながらローゼルさんがパチンと指を鳴らすと、部屋の奥の方にダーツのマトみたいなモノがガショガショ出てきた。
「遠距離武器……弓と銃であのマトを狙うのか?」
「そうだ。」
「でもってここに来たって事は、ティアナの武器は遠距離武器なんだな?」
「その通り。」
 ローゼルさんがふと目線を送った先を見ると、なんかチケット売り場みたいな受付が部屋の壁際にあって、そこにいる人からティアナが何かを受け取っていた。
「この一か月間、あれを使う事はないだろうと――ちょうどいいからフルメンテナンスに出していたんだ。」
「メンテナンス?」
「ティアナの武器はわたしたちのそれと違って複雑なモノだからな。」
 重そうな横長の鞄を受け取ったティアナは少しふらつきながらそれを持って戻って来た。そして鞄を開いてそれを取り出し――組み立てていった。
「な……何よそれ。」
 エリルが驚く。
「無理もない。わたしもこれを見た時はビックリしたよ。少なくともこの国では見ない代物だからな。」
「へぇ。ティアナはガルド出身なのか?」
 鞄から出てきたモノを見てオレがそう言うと三人が同時に驚いた。なんか今日は驚かれてばっかりだな。
「……あ、あたしはこの国の生まれ……だけどお爺ちゃんまでは……ガルドだったって。これはそのお爺ちゃんの……おさがり。」
「おさがりでこれか……お爺さんもとんでもないモノを孫に与えるもんだなぁ……」
「ロイドくん……これが何か知っているのか?」
「? んまぁ……」
 オレがそう返事すると、しゃがみ込んでティアナのそれを眺めていたエリルが呟く。
「……形的に銃だって事はわかるけど……全部金属でできてるなんて初めて見たわ……」
「ああ……この国の銃はマスケットだもんな。」
「ますけ……? 何よ、魔眼の次は銃博士なわけ? なんであんたは変な事ばっか詳しいのよ。」
「しょ、しょうがないだろー……フィリウスがそういう変な人とばっか会うんだから。ついでに覚えちゃうんだよ……」
 オレはエリルみたいにしゃがみ込んでそれの説明をする。
「これは金属の国って呼ばれるガルドで作られている銃だ。うちの国が剣と魔法の技術を磨いてきたのに対して、ガルドは工業――科学技術を磨いてきた国だから、こういう、オレたちからするとちょっと凄すぎるモノが出来上がるわけだ。これはな、エリル。スナイパーライフルっていう狙撃用の銃なんだ。」
「狙撃用?」
「ほら、ここ覗いてみな。」
「! これ、望遠鏡?」
「スコープって言って、それで遠くのモノに狙いを定めてものすごく遠い所から撃つんだ。」
 と、そこまで説明したオレを、エリルはえらく不満そうな顔で睨みつける。
「……なんか今日はロイドに教わってばっかりで気持ち悪いわね。あんたは何も知らない田舎者なんじゃないの?」
「そんなこと言われても……」
「たぶん、ロイドくんは役に立ったり、当たり前だったりする事を知らないが、代わりにいつ役立つかわからない微妙な知識が豊富な田舎者なのだろう。」
 エリルとローゼルさんにオレがいじめられている間、ティアナは黙々とライフルを組み立てていた。その慣れた手つき、体格に合わない大きな銃、そして全てに合わない大人しい性格。容姿も含めて……なんだかティアナは色んな事があべこべになっているな。
「できた。」
 よいしょと小声で言いながら持ち上げたスナイパーライフルは、ティアナのエリルより少し低い身長と同じくらいの大きさがあった。
 ローゼルさんが部屋の隅っこに置いてあった木の箱をティアナの前に積んで、ティアナはそこにライフルを構える。
「ティアナの狙撃は――かなりすごいぞ。」
 ガショガショと銃弾を装填したりなんなりした後、ティアナはスコープを覗く。そしてガンと放たれる一発。大きい見た目に反して意外と小さな音なんだなと思うのと、部屋の遥か向こうにあるマトが砕けるのは同時だった。
「すごい……の?」
 と、珍しく首を傾げるエリル。そしてエリルの言うところの珍しくて気持ち悪いオレの説明。
「スナイパーライフルの射程は一キロを超えるから……この部屋、広いって言ってもせいぜい百メートルくらいだろうし……」
「要するに普通って事ね。」
「ふふふ、ティアナの本領はここからだよ。」
 ローゼルさんがそう言ったから、一体何をするんだろうとマトからティアナに視線を移すと、何故かティアナはスコープを覗いていなかった。だけど何かを狙って銃を構えている。
「えっと……これがあ、あたしの特技です……」
 結構な集中力が要るはずの狙撃なのに、そんな風に呟きながらスコープも覗かずに放たれたその一発は――
「な……」
 ライフルが向いている方向とは違う所にあるマトを砕いた。
「え、何よ今の? だって銃はあっちを……」
 狙いがそれたとかそういうレベルの外れ方じゃない。銃弾が曲りでもしないとそっちには行かな――
「え、もしかしてティアナは……」
「そうだ。銃弾を曲げられるんだ。」
「ど、どうやって……」
 オレがティアナの方を見ると、ティアナは――
「えっと、あ、あたしは第九系統の形状が使えて……それとペリドットをあ、合わせて……バンッて出た球をガシッてしてグネグネさせてからキュルンってして、そうするとギュインってなって曲がるの。」
 むふーと、満足気に説明し終えたティアナに対し、オレとエリルはこれっぽっちも疑問が解消されていなかった。
「つまりな、発射された弾丸を魔眼ペリドットの驚異的な動体視力で捉え、その形状を変化させて弾道を曲げるのだ。」
 翻訳してくれたローゼルさん。なるほど、一か月間の説明をローゼルさんがした理由はこれか。
「銃弾を? 飛んでる間に? 確かに……魔法をかける対象が見えてないと魔法はかけづらいから……魔眼で見えてればできるって理屈はわかるわ。でも……そんな一秒以下の時間でできるの……?」
「ティアナの場合、簡単な変形なら見るだけで可能なのだ。魔眼の中に魔法陣が予めセットされているようなイメージだな。」
「見るだけ!? じゃ、じゃあオレが剣を回しながらうおーって迫っても、剣の形をぐにゃっと変えられちゃったりするのか!?」
「ぐにゃってほどの変形は出来ない。見るだけで可能な変形は精々数ミリ、頑張って一~二センチだ。わたしたちが振り回すような武器にその程度の変形が起きたところで大した問題じゃない。だが……高速で空中を駆ける小さな弾丸にとっては大きな変形だ。空気抵抗が変わり、弾道が変わる。」
「すごいな!」
 オレが尊敬の眼でティアナを見ると、少し照れながら――
「が、頑張れば……あっちにあるマト、一発の銃弾で……全部壊せる……よ……」
 ざっと見た感じ二十はあるマトを一発の銃弾で砕く……それは相当な回数曲げられるって事だ。
「まぁ、もちろん曲げるたびに銃弾の威力は落ちていくのだがな。」



 遠くにあるマトに攻撃を当てる。これはちょっと自分の剣術にも関わるって事に気づいたロイドは、その辺に落ちてた棒っきれを回転させてマトに向かって飛ばし始めた。あたしもやろうかと思ったけど、爆発での発射に耐えられそうな適当なモノは近くになくて、だからあたしは壁によりかかってマト当てをするロイドとティアナを眺めてた。
「あんなにニコニコしているティアナはかなりレアだ。」
 気が付くと隣にローゼルがいた。確かにティアナは楽しそうだ。
「見た目や中身や武器や雰囲気……初対面の者からすると色々な事がずれているように感じるティアナだが、彼女の本質は純粋な女の子だ。少女漫画を読んで胸をときめかせ、白馬の王子様を夢見るようなな。」
「そうみたいね。」
「……ティアナがロイドくんに会ったあの日――わたしがクリオス草の事をティアナに教えたあの日、学院長に会いに行ったはずなのに元に戻った様子でもないティアナに、学院長に会えなかったのかと聞いた時……ティアナは顔を赤くしながらこう言った――王子様みたいな人に会ったと。」
「王子――は? え、それってつまり――」
「ロイドくんの事……だろうな。」
 あたしは仲良くマト当てをする二人を――ティアナを凝視した。楽しそうなのはそうなんだけど、ロイドを見るその眼は金色な事を除いてもキラキラしてた。
「人が見れば――場合によっては嫌悪感すら覚えかねない……そういう状態の顔だったティアナの顔を見て……まぁ、無反応だったわけではなかったそうだが……それでもその事は別として、ぶつかった事を謝った。加えて金色……黄色というのは幸運の象徴で、だからティアナに会った自分はきっと近いうちに良い事があるんだろうと、だからありがとうと……ロイドくんはそう言ったそうだ。」
「……ロイドなら言いそうね……」
「そんな優しい言葉をかけてくれて、それにか、かっこいい男子……良くない状態の自分の所に突然現れた、まるで王子様のような人。しかもわたしの友達として再び目の前に現れた。おそらくティアナの中で、ロイドくんは――う、運命の相手くらいにまではなっているだろうな……」
「……そ、そう……」
 胸の中がモヤモヤするのを感じながら、あたしはそれだけ言った。
「ルームメイトまでとはな……まったく。君もうかうかしていられないぞ?」
「な、何の話よ……」
 マト当てをする二人から視線をそらして適当な方を向いたあたしの耳にローゼルのため息交じりの声が聞こえる。
「人生を一変させる出来事の話さ。」

第四章 世界の悪

「ロイド、あんた今日ひま?」
 休日。朝の鍛錬の後、シャワーを浴びてさっぱりし、今日の朝ごはんは何にしようかと学食に思いをはせていると、同じくシャワーを浴びてさっぱりしたエリルがそう言った。
「今日も何も、基本的にひまだよ。宿題するくらいしかやることない。」
「……趣味とかないの?」
「……強いて言えば釣りかな。でも釣竿持ってないし。」
「あっそ。なら……買い物に付き合いなさい。」
「? なんか重たいモノでも買うのか? それか大量の――服とか?」
「……アップルパイの……材料よ……」
「おお! 作ってくれるのか!」
「か、勘違いしないでよね! 別にあんたの為じゃないわよ! あたしが食べたくなっただけ! あんたの分はついで!」

 ということで、朝飯を食べ終わったオレたちは街へと繰り出した。この前とは違って今日は制服じゃない。オレはこの前買った適当な服を、エリルはいつもと雰囲気の違う服を着ている。
「そういう服も持っているんだな、エリル。」
「……文句ある?」
「いんや。でも普段制服とジャージと寝間着のサイクルしか見てないからな。そういうお出かけ服は珍しいというか何と言うか。」
「そ、そう……」
 エリルが裾やら袖やらをいじり出す。
「? 大丈夫だぞ、似合っている。」
「――!」
 エリルの顔が赤くなったかと思うと、もはや慣れた動きで伸びてきた手がオレのほっぺをつねって引っ張る。
「い、行くわよ!」
「痛い痛い痛い!」
 エリルに引っ張られて連れてこられたのはこの前は来なかった通り――主に食べ物を売っているエリアだった。屋台的なのはあっちこっちにあるけど、食料品って意味で売っている店はその通りに集中していた。
 オレはアップルパイを作るのに何がいるのか知らないから、買い物袋を片手にエリルが色んな店で買っていく物を運ぶ係になった。結構慣れた感じに材料を買っていくエリルを見て、そういえばエリルはお姫様――本人は下の方だからとか言ってそんなでもない的な事を言うけど、それでも普通よりは上の身分である事には変わりない。そんなエリルが食材を買い慣れているっていうのはどういう事なのか。そう思ったオレはエリルに尋ねた。
「なぁ、エリル。なんでお菓子を作れるんだ?」
「はぁ?」
 エリルが「何言ってんだこいつ」という顔をする。確かに、我ながら変な聞き方だ。
「えっと……その、ほら。お菓子なんて――エリルの……あの、立場? 環境? 的には作ってもらう……感じじゃんか。自分で作れるってちょっと不思議かなぁーって……」
 オレの言いたい事を理解したのか、軽くため息をつくエリル。
「…………お姉ちゃんが甘いモノ好きなのよ。」
「お姉ちゃんって――エリルが守りたいお姉さんか?」
「そうよ。お姉ちゃんの喜ぶ顔が見たくて作ってみたのが始まり。材料を買いに行く所からやりたいって言って、しぶしぶ《エイプリル》がついてきた事もあったわね。」
「そっか。」
 思い出に浸るみたいな顔で話すエリルは、なんだか幸せそうだった。エリルをこんな笑顔にする人物――それが、エリルのお姉さんなわけだ。
「そのお姉さん、いつか会ってみたいな。」
「……少なくとも顔は見れるわよ? 新聞あさればどっかに載ってるから。」
「そうだろうけど……あ、そうだ。夏休みにエリルの家に遊びに行ったりしたら会えるかな。」
「な!? う、うちに来るって――」
「だって夏休みだし。一回くらい家に帰るだろう?」
「そ、そうだけど……うちにあたしがだ、誰かを招待するなんて……しかも男の子を……」
 段々と赤くなるエリル……ん? そうか、よく考えたらダメか。エリルの家ってつまりクォーツ家で、王族――的な扱いのはずだ。そんな所にオレみたいのがひょいひょい入れたらまずい。
「そうだよなぁ……怪しい奴を家に入れたら一大事だもんな……」
 ちょっとがっくりしていると、エリルが髪の毛をくるくるいじりながらこう言った。
「……お、お姉ちゃんに、相談してみる――わよ、一応……」
「ほんとか! ありがとう!」

 いくつかの店をまわり、買い物袋がいい具合に腹いっぱいになったぐらいで、エリルが「これで全部よ」と言った。
「よし。んじゃ戻るか? それとも――せっかくお出かけ服着ているんだし、ちょっとぶらつくか?」
「べ、別に無理にぶらつかなくてもいいけど……つ、釣竿でも探してみる?」
「ああ……こんだけ大きな街だからあるとは思うけど、釣る場所がないんじゃないか? この辺。」
「言われてみればそうね……ていうかあんた、よく考えたら釣りが趣味なのに釣竿持ってないってどういう事よ。」
「フィリウスのを借りていたんだよ。本人は木の枝とか長靴しか釣ってこないけど……」
「あんたは上手かったの?」
「上手いかどうかはわからないけど、ぼうずだった事はないな。大抵なんか釣れた。フィリウスからは才能があるとか言われたけど。」
「変な才能ね。あんたの家は漁師だった――」
 そこまで言ってエリルは自分の口をおさえた。そしておずおずとオレを見る。
「エリル、もう気にしなくていいぞ? 意外と吹っ切れてないって事がこの前わかったけど……そのせいで家族の話の一つもできないんじゃ困ったもんだろ?」
「……じゃああんたも気にしなくていいわよ。」
「オレ?」
「さっきお姉ちゃんの話した時に気にしてたでしょ……普通に言っていいのよ、「エリルは王族なんだからお菓子を作ってもらう側なんじゃないのか?」ってね。」
「……わかった。」
 知らず知らず、オレとエリルは笑い合った。
「んじゃあ……帰るか。」
「そうね。」

 まだちゃんと道を覚えてない街をグネグネと歩き、学院のある方に向かって歩いて行くオレとエリル。食料品を主に売っている通りを抜けて雑貨屋が並ぶエリアに入り、あとはこの道を真っ直ぐ行くだけで学院に着くってところまで来た時、そこそこな人だかりが見えた。
「ん? また《マーチ》の本か?」
「あそこは……ホットドッグ屋さんよ。」
「えぇ? んじゃあ絶品ホットドッグでも出たのか?」
 そんな会話をしながら、どのみち学院に戻る為にはそこを通り過ぎる必要のあるオレたちは人だかりの中からこんな声を聞いた。

「だから、これが代金だと言っているのです!」
「だーかーらっ! こんな金見た事ないって言ってんだ!」

 人だかりの中心は言い争っている二人だった。片方はホットドッグ屋さんの――屋台の中にいるからお店の人だ。んでもう一人はホットドッグを手にしたお姉さん。どうも代金の支払いで何か起きたらしい。
「無銭飲食って奴かしら?」
「いや……たぶん違う。オレ、ああいうのそこそこ見た事あるんだ。ちょっと行って来る。」
「え?」
 人だかりを抜け、オレは言い争う二人の横に立った。
「あん? なんだ坊主。」
 お店の人が怪しい奴を見るような目で見てきたが、オレは気にせずにお姉さんが出したお金を見た。それはパチンコ玉みたいな金属の塊で、金色だったり銅色だったりしていた。
「やっぱり……えっと、これ、一応お金ですよ。」
「あぁ? こんな金があるわけ――つーか坊主は誰だ。」
「オレは――」
 なんて答えればいいのかわからなくてちょっと考えていると、隣にエリルが来て自分の学生証をお店の人に見せた。
「セイリオス学院の生徒よ。」
「! 学院の生徒さんか。」
 するとお店の人の表情が少し和らいだ。なるほど、この街では学院の生徒ってのはそれだけである程度信頼できる証なんだな。あとでエリルにお礼を言おう。
「――確かにこの辺では見ないタイプですけど、とある国では一般的な貨幣だと昔港町で聞いたことがあります。なので、このお姉さんにはきちんと代金を払うつもりがあるんです。ただ――」
 お店の人からお姉さんの方に視線を移す。
「港町みたいに色んな国の人が来るような場所では色んな貨幣がどの店でも使えたりしますけど、ここはこの国の首都ですから……両替しないと使えませんよ。」
「そうなのですか? 大きな街であればどこでもそうなのかと……」
 このお姉さん、たぶん色んな国を渡り歩いている旅人か何かなんだろう。
「――ということで、とりあえずそのホットドッグの代金はオレが払いますよ。お姉さんはそれを両替して、あとで代金をオレに下さい。それでどうですか?」
 提案に対してお店の人もお姉さんも頷いたので、オレは白いカードをお店の人に渡して代金を払った。
「エリル、この辺で両替できるとこってあるか?」
「あっちに銀行が――って、あるかどうかも確認しないで払ったわけ?」
 あきれ顔のエリルの案内で、オレたちとお姉さんは銀行に移動した。お姉さんは鞄も何も持ってないのにどっから出したのやら、大きめの袋一杯のあの貨幣を両替する。
「あんなにたくさん……すごいな。」
「……よくわかんないんだけど、あの量ってこっちで言うとどれくらいのお金になるのよ。」
「相当な額だよ。お金持ちって言って差し支えない……袋に入れて持ち歩くような額じゃないな。」
「……危ないわね……」
 案の定、桁がとんでもない事になったのか、銀行の人があたふたし出した。

 数分後、大きめのケースを抱えてお姉さんが戻って来た。
「ありがとうございました。おかげで助かりました。これ、ホットドッグの分です。」
「……いや、これだとホットドッグが三十個は買えますけど……」
「助けてもらったお礼も含めて、です。」
「そんな、もらえませんよ。」
「そうですか? では――」
 とととっと銀行から出たお姉さんはキョロキョロと通りを見回し、そして喫茶店っぽい所を指差した。
「お茶を一杯、ごちそうさせて下さい。」

 別に高級喫茶店でもない普通な感じのその店で、オレとエリルは紅茶とケーキを前に座っていた。
「これくらいなら受け取ってもらえますでしょう?」
 自分も同じようなセットを頼んだお姉さんがニッコリ笑った。
「……いただきます。」
「……いただくわ。」
 二人そろって紅茶を一口飲む。何て名前かはわからないけど、エリルの淹れてくれる紅茶とは違う香りがした。
「あら、美味しいですね。」
 オレとエリルは正直驚いた。お姉さんはケーキを食べているんだけど――フォークを使わずに手で掴んでかぶりついているのだ。頬を膨らませて、とても美味しそうに食べてはいるんだけど……お世辞にも行儀がいいとは言えない。なにより、見た目とのギャップが激しい。
 お姉さんは――たぶん、オレたちと十歳も離れていないだろう。可愛いと美人で分けるなら後者の方で、長方形の眼鏡と波打つ髪、派手さのない上下で清楚な服装。こういう喫茶店で本を片手に紅茶を飲んでそうな感じなのに、モシャモシャとケーキを食べている。
「? どうかなさいました?」
「いえ……そ、そういえば両替した結果、結構な額になっていましたけど……」
「ええ。これくらいに。」
 と、オレとエリルの前でケースをバカッと開くお姉さん。中には帯でまとめられた紙幣が敷き詰められていた。
「ちょ! こんな所で開いちゃダメですよ!」
「そうですか?」
「当たり前じゃない! どこで誰が見てるのかわかんないのよ!?」
「おや。しかしこの街には騎士様がいるではないですか。」
「それでもですよ!」
 なんだか色々と抜けているお姉さんだ。
「何はともあれ、助かりました。あのままではどうなっていたことか。」
「そうですね……あ、エリル。さっきはありがとう。」
「べ、別に……学生証は持ち歩いておきなさいよ……」
「そういえば、お二人は学院の生徒さんなのですよね?」
「そうです。セイリオス学院の。」
「未来の騎士様というわけですね?」
 ぐびぐびと紅茶を飲み干したお姉さんはぷはーと言った後、いつの間にか手に持っているメモ帳を開いた。
「私、知り合った方々全員に聞いている事があるのですが……いいでしょうか?」
「? 答えられる事なら答えますけど。」
「よかった。ではお聞きします。」
 眼鏡の位置を治しながら、お姉さんはこう言った。

「あなたにとって悪者とは?」

「悪者? 犯罪者って事ですか?」
「そう答える方もいるでしょうね。要するに、あなたが目の前の何かを悪者だと認識するには、その何かはどんな奴である必要がありますか? 何をする必要がありますか?」
「悪者を悪者と認識する――理由か。」
「もっと漠然と言うのなら、あなたにとって悪とは?」
 悪。その言葉を聞いた瞬間にオレの頭に思い浮かんだのは――あの時間使いだった。そして続くのは……オレの家族を殺した連中。
 つまり、オレにとっての悪とは――
「……オレの場合は……」
「ええ、あなたの場合は?」
 エリルの事をチラ見して、オレはこう言った。
「オレの大切な人を奪う奴……ですかね。」
「ふむ。そちらは?」
「あたしは……そうね。あたしもロイド――こいつと同じね。大切な人を……奪おうとする奴。」
「そうですか……」
 お姉さんは見るからにがっかり顔で頬杖をついた。
「大切な人――恋人、友人、家族……この辺りを奪ったり殺したりする存在を悪とする。私の質問に対してその答えを出した人は全体の四割を占めています。ちなみに残りはルールを破る存在や多くの人の生活を脅かす存在という答えですね。」
「はぁ……月並みですみません。」
「では――もう一つだけ。」
 普通の答えをしたからか、思いっきりオレたちから興味を失った顔で質問してくるお姉さん。

「世界の悪とはどんな存在だと思います?」

「えっと……どういう意味ですか?」
「絶対的な悪者とでも言いましょうか。つまり、世界中の誰もが指を差して「あいつは悪者だ」と叫ぶような存在です。」
 そんなお姉さんの質問に、たぶん急に興味の失せた顔になったお姉さんに若干イラッとしているエリルがそんな感じの顔で答えた。
「そんなの、世界規模で指名手配されてる犯罪者とかじゃないの?」
「そうですか……」
 なんとも抑揚のない「そうですか」を言うお姉さん。
「君は?」
「オレはエリル――あっと、この子とは違う意見ですね。」
「ほう?」
「オレは……世界中の誰もが悪者だと思うような存在はいないと思います。」
 劇的だった。お姉さんの表情がみるみる活気づいた。きっとあまり聞かない意見だったのだろう。だけどお姉さんはその後すぐ……なんというか、理解不能な事を言われた人みたいな困惑顔になった。
「え、え? いない? それはどういう?」
「えっと……うまく説明できるか自信ないですけど――例えばお姉さんが突然オレの大切な人に危害を加えようとしたら、オレの中でお姉さんは「街で知り合った人」から「悪者」になります。その反対も勿論あって、いきなりオレがお姉さんの命を狙ったりなんかしたら、オレはお姉さんにとっての「悪者」になりますよね。」
「……」
 お姉さんは無言だ。
「もっと言うと、今この子が言った指名手配されている犯罪者がオレやオレの大切な人を助けてくれたりなんかしたら、きっとその犯罪者はオレにとって「悪者」じゃなくなるんですよ。」
「つまり……状況によって――というよりは人によって「悪者」が違うから誰にとっても「悪者」って人はいないんじゃないかってことかしら?」
「そんなところです。そもそも……ほら、「悪者」は「悪者」で悪い事をする仲間がいたりするじゃないですか。部下でもいいですけど、そういう人たちにとって「悪者」は「悪者」じゃなくて、むしろ「正義」だったりするのかもしれません。悪のカリスマ――みたいなのとか。」
「……確かに。では極端な話、たった一人の人間――いえ、人間に限らずたった一つの存在がこの世全ての生き物一つ一つと出会い、そのモノにとっての悪い事をその存在がやっていったなら、ついには世界の悪になる――という事ですね?」
「んまぁ……」
 悪者という存在についての議論なんてことを初めてやり、ほんの数十秒前まで興味の失せた顔だったお姉さんがえらく真剣な顔でオレの意見を考察している。
 これはきっと、酒場で「今の王様はダメだ」とか「最近の若い奴はダメだ」とか、その場で延々と話した所で何がどうなるわけでもない類の、いわゆる話のネタくらいの重みしかないはずだ。なのに目の前のお姉さんはこれが死活問題とでも言わんばかりの表情だった。
 そんなお姉さんを見たからか、オレはふと思った屁理屈も伝えてみようと思った。
「……でも、世界の悪となったその存在も、自分の悪にはなれなさそうですけどね。」
「? どういう意味ですか?」
「いえ――完全に屁理屈ですけど、その世界の悪を目指すその存在が世界の悪になれたとしても、その存在にとっての悪にだけはなれないって話です。悪は倒すべきモノだと思いますけど、自分で自分を悪だと思って自分を倒そうとする事はないでしょう?」
 お姉さんの表情がまさに「きょとん」とした。そして数秒後、その外見からは想像できない大爆笑が喫茶店に響いた。
「アッハッハッハッハ! そ、それはそうですね! ふふふふ! 世界に自分をふ、含めたら自分にとっての悪にだけは絶対に――ブフフ! あはははは!」
 他のお客さんからの視線を感じつつ、どうしようかとエリルと一緒にあたふたするオレの前で机をバシバシ叩きながら笑い続けるお姉さん。
「お、お客様?」
 さすがに店員さんが来たのだがお姉さんはツボにはまったみたいに笑いが止められない感じなので、そそくさとお姉さんを連れて喫茶店を出た。
「ぶっ、くははははは!」
 喫茶店の外、道の隅っこで笑い続けるお姉さんは、ケースをバカッと開き、そこから札束を一つ掴んでオレに投げた。
「え、ちょ――」
「き、喫茶店のお代、払ってくれたんですよね――あはは! おごるとか言っておいて私ときたら、ははは!」
「いやいや! にしたって多すぎますよ!」
「加えてこんなに笑かしてくれたお礼です――ぶふふふ! 返さないで下さいね?」
 そう言うと、くるりと背を向けて歩き出すお姉さん。オレとエリルは呆然とその後ろ姿を眺めていた。



 嵐みたいだった。莫大な額のお金を適当な袋に入れて持ち歩いて、清楚な見た目なのに所々行儀のなってない、悪者について質問してきた謎の女。その女からもらった札束を手に呆然としてるロイドを、あたしはつついた。
「とりあえずそれ、しまいなさいよ。」
「――あ、お、おう。」
 いつも持ってるからたぶん財布代わりなんだと思うボロボロの巾着袋に札束を入れてポケットにしまうロイド。あの女と変わらないわね。
「で、でもどうしようエリル。こんな大金何に使えば……」
「あって困るもんじゃないし、とっておけばいいじゃない。」
「れ、冷静だなぁエリルは。大金の扱いにも慣れて――っと、ごめん。」
「……いいわよ、別に。ひとまず帰るわよ。」
「そ、そうだな……」
 なんかいきなりオドオドし出したロイドと一緒に学院の方に向かって歩き出す。
 旅人を長い事してたロイドにしてみたら、大金を持ち歩くっていうのは狙われたりする可能性を考えたら危険だし、きっとやった事のないこと。
 いつもすっとぼけた――ま、まぁ? 言い方を結構いい方に変えると余裕のある顔をしてるロイドがこんなにオドオドしてるのは珍しい。そんな新しい一面を見れて嬉し――くはないわよ、別に。
「にしてもすごい女だったわね。」
「ティアナとは別の方向にギャップの激しい人だったな……」
「そうね……大丈夫かしら。あんな大金ふらふら持って。」
「どうかな……あのお金をそのまま使える所から来たって事は結構な距離を旅したって事だ。旅の仲間がいるのかどうかはわからないけど、いるのだとしたらあんな大金を任されている事実的に、一人ならそれはそれで、あのお姉さんは結構強いかもしれないな……」
「ただ抜けてるだけかもしれないわよ……」
「んまぁ、そうだけど――ん? あれって……」
 街を抜けて残すは学院までの一本道。その道の先、あたしたちの方――というか街の方に歩いてくる人影が二つ。
「――ローゼルとティアナね……」
 あっちもあたしたちに気が付いたみたいで手を振りながら近づいてくるんだけど、二人の表情は近づくにつれて変わっていった。
「やぁ二人とも。今帰りかい? 街からの? 二人だけで?」
 笑ってるけど全然笑ってないローゼル。
「お、お買い物ですか……二人で……」
 なんかブスッとしてるティアナ。
「た、ただの買い出しよ……」
「エリルがアップルパイを作ってくれるんだ。二人は何をしに行くんだ?」
「わたしたちは散歩だよ。何せティアナはひと月もの間部屋から出ていないからな。」
「ん? そういえばそうなるのか。え、ティアナ大丈夫なのか? 久しぶりの外って……」
「だ、大丈夫……ちょっと眩しいだけ――あれ?」
 何かに気が付いたティアナは、スッとロイドの首のあたりに手を伸ばした。
「ごみがついてたよ……」
 そういってティアナがつまんでたのは――何これ? 木のクズが何かかしら。
「ん、ありがとう。でも――よく気が付いたな。確かにゴミっちゃゴミだけどそんな小さい……しかも色的に肌の色に隠れて見えないぞ。」
「ロ、ロイドくんのアドバイス通りに……魔眼をいつも使うようにしてるから……」
「へぇ。ペリドットって小さいモノもよく見えるんだな……こりゃあれだな。ティアナの旦那さんになる人は浮気できないな。」
「だ、旦那さん……!」
 いきなり出てきたそんな言葉にティアナの顔が一瞬で赤くなる……
「ほら、よくあるじゃんか。服についたキスマークで浮気がバレる的な。きっとどんなに拭いてもペリドットの前じゃ意味ないだろうから、浮気はすぐバレ――ティアナ?」
「旦那さん……」
 もはやロイドの話なんて聞いてないティアナ。そんなティアナの顔をロイドが覗きこむ。二人の顔がすごく近くなって――って!
「痛い!」
 反射的に、あたしはロイドの足を踏んづけた。



 この街がこの国の首都である事は確かであり、賑わっている事も事実だが、建物が立つ以上どうしても暗い路地というのは出来てしまう。そこに店はなく、別の通りへの抜け道程度にしか使う理由が見当たらないそんな道を、普通の人は好んで通らない。
 首都という事もあって、街の中を騎士が巡回していたりする。無論甲冑は来ておらず、そうとはわからない服装で紛れ込んでいる。大通りは勿論の事、暗い路地も定期的にまわっているわけだが、入ろうと思わなければ視界に入らないそういう道は、騎士の見回りのタイミングを除けば完全に死角となる。
 騎士の巡回のあるこの街であっても悪党というのは存在し、彼らにとってそういう道は良い場所である。それは大抵の住民が理解しているからこそ好んで近づかないわけなのだが、どういうわけかそんな人目にない道を一人の女がふらふらと歩いていた。
 清楚な服装と眼鏡から育ちの良い、品のある人物だと想像できる。そんな女が大きなケースを持って暗い路地を歩いている。
「おや、ばれましたか。魔眼の知り合いがいるとは予想外ですね。しかしあれだけ笑ったのはいつ以来でしょうか……」
 女はさっき出会った少年少女を思い出す。主に彼女の頭の中を占めていたのは少年だった。
「王が我が身可愛さに王妃と王子の命を差し出してきた時か……国一番のラブラブカップルが互いを罵り合いながら斬り合った時か……いえいえ、あのどれをも超えていますね。何せ私自身を否定されたようなモノなのだから。」
 物騒な事を当然のように、むしろ嬉しそうに呟く女。
「年の変わり目でもないし、季節の変わり目でもないし、月の変わり目でもない。どうという事のない普通の日、買い物に出かけた先でいきなり私の人生に深々とボディーブローを打ち込んだあの少年――ロイドでしたか。屁理屈? とんでもない、あれは真理。なんだかつまらなくなってきた今日この頃、とりあえず昔と同じ事をしてみようと動いた矢先にこの一撃……ふふ、神様は皆に平等というのは本当なのですね。私にもその恩恵が――導きが来るとは。しかしどうしたものか……ロイドが示した真理に従うと私は私を殺さなければならない。しかしそれでは意味がありません。となると真理を示したロイドを別の論理で崩す……私ですら真理だと感じたこの論理を崩す新たな考えを手に入れる――ああ!」
 突如立ち止まり、ケースから手を離して身をよじる女。その表情は恍惚としていた。
「到達したと思っていた場所が間違っていた。それをたしなめるように彼が現れた! どうすればいいでしょうか? 何をすればいいでしょうか? しかしこれを乗り越えれば私はなれる……これはかつてない確信! しばらく時を空けてみたらこの光! 素敵ですね!」
 その外見からは想像もできない表情。じゅるりと舌なめずりをするその顔は獲物を前にした獣のようだった。
「どうしましょう、どうしましょう! 彼が欲しい……彼を傍に置きたい! 共に模索したい、私の新たな目標を!」


「おいねーちゃん。」


 くねくねと自分を抱きしめる女の周りに、いつの間にか男たちが立っていた。武装している――とまではいかないが、女を囲む数人の男たちはみな刃物を手にしていた。
「見たぜ? そのケース、金がしこたま入ってんだろ? ちょっと――つぅか全部よこせ。大人しくすりゃあねーちゃんの身体には手を出さないでやっからよ。」
 女がケースを開けた時を見ていたのか、男たちはそれを狙ってやってきた。都合の良い事に女は人目のない路地に入った。襲わない手はない。だが――
「……最悪ですね。」
 振り返った女の顔は先ほどまでの恍惚さとはかけ離れた苛立ちの表情だった。
「至高の料理の最後に出されたデザートが泥団子なくらいの失望感。あなたたちがなければ今日は文字通り、人生最良の日だったでしょうに……まったく……」
「何言ってんだ? とっとと金をよこせって言っ――」
 男の言葉はそこで途切れた。
「は?」
 他の男たちが状況を理解できずにそれを見ていた。

ついさっきまでそこにあったはずの男の頭が女の手に握りつぶされたその光景を。

「よこせ? なんで元の持ち主にお願いしてるんですか? 欲しいなら奪えばいいでしょうに。ついでに私も襲って性欲を満たせばいいでしょうに。わざわざ声をかける時点で穏便に済ませたいっていう事が見え見えなんですよね。」
 ようやく他の男たちの頭が恐怖という感情を吐き出し始めた時、女はゆっくりと眼鏡を外した。するとその姿は一変し、その服が与える印象は真逆になった。
胸元が大きく開き、片脚が大胆に出た真っ黒なドレス。所々が伝線している黒いストッキングに黒いハイヒール。耳に逆さ十字を、首に逆さ髑髏をさげたその姿から「清楚」の二文字を引き出すのは難しい。
 そして何よりも変わったのはその表情だった。根本的な顔の形は変わらないのだが、目つきやつりあがる口角から感じ取れるモノは狂気に近い。
 加えて――

「おまえら自分が悪い事してるって自覚あんだろ? 悪事を実行したんだろ? なに保険かけてんだ、あぁ? 中途半端なモンをあたいに見せんじゃねーよ、三下ぁ!」

 外した眼鏡を道に叩きつける女の口調は乱暴で、さっきまでの女と同一人物とは到底思えなかった。
「な、なんなんだお前ぇぇ!!」
 仲間の頭を握りつぶした女に向かって叫ぶ男。何人かが女に向かって行き、何人かはその場から逃げだした。しかし、向かって行った男たちが女に手が届く距離まで来た頃には、女の手に逃げ出した男たちの頭があり、それを見てさらなる恐怖を感じた頃には彼らの命も途切れていた。
「……なえんぜ、まったく。」
 そろって首なしになった男たちを見下ろし、その骸を女が踏みつけると首の無いその身体は真っ二つにちぎれた。

『誰が片付けると思っているんだ?』

 苛立ち顔の女の横に、いつの間にか誰かが立っていた。頭のてっぺんから足の先までをローブで隠した二メートル以上あるそいつを女が見上げる。
「……そうか。あたいはお前も殺さないといけないのか。」
『? 物騒な事を言うなよ。それに言葉を間違っている。』
 妙にくぐもった声のそいつがそう言うと、辺りに散らばっていた人だったモノが血の一滴も残さずに消えた。まるで何も無かったかのように。
「喜べ。実は良い事があったんだ。神様っているんだな。」
『お前が神様とか言うなよ、気持ち悪い。それに良い事があると人の首を千切るのか?』
「これとそれは別の話だ。」
『ほう。ところで眼鏡壊したのか? あのマジックアイテム、そこらで簡単に買えるモノじゃないんだぞ。』
「じゃあ苦労して買ってこい。あたいは帰る。楽しくなってきたぜ?」
『なにが――』
 ローブのやつが言い終わる前に、女の姿はその場から消えていた。
『……楽しく、ねぇ? これから忙しくなりそうだな。』
 女の置いて行ったケースを広い、ローブの奴もその場から消えた。

第五章 侵攻

 旅をする人にとって、お風呂というモノは毎日入るものじゃない。少なくとも、オレとフィリウスという旅人はそうだった。近場に水場が無ければ何日もお風呂に入らないなんてことはざらだった。
 ただ、フィリウスは実の所お風呂好きなものだから、重たいのにわざわざ馬車の荷台にドラム缶を積んでいた。水場を見つけたなら火を起こしてドラム缶風呂に入ったわけだ。
 数日か下手すれば数週間……そういう頻度で入っていたお風呂に、オレは今、毎日入っている。
「そろそろ身体がふやけてくるんじゃないかと心配なんだが……」
「そんなわけないでしょ……」
 お風呂セットを手にしたオレは同じくお風呂セットを手にしたエリルに呆れられた。
 基本的にエリルは部屋風呂派という分類に入るらしいのだが、今日はローゼルさんから大浴場に誘われたらしい。だからオレも大浴場――もちろん男子寮の方にある大浴場に行く事にした。

 男子寮は女子寮から少し――というかかなり離れた所にある。位置的には学院の敷地の反対側だ。
 大きい風呂があるならオレも入りたいと思い、一度エリルに男子寮までの道を教えてもらって行った事がある。つまり、今回は二度目の大浴場入浴というわけだ。
「相変わらず広いなぁ。」
 この大浴場にはいくつかのお風呂がある。メインの一番大きいやつの他にボコボコ泡の出るのとか水風呂とか、どういう効果があるのかよくわからない変な色をしたのとかもある。全部試してみたいところなのだが、そういうのはサイズが小さい上にいつも誰かがいるから中々入りづらい。時間をずらして人が少ない時に試すのが良さそうだ。
 という事で、オレは一番大きなお風呂に身体を沈める。ペタリと座り込むと肩の辺りまでお湯に入る深さで、思わず「だはー」とかいう声が出る心地よさだ。
「……ん?」
 しばらく――たぶん相当ふやけた顔でお湯に入っていたオレはふと気が付いた。周りに人が少ないのだ。普通にお風呂の時間帯だからもっといていいはずなのに、他の男子らはなんでかこの一番大きいお風呂じゃなくて他のお風呂に集中していた。
「……田舎者臭さがうつるとか思われてんのかな……」
 なんとなく自分の身体の臭いをかいでいると――

「いいお湯だね、サードニクスくん。」

 そんな風に声をかけられた。聞き慣れない声のした方に顔を向けたオレは相当ビックリした。
「おや? そういう表情は見覚えがあるね。」
 そう言ってほほ笑むその人は――綺麗な銀髪で病気なんじゃないかってくらいに肌が白くて切れ目でキラキラしてて言うなれば美人さんで――な、何が言いたいかっていうと、つまりオレの目には――女性に見えたのだ。
「君も僕を女性だと思ったのだね? だが勿論そうではないよ。見給え。」
 銀髪のその人はその場でスッと立ち上がった。タオルも巻かずにそうしたわけだから、オレの目にはその人の裸体が飛び込んできた。
 きっと女性だったなら膨らんでいるであろう場所には引き締まった筋肉があり、身体のシルエットも男性のそれで――というかそんな事よりも、たぶん男女を区別するのに一番手っ取り早いというかわかりやすいというか……ついているかついていないかで判断すればその人にはついているのだから、男性である事に疑いの余地はない。
「ほら、僕の性別は男だろう?」
「……んまぁ、ソレが単品で売っているって話は聞きませんしね。」
「ふふふ、面白いことを言うね。」
 水しぶきの一つもたてずに再び身体を沈める彼は、そうしながらオレの横に並んだ。
 女性だと思って見ると美人なわけだけど、男性とわかって見るとかなりの美形――んまぁ、美しいって事は変わらないか。
 銀色の髪の毛はたぶんおろすと長いんだろう、ゴムか何かで結んでお湯に浸からないようにしている。まつ毛が妙に長くて切れ目で……流し目とかが似合いそうというか、それをされると男女問わずドキッとすると思う。そしてフィリウスとは違う方向にムキムキで――バランスよく、細くて引き締まった筋肉が身体を覆っている。
 オレが女性だと見間違えたのと同じような事を他の男子も感じているんだろう。男子だとわかっても近くにいくのはなんか罪悪感を覚える。きっとこの人が、周りに他の男子がいない理由だ。
「どうしたんだい? 僕の顔に何か?」
「いえ……なんていうか、かっこいいですね。こういうのは確か――イケメンって言うんですよね。」
「ふふふ、同性にそう言われるとはね。だが整った顔だとか、かっこいい顔立ちだとか言うのであれば君も中々だと思うけどね。」
「えぇ?」
「普段の君は――そう、音を付けるのなら「ぬぼー」っという感じで、そのくせ――矛盾しているが妙に表情が豊かだ。いや、これは物事に対して素直というべきか。しかしそんな君はいざ真剣な顔、例えば戦闘などになるとその顔が引き締まる。常にあの顔だったなら、きっと君の言うイケメンと呼ばれて差支えないだろうね。」
「そ、そうですか……ところでえっと……もしかして同じクラスだったりします? オレ、クラスメイトも全然覚えられてなくて……」
「違うよ。僕が君の名前を知っているのは君が有名人だからだよ。」
「えぇ?」
「ふふふ、妙な時期に転校してきた見るからに場違いな雰囲気を持つ人物がA級犯罪者を撃退し、《ディセンバ》に本気を出させたのだ。有名になって然るべきだろうね。」
「セル――《ディセンバ》に本気を出させた? いや、だってオレは一発で――」
「その一発を引き出した事を言っているのだよ。学院全生徒と《ディセンバ》の戦いは《ディセンバ》の圧勝で、大抵の生徒が全ての攻撃を避けられて終わった。しかし中には《ディセンバ》の予想を超えた動きをし、《ディセンバ》に防御させた生徒が何人かいたのだよ。その内の一人が君だ。」
「へぇ。」
「ふふふ、感想はそれだけかい?」
「んまぁ……どっちかというと今はあなたが誰なのかって事の方が気になって……」
「おっと、そう言えば名乗っていなかったね。僕はデルフという者だ。」
「デルフさん……えっと同級生ですか? もしかして上級生?」
 オレとしては大して意味のない、当たり前に近い質問をしたのだが、デルフさんはチッチッチと指を振る。
「いけないな、サードニクスくん。確かにここは寮の大浴場。学年関係なく多くの男子生徒が利用するのだから、僕は上級生かもしれないね。しかしだね、ここはやはりお風呂なのだよ。」
「?」
「この学院は学年でネクタイやリボンの色が異なり、それを見れば何年生かすぐにわかるが、逆に言えばそれを見なければ判断する術がない。騎士はイメロを持っていなければそうと見られず、王冠を頂かない王はいない。わかるかな? 権威や身分、名誉といったモノはいわば服なのだよ。それを示すモノがなければ実際にそうであったとしてもそうだと信じられない場合もある。ならば風呂場とは、証明のしようがない故に平等な場所であるのだよ。」
「……つまり、お風呂場で何年生だとか、それを聞いて恭しく接してみたりってのは――野暮って事ですか?」
「おお、理解が早い――というか深いね。」
「前に同じような事を言われた事がありましたから。んまぁ、ならもう聞きません。オレはサードニクスくんで、あなたはデルフさん。」
「ふふふ、君は面白いな。」
「それでデルフさんは……えっと、何かオレに用が?」
「ん? 話しかけた理由かな? 特に意味のない雑談を通して君という人物を知ろうと思ったのだよ。」
「そ、そうですか……」
「この学院に来てそろそろ……ひと月かい?」
「えぇ、まぁ。」
「日が浅い、とは言えなくなってきたものの、やはり四月を経験していない君には説明を受けていない分、知らない事が多いはずだ。だから気が付かないのだろう、今、君がどれだけ多くの生徒に狙われているかを。」
「狙われて!?」
「ああ、命をという意味ではないよ。君という人材を欲しているという意味だ。」
「人材?」
「ここは学院――学校だよ、サードニクスくん。学校には先生と生徒という枠組み以外にも様々なグループがあるだろう? 部活動や委員会といったね。」
「え、ここにもそういうのあるんですか?」
「あるとも。君の戦闘技術は体術だけで見れば一年生においてダントツだし、三年生ともいい勝負をするだろう。そんな有能な生徒を放っておかない人々がいるのだよ。ちなみに、僕もそういった人々の一人であり、だからこそ君の実力以外の部分を知りたいと思ったのだよ。」
「はぁ……」
「だからお話しよう、サードニクスくん。」



 ローゼルに誘われて大浴場に来るのはロイドが部屋に来たその日以来。今日は加えてティアナがいる。
「……ティアナ?」
 服を脱いでタオルを巻いた――つまりお風呂に入る格好になったティアナは顔が見えなかった。前髪が完全に眼を隠してて口と鼻しか見えない
「ああ……髪留めを外しているからな。」
 ローゼルが当然みたいにそう言ってお風呂場に入っていくからあたしはそれ以上何も言わなかった。ざばっとお湯を浴びて、あたしたちは三人並んでお風呂に入る。
「……ロ、ロゼちゃんは相変わらず……すごいね……」
 ティアナが隣に座るローゼルにそう言う。たぶん、ティアナはあたしと同じくらいなわけで、だからローゼルのそれはうらやま――しくないわよ!
「あ、あんたたちも部屋風呂派なのね……」
「基本的にな。だが週一回くらいはこっちに来ている。せっかくだから大きな方にも入りたいモノだ。」
「……で、あたしを呼んだ理由は何よ。この前みたいになんかあるんでしょ?」
「あー……そのだな……」
 ローゼルにしちゃ珍しく歯切れの悪い感じで、髪の毛をくるくるいじりながらこう言った。
「い、一緒に生活を始めてそろそろひと月だが、ロイドくんとの――その、生活はどうかなと思ってな……ほ、ほら! カーテンなんかを買っ――提供した身としては気になるところなのだ!」
「べ、別に何も――」
 って言いかけて、時々ロイドが言うこっぱずかしい事とか、いきなり近くに来たりとか、ちょっとした事で笑い合ったりするのを思い出して、あたしは顔が熱くなった。
「!! な、なんだその顔は! 何をしているんだ! ロロロ、ロイドくんと何を!」
「ど、どーでもいいじゃないそんなこと!」
「どうでもよく、ないです!」
 ティアナまでそんな風に言う。
「な、夏休みはどうするのだ! ま、まさかずっと二人――」
「な、なわけないでしょ! そ、そりゃまぁ……うちに遊びに来るとか言ってたけど……」
「家に!? ロイドくんを!? そ、それはあれか! 両親に紹介するというあれ的なあれか!」
「ロ、ローゼル! あんたさっきから変よ!?」
「変ではない! だ、大事な事なのだ!」

「そうだね。それはボクも詳しく聞きたいかな。」

 バシャバシャお湯を飛ばしながら言い合ってたら、あたしたちの正面にいた誰かがそう言った。
 っていうか、その声は聞き覚えがあった。
「……なんであんたがここにいんのよ――」
 お風呂だから当たり前だけど、髪を結んでなくて花飾りもない。だけどその茶髪と内側が真っ黒な可愛い顔は――
「――リリー・トラピッチェ。」
 ロイドの知り合いでこの学院に定期的にやってくる商人でもある。だけど重要なのはそこじゃなくて……
「ボクのロイくんを紹介するの? 両親に?」

 この女はロイドがす――好き……なのだ……

「う、うちに来るって言ってるんだから、そりゃ――紹介するわよ。が、学院の友達だって……」
「ふぅん?」
「へ、あれ? 時々学院に来る……商人の人です……よね……?」
 ティアナが(そんな状態で前が見えてるのか疑問だけど)リリーを見て首を傾げる。
「ん? 君は初めましてかな。ボクはリリー・トラピッチェ。君はだぁれ?」
「ティ、ティアナ・マリーゴールド……です。」
「ティアナちゃんか。よろしくねー。ちなみに、確かにボクは「学院に来る商人の人」だけど、明日辺りからはそうじゃなくなるよ。」
「どういうことだ?」
 いきなり現れたリリーを半目で睨みつけるローゼル。ティアナはそんなローゼルの質問に答えようとしたけど――
「――! ローゼルちゃん……そ、それは反則……」
 今まで余裕の表情と、暗くて怖い顔しか見た事なかったけど、初めてリリーが焦った顔になった。ローゼルの胸に視線を落としながら。
「む?」
 リリーの視線に気づいたローゼルは、たまに見せる――っていうかたぶんこれが本性の意地の悪い顔になる。
「何を言うかと思えば――ふふふ。君もなかなかじゃないか、リリーくん。しかしあれなのだろう? 男性は胸の大きな女性に魅力を感じる場合が多いと聞く。やれやれ、困ったモノだな。なぁ、リリーくん。」
 ローゼルがかなり腹立つ顔になる。
「この前会った時も思ったけど……生で見ると恐ろしいね……ローゼルちゃんがロイくんと相部屋だったらボクも本気を出してたかもしれない……で、でもでも、ロイくんはそーゆーのできっと判断しない人だからね……うん……」



 エリルやローゼルさん、ティアナという友達ができたのはいいけど、全員女の子だからお風呂だけは寂しく感じていたオレだったが、デルフさんという人と親しくなった事でオレの学院生活はこの上ないまでに充実してきたぞ! と、ウキウキした気持ちで部屋に戻ってくるとなんだか人がたくさんいた。
「ロイくんってば長風呂なんだね。」
「リリーちゃん? え、なんでリリーちゃんが?」
 エリルがいるのは当然として、ローゼルさんとティアナが加わって、さらにリリーちゃんまでいた。エリルはふわふわしたいつもの寝間着、ローゼルさんは長袖長ズボンの青いパジャマ、ティアナは普段着と同じ、妙にぶかぶかした服。でもってリリーちゃんはエリルの寝間着のズボンバージョンみたいな服にナイトキャップを被っていた。
 知り合いの女の子たちのパジャマ姿っていうのは正直結構ドキドキするもので、リリーちゃんがここにいる理由が気になるものの、オレは席を外した方がいいんじゃないかと思った。
「えぇっと……オレ、どっかで時間潰してこようか?」
「なんでよ。」
「いや……ほら、これはあの、女子会ってやつじゃ……」
「違うわよ。むしろ全員、あんたに聞きたい事があって来たのよ。」
 なんかムスッとした――いや、真剣? な顔のエリルにそう言われたオレはそそそっと部屋に入った。
「おほん。それじゃあ聞くがロイドくん。」
「な、なんでしょうか……」
 眼を逸らしながら、お風呂に入り過ぎたのか顔の赤いローゼルさんがオレに尋ねる。
「そ、そのだな。だだだ、男性はむ、胸の大きな女性に――その、ひかれると聞くが……本当だろうか?」
「ほぇ?」
 予想の外の質問にすっとんきょうな声を出してしまった。
「要するにねロイくん。胸の大きな女の子と小さな女の子、どっちが好きかって質問だよ。」
「……そ、それはオレがって事? それとも世の中の男はって事?」
「ロ、ロイドくんは、どっちなんですか!?」
 金色の眼をキッと光らせてかつてない迫力でそう言うティアナの言葉を合図にしたみたいに、全員がオレを真剣な顔で睨みつける。内容はともかく、これはきっと相当真面目な話なのだろうと思ったオレは自分の考えを真剣に話した。
「――オレの場合で言うなら、胸の大きさで好きかどうかは決めないから何とも言えないかな。それで決めちゃったら勿体ない。」
「勿体ないとは――どういう事だ?」
「えっと、オレが……この六、七年の旅で思った事で、たぶんオレの信条? みたいなのになっているモノがあって……ずばり、「人は見かけで判断しない」なんだけど……」
「七年の旅で得たにしちゃ聞いたことある信条ね……」
「そういうなよ、エリル……」
 地味にショックを受けつつ、オレはこの信条的なモノを説明する。
「この言葉はな……例えば、道の向こうから見るからに人の良さそうなおじいさんが歩いて来るとした時、もしかしたらそのおじいさんは熟練の詐欺師かもしれない――的なマイナスの意味合いじゃなくて、プラスの意味合いだ。見るからに悪そうな人が歩いて来るとした時、もしかしたらすっごくいい人かもしれないし、趣味の合う友達になれるかもしれない。だから見かけだけで判断しちゃいけないって話。」
「それがさっきの勿体ないにつながるわけ?」
「そう。女の子は胸が大きくなきゃっていう目で見て、胸の小さい女の子を「ありゃダメだ」って否定するのはダメなんだ。もしかしたら、否定した中には自分と相性抜群でいい奥さんになる女の子がいるかもしれない。生涯の親友になる人だっているかもしれない。だから胸だけで決めるのは勿体ないんだ。」
「なるほどね……」
「あ、ちなみにこれはフィリウスの教えってわけじゃないからな。旅を通して得たオレ、オリジナルだ。」
「ロイドくんらしいな。」
「そ、そうか?」
 真剣な顔だったみんながうんうんと何かに納得して解決した風な空気を出したんだが――はてさて、一体この質問はなんだったのやら……
「でもあれだね。フィルさんと旅しててその考えが身に付くのは面白いね。」
「そうだね。フィリウスは「胸は大きい方がいい!」って叫んでいたから……」
「「男なら女の母性に包まれ、埋もれたいものだ!」とも言ってたね。」
「……そこだけ聞くとただのセクハラおやじね、フィリウスさん……」
 げんなりするエリル。
「そういえばフィリウス、夏休みになったら様子を見に来るって言っていたな。うん、その時みんなに紹介するよ。」
「《ディセンバ》に続き《オウガスト》か。加えてエリルくんの家に行くと《エイプリル》にも会う事になるのか。これはすごい事だな。」
「ちょっと、なんでローゼルがうちに来る事になってんのよ。」
「何を言う。ロイドくんを「学院の友達」として紹介するのだろう? ならばわたし――わたしたちが行っても問題ないだろう?」
「べ、別にあたしがロイドをしょ、紹介したいから連れてくわけじゃないわよ! こいつが来るって言うから……紹介するなら「友達」って言っただけ!」
「ならばわたしも行くとしよう。クォーツ家の令嬢と友人になったのだ、リシアンサス家としては挨拶に行かねばな。」
「あんたねぇ!」
 時々始まるエリルとローゼルさんのよくわからないケンカをいつものように眺めていたオレはふと思い出して、いつの間にかオレのベッドの中に潜っているリリーちゃんに尋ねる。
「んで、なんでリリーちゃんがここに?」


 次の日、教壇に立った先生の横に制服姿のリリーちゃんが立っていた。
「あー……お前らもよく知ってる商人のリリー・トラピッチェだが、本日付けでこの学院の生徒になった。よろしくな。」
「どうもー。」
 手を振るリリーちゃん、ざわめく教室、雄たけびを上げる数人の男たち、そしてムスり顔のエリル。
 オレと同じように、リリーちゃんが転入してきたのだ。

 リリーちゃんが学院に入った理由。それは「バレちゃったから」。オレも昨日初めて知ったのだが、リリーちゃんは第十系統の位置魔法の使い手だったのだ。
 魔法を上手に使える人というのは大抵、騎士の学校とは限らないけど何かしらの教育機関でその使い方を勉強した人という事になり、それが基本。だけど、近所の魔法使いからとか独学とかである程度魔法を使える人というのはそれなりにいる。
 ちゃんとした教育を受けてないけど魔法を使える人たち――彼らにとっては便利な事で良い事なんだけど、教育をする側からすると彼らはとても危険な状態と認識される。便利さの裏にある危険性や暴走した時の対処法なんかを学ばずに魔法を使うって事は赤ん坊に爆弾のスイッチを与えるようなモノ――なのだとか。いつどんな形の災害に繋がるとも限らないから、そういう危険な状態の人を見つけたら教育機関はその人を機関に入れてしっかりと教育を施すというのが決まっているらしい。
 そしてリリーちゃんは、リリーちゃんが言うに独学で魔法を使えるようになった人。リリーちゃんの歳で魔法を使えるというのは、本来なら学校に行くべき年齢である事からそういう危険な状態の人である事が確定する。だからリリーちゃんは今まで魔法を使えるって事を隠して商人をしていたらしい。勿論、学院と契約する時も魔法を使えるなんて一言も言っていなかった。
 それがこの前――オレは気が付かなかったんだけど、オレと再会したあの日、リリーちゃんは位置魔法を何度か使ってしまい、その気配を学院長に察知されてしまったのだ。

「生徒となりはするが商人としての活動は続く。今度学食の方に購買を作ってそこで今まで売ってたようなモノを扱うそうだ。」
 今更自己紹介する必要のないリリーちゃんはちらっとオレ――じゃなくてエリルの方を見てぐぬぬという顔をした後、空いている席にヒョイと座った。
ちなみに、ティアナも同じクラスで今はローゼルさんの隣に座っている。友達がみんな同じクラスにいるというのは地味に嬉しい事だ。
「さて……」
 いつものように授業が始まる――はずだったんだが、リリーちゃんを紹介した後、急に表情を険しくした先生がこう言った。

「国の一大事が起きた。」

 重々しい口調で一言そう言った先生がパチンと指を鳴らすと、チョークが勝手に動いて黒板に物凄い勢いで何かが描かれ始めた。
「本来なら国王軍が対処するわけだが、状況があいつらのキャパを超えている。故に、この学院に協力要請が来た。」
 黒板に描かれたのはこの街の地図だった。
「これは我が国、フェルブランドの首都であるラパンの地図――セイリオス学院はここ、王宮はここ……ま、言われなくてもわかるだろうがな。問題はこの街の周りだ。」
 黒板に描かれた地図を見るとよくわかるのだが、この街は隣街に続く街道が二本ほど伸びている以外、周りを草原とか森に囲まれている。
「この街が作られ、首都となった当時の王妃は身体が弱く、頻繁に病にかかっていた。だから当時の王が周りに自然を残すよう命じた為、この街の周囲はこうなっている。自然が豊かで空気もうまい上、かなり遠くまで見渡せるから敵も見つけやすい。他にも自然を残したことでマナが充実しているなど良い事がたくさんあったわけだが、今回はそれが裏目に出た。」
 さっきとは色の違うチョークが街の周囲の草原なんかを塗りつぶしていく。それはまるで生き物の分布図のようだったのだが、その範囲はこの街をぐるりと囲んでしまった。

「この色をつけた部分に今――どっから湧いて出たのやら、大量の魔法生物が集結している。」

 教室がざわめき、そしてオレはさっき先生が言った言葉の意味を理解した。
「……サードニクス――とトラピッチェはこの状況を理解したみたいだな。そ、小さな村なんかじゃそこそこの頻度である事――あれがこの街で起ころうとしてんだ。」
 ありえない。オレは思わず身を乗り出した。
「そんな……だって、こんな大きな街ですよ!? それにここには騎士がいっぱいいるわけだし……魔法生物がそれに気づかないわけは……」
「そうだ。本来ならありえねーし、だからこそありのままの自然を残した状態で街を作ったんだ。だがそれが起きた。前代未聞だろ?」
 シャレになんねーよなって顔をした先生は、何が起きているかをよくわかっていない他の生徒たちの方を向いた。
「魔法生物学は一年の後期からだから知らないのは無理もない。大きな街で育った奴じゃ特にな。ざっくりいうと、今この街は滅ぼされようとしている。」
 リリーちゃんが来た事で起きたざわめきが一気に塗り替えられる。冗談を言っていない事は先生の顔を見れば誰でもわかる。だからこそ、そのざわめきには少しの恐怖が混じっていた。
「――で、今から私はこの件について他の先生とか学院長とかと会議をする。だからその間に何が起きてるのか説明しといてくれ、サードニクス。」
「……え、オレですか?」
「……ちなみに、お前これの経験はどれくらいある?」
「……全部フィリウスと一緒にやったんですけど……三回くらい……」
「充分だ。じゃ頼んだぞ。」
 スタスタと出て行く先生の背中を見送った後、オレはクラスのみんなからの視線を受けた。
「……えぇっと……」
 助けを求めてエリルを見たが、エリルもこれは知らないみたいで首を振った。
「……しょうがないなぁ……」
 渋々階段を降り、いつも先生が立つ場所にオレは立つ。
「手伝うよ、ロイくん。」
「ありがとう……」
 大勢の人の前で何かを話すなんて経験、まったくないんだが……そうも言っていられない。これは本当にまずい状況なのだから。
「えっと……まず前提の話なんだけど、オレたちが国とかを作って自分の領地っていうのを作るのと同じように、野生の生き物にも縄張りってのがあるんだけど――んまぁ、これはみんな知ってるか。」
「ついでに言えば、人間が戦争して相手の領地を手に入れるみたいに、野生の中でもより良い環境を求めて縄張り争いが起きるよね。」
 と、リリーちゃんが補足してくれた。これはありがたい。
「普通、オレたち人間は野生の生き物からしたらすごく強い生き物だ。魔法とか武器とか使うから。だから、オレたちがすごくいい土地に住んでいるからって野生の生き物がその土地を奪うために戦いを仕掛けて来ることはない。」
「野生の生き物は相手との力の差ってのを測る力が人間よりあるからね。自分より強い生き物には挑まないんだよ。」
「そう……普通は。だけどこれが魔法生物だと話が違う。」
 そこまで話して、前の方の席に座っているローゼルさんがハッとした顔になった。
「つまりこういう事ですか? 魔法生物は他の生物と違って魔法を使える分強いから、その縄張り争いを人間に仕掛けて来る事があると?」
 みんなの手前だからか、オレとしては違和感がすごい優等生モードのローゼルさん。
「そう――です。でも勿論全ての人間に対して挑んでくるわけじゃない。魔法生物はマナを扱う器官を持っている関係で、魔法を使う騎士の力を感知できると言われている。だからこの街みたいにたくさんの騎士が守りを固めている場所には仕掛けてこない。逆に、強い騎士が駐在しているわけじゃない小さな村とかは――襲われやすい。」
「こういうのを魔法生物の侵攻って言ってね。村とか町じゃよくある事なんだ。普通は国にお願いして守ってもらうんだけど、あんまりに辺境だと軍が間に合わなかったりするから傭兵さんとか個人の騎士団に頼んだりするね。」
「では……今この街が置かれている状況というのは……」
「さっき言ったように、普通なら強い騎士のいるこの街は襲われないはず……なのにこの街は何故かその侵攻をされようとしている。そういう状況――です。」
「あ、あの、質問、いいかな……」
 おずおずと手を挙げるティアナ。
「うん。」
「魔法生物にもランク……があると思うんだけど……Sランクの魔法生物とかなら街に攻撃してくる事も……あるんじゃないかなって……」
「それはそうなんだけど、魔法生物ってランクが上なほど――えっと、個体数が少ないんだ。侵攻をするようなのはたくさんの群れを作る魔法生物で、そういうのは大抵CとかB。Aランクの群れってのはかなりレアらしくて、Sともなるとまず無い……んだけど、今まさにまず無い事が起きているからなぁ。」
「街の周囲にいる魔法生物がどれくらいの強さなのかってのが気になるよね。」
「その辺は先生の会議待ちかな。んまぁどちらにしろ、オレたちもなんかする事になるんだろう。」
「た、例えばどんな事を……するのかな……」
「そんなに心配しなくてもいいと思うよ、ティアナ。街の周りを国王軍がガードして……ついうっかり倒し損ねて侵入しちゃったのを倒すみたいな事だろうから。」
「で、でもあ、あたし魔法生物となんて戦った事ない……」
「! そう……なるのか……」
 なんとなくローゼルさんを見るとオレの疑問を察したのか、すっと答える。
「先生がさっき言ったように、魔法生物学は後期の内容です。加えて外に出ての実戦となると二年生の範囲になりますね。」
「ふぅん。じゃあもしかしたら、一年生の中で魔法生物との戦闘を経験した事あるのはボクとロイくんだけなのかもしれないね。」
「……それならそれで街の一番奥に配備されたりして基本的には戦闘にならない場所を任される事になるかな……」



 魔法生物の侵攻。正直全く馴染みのない言葉だったけど、戻って来た先生が説明する現状から相当深刻だって事がわかった。
 この街をぐるっと囲んでる魔法生物の数は数千で下手すれば一万にも届きそうってくらい。構成はほとんどがCランク――つまり一番弱い部類の魔法生物で種族はバラバラ。ちらほらとBランクもいるらしい。
 連中はゆっくりと街に迫って来てて、三日後にはここに到着する。
 対してこちら側。国王軍、その構成人数は総勢十五万くらいって言われてるけど、全員が王宮にいるわけじゃない。他の街とか国境の警備をしてる人もいれば、何かの任務で国外にいる人もいる。加えて軍の人全員が騎士ってわけじゃないし、騎士なら魔法生物に余裕で勝てるってわけでもない。
「要するに何が言いたいかっていうとな、現状の国王軍の戦力じゃこの街の完全防衛はたぶん不可能って話だ。」
「でも先生。セル――《ディセンバ》さんがいるじゃないですか。確か大抵王宮にいるって……」
「まぁな。だが十二騎士にもできない事はある。特に《ディセンバ》はどっちかっつーと一対一で力を発揮するタイプだからな。一対多数の戦いは――他の十二騎士よりも苦手なはずだ。」
 確かに、時間魔法って火とか風と違って広範囲に攻撃できるようなモノじゃないわ。

「そ、それじゃあこの街はこのまま……」
「私たち死んじゃうの……?」

 不安気な顔がちょっとずつ絶望したみたいな顔になっていく生徒を見た先生は慌てて手を振った。
「おいおいまてまて。なんか勘違いしてるだろ。言っとくが負ける事はないからな?」
「え?」
「防衛は出来るが完全防衛は無理って話だ。CやらBやらの魔法生物が数千集まった程度の軍勢に負けるような指導、私はしてない。が、一切の被害を出さずに勝つってのは今の戦力だと出来ませんってことな。」
 ふーとため息をついた先生は、さっきまでの深刻な顔をいつものやる気のなさそうな顔にして話を続けた。
「……要するに、ついうっかり倒し損ねて侵入を許しちまうのが何体か出てきちまうんだよ。んでそういうのにまわせる戦力はないから、そこを学院にお願いしたいって事だ。」
 ……さっきロイドが言った事をそのまま繰り返した先生。
「基本的には三年と二年がやる事になるから一年のお前らは避難所の警護って形で一番後ろにさがる事になる。なるんだが――」
 ふと先生があたしの隣――ロイドを見る。
「サードニクス。お前は別だ。二、三年と一緒に街を守れ。」
「えぇ!? なんでオレだけ!」
「この場合、魔法のへたくそ具合はどうでもいい。単純な経験と戦闘能力が欲しいわけで、そうなるとお前は後ろにさげとくのが勿体ない戦力だ。」
「……で、でも経験あるって言っても、さっきも言いましたけどあれはフィリウスと一緒に……」
「あー……この際経験もどうでもいいか。お前は強い。これは確かだ。適当なチーム組んであとで報告しろ。」
「チ、チーム?」
「要するに小隊だ。周りに建物とかある中で被害を気にしながら魔法生物と戦うってのは難しい。だからチームを組め。二、三年にもそうさせるつもりだ。」
「い、いやチーム組む理由はわかりますけど、上級生に知り合いいませんよ、オレ。」
「? 一年の中で組めばいい。」
「そ、それじゃ本来一番後ろにさがるべき人を前に出すって事ですか……」
「そうなるな。どうせ二年になったら実習でやる事だ。それがたまたま本番ってだけで、たまたま街中での戦闘になるってくらいだ。好きな奴選べ。」


 三日後に戦いが始まるみたいなのに普通に授業を進めた先生。二、三年は小隊を編成したり色々したみたいだけど、基本的に後ろにさがる一年生はいつも通りになった。
 一人を除いて。
「どうしよう……」
 お昼。学食で何かのどんぶりを食べながらロイドがそう言った。
「チームの事?」
「そう……だって何もしなければ安全な場所にいられるのにわざわざ前に出たがる人なんているのかな……」
「いないわね、たぶん。」
「しかも即席チームな上に日にちもない……踏んだり蹴ったりだ。」
「……あ、あたし……で良ければ……その、別にいいけど……」
「?」
「……なによ、その顔は。」
「あ、ごめん。いや、とりあえずエリルは確定だなーって勝手に思ってたから……」
「な、なんであたしが確定なのよ!」
「この学院で一番息が合うのはエリルだろうから……」
「んなっ!?」
「だからさっきの「どうしよう」は、エリルをなんて言ってチームに入れようかってのと他のメンバーどうしようってのの「どうしよう」だったんだよ。でもそうか、エリルはオーケーか。ありがとう。」
「ど、どういたしまして……」
「今度なんかお礼するよ。」
「い、いいわよ別に。」
「……そういえば――その、エ、エリルの――をさ、触っちゃった時、オレなんでもするって言ったよな……」
「! 何思い出してんのよ変態!」
「ち、違う! そうじゃなくて――エ、エリルに借りっていうかなんていうか、そういうのがたまってくなぁと……」
「……あ、あの事は……な、なんか適当な時に面倒な事してもらうわよ! でも……今みたいのはそういうのにカウントしなくていいわよ……だいたいそんな事言いだしたらあたしだってあんたに色々……ある事になるじゃない。体術教わったり……」
「んまぁ……」
「だから……その、あたしとあんたの間でそ、そういうのは……無しでいいんじゃない……?」
「そ、そうか……」
「そ、そうよ……」

「おほん!」

 珍しくロイドも顔を赤くして、二人で何とも言えない感じになってたらローゼルがものすごく不機嫌な顔で咳払いをした。
「まるでわたしたちがこの場にいないように二人で会話しないで欲しいな。」
 あたしの前にはロイドが座ってるけど、あたしの隣にはローゼルがいて、その隣にはティアナ。でもってロイドの隣にはリリーがいる。
「それにロイドくんも酷いぞ。」
「えぇ、オレ?」
「エリルくんは確定でなぜわたし――わたしたちはそうでないのだ。ロイドくんがチームを作るとなった時、わたしも参加しようとすぐに思っていたというのに。」
「あ、あたしも……力になれないかなって……」
「ボクは? 一番付き合いの長いボク。」
「あ、いや、でも……ほら、ローゼルさんはクラス代表だからきっと避難所でクラスをまとめる係りになりそうだし、ティ、ティアナは復帰したばっかりだし、リリーちゃんは元々商人さんだったし……」
「避難所に入ったなら、生徒も含めてその場をまとめるのは現役の騎士だろうからな。わたしは必要ない。」
「あ、あたし平気だよ……? べ、べつに病気だったわけじゃないし……」
「ボク、たぶんロイくんといい勝負できると思うけど?」
 三人が三人ともそんなことを言いながら睨みつけるモノだから、ロイドはお礼を言いながら三人にもチームへの参加をお願いした。
 こうして、あたし、ロイド、ローゼル、ティアナ、リリーっていう五人がメンバーの小隊が出来上がった。



「……ひねりのない、予想通りのメンバーだな。」
 放課後、何気に初めて行く職員室で先生にチームのメンバーを報告するとつまらなそうな顔でそう言われた。
「具体的な配置とかは他が決まり次第伝える。」
「はい……あの、先生。」
「うん?」
「今回の侵攻……普通じゃないですよね?」
「? そう言ったはずだが。」
「大きな街が襲われるっていうのもそうですけど……侵攻してくる魔法生物が一種類だけじゃないなんて聞いたことないですよ。」
 魔法生物の侵攻とはつまり縄張り争い。他の種類の魔法生物と同じ縄張りを共有する魔法生物なんていないわけで、だから普通、攻めて来るのは一種類だけになるはずなのだ。
「……お前はどう思ってる?」
 鋭い目で逆にそう聞かれたオレは、思っている事を素直に言った。
「……なんというか、まるで誰かがそこら辺の魔法生物を片っ端から集めて無理やりこの街に侵攻させている……みたいな印象です。」
「さすがだな。ずばり、軍の上の方もそう思っててな、一体どういう方法かは知らないが、今回の侵攻には余計な力が働いてるようだ。」
「じゃあこの侵攻には何か別の狙いが……?」
「さてな。……他言無用で頼むが、ぶっちゃけ侵攻に対しては戦力が足りてるんだ。完全防衛も可能なくらいに。だが――例えばこの侵攻が何かの陽動だとしたら……そんな感じの事態を想定して王宮内部に上級騎士を配備したりしててな。それで足りないんだ。」
「なるほど……もしかして、またエリルが!?」
「それも「さてな」だ。だが仮にそうだとしても、お前のチームに入ってる時点で警護は万全。そうだろ?」
 まるで挑発するみたいにオレにそう言う先生。
「――はい!」
「よろしい。んじゃあ――この後ヒマか?」
「は、はい? と、特に何もないですけど……」
「よし。それじゃ小隊を集めろ。校庭で待ってる。」


 ということで、急遽校庭に集まったオレたちは槍を持って立っている先生の前に並んだ。
「ふむ。風と火と水と形状と位置か。やりようによっちゃ面白い事になるチームだな。」
「ていうかいきなり何なのよ。」
「なに、三日後に備えてお前たちに特別授業だ。んま、正確には先取り授業だがな。」
「先取り? 魔法生物学でもやるのですか?」
「いんや。単純に実力をあげるのさ。三日もあればお前たちは今より一段階強くなる。」
「い、一段階……そ、そんなに急に強くなれる……んですか?」
「なれる。これは二年の真ん中くらいで教える事なんだが――言ってしまえば精神論だからな。授業自体は一瞬で終わる。」
「なぁにそれ? 気合いでも入れるっていうの?」
「近いな。じゃあ教えるぞ。お前ら――」
 すぅっと息を吸い、えらくもったいぶった先生はこう言った。

「必殺技を作れ!」

 ……
 …………
「…………えぇ?」
 予想外なその言葉を自信満々な顔で告げた先生はオレたちの反応を見てくくくと笑った。
「必殺技って……なんとかアターックみたいに叫ぶあれですか?」
「そう、それだ。」
 ニヤニヤしながら、先生はそれでも至って真面目に話を続けた。
「別に必殺技って程じゃなくてもさ、ここぞって時に相手にお見舞いしてやろうって思ってる技とか魔法とか――お前らにだって一つ二つあるだろ?」
「んまぁ多少は……」
「それに名前を付けろってだけの話だ。それが魔法ならその魔法名を叫ぶも良し。」
「なんの意味があるのよ、それ。」
「強いていえば、意味を与えるっていう意味がある。」
「はぁ?」
「例えばだが……私が道ですれ違ったサードニクスを呼び止めるとするぞ? その時、「おい、そこの男で黒髪で中肉中背でそこそこ整った顔立ちの、だけど若干都会に溶け込めてない感じのする奴」って言うのは面倒だし、ピンとこないだろ?」
「オレってそんなに田舎っぽいですか? まだ?」
 先生からもそう見られていた事にショックを受けるオレだったが、先生は構わず続ける。
「そこをただ「おい、サードニクス」って言うだけってのは、一瞬だし呼ばれた側もすぐに気づくだろ? 名前を付けるってのはそういう事だ。」
「あの……全然……わからないです……」
「要するに、今からあの技をしようとか、あの魔法をやろうって思うだけだと、意外とイメージがぼやけたままなんだよ。それを言葉にして自分の耳に入れる――これだけで頭の中のイメージはしっかりとした形を持つ。魔法使うのも、何かの武術をやるのも、頭の中には常に最高の結果を出す自分のイメージを持つべきだ。それをやりやすくする為に、行動に名前を付けるんだよ。」
「なるほど……じゃあ先生もそんな感じの必殺技を持っているんですか? こう……なんとかサンダー! みたいな?」
「ああ、ずばりそんな感じのな。結構な数の騎士が――やっぱり恥ずかしいとか、子供っぽいとか言ってやらなかったりするんだが……事実、十二騎士戦に参加して上位に食い込むような奴は全員イカした技名を叫ぶぞ? こんな風にな。」
 そう言ってすっと槍を構える先生。そして――

「『サンダーボルト』!!」

 よく通る、迫力のある声で技名が叫ばれるのと同時に、先生の前方に無数の雷が落ち、地面を真っ黒に――しつつ砕いた。
「当然、技名を叫ぶってのは次の行動を相手に教える事にもつながったりして……良い事ばかりじゃない。だがこれをするだけで技の精度、速度、そして威力はビックリするくらい簡単に上がる。時間のないお前らにはうってつけだろ?」
 先生の雷の威力に呆然としているオレたちを置いてけぼりにし、先生は話を続ける。
「クォーツなら、まずはお前独特の爆発を利用したあの格闘術に名前を付けてやれ。でもって必殺のパンチとかキック、連続攻撃に名前を付けてみろ。リシアンサスなら形作る氷一つ一つに名前をつけてみるといいだろう。たぶん、今までよりも早く氷が出せるようになる。マリーゴールドは銃だから難しいが……例えば敵のどこを撃ち抜くかで名前を分けるとかな。トラピッチェは――悪いが実力がわからんからなんとも言えないな……すまん。」
 さらっとアドバイスを始めた先生は、最後にオレを見た。
「そしてサードニクス。お前は技名もそうだが、この小隊の名前を考えろ。」
「? 第一とか第二とかじゃないんですか?」
「軍に入ればそうだが、個人で作った騎士団はそれぞれに名前をつけるもんだ。たった五人の小隊とはいえ、これも立派な騎士団だ。だからイカしたのをつけろよ。」
「はぁ……」
「よし。んじゃ授業終わり。また明日な。」
 と、ほんとに一瞬で授業を終わらせて帰ろうとする先生に、オレはついでに聞いてみた。
「あ、先生。」
「あん?」
「名前と言えばなんですけど、オレの剣術の正式な名前ってなんですか?」
「? 曲芸剣術のか?」
「そうです。イメロができた頃に生まれた剣術っていうなら歴史は古いはずだし、ちゃんとした名前もあるんじゃないかと思って。」
「かもな。だが少なくとも私が知ってるそれの使い手は昔から今まで通して、例の《オウガスト》とお前だけだぞ?」
「えぇ? そうなんですか?」
「きっと生まれはしたけど誰もできなくてひっそりと忘れられた剣術なんだろうよ。それを《オウガスト》が掘り起こした。名前を知ってるとすれば《オウガスト》だが……そいつはもういないし、どこでこの剣術を知ったのかも不明。唯一言えるのは、その《オウガスト》が自分の剣術を曲芸剣術だと言ったことだけだ。」
「えぇ!? 曲芸剣術って命名したのってフィリウスじゃないんですか!?」
「違う。昔らかそう呼ばれてるんだ。だから残念ながら――今の所は曲芸剣術ってのが正式名称だな。」
「まじですか……」
「それこそ、お前が名前を付けてもいいかもな。」



 先生の急な授業が終わって、とぼとぼと寮に向かって歩いてるとロイドが思い出したみたいに言った。
「そういえばオレ、リリーちゃんの魔法とか武器とか全然知らないな。」
「そうだね。逆にボクはみんなのを知らないよ。」
「ふむ。仮にもチームで戦おうというのだから、その辺りはきちんとしておいたほうが良いかもな。」
 というわけで、そのまま校庭でやればよかったんだけど、なんとなく戻ってきちゃったあたしたちは寮の庭にそれぞれの武器を持って集まった。三日後っていうのが長いのか短いのかよくわからないけど、お互いの力を知っておけば、いいコンビネーションとか思いつくかもしれないわ。
「それじゃーまず、誰も知らないボクの武器から紹介するよ。」
 そう言ってリリーが旅行の案内係みたいに手を出すと、そこにパッと短剣が現れた。
「おお! それが位置魔法?」
 武器よりもそれを出した魔法に食いつくロイド。
「そうだよ。予め印をつけておいた物ならボクがどこにいても呼び出せるんだ。ま、さすがに数百キロとか離れると無理だけど。」
「すごいな! 印をつければなんでもいいの?」
「重さが十トンを超えなければ大抵はね。」
「十トン! それじゃあリリーちゃんは馬車ごと移動できるんだな! 商人向けの魔法だなぁ……」
 何気なくロイドがそう言うと、なんでかリリーは少し焦る。
「そ、そうだね……あ、でも人間と魔法生物はちょっと難しいかな。」
「そうなのか。じゃあ向かって来た敵を空高くに移動させるとかはできないのか。」
「うん。でも、その移動される人が移動することを了承すればできるよ。」
 ちょっと首をかしげるロイドだったけど、それをローゼルが簡単に言い換える。
「それはつまり、敵の強制移動はできないが、味方を支援するという形での移動は可能ということだな?」
「そうなるね。それと自分自身の移動は特に制限なくできるよ。」
「便利な魔法だなぁ。やっぱりオレみたいな自然系よりはそういう……なんだっけ、概念系? の方が羨ましく見えるな。」
「そうでもないよ。《オクトウバ》くらいになると何でもできる感じだけど、ボクとかだとまだ使うだけで結構疲れるからね。さっきロイくんが言ったみたいに馬車ごと移動するっていうのもよくやったけど、あれをやると半日は動けなくなるからね……」
「すごい魔法はそれだけ消耗するってことか……」
「うん。で、これがボクの武器ね。」
 すらっと抜かれた短剣は結構使い込んでる感じがする年季の入った刃をしていた。
「マジックアイテムでもなんでもない、普通の短剣だよ。」
「短剣か……リーチがないけど、リリーちゃんみたいにパッと移動できるならこれが丁度いいのかな……あ、でもイメロはつけるんでしょ?」
「ああ……そういえばもらったね。そっか。イメロがあればもっとすごい移動ができるかもしれないんだよね……」
 リリーがいつの間にか手にしたイメロを見つめる。そんなリリーに、ちょっと珍しいんだけど意地悪な顔したロイドが笑いながらこう言った。
「売っちゃダメだよ、リリーちゃん。」
「うーん……迷いどころだね。第十系統の位置のイメロなんて結構レアだから。売る相手と売るタイミングをうまいことやれば相当な金額に……」
「リ、リリーちゃん?」
「うふふ、冗談だよ。さ、次はみんなの番だよ!」
 その後はロイド、あたし、ローゼル、ティアナがそれぞれの武器と魔法をリリーに教えた。そして、あたしたちの戦い方を改めて見ると以外にもいい組み合わせだって事がわかった。
 あたしはガントレットを飛ばすのを例外とすれば近距離タイプ。
 ロイドは剣をある程度飛ばして戦う事から近~中距離タイプ。
 ローゼルは離れた所から攻めて近づいて行く感じだから中距離もできる近距離タイプ。
 ティアナは完全な長距離――しかも相当離れたところから狙えるはずだから超長距離タイプ。
 リリーは武器的に近距離だけど位置魔法があるからオールラウンダーというか、敵を攪乱させるタイプ。
「エリルのアタッカーとしての攻撃力は相当高いし、ローゼルさんの氷を使った戦い方は応用力がある。そんな二人を援護しながら周りの敵をちょこちょこオレが削って、ちなみにティアナの長距離支援もあって、さらにリリーちゃんの位置魔法により攪乱、背後からの奇襲……おお、なんかすごいチームだな。」
「すごいのはいいけど……ねぇ、ロイド。魔法生物と戦うのってどんな風なの?」
 騎士は守る為に戦う人だけど、その「戦う」っていうのの経験があたしにはほとんどない。ましてや魔法生物なんてじっくりと実物を眺めた事もない。
「どんな風と言われても……」
「だってほら、中には羽はえてたり、手がいっぱいあったりするんでしょ? そういう人の形してないのと戦うのなんて初めてだから……」
「ああ……そういうのは気にしなくていいよ。」
「気にしない?」
「きっと空を飛ぶ魔法を使える人はいるだろうし、手を増やせる人だっているだろ? だから人の形をしていないとかは、そういう魔法を使える人なんだなーぐらいに思っておけばいいんじゃないかな。それよりも明らかに人と魔法生物――いや、野生の生き物の間には大きな違いってのがある。」
「む、なにやら重要そうだな。わたしたちにも教えてくれ。」
「うん……えぇっと、考え方っていうのかな……んまぁ知能の差ってのがあるだろうけど、そもそものスタンスが違うんだよ。オレたちよりももっとシンプルなんだ。例えば――オレがエリルと戦うとするじゃんか。」
「い、いきなりなによ……」
「炎が邪魔でエリルの姿を見失う――じゃあ常に風を吹かせてみたらどうだろう。あの爆発の加速は厄介だ――じゃああのガントレットとかを破壊したらどうだろう……みたいに、エリルの攻撃や戦い方に対して色々攻略法を見つけていく。でもって弱点でも見つけられたらバンザイってなる。」
「それがなによ……」
「要するに、こういう事を彼らはしないって話なんだ。ただただ単純に、今の自分と相手の強さを比べて、自分が負けるとわかったらそれ以上はやらないで逃げるんだ。こうすれば、ああすれば、もしかしたら勝てるかもって考えをおこさない。」
「ちなみに言うと、足りない分は気合いだーとか、根性でなんとかーって考えもないよ。」
 やっぱりというか、リリーもその辺は理解してるみたいでロイドの説明に補足する。
 ……あたしが知らなくてロイドが知ってる事……をリリーが知ってる……なんか……むかむかするわね……
「なるほど。彼らはもっと現実的なんだな? 彼らにとって戦いとは常に命をかけたそれなのだろうから……」
「そういう事。名誉とか武勲とか……勇気、勇敢……んまぁ、つまりあんまりカッコつけないんだな。でもって――」
 ふっと、ロイドの顔が真剣なそれになる。
「自分が勝てると思ったら彼らはためらわない。人間よりも優れた身体能力と、人間よりも冴えている直感と、人間よりも冷たい心で、一切の容赦なく相手の命を絶ちにくる。」
「わ。ロイくんかっこいいー。」
 リリーの言葉に、かっこよく言ったロイドが少し顔を赤くした。
「だ、だから彼らとの戦いは長引かないよ。こっちがあっちより強いとわかったら逃げていくからね。」
「ぎゃ、逆に……その、全然逃げ出さない時は……」
 おどおどとティアナが聞くと、言いにくそうにロイドは答えた。
「……もしも、まだ出していないとっておきの技とかが無くて、全力でやってるのに相手が逃げ出さないのなら――ほぼ確実にこっちの負けだね。彼らの勝てる、勝てないの判断はオレたちよりもきっと正確だから……」
「あ、あたし大丈夫かな……」
「大丈夫だよ。オレたちはチームを組むんだからね。ティアナが危なそうなら助けに行くよ。」
「う、うん……」
「よし。では本番――と言うと少し変かもしれないが……ま、当日までにフォーメーションのようなモノを決めておこうか。いざという時、誰が誰をフォローするのか――とかな。」
 そんな感じで、あたしたちは半分以上が初の実戦っていうチームでどう頑張るかを考えて、その為の訓練を始めた。



 フェルブランド王国。現在存在している多くの国一つ一つにその国に合った二つ名のようなモノをつけるとすれば、この国は『剣と魔法の国』となり、剣術や武術、そして魔法技術が主に発達している国である。加えて、世界中の猛者の中から選出される十二騎士を歴史上最多で輩出している国でもある。
 自然が多く、海とも接しているこの国は様々な意味でとても豊かであり、そんな豊かさを求めてこの国にやって来る者も多い。
 だが自然が多いという事はそのまま自然の驚異と隣り合わせという事につながる。実際、噴火や土砂崩れといった自然災害、魔法生物の侵攻などの発生件数は他の国の倍近い。
 ただ、そんな環境だからこそ腕の立つ騎士が育ち、また魔法技術の進歩につながっているわけであるから、この国においては自然との折り合い、バランスが重要視される。

「んが、そんな感じで自然を大切にするお利口さんなせいであんまし科学技術が発達しねぇ。おかげで一番そこんとこが進んでる国と比べると技術レベルは一世代分くらい離れちまってる。」
『しかし、だからといって技術が進んでいる国と同じ事ができないわけではない。結局、科学でやるか、魔法でやるかの違いというわけだな。』

 フェルブランド王国の首都ラパン。その街を取り囲むようにして進軍する魔法生物の群れの中、一際大きな亀のような魔法生物の背中に寝そべっている女と、傍に立つフードの人物がいた。
そしてもう一人――
「でも姉御、なぁんでいきなりこの街なんですかい?」
 シルエットは団子か雪だるまか――とにかく丸々太った男だった。その身長はフードの人物と並ぶ二メートルはあろうかという高さなのだが、下手をすれば縦よりも横の方が長いのではと思えるその身体に伸びきった上下をかぶせ、しゃべる度に身体の肉をゆらしながら寝そべる女の方を向いた男の顔は、肉が垂れ下がって眼が隠れていた。
 そんなブタだの醜男だの呼ばれそうではあるがその巨体に誰もそうは言えないだろうという男の質問に、女はさらっとこう答えた。
「知る必要ねぇよ。どうせお前はこの後で殺すんだからな。」
「ぶえぇ!? あ、姉御、そりゃないですぜ! おい、どういうことなんだよアルハグーエ!」
 その名前に反応したのはフードの人物だった。
『私も困っているのだよ、バーナード。私の事もいつ殺そうなどと呟いているのだ。ラパンにホットドックを買いに行ってからずっとこうだ。』
「ホットドック……あぁ、腹がへってきた。姉御、そのホットドックはうまかったですかい?」
「普通だな。」
「そりゃいい。まずくなけりゃそれでいいでさぁ。あっし、ちょっくら買いに行っても?」
「構わねぇが……こいつらは大丈夫なんだろうな?」
「問題ないでさぁ。こいつらはもう、そういう生き物になってるんすから。」
 殺す殺されるの会話はいつの間にかホットドックの話になり、丸い男は亀のような魔法生物からぴょんと飛び降りた。
『それで正直な所、一体どうしたんだ? 部下を皆殺しにするつもりなのか?』
「その予定だ。よく言うだろ? 女ってのは一晩で心変わりするもんなんだよ。」
『ホットドックを買いに行って心変わりか。ピュアな乙女もいたものだ。』
「そう、そうなんだよ。信じられるか? このあたいが、今や一人の男の事しか考えられねーんだ。長生きはするもんだな。」
『? ちょっと待て。まさかお前が――恋しちゃったとか言うのか? 瞳の中に星を瞬かせる恋する乙女になったと?』
「らしい。あたいも女だったんだなぁ……」
『気持ち悪い事を言うな……』
 真っ黒なドレスを着て、首から髑髏を下げた女がしみじみと遠くを眺めるのを本気で気持ち悪そうにぶるぶる震えながら見下ろすフードの人物は、どこか作り物のようなため息をついた。
『お前に桃色に輝く背景は似合わないぞ、アフューカス。』

第六章 初陣

 その日のその朝。オレはいつも通りに眠っていつも通りに起きた事に驚いていた。
 侵攻からの街の防衛。これで四度目になるわけだけど、前の三回は三回とも前の日は緊張して眠れなかった。そしてその緊張をそのまま戦いに持っていき、終わった後にはそれがぷっつりと切れて爆睡していたように思う。
 その戦いで自分が命を落とすんじゃないか……そんな不安は全くなかった。なぜならフィリウスと一緒なのだ。死ぬのは勿論、負ける事もないと確信していた。それでも前の日は妙に不安で眠気が仕事をしなくなる。
 そんな経験を踏まえて改めて考えた昨日の夜。この戦いには確かに、セルヴィアさんや先生みたいな――つまりはフィリウスみたいな圧倒的に強い人が参戦する。それも結構な数が。この防衛戦においてこっちが負ける事は……先生も言っていたけど、ほぼないだろう。
 だけど今回は前の三回と違って、そういう強い人がオレの傍にいるわけじゃない。たぶん最前線で暴れるか、いざという時の為に王宮の守りにつくかだろうから、オレたちが配備される事になる街中にはいない。
 フィリウスが傍にいるあの時でさえ不安だったのだ。きっと今日はいつも以上に眠れない――そんな風に思っていたのに気づいたら朝になっていて、寝ぼけ顔のエリルを横目に顔を洗うオレがいた。
「いよいよだな……」
「そうね。」
 魔法生物の進攻速度からして、今日のお昼ぐらいにはこちらの間合い的なモノに入る。だけどたぶん、数匹は突出してるのがいるだろうからそれよりも早く戦いは始まる――と、先生が言っていた。
 時間にすればほんの数時間後。だというのにオレとエリルはいつもの格好になっていつものように庭に出て準備運動していた。
「……なんかおかしい気がするのはオレだけか?」
「……同感ね。でもだからって何をするべきかもよくわからないし……」
「エリルは昨日、ちゃんと眠れたか? 緊張して眠れなかったとかは……」
「不思議とないわね。なんでかしら? 今日があたしの初陣みたいなもんなのに……三日前の方がよっぽどドキドキしてたわね。」
「オレもなんだよなぁ……フィリウスと戦いに出るよりもよっぽど落ち着いてるっていうか……」

「それは良い事だな。」

 二人そろって伸びをした所でいきなり目の前に人が現れたもんだからオレとエリルは勢い余って尻餅をついてしまった。
「おや、二人は息ピッタリだな。」
「セルヴィアさん!」
「この格好の時は《ディセンバ》と呼んでくれると嬉しいな。」
 朝から見るには刺激の強い鎧姿のセルヴィアさん――《ディセンバ》さんがそこにいた。
「い、いきなり現れないでよ! あんたはそういう登場しかできないの!?」
「あっはっは。驚かすのが好きなのだ。」
 格好とは裏腹というかなんというか、とても凛々しく笑う《ディセンバ》さん。
「それで……どうしたんですか?」
「なに、激励だよ。友人二人のな。」
「友人……ですか……」
「そうだ。語り合い、笑い合った。それをただの知り合いでは寂しいじゃないか。」
「……十二騎士の激励とはすごいわね。」
「ふふふ。だがそれも必要なかったようだ。今の君たちに不安はないようだからな。」
「はぁ……なんか不思議と。」
「それは戦いに赴く者としてはベストコンディションだよ。要するに、それだけの信頼があるのだ。」
「信頼ですか。」
「そう……不思議なモノなのだがな、どんなに強い者でも強そうな相手を前にすれば鼓動は早くなるし、共に戦う仲間が世界最強であっても緊張はする。ほんの少しだがな。」
「そう……なんですか。」
「しかし、共に戦う仲間が例えば親友であったなら。将来を誓った恋仲なら。もはや自分に敵はいない――と豪語はしないものの、負ける気は全くしない上にかつてないほどに落ち着いているという面白い現象が起きる。絆や信頼と言われる力だ。思うに、この世で最も頼もしい力だな。まぁ――」
 そこで《ディセンバ》さんはからかうように笑う。
「その力がタイショーくん率いる小隊内に生じているのか、君ら二人の間で生じているのかはわからないがね。」
 ちょっと照れくさく思うオレと、横で赤くなるエリルを眺めてふふふと笑った《ディセンバ》さんはふと聞いてきた。
「そういえば、タイショーくんの小隊……まぁ騎士団でもいいが、名前は決まったのかい?」
「ええ……まぁ……」
 そう言いながら、オレは昨日の事を思い出す。


「困った。チーム名が全然決まらないぞ。」
 基本的な――フォーメーション? みたいなのとか、コンビ技とか……技名とか。色々決めていって最後に残ったのがオレたちの名前だった。
「だからさ、『ロイ&リリーと愉快な仲間たち』でいいんじゃないかな。」
「冒険小説のタイトルみたいじゃないか。しかも何故二人がメインキャラなのだ。」
「あ、あたしは可愛いのがいいなぁ……」
「なんでもいいじゃない、こんなの。」
「じゃあエリルはこのチームの名前が『それいけエリルちゃん』でもいいっていうのか?」
「なによそれ!」
 進攻速度から考えて戦いは明日。だというのにオレたちはそんなことを話していた。
「ふむ。しかしあれだ。今後もその名前で騎士団としてやっていくというのなら真面目な――そう、かっこよかったりする名前にするべきだろうが、今回は即席のチームだからな。ここは一つ、面白い名前にするのも良いのではないか?」
 悪い事を思いついた人みたいな顔のローゼルさんがそう言うので、オレはちょっと考える。
「んじゃあ、『ロエロテリ騎士団』とか?」
「な、なんかの料理みたい……」
「……って、全員の名前をとっただけじゃない!」
「いやいや、そういう遊び心のある名前でいいと思うぞ?」
「一応これ、首都防衛戦なのよ……?」
「やれやれ。やはりこの部屋に住んでいると他の寮生の話が入ってこないのだな。先輩方の小隊も、ほとんどは小隊と名乗らずにカッコイイ騎士団名で出陣するようだぞ?」
「あはは。騎士の名門校、セイリオス学院がそんなんでいいのかな。」
「仕方ないだろう。今回の戦い、最前線で戦うと同時に総指揮官になっている先生がそう言ったのだから。」
「よ、余裕があるよね……侵攻されるって、結構危ない事なんでしょ……?」
「そのはずだがな。ルビル・アドニスという騎士はそういう面白い人だったようだ。」
「んまぁ、それか実戦で緊張し過ぎない為のほぐしなのかもしれないけど。フィリウスも戦いの前はよくくだらないシャレを言っていたし……」
「まぁともかく。わたしたちはわたしたちらしい名前を名乗ろうじゃないか。」
「あ、あたしたちの……共通点とか、ないのかな……」
 と、ティアナが言うとリリーちゃんが意地悪な――というよりは不機嫌? なんかそれを混ぜたみたいな顔で呟く。
「ロイくんを除けば共通点はあるよね……」
「? ああ、確かに。オレ以外女の子だ。」
 オレがそう言うとリリーちゃんはため息を、他の三人はそれぞれが少し赤くなりながら明後日の方を向いて変な顔をした。なんだこりゃ。
「ん。共通点といえば、一応全員に言える事が一つあるな。」
「なによ、それ。」
「五人とも……こう、なんて言うか……ギャップがあるというか、外と中が結構違うというか……」
「ロ、ロゼちゃんみたいに?」
「ティアナ、それはどういう意味だ?」
「あー、ほら。例えばエリルなんだけど、オレはエリルが実はお姫様って事に驚いたし、きっとそうだと知ってる人はそんなエリルがまさか両手両脚から炎を吹き出しながら突っ込んでくるインファイターだとは思わないだろう?」
「……そうかしら? でもそれを言うなら、あたしはクラス代表で優等生で『水氷の女神』のローゼルがあんな意地の悪い顔してズケズケ言う奴だとは思わなかったわよ。」
「エリルくんまで……いや、しかし驚きの度合いで言ったら、申し訳なさそうな顔で狙撃銃を担いできたティアナ以上はないと思うぞ。」
「そ、そんな事ないよ……あ、あたしはいつもの商人さんが……あんなすごい位置魔法の使い手だった事にビックリしたよ……?」
「そう? でもでも、実はすごい奴っていうのなら、実は十二騎士の《オウガスト》の弟子でしたーっていうロイくんには誰も勝てないんじゃなぁい?」
 ぐるっと意外に思った事を言い終わった後、オレはそれをまとめる。
「そう、こういう事なんだよ。自分で言うのも恥ずかしいけど、ビックリしちゃうような人が五人も集まったんだから――こりゃもう『ビックリ箱騎士団』だなぁ……と、思ったんだ。」
「わぁ……可愛いね。」
「うん! なんかロイくんっぽいね!」
「えぇ? どこら辺がオレっぽいんだ?」
「……気の抜ける感じじゃないの?」
「……オレってそんなん?」
 オレの問いに答えようとしたエリルは、一瞬口を開いたあと突然ムスッとなって口を閉じた。
「そ、そうよ!」
「えぇ……」
「まー、こーゆーのはいくら考えても終わらないからね。『ビックリ箱騎士団』でいこうよ。」
「うむ。いいんじゃないかな。」


 もしかしたら今のこの妙な安心感はあの寝る前の愉快な時間のおかげだったのかもしれない。
「オレたちは、『ビックリ箱騎士団』です。」
「ふふ!」
 騎士団名を言うや否や、《ディセンバ》さんが吹き出した。
「はっはっは! いやはや、ふふふ! うん! いいんじゃないかな! かかってくる敵に、ばね仕掛けのパンチをお見舞いするといい……あっはっはっは!」
 ひと笑いした後、《ディセンバ》さんは――若干笑いをこらえながらだけど――真面目な顔になった。
「カッコイイ名前でも、威圧する名前でも、愉快な名前でも、それが自分たちを示す言葉なら掲げるといい。名前は行動によって様々な服を着るものさ。ではな!」
 そう言って、《ディセンバ》さんはパッと消えた。



『あー、こちら総指揮官――っていうのはもうやんない予定だったんだがな。私だ。ルビル・アドニスだ。言っとくが私は指揮なんてしない。ガキじゃあるまいし、国王軍は大中小隊それぞれで判断しろ。でもって学生らはそんなに危ない事にはならないからいい機会っつーことで各自で判断してみろ。』
 第八系統、風の魔法の一つらしい声を遠くにいる誰かに伝える魔法で先生の声がどこからともなく聞こてくる。回転させる事しかできないオレだが、これはいつか使えるようになりたい風の魔法だな。
『あ。敵の隊から突出した奴が近づいてきた。という事で戦端を開く。行くぞ!』
 遠くの方が一瞬ピカッと光り、遅れて雷鳴が轟く。

 首都防衛戦が始まった。

「……」
 と言っても、戦闘が始まったのは街の外。オレたちがいる街の中はまだまだ静かだ。
『うわー、なんか雷が何本も落ちるよ、ロイくん。先生ってすごいんだね。』
 さっきの先生の声と同じようにリリーちゃんの声が聞こえて来る。
 声を伝える風の魔法は先生と各部隊の隊長、そして隊長とその隊の隊員をつないでいる。我らが『ビックリ箱騎士団』で言えば、オレ、エリル、ローゼルさん、ティアナ、リリーちゃんがつながっていて、オレだけは先生ともつながっているわけだ。
 部隊の数がいくつあって、それぞれの部隊に何人いるかは知らないが、その全部にこの風の魔法をつなげているのは学院長なのだとか。エリルが言うにはこんな大規模な魔法を展開させたら普通は五分ももたないらしい。それをどれくらい時間がかかるかわからないこの戦いで、きっと終始発動させ続けてしまうであろう学院長はやっぱり格が違うようだ。
「ティアナ。」
『ふぇ!? あ、ロイドくんか……な、なぁに?』
「ティアナからは街の外って見える?」
 スナイパーであるティアナはオレたちから少し離れた所にある高い建物の上にいる。
『えっと、さすがに街の外は……見えないかな。か、壁があるし……でも、街に入ってきたらだいたいは……見えると思う……』
「それなら大丈夫だな。動きがあったら教えてくれ。」
『う、うん。任せて……』
 この魔法、便利な事に話したい人とだけ会話をつなげてくれる。全員と念じれば全員に声が行き、今みたいにティアナだけと思えばティアナだけに行く。
「魔法ってすごいんだなぁ……」
「なによ、いまさら。」
 両手にガントレット、両脚にソールレットを装備したエリルが呆れ顔をこっちに向けた。
「だってこんなに便利なんだぞ? 魔法を発明した人はすごいな。」
「確かにそうだな。魔法は便利だ。」
 ティアナを除くオレたち四人は街中にあるちょっとした広場にいて、その真ん中にある噴水にトリアイナを抱えて座るローゼルさんが話に加わる。
「しかしこれからわたしたちが相手にするのは、わたしたちが魔法と呼ぶ、マナを使って不思議な事を起こすという技を生まれた時から使える生き物だ。言わば、私たちがコピーであっちがオリジナル。きっとわたしたち以上に便利に使うのだろうな。」
「そうとも限らないよ?」
 ついさっきまで広場を囲む建物の屋上にいたのに気が付けばオレの隣にいるリリーちゃん。
「上のランクは別だけど、BとかCじゃ頭はそんなに良くないからね。ずる賢く使うっていう事に関しちゃボクたちの方が上だよ。」
 ふふふと笑うリリーちゃんは、その笑みのままエリルとローゼルさんに唐突にこんな事を言った。
「ちなみに、今からボクたちは魔法生物――生き物を殺そうとしてるけど、二人――ティアナちゃんも含めて三人はそういう経験あるの?」
 リリーちゃんの質問に二人の顔がこわばる。この質問は、オレが初めて侵攻からの防衛戦をする時にフィリウスから言われた事でもあった。正直、オレは父さんが狩りに行くのについて行ったりしていたからそういうのに抵抗はなかった。ただ、実際魔法生物を……殺した時、予想とは全く違う現象が起きたからオレはかなりビックリした……のだが……
「経験はないけど、でも魔法生物って死んだら塵になるって聞いたことあるわ。」
「うむ。その、血が出てどうこうというのであれば抵抗もあるだろうがそういう事であれば多少は……まぁ……」
 そう、魔法生物は死ぬと塵になるのだ。マナを操る器官があるから死ぬとマナに返るとかなんとか色々説はあるけど本当のところはわかっていない。何せ死体が残らないから研究のしようがないのだ。ただ、それだと魔法の研究も進まなかったんじゃないか思うけど……んまぁ、昔の人は根性があったんだろう。
 とにかく、魔法生物を――例えば斬りつけてみても、出るのは血じゃなくて塵。傷口から軽く煙を出しながらその部分が塵……というよりは灰になる。
 血がブシューってわけじゃないからトラウマ的なモノにはなりにくいんだけど……それでも命を断つって事には変わらない。
 オレは、塵になるから大丈夫だと曇った顔で言う二人と遠くにいる一人に向けて話しかける。
「えっと、たぶん……騎士になったら魔法生物と戦う事とか多いと思うからいつかはできるようにならなきゃいけないけど……今すぐってわけじゃないから。やっぱりダメだっていうなら言ってくれて良いぞ。オレは――その、慣れてるからさ。」
 という風に一応気遣ってみると、エリルとローゼルさんの顔が曇り顔から笑顔になった。
「は、初めてで緊張してるだけよ。心配ないわ。」
「そうだぞ。これでも騎士の端くれなのだからな。」
『でも……ありがとう、ロイドくん。』
 三人のそんな言葉を聞いて安心したオレは、手にした二本の剣を回し始めた。そして風の魔法を展開し、自分を中心に風の渦を作る。
 剣の回転を手から風に任せ、二本の剣を宙に浮かせる。加えて、先生に頼んでかしてもらった三本の剣も風に巻き込んで回転させ、合計五本の剣を自分の周囲に回転させた。
「五本も回ると迫力あるわね、それ。」
 両手両脚に装備したガントレットとソールレットの隙間から炎を噴出させ、燃え盛る戦闘スタイルになるエリル。
「迫力で言えばエリルくんのそれが一番だと思うがな。」
 トリアイナをくるっと回転させ、刃の部分に氷をまとわせるローゼルさん。
「ぶー。自然系の魔法は見た目がかっこいいよね。ボクなんか移動するだけだし。」
 短剣をくるくるさせながら少し羨ましそうにオレたちを見るリリーちゃん。
『あ、あたしも全然かっこよくなくて……』
 普通に銃がかっこいいと思うんだけどそんな事を言うティアナ。
 ともあれ、我ら『ビックリ箱騎士団』は準備万端だ。いつでも――

『ロ、ロイくん! なんか一匹こっち――ロイくんたちの方に行くよ! みんなの正面!』

 突如響くティアナの声。全員に伝えたようで、みんなが正面の道に眼を向けた。
 かなり長い真っ直ぐな道をかけてくる一匹の獣。イタチみたいな細長い身体を、尻尾のあたりから巻き起こす風で押しながらかなりの速さで迫ってくる。
「あれはカマイタチだね。侵攻を起こす魔法生物の定番みたいなCランクの奴だよ。どうする、ロイくん。」
「そうだな……とりあえず、あれはオレがやっつけるよ。」
 小さい上にすばしっこいから、どんなベテランでもカマイタチが侵攻してくると何匹かは中への侵入を許してしまうんだけど、そんなに強くないし主に使う魔法が風だからそこまで深刻な被害にはならない。これが火を吐くサラマンダーとかだと家が燃えたりして厄介なわけだけど。
「えい。」
 五本の内の一本をカマイタチに向けて飛ばす。
 剣とか矢とかを飛ばした時、相手に与えるダメージっていうのは刺さる事だ。だけどオレの場合は切断。しかも刺すっていうのだと攻撃は点だけど回転してるから攻撃は線になる。
 範囲が広い上に与える傷も大きい。改めて考えると、この曲芸剣術はなかなかえげつない。
「ギャルルッ!」
 真っ直ぐに飛ばした剣をさっとかわすカマイタチ。そりゃ真っ直ぐに飛ばせば誰だって避ける。だからオレの狙いは避けた後に剣が後ろから飛んでくるという攻撃だ。
「キャル――」
 剣の軌道を変えて再びカマイタチへ。真横に移動させたその剣に、反応するも避けられずに真っ二つに切断されたカマイタチは、中途半端な鳴き声の後にその場でバフンと塵になった。
「! あ、あんな風になるのね……」
「おとぎ話の吸血鬼のようだな……」
『それに……あの塵、なんだかすぐになくなっちゃう……空気に溶けてくみたい……』
「ロイくんってば真っ二つなんて大胆だね!」
「オ、オレの剣術的にああならざるを得ないんだよ……」
 一先ずあの一匹だけだったようで、ティアナの眼に他の侵入者は見えなかった。
「来るとしたら今みたいのばっかりだろーね。なんかものすごいのが出てきて騎士たちの手がまわらなくなったりしない限りは。」
 そんなリリーちゃんの言葉でオレは先生から聞いた事を思い出す。今回の侵攻の裏にあるかもしれない何かを。
「……このまま何事もなく終われば一番いいんだけど。」



 こうして最前線で槍を振り回すのはいつ以来か。
 私の予定じゃあ憧れのあの人みたいにおばあさんになるまで「現役」を名乗って、その人と同じように余生を学校の先生として過ごすつもりだった。
 だけどどうした事か、子供の一人はいてもいいかもしれないが、孫ができるには早すぎる年齢で軍の指導教官なんてモノを任されてしまった。立場で言えば指揮官クラスなもんだから前線に出る事はないし、その上指導教官には――そもそも現役を退いた騎士がやる仕事だから「引退」的なモノがない。
 こりゃあ学校の先生にはなれなさそうだなぁと、一応申請はしてみるものの半分以上諦めていた。
 そんな時だった。いきなり学校の先生になれと言われたのだ。
 経緯は知らないが、かのクォーツ家の令嬢がセイリオスに入学するのだという。場違い感がとんでもないが、そうなってしまったのなら相手は王家の人間なわけで、最高の教育をしなきゃいけない。
 教育者――要するに先生って役職の人間を上から順に並べた時に一番上に来る奴を令嬢のクラスの担任にしようとしたんだが、生憎そいつはセイリオスの運営を任されてる学院長。んじゃあ二番目は誰になるのか。白羽の矢が立ったのが「国王軍指導教官」という肩書き。つまりこの私、ルビル・アドニスだ。
 元々私が先生になりたいって申請を出してた事もあるんだろう。はれて私は学校の先生になることができた。
 国王軍指導教官とセイリオス学院の先生。一番の違いは相手のレベル。既に自分の技を持つ連中をいつでも出撃できるように鍛えるのとこれから見つける連中を導くのとじゃあこっちの楽しみが全然違う。
 人の成長を見るのは楽しいし嬉しい。それが自分の教えをキッカケにしてるならなおさらだ。
 令嬢――クォーツが卒業してもあれやこれやと理由をつけて学院に残ってやると決意した私に、今度は出撃命令。離れてから随分経ったような気のするあの場所にもう一度行ける事。誰かや何かを守る戦いができるという事を不謹慎だが嬉しく思った私は、首都を取り囲む壁の外、所々に道が走る草原で雷をまとった愛槍を振り回していた。

「『スパークネット』!」
 ドーム状に広がる放電でCランクの雑魚を蹴散らし――
「『サンダーボルト』!」
 ちょこっと根性のある奴をふっとばし――
「『ライトニングスピア』!」
 私に向かって来るガッツのある奴を貫く。
 今の私は、全力で首都を防衛する騎士の一人だ。
「相変わらず派手ですな、『雷槍』殿。」
 隣に見覚えのある騎士が立つ。まぁ、この場にいる騎士は立場上、ほとんど見覚えがあるんだが。
「敵が魔法生物なのが残念です。手練れであったなら、貴方の槍捌きが見られたというのに。」
「おいおい、首都を襲撃する敵に強さを求めるなよ。反逆か?」
「おっと、これは失礼。」
 楽な戦いってわけじゃないが余裕はある。負傷者はいるがこっちに死者は出ていない。街に侵入した奴も生徒がしっかり倒している。戦況報告から察するに、あと一時間もかからずに防衛は完了する。
 この侵攻に裏がなければ――

「ぐああああっ!!」

 声が聞こえた。雄たけびじゃない、命に触れられたような叫び。
「貴様! 何者だ!」
 魔法生物相手に言うセリフじゃない。「誰か」に対して発せられるその言葉が響いた方を見ると、何人かの騎士が血を流しながら宙に舞うのが見えた。
 脚に雷を集中し、最高速度でその場所に移動した私は重傷を負った騎士を背に、その「誰か」の前に立った。

「げ、『雷槍』じゃないすか。《ディセンバ》を避けたら同じくらい面倒なのと会っちまいやしたねぇ。あっしもついてない。」

 一瞬、新手の魔法生物かと思った。文字通り丸々太った肉の塊がブヨブヨさせながらかろうじて顔ってわかる場所をこっちに向けている。
 太った奴を罵倒するなら、きっとデブって言葉が最適なんだろうが二メートル近くあるこの巨体相手にそんな軽い言葉をぶつけられる奴はそうそういないだろう。
「……一つ聞くが……お前、人間か?」
「ひでぇことを言う。わけぇ頃はそれはそれはモテたもんでさぁ。」
 あご……いや、首? それとも胸か。まぁその辺りに手をあててしみじみ昔を思い出す肉ダルマは、見たところ武器を持っていない。となると騎士を攻撃したのは魔法か……
「どうにも奇妙なこの侵攻、お前の仕業か?」
「いかにも。その辺の魔法生物をちょいとばかし弄って首都に突撃させたんはあっしでさぁ。」
「目的はなんだ。首都の陥落――この国を落とすつもりか?」
「さぁ?」
「……あぁ?」
 肉ダルマは――そこそこ多くの悪党を見てきた私の眼に狂いがなければ、本気で自分のやってることの目的を知らない――という反応をした。
「……となると、誰かの命令か。」
「そうでさぁ。あっしがここでするべき事は一つ。この街を攻め落とす事。その先は知らないんでさぁ。」
「……誰に従ってんのか知らないが、いい度胸だな。十二騎士も控えてるこの街を落とすってか。じゃあお前は、それに見合う大悪党って事だよな?」
「大悪党……んま、位としちゃそんなもんでさぁ。あっしも、あっしに見合う敵がいなくて退屈だったのは確かでさぁ。普通の上級騎士じゃ話にならないんでさぁ……だから『雷槍』のお出ましは――面倒だけど嬉しいんでさぁ。」
 瞬間、視界が何かで埋まった。何かが来る事はわかったんで、私は肉ダルマの背後に移動し、そしてその何かが私の後ろにいた他の騎士とか魔法生物をふっとばすのを見た。
 それは腕だった。肉ダルマに生えてるちょこまかした腕が一瞬で巨人の腕のようになって殴りかかって来たのだ。
「――第九系統、形状の魔法……しかもその術の早さ……ああそうか。あんまりにその外見がインパクトあるんで思い出すのをうっかり忘れてたぞ……」
「ありゃ? よく避けやしたね。さすが『雷槍』。」
 ぐるりと、その首をきっかり百八十度回して私の方を見る肉ダルマ。
「しかしだとしたらわからないな……お前程の奴が誰の下につくっていうんだ?」

 その昔。小さいながらもきちんとした国土を持ち、国民を持ち、豊かな自然と豊富な資源も持っていた確かな国があった。軍隊もあったし、強い騎士もいた。世界からしっかりと同列だと認められた国が――あった。
 一晩で一人の男に滅ぼされるまでは。

「なに、簡単な事でさぁ。騎士が十二騎士に憧れたり目指したりするのと同じ。あっしみたいな悪党にも憧れる存在がいるんでさぁ。」

 まるでSランクの魔法生物が大暴れしたかのような跡を残し、その国に住んでいた全ての人間がその一晩で死んだと言われている。

「悪の――カリスマっていうんすかね? いやいや、あっしなんかまだまだ。」

 その晩、たまたま望遠鏡を覗いていたどこかの誰かが国を滅ぼした犯人を見ていた。そいつが言うには――

「あの人に気に入られたくて、あの人に認めてもらいたくて、あっしは従うんでさぁ。」

 国を滅ぼしたのは、一匹のドラゴンだったという。

「国を一つ。そして街を――数え切れないほど。しょうもない理由で滅ぼした全世界指名手配の極悪犯罪者――お前が『滅国のドラグーン』か。」



 きっとこの戦いが終わるまでその声を聞くことはないんだろうと思っていたのだが、その声はかつてないほどの緊張感と共にオレの耳に伝わって来た。
『ルビル・アドニスから街の防衛をしている全部隊へ! これからしばらくの間、相当数の魔法生物が街へ侵入すると思う! 無理をしない程度に全力で防衛しろ! 以上!』
 あのカマイタチから何も来ないもんだから若干ぼーっとしていたオレは慌ててその言葉を『ビックリ箱騎士団』に伝えた。
「ありゃ。ボクが言った通りになっちゃったよ? なんかすごい敵が出てきたんだろうね。」
「Aランクの魔法生物でも現れたのだろうか……」
 ローゼルさんが呟きながら街の外の方を向いた瞬間、先生が落とす雷を遥かに超える閃光と共に爆発音が響いた。
「なによ、今の……」
「んまぁ、なんにせよ、オレたちは先生の指示に従おう。街を全力で守るんだ。ティアナ、何か見える?」
『えぇっと……わわ、大変だよロイドくん! た、たくさんの魔法生物があっちこっちから街に入って来るよ!』
「……今の爆発があった方から?」
『うん!』
「途端にこれって事は、相当強い敵と戦ってるんだな……」
『ど、どうしようロイドくん! 魔法生物が――いっぱい……』
「大丈夫だよ、ティアナ。街を守っているのはオレたちだけじゃないから。オレたちはこの広場を通る敵を倒せばいいんだ。何体来るかわかる?」
『う、うん……えっと……正面の道からさっきのカマイタチが――五匹と、右の方からオオカミみたいのが三匹と、左から――よ、よくわかんないのが二匹……』
「いいよ、それだけわかれば充分。援護をよろしく。」
『わ、わかった!』
 ティアナにそう言った後、オレはローゼルさんを見る。
「ローゼルさん、たぶん一斉にやってくるから、動きを止めてもらえるかな。」
「了解だ。」
 トリアイナを地面に立て、ローゼルさんは片手を前に出す。
 数秒後、我ら『ビックリ箱騎士団』の担当であるこの広場に、十匹の魔法生物が飛び込んできた。カマイタチと――あれはフォッグウルフと……あれは知らないけど、なんかスライムみたいなのが低空飛行なり跳躍なりをしながらオレたちの前に現れた瞬間――

「『フリージア』!」

 ローゼルさんの凛とした声と同時に、魔法生物たちの色合いに白色が混じった。腕や脚や――スライム的な部位を一瞬で凍らされた彼らはここまでやってきた時の勢いをそのままに、まるで人形か何かを放りなげたみたいにその態勢のまま飛んでくる。
「はっ!」
 十匹の中、ちょっとの速度差でオレたちに一番近づいていたフォッグウルフに対してエリルの攻撃が炸裂――爆裂する。三匹のフォッグウルフに放たれた一発はそれぞれが、魔法生物相手でも一撃必殺の威力があり、殴られ、蹴られた端から塵となっていった。
「よ。」
 斬れるのかどうか微妙だったけど、左に現れたスライムたちに剣をとばすオレ。一応目みたいなのがついていたからそこを切断してみた。それがよかったのか、別に関係なかったのか、よくわからないけどスライム二匹もそれで塵になった。
『――ふぅ……』
 そして、同時に広場にやってきたとは言え、立っていた場所的にオレたちからは一番遠くにいたカマイタチ五匹は、彼らの小さい身体に合わせたように地面を這う軌跡を描く一発の弾丸に撃ち貫かれていった。正確に彼らの頭の風通しを良くしていくその弾丸は、五匹を塵に変えた所でようやく地面に落下する。
 時間にすればほんの一瞬。我ら『ビックリ箱騎士団』はなかなかのタイミングで十匹それぞれを撃破した。
「すぐに塵になるから、まるで砂の塊を攻撃したみたいだわ……」
「いや、それはエリルの一撃が強すぎるからだよ。魔法生物が塵になるのはあくまで死んだ時だから、普通の時はその辺の生き物と変わらないよ。」
「ふぅん……」
 エリルが自分の手をガシャガシャさせながらグーパーさせる。
 強くなるための経験とか、新しい技とか、自分のレベルアップにつながる何かをする時やした時、エリルのムスり顔はすごく真剣な顔になる。
「……な、なによ、じろじろ見て……」
「いや……エリルはカッコイイなぁと思ってさ。」
「ばっ、いきなりなんなのよ!」
 コロッといつもの赤いエリルになる。
「オレも負けられないな!」
 少なくとも、エリルと同じくらいでないとエリルを守る騎士なんて言えないから。
「あー……ロ、ロイドくん。私はどうだっただろうか?」
「? ばっちりだけど。しかしまぁ、正直ローゼルさんのあの技――『フリージア』ってすごいと思うんだ。特にこういう沢山の敵が来る時はさ。」
「そ、そうか? そもそもロイドくんが考えた技だがな……それに、これくらい第七系統を使う騎士なら誰でもできそうだが……」
「うーん……オレ、それの専門じゃないからあれだけど……魔法の早さっていうのかな。そこんとこ、ローゼルさんはすごいと思うよ?」
「そ、そうか……すごいか……」
『あ、あのー、ロイドくん……』
「ん? ティアナもすごかったな!」
『え!? う、うん……ありがとう……で、でもそうじゃなくてね、まだ敵が来るよ……』
「あぁ、そうか。よし、一先ずこの陣形を維持して戦ってい――」
「ロイくん。」
「うわ!」
 目の間にいきなりリリーちゃんが現れた。
「次はね、ボクも頑張るよ? すごいとこ見せちゃうよ?」
「う、うん……」



 先生からの通信を境目にして、街に入って来る敵の数が一気に増えた。最初の方はローゼルの『フリージア』を使った作戦で戦ってたけど、あの技はローゼルが言うに銃で言うなら大砲みたいなものらしくて、要するに連発はできるけど連射はできないんだとか。だから魔法生物が来る間隔がどんどん短くなってくるとその作戦は使えなくなって、今はそれぞれが目の前に来た敵を倒す形になってる。
 やってくる魔法生物の種類は色々で、犬みたいなのがいれば蛇とか鳥もいた。そのどれもが、速さで言ったらきっと大したことないんだろうけど、人間とは違う身のこなしとそのすばしっこさのせいですごく速く感じる。
 ちょっと前のあたし――目の前にいる敵に攻撃を撃ちこむ事しか考えてなかったあたしだったら、素早い敵が次々にやってくる今みたいな状況には対応できなかったと思う。
 だけど今は違う。ロイドに教えてもらった身体の動かし方や視界の取り方……突然背後をとられてもそれに気づける今のあたしはちょっと前のあたしよりも強い。
 そして、先生が名前をつけろって言ったあたしの戦い方。武器が上手に使えなくて、男の子に比べたら力のない女の子のあたしでも、相手がガードしたって関係ないくらいの攻撃を撃てるように……そんな風に考えて練習したあたしのスタイルの名前は――『ブレイズアーツ』。
「はぁああっ!」
 ソールレットの爆発、その勢いでぐるりと回し蹴り。あたしを囲んでた魔法生物たちをその一撃で塵にする。
 昔見た《エイプリル》の力にはまだまだ届かないけど、きっと近づいてる。もっと強くなる。そしてお姉ちゃんを守るんだ。

「『スピアフロスト』!」

 前よりも周りが見えるようになったあたしには、同じ広場で戦ってる――ビ、『ビックリ箱騎士団』のメンバーの事もよく見える。その時見えたのは、飛びかかった魔法生物が上から降って来た氷の槍に貫かれる光景。
 あたしが相手の防御を全部無視する強力な一撃を――コンセプト? 的なのにしてるのに対して、ローゼルの場合は相手を翻弄して隙を作り、無防備になったところに攻撃を入れる感じ。
 トリアイナの間合いの外にいると思ってたら突然刃先が伸びて間合いの中に入れられたり、地面や脚を凍らされて転んだり――相手が人間だったら一々驚いてばっかりだと思う。
 ローゼルもあたしと一緒に朝の特訓をしてるから、ロイド直伝(もとを辿ればフィリウスさん直伝)の戦い方を身につけてて、真後ろから迫った相手の前に氷の壁を出現させるみたいな事も普通にできてる。
 まるで結界でも張ってあるんじゃないのってぐらいに、あのトリアイナ本来の間合いの中に敵を一歩も入れない。
 ……なんか、『水氷の女神』ってあだ名のせいで、言い寄ってくる連中を片っ端から突き飛ばしてるみたいに見えてきたわ……

「……」

 チラチラと、ローゼルの派手な氷に紛れて見え隠れする人影。あたしやローゼルが攻撃する時とかに叫んだりするのとは真逆に、いつもの彼女からじゃ想像できないくらいに静かに戦うのはリリーだ。
 位置魔法で瞬間的に移動して、相手の背後とか真上から急所を狙った一撃――ううん、一刺し一切りを入れていく……あれは戦いというより……暗殺。きっと相手は、気づいたらやられてるって感覚ね。
 あの位置魔法を初めて見た時、あのレベルなら暗殺ができるってローゼルと話をしたけど……まさにその通り。
 リリー・トラピッチェ……あの商人は何者なのかしら……

「ほいや!」

 そして、あたしとローゼルを鍛えてくれた《オウガスト》の弟子――ロイドはなんだか間抜けな声をあげてた。
 《ディセンバ》との戦いが何かのキッカケになったのか、今のロイドはあたしみたいにガンガン敵に迫って行くんだけどその間合いはローゼルの伸びるトリアイナ以上っていう変なモノだった。
 敵陣のど真ん中に突っ込んで、風に乗せた回転する剣をぐるぐる振り回す。あくまで風の回転に乗せてるからその軌道は全部曲線――だけど常に動いてる上に、最近はその速さがすごいから回転してる剣は時々見える銀色の光でしか見えなくなってきた。
 敵に囲まれた中、悠々と指揮するみたいに腕を振るロイドの周りでは銀光が閃き、次々と敵がやられていく。
 一対一の時は相手を、一対多数の時は自分を、銀色の嵐の真ん中に置いて指揮を振る。今はまだ、普通なら指揮者のいらないクインテットだけど、その内オーケストラになる――そんなロイドは《ディセンバ》との戦いから、他の生徒たちから『コンダクター』とか呼ばれてる。ローゼルによると一部の女の子は『流星の指揮者』とも呼んでたりするらしいけど……

『えぇっと、き、北の方から十――三匹来ます……!』

 時々、あたしたちをかいくぐって広場の奥に進もうとする魔法生物が出てくるんだけど、そういうのは突然塵になる。ティアナが狙撃してるのだ。
 あたしたちが街の最終防衛線ってわけじゃないし、広場の奥には別の部隊がいる。だけどきっと、ティアナのおかげでそっちの部隊の仕事はかなり楽になってると思う。
 時に数匹同時にあたしたちを抜けていくけど、それを残さず――一発の弾丸で倒してしまうティアナは、援護される側としちゃかなり心強い。

 本来なら一番後ろで現役の騎士に守られるはずのあたしたちが、最前線ってわけじゃないけど防衛線で力を発揮できてる。きっとこれはすごい事。
 なんだか、今のあたしたちになら何でもできそうな気が――

『な、なに、あれ!』

 耳に響くティアナの緊張した声。その理由が、魔眼を持たないあたしにも見えた。
 街を覆う壁よりも高い場所に浮かんで――ううん、飛んでるそれは大きなドラゴンだった。
「ワイバーン!? ……あんなのまで来たのか……」
『た、大変だよロイドくん! あ、あれが……は、八匹! 色んな方角から飛んでくる!』
 建物のせいで見えないのもいるけど、この広場からも三匹は見える。きっと、八方から来てるんだわ。
「結構速いね。この分だと、何匹か壁を超えるけど……あれ、BランクだけどAランク寄りのBだから……街の防衛してる部隊じゃ対処できないかもね。」
 リリーが、落ち着いてはいるけど「まずいなぁ」って顔をする。
「そうは言っても、外で戦っている騎士の現状によっては最悪、わたしたちで何とかしなければならないだろう……なんとしても。」

『街の防衛にあたっている学院生に告げる!』

 ティアナでもロイドでもない声が耳に響いた。
『僕はソグディアナイト。現セイリオス学院の生徒会長を務めており、本戦いでは街の防衛のとりまとめを任されている者だ。』
「生徒会長……やっぱりいるんだ。」
 って、今更な事にいつものように驚くロイド。
『現在、街の外は強力な敵の出現もあり、街の中にまわせる騎士はいない! 非常時故、王宮の警備を行っていた騎士が加勢に来てくれるが、ワイバーンの侵攻速度から言ってこのままだと王宮のすぐ近くで戦闘となってしまう! 言い換えると、避難している人たちの近くでだ! 故に、まずは僕らで奴らの足止めをしなくてはならない! 倒せとは言わない! 他の部隊とも協力し、一番近くのワイバーンと戦うのだ!』
 生徒会長の通信が終わると同時に、あたしたちがいる広場の真上に街の地図が出現した。
「おお! 誰の魔法か知らないけどすごいな!」
「ふむ。あの赤い丸がワイバーンだな。そして街の中に散らばっている緑色の丸が防衛を行っている各部隊だろう。」
 ローゼルがそこまで言うと、地図が切り替わってあたしたちの周囲だけを写すモノになった。赤い丸――ワイバーンも範囲が狭くなった事で一つになる。
「よーするに、ボクたちはあのワイバーンと戦えって事だね。今この地図に写ってる他の部隊と協力して。」
「……丁寧に部隊名まで書いてあるわね。」
 かっこよかったり真面目だったりする部隊名の中に『ビックリ箱騎士団』ってあるのがシュールだわ。
「ん? あ、はいはい。もしもし。」
 誰かの――たぶん、地図に写ってる他の部隊の隊長からの通信を受けたロイドがしゃべりだす。どうやって戦うかを決めるのね。
「んじゃあそういう事で。」
 え、もう決まったの!?
「よし、みんな聞いてくれ。あのワイバーンはオレたちが相手をする。他の部隊はその間の広場の防衛をしてくれる。」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! なんであたしたちなのよ!」
「あれの迎撃を任された部隊の中で、あれにダメージを与えられる力を持っているのがエリルだけだからだな。」
「あ、あたしが?」
 スッと、ロイドがこっちに向かって来るワイバーンを指差す。
「あんなにデカくて身体も硬い。しかもオレたちが使うような大きさの武器じゃ何をやっても蚊にさされたくらいだろう。魔法なら何とかできる人がいるかもだけど、少なくともこの辺を担当してるメンバーの中にはいないらしい。だけどエリルの『ブレイズアーツ』なら可能性がある。」
 さらっとあたしの命名を口にするロイド。
「ワイバーンは――その、先輩が言うにはあごか弱点なんだとか。んまぁ、ワイバーンじゃなくてもあごを強打されるとふらつくからきっとそんな感じなんだろう。エリルがあれのあごに渾身の一撃を叩き込めば――倒せはしないかもだけど、ふらつかせる事はできると思う。上手くいけばその場で止まってくれるかもしれない。」
「で、でもあたしあんな高くには行けないわよ……爆発でのジャンプも限界が……」
「そこを――リリーちゃんにお願いしたい。」
 ロイドが割と珍しい真剣な顔でリリーを見る。リリーはあたしと、飛んでるワイバーンを交互に見てこくんと頷く。
「うん、まー余裕だね。これくらいの距離。だけどロイくん、運ぶことはできても空中だから……パンチでもキックでも、エリルちゃんが踏ん張れる場所がないよ?」
「うん。だからオレが足場になる。」
「あ、足場!? ロイドが!?」
 あたしがそう言うとロイドがローゼルみたいな半目になる。
「オレを踏めってことじゃないぞ? どっちにしたって足場を作って構えるなんてあんな高さでは無理だよ。ローゼルさんの氷だって、あんな高さまで伸ばしたらさすがにワイバーンに気づかれるし。だからオレがエリルを押すんだ。風で。」
「なるほど。踏ん張れない分を風による加速で補うという事か。しかしそれにしたって、風に押されながらの攻撃というのは――慣れていないと難しいのではないか?」
「うん。だからオレが足場になるって話なんだよ。」
 ピンと、指を立ててロイドはこう言った。
「つまり、エリルをおんぶしたオレをリリーちゃんが上に移動させ、そっから風で加速してあいつのあごに突撃し、エリルが風の加速と炎の爆発を重ねた一撃をお見舞いするって作戦だ。」
「お、おんぶ!? ロイドがあたしを!?」
 思わずそう言ったあたしだったけど、あたし以上にローゼルがわたわたした。
「いいい、いやいや! おんぶだなんて――そ、そうだ! エリルくんにはガントレットを飛ばす技があるじゃないか!」
「そうだけど、やっぱり一番威力が高いのは爆発した瞬間だからなぁ……加えて自分の手にガントレットがある方が魔法も集中できるだろうし……やっぱり直接パンチするのがいいと思うんだけど……」
 ローゼル――とリリーが何かを言いたいけどグッとそれをこらえた顔でわなわなする。
「ししし、仕方がない……エ、エリルくんの攻撃力を最大にするにはそうするしかない……のだから……」
「こ、今回だけ許してあげるよ……今回だけ!」
 不満そうな顔で睨まれるあたし。
「んで、勿論ローゼルさんとティアナにも頼みたい事がある。」
『な、何かな……』
 この場にはいないんだけど、なんとなく声から不満って言うかちょっとトゲトゲしたモノが感じられるティアナ。
「えっと……おんぶするからどうしてもパンチになるわけだけど……エリルって右利きだよな?」
「そう……だけど……」
「んじゃあ――ティアナ、あいつの左眼……こっちから見ると右の眼を撃ち抜いて欲しいんだ。」
『眼を……?』
「そうか。眼を潰してロイドくんたちを見えなくするのだな?」
『あ、そうか……で、でも今あ、あたしがいる所からだと……ワイバーンのあごしか見えなくて……眼はちょっと……』
「うん。だろうと思ってね。でも今から他の高い建物に上る時間はないから――」
「わたしの氷か。」
「そういうこと。」
 作戦を説明し終わったロイドは、割と真面目な顔だったのをすっとぼけた顔に戻していつもの感じで笑う。
「んじゃあ時間もないから、パパッとやろうか。」

 大きすぎて実際どれくらいの距離にいるのかよくわからないけど、確実に近づいてくるワイバーンよりも、目の前でしゃがんでるロイドにあたしはドギマギしてた。
「ローゼルちゃんをティアナちゃんのとこに運んできたよ。いつでもいけるよ、ロイくん。」
「ありがとう、リリーちゃん。さてエリル、そろそろやろうと思うけどその前にこれ。」
 そう言ってロイドが背中にまわしたのはロイドの剣だった。フィリウスさんからもらったっていう二本の内の一本。
「ど、どうしろっていうのよ……」
「持ってるだけでいいよ。それだけで効果は出るはずだから。」
「! この剣にかかってるっていう魔法の事?」
「そう。持ち主の傷を治してくれたりする魔法。攻撃をエリルに任せるわけだけど――あいつの硬さがどれくらいかはっきりはしないから……パンチした腕を痛めるかもしれない。だから持っててくれ。」
「……わかったわ。」
「よし。技名もさっき決めたから……ちゃんと叫びながら撃つんだぞ? オレもやるから。」
「わ、わかってるわよ!」
「あとはティアナが撃ち抜くのを合図に移動――あっとそうだ。リリーちゃん、オレたちを移動させる場所だけど、あいつよりも高い所で頼むね。」
「? いいけどどーして?」
「オレ、まだ空は飛べないから。あいつと同じ高さに移動しちゃったらパンチする頃にはあいつより低い所に来ちゃう。」
「そっか。わかったよ。」
「んじゃエリル、背中に。」
「……う、うん……」
 おそるおそるロイドの背中に覆いかぶさるあたし。ロイドの首に腕をまわし、そしてロイドの腕があたしの脚を支える。ロマンスなお話みたく、その大きさに驚くほどがっしりもしてないロイドの背中に身体をピタリとくっつける……あぁ、顔が熱いし胸がうるさい。
 でもそんなあたしをよそに、ロイドはヒョイと立ち上がった。
「よいしょ。やっぱりエリルは軽いなぁ……」
「な、やっぱりって何よ!」
「えぇ? いや、普通にオレよりは背が低いし……」
「う、うるさいわね! これから大きくなるのよ!」
「そ、そうか?」
 なんて会話をしてたら怖い顔のリリーがボソッとこう言った。
「ロイくん、背中に全神経を集中させたりしちゃダメだからね。」
「な、何を言うんだいきなり!」
 ロイドが顔を赤くする。
「そ、そんな風に言われたら意識しちゃうじゃんか!」
「んみゃ!? いいい、意識してんじゃないわよ、この変態! バカ!」
「あ、暴れるなエリル! あとで怒られるから!」
『ロイドくん、準備できたよ?』
「お、おおう!」
『? どうしたの?』
「ななな、なんでもない!」
『ロイドくんたちは準備……できたかな。ロゼちゃんの足場、やっぱり冷たくて寒いんだ……』
『な、贅沢を言うティアナだな。ロイドくん、初めていいかな?』
「ど、どうぞ!」
『うむ。では作戦開始だ!』


 防衛戦はまだ終わってない。壁の外ではたくさんの騎士が戦ってるし、見えないだけであたしたちと同じようにワイバーンを何とかしようとしてる部隊がたくさんいる。そんな騒がしい中、その銃声だけはスッと耳に入って来た。

「グギャアアアアアアッ!!」

 あんなに大きいから眼も大きいと思うんだけど、手の平もない小さな弾丸が左眼に命中すると、ワイバーンはそんな声をあげた。

「行くよ! 『テレポート』!」

 リリーの声がしたと思ったら、急に襲い掛かる浮遊感と共に、あたしとロイドはワイバーンの進行方向の、そしてワイバーンよりも高い位置にいた。
 想像してたのよりも――なんだ、小さいじゃない。

「よし、左眼をつぶってる! 行くぞエリル!」

 かなりの高さから街を見下ろして感動するようなヒマは無く、ロイドの――というより、今はあたしの後ろで回ってる四本の剣がその回転を速めると、景色が後ろにふっとんでいった。ワイバーンの姿が見る見る小さくなる。
 ロイドの使う風は回転……一直線には動けない。だから《ディセンバ》との戦いで背後をとった時みたいに、大きく旋回しながら――だけどビックリするような速さでワイバーンのあご目がけて突進する。

「エリル!」
「ええ!」

 いつもなら両手両脚に魔法を巡らせるけど、それを全部右手に集中させる。イメロから得られる火のマナを元にして作った強力な炎を右腕のガントレットに凝縮させる。
 一度小さくなったワイバーンの姿が、今度は見る見る大きくなってく。
 すごい速さだから髪とかがバタバタする中、ロイドから少し身体を離し、あたしは上半身をひねる。
 開けばあたしたちを丸呑みにできる大きな口。
 鎧を着てても貫かれてしまいそうな鋭い牙。
 色々見えるけど――怖くない。

「「メテオッ!!」」

 あたしとロイドは、向かい風に飛ばされまいとあらん限りの大声で叫ぶ。

「「インパクトォォオオオオッ!!」」

 すれ違いざまに放たれるあたしの拳。きっと今までに出したことのない速さと威力のパンチを鱗みたいなのに覆われたワイバーンのあごにめり込めせ、そのまま撃ち抜く。
爆音と轟音の中、腕に走る痛みを感じながらも、あたしはワイバーンのあごを殴り飛ばした。

「ガアアアアアァァアアッ!!!」

 首をガクンと曲げて、ワイバーンの身体は真っ直ぐ飛んでいたのがふらふらしだす。
「よし、効いてるぞ! これで騎士が来るまで時間を――」
 そこであたしとロイドは気が付いた。あのワイバーン……気絶してる!
「うわ! ちょっとよろめかすだけのつもりだったのに――エリルの一発で気絶しちゃったぞ! あれじゃああいつを浮かせているあいつの魔法が――」
「ど、どういう事よ!」
「ああいうデカい魔法生物は翼じゃなくて魔法で飛んでいるんだ! あの翼は飛ぶためのモノじゃなくて魔法を発動させる為のモノだってフィリウスが言って――と、とにかく、気絶したら魔法が切れるから――あのままじゃあいつは落ちる!」
「落ちるって――」
 ゆっくり降下していくワイバーンの身体。その下には勿論街があって――
「や、やばいぞ! なんとかしないと――」

『任せて下さい!』

 ワイバーンと同じように落下していくあたしとロイドの耳にそんな声が聞こえたかと思うと、まるで弾丸みたいな速さで何かがあたしたちの横を通り過ぎた。
 チラッと見えた白いマント――あれは上級騎士、セラームの証……!
「騎士だわ!」
 ゆっくりと落ちるワイバーンを物凄い速さで追い越し、その下にきれいに着地した騎士は、マントをたなびかせながら手にしたロッドを回す。
「大地よ! その母なる腕をかしたまえ! 愛すべき者に慈愛を、眼前の不義に鉄槌を!」
 その騎士が呪文を唱えると周りの建物がグニャリと歪んで混ぜあい、形を成していく。
「立ち上がれ、『エメト』!」
 出来上がったのは、十メートルはある巨人の姿。しかもその手には同じように周りの建物から出来上がった巨大な剣が握られている。
「なんだありゃ! かっこいいな!」
「第五系統、土の魔法の――ゴーレム……のはずよ。」
「ゴーレム? なんか聞いたことあるけど……はずって?」
 ロイドが首を回してあたしを見る。
「……ゴーレムって言ったら、岩をつなげて人型にして作る巨人……ゴツゴツしてて岩が歩き出したみたいな感じよ。少なくとも、あたしが前に現役の騎士が作ったのを見た時はそうだったわ。」
 体形で言ったらたくましい男の人のシルエットに大抵はなる。あの騎士が作ったゴーレムもそうなんだけど――その表面は滑らかで、岩って言うよりは砂で出来てるって言った方が近い。
「だけどあれは違うわ。あんなに綺麗なシルエットのゴーレム、見た事ない。」
 手にした剣も、ただ持っているだけじゃなくてちゃんと構えてる。まるで実在の人間をそのまま拡大したみたいな再現度。
「あの人――土の魔法のとんでもない使い手よ……」
「斬り伏せなさい!」
 騎士の命令に忠実に、落ちていくワイバーンにタイミングを合わせて振られた巨大な剣はその巨体を真っ二つにし、一瞬で塵に変える。
 ついでに、絶賛落下中だったあたしたちをまるで綿みたいな質感の砂で包み込んで着地を手助けしてくれた。
「助かった……正直着地が一番心配だったんだよな……」
 風と爆発で何とかしようとしてたあたしたちはホッとする。そして気づけばあの巨人はいなくなってて、その元になった建物や地面も元通りになってた。
「あれだけ複雑な造形をしたっていうのにきれいに戻してる……これが上級騎士の実力ってモノなのかしらね……」
 あたしはスタスタとあたしたちに近づいてくるその騎士を見た。
 フードを目深にかぶってて顔は見えないけど、それに続く白いマントが上級騎士だって示してる。しかもそのマントの下は軍服――しかも女性用。つまりこの騎士は女の人なんだ。
「大丈夫でしたか? ケガはありませんか?」
 目の前に立ったその人は小柄――っていうか、むしろ女の人っていうよりは女の子って言った方がいいくらい、下手したらあたしよりも背が低い。声からしてもかなり若いと思うけど……間違いなく、この人は凄腕の騎士。
「失礼ながら、学生の方々の時間稼ぎにはあまり期待していなかったのですが――まさかとどめを刺す一歩手前まで持ってきて下さるとは。認識を改めなくてはいけませんね。」
 ……まぁ、上級騎士のセラームからしたらいくらセイリオス学院の生徒でもそういう認識になるわよね……
「……あなたが来たって事は、他のワイバーンの所にも騎士が到着したってことかしら。」
「そのはずです。」
 そう言いながらふと遠くを見る騎士。竜巻とか、雷とか、たぶん騎士が放ったんだろう魔法があっちこっちで炸裂してた。他のワイバーンも倒せたみたいね。
「しかし……きっと一番楽をしたのは自分でしょうね。」
 ふふふと笑う騎士。そう言われてあたしは少し嬉しくなった。
「あー……うん、他の部隊からの連絡が入った。無事に倒したってさ。」
 ロイドがそう言いながらあたしに近づいて来た時、カランと、何かが落ちた音がした。

「――そんな……」

 落ちたのは目の前の騎士が手にした……大きなイメロがくっついた魔法の杖みたいなデザインのロッド。
「……?」
 相変わらず顔は見えないんだけど、明らかに騎士が――動揺してる。
「えぇっと……あれ? エリル、オレなんかまずいことした……?」
 困惑顔のロイドを見ると、きっとすごい加速をしたせいなんだろう、髪がぐしゃぐしゃになってた。
「……とりあえず髪が爆発してるわよ、ロイド。」
「うわ! ほんとだ……ん? そういうエリルも、えぇっと……サイドテールがなくなってるけど。」
「え?」
 ふと自分の髪を触る。いつもなら手に触れるはずのサイドテールが――っていうか結んでるリボンがない。
「……さっきの加速でどっかいったのね……」
「えぇ! そりゃ悪い事をし――」
 ロイドの言葉がそこで途切れたのは、ロッドを落としたままの騎士が――



「な……なんであなたが《フェブラリ》じゃないんすかね……? あなたみたいな強い人には十二騎士みたいなラベルを貼っておいてもらわないと……間違って戦ってしまいやすよ……」
 全身から汗をダラダラたらしながら肩で息してゼーゼー言ってる肉ダルマだが、そんな「デブここにあり」みたいな光景を見てもバカにした笑いをもらすやつはいない。
 ついさっきまでこの肉ダルマがなっていた姿。『滅国のドラグーン』と呼ばれる所以……あれはまさに『竜騎士』だった。
「おや。私が来るや否や戦うのを止めるのですか?」
 疲労困憊の私の隣には、つい今しがた駆けつけてくれた《ディセンバ》が立っている。
 この首都防衛戦もいよいよ終盤。街を囲んでた魔法生物たちもあらかた片付き、余裕のある騎士が他の援護にまわれるようになってきた。
 街を挟んで反対側にいた《ディセンバ》がここにいるんだから、決着は近い。残るはこの肉ダルマ――今回の黒幕にして最強の敵をなんとかすれば終わりだ。
「さすがのあっしも『雷槍』と十二騎士を同時に相手するのは辛いところなんでさぁ……」
「よく言うぜ……ついさっきまで私を圧倒してた奴が……」
「そう見えやしたか? ところがどっこい、あっしも何度か危ない一撃を危なくかわしてたんでさぁ。そこに一対一なら無類の強さを誇る時間使い……相手が悪いってのはこういうことでさぁ。」
 すっかり逃げ腰の肉ダルマに《ディセンバ》が剣を向ける。
「全世界指名手配のS級犯罪者――バーナード、通称『滅国のドラグーン』。背中を向けるのは勝手だが、私はお前を逃がすつもりはない。」
 あの、どこかサードニクスと似た雰囲気の古ぼけた格好をしてればその辺の町娘にしか見えないくせに、いざ睨みをきかせればこの迫力。ったく、十二騎士はどいつもこいつもおっそろしいねぇ……
「くわばらくらばら。そんなセクシーな格好しておきながら色気じゃなくて殺気をムンムンとは……女は怖い。あの人といいあなた方といい、どうしてこう女は強いのやら……」
「あ? あの人……お前が従ってる相手は女なのか……」
 そこでピンとくる。できれば現実であって欲しくない勘だが――こいつほどの男を従え、憧れさせる女悪党っつったら一人しかいねぇ。
「そうか……お前のバックはアフューカスか。」
 私がそう言うと《ディセンバ》の睨みがさらに強くなるが、肉ダルマはひょっとこみたいな顔をしやがる。
「おっといけねぇ……はて、なんのことやら? あふゅ? 誰でさぁ、それは。」
 肉ダルマがとぼけるのと同時に、私らの足元から馬鹿デカいムカデが飛び出す。
「く!」
 私と《ディセンバ》の視線が一瞬そっちに移り、気が付いた頃には肉ダルマがとんでもなく遠くにいた。
「……逃がしてしまったか……」
 でもって、ふと気が付くと空中に飛びあがったはずの私は地面に立っててデカいムカデは全て細切れになって塵になった。
「おお、今のは時間魔法か。相変わらずすげーなぁ。」
「……始めから時間を止めてバーナードに斬りかかるべきでした……」
 《ディセンバ》は一生の不覚とでも言いそうな顔だった。
「まぁ……気にすんなとは言わないが、とりあえず私は助かった。ありがとな。」
「いえ……」
 昔っからだが、セルヴィアは真面目だ。


 肉ダルマが逃げた後は新しい敵の登場ってのがなくなって、ひたすらに魔法生物を狩る作業だった。本来ならとっくのとうに魔法生物らが自分と相手の実力差に気づいて逃げ出してるような状況なんだが、その気配は全くない。ただひたすらに街の中心を目指すようなこの動きは明らかに不自然で、そこにあの肉ダルマ――第十系統の形状の使い手が現れたってんなら、こりゃもう魔法生物らは肉ダルマに改造されたって考えるのが妥当だろう。生きてるもんの肉体改造ってのは、形状の裏テーマだからな。
 ま、ああいう裏世界のトップに入るような奴は、表世界のトップに任せるとしよう。私はただの先生だ。
「教官殿!」
 位置の魔法を使って戦況を把握し、私に報告してくれてた騎士がふっと現れた。
「だから、私はもう教官じゃねーって……まぁいい。なんだ?」
「今しがた、最後の一匹の討伐を終えました。これにて、敵対勢力の殲滅の完了となります。」
「ご苦労。」
 私はのどに手を当てて全部隊長に声を伝える。
「あー、私だ。ルビル・アドニスだ。たった今最後の一匹を倒した。これにて首都防衛戦は終了だ! 勝者は我々! パパッと片付けてさっさと帰るぞ!」
 壁の内外問わず、あっちこっちで歓声が上がった。別に世界を救ったわけでもないんだが、まるで魔王を倒した後の勇者御一行みたいな喜びようだな。
「さて……」
 一先ず、何よりもとりあえず、私の頭に浮かんだのは学院生の安否だった。報告によれば、怪我人はそこそこいるものの、死者はいない。当たり前だ。いたら私が――まぁいい。
 だがそれでも気になる連中がいる。この戦場じゃあ一番の初心者集団。私が出陣しろと言った手前、『ビックリ箱騎士団』の面々はこの目で無事を確認しないと安心できない。
 肉ダルマとの戦闘でかなり疲れてるし脚も痛いんだが、現状の最速で、私は『ビックリ箱騎士団』が担当した広場に来た。
「おお、無事みたいだな。」
 真っ先に目に入ったのはこの騎士団の女衆。クォーツ、リシアンサス、マリーゴールド、トラピッチェの四人が――ん? そろって何かを見つめてる。
「? どうした?」
 そんな風に声をかけながら四人の視線の先を見る。
 そこには男と女がいた。男はサードニクス。特にケガをした感じでもないんだが、幽霊にでもあったみたいな顔で困惑してる。そして女はそんなサードニクスに抱き付いてる。服装的に上級騎士だ。でもって、一番少ないっつっても一クラス分は軽く超える上級騎士だが、大抵は見覚えがあるし、そいつは目立つ奴だから名前を覚えてた。
「ウィステリア? なにやってんだ?」
 私が声をかけると、ウィステリアはいつも目深にかぶってるフードをとりながら言った。
「教官……その、自分は確かにウィステリアですが……これは自分を拾い、育ててくれた騎士の苗字を名乗らせて頂いているのです。」
「……あん? そ、そうか?」
 あんまり話の流れには乗ってない初耳な事に困惑しながら、別に初めてでもないウィステリアのフードの下の顔を見た。
 自分に厳しい奴で、戦闘訓練も魔法の修行も人の倍以上やってた……年頃の女にしちゃつまらない顔をしてた印象のあるウィステリアは、見た事もない――満面の笑みだった。
「自分の本来の苗字は――サードニクス。」
「…………? え、は?」
 言葉の意味がやっとこさ私の頭に届いた頃、ウィステリアは姿勢を正してぺこりと頭を下げた。

「自分はパム・サードニクス。ロイド・サードニクスの妹です。」


つづく

騎士物語 第二話 ~悪者である為に~

騎士物語 第二話 ~悪者である為に~

エリルを狙った襲撃者を撃退したのも束の間、学生であるロイドらには試験と新たな敵が現れる。 長い事休んでいるローゼルのルームメイトの心配をしていると、やって来たのは商人と十二騎士! そして不意に訪れる首都崩壊の危機! 騎士の学院に通う見習い達と最強の騎士ら、そして悪者の物語……です。 ※「章」ごとにバラバラにあげていたお話しを「第○話」でまとめたモノです。

  • 小説
  • 長編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-11-27

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  1. 第一章 黒くて明るい商人
  2. 第二章 頂に立つ者
  3. 第三章 魔眼
  4. 第四章 世界の悪
  5. 第五章 侵攻
  6. 第六章 初陣