Ⅹアヤタカ 「戦う乙女」

ふさふさ

Ⅹアヤタカ  「戦う乙女」

 学校生活にもアヤタカ達はだんだん慣れてきた。 アヤタカも少しずつ周りと打ち解けてきて、 今日も憩いの場で楽しく談笑をしていた。 しかし次第に皆はちらちら空を見上げ、星を確認しては話に戻る。 やがて観念したように学生たちは溜息をした。 次に登ってくる星を憂鬱に思いながら彼らは腰を上げる。 次に登ってくる星はアルテミスの星、 そしてその星と共にやってくるのは、最も嫌われている教科であった。
 「遅い!」
 やってきたアヤタカたちを叱咤するのは、 アヤタカの腰ほどしかない身長の女性、 土の種族である教師だった。 土の種族にしては引き締まっている体に黒いストレートの髪。左目の下には泣きぼくろのような宝石が赤く輝いている。
 アヤタカ達はせかせかと草むらを踏んで列につき、 それを確認した彼女は小さな体から張り裂けんばかりの声を上げた。
 「それではこれより、 アルテミスの星による授業、 体育をはじめるっ!!」
 彼女の名はストロ、 体育の授業の先生である。
 午前に浮かぶアルテミスの星。 アルテミスとは神話に出てくる月の女神であり、 狩猟の神だ。 学生たちは爪弾き学の時と同じ場所、 外の芝生で授業をうけている。
 アヤタカたち精霊に運動や格闘は人気が無い。 歌や踊りなど、 芸術系が最も脚光を浴びているのだ。 大きな理由としては武器を振り回すよりも魔法の方が断然強力だからである。 魔法は歌や踊りに付随する事も多く、 その姿は華麗かつ強力な力を持っていた。 それ故格闘を行う必要性が社会的にも全く失せていた。
 「なのに、 あの先生はなんでわざわざ弱い方を選んだのかな…。」
 アヤタカが寒さに身を縮めながら、 誰にも聞こえない声でぽつりと呟く。
 しかし恐らく人気が無い最大の理由は、 運動に力が入らないため、 競技の種類がほとんどないからだ。 その為、 彼ら彼女らは運動といえば腕立て伏せ、腹筋、マラソンが全てであり、 娯楽としても機能をしていなかった。
 ストロ先生が話を始める。
 「今日は二体一組で練習をする! この紐を地面に置いて、 直径3m程の輪を作ってもらう! そしてその中で攻めと守りを決め、 攻めは相手に触れれば勝利! 守りは時間まで逃げ切れば勝利だが、 守りは原則としてその輪の外へ出ることは禁止だ!さあ組になって!」
 何故体育というものはすぐにペアだのグループだのを作らせたがるんだ……。 アヤタカはそう思い冷ややかな目を向けていた。 筋肉トレーニングやマラソン以外の体育を生徒のほとんどが初めて行うため、 これは本当に体育の授業なのかと驚いた。 アヤタカは割と仲良くなった同級生も増えたため、 隣にいた男子生徒とペアを組んだ。 その男子生徒は背が高く頭を坊主にしていて、 タワシのような茶色い髪がほんの少し生えているのが確認できた。 彼はこの前、 ミザリー先生の武具装備の授業で前に出され、 魔力が暴発する様の見本にされたあの少年であった。
 「アヤタカ、 組もう。」
 「よし、 テッチがんばろう。」
 アヤタカは自分はペアを組めたものの、 誰か相手が居らず肩身の狭い思いをしている者はいないだろうか、 とハラハラした。 しかしすんなりとペアは決まったようで、 切ない事態が起きずに済みアヤタカはホッとした。
 「始め!」
 ストロ先生が号令をかけ、 練習が始まった。
 「よっ。」
 「あう。」
 アヤタカがテッチに手を伸ばし、 逃げる方向を間違えたテッチがアヤタカの手にぶつかってきた。 テッチは首を傾げて言う。
 「あれ……おかしいな。 もっと早く動けってことかな?」
 「いやいや、 テッチ自分から当たりに来たぞ? 」
 「お?」
 周りもやり取りは似たり寄ったりであり、 練習は非常に和やかな光景であった。 ストロ先生は思った。 彼らはこの練習がゲームだということを分かっていない、 星っこゲームのようなものだと分かってくれればものの……。 いやいや、 この子たちは運動にはゲームもあるという発想すら与えられていなかったのだから当然だ。 そう冷静に自分に言い聞かせた後、 ぶるっと首を振って自らに闘魂を注入した。
 「やめ!!! お前たち、 何だそのやる気の無い動きは! 言われた通りにやりさえすれば、 やり過ごせると思ったのだろう! 集合!」
 生徒たちはざわざわとしながらストロ先生の元へ集まる。 どういうこと、 言われたこと以外にも何かしろってこと? 感情的だよなー。 学生たちは小さな声で言ったつもりでも、 ストロ先生の鋭敏な耳はほとんどすべてを捉えていた。
 ――……言われたことをやっていればいいと思っているのかという言葉は、 言われたことと別のことをしろという意味では無かったのだが……。 別の言い方があっただろうか。 お前たち全力でやれ、 とか……。
 ストロ先生がそう悩む間も彼女の表情はピクリとも動かない。 毅然とした態度で生徒たちを俯瞰していた。
 ようやく集まったことを確認して、 ストロ先生はやれやれというそぶりをして見せた。 そして彼女は少しだけうつむき、 小さく呟いた。
 「なんでわざわざ弱い方を選んだ、 か……。」
 しかし彼女が顔を上げた時には、 もういつもの凜とした厳しい表情に戻っていた。
 ストロ先生は後ろで結わえられている真っすぐな黒い髪を揺らし、 おもむろに近くの紐を取りに行った。 そして紐をつかむとぶんっと投げて、足元に3m程の輪を作った。
 「体力に自信のある奴五体、 前に出ろ。」
 腕を組み、 低くよく通る声で促す。
 しかしいつまでたっても誰も出てこないので、 適当に五体を選び前に出させた。 生徒たちの張り詰めた緊張感が嫌でも彼女に伝わる。
 「今から私はこの中の輪に入る。 お前たち五体は一斉にかかってこい。 5分……、 いや、10分以内に私に触れることができたら、 ここにいる全員にチョコレートでも買ってやる。」
 学生たちは、 おっ。 と反応し、 その場が盛り上がった。 五体に対しがんばれー、 と口々に応援する声も届き、 五体にもやる気が出たことを彼女は確認する。
 ボフッと右拳と左手を合わせ、 彼女は輪の真ん中へと位置についた。 時計を持たせた生徒が、 よーい……と言っている声が微かに聞こえる。
 「初め!」
 五体がストロ先生へと一斉に雪崩れ込む。 わーっという歓声があがった。 アヤタカが屈んで生徒と生徒の隙間から覗くと、 五体は見当違いのところに雪崩れ込んでいた。 彼女はすぐ横で立っているのに。 ストロ先生は腕を組んで五体を見ていた。 アヤタカが目測も図れないのだろうかと思っていたら、 周りも呆れたのかざわざわしだした。
 「あれ……? さっきまで先生、 真ん中にいたよね?」
 「避けた? でも先生そんな動いてたっけ?」
 アヤタカは最初から見ていたわけでは無かったので、 全貌を見てはいなかった。 しかしどうやら、 五体が目測を誤ったわけではなさそうなことが分かった。 五体も顔を見合わせ、 目を見開いている。
 我に返った一体の男子生徒が、 左足に体重をかけ頭を掻いているストロ先生に突進する。
 アヤタカは今度は見逃さないよう、 目を細めてじっと見ていた。 ストロ先生は突進する男子生徒を見つめるだけで、 全く動かない。 いつ避けるんだとハラハラしながら見ていた。 何で避けないんだ!? そう思った瞬間、 彼女の立っていた場所には誰もいなくなっていた。標的がいきなり目の前から消えた男子生徒の手は空をつかみ、 バランスを崩して草むらに突っ伏する。 彼が困惑した顔を上げると、 彼の顔のすぐ隣で腕を組んだストロ先生が立っていた。彼が 瞬間移動……?と呟く。 先生は ばかもの、 普通に避けただけだろうと呆れ顔で呟いた。 学生たちは今の動きに魔法を使っていないということが信じられなかった。 あの時、 左足に体重をかけていた彼女は動こうという意思すら感じられなかったが、 いきなり彼女は両足を地面につけたまま地面を水平移動をしたのだ。 それこそまるで魔法のようで、 あれが肉体による動きだという発想は到底彼ら彼女らに結びつかなかった。 しかし先生本人からしてみれば、 左足を軸にして体を反転させただけの初級の動きだ。 動きをできるだけ切り捨てて習得していく全く飾り気の無い動き。 最初こそ地味であれ次第に華やかに美しく育つ魔法とは真逆であり、 習得すればするほど動きは小さくなっていく。 そしてそれこそが、この世界で敬遠されていく一番の理由だろう。 そうストロ先生は諦観していた。
 ――無駄が無い……。
 アヤタカは、 全身が震えるほどの感動に襲われた。 背筋から爪先まで痛いほど血が暴れている。 その未知の動きを恐ろしいと思っているはずなのに、 心の奥底からは高揚感が湧き上がっている。 アヤタカは今まで無いほどにわくわくして、 すぐさま一番前に躍り出た。
 輪の中も徐々に盛り上がってきて、 今度は女生徒が抱きしめるように手を伸ばし、 先生の逃げ場を封じた。 すると先生はたんっと軽やかな音を立てて飛翔した。 自分の腰程の身長しかない者が、 自分の背よりも高く跳び上がっていく。 彼女は空中でしなるようにニ回転し、 華麗に地面へと着地した。
 輪の外で大きな歓声が響く。 賛嘆の声に目もくれず、 涼しげな顔で5人を見つめるストロ先生は痺れるほど格好良かった。
 五体も大体容の量が分かってきて、 連携を取って彼女に触れようとする。 しかし彼女は余裕に避け続け、 むしろ一体一体の所へ向かって、 相手に手を出させてからひらりと避けていた。
 五体がぜいぜいと息を切らす中、 彼女一体だけはピクリとも表情を変えず軽やかなステップで避け続ける。 踊りとは全く違う、 飾り気がひとつも無いステップ。 そのはずなのに決まった型を寸分違わずに操る姿を、 アヤタカは今まで見たどんな踊りよりも美しいと感じた。
 やがて皆が輪の中に釘付けになっている中、 時計を持っていた生徒があっ!と声を上げた。 時間がいつの間にか終了していたらしい。
 その声を聞きストロ先生が輪の外へ出ると、 それまで惚けていた生徒たちはわーーっと騒ぎ彼女に拍手喝采を浴びせた。
 ――これでこのゲームの楽しみ方を分かってもらえたのではないだろうか。
 ストロ先生はそう思い、 つい微笑を浮かべそうになりながら話を再開した。
 「みんな分かったか! チョコレートは無しだ! 今のように全力でやるように! 再開! 」
 皆すっかりチョコレートのことを忘れていたため、 思わず顔を見合わせ苦笑した。
 皆元の輪に戻り、 それを確認すると同時にストロ先生が「始め!」と声を上げた。
 先程とは打って変わって、 笑いとはしゃぎ声が辺りに響いた。
 ストロ先生は生徒たちが楽しんでいるのを見て、 本当に嬉しそうに目を輝かせた。 しかし相変わらず表情自体は全く変わらず、 前同様厳しい顔で生徒たちを監視していた。
 しかし、 ぴくりと彼女は眉を動かした。 ひとつ気がかりが生まれて悩み始めたのだ。
 ――さっきのあれは、 お菓子で釣ったということになるのではないだろうか。 あの先生嫌われているからってお菓子をあげて仲良くなろうとしたんだよ、そう誤解されたのでは……。 いや、 そのようなつもりはなくともしたことはしたことだ。 見苦しい言い訳をしてしまうところだった。 お菓子で生徒の気を引こうとした嫌われ者の先生、 その不名誉な肩書きを私は甘んじて受け入れなくては。
 非常に真面目なストロ先生は、 無表情のまま自分への戒めを考えていた。
 アヤタカとテッチは、 ばたばたと音を立てて全力でこのゲームを遊んでいた。
 無駄な動きが多いため体力の消耗も激しかったが、 高揚のあまり二体とも全く疲れを感じない。
 アルテミスの星は矢のように空を駆け巡り、 あっという間に授業は終わった。
 皆一様に汗を流し肩で息をしていたが、 顔には疲労と満足げな表情が浮かんでいた。 ストロ先生はふっと微笑をし、 次の瞬間には厳格な指導者の顔に戻っていた。
 「皆良くやった! これで授業は終わりだ! 次にアルテミスの星が昇る時も今日のようにやるように! 以上、 解散!」
 手で顔を扇ぎながら、 授業が終わることを名残惜しそうに話す生徒たち。 次第に生徒たちがぱらぱらと次の授業への移動を開始し始めたことを確認して、 その喧騒の中、 紛れ込むようにアヤタカとテッチがストロ先生の元へ向かった。
 ストロ先生の前に表情の固い生徒が二体、 汗の雫を流して立ちはだかっている。
 「……どうした? 」
 頬を紅潮させた二体は互いに目を合わせた。 そして示し合わせたように開いた口は、 別々の言葉を紡いだ。
 「先生!僕たちに体育を教えてください!」
 「弟子にしてください!!」
 「……は?」
 不意をつかれたストロ先生は、 珍しく表情を崩して聞き返した。

Ⅹアヤタカ 「戦う乙女」

Ⅹアヤタカ 「戦う乙女」

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  • 短編
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