無職と町役場職員

無職と町役場職員の一般に関する問答。どちらが世界を見て、日常に埋没してないか

公務員とニートとの問答集

   無職と町役場職員

「パトカーがけたたましいサイレンをあげ、急ブレーキで止まった」
「パトカーではなかった、サイレンも鳴っていなかった、何も止まらなかった」
「私は何ですか」
「そんなもの分かるか、君は公序良俗に違反しました」
「一生懸命勉強して、将来は医学博士になります」
「ネジだって規格、JISに合っての価値だ。それ以外はゴミだ」
「食事して、ゲームして、ネットで遊んで寝て。毎日が同じです。
 いいですよ、静かなんですよ、平和なんです、安全なんです、生きているって感じです」
「仕事を持って家庭を作り、二人以上の子供がいる家庭、それが人の道、普通の、ごく一般の、庶民の生活です」
「子供に期待が持てますか」
「君を見れば分かるように、それは少しは外れもある、でも大部分が当たりだろう。確率的に外れは少ない。それを普通と言うのですから」
「私は外れだと思ったことはないですし、初めて耳にしましたね」
「何はともあれ、子供は将来の大人です、数が少なくては困ります」
「人口を増やさないと行けない」
「そうそう、限りある日本の自然を、この場合は人間か、大切に、一人も無駄にはできません、美しい日本の将来がかかっています」
「私的な形容詞を公的な国に被せないで欲しい、美しいなどと思っていませんし、何と言っても、自由ですが、個人的な趣味を押し付けないで欲しい」
「祖国を美しいと思っては行けないのですか」
「君の美人は、私から見たら、不細工でもいいのです」
「個人的見解ですか、まあ、私の愛国心の発露ですがね。分からない者には分からない。嘆かわしい」
「当然でしょう、分からないは分からない、分かるは分かる、分かるが分からないとなったら、天地が引っ繰りかえりますますよ。
 日本は日本だ、いや、日本はサウジアラビア共和国でになります」
「君、私は私で、君は君だ、それぐらいの分別が無くて、この世を生きて行けますか」
「それですよ、それです」
「何がそれだ、机の上のパソコンか。
 それはそれだ、それがこれでは話がぐちゃぐちゃになる、収拾が付かない」
「何か、ご用ですか」
「ご用だよ、赤の他人の所へ遊びに行きますか。
 私は町役場の生活安全課の者です
 君は赤嶺由希子さん二十八歳・保育士に『私は何ですか』と言った事実は認めるね」
「多分、誰かには言っているね、女性だった、それ以上は知らん、Aさん、A君、A氏…、思い出せるものですか」
「巫山戯ないで下さいよ、『私は何ですか』実に卑猥で、非町民的な、非社会的な、非建設的な事を言って、私は知りませんでは、済まされません」
「それでも、喉に魚の小骨が引っかかったように、気になるんです…。
 私は何でしょうか」
「挑発しているのですか。厳重注意で済ませるつもりでしたが、現行犯では見過ごすことは、公務員の義務として、一個の人間として黙認はできません。
 人間です、野犬なら保健所の職員が来ます。君は自分が皿に思えますか、ウサギに思えますか。
 それならまだいいです、そのような方のための病院があるのですから、緊急入院でもしましょうか。させましょうか。
 私に君が人間に見えるように、君も私が人間に見えているはずです。もし、牛に見えればモーと鳴くか、口を利かないはずですから。
 嘆かわしい、これが立派な大人がやる会話ですか。
 君は琉球大学法文学部国文学科卒業の学士です、地元ではエリートです。
 それが考えた末に吐いた言葉が『私は××ですか』不適切極まりない組み合わせです。
『これは鉛筆です、これは鉛筆ではありません、私は少年です、彼女は少女です、私はトムです、私はマリーです』
 初級英語の教科書の、妙な、奇妙な、へんてこりんな、奇々怪々、魑魅魍魎な日本語です。ここは教科書の中ではありません、二〇〇七年二月七日、水曜日です、何と事のないいつものような一日です」
「人間ですか。心臓肝臓腎臓膵臓や脳や皮膚、目耳鼻口、両足両手ですか」
「それは人体の部分の名称です、そうじゃないでしょう。そのような物が集まって、動いている物ですよ、知的生命体です」
「そう知的なんです。だから『私は何』と問うのです。犬が犬とは何か考えるはずがありません。勿論、犬の考えなど分かりようもありませんが。これって推測ですよね」
「いいですか、『私は何』と言わないで下さい、破廉恥です、裸を盗み見されたようです。鳥肌が立っちゃいましたよ。
 知的ですよ、でも犬は犬と君も言いましたね。君は君です、私は私です。それで君と私の一切合切です、全てです。
 君一の次は」
「二です」
「そうですよ。一、零点零零零…の無限小数で答えられない、いつまでも二に辿り着けない人が捻くれているんです。
 そうでしょうが、左側通行なのに、右側通行で走ったらどうなるんですか、滅茶苦茶です。
 世間では一の次は二です、二の前は一、一、それを君はとは何かと言う、それは不必要、且つ不安定要素をもたらす、地盤を揺るがすものなんです、全てをぶっ壊す大災害、地震です。
 鳥はなぜ飛ぶのか、魚はなぜ泳ぐのか、それは鳥だからです、それは魚だからです」
「昔々、大昔、南海帝と北海帝が南の海と北の海の丁度中央の渾沌帝の住む地で遭い、心ゆくまで持て成された。その感謝の印に、五感が無くてはこの世も詰まらない、楽しみもないだろうと渾沌帝に目耳鼻口を与えてやった。一日一つの穴を渾沌に空けてやり、七日目に目耳鼻口と七つの穴を空け終わると、渾沌帝は死んでしまった」
「どうかなさったんですか、熱でもあるんですか、何の話ですか」
「『新釈漢文体系7【老子・荘子 上】【荘子 下】明治書院を枕頭の書としています。私は仰向きに寝ながら本を読みます。そうすると余分な精神的負荷が掛からないからです。
 老子ではなく荘子が愛読書です。出版社が老子が余り短いので、同じ系列なので二人、纏めた、しかし、一冊にするには荘子の量が多かった。それでこういうすっきりしない事になったのでは。
 紀元前二八〇年頃の戦国時代の『荘子』の一説です 」
『弥生時代、原始時代じゃないか。何で必要もない知識だけはあるんだ。車の免許を取りなさい。免許がなければ就職もできないんだから。
 明治書院の職員か、出版元まで言わなくていい、漢文なんか、読みますか。変なところで気を回す、こんな感じなんだ、こういう人たちは、漢文お宅…。
 渾沌て訳も分からない世界じゃないのか、全てがぐぐるぐる掻き回されて液状化した状態じゃないか。思想犯だ、それも昔の言葉で言えば一番質の悪いアナキストに違いない。何でこんな奴の前にたった一人で私を寄こすんだ。三人は必要だ、数で圧倒しないと、こんな石頭は押さえられん』
「渾沌て名前だったんですか」
「そうなんです」
「詰まり、渾沌は渾沌だということで、この話は成立している。
 君も君で成立する、渾沌は渾沌なんですから。
 忌まわしい『私は何』は、どこから降ってくるのですか」
「私は誰とは言いません、探偵小説の記憶喪失ではないのですから。私は私です。机は机です、学校は学校です、会社は会社です、無職は無職です、蛙は蛙です。
 これはおかしいと思いませんか。
 同じ言葉をバカのように繰り返しただけじゃないですか」
「いいえ、単純明快です、太郎は太郎、次郎は次郎です、与那中央病院は与那中央病院です」
「ミネルヴァの梟は暮れ染める黄昏を待って飛び立つ」
「何を言っているんですか、梟は夜行性ですから、当然でしょう」
「これは詩的で好きなんです、いいんですよ。そこだけですね。
 後はまあ、無神経もいいとこです。こんなことを言ったんです。一度に嫌いになりましたね。
『理性的なものは現実的であり、現実的なものは理性的である』」
「詩的ね、個人の感性ですから。後の方は実にいい、現実肯定的でいい」
「理性が現実的だから、戦争は無くならない。彼は、ヘーゲルはまるで世の中が理性によってよくなり続けるようではありませんか。現実はそうではない。エコロジーエコロジーと言って、地球に人類が住めたら、それでいいんですから。理性ってのは大したものではない、間違いのない物ではありせん。
 私の記憶違いでなければ、三島由紀夫が『理性ではなく、花を愛でるような感情が平和を築くのだ』とか言っていましたね」
「ヘーゲルねヘーゲル、一向に覚えがない。
 又、不適切な発言をなさいましたね。理性を信じなければ、何を拠り所として、人は生きてゆくのですか」
「そんな物差しはありません」
「君、警察や裁判所の法律、法の裁きは正義ではありませんか。
 それを否定すれば無法国家です。そのような国にこの日本が見えますか」
「第二次世界大戦中は戦争反対を叫べば、国家反逆罪で立派な罪でした。
 ユダヤ人のホロコーストも当時のドイツの国家戦略です、法的には許されていたのです。
 それに参政権は一般の男性が一九二五年 、女性が戦後からです。
 アメリカの国はネイティブアメリカンの土地を開拓民が乗っ取って居座り続けて、移民の国アメリカ合衆国が出来上がった。
 イスラエルも戦後、ユダヤ人がパレスチナに送られて、二千年前の自分の土地だと、国家を樹立したら、その日から未だにパレスチナ人と戦闘状態です」
「そんなに政治に興味がお有りなら、君町会議員に立候補したらどうですか。
 君なら学歴も申し分ない」
「冗談にも程がありますよ」
「いいえ、本気です。町会議員とは言え、本気でやってる人は少ない、片手間の仕事です。議会がなければ、全部休みですから、君には丁度いいのではと」
「その気は全くありません。私は人前に出るのが大嫌いですから」
「向き不向きは何にでもありますから、お気にせずに。
 でも君とお話ししていると気が滅入ります、どうしてでしょう。
 冬にしてはぽかぽか陽気なのに。
 天下太平、争いもなく、平和で、子供は学び、大人は働き、飢える者もない、いい時代に我々は生まれ育った、そうは思いませんか」
「そうでしょうね、苛めや戦争が無くならなくても、とにかく、この国は平和なのですから。戦中戦後に比べれば、確かに暮らしやすい。
 私達は戦争を飢えを虐めを目にしなければいいのですから。
 所詮は他人事です」
「素直に住みやすい時代と言えませんか。戦中戦後じゃなく、明治や江戸時代より、鎌倉、平安、縄文時代より絶対に、今が住みやすい」「はったりだけど『もっといい時代はあったかも知れない、あるかも知れない、だが今を生きなければならない』か。力抜いて考えると当たり前だ、未来も過去も生きられはしなのだから」
「確かに、その時代を生きていた人間に時代を選ぶ道などない。
 でも君は思考のボタンを最初に掛け違えたような感じなのです、巧く言えないのが、もどかしい。
 君の何かがおかしい」
「おかしいと言えば、世の中はおかしいところだらけですよ、でもそれが普通でしょう、正解でしょう、丸く収まっているんですから」
「それはそうですが、火のないところに煙は立たぬでしょう」
「噂は立ちますよ、根も葉もないのがね。自分と違うと思った人間を好奇の目で見るのが隣近所、市町村、国の常でしょう」
「話が大きい、町役場の職員の一人が来ただけでしょう」
「労働感謝月間だから、その一環として来た訳でしょう」
「そうです、君は二重丸だ、高学歴で就職歴無し。それに教員免許もお持ちです。
 自分の学歴に費やした時間と金を惜しいとは思いませんか」
「時は金なりなら、私は金より十分な時間を選んだ訳です。
 どうして出世や金のために一所懸命になれるのか、不思議でなりません。
 アメリカじゃあるまいし、そんなに金で突っ走る国でもないでしょう、成熟した国でしょう。
 自分の時間を限られた人生にふんだんに使う、これも時間と金の一方のチョイスでしょう。
 知り合いの大学教授から聞いたアメリカのジョークです。
『ビル・ゲイツが路上を歩いていると、千ドル札が落ちているのを見つけた。
 彼は拾うか、どうか
 答えは拾わない。
 一時停止して、千ドル札を拾うより、オフィスに直行して仕事をした方が計算上儲ける、金を得るからです』
 あなたはそのような労働、仕事がおかしいと思うはずです。ビル・ゲイツのその労働とはどんなものなのでしょうか。
 常軌を逸しています」
「比較がおかしい、とにかく比較がおかしい」
「町長も天下国家を、選挙前にはさんざん語るじゃないですか。県への太いパイプ、県から国への太いパイプ、それが統治のシステムでしょう。
 君の思い込みがおかしい」
「私は君に就労を促しに来ただけです。ビル・ゲイツが幾ら儲けようが庶民には、町民には関わりのないことです。どんなに彼が儲けても、与那町に税金は落ちないと言うことです。世界が違うんでしょう」
「サウジアラビアを知っていますね。あれはサウド家のアラビアという意味です。国民はサウド家が石油で儲けた金で公務員として働いているのです。反発や革命が起こると困るので、国民全部を雇った。そうだったかな、多分そううだった、まあ、興味がお有りでしたら自分で調べて下さい。
 国が個人の所有になりますか。
 それでも国民が幸せであれば、いい訳です。王国であろうが、何主義の国家であろうが、国民を餓え死にさせるような国家よりは増しです。
 キューバは社会主義で独裁ですが、独裁者のカストロも国民も貧しい、しかし、飢餓はありません。全く逆のお国柄ですが、アメリカが敵視する理由はないのです。」
「いいですか、沖縄県は失業率最も高い県です。これを改善しないことには県の予算もままなりません」
「日本ででしょう、外国はもっと高い。
 それに無職が多いからと、県が荒んでいるる訳じゃない。それでも仲良く暮らしているのですから、ある種の県の美徳です。東京で無職ならホームレスになるしかないでしょうが、沖縄は懐が深い」
「無職で家族や親戚の世話になっているんですよ、少しは後ろめたさがあって、勤労意欲に目覚めればいいのですが。所が爪の垢ほどもない」
「でもソクラテスの古代ギリシャでは労働は奴隷の仕事で、一般市民は真善美を語ることが、哲学することが、最も大切なことだとされていたのです」
「誰も働かなければ、世の中は動きません、衣食住がなくて生きて行けますか」
「しかし、今働いているのは奴隷ではないでしょう。
 職業選択の自由、辞めることも、転職もできるのですから。働きたいから働いている、少しは世間の目もあるから働いている。
 それに多くの人は働くことに満足しています。そうでなければ、あんなににこにこしていられますか」
「それは働かなければ、食べて行けないからです」
「労働が楽しい人々もたくさんいます。あなたの言いぐさだと労働がそれこそ苦しみで価値がある如くに聞こえます。
 苦しむことは褒め称えられることですか、人に勧められることですか」
「仕事が苦しみだとは言っていません。私でも町役場の仕事に遣り甲斐を感じています」
「そうですよ。所がテレビや世間や先生方は『親はどんなに苦労してお前等を学校に出しているんだと』
 それは好きな職業に就けなかったからでしょう、就けなくても、今の仕事で給料を貰っているのなら、仕方ないのを、どんなに苦労してと、家庭にプレッシャーをかける。はい、そうですか、お父様と感謝して、ご飯を頂くのは、時代錯誤です、時代劇の茶番です」
「何が言いたのですか、私には君の言っていることが理解できない。
 何かしら変だ、今日は体の具合、頭の…」
「家・親・子供、地方自治体、国、見事なピラミッドです、人民・国家・神様、独裁者で、万歳、三唱」
「寒気がしてきた、正気ですか」
「子(し)は細い管から空を見て広さを測り、錐で地を刺し深さを探る。何と狭い視野であろうか。さあ、帰るがよい。
 燕の村里・寿陵の若者が趙の都の邯鄲に都の歩き方を学びに行ったが、習得する前に自分の歩き方を忘れてしまった。それで匍って古里に帰ってくる羽目となる。
 今、子去らないならば、この話のように君も元々の知識も本業も忘れてしまうだろう」
「ますます意味不明になってきた。それはなんです」
「『荘子』外編秋水第十七です」
「先ほども出ましたね。荘子がお気に入りのようで」
「荘子を一日に一ページずつ暗記するようにしているんです、荘子は寓話集のようなもので、実に面白い。ですが、簡単には覚えられないもので」
「漢文ですか」
「漢文を書き下し文で、通釈や語釈も付いています。覚えるのは書き下し文です。
 やっぱり旧漢字だけで並んでないと、一つ一つの漢字の匂いがしないんですよ」
「確かに君と話していると、本業を忘れてしまいそうになる。
 しかも歩き方は人間の基本中の基本です、普通の人間は歩き方を考えずに歩くのが自然でしょう」
『何を言っているんだ。歩き方を忘れるどころか、匍って帰ることまで忘れてしまったのではないか。
 全部の知識を奪い尽くすほどの【歩き方】って何だ。
 それにしては応対に変なことはない。まあ、荘子をこよなく愛している。根っからのマニアだ。
 かつて流行った自分探しの旅に憑かれた【荘子マニア】
 しかし、まだ自分を保っているようだ。私と現に話しているのだから、それも私の方が押され気味だ』
『可哀相に、公務員にどっぷり浸かり、公務員になる前の自分をすっかり忘れ去って、官僚の町役場バージョンだ。寄らば大樹の陰だ、実に公務員だ、前例がないと拒否反応を起こしてしまう。身の上保存の法則だ。
 それはそれでいいのかも、その人自身が一生公務員気質のままで、何の疑問も抱かずに生きて行くのだから。
 それは幸なのか不幸なのか。
 何でもあり、選り取り見取り、それが人生かも…、しかし今一つしっくりと来ない、それもそのはずだ。
 私は何、それさえ見つけ出せない、考え出せない、巡り会わない。だからいつも曇天のような気分だ、すっきりしない、どっち付かず、半煮えだ。
 それに比べて、彼の憂いのなさや確信に満ちた態度はどうだ、根拠は与那町役場職員というだけだ』
「どこにも新しもの好きがいます。そう言う人は得てして中途半端に諦めてしまうものです。粘りがない。
 いましたよ、外交官になると言って、高校からフランス留学した西銘不動産の息子、西銘博文、大学中退して帰ってくれば、日本語は横柄でフランス訛り、所がフランスから来たホームステイの高校生の通訳をさせたら、まるっきり通じない。
 まさにフランスまで行って、歩き方まで忘れてきてしまったんです」
『この人には我を顧みる、反省というのがないのだろうか』
「いいではないですか。この島から大志を抱いてフランスにまで冒険したんですよ。そう言う人が幾人もいて、その中の幾人かが成功するんです。コンテストでも応募者が三人と三千人では、選ばれた人のレベルが違うでしょう。だから選ばれない人がいたって、無意味でもないし、褒められはしても、貶されるものではありません」
『同病相憐れみ、類は友を呼ぶ』
「甘いですね。当人は失敗したなんて思っていません、ご旅行です。
 まあ、昔はともかく、今はフランス語を忘れて、専務です。相当な資産家ですからね」
「そうですか、達成する目標がないから、挫折もなくて安全という、何事にも鷹揚なお坊ちゃまですか、分かりませんね」
「簡単ですよ、フランスに行きたかったから、外交官になると言い、親も金があったから、行かせた。子供の西銘博文は思惑通りに遊んで帰ってきた、たったそれだけの事です」
「私には思いつかない発想です」
『待てよ、おかしい。琉球大学法文学部国文学科を卒業して、就職歴のない君が遊びでフランスに留学すると言うのが思いつかない。君の方こそ、私には西銘博文そっちのけの思いつかない発想、思考、歯車の持ち主だ』
「世間は広いんです」
「そうですか、与那町は沖縄県で一番狭い町ですよ」
「君はずれている、外れている、世間から。井の中の蛙は大海を知らずだ」
「でも世界があります」
「どんなものですか」
「覗いている君の目を覗いている興味津々の深く暗い目です」
「おどろおどろしい」
「これはキルケゴールが言ってます、書いています、はっきりとは覚えてない、私のオリジナルではありませんので」
「井の中とは井戸の中です、君の目ではありません、第一、君は目の中に何も住んでないでしょう。
 君、一々誰の言葉だと言わなくてもいいのです。どうせ誰かから聞いたのを自分が考え出したかのように言ってるだけです、誰がオリジナルか誰も分かりません、少なくとも私は気にしません」
「あなたは気にしないでしょうが、せっかく出会った人間の言葉ですから、名前を出さないと失礼というか、盗用になります。私は気になるので、忘れてない限り、そうします。人名の所は適当にそちらで省略して下さい」
「察するに、君の世界はどうも常人には面白くない世界で、陰々滅々のようだ。
 君の出会った人とは本の著者でしょう、生きた人間とは会いますか」
「両親やコンビニの店員、スーパーの店員、たまにパソコンショップの店員、図書館の職員です。二三年はこれだけです。応対はしますけど、プライベートな話は一切しません」「それだけ充分生活はできますが、寂しいとか、一生このままではと不安にはなりませんか」
「別に寂しくはありません。
 そんなに人と会いたいものですか。会って何の話をするんですか。会うのは職場の同僚ぐらいでしょうし、会社が終わってから付き合うのは疲れるだけじゃないですか」
「そう言われると身も蓋もない。まあ、それはそれで良しとしましょう。しかし、将来に不安を感じませんか」
「君は今皆と同じように仕事をし、同じように家庭を持ち、年を取り、終わりを待つ。皆と一緒だから不安じゃないだけです。だから世の中の多くの人が君の言う世間から離れないで、住み続ける。
 スクランブル交差点で人でごった返しになり、信号機が変わるまでには誰か多数と同じように流れている。
 私はなぜ一緒に歩いているんだろうと思う、その方が不安です。
 独裁国家のマスゲームや軍人の行進を思い出す、不吉です」
「君の、君の人生ですよ、どこから独裁国家が飛び出してくるのですか。
 君は平和な日本国沖縄県島尻郡与那町与那一九〇一番地の国民ですよ。
 確かに私もわざわざ日本国民であると声高らかに言う物でもないと思いますがね。
 ですがね、他人と何かするには協調性が必要でしょう、君は協調性過敏症です。
 何で仕事のチームワークがジェット機みたいに飛んで、独裁国家の軍人の行進になるんですか」
「確かに協調性はないです、他人と一緒に何かしようとも思いませんが、だから無職なのでしょうか。
 しかし、何事をするにしても、人間ならば、個人として、私は何かを知らないで、何も手に付かないのはホモサピエンス・人の性質でしょう」
「不適切な表現だな。君のような人間だけなら、この世界には何一つ作られないことになる。そして誰も働かなくなるだろう」
「所が私のような人間は少数だから、今の時代になった」
「他人とは会わない君がなぜ少数だと言えるんですか。お一人だとしたら、どうします、不安でしょう」
「たった一人の変わり者のために、与那町役場が職員を派遣しますか。
 私のような者が増えたので、国、県、町村と対策が始まったのでしょう。
 私の疑問は私が答えるのです、だから一人になるしかないのです。しかし、町の中に住みます。孤島でサバイバルするほどの生命力と体力はありませんから」
「お気を悪くなさらないで下さい。人に聞くのも初めてです。
 生きていて楽しいですか」
「分かりません、ただどうしようもなく、自分は何か知りたいだけです。
 しかし、掴んだと思ったときには、もう手から水のように零れているのです。
 一人の頭だけで考えていると、すぐに思考が行き止まりになるので、どうしても本を漁り、ネットを駆け巡ることになるのです。
 悲しいことに、私の頭に残るのは、そのどうでもいいような過去の残骸だけです。
 知らないというのはこういう事なのかと溜息を吐くばかり…。
 それが生きてることの証です。
 でも感傷は全くない、苦労でもないし、それを楽しいと言うんでしょうね」
「そうですか。不安はないんですか」
「月一万三千八百六十円、年金保険料払っていますが、将来は二ヶ月で十二万、一月六万の暮らしです。ぎりぎりかなと思っています」
「素晴らしい、実に建設的なことです。これで最低限度の生活は保障されました。若い奴は働いているのに、納めないのが多い、嘆かわしい、国民全員の互助の保険ですよ。
 何でもかんでも国に反対するのは正しいことだと思っているのです、バカ者が」
「いや、私が払っている訳ではありませんから」
「ご家族のご理解の賜ですか、それでもいい。若い奴なら、その金を小遣いにくれと言い出しますよ。今しか見えないんですよ」
『北冥(ほくめい)に魚有り、其の名を鯤(こん)と為す。鯤(こん)の大いなる、其の幾千里なるを知らず。化して鳥と為る。其の名を鵬(ほう)と為す。鵬の背、其の幾千里なるを知らず。怒して飛べば其の翼は垂天の雲の如し。是の鳥や海運(めぐ)れば則ち将に南冥に徒(うつ)らんとす。南冥とは天池(てんち)なり。齊諧(せいかい)とは、怪を志(しる)す者なり。諧の言に曰く、鵬の南冥に徒るや、水の撃すること三千里、扶揺(ふよう)を搏(う)ちて上(のぼ)る者九万里、去りて六月(ろくげつ)を以て息(いこ)う者なり』
「北の海に千里にもなる鯤(こん)という魚が転じて背丈が幾千里あるか分からない鵬なる。それが海が荒れると、南冥へと羽ばたくと翼は垂れ込めた雲のようであり、水は三千里にわたり波立ち荒れて、身は九万里も上昇する。飛行すること六ヶ月して南の海に休む。
 やはり意訳すると迫力がない、雰囲気が出ない」
「何をぶつぶつ言っているんですか。とてつもなく大きな鳥が海の上を飛んだとう言うことでしょう。それがどうしたんです、ファンタジーアドベンチャーによく出る奴でしょう。子供にはゲームに付き合わされて困るんです」
「荘子・内篇逍遥遊第一、最初の一節です。思いがけなく浮かび上がってくるんです」
「それはありますね、急にハミングしたり、大事な会議で発表するさいに、なぜかこいつ等にも妻や家庭があるのだと思ったりしますから」
「その鵬を蜩と鳩が、我々は木に飛び移ろうとして、途中で落ちるときもあるのに、九万里も上がって飛ぶのはバカだと笑うんです」
「とどのつまり何が言いたいんですか」
「そう、冷静に聞かれると、私も…はっきりした意味は分からない、何かの勢い…」
「運転が巧いからっと言って、車が直せる訳じゃありません、パソコンは使っても、プログラムは作れません。
 例えがずれていますか、変かな
 天丼は作れないけど、天丼の味は分かる、天丼が好物でして…」
「蜩と鳩や小さなものには、大きな鵬がを目指しているのか、分からない」
「小さな夢の人には大きな夢の人の行動が分からない」
「人知では計りがたい大いなるものがあるということでしょう。
 北冥(ほくめい)に魚有り、其の名を鯤(こん)と為す。鯤(こん)の大いなる、其の幾千里なるを知らず。化して鳥と為る。其の名を鵬(ほう)と為す」
「私達は鳩や蜩程度の者ということですか。
 鳩と蜩がいい迷惑ですな。彼等は彼等なりに生息する道しかないないのですから」
「北冥(ほくめい)に魚有り、其の名を鯤(こん)と為す、実に言い、響きです」
「北の海に魚がいて、名前は鯤(こん)である。
 それのどこがいいのですか。
 与那町に人がいて、その名を西銘博文と言う。これのどこが名文ですか」
「ダイヤモンドと鉛筆の芯は同じ炭素原子ですが、全く違います。そのようなものです」
「同音異語ですか」
「同原異物です」
「鵬も大変です、何ヶ月も飛び続けて、少ししか飛ばない蜩や鳩の方が楽でいいですな」
「上空九万里、六ヶ月の飛行で南冥への旅です、宇宙の旅です」
「結局はそれだけですか」
「壮大、これ以上のことがありますか。普通の人ならここまで描けません」
「紀元前二四〇年のUFOか、宇宙人の話になってしまいます」
「私は生きています」
「突然、何を言い出すんですか」
「あなたも生きています。でも誰が生きてると証明するんでしょう。
 この世の中の全員が死んでいたとすれば、死後の世界です。あの世でも、死ぬんですかね、何回死んだら済むんでしょうか、永遠に死なないのでは…」
「無茶な事言わないで下さい。
 先日亡くなった新垣和夫四十五歳・鉄筋工・独身は交通事故ではなく、私が突き飛ばして撥ねさせたのだと、皆がが主張したら、私は殺人犯です。
 世の中の全員が結託したら、白も黒になりますよ」
「噛み合いませんね。世の中の全員が死んでいるのに生きていると思っているのです」
「それはそれでいいのではないですか。誰も死んでいると思わなければ、例え死んでいようが生きていようが状況は同じなのですから。これが現実です。
 もし、全員が死んでますと認識したら、あのガジマルが消えますか、この世界が一変しますか。それでも私は町役場に出勤しています、そしていつものように働く」
「死を考えないのは、異郷に来て、故郷を思い出さない人だと、荘子言っています」
「そうですか。
 仕事やら子供のことや妻や雑事で、死を考える暇はないです、年に一度、盆に考えればお釣りが来るほどです、死を考えて、楽しいですか。
 たくさんある時間を、楽しいことを考えるのにお使いなったらどうですか」
「又、あの呪文だ、『いい時代はあるかも知れない、あったかも知れない、だが今を生きなければならない』
 孔子も言っています、まだ生きるを知らないのに、どうして死など知ろうか、知る必要はないと」
「さすが孔子です、衣食足りて礼節を知る、その通りです。どうやって、生きて行くのか、それで精一杯なのに、死のことまで、考えていられませんよ」
「荘周は夢を見た。蝴蝶になりひらひらと飛んでいた。自分は荘周であることを気付かない。目が覚めると、驚くことに自分は荘周である。
 すると、周が夢で蝴蝶になったのか、蝴蝶が夢で周になったのかを知らない」
「死と生が睡眠と覚醒の区別が付かない。我々がどっちにいようがいいじゃないですか。
 どちらにしても、私は町役場の職員で、君は平和な日本国沖縄県島尻郡与那町与那一九〇一番地の一国民ですから。
 寝ているときは、蝶々でも、雀でも、猫でも構いませんよ。
 しかし、又、明日も君に会いに来るでしょう、仕事に組み込まれていますからね。
 無論、会う会わないは自由ですよ、ただ家の前でお待ちするだけです、会えようが、会えまいが、五時になれば帰ります。そのまま帰宅していいので気楽です」
「迷いがない。どうしてそこまで現実を信じられるんですか」
「君、間違っています。現実を信じないで、何を信じるんですか。私は現実を信じる。
 ユートピアで、理論で竹竿を持って、かつての学生運動みたいに暴れますか。
 夢に踊らされていた彼等のほとんどは立派に勤めを終えて定年退職です。
 セカンドライフを考えているのです。火炎瓶なんて、二度と口にしたくないでしょうう」
『【lemming】
《動物、動物学》タビネズミ.ヨーロッパやアメリカの北部地方に生息するネズミに似た小形の動物.爆発的に大増殖して大群で移動し、入水(じゆすい)など集団自殺行為をすることがある.
〔カタカナ新語辞典〕
 神話となった、疑うこともなく、仲間の尾だけを見ながら走り続け、崖から雪崩れ落ちるレミングの群れ。
 与那町役場の職員がレミングを支障なく走らせるために誘導する。
 与那町役場を信じて疑わない。
 その根拠はそこで働いて、給料を貰っているから、更には生き甲斐も感じている。
 口には出さぬ自負を吐露すれば、私は誰に使われている訳ではない、自ら与那町役場のために働いている。
 悪寒が走る』
「知がたまたま無為謂(むいい)に出会い、訊ねた『一体何を思えば、道を知ることができるのでしょう。私はどこにいて、どういう事をすれば道に落ち着くのでしょう、何に従い、何によって道を得ることができるのでしょう』
 無為謂は三度訊ねられたが、三度とも答えなかった。何と答えてよいか分からなかったのである
 そして狂屈に出会い同じ事を訊ねた。
『それなら知っている』言いながら、言うことを忘れてしまった
 次に黄帝に会った。
『彼等は全てから自由で何事に囚われることがない。しかし我と汝は言葉を持って知る、それは道に遠い』」
「私は道など聞いていません、道徳を重んじ、法を遵守する、それで人間幸せになれるのです。与那町を見てご覧なさい、ほとんどの人が幸せで凶悪事件もなく、無事に暮らしているのです。それが幸せでしょう」
「百歩譲って、そうだとしましょう。
 しかし、与那町に、あなたに、私の考えまで、変える権限はない」
「何を言っているんですか。
 私達、与那職員は町民を啓蒙し、よりよい生活を築こうと日々努力しているだけです、文化的生活の向上を目指しているのです」
『こう言うのが思想的に一番危ない、ファシストの根だ』

無職と町役場職員

無職と職員の意見の食い違い、価値観の違い

無職と町役場職員

公務員と無職の問答、軍配はどちらか判断して下さい。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-11-06

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