統合失調症と私
頭語失調症の症状である怯えとそれに対する一人で思考する様相。
統合失調症の症状と私の思考の回転
統合失調症と私
二十数年前、私は死に損ねた。
東京の某大学の寮でのことであった。
青天の霹靂、皆が一斉に私を蔑み、罵倒した。何が起こったのか、意味が分からなかった。
その恐怖で、突発的に手首を切った
私は救急車で運ばれた病院の宙からも迸る小さな大音響に一生を裁かれ、私の二十数年の一挙手一投足の全てが有罪とされ、私は認めた。
なぜ裁かれたのか、私が一切合切悪いからとしか、言えない。
一学期後に、退学して沖縄に、戻ってきた。
町を歩くと沈黙の行き交う人の目も合わさない俯いたままの視線が罵倒していた。
笑い声がバスの中で聞こえた、東京と言った。私は窓の外を見るようにして、その声の連中を窺った。全く見覚えのない顔だった。血の気が引いた。
「なぜ私が東京の大学を中退したのを知っているのか」
家にいる。父と母が小声で私のことを嘆いているようで侮蔑しているのが、階下の台所から二階の閉じた私の部屋に筒抜けに聞こえて来ていた。
凍り付いた、わざと聞こえるようにしている。
隣の飲み屋のビルから女と男の大声が聞こえてくる。絶対に私のことを話しているトーンだった。暗闇の部屋のベッドに横たわる見えないはずの私がどうして分かるのか、手足が震えだした。
高校からの友人が来て飲みに行こうと誘われたが、断ることのできない異様な雰囲気を醸し出していた。行かなければ何を言われるか分からないとの怖さが全身に滲んだ。
居酒屋に行きテーブルを囲んだ。周りの客が私を酒の肴にして飲み喰いしていた。
友人というのは、相手が手を出さない限り、私が何を言われようと平気で何もしないのか。周りの客ははっきりとバカだとか、腰抜けだとか、聞き取れる言葉ではないが、確実に罵倒している、せせら笑っている。その証拠に、私は怯えている。
真冬に部屋に一人でいるのに、暑苦しくなる。声は床から壁からその世の中が湧き出してくる、剥落してくるからだ。所が、それがどれほど積もろうとぎゅうぎゅう詰めになろうとも、体は伸ては縮んで隙間に入り込んでいる。
一瞬きしたら夜から朝になっていた。
時計の針は午前一時半から午前七時二十五分になっている。眠った気がしない。夜明けなど来なくていいと懇願しながら、眠っても望みは破棄されて、もう朝だ、夜など来たためしがない 。それはいつ頃からか、分からない、だがだいぶ立ったようだ。十年と何年か、分からない。
中退するとすぐに働かされた。モラトリアムは消滅した。怖くて抵抗できなかった。
職場の人に威圧された。人は何気なく罵る。
そんなものやらなくてもいいよ、『必ずやれ』、疲れているのか、『半端な仕事しかできないのに、一丁前に疲れて居るんじゃないよ』。休み休みやれよ、『そんなに働いていんのかよ』。
私は二十四時間他人に、私を除いた全人類に怯えている。
その怯えの中で、私は他人に怯える以外のことで悩みたいと思った。いつも他人を気にしているばかりで一生を終えるのはどう考えても馬鹿げている。
六年働いて、会社を辞めた。
生きた心地がしない上に、現実の同僚の声が罵倒となって私を責め立てた。死ぬ以外の選択は会社を辞めることだった。
すると罵倒に、自分を蔑む奇妙な声が加わった。
私は一日の足跡として、好きだった本を読み始めた。
癲癇だったということでドストエフスキー、「未成年」「白痴」「カラマーゾフの兄弟」など殆どの小説を読んだ。
どうして私はドストエフスキーのように悩めないのか。
ニーチェは「神は死んだ」と言い、意識が消え去るまで神と戦った。
全集を買い、二三度読んだが、「ツァラトゥストラはかく語りき」の超人の高みまで飛翔するどころか、私はお隣近所、テレビ、ラジオ、肉親の声に怯え囚われの身で、雁字搦めの金縛りの連続だった。
人に怯え、人のことばかり憶測し、憶測はまだいいとして、なぜいつも私が悪いのだ、私ばかりが責められるのだ。まるで私自体が悪そのもののような酷い扱いだ、陰険にも優しさの言葉のオブラートでくるんで、心の内臓で罵詈雑言が溶け出す仕組みだ。
私は仕方なく乗ったバスで足を踏まれた、なぜ彼が踏みつけたのに私が悪いのか、納得は行かないが、怯えて「すみません」と口から出ている。
怯えているばかりの私は自分が嫌いだ、これを好きになれたら、それこそどこかが壊れているのだ。溜息ばかりが出て、そしたらどんな自分になりたいと問う。
自分以外の私、強い、まず他人の声など気にも掛けない、無論、悪いことをしたら別だが。悠々と息を吸って、町中を歩ける人。だがどうすればなれるのか方法が分からない。しかし、いったい私は何になりたいんだろうか。私以外の人、これを考え込むと自分は何なのかが正体不明というか、意味不明な言動に陥ってしまう。
自分も他人も知らない者同士。それなのに、それだから、私に罵詈雑言を浴びせるのか、どちらとも分からないが、私は縮こまってばかりでどうして生きて行けるのか。
仏教の本を五六冊読んだ。それから浄土真宗の明治から昭和を生きた和尚の説教集。絶対否定、否定の否定を否定する、無限遡及はしない。
私は私をああでもない、こうでもないと思っては、取り消して、又、ああでもない、こうでもないと、その繰り返しである。そのああだこうだと嘆いているようで横柄な自分とはどれほどの者なのか、神様のような自分ではないか、それを否定せよと仏教の本は語った。
頷けた、だが即座に耳元で神頼みかと寄って集って罵倒を浴びせられた。
それによく耐えて、よく二十年も死なないのか、不思議である。普通ならとっくに死んでいる、その方がずっと楽だ。
しかし私は不慮の事故死や誰かに殺されるのは望んだが、声の思い通りに自殺するのは兎に角したくなかった。それは破棄することの出来ない小さな唯一の自らの弱いながらの意志のようなものであった。
誰彼となく人に凍り付いていると、時が停止して、いつまでも止むことなく続く永さを感じる、同じ現実、同じ声が罵る。
山から転げ落ちる岩を押し上げては、再び転げ落ちる岩を又押し上げるいつまで立っても終わらぬ罰を受ける。
シーシュポスはそれは悲劇なのか。
それなら、殆どの人は皆同じだろう、この世の中、似たことの繰り返しだ、だがそれに充実感を感じている、だから苦役などではない。毎日が全く違った日々なら生きて行けるはずもない、それこそが重荷となる。
私は皆から何の罰を受けているのだ。
あの日以来、今まで一瞬でも安らぎ、安心、平安、安寧、そのような感情が訪れたことはない。これはどういうことなんだろう。
それで年がら年中見知らぬ公衆に拉致監禁された者のように怯えている。
そのような状況になる前までは、それなりの職に就けると思いこんでいた。県庁職員、教職員、会社員など。それが赤の他人にまで罵られ、仕事どころか、生きていることが辛い、なんと恥ずかしく、悩ましい、どうでもいいことだろう。どうでもいいということができないから、頭の中で罵られ、現実で戦く自分しかいないのだろうか。
どう呼吸すれば罵られないのか、びくついている。分かっている、そんなことはあり得ない、理不尽だ、どこの世界に息の仕方にまで怒鳴る奴がいるんだ。
ぺちゃくちゃ喋っているが、実際には凍っている。説明したから治る、そんなものじゃない。罵られて、いつでもびくついて項垂れている、それが現実だ。
お前の世界を語るんじゃない、これだけ言うのにも、誰かに何か言われるのではと、死ぬ思いをしているんだ。黙って耐える。
だが、一度だけ、勇気を振り絞って、他人に、担当の先生、無論、精神科医、に質問したことがある。
『先生、どうして私は罵られっぱなしで、反撃できないんでしょうか。理不尽な言葉に対して、なぜ何も言い返せないのでしょう』
『それでいんですよ、抵抗すれば、あなたか、誰かが、怪我をしているでしょう』
バカにするなと思ったが、誰かに危害を加える、それともドン・キホーテと同じように風車を敵と思い込み、戦って、怪我をする。罵倒から逃れられるなら、何だってする。しかし、抵抗できるような声ではない、悪意に満ちた冷たい声を耳にするだけで、頭の天辺から爪先まで固まってしまう。
一日中、罵られ、そればかり考えさせられるのは嫌なので、怯えに浸されながらも別の事を考える。
仏様の話だが、悟りを開くと何事にも囚われずハッピーになれると思い込んでいたが、そうではなく、喜怒哀楽のどちらでも、自分が客観的に、観ることができるだけで、一切の苦しみが消えてハッピーになるわけではないらしい。
それからインドでは悟った人は万人が見て悟っていると分かるもので、自分だけ悟ったと喚いている新興宗教の教祖様は悟ってない、信者以外の人が見れば、冗談にも悟っているお姿には見えないからだ。
私はあれこれと考える、本も読む。最近は町立図書館から借りてくる。
図書館員が、ご本が好きですねと笑った。『無職なのに、職も探さず、読書とは風雅ですわね、そんなあなたの本を探したり、リクエストで県内の図書館から取り寄せたり、新しく発注したり、あなたに使われている私は何なのかしら、お給料のためとはいえ、人生嫌になっちゃいますわね』
後ろめたい気持ちで、その場から逃げ出したくなった。それは差別だと思ったが、口に出して言ったわけではないから、イエスの言うように心で姦淫しても罪になるわけでない、思想信条の自由があるのなら、心情の自由だってある、妄想、幻想の自由だってある。誰かに危害や嫌な思いをさせたのではない、あくまでも個人の心の中だけの出来事だ。
だが彼が、彼女が、誰が言っているのか、言ってないのかの確かではない。なぜそれが私の耳には、神経には、心には、聞こえるのか、響く、叩く、吹く、それが不可解と思うものの、実際にその声は音は、耳に、心に、神経に届くのだから、否定のしようがないのである。
いつも擦れ違う時に、私に悪態を吐くババアが死んだ。家の前を通ったとき、般若心経のワンフレーズを唱えたが、清々しいというのが本音、ほんとに陰険なババア、「仕事もしない、何をしているんだ」、これを方言で言うからストレートに胸を抉る。これから、それを聞かなくてもいいかと思うと、少し世間が広くなったような気がした。このように溜飲を下ろすのかと少し知恵が益したような気になり、すっとする。
いつもなら死ねないのを悔やんでいるが、くたばったのを見届けられたのは、長生きの一つの幸いを感じた一瞬だった。
矛盾だ。一日でも早く死にたい私が老衰して早く死んだババアをいい気味だと思うこと。ただ二度と顔を付き合わせない済むことが喜ばしいのだ。
確かに皆から罵られるのも、死ぬまでのことだと思うと、人間よく生きて百年かと考えてみたりするが、気分は晴れない。生きているから苦痛は変わらない。
人間、幸福に生きるか、不幸に生きるか、どちらかである。
かつて他人事の作家が幸福はどれもこれも似たものだが、不幸にはそれぞれドラマがあると言った。今思えば、化かされたようで腹が立つ。
私はドラマチックな不幸よりありふれた幸福を望む、私はドラマチックな小説よりありふれるハッピーな小説を望む。当事者なら当然だろう。
他人の不幸が楽しく書ける作家は破廉恥である。
働きもせず、既に「せず」という響きに、働かないことの世間への僻みが出ている。無用之用というけれど、世の中の役に立たないものは、世の中が使い切れないだけで、天の用があるもの、くよくよすることはないと言う。老子の教えだ。
私の耳に聞こえてくる罵倒に、笑いに、毎日苛まれ、不幸だが寿命は全うする運命を授けられたようだ。まさに要らぬ声だが、よく休まずに絶え間なく喋るので神業だ、だから、私はいつも鬱状態だ、暇なボケッとした幸せな時間はない。退屈にはなれない。
神業と使ったが、私は神は信じない。罵られ初めてから、錯乱状態時にも、神など一度も現れなかったからだ。
苦しいときの神頼みというが、一向に効果はなかった。だが一年ほどは誠心誠意頼んでみた。
天下を取り、我が世の春を謳歌して、天麩羅を食べて死んでしまった家康が、人生は重い荷を負って遠い道を行くが如し、言うのは厚顔無恥だ、世慣れた言葉で言えばそれこそ罰当たりだ。
神様と呼ぶけれど、神様は交信不能、表記不能なのである。あなた、あなたと呼びたければ呼んでいい。そんなに親しいのかと問われたら、どれほど遠いものか、聞けばいい、結局、認識不能の存在はこうでも、ああでも、どうでもいいものである。もしくはああでも、こうでも、どうにもならないものである。
「私は三界明星ではなく、私はイエスであり、マホメッドであり、空海であり、ガンジーである」
「私はイエスではなかった、空海ではなかった、マホメッドではなかった、ガンジーではなかった、私は正真正銘の三界明星であった」
これはパラダイス教の教祖・三界明星の街頭説教である。
最初にその演説を聴いた瞬間、度肝を抜かれた、何かが触れた。だが時間を経るに連れて、はったりを噛まされたのが分かり、腹が立ってきた。
チラシに「救い主・三界明星」にそれぞれの霊が憑依してくると書いてあった。きっとジンギスカンにも、去年死んだ酒飲みの隣の隣のオジサンにもなれる。
三界明星の過ちは誰の責任か、マホメットか、空海か、その他多数の誰かか、憑依していた聖人君子、或いは神様、ご本人、ご本人と言っても、姿形まで変わるのではないから、誰も特定はできない。アラビア語も突如とっして消えたムー大陸の言葉も話せ、語学に堪能らしいが、チベット語の通訳を通して、チベットの高僧、ダライラマ何世かと、話していた写真が週刊誌に載っていた。
人と会うぐらいなら、霊を呼んで話したらいい。だが憑依だから、その時のことは覚えてないかも知れない。
私は私が錯乱状態のことを覚えている。
ゴッホは覚えてなかったらしい。
ある朝、目覚めると、ゴッホは声が出なくなっていた。それで数日して看護婦に聞くと、一晩中、叫んでいたとのことだった。
自分が何をしていたのか分からない、それは恐怖ではないだろうか。三界はきっと神様だから怖くない、しかし、全知全能の神が自分がしでかしたことを忘れるだろうか。
何でバカにしている三界のことが、頭から去らないんだ。
できるなら三界が私に憑依して、私に私を見せてくれと願う。だが会うことはない、無理な相談、神頼み。
不思議に思う。どんな人間にだって、探せばいいところが一個ぐらいはあるだろう。だが大学の寮の錯乱状態以来、褒められたことが一度もない。罵倒ばかり、一度ぐらい褒められたい。
「いい人だ」「いい所もあるのよ」とか。しかし、その真意は裏腹なのが直感で分かる。
「お前は全部悪いんだ、いいか罵倒はしてない、悪い所を親切にも指摘して、指導し更生しようとしているんだ。根性、根性だよ、つべこべ言わずにハイハイしとけばいいんだ。お前の脳味噌では手に負えないんだ」
人間、言葉がない、黙っているということは死んでいるという状態でないだろうか。私は日々の殆どが一人だが喋っている。と言うよりも、誰かが話しかけてくる、罵倒と言う形で。
私の世界の限界は、私の言葉の限界であるとウィトゲンシュタインは言った。
私の世界の限界は、私の言葉の限界である、それは罵倒である。
人生とはこういうものかと何かしら説得されてしまった寂しさがあった。
生きて生きて生き抜くんだというような、根性物語ではないような気がする。
無意識が露呈する。無意識が露呈したからと言って、誰も分かるものではない、意識の前、横、後どこにかあるもので意識などできない、意識がないからである。
限界とはあやふやなものだ。死は味わえない、死んだら意識などできないからだ。
どうでもいいことだが、好奇心が疼いてしまう。
どうして、私は人々の中で生きられないのか。
別に人々の中で生きる必要はない。
道端で隠者のようにキセルで煙草を燻らしながら、人通りを眺めて一日を過ごせばいいじゃないか。
しかし、人々の中で生きないことには、欲しいものが手に入らない、まずは食料、図書館の本。自分では何も作ってないから、全て他人任せである。そうなると、それを得るための金が必要となる。
その金は人間の中で働かないことには手に入らない。それは不幸に苦痛を添える。
やっぱり霞を喰って生きられる仙人ではない私の将来暗雲が立ち込めている。そうとは知っていても、なす術を持たないから、考えないことだ。まずは十年、両親も生き延びそうな年月だ。それを頼むしかない。だがそれは明日の遠い目出度い話だ。私は今現在進行中の罵りから、怯えからどうでもいいから逃れさえすればいいのだ。
どうして、部屋に一人でいるのに、見ず知らずの他人がずかずか入ってくるんだ、不法侵入、犯罪だ。
だが警察に訴えたことがない。
なぜならこの前、警察官と擦れ違ったが、不審者があなたに忍び込んでいますよと言わずに、会釈をしただけだったからだ。これでテレビジャック、ラジオジャック、脳味噌ジャック、を見抜けないという答えが出てしまっている。きっと彼には不法侵入者が聞こえないのだろう。
まだ口にもしてないことに、あいつはどうして割り込んで来てずけずけと物を言うんだ。言うことができるんだ。まだ考え倦ねて整理が付かない事柄に対して、先回りをして、重箱の隅を突く正確さでくどくどねちゃねちゃ文句を言う、辟易する。
私にプライバシーはない。いつも誰かが口を突っ込んでくる、おどろおどろしい響きだ。
どこで情報を集めてくるのか、一切不明だが、見当違い、全く身に覚えのないことを言われたことは一度もない。よく考えると、身に覚えがある、結局、彼等が何を言おうが、私と関係がある。
会社を辞めて以来、家族を除けば誰とも付き合ってはない、今では電話さえ掛かってこない。それがここ十数年の結果だ。だから肉体的なダイレクトな出会いはない。それなら一人であることを満喫できるはずだ。
だが毎日私は知らないが、私をよく知っている人が訪ねてくる。
私はそんなことなど爪の垢ほども望んでいないのに、あいつ等は、こいつ等、それ等はどこからともなくやってくる、舞い降りてくる、入り込んでくる。
これほどの騒がしい孤独はこの地上で、きっと私だけが何らかの理由で味わっているものだ。
選ばれてあることの恍惚と不安二つ我にあり、ボードレール。そんなことではない。
選ばれていると言うと、選民思想から、ユダヤ人迫害から民族浄化からナショナリスト、愛郷だの、民族主義者だの、愛国心、入り乱れて奴らが血走って乗り込んでくるから、言葉使いは独り言でも慎重でなければならない。彼等、宙からはみ出てくる声、耳の奥の声、頭蓋骨の中の声は揚げ足取りの名人だ。
私の免許証はゴールドだ。
大きな収穫がった。車が運転できるから、行く先ができるわけではない。
私には出かける場所がなかった。
世間に用事がなかった。
最近では人間関係(客と店員)のはっきりした店なら前より緊張せずに行けるようになった。ただし、店員だけである。客は別物で、話し声がすると、何気なく気付かれないように振り向いて、知人かどうかを確かめる。どちらにしても嫌な雰囲気がこびり付く。知人だとそっと見えないところに行き、立ち去るのを待つか、私が去るかである。
どうして、私は殺人犯でもないのに逃げ回るのか、理由はないが怖いからだ。妙なねっとりとした粘液性の怖さの滴がへばりつく。とにかく早く布団の中に隠れたい。
私の外出用の乗り物は自転車だ。
拘りはママチャリ、両立てスタンドである。
一番リラックスして乗れ、駐輪しても転倒しにくい。ハンドルもドロップ、フラット、ハイライズでもなくアップ型だ。三段ギアーで、タイヤは太く、スピードは細いのより落ちるが、凸凹に強く、パンクしにくいのがいい。
自転車に乗るのは気分がいいものだ。勿論。歩くより楽だ。もっといいことに、自転車なら歩いている隣近所の人に頭をちょこっと下げるだけで、目を合わすこともなく、言葉も要らない、話しかける前に去っている。
夜になると、階下のリビングで両親がテレビを見ている。その音がし始める。
私を「人でなし」と呪詛し、非難し、吊し上げる人々のシュプレヒコールが階下から、外から聞こえる。
私はラジオのチューナーを放送局の周波数からずらし、雑音にしてボリュームを大きくし、蛍光灯を消す。
雑音は滝の音に聞こえ不愉快な音ではない、それが外部からの声を消す。ベッドに横たわり布団を頭から被る。
「家庭は諸悪の根源」と太宰治が言った。
究極的には家族などいうものはない方がいいかも知れない。パパ・ママ・ボクの三角形、ピラミッドで、国に忠、親に孝などと全体主義に走る弁明が罷り通るようになるからだ。
しかし、家族がなければ、確実に今の私は野垂れ死にしているだろう。家族だから面倒を見ている。まだ他人との相互扶助が家族のようにまでは行ってない。今までの歴史ではそうだ。
地域にしろ、家族にしろ、無いことを考えると大きな不都合が実際問題として生じてくる、自由と言っても、少しはいや、大分、皆に合わせるだろう」
「お前は地域にも、家族にも参加しないで、天下国家のお殿様にでもなったつもりで上から物を言うのか。汗水垂らして働け、口より体を動かせ、バカ。
まともに人とも話せないお前が一丁前のことを偉そうに言うんじゃないよ、この野郎。
一人だけ楽して世間、人生の高みの見物か」
私に秘密はない、全て筒抜けになる。他人に私との境界はあるが、私には他人と境界がない。彼等はどんどん入ってきて、私は彼等の誰一人の心にも入って行けない。分かるというのなら、『彼等は恐怖である、憎しみ、嘲り、罵りである』
私はどうして罵られているのか。
私が価値がない人間だからだ、詰まり世の中の何の役にも立ってないからだ。しかしこんなのになるまでは世の中の役に立っていたのか、役に立ってなかった、好き勝手なことをやっていただけだ。
役に立つとか、役に立たないとか、そんなことは想像外であった。
しかし、皆がやっていたことをやっていた、皆が大学に行くから大学に行った、皆が遊んでいたから遊び、皆が勉強していたから勉強した。世間というか社会というかにシンクロしていただけだ。
今では、毎日繰り返される罵りが私を蝕み、唾棄させ、自殺させようと目論んでいる。それに気付かないほど愚鈍ではない。
統合失調症は突如、発症した。
あの日、あの時、あのキャンパスで、私は見ていた。
ごく普通に歩いている自分を、笑っている自分を、皆が私と一緒だった。
よく見ると私も皆もそうだった。
のっぺらぼうだった。
それにも拘わらず笑って、何の憂いもなく嬉しそうだ。
私はその事に怯え戦いた。
違う、何かが違うと思うと、私は居た堪れなくなった。
白昼に黒い稲妻が走り、落雷が耳を劈き、青空がコンクリートのように固まり、無数の亀裂が走り、割れ、風を切りながら何千、何万もの恐塊がヒュルヒュルルーと叫び声を上げて落ちてきたのだ。
統合失調症と私
どんな病気にも楽しいものはない。