Ⅱ アヤタカ 「アヤタカとフレイヤ」
アヤタカとフレイヤ
新入生達への長い学校説明も終わり、自己紹介が始まった。新入生が400体はいて、クラスも何もないので一体ずつは自己紹介できない。なのでアヤタカ達は20分間時間を与えられた。その時間の間に学生達は思い思いに近くの者と交流を深めるのだ。
アヤタカは人見知りである。今は気配を消して静かに立っている。早く時間が過ぎることを願いながら、もう泣きそうになっていた。校長先生は色々な者とぶつかり合い、心を折るかもしれないと言っていたような、そうアヤタカは思った。
「誰か…誰かぶつけてください…じゃないとぶつかる前に心が折れそうで…。」
アヤタカは両手で顔を隠して、小さな声で嘆く。
すると、ふと近くに気配を感じた。アヤタカと同じように独りでいる。しかしアヤタカのように縮こまっておらず、冷めた目で辺りを静観している一体の生徒だ。
そして整い過ぎているほどの美貌を持っていた。濃い茶色の髪は短く、瞳はアメジストのような色。目は切れ長で、横顔もかなり美しい。気品と気高さを感じさせる女性に見え、周りの男子学生はお近づきになりたくとも所詮手の届かない高嶺の花だ、とせめてその美しい姿を拝ませてもらっていた。
本人はその男子学生達に一瞥もくれず、すまし顔で腕を組み、壁に寄りかかっている。アヤタカは男子学生の遠慮もつゆしらず、無謀にもその美しい少女に話しかけた。
「えーっと…どうも。」
アヤタカはへらっと笑い軽く会釈をした。それを高嶺の花は横目でちらりと見ただけだ。そして周りの男子学生からもアヤタカは苛つくような視線を投げられた。それに気が付かないアヤタカは構わず話しかける。
「えーっとおれは、アヤ…サイオウ。君は…あっ!フレイヤちゃんっていうのか!」
「私は男だ!!!」
美しい若者はきっ!と眉を吊り上げて、自分の性別を明らかにした。
それと同時に、ぼぼぼぼぼっ!と教室中のロウソクにピンクの炎が灯る。先生のかつらにも火が灯る。これは炎の子供である、フレイヤの怒りのパワーによる炎だった。かつらにまで灯った理由は、本人にしか分からない。
アヤタカはあまりのことに驚き、言い返した。
「えっ…男!?その顔で!?唇とかなんか塗ってるだろピンクだもん!」
「これは自前だ!!」
「じゃあなんで『私』って言うんだよ紛らわしいだろ!」
「親にそう言わされてきたんだ!!」
「なんで先生のヅラに火をつけた!?」
「それはっ…うぅ…っ。」
その質問を境にフレイヤは黙りこくった。
目は何かに動揺しているようだ。しかしため息をひとつすると、またあの冷たい目に戻っていた。そしてその目には、近づいてくるなという拒絶の色がある。
彼は身を翻してどこかへ行こうとする。アヤタカはさっとフレイヤの前に立ちはだかった。
無視をして離れようとするフレイヤに、アヤタカは思わず口を開いた。
「待てって!…なぁ、失礼な間違いしてごめん…。本当悪気はなくて、ただ仲良くなりたかっただけでさ…。」
フレイヤが氷のような顔でアヤタカを見据える。
「…よく言う…。」
憎々しげに彼は呟いた。
「馴れ合うために、みっともなく尻尾を振ってみせるのか。言っておくが私はお前に言われたことが気に入らないんじゃない。一生懸命に機嫌をとるお前が気に入らないんだ。」
フレイヤはアヤタカを、そして周りにいる全ての者へ軽蔑した視線を向けた。最後に氷のような視線をアヤタカに刺し、そのままどこかへ消えていった。
その後二十分の終了を告げるベルが鳴り、また元のように整列させられた。
かつらを燃やされた先生が泣いている。言葉の暴力を受けたアヤタカがふさぎこんでいる。美しい少女が男だと知った学生が嘆いている。
次は軽い模擬授業を受けてからの、先輩たち主催の新入生歓迎会だ。
アヤタカにはまだ、尻尾を振る元気はあるのだろうか。
Ⅱ アヤタカ 「アヤタカとフレイヤ」