ユーリ
ユーリとキリ
「キリ、行きますよー」
いつものように、階段を下りながら僕はキリを探した。
「また穴掘ってるんですかー?置いていきますよー」
庭にはいないようだ。
それから、キッチンにも。
「おやユーリ君、おでかけかい」
「岬の一軒家から電話があって、これから往診してきます」
「留守は俺様に任せておいてくれ。ああ、キリ君はきっともう外だよ」
そう言う彼はルートといって、居候もといルームシェアをしている銀行員の男性。
キリというのは、
「ユーリー!キリ、ここー!」
そう、外で手を振っている軍隊出身の男性。
そして僕、ユーリ=ソレイユは外科医のはぐれもの、といってもいい。
元々、そういう人間だったから。
「おっそいよう、キリ、待っちゃったよ」
「珍しいですね、キリが外で待ってるなんて」
「さっきね、穴掘ってたら、こんなの出てきたの」
通りで、と僕は肩をすくめた。
「金貨、ですね」
「まだまだいっぱいあったよ!ユーリが欲しいの、これ?」
「いえ、違います」
「だよね!」
鼻の頭が真っ黒である。おまけに額も、軍服も全部真っ黒だ。
「キリ、着替えてきなさい」
「はーい」
そう、僕たちは一軒家に住まう、職業も年齢も似つかわしくない3人だ。
こんな僕たちだからこそ、ここにいる。
とりあえず、僕はキリと岬の一軒家へ。
さあ、往診にでかけよう。
ユーリとキリとルート
「でね、キリ、頑張って掘ったの、そしたらキラキラして綺麗なの出てきたの」
帰りの車中で助手席の僕にそう語りかけてくるのは、運転しか取り柄のない軍人キリである。
「危ないから前を見てください」
「うん」
僕らの話をするのは至極簡単なことで、難しいことになる。
これから先、おいおい話していければいいと思う。
まずは、僕の話をしよう。
僕は外見からすると、少年に見えるかも知れない。
歳はこの体になってから数年、ちょうど14歳くらいになるだろうか。
体が成長することはないから、永遠の14歳となる。
この体になって、と言ったが、これにはワケがある。
そもそも、僕らの世界には3大医者という制度があり、3人の医者が世界的に支持されている。
そのうちの1人が僕であり、他の2人はこれまたおいおいと。
人間で言えばもう僕はゆうに100歳を超えている。
ただ、死ぬことを許されない。
永遠に、可能な限り生きなければならないのだ。
そのために、体を何回か替える必要があった。
その時希に脳死のクライアントが候補者に挙げられ、条件が合致するとすぐ「脳移植」が行われてきた。
この体は3回目の人生になる。
人間にとってタブーと言われることが、こうして秘密裏に行われているのは不思議なことじゃない。
むしろ、後継者が現れるまでの代替であるならば、僕は一向に構わないのだ。
いずれ僕も亡くなるだろう。その前に、次の人間を探せば、僕は死ねるのだ。
そしてもうお気づきかもしれないが、キリもまたその世界の恩恵を受けた人間である。
僕が前に往診した屋敷の住人が、キリである。
キリもまた、「脳移植」をした人間で、その時ちょうどクライアントが現れ、今の軍人姿のキリが生まれた。
特技は穴を掘ること、車を運転すること。これだけである。
体に染み込んだのがこの二つの特技であり、完璧なまでに髪型や軍服を着こなすのもルーティンと言える、
ただその背格好に似合わない幼稚さが、彼の年頃を示している。
話を戻そう。
「で、キリはその金貨をどう思ったんですか」
「うん、キラキラしてきれいだなあって思ったよ!でも、もうこれで何度目かなあ」
「また彼ですね」
「うん、ルートの仕業だね!」
ルートというのは先ほど紹介した、ルームシェアの銀行員の男性である。
きれいな銀髪と端正な容姿で、常に女性の匂いがプンプンする…と言いたいところだが、
彼にはいっこうにそのような話が出ない。
怪しい、とキリがつけて行ったことがあるが、本当に女性の話がないようなのだ。
僕には関係のない話だが、僕からするとそこそこの年齢だと思うし、確か32歳だったはずだ。
「放っておけない人間がいるんだよ」
そう言っていた時もあった。
夜も出かけていくこともあったし、同じ屋根の下に住んでいるのに、ここまで身元不明なのは不思議な話だ。
「でもルートは何でキラキラをもらってきて埋めるのかな」
「キリ、あれはもらっているわけじゃなく、盗んでいるんですよ」
「うん、でもあんなのなくたっていいのにねえ」
「いや、大抵の人間はあれをすごく欲しがっているんですよ」
「そうなのお?キリはいらないけどなあ。前にからすが欲しいって言ってたっけ!」
「からすはキラキラが好きですからね」
ルートがもし、本当に銀行から莫大な量の金貨を盗んでいるんだとすれば。
新聞やテレビで騒がれてもいいと思うのだが、それがない。
むしろ、その度に募金でもしているのかと思っても、それもない。
使途不明金とはよく言ったものだ。
「とりあえず帰りましょう、ルートに話を聞きます」
「アイアイサー」
ルートとヴィッヒ
簡単な仕組みである。
俺様がどんなことをしてでも守りたい、手に入れたい、それが理由だ。
銀行員である俺様がまるで「ネズミ小僧」がごとく?
まさか、と俺様は肩をすくめることができる。
「この金貨に俺様の指紋は付いていない」
と説明したところで、ユーリ君もキリ君も理解してはくれないだろう。
では、何のために。誰がために。
簡単な仕組みである。
守りたいもの、手に入れたいもの、そのもののためだ。
金貨を盗むのは至極簡単なことだが、運搬に不便である。
本来なら小切手を何枚か重ねておけば額は同じはずだ。
それでも、現金にこだわる理由は、
彼だ。
ーーーーー
簡単な仕組みだ。
どうやっても捕まえられない。
手を伸ばしてその頬に触れることができるくせに、
その正体までもは暴ききれずにいる。
俺はペッとタバコを吐き出して、思わず天を仰いだ。
「またやられた、くそ」
俺はヴィッヒ、この州の刑事だ。
主に怪盗野郎の追っかけもとい、逮捕を目指している。
毎週金曜の夜、俺は仕事帰りにバーに寄るのだが、そこで彼に出逢った。
「刑事さん、でしょう?」
「ん?」
「知ってますよ、どうもよろしく、俺様は銀行員をしているルートといいます」
「ああ、銀行員?随分遅くまでうろついて危ないぞ」
「大丈夫です、怪我をしても家で手当してくれる主治医がいますから」
「へえ、家に医者がいんの?」
「外科医ですよ、天才的な」
「もしかして、ユーリ=ソレイユ先生か」
「ええ、ルームシェアさせてもらってます」
へえ、と俺はグラスを傾けた。
彼、ルートは銀髪でその容姿は美しい。
きっと女性にモテるであろうな、と俺は思った。
「今度は美術館でしょうね」
「ん?」
「怪盗の話ですよ。どうやら彼はあなたの気を引きたいらしい」
「そうだな、予告状こそはなけれど、あいつは典型的な、古典的な盗みをする」
「羨ましいなあ、俺様はそういう生き方に憧れますよ」
「そりゃそうだ、銀行員は平和な生き物だからな」
よく見ると彼は酔っていない。
金曜の夜に?
俺の方は、今週はもう非番ということでしっかりと酔い始めている。
「ガトーショコラの夕焼け、名画ですね」
「え?」
「ん?」
「何で、お前が知ってるんだ?まだ秘蔵の話だぞ、その名画が来ることは」
「そうやって、いつまで気がつかないでいるつもりですか」
「…お前、もしかして」
「ようやく気が付いてくれましたね、ヴィッヒ君」
名乗って、ないのに?
「残念ながら今夜はやめにしようか、怪盗ルート様を」
「お前、なのか…ッ?本当にお前が怪盗なのか!」
「覚えておいてくれよな、兄弟」
タンタン、と俺の肩を叩いてそいつ、ルートが席を立つ。
慌ててその方を向くと、もうそこには誰もいなかった。
「くそッ…!何でこんな時に!」
酔いは覚めたというのに、足元がおぼつかない。
刑事失格だ、俺。
ーーーーー
「というわけなんだ、残念ながら」
家に帰ってすぐに俺様はふたりに打ち明けた。
「やめることはできないんだ」
「どうして、どうしてルートが街灯なの!」
「キリ君、怪盗だよ」
「うん、怪盗なの!」
往診から帰っていたふたりは、もう寝るだけという格好をしている。
「まあ、ルートのしたいことには口出しはできないよ、僕たちはね」
ユーリ君はあくびをしながら微笑んだ。
「僕も、キリも、それと同じくらいのタブーを犯しているからね。でも、
どうしてそこまで彼、ヴィッヒにこだわるんだい」
「ああ、そうだった」
俺様は頭を掻いた。
「その、俺様はお兄ちゃんなんだよ」
「え!」
「ふたりには話しておこうかなと思ってたんだ。俺様と彼は生き別れた兄弟で、
生まれてすぐに引き離されてね。よくできた双子で、俺様は銀髪、彼は金髪ってなくらいに、
いろんなことが正反対なのだ。だから性格ももちろん違うし、双子らしいことは何もない。
二卵性双生児だから顔も似ていないしね」
ユーリ君もキリ君もあっけにとられて声を出せないでいる。
それをいいことに、俺様はグダグダと話を続けた。
「いつかは彼に気付いてもらいたいんだ。俺様だけこの真相を知っているなんて嘘みたいだろう?」
「うん」
「そうだね」
「ゆくゆくはこの家で4人で暮らせたらいいんだけどさ」
「うん!みんな一緒のほうが楽しいもんね、ユーリ!」
「僕も構いはしないけど、向こうが嫌なんじゃないのかい?」
「それを探り中です。」
俺様は上着を脱いで椅子に腰掛けた。
「とりあえず美術館に行かないとね。そういうわけで、おやすみ、二人共」
「おやすみー」
「盗みを黙認するのはどうかと思うけれど、それもまた、事件なんだから仕方がないね」
おやすみ、とふたりは部屋に帰っていく。
そこで、俺様ははあっと息を吐いた。
「は、話せた…!」
いつかは話せる時がくると思っていたが、まさか今日とは。
でも、これで自分の行動に自信が持てる。
弟に気づいて欲しくて、怪盗と刑事として関わってきたなんて。
なんて馬鹿げた話だろう。
でも。
俺様はマフラーを巻いて天を仰いだ。
「見つけてくれると思ってたんだよ、…ヴィッヒ」
ユーリ