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線の上に立った。ここからずーっと真っ直ぐに歩いたら、私はどこに行くだろう。
冬になりかけている早朝のコンクリートはいささか冷た過ぎて、私の足はもう半分くらい感覚を失ってしまっていた。
***
ふと思う。私は人生という道をどこに向かって歩いているのだろうって。
「今を生きていたら、自然に未来は来るのよ」
私の大っ嫌いな担任の小保方はそう言っていた。50を過ぎた、家庭科の教師。
「あなたはまだ14歳。だけど油断しちゃだめ。未来は私たちの知らないところから突然現れて、そして姿も見せずに消えていくの。……残るのは顔のシワくらいなんだから」
私はそれに納得がいかない。私は未来に生かされているんじゃない、私が今とそして未来も生きているんだ。
「分かるわ。私もあなたくらいの時には、自分が世界の中心に立っていると思ってたの。私は私としてしか生きられないから、私が私として生きるなら、世界の中心だと思うことは間違いじゃないわ。だけどね、世界はあなたを中心だなんて思ってないのよ。数多いる生物の……、ううん、生きていないものであったとしても、それら全てを世界は相手になんかしていない。世界の中心は世界なのよ、分かる?」
私は首を縦にも横にも振らなかった。ただその姿勢で、小保方を凝視する。小保方も私を見ていた。そして言葉を続けた。
「あなたが自分を世界の中心だと思うように、世界にとっても自分が世界の中心だと思うことは当たり前のことなのよ。それは不変なの。絶対的なものなの」
小保方は、自分で自分の言っていることを納得するように、一度小さく頷いた。
私は自分を世界の中心だなんて思ってない。私はただ、私の人生を私らしく生きているだけなのに。
「あなたは、あなたらしく?」
そう。
「あなたらしいっていうのは、どういうことなのかしらね」
小保方のシワがいつもより深く見えた。そしてそれを言われた時、私は小保方に対して強い憎悪の念を抱いた。
「あなたはただあなたの人生を生きているだけだって思うかもしれないけど、それは無意識の中で、全て摂理に従った生き方でしかないのよ。例えば、あなたは今日学校に来ているわね?なんで来ているの?」
そんなこと考えたことない。私はただ学校というものが存在し、そういう風習があり、そういう”コト”だと思っているから来ているだけだ。
「そうね、その通りだわ。それが摂理よ。……あなたがもし仮病で学校を休んだとするでしょ?仮病よ、仮病。ちょっと行くのが面倒だったから嘘をついて学校を休んだとするわ。でも、その日は……これは過程の話だけど、あなたが生徒会長だったとしてね、その日は全校での生徒会集会があったとする。それであなたはそれを元々知ってたのね。でもあなたが休んだことによって、副生徒会長が代わりにその集会を取り仕切らなくてはいけなくなったとする。もちろん、昨日まで元気に来ていた人が急に来なくなるから、その服生徒会長は準備なんて全然していなかった。朝からてんやわんやでそれはもう大変な一日を送ったの」
私は小保方の話の中に入って、静かに呼吸をしているだけだった。
「そんな日にあなたは仮病で休んだの。ちょっと面倒だからって理由でね。その時あなたはどう思う?」
私は、そんな重大な日に仮病で休んだりなんかしない。
「言ったでしょ、これは仮定の話なの」
たぶん、悪いなって思うかもしれない。
「そうね、それが普通。それが倫理ってものよ。でも、なんでそんな風に思うのかしらね」
だって、生徒会長としての責任があるから。
「責任?なんで生徒会長は責任を負わなくてはいけないの?あなたがあなたらしく生きている、あなたが世界の中心であるなら、あなたはその”悪いな”って感情だって不必要なはずよ」
私は黙った。そして少しだけ俯いた。
「だから、皆生かされているだけなの。この大きな世界とやらにね。あなただけに教えてあげる。……これが大人になるための最初の一歩よ」
***
私は線の上に立った。
足は冷たく、吐く息も白い。この白線を歩いていったらどこに行こうがそんなのどうだっていいことなのだけど、私はそこに立たずにはいられなかったし、その先へ歩いていくべきだと思った。
私は白線の上を、白線に沿って真っ直ぐに、ゆっくりと、歩いていった。
私が生かされているって言うんなら、私は世界に挑戦上を送りつける。私がこの先どうするのか、世界であるあなたには分かるんでしょ?
だったら……!……当ててみてよ!
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