旧作(2015年完)TOKIの庶民記『女神達の奮闘記?』
TOKIシリーズですが本編とは何の関係もない短編です。
海外の神が日本に遊びに来たときに取材をするグループがあった。
来訪神として日本の神になった蛭子神の娘エビスとどこかの国で出会いの神と言われている無名の神、レールが日本に来た外国神を取材する!
それを天界通信として日本の神々に発信しようとするが……
運命の女神緊急来日!
日本の神々は世界の神々についても知りたがり。世界の神々も日本にはよく遊びに来ると言う。しかし、お忍びで来たり、バカンスできたりなどなのでほとんどがいつ来たのか知られずにいる。
日本に住む神々に向けての情報誌、天界通信ではその緊急来日の記事を書くため、ある二神組が動いていた。
黒い長い髪にキリッとした瞳、頭に緑の布のようなものを被っている女性、蛭子神(ひるこしん)、エビスはパソコンに向かい、天気を調べていた。
「……えー、本日の天気は晴れ。レール!スケジュールは!」
黒髪の女性、エビスはとなりでスケジュール帳片手に唸っている金髪の女性を仰いだ。
「エビちゃん……ノルン三姉妹がまた場所を移動したよ~。」
金髪の外国神、レールはスケジュール帳に目を落としながらエビスに答えた。
「マジ?晴れてるからあっちこっち観光に行くなあ……。次の予想地点はどこ?」
「次の予想地点は七夕祭り……今の場所から近い、海の近くの神社付近で行われる祭りに参加する様子だね~。」
レールはどこかの国で出会いの神としてあがめられている名もない神である。レールが持っているスケジュール帳はレールが念じる事で会いたい者の先回りができると言う能力をもっていた。今のターゲットはお忍び来日している運命神ノルン三姉妹だった。
ちなみに黒髪の女性、エビスは新しい文化は海から来るとの事で来訪神として祭られていた蛭子神の係累であった。エビスとレールは仕事仲間で大人気である『天界通信』の〈ようこそ!外国神!〉という部分の記事を担当していた。
高天原の四大勢力を担う神々にも読まれる天界通信に失敗という文字はなかった。故にエビスもレールも真剣に取り組んでいた。
「予想ハズレないね?じゃあ、先回りするか!」
エビスは着物を正すと元気よく立ち上がった。ここは高天原南にある天界通信本部である。造りは和風だがパソコンなどの機器は最新であった。
「エビちゃん、これは予想だからね~?間違えたらごめんね~。」
「ちょっと……しっかりしてよ……。」
エビスはレールの言葉にため息をついた。レールは女子の学生服のような格好で短くしたスカートを揺らしながらエビスに微笑んだ。
「日本の学生服ってかわいいね~。気に入ったから買っちゃったよ~。」
「このノリ……。なんか一歩抜けてて脱力するんだわ……。現世で取材終わったら遊びに行こうね?それでいい?おーけぇ?」
「OK!OK~!」
エビスとレールはノルン三姉妹を追うべく、和風の部屋から出て行った。
二神は神々の使いである鶴を呼び、五羽の鶴が引いている駕籠に乗り込んだ。鶴はエビスとレールを乗せると元気よく空へ舞いあがった。
「ふぃ~、なんか日本もいいね~。仕事は忙しいけどなんだか頑張ってるって感じするし~。まあ、単体の仕事が終わったら自国に戻るけど~。」
レールは優雅に空を飛ぶ駕籠の中でエビスにのほほんとした顔を向けた。
「皆勘違いしてるかもだけど、私、エビスは七福神だけど唯一の日本神なのよ。インド神でも中国神でもないの。海外だと高天原は天界で神の使いは天使のとこもあるんでしょ。」
エビスはふふんと軽く笑うと駕籠についている窓から外を眺めた。
「そうそう~。まあ、場所によるけどね~。エビちゃんは高天原と他の天界を繋ぐ迎える神、来訪神なんでしょ~?仕事大変なのに天界通信なんてよくやってられるね~。」
レールはニコリと微笑み、持参したチョコレートバーをかじる。
「まあ、外交をやっているから誰が日本に来たかわかるんだけどね。って、あんた、仕事中にチョコバーなんてかじってんじゃないよ!」
エビスは腕と足を組むと不機嫌そうにため息をついた。
「おいしいよ~?食べる~?日本のはあんまり甘くないんだね~。まあ、これもありかな~。」
レールはチョコレートバーを全部口入れ、おいしそうに咀嚼した。
「食べる?って聞いておいて全部食べやがった……。」
「あ、ごめん~。思わず食べちゃったよ~。」
「……はあ……。」
レールのきょとんとした顔にエビスは再び深いため息をついた。駕籠は高天原の身分証明、認証ゲートを通り過ぎ、現世へとたどり着いた。
夏の太陽がキラキラと輝く海辺でレールとエビスは駕籠から降りた。
「いやー、去年はこの辺かなり暑かったけど、今年は涼しいんだね。眼前に輝く海!きもちぃ!」
エビスは目の前に広がる海に大きく伸びをした。ここは海が近くにある田舎町。この周辺で今日は七夕祭りが開催されていた。午後の八時には花火が上がるようだ。
この浜辺で行うようで人々の陣取りがもうすでに始まっていた。
「もう場所取りしてるの~?はやいね~。」
レールはクスクス笑いながら人々を避けて歩き出す。エビスも後に続いた。彼女達は人間には見えない神だ。中には人間の目に映る神もいるようだがその神々は人間のフリをして人々の世界に紛れ込んでいる様子だ。
「ここの近くにある神社は天導神(あめのみちびきのかみ)、運命神が住んでいる神社みたいだね。だからノルン三姉妹が来たのか?」
「ん~……たまたまみたいだね~。」
エビスとレールは砂浜から道路への石段を登り、とりあえず運命神の神社を目指し歩き出した。
「階段長っ……。」
エビスは神社への階段を登りながらぼやいた。
「あ~かき氷~。食べたいけど買えないし~。」
レールは残念そうな顔をしながら目の前の鳥居を一礼してから潜った。
「で……ノルン姉妹はいそう?」
「……わからない~。」
「ちょっとしっかりしてよー。」
エビスがきょろきょろとあたりを見回す。神社内は沢山の人が列をなしておみくじを引いていた。ここの神社のおみくじは良い事も悪い事も容赦なく当たると評判の神社でひそかに人気を集めていた。
「繁盛しすぎて全然見つかんない……。ん?」
エビスは神社内の社付近で三神の神を見つけた。
「エビちゃん~?ノルン三姉妹見つけたの~?」
レールに問われ、エビスは首を横に振った。
「あ……いや、ここの祭神と分校裏に住んでいる稲荷神と地味ななんかの神がなんだか楽しそうに話してただけ。神の運勢も当たるの?ここの神社は……。」
「後で並んでみる~?」
「それよりノルン姉妹を探してよ!」
呑気なレールにエビスは慌てて言葉を発した。
「はいは~い。」
レールは呑気に声を上げるとスケジュール帳をパラパラと開いた。
「やっぱりここにいるみたい~。あっ!」
レールは声を上げ、エビスの腕を突いた。
「え?」
エビスはレールが指差す方向に目を向けた。エビスの瞳に三神の女神が映った。三神ともどこかの絵画から出てきたような女神だった。見た目は可愛らしい少女達だ。女神達は談笑しながらこちらに向かってきていた。
「日本のお祭りも賑やかだねー。紡いじゃっているね!」
などの声が聞こえてくる。
「レール!取材チャンスだよ!」
「お、OK!」
エビスとレールはメモと鉛筆片手に女神達に近寄った。
「ん?君達は……日本の神?」
女神達の真ん中に立っていた目がパッチリの元気そうな少女がエビスとレールに声をかけてきた。
「天界通信の者です。取材に来ました。」
「取材?バカンスなんだけど。」
エビスの言葉に目がパッチリで頭に赤い帽子を被っている少女は首をかしげた。
「えー、まず、お名前をどうぞ~。」
レールは強引に女神達の口を開けさせる。
「な、名前?わ、私はウルズ……。」
赤い帽子のぱっちり目の少女は戸惑いながら答えた。
「はい。次~。」
レールはウルズと名乗った少女の横にいる黒い服に白い布をかぶっている少女に目を向ける。
「わ、わたし?私はヴェルダンディですよ?」
黒服の少女、ヴェルダンディはウルズの横にいるもう一神の少女の脇腹をつつく。よくわからないがお前も自己紹介しろとつついて教えたようだ。
「えー、何コレー?名前?私はスクルトだけどぉ?」
ウルズの横にいたもう一神の少女は額を大きく出し、癖のある短い髪を後ろで流しているお転婆な感じの少女だった。名をスクルトと言うらしい。
「運命神ノルン三姉妹でいいですか?」
「……?え?はい。」
エビスの問いかけに三神は戸惑いながら答えた。
「ここで会ったのも何かの縁。インタビューに協力ください。」
エビスとレールは彼女達を追ってここに来たがたまたま会ったという風にした。
「縁といえば……運命。私達は皆、何かと繋がっているのです。運命は繋がっているものを紡ぐものです。」
ヴェルダンディがノリノリでインタビューに参加してきた。
「あー、ヴェル姉がノリノリだぁ!」
スクルトがいたずらっ子のような笑みを浮かべ、笑う。その隣でウルズが静かに口を開いた。
「私達は必ず大きな流れの中にいるわ。幸も不幸も運命も奇跡も皆大きな流れ。私達はその流れの中で運命の糸を紡ぐの。それが仕事……あれ?」
ウルズが自身の両掌を見て首を傾げた。
「ウル姉?どうしたよ?」
三女スクルトが蒼白のウルズを心配そうに眺め、声を発した。
「今日、少しだけ持って来た運命の糸がなくなった!」
「えーっ!」
ウルズの言葉にスクルトは大げさに声を上げて驚いた。
「ウル姉様……どこに落としてきたのですか?」
「お、落としてないと思うけど……。」
ヴェルダンディの鋭い睨みにウルズは肩を落とした。
「とりあえず探しましょう。」
「ええ。……あ、取材はいったん中止で。」
ヴェルダンディに頷いたウルズはエビス達に手を合わせてあやまった。
「ああ、いえ。一緒に探しますよ!」
「はい~。探します~。」
エビスとレールは深刻な顔をしているウルズに笑顔で答えた。
「でも悪いわ。」
「いいんですよ。暇ですから。」
ウルズの言葉にエビスはにこやかに頷いた。
「そ、そう?じゃあ、よろしく頼むわ。」
ウルズはエビスの笑顔に押され、小さく頷いた。
とりあえずエビスとレールとノルン三姉妹は神社内を歩き回る事にした。ウルズが言うには運命の糸は金色に輝いているそうだ。しばらく探し、神社の裏参道に入った時、ほとんど人がいない裏参道で男女が話し込んでいた。
「あっ!」
スクルトが突然声を上げた。
「何?」
ウルズもスクルトが見ている方向に目を向ける。
「あっ……。」
裏参道で話し込んでいる二十代半ばくらいの男女の手に金色の糸が巻きついていた。
「あれだ!間違いない!私、ちょっと切ってくる!」
スクルトが走り出そうとした刹那、ヴェルダンディが止めた。
「落ち着きなさい。運命の糸をそう簡単に切ってはいけません。」
「そっか。」
スクルトが押し留まった時、男女の声が静かに耳に入って来た。
「俺、高橋さんに昔ひどい事をした三鷹隆一(みたか りゅういち)です。しょ、小学校の時です……。あの……ごめんなさい……。」
男は弱々しく口を動かしながら前に立つ高橋さんという女性にあやまっていた。
「これはなんて運命なの……。もうあなたとは口も利きたくない!顔も見たくない!近寄らないで!いじめられてた事……思い出したくないの!」
女は男を突き放すように叫んだ。
「そ、そうですか……。当然です。引き留めてしまってごめんなさい。」
男は女と話したそうだったが女の態度を見て、無理強いはしなかった。男はそのまま背を向けると神社方面へ歩き去って行った。
「……あ……。」
女は小学校の時から会っていないほぼ初対面の男に対し、少し言い過ぎたかと戸惑った表情を男の背にぶつけていた。
金色の糸は切れる事無く、男が姿を消してもまだ繋がっていた。
女には金色の糸が見えていないようだった。少し落ち込んだ顔で裏参道にあるベンチに腰を下ろした。
「運命の糸からあの人達の過去が見えるわ。」
ウルズは過去を紡ぐ神でもあった。金色の糸から彼女達の過去を浮かび上がらせたようだ。
「小学生の頃、あの男の子グループにいじめられ自殺を実行。しかし、未遂に終わったようね。それから彼女は転校。あの男との接点はなくなったわけ。」
ウルズの言葉に続き、ヴェルダンディが話し出す。
「現在の感情を読み取りますと、彼は謝罪に来たのにこんなふうに突き放していいのかと迷っているようです。」
「彼はとてもいい人みたいだよー。あの女の人にひどい事したのをずっと引きずっているみたい。あの女の人にそれを気付いてほしいな。」
スクルトは少し落ち込んでいた。
「レール!」
隣にいたエビスは突然レールの名を呼んだ。
「え~?何?」
レールはきょとんとした顔をエビスに向けた。
「レール、あんた、出会いの神なんでしょ。元は猫なんでしょ?猫になってあの女の人を男に出会わせてあげなよ。」
「え~、そんなにうまくいくかな~?」
自信なさそうなレールにエビスはポンポンと肩を叩いた。
「やってみないとわかんないでしょ。ほら、人助け!」
「OK~。やってみる~。」
レールは複雑な表情を浮かべながら白い猫に変身した。
「これであんたは人に見えるようになる。」
「……にゃ~。」
猫になったレールは一声鳴くと女の元へと走って行った。レールの国では白猫を神として祭っていた。故にレールも白猫になれる。
「これでうまくいったらインタビュー受けてね。」
エビスはノルン三姉妹に微笑んだ。
「わ、わかったわ。」
ウルズはため息交じりに答えた。
白猫になったレールは慣れた手つきで高橋さんと呼ばれた女の膝にちょこんと乗った。
「えっ?猫?」
女は驚いた。
「……レール……いきなり膝に乗ったよ……。なれてやがるな。」
エビスは不安げにレールを見つめていた。エビスもノルン姉妹も人間の目には映らない。ので、堂々とベンチの前にいた。
「にゃあ~。」
レールは一声鳴くと女を見つめた。レールの顔を見た女は表情を柔らかくし、そっとレールを撫でた。
レールは黙って女を見上げていた。女はだんだんと猫のレールと打ち解けて小さく言葉を話すようになった。おそらく猫に話してもしょうがないと思っているのだが話す人がほしかったようだった。
「あのね……。」
女はレールを撫でながら言葉を発する。
「私、昔いじめられてた男の子に突然会ったの。もうお互い……いい大人なのにあの時の事を引きずってあやまりに来た彼に酷い言葉をかけてしまった。話くらい聞いてあげても良かったかなって今、思っているの。でも……。」
女がそこまで言った時、レールは突然、女の膝から飛び降りた。
「猫ちゃん?」
「にゃあ~。」
レールは女をじっと見つめるとついてくるように合図をしていた。
「猫ちゃん……ちょっと待って!」
女は追うはずのなかった猫を追いかけて立ち上がった。何故だかこの白い猫を追いかけずにはいられなかった。
白い猫、レールは突然に走り出し、女を誘導しはじめた。
「レールの奴、どこへ……。」
猫を追いかけエビス達も走る。横でヴェルダンディが声を上げた。
「なるほど。彼女は出会いの神、ああやって人と人を出会わせるのですね。」
「それにしても足速い!追いつけないよ!」
ヴェルダンディのさらに横で息を上げているスクルトは情けない顔で叫んでいた。
「神社の階段を降りて行ったわ!」
ウルズは沢山の人をかわしながら鳥居をくぐった。階段を降りるとレールはまた「にゃあ」と鳴き声を上げ、立ち止った。あたりは沢山の屋台が並ぶ、祭りの道のど真ん中だった。
「ね……猫ちゃん……?」
女はレールの目線の先を見た。目線の先に先程会ったあの男が見知らぬ女の子にやきそばを買ってやっていた。男の顔は優しさで満ち溢れており、女はしばらく男の顔を眺めていた。
「あの人……あんな優しい顔ができるのね。」
女は呆然とそんな言葉を口にしていた。
「ん?あの男の人の横にいる女、さっき神社内で見た、地味な神。あの神は人間にみえるのか。なにやきそばねだってんだよ……。」
エビスは呆れた顔でやきそばをもらう女の子を見つめていた。その女の子の横ではこの神社の祭神である運命神と少女姿の稲荷神が楽しそうにしていた。
「あちらの日本の神々は男の人の方の手助けをしているようですね。」
「ええ?あれ、やきそばねだっているだけじゃない?ほら、今度は枝豆をねだっている。」
ヴェルダンディの言葉にエビスはため息をついて答えた。
女はレールが行くままについていっている。男をひそかに見守っていた。男は見られているとも知らずに一緒にいる地味な少女に優しげに微笑みながら枝豆を渡していた。
女はしばらく男を見守っている内にだんだんとその男に興味がわいてきた。
「あのとなりの女の子、誰かはわからないけど三鷹君の友達なのかな?あの笑顔を見ているとまるで別人ね……。あの人も大人になったのかな。なんで私をいじめたんだろう……。」
女の頭には色々な疑問が浮かんだ。
「もう一度……あの人と話したい。」
女は頷くと暗くなってきている空をそっと仰いだ。
しばらく屋台のものを買い込んでいた男はそれを全部女の子に渡し、海が見えるコンクリート塀の上に腰かけた。浜辺は花火を見る客でごったかえしている。とてもじゃないが浜辺には入れなかった。男は砂浜へ続くコンクリート塀の上で花火を観賞するようだった。
隣にいた地味な神の女の子はさらに隣に座っている少女の稲荷神に買ってもらった物を全部渡していた。
「あいつが食べるんかい!」
エビスは喜んでいる稲荷神にビシッとツッコミをいれた。人に見えない神が持った物は人に見えなくなる。男は不思議そうに地味な女の子を見ていた。人に見えない神である稲荷神に食べ物が全部いってしまったからだ。突然、買った物がなくなり、男は動揺していた。
そのすぐ後に高橋さんと呼ばれた女が男に声をかけた。
「うーん。なんて言っているか聞き取れないな……。」
エビスは遠くから見守る事にしたが男女の会話は聞き取れなかった。
「ふう……こんなもんかな~。」
ふとエビスの目の前にレールが現れた。
「うわっ!あんた、いきなり現れんじゃない!びっくりした。」
「ごめ~ん。」
レールは微笑んだままエビスに手を合わせた。
「運命の糸は繋がったわね。うん。」
ウルズはどこか満足げに頷いていた。
「紡いじゃってるねー!」
スクルトはどこか楽しそうだった。
「会話まったく聞こえないし、どう転ぶかわからないのになんでそんなに楽観的?」
エビスはウルズとスクルトを不安げに見据えた。
「心配ありません。私達にはもう運命が見えました。」
ヴェルダンディがクスクスと小さく笑った。
「……?」
エビスが訝しげな顔で三神を見ていると男が大きな声で突然叫んだ。
「……あ、あなたの事が好きだったから……です。はじめは振り向いてほしくてちょっかいを出していました。あなたと話せるきっかけができてちょっと浮かれていたんです。そうしたら俺の友達があなたをいじめだして俺はあなたを好きだという事を悟られたくなかったからあなたをいじめていました。小学生の浅はかな考えです。あなたが首をつったって聞いた時、俺……もう……どうしたらいいか……。」
男のすすり泣く声が聞こえてきた。
女はなんで自分をいじめたのかを聞いたようだった。
「な、なるほど……。」
エビスは三神に引きつった顔を向けた。
男はまた何かを叫んでいた。
「高橋さん。俺は今でも高橋さんの事が好きだ。俺はもう大人だからあんな馬鹿な事はしない。堂々と言う。俺は高橋さんの事が好きだ。」
男の真剣な声と女の笑い声が重なり合ってエビスに届いた。
「あの人、恥ずかしくないのかな。ここまでまる聞こえだけど。」
「なんかよくわからないけど~、いじめがきっかけてあの男の人は改心したんだね~。人間はいきなり成長するからさ~よくわからないよね~。エビちゃん。」
レールはエビスの肩を叩きながら微笑んだ。
「あの人達、うまくいくかな?」
「さあね~。」
二神が会話をしていると夜空に大きな花火が上がった。
「わあ……花火だよ!」
スクルトは夜空に咲く花に目を輝かせ、ウルズとヴェルダンディをつついていた。
「やっぱり日本の夏は花火よね!紡いじゃっているよね。」
「ええ、紡いでますね!」
ウルズとヴェルダンディも空を見上げ、楽しそうに笑った。
「ところで……。」
エビスが楽しそうにしている三神に小さく声をかけた。
「はい?」
三神はエビスの方を向くと首を傾げた。
「大切な事を忘れていませんか?」
「ん?」
「取材です!しゅざーい!」
エビスはビシッと言い放った。
「レール!ちゃんとメモってね!さっきの運命についてはメモった?」
エビスは今度レールに目を向けた。
「え?え~……してないよ~?」
「じゃあ、もう一回聞く!」
エビスはノルン姉妹の方向に目を動かす。しかし、その場にもうすでにノルン姉妹はいなかった。
「花火見たいから取材はここまでねー!ばいばーい!」
スクルトは遠くの方で手を振り人々の中へと消えて行った。
「では私も日本の夏を満喫するので……。」
ヴェルダンディもスクルトを追い、人々の中へと入って行った。
「また今度会ったら取材受けるわよ!」
ウルズは微笑みながら二神を追い、走り去っていった。
「……あー……くそっ。何のために素敵な笑顔で対応したと思ってるんだ……。」
エビスは紙と鉛筆を持ちながら呆然と立っていた。
「あ、あの……エビちゃん?メモってた言葉あったよ~。」
控えめにレールがエビスにメモを見せた。
そこには『やっぱり日本の夏は花火よね。紡いじゃっているよね。』と書いてあった。
それを見たエビスはため息をつきながら頭を抱えた。
その後、天界通信のようこそ!外国神!の欄にはこう載った。
『運命神ノルン姉妹緊急来日!運命について少々語った後、七夕祭りの花火を観賞。やっぱり日本の夏は花火よね。紡いじゃっているよね。とコメント。』
とだけ書いてあったという。
アヌビス緊急来日!
日本の神々は世界の神々についても知りたがり。世界の神々も日本にはよく遊びに来ると言う。しかし、お忍びで来たり、バカンスできたりなどなのでほとんどがいつ来たのか知られずにいる。
日本に住む神々に向けての情報誌、天界通信ではその緊急来日の記事を書くため、ある二神組が動いていた。
黒い長い髪に生命力が強そうな瞳、頭に緑の布を被っている女、来訪神エビスは隣りで抹茶をおいしそうに飲んでいる外国神、レールを呆れた目で見つめていた。
「レール!アヌビス神はどこにいるの?ほんとは抹茶なんて飲んでる場合じゃないんだからね!」
エビスはレールを急かすがレールは金色の髪を揺らしながらホッと息を漏らしていた。
ここは高天原南にある天界通信本部。休憩室の札がかかっている畳の部屋でレールはのんびりと抹茶を飲んでいた。
「エビちゃ~ん。お抹茶は苦くておいしいね~。」
「そんな事を言っている場合じゃなくてさ……。スケジュール帳、早く出す!」
「はいは~い。」
レールはのほほんとした顔をエビスに向けるとごく普通のスケジュール帳を取り出した。
レールはどこかの国で出会いの神としてあがめられている名もなき神である。今は仕事の為、日本にいるようだ。出会いの神の力は相当なものでレールがスケジュール帳を開くと会いたい者が今、どこにいるのかがわかる。
「ふんふ~ん。アヌビス神は山の中の小さな墓地にいるみたいだね~。」
「墓地……。」
「そうそう~。というか、エビちゃん。エビちゃんって英語話せるの~?」
レールの呑気な発言にエビスは頭を抱えた。
「え?何?いきなり。英語?まさか、アヌビス神って英語しかしゃべれないとか?」
「あ、いや~、たぶん、そうじゃないけど、英語だったらどこの神にも通じるかな~なんて。私、英語話せないから~エビちゃんなら話せるかな~なんて。」
レールは再び抹茶をこくりと飲む。
「はあ?レールって英語話せないの?」
エビスの困惑した顔にレールは笑顔を向けた。
「うん~。私の国はラトゥー語だからね~。」
「らと……?どこの言葉よ……それ。マイナーすぎてわかんないよ!……じゃあ、そのナントカ語で自己紹介してみなさいよ。」
エビスの問いかけにレールは再び笑顔で頷いた。
「いいよ~。ラナバストゥー・イファルスティ・ラザナル・レール、インディス・イトゥー。ヴェナセス・ウー・ラバレルトゥー・アンヴェス・イトゥー。ラナバストゥー・メルティラ・ラザナル・オルデス・アンヴァス・イトゥー!」
「……。なんて言ったの?伊藤しか聞こえなかったんだけど。なんかよくわかんないけど会った事もない伊藤さんが頭に浮かんだわ。」
エビスが目を丸くしていたのでレールは説明に入った。
「伊藤じゃなくてイトゥーだよ~……。日本語で『です、ます』。私の名前は出会いの神レールです。仕事は外国神の調査です。私のスケジュール帳は会いたい人に必ず出会えます。って言ったの~。」
「なんだか呪文聞いているみたいだった。」
少しむくれているレールにエビスは首を傾げていた。
「それより~、エビちゃんの英語聞きたいな~。」
「え?英語?しょうがないな。ワタシノ、ナーマエハ、エビスデース!ヨロシクネ!……みたいな。」
エビスはノリノリで話したがどう聞いても日本語だった。
「エビちゃん……。……それは日本語ができる外国人だよ~。逆逆~。」
「もういい!私達はノリが大事なコンビでしょ!ジェスチャーとかでも通じるって!行こう!」
「あ、ああ……私の抹茶が~。」
エビスは半ばやけくそになりながらレールの手を握ると休憩室から逃げるように走り去っていった。
二神は慌ててアヌビス神がいるという林の中の墓地にたどり着いた。
現在は六月。雨が降っていて林の中にある墓地は薄暗く、少し不気味だった。
「エビちゃん……。雨降ってるよ~……。濡れるのやだよ~。」
「ああ、あんたは猫の姿が本来だったね。傘貸してあげるよ。もう一本持って来た。」
水がつくのを嫌がるレールにエビスは傘を貸してあげた。ちなみにエビスはもう水玉模様の傘を差していた。
「エビちゃんが持っている傘かわいいね~。あ、これもかわいい~。」
レールは貸してもらった傘を開き、楽しそうに眺めていた。
「高天原産の番傘。軽いでしょ。そして濡れないようにできてるらしいよ。それより、アヌビス神は?」
エビスはレールを急かして場所を探させた。
「え~……この墓地にいると思うけど~。」
薄暗い中で目を凝らすと黒い影と犬の被り物が見えた。
「うっ……!」
エビスは呻いた。薄暗かったのもあり、なんだか異様に映った。
「ん?」
黒に近い肌の男がエビスとレールに気がつき、のそのそと歩いてきた。犬の被り物が迫ってきたのでエビスは怯えていた。
「ぎゃああ!大きな犬がっ!……って、びっくりさせんじゃないわよ!」
エビスは黒い影が近くに寄るにつれて犬の被り物をしている上半身裸の男だという事に気がついた。
「エビちゃんびっくりしすぎ~。彼がアヌビス神だよ~。」
レールがエビスの顔をみて笑っている。肌が異様に黒い男はレールとエビスを見ながらきょとんとした顔を向けていた。
「お前達も神か?」
男、アヌビス神は困惑した顔でエビスとレールに声をかけてきた。
「ソ、ソウ!ワ、ワタシハ、シュザイニキタ!わかる?シュザイ!」
「エビちゃん……それ全部日本語だよ~。アヌビスさん、普通に日本語話してるけど……日本語でいいんじゃないかな~?」
レールがクスクス笑っている横でエビスは顔を真っ赤にして叫んだ。
「わ、わかってるわよ!そんなの!」
「な、なんなのだ?お前達は……。」
アヌビス神は明らかに戸惑っていた。
「ま、まあいいわ!アヌビス神、ここで何をしているのですか?」
エビスは突然取材モードに入った。
「な、何って……雨に打たれながら墓を見ていただけだが……。」
「雨に打たれながら墓を見ているってどういう状態よ……それ。」
アヌビス神の言葉にエビスは返答に困った。
「日本の醍醐味と言えば雨。じめじめした感じが癖になるのだ。」
「そ、そうですか……。なんだかナメクジとかみたいですね……。」
「あ、ところで……この墓なんだが……一体なんと書いてあるのだ?日本語が読めんのだ。」
アヌビス神は大きめの墓の墓石に掘られている文字を指差した。
「え?え~……。」
エビスは文字を読もうとしたが首を傾げた。
「エビちゃん、日本神なのに日本語読めないの~?」
隣でレールも墓石を覗き込む。
「よ、読めるわよ!亡くなった人の名前と亡くなった日付が書いてあるだけ。後は亡くなった先祖の名前も入ってる。きっと家族、親族で同じお墓に入ったんだわ。で、お線香あげる所は玄関だから横からお墓に入るのはやめなさいよ!」
エビスはお線香を置く場所にある石段からそっと降りた。
「なるほど。家族で住んでいる……家なのだな。お線香は何故あげるのだ?」
アヌビス神も頭を下げるとお線香を置く場所の石段から降りた。
「お線香は亡くなった人の食べ物だそうよ。聞いた話だけど。他の所は違うかもしれないけどね。」
「なるほど……。どの国でも死者を大切にするのだな。うむうむ。」
アヌビス神は感心したのか目を瞑りながら大きく何度も頷いていた。
「そ、それよりですね……。凄い格好してますね……。良い筋肉ですが下が際どい!」
エビスの顔はどことなく嬉しそうだった。
「え、エビちゃん~何を取材してるの~?変態だよ~?」
「あーっ!気になるの!良い体つきの男は芸術だと思う!ねえ?」
「……。」
アヌビス神はさらに困惑していた。
「エビちゃん……アヌビスさん引いてる~。エビちゃんに彼氏ができないのはそのせいだと思うよ~……。このままじゃ喪女のままだよ~……。」
「喪女じゃない!男ができないのは男が私の美貌に見惚れて寄ってこないだけ!ねぇ?」
レールの言葉にエビスはアヌビス神をちらりと見上げた。
「ん……ん?よくわからんが……俺を誘っているのか?これが日本の誘い方か?」
アヌビス神はさらに戸惑いきょろきょろとあたりを見回していた。
「アヌビスさん~。違います~。気にしないでくださいね~。」
レールは軽く微笑むとアヌビス神を落ち着かせた。
「ふむ。ところでだな。かき氷とやらを食べてみたいのだがどこで食せるのだ?」
アヌビス神は若干ワクワクした表情へと変わった。
「かき氷?そういえばこの近くにあったような気がしますよ。こんな雨降っている日にかき氷食べるのですか?」
エビスは首を傾げながらアヌビス神に答えた。
「日本の雨でジメジメしたところにシロップのかかっている砕いた氷……我が国ではないからな。ちょうどいい。案内してくれ。」
「えー!」
「エビちゃん、いいじゃない~。案内してあげよ~。」
渋るエビスにレールは微笑んだ。エビスは取材の為と思い直し、アヌビス神を連れて歩き出した。しばらく山道を下り、民家やお店が見え始めると雨はだいぶん小降りになった。
「あれだよ。」
道の真ん中でエビスが遠くにとまっている小さいトラックを指差した。
「……?店ではないのか?」
「あれはお店だよ~。車で動きながらあちらこちらでかき氷を売っているみたいだね~。今日は暑くないから大変だね~。」
アヌビス神の疑問にレールはスケジュール帳を開きながら答えた。レールのスケジュール帳にはかき氷の店の店主の今後のスケジュールが浮かび上がっている。
「ほう……。では買ってきてくれ。」
「ん!?」
エビスは目を見開いた。
「日本のお金を持っていないんだ。第一、お金を使う事がない……。」
「まあ、神々はお金を使わないからね~。」
レールはアヌビス神に頷いた。
「私は人の目には映んないし。レールも猫になんないと人に見えないし……。あ、レール、猫になって買ってきなさいよ!」
エビスはアヌビス神に言葉をかけていたが途中でレールにかき氷を買ってくるように言った。
「え~……猫がかき氷買いに来たらびっくりすると思うんだけどなあ~……。」
「いいから。ほら、かき氷食べさせたら記事になるようなビッグニュースが聞けるかもしれないでしょ!」
「そうは思えないけどなぁ~……。」
レールはとりあえず白い猫に変身した。エビスはそれを確認すると取材用のメモ帳に『かき氷下さい。』と書き、レールの口にくわえさせた。
「あ、アヌビス神、味はどうすんの?」
「味?よくわからんので有名どころで頼む。」
「あ、そう。」
エビスはレールがくわえている紙に追加で『有名どころ』と書いておいた。
「ほら、お金上げるから行って来い!」
エビスはレールに千円札をくわえさせ、レールのお尻をパンと叩いた。
「にゃあ~!」
レールはあまり納得がいっていないようだったがお店まで駆けて行った。
レールはかき氷店までたどり着き、受け渡し口に飛び乗った。
「うわあっ!」
当然、突然現れた白い猫に店員さん達は驚いていた。
「え?何々?猫?」
「え?猫?」
三人くらいのスタッフがレールの出現に作業の手を止めた。雨が降っていたため、お客さんはレールしかいなかった。
「にゃ……にゃあ……。」
レールは口にくわえていたメモを店員に見せ、ついでに千円札もその場に出した。
「……かき氷下さい……有名どころ?……この猫ちゃん……おつかいに来たみたい。」
女性のスタッフが怯えながらメモを他の店員に渡す。
「え?猫がおつかいってするのか?犬はなんとなく聞いた事あるけどな。しかもかき氷……。有名どころってイチゴ味でいいかな。イチゴ有名だよな?というか定番だよな。」
男性スタッフも戸惑っていたがとりあえず、定番のイチゴ味のかき氷を作り始めた。
「ほい。」
男性スタッフは素早くイチゴ味のかき氷を作るとそれを女性スタッフに渡した。
「はいって渡されても……この猫ちゃんにどうやって持たせるのよ……。」
「その猫、背中向けてんぞ。背中に乗せろって事じゃなくて?」
「背中に乗せて物を運ぶ猫なんて聞いた事ないわよ!」
女性スタッフは困っていたがとりあえずレールの背中にイチゴかき氷を乗せてみた。レールはきれいにバランスを取り、かき氷を背中に乗せた。
「うそ……。乗ったよ……。」
呆然としているスタッフ達を横目にレールはおつりを口にくわえ、器用に走り去って行った。スタッフ達は嵐のように去って行った猫をただ茫然と見つめていた。
「あー、恥ずかしかった~。めっちゃ驚かれたじゃ~ん……。」
「ま、まあ、猫が買い物なんて普通しないしね。しかもかき氷とか……。」
レールは人型に戻り、かき氷をアヌビス神に渡した。エビスはスタッフ達の対応が思ったよりもおもしろくて笑いを堪えていた。
「すまない。ありがとう。」
アヌビス神は優しく微笑むと幸せそうな顔でかき氷を口に運んだ。
「冷たくて甘くて美味だな……。う~ん。美味美味。」
「あ、ところで取材したい事を思い出したんですが……。」
「ああ、すまない。急用を思い出した。取材は後で受けるから。」
エビスが聞きたい事を口にしようとした刹那、アヌビス神は慌てて、走り出した。
「えー!」
「本当にすまない!大事な用でな!」
アヌビス神は走りながらすまなそうな顔で頭を下げていた。
「ちょっと待ってよ!って、足早っ!」
「犬だからね~……。」
レールがつぶやいた時にはもう、アヌビス神はいなくなっていた。
「はあ……。取材したい事いっぱい思いついたのに……。」
「私の労力が無駄になっちゃったね~……。」
エビスとレールはがっくりとうなだれた。
「レール……。取材内容、メモした?」
「え……?なんか取材した~?」
「……したよ。最初の方。」
「あれは取材じゃなくて会話だと思ったよ~。」
レールの言葉にエビスはため息をついた。
「はいはい。という事は何にもメモしてないって事ね。」
「あ、一つだけあるよ~。」
レールは先程のメモ用紙をエビスに渡した。
『かき氷下さい。有名どころ。』
先程、エビスが書いたメモ一枚。
「これでどう記事をかけと!?」
エビスは再び盛大なため息をついた。
その後の天界通信、エビスとレールが担当している『ようこそ!外国神!』の欄には……
『エジプトからアヌビス神緊急来日!日本の墓を視察。ところでかき氷を食べてみたいのだがどこが有名だ?そうおっしゃっていたのでかき氷の有名どころ、イチゴ味を買ってあげました。』
とだけ書いてあったという。
少年神緊急来日!
日本の神々は世界の神々についても知りたがり。世界の神々も日本にはよく遊びに来ると言う。しかし、お忍びで来たり、バカンスできたりなどなのでほとんどがいつ来たのか知られずにいる。
日本に住む神々に向けての情報誌、天界通信ではその緊急来日の記事を書くため、ある二神組が動いていた。
緑の布を被っている黒髪の少女、エビスはキリッとした瞳で旅行雑誌を読んでいた。ここは高天原南にある天界通信本部の中の休憩室である。畳と長机しかないが広々とした空間だ。
「もも!桃食べ放題ね!もう七月後半だから旬かあ……。いいね!おいしそう。」
エビスは人間専用の旅行雑誌を読むのがとても好きだった。雑誌に載っているツアーには彼女自身が人の目に映らないので出る事はできない。ただエビスは雑誌を読んでいるだけだった。
エビスは元々、日本の神ではない。今は日本人に信仰されて日本の神の一つになってしまった。向こうの神とは別れて日本で新しく生まれた来訪神だった。今現在、蛭子神(ひるこしん)エビスと名乗っている彼女は貿易の神とも言われ商業関係にも手を伸ばしはじめている神であった。
「エビちゃ~ん。桃狩りできるとこって甲府盆地とか~?」
エビスの隣で金髪の少女、レールが桃のスムージーをおいしそうに食べていた。レールはエビスの仕事仲間で海外から来た神である。彼女はどこかの国で出会いの神として崇められていた。もちろん、お国には帰るが今は天界通信本部でエビスの仕事を手伝っている。
桃のスムージーを食べているレールの青い瞳は潤み、とても幸せそうだった。
「あ……あんた、いつの間にそんなうまそうなもんを……。」
エビスはガラスのコップに山盛りに入っている桃のシャーベット付きスムージーをうらやましそうに見つめた。
「ん~。おいし~。あんまり甘くなくてさっぱり~。エビちゃん食べる~?」
「ちょっとちょうだい。あんた、これどうしたの?」
「これ~?今高天原で桃を育てている神が多くてね~。スムージー作ったからあげるっておすそわけしてもらった~。なんだか桃を育てるのは中国の神達を見てからみたいで、今更日本の神々にブームが来たみたいね~。」
レールはスプーンで少しスムージーをすくうとエビスの口に入れた。
「んまい!ああ、そっか。桃は昔から中国だったねぇ。……なんか桃のスムージー食べたら本物が食べたくなってきた。」
「エビちゃん、スムージーも本物の桃だよ~。」
「じゃなくて、加工されていない生の桃!」
のんびりスムージーを食べているレールにエビスはビシッとツッコミを入れた。
「ん?じゃあ、食べに行く~?高天原の木種の神に頼んで桃もらえばオッケー。」
「あ……いや、人が作ったやつのが食べたいんだけど。」
「人が作ったやつ~?じゃあ、甲府盆地いく~?」
レールはのほほんとした顔でエビスを仰いだ。
「なんで甲府盆地限定かわかんないけど行く!」
「甲府盆地には今、少年神ナタさんがいるようだね~。」
意気込んでいるエビスに目を向けながらレールはスケジュール帳をパラパラとめくった。
レールのスケジュール帳はレールの能力により、出会いたい神の情報が書きこまれる。見た目はなんの変哲もないスケジュール帳だ。
「!?……中国から?わざわざ日本の桃を食べに来たの?桃なら中国の方が伝統的なんじゃ……あっ、まさか日本で爆買い!?」
「エビちゃん……桃を爆買いはしないと思うよ~。沢山買っても腐っちゃうし~。単純に日本の桃を味見しに来ただけみたい~。」
「な、なるほどね。これは取材に行かないと!レール!行くよ!」
「あ~待ってよ~エビちゃ~ん!」
エビスはレールの手を引くとさっさと歩き出した。レールは持っていたガラスのコップを慌てて机に置くと素直にエビスに引っ張られて行った。
神々の使いである鶴をつかって高天原から現世に降り立ち、そこから再び鶴が引く駕籠に乗り、山梨を目指した。
少し時間はかかったがとりあえずエビスとレールは桃狩りができるという桃農家の場所に到着した。
「けっこうすぐに着けたけど暑い……。」
「さすが盆地だね~……。」
太陽がギラギラと二神を照りつけている。現在は午後三時だ。
あたりは沢山の桃畑が広がっており、木になっている桃はどれも大きく、赤く熟していた。もうすぐ本格的な夏、八月がはじまる。
「おいしそ~だけど~これを採ったら犯罪だよ~。」
「わかってるよ。」
レールとエビスが桃を眺めながら歩いていると突然何かに袖を引っ張られた。
「わっ!」
エビスは突然の事に驚き、後ろを振り返った。
「ん~?」
レールも遅れて後ろを向いた。すぐ目の前には幼い男の子が立っていた。瞳は鋭く凛としているが顔には不安の表情が出ていた。中華風の着物を着ている所から二神はすぐに少年神ナタであることに気がついた。
「ア、アノ……桃ヲ食ベテミタイノダガ、ドウスレバ良インダ?」
少年は額に汗をかきながら二神を離すまいと袖をしっかりと握っている。
「桃の前にあんた、ナタ?」
「ウン。ソウダ。」
エビスの確認にナタ神は素直に答えた。
「レール!メモ!」
「え~……は~い。」
エビスはナタ神だとわかった刹那、レールに鋭く声をかけた。レールは突然の事に驚いていたが素早くメモとペンを取り出した。
「桃は後で何とかしてあげますから取材を受けていただきます。」
エビスの仕事モードのスイッチが入った。
「エエ……イヤダ。桃食ベタインダ!日本ノ桃ヲ食ベニ来タンダ。桃食ベレタラ取材ウケテモイイ。」
ナタ神は半分ダダをこね、半分要求を飲んだ。
「うっ……これはいままでのを見ると逃げられてしまうやつでは……?ま、まあ、いいわ。桃食べれば協力してくれるんですね?」
「ワカッタ。」
ナタ神はエビスの言葉に小さく頷いた。
「レール!」
「え~……また私~?猫になって桃買って来い~とか言うんでしょ~?」
「その通り!」
「も~……あんまりあれやると有名になっちゃうよ~……。」
エビスの提案にレールが渋っていると桃農家の人が直売で売れ残った桃を何故か地面に捨てていた。
「あっ!何か桃を捨ててる!あれもらおうか!もったいないし。」
エビスが捨てられた桃の側に素早く近寄った。
「ん~……この桃、なんで捨てちゃうんだろ~?」
レールもエビスの後を追い、桃を眺めた。
「ほんの少しだけ痛んでるんだ……。これ。」
エビスがレールに桃の痛んだ箇所を見せた。
「これくらいなら食べられるね~。おいしそ~。」
「熟しすぎてるのもある。」
「甘そうだね~。」
レールは桃を一つ持つとナタ神にあげた。
「アリガトウ。皿ト刃物ハアルカ?」
ナタ神は子供らしい笑顔を向けながら尋ねた。
「ええ?ここで食べるつもりなの?」
「ソウダ。」
エビスの言葉にナタ神は嬉しそうに頷いた。
「え~……う~ん……あっ!」
皿とナイフを探していたレールは『桃食べ放題』と書いてある看板を潜った。
ナタ神とエビスもなんとなくレールについていく。
桃食べ放題の会場は屋外でぶどうのつるが良い感じに日よけになっており、沢山の椅子と机が並べてあった。その机の上にお皿とナイフが乗っていた。おそらくこれからツアー客がここで桃を食べるのだろう。
「ちょうど、お皿とナイフあるね。」
「はじっこのお席、使っちゃおうか~。」
エビスとレールも桃を堪能するようだ。入口から一番遠いはじっこの席に座ると桃の皮をむき始めた。ナタ神もワクワクした顔でエビスとレールが座っている席に座った。
「はい。剥けたよ。食べな。」
エビスはさっさとナイフで皮をとるとナタ神の皿に桃を置いた。
「アリガトウ。イタダキマス。」
ナタ神は丁寧にお礼を言うと桃にかじりついた。
「どう?」
「ウマイ!」
「そりゃあ良かった。」
ナタ神の幸せそうな顔を眺め、エビスも幸せな気持ちになった。エビスも桃の皮を剥き、丸ごとかじりついた。
「うん!うまい!」
「甘くておいし~ね~。」
レールもうっとりしながら桃を堪能していた。
「ああ、子供産むなら男の子がいいなあ。」
「どうしたの~?エビちゃん、いきなり~。」
「いやあ、なんだかかわいいなあと思って。」
エビスはナタ神の無邪気な笑みを見ながらぼそりとつぶやいた。レールは照れているエビスを眺めながらクスクスと微笑んだ。
「私はね~、女の子がいい~。エビちゃんは男産みそうだよね~。」
「男産みそうとか……あんたは女の子産みそう。」
二神は桃を食べているナタ神を微笑ましく見ながら大人な会話を始めた。
「まず、相手がいないしね。」
「それ言ったらおしまい~。」
「桃、モウ一個食ベテモ良イカ?」
早くも一個を食べ終えたナタ神はエビスとレールにもう一つねだった。
「え?もう一個?まだ、捨てられてたのあるからいいけど。」
エビスは桃の皮を剥き、もう一つナタ神のお皿に入れてあげた。
「ほら。」
「アリガトウ!」
「エビちゃん、お母さんみたい~。」
レールが手洗い場に立っているエビスを見ながら声を発した。
「お母さんね……。ああ、桃で手がベトベト。手洗い場があって助かるね。」
「日本ノ桃モ、オイシイ!オ土産二沢山持ッテ帰リタイ!」
ナタ神は輝かしい笑顔で桃を頬張りながらエビスとレールを交互に見た。
「え!?お土産!?ば、爆買い!?」
「向コウ二居ル、友達二買ッテアゲタイ。日本ノ御金、持ッテイル。」
驚いているエビスの前にナタ神は子供銀行のお札をバンと机に出した。
「いや……あのね……。これ、子供が銀行ゴッコして遊ぶ時の偽札だよ。」
「エエ?違ウノカ!ジャア、買エナイノカ……。」
しゅんと肩を落とすナタ神をエビスは呆れた顔で見つめた。
「というか、そのお札、どこで手に入れたのよ……。」
「まあまあ~、なんかこのままじゃかわいそ~。なんとかしてあげよ~?」
エビスをなだめたレールはナタ神の頭をそっと撫でる。
「なんとかって……桃食べられたんだからいいでしょ。もう。」
「あ~!良い事思いついた~!神々の使いツルに頼もう~!ツルは人型になったら人に見えるみたいだし~、駕籠もついてくるから郵送できるね~。」
レールはナタ神にガッツポーズをおくるとさっそくツルを呼んだ。
「ちょっと待って!ツルを呼ぶのはいいけどお金は!?」
エビスがレールに素早くつっこみを入れた。
「エビちゃん~!ガッツ~!」
「えー……また私?」
エビスが渋っている内にツルが素早くやってきた。ツルは動物形態ではなく、人型形態をとっていた。白髪に着物姿の美しい顔立ちの男であった。
「よよい!お呼びかよい!」
ツルは端整な顔立ちに似合わない言葉使いでエビスとレールの前に頭を垂れた。
「うん~、実はね~、エビちゃんがお金払うから桃買ってきてそのまま郵送してあげてくれない~?」
「ちょっと!勝手に決めないでよ!んん……わかったよ!もう!ほら!」
ナタ神の不安げな顔をちらりと見たエビスはやけくそで五千円を取り出し、ツルに手渡した。
「よよい!そこの直売で買ってくりゃあいいんですかいね?」
「そうそう~。」
ツルはレールの返答を聞いてから五千円を握りしめて直売所へと足を進めた。直売の売り子さんは突然現れた白髪、着物姿の男性に目をパチパチさせていたがちゃんと桃を売ってくれた。
「ホント、あんたって不思議な生き物だよね。人に自分を見せたり、消したりできるんでしょ?」
戻ってきたツルにエビスがため息交じりに質問をした。
「まあ、そうだよい!我ら鶴は夢の世界の生き物ですかい。人の視界に映ったり映らなかったりできるんだよい。今は人の視界には映らないようにしてるよい。」
「どういう仕組みかいまだによくわからない~。」
レールは微笑んでいるが頭にハテナが浮かんでいた。
「それはいいよい!郵送場所と名前を書いてほしいよい!そしたら高天原のゲートで向こうの神の使いである麒麟(きりん)に頼むよい。」
ツルは素早く住所などを書く紙を渡した。
「ほれ、ナタ神。ちゃちゃっと書きな。」
エビスが紙を受け取りナタ神に渡す。
「アリガトウ。エート、住所ハ……。」
ナタ神はすらすらと住所と名前を書き、鶴に渡した。鶴は紙を受け取ると持って来た駕籠に桃を詰め込みはじめた。
「はいはい。完了しましたよい。こちらお控えですよい。」
ツルは控えの紙をレールに手渡した。
「え~?なんで私に渡すの~?」
レールが戸惑っているとナタ神が駕籠に乗っていた。
「コレカラ、麒麟(きりん)ガ居ル高天原ノ連絡通路マデ送ッテ貰ウ事ニシタカラ!アリガトウ!日本ノ神!」
「あー!ちょっと待ちなさい!」
エビスの叫びもむなしく、ナタ神を乗せた駕籠はツルに引っ張られ空を舞った。そしてそのまま優雅に空を飛んで行ってしまった。
「おーい!取材どうしたーっ!」
「え、エビちゃ~ん。今回も残念な結果だったね~……。」
二神は叫びながら肩をがっくりと落とした。
「ねえ……レール、なんかメモった?」
「……いや~……メモってない~。」
「だよね……。」
エビスとレールが落ち込んでいるとツアー客がぞろぞろと桃を食べに桃食べ放題の会場に入って来た。
「はあ……。次の記事どうしよう……。」
エビスとレールはトボトボと会場を後にした。
「で~……収穫はね~……。」
「ナタ神の住所と名前が書いてある控えでしょ。もういいわ!またこういうパターン!ああもう!」
エビスは頭をバサバサとかいた。
「エビちゃん、ここは落ち着いて~高天原で桃のお菓子でも食べよ~?」
「……うん。」
落ち込むエビスをレールが優しく抱きしめ、肩を叩きながら苦笑した。
その後の天界通信、エビスとレールが担当している『ようこそ!外国神!』の欄には……
『中国から少年神ナタ緊急来日!日本の桃に興味深々!ウマイ!とコメント。そのまま桃を爆買いして楽しそうに去って行きました。』
とだけ書いてあったという。
デメテル神緊急来日!
日本の神々は世界の神々についても知りたがり。世界の神々も日本にはよく遊びに来ると言う。しかし、お忍びで来たり、バカンスできたりなどなのでほとんどがいつ来たのか知られずにいる。
日本に住む神々に向けての情報誌、天界通信ではその緊急来日の記事を書くため、ある二神組が動いていた。
緑の布のようなものを被っている黒髪の少女、エビスは高天原にある天界通信本部の庭の掃除をさせられていた。
今は夏も過ぎ、少し肌寒くなってきた時期である。紅葉が色づきハラハラと散っている。
「うわあ~エビちゃん、きれいだね~。紅葉まっかだよ~。」
丸太に座って焼き芋を食べている金髪の少女、レールが不機嫌そうなエビスに笑顔を向けた。
「あのねぇ……あんたも座ってないで落ち葉掃くの手伝ってよ!なんで芋なんて食べてんの!っち……うまそうだな……。」
エビスはレールをじろりと睨みつけながら落ち葉を箒で頑張って掃いていた。
レールはどこかの国で出会いの神をやっている。どこの国かはわからないが今は日本でのんびりとエビスの仕事を手伝っていた。元は白猫であった。
「エビちゃんも食べる~?甘くておいし~よ?」
「そんなことをしている暇はないの。みればわかるでしょ!落ち葉落ち葉落ち葉!履いても掃いてもすぐ落ちる!」
エビスはなんだか虫の居所が悪いようだ。落ち葉を掃く手も心なしか早い。
「エビちゃん~?なんで怒ってるの~?」
レールは焼き芋を食べ終わり大きく伸びをしながら聞いた。
「取材の仕事したいのにここで落ち葉を掃いているなんてもうヤダわ。こんなのね、どうせ落ちてくるんだから全部落ちてから掃除すればいいのよ。めんどくさい。」
「でもエビちゃん~?掃除のお仕事って上司からやってって頼まれたんでしょ~?」
「そうだけど……もうめんどくさいわ。やめる。それよりレール、外国神、日本に来てないの?私のアンテナだと誰か来ているんだけど。」
エビスは持っていた箒をポイっと捨てるとレールにほほ笑んだ。
「掃除、やめちゃっていいの~?まあ、いいけど~。ええっと……今は実りの神デメテルさんが来ているみたいだよ~?」
レールがスケジュール帳を開くと実りの神デメテルのスケジュールが勝手に書き込まれていった。
「何しに来たの?」
「う~ん?観光かな~?お米アートを見てからおいしいもの巡りをしているみたいだね~。色々なお店に行っているみたいだけど~……なんでコンビニにも行っているんだろ~ね~?」
レールのスケジュール帳にはおいしいと有名なラーメン店とコンビニ名が沢山書かれていた。
「ラーメン屋さんとコンビニばかり……。ていうか、デメテルって人に見える神なわけ?」
「さあ~?わかんないね~。もしかしたら食べてないかもしれないよ~?」
「食べてないって何よ?ラーメン屋行って何を楽しんでるの?食べている人の観察とか?ていうか、なんでコンビニなんて行っているわけ?」
レールの発言にエビスはおかしそうに笑った。
「わからないけど~。」
「よし!じゃあ、取材に行こう!」
ぼうっとしているレールの手を掴み、エビスは元気よく走り出した。
「ああ~エビちゃん~待ってよ~。」
レールは半ば引きずられるようにしてエビスの後に続いた。
エビスとレールは神々の使いである鶴を呼び、五、六羽の鶴達が引いている駕籠に乗り込むと高天原から現世に降り立った。
現世でも紅葉はきれいだった。エビスとレールが今来ている場所はモミジ公園と呼ばれている紅葉がきれいな公園だ。少し肌寒いが紅葉見をしに来ている人々が公園内の遊歩道を歩いていた。
「エビちゃん~、きれいだね~もみじ~!」
「うん。真っ赤に燃え上がるような紅葉、私も好き!……じゃなくて、デメテルさんはどこにいるの?」
「うん~……三件目のラーメン店に行ってからこの遊歩道を歩いているはずだけど~。」
レールの言葉にエビスはきょろきょろとデメテルらしき神を探した。
「……ん?」
エビスは眉にしわを寄せて目を凝らした。少し遠めの所で歩いている人々を避けながらスキップで踊っている女性を発見した。
「秋ッ!秋ッ!実りの秋~!モミジがきれい~!」
その女性はオペラ歌手のように声を伸ばして歌いながらこちらに向かってスキップしてきた。遊歩道を歩いている人々は彼女に気が付いていない。というか見えていない。
「間違いない!あれがデメテルだ!」
「うわあ~エビちゃん……まってよぉ~。」
エビスはレールを引っ張り走り出した。
「ら~ら~ら~……。あら?」
女性は近寄ってきたエビスとレールを見、口を閉ざした。
「あの、デメテルさんでしょうか?」
「ん?え?はい。そうですけど。」
仕事モードで問いかけたエビスに女性はほほ笑んで答えた。それを聞いたエビスは心でガッツポーズをとる。
女性は金髪のウェーブのかかった髪を腰辺りまで伸ばし、頭には葉で作った冠をしている。服装は全体的に白く、レースのドレスのようなものを着ていた。
「あらやだ。人に見えないし、神もいなかったから大声で秋の実りの歌を歌ってしまったわ。」
金髪ウェーブの女性、デメテルはホホホと上品に笑うと会釈をしてそのまま去ろうとした。
「ちょっと待ってください!」
それをすかさずエビスが止める。
「なんですこと?」
デメテルはほほ笑みながらエビスを振り返った。
「今、海外の神の記事を書いています。取材させてくださーい!」
エビスは営業スマイルでデメテルに近寄った。
「あら?取材?いいですことよ。」
「え?意外な反応!やった!レール、メモ!」
エビスはデメテルの返答を聞き、レールにガッツポーズをした。
「はいは~い。」
レールはにこやかにほほ笑むとメモ帳とペンを取り出した。
「で?何が聞きたいのかしら?」
「まずはどういう神だかの説明と何しに日本にいらっしゃったのかを……。」
「あー!」
エビスが最後まで言う前にデメテルが何かを思い出したように声を上げた。
「……うわっ!な、なに?び、びっくりした……。」
「そうそう、あなた達、日本のラーメンについてどこまでご存知?作り方とかもご存知?知っている?知らない?どっち?ねえ?どっち?」
デメテルは驚いているエビスとレールにがっつくように尋ねてきた。
「ら、ラーメン!?ええと、出汁とって麺入れて……えー……。」
エビスは困った顔で隣にいるレールを仰ぐ。レールは首を傾げたまま固まっていた。
「あらやだ。知らないの?店によって味が違ってスープを秘密にしていますことよ!企業秘密。それから麺!小麦粉があんな美しい輝きを放つものになるなんてわたくし、驚きを隠せませんわ!」
「……は、はあ……。」
デメテルの興奮しようにエビスとレールはぽかんとした顔でお互いを見合った。
……この神の着眼点がよくわからない……。
エビスとレールは目でお互いの気持ちを確認した。
「それでね、そのプロフェッショナルの味をリーズナブルなお値段で庶民でも食べられるようになっているようで、わたくし、それが一番感動いたしましたの!」
デメテルはさらにエビス達に詰め寄ってきた。
「は、はあ……。」
「知っていますこと?カップメンと言うそうですわ。カップメーン!コンビニで売っていました!それを買っておうちに持って帰ると小さい男の人達がせっせと庶民にラーメンを作ってくれるそうですことよ!」
「ふんふん……はあ?」
エビスは途中まで頷いていたがふと後半の言葉に疑問の声を上げた。
「小さい男の人って……どういう事かわからないんだけど。」
「カップに入るくらい小さいメーンが庶民のためにせっせとラーメンを作るんですことよ?ご存知ないのかしら?日本神なのに?」
デメテルはどこか勝ち誇った顔で胸を張っていた。
……あー……なるほど……。この神、盛大に勘違いをしているな……。
エビスは呆れた顔をデメテルに向けた。その横でレールがとても驚いた顔をしていた。
「え~?そうだったの~?知らなかったよ~?そうか!だからメーンっていうんだね~?」
「レール……あんたね、馬鹿なの?納得させられてんじゃないわよ。」
「エビちゃん~!これ嘘じゃないかもしれないよ~?私達、カップメン買った事なかったよね~?中身確認してないよね~?」
「……うっ……。」
レールの言葉に呆れていたエビスの顔が少し強張った。
「きっと、カップメーンの中に入っているという『かやく』の中にいっぱい男の人が詰め込まれているんですわ!きっとかやくって職業なんですわ!おそらくはまだラーメン店に入れない修行中の人間が小さくされてかやくにされるのですわ……。」
デメテルはエビスとレールを交互に見ながら怖い顔でささやいた。
「や、やめてよ!あんな小さなカップに入れる人間なんているわけないじゃない!」
「だからさ~エビちゃん、わからないよね~?私達中身確認してないし~。」
レールが顔を青くし、エビスを怯えた表情で見つめた。
「わたくしが予想したシステムはこんな感じですわ!」
デメテルがへたくそな手書きの図解をエビスとレールに渡した。
「なにこれ……。下手過ぎて何が描かれているかわかんないんだけど。これは何?妖怪の髪?……あ、ラーメンか。」
エビスが目を凝らしながらデメテルが描いた絵を見つめるが何を説明したいのかまるでわからない。
「うん~……独創的な絵ですね~……。」
レールも反応に困り、とりあえず感想を述べた。
「あらやだ。もうこんなお時間?わたくし、これから用事がありますの。マイエンジェル。いらっしゃい!」
デメテルが一言そう発すると光に包まれて天使が現れた。
「デメテル様。もうよろしいのですか?」
天使がデメテルに尋ねた。デメテルはほほ笑みながら頷くと天使が出した光の階段を登り始めた。
「ほえー……あれが天使……。初めて見た。」
「真っ白な羽~きれいだね~。」
エビスとレールは目の前に現れた光の階段と天使、それとデメテルを茫然と見つめていた。
そんな美しい光景の中、エビスはハッとカップメンの真実にたどり着いた。
「そ、そうだ!カップメンのメンって麺の事なんじゃない?ラーメンの麺!」
エビスはもう消えかかっているデメテルにそう叫んだ。
「あらあら。そうですことよ?そんな小さな人間がいるわけないでしょう?ゴットジョークですわ。ホホホホ。また冬に遊びに来ますわ。冬は娘もいないし暇になるので。それでは~。」
デメテルは必死に言い放ったエビスを楽しそうに眺めると静かに消えていった。
「……。」
エビスとレールは口をぽかんと開けたまま階段があった部分を仰いでいた。
「な、なんていうか~個性的な神だったね~……エビちゃん~?」
レールが苦笑いでエビスに目を向けた。
「なんなのよ!あの神!ていうか……私達おちょくられたんだわ。くぅ……なんだかくやっしい!」
「傍から見たら私達っておバカだよね~。あはははは~!」
悔しがっているエビスとは反対にレールは大爆笑をしていた。
「あーもう……腹立つ。なんだったんだ。あの会話。ちょっと、レール、何かメモった?」
「あれで何をメモればいいの~?ラーメンの事について~?馬鹿丸出しになっちゃうね~?ははは!」
「……だよね……。」
エビスは笑っているレールを見つめ、またこのパターンかと突っ込むとため息をついた。
「でさ~、いつもの事だと思うんだけど~……。」
レールが控えめにエビスに紙を差し出した。
「ああ……もういいわ。これをそのまま載せて今回は終わりにしようか。」
エビスはレールから紙を受け取り、まじまじと眺める。なんの絵かもわからない落書きがそこには描かれていた。デメテルが描いた謎の絵のみがエビスとレールの手元に残った。
「はあー……。」
「エビちゃん~帰ろっか~?落ち葉掃かないとね~?あ、カップ麺の確認もしておく~?とりあえず小さい男の人がいるか調べる~?」
「はああー……。」
レールの言葉にエビスは再びため息をついた。
その後の天界通信『ようこそ!外国神!』の欄には……
『オリンポス山からデメテル神緊急来日!なぜかラーメンに興味を示し、ラーメンの絵のようなものを描いていただきました!独創的な絵ですね!このセンスに人間の画家さんもびっくりするのではないでしょうか!』
とデメテル神には触れず、デメテルが描いた絵を褒めたたえる文が書いてあったという。
イグ神緊急来日!
日本の神々は世界の神々について小さい事でも興味津々。世界の神々も日本にはよく遊びに来ると言う。しかし、お忍びで来たり、バカンスできたりなどなのでほとんどがいつ来たのか知られずにいる。
日本に住む神々に向けての情報誌『天界通信』内部の外国神の記事を書いている蛭子神、エビスは黒い長い髪をなびかせながら寒さで縮こまっていた。
現在は二月の下旬でまだまだ寒い。もう春がきてもおかしくはないのだが未だに雪が降っている。
「あー、さっぶ!」
エビスは温かい緑茶を飲みながらため息をついた。エビスがいる場所は天界通信本部の休憩室である。畳に長机が置いてあるだけの質素な休憩室だ。障子戸を開け、空を見上げるとどんよりとした空から雪が舞いながら落ちていた。
「エビちゃん~寒いね~。もう三月近いのに雪降っているよ~……。」
エビスの横にいた金髪の外国神、レールは背中を丸めながら緑茶が入っているゆのみで手を温めている。
「こんな日に外に出たくないんだけど仕事しなきゃだから、レール、誰か日本に来てないの?」
エビスがくしゃみをしながらレールに尋ねた。レールは持っているスケジュール帳を開き、眺めた。すると、今日本に来ている外国神の行動がぼんやりと浮かび上がってきた。
レールは名も知らぬ国で出会いの神をやっている。レールの持っているスケジュール帳はレールが念じると会いたい者の行動が見えるのであった。
「ん~……今はイグさんが来ているみたいだよ~。今は梅と寒桜のコラボレーションしている観光地をウロウロしているね~。」
「イグ?初耳だね。じゃ、とりあえずいこっか!」
レールの言葉に急に取材魂が沸き上がってきたエビスはレールの手を掴むとさっさと歩き出した。
「ちょ、ちょっと待ってよ~エビちゃ~ん……。」
レールはエビスに無理やり引っ張られ、連れていかれた。
エビスとレールは高天原から現世へと降り立った。ここは梅と桜が同時に見れるかもと言われている大人気の観光名所。山の中なので人間は山道を二時間近く歩いてここまで来なくてはならない。だが、エビスとレールは神々の使い鶴を使い、ここまで飛んできてしまった。達成感も疲労感もなく寒桜を眺める事となった。
「あ~梅はもう散っちゃってるね~。」
レールは満開に咲き誇っている寒桜の横にある梅を見ていた。梅はもう花は残っておらず、枝木しか残されていなかった。その反面、寒桜は満開だった。
「寒桜はきれいに咲いてるね。梅は残念だったけどさ。って、そんな事を言っている場合じゃなくて!」
エビスはビシッとレールに言い放った。
「は~い。わかってるってば~。そこの雑木林の中にいるよ~。」
レールは人が踏み入れられそうにない藪の中を指差した。
「……はあ?なんでこんな藪の中にいるの?寒桜見に来たんじゃないの?」
「そんな事知らないよ~。でもその中にいるんだも~ん。」
「……っち。仕方ない……。入るか。蛇が出てきそうで怖いんだよね……。こういうとこ。」
エビスは怯えた顔をレールに向けるとため息をついて藪の中へと入って行った。
「え、エビちゃん~……。蛇が苦手なの~?あの~イグさんは……。」
レールは何かを言いかけたがエビスが藪の中へと消えて行ってしまったため、慌てて追いかけた。
間髪を入れず、エビスの悲鳴が上がった。
「エビちゃ~ん!」
レールは藪をかき分けてエビスに追いついた。エビスは涙目で固まっていた。
「エビちゃん~、あのね~……。」
レールがエビスに声をかけようとしたその時、前から男の声が聞こえた。
「来るなり悲鳴とは……なんだよ?あんたら。」
男は不機嫌そうに声を上げた。
「あなたはイグさん~?」
「お!知ってるやつが日本にいたか!」
レールの問いかけに男はにんまりと笑った。ちなみにエビスは石のように固まっている。
「やっぱりイグさん~。」
「ああ、そうだよ。で?そこの女、なんか知らねぇが石みたいになっちゃったんだけどよ。俺、メドゥーサじゃねぇぞ……。」
男は頭に乗っている大きな蛇を撫でながら呆れた顔をした。男は上半身裸で下は布一枚。所々に蛇をモデルにしたアクセサリーなどが付いていた。黒い長い髪も蛇のようにうねっている。
「エビちゃん、エビちゃん。彼はクトゥルフ神話の蛇の神、イグさんだよ~。」
「し、知ってたんならそれを早く……言いなさいよ……。」
エビスはレールの呑気な声に震えながら答えた。
「言おうとした時にエビちゃん走ってっちゃうんだもん~……。」
「うう……。仕方ない!頑張って取材!私達は天界通信の者です!取材をさせてください!」
エビスは威圧的な目でイグを睨みつけた。イグが相当怖かったらしい。
睨みつけられたイグは逆に怯えていた。
「……うっ……蛇睨みかよ!こええよ!取材ってなんだよ!こええよ!」
「エビちゃ~ん、イグさん怯えちゃっているよ~……。」
「わ、私だって怖いんだから!気を抜いたら負けるよ!」
「そんなんじゃないと思うけどなあ~……。」
エビスが声を裏返しながら叫び、レールはため息をついた。
「あなたは何をしに日本へ?」
エビスは息を荒げながらイグを睨みつける。
「ひぃ……。に、日本に来ちゃって悪かった!すまん!許してくれ!何にも悪い事はしてねぇぞ!ちゃんと日本のルールブックも読んできた!読んできたんだ!」
イグは完全にとぐろを巻いている状態だった。
「ちょっと、エビちゃん~!これ取材じゃなくて尋問だよ~!ちゃんとイグさんを見てあげてよ~。こんなに縮こまっちゃってるよ~……。」
「あ……。」
レールに指摘され、エビスは完全に委縮しているイグを見つめた。
「あ、あの……ごめん。本当に取材したかっただけだから。」
エビスは何とも言えない顔であやまると頑張って笑顔を作った。
「だから取材ってなんのだよ……。俺、何も悪い事してないって言ってんのに。」
「あ、えっと、外国神が日本に来て何をしているのかなーみたいな感じの記事を書いているの。これはその取材で協力してほしいなあと。」
エビスは少し柔らかく笑った。イグは少しほっとした顔でため息をついた。
「なんだ。俺はてっきり、逮捕状とかかと思ったぜ。で?何をしてたのかって事だよな。きれいな桜が咲いていたんで冬眠中の蛇達に春だって教えてやろうかと思ってさ。まだちょっと肌寒いが桜が咲いてんだから春だろ。」
イグの発言にエビスとレールは顔を見合わせた。きっと彼は今咲いている桜をソメイヨシノと間違えている。
「い、イグさん、この桜はソメイヨシノじゃなくて早咲きの桜なの。寒い時期に咲く桜なんだよ。」
「なんだって!うわ!マジかよ!」
エビスの発言にイグは目を見開いて驚いた。
「やっぱりソメイヨシノと間違えていたか……。」
エビスはため息をついた。
「桜に種類があったのかよ!やっべぇ!ここら辺一帯にいる蛇達を起こしちゃったぜ!」
「ちょっと……蛇を起こしちゃったって……ちょっと……。」
「あ、俺、この辺一帯の蛇達にまだ寝てていいぞって言ってくるから!」
イグは慌てて走り出した。少し走り出した所でイグはまたエビス達の元へ戻ってきた。
「ああ、お礼言ってなかった!ありがとな!マナー、マナーっと。あ、それとこれ、お礼にもらってくれ!お礼を渡す、これもマナー!じゃっ!」
イグは何かをエビスの手に乗せると風のように去って行った。
「な……早い……。」
エビスとレールは茫然としていた。しばらくして自分達が藪の中にいる事に気が付き、さっさと戻る事にした。
ふと地面を見ると沢山の蛇がゆっくりと動いていた。冬眠から覚めさせられたばかりで動きが鈍いらしい。
「ふぎゃあ!」
エビスがつぶれた声を上げた。
「蛇ちゃん達~、まだ寝てて良いってイグさんが言ってたよ~。」
レールは呑気な声で蛇達を見てほほ笑んだ。
イグの名前を聞いた蛇達はまたそそくさと自分の巣穴へと戻って行った。
「イグさんってすごいね~。日本の蛇達にも認知されているんだ~。日本人もアニメとか漫画とかで知っている一部のマニアさんもいると思うけど~、蛇さん達はイグさんの事をどこで知ったんだろ~?ねえ?エビちゃん~?」
「もういい。もういいから出よ!早く!」
エビスは噛みつくようにレールに言い放つと震える足で走り出した。
「あ~エビちゃ~ん。まって~。」
レールもエビスを追って藪を抜けた。
「はあ……はあ……。ああ……うう……。」
エビスは言葉にならない声を漏らしながら寒桜の幹に背中を預けた。
「大丈夫~?エビちゃん~?」
「あ、あんなにいるなんて知らなかった……。ウネウネウネウネ……。ひいいい!」
エビスは頭を抱え、鳥肌をたてながら悶えた。その時、イグのお礼を右手に握っていた事に気が付いた。
エビスは恐る恐る右手を開く。
「いんやあああ!」
そして盛大に悲鳴を上げた。エビスは右手に持っていたものをレールに投げた。レールは危なげに何かを捕まえた。
「エビちゃん?大丈夫~?ん?あ、これ、蛇の抜け殻だよ~!こんなきれいに残っている抜け殻なんて珍しいね~?イグさんの頭に乗ってた蛇ちゃんのかな~?」
抜けたレールの声にエビスは寒桜の前で縮こまった。
「もうやだ……。もうやだ……。蛇怖い。蛇怖い……。」
「エビちゃん~。大丈夫だよ~?行こう~?」
「れ、レール……そ、それよりも……何かメモった?」
エビスは呑気なレールに震えながら尋ねた。
「メモってないけど~、ソメイヨシノと寒桜を間違えたって事を書けばいいんじゃないかな~?で、お礼にこれをもらったって~。欲しがるマニアもいるかもしれないし~、飾っておく~?」
「……はあ……。もういい。」
エビスはレールの発言に盛大にため息をついた。
その後の天界通信、エビスとレールが担当している『ようこそ!外国神!』の欄には……。
『クトゥルフ神話の蛇の神、イグ神が緊急来日!季節的にまだ早いのにも関わらず蛇達を起こしているイグ神を発見。どうやらソメイヨシノと寒桜を間違えていた様子。的確に間違いを気づかせてあげました!そしてお礼にこの……蛇の……蛇の抜け殻的な何かを……も、もらっ……いやああああ!欲しい神、いますぐ天界通信本部へ!早く本部へ!』
と途中から記事を放棄したような内容が書いてあったという。
ラクシュミー神緊急来日!
日本の神々は世界の神々についても知りたがり。世界の神々も日本にはよく遊びに来ると言う。しかし、お忍びで来たり、バカンスできたりなどなのでほとんどがいつ来たのか知られずにいる。
日本に住む神々に向けての情報誌、天界通信では遊びに来た神を取材するというコラムが人気だった。
これはその記事を書く二神のどうでもいい奮闘記。
「あー……もうやだわー。掃いても掃いても降ってくる!」
黒髪に緑の布を被った赤い着物の少女、エビスは箒を片手にうんざりしていた。
今は桜の季節。ぽかぽか陽気で眠くなるか花見で騒ぐかの二択な季節である。
ここは天界通信本部の庭。幻想的な桜が沢山連なるとてもきれいな御庭であった。
そんなきれいな風景に似合わない不機嫌な顔でエビスは地面に落ちた花びらを箒で掃除していた。
「エビちゃーん。なんできれいな桜が咲いている時にそんなジメッとした顔してるの~?」
近くに椅子を出してのんびりとお花見をしている金髪の少女レールはほほ笑みながらエビスを見ていた。
「あんたね、そんなとこで椅子なんて出してお茶飲んでる場合じゃないんだよ!あーっ!もうめんどくさい!掃除なんてやめた!」
地面に絶えず落ちてくる花びらを恨めしそうに見つめたエビスは箒をその場に捨てた。
「じゃあ、エビちゃんもお花見する~?」
「お花見はしたいけどさ、それどころじゃないでしょ!ほら!私のアンテナだと今、どっかの神が日本に来てる!」
のんびりしているレールとは反対にエビスは鼻息荒くレールに詰め寄った。
「エビちゃーん……また勝手に動いたら社長に叱られちゃうよ~?」
「ああ……こないだの落ち葉掃除をほったらかしにした時の事?ああ、あんなの記者がやる事じゃないじゃん。放っておいても土に戻んのにさ。」
こないだといっても去年の十月あたりの事である。エビスは今のように落ち葉を掃かされていたが途中放棄し、勝手に現世に行ってテンションの高いデメテル神を取材したのだった。もちろん、あの後、エビスは社長からものすごく怒られた。
レールはバカンスで日本を訪れており、ただエビスの仕事を手伝っているだけだったため、怒られたのはエビスだけだった。
「あの時の社長さん怖かったね~。」
「まったく、いつまでも子供扱いするんだから。『勝手にいなくなるな!皆探したんだぞっ!』ってさ。……っていうか、もう!パパの話はいいよ!」
エビスは頬を膨らませながらレールを睨んだ。
レールはその時の事を思い出し、お腹を抱えて笑い出した。
「ははは!え、エビ……エビちゃんったら~社長さんに叱られて~泣きながら、ごめんなさい。もうしませんって~はははは!」
「ちょ、ちょっとレール!そういう話、デカい声で言わないで!恥ずかしいから!もう私のパパの話いいからっ!」
エビスは真っ赤になりながらレールの口を塞いだ。
「ごめんごめん~。今時ないな~ああいうのって思ったらなんだかおかしくて~。じゃあ、今度はちゃんと社長さんに言ってから行こう~?その方がいいよ~。」
「そ、そうね……。もうあんな恥ずかしい思いはしたくない。それから、あんな小さなコラム記事じゃなくてもっと大きな紙面で記事を書きたい。それもついでだから言いに行こうかな。あと、もういい加減に一人前になりたい!」
エビスはなんだか色々と不満があるようだった。
「ま、まあ~色々と不満はあると思うけど~とりあえず、社長に……。」
レールが最後まで言い終わる前に男の声がすぐ近くで聞こえた。
「エビス、掃除は終わったのかな?」
「ゲッ……パパ……。」
それと同時にエビスの顔が曇る。
エビスとレールの前にエビスと同じ黒い髪を持つ若い男性が立っていた。髪は肩先まであり、スラッとした長身で青い着物を着こんでいた。
彼は日本での信仰も厚かったため、信仰が広まった時に別神として新しく生まれてしまった蛭子神の祖であった。
エビスの父親であり、この天界通信本部の社長である。
見た目は好青年だ。神々に歳はあまり関係ない。
「箒が捨てられているのだが……掃除は放棄したとみなしても良いのか?」
「う、うまい!ほ、箒と放棄ねっ!う、うまいよっ!」
エビスは青い顔で父親の蛭子にガッツポーズをした。
「エビス……お前はどうしてこう……パパとは違って元気なんだ……。」
「ぱ、パパと一緒にしないでよ。私はガンガン攻める記者なんだからね!」
エビスは引け腰になりながら父親と戦う姿勢を見せた。
「社長さ~ん、なんかエビちゃんが社長さんに言いたいことがあるんだって~。」
「レール殿……ほんとにいつもいつも我が娘が迷惑をおかけしている……。」
蛭子はレールに腰が低かった。
「それよりも~エビちゃんが何か言いたいことが~……。」
「そう!今回の取材が上手くいったら一人前にして頂戴!大きな紙面でバリバリ書きたいの!」
エビスは蛭子を睨みつけながら偉そうに胸を張った。
「……はあ……エビス……お前は一面記事が書けるほどの取材ができたことがないだろう……。パパは無理に頑張らなくてもいいと思っているよ。ゆっくりコツコツとできる事を増やしていくのがいい。わかったかい?」
蛭子は優しい声音でエビスを落ち着かせようとしていた。
しかし、エビスは予想以上に元気だった。
「大丈夫!次はパパが認める記事を書いてやるから!現世にこれから行くからね!いいでしょ!」
「エビス!パパの話をちゃんと聞きなさい!……現世にいくからって……いつもいきなり……。」
蛭子が返答に困っているとエビスがレールの手をガシっと握った。
「レール!行こう!」
「うわっ~ちょっと~エビちゃ~ん!?」
エビスはレールを引っ張り走って行ってしまった。
「あっ!おい!こらーっ!」
蛭子の叫びだけむなしく天界通信本部に響いた。
「あはははっ~。こら~だって~。今時、あんなアニメみたいな叫び声出す神いる~?おもしろいよね~社長さん。」
現世に降り立ったレールは最後に聞いた蛭子の言葉にツボっていた。
「こら!いつまで笑ってんの!仕事!」
エビスの発言にレールはまたまた笑い出した。
「はははは!エビちゃんまで『こらッ』って……社長さんと同じ事言ってる~。」
「もういいからさ、何の神が来ているか教えてよ。」
エビスとレールがいる場所は川沿いのきれいな桜並木の道だった。小さな川を挟むように桜のアーチがどこまでも続いている。桜の花は満開でピンク色の花はとても可愛らしい。風に揺れて落ちる花びらもとても美しかった。
「はいはい~。えっとね~……。」
レールは持っていたスケジュール帳を開く。レールがスケジュール帳を開いた刹那、何も書いていなかったページに突然、スケジュールが書き込まれ始めた。
レールは名もなき国の出会いの神で彼女にかかればどんな神にも出会えるという。
特殊技としてスケジュール帳を開くと会いたい神のスケジュールが過去未来問わず書きこまれる。つまり、待ち伏せができるわけである。
「今、来日しているのが……ラクシュミー神だね~。」
「また難しい名前の神だね。で?どこにいるわけ?」
「なんだかラッキーだけど~この道にいるらしいよ~。」
レールは桜の並木道を指差した。
「ほんと!?行くしかないじゃない!」
エビスはさっそくラクシュミー神を探し始めた。今日は平日だというのにかなりのお花見客がいた。すべて人間の花見客なのでエビス達は彼らの視界には映らない。
「エビちゃん~?けっこう近いところにいるみたいなんだけど~。」
レールもエビスと共に辺りを見回す。
「あっ!」
ふとエビスが声を上げた。
レールもエビスが見ている方向に目を向けた。
お花見客に交じって談笑している二神の女神を見つけた。二神は小さな川をまたぐ橋の上にいた。橋からはベストな状態の桜が川を挟む感じでアーチ状に連なっている所が見える。
「ああ~あの神に間違いないね~。もう一神はわからないけど~。」
黒髪に派手な装飾品、金色の王冠のような帽子をかぶっている女神とその隣に薄ピンクの可愛らしい着物を着た女神がいた。レールは派手な装飾品をつけている神の方をラクシュミー神だと言った。
「ていうか、なんであの神達は花に乗ってるわけ?」
二神は驚くべきことに蓮の花に乗って浮いていた。
「ラクシュミー神は蓮の花に乗れるんだって~。」
「ラクシュミーさんって花に乗れるの!すごいね!ていうか、もう一神の……ピンクの着物の方は木花咲夜姫神(このはなさくやひめのかみ)じゃないの!あの桜神とラクシュミーさんって知り合いなわけ?」
エビスは楽しそうに談笑している女神達を不思議そうに見つめていた。
「とりあえず~いく~?」
「よし!疑問は聞けばいいのよ!」
レールの問いかけにエビスは気合を入れ、橋に近づいていった。
だんだんと女神達の上品な会話が聞こえてきた。
「咲夜さん、ここの桜はおきれいですわね。お花も可愛らしい。」
「あら、ラクシュミーさん、この蓮の花も鮮やかでおきれいですことよ。ほほ。」
二神の上品な会話を聞きながらエビスは突撃するタイミングを計っていた。
「咲夜さん……桜は儚いですわね……。もう風に吹かれて散ってしまっていますわ。」
「ええ。この儚さがわたくしの形ですわ。」
「日本の神らしくてとても美しいですわ……。」
「ラクシュミーさんもとてもお美しいですわ。今度はわたくしが遊びに行きますわね。」
二神の会話に耳を傾けつつ、エビスは二神をじっくり観察した。
「むぐっ……。」
「え、エビちゃ~ん?」
エビスはがっくりとうなだれていた。レールは突然落ち込んでしまったエビスを心配そうに見つめた。
「う……美しすぎる……。」
「え~?」
「美しすぎんのよ!私なんて……私なんてっ!」
なんだかわからないが今度は怒りだした。
「え、エビちゃ~ん……エビちゃんも十分かわいいよ~?」
「かわいいじゃないの!あの神達は美しいの!わかる?美しすぎるの!」
レールの言葉にエビスは今度は泣き出した。
「え、エビちゃ~ん……。」
レールが困っていると蓮の花に乗っていた女神達がこちらに気が付いた。
「あら?どうしましたの?迷子かしら?」
蓮の花から上品に降りたラクシュミー神がレールとエビスの元までやってきた。
その後を木花咲夜姫神がついていく。
「ま、迷子じゃないわよ!あんた達が美しすぎて……じゃなくて!……こほん。私達は天界通信本部の者で現在、日本にいらっしゃった海外の神々についての取材をしております。ラクシュミーさん、取材をさせていただきます。」
エビスはグイッと涙を拭うと突然お仕事モードに入った。
レールはエビスの変わりように驚いたが慌ててメモを取り出す。
「あ、あら……取材でしたの?いいですわよ。何を話せばよろしくて?」
ラクシュミー神は美しすぎる笑みをエビスに向けた。
「……っく……。」
エビスはあまりの美しさにラクシュミー神を見る事ができなかった。
……ダメだわ!これでは私、違う事を質問しそうだ!
エビスはタジタジになりながら何を質問するか考えた。
「えっと……あの……その……。」
「エビちゃ~ん?だいじょ~ぶ?」
見かねたレールがエビスを優しく揺すった。しばらく下を向いていたエビスは突然バッと顔を上げた。
その目には謎の炎が燃え上がっていた。
「う、美しさの秘訣を!美貌を保つための秘訣を!コツとか!そういうのを!しぐさとか!それからエクササイズとか何をしているのかとか後は……」
エビスは鼻息荒くラクシュミー神に詰め寄る。
「え、エビちゃ~ん……取材の内容がおかしいよ~……。」
レールが慌てて止めるがエビスの目は本気だった。
「あ、あの……落ち着いてくださるかしら……?せっかくのお顔が台無しですわよ?わかりましたわ。参考になるかわかりませんけど……。あ、咲夜さんもお答えしてあげて。」
「わたくしも参考になるかどうかわかりませんが……。」
ラクシュミー神は木花咲夜姫神に目を向けるとお互いにほほ笑んだ。
しばらく話を聞いていたエビスはムクムクと美容と健康についての知識を女神達から吸収していた。
「まあ、これくらいでしょう。他、何かやってらっしゃる?」
ラクシュミー神は木花咲夜姫神に目を向ける。
「いえ……わたくしもこれといった特別な事は行っておりませんので。とりあえず適度な運動と睡眠……それくらいかしら?」
「ふむふむ。適度な運動、それから睡眠……太陽の光を浴びる……きれいなお水を飲む……きれいなものをみる……。」
エビスは黙々と取材内容を頭に叩き込む。レールは仕方なくそれをメモした。
「では、わたくし達は全世界桜巡りツアーの最中ですので……この辺で。取材頑張ってくださいね。行きましょう。咲夜さん。」
「そうですわね。」
ラクシュミー神と木花咲夜姫神はエビスとレールに上品に手を振ると蓮の花に乗り、飛んで行ってしまった。
「よっしゃ!これで私も美神の仲間入り……って……あれ?取材は……。」
「エビちゃん~……ラクシュミーさん行っちゃったよ~……。」
「こ、こんなはずじゃなかったのに!」
レールの呆れ声にエビスは無様に膝をついた。
「あ、そうだ!桜巡り中ならまたレールのスケジュール帳で……。」
エビスは再び元気を取り戻し、レールに情熱のまなざしを向ける。
「あ~……残念だけど~全世界桜巡りツアーをやっているみたいだから……今はイギリスにいるみたい~……。イギリスも今、桜見ごろなんだって~。」
「い……いぎ……。」
エビスは再び膝をついた。その背中をレールがそっと撫でる。
「エビちゃん~元気出して~。」
「もう、こうなったら美容の記事で攻めるわ!」
「エビちゃ~ん、ダメだよ~。『ようこそ!外国神!』のタイトルと内容的な問題が~……。」
「大丈夫!いこっ!」
戸惑っているレールの手を引き、エビスはどこか満足そうに走り出した。
その後の天界通信、エビスとレールが担当している『ようこそ!外国神!』の欄には……
『美容と健康はとても大事です。今日は美しくなれる方法をお教えいたしましょう!まずは適度な運動、それから睡眠。ここまでは人間。そして人間とは違う神故の美容方法は太陽の光を浴びる、きれいな御水を飲む、それからきれいなものを見る事だそうです!今は桜が見ごろです。美しいものを見に行きましょう!……取材協力……ラクシュミー神、木花咲夜姫神。』
とタイトルとはまったく関係のない事が記事になっていたという。
記事は関係のない事ばかりだったが、前々からさりげなくすごい神々の名前が書いてあると日本神達から評判が高く、このコラムもかなり読まれたようであった。
喜ばしい事ではあったがエビスはこの記事を書いた後、たっぷりパパのお仕置きを受けたという。
弁財天緊急来日!
日本では来日する外国神の興味が集まっている。
神々の情報を提供している天界通信本部でまだ若い女神達が日本神の期待に応えるべく外国神に日々突撃と取材を繰り返していた。
「レール!レール!」
「なあに?エビちゃん~?」
天界通信本部の休憩室でお茶を飲んでいた金髪の少女レールの前に突如、黒髪の少女が元気よく現れた。
「来たわよ!来た!外国神!」
レールにエビちゃんと呼ばれた黒髪の少女は蛭子神エビスである。外交の神とも言われ、海外から日本に遊びに来た神々のチェックをしている神でもあった。
まあ、この仕事をしているのはほとんどエビスの父、天界通信本部社長の蛭子(ひるこ)なのであるが娘のエビスもなんらかのレーダーを持っているようだ。
海外の神が日本に出現すると会っていなくてもエビスは反応する。ある意味な野生の勘である。
「え~……今日はゆっくりしたいなあ~……。」
金髪の少女レールはのんびりとお茶を飲みながらスケジュール帳を開いた。
レールは名もない国で出会いの神をやっている外国神である。今は日本に遊びに来ており、のんびりとエビスの取材仕事を手伝っていた。
「あ~……今は弁財天さんが来ているみたいだね~。」
レールはスケジュール帳をパラパラめくりながらのんびりと声を上げた。
出会いの神レールの特殊能力、スケジュール帳を開くと会いたい神のスケジュールが過去未来問わずに見る事ができる。つまり待ち伏せができるのである。
「弁財天だって?七福神!で?今どこにいるの?」
エビスがレールにがっつくように声を発した。レールはエビスの眼力に抑え込まれ、退きながら恐る恐る口を開いた。
「え~っとねぇ……。今はテーマパーク竜宮で龍神達と使いの亀達に楽器の指導をしているみたい~。芸術神でもあるからね~……。後それから~……。」
「それから?」
「その後に竜宮でエビちゃんのパパとお話しするみたい~。七福神絡みかなあ~?」
レールの言葉にエビスは目を輝かせた。
「パパとお話だって?これはチャンスだわ!まだパパは本部にいるし、これから竜宮に行くのなら一緒に連れてってもらおう!」
エビスは鼻息荒くそれだけ言うとさっさと部屋から出て行ってしまった。
「え~?え~?えびちゃ~ん!いきなりすぎるよ~!ああ~待ってよぉ~!」
残されたレールは戸惑いながら慌ててエビスを追って走り出した。
天界通信本部の作りは和風である。座敷に長い机が置いてあり、そこに最新式のパソコンがずらっと置いてあった。ちなみに最近の高天原では空間をタッチするだけでアンドロイドを起動できるハイテクなものが出始め、パソコンは日々減少傾向だった。
現在、エビス以外の神々は皆仕事中のようだ。
エビスは仕事をしている周りの神々をすり抜け、社長室の障子戸をノックもなしに思い切り開けた。
「パパ―!いるでしょ?」
「え、エビス!?」
畳に机が置いてある部屋でエビスによく似た黒髪の青年が驚いて叫んだ。
青い着物の袖と肩先で切りそろえられた髪をなびかせながら青年はエビスの元まで歩いてきた。知らずの内に青年の顔は驚いた顔から呆れた顔へと変わっていた。
「ノックをしなさい。それから電話中だ。お前がいきなり入ってくるからパパびっくりして電話切っちゃったじゃないか。」
彼の顔つきはとても若いが彼はエビスの父である。神々に歳はあまり関係ない。
エビスの父、蛭子は慌てて空間をタッチするとアンドロイド画面を出した。先程かけていた番号に電話をかける。
「あ!ちょっと待って!その電話の先にいるのって弁財天じゃない?」
エビスは蛭子の手を掴むとにこりと笑った。
「『弁財天さん』だ。さんをつけなさい。やはりその件で来たのか。レール殿のスケジュール帳を見てきたのだろう?」
「そうそう!私とレールを竜宮城へ連れてってよ。いいでしょ?ねえ?」
エビスは蛭子に拝むポーズをとりながらお願いした。
「ダメだ。これは七福神の会合だ。お前を連れて行ってぐちゃぐちゃにしたくないんだよ。」
「ケチ。ケチ―!いいじゃない。一緒について行くくらい。」
「それよりもエビス……パパに言う事があるんじゃないかな?」
蛭子が突然怖い顔でエビスを睨んだ。
「うっ……え?な、何の事?」
「とぼけても無駄だ。外の掃除はどうした?今日はお前が当番だったはずだ。見る限りでは朝から放置されているように見えるのだが……。」
「あ、なんだ、そっちか……。」
「そっちかって何だ?もしや、パパに内緒でまたいけない事をやっているんじゃないか?悪い事はパパ許さないぞ!……言いなさい!エビス!」
「ひぃ!」
どんどん声が鋭く、大きくなっていく蛭子にエビスは顔面蒼白で後ずさりした。優しそうに見えてエビスの父はとても怖かったりする。
周りで仕事をしている神々は「またか。」とほほ笑みながらこちらを見ていた。
エビスは蛭子の鋭い声、怖い顔でいつも泣いてしまう。そして今日も例外ではなくエビスはワンワン泣き始めた。
父親の前ではエビスはまるで子供だった。
「ごめんなしゃああい……。」
「ま、待て待て……あやまる事は良い事だとパパは思うが何をしたのか言ってほしい。だいたいお前がすることはいつも事が大きい……。パパは心配で心配でいつも頭がおかしくなりそうだ。」
「うう……うう……。」
エビスはしくしく泣きながらその場にぺたんと座り込んだ。蛭子は言い過ぎたかとなぜか心を痛め、エビスの頭を優しく撫でた。まったくダメな父親である。
「社長さ~ん。大丈夫ですよ~。エビちゃんがやった事って~来客用のお菓子を食べちゃっただけだから~。」
気が付くと後ろにレールがいた。レールは二神のやりとりに笑いを堪えながら障子戸にもたれかかっていた。
「なんだと!それは来客用じゃない!弁財天殿に差し上げるお菓子だ。紙が貼ってあっただろう……。」
「いっぱい入ってて一個なら気づかないと思ったんだもん……。おいしそうだったし……。でも食べ始めたらとまんなくなっちゃって。全部食べちゃった。あれ、すごくおいしかったよ!パパ。」
「エビス……。やっぱりちょっとこっちに来なさい。」
蛭子の顔が再び怖くなる。エビスは小鹿のようにまたプルプルと震えだした。
「あ~……社長さん……。お、お菓子ならこれからエビちゃんと買ってきま~す。ちゃんとおいしいの買ってきますから~許してあげてくださ~い。」
レールが間に割って入り、蛭子に手を合わせてぺこりと頭を下げた。
「……う、うーん……。レール殿には本当に迷惑ばかりおかけする……。私はまだ仕事が残っているからこれからお菓子を買いにいけないんだ。レール殿、すまないが同じものを買ってきてほしい。あれは弁財天殿がとても好きなお菓子なんだ。……それからエビス!レール殿にちゃんとあやまって、一緒に買ってきなさい!パパはとっても今怒っているんだ!わかるね?自分のお金で買う事!わかったね?」
「ふ、ふあい!」
厳しい蛭子の声にエビスはめそめそ泣きながら辛うじて返事をした。
こうしてエビスとレールは弁財天が好きなお菓子を買いに行く事になった。
高天原南の竜宮付近にある観光地で弁財天が好きだというお菓子を買った。
そのお菓子はイチゴ大福だった。五個入りで七千円の高級イチゴ大福だ。
「な、七千円……五個で……。大出費だよ……まったく……。あー、でも助かった。レール。パパの怒りが七千円で済んだわ。ありがと。」
エビスは今、晴れやかな顔で大きく伸びをしていた。
「エビちゃ~ん……少しは反省してね~。じゃあ……早いところ……。」
「これからこのお菓子もって竜宮に行くよ!取材だよ!」
レールが言い終わる前にエビスは腰に手を当てて空を仰いだ。どうでもいいが空は抜けるような青空である。
「これを社長さんに渡すんじゃないの~?」
レールはエビスが持っている高級イチゴ大福を指差す。
「パパが渡しても私が渡しても大して変わんないじゃない。とりあえず取材させてもらってからパパからだってイチゴ大福渡してさ、パパには『途中で弁財天さんに会ったから先に渡しといたよ』とか言っておけばいいし。」
「エビちゃん~なんだか最近、やる気が斜め上に行っているような気がするよ~……。」
「早く一神前になりたいしね!頑張るよ!私。さあ、行こう!レール!」
やる気満々なエビスにレールはため息をついた。
「う~ん……これ絶対社長さんに怒られるよ~……。」
エビスがどんどん先に歩いて行ってしまうのでレールも慌ててエビスを追いかけた。
エビス達がいた高天原南の観光地からテーマパーク竜宮はとても近かった。
きれいな海辺でエビスとレールは一息ついた。今日は竜宮が定休日なのかビーチには誰もいない。
「竜宮って海の中にあるんだよね?ツアーコンダクターか使いの亀がいないとテーマパーク内に入れないんじゃなかったっけ?さすがにこの海に潜って竜宮までたどり着ける力はないねえ……。」
エビスは唸りながらレールを見た。レールは首を傾げたまま困惑した笑みを浮かべていた。
「エビちゃん~やっぱり社長さんの所に戻ろ~よ?」
「ダメ。パパは絶対に連れてってくれないもん。」
「じゃあ、どうするの~?」
二神が悩んでいると亀に連れられてエレキギターを持った女が海辺に現れた。女はパンクロックっぽい格好でこちらに近づいてきた。海から出てきたところからすると竜宮から海岸に上がってきたようだ。
「うわっ、なんかファンキーな神がこっち来た。」
「エビちゃん、あれが弁財天さんみたい~。」
「ええっ!な、なんかイメージが……。」
レールの言葉にエビスは目を見開いて驚いた。
「あんた達、誰?竜宮は今新サービスのための研修してるよ。今日はやってない。」
弁財天だと思われる女性はかけていたサングラスをグイッと頭の方まで上げ、さばさばと話しかけてきた。
「え……あ、あの……べ、弁財天さんでしょうか?」
エビスが恐る恐る尋ねると弁財天だと思われる女神はにこりとほほ笑んだ。
「そうだよ!あ、この格好?これは竜宮の新パフォーマンスの演技指導でちょっとはしゃいじゃっているだけだよ。気にしないで。」
弁財天は楽しそうにケラケラと笑いながらエビスに言った。
「そ、そうでしたか。実は取材をさせていただきたくて……。」
エビスは素早くレールに目を向ける。レールは頷いてメモ帳を取り出した。
「え?取材?なーんでまた?あたし達は親戚みたいなもんじゃないか。」
「い、いいですから……お願いします!」
「あ、そう?何が聞きたいの?」
弁財天の質問にエビスは少し考えてからズバッと切り込んだ。
「七福神の会合とは何なのでしょうか?」
「ああ、その話ね。軽いコンベンションから始まってミーティング、内容は日本と中国の信仰心の相違的問題点、それのバランスと強弱変動、日本故の七福神の存在的価値、その意義……それからインド、中国、日本の信仰心の対象、竹林の七賢についてと……。」
「あー……えっと……ちょっと待って!マジでわかんない……。」
エビスは弁財天の話の一部すらも理解できなかった。
「わかんないのに聞いてきたの?はははは!先にパパに取材がいいんじゃない?それ?」
弁財天はお腹を抱えて笑い出した。
「わ、笑わないでください……。あ、あれ?というかなんで名乗っていないのに私が蛭子神の子だってわかったの?」
エビスは訝しげに弁財天を見た。弁財天は笑いながらエビスの肩をポンポンと叩いてきた。
「わかる。わかる。ほんとーはさ、最初からわかってたの。わざと質問したの。はははは!ほんとだ!ほんとに来たよ!あーははは!はい、じゃあそのイチゴ大福もらうね。」
弁財天はぽかんとしているエビスからそっとイチゴ大福の箱を奪った。
「あ……。え?どういう事?」
「いやあ、蛭子から電話があってね、竜宮におそらく娘が向かっているだろうからそのままイチゴ大福をもらってくれって言ってきてさ。それから変な事を尋ねてくるだろうから適当に流してくれ、お手数をおかけ致すって言って来たよ。当たってるね!さすが蛭子!」
弁財天は両手の人差し指をエビスに向けて変なポーズをとった。エビスは茫然と弁財天を見つめていた。
「エビちゃん~、社長さんにばれているみたいだね~。ドンマ~イ!」
レールがそっとエビスの肩を叩いた。
「ゲッ……パパ鋭すぎる……。あーもう……どうにかしてパパを丸め込みたいなあ。」
「あ……。」
エビスがブツブツ言っている最中、弁財天がエビスの後ろにそっと目を向けた。
「……私を丸め込むだと?お前はパパになんてことを言うんだ。」
「ひぃ!ぱ、パパ!」
エビスの後ろには憤怒した顔の蛭子が仁王立ちしていた。いままでの積りに積もった怒りが顔からあふれ出ている。
「あちゃ~……。」
レールは噴火してしまった蛭子から少しずつ後ろに下がった。
「お久しぶり!蛭子!あんた、今、阿修羅みたいだよ。娘さん、かわいいじゃないか。」
弁財天が楽観的に蛭子に挨拶をした。蛭子は顔を元に戻し、弁財天に疲れの入った顔を向けた。
「ああ……エビスが失礼をした。申し訳ない。彼女は私の大切な娘だがなんというかお転婆なんだ。許してくれ。」
「いいよ。いいよ。今日は竜宮の一室を貸し切りにしているからさっさと会合やって七福神の皆でご飯食べよう!会合終わったら娘さんと金髪のかわいい子もおいでね。」
弁財天はエビスとレールに優しくほほ笑んだ。
「本当!七福神とお話ができる!行く!行きまーす!」
「エビちゃ~ん。でも社長さんがすごく怒っているよ~。」
レールが青い顔でそっとエビスをつついた。
エビスは蛭子の言いつけをことごとく破ったのを思い出し、顔じゅうに冷汗を浮かばせた。
「竜宮へ向かう前に……弁財天殿、少し失礼する。……エビス、まずはそこに正座しなさい!」
「ひぃいい!」
蛭子の鋭い声にエビスは目に涙を浮かべながらその場に素直に正座した。
「あ~……これは長くなりそう~……あ、弁財天さ~ん、先に竜宮内を案内していただいてもいいですか~?」
レールが呆れた顔をしつつ、弁財天に頼んだ。
「ん?いいよ。そこにいる亀に連れてってもらおう!あれ、長くなるの?」
弁財天が叱られて縮こまっているエビスを指差しながらため息交じりに尋ねた。
「あ~そうですね~長くなりますね~。今回は色々とエビちゃんが悪いから~私、止めない~。」
レールは弁財天にほほ笑んだ。弁財天もケラケラと笑い、「じゃ、先に行こっか。」とエビスを置いてレールと共に竜宮へと向かった。
遠くの方でエビスが
「助けてー!レール!」
と叫ぶ声が聞こえたような気がしたがレールはエビスを見捨てる事にした。
その後の天界通信、エビスとレールが担当する「ようこそ!外国神!」の欄には……
『弁財天さん緊急来日!七福神の会合に出席。内容はほぼわかりませんでしたが日本のため、世界のために日々動いているようです。えー……実はですね、蛭子神、私の父なのですがその父を怒らせてしまい、その説教(まさに苦行)が耳にこびりついてしまっていて内容をほぼ忘れてしまったんですねー。会合の内容が気になる方は私のパパ、蛭子神へどうぞ!』
と蛭子に内容をしゃべらせる記事だったという。
内容を聞いてもわからなかったエビスは知っている蛭子にすべて振ったようだった。
その後、七福神の会合の内容が気になると蛭子に沢山の電話があり、蛭子は自分の娘に頭を抱えながら一件一件丁寧に説明したという。
そして当然のことながらエビスはこの後も蛭子にたっぷりと叱られることになるのであった。
レール神緊急来日!
現在、日本の神々のブームは海外から来日した神がどんな神なのか知る事である。
よくバカンスや仕事で日本に来るようなのだがほとんどの日本神はそのことを知らない。
そんな日本神達に来日した神の情報を伝える記事を書いている二神組がいた。
外交の神である蛭子神が社長を務めている天界通信本部。
その本部内でいつも頑張っている二神の内の一神、エビスはなんだか珍しく落ち込んでいた。
「え、エビちゃ~ん?どうしたの~?」
天界通信本部内の休憩室でぼうっとしているエビスに金髪の少女が心配そうな顔で尋ねた。
「ん?あ、レール……。うーん、なんだかさ、最近全然ノッてないんだよね。」
エビスは金髪の少女レールに力なく答えた。
「ノッてないって~エビちゃんいつもノリノリじゃ~ん。」
「そんな事ないって。だってさあ……パパから怒られるし、いつまでたっても一神前になれないし。私だってさあ……けっこう行ける記者なのに!あああああ!」
エビスはどこか悔しげに休憩室の机を軽く叩く。
「え、エビちゃ~ん、落ち着いてよ~。エビちゃんはまだ一回もちゃんと記事を成功させたことないじゃ~ん……。コラムとしてはうまくいってるみたいだけど~……記者としてはねぇ~。」
レールはほほ笑みながらエビスを見た。
「……あんた……けっこうグサグサ言うねぇ……。当たってるけど。」
エビスは顔を曇らせながら机にぐったりと体を預けた。
「あ~、あのね~エビちゃん、社長さんがちゃんとした記事が書けたら一神前にしてあげるって言ってたよ~。」
「なんだって!」
レールの一言にエビスはバッと勢いよく立ち上がった。エビスの目に突然光が宿った。
「だ、だから~……。」
戸惑っているレールをよそにエビスは話を勝手に進め始めた。
「よし!じゃあ、さっそく今バカンスに来ている神を……。」
「あ、あのね~エビちゃ~ん……。」
ガッツポーズをとっているエビスの横でレールが言いにくそうにもじもじとしていた。
「何?レール、そんなもじもじしちゃって。」
「う、う~ん……実はね、私、一回国に帰ろうと思っているんだ~。」
「え……?」
レールの言葉にエビスの顔が不安げに変わった。
「ど、どうして?」
「うん~。実はね~。エビちゃんと今まで海外の神の取材してて~世界の神々からちょっと私が注目を浴びててね~、ほら、私の国ってまだ名前がないでしょ~?だから名前をつけなさいって言われて~、ちょうど人間さん達も国に名前をつけようって盛り上がっているから~その命名の祭典には行きたいんだ~。他の国の人間さん達が『この国の白猫グッズがかわいい』ってSNSで投稿したからさ~有名になっちゃったみたいなんだよね~。」
レールは少し言いにくそうにつぶやいた。
「そ、そうなんだ……。よ、良かったじゃん!これで名もなき国じゃなくてちゃんと名前がある国になるんだね!」
エビスは戸惑いながら無理に顔を明るくした。
「エビちゃ~ん……色々とごめんね~。しばらくこっちに遊びに来れないの~……。」
「あ、あやまることないじゃん!い、いいじゃん。帰りなよ。だいたい、その国の神が一年以上も日本でバカンスしているってやばいんじゃないの?」
「業務は私と同じ神の白猫達にやってもらってたから~大丈夫だったけど~これから一緒に取材ができないから~……。」
「う、うん……大丈夫よ……それは……。レール、まだ日本にいるんだよね?」
「うん~。明後日には帰るけど~……ごめんね~エビちゃ~ん。急で……。」
「そ、そうなの。わ、わかった。ごめん、ちょっと席外すね。」
「エビちゃん~……。」
エビスは心配そうなレールに一言発すると動揺した頭のまま、休憩室を出ていった。
……レールが明後日からいなくなっちゃう……。レールがいなくなっちゃったら私……。
レールが帰ってしまった後の事を考えていたらなんだか無性に寂しくなった。
……レールは私の大事な友達……本当は日本にいてほしいけど……レールに行かないでなんて言えないよ!言えないじゃん!幸せそうじゃん!レール!
エビスは寂しさと喪失感に襲われ、大人げなく涙を流した。
「うう……さみしぃよぉ……。」
エビスはなぜだか無性に走りたくなり泣きながら走り出した。傍から見るとかなりの変神である。エビスはそのまま働く神々を避けて天界通信本部社長兼エビスの父親の蛭子の部屋にアタックした。
「うわーん!」
「うわあっ!え、エビス!」
部屋でのんびり緑茶を飲んでいた蛭子はエビスの突然の登場に驚き、お茶をこぼしてしまった。
「レールが……レールが……さみしいぃ……。」
「す、ストレートだな……エビス。」
蛭子はこぼしてしまった緑茶をフキンで拭きながらエビスを困惑した顔で見つめた。
「……レールがいなくなっちゃったら私、どうしたらいいの?」
そこでエビスはまた、自分の不甲斐なさに気が付いた。
……そうだ……。私はレールがいないと何もできない……。
……一神じゃ何もできない……。
それを思った時、先程よりもさらに感情が爆発した。無意識に蛭子にしがみつき、ぐずぐずワンワン泣き始めた。
「え、エビス?どうした?」
「私じゃ何もできない……。私一神じゃあ何もできない……。一神前なんてはなから無理だったんだ……。私は何もできなかったんだ!うう……。」
「エビス……。」
蛭子は自分にすがって泣く娘を優しく抱いた。
「だって……そうじゃん。パパだってそう思ったから私を一神前にしてくれなかったんでしょ?」
「エビス、それは違う。お前が勝手な行動をいつもとるからだ。それとできる事以上の事をやろうとするからパパは認めなかったんだよ。お前が一神で何もできないなんて言っているのではない。」
「でも、パパの言うできる範囲って掃除でしょ!」
「掃除も立派な仕事だよ。エビス。」
「私は記者だよ!」
エビスと蛭子は言い合いを始めた。ああ言えばこう言う親子である。
「……じゃあ、わかった。エビス一神でできる範囲の取材をしてきなさい。その記事が良ければ一神前にしてやる。」
「ほんと!よし!」
蛭子の言葉でエビスは急に元気になると颯爽と社長室を後にした。
「あー……エビス……まだパパは言いたい事が……。」
蛭子が何か言いかけた時にはもうすでにエビスはその場にいなかった。
「……まったく……女の子は難しいというが……あの子は単純すぎる……。」
蛭子はため息をつくと静かに障子戸を閉め、新しいお茶を急須で入れ始めた。
エビスはレールの所に行くべく足を速めた。
……レールに一神前になれるかもしれない事をちゃんと伝えなくちゃ。
……明後日帰っちゃうなら少しでも私達のやった功績と進歩を伝えてレールを喜ばせてあげないと。
エビスはこんなことを思いながら再び休憩室へと戻ってきた。休憩室でレールはのんびりとお茶を飲んでいた。
「レール!お茶なんて飲んでる場合じゃないよ!私、レールのおかげで一神前になれるかもしれないのよ!」
エビスが力強く声をかけたため、レールは驚いて飛び上がった。
「わあ~びっくりした~。どうしたの~?エビちゃん~?」
「取材の功績が認められたんだよ!一神前になれるかもしれないの!」
「え~と……じゃあ、まだ一神前にはなってないって事だよね~?」
レールに尋ねられてエビスはウッと声を詰まらせた。
「ま、まあ、もう一神前になれるよ。私だけで取材していい記事が書けたら……って言ってたけど……。」
「ふ~ん。じゃあ、私のスケジュール帳はもういらないね~?」
レールはスケジュール帳をエビスの前にかざした。
「うっ……。ちょ、ちょっとだけ見せてもらってから一神で行くから……。」
「ダメだよ~。一神ででしょ~?」
レールはエビスを見てほほ笑んでいた。それを見たエビスはまた涙が溢れてきてレールに抱き着き、泣いた。
「うう……。さみしいよぉ……。レールぅ……。」
「エビちゃ~ん、ごめんね~。ちゃんと色々落ち着いたらまたバカンスに来るから~……。」
レールはエビスの頭を撫でてせつなげにほほ笑んだ。
「あ、そうだ!」
エビスが突然声を上げた。
「ん~?」
レールは不思議そうにエビスを見た。
「できる範囲の取材……。レールは外国神……。私はレールの事をけっこう知っている。」
「うん~?」
レールは首を傾げていたがエビスの瞳に再び光が差した。
「レール、私は馬鹿だった。パパの『できる範囲でやる取材』っていうのがわかったわ!まずどの神を取材するよりも先にしなければならなかった事、それはレールの取材!だからパパは私に掃除ばかり命じてたんだ!レールと話をさせるために!」
エビスはビシッとレールに言い放った。レールはぽかんとした顔でエビスを見ていた。
「……パパは馬鹿じゃなかったんだ……。」
エビスが納得した顔で頷いた刹那、エビスとレールの後ろから蛭子の声がした。
「エビス……パパになんて言葉を使うんだ……。」
「ゲッ……パパ。」
「『ゲッ』と言うんじゃない。汚いだろう。」
蛭子は呆れた顔を向けるとエビスの隣に座ってきた。
「な、何よ。パパ……。」
「……お前の取材能力を見てやろうと思ったのだ。所謂テストってやつだ。」
蛭子の一言でエビスの顔が引き締まった。
「パパ。ありがと。」
エビスは小さく蛭子につぶやいた。蛭子は少しだけ照れながら頷いた。
急に取材モードになったエビスと試験官の蛭子にレールはなんだか固まっていた。
「う、うわ~なんか緊張するんですけど~……。」
「あんたが緊張する事ないじゃん。レール、いつも通り!お願いね!」
エビスの笑顔でレールの緊張もほぐれた。
それを見た蛭子はわずかにほほ笑んで二神の会話を優しく見守った。
「すごい!こんないい記事が書けるなんて!」
取材が面接のようになってしまっていたがエビスはとても喜んでいた。
「良かったね~エビちゃ~ん。私も嬉しいよ~。」
レールはエビスにホッとした顔を向けた。
「パパ!どう?」
エビスは自信満々に蛭子に記事を見せた。
「うん。良く書けているよ。本当はもっと早くに記事を書いてほしかったのだが……まあ、いい。……じゃあ、エビスにはこれからレール殿の国の記事を書いてもらおうか。レール殿の国の事に今、日本の神々はとても興味を持っているんだ。」
「そ、そうだったの?知らなかった。レールの国の事を書く事が今の私にできる事なの?」
「ああ。そうだよ。お前にしかできないだろう。レール殿とお前はとっても仲良しじゃないか。」
エビスは蛭子の言葉を聞きながらレールに目を向けた。レールはほほ笑みながらエビスに頷き返した。
「そうか!そうだよね!……じゃあ、レールの国と日本はこれからどんどんつながっていくって事だね。」
エビスの言葉にレールは再び頷いた。
「レール殿、一つお願いがあるのだが……。」
蛭子がひかえめにレールに声をかけた。
「は~い。日本紹介の記事を私の国で出せばいいんですよね~?」
「……っ!そ、その通りだが……。どうしてわかった?」
レールの発言に蛭子は驚いた。
「いや~、私の国で日本がちょっと有名になっていて~実は私、バカンスじゃなくて~記者としてのお仕事で来たんです~……。でも全然、ダメダメで~楽しかったので~そのままバカンスしちゃいましたあ~……。」
「なっ!」
レールは呑気に言っていたがエビスと蛭子は驚いて立ち上がった。
「あ~、日本の事はエビちゃんにこれから聞くね~?これでおあいこだね~。」
レールはクスクスと楽しそうに笑った。エビスと蛭子はお互いを軽く見やるとレールにつられてほほ笑んだ。
その後、レールが帰国し、エビスはしばらく落ち込んでいたがレールの国のためにレールの国のPR記事を頑張って書き続けた。いつぞやに教わったラトゥー語についての事も思い出しながら記載した。
それはイトゥーが「です、ます」を意味するという事しかわからなかったが日本の神々にはかなり注目されたようだ。
エビスはできる事を目標に着実に功績を上げた。
そしてしばらく経った後、再びレールが日本に戻ってきた。
「エビちゃ~ん!久しぶり~!最近エビちゃんのおかげで~日本神がうちの国に旅行しにくるようになったの~。」
「レール!久しぶりだね!元気そうで良かった!……そうなんだ!私頑張ったもんね。」
レールとエビスは久しぶりに会ったというのにずっと一緒にいたように話し始めた。
「あ、そういえば、高天原に白猫がよく遊びに来ているのを見るね。レールのおかげかな!」
「私も頑張ったよ~。」
二神はお互い幸せそうに笑いあうといつものように天界通信本部の休憩室へと向かった。
レールの国は『レール』と名付けられたらしい。
レールもエビスもレール国という名前がすぐに好きになった。
「だって、私とレールを結んでいる感じするじゃん。」
「ね~?」
二神は笑いあうと再び、いつもの日常に入り込んでいった。
彼女達のこれからの仕事は一つ。
一面記事でお互いの国をPRすること……。
「ようこそ!外国神!」は「来てみて!外国神!」になり、
彼女達の生き生きとした文章には笑顔が見える事だろう。
旧作(2015年完)TOKIの庶民記『女神達の奮闘記?』