青と白の境界線

 真っ白な紙の上をひとさし指でなぞりながら考えた。どんな線を描きなぐろうか。何色で塗り潰そうか。いざ鉛筆を持ってみると手が震えていることに気が付く。はて、何を恐れているのだろうか。さあ描こう。しかしいつまでも鉛筆の先が紙に付くことはない。先に色を塗ってしまおうか。そう思って絵の具を取り出す。どの色にしよう。青、赤、紫……絵の具の上で手が行き場を探して彷徨う。まずは青だ。沈むような青を。絵の具のチューブに触れようとすると、指先がチリチリと痛くてどうにも触ることができない。どうしたことか。一度手を膝の上に乗せて深呼吸。それから、もう一度紙をひとさし指でなぞってみた。紙は大丈夫なのだ、サラサラと指先の裏を流れてゆく。しかしいざ鉛筆を持つと、急に鉄心を持ったように手が震えて動かなくなるのである。
 青のことを考えた。私は青といえば空を思う。海を思う。上方が青い時は空で、下方が青い時は海の上、または水の上だ。青い大地にはなることがない。それがいけないのだ。大地が青くてもいいのに、水である必要はないのに、私は青く塗った場所を空か海と考えてしまうのである。黄色の川も銀色の砂漠も赤い草原も私は描くことが出来るのに。白い午前三時があってもいいじゃないか。どうして真っ黒な午前三時しか見えないのだろう。
 机の上は黄色く丸く照らされている。その円の中には真っ白な紙が一枚。私は紙を撫で続ける。外は一歩踏み出せば闇だ。この紙も外に出せば黒く染まるだろうか。
 引き出しを開けて青いビー玉を取り出してみる。それを紙の上に置いたら、透き通った青が紙の上に浮かび上がった。なんだ、簡単に色を置けるじゃないか。この青を紙に留めたらいいだろう。私は筆を持つ。水が入った小さな瓶に筆が入って、机の上の水の影が揺れる。青に沿ってそっと水を塗った。それからまた別の細い筆を取り出してパレットを見る。そうだ、まだ絵の具を出せていないのだった。もう一度コバルトブルーに手を伸ばす。いいや、スカイブルーだろうか。空の青。今から君はビー玉の青だ。それから地面の青になるかもしれないし、誰かの髪の青になるかもしれない。
 今度はすんなりとチューブを持って、蓋を開けることが出来た。小指の爪の半分くらいをパレットに乗せる。それを筆で掬って薄く塗った水にそっと触れると、青が広がった。
 そろそろ青が迫ってくる。外が明るくなってきたのだ。

青と白の境界線

青と白の境界線

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-07-05

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