華子(なこ)

あらすじ

2つ年下の甥が亡くなった。義理の兄貴の一人息子で親父が死んだとき年老いたおふくろとともに引き取られ兄弟のように暮らした今では唯一の肉親だ。その次女が華子(はなこ)である。このなこを不憫だと思った時からこの物語は始まります。

突然の電話

平成27年4月22日夜8時頃治のケータイが鳴った。
俳優会館でやっと来月の支部総会での体験発表を書き終えた時だ。
見知らぬ番号。

「はいこちらはきりもんじ松村」
女の人の声だお客さんか?

「もしもし、おじさんですか?千葉の松村、華子(はなこ)です。覚えてますか?」
「おお、なこちゃんか。もちろん覚えてるよ。バレーばっかりやってた。
いくつになったの?」

「35です」
「ええっ!もうそんなに。結婚は?」
「まだしてません」
「信心のほうは?」
「勤行が精いっぱいで活動のほうは今一つです何かと忙しくて」
「そう、で?」

「父が倒れました。今病院に担ぎ込まれて。肺がんでもう末期だそうです」
「あの克彦が?」
「肝臓にも転移してて余命10日だそうです。今は薬で安定してますが」
「そう、10日か。危篤ではないんだな。意識は?」

「今はしっかりしてます。何かあったらまた電話しますので準備だけお願いします」
「分かった。ひろこさんは?」
「母はアキコ姉ちゃんの子供二人の面倒を見なければならず。妹のトコは今
こちらにいますがこの子はあてになりませんから」

「そうか、なこひとりで。仕事は?」
「船橋で小学校の先生をしてますが休みを取りました」

「わかった。準備しとく。大変だろうけど頑張れ。題目送るよ」
「ありがとうございます。ではよろしくお願いします」

危篤

翌日また同じ時間にケータイが鳴った。

「お医者さんから話があり、今痛み止め、モルヒネを打ちました」
「そうか」
「今は昏睡状態です。あと4日だそうです」
「わかった。明日の昼までにそちらに着くように行きます」
「すみません。よろしくお願いします」

ついにきたか。お前の方が先に逝くなんてなんてこった。
この信心を教えてくれたのはお前だったじゃないか。
不可能を可能にする信心。宿命転換、人間革命のための信心。
数々の奇跡を体験させてもらった。

入信して100日目、右目を失明する大事故を起こした。
言われたように真面目に真剣に実践してるはずなのに三障四魔は
起きないじゃないかと食って掛かっていた時だ。
この時は正直驚きもしたが不思議な歓喜を体験した。これは本物だと・・・。

それからの離婚。二度にわたる倒産。右足骨折。そのたびに題目で立ち上がり。
いつの間にか酒もたばこもやめて諸天に守られよき人と再婚し太秦に店舗を構えて
この19年。娘は結婚し孫は二人。息子と三人で幸せに生きてきた。

ところがお前の方は年に一度の連絡も取れなくなり5年前に久しぶりの電話。
「金銭トラブルで組織を除名になっちまった。入信40年目だっていうのによ」
という悲しい報告だった。

そして三年後。
「長女が睡眠薬を飲みすぎて死んじまったよ」
「おれの方も太秦の店舗を来年で出て行けということになった。お互い踏ん張り時だ。
お前が教えてくれたじゃないか。俺たち今試されてるんだよ。難来たるをもって
安楽と心得べし。賢者は喜び愚者は退く、今こそお題目をあげきって頑張ろう!」

これが克彦との最後の会話になった。

再会

仕事の段取りをつけてよく朝一番の新幹線に乗った。晴天だ。
東京駅で総武線に乗り換え千葉、都賀へ。光和総合病院に着いた。

午前11時ちょうど。かなり厳しい日差しの中に電話する。
「今病院前のバス停降りたとこ」
「早かったですね。すぐ降りていきます」
母ひろこと声は似ているが、どんな子だったか?
バレーばっかりやってた体育会系の小柄なおとなしい娘。そんな気がする。

やがて外来の方からそれらしき人が見えた。手を振っている。小柄な子。
だがパンチの効いたマメタンのように手を振っている。笑顔だ。なぜ?
こちらは白カッターに作業ズボン、リュックをしょった禿爺さん。

ピチピチのジーパンにTシャツ。短めの髪を後ろに結んで化粧けは全くなし。
すばらしい!まるで新生中国の農村の娘みたいだ。はじける笑顔。
こちらも思わず笑顔で手を挙げている。

「おじさん!ありがとう!早かったね。助かるー」
なるほどそういうことか。そうだよな。
「ああ、もう大丈夫だ。この二日なこがずっとつききりだったんだろ」
「ええ昼は交代で、母とリオとカイと。三人今こっちへ向かっています」
「今日はもうみんなゆっくり休め。私一人で十分だから」
「ありがとうございます」

ほんとにうれしそうにぺこんと頭を下げる。
この笑顔を見るだけでも来たかいがあったというものだ。
疲れはふっとび身が引き締まる。さあ克彦最後まで頑張ろうか。

克彦

なこの後について病棟のエレベータに乗る。
「なぜ結婚しないの?」
「それどころじゃなかったのこの5年間は」
急になこの顔が曇った。エレベータの扉が開く。

黙したまま少しうつむき加減になこの後に続く。
ナースステーションを過ぎ緊急治療室の手前に
個室が二部屋あってこちらは空室。

『こっちか?』
なこが静かに戸を開ける。
「パパただいま!おじさんが来たよ」
看護師さんが入れ代わりに出ていく。

中央にベッド。窓際に沿ってたくさんのモニターが並ぶ。
ベッド上部に点滴と痛み止めらしきビニール袋が宙に浮く。
そこに、酸素吸入マスクをかぶせられた克彦が
枕と布団を抱きながら体をくの字にして横たわっていた。

「克彦!おーい!」
耳元で叫んだ。何の反応もない。また叫ぶ。
目を閉じ口は開けたままで息を吸いかけては、
ふっと息を吐き切り胸がかたぐ。

「この画面は一番上が脈拍、これが血圧、酸素、一番下が呼吸です」
なこがモニターの数字を指さす。
「一番変動があるのは酸素吸収率で健康な人で95%。50%を切ると
危篤です。昨晩50を切りました。今は65で安定してますが・・・」

「意識は全然このまま?」
「もう戻ることはないそうです」
「そうか。克彦ー!おーい、克彦!」
治はもう一度大きな声で叫んでみた。

孫たち

そこにひろこと孫のリオとカイ。なこの妹トコが入ってきた。
「まあおじさん早かったわねえ。たすかるわ。私たちお風呂にも入ってないのよ」

歯切れのいい関東弁だ。
「こちらがアキの子中二のリオと小5のカイ」
でかい。女子柔道千葉代表。逆に小柄のカイ。二人ともちょこんと挨拶する。
明るそうなのがせめての救いだ。

「トコはわかるよね?」
「ああもちろん。おおきくなったなあ。なこよりでかい」
「うん」

両耳と鼻にピアス。手の甲と二の腕にタトゥー。刈上げでどこから見ても男の子だ。
「じゃあここでずっとお題目をあげてるからみんな色々とやってください」
「だけどお風呂にも入らなきゃあ?」
「弁当さえ届けてくれれば風呂は1,2週間なら大丈夫インドで鍛えてあるから」
「夜はこのサイドベッドで?」
「ああ、これだったら上出来1か月はいける」

「まあ頼もしい。じゃあ私たちは、なこ、まず役所だよね」
「そうそれとパパの仕事とマンションの後始末」
「トコとリオたちは後でお弁当と飲み物を届けてやって」
「オーケー、わかった!」
孫たちは元気に返事をした。

「あとはおじさんにまかせとけ!お題目をあげてあげてまくっとくから」
「じゃあよろしくお願いします」
皆で元気に声をそろえ挨拶をして一斉に出ていった。

空気が一変した後にまたあの静寂が戻った。呼吸器の音しか聞こえない。
ヒュウ―、カクン。ヒュウ―、カクン。ヒュウ―、カクン。
ところがよく見ると酸素吸収率が65%から75%に上がっていた。
『昨晩は50%を切って危篤だったのに。でも油断はできん。さあ題目だ』

題目三昧

サイドベッドに置いたリュックからお数珠を取り出しまず方便自我偈。
椅子を克彦の枕元に寄せ前かがみになればすぐ耳元に届く。
呼吸器マスク姿の顔面を見やりながらしっかりとお題目をあげる。

髪は白髪に禿げ髭も伸び口は入れ歯だったらしく大きく開いたまま
内にめくれハの字の長めの眉も白く垂れ下がり閉じた目じりに
涙が浮かぶ。両頬にはいくつかのシミが広がり右目の下に大きなほくろ。

『あれ、こんなほくろあったっけ?』
「克彦!おーい!克彦―っ!」
大声で叫んでみたが、やはり何の反応もない。
『だめか』
酸素もずっと75のままだ。

看護師が二人来て克彦の寝てる向きを変える。
昨晩までは相当もだえ苦しんでいたようだ。
再び静けさの中題目を上げ始める。

ふと窓の外の陽光に目をやるとレースのカーテンからそよ風。
大自然の中に今死にゆく甥っ子を抱く。お題目が澄んで遠く
大宇宙に溶け込んでいくようだ。

と突然大粒の涙があふれ出た。とめどなくそれはあふれ
拭う気もなくお題目は嗚咽に変わった。
別に悲しいなどという気持ちではない。

何なのだこれは。気を取り直ししっかりとお題目を上げ始めると
生と死との不思議なはざま、時空の神秘に感動した。
他人ごとではない今度は自分だ。

小学5年の時死んだらどうなるんですか?宇宙の果ての向こうは?
なぜいつから私は私なんですか?などと先生を詰問して、

「松村君、人生やこの宇宙にはいくら考えてもわからない、答えの出ない
事柄がたくさんあるんだよ。その時はそっと心の片隅に鍵をかけてしまっとき。
また出くわしたときにまた鍵を開けるんだ。それまではそっと…オーケー?」

大事な5年間

必ず誰人にも訪れる「死」。他人ごとではない現実なのだ。
そして今ここに。お前はどこに行ったのだ?不思議な現実。

敬虔な祈りの中に人の気配を感じる。なこがそっと入ってきて
向こうの枕元にかがんだ。克彦の耳元で、
「パパただいま。おじさんがずっとお題目をあげてるよ。よかったね」

やさしいまなざしがこちらに転じた。治は題目を止めうなづいた。
「ずっとお題目?」
「ああ、ずっと。徹夜でもなんともないさ」
「すごいな」
そう言いながらなこはモニターを見た。
「酸素が80になってる!すごーい」
「ほんとだ。もっともっとお題目をあげなくちゃあな」
「ありがとう!おじさん!」

治は意を決してなこに聞いた。
「この5年間結婚どころじゃなかったて言ったよね?」
なこは無言で少し笑みながら肩をそばめた。

「たとえば不倫だとか?好きな人はいたけれど経済的に無理だったとか?
お母さんが猛反対したとか?大事な大事なこの5年間何があったの?」
なこは真剣なまなざしで治を食い入るように見つめた。

「そうこの大事な5年間。パパは事業に失敗し同志からの多額の借金で
組織を除名になりその頃から私は自力で教師を目指したものの、やっと
たくわえができかけたころに昨年姉のアキちゃんが睡眠薬の飲みすぎで・・」

なこの瞳に涙がにじむ。
「リオとカイを残して死にました。すべての蓄えは母とパパのために」
「結婚どころじゃなかった」
「それでもとても足りないくらいでした。でもいいんです。おじいちゃん
おばあちゃんが生きてた時、パパにはほんとにいい思いをさせてもらいましたから」

その時足音と人声が聞こえ、昼を回ってやっとトコとリオとカイが
大きな紙包みを抱えて入ってきた。少し遅れて母ひろこの大きなよく通る声。
「みんな、しずかにしてよ!病院なんだから」

「おじさん。ずっとお題目あげてくれていたんだって。ありがとう!こういう人が
いるって一番助かるね、なこ。あ、おじさん向こうでこのサンドイッチ一緒に食べ
ましょう。おなかすいたでしょう?皆パパ見てて交代ね」

竹山さん

ナースステーションの先にあるホールでひろこと食事する。
暖かい日差しにまどろみそうだ。
「疲れたでしょう、お義兄さん。朝早かったんでしょう?」

「6時13分のぞみ」
治の頭の中ではめまぐるしく他のことを考えている。
「なこ、35だって?」
「そうなのよ、なこにはほんとに力になってもらって去年アキが亡くなっ
てからは結婚資金まで全部援助してもらってるのよ。70万円もよ」

「結婚とかそう言う話はなかったの?」
「はっきり言ってそれどころじゃなかったわこの5年間。なこには
ほんとに迷惑かけたから何としても幸せにと願ってはいるんだけど」
「今もいい人いないの?」
「いるわけないでしょう。そんな暇がなかったのよ、あの子」

そこに物静かな中肉中背の男が現れた。
「あら、竹山さん!来てくれたの、助かるわ。あ、こちら主人のおじさん。
治さん、こちら亡くなったアキの御主人」
「はじめまして、?」

「事情があってリオとカイは私が引き取って今は育ててるけど。
そのうち、ね?いい人よ」
意味深だ。少しいぶかしげに首をかしげると、

「アキがあんな子だったのにお嫁に下さいと主人に頼みに来たとき主人は、
『こんな娘でいいのか?ほんとに結婚してくれるのか?』
と涙流して喜んでくれたわ」
なるほど、治は納得してうなづいた。

告白

食事を済ませ病室の子供たちと交代する。ひろこが、
「お経をあげておられたせいでしょうか?酸素は75に安定したままですって。
看護婦さんが感心してたわよ。お義兄さん、さすがね。いいお声ですって」

関東弁で褒められてもちっとも褒められた気がしない。
「私たち茂原の実家まで帰ってくるからその間いい?」
「もちろんいいですよ」
治となこと竹山さんはうなづいた。

子どもたちが出ていくと入れ替わりに看護師が3人入ってきた。
そのあとに掃除機みたいなレントゲン撮影機と医師二人。
「レントゲン撮影の後身体をお拭きしますのでホールの方へお願いします」

治となこと竹山さんはホールの隅のテーブルに腰かけた。他に誰もいない。
治の前になこと竹山さんが並んで座っている。
「パパと一度だけ大ゲンカしたことがあるのよ。殴られそうになったことが」
治と竹山さんは身を乗り出してなこに注目した。

「アキ姉ちゃんと竹山さんの結婚式に私でないってダダこねたの」
なこは昔を思い出すようにゆっくりと語り始めた。

「進学で悩んでいた時だったわ。アキ姉ちゃんとパパとはとても仲が良くて
いつも姉ちゃんは甘えてた。どんなやんちゃをやっても許してた。やさしくね。
ところが私は年の離れたトコの面倒を見ながら母の言うとおりに勤行をし
会合にも出かけた。アキ姉ちゃんにはきつく言わないのに私にはとても厳し
かったのよ。だからバレーにすべてをぶつけたの。逃れるために」

「・・・・・・」
「それが終わった時。アキ姉ちゃんの結婚が決まり、私のストレスは爆発した。
パパは真剣になって怒ったわ。『なこ、それはまちがってる。竹山さんの立場は
どうなるんだ?』それはそれは今にも手が出そうな剣幕だった。ごめんなさいね、
竹山さん」

「いえいえ、そうだったんだ」
「そのあとじいちゃんが亡くなりパパの事業が行き詰まって教職もアルバイトを
しながら自力で取りました。そして千葉教育特区に再就職。やっと蓄えた
結婚資金は去年のアキ姉ちゃんの急死から母に全額・・・・」

なこは竹山さんへのわだかまり、ずっと抱えていたんだろうな、思いっきり吐露
してすっきりしたのか明るい顔で、
「でもいいんです。パパには一杯いい思いをさせてもらいましたから」

「これからは自分の幸せのために頑張ろうよ」
治は素直な気持ちでこの言葉がついて出た。
「自分の幸せのために?」
「そうさ。すべてが吹っ切れたんだ。克彦もそれを一番望んでいると思うよ」
竹山さんも大きくうなづいていた。

百も承知

その時看護師が病室が終わりましたと報告に来た。
三人で戻る。酸素は75で安定しているようだ。
顔は向こうむきになっていて少し熱があるので水枕に替えてある。

ヒュウ―カクン。ヒュウ―カクン。ヒュウ―カクン。
相変わらず同じ調子で酸素マスクは息づている。

「ずっと枕もとでお題目あげ続けてますからいいですよ」
治は椅子を引き寄せ静かにお題目を上げ始めた。
二人は今後の打ち合わせのためにそっと病室を出ていった。

夕刻みんながどやどやと入ってきた。ひろこの声がひときわ響く。
「お義兄さんこの牛丼でいい?卵付!」
「ああ十分です。酸素は安定してるようだから適当にベッドで眠ります。
今晩はゆっくり皆さん休んでください」

「ありがとうございます。ではよろしくお願いします」
皆一同に頭を下げて出ていった。
すぐにひろこがバナナを持って戻ってきた。

「竹山さんいい人だね。なこ、あと添いになんてことは?」
「あり得ないわよ。何考えてるのお義兄さんは?」
「うん、うちの健吾もいい奴なんだけどなかなか縁がなくて京都の最大の
悩みなんだよ、いま32」

「まあ光栄なこと、きれいにお化粧させなくちゃあね。選択支の一つとして
は、あり得るかもね」

全く話になりそうもないか?今それどころでないのは百も承知の上だったが。
ついつい口をついて出てしまった。

「バイバイ!」
手を振って笑いながらひろこは病室を出ていった。
『こっちは本気で真剣なのに。もし一緒になって男の子が生まれたら、
それは松村家の唯一の世継ぎになるんだが』

そう考えながら治は再び腰を据えてお題目を上げ始めた

題目

さあ今晩は徹夜でお題目を上げ続けなければ、
気を抜くと酸素の値が急落ということがあるから恐ろしい。

腰を据えてお題目を上げ続ける。種々の雑念とともに妄想が
頭の中を駆け巡る。これは仕様がないことだ、だって凡夫だもん。

真剣にお題目をあげても最初の1時間くらいは妄想ラッシュ。
落ち着いてくるのはそのあとだ。知恵と勇気がみなぎって
何でこんなことに気付かなかったんだろうってことは山ほどある。

S学会がつぶれないのはこういった信心の確信をつかんだ人がごまん
といるからだ。これからも着実に全世界へ広まっていくことだろう。

克彦はこの瞬間何を感じているのだろうか?死の間際に心残りがある
とすればやはりアキコの自死。これは紛れもない事実。残念だったろうな。
さらにもう今は華子とトコのことにちがいない。

千葉松村家の宿業は娘の青春をも食いつぶしてしまった。同志からの借財、
女性問題はご法度だとは十二分に知ってただろうに、なぜだ?
いつからこんなに狂っちまったんだ?信心強情なひろこがついていながら?

お前の望みは何だ?俺にできることは何だ?意識あるうちに間に合わなくて
聞けなかった。夢の中でもいい教えてくれお前の最後の望みを。

酸素は75のままずっと安定している。午後10時、看護師さんが様子を見
に来て、
「安定してますから今晩は大丈夫でしょう。御休みになった方がいいですよ」
と言ってくれた。

『克彦悪い。眠るわ』治はベッドに横たわるとすぐに寝入ってしまった

狸の嫁入り

翌朝、小鳥のさえずりに目覚める。カーテンを開けると
向こうの山入端に朝日が映えている。すがすがしい朝だ。午前5時。
酸素は75のままだ。顔を洗って静かに朝の勤行を始める。

見る間に酸素が80を超えた。6時、酸素が90に迫っている。
看護婦さんが入ってきて、
「まあ酸素90なんて常人並じゃないの」
とさけんだ。

そんなもんか?安心したのか急に睡魔が襲ってきてベッドに横になる。
狸の嫁入り。なんじゃそら?どうも夢らしい。

子どもの頃のなこのようなとてもかわいい娘狸。森の中でトトロに出くわします。
その足元にこれまたとてもかわいいトトロの子がぼーっと突っ立っています。
おしゃまななこ娘は姉さんぶってトトロの子にちょっかいを出しますが、
トトロの子はすぐにお父さんの陰に隠れます。

そうこうしながらなこ娘はトトロの子の超能力を少しづつ引き出していきます。
そして二人は結婚しました。よく見るとトトロの子は私の息子健吾君でした。

「松村さん!松村さん!」
突然の大声に治は飛び起きた。
「大変酸素が56」
そう言って看護婦さんは病室を足早に出て行く。

なんてこった。至急大声でお題目をあげるとすぐに66さらに75へと上がった。
「あら、大丈夫そうね?」
看護師さんたちが戻ってきてあちこち確認し始めた。
そこになこが現れる。

「どうかしたの?」
「朝一番90で安心してベッドでまどろんでいたら突然松村さん!て起こされて」
「まあ」
「起こされていたのは向こうの松村さんで、酸素が56に急落してたんだ」
「そう、お題目あげなきゃね!」
「そのとおり」

二人は看護師さんたちが出ていくと克彦の枕元でお題目を上げ始めた。
仰向けの酸素マスク。呼吸は相変わらず。ヒュウ―カクン。
左の耳元で治が、右の耳元でなこが。不憫な子だ。直視すると涙が出そうだ。

1時間ほどたっただろうか。
突然なこが聞いてきた、
「おじさんはなぜ信心始めたの?」

入信動機

食い入るような真剣なまなざしに圧倒される。
「今から40年以上も前の話。ヨーロッパを車で旅していた時に。
ドイツのアウトバーンでリュックに広宣流布と書いた青年を乗っけ
たのが事の始まり」

「まるで小説のような話ね?」
「デュッセルドルフまで行くという。偶然にも我々と同じだったのよ。
この町で初めてS学会員に出くわした。S学会が法華経の実践団体である
ことを知って驚愕した。これだこれだ心底そう思ったね、その時」

「法華経がすごいということはもう知ってたの?」
「なんとなくね。当時はマルクスや毛沢東が全盛だったけれど、私は
宗教とか哲学とか読み漁っていたんだよ。東洋仏法の真髄それは法華経」
「ふーん」

「それで日本に帰ってすぐに克彦に頼んで入信した。ところが当時S学会
は何やかやと叩かれていてね。日共のスパイじゃないかとか題目あげながら
爆弾作ってるんじゃないかとか。御本尊いただくまでに3か月かかったよ」
「ふーん、それでそれで?」

「入会して真っ先に驚いたことは学会員がそのすごさをあまりにも知らなさ
すぎるということ。勤行しない人がいるなんて唖然としたよ。ま、そのうち
学会にはいろんな人がいると気づきはしたがね。みんなが発展途上人と思え
ば大幹部も怖くないハハハ」

「パパは大幹部だったんでしょう?私も言われた通りに信心してきたつもり
だったんだけど。どうしてパパはこんな死に方をしなけりゃならなかったん
ですか?とても幸せとは思えません。私たちもみんな振り回されてもうへと
へとです」

急変

「信心は役職でもないし年月でもないとよく言われます。御書には
とにかくお題目をあげ通しなさい。何が起ころうとも真剣にお題目を
あげなさい。気を抜いてはなりませぬ。と、いたるところに書かれています。
この一点を忘れた時、地獄へまっさかさまに落ちていく、ということかな」

なこは克彦の頬を撫でながら、
「そういえばパパのお題目なんてここのところほとんど聞いてないもんね」
「あ、さっきたたき起こされたとき夢を見てたんだ。狸の嫁入り!」
「なんですかそれは?」
「可愛い可愛い狸の子娘が年下の少しボーとしたトトロの子と友達になって
少しづつその超能力を引き出していくという物語」

「ひょっとしてその狸ってわたしのこと?」
「かもね?」
「トトロの子って?・・健吾君?」
「・・・」
無言で治は微笑む。まなざしは真剣だ。なこは視線をずらし微笑みながらうなずいた。
「あり得ない話ではないよね、フフ」
「あり得る話であってほしい、私としては。・・ぜひ夏にでも一度京都に遊びにおいで」
「それは是非一度は京都に・・・・・」

その時騒々しい足音とひろこの甲高い声が聞こえた。
「ここは病院なんだから静かにしなさい!」

午前10時過ぎ再び全員が集合した。竹山さんもいる。
皆がいれば克彦も安心なのか酸素は75で安定している。
大騒ぎをしながら交代でサンドイッチの食事を済ませる。

11時過ぎこれからレントゲンと体拭き部屋の掃除がありますので
皆さんで出てってくださいと追い出された。
「じゃあ私たち部屋の後片付けがあるからちょっと帰るわね。あと
お題目よろしく!何かあったら電話して」
ひろこが子供たちと出ていく。

なこと竹山さんと治が残った。
「お部屋のお掃除終わりましたよ」
そう言われて3人が病室に入る。看護婦さんが一人残って水枕を直している。
「少し熱があるみたいで」

その時なこが叫んだ。
「あらっ、呼吸が止まってるわよ。パパ、パパ、パパ!」
「大変!担当医呼ばなくちゃ。心臓も0だわ。すぐご家族呼んでください!」
竹山さんが電話する。
「ひろこさん?今克彦さんの呼吸が止まった。心臓も酸素も0です」

永眠

2015年4月25日午前11時50分。克彦は永眠した。

大幹部と言えども奥底の一念が微妙にずれてくると・・・・。
と思ったが。このことはなこにはついに言い出せなかった。
残念だがこの一年間の体験もとうとうおまえに聞かせることが
できなかった。

「じっちゃん起きなよ早く!」小5のカイトが叫ぶ。
それでも事の重大さは感じているようだ。治が小6の時父清三郎が
広島の実家でなくなった。その時克彦が小4。ふたりで、
「死んだげな」と言いながら、今はみんな泣いている。笑ったり
茶化したりしてはいけない場面だ。幼心に厳粛な気持ちだった。

「じっちゃん起きなよ!」
「じっちゃんは死んじゃったんだからもう起きないよ」
『お前だって誰だっていつかは死ぬんだよ』
そう思いながらお題目を上げ続ける。

そのうち医者が来た。きわめて事務的に、
「御覧のように呼吸も心拍もゼロです。午前12時50分
松村克彦さんは永眠されました」

この宣告を機にみんなが一斉に動き出す。遺体はいったん処置のため
遺族の手を離れ、遺族たちは葬儀や各届手続き連絡に奔走する。
夕刻棺は葬儀社の遺体安置室に預けられ、翌日が日曜のためここに2泊。

月曜朝8時集合ということになって埼玉の娘に電話した。
「今から泊まりに行く明日一日孫遊びOK?」
「OK!」
何と幸せなこの響きよ!

孫たち2

1時間半で北浦和に着いた。駅から記憶をたどりながら10分ほど歩く。
すると後ろから声をかけられた。自転車の三人乗りだ。
「じいじ!じいじ!」
身をよけざまによく見るとわが孫たちだ。四才のコタと三才のネネ。
今はやりの電動ママチャリから声をかけてくる。

「なんやお前たちか?」
ママが若く見えすぎるからもうすぐ三姉弟妹と間違えられるだろう。
いや増してこの幸せ感は何だ。何でもないようなことだがこの千葉と
埼玉の落差は大きすぎる。同じ瞬間に現実に起きていることなのだが。

翌日旦那は舞台の稽古なので四人で食事と買い物に出かけた。
ショッピングモールではいろんなイベントをやっていて
フラダンスやよさこい踊りなどなど、すわりこんでたっぷりと堪能できた。

マグドで昼食を済ませると家の近くの子供用品専門のリサイクルショップへ向かった。
かなりの品ぞろえで充実している。子供たちはもうきらきら眼まなこだ。
娘が不安げにじいじを見つめる。爺字は覚悟して笑みながらうなづく。

「じいじが好きなものを選びなさいって」
ネネが小さなお人形を持ってきた。
「こんなのでいいのか?もっとおっきいのでもいいぞー」
コタは機関車を一台持ってきた。
「一台でいいのか―?もっと買っていいぞー」

ネネがリカちゃんハウスを抱えてきた。とても持ちきれない。
コタは機関車を五台両手に抱えてきた。じいじ冥利に尽きる。
みんな大満足。幸せの限りだ。ところが家に帰って機関車が一台動かない。
コタはべそをかきだした。困ったことだ。
「コタ、ちょっと遠いけど散歩に行こう。替えてもらえるかもしれん」

コタは泣きながらついてきた。
「中古だからしゃあないかもなー」
そう言いながらコタと手をつないで歩いていると向こうから来たおばさんが、
「まあお孫さんですか可愛いですねえ。大丈夫よ元気を出していってらっしゃい」
どうも話の内容が聞こえていたみたいだ。
ほのぼのとしたしあわせはこんなところにあるのかもなあ、そうおもいつつ
件のショップに着いた。

「中古ですからよくあるんですよ」
店員さんは快く別の機関車と交換してくれた。コタの満面の笑み。
幸せは伝播する。しあわせいっぱいのじいじであった。

家族葬

翌朝は夜明け前に目覚める。絶対に遅れられない。
なぜなら家族葬で導師を頼まれているからだ。

中央線はよく事故などで遅れるからできるだけ早めに起きた。
秋葉原から京葉線へ千葉から普通の成田行き、都賀に着いた。
ありがたいことに晴天だ。喪服はひろこが克彦のを持ってくる。

駅を降りると向こう側に葬儀社が見える。ちょうどそこにひろこの
車が現れた。大急ぎで駐車場で着替えをする。

「なこをうちの息子の嫁にどうだろうな?」
「何を言ってるの、義兄さんとこのような常識外れのお家にはやれません」
「だけどもう35なんだろう?」
「ちゃんとした公務員を私が見つけます」
「そう」
「ま、選択支の一つとしては考えられるかもね」

ゴホンゴホンと治がむせる。ひろこがたばこを吸い始めたからだ。
「あ、ごめん。タバコ止めたんだっけ」
「ずいぶん前にね」

むせて涙が零れ落ちた。くそっ、この母親ならなこがあまりにかわいそうだ。
「ゴホン、ゴホン、ゴホン」
「大丈夫?義兄さん?」
治はやっとの思いで黒服に着替えた。

そこになこと竹山さんたちが現れた。親戚のひろこの姉夫婦も。
ひろこの姉は県の大幹部だ。

喪服のなこは髪をおろし肩までの長めのストレート。薄化粧で見違えるようだ。
思わず目を見張ってしまった。昨日のこともあったからまともには見詰められない。
皆で中に入り葬儀が始まった。

棺の前に焼香台が置かれ平台の上にお樒が山積みされている。
導師は儀典部で鍛えてあるから大丈夫だ。
「それでは松村克彦君の葬儀を始めます」
治はそう言っておもむろに鈴をたたいた。

「妙法蓮華経方便品第二 爾時世尊 従三昧 安詳而起
告舎利弗 諸佛智慧 甚深無量 其智慧門 難解難入・・・」

いつもよりはゆっくりと経をよむ。それにしてもなこはかわいそうだ。
このまま母親の犠牲にになり続けるのか。子を食い殺す鬼子母神。
悪しき母性の極み。その犠牲になることがほんとの親孝行なのだろうか?


「妙法蓮華経如来寿量品第十六 爾時佛告 諸菩薩及 一切大衆
諸善男子 汝等當信解 如来誠諦之語 又復告 諸大衆・・・」

母親の愛を振り切って自分の幸せをつかみ取ることの方が大事じゃないのかな。
克彦も一番それを望んでいるはずだ。悪しき宿業を断ち切る時、それは今だ!
治は鈴を大きく打って唱題に入った。

「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、・・・・」
順次焼香を始める。だけどひろこママは許すまいな。一番のドル箱だし頼り
になるのはもうなこしかいないのだから、手放すのはもってのほかだ。
ましてや京都になんて、て感じかなあ。くそっ。

「南無妙法蓮華経、、南無妙法蓮華経、、南無妙法蓮華経、、・・・・」
みすみす不幸になる娘を見捨てておけというのか。うーむ克彦、どうしろというのだ?
焼香が終わった。鈴を打つとお題目を三唱し治はおもむろに参列者のほうに向きなおった。

「宗祖日蓮大聖人上野殿後家尼御返事にのたまわく『生きておわしき時は生の仏。
今は死のの仏。生死ともに仏なり即身成仏と申す大事の法門これなり。これを悟るは
法華経なり。もししからば法華経をたもち奉るものは地獄即寂光と悟り候ぞ』

今故克彦の精霊は霊山へと旅立ちました。その願いはただ一つわれわれ遺族が過去の
宿業を断ち切って一日も早く自らの幸せを勝ち取ることだと思います。どうかこれを機に
過去の宿業を断ち切って・・・・・」

治は思わず感極まって言葉が続かなくなった。一度になこの可憐な姿が目に入って、もう。
「どうかどうかこれを機に一生懸命お題目をあげ過去の宿業を断ち切って幸せになりましょう。
ほんとにお忙しい中甥の克彦のためにお集まりくださいまして誠にありがとうございました」

やっとの思いで葬儀は終了した。ひろこと婦人部長の義姉がねぎらうように、
「りっぱでしたよ。御身内ですからさぞお辛いことでしょうね」
「義兄さん、感極まっちゃって」
「ああ、やはり身内やからな。普段こんなことないのに」

何言ってやがる、鬼子母神めらが。誰がなこの幸せを一番案じてるんや、と叫びたくなった。
棺にはあふれるほどの樒に覆われ出棺した。

斎場にて1

斎場で最後のお別れをしてみんなは控室に戻った。お茶が振舞われる中、
治は婦人部長に話しかけた。

「来月の地区総会で体験発表をすることになりまして原稿を書いてきました。
克彦の意識があるうちにと思ってたんですが間に合いませんでしたので、
代わりに聞いていただけますでしょうか?」
「ええ、もちろんいいですよ」

皆もその気になって注目している。克彦よく聞いとけよ。お前のおかげで信心できた。
言われたようにやってきてこんなに幸せになれたぞ、おれは。

「みなさんこんばんわ!私は蜂ヶ岡支部の副支部長松村治と申します。
元気一杯やりますのでどうかよろしくお願いします!

私は去年の3月に入信40年目を迎えました。その間交通事故4回。
離婚1回。倒産2回。それでもご本尊様だけは疑うことなく
お題目をあげ続け、折伏は少ないですが8世帯。去年は孫二人に
御授戒させることができました!

さて来年3月が入信40年目というおとどしの夏に、
19年間営業してきた映画村のテナントを突然撤収するようにと
宣告を受けました。売り上げは今一つで後継者もなく、
リニューアルの話もなかったので覚悟はしておりましたが
二年前とは大違いでいくら食い下がってもだめでした。

そこでまずお題目をあげ、誰とは申しませんが中堅幹部の方に
指導を受けに行きました。私としては手塩にかけてきた京都特産
北山杉の抜き表札、糸鋸で細かく切り抜く芸術品ですが、
かなり映画村名物として浸透してきたと思っておりましたが、
それを推し進めるための激励を望んでいたのですが、

もろにその目論見を見透かされ、ぼろくそに言い放たれました。
『北山杉なんかいくらでもそこらへんに転がってますやん。
執着を捨ててゼロからやり直しなはれ』

くそっと思いながら帰ってすぐめちゃくちゃお題目をあげました。
1時間2時間3時間。すると「そうかもしれん」と素直に思えて
くる自分に驚きました。

人の言うことを一切聞かず、がむしゃらに今までやってきた自分
でしたが、嫁はんも息子も同じようなことを言ってました。
『あほ、北山杉除いたらわしに一体何が残るんや!』
とその時は思いもしませんでした。

斎場にて2

年が明けて去年の1月16日に完全に映画村を撤収しました。
お題目のおかげで表向きは穏やかに、映画村のえらいさんたち
に『ほんとに長い間お世話になりました』と頭を下げることが
できました。

嫁はんは今までのコネでさっさと次の仕事を見つけ撮影所の
会館の清掃の仕事を始めました。私はハローワークに通う
日々が続きます。65歳を過ぎるとなかなか仕事はありません。
年齢不問というのは嘘だと思います!

仕事が見つからぬまま40周年の日を迎えました。
3.16記念の地区座談会で
『つぎの地区座までには必ず実証を示します』
と宣言いたしました。

と、その三日後のことです。シルバー人材センターへの登録を
済ませた帰り道。ケータイが鳴ります。
『松村さん今何してはります?昔世話になった村山です』

すぐには思いつきませんでしたが。『あーあの村山君か』
と答えました。

『2年前から京北で木工所を立ち上げ、やっと軌道に乗ってきました。
和装デザインの檜のパネル1000枚を6月までに切り抜かな
あかんのですが、切る人がいません!お金は何ぼでも出します
から今すぐにでも来てください!できたばかりの京北トンネルを
左に入ったところです』と叫ぶではありませんか!

ほんまかいなそうかいなと驚きつつ『わかった、明日行くわ』
と返事しました。何ぼでも出すやなんて嘘やろう。
やはりウソでした。とりあえず時給1000円から。

それからは毎日切って切って切りまくり何と3か月の所を
2か月で切り終えました。

今広島の全日空ホテルの結婚式場、15mアーチパネルは、
木漏れ日チャペルという名で業界紙に取り上げられていますが、
これは私の作品です。

ところが魔は天界に住む。少し有頂天になってました。
早く切りすぎて次の仕事が無くなりました。その時また
ケータイが鳴りました。シルバー人材センターからです。

『花園駐輪場の空きができました。定期券発行のため、
パソコンレジ打てますか?』
『はいはい、なんでもやります!』と週三日が決まりました。

京北の村山社長も私の実力を高く評価し、なんとかこいつを
つなぎとめとかなあかんと思ったのでしょうか?行灯パネルの
仕事を作ってくれました。週三日ほど、好きな時に好きな時間
だけ来て切ってくださいとのこと。ありがたいことです。

なこ(最終回)

というわけで秋口から花園駅と京北とを行ったり来たり
になりました。これでやっと落ち着いたかに見えました、
が悪い噂が立ちました。シルバーが初めて入札に失敗した
らしいとのことでした。それは事実ですぐに説明会が開かれ、
来年三月末をもって全員解雇が言い渡されました。

なんやこれ?て感じでしたが、さらにお題目は上がります。
すると!ふしぎですねー!
これを奇跡と言わずして何と言いましょう!

撮影所の夜勤のおじさん、20数年勤めておられた方が老齢
のため年内で退職。若社長から嫁さんに『お父さんはどうやろう?』
と声をかけられました。そこで京北を少し休んで撮影所の夜勤の
仕事の引継ぎに通いました。

夜勤はもう一人のおじさんと交代で午後三時から俳優さんの控室など
90部屋を火の元を確認し戸締りをして回ります。
撮影がなければ8時ごろには帰れますということでしたが、
初日は11時、二日目午前1時、三日目は午前3時。

若社長は「こういうことはめったにないんですが」と心配顔でしたが、
年が明けてこの元旦から正式に採用になりました!

その元旦は大雪。夫婦ともども俳優会館の4階から雪を眺めながら
しみじみとこの一年を振り返りました。

『信心していてよかったなあ。あの中堅幹部に指導を受けて
ほんとによかった。こんな人たちがいっぱいいる学会員で
ほんとによかった。何でもないようなことが幸せや。
親子3人、息子は映画村、同じ敷地の中で働けるなんて幸せや。
しかも定年がないこの仕事世のため人のため何よりもかわいい
孫達のために頑張ろう』と夫婦誓い合いました。

そして地方選の戦い。京北で2枚。駐輪場で2枚。
なんやかやで11枚のMハガキを書いてもらうことができました!

すると奇跡は続きます。この3月24日に最大希望の
常盤府営住宅3DK、倍率30倍を、4回目1年目にして
見事当選いたしました!

さらに週3日の京北を再開。今何を切っているのかと言いますと、
これは企業秘密で詳細は言えませんが、何とかという世界一の
大金持ちの別荘、軽井沢にできるそうなんですが、そのゲイツの
日本式庭園回廊パネルの1部をいま切りまくっています!

御書に『われ並びにわが弟子諸難ありとも疑う心無くば
自然じねんに仏界に至るべし。天の加護無き事を疑わざれ。
現世の安穏ならざることを嘆かざれ』とあります。

何が起ころうと疑うことなく、嘆くことなく、
お題目をあげ通せば必ず必ず道は開ける。
これが入信40年目の私の真実でした。以上です。
克彦ほんとにありがとう」

期せずして拍手が起こった。なこも目を潤ませて手をたたいている。
みんな幸せにならなくっちゃ。どうなることやら。
そこに火葬終了の知らせが響いた。

                ー--------完ーーーーーーー

○いとおしつ ねがいつ 迷うこの心
      天からうがて この命をば

○おいさきは 短きものと 知りつつも
      なほ余りある 我が心かな

○かねてより 多くの人を 救わんと
      されど今ただ 一人なりけり

○いまはただ 死にゆく人を 見送りつ
      悔いは何かと 問うばかりなり

華子(なこ)

華子(なこ)

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-28

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. あらすじ
  2. 突然の電話
  3. 危篤
  4. 再会
  5. 克彦
  6. 孫たち
  7. 題目三昧
  8. 大事な5年間
  9. 竹山さん
  10. 告白
  11. 百も承知
  12. 題目
  13. 狸の嫁入り
  14. 入信動機
  15. 急変
  16. 永眠
  17. 孫たち2
  18. 家族葬
  19. 斎場にて1
  20. 斎場にて2
  21. なこ(最終回)