結晶星
やりたい事をやれない悔しさ
燻る
うまく歩けていない人生を進んでいた。俺が外に出るときはいつも雨が降っているような気分に陥る。晴れてても、降ってる。
会社員の俺は凹凸のない平坦な生活を送り、そこらへんの人と同じように何も起きず死んでいくのだろう。「会社員」 と言うだけで人生に負けた気がして仕方がない。こんなことばっか毎日考えて、ネガティブに。負のスパイラル悪循環なんて言葉はきっと無いけど今の俺を表しているだろう。
そんな俺にも夢はあった。バンドを組んでメジャーデビューして女の子からもちやほやされたかった。高校時代バンド物の映画を見たのがきっかけで、大学で音楽サークルに入ったが特に何かするでもなく卒業してしまった。
たまに考えていることがある。バンド組みたいなぁ。
彼の中で燻るモノが微量ながら光を灯した。
きっかけは知らない人から
今日も寒いなぁ。あいも変わらず雨が降ってやがる。鈍色の雨なんて俺にしか降らないんだろう。
会社終わりの帰り道、気分で寄り道をすることにした。会社でこっぴどく叱られパワハラって奴を喰らっていた。止まない雨を少しでも小雨にしようと気分転換に商店街に寄っていた。
商店街はほとんどシャッターが下ろされていた。シャッターの数は商店街に余命を告げている気がした。中程まで歩くと、彼を引きつける輝きがあった。
懐かしいな。楽器屋。初めてギターを買った店だったかな。
光明堂と可愛らしい字体で電光看板にプリントされている。チカチカと光る看板は彼には眩しすぎたかもしれない。
まるで光に引き寄せられる虫の様に彼はフラフラと光明堂に取り込まれた。
「いらっしゃい。」
昔いたおじいちゃん店員はもういなかった。まぁ、予想はつく。軽く会釈して壁に吊るされているギターの群れに目を移した。なんだかどれも輝いて見える。今の俺には何もかもが眩しく映ってしまう様だ。きっと俺も輝きたいんだろうなぁ。
一通りギターを見て店を後に。 来た道を戻り帰路に着いた。
もう直ぐで家に着くと言う時に公園の方から心地いい音色が聞こえてきた。なんだろう。 俺にとって音も一つの光だった。 俺は虫なのかもしれない。
音の匂いを辿りその発信源を見つけた。誰もいなく、街灯も一個しかないような錆びれた公園にアコースティックギターをかき鳴らし、弾き語りをしている男がいた。聞いてくれる人もいないのに、意気揚々と楽器をかき鳴らすその様は爽快だった。
一通り彼が弾き終わると話しかけてきた。
「聞いてくれてありがとねお兄さん。」
「昔を思い出して聴き入ってました。」
「お兄さんもギター出来るんですか?」
「大学のサークルでまぁ。」
弾き語りの男は思い立った様に
「今ちょうどバンドのメンバーを探しているんですけど、お兄さんやってみませんか?」 唐突な勧誘に動揺してしまった。
「えっと、その、俺は会社員で週末くらいしか参加できないけどそれでもいいなら。」 本当は断るつもりだったが、何故だか断らなかった。今思うと正解の選択だった。
「本当ですか!?ありがとうございます!僕の名前は亜水啓介です。」
「塩屋悠人です。」
その日の夜、部屋の窓から見える雨は透明感があるように見えた。
突然走り出した俺の音楽ライフに胸を高鳴らせた。
メンバー
メンバーで一番最後に加わったのは俺だったみたいだ。ベースの山路、ドラムの後藤、ギターの俺、ギターボーカルの啓介。
久々のスタジオにはしゃぎながら啓介が考えた詩に音の肉付けをしていった。何もかも忘れて夢中にギターをかき鳴らすのはやっぱり心地いいって所じゃないや。聞けば皆んなマトモに働いていた。俺もしかり。啓介だけは素性を明かそうとしなかった。
「啓介は普段何してやりくりしてんだ?」
「ん?あぁ、秘密だな。」
「こいついっつもこうなんだよなぁ。」
山路が仏頂面でそう言った。
メンバーですら素性を知らないと言う亜水啓介と言う男。ミステリアスだが人を魅せる何かを持っている様な、逸材みたいな奴だ。羨ましかった。
練習の日々は続き、段々様になってきていた。
「いやぁ〜いいよ楽しいね!」
啓介が笑顔で嬉しそうに話していた。
「でも、悠人。お前の音にはなんだか迷いがあると思うんだけど。」
「えっ、そうかな!あはは。」
まさにその通りだった。メンバーと居る時はすごく楽しい反面、会社に行けば生き地獄。ギターを弾くと楽しいのと辛いのがゴチャゴチャになって火花を散らす。それを啓介はちゃんと見抜いていた。
「実は…」
3人に心の内を明かした。赤裸々に悩みを話すのは中々恥ずかしい。でも話さなければ抱え込み、それがみんなの足を引っ張ってしまう事になる。
一通り話を終えると、相変わらずな啓介が切り出した。
「辞めちまえよ!そんなクソみたい社蓄なんて!」
意表を突かれた。慰めが来ると思っていたがまさか辞めることを勧められるとは。
「えっ。でもマトモに生活できなくなるなぁ。」
お金の心配しか頭になかったのが事実。
「俺の歌を聞いてくれてる時に、悠人の瞳の中の輝きを見たんだ。このままじゃその輝きも消えちゃう気がするんだ。そうしたらお前の死だ。生きた屍。わかる?辞めたいんだろ?辞めたいなら辞めればいんだよ。周りの目なんて気にするな。お前の行く道を決める権限は誰でもないお前にある。金の問題もあるけどさ、金なんかより今を優先して行こうよ。」
側から聞けばただの自論で現実味もなく、阿保みたいな説得だった。でも、今の俺には充分だった。両目から溢れでてきた鈍色の雨が次第に浄化され透明になった。心の錆が全て洗われた様な気分だ。
「ありがとう。辞めてやる。辞めて今を大事にするよ。今しかないんだよな、4人でなら怖くないや、無職も。」
無理に笑わせようとしたけどそこまで受けなかった。
「サポートするからさ。」
「金がなくなったらうちの賄いでもくれてやるわ!」
山路も後藤も励ましてくれた。
その日は雨が降らなかった。
おかげで夜空が見えた。
キラキラと。
俺も輝きたいなぁ。
オンステージ
出ようと決めていたライブが近づいていた。
あれから会社を辞めてコンビニでバイトをしながらバンドの練習に汗を流した。
雨が降ることは無かった。いつも夜空を見上げては憧れた。でも、もう少しで俺も輝けるみたいだ。3人の仲間と4つの星屑になって夜空を舞えそうだ。どれだけ気持ちイイのだろうか。これがやりたかったことなのかも。生まれてきた意味を見つけられたかも。人生に意味なんかないと思ってたけど違うらしい。一生で見ていたから見えなかっただけで、人が生きる意味なんて一瞬でいいのかも。そのひと時で目を瞑ってしまうくらい眩しく光れたなら、充分すぎる。 特に、俺みたいに淀んだ黒がキラキラになったらより一層生まれた甲斐があるって奴だ。最高の仲間だっている。なんでもできる気がする。しかも自分の好きな音楽に変えて。
タバコ臭い空気を吸うと実感する。ライブハウスに居ることを肌から、空気から感じて嬉しくなる。大学時代まともに出来なかったライブが出来る。
「なぁみんな。」
皆んなが俺を見た。
「クソみたいな世の中から引っ張り出してくれたお前ら最高かよ!」
勢い付いて何言ってるかよくわからないけど感謝の言葉を吐いた。
みんな今更かよって感じで笑っていた。前のバンドがそろそろ終わる。緊張なんかしてなかった。寧ろ最高にハイで、今までで一番上手く弾けると思うくらい高揚していた。
静まり返った空気。お前らは誰だと言わんばかりに突きつけられる白い目。でも今から教えてやるのさ。リーダーの啓介がバンド名を高らかに叫んだ。
「スターチャイルドです!他人の目を気にしてるお前らにぶつけるために築き上げた曲だ!」
啓介が合図を出す。 一瞬の静寂から耳をつんざく爆音を轟かせ、無我夢中でギターを掻きむしった。
迷いなんてこれっぽっちも無く、4人がそれぞれ暴れ倒した。ステージに降り注ぐ照明の光がカスに思えるくらいに輝いてやった。数十人しかいない客だったけど、皆んなが俺たちに歓声を送ってきた。
スカッとしたわ。
想いの結晶が4つの星になってハジけた。
その日の夜空はすごく眩しくて、でもなんだか嫌な後味を残していった。
星(願い)の行方
それからしばらくしてのことだった。
啓介が死んでしまったと聞いた。重病だったらしく練習以外をほぼ病院で過ごしていたらしい。きっと奴は幻だったのかもしれない。燻る想いを無駄にしないために俺らの前に現れた天使かなんかだったと思う。
もし啓介が本当に実在してたら満足してんだろう。俺が満足してるんだから違いないな。
啓介が持ってきてくれたチャンスを無駄にしないために山路、後藤、俺の三人でスターチャイルドを続けた。4人組バンドとしてやっている、3人しかいないけど。
必死にもがいてやってきた俺らは今、大きなステージに立てている。
結晶星
好きなバンドの結晶星という曲を聞いてなんとなくで書きました。
またなんとなくだけど