柘榴
短編です。
白い部屋
春風に吹かれる殺風景な病室。窓から見える柘榴の葉がゆらゆらと揺れている。白一色で統一されたその部屋に機械音を響かせて佇む延命装置。その先に繋がれている生きているのか、はたまた死んでいるかもわからない少女が寝ている。
彼女が延命装置に繋がれたのは2年前の丁度今くらいの時期だった。
あの日から。
慣れないなぁとお洒落をしてみた。
初めて僕に女友達ができたのはついこの間だった。高校3年にもなって彼女が出来たことがない駄目野郎の一人だった僕。皆して彼女自慢してやがる。煩いなぁ なんて思いながら心の中では羨ましくて仕方なかった。好きなバンドですら恋の歌を歌いやがる。
あぁクソみたい
漫画にあるようなノートやら、ボールやらがあれば好き勝手してやるのになぁなんて子供じみた妄想ばっかの毎日。そんな何時もの変わらない帰り道に少し変わった事があった。
予報では午後から雨だと言っていたからあらかじめ傘を持ってきていた。予報通りすこしつよめの雨が降る。硬いコンクリートに打ち付ける大粒の雨の音がなんだか心地よかった。行き場のない気持ちを代わりにぶつけくれるみたいで。
家の近くにコンビニがある。ふらふら立ち寄って今日発売の週刊誌をはらはらめくり店を出ようとしていた。傘立てからビニール傘を抜こうとした時視界に1人の女子高生が目にとまった。様子から察するに傘がなくて困っているんだろう。でも僕にはそんなことよりその人の横顔に目を奪われていた。なんて綺麗な人なんだろう。気づけば傘を差し出していた。柄にもないことをしてしまって顔を見れないでいた。
「えっ…とぉ」
「傘!使ってください!僕家近いんで!じゃあ!」
あまりの恥ずかしさに勢いに任せてしまった。あんなクサイことする男なんて嫌いだろうなぁ。あぁ〜最悪。
その日はずっとその事で頭がぐるぐるしていた。
次の日の帰り道にコンビニに目をやると昨日の女子高生がいた。昨日渡したビニール傘を片手に、恐らく僕であろう誰かを待っていた。話しかけないわけにはいかないから引け腰で話しかけた。「えっと…その。」
「昨日は有難う!お陰で助かったよ、これお返しするね。」
「あ、はぁ」
女の子なんて慣れてない僕はただのコミュ障みたいになっていた。
「幹先高校の学生さん?」
「うん。」
「名前はなんて言うの?」
「田淵 秋(しゅう)っていいます。」
「秋君かー 私は赤木 梨沙って言います。」
女の子からまともに名前を名乗られたのはきっと人生で2回目くらいだろう。なんだか嬉しかった。
「よかったら連絡先交換しない?」
彼女から思ってもみない一言が飛び出し僕は固まってしまった。
「駄目かな?彼女さんに怒られちゃうとか?」
「い、いやぁ!そんな彼女なんていないよ!いたこともないよ!」
焦り笑いのようなよくわからない笑い方で答えると彼女はあはははと笑いながら携帯を取り出した。
「女の子に慣れてないんだね、ほら交換しようよ!」
皆からしたら連絡先交換なんてたいしたことないけど、僕からしたら漫画のような出来事のように思えた。
そんなこんなで彼女とのやりとりが続き今に至る。デートまで持って行けたのだ。
高鳴る鼓動を抑えても足は早る気持ちを体現した。全力でスーパーボールを叩きつけて空高く飛んでくような爽快な気持ちは生まれて初めてだろう。
待ち合わせ場所に着いた時には既に梨沙は居た。
「おまたせです!」
「じゃあ行こうか。」
普段着の彼女に目のやり場を困らせながらデートは始まった。
淡々と進むデート。普段より早く刻々と進む時間。楽しいひと時も終わりを迎えてしまうのを、空の黒が教えてくれている。
知り合って間もなくても一目惚れしてしまった彼女に思いの丈を伝える決心をしていた。なんて言っていいのか分からないけど、想いを伝えその返事を祈るように待った。
それから僕ら2人の時間が終わりを告げ、新たな時間の始まりも告げた。
トラック
僕らが付き合い初めて早1年。ぶつかることもありながらなんとかやれていた。高校を出て僕は就職した。無名の食品メーカーだ。シンプルにコツコツと生きていたいと言う僕の理念にあってであろう地味な仕事。
かたや梨沙は進学の道を歩んでいた。昔からの夢だと言うパティシエになるため、専門学校に通っている。
何もない日だった。何も考えず、頭の中を真っ白に、歩行者線の上をなぞるように歩いた。そんな時に思い浮かんだのは梨沙の事だった。そう言えば今日泊まりにくるんだった。たまには鍋でもしたいな。なんてどうでもいいことを考えては、そんなの後でいいやと投げ打った。
古びれたアパートに帰り誰もいないタバコ臭い部屋のベッドに身を投げそのまま浅い眠りについた。
目を覚ました。時計に目を向けると針は真上を指しているところだった。梨沙の奴遅いなぁ。学校はとっくに終わってるはずだ。携帯には 今から行くね とだけメールが来ていた。18時頃に送られていた。おかしかった。電話をしてみたが電源がなんたらでかからなかった。
その日は寝ることにした。
次の日の午後、酷くて辛い現実が僕を貫いた。
梨沙が丁度僕の家に向かう道中居眠りトラックに轢かれてしまったと言う。直ぐに病院に搬送され、緊急で手術が行われた。医師の懸命な努力もむなしく梨沙は危険な状態だった。心臓が弱り、いつ死んでも可笑しくないと告げられた。
梨沙の両親は安楽死を望んでいた。僕はひっしに縋り付き、全ての負担は僕がどうにかすると泣きつき、延命装置を付けることができた。
運転手を殺してやりたかった。むしろ殺さなければ気が済まない。でもできない。やり場のない怒りと悲しみ、当たり前のように話していた梨沙と話せなくなってしまった事、人は大切なモノを亡くしたときに初めて幸せに気付くとはよく言ったものだ。
あぁ 独りになりたくないな。
柘榴
あの日から1年ほど月日が経った。あいも変わらずベッドに寝ている彼女。昔から変わらない寝顔を見ていると、いつも思うんだ。
僕の気持ちを汲み取るようにそよ風が頬を薙ぐ。今更涙が出るわけでもない。寧ろ枯れている。
病室の窓の外に目をやると、真っ白な病室のせいで赤々と目立つ柘榴の実が生っていた。何か思ったわけでもなかったけれど、窓から手を伸ばしソレをむしり取った。
なんだか、心臓みたいだな。
手のひらから少し溢れるくらいの大きさの赤いソレは彼女の心臓だった。
手のひらから脈打つ鼓動が伝わってくる。トクントクンと弱々しく。
いつまでも彼女の側にいれないのは最初から覚悟していた。でも、わかっていてもだった。人はとても弱い。すがったものが無くなると絶望し抜け殻のようになってしまう。僕も初めはそうだった。でも慣れてしまうのが人間でもある。
彼女はそもそもが抜け殻になってしまっている。梨沙の形を為した人形みたいだ。
彼女の寝ているベッドに腰掛け、どれくらいだろう顔を眺め続けた。出会ったときのこと、デートした時、初めて人の温もりに触れた夜、ぶつかりあって喧嘩したことも全て含めて僕はこの世で一番幸せ者だった。
右手に持った彼女の心臓を胸の位置に持っていった。もう終わりにしたかった。でもできなかった。そんな葛藤ばかりの毎日と、自分の弱さと、甘えと、そして彼女と決別するために、力を込めて握り込んだ。
柘榴は ぐしゃ と音を立て赤い液体を撒き散らした。
柘榴
思いつきといきおいで書いた見せられるような作品ではないですなぁ