佐伯くん

ある日、それは放課後だった。
僕はいつものように帰り支度をしてた。軽いなんて評判になった重いランドセルに教科書を一杯に詰めていた。
僕は小学生だったから割と早く帰れた。帰り支度なんていうと夕日を思い浮かべてしまう人がいるから念のために言うと、おやつをちょうど食べましょうか?くらいの日の明るい午後だった。
その日は特に気候が良かったと思う。ちょうどいい日差しの明るさでちょうどいい気温だった。
僕は割と、物を大切にはしない人間だったので乱暴ではないがバシバシと放るように教科書を入れるのに必死になっていた。
最悪に本の多い日だったからランドセルはすぐに一杯になって、ますます重くなった。
こういう日はいかに太陽がちょうどよくて、ちょうどいい気温であっても、やっぱり最悪な気持ちになるものだ。
なんだって小学生はみんな揃いも揃ってこんな重たい鞄を持たなきゃいけないんだろう。
きっと何か大人が悪いんだと僕は思っている。
ひとしきり詰め終わってさあ帰ろうとなると、みんながワイワイ帰る中一人教室の隅に立って熱心に本を読んでいる男の子がいた。佐伯くんだ。
僕はその様子があまりにも真剣だったので少し気になった。
佐伯くんときたら大きな写真集のようなものに鼻を擦り付けるんじゃないかといった感じで、まさにへばりつくように読んでいるのだ。
僕はそんなに近づいてみたらインクの点々だって見えるんじゃないかな?と思った。
僕にはわからなかった。なんだってそんな汚い写真集にそんなに接近することができるのか。
図書館の本はみんな一つも例外なく臭い。僕の知ってる埃の匂いを100倍くらいに増やして塗りつけたみたいな匂いがした。
だから聞いてみたんだ。
もちろん「よくそんな汚いものに顔をつけられるね?」なんて感じの悪い聞き方はしなかった。
普通に「何読んでるの?」と聞いてみた。
佐伯くんは気がつかなかった。僕はしばらく待った。
きっと僕はしつこい性格だと思う、一回の無視くらいで心を折りたくなかったのでもう一度聞いた。
それでようやく耳に入ったようで少しボウっとした顔で僕を不思議そうな顔で見ることができた。
それから何かに乗っ取られてるみたいに「きれいなんだ」といった。
ぼくはちょっと怖くなった。気味が悪いといった感じかもしれない。
普段の佐伯くんは全くこんな感じじゃない。
算数の得意な目がキリッとしたやつだ。
授業で手を挙げては「したり顔」をし、算数のプリントを誰よりも早く提出することに情熱を燃やしている。
そんな単純な子供だった。
だから今の佐伯くんはおかしい、頭のいい単純な子供ではなく、何か気持ち悪い目をしていた。
ぼくは唾を飲み込みたくなったけど、失礼かもしれないと堪えて、「なにがきれいなの?」と聞いてみた。
そうするとようやく佐伯くんが正気に戻ったような、興奮した目になって早口でまくし立てた。
「◯×▽△◯◯!◯×▽△◯◯▽△◯×▽◯×▽△◯◯◯▽△◯×▽◯×〜〜〜〜〜・・・・・・」
なんでこんなわけのわからない文字になったかというと、ぼくは佐伯くんが何を言ったのか全く分からなくて一瞬で記憶の外に言葉が吹っ飛んでしまったので、ここでは書けなかったのだ。
わかったものだけ書いておくと、佐伯くんの読んでるものは日本刀の写真集だった。
どうやらいかに日本刀がげいじゅつてきで、また機能的で、歴史的にとかなんとかかんとか、要するに「きれい」らしい。
ぼくは死ぬほど興味がなかったからこんなにわけわからないことを話されて、話しかけなければ良かったと後悔した。
ちょっと前に戻りたいと本気で思った。
みんな帰ってしまった。
教室には佐伯くんの興奮した声だけがあった。こんなの関わらないほうがいいって小学生でもわかるんだ。
ぼくはうんざり顏は隠したけど、遠慮がちにもう帰りたいって顔をした。
佐伯くんは御構い無しに話し続け、そして声を落としてぼくにひそひそ言った。
「日本刀ってとっても切れ味がいいんだすっごくね。人間の首を切り落としていたんだよ。」
ぼくはその言い方になんか気持ち悪さを感じたけれど、普通に「ふーん」と思っただけだった。
そのくらい普通だと思った。
ぼくのよく見る漫画では日本刀持ってるキャラは石だって鉄だって切ってたから、「そのくらいはまあ切れるだろうな。」と思った。
佐伯くんはぼくの反応に明らかに不満な顔をした。
もっと驚くと思ってたのかもしれない。でもぼくにはイマイチ想像ができなかった。
人間の首を切る。って言われてもわからなかった。イマイチなんともそんな大昔の武器の切れ味の話をされて、しかも例えが人間で、そんなの興味持ったらまともな小学生じゃないと思う。
多分佐伯くんはまともな小学生ではないんだ。
ぼくは益々この話が嫌になって、時計を指差して塾に遅れると嘘をついてそそくさと撤退することにした。
教科書がパンパンに詰まったランドセルの蓋を体重をかけて潰して蓋を止め、いかにも急いでますといった感じで小走りで教室を出た。
階段まで行ったとこで、僕はさよならも言っていないことを思い出して、教室に引き返した。
教室には佐伯くんが一人。
今度は体育座りして読破を決め込んだみたいにがっちり写真集を握りしめて、やっぱり鼻を擦り付けていた。
佐伯くんの黒髪にちょうどいい日差しが反射して教室は外の子達のはしゃぎ声が楽しそうに響いていた。
僕はそれでも少し怖くて。いつもの教室が不思議に見えて結局サヨナラを言えずに帰った。
帰り道ちょうどおやつどきの時間。
佐伯くんの言葉が頭の中に響いていた。

僕は近くに生えてたきれいな緑の葉っぱを引きちぎって捨てた。足が走るので家まで急いだ。

佐伯くん

佐伯くん

小学生の心が書きたくて、書いてみました。 なんとなく出来た話です。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-08

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