ブラックボックス

世界の記憶

世界が終る前…僕が憶えているのはあの場所から見えた、あの景色だけ…
あの頃世界はまだそこにあって、いきいきとあらゆる命が世界を覆っていた。
緑の木々が美しく生い茂り、色鮮やかな花が咲き乱れ、沢山の動物たちはその本来の美しさであるがままに暮らしている。
人類は繁栄をつづけ地球をコントロールするほどの科学で様々な生物と共存し、世界を上手に回していた。
そこは楽園だった。到達地点だった。理想の世界であった。
すべてが綺麗に輝いている。僕にはそれが天国のように見えていた。
そして僕は、その光景を小さな小窓からひっそりと眺める。
僕の記憶はここから…。
僕の部屋は真っ暗な世界で、でもそこに白く浮かび上がるように小さな窓があった。僕の膝くらいの高さに、子供の手を横に二つ並べたらふさがってしまう、頼りのない長方形の窓。
僕はいつも冷たい床に寝転がり、固い床に両肘をついて上体と首を少し伸びあげるようにして眺めた。
僕はとても目がいいので様々なものが見れた。
天まで届きそうな大きな建物の中に少し飛び出した角っこの部屋があって、何もかも見渡せるような大きな窓がはめ込まれていた。
太陽の柔らかく明るい光がその家に降りそそがれている。その光の中小さな子供がピョンピョン跳ねてお母さんの後をついて行っていた。お母さんは笑いながらその子を抱き上げて食卓のその子のための安全な椅子に座らせる。そしてにっこり笑って奥へと消えていく。ぼくは少し不安になる。どうしたんだろう。でも小さな子の瞳の動きでお母さんがすぐ近くにいることが分かった。お母さんを追って動く瞳が何かを期待してキラキラ輝いていた。待ちきれないようにぴょこんと椅子の上に立ち上がって、鼻をひくひくさせて、空気を美味しそうに吸っている。机に手を付き椅子の上でピョンピョン跳ねながら、にこにこして待っている。すると奥からお母さんが三段重ねのホットケーキを持ってにっこり笑いながら現れた。小さな子供の前にそれを置き、バターをすすいーと塗って、蜂蜜をとろっとかけた。子供はこれには大はしゃぎで手をたたいて喜ぶ。それをただ愛おしそうにみてお母さんは白い手で子供の髪をくしゃくしゃっと触る。
僕はそんな光景をただ見ていた。
口元が自然とほころぶ心がほんわりと温かくなるのを感じた。
僕は目を細めガラスの上から暖かな景色をなぞる。けれど日の光をなぞった僕の手は冷たいガラスに触り、カタカタ震えるピンクの指先は僕の欲しいものではなかった。
自分の腰まで長くただ伸びきった髪を少し摘み、日の光に透かして見た。細くまっすぐな髪がさらさらと光りに揺れる、透けるように輝いてキラキラと輝いて見せた。手でふわふわとリズムを描くように動かす、踊るようにキラキラ光る、いつかは風が僕の髪を揺らしてくれる日が来るに違いない。
遠くの光の中で若々しい葉っぱを茂らせた木々が光る、青い空を羽ばたく小さな鳥がすいっと羽を光らせて舞う。
僕の吐く息で曇るガラス越しの景色、その世界を僕はただ重々しいまでに冷たい箱の中から眺めていた。
僕は光の中の世界にひどく憧れていた。
今でもあの頃の景色が目の前に見える。
あの日いつものようにみんな日の光の中にあったのに。
世界は、終わってしまった…。


~終わった後の始まり~


太陽が金色の砂地を火事にも似た熱さで焼いていく。大地は大海が波打つように大きくうねる。しかしそれは生命を育てる海の波とは違い重く沈み込むように静止して生命を飲み込もうとしているようだ。
砂丘に生える陽炎が空気までも飲み込もうとしているように見えた。
もう世界には砂と空しかないのだと主張するように見渡す限りにどこまでも、どこまでも金と青のコントラストが続いている。
僕は空と瞳の間に手をかざし太陽を仰ぎ見た。すぐさま手のひらに太陽の熱を感じる、刺すような日差しに目を細め苦しいほどに熱い空気を吸い込みながら、思わず口を綻ばせていた。
熱を感じる僕の手はもうあの頃の様にカサカサと痩せこけてはいない。二回りは大きくなったし、太い骨にきちんと筋肉がついている。肌に浮き出た青い血管は力強く生命を運んでいるようだ。
砂漠の熱風が僕の顔や髪を触って吹いていく。風邪がフードをふわりと外し、僕の金の髪をキラキラとなびかせた。
なぜか僕にはあの暗がり以外の記憶はなかった。
突然に世界が滅んだのだ。
パタパタとまるで示し合わせたかのように都市が滅んで行った。それぞれが全く異なった理由で、まるでこれが世界の寿命なのだ、とでも言うように。
一時期世界は酷い混乱と、穏やかにただ確実に訪れる滅びで満たされていたようだった。
僕があの暗がりから出た時にはそのすべてがすっかり終わり、地球から生命の消えた後のこと。
黒々とした景色がどこまでも続く、キンと耳をつくような静寂の中だった。
僕は息を吐き、遠くにある太陽をつかむように手を閉じ、そして手を開く。昔見たあの太陽の光もこんなに熱かったのだろうか。一瞬あの時の凍えるような感覚を思い出したけれど、僕の胸は不思議と暖かかった。
今はもう、一人ではないからかもしれない。
彼女を引き合いに出して一人ではない、と言うのはとてもおかしな話かもしれないけれど僕はもう一人ではなかった。
レダがいる。
僕は世界崩壊後の遺跡の中からちょっとずつ材料を集め、小さな女の子のアンドロイドを作った。
僕が作った鉄と様々なパーツで出来た生命、それでも僕にはあの天国から生まれた命のような気がしてとても暖かく感じられる。
性格などはほとんど人間が作ったものをそのまま使いつなぎ合わせた。レダの話す言葉は崩壊前の世界を見せてくれる。
僕は自由を手に入れたし、レダは命を手に入れた。けれど僕たちの胸には真っ暗な穴が開いているのだ。しくしくと痛むような、大粒の涙を流させるような…。
二人は共通してどうしても必要で、取り戻さなければいけないものがある。
それを取り戻すために僕はブラックボックスを探していた。
しかし決意を秘めた目に映る太陽は僕の15年越しの感慨を吹き飛ばすほどに、熱い!
直接日の光に当たらぬよう、顔以外のほとんどを白い紫外線防護フィルターで覆っていたが、それでも太陽は僕を直接刺すように焼く、熱いというよりも痛いと言った方が近かった。
鼻から吸い込む空気は砂ぼこりの匂いと熱せられた空気の重い不快さを残す。息を吸い込むごとに体中に熱い空気を送り込んでいる気がして僕はしばらく息を止めて歩いた。
もうずいぶん前から僕とレダは話すのを止めていた。
最初は遠足の様に楽しげに話をし、足取りも目的地へ逸る気持ちで一杯で軽やかだった。しかしだんだんと足が重くなり、元気がなくなり、さっきからずうっと砂漠の砂ばかりを見て歩いている。
足を前に踏み込む度に足の下で砂がさらさら滑り、前のめりに引っかかりながら進む。
熱気で満たされてしまったような空気の中、砂を踏みしめるざっざっという音だけがこもるように響いていた。
重い荷物を捨てたくなる肩には紙の束がぎっしり詰まったリュックサックが、両手には水や救急道具、大きな機材、その他細々とした物の乗ったそりを引いていた。
だんだんと後ろに倒れて転げていきそうな体を何とか前に進める。
砂に足を取られていせいか土の上を歩くのと比べ物にならないくらいに自分が重く、そして鈍間に感じる。
やけどしそうに熱い靴の中に熱した砂がざらざらと入り込みもうずいぶん前から感覚が無くなってきていた。
本当に…体が…いつもの倍…重い気がする…
この山のような砂丘のせいであろうか。腰から下のあたりが砂に沈み込みそうに重い。
肩で体を押し出すようにギチギチトぎこちなく登る。ここを越えれば後は滑り降りればいいのだ。
もう僕はほとんど何かを引きずるようにして歩いていた。
そう…何かを引きずるように…。
それにしても何か…無視の出来ないものすごい違和感を腰のあたりに感じた。
「お…重い…。」
ズボンの太い革ベルトが体にくい込んでいる。使い込みすぎて端の方がじりじりと擦れ、逆立ったベルトだ。その表面の細かいひび割れをさらに広げるように、後ろへ強く引っ張られて無理をしていた。
よく見るとがっちりとしたはめこみ式の金具がベルトの後方についており、そこから赤い丈夫な紐がぴんと張り後ろへとのびている。
いつの間にこんなものが付いたのかと訝しみながら後ろを振り返る。
「あっ。見つかっちゃった。」
この砂漠に似つかわしくない黄色い声が間延びして響く。勢いよく振り返ったが視線の先には見つからない。
探るように空に目を細めていると、ずっと下の方から砂を叩くバフバフという音がした。
音のする方へ目を移すと、僕の腰から伸びた紐の先に仰向けに寝転んだレダがいた。
顔を半分砂に沈め、胸の辺りまである綺麗な灰色の髪は砂に絡まるように広がり、意地悪そうな顔を縁取っている。白いふわふわした洋服にも容赦なく砂が付き、広がったスカートには砂が入り込んでいた。お気に入りだった糸目のびっしりついた綺麗なキャメルのブーツは片方しかなく、もう片方は遥か向こうの引きずったような跡の途中に落ちていた。
「うーーーー。ボーっとしてないで起こしてくださいーーー。」
バフバフと腹立たしげに砂を叩く。
レダが口を少し尖らせ、顔が動かせず大きな瞳だけでにらむ。いかにも憤慨という顔をして見せた。
レダを引きずって出来たであろう砂漠の後を見て、その長さにクラリと体を冷やした後、沸々と足先から立ち上るように怒りがわいてきた。
「レーーーダーーーー!!!」重さの秘密はこれか!!
汗がダラダラと体を伝う。ずっと手で引いていた荷物のせいで、手の筋がピキピキと痛んだ。僕はまだ寝そべっているレダをイライラして渾身の力で睨み付けた。太陽が加勢するように僕の体からメラメラと陽炎を生んでいる。
レダが僕のあまりの剣幕にビクッと肩を縮め、目をギュッとつぶった。そしてようやく悪いことが分かった子供みたいにそろそろと目を開き、ばつが悪そうに目を合わせると、また急いで顔をそむけた。
こっちを向いてちょこっとだけ笑って見せてまたあわてて顔を伏せる。居心地が悪そうにもじもじして、ほっぺがプクリと拗ねて見せている。
そうゆう仕草を見ていると何だか怒っているのが可哀そうになってきて、ついつい顔を緩めてしまう。だってレダは子供なんだ。機械だから大人になることは無いけれど。などと言い訳を勝手に自分にしているのだから、まったく我ながら本当にレダに甘い。
僕は小さくため息をついた。脱力するように滑り降りながら駆け寄り、ひょいっと砂から起してやる。
半分砂に埋まっていたレダの体からは雨の様にザラザラと無数の砂が流れ落ちる。それらをバタバタとせわしなく払ってやりながら「どうしたんだ?なんで引きずられてたわけ?」とまだ少し怒ったふりをしながら呆れ顔で聞いた。
レダはよくこういう意味の分からないことをする。まったくいつの間にこんな金具が付けられて、一体いつから引きずっていたんだろう。
レダからは払っても払っても砂がバラバラと落ちてくる。神からも無数に降ってきて目をくすくすと煙たそうにしている。
いきなりレダがふんっ吐息を吐くと、まるでずぶ濡れの犬の様に足先から頭までをブルブルブルルと震わせた。髪の毛とスカートが円を描くようにブワッとうねる。僕の顔に無数の砂粒が勢いよくビシビシビシッと当たっていく。
「いたっ!レダちょッ痛い!!」
それでも本人は真剣な顔で全身をブルブル震わせる。足は余計に砂に埋まり、ほっぺたがプルプル震える。
その姿があまりにも滑稽で面白く、思わず吹き出し大笑いしてしまった。
レダはそれに調子をよくしたのか、にこっと笑うともっとブルぶるっとやった。
一頻り砂を落とすと、レダはすっかりご機嫌にスカートに付いた砂埃をバフバフとはらった。
ちらりと僕の方を見てもう怒っていないかを確認し、にんまりと少し得意げな顔をして
「省エネ対策ですよ」
と言い切った。
そして腰に手を当て、指を振りながら。
「今地球は重大なエネルギー危機に陥っているんです。このままではエルニーニョ現象も悪化するし、陸地だって小さくなってしまいます。まずは電気はこまめに消す。車はなるべく乗らない。小さくて弱いレダは疲れたら休んで引っ張ってもらう。冬は着込み、夏は脱ぐ一人一人の心がけが大切なんですよ。」
小学生の様に発表し終えた後、こくこくと頷いて見せる。
こんな風に言われたらもう笑って許すしかない。要するに疲れたってことなんだろうけど、やっぱりレダは面白い。誰がこんなことを教えたんだろう。
少し前時代の風を感じレダを眩しく見てしまう・
「ふーーまったく。レダの時代設定は少し古いのが混じってるなー。省エネなんて言葉、まだ記憶されてる機械があったんだな。その言葉は21世紀に滅んだ言葉だよ。」
微笑ましくレダに語りつつ仕方がないので金具を外し、遠くに脱ぎ捨てたままのブーツを取りに行く。
「今は機会が自分でエネルギーを作れるだろ?それに地球上にエネルギーなんて死ぬほどあるよ。そりゃあ、ここが空気もない宇宙のど真ん中で太陽の光も届かずBEPシステムも使えないって言うのなら、節約の必要性はあるだろうけど。それにレダが…。」
そういい振り向いたとき僕の背後の砂地がボコリと動いた。瞬間割れるような轟音と共に巨大な黒い影が砂の山を割るようにして現れた。
小さな爆発のように辺りに砂が撒き散らされ、小山ほどもある毒々しい芋虫のようなロボットが、体をくねらせ高々と
反り立つように現れた。小山のような体に小さくついためが威嚇するようにねめつけ、瞼をじっとりと細める。露わになった腹には鋭い脚がびっしりと生え、肉をえぐり取ろうと蠢いている。
硬く黒光りした外皮をギラギラと光らせ、ロボットがぶるりと武者震いの様に尻尾の先から頭順にギチギチと狂ったように動く。小さな口にある鋸のような歯が何層にも連なり、高い音を立てて回転し始めた。巨体に溜め込んだ空気を全て吐き出すような、鋭い咆哮が辺りを震わせた。
凄まじい轟音に思わず耳をふさぎ、目をつむりそうになる。それでものしかかるように体中にビリビリと振動が伝わってきた。砂漠の砂が小さくジャンプし、ロボットの柔らかな腹が振動しブルブル震える。
くいしばっていた歯の端からうめき声がこぼれた。頭が割れそうだ。僕は思わず砂漠に膝をついてしまった。
すると待っていたとばかりに、ロボットがぐにゃりと長い体をくねらせ素早く躍りかかる。まだジンジンと余韻の残る空気を引き裂くように巨体が突っ込んできた。
足を立て直し避ける時間はもうない。ロボットの鋸のような歯が高い音をあげ回転しながら、すぐ目の前にまで迫ってくる。風圧が白いフードを吹き飛ばす。靡く金色の髪に今にも回転する鋸の歯に触れようとした瞬間。
突如ロボットの体が消えるように横に吹き飛ばされた。
砕けるような轟音と爆風が砂ぼこりを立ち上げ視界を遮る。
砂煙が止み、ようやく何があったのか悟ったときには小山のようなロボットが倒れている前で、小さなレダがスカートの砂をパタパタ払っていた。ロボットの脇腹には抉れたように大穴が開いていて、無数の機械の残骸が飛び出し、バチバチと青い火花を散らしている。
動かなくなったロボットを呆然と見つめながら、慌てて立ち上がる。
「レダ!!大丈夫か?!どこも怪我してないか?!」
小さな顔の眼光がキラッと光る。
「こっちのセリフです!!こぉんな気持ちの悪い芋虫にのこのこやられそうになって~~~!!」
ふんっ吐息を吐き、髪をそろえながらこちらを睨む。
「えっ?!ああ。案なのに全力出すまでもないからさ、これから反撃するところだったんだよ。それより怪我は?」
ドキドキしながら軽く流し、すぐに近に転がっていたレダのブーツの片一方を取りに行く。
「ふーん本当ですか~~?そぉんな風には見えなかったけど!レダは大丈夫です。どこにも怪我はしていませんよ。」
そういって少しいたずらな顔で笑い、手をグーパーして見せた。
そして関節を全部動かして見せて、目を細め傷ついた場所がないかあちこち確かめ直す。暇を持て余す小さな子供の様に、ブーツのない片方の足をブラブラさせて到着を待っていた。
でもなんでこんな場所にあんなロボットがいたんだろう。砂の上からブーツを取り出し靴の中に入った砂をバタバタ出した。
「レダ…もしかしたら…」そう言って振り返る。
動かなくなったはずのロボットが、のそりとレダの後ろで動いた。
鎌の様に鋭い脚が大きく振り上げられる。長い脚の影がレダの顔に伸び、鋭く振り下ろされた。
「レダ!!!!」体のどこかから悲鳴のような声が絞り出された。僕の足が自然と走り出していた。振り下ろされる鎌がスローモーションのように見える。僕の足など止まっているような気がした。
レダはついっと顔をあげ、今にも振り下ろされんばかりの足を確認すると、口の端をにやりと持ち上げた。
鼻先まで振り下ろされた鎌をふっと横へかわし、目にもとまらぬ素早さでガシリッとつかんだ。
逃れようとするロボットの足がギギギと金属の軋む音をさせてブルブル震える。まるで軽く玩ぶようにつかんだ脚をグルグル回すと心から楽しそうにニコリと笑った。
そのまま愛らしい笑顔で眉一つ動かさず、バキッと物凄い音を立て、足の根元から引き千切った。
ロボットの鋭い咆哮が空気を震わせる。
小山のような体をブルブル震わせて、痛みに体をグニャリとのけ反る。めちゃくちゃに脚をうごめかせると、小さな口から鋸の歯を剥き出しにした。
レダはうっとおしそうに髪をすき、憎々しげに舌打ちをすると、引き千切った足を力いっぱいロボットに投げつけた。
ガンッと音がして足の先端がロボットに突き刺さる。緑のオイルが吹き出し、高い悲鳴を上げぐらりと体制を崩し、砂の中へ盛大に突っ込んだ。埃を払うように砂丘が一つ潰され、黄色い砂塵が宙を舞う。
その間に、もう踏み込む態勢を用意して、レダの瞳がきらりと光った。飛ぶように砂を跳ね上げ間合いを詰める。空中に止まる一瞬のうちに素早く目を動かし狙いを定める。小さな拳を一度開き、きちんと握り直した。
固く握られた拳で風邪を巻き上げ、ロボットの口の辺りを叩き潰すように振り下ろす。
レダの小さな拳で叩いただけなのに、まるで爆弾でも投げ込まれたかのように、べコリと丸い圧力の後を残し口が弾け飛んだ。
無数の機械の破片が飛び散る、勢いよく回転していた鋸の歯も粉々になり、飛び出したかけらがレダの頬をチリリとかすめた。
レダの頬から赤いオイルが吹き出し、白いワンピースにしたたり落ちた。
ぴくりと動くのをやめ、傷口と服をまじまじと眺める。口元からは笑みが消え顔が凍りつく、顔を伏せてフルフルと震え、立ち止まってしまった。
口を砕かれ混乱した機械は、バチバチと火花を散らしながら、何十本もある足をめちゃめちゃに振り下ろしながら迫ってくる。
「あーあ。血はまずいなぁ」
レダのブーツを握りしめ、思わず呟いてしまった。何だかレダが全然大丈夫そうなのでとても安心はしたけれど、…少しロボットが気の毒になってきてしまった。
僕はふいっとため息を付き、疲れたので座っていることにした。
「小さくて弱いって言葉は意外に幅広く使うんだなー。」小さく呟く。
まだまだ先が長そうだ。
レダがうつむいたままよろりと一歩踏み出し、ゆっくりと顔をあげた。どこも見ていないような虚ろな目を瞬かせる。血の気が消えた白く透き通った顔に、赤いオイルが線を描きどくどくと流れ続ける。唇だけが赤く上気しにたりと笑った。
叫び声を繰り返す混乱した機械が、レダの小さな頭をめがけて何本もの太い脚をザクザクザクッと振り下した。
その鋭く尖った足は全てが空を切り、レダの小さな足跡だけを残す砂に突き刺さった。レダが灰色の長い髪と白いスカートの残像だけを残し、光のように移動する。目で追う事も出来ない速さで、その他の何十本もある脚の攻撃を全てかわし、ふわりと懐に潜り込んだ。
ブーツを履いていない足を砂に突っ込んで、体中を捩じるように鋭く足を蹴り上げた。砂が弾けて舞いあがる。
ドォオオオオオンと爆発のような音が響き渡り、ロボットの巨体がが機械の破片を撒き散らして宙を舞った。
空中で胴体がボロリと千切れる。
舞い踊った髪がすとんと落ちる間もなく、レダが身を落とし足に力を入れる。レダが弾丸のように飛び上がり、まだ宙を飛ぶロボットに追いつく。飛びあがったスピードを利用して、抉るような回し蹴りを背中の硬い外皮にめり込ませた。硬かった外皮が粉々に蹴り砕かれて黒い破片が舞う。腹が衝撃で裂け、千切れていた胴体から機械がこぼれ落ちた。
様々な残骸が雨の様に降る中、レダはまだスピードを増し、空中で綺麗な弧を描く宙返りをして方向転換した。黒い目をいっぱいに開き、目標を定めると口の端を素早く持ち上げる。
外皮の剥がされたやわらかい皮膚に、思いかかと落としが炸裂した。どこよりも簡単に破ける。破裂した破片を体に受けながら体勢を立て直す。次の目標を定め頭をくるりと回すと、幾分か遅くなった体から力を捻り出すようにロボットの脇腹を蹴り潰し。そのまま勢いよく地面に叩き落とした。
轟音を立てて砂丘を蹴散らしてクレーターを作り、空高くまで砂が舞う、地面の揺れが僕の居るところまで伝わってきた。
何だか見守っているのにも飽きてしまった。思わずふうっと息を吐き出す。
なんでレダはああ乱暴になってしまったのだろう。 普段は少し変わったところはあってもニコニコしていて可愛らしい子なのに。
凄く作り方を間違えた気がする。
やっぱり崩壊前の人間のどこかに、そんな感情があったからだろうか。そうでなければレダは暴れない。天国に住む人間にも地球を滅ぼすほどの黒い何かが…?
…まあ、どうでもいいか元気なら。
小さく頭を振り、この砂漠にあるはずの「ブラックボックス」を探し始めることにした。
肩にかけていた色のさめきったリュックをずしりと降ろす。リュックの角は今にも破けてしまいそうなほどに薄くなってしまっている。その角も荷物の重みで砂に埋もれ見えなくなってしまっていた。物が入れられるのが奇跡のようなリュックだ。
いつもの様に少々乱暴に開き、かさばっている紙の束をガサガサとあさる。
世界中の遺跡を巡って集めたものなので、その量はデーターチップに元から記録してあったものを外しても膨大なものだった。
まだこの近辺の地図はチップに保存されていないはずだ。割とレトロな町だったのかもしれない。
近辺の地図をようやく探し当て、砂の上に丁寧に広げる。
ドオオオオオオオと爆音がして地面がびりびりと揺れた。さっきから続けざまに爆音や咆哮、それに地鳴りが辺りに響き渡っている。
目の端では爆発のような閃光がチカチカと繰り広げられていた。金属の軋む音も耳に触る。
やれやれ、まだやっているらしいな。
敵が増えたのかもしれない。
敵が増えた場合とレダの戦闘能力を素早くシュミレーションし分析する。あの程度の敵なら少々増えたところでレダの敵ではない。
大丈夫だろう。
砂が振動し地図の上にガサガサとかかる。それらを意識的に無視し、赤ペンのふたを取り作業に取り掛かった。
僕たちは実はもう計算ではだいぶ前から遺跡内に入っているはずだった。今まで砂に人工コンクリートが混じっていたり、起伏の激しい土地が続いたりしてきている。
もう少し入っていけば、まだ残っている大きな遺跡が見えてくるのではと思ったんだが、もしかしたら…。
地図上に都市の規模の予想図と歩いてきた道筋を描き込む。砂漠で溶けてしまったのか、赤いペンは激しく色が出たり出なかったりで、僕の字はミミズが地図の上を走っているように見えた。
周りには何も見えないが地図上では僕たちはかなりいいところまで行っているように見える。
それにあのロボットだ。あれは明らかに人間を狙って行動しているようだった。
あの咆哮や毒々しい色彩、人間が本能的に危険なものだとわかり、怖いと思うような色にしてある。そしてあの芋虫の様なディティール動物的すぎて破壊だけが目的ならば無駄な物ばかりだ。
あのロボットはレダに脚を突き刺されたとき明らかに痛がり、もんどりうっていた。あんな無駄な反応は人間にしか通用しない物じゃないだろうか。人間ならばあの苦しむ姿にあわよくば少し手を抜くこともあるかもしれない、あるいは恐怖したり、そのほかにも何か訴えられるものが…。
でもロボットには単なる無駄な動きにしか映らない。あの無駄な動きのせいで戦いに隙が生まれる。痛覚なしとは言わないが、普通あのような戦闘ロボットを作る場合あんな面倒な戦闘プログラムを採用しないはずだ。
第一人間に使うとしてもそれほど大きな効果があるとは思えないし…。
他に何か重要な秘密でもあるのだろうか。侵略や防御のためだけにあるとも考えられなかった。
もしかしたら、あのロボットがこの都市が滅ぶ原因の一つになったとも考えられる。
地図の上の現在地には置いたままになっていた赤ペンの染みが大きく広がっている。
早くブラックボックスを見つけないと…。
新しい都市のヒントを見つけ胸が高鳴っていくのを感じた。同時に胸を締め付けられるような郷愁の念もわいてくる。
手に汗を握り、顔に自然と笑みが広がる。居ても立っても居られない。
さっきまで見ていた砂漠の景色がずっと明るく、希望に満ちて見えた。
広く広く明るい都市が広がる。切り立った渓谷に沿うように白く美しい街が滑らかに配置されている。町には美しい噴水、張り巡らされた細い川、敷き詰められた輝く石畳。白い建物を彩る豪奢な装飾に青空が映える。
家々からあふれるように咲き乱れる小さな花々に、鮮やかな色をはためかせ軽やかに走り抜ける人々。町から聞こえてくる楽しげな音楽と人々の笑い声が今にも聞こえてきそうな気がした。
文献に載っていた失われた都市、りブレスト国。
僕は世界をあの光の中に戻したい。
ボロボロボロボロ。小さな手がにゅっと伸び、上から機械の残骸が無数にふってきた。地図の上にも穴が開くのではないかと思うほど乱暴にボタボタと落ちてくる。
「うわっ。いてっ。なんだよ!人の楽しい妄想の邪魔をして!!」さっきまで目の前には綺麗な町が広がって見えたのに、油臭い機械の残骸にさえぎられてしまった。
乱暴に落ちてきた残骸が地図に緑色の油染みを作る。
「あああああ。レダ――――!今すごく大事なことを考えていたんだぞ!」
乱暴に残骸を投げやり、急いで地図をたたんだ。
「あの機械たち、なんか変ですよぅー。」頭の上にバスンっとレダの顔が乗る。僕の肩の上から緑のオイルでベタベタと汚れた手がにゅっと現れた。レダにしては元気がない、考え深げな声だ。疲れ切ったように背中にのしかかりもたれかかってくる。
「うーー暑苦しいなーー。何が変なんだよ。ふう。もう終わったのか?顔怪我してただろ、治療するから見せて見ろ」
レダの体は高質量の機械の塊なので人間なら死んでしまうほどの熱が体に溜まってしまうことがある。さっき激しく戦闘した後なので、さらに熱い熱を持っていた。一瞬のうちに汗が噴き出る。
「おい。早く冷却しろよ。背中が火傷しそうだ!」
つい苦しくなって頭話振ったり背中を反らしたりして嫌がって見せてしまった。
頭の上のレダがにまっと笑うのが分かった。
しまった……!!!
無言の圧力で今度はおぶさるようにひょいっと足をのせ、全体重を背中にかけてくる。少しでも嫌なそぶりを見せると余計にやってくる。それが今のレダのマイブームならしい。はた迷惑なブームだ、マイブームという言葉を教えたら、一番最初に出来たブームがこれだった。
性格がひね曲がっている。
こういう時は黙って耐えろだ。天災みたいなものだと思えばいい。
ふんふんと鼻歌を歌いながら、僕の上半身を引いたり押したりする。かと思えば、ベタベタ血の付いた手で僕の顔を触ったり、僕のコートに擦り付けて拭いたりした。
暑い…。そしてオイル臭い…。
こ、これはいい加減僕もそろそろ怒って教育しなければ、と口を開いた矢先。
パっと身を翻すように離れ、砂の上にゴロンと寝転がった。
「えっとレダはー。ほっぺとーお膝とー足とー。おててが痛いです。」そう言ってにっこり笑った。」
完全に見切られている。
子供というのは親心を利用するのがこんなにもうまいものなのか!恐ろしい…。崩壊前のチルドレンは皆こうだったのだろうか。
僕はレダの手形の付いた顔で、少し片眉を上げ、憮然とした顔で見る。という精一杯の抵抗をした。「で?その機械と戦って何か変なところがあったのか?」話を元に戻す。
重い工具箱を目の前に引き寄せる。少し錆びついてがっちりと締まった金具に指をかける。指先に力を込めるとバンッと音がして、勢いよく開いた。これを開けるとき決まって指が痛くなってしまう。
「ファイも感じなかった?」そう言って、僕の渡したシンナーの染みこんだタオルで手や顔をふく。
「んー。ああ。あ!洋服をクリーニングするボタンはスカートの裾にあるから。」
もちろん感じたが僕は、わざと視線を外し斜め左を見た。シンナーの匂いと工具箱の機械の錆びているような電気の匂いがむわっと漂う。溢れるように物の飛び出す、整理されていない箱の中から修復シートを探す。乱暴にガサガサと音を立て、もう全部ひっくり返して探そうか、という時にようやく見つかった。
「もうファイ聞いてる?真面目に答えてよねー。」
僕はまじめに考えていたのを邪魔されて少しすねていたのかもしれない。
まだ緑のオイルでベタベタのワンピースをクリーニングする。スカートの裾にある小さなボタンを押すと、裾から順に白く光りはじめて、まあるい襟まで光終わると、全ての汚れが消えて真っ白なワンピースになった。
「何かおかしかったんだよー。機械が苦しんでるのはおかしいし。でもそういったものなら今までだって無かったわけじゃないし、そういう機械なのかな?って思ったんだけど。それ以上に自然なんだよ!凄く。一個一個の動作が凄くリアルで、生きてるみたい…。でも機械なの。」自分でもよく整理しきれていないように、たどたどしく、もどかしそうに話す。瞳は遠くを見つめて、体の横に置かれた手は感触を確かめようとまごまご動く。
「でも人間が見分けられない機械なんてたくさんあるんじゃないか?本当に生きているように見えるし。みんな血が通ってる。」
何となく言いたいことは分かったものの真意がよく分からない。生きている機械ってどういうことだろう?機械が仲間として違和感を持つ機械?背筋が少しぞくりとした。
今度は真剣に考えながら修復シートのフィルムを剥がす。シートがへにゃへにゃと曲がり黄緑色の粘着部分が剥がした端から手にくっついていく。レダに貼ろうとしているるのに、手に巻き付き、シート同士がくっ付きなかなか上手く貼れない。
「そうなんだけど…何か違って…よくわからない。」顔をしかめながら小さくかぶり振って黙り込んでしまった。
ボーっとしているレダの顔を覗き込むようにして、ほっぺたに修復シートを貼ってやる。よれよれと曲がっていたり、でこぼこしているけど、傷に貼るとほんのり光り、修復を始めた。
やはり考えていたと通りにあのロボットには何かある。
「まっいいかー。あのね。それよりあの虫~大変だったんだから~!一個倒したらたっくさん出てきたんだよ!!砂の中からザバー。ザバーって!ほんと面倒くさい。」頭を勢いよく振り、ふんっと鼻で息を吐いて、腕を組む。
僕はこくこくと頷いて聞きながら、組んだ腕を取って手の甲の傷を見る。甲がオイルで赤く染まっていた。白い皮膚が深くバックリと割れ、骨組みの銀色の金属が見えるほど深い傷を負っていた。
「うわっ。本当に酷い怪我をしてるじゃないか!!なんで早く言わないんだよ!」
慌てて流しかけるようにジャブジャブとシンナーでオイルをふき取る。匂いが突き刺さり鼻が悪くなりそうだ。見た目ほどは深くはなさそうだが皮膚が抉れ、削げ落ちていた。
「修復シートなんかで直るかなー。手はきちんと動くんだろ?」
レダがミシミシと動かして見せる。傷の中で金属がきちんと動くのが見えた。一応一番大きな修復シートで手を包み込むようにぐるぐる巻いた。
「ファイ―。これじゃなんか手がもちもちするよ~。こんなに大袈裟にしなくてもいいのに…。」
手の先が三倍にもなって光るのを迷惑そうにしながら、でも顔は赤く染めて笑う。
「あのね。でもね。しょうがないんだもん。あいつら上下左右から来るんだもん。手にはちょっと我慢してもらって、盾に使ったの。ガリリーってなったりしたけど平気。」手をフリフリケロッとしていう。
そんなこと聞いているだけで手が痛くなってしまいそうだ。レダみたいに普通のロボットは支障があるとわかると、痛覚なんて出ない。あのロボットはなぜわざわざそんなプログラムが作られていたのだろう。
ついまた考えてしまう、痛覚も何も、もともと何も感じない機械に覚えさせるんだ、そんな作業するだけ無駄なはずだけど。
まっ。あんな気持ち悪いの作るやつの気持ちなんか分かるはずないな。
「れだ。そういうことは平気な顔で言わないの。それにしても上下左右って。まったくあの虫どれだけ出てきたんだ…。」レダが暴れまわっていた方を振り返る。
「げっ!!」
まるでいきなり黒い山が出現したようだった。
もともと一体一体が小山の様に大きいものだから、さっきまでの景色とはまるで違った場所に迷い込んでしまったように見える。
見渡す限りの砂漠は、迫るように反り立つ黒い残骸のオブジェに遮られてしまっているし、青かった空にはもうもうと煙が立ち込め、日差しを遮る黒い渦が出来ていた。
ブスブスと油やゴムの焦げるにおいが辺りに充満し、まだ形のある残骸には沢山の脚が生えていて、ピクピクと動いている。
さながら機械の地獄絵図とでも言おうか。
「あの後まだ戦っていたみたいだから何体かは現れたんだろうとは思っていたけど、こんなにたくさんだったとは…。」
バチバチと火花を上げる巨体はボロボロに崩されていて、もうもとが何体あったのかとてもわからなかった。
この沢山の山を何百分の一かの小さなレダが倒したのかと思うと、少し怖いような誇らしいような、可哀そうなような、複雑な気持ちになった。
「大変だったなら言ってくれればいいのに。二人でやったらこんな怪我しなかったよ。」
レダにうじゃうじゃ迫りくるロボット達を想像して少しブルルッと身震いをする。このくらいの故障ですんだのは奇跡のように思えた。
僕は、自分だけ楽しい妄想に浸っていたことをすごく後悔してしまった。
レダがちらりとこちらを見て、顔色を窺うと「そんなことないもん。レダは一人でもぜ~んぜん余裕だったし!足手まといがいたんじゃ、かえって大怪我してたもん。あーいい運動になったなー。」
そう言って。傷ついた細い脚ですくっと立ち上がる。赤いオイルがドクドク流れる足の傷を乱暴にぱぱっと払って見せ、腰に手を置いた。灰色の長い髪にもオイルが固まって付いている。それを手ですうっと掃うと勝気な顔をして見せた。
「ブーツ履く。ブーツ返して!」さっさと取りに行って、足の裏から砂を払うと、まだ傷があるのに急いで履こうとする。
僕は苦い笑いを抑えながらレダの脚を引っ掴み、今度は素早く修復シートを貼った。
決まりが悪そうに顔を真っ赤にして、大きな目をそらす。
これがレダの気のつかいかた。あんまり傷を見せると僕が気にすると思ったんだろう。
ぶっきらぼうで回りくどくって短絡的。気持ちを伝えるにはすごく複雑で分かりにくい、合理性ばかりを考える機械がするような反応ではないようだ。でも僕にもこの回り回った行動が微笑ましく思えた。
沢山の電子頭脳を記憶し、ブレンドさせたせいなのか、複雑に混乱していて時に、人間らしい行動をする。
見た目もまるで小さな子供みたいで、こんなに人間と同じようなのに…。
レダにも大きく欠けた心の穴があるのだろうか。生命の発するシグナル。そこに当てはまる何かをレダはあの虫のロボットに見たのかもしれない。
僕から見ればあんな化け物よりずっと生き物だと思うのに。
「レダ。あいつ砂から出てきたんだよな。」
「うん。そうだよ~。モリモリって土の中からたっくさん。」まだきまり悪そうに眼をそらしてブーツを履き直す。
「やっぱりそうか…。レダ、もしかしたら。いや。たぶん、遺跡は砂の中に埋まってるんだ。」
「え~~~!?国ごと??ぜ~んぶ??」
「うん、よく考えたら当然のことだったよ。文献によるとりブレスト国は渓谷を利用して作られているらしい。高低差の激しい階段の様な都市だったんだって。そんな渓谷なんてどこにもないし、おかしいとは思ってたんだけど、気づかないなんて僕も馬鹿だよな。やっぱり地図は正しかったんだ、これ以上歩いていたって見つかるはずない。砂が国ごと渓谷全部を飲み込んでしまっていたんだ。」そこまでを勢い込んで一気にまくしたてる。
もうすぐブラックボックスが見つかる。そうしたらあの都市へりブレスト国に。心臓がドクドクと速い鼓動で波打つ。僕の目にはもうりブレスト国がすぐそこに見えるようだ。
「うわッ。ファイ顔にやけすぎだよ~。」
「なんだよ。やっとブラックボックスにたどり着いたんだぞ!嬉しくないのか!?」ついにまにまして浮かれてしまう。
「気持ち悪いな~も~。とりあえずは砂の中に埋まったのは分かったよ。ふんっ。そういうこともあるんでしょっ。」ほっぺにクシャクシャの修復シートを貼った顔で神妙にこくこくと頷く。
「でもさあ。そこにどうやって行くの?どうやってブラックボックスを取りに行くのよー??砂の中なんでしょ?」砂をバフバフ叩いて睨む。
「えっ…。えっと穴掘って??」
「どれだけ深く??」レダが真顔で首をかしげた。
雷に体を貫かれたような気分だった。衝撃だ、何も考えていなかった。
レダの言うとおりだ、そんな距離たった二人で掘り出せるわけがない。町は深い渓谷にあるというのに。
そんなことも気が付かず、それをレダに指摘されるなんて!
「失礼だなー。この世の終わりみたいな顔しなくたっていいのにー。ちょっと私の方が頭よかっただけじゃん!」得意そうに胸を張る。
うう。なんということだ!
でもさ本当に無理かもしれないね。まだまだ一個目だし他を探せばもっと簡単なところにゴロゴロあるかもしれないよ。ここはもう諦める?」
「…絶対あきらめない。」
こんなところで諦めるわけにはいかない。いろいろな文献を掘り出して、駆けずり回って、やっとここまで来たのに。あと少しであの光が見つかるのに…。ここで諦めては、何かが終ってしまう気がした。
何か方法があるはずだ。
太陽がじりじりと焼く、今やその暑さは近くで燃える機械の残骸と相まって眩暈を引き起こすほどになっていた。
頭はグラグラと揺れる、足の下の地面はふわふわとして頼りがない。目をあけてみている景色さえ小刻みに痙攣し、幻の様に儚く見えた。体から冷や汗がダラダラと出てくる。
頭のなかで沢山の方法が浮かんでは来るが、すぐさま打ち消すような現実がある。
とても無理だ出来ない。
問題が山積みだ何を考えても解決策は浮かぶ気がしなかった。すべてにおいて情報が少なすぎる。みんなみんなあの世界の終りの混乱で消えてしまった。このままじゃ数年はかかってしまう。あんなに頑張ったのに、あんなに準備したのに、あんなに時間がかかったのに…。
まだ、まだいけないのか…。
僕の目の前にあるこの砂が憎かった。砂に手をつく、手を潜らせる。日に焼かれ熱くなった砂が僕を拒んだ。
どこまでも続く景色がジワリと滲み歪んで見えなくなる。
心の穴が広がる音を聞いた気がした。

ザバアアアアアアアァァアン
バケツをひっくり返したような水が突然頭に降ってきた。冷たい水が頭を殴り、弾けて素早く体を滑る。
金色の髪がぐっしょりと濡れ、顔にへばりつく。伸びていた前髪が目の前にぶら下がり視界を隠した。襟ぐりから服の中まで水が入ってきて服を体にビタビタと張り付かせる。下着まで水浸しだ。特殊加工の白いコートの上を滑るように流れ、砂地に水たまりを作って、すぐさま消えた。
砂に埋もれた僕の手を伝い水が流れ、手の形の茶色い水たまりを作ると、砂の中にあっという間に吸い込まれていく。土の中でぬるい水が僕の手を優しく冷やした。
心臓が一瞬止まりそうになる。まだ何が起こったのか全く分からず、目を細めて頭上を見上げる。
背景に青空と太陽を背負い輪郭を黒々とさせレダがたっている。
「な、なに…?」意味も分からず水の滴る顔で思わず口をパクパクさせてしまう。水が口に入り喉を伝った。
レダが小さな顔をくシャリとさせて、小刻みに震えてシクシク泣き出した。高く伸ばした手には、水を入れていた大きな給水箱を持っている。灰色の髪が太陽に透け、フルフルと揺れる。レダの大きな瞳から落ちた涙が僕の上に降ってきた。
「レダ…。レダ?何泣いてるんだ?」
レダの顔に手を伸ばし親指で涙をぬぐう。
「いけない…。嫌だ…。諦めちゃ…だめ…。取り戻しに行かなくちゃ。…ごめんなさい。我儘言って。ごめんなさい…。レダ掘る。頑張って掘る。」小さく絞り出すように喋ると、よけいにボロボロと泣き出してしまった。
親指じゃすべての涙を拭えなくなって手のひらでゴシゴシと拭いてやる。
僕たちは心に同じ様に大きな穴が空いている、過去を取り戻さなければ僕たちには生きている意味もない。
僕たちはそっくり同じところに大きな穴を持っているけど、だからこそお互いの心を満たすことは無い。ブラックボックスが見つかることがなく、過去を取り戻す事が出来ないと考えるだけで、ジワリと広がる穴に押しつぶされて、一歩も動けなくなってしまいそうだった。
二人でいてもとても埋められない心の穴を埋めるため、どうしてもブラックボックスを探し出さなくては。
そもそも僕たちの探しているブラックボックスは、もともと大きな事件があったときに、その内容を克明に記録し、あとに残すものとして作られたらしい。
ブラックボックスが作られた初期のころは主に飛行機や船に乗せていて、事故やトラブルがあって機体が落ちた時など真相究明に役立てられていた。そのため墜落の衝撃にも耐えられるほどに頑丈で、事件が起きる前の肉声や計器の数値など様々な情報が詰め込まれていた。
そのころのブラックボックスは小規模なもので、対応できる物も出来ることも少なく今僕たちの探している物とは似ても似つかわしくない。技術は長い長い時を経て飛躍的に進歩した。
世界が滅ぶ500年も前にはJ・ダヴィッド・sが全く新しい概念の記録装置を開発し、小さな都市単位で記録できるようになった。
最初は賛否両論あったものの、技術の進歩が信頼につながり、大きな都市を中心に97%の都市で使われていた。
何しろこの時点で、最初のブラックボックスの役割とは全く違うシステムが確立されていて、都市にある、ありとあらゆるものが記録されていた。
何もかも全てと言っていい。ブラックボックスの許容範囲内のすべてをスキャニングし記録しているのだ。
犯罪がいつ起きたなどは朝飯前で、犯人の顔どころか体がスキャニングされていて体調までわかってしまう。人間だけではない。ペットだって。生き物だけではない。風速温度湿度そこにあるありとあらゆる現象をも記録してゆく。
これだけ聞くととても恐ろしいもののように聞こえる。
しかしこれは人間の監視下から完全に外れた存在で。善行に利用されることもなければ、悪行に利用されることもない。
ブラックボックスはただ記録を続けるだけの機械。
犯罪究明などには使われず、ただ国の一大事が来た時にだけ作動する。そのような装置であった。
ブラックボックスの唯一そして最大の効果は戦争の縮小をもたらしたことであろう。装置を設置した国同士での争いが格段に減ったのだ。
最初はすべてを記録する機械に抵抗のあった人間も次第に慣れ、その存在を忘れ、そう500年が過ぎていたのだった。
楽園の始まりはブラックボックスの恩恵だと言われている。
そう楽園はそこに存在していた。
この世界に埋まる遺跡の中には、97%の確率でブラックボックスが存在する。
当時のすべてを刻み付けたままに。
世界が終るその瞬間までのすべての時を映し出して。
僕は世界が終ったわけを知りたい。
そして…。
ザッザッザッザッザッザッザッザッザ。
それだけじゃなく、レダと…。
ザッザッザッザッザッザッザッザッザ。
あの機能を使って…。
ザッザッザッザッザッザッザッザッザ。
とにかく座標さえ手に入れば。
ザッザッザッザッザッザッザッザッザ。
「あーーーーーーーー!もう!うるさいなぁ!!人が真剣に考えてるのに!レーダー!」
砂が鼻先をかすめて飛ぶ。細かな粒子が飛散して土の匂いを巻き上げる。「プ。ぺ!」
鼻の周りをいつまでも漂う砂に小さく擽られ思わず大きなくしゃみが出た。
レダがちょこんと砂に座り込み、ブーツをはいた足を投げ出している。スカートには砂がかかって、ところどころ埋もれてしまっていた。
「ほる!ファイ!なにしてるの?」ザッザッザッザッザ
「早く!掘って!」ッザッザッザッザッザ
「もう!掘るって言ったでしょう!」ザッザッザッザッザッザ
レダの小さな手が砂をちょこっと掴み後ろにほおりなげる。その間その小さなてから砂がザラザラ落ちて最後に残った砂埃みたいなものが後ろに投げられた。
レダの前には小さな砂の穴が空いていてさらっと掬って穴が空いては、ざらっと周りから砂がなだれ込みいっこうに砂のへこみ程度から進む様子はなかった。僕は何かの冗談かとも思える状況だったけど、レダは本気だった。
顔を上気させ鼻息も荒く、とんでもなく張り切っていた、やる気に満ち溢れていた。
ちょこっと掬って後ろにパッと散らすその行動が実はすごく崇高な任務に見えたほどだ。
僕はそんな行動を見てまたまた親心みたいなものを感じてしまった。
思わずうんうんと頷きながらにっこりしてしまうのだ。
まあまるで期待できる方向ではないので僕は違う方法を行うよ。と微笑みながら心に誓った。
でもレダのおかげで頭はクリアになった。
そうだ!掘ればいいのだ!
そこまで行って、頭がクリアな今なら答えは簡単だった。
「やっちまうか・・・」
いたって原始的な方法だ、はるか昔から人間は穴をほる時にはしてたこと。それに習おうではないか。
幸い素材は後ろに小山のように積み上がり黒い煙を上げている。
僕は自分の目が悪く光るのを感じた。
こうでなくてわ!


ザッザッザッザッザッザ
ザッザッザッザッザッザ
ザッザッザッザッザッザ
「・・・ふうっ!だいぶほれましたね!」
ザッザッザッザッザッザザッザッザッザッザッザ
「レダの手下まで届きません!」
ザッザッザッザッザッザザッザッザッザッザッザ
「ファイーーー?ファーイ!」
ザッザッザッザッザッザザッザッザッザッザッザ
「…………………………ファイってば!!!!」


「レダ!」
僕はレダをふわっと抱きしめる。「わっ!な、何ファイ!?」
「・・・いいから、目を閉じて口閉じてて」
そっと顔に手を当て耳を塞いだ。レダが困惑し腕の中で縮こまっている。目を力一杯閉じて頬を赤らめる。
・・・・・・・
「ふぁい?」
僕は遠くを見てにやりと笑った。
「・・・そろそろかな?」
僕はレダを砂に押し倒し上にのしかかった。「ひゃっ!ファイ・・・!?
カッッ!!!!!!!
光の固まりが火柱のように雲を突抜け空高くまであがり、一瞬にしてあたりを白く染めたかと思うと飲み込まれるように世界を熱風で揺らした。
よほど構えて力を張っていたにもかかわらず、僕とレダはそこら編の砂粒と同じようにめちゃくちゃに吹っ飛ばされた。
・・・・・ドォオオォオオオオォォォォォッォォォオオオオオオンンンンンンンンンンン
音が遥か遠くのような近くのような訳の分からない音量で遅れて爆発音が響き渡る。
それは地面を揺らすどころか、このまま世界が終わるのではないこと思うほど絶望的に重く体中の細胞が生命の危機を感じさせるほどの恐ろしい音だった。
空気乱暴に引き裂かれる僕らはもうどちらが空か地面かも分からない、凄まじい衝撃波が体にぶつかり乱暴に体を突き抜けていこうとする。
息が止まる。それは僕たちにとって死を意味することではなくて本当にラッキーだった。
頭の中が真っ白だ。そして世界も真っ白だ。音はもうとうに聞こえなくなっていた。時間が止まってえらく長い宇宙を彷徨うような時間があたりを支配した。

気がついた時には僕はレダを必死に抱きしめて砂に埋まっていた。
レダの服をつかむ手が白くなるほど必死に握られていて、自分の力ではもう開くことが出来ないのではと思えるほど強張っていた。
妙な感覚だった。一瞬すべてが無くなったみたいになって、頭を揺らした衝撃波が思考を取っていったようだ。
僕は意識があるのに意識がないような動けもせずにただただ空を眺めていた。
「ぺっぺっぺ!!」
腕の下でもぞもぞ動いたかと思うと、僕の手をビシッと振り払ってレダがにらんだ。
「なにこれ?!何なの?!砂が体中に入った!じゃりじゃり!!気持ち悪いな!!!ファイ何したの!!」
おお、一つも敬語がない。これはかなり怒っているかもしれない。
「ファイ!なんなの?!ちょっとドッキリしたと思ったらこれだよ!もうレダは砂袋みたいだよ!口だけじゃ無しからね!砂になってるの!鼻もだよ!目もだよ!耳もだよ!ちょっとさ!なんかするなら言ってよね!」
完全に怒ってる。
僕は太陽を背に怒るレダと仰ぎ見た。
確かに美しい灰色の髪は砂が入り込んでる、ぐしゃぐしゃになって奇麗なストレートが鳥の巣だったし、レダの顔は涙でぼろぼろでもうぐしゃぐしゃだった。
砂が目に入ったのだろうか?そんな作用はなかったはずだけど?
「レダごめん!目の幕が傷つくまで砂が入ったか?!修復するから見せてみな?」
レダは泣きながら手を振り払ってイヤイヤと首を振る。
「本当にごめん。レダ。こんな痛い重いさせるはずじゃなくて!おかしいな?ダメージは計算に入れてたんだけど。レダの網膜を傷つけるなんて・・・。」
「うううううううう。」
ガブッ!!
「イッテ!!」レダがいきなりうなって僕の右手に噛み付いてきた。
「なんだ?!れだ?!こら!!やめなさい!!」
「うううううう!!」
レダが突き放すように口を話すともっと泣いてしまった。
「ファイは!なんなの??なんで?あんなこわい思いをさせるの?ヒッ・・ックわ、私が!どうやって!!どうやってたくさんの体で死んでいったか!!ヒック・・ヒわ、分かってくれてもいいのに!!!!」
レダが顔を真っ赤にして小さな体を一杯に震わせて泣いていた。
「わたしが!!どんな思いで!!どんなにこわかったか・・・!!わ、わかってよ!!!ヒッ・・ク」
ぼろぼろと泣き続けるしゃっくりをあげながら。小さな子供みたいにわんわん泣いていた。
僕は世界の終わりを覚えていない。
覚えている機械たちの回路はこんなにも傷を負ってこんなにも悲しいものを背負っていたなんて。一瞬前の自分の無神経さに腹が立った。僕は、結局何も分からないあの箱に入ってった時のままだ。
僕はレダを抱きしめて、頭をなでた。
「ごめんレダ。・・・本当にごめん。」
僕たちは何もかもを失ってたくさん傷ついて、だから過去を楽園を取り戻したい。
「レダ、ごめんね。でもほら見てごらん。さっきの爆発は世界を壊す音じゃないよ。この寂しい世界を変える音だよ。僕はブラックボックスまでの穴を掘ったんだ。」
頭をなで続けながら泣いてるレダをなだめる。
「僕たちはまたあの世界に帰れるよ。」

ブラックボックス

ブラックボックス

ある日世界は終わってしまった。 僕は世界を取り戻したい。 なくなった胸の明かりを取り戻す人間ではない生命の話。 人を愛する二つの存在の旅の話。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-06-06

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted