騎士物語 第二話 ~悪者である為に~ 第六章 初陣
第二話のラストです。
主人公パーティーの出陣です。
そして、なんだかいい感じのキャラになってきた先生の裏話をちょこっと。
第六章 初陣
第六章 初陣
その日のその朝。オレはいつも通りに眠っていつも通りに起きた事に驚いていた。
侵攻からの街の防衛。これで四度目になるわけだけど、前の三回は三回とも前の日は緊張して眠れなかった。そしてその緊張をそのまま戦いに持っていき、終わった後にはそれがぷっつりと切れて爆睡していたように思う。
その戦いで自分が命を落とすんじゃないか……そんな不安は全くなかった。なぜならフィリウスと一緒なのだ。死ぬのは勿論、負ける事もないと確信していた。それでも前の日は妙に不安で眠気が仕事をしなくなる。
そんな経験を踏まえて改めて考えた昨日の夜。この戦いには確かに、セルヴィアさんや先生みたいな――つまりはフィリウスみたいな圧倒的に強い人が参戦する。それも結構な数が。この防衛戦においてこっちが負ける事は……先生も言っていたけど、ほぼないだろう。
だけど今回は前の三回と違って、そういう強い人がオレの傍にいるわけじゃない。たぶん最前線で暴れるか、いざという時の為に王宮の守りにつくかだろうから、オレたちが配備される事になる街中にはいない。
フィリウスが傍にいるあの時でさえ不安だったのだ。きっと今日はいつも以上に眠れない――そんな風に思っていたのに気づいたら朝になっていて、寝ぼけ顔のエリルを横目に顔を洗うオレがいた。
「いよいよだな……」
「そうね。」
魔法生物の進攻速度からして、今日のお昼ぐらいにはこちらの間合い的なモノに入る。だけどたぶん、数匹は突出してるのがいるだろうからそれよりも早く戦いは始まる――と、先生が言っていた。
時間にすればほんの数時間後。だというのにオレとエリルはいつもの格好になっていつものように庭に出て準備運動していた。
「……なんかおかしい気がするのはオレだけか?」
「……同感ね。でもだからって何をするべきかもよくわからないし……」
「エリルは昨日、ちゃんと眠れたか? 緊張して眠れなかったとかは……」
「不思議とないわね。なんでかしら? 今日があたしの初陣みたいなもんなのに……三日前の方がよっぽどドキドキしてたわね。」
「オレもなんだよなぁ……フィリウスと戦いに出るよりもよっぽど落ち着いてるっていうか……」
「それは良い事だな。」
二人そろって伸びをした所でいきなり目の前に人が現れたもんだからオレとエリルは勢い余って尻餅をついてしまった。
「おや、二人は息ピッタリだな。」
「セルヴィアさん!」
「この格好の時は《ディセンバ》と呼んでくれると嬉しいな。」
朝から見るには刺激の強い鎧姿のセルヴィアさん――《ディセンバ》さんがそこにいた。
「い、いきなり現れないでよ! あんたはそういう登場しかできないの!?」
「あっはっは。驚かすのが好きなのだ。」
格好とは裏腹というかなんというか、とても凛々しく笑う《ディセンバ》さん。
「それで……どうしたんですか?」
「なに、激励だよ。友人二人のな。」
「友人……ですか……」
「そうだ。語り合い、笑い合った。それをただの知り合いでは寂しいじゃないか。」
「……十二騎士の激励とはすごいわね。」
「ふふふ。だがそれも必要なかったようだ。今の君たちに不安はないようだからな。」
「はぁ……なんか不思議と。」
「それは戦いに赴く者としてはベストコンディションだよ。要するに、それだけの信頼があるのだ。」
「信頼ですか。」
「そう……不思議なモノなのだがな、どんなに強い者でも強そうな相手を前にすれば鼓動は早くなるし、共に戦う仲間が世界最強であっても緊張はする。ほんの少しだがな。」
「そう……なんですか。」
「しかし、共に戦う仲間が例えば親友であったなら。将来を誓った恋仲なら。もはや自分に敵はいない――と豪語はしないものの、負ける気は全くしない上にかつてないほどに落ち着いているという面白い現象が起きる。絆や信頼と言われる力だ。思うに、この世で最も頼もしい力だな。まぁ――」
そこで《ディセンバ》さんはからかうように笑う。
「その力がタイショーくん率いる小隊内に生じているのか、君ら二人の間で生じているのかはわからないがね。」
ちょっと照れくさく思うオレと、横で赤くなるエリルを眺めてふふふと笑った《ディセンバ》さんはふと聞いてきた。
「そういえば、タイショーくんの小隊……まぁ騎士団でもいいが、名前は決まったのかい?」
「ええ……まぁ……」
そう言いながら、オレは昨日の事を思い出す。
「困った。チーム名が全然決まらないぞ。」
基本的な――フォーメーション? みたいなのとか、コンビ技とか……技名とか。色々決めていって最後に残ったのがオレたちの名前だった。
「だからさ、『ロイ&リリーと愉快な仲間たち』でいいんじゃないかな。」
「冒険小説のタイトルみたいじゃないか。しかも何故二人がメインキャラなのだ。」
「あ、あたしは可愛いのがいいなぁ……」
「なんでもいいじゃない、こんなの。」
「じゃあエリルはこのチームの名前が『それいけエリルちゃん』でもいいっていうのか?」
「なによそれ!」
進攻速度から考えて戦いは明日。だというのにオレたちはそんなことを話していた。
「ふむ。しかしあれだ。今後もその名前で騎士団としてやっていくというのなら真面目な――そう、かっこよかったりする名前にするべきだろうが、今回は即席のチームだからな。ここは一つ、面白い名前にするのも良いのではないか?」
悪い事を思いついた人みたいな顔のローゼルさんがそう言うので、オレはちょっと考える。
「んじゃあ、『ロエロテリ騎士団』とか?」
「な、なんかの料理みたい……」
「……って、全員の名前をとっただけじゃない!」
「いやいや、そういう遊び心のある名前でいいと思うぞ?」
「一応これ、首都防衛戦なのよ……?」
「やれやれ。やはりこの部屋に住んでいると他の寮生の話が入ってこないのだな。先輩方の小隊も、ほとんどは小隊と名乗らずにカッコイイ騎士団名で出陣するようだぞ?」
「あはは。騎士の名門校、セイリオス学院がそんなんでいいのかな。」
「仕方ないだろう。今回の戦い、最前線で戦うと同時に総指揮官になっている先生がそう言ったのだから。」
「よ、余裕があるよね……侵攻されるって、結構危ない事なんでしょ……?」
「そのはずだがな。ルビル・アドニスという騎士はそういう面白い人だったようだ。」
「んまぁ、それか実戦で緊張し過ぎない為のほぐしなのかもしれないけど。フィリウスも戦いの前はよくくだらないシャレを言っていたし……」
「まぁともかく。わたしたちはわたしたちらしい名前を名乗ろうじゃないか。」
「あ、あたしたちの……共通点とか、ないのかな……」
と、ティアナが言うとリリーちゃんが意地悪な――というよりは不機嫌? なんかそれを混ぜたみたいな顔で呟く。
「ロイくんを除けば共通点はあるよね……」
「? ああ、確かに。オレ以外女の子だ。」
オレがそう言うとリリーちゃんはため息を、他の三人はそれぞれが少し赤くなりながら明後日の方を向いて変な顔をした。なんだこりゃ。
「ん。共通点といえば、一応全員に言える事が一つあるな。」
「なによ、それ。」
「五人とも……こう、なんて言うか……ギャップがあるというか、外と中が結構違うというか……」
「ロ、ロゼちゃんみたいに?」
「ティアナ、それはどういう意味だ?」
「あー、ほら。例えばエリルなんだけど、オレはエリルが実はお姫様って事に驚いたし、きっとそうだと知ってる人はそんなエリルがまさか両手両脚から炎を吹き出しながら突っ込んでくるインファイターだとは思わないだろう?」
「……そうかしら? でもそれを言うなら、あたしはクラス代表で優等生で『水氷の女神』のローゼルがあんな意地の悪い顔してズケズケ言う奴だとは思わなかったわよ。」
「エリルくんまで……いや、しかし驚きの度合いで言ったら、申し訳なさそうな顔で狙撃銃を担いできたティアナ以上はないと思うぞ。」
「そ、そんな事ないよ……あ、あたしはいつもの商人さんが……あんなすごい位置魔法の使い手だった事にビックリしたよ……?」
「そう? でもでも、実はすごい奴っていうのなら、実は十二騎士の《オウガスト》の弟子でしたーっていうロイくんには誰も勝てないんじゃなぁい?」
ぐるっと意外に思った事を言い終わった後、オレはそれをまとめる。
「そう、こういう事なんだよ。自分で言うのも恥ずかしいけど、ビックリしちゃうような人が五人も集まったんだから――こりゃもう『ビックリ箱騎士団』だなぁ……と、思ったんだ。」
「わぁ……可愛いね。」
「うん! なんかロイくんっぽいね!」
「えぇ? どこら辺がオレっぽいんだ?」
「……気の抜ける感じじゃないの?」
「……オレってそんなん?」
オレの問いに答えようとしたエリルは、一瞬口を開いたあと突然ムスッとなって口を閉じた。
「そ、そうよ!」
「えぇ……」
「まー、こーゆーのはいくら考えても終わらないからね。『ビックリ箱騎士団』でいこうよ。」
「うむ。いいんじゃないかな。」
もしかしたら今のこの妙な安心感はあの寝る前の愉快な時間のおかげだったのかもしれない。
「オレたちは、『ビックリ箱騎士団』です。」
「ふふ!」
騎士団名を言うや否や、《ディセンバ》さんが吹き出した。
「はっはっは! いやはや、ふふふ! うん! いいんじゃないかな! かかってくる敵に、ばね仕掛けのパンチをお見舞いするといい……あっはっはっは!」
ひと笑いした後、《ディセンバ》さんは――若干笑いをこらえながらだけど――真面目な顔になった。
「カッコイイ名前でも、威圧する名前でも、愉快な名前でも、それが自分たちを示す言葉なら掲げるといい。名前は行動によって様々な服を着るものさ。ではな!」
そう言って、《ディセンバ》さんはパッと消えた。
『あー、こちら総指揮官――っていうのはもうやんない予定だったんだがな。私だ。ルビル・アドニスだ。言っとくが私は指揮なんてしない。ガキじゃあるまいし、国王軍は大中小隊それぞれで判断しろ。でもって学生らはそんなに危ない事にはならないからいい機会っつーことで各自で判断してみろ。』
第八系統、風の魔法の一つらしい声を遠くにいる誰かに伝える魔法で先生の声がどこからともなく聞こてくる。回転させる事しかできないオレだが、これはいつか使えるようになりたい風の魔法だな。
『あ。敵の隊から突出した奴が近づいてきた。という事で戦端を開く。行くぞ!』
遠くの方が一瞬ピカッと光り、遅れて雷鳴が轟く。
首都防衛戦が始まった。
「……」
と言っても、戦闘が始まったのは街の外。オレたちがいる街の中はまだまだ静かだ。
『うわー、なんか雷が何本も落ちるよ、ロイくん。先生ってすごいんだね。』
さっきの先生の声と同じようにリリーちゃんの声が聞こえて来る。
声を伝える風の魔法は先生と各部隊の隊長、そして隊長とその隊の隊員をつないでいる。我らが『ビックリ箱騎士団』で言えば、オレ、エリル、ローゼルさん、ティアナ、リリーちゃんがつながっていて、オレだけは先生ともつながっているわけだ。
部隊の数がいくつあって、それぞれの部隊に何人いるかは知らないが、その全部にこの風の魔法をつなげているのは学院長なのだとか。エリルが言うにはこんな大規模な魔法を展開させたら普通は五分ももたないらしい。それをどれくらい時間がかかるかわからないこの戦いで、きっと終始発動させ続けてしまうであろう学院長はやっぱり格が違うようだ。
「ティアナ。」
『ふぇ!? あ、ロイドくんか……な、なぁに?』
「ティアナからは街の外って見える?」
スナイパーであるティアナはオレたちから少し離れた所にある高い建物の上にいる。
『えっと、さすがに街の外は……見えないかな。か、壁があるし……でも、街に入ってきたらだいたいは……見えると思う……』
「それなら大丈夫だな。動きがあったら教えてくれ。」
『う、うん。任せて……』
この魔法、便利な事に話したい人とだけ会話をつなげてくれる。全員と念じれば全員に声が行き、今みたいにティアナだけと思えばティアナだけに行く。
「魔法ってすごいんだなぁ……」
「なによ、いまさら。」
両手にガントレット、両脚にソールレットを装備したエリルが呆れ顔をこっちに向けた。
「だってこんなに便利なんだぞ? 魔法を発明した人はすごいな。」
「確かにそうだな。魔法は便利だ。」
ティアナを除くオレたち四人は街中にあるちょっとした広場にいて、その真ん中にある噴水にトリアイナを抱えて座るローゼルさんが話に加わる。
「しかしこれからわたしたちが相手にするのは、わたしたちが魔法と呼ぶ、マナを使って不思議な事を起こすという技を生まれた時から使える生き物だ。言わば、私たちがコピーであっちがオリジナル。きっとわたしたち以上に便利に使うのだろうな。」
「そうとも限らないよ?」
ついさっきまで広場を囲む建物の屋上にいたのに気が付けばオレの隣にいるリリーちゃん。
「上のランクは別だけど、BとかCじゃ頭はそんなに良くないからね。ずる賢く使うっていう事に関しちゃボクたちの方が上だよ。」
ふふふと笑うリリーちゃんは、その笑みのままエリルとローゼルさんに唐突にこんな事を言った。
「ちなみに、今からボクたちは魔法生物――生き物を殺そうとしてるけど、二人――ティアナちゃんも含めて三人はそういう経験あるの?」
リリーちゃんの質問に二人の顔がこわばる。この質問は、オレが初めて侵攻からの防衛戦をする時にフィリウスから言われた事でもあった。正直、オレは父さんが狩りに行くのについて行ったりしてたからそういうのに抵抗はなかった。ただ、実際魔法生物を……殺した時、予想とは全く違う現象が起きたからオレはかなりビックリした……のだが……
「経験はないけど、でも魔法生物って死んだら塵になるって聞いたことあるわ。」
「うむ。その、血が出てどうこうというのであれば抵抗もあるだろうがそういう事であれば多少は……まぁ……」
そう、魔法生物は死ぬと塵になるのだ。マナを操る器官があるから死ぬとマナに返るとかなんとか色々説はあるけど本当のところはわかっていない。何せ死体が残らないから研究のしようがないのだ。ただ、それだと魔法の研究も進まなかったんじゃないか思うけど……んまぁ、昔の人は根性があったんだろう。
とにかく、魔法生物を――例えば斬りつけてみても、出るのは血じゃなくて塵。傷口から軽く煙を出しながらその部分が塵……というよりは灰になる。
血がブシューってわけじゃないからトラウマ的なモノにはなりにくいんだけど……それでも命を断つって事には変わらない。
オレは、塵になるから大丈夫だと曇った顔で言う二人と遠くにいる一人に向けて話しかける。
「えっと、たぶん……騎士になったら魔法生物と戦う事とか多いと思うからいつかはできるようにならなきゃいけないけど……今すぐってわけじゃないから。やっぱりダメだっていうなら言ってくれて良いぞ。オレは――その、慣れてるからさ。」
という風に一応気遣ってみると、エリルとローゼルさんの顔が曇り顔から笑顔になった。
「は、初めてで緊張してるだけよ。心配ないわ。」
「そうだぞ。これでも騎士の端くれなのだからな。」
『でも……ありがとう、ロイドくん。』
三人のそんな言葉を聞いて安心したオレは、手にした二本の剣を回し始めた。そして風の魔法を展開し、自分を中心に風の渦を作る。
剣の回転を手から風に任せ、二本の剣を宙に浮かせる。加えて、先生に頼んでかしてもらった三本の剣も風に巻き込んで回転させ、合計五本の剣を自分の周囲に回転させた。
「五本も回ると迫力あるわね、それ。」
両手両脚に装備したガントレットとソールレットの隙間から炎を噴出させ、燃え盛る戦闘スタイルになるエリル。
「迫力で言えばエリルくんのそれが一番だと思うがな。」
トリアイナをくるっと回転させ、刃の部分に氷をまとわせるローゼルさん。
「ぶー。自然系の魔法は見た目がかっこいいよね。ボクなんか移動するだけだし。」
短剣をくるくるさせながら少し羨ましそうにオレたちを見るリリーちゃん。
『あ、あたしも全然かっこよくなくて……』
普通に銃がかっこいいと思うんだけどそんな事を言うティアナ。
ともあれ、我ら『ビックリ箱騎士団』は準備万端だ。いつでも――
『ロ、ロイくん! なんか一匹こっち――ロイくんたちの方に行くよ! みんなの正面!』
突如響くティアナの声。全員に伝えたようで、みんなが正面の道に眼を向けた。
かなり長い真っ直ぐな道をかけてくる一匹の獣。イタチみたいな細長い身体を、尻尾のあたりから巻き起こす風で押しながらかなりの速さで迫ってくる。
「あれはカマイタチだね。侵攻を起こす魔法生物の定番みたいなCランクの奴だよ。どうする、ロイくん。」
「そうだな……とりあえず、あれはオレがやっつけるよ。」
小さい上にすばしっこいから、どんなベテランでもカマイタチが侵攻してくると何匹かは中への侵入を許してしまうんだけど、そんなに強くないし主に使う魔法が風だからそこまで深刻な被害にはならない。これが火を吐くサラマンダーとかだと家が燃えたりして厄介なわけだけど。
「えい。」
五本の内の一本をカマイタチに向けて飛ばす。
剣とか矢とかを飛ばした時、相手に与えるダメージっていうのは刺さる事だ。だけどオレの場合は切断。しかも刺すっていうのだと攻撃は点だけど回転してるから攻撃は線になる。
範囲が広い上に与える傷も大きい。改めて考えると、この曲芸剣術はなかなかえげつない。
「ギャルルッ!」
真っ直ぐに飛ばした剣をさっとかわすカマイタチ。そりゃ真っ直ぐに飛ばせば誰だって避ける。だからオレの狙いは避けた後に剣が後ろから飛んでくるという攻撃だ。
「キャル――」
剣の軌道を変えて再びカマイタチへ。真横に移動させたその剣に、反応するも避けられずに真っ二つに切断されたカマイタチは、中途半端な鳴き声の後にその場でバフンと塵になった。
「! あ、あんな風になるのね……」
「おとぎ話の吸血鬼のようだな……」
『それに……あの塵、なんだかすぐになくなっちゃう……空気に溶けてくみたい……』
「ロイくんってば真っ二つなんて大胆だね!」
「オ、オレの剣術的にああならざるを得ないんだよ……」
一先ずあの一匹だけだったようで、ティアナの眼に他の侵入者は見えなかった。
「来るとしたら今みたいのばっかりだろーね。なんかものすごいのが出てきて騎士たちの手がまわらなくなったりしない限りは。」
そんなリリーちゃんの言葉でオレは先生から聞いた事を思い出す。今回の侵攻の裏にあるかもしれない何かを。
「……このまま何事もなく終われば一番いいんだけど。」
こうして最前線で槍を振り回すのはいつ以来か。
私の予定じゃあ憧れのあの人みたいにおばあさんになるまで「現役」を名乗って、その人と同じように余生を学校の先生として過ごすつもりだった。
だけどどうした事か、子供の一人はいてもいいかもしれないが、孫ができるには早すぎる年齢で軍の指導教官なんてモノを任されてしまった。立場で言えば指揮官クラスなもんだから前線に出る事はないし、その上指導教官には――そもそも現役を退いた騎士がやる仕事だから「引退」的なモノがない。
こりゃあ学校の先生にはなれなさそうだなぁと、一応申請はしてみるものの半分以上諦めていた。
そんな時だった。いきなり学校の先生になれと言われたのだ。
経緯は知らないが、かのクォーツ家の令嬢がセイリオスに入学するのだという。場違い感がとんでもないが、そうなってしまったのなら相手は王家の人間なわけで、最高の教育をしなきゃいけない。
教育者――要するに先生って役職の人間を上から順に並べた時に一番上に来る奴を令嬢のクラスの担任にしようとしたんだが、生憎そいつはセイリオスの運営を任されてる学院長。んじゃあ二番目は誰になるのか。白羽の矢が立ったのが「国王軍指導教官」という肩書き。つまりこの私、ルビル・アドニスだ。
元々私が先生になりたいって申請を出してた事もあるんだろう。はれて私は学校の先生になることができた。
国王軍指導教官とセイリオス学院の先生。一番の違いは相手のレベル。既に自分の技を持つ連中をいつでも出撃できるように鍛えるのとこれから見つける連中を導くのとじゃあこっちの楽しみが全然違う。
人の成長を見るのは楽しいし嬉しい。それが自分の教えをキッカケにしてるならなおさらだ。
令嬢――クォーツが卒業してもあれやこれやと理由をつけて学院に残ってやると決意した私に、今度は出撃命令。離れてから随分経ったような気のするあの場所にもう一度行ける事。誰かや何かを守る戦いができるという事を不謹慎だが嬉しく思った私は、首都を取り囲む壁の外、所々に道が走る草原で雷をまとった愛槍を振り回していた。
「『スパークネット』!」
ドーム状に広がる放電でCランクの雑魚を蹴散らし――
「『サンダーボルト』!」
ちょこっと根性のある奴をふっとばし――
「『ライトニングスピア』!」
私に向かって来るガッツのある奴を貫く。
今の私は、全力で首都を防衛する騎士の一人だ。
「相変わらず派手ですな、『雷槍』殿。」
隣に見覚えのある騎士が立つ。まぁ、この場にいる騎士は立場上、ほとんど見覚えがあるんだが。
「敵が魔法生物なのが残念です。手練れであったなら、貴方の槍捌きが見られたというのに。」
「おいおい、首都を襲撃する敵に強さを求めるなよ。反逆か?」
「おっと、これは失礼。」
楽な戦いってわけじゃないが余裕はある。負傷者はいるがこっちに死者は出ていない。街に侵入した奴も生徒がしっかり倒している。戦況報告から察するに、あと一時間もかからずに防衛は完了する。
この侵攻に裏がなければ――
「ぐああああっ!!」
声が聞こえた。雄たけびじゃない、命に触れられたような叫び。
「貴様! 何者だ!」
魔法生物相手に言うセリフじゃない。「誰か」に対して発せられるその言葉が響いた方を見ると、何人かの騎士が血を流しながら宙に舞うのが見えた。
脚に雷を集中し、最高速度でその場所に移動した私は重傷を負った騎士を背に、その「誰か」の前に立った。
「げ、『雷槍』じゃないすか。《ディセンバ》を避けたら同じくらい面倒なのと会っちまいやしたねぇ。あっしもついてない。」
一瞬、新手の魔法生物かと思った。文字通り丸々太った肉の塊がブヨブヨさせながらかろうじて顔ってわかる場所をこっちに向けている。
太った奴を罵倒するなら、きっとデブって言葉が最適なんだろうが二メートル近くあるこの巨体相手にそんな軽い言葉をぶつけられる奴はそうそういないだろう。
「……一つ聞くが……お前、人間か?」
「ひでぇことを言う。わけぇ頃はそれはそれはモテたもんでさぁ。」
あご……いや、首? それとも胸か。まぁその辺りに手をあててしみじみ昔を思い出す肉ダルマは、見たところ武器を持っていない。となると騎士を攻撃したのは魔法か……
「どうにも奇妙なこの侵攻、お前の仕業か?」
「いかにも。その辺の魔法生物をちょいとばかし弄って首都に突撃させたんはあっしでさぁ。」
「目的はなんだ。首都の陥落――この国を落とすつもりか?」
「さぁ?」
「……あぁ?」
肉ダルマは――そこそこ多くの悪党を見てきた私の眼に狂いがなければ、本気で自分のやってることの目的を知らない――という反応をした。
「……となると、誰かの命令か。」
「そうでさぁ。あっしがここでするべき事は一つ。この街を攻め落とす事。その先は知らないんでさぁ。」
「……誰に従ってんのか知らないが、いい度胸だな。十二騎士も控えてるこの街を落とすってか。じゃあお前は、それに見合う大悪党って事だよな?」
「大悪党……んま、位としちゃそんなもんでさぁ。あっしも、あっしに見合う敵がいなくて退屈だったのは確かでさぁ。普通の上級騎士じゃ話にならないんでさぁ……だから『雷槍』のお出ましは――面倒だけど嬉しいんでさぁ。」
瞬間、視界が何かで埋まった。何かが来る事はわかったんで、私は肉ダルマの背後に移動し、そしてその何かが私の後ろにいた他の騎士とか魔法生物をふっとばすのを見た。
それは腕だった。肉ダルマに生えてるちょこまかした腕が一瞬で巨人の腕のようになって殴りかかって来たのだ。
「――第十系統、形状の魔法……しかもその術の早さ……ああそうか。あんまりにその外見がインパクトあるんで思い出すのをうっかり忘れてたぞ……」
「ありゃ? よく避けやしたね。さすが『雷槍』。」
ぐるりと、その首をきっかり百八十度回して私の方を見る肉ダルマ。
「しかしだとしたらわからないな……お前程の奴が誰の下につくっていうんだ?」
その昔。小さいながらもきちんとした国土を持ち、国民を持ち、豊かな自然と豊富な資源も持っていた確かな国があった。軍隊もあったし、強い騎士もいた。世界からしっかりと同列だと認められた国が――あった。
一晩で一人の男に滅ぼされるまでは。
「なに、簡単な事でさぁ。騎士が十二騎士に憧れたり目指したりするのと同じ。あっしみたいな悪党にも憧れる存在がいるんでさぁ。」
まるでSランクの魔法生物が大暴れしたかのような跡を残し、その国に住んでいた全ての人間がその一晩で死んだと言われている。
「悪の――カリスマっていうんすかね? いやいや、あっしなんかまだまだ。」
その晩、たまたま望遠鏡を覗いていたどこかの誰かが国を滅ぼした犯人を見ていた。そいつが言うには――
「あの人に気に入られたくて、あの人に認めてもらいたくて、あっしは従うんでさぁ。」
国を滅ぼしたのは、一匹のドラゴンだったという。
「国を一つ。そして街を――数え切れないほど。しょうもない理由で滅ぼした全世界指名手配の極悪犯罪者――お前が『滅国のドラグーン』か。」
きっとこの戦いが終わるまでその声を聞くことはないんだろうと思っていたのだが、その声はかつてないほどの緊張感と共にオレの耳に伝わって来た。
『ルビル・アドニスから街の防衛をしている全部隊へ! これからしばらくの間、相当数の魔法生物が街へ侵入すると思う! 無理をしない程度に全力で防衛しろ! 以上!』
あのカマイタチから何も来ないもんだから若干ぼーっとしていたオレは慌ててその言葉を『ビックリ箱騎士団』に伝えた。
「ありゃ。ボクが言った通りになっちゃったよ? なんかすごい敵が出てきたんだろうね。」
「Aランクの魔法生物でも現れたのだろうか……」
ローゼルさんが呟きながら街の外の方を向いた瞬間、先生が落とす雷を遥かに超える閃光と共に爆発音が響いた。
「なによ、今の……」
「んまぁ、なんにせよ、オレたちは先生の指示に従おう。街を全力で守るんだ。ティアナ、何か見える?」
『えぇっと……わわ、大変だよロイドくん! た、たくさんの魔法生物があっちこっちから街に入って来るよ!』
「……今の爆発があった方から?」
『うん!』
「途端にこれって事は、相当強い敵と戦ってるんだな……」
『ど、どうしようロイドくん! 魔法生物が――いっぱい……』
「大丈夫だよ、ティアナ。街を守っているのはオレたちだけじゃないから。オレたちはこの広場を通る敵を倒せばいいんだ。何体来るかわかる?」
『う、うん……えっと……正面の道からさっきのカマイタチが――五匹と、右の方からオオカミみたいのが三匹と、左から――よ、よくわかんないのが二匹……』
「いいよ、それだけわかれば充分。援護をよろしく。」
『わ、わかった!』
ティアナにそう言った後、オレはローゼルさんを見る。
「ローゼルさん、たぶん一斉にやってくるから、動きを止めてもらえるかな。」
「了解だ。」
トリアイナを地面に立て、ローゼルさんは片手を前に出す。
数秒後、我ら『ビックリ箱騎士団』の担当であるこの広場に、十匹の魔法生物が飛び込んできた。カマイタチと――あれはフォッグウルフと……あれは知らないけど、なんかスライムみたいなのが低空飛行なり跳躍なりをしながらオレたちの前に現れた瞬間――
「『フリージア』!」
ローゼルさんの凛とした声と同時に、魔法生物たちの色合いに白色が混じった。腕や脚や――スライム的な部位を一瞬で凍らされた彼らはここまでやってきた時の勢いをそのままに、まるで人形か何かを放りなげたみたいにその態勢のまま飛んでくる。
「はっ!」
十匹の中、ちょっとの速度差でオレたちに一番近づいていたフォッグウルフに対してエリルの攻撃が炸裂――爆裂する。三匹のフォッグウルフに放たれた一発はそれぞれが、魔法生物相手でも一撃必殺の威力があり、殴られ、蹴られた端から塵となっていった。
「よ。」
斬れるのかどうか微妙だったけど、左に現れたスライムたちに剣をとばすオレ。一応目みたいなのがついていたからそこを切断してみた。それがよかったのか、別に関係なかったのか、よくわからないけどスライム二匹もそれで塵になった。
『――ふぅ……』
そして、同時に広場にやってきたとは言え、立っていた場所的にオレたちからは一番遠くにいたカマイタチ五匹は、彼らの小さい身体に合わせたように地面を這う軌跡を描く一発の弾丸に撃ち貫かれていった。正確に彼らの頭の風通しを良くしていくその弾丸は、五匹を塵に変えた所でようやく地面に落下する。
時間にすればほんの一瞬。我ら『ビックリ箱騎士団』はなかなかのタイミングで十匹それぞれを撃破した。
「すぐに塵になるから、まるで砂の塊を攻撃したみたいだわ……」
「いや、それはエリルの一撃が強すぎるからだよ。魔法生物が塵になるのはあくまで死んだ時だから、普通の時はその辺の生き物と変わらないよ。」
「ふぅん……」
エリルが自分の手をガシャガシャさせながらグーパーさせる。
強くなるための経験とか、新しい技とか、自分のレベルアップにつながる何かをする時やした時、エリルのムスり顔はすごく真剣な顔になる。
「……な、なによ、じろじろ見て……」
「いや……エリルはカッコイイなぁと思ってさ。」
「ばっ、いきなりなんなのよ!」
コロッといつもの赤いエリルになる。
「オレも負けられないな!」
少なくとも、エリルと同じくらいでないとエリルを守る騎士なんて言えないから。
「あー……ロ、ロイドくん。私はどうだっただろうか?」
「? ばっちりだけど。しかしまぁ、正直ローゼルさんのあの技――『フリージア』ってすごいと思うんだ。特にこういう沢山の敵が来る時はさ。」
「そ、そうか? そもそもロイドくんが考えた技だがな……それに、これくらい第七系統を使う騎士なら誰でもできそうだが……」
「うーん……オレ、それの専門じゃないからあれだけど……魔法の早さっていうのかな。そこんとこ、ローゼルさんはすごいと思うよ?」
「そ、そうか……すごいか……」
『あ、あのー、ロイドくん……』
「ん? ティアナもすごかったな!」
『え!? う、うん……ありがとう……で、でもそうじゃなくてね、まだ敵が来るよ……』
「あぁ、そうか。よし、一先ずこの陣形を維持して戦ってい――」
「ロイくん。」
「うわ!」
目の間にいきなりリリーちゃんが現れた。
「次はね、ボクも頑張るよ? すごいとこ見せちゃうよ?」
「う、うん……」
先生からの通信を境目にして、街に入って来る敵の数が一気に増えた。最初の方はローゼルの『フリージア』を使った作戦で戦ってたけど、あの技はローゼルが言うに銃で言うなら大砲みたいなものらしくて、要するに連発はできるけど連射はできないんだとか。だから魔法生物が来る間隔がどんどん短くなってくるとその作戦は使えなくなって、今はそれぞれが目の前に来た敵を倒す形になってる。
やってくる魔法生物の種類は色々で、犬みたいなのがいれば蛇とか鳥もいた。そのどれもが、速さで言ったらきっと大したことないんだろうけど、人間とは違う身のこなしとそのすばしっこさのせいですごく速く感じる。
ちょっと前のあたし――目の前にいる敵に攻撃を撃ちこむ事しか考えてなかったあたしだったら、素早い敵が次々にやってくる今みたいな状況には対応できなかったと思う。
だけど今は違う。ロイドに教えてもらった身体の動かし方や視界の取り方……突然背後をとられてもそれに気づける今のあたしはちょっと前のあたしよりも強い。
そして、先生が名前をつけろって言ったあたしの戦い方。武器が上手に使えなくて、男の子に比べたら力のない女の子のあたしでも、相手がガードしたって関係ないくらいの攻撃を撃てるように……そんな風に考えて練習したあたしのスタイルの名前は――『ブレイズアーツ』。
「はぁああっ!」
ソールレットの爆発、その勢いでぐるりと回し蹴り。あたしを囲んでた魔法生物たちをその一撃で塵にする。
昔見た《エイプリル》の力にはまだまだ届かないけど、きっと近づいてる。もっと強くなる。そしてお姉ちゃんを守るんだ。
「『スピアフロスト』!」
前よりも周りが見えるようになったあたしには、同じ広場で戦ってる――ビ、『ビックリ箱騎士団』のメンバーの事もよく見える。その時見えたのは、飛びかかった魔法生物が上から降って来た氷の槍に貫かれる光景。
あたしが相手の防御を全部無視する強力な一撃を――コンセプト? 的なのにしてるのに対して、ローゼルの場合は相手を翻弄して隙を作り、無防備になったところに攻撃を入れる感じ。
トリアイナの間合いの外にいると思ってたら突然刃先が伸びて間合いの中に入れられたり、地面や脚を凍らされて転んだり――相手が人間だったら一々驚いてばっかりだと思う。
ローゼルもあたしと一緒に朝の特訓をしてるから、ロイド直伝(もとを辿ればフィリウスさん直伝)の戦い方を身につけてて、真後ろから迫った相手の前に氷の壁を出現させるみたいな事も普通にできてる。
まるで結界でも張ってあるんじゃないのってぐらいに、あのトリアイナ本来の間合いの中に敵を一歩も入れない。
……なんか、『水氷の女神』ってあだ名のせいで、言い寄ってくる連中を片っ端から突き飛ばしてるみたいに見えてきたわ……
「……」
チラチラと、ローゼルの派手な氷に紛れて見え隠れする人影。あたしやローゼルが攻撃する時とかに叫んだりするのとは真逆に、いつもの彼女からじゃ想像できないくらいに静かに戦うのはリリーだ。
位置魔法で瞬間的に移動して、相手の背後とか真上から急所を狙った一撃――ううん、一刺し一切りを入れていく……あれは戦いというより……暗殺。きっと相手は、気づいたらやられてるって感覚ね。
あの位置魔法を初めて見た時、あのレベルなら暗殺ができるってローゼルと話をしたけど……まさにその通り。
リリー・トラピッチェ……あの商人は何者なのかしら……
「ほいや!」
そして、あたしとローゼルを鍛えてくれた《オウガスト》の弟子――ロイドはなんだか間抜けな声をあげてた。
《ディセンバ》との戦いが何かのキッカケになったのか、今のロイドはあたしみたいにガンガン敵に迫って行くんだけどその間合いはローゼルの伸びるトリアイナ以上っていう変なモノだった。
敵陣のど真ん中に突っ込んで、風に乗せた回転する剣をぐるぐる振り回す。あくまで風の回転に乗せてるからその軌道は全部曲線――だけど常に動いてる上に、最近はその速さがすごいから回転してる剣は時々見える銀色の光でしか見えなくなってきた。
敵に囲まれた中、悠々と指揮するみたいに腕を振るロイドの周りでは銀光が閃き、次々と敵がやられていく。
一対一の時は相手を、一対多数の時は自分を、銀色の嵐の真ん中に置いて指揮を振る。今はまだ、普通なら指揮者のいらないクインテットだけど、その内オーケストラになる――そんなロイドは《ディセンバ》との戦いから、他の生徒たちから『コンダクター』とか呼ばれてる。ローゼルによると一部の女の子は『流星の指揮者』とも呼んでたりするらしいけど……
『えぇっと、き、北の方から十――三匹来ます……!』
時々、あたしたちをかいくぐって広場の奥に進もうとする魔法生物が出てくるんだけど、そういうのは突然塵になる。ティアナが狙撃してるのだ。
あたしたちが街の最終防衛線ってわけじゃないし、広場の奥には別の部隊がいる。だけどきっと、ティアナのおかげでそっちの部隊の仕事はかなり楽になってると思う。
時に数匹同時にあたしたちを抜けていくけど、それを残さず――一発の弾丸で倒してしまうティアナは、援護される側としちゃかなり心強い。
本来なら一番後ろで現役の騎士に守られるはずのあたしたちが、最前線ってわけじゃないけど防衛線で力を発揮できてる。きっとこれはすごい事。
なんだか、今のあたしたちになら何でもできそうな気が――
『な、なに、あれ!』
耳に響くティアナの緊張した声。その理由が、魔眼を持たないあたしにも見えた。
街を覆う壁よりも高い場所に浮かんで――ううん、飛んでるそれは大きなドラゴンだった。
「ワイバーン!? ……あんなのまで来たのか……」
『た、大変だよロイドくん! あ、あれが……は、八匹! 色んな方角から飛んでくる!』
建物のせいで見えないのもいるけど、この広場からも三匹は見える。きっと、八方から来てるんだわ。
「結構速いね。この分だと、何匹か壁を超えるけど……あれ、BランクだけどAランク寄りのBだから……街の防衛してる部隊じゃ対処できないかもね。」
リリーが、落ち着いてはいるけど「まずいなぁ」って顔をする。
「そうは言っても、外で戦っている騎士の現状によっては最悪、わたしたちで何とかしなければならないだろう……なんとしても。」
『街の防衛にあたっている学院生に告げる!』
ティアナでもロイドでもない声が耳に響いた。
『僕はソグディアナイト。現セイリオス学院の生徒会長を務めており、本戦いでは街の防衛のとりまとめを任されている者だ。』
「生徒会長……やっぱりいるんだ。」
って、今更な事にいつものように驚くロイド。
『現在、街の外は強力な敵の出現もあり、街の中にまわせる騎士はいない! 非常時故、王宮の警備を行っていた騎士が加勢に来てくれるが、ワイバーンの侵攻速度から言ってこのままだと王宮のすぐ近くで戦闘となってしまう! 言い換えると、避難している人たちの近くでだ! 故に、まずは僕らで奴らの足止めをしなくてはならない! 倒せとは言わない! 他の部隊とも協力し、一番近くのワイバーンと戦うのだ!』
生徒会長の通信が終わると同時に、あたしたちがいる広場の真上に街の地図が出現した。
「おお! 誰の魔法か知らないけどすごいな!」
「ふむ。あの赤い丸がワイバーンだな。そして街の中に散らばっている緑色の丸が防衛を行っている各部隊だろう。」
ローゼルがそこまで言うと、地図が切り替わってあたしたちの周囲だけを写すモノになった。赤い丸――ワイバーンも範囲が狭くなった事で一つになる。
「よーするに、ボクたちはあのワイバーンと戦えって事だね。今この地図に写ってる他の部隊と協力して。」
「……丁寧に部隊名まで書いてあるわね。」
かっこよかったり真面目だったりする部隊名の中に『ビックリ箱騎士団』ってあるのがシュールだわ。
「ん? あ、はいはい。もしもし。」
誰かの――たぶん、地図に写ってる他の部隊の隊長からの通信を受けたロイドがしゃべりだす。どうやって戦うかを決めるのね。
「んじゃあそういう事で。」
え、もう決まったの!?
「よし、みんな聞いてくれ。あのワイバーンはオレたちが相手をする。他の部隊はその間の広場の防衛をしてくれる。」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! なんであたしたちなのよ!」
「あれの迎撃を任された部隊の中で、あれにダメージを与えられる力を持っているのがエリルだけだからだな。」
「あ、あたしが?」
スッと、ロイドがこっちに向かって来るワイバーンを指差す。
「あんなにデカくて身体も硬い。しかもオレたちが使うような大きさの武器じゃ何をやっても蚊にさされたくらいだろう。魔法なら何とかできる人がいるかもだけど、少なくともこの辺を担当してるメンバーの中にはいないらしい。だけどエリルの『ブレイズアーツ』なら可能性がある。」
さらっとあたしの命名を口にするロイド。
「ワイバーンは――その、先輩が言うにはあごか弱点なんだとか。んまぁ、ワイバーンじゃなくてもあごを強打されるとふらつくからきっとそんな感じなんだろう。エリルがあれのあごに渾身の一撃を叩き込めば――倒せはしないかもだけど、ふらつかせる事はできると思う。上手くいけばその場で止まってくれるかもしれない。」
「で、でもあたしあんな高くには行けないわよ……爆発でのジャンプも限界が……」
「そこを――リリーちゃんにお願いしたい。」
ロイドが割と珍しい真剣な顔でリリーを見る。リリーはあたしと、飛んでるワイバーンを交互に見てこくんと頷く。
「うん、まー余裕だね。これくらいの距離。だけどロイくん、運ぶことはできても空中だから……パンチでもキックでも、エリルちゃんが踏ん張れる場所がないよ?」
「うん。だからオレが足場になる。」
「あ、足場!? ロイドが!?」
あたしがそう言うとロイドがローゼルみたいな半目になる。
「オレを踏めってことじゃないぞ? どっちにしたって足場を作って構えるなんてあんな高さでは無理だよ。ローゼルさんの氷だって、あんな高さまで伸ばしたらさすがにワイバーンに気づかれるし。だからオレがエリルを押すんだ。風で。」
「なるほど。踏ん張れない分を風による加速で補うという事か。しかしそれにしたって、風に押されながらの攻撃というのは――慣れていないと難しいのではないか?」
「うん。だからオレが足場になるって話なんだよ。」
ピンと、指を立ててロイドはこう言った。
「つまり、エリルをおんぶしたオレをリリーちゃんが上に移動させ、そっから風で加速してあいつのあごに突撃し、エリルが風の加速と炎の爆発を重ねた一撃をお見舞いするって作戦だ。」
「お、おんぶ!? ロイドがあたしを!?」
思わずそう言ったあたしだったけど、あたし以上にローゼルがわたわたした。
「いいい、いやいや! おんぶだなんて――そ、そうだ! エリルくんにはガントレットを飛ばす技があるじゃないか!」
「そうだけど、やっぱり一番威力が高いのは爆発した瞬間だからなぁ……加えて自分の手にガントレットがある方が魔法も集中できるだろうし……やっぱり直接パンチするのがいいと思うんだけど……」
ローゼル――とリリーが何かを言いたいけどグッとそれをこらえた顔でわなわなする。
「ししし、仕方がない……エ、エリルくんの攻撃力を最大にするにはそうするしかない……のだから……」
「こ、今回だけ許してあげるよ……今回だけ!」
不満そうな顔で睨まれるあたし。
「んで、勿論ローゼルさんとティアナにも頼みたい事がある。」
『な、何かな……』
この場にはいないんだけど、なんとなく声から不満って言うかちょっとトゲトゲしたモノが感じられるティアナ。
「えっと……おんぶするからどうしてもパンチになるわけだけど……エリルって右利きだよな?」
「そう……だけど……」
「んじゃあ――ティアナ、あいつの左眼……こっちから見ると右の眼を撃ち抜いて欲しいんだ。」
『眼を……?』
「そうか。眼を潰してロイドくんたちを見えなくするのだな?」
『あ、そうか……で、でも今あ、あたしがいる所からだと……ワイバーンのあごしか見えなくて……眼はちょっと……』
「うん。だろうと思ってね。でも今から他の高い建物に上る時間はないから――」
「わたしの氷か。」
「そういうこと。」
作戦を説明し終わったロイドは、割と真面目な顔だったのをすっとぼけた顔に戻していつもの感じで笑う。
「んじゃあ時間もないから、パパッとやろうか。」
大きすぎて実際どれくらいの距離にいるのかよくわからないけど、確実に近づいてくるワイバーンよりも、目の前でしゃがんでるロイドにあたしはドギマギしてた。
「ローゼルちゃんをティアナちゃんのとこに運んできたよ。いつでもいけるよ、ロイくん。」
「ありがとう、リリーちゃん。さてエリル、そろそろやろうと思うけどその前にこれ。」
そう言ってロイドが背中にまわしたのはロイドの剣だった。フィリウスさんからもらったっていう二本の内の一本。
「ど、どうしろっていうのよ……」
「持ってるだけでいいよ。それだけで効果は出るはずだから。」
「! この剣にかかってるっていう魔法の事?」
「そう。持ち主の傷を治してくれたりする魔法。攻撃をエリルに任せるわけだけど――あいつの硬さがどれくらいかはっきりはしないから……パンチした腕を痛めるかもしれない。だから持っててくれ。」
「……わかったわ。」
「よし。技名もさっき決めたから……ちゃんと叫びながら撃つんだぞ? オレもやるから。」
「わ、わかってるわよ!」
「あとはティアナが撃ち抜くのを合図に移動――あっとそうだ。リリーちゃん、オレたちを移動させる場所だけど、あいつよりも高い所で頼むね。」
「? いいけどどーして?」
「オレ、まだ空は飛べないから。あいつと同じ高さに移動しちゃったらパンチする頃にはあいつより低い所に来ちゃう。」
「そっか。わかったよ。」
「んじゃエリル、背中に。」
「……う、うん……」
おそるおそるロイドの背中に覆いかぶさるあたし。ロイドの首に腕をまわし、そしてロイドの腕があたしの脚を支える。ロマンスなお話みたく、その大きさに驚くほどがっしりもしてないロイドの背中に身体をピタリとくっつける……あぁ、顔が熱いし胸がうるさい。
でもそんなあたしをよそに、ロイドはヒョイと立ち上がった。
「よいしょ。やっぱりエリルは軽いなぁ……」
「な、やっぱりって何よ!」
「えぇ? いや、普通にオレよりは背が低いし……」
「う、うるさいわね! これから大きくなるのよ!」
「そ、そうか?」
なんて会話をしてたら怖い顔のリリーがボソッとこう言った。
「ロイくん、背中に全神経を集中させたりしちゃダメだからね。」
「な、何を言うんだいきなり!」
ロイドが顔を赤くする。
「そ、そんな風に言われたら意識しちゃうじゃんか!」
「んみゃ!? いいい、意識してんじゃないわよ、この変態! バカ!」
「あ、暴れるなエリル! あとで怒られるから!」
『ロイくん、準備できたよ?』
「お、おおう!」
『? どうしたの?』
「ななな、なんでもない!」
『ロイくんたちは準備……できたかな。ロゼちゃんの足場、やっぱり冷たくて寒いんだ……』
『な、贅沢を言うティアナだな。ロイドくん、初めていいかな?』
「ど、どうぞ!」
『うむ。では作戦開始だ!』
防衛戦はまだ終わってない。壁の外ではたくさんの騎士が戦ってるし、見えないだけであたしたちと同じようにワイバーンを何とかしようとしてる部隊がたくさんいる。そんな騒がしい中、その銃声だけはスッと耳に入って来た。
「グギャアアアアアアッ!!」
あんなに大きいから眼も大きいと思うんだけど、手の平もない小さな弾丸が左眼に命中すると、ワイバーンはそんな声をあげた。
「行くよ! 『テレポート』!」
リリーの声がしたと思ったら、急に襲い掛かる浮遊感と共に、あたしとロイドはワイバーンの進行方向の、そしてワイバーンよりも高い位置にいた。
想像してたのよりも――なんだ、小さいじゃない。
「よし、左眼をつぶってる! 行くぞエリル!」
かなりの高さから街を見下ろして感動するようなヒマは無く、ロイドの――というより、今はあたしの後ろで回ってる四本の剣がその回転を速めると、景色が後ろにふっとんでいった。ワイバーンの姿が見る見る小さくなる。
ロイドの使う風は回転……一直線には動けない。だから《ディセンバ》との戦いで背後をとった時みたいに、大きく旋回しながら――だけどビックリするような速さでワイバーンのあご目がけて突進する。
「エリル!」
「ええ!」
いつもなら両手両脚に魔法を巡らせるけど、それを全部右手に集中させる。イメロから得られる火のマナを元にして作った強力な炎を右腕のガントレットに凝縮させる。
一度小さくなったワイバーンの姿が、今度は見る見る大きくなってく。
すごい速さだから髪とかがバタバタする中、ロイドから少し身体を離し、あたしは上半身をひねる。
開けばあたしたちを丸呑みにできる大きな口。
鎧を着てても貫かれてしまいそうな鋭い牙。
色々見えるけど――怖くない。
「「メテオッ!!」」
あたしとロイドは、向かい風に飛ばされまいとあらん限りの大声で叫ぶ。
「「インパクトォォオオオオッ!!」」
すれ違いざまに放たれるあたしの拳。きっと今までに出したことのない速さと威力のパンチを鱗みたいなのに覆われたワイバーンのあごにめり込めせ、そのまま撃ち抜く。
爆音と轟音の中、腕に走る痛みを感じながらも、あたしはワイバーンのあごを殴り飛ばした。
「ガアアアアアァァアアッ!!!」
首をガクンと曲げて、ワイバーンの身体は真っ直ぐ飛んでいたのがふらふらしだす。
「よし、効いてるぞ! これで騎士が来るまで時間を――」
そこであたしとロイドは気が付いた。あのワイバーン……気絶してる!
「うわ! ちょっとよろめかすだけのつもりだったのに――エリルの一発で気絶しちゃったぞ! あれじゃああいつを浮かせているあいつの魔法が――」
「ど、どういう事よ!」
「ああいうデカい魔法生物は翼じゃなくて魔法で飛んでいるんだ! あの翼は飛ぶためのモノじゃなくて魔法を発動させる為のモノだってフィリウスが言って――と、とにかく、気絶したら魔法が切れるから――あのままじゃあいつは落ちる!」
「落ちるって――」
ゆっくり降下していくワイバーンの身体。その下には勿論街があって――
「や、やばいぞ! なんとかしないと――」
『任せて下さい!』
ワイバーンと同じように落下していくあたしとロイドの耳にそんな声が聞こえたかと思うと、まるで弾丸みたいな速さで何かがあたしたちの横を通り過ぎた。
チラッと見えた白いマント――あれは上級騎士、セラームの証……!
「騎士だわ!」
ゆっくりと落ちるワイバーンを物凄い速さで追い越し、その下にきれいに着地した騎士は、マントをたなびかせながら手にしたロッドを回す。
「大地よ! その母なる腕をかしたまえ! 愛すべき者に慈愛を、眼前の不義に鉄槌を!」
その騎士が呪文を唱えると周りの建物がグニャリと歪んで混ぜあい、形を成していく。
「立ち上がれ、『エメト』!」
出来上がったのは、十メートルはある巨人の姿。しかもその手には同じように周りの建物から出来上がった巨大な剣が握られている。
「なんだありゃ! かっこいいな!」
「第五系統、土の魔法の――ゴーレム……のはずよ。」
「ゴーレム? なんか聞いたことあるけど……はずって?」
ロイドが首を回してあたしを見る。
「……ゴーレムって言ったら、岩をつなげて人型にして作る巨人……ゴツゴツしてて岩が歩き出したみたいな感じよ。少なくとも、あたしが前に現役の騎士が作ったのを見た時はそうだったわ。」
体形で言ったらたくましい男の人のシルエットに大抵はなる。あの騎士が作ったゴーレムもそうなんだけど――その表面は滑らかで、岩って言うよりは砂で出来てるって言った方が近い。
「だけどあれは違うわ。あんなに綺麗なシルエットのゴーレム、見た事ない。」
手にした剣も、ただ持っているだけじゃなくてちゃんと構えてる。まるで実在の人間をそのまま拡大したみたいな再現度。
「あの人――土の魔法のとんでもない使い手よ……」
「斬り伏せなさい!」
騎士の命令に忠実に、落ちていくワイバーンにタイミングを合わせて振られた巨大な剣はその巨体を真っ二つにし、一瞬で塵に変える。
ついでに、絶賛落下中だったあたしたちをまるで綿みたいな質感の砂で包み込んで着地を手助けしてくれた。
「助かった……正直着地が一番心配だったんだよな……」
風と爆発で何とかしようとしてたあたしたちはホッとする。そして気づけばあの巨人はいなくなってて、その元になった建物や地面も元通りになってた。
「あれだけ複雑な造形をしたっていうのにきれいに戻してる……これが上級騎士の実力ってモノなのかしらね……」
あたしはスタスタとあたしたちに近づいてくるその騎士を見た。
フードを目深にかぶってて顔は見えないけど、それに続く白いマントが上級騎士だって示してる。しかもそのマントの下は軍服――しかも女性用。つまりこの騎士は女の人なんだ。
「大丈夫でしたか? ケガはありませんか?」
目の前に立ったその人は小柄――っていうか、むしろ女の人っていうよりは女の子って言った方がいいくらい、下手したらあたしよりも背が低い。声からしてもかなり若いと思うけど……間違いなく、この人は凄腕の騎士。
「失礼ながら、学生の方々の時間稼ぎにはあまり期待していなかったのですが――まさかとどめを刺す一歩手前まで持ってきて下さるとは。認識を改めなくてはいけませんね。」
……まぁ、上級騎士のセラームからしたらいくらセイリオス学院の生徒でもそういう認識になるわよね……
「……あなたが来たって事は、他のワイバーンの所にも騎士が到着したってことかしら。」
「そのはずです。」
そう言いながらふと遠くを見る騎士。竜巻とか、雷とか、たぶん騎士が放ったんだろう魔法があっちこっちで炸裂してた。他のワイバーンも倒せたみたいね。
「しかし……きっと一番楽をしたのは自分でしょうね。」
ふふふと笑う騎士。そう言われてあたしは少し嬉しくなった。
「あー……うん、他の部隊からの連絡が入った。無事に倒したってさ。」
ロイドがそう言いながらあたしに近づいて来た時、カランと、何かが落ちた音がした。
「――そんな……」
落ちたのは目の前の騎士が手にした……大きなイメロがくっついた魔法の杖みたいなデザインのロッド。
「……?」
相変わらず顔は見えないんだけど、明らかに騎士が――動揺してる。
「えぇっと……あれ? エリル、オレなんかまずいことした……?」
困惑顔のロイドを見ると、きっとすごい加速をしたせいなんだろう、髪がぐしゃぐしゃになってた。
「……とりあえず髪が爆発してるわよ、ロイド。」
「うわ! ほんとだ……ん? そういうエリルも、えぇっと……サイドテールがなくなってるけど。」
「え?」
ふと自分の髪を触る。いつもなら手に触れるはずのサイドテールが――っていうか結んでるリボンがない。
「……さっきの加速でどっかいったのね……」
「えぇ! そりゃ悪い事をし――」
ロイドの言葉がそこで途切れたのは、ロッドを落としたままの騎士が――
「な……なんであなたが《フェブラリ》じゃないんすかね……? あなたみたいな強い人には十二騎士みたいなラベルを貼っておいてもらわないと……間違って戦ってしまいやすよ……」
全身から汗をダラダラたらしながら肩で息してゼーゼー言ってる肉ダルマだが、そんな「デブここにあり」みたいな光景を見てもバカにした笑いをもらすやつはいない。
ついさっきまでこの肉ダルマがなっていた姿。『滅国のドラグーン』と呼ばれる所以……あれはまさに『竜騎士』だった。
「おや。私が来るや否や戦うのを止めるのですか?」
疲労困憊の私の隣には、つい今しがた駆けつけてくれた《ディセンバ》が立っている。
この首都防衛戦もいよいよ終盤。街を囲んでた魔法生物たちもあらかた片付き、余裕のある騎士が他の援護にまわれるようになってきた。
街を挟んで反対側にいた《ディセンバ》がここにいるんだから、決着は近い。残るはこの肉ダルマ――今回の黒幕にして最強の敵をなんとかすれば終わりだ。
「さすがのあっしも『雷槍』と十二騎士を同時に相手するのは辛いところなんでさぁ……」
「よく言うぜ……ついさっきまで私を圧倒してた奴が……」
「そう見えやしたか? ところがどっこい、あっしも何度か危ない一撃を危なくかわしてたんでさぁ。そこに一対一なら無類の強さを誇る時間使い……相手が悪いってのはこういうことでさぁ。」
すっかり逃げ腰の肉ダルマに《ディセンバ》が剣を向ける。
「全世界指名手配のS級犯罪者――バーナード、通称『滅国のドラグーン』。背中を向けるのは勝手だが、私はお前を逃がすつもりはない。」
あの、どこかサードニクスと似た雰囲気の古ぼけた格好をしてればその辺の町娘にしか見えないくせに、いざ睨みをきかせればこの迫力。ったく、十二騎士はどいつもこいつもおっそろしいねぇ……
「くわばらくらばら。そんなセクシーな格好しておきながら色気じゃなくて殺気をムンムンとは……女は怖い。あの人といいあなた方といい、どうしてこう女は強いのやら……」
「あ? あの人……お前が従ってる相手は女なのか……」
そこでピンとくる。できれば現実であって欲しくない勘だが――こいつほどの男を従え、憧れさせる女悪党っつったら一人しかいねぇ。
「そうか……お前のバックはアフューカスか。」
私がそう言うと《ディセンバ》の睨みがさらに強くなるが、肉ダルマはひょっとこみたいな顔をしやがる。
「おっといけねぇ……はて、なんのことやら? あふゅ? 誰でさぁ、それは。」
肉ダルマがとぼけるのと同時に、私らの足元から馬鹿デカいムカデが飛び出す。
「く!」
私と《ディセンバ》の視線が一瞬そっちに移り、気が付いた頃には肉ダルマがとんでもなく遠くにいた。
「……逃がしてしまったか……」
でもって、ふと気が付くと空中に飛びあがったはずの私は地面に立っててデカいムカデは全て細切れになって塵になった。
「おお、今のは時間魔法か。相変わらずすげーなぁ。」
「……始めから時間を止めてバーナードに斬りかかるべきでした……」
《ディセンバ》は一生の不覚とでも言いそうな顔だった。
「まぁ……気にすんなとは言わないが、とりあえず私は助かった。ありがとな。」
「いえ……」
昔っからだが、セルヴィアは真面目だ。
肉ダルマが逃げた後は新しい敵の登場ってのがなくなって、ひたすらに魔法生物を狩る作業だった。本来ならとっくのとうに魔法生物らが自分と相手の実力差に気づいて逃げ出してるような状況なんだが、その気配は全くない。ただひたすらに街の中心を目指すようなこの動きは明らかに不自然で、そこにあの肉ダルマ――第十系統の形状の使い手が現れたってんなら、こりゃもう魔法生物らは肉ダルマに改造されたって考えるのが妥当だろう。生きてるもんの肉体改造ってのは、形状の裏テーマだからな。
ま、ああいう裏世界のトップに入るような奴は、表世界のトップに任せるとしよう。私はただの先生だ。
「教官殿!」
位置の魔法を使って戦況を把握し、私に報告してくれてた騎士がふっと現れた。
「だから、私はもう教官じゃねーって……まぁいい。なんだ?」
「今しがた、最後の一匹の討伐を終えました。これにて、敵対勢力の殲滅の完了となります。」
「ご苦労。」
私はのどに手を当てて全部隊長に声を伝える。
「あー、私だ。ルビル・アドニスだ。たった今最後の一匹を倒した。これにて首都防衛戦は終了だ! 勝者は我々! パパッと片付けてさっさと帰るぞ!」
壁の内外問わず、あっちこっちで歓声が上がった。別に世界を救ったわけでもないんだが、まるで魔王を倒した後の勇者御一行みたいな喜びようだな。
「さて……」
一先ず、何よりもとりあえず、私の頭に浮かんだのは学院生の安否だった。報告によれば、怪我人はそこそこいるものの、死者はいない。当たり前だ。いたら私が――まぁいい。
だがそれでも気になる連中がいる。この戦場じゃあ一番の初心者集団。私が出陣しろと言った手前、『ビックリ箱騎士団』の面々はこの目で無事を確認しないと安心できない。
肉ダルマとの戦闘でかなり疲れてるし脚も痛いんだが、現状の最速で、私は『ビックリ箱騎士団』が担当した広場に来た。
「おお、無事みたいだな。」
真っ先に目に入ったのはこの騎士団の女衆。クォーツ、リシアンサス、マリーゴールド、トラピッチェの四人が――ん? そろって何かを見つめてる。
「? どうした?」
そんな風に声をかけながら四人の視線の先を見る。
そこには男と女がいた。男はサードニクス。特にケガをした感じでもないんだが、幽霊にでもあったみたいな顔で困惑してる。そして女はそんなサードニクスに抱き付いてる。服装的に上級騎士だ。でもって、一番少ないっつっても一クラス分は軽く超える上級騎士だが、大抵は見覚えがあるし、そいつは目立つ奴だから名前を覚えてた。
「ウィステリア? なにやってんだ?」
私が声をかけると、ウィステリアはいつも目深にかぶってるフードをとりながら言った。
「教官……その、自分は確かにウィステリアですが……これは自分を拾い、育ててくれた騎士の苗字を名乗らせて頂いているのです。」
「……あん? そ、そうか?」
あんまり話の流れには乗ってない初耳な事に困惑しながら、別に初めてでもないウィステリアのフードの下の顔を見た。
自分に厳しい奴で、戦闘訓練も魔法の修行も人の倍以上やってた……年頃の女にしちゃつまらない顔をしてた印象のあるウィステリアは、見た事もない――満面の笑みだった。
「自分の本来の苗字は――サードニクス。」
「…………? え、は?」
言葉の意味がやっとこさ私の頭に届いた頃、ウィステリアは姿勢を正してぺこりと頭を下げた。
「自分はパム・サードニクス。ロイド・サードニクスの妹です。」
つづく
騎士物語 第二話 ~悪者である為に~ 第六章 初陣
主人公たちは彼らにとっての大きな敵と戦い、
強い人たちは強い人と戦いました。
私は主役と敵役で言ったら敵役に惚れる性質ですので、アフューカス勢は面白くなりそうです。
ちなみに、アフューカス勢の名前には共通点が……
(んまぁ、他の登場人物もそうですが……)