ツヤコおばさん

ツヤコおばさん(あらすじ)

親戚のツヤコおばさんはいわゆる霊能者だ。
死者の霊を呼んで予言をしたり、
マッサージで病人の患部を治したりと
不思議な力を持っている。

昔はこんな人ではなかったようだ。
そのルーツを知りたいと娘に頼まれた。
身近にいたこの霊能者。
その探索の旅に出てみることにした。

ルーツ

今私は単身赴任だ。正確に言うと、
妻と娘が孫3人を連れて、はるか南のバリ島に
2年間ほど行ってくることになったから。

孫がどうも今はやりのADHDと
アスペルガー障害らしいということで、
今のうちに大自然の中で療養ということらしい。

その娘からメールが来た。
「確かお父さんの親戚にツヤコおばさんという霊能者
の人がいたっけ。母から色んな不思議な話を聞かされて、
どんな人だったかそのルーツを知りたくて」

返事を送った。
「ツヤコおばさんはお父さんのお母さんの姉の子で、
私とはいとこになる。ある時からおばあちゃんの後を
継いで巫女になり、死者の霊を呼んだり、マッサージ
で病人の患部を治したりと不思議な力を持ってました」

それから気になって、過去の記憶をたどりながら本格的
にそのルーツを探してみることにした。

神代(こおじろ)

そのルーツは島原の神代(こうじろ)村のようだ。
代々神に仕える人がいる村、と言う感じかな?

神代は有明海に面していて島原半島、つまり
登れば雲仙岳、火山灰土とサトウキビ畑、
海の幸山の幸、絵に書いたような故郷です。

戦後満州から引き揚げてきた私の父母は、
この神代の八百(やお)ばあばを頼って
住み着き私(治)はここで生まれました。

私の母(ヨネ)の実家の墓もこの近くの山寺にあり
小学生のころ川の上流から山に入り数時間真夏の山登り、
お墓参りにいったことをよく覚えています。

確か垣内とか言う姓でした。その時食べた
しいの実の味は海ニナ、マテ貝取り、
シオマネキとともに一生忘れられません。

この八百ばあばが何代目かの巫女でした。

三姉妹

神代の三姉妹、八百(やお)、ミツノ、ヨネは
それぞれお見合いをして結婚しました。

八百にはツヤコが、ミツノにはスミエが、ヨネには
マレコが生まれました。ツヤコとマレコは10才
年が離れています。ツヤコはスミエの1才年上です。

高齢な八百ばあばは片目を失明してからというもの、
巫女の後継者に心を痛めていました。

いつもボーっとしていてスミエの後ばかり着いて
回っているツヤコ。自分の娘とはいえ
年上でありながらも全く心もとない。

利発でやんちゃなスミエはいつも逃げてばかりで
話すら聞きません。こっくりさんなどをやって、

早くから霊能者の気配を見せていたマレコ姉さん(治の実姉)
は兄善次郎とおなじ17才で謎の死を遂げます。

治はこの話を聞いたときなんとしても
17才以上生きてやると決意しました。

口寄せ

霊能者ユタ、イタコのことをウィキペディアで調べてみると、

「琉球の信仰において政府が制定したシャーマンであるノロ
(祝女)やツカサ(司)が公的な神事をつかさどるのに対して
ユタは市井で生活し一般人を相手に霊的アドバイスを
行うことを生業にしている在野のシャーマン巫(かんざき)、
神人(かみんちゅ)である」

と書いてありました。下北半島のイタコは口寄せ(過去の霊との媒体予言)
で有名ですがユタも過去の霊を呼びます。
八百ばあばも患者さん達が帰った後で時々頼まれて、
過去の霊を呼んでました。

祭壇の前に関係者を後ろに座らせて人払いがされます。
我々子供たちは天窓の付いた布団部屋でじっとお払いが済むのを
待っています。

はじめに祝詞の声が聞こえ次に八百ばあばの
吹き払いの音。しばらくしてすさまじい怒声や泣き声、叫び声。
とても怖かったのをよく憶えています。

ある時身内の霊を呼ぶことがありました。
その時なぜか私だけが戌(いぬ)年だということで
加わることができませんでした。

謎ですが、こういう事はマコ姉さんがこっくりさんを
やる時にも言われたそうですが私は小さくて憶えていません。

戌年

ところで時はだいぶ変りますが、第一生命に勤めていた時、
渋谷の研修所で1週間研修がありました。

ある晩仲間と新興宗教の勧誘で寄り合いに出ました。
20人ほどの人が集まっていましたが、中心者がいきなり

「あなたはこの場にいてはなりません!」と言われて、
憤慨して仲間とその場を出て行ったことがありました。

まあ、こっくりさんは確か狐と関係があるとかで
犬は嫌われるかもしれません。ところが
獅子とか狛犬とかになると、これはかなり意味が違ってきます。

守護獣、霊獣と言われる狛犬はもともとは獅子(ライオン)
らしいのですが、インドでも中国でも王や皇帝を守る
霊獣として描かれ、日本では神や天皇を守る霊獣として

神社やいたるところにあります。一体何を守るのでしょうか?
個人的ですが私の来し方を振り返って見ますと、
どうも幼い頃から鈍感な所がありまして、

特に人の心を感じるとこが全く欠けていまして、
色んな所でいろんな人に言われてきました。

本人はかなり気を使っているつもりなのですが、
全くそれはすれ違ってしまうのです。

ある人いわく「無神経」「冷酷無比」「鈍感」「思いやりがない」等など。
それなりに身を削る思いで尽くしても「自分勝手」と言われて、
そのたび死ぬほど落ち込みました。

六根

どう仕様もありません、欠如しているのですから。
狛犬に霊能は通じません。超能力が効かないのです。

だからこそ目に見えない最も大切なものを守護する
霊獣としてあがめられてきたのではないでしょうか。

八百ばあばは幼い頃から弱視でそのうち片方の目は
全く見えなくなりました。東北のイタコの多くは
盲目あるいは弱視で、そのほとんどは女性でした。

生きるために彼女達は必死に霊感を磨かざるを
えなかったのだと思います。度重なる飢饉と冷害のために
東北では悲惨な女性の歴史があります。

眼耳鼻舌身意の6根です。眼力を失った彼女達は
生きるために他の5力を研ぎ澄まさざるを得なかったのです。
聞こえないものまで聞こえる耳。獣の心まで察しました。

テレパシー、その思いをキャッチしなければ自分は
おとしめられてしまうのです。それは即死を意味します。
多くの女性が死にました。

鼻の力舌の力も同様です。ちょっとした香りや匂いで
敵味方の存在を感知する。舌先で毒を味き分けたのです。
緊張の一生だったのでしょう。さらに大切なのは身つまり触覚です。

これは生業にマッサージが多いことでもよく分かります。
彼女達は猛特訓で指先や腕を鍛えました。体力がいるのです。

触覚治癒

生きるために内から湧き上がる本能のエネルギーが
彼女達を超能力者へと導いていきました。

骨格、筋肉、内臓、血管などなど、マッサージによって
患者の患部を癒していきます。と同時に患者の心も癒していくのです。

太古の昔から鍛えあげられた癒しの超能力者。
それがイタコでありユタなのだと思われます。

現に八百ばあばと同様にツヤコおばさんも
マッサージによる触覚治癒は的確でした。

神代(こうじろ)のお墓への納骨の時に私がつまづいて
ママの手の甲を革靴のかかとで踏みつけた時、
ツヤコおばさんは一瞬にして内出血を治してしまいました。

初めての人はびっくり出しょうが我々は子供の頃から見てました
のでなんともありませんがツヤコおばさんだったので驚きました。

身内のマッサージの時は子供たちはいつもそばで遊んでいます。
八百ばあばもツヤコおばさんもとても聞き上手で、大人達は
うなづきながらそのアドバイスに納得します。

その間ずっとマッサージの手は止むことありません。
すごいスタミナだと今でも感心します。

チャックリカキ

八百ばあばはほんとにお話が上手でした。
布団を敷いたあとで孫達を集めて、
島原弁丸出しで色んな話をしてくれました。

「~のまい」と語尾を上げるのが特徴です。
あの声のトーンとひきつける話術は
今でも生き生きとよみがえります。

なかでも『チャックリカキ』。
子供がお使いに行かされます。
お茶と栗と柿を買ってくるように。

と言うことで、「茶栗柿」「チャックリカキ」
と叫びながら買い物に行くというだけの話ですが、
何度も何度も『チャックリカキ』を聞きました。

それと怖い話は『ヨゴエハッチョウ』。
夜遅くまで騒いでいると怖い怖い『ヨゴエハッチョウ』がやってくる。
そういわれてすばやく布団にもぐりこんだものです。
今思えば夜の声は八町まで響く、てことみたいです。

神垂れ

八百ばあばは患者さんの話をよく聞きます。
聴きながらその人の過去、家族、性格、
何を言って欲しいのかをじっと見極めているようです。

時には厳しく叱責されている人がいます。
お金を払って怒られて、喜んで帰っていくのです。
真理カウンセラーのプロだと思います。
これが意の部分でしょうね。

さて、ツヤコおばさんが八百ばあばの後継者と決まって、
これは神の決めたことで神命というらしいのですが、
ツヤコおばさんは八百ばあばの暗示で洗脳されていきます。

これはスミエ姉さんの証言ですが、おっとりとして少し鈍感
だったツヤコおばさんが、急に狐付の様になったかと思うと、
ヒステリーを起こしたり、1年ほどは大変だったそうです。

何日も食事を取らずにげっそりとやせて、うわごとを言ったりして
村人は気がふれたと思ったらしい。実はこの現象は神垂れとか
巫病とか言って、霊能者になるためには必ず通過しなければならない
過程だそうです。

その結果ツヤコおばさんは激変しました。
鋭い目つきでスミエ姉さんに断言する。

「姉さん!毎日トマトを3個。10日間食べ続けんかったら死ぬよ!」
「えっ?」
「毎朝太陽に向かって清一さんの帰りを祈りんしゃい30日」
「えっ?」

そしてスミエ姉さんの持病は治り、清一兄さんはシベリアから
生きて帰ってきました。

予兆

指の感触で患部を探知する。マッサージでほぐして。
言葉で気合を吹き込み、断言して治癒させる。

自然治癒力の増幅を強力に引き起こす。
すさまじき暗示とマインドコントロール力である。

ある分析によれば患者はこの時右脳に
異常活性化が現れるという。

とにかく患者の気や心を開かせ最大限に
治癒力を引き出す力があるのだ。

ツヤコおばさんがまだ若い頃こんなことがあった。
後継者になる前だったと思う。修行中の頃か?

小学校の低学年の頃だ。夏休み神代にいとこ達も来ていて
皆で雑魚寝。ある晩スミエ姉さんの息子克英が
腹が痛いといって泣き出した。

どうも食あたりらしいが他のものはなんともない。
その夏は八百ばあばは入院中でツヤコおばさんしかいなかった。

腹痛

不安な顔で子供たちが見つめる中、
ツヤコおばさんは克英のおなかをさすり、

「ここじゃ、もう少しの辛抱」
といいながら、
「医者には行かんでいい、ちょっと時間はかかるが
がんばるんじゃ」

そう言って一晩中、時々吹き払いをしながら
さすり続けて、
「もうちょっとじゃ、ここまで来ておる」

そう言ってスミエ姉さんをはじめ皆に
克英のおなかを触らせてくれた。

硬いしこりが大腸を少しずつ移動して、
明け方真っ黒い塊のうんこがでた。

克英はその直後嘘のように元気になった。
単なる便秘ではなかったようだ。

その後八百ばあばがなくなってツヤコおばさんは
立派な跡取りになった。

原風景(最終回)

確かにその時、ツヤコおばさんの肌はお餅の様に白くなり、
眼は据わり、その声は何がしか神がかってきて、
近づきがたい人になっていました。

10数年後、長崎旅博覧会で出店して、ツヤコおばさんの
自宅を探し探し訪ねていった事があります。

市内の北のはずれの坂の途中に20坪ほどの平屋があって、
玄関ドアを開けるとすぐに和室の待合室。

その奥の広い和室に大掛かりな神棚と祭壇。
布団が敷いてあって、ツヤコおばさんが布団の
中の患者さんをマッサージしている。

家族の人が色々と枕元でアドバイスを受けている。
あれ、この風景どこかで見たことがある。
そうだ、神代(こうじろ)だ!

あの神代の小さい家は有明海開発のために
なくなってしまったが、その原風景がそのまま、
この長崎のツヤコおばさんの家にあった!

                 -完-

ツヤコおばさん

ツヤコおばさん

親戚のツヤコおばさんはいわゆる霊能者だ。 死者の霊を呼んで予言をしたり、 マッサージで病人の患部を治したりと 不思議な力を持っている。 昔はこんな人ではなかったようだ。 そのルーツを知りたいと娘に頼まれた。 身近にいたこの霊能者。 その探索の旅に出てみることにした。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-05-14

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. ツヤコおばさん(あらすじ)
  2. ルーツ
  3. 神代(こおじろ)
  4. 三姉妹
  5. 口寄せ
  6. 戌年
  7. 六根
  8. 触覚治癒
  9. チャックリカキ
  10. 神垂れ
  11. 予兆
  12. 腹痛
  13. 原風景(最終回)