触れたその皺の中に感じる命と、今は聞こえないその言葉
触れたその皺の中に感じる命と、今は聞こえないその言葉
目を開いたら、そこには大きな木があった。
「どうして?」
私はその木に問いかけるように声を出した。……何歳?……まあ、いいや。とにかく皺がたくさん刻まれたその木は、どこか儚げで、どこか寂しい。
なんだか私まで悲しくなってくるような、そんな木。そして私はどうしてここまで来てしまったのだっけ?
世界は色がついて鮮やかなのに、その木だけは色を忘れてしまったみたいだった。どの角度から見てもモノクロの木。それがまたその木の寂しさを助長してるんじゃないかって思う。
「なんでそんなに悲しいの?」
やっと言いたい事が言えた気がした。そうだ、私は最初からそれをこの木に訪ねたかったんだ。だけど今まで忘れてしまっていた。
もちろん、私がそう問いかけても木が答えてくれる事なんてなかった。木はただそこに突っ立ったまま、私を見ているのか見ていないのかも分からない。だけど、なんだか私の味方をしてくれているような、そんな気持ちだけは残っていたんだ。
「ねえって……」
私は木を優しく手のひらで叩いてみた。ピクリともしない木、ただそこにいるだけの木。何も喋らずに、私から離れようともしないその木。
「退屈じゃない?」
もういいの。木が喋らない事くらい分かってる。私だってもう4歳なんだもん、それくらいの事は分かるわ。だけど、葉を揺らしてくれたりしてもいいんじゃない?それくらいの事だったらできるでしょう?
でも、木はただそのままなのだ。そのままの形で、そのままの気持ちなのだ。
「また木に話し掛けてたの?」
ママが私の所まで来て、頭を撫でた。
「うん、だってなかなか話してくれないんだもん」
「木とおしゃべりができるの?」
「まえはね、喋ってたの」
ママは笑って、私の頭をもう一度撫でた。
そう、昔私にはこの木の声が聞こえていたんだ。
”今日はいい天気ですね”とか”今日は風が強いですね”とか”もうすぐ雨が降りますよ”なんて事しか言わなかったけれど、それでも間違いなく聞こえていたのに、今では全然答えてくれないんだもん、そんなの酷いよ。
「私も昔この木とお喋りしてたのよ」
ママは私の頭を撫でながらそう言った。
「でも突然答えてくれなくなったの、それでママはすごく悲しくなったの。でもね、きっとそれでよかったの」
「……なんで?」
「もし、木と喋れるなんて言ったら、幼稚園でからかわれちゃうからって思ってるんだと思うのよ」
「からかわれる?」
「まだ分からないかな?……でもきっとすぐに分かる。それに、木には私たちの声は聞こえていると思うのよ。だから話し掛けてあげる事は良い事なのよ」
「一緒に話したいのに」
「こっちから話すだけでもいいじゃない。木はどんな話だって聞いてくれる、そんな優しい存在なのよ」
「優しい?」
「そう、だからこの木には優しくしてあげないとダメなの」
風が吹いて、木が葉を大きく揺らした。そのざわめきの中で、私は「明日も来るね」と木に言った。
晴天が広がる今日、”天気がいいですね”って、きっとそんな事をこの木は言っているんじゃないかな、と思ってみたりした。
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