グラスケース

言のあらまし

 高校二年、6月から転校生としてやってきた時枝美代(ときえ みよ)は新しい学校で自分と入れ違いにクラスから消えていった男子高校生、枝垂真(しだれ まこと)のことを噂で知るようになる。やがて枝垂真のことを誰もが知っていながら、当人との思い出や容姿が忘れられつつあることに気づいた時枝美代は、会ったことも話したこともないその男子生徒について、周りの変化と矛盾するクラスメイトたちの記憶から異変を感じ、自らその真実を探り出す。(1〜2話)

 ただ善意としてなのか、自身の高校一年の頃の嫌な記憶を繰り返したくないのか、時枝美代は枝垂真を懸命に探していた。枝垂真の家族に彼のいた記憶は無く、大人たちはその存在自体を否定し始める始末。枝垂真の残した空っぽの眼鏡入れには本人もしくは誰かによって書かれた「6番目のM」という言葉があり、彼が図書館で借りた最後の本に挟まれていた栞には”I am nowhere.(俺はどこにもいない)”と書かれていた。いつの間にか周りのすべての人間から枝垂真の存在と記憶が消えたこと、自分だけからはその記憶が消えないことににわかな抵抗心となんとしてでもこの正体をつきとめるという自分の意志に自らも困惑しつつ再度のあがきを試みる。(3〜5話)

 探求の末、”I am nowhere.(俺はどこにもいない)”。この言葉の意味がただ素直に読み解くのではなく、6番目をMとして捉えることで、”I am now-M-here.(俺はここに-M-今いる)”という意味であることを時枝美代は発見する。その存在がいないのではなく今ここに何かしらのかたちで存在していることを悟った彼女はMの意味を当人の名前のイニシャル、Mでありそれは己(Me)のことではないかと思い始める。確たる証拠もなく不安と曖昧な予測でしか進めない自分に諦めと絶望感を抱きつつもそれと共通する何かを考え続けた彼女はある事を感じた。何故、自分だけがこの状況を忘れずに今を生きているのかと。何故今まで誰も同じように彼を探さなかったのか、と。それは彼らに何かしらの変化がおこり彼自身がいないことになっていながらただ1人、まぎれもなく時枝美代本人だけしか気付けなかったからだ。(6〜7
話)

残りの問題であったMの正体に彼女はふとあることを思い出した。発見した時の栞に書いてあった言葉”I am now-M-here.(俺はここに-M-今いる)”はその発見した時点での今を指しているのならその時を選ぶことは持ち主にもできなかったはずだ。つまり栞の今という言葉はいつの今かに限定しているのではなく、いつの時間にたいしても同様の効果を発揮すると仮定した場合、どの今にも「俺」はここにいるということになる。そうすることで栞の意図が、栞の読み手自身つまり時枝美代自身に栞の持ち主(枝垂真)が語りかけているのではないかという可能性を彼女は解き開くことができたのである。自意識過剰にもそう強く願ってしまう彼女はそれを仮定として眼鏡入れに書いてあったMに続くかすれて見えなくなった部分を考えることにしていった。(8話)

授業中に自分の記憶さえも徐々に薄れる機会が多くなっていた時枝美代はその記憶を忘れまいと日々ノートに今日1日の全てと自分の考えを綴っていた。ある時、自分の授業用に眼鏡を使っていたことすらも忘れかけながらしまおうと眼鏡入れを探したところそれは忽然としたようにどこかへ消えていた。何かがまた変わりつつあることに彼女は疑念を持ちながら眼鏡をMと書かれた枝垂真の眼鏡入れにしまって帰ることにした。その帰宅途中、眼鏡を取り出そうとその眼鏡入れを開けてみると、なんとMから先が霞んで見えなかったはずの文字が浮かび上がっていたのだった。綴りの続きは「iyo」。震える腕から気力が奪われていくような気分を味わいながら時枝美代は放課後の教室へ急いで戻り、栞にあるMが真「Makoto」であり、美代「Miyo」であることをついに知ってしまう。怪奇現象のような変異にたじろぎ必死に気力を保ちながら時枝美代はこの眼鏡入れがべつの何かと接触をしたことで、あるいは自身の眼鏡と接触したことで物理を改変させる現象を起こしてしまったのではと思う。ふらつきながら帰ろうと思い、帰る道を歩いていった先には枝垂真の家であるはずの門前に辿り着いていた。恐怖に朽ち果てそうになりながらも進んだ先で、いつものような雰囲気で帰りを待つ枝垂一家と知らないはずでありながら懐かしき愛情を感じる暖かさが待っていた。(9〜10話)

何もわからなくなった時、時枝美代は全てを受け入れ、そしてかつての記憶を忘れることを許そうとしていた。学校で友人とたわいもない話をしている最中、ある1人が「そういえば私のロッカーさ、横が誰も使ってないところだっから兼用で使うことにしたんだけどね、なんか奥にマコトって書かれた紙切れあってさーもう気味悪かった」と言った言葉にまたも記憶を若干取り戻した時枝美代はもはや逃げられないことを思い知らされ、彼が自分であり、真は美代であることを認めた彼女は廊下を歩きながらその全てを信じ、ぽつり「私はここにいる」とあの栞に書かれた言葉を自分と重ねて呟いた。ここでようやく全ての存在が自身の見えなくなりかけた過去を繋ぎ、自分自身と枝垂真の姿が分かれてその容姿を視認できるようになり、廊下へ相対するように立ち上がった。(11話)

自分が何のためかも考えずに探し追い求め続けた消えた存在は、因果も性も越えた自分自身だった。そうして彼は驚いたままの彼女へその答えを語る。彼の想いが彼女に伝わる時、栞の読み手は自分が自分を越えることができることを知るのだ。別の世界線の自分自身の存在。確かに今も流れる別の真実。これは別々の世界で強く同じ想いを抱いたゆえにその世界が2人を結ぶ通り道をつくりだしてしまったことで時の流れと因果を作り変えていった物語である。ではその想いとはなんだったのだろうか。答えは単純である。変わろうと決意した想い、あの日、高校に入ってから自分自身に何も無く、ただつまらないままだった時間を新たに変えようとした2人。ただそう強く信じ願った。それはやがて次元を超えて2人を結ぶ路線に世界は収束していったのだった。新たな世界線を作り出した2人はこうして別れを告げると、互いにひとつとなった。
2人を導いたこの物語はここにてひとたびの想いを馳せながら、新たな時間へ進んでゆくのだろう。(終12話)

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  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-04-05

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