騎士物語 第二話 ~悪者である為に~ 第二章 頂に立つ者
第二話の第二章です。(ややこしや)
「それ、鎧として機能してるのか!?」と、現実的に考えるとえらく色っぽい格好の騎士様というのは結構います。
この物語にもそんな人を出してみました。理由も添えて。
しかし紙面(画面?)の上に書き起こされる想像の世界に、こっちの世界の常識をあてはめるというのが、実の所ナンセンスなのかもしれません。
要するに、世界の創造主の納得のしようでしょうか?
追記:この物語、「小説家になろう!」さんにも投稿しております。(重複投稿というモノだそうで)
第二章 頂に立つ者
第二章 頂に立つ者
ロイドの師匠のフィリウスさん。今の《オウガスト》でもあるその人は一体どんな人なのか。ロイドから聞いたり先生から聞いたりしてわかった事は、フィリウスさんは酒好きで女好きの中年オヤジだってことだった。
確かに、どういう性格かを聞くとこういうろくでもない感じになるんだけど、その実績を調べてみるとイメージがひっくり返る。その実績があるからこそ、《オウガスト》になれた――つまり、世間的にはただの中年オヤジだった頃からとんでもなかったという事。
剣の一振りでS級の魔法生物を真っ二つ。
剣の一振りで裏の世界にその名を轟かせる悪党率いる一団のアジトを木端微塵。
剣の一振りで昔の要塞を根城にする盗賊団を要塞ごと壊滅。
とにかく大抵の事を剣の一振りで終わらせる豪快な戦い方と、それを可能にする圧倒的な力。本人の力も魔法の力も桁外れ。
先代の《オウガスト》も一撃で倒したのかしら?
「お、それフィリウスの本か?」
不意に耳元に響くロイドの声。ビックリして顔を横に向けたらロイドが近――
「近いわよバカ!」
「どわっ!」
あたしに突き飛ばされたロイドはゴロゴロ転がって窓に頭をぶつけた。
「痛い……」
「あ、あんたがいきなりの、覗き込むからよ!」
「いや、だってフィリウスの写真が載っているからつい……んまぁちょっと若いけど。」
「……《ディセンバ》が来るっていうから、なんとなく十二騎士の本を借りてきたのよ。図書館からね。」
「おお、そういう本もあるのか。」
あたしが本をテーブルに置いて広げると、ロイドはあたしの隣に来てそれを覗き込んだ。
リリーが来てから二日後。いきなりリリーに抱き付かれたロイドを睨みつける男の子が増えてきたこの頃、明日来るっていう《ディセンバ》の話題で持ち切りだった今日の夜、あたしとロイドは肩が触れる距離で並んで座って本を覗き込んでた。
お風呂上りの、寝るまでのちょっとした時間。この時間だけは他の誰もこなくて、この部屋はあたしとロイドだけになる。
あたしは、この時間が好――べ、別に変な意味じゃないわ! 落ち着くって話よ!
「ん? 《ディセンバ》って女の人なのか。」
「昔は騎士って言えば男だったんだけどね。魔法のおかげで腕力だけじゃ強さが決まらなくなったのよ。だから女の人も強い人はすごく強いわ。どの代の十二騎士にも何人かいたみたいだし、逆に女の人の方が多い時もあったみたいね。《エイプリル》も女の人よ。」
「なるほど……あれ?」
ロイドが本をパラパラめくって首を傾げる。
「なによ?」
「いや……顔写真はあるけど――他の十二騎士みたいに戦っている所っていうか、全身? の写真が《ディセンバ》は無いなぁと思って。」
「? 言われてみればそうね。彼女だけ武器がわからないわ。」
「なんか秘密の武器なのかな……」
「何よそれ。」
「あ、そういえばエリル。武器と言えば、この前思いついたんだけどさ――」
「?」
「オレみたいに、エリルもたくさんの武器を爆発で飛ばしたらすごいんじゃないか? 普通に剣がとんでくるよりも威力高いし。」
「いきなりね――でもそれは無理よ。」
「そうなのか?」
「あれをするには爆発を起こせる形――空洞があって、それでもって爆発を起こしても壊れないモノじゃないとできないのよ。」
「そっか。残念だ。」
その後、パラパラと十二騎士を一人一人見て、その戦歴や伝説に驚きながら、そしてロイドが知ってる実際の《オウガスト》と、あたしが知っている実際の《エイプリル》とのギャップみたいなものを笑い合う。
「でもフィリウスも、あんなんでもすごく強いんだよなぁ……でもなんかよくわかんないな。」
「なによ、一番近くで見てきたクセに。」
「そう言われても……こう言っちゃあれだけど、フィリウスが本気になるような相手に出くわしたことないんだよ。いざ悪い奴にからまれたら「実戦経験だ、大将!」とか言って何人かをオレに任せるんだけど、オレの事はしっかり――見守っていてくれてさ、自分が相手にしてる奴は片手間にやっつけちゃうんだ。強いってのはわかるんだけど、どれくらいなのかわからない。」
「そうね……先生を基準にするといいかもしれないわ。」
「先生? アドニス先生のことか?」
「……どうせ知らないんでしょうから教えるけど、あの先生ってすごい人なのよ。」
「う、またそういう話か。オレの恩人は十二騎士だったし、学院で初めに知り合った相手はエリルだし――もしかしてローゼルさんも騎士の世界じゃすごい家の人だったりするのか?」
「リシアンサスは――そうね。この国じゃ十本の指に入る名家よ。」
「……んで、先生はどれくらいすごいんだ?」
「元国王軍指導教官。」
「?? 指導教官ってのはつまり先生的なモノで……え、国王軍の?」
「そうよ。上級騎士の中から選ばれた精鋭がそろう軍……個人的にすごい騎士団を作ってるところもあるけど、単純にこの国で一番強い騎士団……その指導教官よ。」
「めっちゃ強いってことじゃんか!」
「あたしたちにとっては嬉しい先生だけど、そんな人がここにいてもいいのかしら? って気もしてくるくらいね。」
「えっと……その、ごめん。気を悪くするかもだけど、それはエリルが入学したからなのか?」
ロイドは、あたしの前であたしがクォーツ家の人間だって事に触れるような事を話すのをためらってくれる。
正直、ロイドがいる今――ロイドとかローゼルがいる今、お姫様とか言われても前ほど嫌な気分にならなくなってる。だけどそんなロイドの気遣いが――優しさが嬉しくて、それを感じていたくてあたしは何も言わない。
――って、何考えてんの、あたし?
「――たぶんそうね。」
「そっか。んで、先生が基準ってのは?」
「ルビル・アドニスと言えば、毎年行われる十二騎士への挑戦で《フェブラリ》――第二系統の頂点に立つ騎士に毎年挑んでる人って事で有名よ。」
「? 挑むのが有名なのか?」
「そうよ。前にローゼルが話したでしょ。系統ごとにトーナメントやって優勝したら十二騎士に挑めるって。」
「! 毎年挑んでるって事は……」
「世界中の猛者を毎年抑えてトーナメントに優勝してるって事よ。第二系統じゃ《フェブラリ》が一番で、二番はルビル・アドニスってのが……騎士の間じゃ常識みたいになってるわ。」
「つまり、今一番十二騎士に近い人って事か。なるほど……」
ロイドは何かを思い出しながら苦笑いをした。
先生はあたしとロイドの初めての模擬戦を中断させた人。ロイドは避けてただけだけど、あたしは爆発の勢いの乗ったパンチを片手で止められた。
「先生って実技の先生だけど……あんな動きにくそうな格好なのにオレたちが一斉に飛びかかっても全員返り討ちにされるもんな……しかも武器と魔法を使わずに。」
ロイドの言う通り、先生は実技の先生。武器を使う技術と魔法を使う技術の両方を学ぶ授業――要するに実戦を勉強する授業だ。授業の中で時々先生相手に模擬戦をするんだけど、今のところ誰一人としてかすり傷も負わせられてない。
「つまり十二騎士ってのは少なくともあれくらいって事か……すごいんだなぁ……ん、もうこんな時間か。」
ロイドにつられてあたしも壁の時計を見る。そうそろ明日になりそうな時間だった。
「寝ようか。」
「そうね。」
真ん中に出してたテーブルをたたんで隅っこに置き、カーテンを引く。その時、あたしは剣が鞘から抜かれる音を聞いた。見ると、ロイドが剣を一本手に持ったままベッドに入ろうとしてる。
今まで野宿が当たり前だったロイドはその癖がまだ続いてる。だけどあたしは――
「ねぇ、ロイド。あんたいつまでその剣を持って寝るのよ。」
「? あ、心配ないぞ。もう慣れてるから寝返りして身体を切っちゃった! みたいなことにはならない。」
「そうじゃないわよ。だってもうここは――今まであんたが心配してた魔法生物とか賊に襲われる事はないのよ?」
「それはわかってるさ。あの時間使いが来たには来たけど、それだって明日が魔法をかければこの学院は無敵の結界に包まれる。もう二度と誰も入ってこれない――って先生が言ってた。それを信じてないわけじゃないけど――でもオレはエリルを守るって決めたから。」
「――!」
「だから……まだまだ弱いオレだから、警戒だけでも精一杯しておきたいんだ。」
ロイドの気持ち――みたいなのはわかる。ローゼルと話した通り、たぶんロイドにとってロイドの言う大切な人っていうのはそれこそ命を懸けて守る相手。万が一に備えていつも準備する。
でもそれじゃあ、あんたがちゃんと休めないじゃない!
「――ロイド。あたしが《エイプリル》から教わった騎士の心得をあんたに教えるわ。」
「おお? なんだそれ。」
「『騎士は、その時にだけ騎士になればいい。』」
「??」
「騎士は――特に、さっきの国王軍みたいに国とか大きなものを守るんじゃない、誰かを守る騎士は守る相手との信頼関係が大切よ。」
「そりゃ……そうだ。」
「それこそ、あ、あんたとあたしみたいにととと、友達みたいな関係になれれば一番だって《エイプリル》は言ってたわ。勿論、それを逆手に取られて事態が悪くなるかもしれない。だけど、いつも傍にいて守ってくれる人が「それが仕事ですから」って顔して武器を片手にうろうろしてたら守られる側は……安全だけど安心できない。」
「……でも、それでもガッチリ守られてる方が安心じゃあ……」
「そ、そうなんだけど……そうじゃなくて!」
あたしは、そこから先、あとで思い返すとすごく勇気を出したなって思える事を言った。
「い、いい? あんたはあたしの騎士なんでしょ! あたしを守るんでしょ! なら中心はあたし! あたしは、自分を守ってくれる人がいつも武器持って寝てたら安心しないの! しかもそいつはあたしの友達だから! 剣を持ってちゃんと眠れてるのか心配になるの! き、騎士が騎士自身で守る相手を不安にさせるなんて論外よ! そ、そんなんじゃあたしの騎士なんてししし、失格なのよバカ!」
一気に言った。ここ最近、寝る前に剣の音を聞く度に感じてたモヤモヤを全部吐き出した。あんまりに一気に吐き出したからどんな言葉を口から出したかイマイチ覚えてないんだけど、恥ずかしい事は確かみたいで、顔がすごく熱くなった。
「――!!」
もうロイドの顔も見れないから、あたしはそのまま自分のベッドにもぐりこんだ。
電気もつけっぱなしでカーテンも半分しか引いてない。
ロイドがバカなせいで時々感じる顔の熱さとは違う――何か違う顔の熱さ。心臓がバクバクなって眠れるわけなんてない感じなのに、あたしは布団にくるまる。
「エリル。」
予想外に、ビックリするくらい近くでロイドの声がした。たぶん、あたしのベッドの横に立ってる。
「オレ――オレ、まだまだ騎士の卵でさ。だけどもう守りたい人がいるんだ。だから騎士として頑張るんだけど、やっぱり半人前でさ――ごめん。今まで不安にさせてたんだな。」
「……」
「『騎士は、その時だけ騎士であればいい。』か。その時、その瞬間になったら騎士になって全力で守るんだけど、そうじゃない時までピリピリしてたらダメで、そういう間は友達として傍にいるべし――って事なのかな。うん、そうだな。その通りだよ。」
「……」
「きっとまた、今度は違う何かで――エリルを不安にさせるかもしれない。だけど……間違っていたら直すから。それで絶対立派な騎士になるから、だからその――今回のこれは改めるから、ひ、一先ずこれから先も……オレに、エリルを守らせて下さい。」
あたし自身、そんなに大した騎士でもないし、守られる側としてもそんなに大層なモノじゃないと思う。でもロイドはあたしを守ると言って、騎士になると言った。
あたしの見習い騎士が、あたしの文句を聞いて謝った。注意するって。改めるって。
そうしたら別に、あたしにその騎士をどうこうするつもりはない。元からないし。
……頭を下げてるのか、こっちをずっと見てるのか、今ロイドがどんな状態なのか全然わかんない。でも――そう、ロイドがああ言ったんだから、あたしはちゃんと顔を見て答えなきゃいけない。そう思って――
「――ゆ、許してあげるわ。これからは気をつけ――」
言いながらロイドの声がしてた方を向きながら顔を出す。そしたらあたしと同じ目線にロイドの目があった。
確かにロイドはベッドの横にいた。だけど立ってはいなくて――
「そっか! ありがとう!」
あたしの顔から二十センチと離れてない距離にあるロイドの顔。ロイドは、しゃがみこんであたしの顔を覗いてた。
不意打ちに目の前に広がるロイドの、許してもらって嬉しそうな笑顔。それだけでもアレなのに、布団の中ってだけで……まるで寝顔をずっと見られていたみたいな……別にそうじゃ全然ないんだけど、いつも以上にこみ上げて来る恥ずかしさにあたしは――
「みゃあああああ!」
「ぎゃあああああ!」
ロイドに目つぶしをした。
目を開くと天蓋。窓から差し込む朝日。起こしに来たメイド。
重たいまぶたをこすりながら、メイドの手を借りて着替える。
朝の紅茶を一杯。今日の予定を確認。
そろそろ朝食の時間。部屋の扉を開けて廊下に出る。
そしてその時に再会する、昨日の夜に別れた人。
おやすみなさいと言って別れて、おはようございますと言って再会する人。
深々と頭を下げるその人を見て、メイドは一礼の後にその場からいなくなる。
残るのは二人だけ。
お姫様と、彼女を守る騎士。
頭をあげた騎士は、ほんの数秒前までの礼儀正しい態度や上の者に対する振る舞いを空っぽにしてニッコリとほほ笑む。
「おはよう、エリル。」
――。
――。
「……なんて夢……」
きっと昨日の――あのバカのせいでこんな夢を……
きょ、今日は《ディセンバ》が来るのよ! 世界最強の十二人の一人! 何か学べるモノは学んでおきたいところじゃない。集中するのよ――
「おはよう、エリル。」
顔を洗いたくて洗面所にきたらロイドがいた。
「ん? 今日は朝から目がパッチリしてるな。いつもは眠そうなの――」
「みゃあああああ!」
「どわっ!?」
ロイドに向かってパンチで突進するも、ロイドお得意の円を描く動きでこんな狭い場所なのにするりとかわされた。
「な、なんだ!? オレなんかしたか!?」
「ゆ、夢に出てきたのよ!」
「えぇ!? それでオレ怒られてるのか!?」
そのままの流れで朝の鍛錬を全力で戦ったあたしとロイドは朝っぱらからクタクタになって学食に行った。
「今日はローゼルさん来なかったな。」
「なによ、来てほしいわけ?」
「そりゃまぁ、みんないた方が楽しいし。」
「ふぅん。」
お腹がぺこぺこだったから、エネルギーになるっていうパスタを選んで、あたしはローゼルを探した。ここ最近は三人で朝ごはんを食べてて、そしていつもローゼルが席をとって座ってる。
「あら?」
ローゼルを見つけたあたしはそっちに向かう。だけどそのローゼルは一人じゃなくて、正面に座る誰かと親しそうにしゃべってた。相手は金髪の女の子なんだけど、少なくともあたしのクラスでは見覚えのない髪の色だわ。
「……おはよう、ローゼル。」
あたしは、自分でも意外なんだけど最近すっと出るようになったローゼルへの挨拶をする。
「おはよう、エリルくん。」
「……こっちは?」
あたしは金髪の女の子に視線を移した。
金髪の女の子って言うと気の強そうなイメージがなんとなくあるけど、この女の子はそうじゃなかった。雰囲気で言えばおとなしめね。
髪はセミロングですとんと落ちるこれまたおとなしい髪型。ただ、あたしから見て左側、顔にかかりそうな髪をなんでか三つも髪留めを使ってまとめてる。小さいのをパチンってはめるタイプなんだけど、髪を止めるのにそんなに力のいらなそうな場所を止めるのに同じ髪留めを三つ使うっていうのはなんだか不思議っていうか……大げさだけど頭が左に傾かないのかしら。
そんな髪を見ていたら、その女の子と目が合った。ビクッとして怯えたみたいなその目は、表情こそ小動物みたいなんだけど……その瞳の色は金色で、まるで宝石みたいに輝いていて吸い込まれそうな美しさってのがあって――
「大変だエリル! 生姜焼きってのを頼んだらなんか肉が出てきた! 生姜がどっか行った!」
あたしがその女の子の眼に見入ってたら後ろからバカな事を言いながらロイドが来た。
「……ロイド、生姜焼きってそういう料理よ。」
「えぇ!? オレてっきり生姜の丸焼きだけの料理かと思って、面白そうだなって頼んだのに……生姜は?」
「それ、お肉についてるわよ。」
「? あ、これがそうなのか。たれに浸った大根おろしかと思ってた……」
「ふふふ。朝から相変わらずだな、ロイドくん。」
ローゼルが挨拶した時、目の前の金髪の女の子がその吸い込まれそうな金の瞳を真ん丸に見開いた。
「あ、ローゼルさん。おはよう――ん? そっちの人は……」
「紹介するよ。二人とも座ってくれ。」
ローゼルに促されて、あたしはローゼルの、ロイドは金髪の女の子の隣に座った。
「さて、遅ればせながら紹介しよう。わたしのルームメイトのティアナ・マリーゴールドだ。」
金髪の女の子――ティアナはぺこりと頭を動かした。
「ルームメイト? あの病気か何かでずっと部屋にいた子? 治ったのね。」
「ああ。クリオス草の薬のおかげでな。まさかこうも簡単に治るとはな……もっと早く医務室の先生に相談するべきだった。」
「? 相談してなかったの?」
「――少しあってな。ああ、そうだ。二人の紹介をしなければ。ティアナ、こちらがエリル――」
あたしの紹介を途中で止めたローゼルの視線の先では――
「?? あれ? やっぱり?」
ロイドが、一生懸命顔を背けてるティアナの顔を覗こうと首を動かしてた。見方を変えると、嫌がる女の子をナンパする軽い男みたいな――
「何してんのよ!」
「何をしてるんだ!」
あたしに鼻を、ローゼルにほっぺをつままれたロイドはふがふが言いながらわけを話す。
「い、いや……一度会った事あると思って……顔をよく見たいなと……」
「? それはないはずだ。ティアナはロイドくんが来る前から部屋で――」
そこまで言ってローゼルが――なんて言えばいいのかわからない微妙な顔になった。
「……ティアナ? ま、まさか王――」
「だめーっ!!」
大人しいと思ってた女の子が、おとなしめな声色でいきなり大声を出してローゼルの口を塞いだ。何事かと、周りの生徒たちの視線が集まるのに気づいて、ティアナはローゼルから手を離して俯いた。
「……そうか……まったく……」
ローゼルはやっぱり微妙な顔で、今度はロイドを見る。
「ん?」
「……なんでもない。」
なんでか知らないけどローゼルがすねた顔になった。
「……よくわかんないけど、あたしがエリル・クォーツでそっちがロイド・サードニクスよ。よろしくね、ティアナ。」
「……よろしく……」
俯いたままのティアナは、そのままの姿勢で手を伸ばし、ローゼルの制服を引っ張った。
「うん?」
「あの……お、お礼……ちゃんと、話さないと……」
「! 話していいのか? まぁ、ロイドくんは見てしまったのだろうが……無理して話さなくてもいいんだぞ?」
「それは、だ、だめだと思うの……」
「そうか。ティアナがそう言うのならそうしよう。しかし、相変わらず変な所で頑固だな。」
すねた顔から元に戻ったローゼルはあたしとロイドを交互に見る。
「ティアナがかれこれひと月の間、部屋に閉じこもっていた理由を話そうと思う。特に、ロイドくんにはクリオス草の礼があるしな……話しておかなければいけないだろう。」
「……ならあたしは聞かない方がいいかしら?」
「いや。エリルくんには今後――ああならない為のアドバイスが欲しい。」
「――てことは、病気じゃなくて、魔法絡みの何かって事ね?」
「そうだ。」
「えっとさ……」
ローゼルやあたしが真面目な話の空気の中で真面目な顔をしてると、ロイドはお茶碗を片手にボケッと言った。
「なんか大事な話なんだろうけど、きっとそれ、あんまり他の人に聞かれたくないんだろ? ここでするのか?」
そう言われてふと周りを見る。朝ごはんを食べにきた生徒でいっぱいの学食……聞こうとしなくても耳に入ってしまうような状態。
「む……言われてみればそうだな。ロイドくんにしては気の利いた事を言う。」
「珍しいわね。」
「えぇ……ちょっとひどくないか?」
「では――今日の放課後にしようか。わたしたちの部屋でどうだろう。」
「いいんじゃないかしら。」
「えぇ? あんまりよくないんじゃ……」
「なんでよ。」
「だってオレ、エリルの部屋よりも奥に入らない方がいいって言われたんだけど……ローゼルさんに。」
「……そういえばそんな事を言ったな。だが今更だな。ロイドくん、君が今女子寮の住人にどう認識されているか知っているか?」
「?」
「なにそれ、何の話?」
あたしも聞いたことのない話を、ローゼルは当たり前みたいに話す。
「いいか? 君たち二人は毎朝寮の庭で朝の鍛錬に励んでいるのだぞ? 女子寮の全員がそれを見た事があるし、ロイドくんとエリルくんが――ど、同室というのも最早周知だ。」
「……そうでしょうね。」
「そして、ロイドくんはA級犯罪者のプロゴを撃退した。毎朝披露している、見るからにレベルの高い体術とそういう実績。少なくとも女子寮の――女子の間で、ロイドくんは上級生からも一目置かれているのだ。」
「えぇ? 上級生って二年生とか三年生ってことだろう? いくらなんでも……」
「君は自分を過小評価し過ぎなのだ。」
ローゼルの言葉に、あたしは頷きながら――
「そうよ。あんた、鍛錬の時とか実技の時じゃ全力じゃないじゃない。」
「えぇ? 手を抜いているつもりはないんだけど……」
「つもりがないだけよ。あんたとあのプロゴの戦いを見たあたしたちからしたら手抜きもいいところよ。あの時、プロゴは学院の時間を止めるのに力を使ってたせいで全力じゃないって言ってたけど、それでも――鈍りはするだろうけど根本的な戦闘技術まで無くなるわけじゃないわ。A級っていう、騎士で言ったら上級騎士クラスの相手と同等の戦闘をした……体術だけなら間違いなく三年生にも通じるわ。」
って、あたしが腕組みをしながら言うとローゼルが目を半分にしてぼそりと言った。
「――エリルくん。なぜ君が自分の事のようにニヨニヨしているのだ?」
「し、してないわよ!」
コホンと咳払いをして目を戻すローゼル。
「単純に実力があり、加えてその――何も知らない雰囲気というか、田舎者くささというか、人畜無害っぷりというか――」
「あれ、もしかしてオレ今ローゼルさんに悪口言われてる?」
「――諸々含め、ロイドくんは……女子寮に男子が来た時に女子が心配する色々な事を心配しなくてもいいだろうという、この前わたしが口から出まかせで言った事が現実になっているのだ。」
「で、出まかせだったのか……」
女子の中での妙な信頼の高さよりもローゼルからの毒舌にショックを受けてるロイド。
「ロイドくんはその辺り信頼されている。だからもう大丈夫だ。」
「……ローゼルさんって、実はオレの事嫌い?」
「? いや、好きだが。」
「そっか! よかった!」
「うむ。」
結局、どういう話かは知らないけどティアナの話を放課後、ローゼルたちの部屋で聞くことを決めたあたしたちは、朝ごはんを食べる事に集中する。
途中、段々とローゼルの顔が赤くなっていって、食べ終わる頃には頭を抱えて何かをぶつぶつ言ってた。たぶんロイドとティアナには聞こえてないんだろうけど、あたしには聞こえてた。
「すすすすす、好きと言ってしまった、好きと言ってしまった、好きと言ってしまった……!!」
オレたちが授業を受けている建物――校舎の隣にある建物は体育館と呼ばれている。要するに屋根と綺麗な床つきの校庭みたいなもんで、室内で身体を動かす授業の時に使う。
オレが通っていた学校にはこんなん無かったから、雨が降ると体育が中止になってブーブー文句を言ったものだ。
だけど今は運動するために使っていない。オレのクラスも含めてこの学校の全クラス――一年生から三年生までが勢揃いし、綺麗に並んで体育館の中におさまっている。
まだ経験はないんだけど、全校集会? とかいうのをやる時にはこういう形になるのだとか。ただ、今はそうじゃない。
「朝から集まってもらってすまんの。一時間目の授業を担当しておる先生方にも迷惑をかける。」
オレたちが向いている方向には一段高くなってる場所があって、そこには偉い人がスピーチする時とかに置かれるマイク付のテーブルが設置されてて、その後ろに学院長が立っていた。
「じゃがしかし、諸君らの目標にもなり、いずれは剣を交えるかもしれぬ方が来て下さった。要件は別にあるとは言え、諸君らに言葉を送りたいと言って下さったのでな。挨拶をいただくことになった。では紹介しよう。」
学院長が一段高くなっている場所の袖口を向き――
「十二騎士の一人、《ディセンバ》じゃ。」
カシャンカシャンと、鎧の音をさせながら袖口から人が出てきた。そしてその瞬間、体育館中がざわめいた。
そりゃもちろん、十二騎士の一人が来たんだから生徒のテンションも上がるってものだろう。だけど、そのざわめきはそういう理由のざわめきじゃなかった。
姿勢よく歩き、学院長がいるテーブルの横で止まって、その人はこっちを向いた。
十二騎士って聞くとベテランなイメージだし、何よりその内の一人が中年オヤジだからみんなそこそこの歳だと思っていたんだけど、エリルと一緒にあの本を見た時から《ディセンバ》は若いんだなと思っていた。二十後半から三十前半ってところだろうか。
鎧を着た短い金髪の若い女の人。いや、正確に言えば――鎧しか着ていない。
全身を包むタイプの鎧じゃない、要所要所だけを覆ってできるだけ身軽にするタイプの鎧……それだけを身にまとっているのだ。
つまり、鎧が覆っていない場所は素肌が丸見えでお腹まわりとか太ももとか……背中に至っては丸出しで……歩く姿を横から見た感じだと……な、なんかお尻の上のあたりまで見えそうなくらいだった気がする。
下着は履いているだろうけど、腰のあたりにある鎧はスカートと呼べるようなものじゃなくて所々隙間があるし丈で言ったら膝のかなり上までしかない……一番前に並んでる生徒には見えているんじゃないかと思うくらいだ。
細かく言い出したらキリがないんだが、要するにかなり――色っぽい鎧姿だった。
「《ディセンバ》殿、こちらへ。」
学院長が横に出て、代わりに《ディセンバ》がテーブルの後ろに立つ。これでお腹から下あたりは見えなくなったけど、び、微妙に隠れ切れていない――フィリウスが「うひょー」とか言いそうな立派な胸が鎧の所々から見えて……よ、余計に……
そろそろどっちかの、もしくは二人のビンタなりが飛んでくる――そう思ったオレは目だけを動かして周りを警戒する。だけどよく考えたら、オレからはちょっと離れたところに並んでいる二人の手はオレに届くはずもない。
しかしこのままだと終わった後に燃やされるか凍らされる。そう思い、オレはせめてもの意思表示として、ポケットからハンカチを取り出し、それを広げて目のあたりに巻き付けた。
何も見えなくなったオレは、《ディセンバ》の声だけを聞く。
「――別に私はそこまでの歳ではないし、まだまだ若いと思ってはいるが、ここでは確実にそうではないだろうからこう言おう。おはよう、若人たちよ!」
凛とした、よく通る声だった。
「私の名はセルヴィア・キャストライト。十二騎士の一角、《ディセンバ》の名を預かる者だ。」
本名と十二騎士としての称号、どっちで呼ぶべきなのか迷うところだ。
「自分で言うのもなんだが、諸君らからすると……私は遥か高みにいる存在に見えるだろう。まだ騎士の卵である諸君らに対し、私は世界最強の十二人の一人なのだから。」
ものすごく自慢しているようだけど、その声からはそういうのが感じられない。
「しかしだ、諸君。私が今言った事は、かつて私も感じた事だ。学生の時分だった私が当時の十二騎士の一人を見た時に思った事だ。そう、今の十二騎士にはそうでなかった時があり、十二騎士に憧れたりした時があったのだ。残念ながら、今の十二騎士は今の十二騎士のモノだ。だが、未来はどうであろうな?」
ふとフィリウスを思い出す。そういえばフィリウスもそんな事を言っていた。生まれた時から強い奴はそうそういなくて、強い奴ってのは大抵、その昔弱い奴だったと。
「私はここに立つ事が出来てとても嬉しい。なにせ、未来の十二騎士の前に立っているのだから。もしかしたら、未来の十二騎士の目標や憧れになっていたりするかもしれない。そう思うと心が震える。ここは一つ、カッコイイ姿を見せなくてはとな。」
周りの生徒たちがざわついた。今の言葉にというよりは――オレには見えてないけど、《ディセンバ》が何かを始めたようだ。
「私がここに来た理由は、この学院に第十二系統の時間に対する防御魔法をはることだ。既に魔法陣などの配置は終えているから、あとは発動させるだけ――さぁ、若人よ。この今を過去にし、未来へつなげるといい。これが世界で一番の時間使いの時間魔法だ。」
時計の音がした。小さな時計のカチコチという音じゃなくて、もっと大きな時計の針がガコンと動いた時の短く、重たい音。
「ふふふ、興ざめかもしれないが、これで終了だ。」
……ホントに何が起きたのやら、さっぱりだった。
とんでもなかった。
あたしが、人よりも魔力とかの気配に敏感ってのは理解してる。魔法を使うのに合ってる才能だって、あたしに魔法を指導した家の――家庭教師みたいな人は言ってた。
そんなあたしが今感じたのは、あの――や、やらしい格好の十二騎士が両腕を広げて、聞き取れない程の小声と早さで呪文を唱えた瞬間に発せられた圧倒的な魔法の気配。体育館どころじゃない、きっと学院を丸々覆っちゃうくらいの巨大な魔力の広がり。
そりゃ、この学院に結界をはりにきたんだからそうなのは当然なんだけど、それをあんな平然とできるモノなの? あの一瞬に、《ディセンバ》の身体にかかった負荷はどれくらいなのか想像もつかないわ。
「ほう? 上に立つとみなが良く見えるのだと、諸君らくらいの時に言われたがその通りだな。今の魔法、その気配を感じ取ってビックリしている者が数人見える。有望な魔法使いだな。」
満足そうに笑う《ディセンバ》。動くたんびに――む、胸が鎧の中で揺れる。
「しかしそうでない者には私が来た事で経験したことが何もないというのは私の望む所とは異なる。よって、諸君ら一人一人に権利を与えようと思う。」
綺麗に笑っていた《ディセンバ》の顔が、同じ笑顔なんだけど――もっと挑戦的なそれになった。
「私と戦う権利を。」
体育館のざわめきが頂点に達する。これには学院長も驚いた顔をしていた。
「一対一でも、チーム戦でも構わない。好きな方法で私に挑んでくるといい。勝っても負けても、褒美も残念賞もないが……どうかな?」
《ディセンバ》の問いに誰かが答える。それが連鎖して、広がって、体育館中の全員が叫んだ。
「ちょ、ちょっと待たれよ! 全校生徒と戦うとおっしゃるのか?」
「学院長。私はあなたよりも遥かに年下ですし、私はあなたという大魔法使いを尊敬しています。敬語は無しでお願いできませんか?」
「そ、そうか……ではない! 日が暮れるどころの話ではな――」
学院長の言葉を遮って、《ディセンバ》がガントレットをつけた手をガシャンと叩いた。瞬間、さっきと同じくらいの魔法の気配が広がった。
「今、この学院を時間的に隔離しました。これでこの中で一年間戦ったとしても、街に出ればお昼時程度でしょう。」
学院内の時間だけを……えぇっと? この場合早くしたってことかしら。
「若人たち。あ、先生方もよろしければ。私は校庭に向かいます。」
授業どころじゃないこの状況。校庭の真ん中に《ディセンバ》が立ち、その周りを遠巻きに生徒たちが囲む。全員が制服から授業の時に使う体操着に着替えて、自分の武器を手にしてる。
「学院の時間を操っているから、残念ながら今の私は魔法を使えない。が、この剣技だけでも卵の諸君らには脅威となるだろう。いや、もしかすると剣抜きでもそうかもしれないかな? そんな強者である私だが……恐れずしてかかって来るといい。」
《ディセンバ》は、幅の広い重そうな剣を地面に突き立てた。格好だけ見れば、ほ、ほとんど裸みたいなやらしい格好なのに、騒ぐ男の子は一人もいない。
そんな事で喜んでる場合じゃない。そんな余裕はない。それくらいのプレッシャーが《ディセンバ》からは放たれていた。
「これが世界最強の威圧感というやつか。」
気づくと隣にローゼルがいた。
「あの十二騎士と剣を交える機会。大半の生徒が嬉しい事と思っているのだろう。しかしこの状況……一人目が出て行かないと誰も出ないな。」
私も含めて、って付け加えたローゼルの言う事は確かにその通りだわ。だってここには全校生徒が集まってるんだもの。それに《ディセンバ》が単純に――怖くもある。
だって相手は世界最強の一人……何もできないで終わる事が目に見えてる。別に恥でも何でもないんだろうけど、それでもこれだけのギャラリーの前であっさり負ける姿なんて見せたくな――
「はい! オレ、やってもいいですか!」
全校生徒が武器を手にして、戦おうとはしてるけどあと一歩前に出ない中で空気を読まなそうな声と口調で誰かがそう言った。人ごみの中から出てきたのは男の子。割と整った顔立ちなんだけど制服に着られてる感がある、雰囲気的にちょっと田舎の――
「――って、ロイド!」
あたしたちからは離れた所にいたロイドが、スタスタと校庭の真ん中に歩いて行って《ディセンバ》の前で立ち止まった。
「ほう。全員に聞くつもりはないが、しかしこの我ながら出にくい状況で最初に出てきた君には聞いてみようか。さっき私は戦う権利を与えると言った。義務ではない。つまり君は、何か理由があって今、私の前に立ったはずだ。それはなんだろうか?」
キョトンとしたロイドは抑揚のない、当たり前の事を言うように答える。
「自分の実力を知るため……です。」
「実力か。なるほど。自分より強い者と戦えば、自分の今の限界点を知る事ができるだろう。しかしそれなら――そう、他の生徒を相手にしてもできるのでは? 上級生とか。」
「んまぁ、そうですけど……せっかくの十二騎士だし、それに長い間自分の――実力っていうのを測る時に比べる相手にしていた奴が――十二騎士だったみたいなので。」
「? それはどういう――」
長い間ロイドが自分の強さを測る為に比較にしてた相手……それはフィリウスさんだ。
「――! 二刀流……もしや……ふむ。では始めようか。」
「お、お願いします。」
手にした二本の剣を抜くロイド。そして剣は突き立てたまま、別に構えもしない《ディセンバ》。
「――この戦い、いいんだか悪いんだか、だな。」
「は?」
隣でローゼルが妙な事を言った。
「今、ロイドくん――ロイド・サードニクスという男子生徒がA級犯罪者を撃退したという話が、きっと色々な尾ひれを付けて学院中に広まっている。そして彼が独特な剣術を使う事も知れ渡っている。戦いが始まれば誰もが、あそこにいる男子をロイドくんだと認識する。その実力を全校生徒にお披露目するわけだ。噂通りに、もしくは予想以上予想以下……それぞれがロイドくんをその目で評価するだろう。どの方向にせよ、この戦いの後、周囲のロイドくんを見る目は変わるのだ。」
ロイドはいつものように剣を持ち、そして右手に持った剣を――回し始めた。
ざわめく生徒たち。
でも、今のロイドはここで終わらない。
「……風、イメージ……」
相変わらず、ぶつぶつ言わないと初期魔法も使えないロイドがそんな事を言いながら風を起こす。て言っても、誰にも見えてないんだけど。
右手で回ってた剣が、ふわりとその手から離れた。だけど回転はそのままに、ゆっくりとロイドの周りを回り始める。左手の剣はロイドがひょいと空中に投げると風を受けて回転を始め、同じようにロイドの周りをグルグルする。
最終的に、両手をフリーにしたロイドと、回転ノコギリみたいに高速回転しながらロイドの周りをグルグルする二本の剣が出来上がった。
生徒たちのざわめきが大きくなる。あたしは――何故か嬉しく思って、そういえば《ディセンバ》はどんな顔をしてるのかと思ってそっちを見た。
「やはりか。」
《ディセンバ》は――え、なんか嬉しそうね……
「そうかそうか。君がタイショーくんか。」
……? タイショーくん? 誰よそれ。
「?」
言われたロイドも首をかしげる。
「しかし話によればまだ入学してひと月も経っていないのだろう? ということは魔法の経験もその程度。だと言うのに既にそこまで――なるほど。その剣術の要はやはり回転の技術なのだな。風の扱いは二の次と。」
「! これを知ってるんですか?」
「勿論。あの《オウガスト》は今でも語り草だ。」
ロイドの――ロイドが言うところの曲芸剣術の事を知ってるらしい《ディセンバ》。それは別にいいんだけど、なんでロイドが最近入学したばっかって事を知ってんのよ……
「だが……彼の場合は一度に百を超える武器をそうさせていたから良かったが、今の君が彼と同じ事をするのはお勧めしないな。その二本の剣を自由自在に私に飛ばしたとして、しかし私は一瞬で君に近づくことが出来る。武器を持っていない無防備な君にな。このままではすぐに決着してしまうが――どうする?」
《ディセンバ》の突然のアドバイス。でも確かにその通りだわ。
たぶん、あの剣術を使ってた《オウガスト》は――十二騎士なんだし、魔法の腕もすごかったはず。だから、無数の武器を相手に飛ばしちゃったせいで自分自身が無防備になっても戦えた。だけどロイドにはそれがない。
言われたロイドも「言われてみれば」って納得した顔になって、あごに手をあてて何かを考えてる。それを一分くらいやった後、ロイドはこくんと頷いて身構えた。
「どうするか決めたようだな。では始めようか。先手は譲ろう。」
相変わらず武器も持たないで立ってるだけの《ディセンバ》。
「行きます!」
ロイドが――走り出した。
真っ直ぐに《ディセンバ》の方に向かうロイド。その左右には回転する剣が並んでる。
「はっ!」
まだだいぶ距離が離れてるのに、ロイドは走りながら右手を前に出した。するとロイドの右側に浮いてた回転する剣が手の動きに合わせて銀色の弧を描きながら《ディセンバ》に迫った。
「ほう。」
少し身体を動かしてそれを避ける《ディセンバ》。対してロイドは、避けられることをわかってたみたいに、今度は左手を動かして左側に浮いてた剣を一直線に飛ばした。
さっき弧を描いて飛んできた剣と比べると圧倒的に速いその剣は――
「いいフェイントだ。数が増えれば脅威だろう。」
《ディセンバ》のガントレットの指に触れたかと思うと明後日の方向に飛んでった。
「すごいな……指先の動きだけで軌道を変えたのか。」
隣でローゼルが驚く。
「まだまだ!」
《ディセンバ》との距離が剣を振り回すような近距離になると、ロイドは得意の円を描く動きで《ディセンバ》の周りを右へ左へ流れるように動く。そして、両腕を動かして避けられた剣と逸らされた剣を再び《ディセンバ》に向ける。
「おお、これは……」
《ディセンバ》の呟きは落ち着いてたけど、彼女を取り囲む銀色の嵐は猛攻だった。
正面から、背後から、上から下から右から左から……弾いてもいなしてもしつこく戻ってきて再び斬りかかって来る二本の剣。
ロイド自身は《ディセンバ》の周りをグルグル走りながらその動き観察して、隙のあるところや死角を探してそこに向けて剣を動かしてる。
「まるで指揮者ね。」
あたしがつい、そう呟いたのをローゼルが聞いてた。
「……縦横無尽の刃を操り、敵を銀色の渦に閉じ込める……なるほど、確かにロイドくんは剣の指揮者だな。剣を操る手の動きなんてそのままだ。」
「あたし、ロイドの剣術の話を聞いた時、あれは一対多数の剣術なんだって思ったけど……一対一になったらとんでもないわね。」
「そうだな。」
とんでもない。そう、とんでもないんだけど――
「はっはっは! これは初めて経験する攻撃のされ方だな!」
銀の渦の中、《ディセンバ》は踊ってるみたいだった。どの方向から来てもそれをかわしたり弾いたりしてる。全然、「一撃」が入らない。
ロイドの回転する剣は実際どれくらいの威力があるモノなのか、前に実験したみた。回転する刃物っていうとチャクラムとか手裏剣とか、それこそ草を刈る回転ノコギリくらいしか思いつかない。
回転ノコギリはともかく、それ以外の武器として使われる回転する刃物は基本的に投げる武器だからどれも小さくて軽い。切ったり刺さったりはするけど――たぶん、何かを切断するくらいのパワーはないわ。
でもロイドのあれはそうじゃない。
訓練所に置いてある丸太を使ってロイドが一本の剣を両手で握って力いっぱい振った時と回転させてぶつけた時を比べてみたけど、そのパワーは同じくらいだった。
ロイドはムキムキってわけじゃないけどヒョロヒョロでもないから、たぶん平均的な腕力だと思う。要するに――一般的な男の子の渾身の一撃を常に保ってるのがあの回転する剣ってわけ。
剣はいつも全力で振れるわけじゃない。その時によっては片手で振ることもあると思うし、変な態勢であんまり力を入れられない事もある。そんな状態で放った一撃は、せっかく敵の弱点に斬りかかれてもちゃんとしたダメージを与えられない事がある。だから剣士は、どんな状態でもしっかり剣を振れるように筋トレしたり訓練したりする。
そんな、滅多に出せない渾身の一撃をずっと出し続ける状態の剣が四方八方から迫って来る――これはかなり恐ろしい状況だと思う。鎧で受けるならともかく、少しでも生身にかすったらかすり傷じゃ絶対にすまないんだから。
でも――
「もしも君がもっと手練れで、もしも剣の数がもっと多かったら、さすがに全てを処理は仕切れなかっただろう。しかし今はそうじゃない。動きはいいがまだまだ速さの足りない君を見ていれば、剣の動きやどこを狙っているかは想像できる。そう、君はまだまだ未熟だ。」
銀色の嵐の中、《ディセンバ》は余裕の表情だった。
「――っ!」
今のままだと何時間続けても無理――たぶんそんな感じの事を考えたロイドは《ディセンバ》から距離をとった。
「速さか……」
ぼそりと呟いたロイドは再び考えるポーズ。
「さっきもそうしていたな。今の戦い方もまさに今ここで思いついた――いや、考えてはいたかもしれないが実践したのは初めてだったようだな。普通であればぶっつけ本番はお勧めしないが、今は君が君の実力を知る時間なのだろう? 色々試すと良い。」
また一人で頷いたロイドは、回転させてる剣を自分の後ろに移動させた。まるでプロペラ機みたいに、剣の回転で前に進むような格好だった。
「行きます!」
ロイドのその言葉の後、あたしには何が起きたのかわからなかった。
いきなり消えるロイドの姿。
一陣の突風。
かすむ《ディセンバ》。
鳴り響く金属音。
そして――
「! ロイド!」
空高く舞い上がったロイド。
大抵の風使いは空を飛べる。だけどロイドにはまだできないことで、今ロイドがいる高さはそのまま落ちたら――
「――!」
あたしは無我夢中だった。近くにローゼルとか他の生徒がいる事なんか忘れて、あたしはソールレットで出来る限りの炎を爆発させた。
急上昇するあたしの身体はロイドの方に飛んでいく。ロイドは意識がないのか、手足を動かしたりせずにそのまま落ちていく。
「ロイド!」
だらんとしたロイドを捕まえる。血が出てるとかはないけど、気絶してるみたいだった。あたしは下を見る。
かなりの高さ。着地の瞬間に爆発を起こせばとか考えたけどそもそも――爆発で空にあがった事なんて今が初めてのあたしに、そのタイミングとかはわからな――
「エリルくん!」
どうしたらいいのかわからなくなったあたしの方に向かって何かが伸びてきた。それは氷の足場だった。らせんを描いて地面から――ローゼルのいる所から伸びるそれがあたしの足元まで伸びてくる。
「ナイスよ、ローゼル!」
ロイドを抱いたままそれに着地。氷の足場をそのまま滑り降りる。足場は、あたしと戦う時によく使って来る壁みたいに軽く反っていて、特にコントロールしなくても足場に沿って滑る事ができた。
「――って、ちょっと! 速すぎるわよ!」
「んな!?」
下まで来たあたしは足場が終わって校庭の地面に足がついてもまだ滑り続けて、足場を作ってたローゼルに激突した。
「おいおい! 大丈夫か三人とも!」
ぶつかった衝撃に頭がぼーっとしてると先生の声が聞こえてきた。目を開けると目の前にロイドの横顔――
「――!?」
あたしはびっくりして起き上がろうとしたんだけど、何かに抑えられて起き上がれなかった。
「んにゃ!? ロイドくん!?」
あたしを抑えてるのがロイドの腕だとわかり、そんなローゼルの声を聞いて今の状態を理解した。
あたしとローゼルが仰向けでロイドがうつ伏せ。でもってあたしとローゼルが下にいてロイドが上にいる。つまり、あたしとローゼルの間あたりにロイドが覆いかぶさってる状態。
い、いつもなら顔が熱くなってロイドをひっぱたいてるんだけど、うんともすんとも言わないロイドの横顔を見て、気絶してるって事を思い出す。
「ロイド!」
腕をどけて起き上がるあたし。ロイドを仰向けにしたところで、隣に先生が来た。
「――よかった。気絶してるだけだな。」
「大事ないか。」
気が付くといつの間にか《ディセンバ》も近くにいた。何かの魔法を感じる、ガントレットを外した右手をロイドの首筋にあてる。するとロイドがパッと目を開けた。
「えぇ!? なんだ、どうなった!?」
あたしたちに囲まれてるロイドは目を白黒させる。
「すまなかった。とっさの事で――つい剣を抜いてしまった。」
見ると《ディセンバ》の傍らにあの幅広の剣が置いてあった。
「とっさ? えぇっと……何が起きたんでしたっけ……?」
「君は完全に私の後ろをとったのだ。」
「えぇ? オレが?」
「君は私を中心として弧を描く風を引き起こし、それに乗って自分を吹き飛ばした。圧倒的な加速だったよ。そうして私の背後にまわった――ところまでは良かったのだが、君は勢いをつけすぎたのだな。そのまま素通りするコースだった。」
そこで《ディセンバ》の表情が申し訳なさそうに曇る。
「が、あまりの事に驚いた私は――背後をとられた事に……反射的に身体を動かしてしまった。使うつもりは無かった剣を抜いて力いっぱい振ったのだ。風の勢いと私の反撃を受け、君は空高く舞い上がった。気絶しながらな。」
「……オレ、よく無事でしたね……」
「そこの二人が助けたのだよ。私からも礼を言わねばな……ありがとう。」
「べ、別に……」
「ありがとうな、エリル、ローゼルさん。」
「気にするな。」
「さて……」
すっと立ち上がった《ディセンバ》は何事かとざわつく生徒たちの方を向いた。
「私のミスだ。彼があまりに――そう、あまりにすごかったのでな。つい、本気で反撃してしまったのだ。結果少々危険な事になったが……逆に考えてもらいたい。」
ゆっくりと校庭の真ん中に向かう《ディセンバ》。
「世界最強の一人である私とまだ学生である諸君らの間は意外と埋められるかもしれないという事だ。それは一瞬かもしれないが――最後の一撃、私は本気だった。私についそうさせてしまう力……まだあるのではないか? 諸君らの中に。」
校庭の真ん中、剣を地面に突き立ててドンと腕を組む。
「さぁ、次は?」
戦うっていう経験はしてみたいけど、勝てるわけはまずない相手。だけどもしかしたら、一矢報いるくらいはできるかもしれない。その可能性が見えたからか、それとも単純に一人目じゃないからか、周りにいた生徒の中から手を挙げて出て来るのがたくさんいた。
「順番に相手をしよう。まずは君だ。」
《ディセンバ》と二人目の戦いが始まった。何となくそれを見てたあたしは肩を叩かれる。
「エリル。ローゼルさんも。行ってきなよ。」
ロイドがニッコリと笑った。
「オレはもう平気だから。」
「…………そうね。」
ちょっと心配ではあったけど、あたしはため息をつきながら立ち上がった。
「別にケガとかしてないみたいだし……先生もいるし。ローゼル、行くわよ。」
「そうだな……先生、ロイドくんをお願いします。」
「ああ、心配するな。貴重な経験をしてこい。」
なんというか、本当にどこも痛くないし戦いの疲れもない。そんな全快状態のオレは《ディセンバ》と全校生徒の戦いを見るために立ち上がった。
「しかし、とっさの反撃っつー中途半端な一撃で気絶とは。考えてみれば情けない話だな、サードニクス。」
隣で先生がにやりと笑う。
「情けない以上ですよ。だって、剣を振って本気の反撃をしたのなら、背後にまわった時点でオレはきっと真っ二つですよ……とっさだけど手加減した反撃で気絶したんです。」
「言いようというか何と言うか……別に嘘じゃないぞ、《ディセンバ》の言葉は。」
「?」
「詳しく言うと――お前がビックリするような速さで後ろにまわった時、《ディセンバ》は手加減無しの本気の速さで剣を抜いてお前の方を向いた。ただ、お前を視界に捉えた瞬間に、このままやったら斬ってしまうって事に気づいた《ディセンバ》は剣の向きを変えた。そしてそのまま――周りに浮いてた二本の剣を弾きながらお前に剣の腹をめり込ませて打ち上げたんだ。ほれ、一応一部は本気だ。」
「ていうか、そこまで見えていた先生がすごいです……オレ自身、速くし過ぎてよくわかんなかったのに。」
「当然だ。私は先生だからな。」
そこからしばらく、オレは先生の横で色んな生徒が《ディセンバ》に挑んでいくのを見た。他の生徒の戦うところなんて授業中にチラ見できるクラスの面々ぐらいなもので、特に上級生の戦いは中々見られないから面白かった。
全員が本気で挑んでいる。色んな魔法をまき散らしながら武器を振り回すんだけど《ディセンバ》には大抵当たらなくて、オレみたいにアドバイスをされている。
そして――
「よろしく。」
両手両足から炎を吹き出しながら、エリルが《ディセンバ》の前に立った。
「ふむ。君は女の子だが、その外見は非常に強そうだ。相手が人であれ魔法生物であれ、自分を初めて見る相手に自分は強い奴だと思わせる事は結構バカにできない効果を生む。私だって、君が学生だと知らなければいつもより身構えていた事だろう。余計な緊張や警戒は実力を百パーセント以下にする。」
「しかも、見た目通りなら言う事ないわよね?」
妙に自信ありげな顔のエリル。
「……良いね。」
そんな挑発するみたいなエリルに対して、《ディセンバ》は嬉しそうに笑った。
「はぁっ!」
ソールレットから爆炎を吹き出しながらエリルが迫る。一息で《ディセンバ》に近づいたエリルはいつもの攻撃を始めた。
相手の目の前で、炎を引きながらのパンチ、キックの連続攻撃。単調な連打ではない、相手の動きを見ながらの攻撃。時に爆速で、時に身体全体を使った大きな一撃の混じるそれは、まさに炎の渦――竜巻だ。そこにフィリウスから教わってオレがエリルに教えた動き――攻撃にも防御にも使える円の動きが入ることで、まるでエリルは踊っているかのような動きをしていた。
円の動きというのは丸く動くって話じゃなくて、止まらないように動くって事だ。攻撃するにしても避けるにしても、直線的な動きは最短だけど終わった後に止まってしまう。
常に位置を変え、相手の隙を狙いながら自分の方は狙わせない。特にエリルは手も足も使う格闘が主体だから、円の動きとは相性がいい。
「はは、よくできている。炎がこちらの視界を狭くし、炎が消えたかと思ったらもうその場所に君はいない。相手の死角に、その爆発を利用しながらアクロバティックに、ダイナミックに、トリッキーに、先を予想させない動きで迫る。しかも放たれる一撃は非常に重たい。」
外から見てるオレでさえ、炎に隠れて時々エリルを見失う。なのに《ディセンバ》は全身のあちこちに目があるかのように全てに反応している。
「君の意思を、この炎から感じる。勝つ意思。強くなるという決意。少なくとも、今まで戦った生徒らの中では一番の意思の強さだ。だがその真っ直ぐな、炎のような意思から今の君のような動きが出来上がるとは思えないな。真正面からガンガン来るモノだと思っていたが――ああ! よく見ればこの動きはタイショーくんのそれだな? まだ彼ほどではないが基本思想は同じ……さっきも助けていたし、君たちは友人関係であり、師弟関係でもあるのかな。」
「十二騎士って、結構おしゃべりなのね!」
爆発で加速した回し蹴りを放つエリル。あの至近距離じゃ信じられないくらいの速さに感じるはずなんだけど、《ディセンバ》はさらりとかわす。
「はぁっ!!」
回し蹴りによって吹き上がった炎は通常よりも大きく《ディセンバ》の視界を大きく狭めたはずだ。その瞬間、エリルの右腕からガントレットが放たれる。
「!」
かすったと言うよりは削ったような、すこし鈍い金属音が響く。普通にパンチが来たのだと勘違いした《ディセンバ》は、自分の鎧の籠手――ガントレットの部分で受け流そうとしたんだけど、さっきまでとは段違いの威力と速さでガントレットだけが飛んできた。なんとかかわせたけど、予想外の攻撃に《ディセンバ》は大きく姿勢を崩した。
行ける――!
「ここっ!」
姿勢を崩した《ディセンバ》に放たれるエリルの左パンチ。爆発で加速されたパンチを変な体勢で迎える《ディセンバ》――これは決まっ――
「えぇっ!?!?」
なんと、《ディセンバ》はエリルの左腕を掴み、その威力を絶妙に受け流しながら自分の身体をエリルの背後へと動かした。エリルは勢い余って前のめりになるけど、エリルの後ろに着地した《ディセンバ》のもとには既にさっき飛ばした右手が迫っていた。
だけどその視界の外から飛んでくる右のガントレットを見もしないでかわし、自分の横を通り過ぎようとするそのガントレットに拳を打ち下ろす。ガントレットは深々と地面に突き刺さった。
「――っ!」
前のめりの状態から爆発で無理やり姿勢を戻し、背中を向けている《ディセンバ》に爆発で加速したキックを――
「ちなみにだが。」
身体をエリルの方に向け、迫る脚に流れるような動きで両手をそえた《ディセンバ》は――
「円の動きはこういう風にも使える。」
そのままエリルを投げ飛ばした。爆発の威力を《ディセンバ》の両手によって明後日の方向に向けられたエリルは何故かオレの方に飛んで――えぇっ!?
「次は君が助ける番だな、タイショーくん。」
飛んできたエリルを受け止めたオレは、その威力までは殺すことができずにそのままゴロゴロと転がって行った。
「しかし強いな、君は。エリルくんと言ったか――ん? どこかで聞いた名前だな。」
やっとこさ転がるのが止まったオレは上体を起こしてエリルの名前を呼ぶ。
「エリル、大丈夫か?」
丁度背中からとんできたエリルを受け止めたので、今オレはエリルを後ろから抱きかかえ――
「――のよ……」
「? なんか言っ――ん?」
エリルの前面にまわしているオレの両腕……その右手に妙な感触があった。ぴったりと手に収まる心地よい柔らかさ――
「どこ触ってんのよっ!!」
「ぐぇっ!」
深々と突き刺さるエリルの肘。
「い、痛い……何するんだ……」
オレから素早く離れたエリルの方を見る。顔は真っ赤で目は潤んでいて、胸のあたりを両腕で覆って――
! まさか!
さっきまで触れていたモノが何だったかを察したオレは、つい自分の右手を見てワキワキと指を動かす。
「!! 何思い出してんのよ変態! バカ!」
「いや! これは! つ、つい! ごめんなさい!」
「バカーっ!!」
エリルに追いかけられ、その場でグルグルと走り回るオレを他の生徒たちが「え、なに?」という顔で見ている。そしていつの間にか近くに立っている《ディセンバ》がそんな状況を気にもせずにしゃべりだす。
「強力な攻撃と多彩な動き、そして瞬間的な加速――それらを可能にする爆発の魔法。加えてガントレットまで飛んでくるとは恐れ入った。ほらここ、私の鎧が少しえぐれてしまった。受け切れなかった証拠だな。うん、攻撃に関しては相当なモノだと評価しよう。荒削りだがな。」
「ほ、ほらエリル! 《ディセンバ》のアドバイス!」
「~~!! あ、あとで燃やしてやるから!!」
オレを追うのをやめ、《ディセンバ》の方を向くエリル。ようやく解放されたオレはよろよろとその場に座り込んだ。
「派手さもあって相手を威圧する良い攻撃だ。威力も高い。だがまだまだ隙が多いな。タイショーくんから学んでいるのだろう? 今の君が今のタイショーくんレベルに動けるようになると更に厄介になるだろう。あと、爆発の調節をもう少し細かくできると良いかもな。これもさっき言った隙につながるが、若干勢い余っている事がある。」
一通りのアドバイスをした《ディセンバ》は、すたすたと校庭の真ん中に戻って「さぁ、次は!」と叫んだ。
そしてエリルはズンズンと座り込んでいるオレのところに迫る。
しまった、今のうちに逃げてれば――!
「あんた!」
「はい!」
座り込むオレに目線を合わせるようにオレの真横でしゃがんだエリルは、《ディセンバ》が来たせいか、さっきまでのオレを燃やそうとする勢いは無くなったもののすごく怒っていた。
「あ、ああああたし、あ、あんなこと……だだだ、誰にもされた事……ないんだから!」
「ごめんなさい……」
眼も髪も赤いのに顔まで真っ赤でとにかく真っ赤なエリルの迫力に、謝る事しかできないオレ。
「せ、責任! 責任と、取りなさいよ!」
「責任!?」
い、いや、女の子の胸を――さ、触ったんだ。これは大きな罪だ。フィリウスも、あんな女好きのクセに「そういう事はお互いの了承を得てしないとな! お互いが楽しくない!」って言っていたし。
「よ、よし、なんでも言ってくれ! 何でもするから!」
「な、なんでも!?」
「お、おう! ドンと来い!」
何故か、下手するとさっきよりも赤くなったエリルの顔がふっと暗くなった。表情がってわけじゃなく、いきなり何かの影に入ったのだ。
「楽しそうだな、二人とも。」
オレの後ろから聞こえたその声は底冷えするくらいに冷たかった。
「次あたり、わたしが挑もうと思う。見ていてくれるかな、二人とも。」
振り向くと、そこには史上最も冷え込んだ笑顔を顔面に張り付けたローゼルさんが立っていた。
「み、見るぞ! 応援するぞ!」
「そうか。ああ、そうだ――」
すっとしゃがみこんだローゼルさんの顔が近づく。めちゃくちゃ怖い。
「今のゴタゴタはあとでゆっくり話そう。それでいいかな?」
「はいぃ!」
結局、その日の授業は全て中止になった。時間的には《ディセンバ》が言っていた通り、相当長かった戦いが終わってみても時計の針は始めた時からちょっとしか動いてない。だけど一時間目の半分にも行かないその時間に、大多数の生徒がクタクタだった。授業なんか受けていたら全員が夢の中に旅立ってしまうし、実技系の授業は無理だ。
戦いを挑まなかった生徒もいたにはいたんだけど、その人たちだけで授業ってわけにもいかない。
そんなこんなで、大抵の生徒が部屋でぐったりする中、オレは目を合わせると顔を赤くしてそっぽを向くエリルと二人きりで部屋にいた。
さ、触ってしまった手前、オレも気まずい。何か話題を……
「そ、そういえばさ……」
「な、なによ……」
「《ディセンバ》が言っていたタイショーくんって……あれ、オレの事なのかな。」
「……そうじゃない? 何かあんたの事色々知ってたし。やっぱり知り合いなんじゃないの?」
「あんな格好の人、会ったら忘れないけどなぁ。」
「スケベ!」
まくらが飛んできた。
「や、やっぱりあんたもああいうのが好きなのね! むむむ、胸の大きな女の人が!」
「いや、あの人の場合胸がどうこうの前の話のような気が……」
「じゃあ《ディセンバ》じゃなかったら胸がどうこうの話なのね!」
「そ、そうじゃないぞ! 胸は――あ、あんまり気にしないというか……旅の経験上、グラマーな人程悪い人の可能性が高いっていうかなんというか……」
「……どんな経験してんのよ……」
「と、とにかく、女の子を好きとか言うのにむ、胸は関係ない! きっとその人がその人だから好きになるんであって――そ、そう! オレがエリルを守るっていうのも、別にエリルの容姿とか身体つきがどうだからって話じゃなくてだな――」
「かかか、身体つき!? 変態!」
「だぁああ、そうじゃなくて! ただオレはエリルがエリルだから守りたいんだって話で――」
「――!」
エリルが真っ赤になる。エリルは赤くなるとすごく怒り出すか妙に大人しくなるかの二パターンの行動をする。今回のこれは――
「……どうしてあんたは……あたしをそうやって……もぅ……」
布団を手繰り寄せてそこに顔の半分を埋めるエリル。
……や、やらしい気持とかなく……ただ普通に……このエリルはなんかかわいいなぁ……
「青春だな?」
いきなり誰かの声がした。この前来た時間使いみたいに廊下に立っていたなら、あの時と同じように剣を投げつけていただろう。だけどその人は部屋の真ん中に置いてあるテーブルの近くで体育座りしていた。
「さすがフィリウスの弟子。女性を虜にする術も伝授されたのか?」
「! フィリウス!?」
オレはその人を改めてみる。
男みたいとは言わないけどエリルやローゼルさんを見ているオレからすると短く整った金髪。すぅっと済んだ青い瞳。そして――なんというか、個人的にすごく懐かしさを覚える服。上とスカートの部分がくっついている……ワンピース的な服なんだけど、ワンピースなんて洒落た呼び方は合わない。地味な色と着古した感じのするそれは、小さな町の町娘って感じの格好だ。
そんな、格好はあれだけど美人な女の人が部屋の真ん中に座っている。
「えっと……」
「ああ、すまない。話題が私だったからな、当の本人がいきなり現れたらビックリするだろうという、まぁいたずらだよ。」
「話題……?」
オレとエリルは顔を見合わせ、そして同時に叫んだ。
「「《ディセンバ》!?」」
「うむ、間違っていないが――この格好の時は名前で呼んでほしいところだな。」
言われてみれば《ディセンバ》だった。ただ、服装のギャップがありすぎる。
「な、なんていうかさっきまでと全然違うから誰かわからなかったですよ……」
「よく言われる。しかし私は時間使いだからな。一度に必要なマナの量が多いのだ。マナは皮膚から吸収するものだからな、皮膚の露出は多い方が良いのだ。」
「! じゃ、じゃああの格好は趣味とかじゃないんですね……」
「むぅ……そう改めて言われると恥ずかしいのだがな。個人的には水着と下着、面積は同じなのに恥ずかしさが違う――のと同じようなものだと思っている。言うなればあれは仕事着か。恥ずかしいとかそういう話ではないのだ……恥ずかしいがな。」
と、ちょっと顔を赤らめる《ディセンバ》は、やっぱりさっき戦った相手とは思えないほど雰囲気が違った。だけどこの雰囲気は――
「でも――こんなこと言うと失礼かもですけど、今の方が似合っているというか……しっくりきますね。《ディセンバ》――じゃなくてえぇっと……」
「セルヴィア・キャストライトだ。苗字は長いからな、名前で呼んでくれ。そして君の感想は正しいよ、タイショーくん。」
「正しい?」
オレとエリルはベッドから降りてテーブルを挟んで《ディセンバ》――セルヴィアさんと向かい合う。
「私は街から遠く離れた小さな村の出身だ。これはその村の一般的な服だよ。」
「ははぁ……妙に懐かしく思ったのはそういう事ですか。」
「……要するにセルヴィアはロイドと同じ田舎出身ってことね。」
じとっとした目でオレとセルヴィアさんを交互に見るエリル。しかしエリルは相手が誰でも呼び捨て――ん? フィリウスはさん付けだったか。
んまぁ、そんな偉そうなエリルに嫌な顔一つせずに、むしろいきなりセルヴィアさんは姿勢を正して頭を下げた。
「先ほどは十二騎士として、まだ学生の身である貴方の前に立ちましたが――今は一人の国民として貴方の前におります。お会いできて光栄です、エリル姫。」
「や、やめてよ、そういうの。だいたい、こんな所にいる時点で姫も何もないわよ……」
「おや、そうか。」
ケロッと元に戻って体育座りに戻るセルヴィアさん。
「さっきも言ったしその前も言ったから三回目になってしまうが……初めまして。私はセルヴィア・キャストライト。第十二系統の時間を得意な系統とする騎士であり、十二騎士の一角を任されている。」
「……エリル・クォーツよ。得意な系統は第四系統の火。」
何故か自己紹介タイムになったけど――んまぁ、さっき会ったとは言えセルヴィアさんからしたら大勢の中の二人だったわけだしな。
「オレはロイド・サードニクス。得意な系統は第八系統の風だ。」
「? ロイド? そういえばエリル姫もそう言っていたな……あれ、君の名前はタイショーくんじゃないのか?」
「いや、ロイドです。」
「?? 確かにフィリウスはタイショーと……」
「……あ。もしかして大将かな。フィリウスはオレの事を大将って呼ぶから――というかやっぱりフィリウスと知り合いですか?」
と、オレが尋ねるとエリルが呆れた顔になる。
「当たり前じゃない。十二騎士同士なのよ?」
「ん、そういやそうか。でも――やっぱりオレはセルヴィアさんとは初対面だと思うし、だからフィリウスが誰かにオレの事を話すとなるとやっぱりオレがここに入ってから――だと思うんだ。だから……つい最近会ったって事ですよね?」
「そうだ。近くまで来たからと言ってふらりと王宮に現れたのだ。私は基本的に王宮にいるからな。その時に聞いたのだ。「今、俺様の弟子がセイリオスにいるんだ。」と。」
「弟子……」
色々教えてもらっていたわけで、そういう意味じゃ確かに弟子なんだろうけど、フィリウスが直接そう言ったのか……なんかうれしいな。
「それであんたはロイドに会いに来たってわけね。ついでに結界も張りに。」
「うーん……一応メインは結界だ。ただ、頼まれなくともいずれはここに来る予定だったという話だ。頼まれたから、ついでにタイショーくんに会いに来た。あー、もう私はタイショーくんという呼び方で口が覚えてしまった。いいかな?」
「いいですよ、別に。それがオレだってわかったんで。」
「ありがとう。しかしまぁ、今思えば確かにフィリウスの弟子だな。攻め方は違うが動きはそのままだ。」
「そう――ですか? オレ、フィリウスがまともに戦っているとこ見た事ない気が……」
「戦ってるとこか。フィリウスの戦いは大抵一瞬で終わるからな。」
セルヴィアさんは、どこか楽しそう――嬉しそう? にフィリウスについて語る。
「フィリウスの戦いにおけるスタンスは一撃必殺。自身の力と風の力を溜めに溜めて放たれるたった一度、しかし決まれば勝負も決まる絶対的な一撃――フィリウスは相手が人であれ魔法生物であれ、二回以上剣を振るった事が無い。」
「へー、すげーんだなぁ、フィリウス。」
「ふふふ。だが凄いのはそこではないのだ。」
「?」
「フィリウスの凄い所……その一撃の破壊力は桁外れだがそれよりも、その一撃を放つまでの過程が凄い。フィリウスが強い理由はそこにある。」
「?? 力を溜める過程ってことですか?」
「いや。溜めた一撃を放つまで、一度も相手の攻撃を受けず、かつその一撃を最適な場所に打ち込むまでの過程だ。」
「一度も……あ、そうか。攻撃を受けたらせっかく溜めた力がパァになる――んですか?」
「そんな所だ。膨大な量のマナを取り込み、風の魔法へと変換してその大剣に溜めこんでいく……相手の攻撃を全て避け、同時に相手の弱点を見抜き、ベストなタイミングでそこに一撃を打ち込む。タイショーくんの円を基本とした動きはつまり、フィリウスが相手の攻撃を避ける為に使っている動きと同じなのだ。」
どうやらオレは、フィリウスが十二騎士にまでなった所以……みたいな技術を教わったらしい。
「その動きにあの剣術を組み合わせた戦い方。エリル姫の場合は強力な爆発と組み合わせているわけだが、何にせよ……一対一であれば相手を翻弄し、一体多数であれば囲まれようとも対応できる戦い方だ。」
一人の国民としてとさっき言っていたけど、一瞬だけその顔を全校生徒に挑戦した時の威圧感のある騎士の顔にしてこう言った。
「まだ未熟な私が言っても仕方がないかもしれないが……このまま磨いて行けば君たちは相当強くなると思う。」
未熟。この学院のほとんどの生徒と、しかも連続で戦って「鎧が傷ついた」くらいで済んでいる上に全勝している人なのにそんな事を言うんだからオレたちは困ってしまう。だけど、確かに最強の十二人の内の一人が言ったのだ。オレたちは強くなると。
オレとエリルは知らず知らずに互いの顔を見て、そして笑った。
「さてと、ではそろそろ本題に入ろうか。」
「本題?」
「そうだ。私はタイショーくんに会いに来たのではなく、タイショーくんに聞きたい事があって来たのだから。」
「オレに?」
ここ最近知らない事ばっかりなオレに十二騎士が聞きたい事ってなんだ?
「――とその前に、一つ事実を教えておこうか。タイショーくんはさっき、私が君の事を知っているという事は最近フィリウスに会ったのだと推測したね。それはきっと、君がフィリウスと旅をしていた七年間、私がフィリウスに会っていないと思っているからだろう?」
「? そうじゃないんですか?」
「実はな。もしタイショーくんの記憶力が凄くて、この七年間を思い出せるなら……たぶん、年に二、三回くらいは半日以上、フィリウスの顔を見なかった日があったと思うぞ?」
そう言われてオレはフィリウスとの旅路を思い出す。
「……と言いますか、そういう日は結構ありましたよ。町につけば買い出しとかで分かれる事はあったし、宿だって一人一室の時も多かったし。」
「ではきっとそういう時だろうな。」
「?」
「十二騎士は出身もその時々で居る場所もバラバラだからな。下手をすると何年も顔を合わせないという事になってしまうのだ。だから年一回、それぞれの近況報告や世界の脅威について話すための会議が開かれる。加えて十二騎士の交代戦などもあるから何かと顔を合わせるのだ。そして、フィリウスはそれらを欠席したことが無い。」
「……つまり、オレが見てない間にそういうのに出てたって事ですか? え、でもどうやって移動を……」
「フィリウスに限らず十二騎士は世界中に散っているから、毎回が迎えに行くのだ。位置の魔法でな。」
「なるほど……」
「しかし、だ。」
セルヴィアさんは、リンゴが二個くらいはすっぽり入りそうな大きなポケットから手帳とペンを取り出す。
「それでも会うのは年に数える程。ずっと一緒に旅をしていた君の方が詳しいに決まっている。だから聞きに来た。さぁ、教えてくれタイショーくん。」
「……な、何をですか……」
十二騎士としての迫力がにじみ出る真剣な顔で、セルヴィアさんはこう言った。
「フィリウスの好物はなんだ?」
「……へ?」
「フィリウスの好きな食べ物だ。どんな料理が好きなんだ? 飲み物は何が好きだ? 果物ならなんだ? 嫌いな野菜とかはあるのか?」
「えぇっと……」
オレはセルヴィアさんの迫力に押され、フィリウスについて語る。
「基本的に肉が好きなんですけど、何かとトマトを食べたがりますね。トマトソースがかかっている肉料理とか、サイドメニューにトマトのサラダとか。」
「ほう! トマトが好きなのか!」
「飲み物は酒なら何でも。だけど貴族が飲むような高級品をちびちびするよりは、街の酒場に並ぶような安い酒をがぼがぼ飲みたいらしいです。」
「なるほどなるほど。」
「果物はリンゴですね。安売りされている時なんかは袋一杯に買ってきますよ。嫌いな野菜――と言うか嫌いな食べ物はないですね。」
「そうかそうか。」
「……なんでこんなことを? 十二騎士で夕食会でもやるんですか?」
「ははは。そんなイベントはないよ。しかし好きな食べ物くらい作ってあげたいではないか。妻ならば。」
「そうですか。妻――」
その時のオレに走った衝撃は、新しい事だらけの学院生活の全てを超える驚きだった。
「妻あああぁぁぁああぁっっ!?!?!?」
「つ、妻? え、フィリウスさんて結婚してたの? セルヴィアと?」
オレほどではないけど、ビックリしているエリルがそう聞くとセルヴィアさんは首を横に振った。
「いや、フィリウスは独身だよ。今言ったのは未来の話だ。」
「じゃ、じゃあ婚約してるってこと?」
「私としてはそのつもりだ。」
「こここ、婚約! あのフィリウスが婚約!! 酒場に入る度に女の人を口説いていたフィリウスに婚約者が!!!」
「いや、フィリウスに婚約者はいないはずだ。」
「えぇっ!? セルヴィアさんじゃ!?」
「言っただろう、私としては、だ。」
セルヴィアさんのケロッとした顔を前に、よくわからないオレはエリルとこそこそ話す。
「エリル! オレには何が何だか!」
「……つまりこういうことよ。セルヴィアはそういう予定だけどフィリウスさんはそうじゃない。」
「えぇ? どういうこと?」
「要するに……セルヴィアの片想いよ。」
「今のところはな。」
振り向くと顔を赤らめて恥ずかしそうにテーブルに「の」の字を描くセルヴィアさん。
「会う度に思いを告げているのだがな……あれやこれやとはぐらかされてしまう。想っている女性がいるのか、運命の出会いを待っているのか――しかしそんな事は関係ない! 私は必ずフィリウスを振り向かせる!」
ぐっとガッツポーズを決めるも、オレたちの視線を受けてこれまた恥ずかしそうにするセルヴィアさん。
「……フィリウスさんって女好きなんじゃなかった?」
「……そうだけど……あれはなんていうかちょっと違うんだよ。その時を楽しく過ごすために、でもってお互いにハッピーになるために口説いているっていうか……フィリウスはあんなんだけど誰かを不幸にしたり嫌な思いをさせたりはしない奴だ。」
「その通りだ。さすがわかっているな、タイショーくん。しかしフィリウスもそこそこの歳になったからな妻をめとって落ち着く頃合い……私が、その妻になるのだ。」
「……でもフィリウスとセルヴィアさんて結構歳が離れてませんか?」
「愛の前には如何なるモノも障害と成り得ないのだよ、タイショーくん。」
そう言われてしまうともう何も言えない。
だけどまぁ、全部を知ってるわけじゃないけどフィリウスに想い人がいるとかって話は聞かないし、セルヴィアさんなら十二騎士だし間違いは起きないだろう。オレも、恩人には幸せになってもらいたいところだ。
「わかりました。オレでよければ色々協力しますよ。」
「本当か! 現状、フィリウスと最も距離が近いのは君だからな! ありがたい! では次にフィリウスの好みのタイプをだな――」
その後、フィリウスが如何にいい男かを語るセルヴィアさんと知っている限りのフィリウスの情報を話すオレの会話をじっと聞いていたエリルがしびれを切らして叫ぶまでその会話は続いた。
セイリオス学院の女子寮。入口に最も近い部屋から出てきた、少し古臭い格好をした女――《ディセンバ》ことセルヴィア・キャストライトは満足気な顔をしていた。
「久しぶりだな、《ディセンバ》。」
ふと前を見ると寮の入口に一人の女が立っている。眼鏡をかけたその女はいかにも「女教師」という格好をしていた。
「こちらこそ。挨拶が遅れましたね、『雷槍』殿。」
「よせよせ。私はただの先生だ。」
「あなたが教師になってそろそろ四――五か月ですか? 騎士を指導するあなたの声が響かない王宮は少し寂しいですよ。」
「ったく……教師になってからこっち、軍の騎士を指導してる方が合ってるとかよく言われたが……生憎私はこっちの方が好きだし楽しい。騎士を目指すお姫様に、伝説の《オウガスト》の剣術を操る田舎者――毎日が面白い。」
「私としては、早いところ今の《フェブラリ》をあなたに倒してもらって、あなたと共に十二騎士として働きたいですがね。」
「おいおい、《フェブラリ》が泣くぞ。」
ただの知り合い以上の雰囲気で話す二人だったが、セルヴィアがふと声のトーンを落とした。
「学院長にはお伝えしましたからいずれ耳に入るでしょうが――こうして出会ったのですから、あなたにも伝えておきましょう。」
「ほう?」
「先日ここを襲った『セカンド・クロック』についてです。」
「あん? あれは……あいつ自身も雇い主も捕まって終わったんじゃないのか?」
「そう……だと良いのですが。」
「……詳しく聞こうか。」
「……『セカンド・クロック』は、あれで結構な大物です。今回捕まえることが出来てホッとしている国も多い。しかしそれに対してあれの雇い主は何でもない、ただの小悪党です。どうにも悪党の格が違い過ぎる。」
「また変ないぶかりだな。」
「それだけなら。しかし――これは機密として聞いて欲しいのですが、実は似たような事件が他の国でも起きているのです。息子であったり兄弟だったり遠縁の者だったり、血縁上の距離はまちまちなのですが、国を治める者の関係者がさらわれそうになる事件が。」
「まじか……」
「どれも未遂に終わっていますし、犯人たちにつながりはありません。しかしこれらが繋がっているとすると、私たちはある一つの事件を思い出してしまいます。」
「……複数の国が同時に壊滅、転覆、乗っ取られの危機を迎えたあれか。」
「それぞれの国で反乱を起こした者たちはそれぞれの理由や信念があり、つながりは無いように見えた。しかしその実、各国の反乱者たちのリーダーはそれぞれに、反乱を起こす前に共通の人物に出会っていた。」
「……国を亡ぼしてどうこうする気はないが、どうこうする気のある奴らを扇動して反乱を引き起こす……しかもそれを複数の国で同時にやったバカがいた。」
「……近く、十二騎士に緊急の招集がかかる予定です。議題は勿論――」
先ほどまでの満足気な顔を、今日一番の厳しい顔にしてセルヴィアは言う。
「アフューカスについて。」
騎士物語 第二話 ~悪者である為に~ 第二章 頂に立つ者
私の他の物語を読んで下さった方がいるとすれば、またもやこのパターンかと思うのではないでしょうか。
今までとはちょっと違う世界に足を踏み入れた主人公は、その世界に存在する敵の存在を知らされる。
ええ、この物語にもいるのです。敵が。
ただちょっと、この物語の敵は一番悪者悪者した人にしようかと思っていますが。