騎士物語 第二話 ~悪者である為に~ 第一章 黒くて明るい商人

第二話の始まりです。
大抵、私は二つ目のお話からその物語の敵役を登場させますが、今回もズバリです。題名からしてそうですしね。

今回は学院の外から色んな人がやってきます。第一章、まずは一人目です。

追記:この物語、「小説家になろう!」さんにも投稿しております。(重複投稿というモノだそうで)

第一章 黒くて明るい商人

 第一章 黒くて明るい商人

 プ……プロ……プル……
 名前を忘れたけど、時間使いの男との戦いから二週間が経った。オレの身体は完治し、今では普通に学生をやっている。
 月は七月で季節は夏。どこのどんな学校の生徒でも等しく楽しみな夏休みが近づく中、それと同時にやってくる試験という奴に大抵の生徒は追われていた。
 オレは何も知らない生徒なわけで、みんながやってきた数か月の勉強を一か月足らずで頭に叩き込む必要があった。騎士の学校なんだから、もちろんメインは実技なんだけど、それでも頭がアッパラパーじゃカッコ悪いだろーがと、先生は言う。
 なのでオレは、ベッドから抜け出た後はエリルとローゼルさんにみっちりと勉強を教わっていた。エリルの成績は言ってしまえば普通なそれなんだけど、魔法に関する科目だけはダントツの成績で、ローゼルさんはどの科目も平均を超え、平均を底上げしてしまう迷惑な成績だ。
 別に勉強は好きじゃないが、二人が先生になって教えてくれるとあっては頑張らないといけない。それに、今のオレには頑張る理由がある。ちゃんと勉強して、立派な騎士になる。守りたい人を守れるように。先生じゃないけど、守る相手に恥をかかせない為にもだ。


「んー……」
「んぐ……」
 昨日も夜まで勉強を教わり、そして日課となった朝の鍛錬を終え、学食で朝飯を食べ終えたオレとエリルは並んで鏡の前にいた。
 口の中に歯ブラシを突っ込みながら。
「ふぅ、スッキリした。何か挟まっていたのがとれたよ。」
「……朝から骨付き肉なんかにかじりつくからよ。」
 洗面所から出たオレとエリルはそれぞれのスペースに行き、それぞれの鞄に今日使う教科書とかを入れる。
 ローゼルさんがひいてくれたカーテンは、前にエリルが言ったように着替える時とか寝る時以外は開いている。
 一人の時間ってのは時として大切だって事はわかるけど、部屋にいつも誰かがいるっていうのは単純に嬉しいとオレは思う。寮での生活、二人一部屋ってのはいいもんだ。
「な、なによじろじろ見て……」
「いやぁ……なんか家族みたいで嬉しいなぁって。」
「か! 家族!?」
「一緒の部屋で暮らして、何するにも一緒――あ、お風呂とかは別としてな? 考えてみればフィリウスともそういう生活をしていたんだけどさ。こう、実際に一つの部屋でそれをやると……やっぱり嬉しいというかなんというか――エリル? まだ武器を装着するには早いんじゃないか?」
「なんであんたはそうなのよっ!」
 三日に一回くらいで、この部屋には炎が舞う。



 ロイドの真っ直ぐな――真っ直ぐ過ぎて恥ずかしい言動にはまだ慣れない。しかも、ロイドはあたしを大切な人だって――ち、違うわよ! 友達って意味よ! あのバカ的にはそういう意味合い……なのよ!
 ま、まぁ、ロイドのバカみたいなところは置いといて、実際、ロイドといると楽しいし充実する。
 しゃべるのが楽しい。
 一緒にご飯を食べるのが楽しい。
 体術を教えてもらう時も楽しい。
 あたしもあいつに色々教えるけど、あいつもあたしに色々教えてくれる。互いに高め合う……戦友とか同士とか……そんなモノなんじゃないかしら?
 そういえば最近、言動は真っ直ぐでバカだけど、頭の方はバカじゃないって事がわかった。
 ロイドには今、ローゼルと一緒に入学してから今までの勉強を教えてる。確かにロイドはなんにも知らないんだけど、それはただ知らないだけで、教えたらちゃんとモノにできる奴だった。
 ま、剣を回すなんてことを、いくら恩人から教わったモノでそれしかやる事がなかったからって言っても、それを七年間も続けてきた奴だから基本的に真面目なのは当たり前よね。

「学食でも言ったが、おはようエリルくん、ロイドくん。」
 教室。別に誰がどこに座るってのは決まってないんだけど、なんとなく全員に定位置があって、あたしとロイドは一番上の端っこ。ローゼルは一番前の席。
「わたしもこの辺に座りたいんだがな……クラス代表は何かと、教卓に近い方が都合良くてな。」
「? なんでこの辺に座りたいんだ?」
「先生からは離れたところに座りたい。これは誰でも思う事だろう?」
 授業が始まる前、授業と授業の合間の時間、朝昼晩の三食、大抵の時間を最近はあたしとロイドとローゼルの三人で過ごしてる。
 ローゼルの部屋の同居人もいい加減元気にならないとテストがまずいと思うんだけど、相変わらず具合が悪いみたい。何か重い病気なのか、でもそれならどうして病院に行かないのか……色々考えるけど、あんまり立ち入るのもアレな話だと思うからあたしは何も言わなかった。
「ほれほれ、今日も始めんぞ。」
 服装はビシッと決まってるのにだるそうな顔の先生が入って来る。あのあんな先生が実は根っからの教師って事をこの間知ったけど……あれは夢か何かだったんじゃないかって思えてきたわ。
「今日はお前らに嬉しいお知らせが二つある。」
 先生は、本人も少し嬉しそうにそう言った。
「そこそこの嬉しい話とかなり嬉しい話、どっちから聞きたい? サードニクス。」
「え、オレですか?」
 プロゴって男の襲撃があってから、先生は妙にロイドにからむようになった。最強って言われる《オウガスト》の剣術を使う生徒……それが相当嬉しいみたい。
「じゃあ、そこそこから。」
「明日、商人が学院に来る。」
「……え? それが嬉しいこ――」
「「「うおおおおっ!!」」」
 ロイドがぽかんとするのをよそに、クラスの……男の子たちがほえた。
「え、あれ? オレも叫ばなきゃダメ?」
 って、ロイドがあたしを見る。
「叫ばなくていいわよ。前に言ったでしょ……学院に来る商人は可愛い女の子だから男の子に人気あるって。」
「えぇ? あれってこんなになる程だったのか? すごいな……」
 ……やっぱりロイドも気になるのかしら……
「いつも通り、掲示板に商品のリスト貼っとくから興味ある奴は見ておけ。んじゃ次はかなり嬉しい方だが……」
 嬉しそうではあるんだけど、なんか急に真剣な顔になる先生。
「お前らも知っての通り、ざっと二週間前、この学院は襲撃を受けた。」
 それまでほえてた男の子たちはそれをやめて先生の方を見た。

 実際、あの襲撃は学院に衝撃――みたいなモノを与えた。この学院には学院長がいて、無数の罠がしかけられているし騎士もいる。騎士の学校っていうのはイメロを保管してたりするから悪い連中に狙われることがそこそこあるけど、セイリオス学院は大丈夫。そう思ってた大半の生徒がショックを受けた。

「学院中の時間を止めるなんていう大魔法を使ってくるなんてのは正直予想外だった。しかも単独でな……結果、この学院のセキュリティには……前々からわかってはいたんだが、第十二系統の時間に対する防御が薄いことが明白となった。」

 学院長は偉大な魔法使い。元騎士なんだけど、魔法の腕の方が有名過ぎて大抵魔法使いって呼ばれるし、魔法使いと言えば学院長ってくらいにすごい人。得意な系統が何なのかわからなくなるくらいに十二系統の内の十一個を極めてる。
 だけど……そう、どうしても十二個にはならない。第十二系統の時間は、それを得意とする者でないと使えないからだ。

「学院長が学院長になってから数十年経つが、その間侵入に成功した悪党はゼロ。それがいつの間にか慢心になっていたようだと、学院長自身が仰っていた。だから今回の事を受けて、学院長は第十二系統の使い手に頼んで時間に対する防御魔法をこの学院にかけてもらう事にした。」
「時間の使い手……それも学院長が頼むような人物となると、相当な方ではないですか?」
 ローゼルが優等生モードで先生に聞くと、そこでまた、先生は嬉しそうな顔になった。
「相当どころじゃない。一番の方が来るんだ。目的を考えると不謹慎だが、私にとってもお前らにとっても嬉しい事だ。」
 もったいぶりながら、先生はニヤリと笑ってこう言った。

「近々、《ディセンバ》が学院に来る事になった。」

 クラス中がざわついた。今度は女の子も含めて――もちろんあたしも。だけどあたしの隣に座ってる奴は反応がちょっと遅かった。
「えぇっと……《ディセンバ》は……十二騎士の呼び名の一つで……あ、そうだ。第十二系統の頂点に与えられる名前――え、十二騎士が来るのか!」
 ワンテンポ遅れてビックリするロイドを呆れて見てると、同じくそんなロイドに「やれやれ」って顔をした先生が続きを話す。
「《ディセンバ》はこの国出身の十二騎士だから大抵この国の王宮にいる。だから実のところすぐそこにいるんだが……それでも、十二騎士を呼べる学院長に改めて驚いておけ。」

「え? ていうかお姫様がいるからなんじゃ?」

 クラスの誰かがそう言うと、全員の目があたしを向いた。正直気持ちのいいモノじゃないんだけど、でもたぶん……あたしがいるからだ。
 そもそも、プロゴって男の狙いはあたしだったわけだし……
「いや、どうも違うみたいだ。」
「え?」
 先生がケロッとした顔でそう言うから、あたしはそう言った。
「聞いた話なんだが……確かに、学院長が上に掛け合った時、上の連中はクォーツ家の人間もいる事だからそこは確実にしたいなって感じの話をしたらしい。だが当の本人は別にそうでなくても頼まれれば魔法はかけるし、元々学院を訪ねる予定だったと言ったそうだ。クォーツではない、誰かに会いに行くとかなんとか。」
 そう話す先生は、チラリとロイドを見ていた。実は《オウガスト》だったフィリウス……さんに剣を教わったロイドなら、実は《ディセンバ》とも知り合いでしたって言われても納得できてしまう。
「まーとにかくだ。この学院には何人か時間使いもいるし、そもそもにして十二騎士ともなればまさに達人だ。模擬戦までやってくれるかはわからないが、参考になる事は多いはずだ。全員、そのつもりでな。」


 その日のお昼。すぐに行くから先に行っててと言ってふらっとどこかへ行ったロイドを、あたしとローゼルは席をとって待ってた。
「テスト前だというのに、イベント事が立て続けだな。」
「そうね……ま、片方はどうでもいいけど。」
「大抵妙な品揃えだからな。しかしそれでも売れていくのだから不思議だ。男子相手なら色仕掛けだとか言えるが、女子も買っていくからな。」
「……ねぇローゼル、あんた、さっきの《ディセンバ》の話どう思った?」
「……ロイドくんに会いに来るのでは……という事か? あり得ない話ではないから何とも言えないな。それに、七年も十二騎士と共に旅をしていたのだ……あれでロイドくん、実は有名な方々に顔が広いかもしれない。」
「……」
「なんだ? ロイドくんがとられてしまいそうで嫌か?」
「ば! バカじゃないの!」
 悪い顔でシシシと笑うローゼル。
「しかし真面目な話、そうだとしたらロイドくんの傍にいると得られるモノが随分多いという事になるな。十二騎士直伝の体術に加えて人脈までとなると、そろそろ頭が上がらない。」
 時々だけど、ローゼルも朝の鍛錬――ロイドの体術授業に参加してる。そのせいなのか、あたしもローゼルも、前より身体の動きが良くなったと授業で褒められたりした。
「……あいつはそういうの気にしないでしょうけどね。」
「……気にしないと言えば、ロイドくんは学院における自分の現状を理解しているのだろうか?」
「きっと気づいてないわよ……」

 本人は相変わらずなんだけど、プロゴの襲撃の前後でロイドに対する周りの目は変わった。
 先生の口から言われたわけじゃないけど、プロゴの狙いがあたしだったって事は学院の全員が知ってる。そして、時間が動き出したあの時に窓から庭を見ていた生徒たちから噂は広まった。

 お姫様を狙ってやって来た賊を、田舎者が追い払ったと。

 一体どうやって調べ上げたのか知らないけど、プロゴが全世界指名手配のA級犯罪者って事まで広まってた。
 というか、あいつがそこまでの奴だったって事をあたしたちもその噂で知った。先生に確認したら苦笑いしながらも頷いたから、これは事実。
 犯罪者や危険な魔法生物にはその強さや危険度からランクがふられる。Sが一番でそのあとA、B、Cと続く。A級の犯罪者ともなれば騎士で言えば上級騎士――セラームレベル。それを撃退したんだから、噂にもなる。
 それに加えて、六月っていう中途半端な時期に入学してきたって事や……あ、あたしとよく一緒にいたり、一年生の間じゃ有名な『水氷の女神』とも仲がいい。
 そんなこんなで、ロイドっていう田舎者の雰囲気丸出しの男の子は、実はすごい奴なんじゃないかって感じに噂が広がってる。
「秘密というわけでもないから、エリルくんとロイドくんが同じ部屋というのもそろそろ知れ渡るだろう。そうなるとさらに拍車がかかる。ロイドくんが心配だ。」
「何が心配なのよ。あいつはそういうのも気にしないわよ……」
「いや、わたしが気にしているのはロイドくんが他のお…………何でもない……」
「?」
「……君は余裕そうだな。だが油断していると足元をすくわれるぞ……」
「何の話よ……」
「何の話だ?」
 ふと横を見ると、ロイドがお盆を持って立ってた。
「なんかオレの名前が聞こえたけど……」
「い、いや、何でもないよ。どこに行ってたんだろうとな。」
「んー、ちょっと……」
 そう言ってロイドは――ローゼルの横に座った。
「……ロイドくん。」
「うん?」
「理由があればだが……今、席はエリルくんの左側とわたしの右側の二択だった。それでわたしのと、隣を選んだのは何故かな?」
 少し顔を赤くしながらそう聞くローゼルに何故かムッとすると同時に、あたしもそれが無性に気になった。
「? エリルの左に座るとオレの右手がエリルの髪に触れそうだからな。女の子の髪には許してもらえた時しか触らない方がいいってフィリウスが言ってたから……あれ、間違いだったか?」
 確かに、あたしは髪を後ろに伸ばしてて、一部をサイドテールにしてる。そしてそれは頭の左側にしてるから、あたしの左に座ると右利きのロイドの手はあたしの髪に――触れる。
「べ、別に触られても何とも思わない――わよ……」
「そっか。」
「そ、そうだぞ。わたしも気にしないからな。」
「そ、そっか。」
「で、あんたは何してたのよ。」
「うん……明日の商品のリストを見てた。」
 そう言ってロイドはノートの切れ端を見せてきた。
「あんた……掲示板に貼ってあったリスト、書き写してきたの?」
「ああ……正直、名前を見ても何のことかわかんないのが多かったから、あとで二人に教えてもらおうと……」
「ロイドくんは変にマメだな。」
「そうかな……」
 ロイドに見せてもらった、明日商人が持ってくる商品のリストを見るあたしとローゼルは、二人そろってやっぱり妙なラインナップな事にため息をついたんだけど――
「あ、でも一つだけわかったのがあった。これはオレも買おうかなって思ってる。」
「はぁ? どれよ。」
「これ。クリオス草。」
「クリオス草を買うのか? 余生を楽しむ老人が飲む健康茶の茶葉だぞ?」
「……あたしの紅茶じゃ満足できないってわけ……?」
 ちょっとドキドキしながらそう聞くと、ロイドはわけがわからないって顔をした。
「お茶? 何の話だ? それにエリルの紅茶は好きだぞ?」
 話がかみ合ってないのを互いに感じて、あたしはコホンと咳払いをする。
「クリオス草はお茶の葉の一つで、身体に良い成分が多いから健康にいいお茶として有名で……主に高齢者に人気のお茶……って、あたしとローゼルは思ってるんだけど。」
「オレは……クリオス草と言えば薬草の一種で、主に身体の中の悪い所に効果があって二日酔いとかに効くんだけど、使い方を工夫すれば切り傷とかにも効くから……一種の万能薬みたいなモノで旅人には必需品……って、思っている。」
「万能薬?」
 ローゼルが反応する。
「ああ。オレは今までそれぐらいの効果しか知らなかったんだけど、魔法を使った時の……あの疲労には効かないのかなと思って保健室の先生に聞いてみたら魔法による傷とか、魔力の暴走で受けた身体の中のダメージを治す効果もあるらしくて……そうなると本当に万能薬だから、買っといて損はないかなって……」
「それは本当か、ロイドくん!」
 ローゼルがロイドにせま――顔が近いわよ!
「う、うん。大きな街じゃ医者がいるからあんまり知られてないけど、さっき言ったみたいに旅をする人には必須な薬草で……良く知ってたねって感心されたよ……ローゼルさん、ち、近い……」
「あ――す、すまない……」
 顔を赤くしながらも、かなり真剣な顔でロイドが持ってきたリストを睨みつけるローゼル。
「……わたしも……買っておくかな。」
「い、いいと思うよ……言ってくれれば薬の形にしてあげるって保健室の先生も言っていたし。」
「そうか!」
 何故か嬉しそうなローゼル。
 今のローゼルが薬を必要とする……ローゼル自身に持病とかがあるって可能性を除けば、考えられるのはローゼルの同居人……もしかして、魔法による何かを受けちゃったのかしら……



 商人。何かを売る事でお金を得ている人たちの事。大きく分けると二種類あって、一つは首都とかの大きな街で店を構えるタイプ。もう一つは大きな街も含めてあっちこっちを転々として、馬車で旅をしながら商売するタイプ。
 オレとフィリウスには、あっち側からすればオレたちがお得意さんって事になるくらいによく会う商人がいた。別にオレたちと同じ方向に進んでいるわけじゃないのに、ある時は道の反対側から、ある時は曲がり角から、ある時は小さな村や町で、オレたちはその商人に出会った。
 その商人は女の子だった。何の会話の中だったか忘れたけど、オレと同じ年だという事がわかっている。そしてそれ以外は何も知らない。実のところ、顔も見た事がないのだ。
 その女の子はいつもフードを被ってマフラーを巻いていて、さらに長袖長ズボンの上に手袋までしているから目しか見えない。
 女の一人旅、しかも商人とあれば狙って来る賊も多い。だから少なくとも、パッと見は女に見えないようにしているのだと、その女の子は言っていた。それでも襲われたらどうするのだろうと心配に思ったりもしたんだけど、フィリウスが言うに、あの女の子は相当強いのだとか。
 立ち振る舞いが素人じゃないとかなんとか……
 そうだ、そうだった。フィリウスがそう言ったから、あの商人の場合は大丈夫なんだと思ったんだった。


「ふむ……これはまた、面白い剣じゃな。」
 その日の放課後。オレはエリルとローゼルさんとわかれて一人、校長先生――学院長の部屋に来ていた。オレがここに来て最初に入った部屋なんだけど、そうとわかるとこの部屋がより一層居づらいというか、敷居が高く感じる。
 今日は金髪のにーちゃんがいないから部屋にはオレと髭のじーさん――学院長だけ。オレは、フィリウスがくれた剣を見てもらいに来たのだった。
「最初見た時は気が付かなかったが、こうして手に取るとわかる。この剣が魔力を発している事をの。じゃがそれとて微弱なモノ……アドニス先生ならばともかく、やはりクォーツくんも相当なセンスの持ち主じゃな。」
 アドニス先生というのはつまりオレたちの先生の事だ。本当ならオレもそう呼びたいんだけど、なんでか先生は「先生」と呼べと言う。
「それで……結局この剣はなんなんですかね? マジックアイテムとかいうのとは違うんですよね?」
「うむ。似てはいるが根本的に異なるものじゃな。」
 学院長は剣を机の上に置いて、まるで授業をする先生のように(いや、たぶん元々そうだったんだろうけど)やんわり微笑んでオレを見る。
「マジックアイテムとは、言うなれば普通の物をマジックアイテムにする魔法をかけたモノの事じゃ。じゃがこの剣はそうではない。単純に魔法がかかっているだけじゃ。」
「魔法がかかってる?」
「二つの魔法がの。」
「え、二つもですか。」
「逆に、二つかかっているからこそまるでマジックアイテムのようになっているというべきじゃな。」
「はぁ……」
「一つは、ロイドくんも理解している通り、剣そのものに修復の力を、持ち主に外傷に対する治癒力を与えている魔法。そしてもう一つは、その魔法の効果を延長する魔法じゃ。」
「?」
 オレは、最近じゃ少なくなってきたチンプンカンプン感を感じていた。
「ロイドくん。魔法の原動力とは何かな?」
「……マナですか?」
「満点ではないな。正解は、魔力。我々がマナを取り込んで体内でそれを変換した形――魔力こそが魔法の原動力じゃ。決して、マナではない。」
「??」
「よいかな? 仮に一つの魔法をずっと発動させておきたいとする。ロイドくんで言えば――一つの風の渦をずっとそこに出現させておきたいというように。もしも魔法の原動力がマナだというのならば、その魔法に周囲のマナを吸収させるような魔法陣を組み込めば、その魔法は発動し続けるであろう。じゃが実際はマナではなく魔力……そう、どうしても人の手によるマナの魔力への変換が必要なのじゃ。故に、魔法を持続させるには誰かが魔力を供給し続けなければならない。」
「えっと……そうですね。」
「実を言うと、マナを魔力へ変換する魔法陣というのは存在しており、それを組み込めば魔法を持続させる事は可能じゃ。」
「え、あるんですか……」
「あるにはあるが……人間が行っている事を魔法陣というただの式で行おうというのじゃ……その魔法陣は相当な規模になる。巨大な魔法陣を描いたり、きちんとしたシンボルを設置したりなどの。じゃから大抵、魔法で結界を張る時くらいしか使われん。」
「結界?」
「儂がこの学院に仕込んだ、侵入者を撃退する罠などじゃな。この学院は必要なモノが必要な場所に設置されており、巨大な魔法陣となっているのじゃよ。故に、儂が仕掛けた結界は発動し続けておる。」
「な、なるほど……でももし、それを……例えばそういう剣とかでやろうとすると――」
「剣よりも大きな魔法陣を背負って剣を使う事になる。本末転倒じゃろう?」
「……その、魔法ってすごい達人が使えば長持ちさせる事はできるんですよね? 確か授業で、同じ魔法でも使う魔力の量で色々変わるって……」
「その通りじゃ。じゃが限界はある。魔力というのは元々がマナである事から空気中のマナに中和されてしまう性質があっての、どれだけ大量の魔力を使おうとも、二~三日でそれらの魔力は空気に溶けてしまうのじゃ。」
「イメロが生むマナと同じですね。」
「おお、よく気が付いたの。そう、それと同じじゃ。」
「……えっと学院長、今の話だとその剣が謎って事に……」
「まぁ待て。ここからが本題じゃ。確かに魔法を維持するのは二~三日が限界じゃ。じゃが……ある系統の組み合わせに限って、その時間を数年にも引き延ばせるのじゃよ。」
「えぇ?」
「第一系統の強化と第十二系統の時間がそれじゃ。強化の魔法が比較的簡単という事は知っておるかな?」
「はい……」
「あれはの、強化の魔法が一番燃費の良い魔法じゃからじゃ。つまり、効果を得る為に必要とする魔力が少なくて済むのじゃな。そこに他の系統とは異なる点の多い時間魔法の特殊性……この両極端な組み合わせが、魔法の常識を打ち破ってしまうのだろう――というのが多くの学者の見解じゃ。」
「なんかざっくりした見解ですね……」
「まだまだ研究が続いている段階での……正直、よくわからないというのが現状なんじゃよ。」
 学院長はほっほっほと笑い(実際はそんな笑い方じゃないんだけど、そう表現するのがしっくりくる)剣を鞘に収める。
「じゃがまぁ、原理はこの際問題ではない。結局、この剣には強化の魔法がかけられ、その持続時間を延長する魔法がかけられているという点が重要なのじゃ。そう、決して永久的な効果ではないという点が話すべき点じゃな。」
「……いつかはその魔法が切れて――普通の剣になるって事ですか……」
「そうじゃ。儂は第十二系統は使えんからあとどれくらいで効果が切れるといった事はわからん。じゃがいつかは切れる。明日かもしれんし十年後かもしれん。この剣をくれたという《オウガスト》に聞かぬと真相はわからんのじゃ。ただ――」
「ただ?」
「そうであるのだから、プロゴの時のような無茶は今後せぬようにな。要するに、この剣の力を知った今でも――いや今だからこそ、剣の効果をあてにしてはいかんという話じゃ。」


 知らない間に、オレはフィリウスから色んなモノをもらっていた。それの使い方を知らない内に、だけどちゃっかり役立つモノを。
 オレを拾ったフィリウスは拾った理由を何となくと言った。たぶん、拾った時点ではそうだったんだろう。じゃあ一体いつから……フィリウスはオレをこう育てようって決めたんだろうか。
 何かを回す事を日課にするように言われたのはいつだったか。
 剣をもらったのはいつだったか。
 身体の動かし方――体術を教わるようになったのはいつからだったか。
 フィリウスと過ごした時間を思い出しながら、鞘に収まったままの剣を何となく回しながら、オレはぼんやりと歩いていた。

「きゃ!」

 そしてオレは誰かにぶつかった。
 完全にぼけっとしていたオレは誰かにぶつかったその廊下の曲がり角でしりもちをつく。そしてそれは相手も同じで、二人そろって床に転がった。
「あ、す、すいません! ぼーっとしてて――」
 謝りながらその人に手を伸ばした時、オレはその人の顔を見た。同時に、オレの頭に違和感が走った。
 人の顔ってこういう形だっただろうか。
 目の場所ってああだっただろうか。
 口は真ん中じゃなかったか。
 根本的におかしいわけじゃないんだけど、何か違う。どこかずれている。オレは、その人の顔を見てそんな事を思った。
「!! み、みないで……!」
 オレの視線に気づき、フードを深くかぶって顔を隠すその人。その声で、オレはその人が女の子だという事に気づいた。
 というのも、その女の子は制服ではなく、なんというか、普通の服――私服だった。
 微妙にサイズが合ってないのか、ぶかぶかの上下で指先まで隠れた服を着て、フードで顔を隠している。雰囲気的には大人しそうな印象なんだけど、その髪は黄色――金髪で、その眼も深い金色という少し「大人しい」という言葉からは遠い容姿の女の子だった。
 そこまで見て、オレはその女の子が震えている事に気が付いた。寒いからとかそういうのではなく、たぶん、オレに顔を見られた事で怯えているんだ。

 フィリウスと一緒にあっちこっちに行った時、そこそこの頻度で、オレは――こういう言い方はいけないと思うけど……普通とは違う姿の人に出会った。
 街から遠く離れていたりすると医者の一人もいない村なんかもあって、そこで大けがをするとそのままになってしまって、結果……腕や脚を無くしたり、身体に酷い傷跡が残ったりする。
 そういう人たちには、どうしてもいつもと違う視線を送ってしまい、それを敏感に感じてみんなは暗い顔をする。
 だけどどうした事か、フィリウスはそうじゃなかった。
 気づいてはいるんだけど特にそれを話題にしなくて、だけどだからと言って気遣うような素振りもない。
 そう……だからどうしたと言わんばかりに接するのだ。
 オレは、そうやって村のみんなと仲良くなって、別れ際に手を振られるフィリウスをかっこいいと思っていた。
 そう……そうだとも。
 エリルだってオレとは違う髪の色をしているじゃないか。オレはその事を変と思った事は無い。きっと、そういう事なんだ。
 オレは、フィリウスのようになろうと挑戦した。

「えっと……」
 震える女の子は、オレが言葉を発するとビクッとした。
「き、気にしないで――とは言わない、です。それはそれを深刻に考えている……と思うあなたに失礼だと、思うから。だけど……そう、少なくともオレは、オレは気にしない――いや、それは多少何か思うところはありますけど……それはたぶん……オレが男だけどあなたは女の子なんだなって事くらいというか……」
 何を言っているのかわからなくなってきたオレだが、そういえば何よりもまずやるべき事があることに気づく。
「……それは、オレがあなたから目をそらす理由にはならないんです。加えて、オレはあなたに謝らないといけないんです。鞘に入っているとは言え、剣をクルクル回しながらぼんやりと歩いていたオレは、下手すればあなたにケガをさせていた。だから……オレに謝らせて下さい。人に謝る時は相手の目を見て行うのだと、オレは恩人から教わりました。だからどうか、あなたの顔を、目を見て謝らせて下さい。」
 謝らせろとお願いする日が来るとは思っていなかったけど……オレは女の子の顔の事を考えるよりも謝るべきなんだ。
「…………」
 震える女の子は、少しフードをあげて……顔はちょっとしか見えないんだけどその目をオレに向けてくれた。
「ありがとう。そして――ごめんなさい! 危うくケガをさせるところでした!」
 廊下に座り込んだ状態からの謝罪のポーズだったから、土下座みたいになってしまった。
「えっと……あの、ゆ、ゆるします……」
 オレの土下座に困惑しているのか、オドオドしながらだったけどオレはその女の子に許してもらう事ができた。
「ありがとう。」
 金色の目をオレに向けている女の子を改めて見て、オレはふと思い出した事をしゃべる。
「――全然関係ないですけど……オレ、ここに来る前はあっちこっちを旅していたんですよ。」
「……」
「山奥の村とか、洞窟の中に住んでいる人たちとか色々な人に会ったんですけど……ある時気づいたんです。その村、その集落ごとに違う文化とか習慣があるのに、共通している事があるなぁって。」
「……」
「不吉なモノとか幸運のお守りとかがそれなんですけどね? その、たくさんの村で言われていたんですよ。黄色は幸せを意味するって。」
「!」
「えっと、あなたの髪とか目とか……んまぁ黄色って言うとあれですけど金色ですし……うん、ここは黄色と言っていいでしょう。だから、あなたは幸運を象徴しているんですよ。きっと今日、それか明日とかに、オレにはいいことが起こるんだと思います。だからもう一度――」
 フードを抑えている方とは逆の手を握り、オレは元気づける意味でも笑いながら言う。
「ありがとう。」
「――!!」
 唯一見えているその金色の目をいっぱいに見開いた後、その女の子はバッと立ち上がって走り出した。
「……なんかキザ過ぎたかな……フィリウスみたいにうまいこと言葉が出てこないなぁ……」
 オレは建物の外に出て、走り去った女の子と同じ色をしたお日様を眺めながらため息をついた。



 商人はお昼に来て放課後までいる。欲しいモノがある生徒はお昼にダッシュするし、そうでもない生徒は放課後に覗きに行く。
 ……ま、ダッシュするのは男の子で、覗きに行くのは女の子って感じかしら。
 街でお店を出してる場合はともかく、馬車でゴトゴトやってくる商人には学院からもらったカードが使えない事が多い――っていうかほとんどね。
 だけどさすが、定期的に来るその商人にはカードが使えるから、買い物がしやすいってのも人が集まる理由かもしれないわ。

 朝。寮の庭で鍛錬前の準備運動をしてたら、今日は参加するらしいローゼルがあたしと同じジャージ姿で呟いた。
「やはり、お昼に行った方がよいだろうな……」
「えぇ? でもみんなにとってはクリオス草ってお茶の葉っぱなんだろ? そんな人気商品じゃないような気がするけど。」
 この前の買い物の時に買った深緑のジャージを着たロイドが剣を回しながらローゼルの呟きに反応した。
「だが……もう一つの使い方を知っていると、ロイドくんのように「今必要というわけではないけど買っておこうかな」という考えに行き着く品物だ。この学院の授業に薬学は無いが、騎士になるため独自に勉強している者は多い。使い道を知っているのがわたしたちだけという事はないだろう。」
「なるほど……念には念をってやつだな。――ってことだけど、エリルはどうする?」
「なにがよ。」
「オレとローゼルさんはお昼にその商人のとこに行くけど……興味ないならエリルは先にお昼食べててもいいぞ?」
「あ、あたしも行くわよ。」
「? 欲しいモノがあるのか?」
「の、覗きに行くだけよ。あんたたちが行くって言うなら……そ、そのついでに覗こうと思ってるだけよ! だからその変な顔やめなさいよローゼル!」
「いやいや……エリルくんは意外と寂しがり屋なのだなぁと。」
「あんた!」
 あたしはソールレットから炎を吹き出してローゼルに飛びかかった。
「ふふ、では今日はエリルくんとの戦闘訓練からだな。」
 トリアイナに氷をまとい、あたしのキックをヒョイとかわして距離をとるローゼル。
 氷と水でできた刃を伸ばしてくるローゼルはかなり離れたところから攻めてくる。近距離で戦うあたしにとってはどうやって近づくかって事が課題で、それを何とかできそうなのが――
「はっ!」
 あたしの左腕から放たれるのは炎をまとったガントレット。このロイドのアイデアの技は意外と対処に困る技だって事が最近わかった。
 一番厄介なのはガントレットが重たいって事。遠距離武器の矢とか銃弾は遠くから飛んでくる上に速いけど、小さくて軽い。小さいって事は攻撃の――面積が小さいって事だから、避ける為に動かなきゃいけない距離はそんなにないし、軽いから弾けるし盾とかで防げる。
 だけどあたしのガントレットはつまり大砲みたいなモノだから、結構大きく避けないと当たっちゃう上に、重たいから弾けないし盾とかで正面で受け止めてもとんでもない衝撃を受けちゃう。
 そんな特徴のある攻撃だから、最近ローゼルは受け流すようになった。
「来たな!」
 ローゼルの氷の刃が反った壁みたいな形になる。それにぶつかったあたしのガントレットは、その反りに従って明後日の方向に受け流された。
「まだよ!」
 変な方向に飛んでったガントレットに視線を送る。ガントレットの中で爆発を起こし、軌道を修正、あたしの左腕のガントレットは再びローゼルに迫る。同時に、あたし自身ローゼルに向かって飛び出した。
 今はまだガントレット一つをコントロールするのが精一杯だし、かなり集中しないとできないから疲れて来るとちゃんと操れなくなる。だけどこの先、ソールレットも含めてあたしの四つの武器を自在に操れるようになったら相手に近づく方法とか攻撃のバリエーション、相手の攻撃の防御の仕方も増える。
「――威力の高い爆発攻撃が多方向から迫る――相手がエリルくんでなければ止められるのだがな!」
 ガントレットの方に反った氷の壁を出すと同時に、ローゼルもトリアイナを手にあたしに向かって来る。
 ローゼルの武器は自在にそのリーチを変えられるから常に相手と距離を取ってる方が有利――と思ってたんだけど、あたしの手が届くような近距離――目の前で刃の形が変わるとかなり厄介だって事が判明した。

「ローゼルさんの武器はコロコロ形が変わるし、グイグイ伸びるから遠くから攻撃できるんだけど、それでも銃とか矢とかに比べたら遅いでしょう? それよりはその――トリアイナって武器の本来の間合いの中でコロコロ変わられる方が近い分反応できなくて大変なんじゃないかな。」

 それは本当にその通りで、目の前に迫る氷の刃を避けたと思ったらいつの間にか刃が変な方向に伸びてて全然避けれてなかったり、弾こうと思って氷の刃にパンチしたらいきなり水になって空振りしたりする。
 離れたところから武器を伸ばして攻撃してくるローゼルに対して、きっと相手はそれをかいくぐって近づく事が勝つ方法だと思う。だけど近づいたらもっとピンチになる。
 遠距離武器を使う相手に対しては氷の壁を上手に使って受け流したりしながらゆっくり近づいて行く。
 ロイドのアドバイスを受けてローゼルが最近試している戦法はそんな感じだ。

「しかし、ロイドくんのアドバイスはどれも――なんというか派手さの無い、その分現実的で相手にすると嫌らしい戦法だな。」
「い、いやらしいとか言わないで欲しいな……」
 あたしとローゼルが部屋の窓際に座って休憩している前で、ロイドは自分の周りで剣をクルクル回してた。
 ロイドが練習してるのはプロゴとの戦いでやり、先生が教えてくれたかつての《オウガスト》の戦法――剣を風で回転させながら自分の周囲に展開、それを相手に飛ばすっていうモノだ。あの時は本人も――あ、あたしのたたた、為に必死で、魔法の負担も考えないでやったからあれだけたくさんのガラスを飛ばせたけど、安定してできる数は、今は五つ……って言ってるわ。
 ロイドの剣の二本にプラスして適当に拾って来た木の棒を自分の周りで回すロイドは、それをまるで片手間にやってるみたいに、本人は平気な顔で腕組みしながらあたしたちの会話に入って来る。
「は、派手なのも提案したじゃないか……」
「そうだな。エリルくんの、全力全開で爆発させた炎で放つガントレットの威力はとんでもないモノだ。そしてわたしの――相手の周囲に漂っている空気中の水分を一瞬で凍らせ、相手の動きを止める技もかなり派手で見ていて楽しい技だが……基本戦術はやはり嫌らしいよ。さすが、十二騎士が教えた戦い方というか……達人好みというか玄人的というか。」
 あたしは常に武器から炎を出してるから効かないんだけど、ローゼルの言った相手の周囲を凍らせる技は結構すごい。試しにロイドにやってみたらローゼルに向かって走ってたロイドがすっころんだ。
 まぁ……周囲の水分って言ってもそんなにたくさんあるわけじゃないから身体中をカチンコチンってわけにはいかないんだけど、関節とかに集中してやると一瞬だけどホントに動けなくなる。
水と氷の変換を一瞬でできるローゼルならできるんじゃないかってロイドが提案したんだけど、炎使いで、しかも常に出してるような相手――つまりあたしみたいなの以外には結構効く。
「それで――あんたはそれ、五つならもう自由自在なの?」
 あたしとローゼルは――うん、確実に強くなってる。だけど教えてくれてるロイドは実際どうなのかしら……
「自由自在か……それな、やろうとするとある事が自在じゃないと難しいって事がわかったんだ。」
「なによそれ。」
「左手で自在に剣を回せるって事。」
 ロイドは自分の左手をひらひらさせる。
 ロイドは自由自在に――プロゴが言うには方向も速度も自在に剣を回せるんだけど、それは利き手の右手だけで、左手はそうでもない。
「フィリウスが両手で回せるようになれって言っていたのはこういう意味だったんだと、最近気づいたよ。自分の手から離れた所で、風で回している剣を操るにはどうしても左手の感覚もいるんだ。」
「ふぅん。」
 ロイドがふぅとため息をつくと、ロイドの周囲で回っていた風が散って、同時に回ってた剣とか棒が地面に落ちた。
「――その魔法、やめた瞬間に突風が起こるという事は相当な勢いで回っているのだな……風が。」
 一瞬吹いた風で乱れた髪をなおしながらローゼルがそう言った。
「それくらいじゃないと剣とか重たいものは回せないよ。」
「なるほどな。そうしてその突風でスカートをめくるわけか。」
 ローゼルはニンマリする。
「あ、あれはその……本当にすみませんでした……」
 そうして謝ったロイドは、あたしたちの顔を見ると急に顔を赤くした。
「! あんた! 今思い出してたでしょ!」
「しょ、しょうがないだろ! てか! ローゼルさんが思い出させるから!」
「ふふ、わたしも恥ずかしいのだ。だがまぁ……その、なんだ……」
 ローゼルは視線をそらして髪をクルクルいじりながら、ぼそぼそと呟く。
「意識してもらうには丁度良い材料かもしれないなと思ってな……」
「え? ローゼルさん、もう一回言って?」
 ロイドには聞こえなかったみたいだけど、隣に座ってるあたしには聞こえた。ローゼルは半目で意地悪な顔であたしを横目で見る。
「部屋が違う分、わたしはこうして攻める事にするよ、エリルくん。」
「……なんの話よ……」



「サードニクス。」
 鍛錬を終えて、朝ごはんを食べて、教室にやってきたオレは誰かに呼ばれた。オレをそう呼ぶのは先生くらいなんだけど、その声は男のそれだった。
「……えっと……?」
 オレを呼んだのはクラスの男子。正直エリルとローゼルさん以外名前を知らないクラスメイトたちの一人がオレを呼んだわけだ。
「一つ聞きたいんだが――お前、お姫様と同室ってホントか?」
「……そうだけど。」
 オレの答えに、その男子と男子の周りにいた他の生徒がざわつく。
「んじゃ……この前来たA級犯罪者を撃退したのもホントか?」
 一つじゃないんかい。
「……やっつけたのは先生だけど……そうだな、寮からは追っ払えたのかな。」
「……んじゃ最後に一つ。」
 三つじゃんか。
「お前がこの学院に来た理由って……」
「理由?」
 学院に来た理由? 騎士になる理由は最近見つけたけど、ここに来たこと自体に意味はない。フィリウスに放り込まれたって事くらい……
 ん? てか学院に入る理由なんて騎士になるため以外ないじゃんか。という事はあれか。これは遠まわしに何で騎士になるかを聞かれているのだな?
 それは自信を持って答えられるぞ。

「――大切な人を守るためだ。」

「た、大切な!? や、やっぱそうなのか!? 同室だし――お前とお姫様は一体――」
「あー、これはきちんと説明しておいた方が良さそうですね。」
 なんかビックリしてる男子の後ろから、ひょっこりとローゼルさんが顔を出す。
「色々な噂が流れているようですし、誤解が元で争いに、という事は避けなければいけません。」
 ローゼルさんはニッコリと、だけどなんか怒っているようにも見える顔といつもと違う口調でクラス中に聞こえるように声を張り上げて話を始める。
「まずロイドくんは普通の生徒です。特別な使命を受けているとか、実は高い身分だとか、そういうことはありません。首都からは遠く離れた所から、遥々騎士になる為にやって来たのです。中途半端な時期の入学となったのは、ここまでの旅路に予定上の時間がかかってしまった為です。」
 なんだか事実とは違う事が正式な事として説明されている気がする。
「そしてみんな気付いているとは思いますが、彼は魔法についての知識や経験を除けば、抜きん出た実力の持ち主です。それもそのはず。街を守る騎士もおらず、凶悪な魔法生物や盗賊などを自分たちの手で撃退しなければならない……そのような、わたしたちとは異なる環境で育った彼です。わたしたちと彼との間に実力の差があるのは当然です。」
「……田舎者だから逆に経験豊富ってことか……」
 質問してきた男子が「ほほう」という顔でオレを見る。
「そして彼がここに来た目的……それは立派な騎士になって故郷を守る事。何のことはありません。わたしたちの誰もが思う目的を持って、彼はここにいるのです。」
 オレについての若干嘘交じりの解説を終えたローゼルさんは次にエリルの方を向いた。エリルは突然始まったローゼルさんの演説に目を白黒させている。……いや、エリルの眼は赤色だから白黒じゃないか。ん? なんていうのが正解だ?
「そして彼が学院に来たその頃、学院は一つの問題を抱えていました。クォーツ家の人間であるエリルくんのルームメイトを誰にするべきかという問題です。本来であれば上級騎士が護衛するところですが、いつでもどこでも護衛付きとあっては学院生活に支障が出ます。となれば、やはり同い年の生徒が護衛の代わりも兼ねて相部屋になる形が何かと便利です。かと言って、では普通の生徒を相部屋にした場合、何か問題があった時に学院の責任問題となります。」
「つまり……正式な騎士くらいの実力が必要だけど、一緒に学院生活をする都合上、同い年であって欲しい……ってことか。」
「そんな時にロイドくんが現れたわけです。魔法の技術は皆無ですが、その実力は高い。嫌な話ではありますが、仮にエリルくんに何かあっても学院としてはそういう実力のある人物を相部屋にしていましたよと、筋を通せるようになるわけです。ということで、男子という問題はあるものの、一先ず相部屋にしてみようという事になったわけです。」
「でもってこの前の襲撃か。」
「そうです。ロイドくんはA級犯罪者から見事にエリルくんを守りました。これならば安心という事で、学院側は正式にエリルくんのルームメイトをロイドくんに決めたのです。」
 思わず「へー、そうだったのか。」とオレが言いそうになる。
 でもまぁ、実際はどうなんだろう? 学院長と金髪のにーちゃんに言われるがままに相部屋になって、一応今日までうまくやってきてるけど……
「無論、女子寮に男子がという事で心配な生徒もいるでしょう。ですが、その辺りも含めての学院長の判断です。きっと大丈夫でしょう。」
「んま、代表がそう言うなら……」
 いや、あんたは男子だろうが、と心の中でつっこむオレ。
「しっかしまー……」
 その男子がエリルの方を向き、エリルにも聞こえるようにこう言った。

「色々と面倒だし迷惑だよな、お姫様?」

 胸の中がざわついた。エリルの顔が――表情が少し暗くなったのを見て、オレは拳を握りしめた。

「おい、あんた。」
「あん?」

 フィリウスと過ごしていた間は一度も覚えなかった感情。それはきっと、フィリウスがバカみたいに強いから。心配ないと感じたから。
 だけどエリルは違う。騎士を目指している途中の女の子。だからオレは、精一杯相手を睨んでこう言った。

「エリルの悪口を言うな。怒るぞ。」

 オレがそう言った瞬間、オレと目が合った瞬間、その男子はその顔を変に歪めて後ずさり、そしてしりもちをついた。
「わ……悪かったよ……」
 意外と素直に謝ってくれたから――ていうか本来ならエリルの方に謝って欲しいんだが、まぁこれ以上この話題を続けるのは嫌だったから、オレはエリルが座っている席へ向かった。
 ちょっと気になった事として、何故かローゼルさんが信じられないってくらいに驚いていた。
「……大丈夫? ロイド。」
 上から一部始終を見ていたエリルは申し訳なさそうにそう言った。
「悪いわね……あたしのせいで。」
「別にエリルのせいじゃないよ。たぶん、変に目立っているオレも悪いんだ。入学させるならさせるで四月に来れば良かったんだよな……フィリウスの奴め。」


 お昼になった。先にクリオス草を買って、そのあとお昼にしようと計画したオレは早足で校舎の外に出た。たぶん同じ目的地の生徒が――主に男子がたくさんいて、中には猛ダッシュしている人もいる。
「うわ、なんか心配になってきたぞ。買えるかな……」
「あの全力ダッシュ組は商人を見たいだけのチームだよ。ほら、カメラを持っていたりするだろう?」
「えぇ? 写真撮影すんのか。」
「いい場所をとってベストショットを狙うのさ。あとで写真がそこそこの値段で出回るからな。」
「そこまでか……」
 この前エリルが案内してくれた開けた場所に到着する。そこにはいつの間にか馬車があって、出店みたいな形になっていた。地面にはシートがしかれてその上には商品が並んでいて、もう何人かの生徒が手に取って眺めている。
「いらっしゃいませー。」
 そしてそんな生徒の近く、シートの前で元気な声でそう言っている女の子がいた。
 茶色い髪の毛を首の近くで左右に結んで短いツインテールにして――いや、あの場所でもツインテールって呼ぶのか知らないけど――とにかく首の近くで左右に短くぴょこんとまとまった髪の毛が飛び出ている。あと、あれは髪飾りっていうのかな。大きな花が頭にくっついている。
髪の色と同じ茶色い眼をして……ムスッとしてないエリルみたいに可愛い女の子で身長もエリルくらい。だけど、その服装はえらく色っぽかった。
エリルの寝間着みたいに頭からすっぽりかぶる上と下がくっついている――ワンピースだったかな? そういう形の服なんだけど、袖が無いから肩から先の腕が出ていて、スカートの丈もすごく短い。その上そのスカートは……こうふわっと広がっていない……身体にフィットしているタイプで身体のラインがそのまま出ていて、その上一部にスリットが入っていたりする。
 ローゼルさん程じゃないけど出るとこの出ている女の子だからそんな服を着ているととんでもなく色っぽ――いたたたたた!
「ひょ! なんれふはりひてほっへを!」
 オレは左右からほっぺをつねられた。
「ど、どこ見てんのよ変態!」
「じっくり見過ぎだ。」
「ご、ごめんなさい?」
 またつねられると嫌なのであんまり商人さんを見ないように、オレはシートの上を眺めた。全部の商品の前に立札があって値段と名前が書いてある。オレは端から順番にそれらを見ていき、そして目当ての商品を見つけた。
 袋詰めされた形を想像していたんだけど、親切な事にクリオス草は粉末状になって大きめのビンに入っていた。量と粉末になっている事を考えれば値段も妥当なところ。オレはローゼルさんつついてクリオス草を指差した。
「おお、あれか。一、二……七つビンがあるが……どれくらいの量が――その、治療とかには必要なのだろうか。」
「んまぁ、ケガとか病気の程度にもよるけど、大抵は葉っぱの二枚とか三枚って単位で薬を作るから、一ビンあればいいんじゃないかな。心配なら二ビン?」
「なるほど。まぁ持っておいて損は無いのだし、二ビン買っておこうか。」
 オレは、段々と増えてきた生徒たちをかき分けてクリオス草の所に辿り着き、商人さんを呼んだ。
「すみません。クリオス草を……二人で四つ、もらえますか?」
「あー、ごめんなさい! それは一人一ビンでお願いしてるんですー!」
 そう言いながら商人さんがオレの方に近づいてくる。ローゼルさんを見るとこくんと頷いたので、オレは――
「じゃあ二人で二つで。」
「毎度ですー。」
 オレはポケットから財布(使い慣れた巾着袋)から白いカードを取り出す。この前買い物に行ったときは店のレジにカードをかざす機械が置いてあって、カードを近づけるとピッて音がして……お金を払った事になった。まだ慣れないけど、たぶんこの商人さんも同じような機械を持っているんだろう。そう思ってカードを手にその機械が現れるのを待っていたのだが、商人さんはオレの前に立ってからまったく動かない。
 あれ? オレから何かするのかな……くそ、ちゃんと買い方を聞いておけばよか――

「ロイくん?」

 突然、ここ最近は聞いてなかった呼ばれ方をした。オレを「ロイくん」と呼ぶのは天国にいる母さんと友達。そして一番近いところだと……何故かいつも出会う商人――

「え?」
 オレは顔をあげて目の前に立つ商人の女の子を見た。が、正直なところ初めて見る顔だったからそのまま視線を上に持っていく。そして馬車の一番上にかかげられた看板を見た。
「『トラピッチェ商店』……トラピッチェ!?」
 そして視線を戻し、目の前の女の子を見る。女の子はその呆然とした顔をみるみる内に喜びの表情に変えていく。
「えぇ? もしかして……リリーちゃん?」
「わぁ! やっぱりロイくんなんだね!? 会いたかったよー!」
 と言って、商人の女の子――リリー・トラピッチェはオレに抱き付いて来た。
「んな!?」
 後ろでローゼルさんが声をあげ、それを合図に周りの生徒たちがざわざわと騒ぎ出す。オレはまわされた腕とかから感じる圧力よりも強く感じる胸への圧迫感と柔らかさにドギマギする。
「ちょちょちょ! リリーちゃん!」
「!」
 我に返ったのか、周りの反応に気が付いたのか、リリーちゃんはバッと離れてオレからカードを奪い取り、馬車の中でピッとしてオレに返す。
「えとえと、話したい事結構あるんだけど、一応今、ボク仕事中って奴だから――放課後、また来てくれる?」
「べ、別にいいけど……えっと、その前にこっちのビンの会計も……」
 と、オレはローゼルさんに手を伸ばす。ローゼルさんはハッとして自分のカードをオレに渡す。
「あ、そうか。二人で二ビンだったね。ごめんごめん。」
 再び馬車の中に戻り、さっきと同じことをして戻って来るリリーちゃんはカードをそのままローゼルさんに渡す。
「毎度です。」
「……ああ。」
 仕事の邪魔をしちゃいけないと思い、オレはローゼルさんに目配せして馬車から離れ、エリルを拾ってそのまま学食へ移動した。それぞれがそれぞれのお昼ご飯を手にして空いてる席を探して座り、そろっていただきますと言った直後、オレが焼きそばパンというなんともうまそうなパンをかじると同時に左右のほっぺをつねられた。
「どういうことよ、ロイド!」
「どういうことだ、ロイドくん!」
「ほぶぇ!?」
 オレの正面に並んで座った二人からはすごい圧力を感じた。フィリウスが、強い奴と戦う時は身体中がビリビリするような感覚を覚えると言っていた。たぶん、これはそれに近い何かだ。
 口の中に入った分の焼きそばパン(これがまたうまい)を飲み込み、リンゴジュースを飲んで落ち着いた後、オレは言う。
「何が?」
「何がじゃないわよ! あの商人よ!」
「知り合いのようだったが? 抱き付かれる程に仲良しか?」
「だ、抱き付かれたのは初めてだけど知り合いではあるよ……」
「ふむ、じっくり聞こうか。」
 ロ、ローゼルさんがめっちゃ怖い顔をしている。対してエリルは見慣れたムスッとした顔なんだけど、ムスり具合が過去最高だ。
「えぇっと……リリーちゃんは――」
「へぇ、ちゃん付けで呼ぶのね。ロイくんって呼ばれてたもんね。」
「親密なのだな?」
「親密……どうかな。でもまぁ、フィリウスと旅をしている間、親しかった人を上から並べたらフィリウスの次に来るのがリリーちゃんかな。ここ一~二年の付き合いだけど行く先々でよく会ったんだよ。んで旅に必要な物を売ってもらっていたんだ。」
「ただの商人をちゃん付けくん付けで呼び合ったわけか。」
「よ、呼び方はフィリウスがそう呼んでて、「可愛い女の子はちゃん付け。これが基本だぞ大将。」って言うから――オ、オレとしては恥ずかしかったんだけど仕方なくリリーちゃんはちゃん付けで呼んで……もうそれに慣れちゃったから。ちなみにリリーちゃんはオレをロイくん、フィリウスをフィルさんって呼んでいた。たぶん縮めて呼ぶのが好きなんじゃないか? て、ていうか――」
「なによ。」
「なんだ。」
「オ、オレもあの女の子がリリーちゃんって事にビックリしたんだよ。」
「ああ……ちょっと見ない間に可愛くなったという事か?」
 ローゼルさんの飲み物が凍り付く。
「ち、違います! オレ、リリーちゃんの顔を見た事なかったんです!」
 なんか知らんけど怒りモードだった二人が、そこで初めて困惑した。
「なによそれ。しょっちゅう会ってたんでしょ?」
「会っていたけど……いつもフード被ってマフラーして長袖長ズボンで手袋してたから正直眼しか見た事なかったんだよ。肌の色も知らなかった。」
「そんな真冬の格好をいつもしていたというのか?」
「うん。女の子が一人で商人しているわけだから……パッと見は女の子に見えないようにしてるんだってリリーちゃんは言ってた。んまぁ、フィリウスが言うにはリリーちゃん、相当強いらしいんだけど。」
「なに、戦ってるとこでもみたわけ?」
「いんや。でもフィリウスが……立ち振る舞いが素人じゃないって。」
「――十二騎士がそう言うのであればそうなのだろうな。」
 いつもの二人に戻った気がしたから、オレは焼きそばパンをかじる。
「でも……会いたかったって言ってたわよね? あれはどういうことよ。」
「さぁ……でもまぁ、リリーちゃんとは週一か五日に一回くらいのペースで会ってて……オレが学院に入学してからもう二週間以上でその間会ってないから、久しぶりにもなるし、お得意さんだから会いたかったって感じじゃないかな。」
「……どうかな。」
 ローゼルさんは凍らせた飲み物を一瞬で元に戻して飲みながら外を眺めていた。そしてふと何かに気づいたようにオレの方を向く。
「そういえば聞こうと思っていたのだが――」
「うん。」
「今度ここに《ディセンバ》が来るだろう? (オウガスト)の弟子であるところのロイドくんは――実は既に面識があったりしないのかと思ってな。」
「うーん……旅先では色んな人にあったからなぁ……その内の誰かが《ディセンバ》でしたって言われてもおかしくはないんだけど……少なくとも《ディセンバ》って紹介された人はいなかったな。んまぁ、フィリウス自身が《オウガスト》って言ってないし、そもそも十二騎士なんか知らなかったし……」
「――逆に言うと、もしかしたら全ての十二騎士に会ったことがあるかもしれないわけか。」
「それはないわね。」
 ローゼルさんの予想をエリルが否定する。
「だって《エイプリル》はずっとあたしのお姉ちゃんの護衛をしてるもの。その前は――死んだ一番上の姉さん。十年以上前からクォーツ家にいるわよ、あの人は。」
「――あんまり話したくない話題かもしれないけど、エリル。」
「なに?」
「その、十二騎士が護衛していても……一番上のお姉さんを守れなかったのか?」
「……ちょっと違うわ。一番上の姉さんが《エイプリル》に何も言わずに勝手に外出したからよ。お忍びで行きたいとこがあるとかなんとか……それで死んだの。」
「そっか……」
 オレとエリルが何となく暗くなっていると、それを気遣ってかローゼルさんがため息をついた。
「しかし、二人そろって十二騎士の知り合いがいるのだな。片や貴族で片や田舎者……一番騎士に関わりのあるわたしが唯一そうでないというのだから、嫌なモノだな。」
「あはは。確かにそう言ったらあれだけど、でもローゼルさんが騎士の家の人で良かったよ。」
「? なぜだ?」
「そうでないとここにいなかったでしょ? そうしたらオレがローゼルさんに会えなかったかもしれない。」
「!」
「これもフィリウスが――って、フィリウスの教えばっかりであれだけど、人との出会いは全てが奇跡なんだってさ。悪い場合は何も思わなくていいけど、良い出会いの場合は何かに感謝しておけって。それが生涯の友や恋人や家族との出会いだっていうなら、なおさら。」
 オレは固まっているローゼルさんの手を握って握手する。
「だからオレは感謝するんだ。何かに感謝するってんなら、この場合はローゼルさんの家が騎士の家だった事に。リシアンサス家にありがとう。」
「……」
「……あれ? ローゼルさん?」
「こ、恋人……かかか、家族……」
「ふん!」
 突如振り下ろされるエリルのチョップに握手を切断される。
「ロイド、あんたあんまりフィリウスさんの教えってのに従わない方がいいかもしれないわよ。」
「えぇ?」
「……その内災難に遭うから……」



 放課後。あたしとロイドは……「リリーちゃん」の所に行った。ローゼルはちょっと用事があるから先に行っててくれと言ってどこかへ行った。
 放課後も商人は商売をしているから少し時間を置いてその場所に行ったら、ちょっと予想外に馬車には店じまいの張り紙がしてあった。
「あれ、リリーちゃんはどこだろう?」
 ロイドがキョロキョロと周りを見回す。あたしは馬車の中かと思って近づく。そしたら馬車の後ろから声がした。覗いてみると「リリーちゃん」が手鏡を手にしゃがみ込んでた。
「は、反則だよー……居場所がつかめなくなったと思ったらいきなり出て来るんだから……あぁ、でも制服似合ってたなー……かっこいいなー……あ、ボク大丈夫かな……この格好見せた事ないし、ていうか知ってたら見せなかったよー……恥ずかしいよー……え、えっちな子だって思われてないかな……うう……で、でもロイくんなら大丈夫だよね……」
「……コホン。」
「ひゃあっ!」
 あたしが咳払いをすると「リリーちゃん」は飛び跳ねてあたしを見た。
「な、何かな! もう店じまいだよ!」
「……ロイドー、いたわよー。」
「…………『ロイド』?」
 「リリーちゃん」の目つきが変わった。正直、背中に寒気が走るくらいのすごいプレッシャーだった。でも――
「あ、ほんとだ。来たよ、リリーちゃん。」
「ロイくん!」
 ロイドが来た途端にケロっと元に戻った。

 馬車の中から椅子を持ってきた「リリーちゃん」は馬車の前にそれを並べた。
「何か飲み物だすねー。」
 そうして「リリーちゃん」が馬車の中でガシャガシャと何かをしている間に、遅れてローゼルがやって来た。
「む、何をしているのだ?」
「ありゃ? 一人増えたね。」
 一瞬だけ馬車から顔を出した「リリーちゃん」は再びガシャガシャと何かをし、数分後あったかいコーヒーを持って中から出てきた。
「これはタダだから遠慮しないでねー。」
 こうして、あたしとロイドとローゼルは夕方の空の下、馬車の前で「リリーちゃん」と向かい合って座った。
「えぇっと……そうか。まずは紹介だな。」
 ロイドがコーヒー片手に立ち上がる。
「こちらリリー・トラピッチェ。オレとフィリウスがよくお世話になった商人さんだ。」
「よろしくー。リリーって呼んでね。」
 ひらひらと笑顔で手を振る「リリーちゃん」――リリー。
「えぇ? オレ、リリーちゃんって呼んでるけど……」
「ロイくんはいいんだよ。お得意様には特別にちゃん付けを許してるから。」
「そっか。で、リリーちゃん。こっちの赤い髪の女の子がエリル・クォーツ。青い髪の女の子がローゼルさん――ローゼル・リシアンサス。二人ともオレの友達だ。」
「へー? 女の子の友達が二人も! ロイくんってばやるねー。」
「えぇ? いや、そういうんじゃ……」
「でもビックリしたよ。最近会わないと思ったら騎士の学院にいるんだもん。」
「ああ……二週間――もうそろそろ三週間かな。それくらい前にいきなりフィリウスに放り込まれたんだよ。」
「てことは途中入学だよね? フィルさん、ただ者じゃないと思ってたけどそんな事できるくらいすごい人だったんだ。」
「オレもビックリしたよ。最近知ったんだけどさ、フィリウスって十二騎士の一人だったんだ。《オウガスト》っていうんだ。」
「ふぅん。」
 結構意外な事実ってやつだと思ったんだけど、リリーはそんなに驚かなかった。
「? あんまり驚かないね。」
「うん……なんか、それくらいすごくてもおかしくないっていうか……」
 どうやらリリーはフィリウスさんの実力を、何も知らないロイドよりもちゃんと見てたみたいね。やっぱり、本人もそれなりに強いってことかしら。
「そうかな。あ、ビックリと言えばオレもビックリしたよ。」
「? ボクがここで商売してる事かな?」
「それもそうだけど――」
 ロイドがリリーの顔をじっと見つめ――何やってんのよロイド!
「いやん、ロイくんったら。そんなに見つめられたら顔に穴が空いちゃうよ。」
「いやだって……リリーちゃんの顔を初めて見たから。それにその格好も……全然印象が違うって言うか……」
「それは仕方ないかな。ロイくんと会うような地方の村とか田舎道でこんな格好してたら盗賊に襲って下さいって言ってるようなもんだもん。でもこういう大きな街なら治安もいいし騎士もいるから安心なんだよ。」
「そうか……で、でもなんでそんな――その、い、色っぽい格好を?」
「ふふん。自分で言うのもなんだけど、ボクは結構可愛いと思うんだ。自分が客寄せの看板娘になれるなら一石二鳥ってものだよ。」
 パチンとロイドにウインクを飛ばすリリーと顔を赤くするロイド……
「ねぇねぇ! それよりもさ、ここって寮生活でしょ? ロイくんもここで暮らしてるんだよね?」
「そうだけど。」
「どんなお部屋なの? 興味あるなー。」
「? 見てみる?」
「うん!」
 なんか物凄く嬉しそうなリリー。そしてロイドは――
「いいかな、エリル。」
 あたしにそう聞いた。
「――んん?」
 あたしが何か言う前に、リリーが笑顔を固めたままこっちを向いた。
「なんで……エリルちゃんに許可を求めるの?」
「ああ、同じ部屋なんだよ。」
「お、同じ部屋?」
「ここの寮は二人一部屋でね。オレとエリルは相部屋なんだよ。」
「あ、相部屋? へ、へー……」
「だからエリルにも聞かないと――で、どうかな。」
「……別にいいんじゃない?」
 リリーの笑顔が引きつりだす。そんな状態のリリーをひっぱって、ロイドは女子寮に向かって歩き出した。
「おお……なんか友達を家に呼ぶみたいで楽しいな。こっちだよ、リリーちゃん。」
「う、うん……」

 数分後、あたしたち四人はあたしとロイドの部屋にいた。
「そっちがエリルで、こっちがオレの場所。」
「あ、カーテンがあるんだね。」
 ローゼルがひいたカーテンを見て少しホッとするリリー。そしてそのままロイドのベッドに飛び込ん――何やってんのこいつ!
「うわーふかふかだー。こんなふかふかだと逆に慣れなくて寝れないんじゃないの?」
 ロ、ロイドのベベベベッドの上でゴロゴロと転がるリリー……
 あたしの隣でローゼルがあたしと同じ顔をする。そしてロイドは気にもしないでリリーの質問に答える。
「最初はね。でもやっぱりふかふかのベッドは寝心地いい――て、ていうかリリーちゃん、その格好でそう――ゴロゴロするとその……あの……」
「やーん、ロイくんのえっち。」
 そういいながらロイドのベッドの――布団にくるまるリリー。
「え、えっちって……」
 顔を赤くするロイド。
「そういえばロイくん。」
「な、なに?」
「それ、持ってきちゃったの?」
 布団の中から指を伸ばすリリー。最初、何を指差してるのかわからなくてロイドはキョロキョロする。そして、代わりにあたしが気づいた。
「! コーヒーカップ……」
 台所のシンクの横に、さっきリリーがコーヒーを入れてくれたコーヒーカップが置いてあった。
「コーヒーはタダだけどカップはあげないよー?」
「えぇ? オレ、持ってきたっけ……」
 少なくともあたしとローゼルは椅子の上に置いて来た。それはたぶんロイドも同じだった――と思うんだけど……
「?? ごめん、リリーちゃん。」
「別にいいよ。あ、でも丁度いいかもねー。」
 相変わらずロイドの布団にくるまったまま――っていうかいい加減出なさいよ!
「ボク、エリルちゃんとローゼルちゃんと話したい事があるんだ。女の子同士のお話。」
「? そうか。んじゃあオレはこれを戻してくるよ。椅子の上とかに置いとけばいいかな?」
「うん。お願いねー。」
 そうして、首を傾げながらカップを取って部屋から出ていくロイド。部屋に残ったのはあたしとローゼルと――

「さてと?」

 さっきまでの可愛い声とは――ううん、声は同じなんだけど、その温度が違うっていうか……ゾッとする声がロイドの布団の中から聞こえた。
「二人はさ――」
 布団からのぞくその顔には、さっきまでの元気のいい可愛らしさは無くって、キラキラしてた栗色の眼からは光が消えて――
「ロイくんのなんなのかな?」
 馬車の裏で見た時に一瞬感じた寒気のする気配をビシビシと放ちながら、あたしたちを見るリリー。
「……さっきロイドくんが説明したではないか。」
 その黒い気配を感じながらもそのデカい胸を張ってローゼルが強気な姿勢になる。
「わたしとエリルくんはロイドくんの友達だ。」
「ふぅん? そう? そうだね、ロイくんからしたらそうだろうね。でもボクが聞きたいのは、二人にとってロイくんがなんなのかって事だよ。」
「と、友達だ。」
「た、ただのともだちよ……」
「……気づいててそうなのか本当に鈍感なのか知らないけど……まぁいいや。一応これだけは言っておくよ。」
 格好だけ見れば布団にくるまってるだけの女の子。だけどその視線は真っ黒で、その気配は寒気を感じる程に冷たい。

「ロイくんはボクが先に見つけたの。ボクが先に好きになったの。だからロイくんはボクのだよ。」

「す、好き!?」
 あんまりにストレートな言葉にローゼルが顔を赤くする。
「も、物好きね! あんなのがすすす、スキとか……」
「そう? あなたはロイくん嫌い? ならいいよ、別に。」
「き、嫌いじゃないわよ!」
 思わずそう言ったあたしはリリーに物凄く睨まれた。
「…………ただの友達ならいいよ? 同じ部屋でもね? でももしもそうじゃないっていうなら覚悟してね?」
「な、なにを覚悟しろっていうのよ。」

「ボクに何をされてもって意味だよ。」

 寒気を通り越して恐怖を感じた。
「なっ!?」
 ローゼルが声をあげるのと同時に、あたしも気づいた。布団にくるまってたリリーがいつの間にかそこにはいなくて、あたしたちの後ろにいる事に。
「色んなモノを含めて、ボクは二人より強いからね?」
 背後に立つリリーから距離をとるあたしとローゼルは、思わず戦う姿勢になっていた。それほどに――危機感を覚えたのだ。
「もうやらないって決めたんだけどね? でも一番欲しいモノを奪われるっていうなら、あの決意をボクは破る。」
 まばたきをした瞬間、リリーはまたあたしたちの後ろ、ロイドの布団の上に座っていた。
「――!」
 部屋の中に広がる黒い気配――これはきっと、殺気って呼ぶモノだ。
「あんた、一体何者――」
身体に染み込む危機感が命の危機にまで達した時、ガチャリと部屋の扉が開いた。
「ただいまー。」
 そう言ってロイドが戻ってくると――本当に一瞬で、部屋に満ちてた黒い気配がきれいさっぱり消えてなくなった。
「! どうしたんだ、二人とも。」
 真っ青な顔をしてるあたしとローゼルを見てロイドが心配そうにする。そして位置的にロイドに近い所にいたあたしの方に寄って来たロイドは――
「気分悪いのか?」
 ついさっきまでこの部屋で何が起きてたかも知らないで、ロイドはあたしのおでこに自分のおでこを当て――!!!
「みゃああああ!」
 いきなり視界をうめつくしたロイドの顔に頭が真っ白になったあたしはロイドを突き飛ばす。
「うわわ!」
「んなっ!?」
 飛ばされたロイドはそのままローゼルにぶつかって倒れ込――なーっ!?
「あ、ご、ごめん、ローゼルさん……」
「な!? ふぇ!? ロ、ロイドくん!?」
 それはまるで、ロイドがローゼルを押し倒したみたいな格好っていうか押し倒したわ!
「バ、バカロイド! は、離れなさいよバカ!」
 なんかもうキキキキスするくらいに近い二人の顔を引き離すあたし。そして――

「……トモダチねぇ?」

 あたしとローゼルは、二人そろって顔を真っ赤にしながら、最初の元気な笑顔に戻ったリリーからにじみ出る黒い気配を感じていた。
「ま、話したいことは話せたからいいかな。ロイくん、ボクはそろそろ帰るよ。」
「帰る? あ、もしかしてどこかの宿とかって事?」
「ちょっと違うかな。この街には商会があるから、そっちに顔を出しておきたいってだけ。ボクの家はあのお店だもん。」
「そうだよね。」
「てことでロイくん、次はロイくんと二人っきりでお話したいな。校門まででいいから付き合ってよ。」
「えぇ? オレ今、リリーちゃんの馬車まで言って来たとこなんだけど……」
「なーにー? お見送りしてくれないのー?」
「妙な往復だよ……んまぁいいけど。じゃ、じゃあオレはリリーちゃんを送って来るよ。」
 こうして、リリーはロイドと一緒に部屋から出て行った。
「……この短時間に随分なドタバタだったな。」
「そうね……」
 ため息をつきながら、あたしはあたしのベッドに、ローゼルはロイドのベッドに座――
「……あんた、なんでロイドのベッドに座ってんのよ。」
「む? と、特別な意味はないさ。そうだな、強いて言えばリリーくんが乱したベッドを整えておこうかと思ったくらいだ。」
 そういって布団を丁寧に広げるローゼル。それを、なんて表現したらいいのかわかんない気持ちで見るあたし……
「しかし……リリー・トラピッチェ。彼女は一体何者なのだろうな。」
 なぜかロイドの枕を抱えたまま真剣な顔であたしの方を向くローゼルに、何か言いたいんだけど何を言えばいいのかわからないモヤモヤを感じながらその話題にのる。
「位置か時間、どっちかの使い手って事は確かね。」
「さっきの背後に移動したあれか。だがあの魔法の気配の無さ――おそらく第十系統の位置魔法だろう。」

 魔法の気配。人によっては「魔力を感じる」とか「マナの流れ」とか色んな言い方をするけど、要するに自分の近くで魔法が発動した時に感じる何かの事。何を感じてるのかイマイチわかんないけど――たぶん視線を感じるとかそういうよくわからない類だと思う。
 どの規模の魔法からそれを感じとれるかは人によるけど、大量のマナを使う第十二系統の時間は魔法を使える人なら誰でも気づく。プロゴがやってたコンマ数秒の自分自身の加速ですら、その気配はあった。

「もしリリーが時間使いなら、あたしたちの後ろをとるには――自分の動きを物凄く加速させるか、あたしたちを止めるかのどっちか……どっちをしても、魔法の気配は残るわ。」
「つまり、位置魔法という事になる。ロイドくんが椅子の上に置いて来たコーヒーカップがこの部屋にあったのも、位置魔法で移動させたと考えれば合点が行く。」
「でも……なんにせよ、あいつはかなりの使い手よ。時間よりは気配が少ないのは確かだけど、あたしやあんたが使う自然系のよりは気配が大きいはずだもの。それをあそこまで抑えるなんて……」

 魔法の気配は、それを使う奴の腕次第でかなり抑えられる。マナから魔力、魔力から魔法への変換がスムーズで、無駄がないほど気配は小さくなるんだけど……

「そうだな。あそこまで抑えられるとなると――恐ろしい話だが、暗殺を行えるレベルだ。」
「あいつの殺気も相当なもんだったわ。あいつ、「位置魔法が使える商人」じゃなくて、「位置魔法の使い手が商人やってる」って感じよ……元々は何だったのかしらね。」
 ローゼルが言ったみたいに元暗殺者って言われても納得できる。でもそんなのが何で商人なんか……それに、悪者だっていうならきっとフィリウスさんがそれに気づく。だけどロイドたちとは長い付き合いみたいだし……
「殺気……か。」
 あたしがリリーについて色々考えてると、ローゼルがロイドのまくらに顔の下半分をうずめてそうつぶや――!
「ちょ、ちょっとあんた!」
「エリルくん、わたしは少しショックだよ。」
「な、何がよ! ていうかそれ!」
「殺気だなんて、物騒なモノは……それこそ騎士の家の出のわたしが近い場所にいるものだと思っていたのだがな……」
「……? 何の話よ。」
「考えてもみてくれ。騎士の名門校に入ったわたしや多くの生徒が、田舎道で商売していた一人の商売人や、方々を放浪していた少年の足元にも及ばないんだ。まして、その二人が殺気なんてモノを放った……まったく、世間知らずの田舎者はどちらなのだろうな?」
「は? ちょっと待ちなさいよ……ロイドが殺気を? この前のプロゴとの時の話?」
「……この前は殺気を感じるとか、そんな余裕はなかったからわからないが……そうか、朝の事に気づいてなかったのか。」
「?」
「朝、男子が一人ロイドくんに色々聞いていただろう?」
「ああ、あれ。」
「そして話の最後、彼はエリルくんの悪口を言った。」
「……別に、悪口だなんて思ってないわ。あんなの、もう慣れたわよ。」
「問題はその後だ。エリルくんの悪口を言われたロイドくんは、その男子をエリルくんの悪口を言うなと、睨みつけた。その時だ……正直、わたしもゾッとしたよ。」
「……何によ。」
「ロイドくんの……迫力にだよ。あれはさっきのリリーくんの目に似ていた。相手に対する敵意、それがある一定の段階を超えたモノ……そのつもりはなかったろうが、ロイドくんはあの時、あの男子に向けて殺気を放っていた。」
「……ロイドが……殺気を……」
 あたしはプロゴとの戦いを思い出す。いつもすっとぼけた顔のロイドが怖い顔をしてたのが頭の片隅に残ってる。そしてそれは――
「あたしの為に……」
 思わずそう呟いたあたしは、真面目な顔をしてたローゼルの顔が膨れるのに気づく。
「べ、別にき、君だけの為というわけではな、ないと思うぞ! ロイドくんは友達想いなのだ! きっとわたしが悪口を言われても――怒ってくれる!」
 と、声を張り上げるけど絶対的な自信はなさげなローゼルを、あたしはなんだか優越感と一緒に眺めてた。
「でも――そうね。たぶんロイドはあんたの為にも怒るわ。そして、場合によっちゃこの前みたいな無茶をする。」
「……そうだな。ロイドくんはわたしやエリルくんをた、大切な人だと言う。意味合い的には友達のそれなのだろうが――一度家族を失っているロイドくんにとってこの言葉は、わたしたちが考えるよりも、そして本人が思うよりも大きな意味を持っている事だろう。」
「……あたしたちもちゃんと強くなって、ああいうことにならないようにしないといけないわね。」
「……ああ。」



 足取りは機嫌が良さそうなんだけど表情はなんかモヤモヤしてるリリーちゃんを横目に、オレはリリーちゃんのお店を片付けていた。なんか面白いくらいに変形する馬車は、きちんと畳むと出店から普通の馬車になった。すごいな。
「――ロイくん。」
「んん?」
 近くの木にくくりつけてあったリリーちゃんの馬を引っ張って来ると、リリーちゃんが心配そうな顔をしていた。
「エリルちゃんってさ……クォーツ家の人だよね。」
「……うん。」
「ボクはね、心配だよ。力のある家の人は狙われやすいんだ。何故なら、その家の人がどうにかなっちゃったとき、得する人が結構いるから。」
「……」
「誰と友達になってもいいと思うけどね? ボクはロイくんが巻き込まれたりしないか不安なんだ。」
「……ありがとう、リリーちゃん。でも……どっちかっていうと、オレは巻き込まれたいかな。」
「……どうして?」
「いつの間にかとか、知らない間にとか、そんな感じに大切な人がどうにかなっちゃうのは嫌なんだ。だからオレは巻き込まれて、そこでその人を守るんだ。それはエリルだからってわけじゃなくって、ローゼルさんだってそう。オレはね、リリーちゃん。そういう騎士になろうと思うんだ。」
「……まったく、妬けちゃうなぁ……」
「?」
「わかったよ。でも無茶はしないで欲しいかな。お得意様がいなくなっちゃうのは商人としてのボクが困るし、知り合いとしてのボクがハラハラするから。」
「知り合いなんて……リリーちゃんはオレの友達でしょう?」
「……トモダチ?」
「そう、オレにとっての大切な人。」
「――!」
 目を見開いて口をキュッと結んだリリーちゃんは、もう夕方だからかもしれないけど、顔が赤かった気がする。
「も、もう! まったくもぅ、ロイくんは!」
 そう言いながらバシバシとオレの肩を叩くリリーちゃん。
「よし! そんな危なっかしいロイくんにお守りをあげちゃうよ!」
「お守り? あ、もしかしてマジックアイテムとかいう――」

 マジックアイテム的な、オレの剣みたいな何かをくれるのかとワクワクしたオレは、直後ほっぺに感じた柔らかい感触に頭の中を真っ白にされた。
 それは昔、母さんが寝る前にしてくれたモノだった。
 ふざけて妹がしてきたこともあったモノだった。

 オレは――リリーちゃんにほっぺにキスをされた。

「ななな!?!?」
 時々見る慌てたローゼルさんみたいになったオレは、ひょいと離れるリリーちゃんを凝視した。
「うふふ、そんなに驚かなくてもいいと思うんだけどなー。」
「び、びっくりするよ! な、なにしてんのリリーちゃん!」
「お守り――おまじないだね。昔っから、可愛い女の子のほっぺちゅーは幸運のおまじないだよ?」
「だ、だからって……お、女の子がそんな――そういうことを軽々と……」
「……別に軽くはないから大丈夫。あ、あとこれ、お代をもらうからね。」
 その一言を聞いた瞬間、目の前のリリーちゃんが商人だって事を思い出す。
「さ、さっきあげるって!」
「タダとは言ってないよ? 大丈夫、いつか何かでもらうから。」
「な、何かって……」
「楽しみにしててね。あ、馬ありがとー。」
 ほっぺを抑えながらあたふたするオレをよそにそそっと馬をつないで馬車に乗り込むリリーちゃん。
「じゃあね、ロイくん。近いうちにまた会うよ。」
「え、近いうち?」
 オレの疑問には答えてくれず、リリーちゃんは行ってしまった。オレはこみ上げる恥ずかしさというかなんというか――何かに顔を熱くしながら寮に向かって歩き出す。
「……なんでかな。エリルとローゼルさんに怒られる気がするぞ?」

騎士物語 第二話 ~悪者である為に~ 第一章 黒くて明るい商人

ロイドと顔見知りな商人がいる。この設定は第一話の冒頭で適当に書いた商人がキッカケです。
あの商人をこんな商人にする予定はさらさらありませんでした。

よくあることなのですが、昔の私はうまい具合に使えそうなモノを書き残します。

騎士物語 第二話 ~悪者である為に~ 第一章 黒くて明るい商人

プロゴの襲撃から日も経ち、学院にも慣れてきたロイド。 エリルとの相部屋生活も良い感じになってきた、そんなある日、学院に商人がやってきた。 妙なモノばかり売ってるくせに買う人はちゃんといて、学院の男子に人気のあるその女の子商人はロイドがお世話になった商人で―― エリルとローゼルをヤキモキさせるその商人の正体とは?

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • アクション
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-03-29

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted