ロンリーボーイ アイデンティティ

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「あなたの考えている事が分からない」

思えばいつもこうだ。気付いた時にはもう遅いのだけれど、気付くのはいつも決まってその遅い時なのだ。

「だから、僕は沙苗が好きなんだよ。だから……」

「好きなら、どうして今まで」

僕は自分でもどうしてこうなってしまうのか分からない。だけど、こうなってしまう原因が僕にあるという事は分かる。今まで付き合ってきた人は僕に向かって皆そう言ってきたからだ。言い出すのは付き合い始めて一年程、皆その時期にそういった心境になって、そういった事を言い出す。
 

 さっきから”そういった”と言っているのは、僕にもその気持ちが正直よく分かっていないからだ。彼女たちの抱えるその気持ちは彼女たちが抱えている事であって、僕の抱えている事じゃない。まあ、簡単に言うと、”僕の愛が彼女たちにちゃんと伝わっていない”という事なのだ。

 それは僕が悪いんだ。それは分かる。だって僕は普段「好き」なんて事を言わないし、それなのに気に障るような事は割とすぐに口に出してしまう。それに普段の態度は結構そっけない。それが彼女たちに取って傷つく事であったとしても、僕は言ってしまうのだ。それが僕は誠意だと思う。だから、言ってしまうのだけれど、彼女達は……、まあ最初から分かってはいるのだけれど、傷つくのだ。

 そんな毎日を一年程過ごしていると、いずれ僕は

「あなたの考えている事が分からない」

と言われるのだ。だから僕は、そう言われた時にやっと「好きだよ」と言うのだけれど、それではダメみたいだ。全く、……「好き」の効力なんて微塵も感じられない。



「とにかく、僕は沙苗が好きなんだ。それじゃダメかな?」

僕はその「好き」という言葉に随分と甘えているんだな。そう感じる。そう言えば、うまくいくと思っているのだから、どうしようもない人間だ。

 だけど、今まで本当にそれでうまくいってきたのだ。だから、本当にどうしようもない人間だ。

「じゃあ、なんであんな事言ったの?」

「あんな事?」

「沙苗と会ってる時間が勿体ないって言ったじゃない。すごいショックだった……」

「ああ、うん……」

僕がそれを言ったのは事実だ。もちろん嫌がらせで言った訳ではないし、それは本心だった。ただその一週間は僕も少し大きな仕事を振られていて、ピリピリしていたという事もあったし、会う事よりもプレゼン資料を作る事に時間を割きたかった。それらの事は言っていない。そして、その仕事の事を伝えておけば、こんなに話はこじれなかったのだとも思う。

 それでも言えないんだ、僕は。仕事の事を出来るだけ沙苗との関係に持ち込みたくはない。別の形で言葉として発してしまっているのだから、結局ダメなのだけれど……。ただとにかく仕事の愚痴とか、そういった僕の中に溜まった僕だけの鬱憤を沙苗には聞かせたくないのだ。そしてそれが愛だとも思っている。……もちろん沙苗はそれを分かってはくれないのだけれど。……まあ、僕も言っていないのだけれど。

「ごめん、これからちゃんとするから」

「ちゃんとって何よ」

「ちゃんと、心を整理するから」

「は?心を整理ってなに?」

「うん、すごく反省してる。……ごめん」

沙苗は言葉を止めた。今僕に言える事はそれしかなかった。正直、僕としては何に対して謝ったらいいのかも分かっていないのだと思う。いや、僕の言動で彼女を傷つけたのだから、その言動が悪かったのだとは思う。ただ、それでは沙苗は僕の気持ちを考慮してないじゃないか。

 それでもまあ……、今は僕が謝る時なのだ。

「分かったわ」

沙苗の小さな声が聞こえた。だから僕はゆっくりと顔を上げた。

「……許すわよ」



 こうして結局僕は許してもらう。それはどの女の子も皆そうだった。誰と付き合っていても、一年程でこういった話になるのだけれど、誰一人その時には別れていない。別れるときは、実はもっとさっぱりしているもんだ。

 そしてこういった日を迎えると、僕はやっと彼女の大切さに気付いて、彼女たちを大切に思い、大切に扱う。ようやくにして彼女たちの事を本心から好きだと思えてくるのだ。

 だから僕にとってはこういった場面が必要なのだと、今では思う。

 それに誰にも言っていないけれど、僕はこういった日を迎えた瞬間から、彼女たちとの付き合った日々をゆっくりとカウントし始めるのだ。


 じゃあ、それまでの一年はなんだったのかって?

 ……たぶん、まだ友達程度にしか思ってなかったんじゃないかな。


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ロンリーボーイ アイデンティティ

ロンリーボーイ アイデンティティ

それは嬉しくもないし、悲しくもない。 ただ、僕には絶対的に必要な事なんだ。

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-03-22

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