夢の外側と内側、それと現実
夢の外側と内側、それと現実
しん、と静まった体育館。私は壇上に上がった、全校生徒が向ける視線の先にただ一人ぼっちで立っていた。こんなに多くの人の視線を浴びた事なんて今までに一度だってない。
そんな私が今これだけの視線を浴びているのはなんなのだろう。
……ああ、そうか。私は今から皆の前で歌を歌わなければならないのだ。
「音楽祭」と銘打ったこの集会で、なぜか私は独りで歌を歌う。
どんな設定?
どんなシチュエーション?
疑問は残るばかりだけど、今置かれているこの状況に噓はないのだと思う。
心臓が高鳴る。緊張ってやつを確かに今まで何度か経験してきたけれど、ここまで強く鼓動を感じた事はない。少し気を許してしまえば、心臓だって口から吐き出せそうな程に、体の中で暴れ回っているのだ。
……どうしたらいいのだろう。でも、とにかく歌わなくちゃいけないんだ。
……あれ?何の歌を歌うんだっけ?私はこれのために何かの歌の練習をしてきたっけ?……もう何も覚えてない。とにかく口を開いてみよう。そうしたらきっと、自然に歌は溢れてくるんじゃないかって思うから。
*
プツン、と切れた。目の前にあったのは真っ暗な部屋の白い天井だった。「……ああ」
私は言葉ともない言葉を口からもらす。そして心臓が口から飛び出ていない事を確認した。飛び出てはいないけれど、おかしなくらい強い高鳴りがしている。止まりそうにない心臓の強過ぎる鼓動を抑えるために、一度大きく深呼吸をしてみて、それでも高鳴りは止まらない。
とにかくあの状況が夢でよかった。考えてみれば、……意味不明な設定だった。私はもう学生なんかじゃないし、皆の前で歌を披露する程の歌唱力だってない。……おかしな話だ。
とにかく落ち着きたくて、何度も何度も深呼吸をする。そうしている内にようやく心臓は落ち着きを取り戻してきて、私はなんとか落ち着いた呼吸をする事ができるようになる。
そしてもう一度寝ようとするのだけれど、そこまでの落ち着きはまだ訪れてはいない。目を強く閉じてみても、睡眠の中に導いてくれる手は私の前に一向に訪れようとはしないんだ。
眠れないその夜が続いて、気付けば朝の光がカーテンの隙間から入り込んでくる。
何時に起きてしまったのか分からないけれど、とにかく長い長い時間だったように思える。とても長い長い時間だ。時計を見たら、朝の七時を指していた。
*
目覚ましの音が強く鳴って、私は目を覚ました。
時計は朝の七時を指していた。
「……あれ?」
私は今が何日であるのかも分からなくなってしまう。
……いや、時間は正常に回っていたのだ。私が起きるべき日にちの、起きるべき時間である事に間違いはない。
もう一度最初に立ち返って考えてみようって思う。どこから私は起きていて、どこから私は寝ていたのだろう。でも、そんな事考えてみてもやっぱり分からないのだ。
とにかく起きるべき時間に起きた私は、そのまま布団から出て珈琲を入れた。それを飲みながら、音楽祭の夢を思い出していると、また心臓は暴れるように動き出した。
それらが夢であった事に、本当に安心する。
そして、もう一度大きく深呼吸をした。
それは寒い日の朝だった。
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