騎士物語 第一話 ~田舎者とお姫様~ 第二章 変な優等生
ファンタジー物語の二章。
ちょこちょことこの世界の事(要するに設定)が語られます。
ついでに主人公二人ともう一人の話。
追記:この物語、「小説家になろう!」さんにも投稿しております。(重複投稿というモノだそうで)
第二章 変な優等生
「うん、こんなところではないかな。」
放課後、オレたちの部屋を真っ二つにするカーテンを見て、ローゼルさんは満足そうにそう言った。
「あんた、なんでこんなモノ持ってるのよ。」
カーテンをめくり、向こう側から顔を出すエリル。
「何かの時に何かの理由でもらったのだ。こんな大きなカーテン、部屋の窓にも大きすぎるからな。しかし何かに使えるかもと保管していたのだが……こういう形で役立つとはな。」
「へぇ……だけど新品みたいだし、丁寧に保管してたんだなぁ。」
「そ、そうだ。わたしは昔から物持ちがいいのだ。」
オレたちが何をしているのか。それを説明するには少しばかり話が戻る。
オレがセイリオス学院に入学した次の日。まだ教科書とかを揃えていないオレはエリルの隣でエリルの教科書を見せてもらっていた。
途中から入学したという事に加えて、オレ自身騎士になるための勉強なんてしたことないから授業は大方チンプンカンプンだった。だけど丸い文字でちょっと意外なくらいにキレイにまとめられたエリルのノートを覗く事で、ちょこちょこと理解できるとこもあったりした。
んまぁ、理解できるとこってのはフィリウスが前にそんな事を言っていたなって思い出した内容で……それを考えるとフィリウスは初めからオレを騎士にしようとしていたのかもしれない。
それでも、六、七年ぶりに頭を使っているオレは結構いっぱいいっぱいだった。
そんなオレに対し、今日のエリルは変だった。いやまぁ、昨日会ったばっかりの相手に対して昨日と違うから変って判断するのはちょっと早い気もするが……たぶん変だ。
オレと目が合う度に顔を赤くし、オレの足をゲシゲシと踏んづけるのだ。この着心地のいい制服といっしょに慣れない革靴をもらい、オレはそれを履いているわけなのだが、昨日の今日で既に使い古された靴みたいに汚れてしまった。
だけどまぁ……革靴って硬いし、踏んづけられるとその度に柔らかくなるような気もするからいいのかもしれない……そう思って別に怒りもしないでいると踏んづける回数が倍になった。
こんな風にエリルが変なのはたぶん、今日の朝にオレがエリルの同居人になる事になったからだと思う。学院長室を出てからこうなった。
昔、オレは妹と同じ部屋だったし、今の私物も少ない。エリルを困らせる事はないと思うのだが――あ、まさかあれか? エリルは……こう言うと怒るけどお姫様だから、部屋が物凄く豪華になっていて最早オレのスペースが無いのかもしれない。
そして今、部屋を片付ける方法を一生懸命考えている……とか?
どうしてあたしがこんなにドキドキ――イライラしなきゃいけないのよ!
でも、だってしょうがないじゃない! だ、男子と一緒の部屋なんて初めてだし……って言うか、その相手が昨日と変わらずにボケッとしてるのがむかつくわ!
しかも今日は教科書がないからってずっとあ、あたしの隣にい、いるし! 変に意識しちゃって顔が見れな――べ、別にそういうんじゃないわよ!
「エリルくん、朝からどうしたのだ?」
授業と授業の合間、ローゼルがあたしに話しかけてきた。
ローゼルはこのクラスのクラス代表をしてる。だからなのか知らないけど、みんなが距離を取るのに一人だけ、時々だったけど話しかけてくる奴だった。
成績優秀で運動もできて……真面目な優等生って感じ。先生からも信頼されてて、クラス代表に立候補した時も先生がローゼルならいいと言ったくらいだった。丁寧で品のある……どうでもいいけどあたしよりも王族とか貴族が似合う。
だけどそんなローゼルの意外な一面っていうのを昨日見た。
誰に対しても平等に、尊敬の態度で接するローゼルがズケズケと毒を吐いた。ローゼルが「みすぼらしい」なんて言うの初めて見たわ。
「君は実は元気のある活発な人物だとは思っていたが……何も授業中に百面相をしなくても良いと思うぞ?」
「うるさいわね……」
チラッと隣を見る。ロイドはいない。トイレにでも行ったのかしら。
「そんなにロイドくんが気になるのか? 彼ならさっきふらっとどこかへ行ったぞ。恐らくトイレだろう。」
「き、気になんかしてないわよ!」
「……」
「な、なによ……」
ローゼルが顔を近づけてくる。そして小声でこう言った。
「昨日言ったが……わたしは人の顔色を伺うのが日課でな。」
目の前にあるローゼルの顔はなんかいじめっ子みたいな悪い顔だった。
「な、なによそれ。ていうか、あんたキャラが変わってるわよ……? クラス代表のローゼル・リシアンサスはどこ行ったのよ……」
「ロイドくんに話した時に君もいたわけだし……君に対してももういいかなと思ってな。それより、何か隠し事があるみたいだな?」
「べ、別に何も隠してないわよ!」
「そうか? まぁ、すぐにわかると思うが。」
顔を離してくるっと後ろを向いたローゼルは、教室に戻って来たロイドに近づく。
「! あいつ!」
ロイドとちょっと話をした後、ローゼルはあたしを見た。
てっきり、さっきの顔をもっと凶悪にした顔がこっちに向けられると思ったんだけど、ローゼルはへの字の口に半目っていうもっと変な顔をした。
「相部屋……か。」
午前の授業が終わって、あたしはいつもみたいに学食に行った。ちょっと恥ずかし――くないわ! 全然恥ずかしくない感じであたしはロイドと向かい合ってお昼を食べようとした。そしたらロイドの隣にローゼルがそんな事を言いながら座った。
「なんであんたが来るのよ!」
「そんな事はどうでも良いだろう。問題は君たちの事だ。」
なんでかわかんないけど、ローゼルは真剣な顔だった。
「まず現状を把握しようか。エリルくんの部屋は一番近い部屋だったな。」
「……そうよ。」
「ん? 何に近いんだ?」
ロイドはスパゲッティを食べながらそう言った。ちなみにそれと一緒にリンゴジュースが並んでる。子供みたいって言ったら好きなんだとニッコリ笑った。
そんなお子様ランチみたいなメニューのロイドの質問に、ローゼルはロールキャベツを食べながら小声で答える。
「……ロイドくんが住む事になるエリルくんの部屋は、入口に一番近い部屋なのだ。」
「寮の入口に近いって事か?」
「正しくは、女子寮だ。」
「そういえば地図には寮が二つあったな。そうか、男女でわかれて――ってオレだめじゃんか。」
そうだわ。そうよ! 自分の部屋にこいつが来るって事ばっかり考えてたけど、元々女子寮に男のロイドが住むってどうなのよ!
「そうだが……学院長が決めた事なのだろう? あの人はなかなかにユーモラス溢れる人のようだが、ただ面白そうというだけで君たちみたいな状況を作る無責任な性格でもないだろう。きっと君たちを一緒にする事にはそれなりの理由がある。となるとこれはもう決定事項、君がエリルくんと同室になる事に変更はない。」
「? 別にオレは嫌じゃないからいいんだけ――うわ! なんで今オレのスパゲッティを一口奪ったんだ、ローゼルさん!?」
「……エリルくんの部屋は入口に一番近く、寮の各部屋にはお風呂もトイレもある。大浴場に行こうとしなければ、ロイドくんはエリルくんの部屋よりも奥に入らずに生活できる。女子寮に男子という色々な問題は薄皮一枚セーフというところだろう。」
「セーフじゃないわよ!」
あたしがそう言うとローゼルは大きく頷いた。
「そうだ。他の女子生徒はセーフだがエリルくんはそうじゃない。何とかしなければならないのはこの点だ。」
「そうかな……オレ、昔は妹と一緒の部屋だったから女の子と一緒の部屋でもなんとかなると思うんだ――うわ! なんで今オレのジュースを一口飲んだんだ、ローゼルさん!?」
「ロイドくん。君が妹さんと暮らしていたのはいつで、妹さんはいくつだ?」
あたしはドキッとした。ローゼルのその質問はロイドにとって……
「……大丈夫だよ、エリル。」
あたしと目が合ったロイドは……一瞬なんかすごく優しい顔になってからそう言った。
「? どうしたんだ?」
「なんでもないよ。えっと、六……七年前だな。一つ下の妹だった。」
「……それでは初等学生ではないか。いいかロイドくん。その歳の女の子と今の……わたしたちくらいの歳の女の子を同じだとは思わない事だ。色々と気になりだすのだから。」
色々と気になる歳……たぶん、これが「年頃の」って奴だ。フィリウスがよくオレに「年頃の男に出会いの一つも提供できない俺様を許せよ、大将。」と言っていた。酒場で大人の女の人の肩に腕をまわしながら。
言われてみれば、フィリウスに会ってから今まで同い年の女の子というのには縁がない。あっちこっちを転々としているオレとフィリウスが酒場以外で女の人に出会うとすれば、村ですれ違うとか見かけるとかそういうレベルだ。
あ、そういや一人いるな。よく会うあの商人はオレと同い年くらいじゃなかったか?
んまぁそれでも、年頃の女の子と今みたいな距離間で会話する事はほとんどなかった。きっとオレには、その辺の理解が足りていないのだろう。
「……わかった。えっと……これからは色々と気を付ける。」
「そうしてくれ。」
ローゼルさんはふふふと笑いながら丸まったキャベツを食べた。見た事ない料理だな……おお、中には肉が入っているのか! 野菜と思いきや意外とボリュームのある料理らしい。次はあれだな。
「……ロイドくん。」
「ん?」
「そんなにわたしの口元を……み、見つめるな。」
「いやー……おいしそうだなぁと。」
オレがそう言うとエリルがオレの靴を踏みつけながら――
「ななな、なに言ってんのよ! こんなとこで!」
「えぇ? おいしそうって言っちゃダメなのか?」
「――!!」
エリルが顔を真っ赤にする。なんか今日は赤いエリルしか見ていない気がする。
「エリルくん……ロイドくんはこのロールキャベツの事を言っているのだと思うぞ?」
ローゼルさんがそう言うとエリルは一瞬固まって、顔が料理に入るんじゃないかというくらいに顔をふせた。
「君がこんな勘違いをするとはな。このロイドくんが女性の唇を美味しそうだなんて言う男に見えるか? 相部屋の話のせいでそちら方面の想像が膨らみがちなのはわかるが――」
「う、うっさいわね!」
状況がわからないオレはとりあえずリンゴジュースを飲む。
「話がそれたな。要するにだ、ロイドくん。わたしには君が女子寮の大浴場に突撃するようなファンキーくんには見えないし、エリルくんの勘違い像のような人でもないと思っている。だから女子寮とはいえ、エリルくんの部屋という位置なら大丈夫だと信じている。」
「そ、その信頼は嬉しいけど……昨日会ったばっかりなのに?」
「わたしは人の顔色を伺う事が日課であり、特技は人となりを推測する事だ。かなり信頼できる割合で……君はいい人だよ、ロイドくん。」
いい人。なんかローゼルさんに言われると妙に嬉しいな。
「だからなんとかするべきはエリルくんの部屋の中だ。放課後、対策を講じるとしよう。」
「色々と助かるよ、ローゼルさん。」
「気にするな。」
「でもローゼルさん。」
「うん?」
「ローゼルさんの言うところのいい人のオレから、なんでスパゲッティを奪ったりしたんだ?」
オレがそう聞くと、ローゼルさんは心なしか血色のいい顔になり、目を丸くする。そんでもってオレが手に持っていたリンゴジュースを奪って飲み干した。
やっぱりチンプンカンプンな今日の授業を終えて迎えた放課後、オレはエリルの部屋に移動するために宿直室に置いていた私物を取りに行く。ちなみにエリルは鐘がなるや否や猛ダッシュで教室から出て行った。
私物を手に持ったオレが地図を回しながら寮の場所を探していると、なんか大きな荷物を持ったローゼルさんがやってきた。
「やはりな。エリルくんは先に部屋に戻ったか。ついてくるといい、案内する。」
「ありがとう。まだ全然慣れなくて……何か知らないけど、それ持とうか?」
ローゼルさんが何か言う前にオレがその荷物を奪うと、ローゼルさんは……なんて言えばいいのかわからないけど、とりあえず嬉しそうな顔になった。
オレたちは広い学院内をトボトボと寮に向けて歩き出す。
「しかし、先生方が使う宿直室は初めて覗いたな。」
「ああ、やっぱりあれ宿直室なのか。」
「中には研究熱心な先生もいるからな。気づいたら夜遅くになってしまった先生の為にあるらしいのだが……ま、大抵は個人の研究室を持っているから基本的には使われない。」
「研究? 騎士の……戦術とか?」
「いや、主に魔法の研究だ。戦闘用、日常用問わず、魔法はまだまだ進化する分野と言われている。」
「……あんまり進化されるとオレが追いつけなくなる……」
「ふふふ、面白い事を言う。だが実際問題、十二系統の基礎の授業はもう終わってしまったからな。先生に補習を頼むか……せっかくだからエリルくんに教わるかだ。」
「そう言えばエリルって魔法がすごいってローゼルさん、言っていたけど……そんなに?」
「ああ、すごい。王族だからわたしたちの誰よりも早く魔法の勉強をしているのだが……わたしたちが習っていない事を既に習っているからすごいわけではなく、わたしたちと同じ事をしているのに結果が異なるからすごいのだ。」
「……才能があるって事? 魔法には魔法の才能があるって聞いたことあるけど、具体的にどういう才能なんだ?」
「才能か。確かに、呪文や魔法陣の仕組みを理解したり、改変したりするにはそれなりの知識とそこそこのひらめきが必要だからそういう才能もあるにはある。が、エリルくんの場合は才能と言うよりは体質だな。むしろ、一般的に魔法の才能があるというのはその体質を持っているという事をさす言葉だ。」
「体質?」
「ふむ……ロイドくんは魔法をどこまで知っている?」
「えぇっと……空気中のマナを皮膚から体内に取り込んで、それに呪文とかをかける事で魔法に変える……くらい。」
「より正確に言えば、自然物が生み出すマナを皮膚を通して体内に取り込み、それを呪文や魔法陣などで魔力という、魔法器官を持たないわたしたちでもマナを扱えるようにした状態に変え、それに意思やイメージをのせる事で魔法と成している。」
「お、おおう……」
「魔法器官を持つ魔法生物であれば、体内でマナを生み出してそれをそのまま使用できる。人間にはそれがないわけだが……昔の人たちがそれでも使いたいと願い、生み出したのが魔法というモノだ。ここまではいいかな?」
「……放課後なのに授業を聞いている気分だ。」
「ふふふ。だが知っておくべきだろうし、寮までまだあるから雑談と思って聞くといい。」
「わかった……うん、そこまでは理解できた。」
「よろしい。なんとか自然物が生み出すマナを使う事で魔法を使えるようになったが、元々マナを使う生き物ではないわたしたちにとって、魔法を使うというのは身体に負担のかかる事だ。呪文や魔法陣にはそういう負担を軽減する仕組みが組み込まれているのだが……強力な魔法を使ったり、魔法を短時間にたくさん使ったりすると身体機能に支障が出始め、最悪死に至る事もある。」
「死!? そうだったのか……」
「滅多にないがな。可能性はあるという話だ。」
オレとローゼルさんの向かう先に、なにやら豪華な建物が見えてきた。たぶん、あれが寮だ。
「だが今言った可能性、その確率は人による。人間の身体は基本的に同じ構造だが、筋肉の付き方や神経の速さで運動能力に差が出るだろう? それと同じで魔法も個人によってその負担に差が出る。マナの魔力への変換効率などもな。」
「なるほど。つまり……なんかわからないけど魔法を使うのに適した身体を持った人間がいるってこと?」
「そうだ。ちなみに言うと、君の言った通り理由もよくわかっていない。だが魔法を人よりも上手く、長く、効果的に使える体質の人間がいる事は確かだ。」
「それがエリルって事か。」
「そうなるな。もしかしたら君もそうかもしれないぞ?」
「うーん、だと嬉しいけど。」
「そうだな。まぁそれはそうだったら良しとして、今言った体質の話で言うともう一つ、これは全ての人が当てはまる体質というのがある。」
「全ての人が?」
「得意な系統、不得意な系統さ。」
「……そういえばさっき十二系統って言っていたけど……系統ってなんだ?」
「ん? そうか、君はそこからか。簡単に言えば魔法の種類……属性だな。全部で十二あるから、十二系統。」
「十二……それしかないのか。」
「大元を分類するとな。それに、さっきの話に戻すが全部を上手に使える人はいない。得意不得意があるのだ。」
「エリルみたいな体質の人でもか。」
「ああ。それとこれとはまた別の話なのだ。どんな人にも必ず一つ、他の系統よりも上手に扱える系統というのが存在している。これも理由がわかっていないのだが、あれもこれも得意というケースは無く、必ず一つだ。逆に、不得意なのは人によって数が変わるのだがな。」
「え? じゃあ、一つ以外全部ダメってのも……?」
「あり得る。だがその場合、唯一使える系統の得意さ加減が普通の得意の数倍になるらしい。」
「へぇ。十二系統って、何があるんだ?」
話の流れとしては変じゃないと思うその質問に、ローゼルさんは意地の悪い顔で答える。
「十二系統を今ここで教えても、一度に覚えられないんじゃないか?」
「…………たぶん、無理。」
「ふふふ。得意な系統を見つける際に全ての系統を使ってみる事になるから、その時に覚えるといい。まぁなんにせよ、明日の為に今日一通りはやってみる事になるだろうがな。」
「そう……なのか?」
「おや、今日の授業を聞いていなかったのか?」
「?」
「まぁいいさ。その辺りも含めてエリルくんに聞くといい。」
「そうするよ……見たところ、エリルは火が得意なのかな。」
「そうだ。エリルくんの得意な系統は第四系統の火。それに第八系統の風を少し加えてあの爆発する手足の魔法が出来上がっている。実はあれ、結構な微調整が必要な高等魔法なのだ。」
なんか知らない単語がいくつか出てきたな……んまぁ、それもおいおい教わるのだろう。
「ちなみにローゼルさんは?」
オレがそう尋ねると、ローゼルさんは横を歩いているオレの前に手の平をつきだす。するとローゼルさんの手の平の上にトプンと水の玉が出現した。
「第七系統、水だ。」
そんなこんなで寮に到着。教室のある校舎と大きさ的には変わらないでかい建物で三階まである。んまぁ、この学院の生徒が全員暮らしているというのなら、これくらいは当たり前か。
そんな寮の――女子寮の前に突っ立っているオレを、出入りする女の子が怪しいモノを見る感じで視線を送って来る。だけどそのオレの横にローゼルさんがいる事を確認すると、「まぁ大丈夫か」という顔で通りすぎていく。
「別に校則でそう決まっているわけではないのだが、基本的に女子寮は男子禁制だ。入れるとすれば、今の君みたいに女子の同伴がある場合のみ。」
「えぇ……じゃあオレは自分の部屋に帰る時、いつもエリルと一緒じゃないと――っていはいいはい! なんれほっへをふへふんは、ホーヘフはん!?」
「エリルくんの部屋はそこの入口からすぐの所だ。まぁ、それよりも奥には入らない方が良いだろう。」
「……お姫様のエリルの部屋がこんな玄関から近いとこって……いざって時、賊とかに侵入されやすいんじゃ……」
「賊か。仮にこの女子寮に侵入する事のできた賊がいたとするなら、そこまでの賊相手には一階の入口側だろうが三階の角部屋だろうが関係ないだろうな。ならば、逆にこちら側がすぐに助けに行ける場所にいて欲しい所だ。」
「? どういう事?」
「外からこの学院に侵入してここまで来るにはいくつものトラップを超える必要がある。上級の魔法使いがようやくその気配に気づけるほどに巧妙に隠された、それでいて強力な魔法の罠をな。それに、この学院には学院長がいるのだから、そうホイホイと賊も入れないさ。」
「あのじーさんってそんなにすごいのか?」
オレがそう言うとローゼルさんがふふふと笑った。
「学院長は元々名のある騎士でな。結構なお歳だからもう武器は振るえないが、それでも魔法の技術は衰えていない。ここに侵入するという事は、一つの伝説と戦うという事なのさ。」
「伝説……」
あの髭のじーさんがか。んまぁ名門の校長先生ならそれくらいはおかしくないか。ああ、学院長か。
「そもそも、この学院には現役の騎士の警護がある……賊の侵入なんてないだろう。」
「え、騎士が守っているのか?」
「何も偉い人を守るだけが騎士ではないさ。将来の騎士を守りたいという騎士もいるのだ。」
「そうか……」
将来の……未来の騎士を、守る騎士か。
「エリルくん、わたしだ。それとロイドくん。入っていいかな?」
「……い、いいわよ。」
寮の中は外見通りに豪華で、廊下とか照明とかがそれっぽい感じにデザインされている。どこかのお高いホテルのようだ。
そんな寮の、入ってすぐの扉を開けてオレとローゼルさんは中に入る。
「……結構広いんだな。」
扉を開けると台所や……たぶんお風呂場とかが左右に並んでいる短い廊下があって、その廊下の先には広い空間があった。
正面には大きな窓があって部屋の中はかなり明るい。今は夕方だけど、それでも日が沈むまでは電気をつける必要がなさそうだ。部屋の真ん中には大きなテーブルが一つ。床は絨毯だからベタッと座って夕飯でも食べる用だろう。そして机とベッドとタンスみたいのがセットになって左右の壁際にそれぞれ設置されている。つまり、ここに住む二人の人間は左右にそれぞれのスペースを持つという事だ。
エリルはその左側のベッドの上で何故か正座しているから、左側がエリルのスペースなのだろう。机の上には教科書とかが並んでいて、ベッドの周りもこじゃれているし、タンスの上には時計とかの小物が並んでいる。壁にはフックみたいのが打ち込んであって、そこにエリルの……あの鎧の一部みたいな装備品がぶら下がっている。右の壁には無いから、あれは後付けか。
色々なモノが視界に入るが……全体的に、色合いが赤色だ。
「じ、じろじろ見るんじゃないわよ! あんたはあっち!」
エリルが指さした方、つまり右側がオレのスペース。当然だけど何も無いのだが――
「ふむ。」
そう言ってローゼルさんがツカツカと右側に歩いて行く。ベッドを叩いたり空のタンスを覗いたり、机の引き出しを開けてみたり……何をしているのだろうと眺めていると、ローゼルさんはニンマリしながらエリルを見る。
「使われていた形跡があるな。二人部屋の一人暮らしを満喫していたと見える。」
「いいでしょ別に! 誰もいなかったんだから!」
「ああ、わたしも別にそれは何とも思わないが……元々ここにあった荷物はどこへ行ったのかと思ってな?」
そう言ってローゼルさんが視線を移す。その先を追うと、入ってきた時は位置的に見えなかったのだが、部屋の玄関側の壁にはクローゼットのようなモノがあった。
このクローゼットも左右についているから……つまりここで暮らす人には机とベッドとタンスとクローゼットが与えられるわけだ。
「エリルくん。もしかすると、今そのクローゼットを開けると雪崩が起きるのではないか?」
「ななな、なに言ってんのかわかんないわね! そ、それよりもロイド! 荷物を片付けちゃいなさいよ!」
「ああ。」
オレは手にした私物……風呂敷に包んである服とか小物をタンスの中にばらまき、二本の剣を壁に立てかけた。
「引っ越し完了――なんだエリル、そんな変な顔して。」
「……あんた、荷物は少ないって言ってたけどホントにそれだけなの?」
「何を言っているんだ、エリル。オレはつい昨日まで馬車で旅をしていた男なんだぞ? これくらいなもんだ。」
「じゃ、じゃあそのまだ持ってる大きな荷物はなんなのよ。」
「ああ、それはわたしのだ。」
ローゼルさんはオレからその大きな荷物を受け取ると、オレのベッドの上でそれを広げた。
「なによそれ。」
「カーテンだよ、エリルくん。」
そう言ってローゼルさんが広げたカーテンは……一体どんな窓につけるものなのか、物凄くでかかった。
「これを部屋の真ん中にひくのだ。若干圧迫感を感じるだろうが、これで一応個々のスペースを分けることができるだろう?」
「おお、なるほど。つけてみよう。」
真ん中のテーブルを端によせ、椅子にのって天井にピンを打ち込み、カーテンを走らせる。普通に天井に穴をあけているんだが、二人は特に気にもせずに作業を進める。
三十分後、部屋を真っ二つにするカーテンが出来上がった。
「うん、こんなところではないかな。」
少し部屋が暗くなった感じはあるが、カーテンの向こう側は全然見えない。
「あんた、なんでこんなモノ持ってるのよ。」
カーテンをめくり、向こう側から顔を出すエリル。
「何かの時に何かの理由でもらったのだ。こんな大きなカーテン、部屋の窓にも大きすぎるからな。しかし何かに使えるかもと保管していたのだが……こういう形で役立つとはな。」
「へぇ……だけど新品みたいだし、丁寧に保管してたんだなぁ。」
「そ、そうだ。わたしは昔から物持ちがいいのだ。」
「うん、ローゼルさんはそういう人のような気がする。」
「そ、そうか。」
ローゼルさんはクリクリと髪をいじりながら玄関へと向かう。
「さて、二人で暮らすとなれば色々と取り決めが必要だろう。その辺り、じっくり話合うといい。何かあったら呼んでくれ。わたしは二階の一番奥の右の部屋だ。夕飯時にまた会おう。ではな。」
そういってローゼルさんは出て行った。
カーテンを開いてテーブルを真ん中に置いて、あたしとロイドは向かい合った。
「じゃ、じゃあルールを決めるわよ。」
「ああ。まずはエリルがいびきをかくかどう――いはい!」
「なんでいきなりそういう話になんのよ! かかないわよ、失礼ね!」
「いたた……ローゼルさんといいエリルといい、なんでほっぺをつねるかな……」
ローゼルがほっぺを? また似合わない事してるわね……
「いやぁ、フィリウスがすごくうるさかったから……おかげで商人から耳栓を買ったくらいだ。」
そう言いながらさっきタンスの中にばらまいた中から耳栓を見せてくるロイド。
「……あんた、そういう趣味があんの?」
「え?」
「それ、なんでハートマークが描いてあんのよ。」
「えぇ? だってこれが街での流行りだって言われたんだけど……」
「そんなのが流行った事なんかないわよ。残り物を掴まされたのね、きっと。」
「えぇ……」
これから色々話し合うと思って……その、結構緊張して座ったのにロイドがそんなんだから気が抜けた。夕飯にはまだ全然早いし、あたしは紅茶でも飲もうと思った。
「紅茶飲むけど、あんた飲む?」
「あ、頼む。」
あたしは茶葉を置いてる棚を開く。家のせい――ううん、単純にあたしが好きだからだけど紅茶の種類は結構そろってる。あたしはお昼の事を思い出してアップルティーを選ぶ。
「エリルは料理――しないか。」
「答える前に納得するんじゃないわよ!」
いつもなら温めるけど、今はいいかと、棚から出したティーポットに茶葉を入れる。
「だって、昨日は学食で夕飯を食べていたじゃないか。そういやなんであんな時間に?」
「……別にいいでしょ……ただ――」
そこから先、あたしがしゃべったことはそんなに話題にしたくない事のはずだった。だけどあたしは……後で思えばビックリするくらいに普通にしゃべった。
「誰もあたしの近くに座ろうとしないし、あたしもそう思わないから混んでる時間をさけてるだけよ。」
ティーポットにお湯を入れ、砂時計をひっくり返す。しばらく待つから、あたしは廊下の壁に寄りかかって横目でロイドを見る。
喜んで会話を続けたくなるような話題じゃないんだけど、ロイドはこの話を続けた。
「ああ……ローゼルさんが言っていたあれか。」
「そういうこと……もう慣れたからいいけど。」
「慣れ……か。それでも――」
「……なによ。」
ロイドの方に顔を向ける。対してロイドはあたしから視線をそらして、部屋の天井を見る。
「一人はさみしいよ。」
何か悲しいモノを思い出すような、遠くを見るような顔。
まただ。フィリウスっていう恩人の話をした時の顔。いつもすっとぼけた雰囲気のこいつは時々曇る。
「でもまぁ、もう大丈夫だな。」
ケロッと戻ってあたしを見るロイド。
「なにが大丈夫なのよ。」
「だって、要するに今まではエリルに友達がいなかったってだけの話だろ? ならもう平気だ。」
――! え?
「朝昼晩の三食だけに限らず、たぶんこれからずっと――」
――! ――! ま、待って――
「エリルの友達はここにいる。」
「――!!」
何? 何これ?
熱い。息がしにくい。心臓の音がうるさい。
ロイドの笑う顔が見れない。
朝に感じたのとは比べ物にならない。
「? 大丈夫か、エリル。」
「だだだ、大丈夫よ!」
全然大丈夫じゃない! 変よ、何か変!
お、落ち着くのよあたし! 深呼吸よ!
「エリル?」
「――!!」
いつの間にか目の前にいてあたしの顔を覗くロイドの顔――!!
「みゃああああっ!」
「だあーっ!!??」
思わずロイドを突き飛ばす。ロイドは両手をバタバタさせながら床にしりもちをついた。
「なんだ、どうした!?」
「あ、ああああんたがまたと、友達とかなんとか恥ずかしいこと言うからよ、バカ!」
「そう言われてもなぁ……伝えておきたい事はそう思った時に伝えた方がいいぜってフィリウスによく……」
のっそりと立ち上がったロイドは何かに気づいて指を差す。見ると砂時計がそろそろ落ち切りそうだった。
「……座ってなさい。今入れるから。」
あたしはなんか知らないけど震える手で紅茶を入れた。
「紅茶か。いつもはフィリウスが入れるティーパックだからなぁ。んお? 良い匂いだ。」
「アップルティーよ。その……あんたリンゴジュース好きとか言ってたから……なんとなく。」
「ありがとな。でもこれ、リンゴは入ってないんだろ?」
「これはね。本当にリンゴを使うのもあるわよ。」
「へぇ……うん、うまい。」
まだ正面からは見れないロイドとあたしは外を見ながら話す。
「……よく出てくるけど、そのフィリウスって何者?」
「? だから中年のオヤジ……」
「そうじゃなくて……どんな人かって話よ。例えば……あんたはその人と旅してたって言うけど目的とかはないの?」
「旅の目的? 知らない土地に行って……飯を食って出ていく?」
「なによそれ、何もしてないじゃない。」
「たぶん、ただの放浪なんだよ……だけどフィリウスはすごく強くて、エリルが前に聞いたみたいに、どっかの騎士だったって言われても信じられるかな。」
「イメロを持ってたの?」
「いめ――なんだそれ?」
「……知らないのね……明日にでも先生から説明されるわ。」
「え、今教えてくれないのか?」
「だって明日配られるのよ? 現物を見ながらの方がわかりや――あんた聞いてなかったの? 今日の魔法の授業。」
今日はみんなが、明日イメロをもらえるって聞いて喜んでたのに。
「聞いてたと思うけど……耳に入って来る言葉が全部意味わからんからなぁ……」
「あっそ……」
「そうだ。魔法と言えば……えっと、十二系統? をエリルに教えてもらえばいいってローゼルさんが言ってたぞ。もう授業ではやっちゃったとこだからって。」
「……べ、別にいいけど……十二系統くらい。」
「おお……やっぱり人に教えられるくらいにすごいんだな、エリル。」
本当に感心した顔で拍手するロイド。
「バ、バカじゃないの? あれくらい誰でもできるわよ。ローゼルにだってね。」
「そうなのか……というか……あれ? そういえばふと思ったんだけど……今まで友達がいなかったエリルはまぁそうとして、んじゃあローゼルさんはどういう立ち位置だったんだ? 二人、仲良いだろ?」
「いちいち友達がいないって言わなくていいわよ! ローゼルは……あたしも正直わかんないのよね……」
「えぇ?」
「何度か話はしたけど、あんな感じじゃなかったのよね……別に仲良いわけじゃないし、悪いわけでもなくて……クラスの一人ってくらいよ。クラス代表だからなのか、みんなが避け始めてからも話しかけてきたけど……」
「? でも昨日今日と結構しゃべってたよな。」
「……あんたに、じゃないの?」
「でも教室で話しかけられたりしてたじゃんか。」
「……そうね……」
そのあとしばらくローゼルの謎について話したあと、あたしとロイドは学食に向かった。ちょっと気乗りしなかったけど、大抵の生徒が学食に行く時間……今まであたしが避けてた時間にあたしたちはやってきた。
初めは周りの視線が気になった。だけどロイドがあたしの手を握って――
「何手握ってんのよ!」
「どわ! い、いや妹はいつもこうやってオレが引っ張ってだな……」
「誰があんたの妹よ!」
久しぶりに魚を頼んだあたしとロールキャベツを手にしたロイドは空いてる席を探す。やっぱり混んでる時間だから、誰かの隣でないとダメっぽ――
「ん、ローゼルさんだ。」
そう言ってロイドは一人でパンをかじってるローゼルに近づく。
「おや。座るかい?」
「ありがとう。」
ローゼルの前に二人並んで座るあたしたち。ローゼルはパンの他にグラタンを食べてた。
「あんたの相方はどうしたのよ。」
あたしにロイドっていうルームメイトできたみたいに、学院の生徒は全員寮で誰かと相部屋。だからローゼルにもそういう相手がいるはずなんだけど……
「彼女は今……説明しづらい状況でな。部屋にいる。仕方なくつい昨日までの誰かさんみたいに一人で夕食を頂いていたのだが、君たちが来てくれて嬉しいよ。」
「あんたはいちいち……ホントにあんた、ローゼル・リシアンサス? まだそのキャラに慣れないんだけど。」
「わたしも、顔を真っ赤にしてあたふたしている君にはまだ慣れない。」
「べ、別に赤くなんてなってないわよ!」
「なんだ。やっぱり仲いいんじゃないか。」
ロイドはナイフでロールキャベツを切って、中を見て感動しながらそう言った。
「ふふふ。ロイドくんは、もう十二系統は教えてもらったのか?」
「あとで教えてもらうけど……よく考えたらそんな寝る前にちょちょっとできるモンなのか?」
あたしが答える前に、ローゼルが答える。
「初歩はな。別に使えるようになる必要はとりあえずないのだ。初歩の勉強は今度ゆっくりするといい。一先ずイメロをもらう明日までに一通り経験して得意な系統を把握できればそれで。」
「またそれか。いめろってなんなんだ?」
「ふふふ、明日先生が説明してくれるさ。」
「それもまただな……」
ロイドは不満気だけど、正直イメロは口で説明するのがめんどくさい。背景とか仕組みとか、どうせなら現物を目の前にして説明を受けるべきだと思う。
特に、騎士とか魔法についてほとんど知らないこいつには。
「しかしそうか。この後やるというのであれば、わたしもお邪魔しようかな。」
「はぁ?」
あたしがそう言うとローゼルはまた意地悪に笑う。
「おや、やはり二人っきりがいいかな?」
「ななな、なに言ってんのよ! バカじゃないの!」
「なら決まりだな。お風呂の後にやろうではないか。」
「? お風呂前じゃないのか? 魔法の練習するんだろ?」
「武術や体術とは違うからな。魔法はどちらかと言うと精神の影響が大きい。お風呂に入ってさっぱりした状態というのは魔法を使う際には良い方向に働くのだ。」
「なるほど……おお、肉汁が!」
口いっぱいにロールキャベツを詰め込むロイド。それを眺めるローゼル。
……? なんかローゼル、嬉しそうね。
ご飯を食べて、少し部屋でゆっくりしてからお風呂に入ろうと思ってたらすぐにローゼルがやってきてお風呂に行こうと言った。
「今ならすいている。少しエリルくんと話したい事があるのだ。ロイドくんは部屋のを使うといい。わたしたちは大浴場に行く。」
「ちょちょちょ、何よいきなり。」
「? まさか二人仲良く部屋のお風呂に入る予定だったのか?」
「んなわけないでしょバカ!」
部屋のお風呂の使い方をロイドに軽く教えて、あたしとローゼルは大浴場に移動した。
大浴場は文字通り大きなお風呂なんだけど、そうは言っても寮の女子全員が入れるほど大きいわけじゃない。だけど部屋風呂派と大浴場派の二種類がいるからそんなにギューギューづめになる事もほとんどない。
それにローゼルが言ったように、まだ微妙に夕飯時の今はすいてる。パッと見た限り、中には二、三人しかいない。
「食後すぐのお風呂だが、まぁ仕方ない。」
広いお風呂に二人、並んで身体を沈める。
今思うとお姉ちゃんもそうなんだけど、何を食べたら……その、そんなに大きくなんのかわかんない。違う生き物なんじゃないの?
「エリルくん。」
「な、なによ。」
「そんなに物欲しそうに見られてもこれはあげられないぞ。」
「誰が物欲しそうよ!」
胸の下で腕を組むローゼルにお湯をかける。だけどお湯はローゼルを避け、ローゼルの横にパシャッと落ちた。
「……さすが水使いね……」
ローゼルの得意な系統は第七系統の水。勉強も運動も、そんでもって魔法もできるローゼルは先生にセンスがいいと言われるほど。結構制御が難しい氷への変換も難なくこなす。
美人で……ス、スタイルよくて頭もよくて……それで水と氷の使い手。一年の間じゃ『水氷の女神』とか呼ばれてる。
そんな奴が、クラス代表だから話しかけて来るだけと思ってた奴が、今あたしの横であたしと一緒にお風呂に入ってる。悪い顔しながらあたしをからかういじめっ子みたいな女になって。
「……それで、なんなのよ。話があるんでしょ。」
「そうだ。君とロイドくんの初夜が心配でな。」
「しょ!? 何考えてんのよ、変態!」
「? 単純に、最初の夜というだけの意味合いなのだが。」
そう言いつつも意地の悪い顔でにやけるローゼル。
「紛らわしい言葉使うんじゃないわよ!」
あたしは顔の半分をお湯に沈めた。
「まぁ、あのロイドくんが寝込みを襲うとは思えない……というかまず無いだろうな、彼の場合。だから、少なくともわたしは心配していないが、君はどうかと思ってな。」
「…………別に……」
ローゼルが変な事言ったから変な想像が頭の中をグルグル走り回る。だけど、さっき友達だって言って笑ったロイドを思い出すと、そんな想像がただの想像だとわかって別に不安にもならな――
「んん? どうしたエリルくん。いきなりお湯に潜って。」
な、なに考えてんのよあたし……ふ、不安に思いなさいよ、心配しなさいよ! だだだ、男子と同じ部屋で寝るのよ!?
「……でも……」
「うん?」
それでも、やっぱり。
「たぶん、大丈夫よ……」
頭からずぶ濡れになったあたしを、ローゼルは……昼間見た、口をへの字にした変な顔で見た。近くで見ると……ちょっとムスッとしてる風にも見える。
「朝は百面相で悶々としていたというのに、今は随分と落ち着いているのだな。」
「ど、どうでもいいでしょ! ていうか、ついでだから聞くけど!」
「?」
「なんであんたはこんなにあたしを心配してんのよ! あたしとあんたは仲良くお風呂に入る仲じゃなかったでしょ!」
「確かに。つい昨日――いや、二日前まで、わたしは君の事を場違いなお姫様だと思っていたよ。他の生徒と同様にな。意地っ張りで頑固者で輪の中に溶け込めないとんがった赤い人だ。」
「い、意地っ張りじゃないし頑固者じゃないわよ!」
「明らかに煙たがられているのに自分の姿勢を崩さずに前進して一人ぼっちになった君が意地っ張りの頑固者ではないのだとすると、意地っ張りの頑固者とは一握りの英雄のような存在に与えられる称号か何かという事になるな。」
「あんたねぇ!」
あたしはローゼルを睨みつけるけど、ローゼルはすまし顔。
「それでも君はお姫様。この状況は色々とまずいから、何とかならないか。先生にそう相談された時は心の底から面倒くさいと思ったものだ。」
「けんか売ってるでしょ、あんた。」
「そんな時彼がやってきた。そう、つい昨日やってきた彼はたった一日で君と仲良くなって先生から頼まれていた事を解決してくれた。初めは何も知らない無知な……使い勝手の良さそうな男子がやってきたと思ったのだがな……見ていると不思議な気持ちになり、話してみるととても心地よい。何も知らない、何も理解していないからではきっとなく、全てを理解していたとしても……お姫様である君や成績優秀で美人な高嶺の花であるわたしにも今と変わらぬ態度で接してくれるだろうと思える安心感。」
「あんた、いい性格してるわね……」
「そんな彼を見ていたら、いつもムスッとしていた君が表情豊かに顔を真っ赤にしていた。間の抜けたロイドくんとより赤くなった君。君たちといるととても落ち着くのだ。」
「……」
「ロイドくんを見習ってこっぱずかしい事を言うが、わたしは君の友人になったつもりでいる。これはそうであると思っていいのだろうか?」
ローゼルは、先生たちに見せるような優等生の優等生っぽい笑顔じゃなくて、女の子としての笑顔をあたしに向けた。
「……なんであたしの周りはこんなんばっかなのよ……好きにすればいいじゃない。」
「ああ、そうさせてもらう。もっとも……」
気持ちのいい笑顔を一瞬で黒い笑顔に変えるローゼル。
「君はすでに、わたしの中では友人以上のちょっとした存在になっているようだがな。」
昨日は宿直室のシャワー。今日はお風呂。二日も連続でお湯を浴びるとはなんて贅沢なんだとしばらく感動していたが、明日からもこれが続くと思うと喜びが倍増した。
日中着ていた服で寝る事がしょっちゅうだったオレだが、今日オレが着ていた服とはつまり制服。さすがにあれを着て寝るのはダメだと思い、オレはオレの私服を寝間着にすることにした。ローゼルさんあたりに「また物乞いか?」と言われそうだが、しかしオレはこういう服を二着持っているだけだからどうしようもない。二つの内、洗濯してからまだ一度も着てない方を身に着け、オレはベッドの上に座った。
エリルと紅茶を飲んでいたこともあって今はカーテンが開いている。壁を背にして座るとエリルのスペースが視界に入る。これが女の子の部屋か! と思いはするものの、壁にかけてある鎧の一部のせいで昨日の燃えて爆発するエリルを思い出し、そんなウキウキ気分は失せていく。
「……」
何とは無しに、オレは壁にかけてあるそれを手に取る。ごつい装備だが、オレには小さくて手が入らない事に少し驚く。こんな小さな手であんなパワフルに……
「あ、そうだ。今日はあれをサボっているな。」
お風呂に入る前に気づけば良かったんだが……んまぁ、今となってはそれほど汗もかかずにできる。
「何やってんのよ。」
ベッドの上で、フィリウスに一日一回やるようにと言われたオレの日課をやっているとエリルがローゼルさんと一緒に戻って来た。
「また物乞いか? ロイドくん。」
「寝間着になるようなのはこれしかなかったんだよ……」
エリルとローゼルさんは寝間着だ。エリルは……オレは服の種類についてはさっぱりだから何とも言えないが、ふんわりして袖とかにふりふりしたのがついているフンワリしたピンク色の服で、下はスカート――あ、いや、上と一体だから……えぇっと、確かワンピースだかツーピースだか、そんな感じのあれだ。
んでローゼルさんは……これはわかる。パジャマだ。水色に青色の水玉のパジャマだ。
「ロイドくん。そんなにじろじろ見られると恥ずかしいのだが。」
「な! ロイドのスケベ!」
「えぇ! 見てるだけでか!」
「そしてロイドくんは何をやっているのだ? ベッドの上で棒なんかクルクル回して。もしやあの剣術の修行か?」
「そんなところだ。この棒はフィリウスがくれた練習用の棒でな。剣よりも回しやすいんだ。」
「しかしロイドくん、ベッドの上であぐらをかきながら両手で二本の棒を高速回転させている光景というのは曲芸を通り越して気味が悪いぞ。」
「な! 両手で回せるようになるまで大変だったんだぞ! んまぁ、まだこの棒じゃないとできないけど……いつかは二本の剣をクルクルと回せるようになるんだ。」
「それで、あんたのそれはあとどれくらいで終わるのよ。」
「あと九百ってとこだ。」
「は? 九百……回転ってこと!?」
「一日一万回転が日課だ。あとちょっと待っててくれ。」
「一日一万か……もはや君の手がどう動いてその棒が回っているのか見えないくらいだが……その数を毎日なら納得というモノだな……」
数分後、オレは棒を置いて部屋の真ん中のテーブルの近くに座った。横にはローゼルさんで正面にエリル。
「よし、そんじゃエリル。オレに魔法を教えてくれ。」
「わたしはところどころ手伝ったり付け加えたりしよう。ではエリル先生、よろしく頼む。」
オレとローゼルさんがエリルの方を見ると、エリルはちょっと照れながら授業を始める。
「……とりあえず、十二系統を細かく説明するわ。」
「細かく?」
「十二系統は大きく分けて三つのタイプに分けれるのよ。」
「お、割り算だな? 一つにつき四系統だろ。」
「均等じゃないわよ、バカ。一つ目のタイプは強化。これに分類されるのは第一系統の……そのまんま、強化の魔法よ。」
「強化……というと何だ?」
「例えば……あんたの剣に強化の魔法をかけると、すごく頑丈になったり切れ味が増したりすんのよ。」
「自分の身体に使えば、運動能力を上げることもできるのだ。最もポピュラーで得意な系統がこれでなくともある程度使えてしまう、簡単な魔法だな。」
「えぇ? それじゃあその強化が得意ってなったらガッカリだな。」
「そうでもないさ。強化を得意な系統とする者は通常の何倍もの効果を持たせる事ができる。上級の騎士ともなれば、空気の硬度を上げて武器にしてしまうくらいだ。」
「空気が武器? イメージわかないな……」
「いつでもどこでもどんな形の武器でも取り出せるって事よ。しかも元が空気だから目に見えない。」
「うわ、それはやばいな……」
重さが無いだろうから自分の腕力だけでなんとかする事になるのだろうけど、それでも――例えば物凄く長い剣を空気で作ったらそれだけでやばい。
「二つ目のタイプは自然。これには第二から第八までの系統が分類されるわ。」
「雷、光、火、土、闇、水、風の七つだ。それぞれ順番に数字が与えられているから、大抵は第二系統の雷とか、第四系統の火という言い方をする。」
「エリルとローゼルさんはここに入るわけか。エリルが火でローゼルさんが水。」
「そうよ。このタイプの魔法は人によってできるできないが分かれるタイプで、全部ある程度使える奴もいればどれも全然って奴もいる。」
「傾向として、この自然を操るタイプの魔法を得意な系統として持つ者は他の自然の力もそこそこ使える場合が多い。」
「てことは、二人は他の自然の力も結構できるってことか。」
「あたしはメインが火で、サポート的に風を使えるわね。他のもそこそこ使えるけど、騎士としての戦闘に使えるのは……今はその二つね。」
「わたしは戦闘に使える使えないで判断すると水しかできないな。他は初歩ができる程度だ。」
「へぇー……結構人の差が大きいんだな。」
「特訓すればどの系統もかなり昇華させる事はできるがな。相当大変だ。」
つまり、全部の系統を使ってやろうって欲張って修行する頑張り屋さんを除けば、大抵は自分の得意な系統を磨いて強くなるってのが騎士なわけだ。
「そして残りの第九から第十二系統に分類されるのが……事象とか概念って呼ばれるタイプ。」
「事象? いきなり難しいな。」
「強化や自然に比べると特殊なのだ。そのせいか、魔法を使う者の割合で言えば、概念タイプを得意な系統とする者は少ない。」
「レアモノって事か。それでどんな魔法なんだ?」
「第九系統が形状、第十が位置、第十一が数で……第十二が時間よ。」
「形状と位置と数と時間? 変な面子だな。」
「だが、戦うとなれば侮れない系統だ。形状は文字通り物の形を操る。硬いモノをグネグネと曲げたりするのは勿論の事、生き物の身体までいじれる。自分の腕を増やしてみたり――」
「ケガしたり、例え腕や脚を失っても元の形に戻すって方法で再生できるわ。」
「……えらくトリッキーな戦いになりそう――っていうかなんで二人とも、さっきから戦う事を想定してるんだ?」
素朴なオレの疑問は、二人にとっては当たり前の事だったらしく、エリルはあきれ顔でローゼルさんはふふふと笑う。
「あんたね……騎士っていうのは誰かを賊とか魔法生物から守る人なのよ? こんな便利な魔法って技術を使わない悪者なんかいないし、魔法生物はもちろん魔法使うのよ?」
「ああ……なるほど。」
言われてみれば、魔法を使う奴が一人もいない賊にオレとフィリウスは襲われたことがない。
「話戻すわよ。次の第十系統の位置は場所を操る魔法。何十キロもの距離を一瞬で移動できたりするわね。」
「おお、便利だな!」
「戦いで使えば、なんの予備動作も無しに相手の背後にまわることができる。」
「おお……やばいな……」
「すごい人は自分以外のモノを触れずに移動させることもできるわ。相手を一瞬で空高くに移動させたり、地面の中に埋めたり。」
「最強じゃんか……」
「そこまでできる奴なんて数えるくらい……っていうか一人しか知らないわ。」
「い、いるのか。そんな奴が一人……怖いなぁ……」
「それで……次の数はそのまんまモノの数を操るわ。」
「……あんまりすごそうじゃないな。」
「ふふふ。数を得意な系統とする騎士は大抵、遠距離武器の使い手になると言えばその恐ろしさがわかるかな、ロイドくん。」
「遠距離……あ、まさか弓とか銃か!? 矢とか銃弾の数を増やせるのか!?」
「そうよ。銃で言えば弾の数は無限だし、撃った後に数を操れば一回撃っただけで十とか二十の弾丸を相手に放てるのよ。」
「うわ……単純にやばいな。」
「ふふふ、随分とボキャブラリーの少ない事だな。さっきからやばいしか言っていないぞ?」
「だって……やばいし。」
「まだ一番やばいのが残っているがな。」
「じ、時間か?」
「第十二系統、時間は……一番特殊な系統よ。これを使える奴ってのは必ず時間を得意な系統としてる奴。そうでない奴は絶対に使えない系統。」
「加えて、時間を使える者は他の系統がからっきしになるという特徴もある。」
「? つまり……時間を使える奴は時間専門って事か。」
「そうよ。しかも割合的には一パーセントにもならないくらいに使える奴が少ないの。時間を使えるってだけで名前が残るくらいよ。」
「そんなにか! てことはやっぱ……すごい効果を持った魔法を使えるんだろ……?」
「文字通り、時間を使える者は時を操る。相手の時間を遅くして一方的に攻撃できたり、大きな傷を負っても自分の時間を戻して治したり、子供に戻れたり老人になれたり……世界の時間を進めたり止めたり戻したり。」
「神様だな、そりゃ。」
「でも、歴史上そこまでできた時間使いはいないわ。そもそも、時間は使うマナの量が尋常じゃないから軽々と使えないし。」
「ふぅん……となると、一番バランスいいのは二つ目の自然だったりするのかな。応用も色々できそうだし。」
「そうかもね。さ、次はあんたの得意な系統を調べるわよ。」
「お、おお! 何するんだ?」
「初歩の魔法を使ってみるだけよ。第一系統なら……そうね、ペラペラの紙を固くしてみたり、第二系統なら指先に電気を出してみたり。」
そう言いながらエリルが調べるのに使うんだろう、色んな小物をテーブルの上に並べた。
自分の得意な系統……どの系統も面白そうだからどれでもいいような気もした。だけど……なんとなく……
「風……」
「え?」
「オレ、得意な系統が風だったらいいな。」
「なんでよ。」
ふと思い出す、オレの恩人の背中。オレに戦いを教えた中年のオヤジは、剣の一振りで爆風を引き起こし、敵を吹っ飛ばしていた。
あの大剣と比べればオレの剣は小さい。それにあの豪快さは真似できないし性格的にも合わないと思う。だけど憧れている。オレも、あんな風にできたら――
「……なんとなく、かっこいい。」
「……あっそ。じゃあ風からやってみるわよ。」
「ではまた明日。良い夜を過ごすといい。」
そう言ってローゼルが、意地悪な顔じゃない、口をへの字にした変な顔で帰ってった。
ロイドとローゼルと話してたせいでもうそれなりの時間。あたしたちは真ん中のカーテンを引いて寝る事にした。
いつもより狭く感じる部屋だけど、ベッドにもぐれば気にならない。寝っ転がった時に見える風景は何も変わってない。だけど――
「……寝れるわけないじゃない……!」
すぐそこ。歩いて数秒のところにロイドがいる。それだけであたしは死にそうだった。
ロイドの得意な系統探しは一瞬で終わった。だってロイドのそれはロイドがそれがいいって言った風だったんだから。
大雑把にしか見てないからあれだけど、たぶんロイドはローゼルと同じタイプで得意な系統が特に得意って感じ。他も一応できるだろうけど使うのは風だけになると思う。
風……火と相性がいい風――
「――!!」
ベッドの中でじたばたする。
そうだ、あいつはどうなのよ。静かだけど……まさか、あたしがこんなに――こんなになのにグーグー寝てんじゃないわよね!
あたしは、あとで思うと大胆な事をしたと思うんだけど、ベッドから抜けて、カーテンをそっと引いて、ロイドの方を覗いた。
まだ何もないロイドのスペース。本人は布団にくるまってグーグー寝てた。
「……むかつく……」
鼻でもふさいでやろうかとベッドに近づくあたしは、布団の隙間から何かが飛び出してるのが見えた。
脚……手? にしては細いわね……
部屋は暗かったけど、飛び出してるそれが月の光を反射したのを見て、あたしはそれが剣だって事に気づいた。
「まさか……」
あたしはロイドが自分の剣を立てかけた壁を見る。剣は二本あって、一本は鞘におさまってるんだけど、もう一本はその鞘しかない。
「……」
あたしはそっと布団をめくった。そしたら、布団からはみ出してる抜身の剣をしっかりと握ってる手が見えた。
どうして? と一瞬思ったけど、ロイドの寝間着を見て思い出した。こいつは、つい昨日のお昼前まであっちこっちを放浪する旅人だった。
武器を持って、魔法を使って、悪い事をする連中っていうのは今の時代たくさんいる。この街……首都みたいな大きな街なら騎士もいるし何も心配することないけど、そうじゃない場所じゃ話は別。
たぶん野宿もしてたんだと思うけど、寝てるところを賊とか野生の生き物に襲われるなんてよくある話……だから、例えそうなっちゃったとしてもすぐに反撃できるように武器を手にして眠る。
あたしにとっては変な光景でも、ロイドにとっては普通。
あたし……ううん、この学院の誰とも、根本的に違う人生を歩んできた男の子。
それでもって、この学院の誰よりも実戦経験がある。もしそうじゃなくても、少なくともあたしたちよりは緊張感のある人生を送って来た。
こいつが騎士になったら、きっと変な騎士になる。こいつが言ったみたいに、大切な人を守れればいいっていう……家族とか、愛する人だけの騎士。
「きっとバカにされる。変な騎士って言われる。でも守られる側からしたら、もしかしたらそういう騎士が一番うれしいのかもしれないわね。」
あたしは自分のベッドに戻る。さっきまでのドキドキが嘘みたいになくなった。むしろ今までよりも……
「……おやすみ、ロイド。」
一人でそう呟いて、あたしは目を閉じた。
騎士物語 第一話 ~田舎者とお姫様~ 第二章 変な優等生
難しいですね、ラブコメ的なモノって。
上手に書ける方は、そういう経験をしているのでしょうか?