ほんじい
図書館から借りた本を開けてみたら、小さなおじいさんがはさまっていた。
「こりゃ、しまった。わしとしたことが」
おじいさんは、はずかしそうに顔を赤らめた。
おどろいた。これが世にいう、小人さんというものかしら。私は夢でも見ているのだろうか。
「あなたは誰ですか」
「わしは、どこにでもおる本好きのじいさんじゃ」
いや、どこにもいないだろう。今まで一度も見たことがない。
おじいさんの話によると、むかしむかし、本が大好きな文学少年がいたそうだ。あまりに本が好きすぎて、彼はとうとう本の中に入ってしまった。
それから、彼は本から本へとわたり歩き、今ではすっかりおじいさんだ。図書館にある一冊の本に入っていたところ、私に借りられて、今こんなことになっているということだ。
「まあ、これも何かの縁じゃ。二週間ほど世話になるわい」
図書館の本は、二週間まで借りられる。今すぐ返しにいってもいいのだが、おじいさんがいやがった。
「おまえさんの家の本を見せてくれ。なんのおかまいもいらんわい。わしゃ、本があればそれでいい」
どうやら二週間もいすわる気らしい。
図書館とはまたちがう本が楽しめるといって、おじいさんは本棚へ向かってピョンピョンはねていった。
小さなおじいさんを、私は「ほんじい」と呼んだ。
ほんじいは、ありとあらゆる本の中に入っていった。本は閉じていても、かってに入れるようだ。
たまたま本を開いたら、さし絵の中にほんじいがいた。最初からそこに描かれていたかのように、しっくりと絵の中にとけこんでいる。
初めはびっくりしたが、だんだん慣れてきた。ときどき、本が小さく動いたり、風もないのにページがめくれるときは、ほんじいが中にいるのだとわかった。
ほんじいは、おなかがすいたら、本に書かれているごはんを食べるらしい。料理本でも絵本でも小説でも何でもいいようだ。
「おやつなら絵本がうまいぞ。あまくて、ふんわり、うまそうな絵までついとる」
そんな話を聞くと、ほんじいがうらやましくなる。
「じゃあ、あの大きなおなべいっぱいのカステラも食べられるんだね」
「もちろんじゃ。絵本のなかまといっしょに、ならんで食ったさ」
小さいころに読んだ絵本を思い出す。あの見開きいっぱいの絵の中に、動物たちにまじって、ほんじいがカステラを食べている。
想像したら、おかしくて笑ってしまった。
「本の世界は楽しい?」
「もちろんじゃ」
ほんじいは、にかにか笑って本の中にもぐってしまった。
図書館に本を返す日が、とうとう来てしまった。
「また二週間、貸し出しをのばすことができるんだよ」
そう話したら、ほんじいは首をふった。
「だめじゃ。おまえさんは本を読み終わったんじゃろう。図書館の本を待っているのは、おまえさんのほかに、たくさんおるんじゃ」
「私の部屋の本だなにいる気はないの? これから新しい本も買ってくるよ」
「だめじゃだめじゃ。わしのためでなく、自分のために本を買わなきゃ」
「寂しくなるね」
「本を読みおわるときは、そんなもんじゃ」
ほんじいは、開いたページの上にちょこんと立っている。本を閉じてしまったら、ほんじいと「さよなら」をしなくてはいけない。
「また、会えるよね」
「わしは図書館の本の中におる。縁があれば、また会うじゃろう」
ほんじいは、にっかりと笑った。
私はいつもワクワクしながら図書館の本を開く。それは、私しか知らない秘密をこっそりのぞくような楽しみだ。
本を読んでいればいつかまた、ほんじいに会えるかもしれない。
こんどは他の子が、ほんじいを見つけるのかもしれない。
「こりゃ、しまった」といって、ほんじいは顔を赤らめるのかしら。
あれやこれやと浮かぶ想像に、私は思わず、にんまりと笑ってしまう。
ほんじい