夏の日

きりもんじ

あらすじ

(短編小説)別れた娘に子が生まれた。初孫だ。選挙応援を口実に東京に向かう。旦那はどんな男だ?幸せな家庭なのか?お母さんはどうなのか?実際を確かめに若林治は夜行バスに乗った。

首都決戦

若林治は58歳。京都で土産品店をやっている。
夜はとある団体の地区幹事である。

妻と息子娘の4人でマンションに住んでいる。
息子は大学生娘は高校生だ。

妻は昼前に店に来て花壇の世話をしたり、
隣の店のパートのおばちゃんとおしゃべりしたり
時々店を手伝ったりしてとても健康的な毎日を送っている。

6月のある晩地区の集まりがあった。
日ごろは温和な総地区部長が、

「みなさん、ご苦労様です。いよいよ首都決戦
の日が近づいてまいりました。この中に東京に
友人知人のおられる方はいませんか?若林さんは?」

若林は急に名指しされて言葉に詰まった。
「あのう、いることはいるんですが二人」
「ほう、何区の方でしょうか?」
「二人とも足立区ですが・・・それが」
「それが?」
「別れた前の嫁はんと娘なんです」
「・・・・・」

「毎年夏の出張の時に、こちらから一方的に連絡とってるだけ
なんですが、おととしその娘が結婚して去年子供が生まれたとかで。
しかしこのことが今の妻にばれるととんでもないことになりますので、
どうしたものかと迷っています」

「そうですか・・・・会いたいでしょうね」
「ええ、それはもう。前の嫁さんはいいとしても、娘の旦那と孫には
あって見たいです。幸せな雰囲気さえつかめれば、安心なんですが」

「そうですか。それではしっかりと勇気を奮い起こして会って来て下さい。
今の奥さんには選挙の応援に日帰りで東京に行ってくるということで、
我々も協力いたします」

「ええ、今の妻は活動には大賛成なのですが」
「相手さんに選挙の事は無理して言うことはありませんよ。
勇気を奮い起こして会ってくる。それだけで十分です」

「わかりました。しっかりと勇気を奮い起こして行ってきます」
若林の顔は輝いていた。拍手が起こる。
他にもニ三人が手を上げて会は終わった。

その晩帰宅して若林は妻に言った。
「首都決戦で地区の責任者としてとにかく1日でも
東京に行かなあかんのやが」

「それは是非行ってらっしゃい。私がなかなか活動できないから
私の分も戦ってきてください。店は暇な時期だから大丈夫よ」
「そうか。千葉の甥っ子にも会うてくるわ。原宿の友達と
蔵前の仕入先と、結構大変や」

「わざわざ京都から来たという事がすごいことなのよ、
気をつけて行ってらっしゃい」
「よっしゃ、ほな頑張って行ってくるわ」

夜行バス

夜は10時30分発の新宿行き高速バスである。
中年以上は二人ほどで後は全部若者だ。

何で又高速バスでとその中年を見つめると、
相手もそんな眼差しで見ていた。

京都駅8条口はものすごい数の高速バスで
どのバスか探すのに一苦労する。
ほとんど同時刻に出発するのだ。

途中何度か休憩に寄る。足の長い隣の青年が
そのたびに失礼といって外へ出る。

若い頃から何度も乗ってる高速バスだが
もうこの年になるとあまり気が弾まない。

寝たか寝ないかのうちに新宿に着いた。
朝7時、地下鉄で江戸川区の篠崎に向かう。

地下店舗はまだシャッターが閉まっていて
人はまばら。篠崎に甥っ子がいる。

この甥っ子は二つ下で兄弟のように育った。
先にこの団体に入会し大幹部だったが、

金銭トラブルを起こして去年除名になったばかりだ。
密かに誇りに思っていた甥っ子、どうしていることやら?

篠崎で下りて番地を頼りにアパートを探した。
まだ午前7時過ぎでさわやか夏の朝だったが、

もう太陽がぎらついていた。今日も猛暑になりそうだ。
駅から歩いて15分の所に古ぼけたそのアパートはあった。

本人には何も連絡していない。2F1号室しかと名前が
書いてあった。新聞も入っている。

なんだ、ちゃんと生活はできていそうだ。
そう思って一旦駅まで引き返して8時に電話を入れた。

ひょっとして女の人が電話口にと思ったが、はたして
昔のままの甥っ子の太い声だった。

「おお兄貴。何今篠崎の駅?分かるかアパートまで?
15分くらいだ、外で待っているよ」

ほぼ15分。甥っ子は外に出た待っていた。
はるか遠くから手を振っている。

見栄っ張りでパフォーマンス好きは少しも変わっていない。
おっちょこちょいのお人よしだ。

「女っけはまったくないのか?」
「そんな、全然ないよ」
「生活は?」
「今クレーン車を動かして月30万、半分は返済にまわしてる」
「追いつかんだろう?いくらあったんだ?」

「6000万。マンション売って、何やかんだであと3000万」
「何で自己破産せへんかったんや?」
「色々ややこしいことがあってな。同志が絡んでるし
3000万は絶対返さなあかんと思ってる」

「もっと地道にやれんもんかの?」
「まあな、そこが兄貴と違う所よ」
「奥さんと子供は?」
「嫁はんはノイローゼになって実家に引きこもってしもうた。
千葉の田舎。子供たちは3人とも元気じゃ、もう働いとる」

「そうか。問題はお前じゃの」
「そのとおり。問題はわしじゃ。一生背負うていかなあかん」

甥っ子

「今日仕事は?」
「もうそろそろ行かなあかん。あの路上に止めてある
トラックで現場へ行って帰ってくるのは6時ごろ」

「そうか、わしは柏と原宿と蔵前を回って6時に寄るわ」
「わかった。選挙の応援やろ。柏って?前の嫁さんの?」
「そうや、娘が3年前に結婚しての、去年二人目が生まれた」

「ほうか、もうおじいちゃんか」
「そうよの。男の子らしいんじゃが、こういう機会がないと
とてもよう会えん」

「そうやな。連絡はしてあるんか?」
「いやまだや。現場に着いて番地探しや。会えんかったらそれまで
じゃ。もう一生来る事はなかろうて。縁があれば必ず会える」

「そうじゃの。勇気を奮い起こして何でもチャレンジ !
兄貴、これは一生俺も変わらんよ」
「そうや、それがすべてじゃ、はっはっは」

二人、元気が出てきて大笑いした。
さあ出発だ。午前9時前、陽射しはかなりきつくなってきた。

西船橋から武蔵野線に乗り換えて柏へ向かう。この時間帯はとても
すいていてゆっくりと田園地帯を走る。

冷房がよくきいていてとても涼しい。時折停車駅でドアが開くと
熱風が入り込んでくる。外は猛暑に違いない。もう一度乗り換えて

10時半に柏駅に着いた。キャタピラー三菱との記憶を元に
松葉町を探した。外は猛暑だ。バス停前で路線を探す。流れ出る汗。

もう30度は軽く越えている。すごい陽射しだ。路線はよく分からない。
近くの人に聞いた。乗り場は向こう側だそうだ。30分に1本。

今のうちに食事を済ませておこう。もううだるような暑さの中、
向かいの中華料理店に入る。あー涼しい。温度差が体の隅々まで浸透する。

中華丼を注文し冷たい水をごくりとひとのみ、やっと我に返った。
テレビが猛暑を伝えている。熊谷40度とか言っている。

体温以上の猛暑だ。熱中症に注意。睡眠不足もあって目を閉じれば
すぐにも眠ってしまいそうだ。

炎天下

中華丼、食欲は十分だ。大丈夫。会えなくてもいい。
とにかく近くまで行ってみよう。娘は(有)イルカネット

というものをやってるらしい。ホームページの製作会社だ。
できのいい娘だ。人柄もよくて皆から好かれる、昔からそうだった。

その母とはヨーロッパ放浪の旅で知り合って帰国して結婚した。
3年間子供ができず、やっと授かった子宝だ。

団体にも入会したばかりでその活動にもアクセサリーの仕事にも
必死で頑張った。そして7年後、前の嫁さんは娘を連れて

足立区の実家へ帰った。原因は活動にのめりこみすぎたのと
男の子を欲しがったこと。海外の夢ばかり追って何一つ

いい生活をさせられなかったからだ。正式に離婚して
養育費を払い続けた。その後も年に1度は娘の声を聞いた。

中学高校と優秀な成績で卒業できたこと。お母さんとは
とてもうまくやってること。イルカが好きで琉球大学を

受験して失敗したこと。その後出版社に勤めたこと。
そして3年前結婚して去年二人目の男の子が生まれたこと。

その間こちらは再婚して二子をもうけ土産品店も軌道に乗り
今までで一番幸せだ。たぶん前の嫁さんも娘も幸せに違いない

とは思うのだが。よほどのことがなければ確かめに行こう
などとは思わない。それでいいのだ。

放っておいた方がいいに決まっている。孫に会えたところで
それがどうした。もう付き合うことがないんだから、
余計なことだ。

今にも眠り込みそうになりながら気を取り直した。
いやいや選挙のためだ。理由は何でもいい。

行動することだ。若林は勇気を奮い起こして
ゆっくりと立ち上がった。お金を払ってドアを開ける。

『むおっ』
思わずめまいがして倒れそうだ。ものすごい熱風と陽射し。

若林は頭の中が真っ白になった。この暑さじゃ何も考え
られない。その中を自動ロボットのように歩き出した。

炎天下、バス停で待つこと10分。気が遠くなりそうだ。
バスが来た。機械的に乗り込む。意識と体とが完全に

遊離している。何も考えてないのに体だけが勝手に動く。涼しい
車内、もう降りるのはいやだ。このままずっと座っていたい。

キャタピラー三菱までは30分の道のり。しっかりと冷気を
体に蓄えるべく心して呼吸し続けた。

できるだけゆっくり走ってくれ。祈る思いもつかの間、
ほどなく次で下りねばならぬ。ボタンを押した。

もう絶対下りねばならぬ。扉が開く。はたしてものすごい熱風の中
一人国道に降り立った。人影は全く見えない炎天下を

松葉中学校を目指して歩く。上り坂だ、熱い!とにかく暑い!
喉が渇く。ものすごい汗だ。自動販売機でポカリを買って飲む。
飲みすぎると脱水症状になる。控えめにこまめに飲む。

灼熱

木蔭がわずかに向こうに見える。
さえぎるものの無い超炎天下だ。
番地を確かめ歩く。熱い!

体中がほてっている。まだまだ先だ。
絶対に倒れてはいけない。お題目を
あげながらさらに歩み始めた。

陽射しをさえぎるものが全く無い。
大きな平屋の家ばかりが続く。
木蔭まではまだだいぶ先だ。

松葉中はこの坂の先なのだろう。必死で歩む。
干からびた自分に死の影がよぎる。
朦朧とした中にふと笑いがこみ上げてきた。

俺はいったい今何をしているんだ?
意識が体の歩みから完全に分離して、
ひたすら大笑いしている自分が、
今の自分をじっと見つめていた。

自嘲気味な笑いが急に真顔になって
耳元でささやく、
『なにしてんにゃ、頑張るしかないやろ』
もうどうでもよくなってきた。

意識が遠のいていく、が、足取りははっきりと
していて確実だ。又どこかで、
『頑張りや今が勝負やデ』
と聞こえた。

まぶしさに耐えられず目をつぶって歩いている
自分がいた。やっと木陰だ、坂の頂上だ。
一息ついてポカリを飲み大きく深呼吸をする。

眼下に大きな高層マンション群が見えた。
松葉中らしき学校も見える。
『ここだ。この中に娘と孫は住んでいる』

大難関をひとまず克服した実感から、
意識がはっきりと覚醒してきた。
体力も気力もみなぎってきた。
さあ探すぞ、これからが本番だ。

何とか部屋を探し出し何らかの証を残さなければ、
死ぬ思いでここまで来たかいが無い。
祈りを込めて探す。

はたして娘のマンションはこの中にあった。
(有)いるかネット。その下に姓は違うが
懐かしい娘の名前があったからだ。

知見(ともみ)、あまり無い名前だからすぐに分かった。
仏の悟りと言う意味だ。しるみしるみと小学生
の頃はからかわれたそうだ。

始めて妊娠が分かった時、誰からも男の子だと言われて、
壁に男の子の名前を貼って祈っていた。
ところが女の子だったので、今でも悪いとは思っている。

よほど男の子が欲しかったと見える。実際そうだった。
その後の離婚の原因にもなるのだが・・・。
慌てて法華経の中からこれにしようと決めたものだ。

娘からは後日、
「うらんでなんかいないよ。ともみ
と言う名前はとても多いので『知る見と書きます』
と言うと分かりやすくて、誇りにしてる」

と言われた時には思わず涙がにじんできた。
いい娘だ。幸せでいてくれればそれでいい。

やっと着いた

いきなり行く気にはなれない。
ひとまず近くを回ってどこかで一息入れて、
まずは電話でもと大きく深呼吸をした。

立派なマンション群だ。夫と子供二人、
そしておばあちゃんの5人暮らし、
幸せそのものではないか。

このマンションなら4LDK以上はありそうだ。
分乗だろうか?賃貸だろうか?

夫はどんな奴だ?その両親はどこに住んでる?
うまくいってるかどうかも全く分からん。

マンション群の中央にスーパーがあった。
木蔭伝いに40℃の熱波の中をやっとの思いで、
スーパーに入った。涼しい!生き返った!

ここから電話をかけることにしよう。
トイレに入り頭を洗って大きく深呼吸をした。
冷静な自分がよみがえってきた。

『ここは千葉県の柏だ、娘と孫が住んでいる』
『俺はいったいここで何をしているんだ?』

もう一人の自分が現実の自分の一見おろかな行為に
ため息をついている。

『電話して3回コールして出なければすぐに引き返そう』
弱気な自分がそう言い聞かせていた。

もう一度大きく深呼吸をして腹を決めた。
『使命のためだ。選挙のためだ。勇気を持って壁を破れ』

階段下の電話機のところへ行く。やっぱりやめようか、
の心を抑えてポケットからテレフォンカードと手帳を出す。

受話器を回した、心臓が高鳴る。
『ブルルル。ブルルル。ブル(カチャ)』

「はい、今村です」
懐かしい元妻の声だ。
「あ、若林です。京都の」

「えー?どーしたの?なんで?今どこから?」
驚いて戸惑っている。いやな感じではない。懐かしい昔のままだ。

「選挙の応援に東京に来て、今すぐそこのスーパーの中」
「ええっ?そこの?」
「そう。先にいるかネットを確かめて、あまりの熱さだったから
ひとまずスーパーで冷やしてから、今電話してる」

「そう、今皆出払って私一人だけど、遠慮なく上がってきて」
「ああ、ありがとう。スイカでも買ってゆっくりと歩いていくよ」

再会

四つ切のスイカを買った。大きく深呼吸を
してスーパーを出た。むっとした熱風が
息を塞ぐ。すでに暑さは40℃位か。

ゆっくりと猛暑の中を歩みはじめる。
木蔭沿いにものの5分もしないうちに
着いてしまった。

4階までの階段を上る。流れ落ちる汗。
次第に気が遠くなっていく。
扉の前で大きく息を吸って呼び鈴を押した。

『ピンポーン』
『はーい』
すぐに扉が開いた。12年ぶりだ。
少し老けたか、もうおばあちゃんだ。

こちらも相当老けて見えてるはずだ。
「よく来れたわね?」
「ああ、住所探すのは得意」
「そうよね。昔から得意だったよね」

四つ切のスイカを手渡す。
「ありがとう。とにかく入って」
君子の歯切れのいい関東弁も懐かしい。

「おじゃまします。今日皆は?」
「健ちゃんはお仕事。知見は二人の子と病院に
行ってる。夕方パパと合流して一緒に帰ってくるわ」

「健ちゃんていうんだパパは?」
「今山健一、警察官よ」
ダイニングのテーブルに座りながら、
「警察官?」

「そう。何か飲む?ビールでも?」
「いや、ビールは。麦茶でも」
かなり広そうなマンションだ。しかも新しい。

君子は冷蔵庫を開けながら、
「5年前に結婚してもう男の子2人よ」
「もうおばあちゃんか。親父さんは亡くなった
て聞いたよな。お母さんは元気?」

グラスを置いて君子も座った。
「元気元気。今は私と二人で毎週山歩きと温泉よ」
「そうだよな。出張先から2度ほど電話した時、
2度とも出かけていたよな。1度電話でパパと話してる」

「パパは子煩悩でとても助かるのよね、そういう時」
「しあわせそうだね?」
「まあね。お母さんも父が亡くなって今こそ自由と
あれこれやりたかったことしてるわ、忙しそうよ」

「そうそう、いるかネット検索しても出ないよ」
「うそ?ちょっと来て」
君子は立ち上がって自分の部屋へ行く。

若林は後についていく。
「広いねえ」
「2世帯住宅。分譲でパパが買ってくれたの」

義姉

君子の部屋は大きなベッドがどーんとあって、
サイドテーブルにノートパソコンが置いてある。

「パパの実家は徳島で長男が跡を継いでて次男の
パパはもう自由。もう見放されてるって感じ」

君子はパソコンを起動する。
「ほらでたわよ。知見はホームページ製作の会社を
立ち上げて、全部自分でやっちゃうのよ」

「おっ。ほんとだ、すごいな!」
テーブルの脇に輝美姉さんの写真が飾ってある。
「あ、これは?」

「そうそう去年の秋に輝美姉さん亡くなったの乳癌で」
「乳がん?」
「それもほんとは初期で簡単な手術のはずだったのに・・」
君子は涙ぐんだ。

「手術ミス?」
「そう。国立がんセンターだったんだけど・・・病院側が
素直にミスを認めて。義兄さんも親戚も相当悩んだんだけど。
和議して訴訟は起こさなかったの」

「ふーん。辛かっただろうな」
若林はひざまずいてお題目を三唱した。
座りなおして、

「一緒にフィリッピンのサンタローサに行ったよね」
「そう、クモヒトデがいて息子の学が泣いて、
知見がきょとんとしてた」

「雨上がりに、蛍が綺麗だったね」
「ハンモックからずり落ちて」
「夕食の後のダンスで俺だけ皆と合わなくて」

「それが又姉さん翌日キャピキャピの超ビキニ!」
「サイズ合わなくてはみ出てた」
「そう、相当思い切ったのよ。はじめは泳ぐ気も無くて
借りた水着は合わなくて。あの頃が一番楽しかったみたい」

「そうだよな。買い物しててフライトに乗り遅れそうになった」
「あなたが悪いのよ」
「税関でリュック一杯のポカシェル、全部庭にまくんだと
言ってひやひや物だった」

「お姉さんもやきもきしてたわよ。大変な旦那さんねって」
「ははは、天国でも怒られそうだな・・・・
あの輝美姉さんが手術ミスか、残念だなあ」

近況

「もうそれ以上言わないで、悲しくなるから」
パソコンをしまいながら君子は、
「シャワーでも浴びてきて、汗大変でしょ。
パパの着替えを出しとくから」

「ありがとう。帰りに又これを来て帰るから乾かせるかな?」
「そうね。大丈夫でしょ」
若林は自分のTシャツを君子に手渡した。
12年の空白が一瞬途切れたような気がした。

若林はシャワーから出てダイニングのテーブルに座った。
よく冷えたウーロン茶が出ている。
「タバコやめたの?」

「2年前に大怪我をしてタバコも酒もやめた。
ついでに爪かむクセも、ほら」
若林は両手の爪を見せた。

「あ、ほんとだ。すごい!相当の大怪我?
私、タバコ失礼させてね」
「ああいいよ。その大怪我とは実は・・・」

若林は出張先で夜釣りに行って突堤に墜落、骨折し。
半年間ギブスだった事件を語った。

「そうだったの。失明に次ぐ大事故ね」
「何とか変毒為薬しなければと、それ以降禁酒禁煙
ついでに爪かむクセもきっぱりと止めた。
お袋が知れば泣いて喜ぶと思うよ」

「すごいわね。人間革命?」
「お金周りは相変わらず最悪だけど誇れることはこれかな」
「もう冒険はしないの?」

「それが・・まだまだこれから。小説と中国」
「小説と中国?」
「スペインで1ヶ月ボーッとしてた頃憶えてる?」

「おぼえてるわよ。レストランでお財布盗まれたもの」
「あの頃ちょっと小説書きかけたけど、今長編2本と
短編が10数本完成してる」

「そんなに?」
「ここ2,3年あちこち公募に出してはいるんだけど、
全く入選は難しい」

「相当難しいのね?」
「もう公募はやめて誰が読もうが読むまいが書き続けて
いこうと思っている。一生の仕事になりそう」

「そして最後は中国と言うわけね?」
「そう、仕入れもあるしね」

若林は一息ついて時計を見た。
「あ、甥っ子に電話しなくちゃ」
「そこの電話使っていいわよ」
「ありがとう。じゃ借りるね」

若林は手帳を見ながらプッシュする。
「ああ勝彦?無事着いて今お邪魔してるところだ。
昨日の晩も夜行バスで今晩も夜行だから、昼は猛暑で
もう限界。頭がボーっとしてる。夕方には戻るから」

そう言って受話器を置くと急に眠気がさしてきて
そのままテーブルにうつふして眠ってしまった。

夕方、3人が帰って来た。
君子が灯をつけて若林が目覚める。
「パパ達が帰って来たわよ」

玄関が開いて、
「あ、お客さんだ!」
の声が聞こえた。知見とパパと男の子2人。

「あら?お父さん、急に又なんで?」
「選挙で東京に応援に来たついでに」
「ああ、都議選ね」

パパと子供たちが揃って、
「はじめまして。いらっしゃーい」
「はじめまして。直人と亮太だなパパとは電話で2回。
いつも温泉旅行ですみませんねこの二人」
「いえいえ。どうぞごゆっくり」

なごやかな笑い声に包まれる。君子が、
「で、病院はどうだった?パパ?」
「うん、しばらく様子を見ようということで・・」

「結構いるんだって、直人のようなマイペースな子は。
人の言うことを全く聞かないのよねえ」
「ああ、耳はちゃんと聞こえているし、物事の判断も
つくので、そう心配しなくていいって」

「逆に下の亮太は何にでも興味を示すし、行動的で
かまってくるから、兄弟何とかシンドロームといって
全く逆の性格になるんですって」

「そうかそうか。まあ、そう不安がることはないよな」
「おじいちゃんがそういえばまず安心」
知見がそういうと皆で笑った。

パパと子供たちは居間に行く。
若林と君子と知見3人テーブルに座っている。知見が、
「改めましてお久しぶり?10年ぶり?」

「銀座で就職先の休憩時間に抜け出してきて、
三越のレストランで食事をした」
「あの時以来ね。お母さんとは?」
「12年ぶりになるかな?」
「そうね、もうあっという間ね」

「おじいちゃんだ。孫、どう?」
「そうだな。選挙が無かったら一生
会えなかったかも知れんな」
若林はそう言ってうれしそうに微笑んだ。

別れ

「いい旦那でとても幸せ。実家は四国の徳島で
長男が後をついで、お父さんは3年前に亡くなって、
お母さんは親戚の多い四国のほうが断然いいって」

「こっちの若夫婦はほったらかし」
「私とお母さんとおばあちゃんの思いのまま」
「そういうことか。分かった安心したよ。
そろそろ行かなくちゃ」

「勝彦さんとこ?」
「そう、勝彦とあって食事して、夜行バスで帰ります」
「じゃ、子供たちと送っていくわ」

「そうね、そうしてあげてあのバス停まで。
北柏駅のほうが近いわよ」
「柏駅からバスでキャタピラー三菱で降りて、
あの炎天下を歩いてきたんだって」

「ええっ!あの40度の真昼間に?暑かったでしょう。
今はもう涼しくなってるわ」
「そうね」
「じゃあ行ってくる。直人、亮太!いらっしゃい!
おじいちゃん送っていくから」

二人の子供たちは「ハーイ」と後を駆けて来る。
君子とはこれが最後になるかもしれない。
ふとそんな気がした。もうここにくることもあるまい。

それはもう余計なことだ。そんな気持ちで君子を見つめた。
「さようなら」
「おげんきで」

扉がしまり階段を下りる。
子供たちが駆け回っておってくる。孫だ。
「すぐわかった?」
「ああすぐに分かった。ちゃんといるかネットと書いてあったから」

「暑かったでしょう?」
「ああ、半端じゃないなこの暑さは。ちゃんと部屋を確かめてから
スーパーで一休みして電話した」

「おとうさんらしいね」
「そしたらすぐにお母さんが出て。とにかく暑くて夜行バスで
睡眠不足で行き倒れしそうだった」

「むりしないで。昔とは違うんだから」
「ああ、わかってる。皆元気そうだ?」
「お母さん、おばあちゃん。もう元気元気!」

バス停に着いた。孫達は走り回っている。
バスが来た。
「あのバスで終点だから」
「ああわかった」
「直人、亮太!おじいちゃんバスに乗るから」

子供たちがハーイと言ってまとわり付いてきた。
若林が知見と孫達に見送られてバスに乗る。
「じゃあな、バイバイ」
「バイバーイ!」
子供たちが手を振る。
バスが動き出した。

知見も手を振る。
孫がバスを追ってくる。
「バイバイ、おじいちゃん、またきてね!」
「ああ」

バスの速度が速くなり、皆立ち止まって手を振った。
若林も思いっきりの笑顔で手を振った。
しっかりと孫と知見の顔を確かめながら・・・・。

                      −完−

夏の日

夏の日

(短編小説)別れた娘に子が生まれた。初孫だ。選挙応援を口実に東京に向かう。旦那はどんな男だ?幸せな家庭なのか?お母さんはどうなのか?実際を確かめに若林治は夜行バスに乗った。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-01-06

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. あらすじ
  2. 首都決戦
  3. 夜行バス
  4. 甥っ子
  5. 炎天下
  6. 灼熱
  7. やっと着いた
  8. 再会
  9. 義姉
  10. 近況
  11. 別れ