怪奇月食

茂木ケンイチ

2011年に皆既月食が起きた時書いたものです。

(……大人は大変だな……)
 今、ぼくたち四人家族は、広い体育館にダンボールで仕切られた小さな場所に住んでいる。ぼくたちだけじゃない、三十くらいの家族が住んでいるはずだ。小さな村だから、どの家族もみんな知っている人ばかりだ。
 一昨日起きた地震と津波で家が倒れたり、流されたり、水に浸かったりしたので、高台にある学校の体育館に避難してきたんだ。
 今日も父さん母さんたち大人の人たちは、村に戻っての仕事が大変だったんだよ。津波で流されちゃった人を捜したり、家の大切なものを見つけに行ったりで、一日中歩き回ってきたから、父さんは貰ったお弁当を食べてすぐ眠っちゃったよ。今も僕の隣で毛布に包まって寝息を立てているよ。母さんも、反対側にいる妹が小さいから脇で添い寝してたけど、子守唄を口ずさみながらいつの間にか一緒に眠っちゃったよ。
 ぼくたち子供は、外に出ると危ないからって体育館にずっといるものだから、夜になってもなかなか眠れないんだ。それに、停電で電気は点かないから何もすることがないんだよ。今、夜の十一時頃だと思うけど、ぼくは月の明かりが反射する体育館の天井をただ見つめているだけ――。
 すすり泣く声が、ぼくたちのいる所から離れた方でするけど、体育館の中はしーんとしているから結構よく聞こえるんだ。ぼくは知っているよ、誰が泣いているのか。同じクラスで学級委員長をしている中久喜翔子さんなんだ。お母さんが津波に流されてまだ見つかっていないんだって。ぼくも心配していて声を掛けてあげたいと思っているけど、女子と話をするのが苦手なので、ただ遠くから見ているだけなんだ。
 だけど、ぼくは中久喜さんには助けてもらったことがあるんだ。
 体育が不得意なぼくは、足は遅いし球技も苦手。ドッジボール大会でぼくのせいで負けた時なんかみんなから文句を言われたし、運動会のリレーで転んで抜かれた時も、一週間くらい誰も話をしてくれなかったんだ。そんな時、学級委員長の中久喜さんはぼくをかばってくれて、いじめっ子の春日君に立ち向かって行って、
「春日君だって図工じゃ安本君に勝てないくせに!」
 と、言ってくれたんだ。それからはみんなもぼくのことをあまり馬鹿にしなくなって、話もしてくれるようになったんだ。
 あの事があってからぼくは、頭が良くて性格も良くて背が高くて勇気があって、みんなから人気のある中久喜さんが好きになったんだ。
 だから、今辛い思いをしている中久喜さんを、今度はぼくが勇気付けてあげなくちゃと思っているんだ。
 明日、言うよ。絶対!
 父さんから聞いたけど、他にもぼくが知っている人が死んで――じゃない、まだ見つかっていないんだって。
 一人は、春日君のお父さんなんだよね。
 今、春日君はお母さんとお兄ちゃんと、お母さんの実家がある隣の県に避難しているからこの体育館にはいないんだ。可哀そうだと思うけど、最初その話を聞いた時、いつも意地悪ばかりするから罰が当たったんだ、泣いている顔を見てみたいと思っちゃったんだ。
 だけど、春日君ともうずっと会えなくなるのか、しばらく会えないだけなのか分からないけど、ちょっと寂しい気もする。
 もう一人は、家の並びの角にあったタバコ屋のお婆さんなんだ。
 うちは父さんと母さんが小さなお弁当屋さんをやっていたんだけど、タバコ屋のお婆さんは一人住まいで、毎朝お弁当を買いに来てくれたお客さんなんだ。だけど、必ず文句を言うんだ。
 ぼくと妹が朝ごはんをお勝手で食べていると――お店はお勝手のすぐ前だからお客さんが誰だか分かるんだけど――ご飯に髪の毛が入っていたとか、魚が腐っていたとか、ホウレンソウに虫が入っていたとか、毎日なにか文句を言うんだ。
「絶対そんな事はないんだから、お婆さんにきちんと話した方がいいよ」
 ぼくは父さんにそう言ったことがあるんだけど、
「そういうことを言うお婆さんだって事はみんなが知っているし、ある意味可哀想なんだよ。だから、素直に聞いてあげているんだ」
 だって。それで、おかずを一つおまけしてあげると、
「しょうがないねェ」
 そう言いながらニコニコして帰るんだ。ぼくは、毎朝それを見るのがとても嫌だったから、いなくなって正直清々した気分だった。
だけど、お店が無くなっちゃったのはとても寂しいよ。
 もう十一時半を過ぎた頃かな。体育館の中はとても静かで、起きている人は誰もいないみたい。
 実は、これからとても楽しみな事が起るんだ。十一時五十分から始まる天体ショー、それは皆既月食。一週間前にインターネットで知って、学校でも友達と話が盛り上がったし、テレビでも、今回の皆既月食を見逃すと、三年後の二〇一四年五月まで見られないって大きく取り上げていたから、結構みんな知っていた筈だけど――今はそれどころじゃないよね。
 
 ぼくはそっと起き上って、足音に気を付けながら体育館から忍び出た。
 東の空に浮かび上がった満月からの明かりで、今までは村を見渡すことができたはずだけど、今は瓦礫しか見ることができない。その先に見える海は、一昨日の怒り狂ったような姿はまるで嘘のように、今は静かに穏やかな輝きを放っている。
 照らされた校庭を少し歩いて、ぼくはブランコに腰掛け満月を見上げた。
 ――その時がきた。月が下の方から欠け始めた。ぼくは何を考えるでもなく、ただ、ワクワクしながらも静かに欠けていく月を眺めていた。なんだか月もこのまま消えて、二度と見ることができないんじゃないかって気になってきた。
 一時間ほどして、月は地球の影にすっぽりと入り全く輝きを失った。天体ショーも大勢で見てこそショーなのであって、たった一人で見ていたら急に寂しさを覚えてきた。
 暗闇の中、おぼつかない足元に気を使いながら体育館に戻ってみると――いない、誰もいない! 暗くて見えないんじゃない。父さんも母さんもみんながいなくなってしまったんだ。
 ぼくは森閑とした体育館が怖くなって、ただただ校庭に走り出そうと後ろを振り返った。そうすると、眼下に広がる村の明かりが、人の温もりを感じさせる村の明かりがそこにはあった。四日前の景色と何ら変わりのない村の夜景が、赤銅色に変化した月の下ぼくの目に映った。

「ご飯できたわよー。早くしないと学校遅れるわよー」
 いつもの母さんの声でぼくは目が覚めたんだ。なんだかボーっとしたまま階段を下りていくと、
「いらっしゃいませー」
 父さんの元気な声が店から聞こえたよ。
「昨日のご飯は固かったねェ」
 あっ、あのお婆さんの声だ。また文句を言ってらあ。
「すみません。これをひとつ付けておきますんで……」
「そうかい、悪いねぇ。今度は気を付けておくれよ」
 何にも変わらない今日の始まり。地震は無かったのかなあ? 津波は起こらなかったのかなあ? それなら中久喜さんの泣いているところ見なくて済んでよかったよ。
 ぼくは急いでごはんを食べ終えると、いつものように妹と学校へ急いだ。途中で会った紺野君が、「皆既月食まであと一週間だね」って言っていたよ。そして、いろいろ調べてきたことを教えてくれて話が盛り上がったんだ。
 ところが、学校へ着いて、下駄箱で上履きに履き替えようとしたら上履きが無いんだ。
「やーい、やーい」
 春日君が、あっかんベーをしながらぼくの上履きを振りかざしているんだよ。相変わらず意地悪なんだよね。それを見ていた中久喜さんが、春日君の後ろから手を伸ばしてぼくの上履きを取り返してくれたよ。
 一週間後、皆既月食になっても、みんな何も変わることはないよね。

怪奇月食

読んで頂きありがとうございます。
同じ趣向の人がいるとうれしいですね。

怪奇月食

主人公の少年を通して、月食が起きる前と後で変ったもの変わらないものとは?

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-12-11

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