今日の天気 第4章 ~著・神無月世界~
前の三つの章とは少し違う感じに進んでいく第4章。
前々からやってみたかった事を、今回やっております。
今日の天気 第4章 ~著・神無月世界~
ドイツ。フランクフルト。ドイツの経済の中核を担うこの街のとある建物に二人の男がいた。建物の名はバルトロメウス大聖堂。多くの観光客がいる中、その二人だけはカメラも地図もパンフレットも持たずに立っている。
「たぶんこれはお前にしかできないことだ。」
汚れの一つも見当たらない真っ白なスーツを着た金髪の男、サマエルは左右で色が違う瞳でもう一人の男を見る。
「やってくれるか?」
「それが自分の道のためならば。」
もう一人の男は神父だった。ただし首から下げているのは十字架だけではない。古今東西、あらゆる宗教の象徴がぶら下がっている。
「……頼んでおいてなんだが……勝算はあるか?」
「自分には使命があります。それを果たすまで、世界は自分に生きろと言います。ただ……」
「ただ?」
「苦戦は確実ですね。」
神父はゆっくりと出口に向かって歩いていく。その姿を見たサマエルは思わず呟いた。
「……あと少しってとこで……発動はすぐそこなのにな。」
「はっはっはーっ!誰に向かって口をきいてるんだ?おれは力を持っているんだぞ?お嬢ちゃんはとっとと家に帰りやがれ!」
完全雑魚敵やられ役のセリフを吐く男を、私はあきれ顔で眺めていた。隣ではルーマニアが半目になってため息をついている。
「見ろよこれを!」
男が拳をギュッと握って高くあげる。すると男のまわりに無数の水滴が出現する。
ここは私の通学路の途中の二車線道路の歩道。時刻は夕方。ここを歩いている人も少なくないのだが……その道の真ん中で男は力を使った。通行人の邪魔極まりない。
「ルーマニア……こいつは?」
「んー……ここまでくると言いたくないんだが……《水》のゴッドヘルパーだな。」
「ちょっと前なら「強敵だなっ!」って言って身構えるところなのに……なんだろう、この脱力感。」
「昔、《水》のゴッドヘルパーは第三段階になって炎すら操ったっつーのに。オレ様もなんだか悲しいぜ。」
リッド・アークとの戦いからしばらくして、私たちの仕事は急激に増えた。だがだからと言って毎回先輩と戦った時みたいな戦闘が起きるわけではなく、言ってしまえばほとんどが余裕の一言なわけなのだが。
サマエルが何かに対して焦っている。ルーマニアはそう言った。
あの後、サマエルは世界各地に出現するようになった。そして、呪いによってゴッドヘルパーという戦力を集めると同時に、《常識》のゴッドヘルパーを発動させるために第二段階以上のゴッドヘルパーを増やすという行為が行われなくなったのだ。
それはそれで一安心なのだが、新たな問題を生んだ。
サマエルが今までしてきたことはこうだ。神を倒すための戦力になりそうなゴッドヘルパーに声をかけ、共感してくれる奴はそのまま、そうでない奴は呪いをかけて戦力とした。そしてある程度戦力がそろったところでゴッドヘルパーの存在を公にし、第二段階のゴッドヘルパーの絶対数を一気に増やそうとした。今までそれをしなかったのは強力な力を確実に自分の側に置くためだ。勝手に自覚された場合、サマエル側に引き込みにくくなる可能性があるのだ。
ゴッドヘルパーの存在を公にするという行為はリッド・アークとの戦いが初めてだった。つまりそれ以前に行っていた呪い等は、前提として「ゴッドヘルパーの存在をやたらめったらに広めない」ということがあったのだ。だから呪いを受けたゴッドヘルパーは暴れるにしても基本的に活動は夜だったのだ。
だがサマエルが忙しいせいか呪いの統制がなくなり、呪いを受けたゴッドヘルパーが昼間っから暴れるようになったのだ。
そもそもゴッドヘルパーの存在を公にすることで何故自覚するゴッドヘルパーが増えるのか。その行為の目的は、不思議な力が使われる光景を目にした人に「もしかしたら自分にも。」と思わせることだ。その考えは大きなキッカケとなり、私のように何かに対して特別な気持ちを持っている人なら確実に自覚する。サマエルがあの戦いを街のど真ん中でやったのはそのためだ。
リッド・アークとの戦いで私たちが勝利したことでサマエルの計画は失敗したわけだが……真昼間に暴れるゴッドヘルパーが出てきたことで公のものにするということが実現してしまったのだ。
結果、ゴッドヘルパーの「ゴ」の字も知らない第二段階が急増し、私たちが走りまわっているわけだ。ゴッドヘルパーの具体的な仕組みを知らないような第二段階……それは今まで戦った相手とは比べ物にならないくらい……弱い。なぜなら自分のイメージを《常識》までに昇華させるという行為をしないので実に単純な現象しか起こしてこない。というか自分の出来ることを増やせるということを知らないので最初に出来たことしかしてこないのだ。
もちろんその「真昼間に暴れている呪いを受けたゴッドヘルパー」も敵として現れる。だがその数はゴッドヘルパーの「ゴ」の字も知らない第二段階に比べると圧倒的に少ない。
たまに呪いを受けた奴と戦うと「そうだよなぁ、ゴッドヘルパーってこれくらい厄介だよなぁ……」とか思うぐらいだ。
「こいつの相手するよりも後始末の方が大変ってどーゆーこったっつー話だぜ。」
真昼間から暴れる呪いを受けたゴッドヘルパーと何も知らずに力をふるうゴッドヘルパー。この二つのせいで周囲の人の記憶の消去が大変なのだ。
ルーマニアによると、天界は「止むを得ない」と言ってだいぶ強引な手段を使い、この状況を打破するゴッドヘルパーを探し出して手伝わせているとか。《情報》や《忘却》や《脳》と言った、「記憶を消せるゴッドヘルパー」が天使と一緒に頑張っているらしい。あの《情報屋》、《記憶》のゴッドヘルパーが見つかるのも時間の問題だとか。天使たちが手段を選ばずに探せば見つからないこともないのだとか。
「んまぁとりあえず……こいつをぱぱっと気絶させて、ちょっとでもあいつらの仕事量を少なくすっか。」
「そうだな。」
私とルーマニアはため息をつく。それを見た《水》のゴッドヘルパーは突然声を大きくしてわめいた。
「ま……まさかお前ら!仲間内から聞いたぞ……確かおれらみたいに魔法を使える奴らを始末してる連中がいるって!それがお前らだな!言え!目的はなんだ!」
「……こいつ今「仲間内」っつったか?」
「その人達も倒さないと……うわぁ、メンドクサイ。」
「しかもこいつ今「魔法」っつったか?」
「そう思いたくなるのはわからないでもないけど……」
実際はそれよりも高度で強力なものだ。なぜならゴッドヘルパー一人一人が世界を変える力を持っているのだから。
「わかったぞ!お前らはこの力を独占しようとしてい」
「なぜだーっ!今のオレ様はクリスやリッド・アークの記憶を消したことを軽く後悔してんぞ!」
「それは後悔しちゃいけないけど……きっとルーマニアはすごい力の持ち主で、かつて数多の強敵と戦ったから……物足りなさを感じてるんだよ……」
ルーマニア。本名ルシフェルはかつて悪魔の王だった。天使たちと激戦を繰り返した最強の悪魔であり、最高位の天使だった。
私は……第三段階の《天候》のゴッドヘルパー。私の中には空がいて、私の望む《天候》を実現させてくれる。この世のものとは思えない災害を引き起こすことができ、イメージを確固たるものにすることでビームも撃てる。……自分の強さを羅列するとは私らしくないけど……なんだかそんな気分になる。
言葉が悪いが……重ねて私らしくないが…………こんな雑魚と戦う気力はない。
「この水でお前の鼻と口をふさいでやるぜ!」
……《光》を完璧にコントロールし、姿を消したり結界を作ったり光の球体を生んだりした先輩の存在を教えてあげたい。
「ウォーター……」
《硬さ》を操り、空気を固めて武器にしたりビルを片手で倒したり雷を防いだり地面を底なし沼みたいにしたクリス・アルガードの実力を教えてあげたい。
「ショットォ!」
《反応》の力を極め、ありとあらゆる攻撃を無効化したリッド・アークの圧倒的な力を教えてあげたい。
「……」
決して速くない速度で飛んできた水玉を私は横からの風で吹き飛ばす。
「なっ……!?」
「……逆に何の攻撃ならケガせずに気絶してくれるんだろう……」
「おれのウォーターショットが……!」
なにがウォーターショットだ。ジュテェムさんのグラビティ・ボールを見習うといい。
私は自覚している生まれつきの半目をさらに半分にしながら片手をあげる。
「くっそー!おれがやられても他のメンバーがぁぁぁ!エレメンツ・フォーがぁぁぁっ!」
《水》のゴッドヘルパーは私の四分の一目状態横方向強風によって壁に軽く叩きつけられ……気絶した。
「……えれめんつふぉー?」
私が八分の一目で言うとルーマニアが記憶を消す輪っかを男につけながらやる気なく言う。
「目撃者の記憶消去は他にまかせる……こんなアホのために動く天使たちが哀れでならねーぞ、オレ様は。」
「それ、自分も入ってるだろ。」
「当り前だ!(くわっ!)」
俺私拙者僕はインターホンを鳴らすのだよ。
「アザゼルなのだよ。」
『しばしお待ちを。』
キリリッとしたおじいさんの声がそう言うと目の前のでかい門がゴゴゴと開いたのだよ。
ここはクロアちゃんのお家。と言っても門からお家の扉まで車で一〇分かかるという広さなのだよ。無駄に広いっていう言葉がぴったりなのだよ。
一〇分後、俺私拙者僕は扉の前に立つのだよ。
「ようこそいらっしゃいました、アザゼル様。」
さっきのおじいさんが扉を開けてくれるのだよ。……アザゼル様って言われるとどうも昔を思い出すのだよ。まだルーマニアくんがルシフェル様って呼ばれてたあの頃を。ルーマニアくんがどう思ってるかはわからないけど、俺私拙者僕は今みたいにみんなが「おい、アザゼルー。」って気楽に呼んでくれる方が嬉しいのだよ。
「こんのバカゼル!」
うん?そんな呼ばれ方は初めて……
「なに堂々と正面から来てるのかしら!?」
扉の先にあるのは広ーい……何て言うのかな、目の前に階段がどーんってあって左右に階段が分かれているのだよ。こーいう場所はなんていうのだよ?まぁとにかく、扉をくぐったらクロアちゃんが超ダッシュで現れてなんだか高そうな壺を投げてきたのだよ。
「んまぁたまにはなのだよ。」
壺を受けとめながら俺私拙者僕が言うとクロアちゃんはこれまた超ダッシュで階段を降りてきて俺私拙者僕の手をつかんで引っ張るのだよ。
「とりあえずこのアタシの部屋に来るのですわ!!」
引っ張られて放り込まれたのはクロアちゃんの部屋なのだよ。いやー、俺私拙者僕の部屋の三倍はあるのだよー。
「俺私拙者僕の存在は既にロウ家には知られているのだよ。神様を信じる人っていうのは今じゃ珍しいのだよ。アザゼルの名前を出して反応したのは雨上ちゃんとこの家の人ぐらいなのだよ。」
「あなたのせいでこのアタシはお父様に変に応援されているのですわよ!?「神から使命を受けるとは素晴らしい!」とか言われて!平民からならともかくこのアタシが尊敬するお父様から応援されるなんて……」
「あっはっは。クロアちゃんはファザコンなのだびょうっ!?」
殴られたのだよ。
「それで?一体何の用なのかしら?」
「うん……」
俺私拙者僕はほっぺをさすりながら答える。
「ちょっとした緊急事態だな。」
俺が壁によっかかり、クロアがベッドに腰掛ける。この形がいつもの形だ。俺はマキナから借りた資料をぺらぺらとめくりながら話すことをまとめている。するとクロアが眉間にしわを寄せながらこう言った。
「アザゼル……あなた、ずっとその口調と表情でいることはできないのかしら?」
「ん~……これは俺の性分というか性格というか……生き方だからな。」
「生き方?」
「人生は……天使の俺が人生はおかしいかもしれんが、人生は楽しむもんだ。死ぬ時に「いい人生だった。」って言うことを俺は目指してる。だから本気にならないとやばい事とかが無い限り、俺は楽しむようにしてるんだ。」
そう言うとクロアは顔をふせて小さな声で何か言った。
「このアタシはこのアザゼルに協力しようと思ったのに……」
「何か言ったか?」
「いいえ!用件を聞きますわ!」
「この前の顔合わせで会った……」
「このアタシは行ってませんわ。」
「そうだったな……ようは俺らと同じイギリス担当のゴッドヘルパーの中にな、《物理》のゴッドヘルパーがいたんだ。」
「《物理》……?」
「《重力》とか《速さ》とか……物理的事象を操るゴッドヘルパーだ。」
「それ……このアタシの明晰な頭脳でも理解ができないのだけれど。どうして管理するシステムが重なる存在がいるのかしら?《物理》がいるなら《重力》も《速さ》もいりませんわよね?」
「管理してる場所が違うんだ。」
「場所?」
「そうだな……クロアはパソコンわかるか?」
「このアタシを誰だと!」
「よし、んじゃあフォルダとファイルをイメージするんだ。今ここに《物理》っていう名前のフォルダがある。そしてその中には《重力》や《速さ》などのファイルが入っている。さらに、そのファイルをクリックすると《重力》なら《方向》や《加速度》、《大きさ》などのファイルが入ってるとしよう。」
「それで?」
「《物理》のゴッドヘルパーは《物理》フォルダを、《重力》のゴッドヘルパーは《重力》のファイルを管理しているんだ。」
「……具体的に話してくれないかしら?」
「それじゃこうしよう。《物理》のゴッドヘルパーと《重力》のゴッドヘルパーが同時期に自覚、つまり第二段階になったとしよう。自覚したての頃にできるクリック回数は一回。」
「ふんふん。」
「《物理》のゴッドヘルパーのスタート地点は《物理》フォルダだから一回クリックすると《物理》に分類される多くの事象を操れるわけだ。対して《重力》のゴッドヘルパーのスタート地点は《重力》ファイルだから一回クリックで《重力》の深い所まで操れる。ここでこの二人を《重力》という立場で見てみよう。」
「……」
「《物理》のゴッドヘルパーができるのはせいぜい《重力》の強さを大きくするぐらいだ。だが《重力》のゴッドヘルパーは強さはもちろん向きも範囲も操れたりするわけだ。」
「……そのかわり《重力》のゴッドヘルパーはそれしかできない。だけど《物理》のゴッドヘルパーはそれ以外にも操れるものがあるわけですわね。」
「それが違いさ。そしてこの違いの意味を無くしてしまうのが第三段階。」
「鉄心の友人のことですわね?」
「鉄心?……ああ、鎧か。そうだな。雨上は《天候》だから本来なら《天候》フォルダの管理で止まる。雨上が降らす雨と《雨》のゴッドヘルパーが降らす雨とじゃその性能やできることが違うはずなんだ。だけど第三段階はクリックできる回数が普通より多い。だから本当なら《雨》のゴッドヘルパーじゃないと出来ないことも出来てしまうんだ。」
「ふぅん……それでそれが何か?」
「……質問したのはクロアだった気がするが……まぁいいか。さっき言った《物理》のゴッドヘルパーはな、あともう少し時間をかければ第三段階になると言われていたほどのゴッドヘルパーだったんだ。」
「だった?」
「雨上と同じように何回もクリック出来る力を持っていた……だからめちゃくちゃ強かった。だけど……」
「だけど?」
「昨日殺された。」
「こ……!?」
「ああ……ん?心配するな、俺たち天使も協力してくれた人間を「あー死んじゃった」で終わらせないよ。天界の秘術を使って生き返らせてる。今までの生活に一切の支障はでない。」
「生き返らせることができるなんて初耳ですわ!ならこのアタシたちは死を恐れることなく敵に向かって行けるわけですわね?」
「いや、死なれたら困るよ。」
「……?」
「死ぬとシステムは他の生物に移ってしまう。だからその人はゴッドヘルパーじゃなくなる。言い方は悪いが……例えば雨上が死んだとすると、折角第三段階にまでなった戦力を失うことになる。」
「育てて、芸まで仕込ませたペットが死んだら……またゼロからその芸を他のペットに教えないといけないわねって感じかしら?このアタシたちを物か何かと勘違いしているんじゃなくって?」
「そんな考えはないよ。でも実際そういう状況だから嫌だね。」
俺は軽くため息をつく。
「《物理》のゴッドヘルパーはサマエルとの戦いの際に大きな戦力になる。そう思っていたんだが……昨日殺されてしまったんだ。」
「誰に?」
「わからない。サマエルの傘下のゴッドヘルパーなのかどうかも不明だ。パートナーだった天使も何が起きたかわからなかったらしい。文字通りの瞬殺だったとか。」
「それが……どうして緊急事態なのかしら?」
「そういう恐ろしく強い奴がここ、イギリスにいるってことさ。」
クロアは《ルール》のゴッドヘルパー。それにクロア自身の性格が合わさって「相手の攻撃を否定する」という力を持っている。いや、持っていたか。
あの戦いの後、クロアに能力の詳細を教えた。やはりしばらくの間はまったく力が働かなくなったりするという事態が起きた。あれは実にこころに影響されやすい力だからだ。だが時間もある程度経ち、徐々に元に戻りつつある。完全に戻った時、クロアは傷一つつけることのできない最高の防御力を持つゴッドヘルパーとなるだろう。
ここイギリスでリッド・アークと戦ってるときは戦いと戦いの間がそれほどなかったから出来なかったが、現在、少なくともイギリスは安泰。ゆっくりと時間をかけて力をものにして……と思っていたのだがそこに起きたのが今回の事件だ。
「今のクロアにかつての無敵さはない。今狙われると一番危ないんだよ。」
「……事実ですから……認めますわ。それでその問題の解決策はあるんでしょうね?」
「それはね……」
俺私拙者僕はにこやかに言うのだよ。
「俺私拙者僕が四六時中クロアちゃんの傍にいることなのだぶぅぉわっ!」
枕をぶつけられたのだよ。
あれからだいぶ経った。「あれ」というのはリッド・アークとの戦いのことだ。
私がルーマニアと出会ったのが一年生最後の期末試験が終わった辺り……つまりは春休み前。
私がしぃちゃんと出会い、クリス・アルガードと戦ったのが春休み中。
私がリッド・アークと戦ったのが二年生、一学期の最初の方。
まとめると一連の出来事は二月~四月に起きたことということになる。
そして今はと言うと……六月だ。もう夏が近い……というかもう気温は夏だ。暑い。
五月の間はサマエルがあちこち飛び回り、何もわかってない素人ゴッドヘルパーがうじゃうじゃ登場したぐらいで大きな戦いは起きていない。
そして六月という時期は二年生最初の中間テストの時期でもある。意味がわからないのだが、中間と期末の間は実に短いのだ。
「なんのために二回にわけてるのやら……」
私は一人、席で呟いた。
下敷きでパタパタと風を送っている人が目立つ私のクラス。ちなみに今は授業中である。
「おーい、下敷きがパタパタとうるさいぞー。」
先生が扇いでいる人を注意する。
「だったらクーラー付けて下さいよー!」
注意された人が文句を言うと先生はにこやかに答えた。
「なんだこのくらいの暑さ!まったく最近のやつはクーラー部屋にこもり過ぎだぞ?外で運動しろ。先生がガキの頃はなぁ……」
言うことだけをピックアップすると体育の先生だが……今私たちが受けているのは国語だったりする。
私は窓際なのでオープンされた窓から風を受けているのである程度は涼しい。……というかその風は私が起こしているのだが。
昼休み、今日は購買で買ってきたパンを教室で食べている。しぃちゃんはおにぎりを持ってきたらしく、それを食べている。
「おお、このおにぎり、中にアイヨリが入ってるぞ。」
「……あんたのおじいさん、なんかのゴッドヘルパーじゃないの?」
《情報屋》が言ってたように、しぃちゃんのおじいさんは今フランス料理にはまっているらしい。
ちなみにアイヨリとはにんにく+マヨネーズである。
「しぃちゃんは料理はできるんですか?おじいさんがあれですし。」
「いやいや。わたしに出来るのは和食だけだよ。」
「和食は作れるんですか……」
「うん、ある程度は。」
「肉じゃがとか……?」
「作れるぞ。」
「……翼は?」
「あたし?そーねー、お弁当に入れるようなものなら作れるわよ。」
「なんでお弁当限定なんだ?」
「二年ぐらい前につきあってた奴が「おれ、彼女の手作り弁当が食べたい。」とか言うもんだからその時にあらかた勉強したのよ。」
「んなっ!?花飾にはか……か……彼氏がいたのか!!」
意外と女の子なしぃちゃんが食いつく。
「まーね。」
「い……今までにお付き合いした男性は……?」
「う~ん……一〇人ぐらい?」
「おおっ!晴香は知ってたのか!?」
「ええ……その全てが破局したことも。」
「だぁって全員あたしの話についてこれないんだもの。しまいにゃぁあたしの趣味にケチつけんだから。」
翼の話はあっちこっちに飛ぶのでついていくには相当なスキルがいる。そして翼の趣味とは……この場合はどういったものを好むかという意味だが……変だから。
「あ、そーいえばねー、晴香は料理の天才なのよ?」
翼がニヤニヤしながら言う。
「そうなのか、晴香。」
「私は料理できません。天才でもありません。」
「うそ言わないのよ、晴香。カレー作ろうとしてポテトチップス作るのは世界広しと言えども晴香だけよ。」
「しょ……しょーがないんだろ……ジャガイモを薄く切り過ぎたんだから……」
「なんでそこで揚げちゃったんだい?」
しぃちゃんが大真面目な顔で聞いて来た。うう……
「そういやさ、この本知ってる?」
話が飛んだ。というか翼が飛ばした。ありがたや。
「今注目の作家なのよ。」
翼がとりだしたのは一冊の本。読書なんかしない(その外見に反して)翼が本を持ってるとは珍しい。
「おもしろいのか?それ。」
私が聞くと翼は難しい顔をした。
「あたしはおもしろいとは思わなかったわね。でも好きな人はめちゃくちゃはまる……そんな感じ。なんかこれ書いてる人、色んなジャンルの話を書いててさ、この人の本を読んでいくと必ず自分好みの作品に出会えるとかなんとか。一定の年齢層とかじゃなくて、全ての人に対してウケる文章を書けるっていうらしいのよ。」
「全ての人にウケる?それは魔法のようだな。」
しぃちゃんがもしゃもしゃとおにぎりをほう張りながら言うと翼が否定する。
「そう言うと語弊があるわね……一つの本が全ての人にウケるんじゃなくて……つまり、あたしにウケる文章も書ければ晴香にウケる文章も書けるし、鎧にウケる文章も書けるってこと。」
「なるほどなるほど。でもやっぱりすごいな。」
「あたしはこの作者がゴッドヘルパーなんじゃないかと思ってんだけどね。」
キラッとメガネを光らせながら翼はニンマリとする。
「《文章》のゴッドヘルパーとかかしらね。文章に魅力を持たせることができる感じ?」
ちょうど……音切さんみたいな感じだ。でも私はゴッドヘルパーの力で人気だからと言って否定はしない。そもそも害は無いのだから。人を喜ばせたり感動させたりできるのならそれでいいと思うのだ。
「ちなみなんて名前なんだ?その作者。」
「かみ……かみなし……?」
翼はその作者の名前が読めないのか、隣のしぃちゃんに見せる。
「ああ、旧暦だな。今の十月にあたる。読みは「かんなづき」だ。」
「やっぱこういうことには詳しいわね。ということはこの作者の名前は神無月世界ね。」
「神無月世界……か。」
オレ様は上の連中に呼び出されてこう言われた。
「よいな!……いいですか?……貴様は奴と接触したことがあるからこそ、この仕事を与えるのだ!……与えるの……です。ミスは……しないようにお願いします。」
「……どっちかに決めろよ。」
「ひぃっ!すみません!」
上の連中から与えられた仕事は《情報屋》を連れてくること。どーやら技術部が場所を特定したとか。んで会ったことのあるオレ様が行けと。
そして教えてもらった場所には確かに《情報屋》がいた。紙袋を被って偉そうに椅子に座っている。
「久しぶりじゃのう、ルーの字。」
「……誰だお前は……」
「わしはじゅげむじゅげむごこうの―――」
「だぁっ!長そうだから聞かねーぞ!」
「無礼なやつじゃな……」
会うたびに別人になるこの男(たぶん男)は今回はじじいになっているらしい。
「《情報屋》……《記憶》のゴッドヘルパー。悪いが力づくでもつれていく。オレ様たちに協力しろ。」
「喜んで。わしはそのためにわざわざお主らに場所を教えたのじゃからな。」
「あぁん?」
こいつはまた予想外な。《情報屋》はオレ様たちとサマエルの戦いに巻き込まれるのが嫌で逃げ回っていたはずだ。
「突然協力的になったな。何をたくらんでやがる?」
「別に。ただわしは状況に合わせた行動をとっているだけじゃ。いや……違うな。わしは怖いのじゃ。じゃから保護してもらいたいのじゃ。」
「怖い?何がだ?」
「知ってしまった。その存在を知ってしまった。サマエルの頭は《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパーの力で覗けなかった。だが今のあやつはとある事柄の対処に忙しい。そのすきをついて……わしは覗いてしまった。」
「とある事柄?何だ……何を見た?」
「少なくともわしの知る限りは……いや間違いなくあやつは……」
オレ様は《情報屋》の胸ぐらをつかみ、紙袋に顔を近付ける。
「はっきり言え!全て教えろ!サマエルは何を焦ってる!?そしてお前は何を見た!」
「あやつは……」
《情報屋》の声が震えている。あらゆる人間の《記憶》に触れてきたこの男はそれこそ無限の経験をしてきたはずだ。世界中の善意と悪意を知っている。そしてそんなものにはもう慣れたと言っていたはずだ。そんな男が本気で怯えている……?
「おい、《情報屋》!あやつって誰だ!サマエルか!?」
「サマエル?あんなやつとるに足らない。《空間》のゴッドヘルパーも《時間》のゴッドヘルパーも赤ん坊じゃ!あやつは……あやつは……」
紙袋に空いている穴の向こうに目が見えた気がした。いっぱいに見開き、恐怖する目が。
「あやつは間違いなく史上最強のゴッドヘルパーじゃ!」
放課後、久しぶりに本屋さんに来てみた。私はあんまり本を読まないから本当に久しぶりだ。まぁ、たまにプラモデルを扱ってる雑誌を立ち読みしたりするが。
「神無月世界……」
見ると専用のブースが出来ていた。今話題というのは本当らしい。
「へぇ……たくさんあるな。」
ずらっと並んだ神無月世界の本を一つ一つ手にとってパラパラと見る。
「これは恋愛モノ……こっちはSF。ファンタジー、推理モノ、ノンフィクションまで。すごいんだなこの人。」
普通、一人の作家さんは一つのジャンルを書くものだ。それがここまで……びっくりだな。
神無月世界の本を一通り眺めた後、顔をあげると見慣れた人の顔があった。
「あ、音切さんだ。」
別に音切さんがその場にいたわけではない。音切さんが表紙の雑誌があったのだ。
「……そうだよなぁ、人気歌手なんだよなぁ……実感ないや。」
なんとなくその雑誌を手に取る。ページをめくっていくと音切さんのインタビュー記事があった。題して『音切勇也大解剖』だ。
「好きな食べ物は中華料理全般。嫌いな食べ物は漬物全般。へぇ……」
「あの独特の香りというか……あれがな。」
「そうですか?私は……まぁ好き好んで食べはしませんけど。」
「だろう?あれが大好物っていう人はいるのか?」
「さぁ。」
漬物は……和食か。しぃちゃんは作れるんだろうな。なんの根拠もないけどしぃちゃんの漬物はおいしそうだ。
…………ん?
「……」
私はゆっくりと振りかえる。すると私の真後ろに人が立っていた。そしてその人は今私が読んでいるページにデカデカと写真で載っている。
「いやぁ、雨上くん。」
「音切さん……」
本人登場である。
「なんでこんなとこに……?」
「俺だって本くらい読むさ。そのインタビューでも答えたが恋愛モノに目が無くてな。」
音切さんはサングラスと帽子で顔を隠している。そして小脇に本を一冊抱えている。これから買うのかな?
「いやしかしいい所で会った。雨上くん、お願いを聞いてくれないか?」
「なんですか?」
「これを買ってきて欲しいんだ。俺はほれ、一応歌手だから。いつもなら人に頼むんだが、たまたま誰もいなくてな……それでいて俺はこの本を早く読みたい。だからつい来てしまったんだが……良かった良かった。」
音切さんの代わりに本を買ってくると音切さんはあっはっはと笑いながら言う。
「お礼にご飯をおごるよ。いい店を知ってるんだ。」
「そんな……私そんなことされる程のことは……」
「友人を食事に誘うのに理由がいるのか?」
私は軽くため息をつく。一応お母さんに確認をとらなければ。もうご飯を作ってしまってる可能性もある。
「もしもし、お母さん?実は―――」
『大変よ晴香!音切様って近所に住んでるんだって!友達のお母さんがね、表札を見つけたって!』
軽く半狂乱した感じの声でそう言うお母さんはだいぶテンションが高いらしい。
「今の声はお母さん?」
音切さんが聞いてきたので私は頷く。お母さんの声が大きすぎて音切さんにまで聞こえたらしい。
「お母さん?聞いてる?ちょっとー。おーい。」
『どーしましょ!ばったりすれ違ったりしたら……ああもう!!』
「ダメだこりゃ。」
私がそう言って耳からケータイを離すとそれをひょいと音切さんが取る。そして、
「もしもし、こちら音切勇也です。」
とんでもないことを言いだした。
『!!!???!??ちょっ!今の声!私が聞き間違えるなんてことは!??!??』
「どーも。実はそちらの娘さんと俺は友達でして。これから一緒に食事をしようと思うのですが……いいですか?」
『ぶぅへぇっ!?こんなことって!!?!?!?!』
「ご心配なく。晴香ちゃんはこの俺、音切勇也が責任を持ってご自宅までお送りしますので。」
『晴香ちゃん!!?!?!』
「それでは奥さん、また今度。」
『また今度!?晴香ちゃん!?ちょちょちょーっ!?』
ピッ。
音切さんが何食わぬ顔で私にケータイを返す。
「さぁ、行こうか!」
「……私は今日帰ったらお母さんに何をされるのやら……」
中華料理のお店だった。コジンマリとしたお店で、チェーン店ではない。たぶん知る人ぞ知る的なお店なんだろう。
「おおぅ、勇也!また来たのか!」
「今日は友達を連れてきた。いつもの頼むぜ?」
「まかしとき!」
そして常連さんらしい。
私と音切さんは店内を見渡す。人気があるのか、満席だった。
「悪いね、勇也。相席でよけりゃー座れんだけどよ。」
「俺は構わないよ。雨上くんは?」
「別にいいですけど……」
お店の人……音切さんと気さくにしゃべるおじさんが指差す席はテーブルだった。四人分の椅子があるのだが今は一人しか座っていない。
「お隣いいか?」
音切さんがその人に話しかける。大学生くらいの男の人で、ギョーザを頬張りながらコクンと頷く。一瞬、私たちを見て驚いたようだったが……たぶん音切さんにびっくりしたのだろう。
「ここはなんでもウマい!全てがおすすめだ!好きなものを頼んでくれよ。」
「はぁ。それじゃぁチャーハンを……」
その後、それぞれが頼んだ料理が届くと、私たちは当然のようにプラモデルの話をしながら食事をした。
「今月に出るあの戦艦、ちょっと気になっているんだが……雨上くんはどー思う?」
「かっこいいとは思いますけど……あれですね、ちょっと遊べなそうというか……」
「同感だ。こう……俺らが改造しにくい形というか、設計なんだよな。」
「戦艦と言えば……最近私はあの戦いで現れた奴が気になっちゃって。」
「俺も俺も!雨上くんが倒したあの戦艦だろう?なかなかイカした変形したよなー。」
「あれ、なんとか作れないですかね。」
「んー……写真とかがあれば。でも確か《時間》が巻き戻ってるから……ないんだよなぁ。」
「ちょっと残念ですよね。」
「ああ。」
やっぱり盛り上がる。同じ趣味の人との会話は楽しいなぁ。
「あの……」
その時、隣の大学生らしき人が話しかけてきた。
「その……お二人にちょっと意見を聞きたいのですが……」
私と音切さんが首を傾げるとその人はぺこぺこしながら言った。
「いえ……実は自分、小説を書いていましてね。今度書く話がSFものでして。ちょっとお二人に自分のアイデアを聞いてもらえたらなって……お二人の会話を聞いてて思いまして。」
音切さんを見るとちょうど目が合った。音切さんは嬉しそうに笑うと大学生らしき人に言う。
「俺らで良ければいくらでも。こうやって相席になったのも何かの縁だろうしな。」
「そうですね。聞かせて下さい。」
「あ、ありがとうございます。」
そう言うとその人はポケットから一冊のメモ帳を取り出した。
「えぇっとですね……」
その人の話すストーリーはこんな感じだ。
宇宙に進出した人類は他の惑星の住人と出会ったことで多くのオーバーテクノロジーを手に入れた。その中に、自由に空間と空間をつなげることのできる技術があって、それを使うことで、人類はさらに遠くの宇宙に行けるようになった。しかしこの技術に目をつけた悪者がいて、それを悪用するのだとか。
「そこまで考えたのは良かったんですけど……空間を自由にコントロールする技術は一体どんな悪事に使えるのかアイデアがなかなか出なくて。」
「なるほどなぁ。空間か。俺らにはちょっと縁があるな。」
「そうですね。」
《空間》のゴッドヘルパー、鴉間 空。サマエルを倒すにはあの人も倒す必要がある。つまりこれは鴉間がどんな風に《空間》を操るかということを考えることに等しい。
「例えば……こんなんはどうですか?」
それからしばらくの間、私と音切さんとその人は《空間》について話し合った。
雨上と音切が食事をしている時、とある集団が《ハラヘッタ》という名前のファミリーレストランにいた。六人の男女が少し狭そうに座っている。
「ここのチョコパフェがおいしいんすよ。」
真っ黒なスーツに身を包むサングラスをかけた男……鴉間がニコニコしながら他の五人にチョコパフェをすすめる。
「なんであたしらがこんなとこで飯食ってんのよ、バーカ。」
鴉間とは対照的に真っ白な女が愚痴をこぼす。女はこの暑い中、ワンピースに厚手のジャケットを羽織っている。共に真っ白なのだが、身体に巻き付く無数のひもにぶら下がる色とりどりのメガネが女をカラフルにしている。
「それよりもお前のその格好が問題だろうが、ルネット。そのメガネの携帯の仕方には問題があるだろう。オレはその運び方に改善を求める。」
今度はカラフルな女と対照的な男が目を細くしながら呟いた。どこが対照的かと言うと、この男の服は完全無地なのだ。一言で言えば「地味」である。男はスラリと細く、立ち上がればそれなりの身長になると思われる。美系の顔立ちと身体を地味な服が台無しにしている。
「メリオレ……あんたあたしに喧嘩売ってんの?身の程を知れっつーんだよ、バーカ。」
「はっ、お前がオレにそれを言うか。身の程?お前が知れ。」
「よさないかこんな所で。小生は恥ずかしいぞ。」
二人の仲裁に入ったのはフランケンシュタインのような顔の男だ。ゴツイ顔に似合わぬ落ち着いた口調がなんとも印象的である。
「おいおいアブトル。お前はオレの味方をしろよ。なに第三者ぶってんだよ。」
「あらら~?偉そうなメリオレちゃんはアブトルがいないとなにもできないの~?カッコ悪すぎだっつーのよ、バーカ。」
「あぁん?」
「サーちゃんはハンバーグが食べたいなー。」
険悪な雰囲気をまるで無視したのは子供だった。男か女か判断がつかない中性的な顔立ちのその子供は半袖半ズボンというワンパク小僧のような格好でメニューを眺めている。
「そうアルね。たまにはお肉もいいアル。でもバランスを考えると……こっちのサラダのセットがいいのココロネ?」
子供と一緒にメニューを眺めているのはエセ中国人のようにしゃべる美女だ。出るとこが出て、引き締まる所はキュッと細いというナイスバディのその美女はチャイナドレスを着ており、とても艶めかしい。ミス・○○で優勝と言われてもなんら違和感のない美人なのだがそのしゃべり方がこれまた全てを台無しにしている。
「サリラとチョアンはマイペースっすね。ちなみにあっしはこのステーキを食べるっす。」
鴉間の一言で険悪な雰囲気がひとまずおさまり、全員が料理を注文する。料理が来るまでの間を無駄にしまいと、フランケンシュタインのような男……アブトルが口を開いた。
「して鴉間殿。小生は日本が大好き故にここに来ること自体はさして問題でもないのですが……実際の目的を教えていただきたい。」
「そうっすね。」
鴉間は水を一口飲み、話を始める。
「ミスター・マスカレードやバベル。道化師にクイーン。彼らは残念ながらこちらには来なかったっす。惜しい人材を無くしたっす。結果として集まったのはあっしもいれてこの六人っす。それは同時に、少なくともあっしが「強い」と思うゴッドヘルパーがサマエル様の下にはもういないということを意味するっす。」
「残るはサマエルだけということであるか。して、そのことと小生らが日本にいることになにか関係が?」
「ここには……あっしの次に強いと言われていたレッド&ブルー……リッド・アークと青葉結のペアを打ち破ったゴッドヘルパーがいるっす。」
「《天候》だっけか。確か第三段階の。サマエルの前にそいつを倒しちまおうってか?」
「いいえ。あっしがしたいのは足止めっす。」
「サーちゃん、わかんなぁい。」
「ここには《時間》もいるっす。そしてあっしはサマエル様を先に倒したいと願っているっす。それがあっしの第一目標っすからね。もしもサマエルと戦っているときに、それに気付いた天使たちがゴッドヘルパーを連れて横やりを入れてきたら?ってことっす。」
「どういうことアル?《天候》や《時間》の横やりが目ざわりなら日本で戦わなければいいアル。」
「《時間》がネックなんす。世界のどこで戦おうとも、《時間》を止めて移動すれば実質一瞬っすからね。さすがのあっしもサマエル様と《天候》、《時間》を同時に相手にはしたくないっす。出来れば各個撃破したいんす。そしてさっきも言ったようにあっしはサマエル様から倒さなくちゃいけないっす。」
「よーは《時間》と《天候》を一時的に足止めして、その間にサマエルを倒すっつー話なんだよなぁ?わっかりにきーんだよ、バーカ。」
「そこで……小生の力というわけですな。」
「そうっす。頼めるっすか?」
「了解だ。では……早速明日から。少々準備をせなばな。今夜は忙しいぞ、メリオレ。」
「みてーだな。……つーかよぉ、鴉間。」
「はい?」
「オレとアブトルなら……その《天候》も《時間》もボコせるぜ?」
「できる可能性があるというだけであるよ、メリオレ。小生らの力は絶対ではない。」
「気付かれたら終わりだもんねぇ?ホントに使えねーんだよ、バーカ。」
「ぶっ殺すぞクソアマァ!」
メリオレの大声にまわりの客がざわつく。
「落ち着くっす。まったく、二人はケンカばっかりっすね。」
メリオレとルネットが互いに顔をそむけるのを苦笑いしつつ眺めた鴉間は料理を運んできたのだが険悪な雰囲気にどうしようかと立ち尽くしている店員さんに笑顔を向ける。
「料理が来たアル。」
チョアンが全員にフォークなどを配る。
「とりあえずやることはっすね……」
鴉間がステーキを頬張りながらまとめる。
「アブトルとメリオレはその力で一時的に《天候》と《時間》……ついでにこの辺のゴッドヘルパー全員を足止めしてくれっす。あっしとルネット、チョアン、サリラは街をぶらぶらしてるっす。その内サマエル様の方が見つけてくれると思うっす。」
ステーキを飲み込み、ニンマリと笑う鴉間にその場の全員が寒気を覚えた。
「鬼ごっこはもう終わりっす。」
第一章「魔法使いの組織」 著・神無月世界
夕方、私は昨日の夜のことを窓辺に浮いているルーマニアに話していた。
「それで家に帰ったら久しぶりにお母さんのお説教さ。あ、いや……お説教ではないか。一方的に私が説明してお母さんが発狂する感じだったし。」
「ぷっくっく。んで?」
「とりあえず出会ったところから話し始めたんだがな、『私が音切さんと出会ったのは……』って言った瞬間に『音切「さん」っ!?!?!まるで知り合いみたいにぃぃっ!』って言って五分くらい気絶した。」
「ぶぁっはっはっは!」
「結局、普通に話せば十分で終わる話を二時間もかけて話すはめになったよ……もちろんお前のことやゴッドヘルパーの話はしてないぞ。」
「別に話してもいいんだがな。お前のお母さんはゴッドヘルパーじゃないし。」
「私がメンドクサイ。最終的には今度音切さんを連れてくるっていうことでこの話は終わったよ。」
「んまぁまとまって良かったじゃねーか。……残念ながらオレ様の話はチョーメンドクサイぞ。」
ルーマニアは見るからにゲンナリした顔で話し始めた。
「この前の《水》のゴッドヘルパーが言ってたエレメンツ・フォーのことなんだがな。」
「ああ……メンバーがわかったのか?」
「多すぎてわからねー。」
「は?フォーなんだからあと三人だろう?」
「確かにエレメンツ・フォーはあいつもいれて四人だった。だがな……エレメンツ・フォーはとんでもなくでかい組織の末端に過ぎなかった。」
「えっ?」
「実はエレメンツ・フォー以外にもこういう四人グループがたくさんあるんだ。ジャスティス・フォーとかアース・フォーとかな。」
「まじか。」
「さらに、その四人グループの上司的な位置に……オレ様たちをバカにしてんのかエンジェルズっつー奴らがいんだ。そしてそのエンジェルズの人間を四人まとめたもんをゴッドっつー奴らが管理しててな……」
「……まさかまだ上があるとか言わないよな?」
「残念だが言うぞ。ゴッドの上にはスーパーゴッド。その上にはハイパーゴッド。そしてその上にこの組織の全てを支配する一人の人間……アルティメットゴッドがいる。」
「どこのお約束だよ、それ。……でも組織のことがそこまでわかったってことはその頂点に君臨するアルティメットゴッドが誰かも?」
「もちろん。今のオレ様たちには《情報屋》がいるからな。」
「ん?見つかったのか?」
「ああ……そのことについても後で話があるが……とりあえずこっちを話しちまうぞ。んでな、そのアルティメットゴッドを昨日から今日にかけて近くにいた天使&ゴッドヘルパーが倒しに行ったんだが……全員返り討ちにあった。」
「えぇっ!?だってそいつらは何も知らないゴッドヘルパーなんだろう?できることも……ショボイことだけで……」
「ゴッド以上は仕組みに気付いてるらしいんだ。ある程度……すごいことをしてくるんだとよ。そしてアルティメットゴッドは……へたすりゃ第三段階クラスだとよ。」
「ゴッドヘルパーのことを知らないでも第三段階ってなれるもんなのか?」
「前に話した炎を操った《水》のゴッドヘルパーは五歳で第三段階だったわけだが……もちろんゴッドヘルパーのことなんか知らなかった。正確にシステムとゴッドヘルパーのことを知らなくてもなれないわけじゃねーよ。」
「そうか……んじゃそいつは……」
「ああ。オレ様たちが相手をすることになるだろうな。《物理》もやられたって話だしな……」
「《物理》?」
「いや、こっちの話だ。次にさっきもでた《情報屋》なんだがな、変なことを言ってたんだな、これが。」
「いつも通りじゃないか。」
「まぁそうなんだがな。どーも……メリーや鴉間なんかを軽く凌駕する力を持ったゴッドヘルパーが出現したらしい。」
「《時間》と《空間》を!?」
「サマエルが焦ってるせいで《情報屋》の奴、サマエルの頭の中を覗けたんだと。そこで見た情報の中にそういう奴がいたんだと。どーやらサマエルの切り札って感じらしい。」
「なんの《常識》を……?」
「それがわかる前に《記憶》を覗くのをやめたんだとよ。そいつの強さの《記憶》やイメージだけであの《情報屋》が恐怖したってことだ。あらゆる《記憶》の覗いていろんなことを知ってきた奴がな。」
「そんなゴッドヘルパーが……」
「んまぁ……今はサマエル側の状況が良くわかんねーっつーのが現状だな。とりあえずは目の前の問題……アホみたいな組織の始末だな……」
「……その組織に名前はないのか?」
「…………ザ・マジシャンズ・ワールドだ。」
「…………へぇ。」
あたしとカキクケコは晴香みたいに半目になった。
「ナイトメア山田!」
「ポイズン鈴木!」
「ブラック田中!」
「エグゼキュっ……エグゼキューター白鳥!」
「「「「我ら、セイント・フォー!」」」」
「なーにがセイントよこのノータリン共が!ナイトメアは悪夢!ポイズンは毒!ブラックは黒!エグゼキューターは処刑人!どこがセイント、聖人なのよ!あんたら何年生よ!しかも最後の奴噛んでんじゃないわよ!」
「「「「俺らは中学三年生だ!」」」」
「あんたらが受かる高校は存在しないわっ!!」
「つばさ、抑えるんだ……こんなアホは相手にしちゃいけねーよ……」
盛大にツッコンだあたしは息を切らし、カキクケコは涙をうかべてあたしの肩に手をのっける。その手をひっぱたいてあたしは目の前のガキ共を睨みつける。
放課後、帰る途中でカキクケコに会って……今、あたしは空き地でガキ共の相手をしてる。
サマエル側に何かあったとかで……いろいろあってこういうアホ共が増えた。ああ、ムカツク。こんなガキなんかにあたしの時間がとられるなんて!
「瞬殺するわよ、カキクケコ!」
「殺さないでくれ、つばさ。」
あたしの言葉に目の前のガキ共が反応する。
「瞬殺だってさ。鈴木、ぼくらがどういう存在なのかこの女に教えてあげてくれよ。」
「そーだね。おねーさん、おれらはさぁ……選ばれた人間なんだよ。」
「あたしって実は宇宙人だから正確には女じゃないんだけど。」
「は?おい、田中。こいつ変人だぜ。」
「ほんとだ。イタイ人だったんだ。ごめんなさーい。」
「あんたら何で服着てんの!?何で踊ってないの!?何で歌ってないの!?それって変じゃない!?」
あたしは素っ裸で踊りながら歌うアホガキ四人をカキクケコに任せて帰路についた。
「まったく!なんなのかしらね!いきなりこんなに雑魚が増えちゃって!」
プンスカしながら歩いてると、あたしの家が見えてきた。んでもって玄関の前に人が立っているのが見えた。
「あらら?相楽先輩じゃない。」
「やぁ、ちょうど一年前の君のインタビュー以来だね。」
相楽先輩は学生服のまま。ってことは学校からあたしの家に直接来たってこと……ん?なんであたしの家を知ってんのかしら?
「実は君に聞きたいことがあってね……」
「あたしに?」
「雨上くんの……好きなものとかを……教えて欲しくてね……」
あたしの脳に電流が走った。
これは間違いなく……「好きな人に告白なりなんなりしたいのでその人の友人にその人の好みを聞く」っていうベッタベタの展開だわ!
「晴香のこと好きなんですか?」
とりあえず直球で聞くと相楽先輩はだいぶびっくりした後に目を逸らしながら呟く。
「はは……臆病者と思ってくれて構わないよ。でもね、ぼくは本気なんだ。最高の場所と物で雨上くんに告白したいんだ!」
うわぁ……本気の目だわ。こーゆー場合どーすればいいのかしら?それなりの数の男と付き合ったけどこんなことは初めてなのよね……
「まぁ……別に教えること事態は嫌でもないんですけどね……」
「そうか!ありがとう!」
「でも、あたしは晴香の友達なんで。先輩が本当にふさわしいかきちんと調べたいと思います。晴香に男女関係の傷跡なんか残したくないんで。」
あたしは自分でもびっくりするくらいに冷えた表情と声でそう言った。
あらら?こんな気持ちになるって……どーゆーことなのかしら?
あたしってばもしかして晴香のこと……?
これは何かの間違いだ。
「この悪党め。どーせお前らは力を独占しようって腹なんだろ?僕らは違う。平和のためにこの力を……魔法を使う!」
オレは珍しく驚愕してるムームームと顔を合わせる。ムームームもオレと同じ感情を抱いてるらしい。
「十太……たぶんこれが……報告にあったゴッド以上の連中だよ。」
「……ある程度は《常識》の上書きが可能になったっつー奴か……でもよ、いくらなんでも強すぎんだろ……」
意味がわからない。昨日までにもこういう奴らはたくさんいた。でも大抵は雑魚そのものだった。そして今日、ムームームから組織の全貌を聞かされ、近くに出現した組織の人間を倒しに出かけたら……逆に追い詰められてるという現状。
「くらえ!」
車が飛んでくる。
ここは道路の真ん中。目撃者の数がハンパないがそんなことは気にしてられない。
相手はなんのゴッドヘルパーなのかわからねーが……とにかくそこらの物を浮かせて飛ばしてくる。
「エネルギー吸収!」
オレの手の平が触れた瞬間、車は止まる。吸収した《エネルギー》を使って相手に接近を試みる。
「お前も魔法を使えるんだろう?ならどうしてそれをみんなのために使おうとしない!」
それなりの速度で接近したオレのパンチを軽くかわして相手は宙に移動し、そこで止まる。
「まるでサイコキネシスだね。正確な仕組みを知らないからこそ、純粋なイメージを具現化させやすいのかな。」
「くっそ!なんか本物が偽物に負けてる気分だぜ。」
「しかも……なんであーたーしたちが悪者みたいになってるんだろうね。」
「これでフィニッシュだ!」
近くの電柱が数本引っこ抜かれる。それを見たムームームが悲しそうな顔で呟いた。
「ああ……あれの修復がどれだけ大変かわかってるのかな……」
「後のこと考えてる場合かよ!」
高速で飛来する電柱。残念ながら今のオレは一度に複数の《エネルギー》は操れない……!
位置エネルギーの操作で上に瞬間移動しようとしたオレは突然誰かに抱えられてムームームと一緒に真横に移動した。
「うぉ!?」
道の隅に移動させられたオレ達は一拍遅れて地面に突き刺さる電柱を見た。その視界の中、電柱の間を高速で駆け抜け、それを足がかりに宙に浮く奴に跳びかかる奴がいた。
「っ!?お前も敵―――」
相手がセリフを言い終わる前にそいつはぶん殴られて地面に落下し、そこで気絶した。
「……大丈夫でしたか?」
「……速水……だったっけか?」
オレの前に現れたのは速水駆。《速さ》のゴッドヘルパーだ。雨上先輩の後輩だとかで、この前の戦いに参加した奴で……確か今はパートナーとなる天使待ち……だったはず。
「なんかすごい騒ぎだったので来てみたら……ゴッドヘルパーでしたか。」
「速水くん……君はすごいんだね♪あーたーしが見てもいいセンスだと思うよ?戦いの。秘密の特訓でもしてるの?」
ムームームがそう言うと速水は照れながら答える。
「まぁ……あの戦いの後からっすけど。雨上先輩の力になりたいなーって思って。」
「あらあら?もしかして恋心~?」
ムームームがニヤニヤしながら聞くと速水は苦笑いで返す。
「好きかどうかはわからないです。ただ、あの人と遠藤先輩のやることに間違いはないんです。一年間の部活動でオレはそう思ったんです。」
一体何があったのやら。まぁ確かに雨上先輩はどこか不思議な雰囲気の人だ。ただの不思議ちゃんではない何かを持っている。それが第三段階としての素質とかそういうものなのか、まったく関係のない性格の問題なのかはわからねーが。少なくとも……あの人はあの人だから第三段階なんだろうなぁ。それを速水は感じたのかもしれない。
「んま、とりあえず助かったぜ。サンキューな。」
「ええ。でも……なんで突然こんな奴らが増えたんですかね。仕組みというか、こうなった理由は雨上先輩から聞いたんですけど、イマイチわからないというか……今日になって違和感を感じたというか。」
違和感か……オレが感じてるのもそれに近いな。
「もしかしたら……」
ムームームが難しい顔で気絶した組織の奴の記憶を消しながら呟いた。
「すでに敵の攻撃が始まっている……?」
「メリオレ。ちょっとここを。」
「ああ……やっぱ急激過ぎたか?」
「そうかもしれぬ。やはり下ごしらえは大事なのだな。」
「んま、進んじまえばオレらの思うがままだがな。」
「マキナちゃん?もう一回言って欲しいのだよ。」
俺私拙者僕のお部屋でマキナちゃんとお話中なのだよ。最後のボス、魔王ユニバースマスターとの戦いを中断するぐらいにびっくらこく事をマキナちゃんが言ったのだよ。
「だから……宇宙人が来たって言ったのよ。」
神様はこの世界を作ったのだよ。そして世界とは全宇宙も含んでるのだよ。それなのに俺私拙者僕らはこの地球だけを管理してるのはどーしてなのか。それは単純に一番面白いからなのだよ。
神様だって作った物の中に「お気に入り」っていうのがあるのだよ。それが地球だから神様はシステムとかを使ってこの地球をよりよくしようとしているのだよ。
ではでは他の星は?答えはホッタラカシなのだよ。まぁこれも一つの楽しみで、何も手を加えずに勝手に育つ世界は神様にも未知数だからどんな風になるのかワクワクなのだよ。
しかし、神様が直々に管理しているからこそ地球はここまで来たのであって……他の星が地球並に育つっていうのは考えにくいのだよ。まー……生物ぐらいは生まれるとは思うけんどもぉ。
「遠くの星から遥々とね。これってどうすればいいのかしら。」
「……なんでそれを俺私拙者僕に聞くのだよ。」
「上の連中はメンドクサイんだもの。それに比べてあんたは元大天使。こっちの方がいいわよ、そりゃあ。」
「うぅん……どうしようと言われてもなー……こっちはそれどころじゃないのだよ。《空間》や《時間》を超えるゴッドヘルパーの出現、何も知らないゴッドヘルパー達が作り上げた組織、サマエルの動向。てんてこまいなのだよー。」
「そうよねー。いろいろなことが同時に起きすぎよねー。急展開にもほどがあるわ。」
「……急展開……?」
言われてみれば……あれ?なんで違和感を感じなかったのだよ?いや……なんで今、違和感を感じたのだよ?
「なにか見落としてるよーな気がするのだよ……」
第二章「恋」 著・神無月世界
翌日、教室に入るやいなやしぃちゃんが質問してきた。
「リーダーに必要なものって何だと思う?晴香。」
ヤブカラボーな質問だなぁ……
「突然なんですか?」
「いやな、この前ふと考える機会があったんだ。リーダーとはなんなのか。何ができなければいけないのか。」
「リーダーですか。でもそれこそしぃちゃんの得意分野じゃないんですか?」
「まぁそうなんだけど……」
なにやら難しい顔をするしぃちゃん。とりあえず私の意見を言うとしよう。
「そーですね……リーダーって二種類あると私は思うんですよ。」
「二種類?」
「司令官なのか隊長なのかってことです。後ろから的確な指示をとばすのか、先陣をきるのか。」
「なるほど……うん、わたしは先陣をきるタイプだな。」
「なら必要なのは……そのグループの人から信頼されるような強さとか勇気とかじゃないですか?」
「おおぅ、なるほど!ありがとう晴香!」
しぃちゃんは満足したのか、ぶつぶつと独り言を言いながら自分の席に歩いていった。しぃちゃんらしいと言えばらしいが……不思議な質問だったなぁ。
「晴香!」
しぃちゃんを眺めていたら突然目の前に翼が現れた。
「……びっくりした。どうしたんだ?」
「晴香は……その、あたしのことどう思う?」
「……変なやつ。」
「あー……えっとそうじゃなくてさ……あたしを……そう!一人の女として!」
「……変な女。」
「ん~、だからそうじゃなくてぇ……」
日頃から変な翼が今日はいつもの三割増しで変だ。なぜか私を見ようとはせずに目をそらし、顔を赤らめている。こんな気持ち悪い翼は初めて見た。
「外見のことを聞いてるか?なら……翼は美人だと思うぞ。」
「ふぇっ!?」
さらに真っ赤になる翼。これはいよいよ病気か?
「んもーっ!晴香のえっち!」
「どうしてそうなるんだ?」
顔を手で隠しながらイヤンイヤン身体をくねらせながら翼は自分の席へと去っていった……
「わけがわからん……」
そしてさらにわけがわからない。朝のホームルーム、担任の有馬先生が私を見るやいなや目に涙を浮かべたのだ。
「雨上……頑張ってこいよ!」
「はい?」
同時にクラスの面々が(会話をしたこともないんじゃないか?っていう人も)私に気持ちの悪い視線を送ってくる。
「応援してるよ!」
「勝ってこいよな!」
なんだなんだ?私は何をすることになってるんだ?
気持ちの悪い一日を過ごした。お昼になるとクラスのみんながパンをくれたり、掃除当番を代わってくれたりと妙に親切だ。それになんだか……今日は一日が早い。さっき登校したばかりじゃなかったか?
「絶対おかしい。ゴッドヘルパーの仕業に違いない。ルーマニアに聞いてみよう。」
翼としぃちゃんは用があると言って先に帰ってしまったので今日は一人で帰宅だなぁと思いながらゲタ箱を開けると何かが中から落ちた。
「……手紙だ。」
まさかラブレター?いや、敵からの挑戦状かもしれないな。
とりあえず拾い上げ、その場で封を切る。
「……先輩からだ。」
『あの公園で君を待つ。』
ただ一言そう書いてあった。あの公園って……まぁあの公園だろう。先輩が私を呼び出す理由として考えられるのはなんだろうか?
私は手紙をポッケにいれて歩きだす。時間の指定がないってことは今日って可能性が高い。とりあえず私は公園を目指した。
「……なんか今日はいろいろなことがいっぺんに起こるなぁ。」
先輩が私を呼ぶ。あの公園を指定するってことは少なくとも学校の廊下で気軽に出来る話ではないんだろう。となると……?
「まさか……ゴッドヘルパーのことか?」
記憶は消去された。だが、もしも誰かが「あなたはゴッドヘルパーなんですよ。」ともう一度教えてしまえば……あ、いや……確かルーマニアがそうなってもいいようにシステムとのつながりを多少いじってるって言ってたな。仮に第二段階になったとしてもこの前みたいな光の球体を作れはしない……はずだ。
「なんだかんだであれが一番怖かったなぁ……」
そんなに前の出来事ではないのになつかしく思う。ゴッドヘルパーとして過ごすこの日常は密度があるからかな。
そんなこんなで公園に到着した。……あれ?公園ってこんなに近かったかな?
夕方。まだ子供が遊んでいてもおかしくない時間帯なのだが不思議と誰もいない。いるのは……先輩だけだ。
「先輩。」
ベンチに座っていた先輩に声をかけながら近付く。
「やぁ、雨上。好きだ。」
そして告白された。
私は数秒動けなくなった。
「最初に会った時から……ぼくは君のことを運命の人だと思っていたよ。好きだ雨上……いや、晴香!」
そう言いながら先輩は私の手を取り、どこから取り出したか指輪をはめようとする。
「えっ?はい?いやいやいや、何をしてるんですか!?」
あわてて手を先輩の手から引っこ抜く。
「晴香。ぼくはね、君が―――」
先輩が何かを言う前に、突如現れた翼がとび膝蹴りを先輩に決めた。
「なーにしてんのよ!」
華麗に着地する翼に私はとりあえず質問する。
「帰ったんじゃなか―――」
「もう時間が無いんだ!」
私のセリフを遮って先輩が叫んだ。
「もっと準備をしたかったけど……テレビを見ただろう!?晴香は行ってしまうんだ!」
私が?どこに?
「あたしが言ってるのはそーゆーこっちゃないわ!」
翼は私の方に向き直り、両の手を肩に乗せてきた。
「晴香!」
「な……なんだ?」
「愛してるわ!」
「は?」
翼は再び先輩の方に身体を向けて叫んだ。
「晴香はあたしのよ!」
何を言ってるんだ?
「何を言っているんだ!君たちは女同士……」
「愛に性別なんて関係ないわ!」
大いに関係あると思うんだけどなぁ……っていやいや、冷静にツッコンでる場合じゃないぞ。
「翼。一体何を言ってるんだよ。なんかのドッキリなのか?」
「冗談でこんなこと言いやしないわよ!」
冗談であって欲しかったのに……
「くっ!まさか恋敵に相談してしまうとはね。でも負けないぞ!」
「望む所よ!かかってきなさいよ!」
何がどうなって……
「うおおおお!光よ、ぼくに力を!」
そして……先輩の後ろに数個の光の球体が出現した。
「なっ!?」
そんなバカな!先輩は……もう自分が《光》のゴッドヘルパーであることを知らないはずだ。それに……もうああいうことはできないんじゃ……
「くらえ!」
光の球体が高速で翼に迫る。迫ったのだが……
「ふんっ!」
翼が驚異的な運動能力でそれをかわした。速水くんとかの補佐があればあれぐらいはできるだろうけど……今この場にはいない。翼はなにをどう応用したんだ??
意味不明だ。私は混乱する。もう見なかったことにして帰ろうかとも思えてきた。
「こっちだ雨上くん!」
そしてどこから出てきたのやら、突如出現した音切さんが私の手を引いて走り出した。
「もうじき出発だよ!」
なにがなんやら……
どうして音切さんが私の家を知っているのか不明だが、とにかく私と音切さんは私の家に到着した。
「そろそろ来る頃だな。」
「な……なにが……ですか?」
息も切れ切れに私は問いかける。
「車さ。一緒に地球を救おうじゃないか!」
地球!?急展開にも程があるぞ!
「あ、来たぞ。」
黒塗りの長い車……リムジンというやつが私の前に止まった。ホントに来たぞ……
「お待たせいたしました。どうぞ。」
映画なんかで見るようなスーツにサングラスの強そうな人が出てきた。服だけ見れば鴉間だな。
車の中を覗くと……それなりに見慣れた人がいた。
「この度の協力には……感謝しております。」
見慣れた人……日本で一番偉い人がそこにいた。なんだこれ?
「アブトル。主人公が一番流されてんぞ。」
「ふぅむ……第三段階……だからかもしれんなぁ。」
「あぁ?なんかカンケーあんのか?」
「ゴッドヘルパーは一つの《常識》を管理している。つまりそれは世界の設定クラスのアイデンティティーなのだ。確固たる自己というものを持っている。第一段階ならそれほど影響はないんだがな、第二段階になると途端に小生の力が効きにくくなる。」
「しっかり効いてんぞ?」
「それはほれ、小生だって自覚してからそれなりに経っているからな。取り込む腕も上がるというものだ。今の小生なら……とんでもなく強大な《常識》を操る奴でなければ取り込める。だが第三段階は別だ。なんせ取り込んだことが無いからな。」
「根本的なやり方は同じだろう?」
「それが違うのだ。第三段階と第二段階の力の使い方は大きく異なる。だから……そうだな、確固たる自己を避けて取り込むやり方がわからないのだよ。」
「はぁん。」
「まぁ問題はないだろう。まわりがあれだからな。人間はまわりがAと言う中でBとは言えない生き物だから。」
第三章「真実」 著・神無月世界
本来なら私は緊張してガチガチになっているんだろうけど……今の私は急展開な世界について行けずに頭がゴチャゴチャなのだ。だから普通にお話しできた。
「どういうことですか?」
「どういうって……宇宙人だよ、雨上くん。」
音切さん……というかクラスの人もそうだったが、何故か私は何かをすることを承諾していてそれはとてもあぶないことなのらしい。まさか宇宙人が出てくるとは思わなかったが……とりあえず話を合わせることにした。
「いえいえ、詳細を聞きたいというか……改めてこの人から聞きたいというか。」
私は日本で一番偉い人を指差す。
「そ、そうですな。キチンとわたくしの口から話すのが道理というものでしょう。なにせ貴方はチームのリーダーですから。」
私は何かのリーダーらしい。
「ここ最近……魔法と呼ばれる不思議な力を扱う者が続出しています。」
ああ……あのマジカルなんたらか。ん?マジシャンだったかな?
「彼らはその力で世界を救うと言っておりますが……簡単に言ってしまえば魔法を扱う者、魔法使いが世界を引っ張っていくという発想ですので……有体に言えば世界征服ですな……」
世界征服は最近の流行りらしい。
「それに対抗するべく、世界のあちこちから集められたのが……彼らと同じ魔法使いである貴方がたです。」
……ゴッドヘルパーの話と対して変わらないな。
「そして……雨上晴香さん。あなたは少なくともあちら側に落ちていない魔法使いの中で……最強。」
……第三段階っていう肩書きが変化しただけだな。
「だからあなたはチームのリーダーとして抜擢されました。そして……そしてやっと世界征服をしようとしている魔法使い達と戦えるぐらいに組織が出来あがり……これからという時に!」
ははぁ……つまり私は何故か……突然世界に出現した世界征服を目的とする魔法使いの連中を倒すためのチームのリーダーとして任命されたと。そしてつい最近、やっとこさチームが組織としての形を成し、これから悪者退治だーという段階が今なわけだ。だけども何かが起きたと。
「奴らが……ナナカンソバ星人がやってきたのです!」
宇宙人のご登場ってわけか。
「奴らは我々人類を下等な生き物と見ています。しかし、魔法使いだけは別だと……自分たちと共存するに値すると……そう考えております。」
「だからナナカンソバとザ・マジシャンズ・ワールドが手を組んだのか。」
バカみたいなカタカナ言葉を平然と羅列する音切さんだった。
「そうです。宇宙人と魔法使いが同時に敵となったのです。しかし、今現在ナナカンソバの技術力を上回る武器などは存在せず……こっちもやはり対抗できるのが魔法使いしかいないと。」
「私に宇宙に出ろと言うんですか……」
「ええ。」
なんてこった。勘違いしたゴッドヘルパー集団が登場したと思ったら先輩と翼に告白されて終いには宇宙に行って宇宙人と戦えとは。おっそろしい展開だな。漫画のようだ。
……なんで私はこんなに冷静なんだろうか?
「あ、着きました。」
窓から外を見るとそこは国会とかではなく、どこかの研究施設のようだった。
「ここは……?」
「魔法使いと言いましても、身体は生身の人間ですから……身を守るための装備がここにあるのです。」
装備?青葉が着てたような……戦闘服という奴かな?
研究施設の中は真っ白で色が無かった。いかにもという感じの廊下をしばらく歩き、一つの部屋に通された。そこには何十人という数の人間がパイプ椅子に座っている。
「これがチームのメンバーか!」
音切さんがそう言った。……こんだけなのか。
「晴香~。」
メンバーを眺めていると聞き慣れた声が聞こえてきた。声の方を見ると……しぃちゃんがいた。
「しぃちゃん!?何やってるんですか!」
「何って……地球を救いに来たのだ!」
「そうだぞ雨上くん。それに彼女は副リーダーじゃないか。」
「うえぇっ!?」
なんと私がリーダー、しぃちゃんが副リーダー。それで学校であんなことを聞いてきたのか。
「頑張ろう、晴香!」
いつも以上に輝くしぃちゃんはまぶしかった。
「では……装備の開発主任から説明等を受けて下さい。それでは。」
そういって一番偉い人は帰って行った。
「おっ、説明が始まるようだ。」
部屋の照明が少し暗くなった。音切さんが手近の席に座ったので私はその隣に座る。
パイプ椅子が並ぶ先には教卓のような机が一つあり、後ろの壁にプロジェクター用の白い奴がぶら下がっている。おそらくあそこでその主任とやらが説明をするのだろう。
……流されるままにここまで来たが……明らかに全てがおかしい。それは確実だ。ゴッドヘルパーの力なんだろうが……今の所私に直接的な被害は出てない。攻撃が目的じゃないのか?それともこれが攻撃の準備なのか?まぁなんにせよ、相手の力を理解しなければどうにもならないだろうなぁ。一体どんな《常識》なんだろうか。私以外の人……いや、私のまわりの世界を操る?そもそもこれは現実なのか?実は夢や幻でしたってことは……?
だがしかし、そんな私の疑問と今日の驚きを全て吹き飛ばす驚きがここに来た。
「では、説明を始めるわん。」
青葉結が壇上に立ったのだ。
「―――ってことでこの機構がこう働くから大丈夫って話ねん。」
《仕組み》の力を使って《仕組み》を省くにはその《仕組み》をきちんと理解する必要がある。つまり、青葉はゴッドヘルパーの力抜きでも十分天才技術者なのだ。
「だからってこの場面で出てこなくてもなぁ……どうなってるんだ?」
私は青葉が話している意味不明な専門用語を聞き流しながらそう呟いた。この調子じゃリッド・アークも出てきかねない。
もしもこの世界が誰かの手によって意図的に作られたものだとしたら……その創造主はいい趣味してるな。魔法使いやら宇宙人やら……ファンタジーなことで。
『おい。』
その時、頭の中に声が響いた。乱暴な口調のそれはだいぶ聞き慣れているすぐにわかる。私は腕につけているリングを見ながら頭の中で呟いた。
「ルーマニアか?」
『おお!やっと連絡が取れたか!』
ああ……そういえばこれでルーマニアに連絡するという行為をするのを忘れてたな。
『ええっとなぁ……お前はこれをどこまで理解してんだ?』
「何も。これは一体何なんだ?頭がおかしくなりそうだぞ。助けてくれ。」
『悪いがそりゃ無理だな。この連絡だってやっと取れたんだからな。そっちとこっちは完全に切り離されてんだ。』
どうや相当大規模な攻撃らしい。
「そうか……それで……何が起きたんだ?」
『よし、んじゃ……まずはそっちとこっちの現状からな。さっきも言ったようにそっちとこっちは完全に切り離されてる。オレ様はそっちに行けないし、お前からの通信も……本来ならこっちへは届かねぇ。』
「そっちとこっちって何を指してんだ?」
『天界と下界だ。』
「え……じゃあこの現象は全世界を?」
『飲み込んでる。まぁ一番騒ぎが起きてるっつーか変なことが起きてんのはお前のいる所だがな。』
「一体どういう《常識》を?」
『わからねー。確かなのは、お前が見てるその世界は確かに現実だということだ。幻とかではないい。』
「世界を巻き込むってことは第三段階か?」
『幸いなことにそうじゃない。もしもそっちの世界が一人のゴッドヘルパーによって完全自由自在にできるのなら確かにそいつは第三段階だが……この世界には終わりがあるんだ。』
「終わり……?」
『つまりこうなのだよ。』
頭に響く声が突然変わった。この気の抜ける声は……
「!……アザゼルさん?」
『ここは俺私拙者僕が説明した方がわかりやすいのだよ。雨上ちゃん、その世界は……言うなればゲームなのだよ。RPG!』
「と言いますと?」
『ゲームの中だとさ、一応プレイヤーはその中を自由に動き回れるのだよ。でもやっぱりイベントは強制的に発生するのだよ。あ、ちなみにこの場合のプレイヤーは雨上ちゃんなのだよ。』
「……私はゲームの主人公で……いろいろなイベントを経験するってことですか?」
『そうなのだよ。そしてどんなゲームにも……ラスボスがいるのだよ!』
「ラスボスですか……」
『そいつを倒せば長い旅は終わり、そこでエンディングの後にスタッフロール!よーするにその世界はラスボスを倒せば終わるのだよ。』
「それはどいつのことですか?」
『わからないのだよー。でもね雨上ちゃん、わからなくても問題ナッシング!さっきも言ったよーにその世界はゲームなのだよ。だから、状況に流されまくれば自動的にラスボスにたどり着くのだよー。』
「なるほど。」
『ただし!その世界にコンティニューはないのだよ!途中でリタイアしたら終わりなのだよ。』
つまり、私がこれからするべきことは……話に流されるということだ。そして最終的にラスボスを倒す。それで私はこのおかしな世界から……あ、いや、ここは戻るわけだ。ただし、リタイアはできないと。……この世界で言う何がリタイアということになるのかはわからないが、とりあえず全力で……流されるのだ。
『あー、オレ様だ。やることはわかったか?』
「ああ。……一つ疑問なんだが……これは私を倒すための攻撃……なんだよな?」
『それもイマイチわかんねーんだよな。結局ラスボスでお前を倒すことが目的なのか、オレ様たちとお前らを切り離すことが目的なのか……はたまたオレ様たちがこれの対処をしている間に何かをしようとしているのか。謎だらけだ。』
「そうか……とりあえず私は……頑張ってラスボスを倒せばいいんだな。」
『ああ、頼むぜ。』
オレ様は雨上との通信と切る。まわりにはリッド・アークとのバトルで一緒に戦った面子がいる。あとマキナ。
「とりあえず今わかってることは伝えられたな。これから先、新しい事がわかる度に連絡が取れればいいんだが……できるか?」
「無理そうね。」
マキナがため息をつく。
「だってもう接続が切れたもの。この世界が確立された瞬間に下界の天使を全員天界に強制転送できるぐらいの実力者がこの通信を見逃すわけないわ。たぶんこの一回の通信は……アザゼルの言うプレイヤーへの説明でしょうね。説明役がマキナたちってわけ。」
「くっそ……いいように使われたな。オレ様たちにできることはもうねぇーのか?」
「ないと思うのだよ。少なくともラスボスがやられるまでは。」
人々が宇宙人の話で持ちきりになっている日本のとある高速道路にあるとあるサービスエリア。そこの外においてあるテーブルに四人のゴッドヘルパーがいた。
「なんで……ここなんだよ、バーカ。」
「ここのホットドッグがおいしいんす。」
「つーか、結局こっち来んなら最初っからこっちにいりゃあ良かったじゃねーか、バーカ。」
サンドイッチをバクバク頬張りながら文句を言っているのはルネットである。
「あの二人をあっちに送る必要があったっすからね。現段階の第三段階の状況も感じておきたかったすから……」
「あぁん?サングラスとりゃあ一発なんだろ?わざわざ行かなくてもよかったっつーんだよ、バーカ。」
「でもなんで離れる必要があるアル?」
上品にコーヒーを飲んでいるチョアンが尋ねる。
「あの二人の力は……メインパーティーのいる場所を中心に構成されるものっす。そしてもちろん中心に近ければ近いほど影響が強いっす。だから面倒なことが起こりやすいんすよ……あっしらにとって。」
「なら地球の裏側に行くとどうなるアル?」
「たぶん、取り込まれているは取り込まれているけど普段とさほど変わらぬ日常が展開されていると思うっす。」
「だったらそこに行きゃあいいじゃねーか、バーカ。」
「ある一定の距離以上離れればさほど違いはないんすよ。それに……ほら、あっしは日本人っすから。サマエル様も探す可能性が大きいわけっすよ。」
「なるほどアル。」
再びコーヒーを飲むチョアンとふくれっ面でモグモグ口を動かしているルネット。鴉間はホットドッグを食べながら二人を見てふと呟いた。
「よく考えたら……今のあっしって両手に花状態なんすねー。美女二人とお食事っすから。」
ルネットが半目で鴉間を睨む。
「……あたしをそーゆー目で見てたのかてめぇは……気色悪いんだよ、バーカ。」
「まぁまぁルネット。美女と呼ばれたアルヨ、もっと喜ぶアル。」
「つーかサリラも女だろーが、バーカ。」
サリラはテーブルに広げたジグソーパズルとにらめっこしている。
「サリラは……不明っすよ。」
「そうなのアル?ワタシはてっきり女の子だとばかり……」
「そもそも……性別のある生き物なのかどうか。今は人間の姿っすけどね。」
「意味わかんねーんだよ、バーカ。」
「ゴッドヘルパーって別に人間だけじゃないっすからね。それこそその辺の雑草がなることだってあるっす。確か《空間》の前任者はたぬきっすしね。」
「そうなのアル?びっくりアル。」
「すげーんだな……サリラの《常識》の―――」
「ヘイ!」
鴉間たちが座っているテーブルから少し離れたところからそんな声が聞こえた。
「……誰っすか?」
そこにいたのは一人の男。百人中百人が「ブサイク」と呼ぶであろう顔に、堂々と出た腹。そこにお洒落なサングラスや服を装着したそいつは不思議とかっこいいポーズで鴉間たちを見ていた。
「YOUが鴉間空かい?」
「Iが鴉間空っす。」
「はっはっは、見つけたぜぃ!俺の標的!」
男は違うかっこいいポーズにポーズを変え、話を続ける。
「鴉間……最強のゴッドヘルパーって聞いたからどんなやつかと思いきや……そのサングラスはかっこいいけどその髪型はかっこ悪いぜ?今時オールバックって……」
「そうっすか?髪の毛後ろにやるだけっすから楽でいいんすよ。」
「かっこ悪い理由だぜ。んまっ、いいけどさ。」
男はサングラスを頭に移動させる。顔の面積と比較してあまりに小さい目が現れた。
「サマエル様から命令を受けた!裏切り者に死を!ホウッ!」
かっこいいポーズでズビシッと鴉間を指差す。
「サマエルの刺客だってよ……サマエルじゃねーのが来てんじゃねーか、バーカ。」
「……それよりも……驚きっすね。あっしもサマエル様の傘下に入ったゴッドヘルパーの全てを知ってるわけじゃないっすけど……まるで知らない奴っす。」
「当り前だぜ。俺はサマエル様の切り札、最終兵器だからな!」
いちいちかっこいいポーズをする男を横目で見ながらチョアンが呟く。
「なるほどアル。最後までその存在を隠し続けることで、天使側に対策を取られないようにしておいたゴッドヘルパーがいたってことアルね?」
「その通りです、レディ。ああなんたること!俺はあなたのようなエンジェルをこの手に!」
男はかっこよく悩む。
「うぜぇっつーんだよ、バーカ。」
ルネットが身体に巻き付くメガネからレンズの青いメガネを取り出してかける。
「死ね、バーカ。」
ルネットは男を見た。なんてことないただそれだけの動作。そして何が起きたかと言えば当然何も起きなかった。だが―――
「へぇ……少しはやるわね。こりゃ楽しめそーだわね、バーカ。」
ルネットの予想とは違う現象が起きたらしい。
「そうなんすか?」
今度は鴉間が男を見た。すると今度は男の後ろ、駐車している車が数台真っ二つになった。
「おお。ホントっす。」
突然のことにまわりがざわつき、逃げ出す人もいた。しかしこの四人と一人は睨みあっている。
「俺にかっこ悪い攻撃は効かないぜ?」
かっこよく悩んでいた男はかっこいい立ち姿に戻り、出た腹をよりいっそう前に出す。
「俺は《かっこよさ》のゴッドヘルパー、グルービー!よろしくぅ!」
「自分からバラしたアル。」
声は驚いているがコーヒーを優雅に飲み続けるチョアンの横、サリラはジグソーパズルから男へと視線を向けた。
「デブだー。」
そして見たままのことを口にした。
「はっはっは、お嬢ちゃん。《かっこよさ》ってのは外見じゃないんだぜ?そいつが何を言い、何をするか……それがかっこいいかかっこ悪いかを決めるのさ!そして、俺が言うことすることは全てかっこいい!俺がそう決めた!」
男……グルービーはかっこよく鴉間を指差す。
「俺にはかっこいい攻撃しか通用しない!かっこ悪い攻撃はその存在すら否定する!俺を倒すには俺の《かっこよさ》の基準を理解する必要があるのさ!だが残念、俺は君たち四人の能力、戦い方をかっこいいとは思っていない!よって勝ち目はない!」
「サーちゃんたちのこと知ってるんだー。」
「でもそれじゃぁあなたはどうやって攻撃するんすか?」
「俺は見た目通り、格闘家なのさ!」
鴉間、ルネット、チョアンが黙りこくった中、サリラは素直に尋ねた。
「おすもうさん?」
「ノンノン、俺はボクサーなのさ!」
男はかっこよくファイティングポーズをとる。
「このバカどーすんだよっつーんだよ、バーカ。」
「うん?サリラにお願いするっす。」
「はーい。」
そう言うとサリラはぴょんと椅子から下り、グルービーの前に立った。
「ヘイヘイ、お嬢ちゃんの力は知ってるぜ?それはかっこ悪いぜ?だから俺には効かないぜ?」
「お嬢ちゃん?あれあれ?サリラ、今女の子なんだっけ?」
サリラは自分のお腹をさする。
「あ、子宮がある。そーか、サーちゃんは今女の子か。それならお嬢ちゃんで正解だね。」
「不思議な確認方法だぜ……」
グルービーがかっこよく半目になる。
「チョアン、お洋服お願いねー。」
「はいアル。」
サリラはポケットから丸っこいものを取り出し、それを地面に落とした。するとすさまじい閃光が丸っこいものから放たれた。
「んん?めくらましかい?それが何だってい―――」
グルービーの顔から余裕が消え、驚愕で埋め尽くされた。
グルービーの前、さっきまでサリラがいた場所に一人の男が出現していた。それは百人中百人が「ブサイク」と呼ぶであろう顔に、堂々と出た腹。そこにお洒落なサングラスや服を装着した男だった。
「んな……俺……」
言いかえれば、グルービーの前にグルービーが出現したのだ。体型はもちろん、服装もまったく同じ。鏡に映った姿を左右反転させたように、グルービーの前に立つグルービーは立っている。
「あっはっは。あんたの負けっつー話だよ、バーカ。」
「な……何を!俺はお嬢ちゃんの力を知っている!だからこんなことでは俺は……」
「もう遅いのアル。」
「そうっすね……だってあなた、その目の前に立っている存在を「俺」と呼んだっすからね。」
「だからなんだというんだ!俺には攻撃できな―――」
そこでグルービーが言葉を詰まらした。
「気付いたっすか?さっき言ってたじゃないっすか。俺のやることは全てかっこいいって。」
「そ……その程度!俺になったからと言ってそのルールが適応されるわけじゃない!」
グルービーの前に立っていたグルービーがすたすたと歩いてグルービーに近づく。グルービーは一瞬身構えたがあわててかっこいい余裕のポーズをとった。
「ふ、ふん!何をしようとも俺には―――」
グルービーの言葉はグルービーの前にいるグルービーが放った拳がグルービーの身体を貫くことで止まった。
「がぼぉっ!?……そ……そんなバカな……」
突き刺さった拳を引き抜いたグルービーの前にいるグルービーがにやりと笑ってこう言った。
「はっはっは!君が俺を君と一瞬でも認識してしまったことが問題なのさ!もっと熟練のゴッドヘルパーだったなら即座に認識を改められただろうけど……君は未熟だったようだね!」
崩れ落ちていくグルービーの顔面にグルービーの前にいるグルービーの膝蹴りが直撃し、グルービーの頭部はスイカのようにぐしゃりとつぶれた。
「能力にかまけて精進を怠っちゃいけないぜ?俺。」
もはや血の噴水と化したグルービーの前にいるグルービーが鴉間たちの方に向き直った瞬間、そこにはサリラがいた。
「「「きゃぁぁぁぁっっ!!」」」
悲鳴がこだました。パーキングエリアはパニック状態となり、急いで車を出すものや建物に逃げる人であふれ返った。
「どうするアル?だいぶ騒がしくなったアル。」
「心配ないっす。どうやら目的は達成されていたみたいっすから。」
鴉間がふと空を見た。つられて他の三人も鴉間の見ている方を見た。
「やはりダメだったか。」
汚れの一つも見当たらない真っ白なスーツを着た金髪の男、サマエルがそこに浮いていた。
「あれでも切り札の一つだったんだがなぁ……能力的には申し分なかったが……本人が怠けていたか。」
「自分でかかってきたらいいっすよ。《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパーの力なら余裕じゃないんすか?」
鴉間はポケットに手を突っ込んでニヤリと笑いながらそう言った。対してサマエルは極めて無表情である。
「そうもいかない。あえて言えばオレこそが最終兵器だからな。お前の底を見てから出ることにするさ。」
「ということはまだいるんすね?残しておいた切り札が。」
「ああ……次はそいつだ。」
次の瞬間、鴉間の目の前で電光がほとばしり、すさまじい衝撃波が発生した。
「……びっくりっすね。」
電光と共に、鴉間の手前数センチのところに電気をおびた拳を突き出す一人の人物が出現したのだ。
「……わしの一撃を受けるとは……やるのう。」
そういって一瞬で鴉間から距離をとったのは朝の公園で太極拳でもやってそうなおじいさんだった。そのおじいさんをちらりと見て、サマエルは呟く。
「オレの切り札は三つ。一つは「相手の能力を使用不可能にするゴッドヘルパー」……グルービーがそれだった。二つ目は「純粋に強大な攻撃力を持つゴッドヘルパー」……それがそいつだ。」
「的場じゃ。よろしくのう?」
的場と名乗ったおじいさんは何かの武術の構えをし、体に電気を帯びていた。
「わかりやすいアル。《電気》アル。」
「ふぅ……また雑魚じゃ困るっすよ?」
鴉間が一歩前に出る。
「あっしをご指名みたいっすから……相手するっす。」
そう言いながら鴉間は右腕を大きく横に振るう。
「バレバレじゃ!」
的場はぴょんと軽く二メートルは飛びあがった。すると的場の後ろ、グルービーの時に真っ二つになった車がさらに二つに分かれた。
「ほほー、あっしの空間の亀裂をかわすとは。見えないはずなんすけどね。」
「うわ……気持ち悪い世界アル。」
鴉間の後ろにいるチョアンがいつのまにかメガネをかけ、まわりを見ている。
「すごい数と密度の電波が飛び交ってるアル。これで周囲の空間を把握してるアル。」
「あとねー、そのおじいちゃん、全身に筋肉を刺激する電流を流してるよー。それと神経を流れる電流も高速にしてるー。だからあんな動きができるんだねー。」
「なるほどっす。」
「ふぉっふぉっふぉ。優秀な仲間じゃのう!」
そう言うと的場はポケットから袋を取り出し、中身を宙にばらまいた。出てきたのは数十個のパチンコ玉だ。それらは地面に落下することなく、的場のまわりを衛星のようにまわり出す。
「むん!」
的場が手をくるくる動かすと、パチンコ玉はきれいに一列にくっついた。二つを残して。
「くらうのじゃ!」
残っていた最後の二つの内の一つがまるで磁石に引っ張られたかのように列の最後尾に連結すると、先頭のパチンコ玉がとてつもない速度で撃ち出された。
「うわわ。」
鴉間たち四人は思い思いの方向に散る。撃ち出されたパチンコ玉は地面や壁に直撃後、一瞬で列の最後尾に戻って再び連結する。これの繰り返しにより、超高速のパチンコ玉がマシンガンのように乱射された。
的場の狙いは鴉間だからか、パチンコ玉は鴉間めがけて撃ち出される。よって他の三人は少し離れた所に移動しただけとなった。
鴉間は連続瞬間移動をしながら楽しそうに言った。
「ガウス加速器っすね。電磁石ってわけっすか。でもこれだけの威力っすから……そのパチンコ玉、普通よりも強度あるっすねー。」
「ふぉっふぉっふぉ!逃げてばかりでは勝てんぞ!」
「んまぁ……実は逃げる必要ないんすけどね。」
鴉間が瞬間移動を止めた。即座にパチンコ玉が高速で飛来したが、それらは鴉間の手前ではね返された。
「次元の壁っす。物理的に物体は……というか三次元の物体は通れないっすよ?」
全てのパチンコ玉が的場の下に戻る。的場はニンマリと笑った。
「それは間違いじゃな。確かお主の四次元空間はこの世界と隔離されたものだというのに通れるゴッドヘルパーがいたりするんじゃろう?」
言ってしまえば弱点を言われたに等しいのだが、鴉間は余裕の表情を崩さない。
「よく知ってるっすね。」
「その壁も所詮はお主が作ったものじゃからな、それと同じ原理で通してしまうものがあるんじゃろう?空気とかの。」
「そこまで見破られているとは驚きっす。なら……そろそろあっしが驚かさないとっすね。」
鴉間が肩腕を上にあげる。瞬間、鴉間たち四人とサマエルと的場はどこかの街中にいた。
「道路の真ん中じゃねーか、バーカ。」
もちろん、突然路上に出現した人間を避けることのできるドライバーはいないので車が突っ込んでくるのだが。
「めんどくせーっつーんだよ、バーカ。」
ルネットがその場でグルンと一回転しただけで迫ってくる車が全て吹き飛んだ。
「どうっすか?街中じゃぁ関係ない電波も飛び交ってるっすけど。」
「ふぉっふぉっふぉ。この程度じゃわしの電波結界は崩せんよ。むしろ好都合じゃよ、街中は。」
的場がその場で腕を大きく振る。すると鴉間の足元にひびが入り、そこから金属の管が飛びだしてきた。
「おっと。」
飛び出した管は的場の手前で止まる。
「……気付いたかのう?今、お主の足元から引っこ抜いた故に……次元の壁を通ったぞい?」
含みのある言い方に鴉間は不思議そうな顔をする。
「つまり……どういうことっすか?」
「お主の異次元の考え方は既に把握しておる。お主の四次元の中に入れるものはお主が四次元にもあって当然と思うものじゃ。それは逆に言えば……四次元空間の中から出したものなら次元の壁を通れるということじゃ。普通に考えればその壁で隔たれた空間のうち、お主側が内側でわし側が外側じゃ。つまりのう、その壁を内側から一度通ったものは外側からもう一度入れることができるというわけじゃ。」
「なるほど。つまりその管はあっしに届くわけっすね。」
「正確には水道管じゃがな。」
すると的場が槍投げのような態勢になる。的場の頭上に浮かぶ水道管のまわりを、輪っか状に並んだパチンコ玉が回転する。ちょうどパチンコ玉の輪っかを水道管がくぐっているような形だ。
「かっこいいっすね。EML……レールガンってやつっすか?」
「強力な電磁力であってローレンツ力じゃないからのう……レールガンと言うよりはマスドライバー……リニアモーターガンが近いかのう。」
的場が腕を勢いよく振るとバカみたいな速度で水道管が鴉間に発射された。そのまま鴉間を貫くかと思われたが、鴉間の一歩手前で水道管はひしゃげながら弾かれた。
「盾が使えないなら攻撃っす。」
「ほぅ、空間の振動か。」
「正解っす!」
鴉間が両の腕を前に出すと同時に的場がジャンプする。その刹那、的場がいたところに隕石でも落ちてきたかのようなクレーターが轟音と共に生まれた。
「ふぉふぉ!」
笑いながらパチンコ玉を撒き散らす的場。するとパチンコ玉が驚異的な速度で帯電し、パチンコ玉の数倍の大きさに電気の塊が膨張した。
「放電!」
パチンコ玉を核にした電気の塊から雷のように電流がほとばしる。
「あっしはすでにあなたの電波結界の中……電気は通しちまうっすね。」
的場と鴉間。彼らが腕を振るたびに電流が走り、地形が変わる。まさに地獄絵図だった。だが、なんともたくましいことにこんな時でも野次馬というのはいる。
「ふぉふぉ、ギャラリーが増えたのう。これは退屈させてはいかんの。」
そう言うと的場は自分の正面に電気の塊を集結させた。
「くらえぃ!!」
一つの大きな電気の塊となったそれから一直線に閃光が走った。それは超速で鴉間に迫ったが、これまた一歩手前で止まる。だが止められてもその閃光はそこにあり続け、鴉間を押す。
「……これはもう……ビームっすね。」
目の前で見えない壁にぶち当たったかのようにスパークする一筋の光を眺めて鴉間は呟く。
「空間を振動させて防いでいるのじゃろうが……いつまでもつのかのう?」
「……なるほどっす。これが……違いってやつっすか。」
「?何を言っておる?」
「《天候》の雷と《電気》の雷。その違いは……放電時間っすね。《天候》は一瞬だけの放電すけど、あなたはしばらく出来るというわけっすね。」
「わしを前にして他のゴッドヘルパーのことを考えるとはのう?甘く見られたもんじゃ!」
「いえ、別にそういうわけではないっすよ?ただ……」
「?」
「あなたじゃあっしには勝てないんすよ。」
「なんじゃと!?」
「あっしは《空間》のゴッドヘルパーっす。《空間》っていうのはこの世界そのものっすよ?あっしはね、世界を内包する器の支配者なんす。だから……理論的にこの世界に存在するモノならあっしの《空間》でどうとでもできるということなんす。」
鴉間は何でもないように話しているがもちろん攻撃は続いている。的場の額に汗が見える。
「あっしに攻撃したいのならこの世界にはないモノでないと……あまり効果はないんす。つまり、ゴッドヘルパーが生みだすそいつだけの《常識》。他の誰にも作れないそいつだけの現実。それこそがあっしに効果のある攻撃っす。この世界に存在したことのないモノへの対処はやっぱり難しいんすよ。」
「わしの攻撃はそうでないと?」
放電を続ける的場は忌々しそうに鴉間に尋ねた。
「そうっす。だってあなたの攻撃はその全てが電気の性質を応用しているだけっすから。んまぁこれは電気だからっていう話でもあるんすけどね。」
「なに?」
「人間が今一番使っているエネルギーじゃないっすか。長い歴史で……電気の可能性は発掘されつくしてしまったんす。だから完全オリジナルの電気の現象っていうのは作りにくいんすよ。」
「サーちゃんわかんなーい。」
鴉間と的場の戦場から少し離れた所にいるサリラが呟いた。
「そうアルね……つまりこういうことアル。」
隣に立つチョアンが人差し指をぴんと立てて説明する。
「人間は電気が便利っていうことをだいぶ早くに知ったある。だから「電気を使えば何ができるんだろう?」っていう思考が幾度となく繰り返されてきたのアル。それはワタシたちが「自分の支配する《常識》は何ができるんだろう?」って考えることと同じ行為なのアル。」
「うん。」
「つまりアル。ワタシたちゴッドヘルパーが自分のイメージを《常識》にして引き起こす不思議な現象が、《電気》の場合は不思議でもなんでもないということアル。過去にあまりに多くの科学者が実験をしたものアルからどんなにすごいことをしても遡ればどこかの誰かがやったことある現象でしたーっていう感じになるのアル。」
「あー。だから鴉間には効かない……というか対処できちゃうんだね。一度はこの世界、《空間》に存在したものだから。」
「そうアル。」
「身近にあり、イメージがしやすく、強力。そんな《常識》はたくさんあるっす。確かにそういう《常識》を操るゴッドヘルパーは強いっすけど……同時にオリジナリティーに欠けてしまうんすよね。」
鴉間が軽くため息をつくと、均衡状態にあった電流と空間の振動がバランスを失った。突然力が増したかのように、空間が電流を完全に弾き飛ばしたのだ。
「んなっ!?」
的場は一歩後ずさる。
「さぁ……あっしに勝とうというのなら、あなただけの《電気》を見せて下さいっす。」
鴉間が一歩、足を出す。
「待てよ、バーカ。」
二歩目を出す前にルネットが鴉間の肩をつかんだ。
「もういいだろ?これ以上はやんなよ、バーカ。」
ルネットがにっこりと的場に笑いかける。恐怖が遠のいたことに安堵したのか、的場は軽く息をはく。
「こっからはあたしの番だよ、バーカ!」
言いながらルネットはレンズが緑色のメガネをかけた。それだけで的場の右脚に穴があいた。
「ぐぅおわぁっ!?」
その場に倒れる的場に笑いながら近付くルネットは首を鳴らしながら言った。
「よく考えろよ鴉間!こいつは《電気》ってだけでここまで強くなったんだよ、バーカ!んなすぐにイメージを昇華できるわけねーんだよ、バーカ!」
「んまぁ……そうっすね。並のゴッドヘルパー相手なら最強で通ったかもしれないっすけどね。」
「よ……よすんじゃ……」
「……バーカ。」
ルネットがそう言うと今度は的場の左脚に穴があく。呻く的場を眺めながらメガネを変える。レンズの色は青色。
「がぁぁぁっ!!」
的場の右腕が肩から切断された。
「バーカ、バーカ!今さら命乞いかっつーんだよ、バーカ!」
的場の左肩に深々と見えない何かが斬りこまれる。まわりの野次馬もさすがにと思ったのか、逃げようとするが―――
「てめーらも今さらなんだよ、バーカ!」
目にも止まらぬ速さでメガネを変える。色は紫。それだけでまわりの野次馬の動きが止まった。
「う……動けねー!」
「なんだこれぇっ!」
「うわぁぁああ!」
理解できない状況に放り込まれた野次馬たちはそれぞれに喚く。
「いいからいいから。そこの血だるまを見なさいっつーんだよ、バーカ。」
すると、逃げようとしていた野次馬全員がこちらに向き直って的場を凝視し始めた。
「な……なにをする気じゃ……」
「折角の野次馬なんだからさ、最後まで野次馬でいろっつー話だよ、バーカ。」
再びメガネが変わる。色は黒。
一瞬何かか瞬き、次の瞬間、的場は爆死した。
骨も何も残さずに消滅した的場……その場所からは嫌なにおいがしている。
野次馬たちは動けるようになったのに気付くと一目散に逃げ出した。だが彼らは気付いていない。的場を爆発させたのは自分たちであることに。
「……まだやるっすか?」
誰もいなくなった街のクレーターだらけの道路のど真ん中。鴉間、ルネット、チョアン、サリラは浮かんでいるサマエルを見ている。
「確か……三つって言ってたっすよね?切り札。」
「ああ。三つ目は「どんな攻撃を受けても大丈夫なゴッドヘルパー」だ。……思うにな、鴉間。」
サマエルは感情のこもらない声と表情で告げた。
「たぶん、お前はこいつに勝てない。」
「そりゃまたどうしてっすか?」
「そいつはな、オレが《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパーじゃなかったなら……死力を尽くそうとも勝てないからだ。」
「へぇ……サマエル様が勝てない相手っすか。」
サマエルは鴉間から目をはなし、まわりを眺める。
「……いるんだろ?出てきていいぞ。」
サマエルの呼びかけに応えるように、道路沿いの本屋さんから人が出てきた。
それは神父さんだった。黒色のダボッとした服を着て、首から古今東西あらゆる宗教のシンボルを下げたその神父さんはサマエルの下まで来て立ち止まった。
「どうだった?下見ついでに一足早く日本に来て……なんかあったか?」
ものすごい威圧感があるわけでもなければ屈強な肉体を持っているわけでもない。ただの神父である。二十歳かそこらという感じのその神父はあごに手をあててやんわりと口を開く。
「ええ。ここは……神を信じている人がとても少ない。無信教というものですかね。しかし、これこそが救いの道なのかもしれません。いやはや、興味深いです。」
どうでもいいことを語る神父を指差し、鴉間は尋ねる。
「……そいつっすか?」
「ああ。オレの切り札、三つ目。前の二つと同じとは思うなよ。」
「それは楽しみっすね。」
「ああ……そう言えば……」
サマエルがふと思い出したように言った。
「なんで裏切った?」
本当に感情のこもらない声だった。もはやどうでもいいけど気が向いたから聞いてみた……そんな感じである。
「……この神父さんを倒した後にでも教えるっすよ。」
「そうか。それじゃあ一生理由が聞けないな。」
その言葉を最後に、サマエルはさらに上へと上昇し、まわりに建っているビルの一つの屋上に降り立った。
「さってと……サマエル様があれだけ言うあなたの力……見せてもらうっすよ?」
「さっきのじじいよりは骨があるのかっつーんだよ、バーカ。」
「見た目じゃないアル。実はこーゆーなんでもなさそうな人が強いのココロネ。」
「サーちゃん楽しみー。」
四人のゴッドヘルパーを前に、神父さんはポケットから一枚の紙切れを取り出した。
「自分の使命は……サマエル様を裏切ったゴッドヘルパー……鴉間空、アブトル・イストリア、メリオレ・モディフィエル、ルネット・イェクス、サリラ・シュレル、チョアン・イーフ……この六名に死を与えること。」
紙切れをポケットにしまい、今度は逆のポケットに手をいれる。そこから出てきたのは六色のカラフルな立方体……ルービック・キューブだった。
「やはり……まずはあなたですかね……鴉間さん。」
揃っている色をゆっくりとくずしながら神父さんは呟く。
「他の皆さんは後ろで見ていて下さい。ああ、ご心配なく。全員きちんとお相手しますので。」
「ずいぶん余裕っすね?」
「余裕?いえ、恐怖でいっぱいですよ。自分はあなた方を無限の繰り返しに送ろうというのですから。でも大丈夫です。自分が必ずやそこから救い出してみせますので。」
よくわからない言葉を並べる神父さんは大まじめにルービック・キューブの色をくずしている。
「ふぅ。やっと完成です。」
バラバラの配色になったルービック・キューブを手に満足そうにしている神父さん。それに対して何か言おうと鴉間が口を開いた瞬間、変化が生じた。
「……なんだこれはっつーんだよ、バーカ!」
鴉間が振りむくと、さっきまでいた三人はそこにはいなかった。正確に言えば……いるのだがさっきとは違う場所に立っているのだ。
「これは……なんすか?」
ルネットとチョアンはビルの壁に、サリラは信号機にさかさまに立っていた。まるで三人の重力の向きが変わったかのように。
「気をつけて下さい。そちらのメガネの方と美人さんは横方向に重力がかかっておりますので、そのビルから一歩でも外に出ると横方向に落ちることになります。そこの小さい方は上方向ですのでそこから動くと空に落ちることになります。」
なんてことのない顔で告げる神父さんを鴉間は目を丸くして見る。
「《重力》……はジュテェムっすから……一体?」
「ああ……これはこれは自己紹介が遅れましたね。」
神父さんはルービック・キューブを片手ににっこり笑ってこう言った。
「ドイツから来ました。自分はディグ・エインドレフ。以後、お見知りおきを。」
第四章「襲撃」 著・神無月世界
なんかしらないけどリーダーとして一言言うはめになった。
「えーっと……こんにちは。雨上です……」
私以外の皆さんはこの世界に……「流されている」ので現在のキテレツな世界を当たり前に捉えているが私は違う。私がこうやって壇上に立つことも彼らにとっては当たり前なのだろうが、当の本人は困惑のまっただ中なわけだ。……何を言えばいいんだろうか?
「えーっと……その、あまり大勢の前でしゃっべたことが無くてですね……」
うわーどうしよう。
「ではわたしが!」
そんなわたしを救ったのは副リーダー、しぃちゃん。
「我らがリーダーはどちらかと言えばおとなしい性格なのでな。だが安心してくれ!晴香が強いということは確かだ!」
私が壇上から一歩下がると、マイクの前にしぃちゃんが拳をグッと掲げながら立った。
「諸君!我々が相手にするのは我々と同等の力を持った魔法使い集団、ザ・マジシャンズ・ワールド!そしてその戦闘力は完全未知数の宇宙人・ナナカンソバ星人だ!彼らの利害は一致し、我々が生きるこの星を手に入れようとしている!」
いやぁ……しぃちゃんはこういうの好きだなぁ……
「敵は待ってくれない。おそらくすぐにでも戦闘が始まるだろう。地球史上、もっとも激しい戦いが!我々は戦う!人種の違いや宗教の違いで争うわけでもなければ国土を増やすためでもない!我々人類が、この星を代表し……この星の生き物全ての生活を……命を守るために戦うのだ!」
しぃちゃん……あなたは開戦前に演説する大統領ですか?
「敵の魔法使いは……我々と同じ人間だ。彼らもこの星で育ち、生きてきた。だが!手をゆるめてはいけない!彼らは彼らを育ててくれたこの星を支配しようとしているのだ!」
よくもまぁ台本なしにあんなセリフが……
「歴史が教えてくれている!支配が何を生むのかを!我々がするべきなのは支配ではない、共存だ!」
そこまで言ってしぃちゃんは拳を下ろし、ふぅとため息をついた。
「……とまぁ……ここまでが建前だな。わたし自身、何を言っているのかよくわかっていなかったりする。だいぶ支離滅裂だったんじゃないかな?」
そんなしぃちゃんの言葉に笑いが起きる。それを眺め、しぃちゃんは声をより大きくして叫んだ。
「言葉で飾り立てられた理由など簡単に崩れてしまう!本当に大切なのはそれを見てどう感じているかだ!自分のこころに正直に動くことこそがその者にとっての正義だ!」
胸に手を当てながらしぃちゃんは叫ぶ。
「逃げたくなったら逃げてもいい!命を捨ててでも戦いたいと言うのならそれでも構わない!ただ、後悔だけはするな!」
しぃちゃんの言葉を聞いている皆さんの目に涙が見えたり、すごい決意が見えたりしてきた。
「自分の正義を成し、自分の正義を貫け!それこそが世界を救うヒーローに必要なこころだ!もしもこの中にそのこころを持ち、戦おうという者がいるのなら、真のヒーローがいるのなら―――」
イマイチこの世界の流れに乗れていない私でさえ胸が熱くなってきた。
「共に……世界を救おうじゃないか。」
「「「おおおおおおおっ!!」」」
すさまじい歓声。みんなが腕を振り上げて声を出している。士気が上がるとはこういうことなんだな……
その時、かん高い音……サイレンのようなものが鳴り響いた。
「敵襲ー!」
誰かが叫んだ。大声を張り上げていた皆さんをしんと静まる。そして全員がしぃちゃんを見る。
「行くぞぉっ!」
しぃちゃんの一言で、全員が外に走り出した。敵を倒すために……いや、己の正義を成すために。
しっかし……いいタイミングだこと。全員の士気がマックスのときに攻めてくる敵。映画とかアニメとかじゃ燃える展開だ。なんだろうなぁ……この感覚。一本の映画を座って観てるような感じだ。
建物の外に出る。この建物はちょっとした森の中に建っているので魔法使いの皆さんがまわりの木の枝なんかに立っているのが見える。
「僕はハイパーゴッドの一人、デッドメイカー・マイケル!自分の価値がわからない愚かな魔法使いを駆除しにきた!」
ハイパーゴッドって……上から何番目なんだっけ?まぁいいか。
しかし良く考えると……この魔法使いの組織もこの世界を作ったとあるゴッドヘルパーが作った組織ってことだよなぁ。こんな大掛かりな組織がそうそうすぐに出来るもんじゃないし。
「……少しわかってきたな……」
このヘンチクリンな世界。だいたいが既存の存在を利用している。「魔法使い」は「ゴッドヘルパー」を、私の「最強クラスの魔法使い」っていうのは「第三段階のゴッドヘルパー」を上書きしてる。完全オリジナルの存在を作れないと決まったわけではないが……少なくとも利用できるものは利用している感じだ。もしかしたら「宇宙人」と呼ばれている存在もそう定義されただけの良く知っている存在かもしれないし、ヘタすれば「ラスボス」が私の知り合いってこともあったりするわけだ。
「俺が先手を入れる!」
私が考えていると音切さんが横に立つ。ギターを持って。
「俺の前に立つなよみんな!」
良く見るとギターは後ろのアンプに繋がっている。どっから持って来たんだか……
「くらえぃ!」
音切さんがジャーンとギターを弾く。それが増幅されてアンプから発せられた。
ズドォンッ!
……音切さんの正面の森が吹っ飛んだ。
「厄介な奴がいるようだね!」
さっきしゃべってたハイパーゴッドのなにがしさんが横に跳びつつ叫んでいる。
この前は武器破壊をお願いしたから直接的に戦闘はしていない音切さん。やっぱり《音》は強力なんだなぁ……
ふとまわりを見るとなかなかにおもしろい光景が広がっていた。地面からトゲがにょきにょき生えてたり、炎が飛び交っていたり、空を飛んでる人が見えない何かにぶつかったり……こりゃぁそこらの特撮よりずっとすごいな。
ちょうどいい。しぃちゃんのおかげでみんな元気いっぱいだから私が今すぐ攻撃をしなくちゃってことにはならないだろう。これを機に、オリジナルの《天候》っていうのを考えるんだ。
ジュテェムさんは言った。戦うための技の一つや二つは持っていた方がいいと。きっとこの先に待っているであろう鴉間やサマエルとの戦いの時、そういうものが必要になるかもしれない。そう……友達を傷付けないように、私も努力するんだ。
今一度、《天候》と言うのを考えてみる。調べてみたところ、《天候》とは天気と気候の中間なのだとか。天気はその時々の、《天候》は数日の、気候は一年の空模様のことらしい。でもまぁ、一時間でも一日でも一年でも雨が降ればそれは雨なのだから内容に変わりはない。
じゃあ空模様とは?晴れてるだとか雨降ってるだとかそんなんだ。そこから風とかを抜けば……基本的には「上から何かが降ってくる」っていうことになるのか?太陽光が強く降るなら晴れ、水が降るなら雨、電気が降るなら雷、氷が降るなら雪だ。
上……空から何かが降ってくる。これを大元に置いて私は《天候》を考えるとしよう。
あっしは久しぶりにびっくりしてるっす。高速で移動するゴッドヘルパーは結構見てきたっすけど、こいつは別格っす。過去の誰よりも速いというわけではなく……機動性が高いんす。
「なるほどなるほど。」
神父……ディグはそんなことを呟きながらあっしの目の前に一瞬で移動したかと思えばそこから直角に曲がり、小さな弧を描いてあっしの背後に移動し、強烈なパンチを打ち込んできたっす。
見た限りはただのパンチっすがとんでもない威力っす。何かの力を使ってるんだろうっすけど……それがわからないっす。しかも何故かそのパンチはあっしの空間の壁をすり抜けるっすから空間振動での対応を迫られてるっす。
「このわけわかんない感覚はメリーさんと戦って以来っすね。」
瞬間移動で距離をとってあっしは空間の亀裂を飛ばすっす。その物体がなんであれ、物理的に斬れないものはないこの不可視の攻撃。そのはずなのにディグは華麗にかわすっす。
「ならこれはどうっすかね!」
あっしの周囲三百六十度全方位に空間振動による衝撃波を発生させたっす。逃げ場はないっす!
「いえいえ、逃げ場はありますよ。」
それなりのスピードで広がる衝撃波とまったく同じ速度で一定の距離を保ちながら下がるディグ。数十メートル行った所で衝撃波は止まったっす。
「まさか地球を一周する衝撃波を放ったわけではないでしょうからね。後ろに下がればいいんですよ。」
「簡単に言ってくれるっすね。」
ディグは下がった分の距離を一瞬で戻し、あっしの前方五メートルくらいに立つっす。
「それにしてもおかしいですね。自分が思っているほど攻撃にバリエーションがないですよ?これではあのお二方に申し訳ない。」
誰のことを言っているのかわからないっすが……やたらめったらにあっしのカードをさらすのはいただけないっす。まずはディグの操る《常識》を知るっす。手始めに……まわりの空間を把握するっす。
「まずはトリックを解くっすよ。」
「そうはさせません。」
あっしがまわりを把握しようとした瞬間、あっしは地面に真横に倒れたっす。
「!?」
「行きますよ。」
再び高速で迫るディグ。寝っ転がって見ると……こいつ、走らずに跳んでるっすね……
「ってそうじゃないっす!」
瞬間移動。あっしはちょっと距離をとったっす。
「そこですね。」
移動した瞬間、腹に衝撃を受けたっす。見るとディグが目の前にいて拳をあっしの腹にめり込ませてるっす。
「ぐっ!?」
殴り飛ばされて吹き飛ぶあっしは空間をコントロールして着地したっす。
「……よくあっしの移動先がわかったすね……」
「ええ……まぁ。」
そんな一言で片づけられるとは……びっくりっす。あっしの知らない所にこんなに強いゴッドヘルパーがいたとはね……
……さっきのあっしを横に倒したのは……何だったすかね?ルネットたちを移動させたのと同じ現象っすかね……
「把握をさせてくれないのなら、ボロが出るまでやるだけっす!」
息はつかせないっす!
「はぁっ!」
あっしの声と共に発生する無数の空間に亀裂。それは列をなしてディグを襲うっす。
「む。これは無理ですね。」
するとディグはそれをさっきみたいに華麗にかわすことはせずに大きくジャンプしたっす。さっそくのヒントっすね。
「まだまだっすよ!」
細切れになっていく建物をよそにディグは大きくかわすっす。だけどそんな大きな動きじゃいずれ!
「あ……」
「そこっす!」
ズドドドドドッ!
避けきれず、ビルを背にしてディグはあっしの攻撃を受けたっす。まきあがる粉塵で見えてはいないっすが斬った感覚はあるっす。あのビル同様にディグも細切れ―――
「痛かったです。」
粉塵の中から何食わぬ顔で出てきたのは……傷一つついていないディグだったっす。
「しかし……一度受けてわかりましたよ。なるほど、空間とはこういうものなんですね。」
そういえばサマエル様は言ってたっすね……「どんな攻撃を受けても大丈夫なゴッドヘルパー」って。一体何をしたっすか……
「ありがとうございますね。」
「何がっすか?」
「自分はまた一つ力を手に入れました。」
刹那、あっしの真横を空間の亀裂が通り過ぎたっす。もちろん、あっしが放ったものではないっす。あっしは後ろの建物が崩れる音を聞きながら驚愕したっす。
「……なんであなたが空間を操ってんすか……」
「?さきほど言いましたよ?あなたの攻撃を一度受けたからどういうものなのか理解できたと。それに、まだその……斬撃しかできませんよ?」
ディグは自分の肩をトントンと叩きながら呟く。
「自分はこれでもだいぶ長く生きてましてね。たくさんの「攻撃」というものを感じてきました。そのせいか、一度受ければそれがどういうものなのか感覚でわかるようになったのです。」
「へぇ……ちなみにおいくつっすか?」
「数えるのは途中でやめましたが……二千と……なん百歳か……ぐらいですかね。」
「……冗談っすか?」
「いえいえ。本当ですよ。」
なんてことっすか……
「鴉間!この、バーカ!」
ビルの壁に立ってるルネットが声を荒げるっす。
「んな奴にまさかやられるとかありえねーぞ、バーカ!とっとと殺せ、バーカ!」
……ルネットの言う通りかもっすね……ディグはたぶんまだ本気じゃないっす。今の内に一気にやっちまった方がいいかもしれないっす。
「それじゃ……あなたに《空間》の真髄を見せるっすよ!」
あっしは右腕を挙げ、パチンと指を鳴らしたっす。瞬間、まわりの風景の色を一段階暗くした《空間》が広がり、あっしとディグを包んだっす。
「これは……?」
「《空間》の真髄は……「場」の支配にあるっす。」
「「場」……ですか。」
「真夜中の学校、病院、墓場。そういうとこって、何か出そうで……わけも無く怖いっすよね。もしくは……試験会場。受験とかなら、例え休み時間であっても全員参考書を開き、ノートを見て勉強するっす。そこにはゲームしたり、友達とぺちゃくちゃおしゃべりしたりする奴はいないっす。」
あっしは両の手をポッケに入れ、ゆったりと構えるっす。
「誰かが決めたわけでもないのに、何かの力が働いているわけでもないのに、人はその「場」の空気、雰囲気によってその行動、思考を支配されるっす。」
「それが「場」ですか。それの支配と言うと……」
「お察しの通り。その《空間》の全てを支配することに等しいっす。」
あっしはあごでまわりの《空間》を指すっす。
「あっしとあなたが戦っているこの「場」は……今やあっしの支配下。もうこの戦いはその性質を大きく変えたっす。あなたは《空間》のゴッドヘルパーと戦うのではなく、全システムのゴッドヘルパーと戦うことになるんっす。」
「なるほど……しかし良いんですか?」
「何がっすか?」
「ゴッドヘルパーが自分の起こしている不可思議現象の原理を説明するってことは相手に攻略のヒントを与えるってことに等しいはずですが?」
「あっはっは。最早そういう問題じゃないっすから。あっしはこの「場」の支配者っすよ?言うなれば神っす。攻略も何も勝とうとすることが間違いっすよ。」
あっしはディグを見るっす。ディグはこの戦いの中、その表情をまったく変えていないっす。どこか達観した……余裕のある表情。でもさすがにこの状況になれば少しはあせり顔になったっすかね?
「神……と?」
瞬間、すさまじいプレッシャーを感じたっす。胸を圧迫するような……思わず一歩下がってしまうような……そんな迫力。焦りではなく……これは……怒り?
「たかがこの程度のことで……神を名乗りますか。身の程知らずにもほどがありますね。」
その表情は……親の仇でも見たかのような……恐ろしいものっす。
「もし神だと言うのなら……自分を救って見てください。」
「救う?あなたを?殺すの間違いじゃないっすか!」
恐れることはないっす。ここは既にあっしの世界。全てが思うがまま!
「望み通りにしてやるっすよ!」
今のあっしは……言葉一つで命を奪えるっす!
「死ぬっす!」
言った瞬間、ディグは糸の切れた人形のように倒れたっす。
あっしにはわかるっす。心臓停止、血流停止、細胞の活動停止……生命反応……消失。
誰が見たってわかることっす。今まさにこの瞬間、ディグ・エインドレフという男は死―――
「ほら救えない。」
倒れたディグが……立ちあがっ……!?
生……命反応……が!?細胞が再び活動!?な……なんすかこれ!
「そ……そんなバカなっす……今確かに……」
「高が知れますね……《空間》。」
回復?治癒?時間の巻き戻し?いや……これはそうじゃないっす……ダメになった部分を元に戻したと言うよりは……先に進んだ?何っすかこの感覚は!?
「し、死ね!」
心臓停止……ま、間違いないっす。ディグは死ん―――
「何をそんなに驚いているのです?」
また動き出す!?なんすかこれ、なんすかこれ!なんすかこれ!!
しかもなんすかこの感覚は!?時間が巻き戻ったと言うよりは進んだ感覚!意味がわからないっす!死体が時間経過で復活?バカな!
「「場」の支配……その弱点をあなた自身が知らないのですか?」
「な……なに?」
「そうですね……例えばこの「場」に《火》のゴッドヘルパーがいたとしましょう。そして目の前には燃え盛る火。そこであなたは願う、『火よ、青色になれ』。《火》のゴッドヘルパーは願う、『火よ、緑色になれ』。どちらの願いが届くのか……答えは明白、《火》のゴッドヘルパーです。あなたはこの「場」だけを、《火》のゴッドヘルパーは全世界を管理している……当たり前ですよね?本家本元に敵うわけはありません。」
ディグは何事もなかったかのように説明するっす。しかしこの男は二度死んでいるっす。なのになんなんすかこの光景は!?
「……つまり……あなたの支配する《常識》があっしの支配より優先されるから……死なないと?」
「そうではありません。死ぬ所まではあなたの支配に従っています。その後の現象が自分の《常識》なのです。」
死後、生き返ることが《常識》?何をどう応用すればそんなことになるっすか……
「正直残念ですね。この使い方もあのお二人が考えてくれたものにありました。」
この「場」ではディグの《常識》が優先される……なら予想されるディグの《常識》で攻撃した時にディグの攻撃の方が優先された《常識》が……ディグの操る《常識》!
何をしているのかは《常識》を見破ってからっす!それさえわかれば対処の仕方もわかるはずっす!
「そろそろ自分も本気を出しますよ。」
先ほどとは比べ物にならない高速移動。さらにジグザグに動くことであっしの目で捉えられないっす。
だけどあっしは《空間》。見えなくても把握出来るっす!
「はっ!」
空間の亀裂。それをかわして拳を撃ちこんでくるディグ。空間振動で防いで……あれ?
「これは……」
拳を防ぎつつも飛ばされるあっしは空間を把握したっす。
よくよく見ればディグの拳は触れていないっす。触れているのは……何故か圧縮されてディグの拳を包んでいる空気!
「それであっしの壁が……」
ということはディグは《空気》のゴッドヘルパー!?
「考えながら戦うのは大変そうですね。」
その時、ディグのいる方向とは真逆の方に何かを感じたっす。
「っ!?」
紙一重でかわしたそれはビルの瓦礫。なんでこんな近くに来るまで気付かなかったすか!?
「くっ!空気よ、あっしに従うっす!」
するとディグの拳を包んでいた空気がなくなったっす。効果があったということは……《空気》ではないっすね。
「ふふ、かすりもしていないですよ。」
ディグがパチンと指を鳴らしたっす。すると一瞬で「場」の中の空気が渦を巻き、竜巻を生んだっす。
「!?《風》……!?」
「ほらまた。」
腹に衝撃が走ったっす。見るとでかい瓦礫の塊があっしの腹にめり込んでるっす。
「っぐぁ!?」
「空間の壁は常に出しておけばいいのにそれをしないということは……何か不都合があるんですね……」
くっ……ディグはあっしの力の全てを理解しようとしているっすね……なかなか面倒なことになったっす……
「例えば……自分自身を空間の壁で包んでしまうとまわりの空間が把握できなくなる……とかですかね。」
……正解っすよ……
「それはどうっすかね?」
竜巻の中、あっしは飛ばされまいと空間で固定するっす。空中で停止したあっし目がけて風にのった無数の瓦礫が飛来するっす。
「振動っ!」
瓦礫を全て弾いたと思った瞬間、
「さらに、あんまり振動させ続けることをしないのも同じ理由ですかね?」
振動が終わると同時に圧縮空気をまとったディグの蹴りがあっしの腹に直撃したっす。
なまじ空間固定で動けないようにしてたから吹っ飛ばされることなくダメージをもろに受けたっす。
「がぁっ!」
身体をくの字にしたあっしに向けてさらに拳をふるうディグ。あっしは瞬間移動で竜巻の中心に移動したっす。
「風よ、止まるっす!」
言った瞬間、竜巻は止まったっす。
「……空間の力に頼った人かと思っていましたけど……案外と丈夫なのですね。」
「今にも死にそうっすよ……」
《風》……でもない。いや、そもそも最初っから考えるっすよ。最初にディグがしたのはルービック・キューブっす。《空気》や《風》は関係ないっす。もっと別の物……《重力》はジュテェムっすから……人を壁に立たせるには……
「おや、そうですか。」
……重力の……《方向》を変える!空気は一つの中心に向けて移動させれば圧縮でき、竜巻も一定にまわせば作れるっす!あの直角に曲がったりする高速移動も《方向》なら可能っす!
死んでからの復活は……何か……応用が……
「ではこういうのはいかがですか?」
次の瞬間、あっしの腹に激痛が走ったっす。驚いて視線を向けてもそこには何もないっす。見えない何かが当たっているわけでもないっす。そんなものは把握していないっす。
まるでさっき受けた痛みがもう一度再生されたかのような……
「痛いでしょう。」
また激痛。さっきとまったく同じ痛みが同じ場所に走ったっす。
「な……なんすか……これは……」
「ちなみにですが……」
その場でうずくまるあっしの方にディグはテクテクと歩いて来てこう言ったっす。
「自分の《常識》がわかったところで何の対策もできませんよ?それこそ……あなたがこの世界の神にでもならない限りね。」
「冗談じゃねーっつー話だ、バーカ。」
「そうアルね……鴉間が膝をつく所なんて初めて見たアル。」
「それどころかダメージ受けるとこも初めて見るっつーんだ、バーカ。」
「ん?おい、アブトル。ここが良く見えねーぞ。」
「そこは今、鴉間殿がいるとこだな。小生たちが心配するようなことは何も起きていないであろう。」
「「場」でも作ったのか?でなきゃオレらに見えねーわけねーもんな。」
「サマエルと今まさに戦っているやもしれんな。直接見れないのが残念だ……そうは思わないか、メリオレ。」
「まぁな……あいつがサングラスとったとこはなんだかんだでミスター・マスカレードの時だけだしな。ガチ本気っつーのは確かに見てぇな。」
私は考える。《天候》のことを。
上から何かが降ってくることをそう言うのなら……新しい《天候》とは今までにないものが降ってくるということになる。
私はまわりを見る。しぃちゃんが活気づけた我らが正義のチームは奮闘しているようだ。逃げ出す敵兵も見える。だが……
「僕はそこらの魔法使いとは違うんだよ!」
ハイパーゴッドのなにがしさんがあっはっはと笑いながらこちらのメンバーを叩き伏せている。さっきから見ていると彼は相手を地面に叩きつけるという攻撃しかしていない。自分の手で触れたり触れなかったりだが、攻撃方向は一定に下というわけだ。
「まぁ……そういう《常識》を使っているんだろうな……」
「うおおおおおおっ!」
勇ましく雄たけびをあげているのは女の子のしぃちゃんだ。勝又さんとの戦いで見せたワイヤーを張ってそこを走るという技で空中を駆けている。両の手には日本刀。
「……刀……剣が降ってくる《天候》ってのはどうだろうか……?」
私はイメージする。剣の雨を。
「…………って、雨は私の管轄じゃないぞ……」
剣の雨は《雨》のゴッドヘルパーのすること……あ、でも私は第三段階だから関係ないのかな?
どんなにありえない《天候》も空が実現してくれる。……こういうめちゃくちゃなことでも出来るのだろうか?
「どうかな?」
私が尋ねた相手は……私の中の空だ。
『ちょっとむりかなぁ。』
空が困るのは初めてだが……当たり前か。
『あくまでわたしはてんこうのしすてむをつかっているだけだから。』
うーん……そりゃそうだ。んじゃあ……どんな新を……
「……あ。」
そこで私は思いだした。私が第三段階として目覚めたあの時、クリスによって地面に沈められた時のことを。
確か私は初っ端に雷を放ってビルを消し炭にしたんじゃなかったか?あんな威力の雷、もはや新しい災害なんじゃ?
……いや、違うか。あれはただの「高威力の雷」だ。
「あれは……またできる?」
『できるよ。でもたてものをすみにしちゃうかみなりってむずかしいね。どれくらいのかみなりならすみになるのかしらないから。』
ということは……あの時私が撃った雷がたまたまビルを消し炭にするぐらいの威力だったってことかな?
…………なんか違ったような……?
「あの時私は……自分の持った力の大きさを感じた。だからあれ以上戦うのは無駄だと思ったから……クリスを……」
そう、クリスに力を見せつけたかったんだ。私があの時望んだことは……「力を示す」ということだった。その手段として雷を使って……ビルを……
「……考え方が違う……?」
『ビルを消し炭にするために雷を放ってそれを実現させる』ということと『すごい威力の雷を放つことでビルを消し炭にする』ということは似ているけど違う。
前者の目的は『ビルを消し炭にする』ことだ。それに対して後者は『すごい威力の雷を放つ』ことだ。後者はその結果としてビルが消し炭になったってだけで……別に他の対象に放ってもいいわけだ。でも前者はビルを消し炭にするためだから……
「そうか……そうか!なんかわかってきたぞ!」
雲の中で水蒸気が色んな理由で水滴になって降ってくることを雨と呼ぶんじゃなくて、水滴が降ってくることが雨なんだ。外を歩いている時に突然上から水滴が降ってきたら、例えそれが雲から来たものでなくても人は「雨かな?」と思う。それが雨であると認識するために雲の状況を調べる人はいない。
そう、極端な話……飛行機にのって雲の下から水をばらまこうが、本当に雲から水滴が降ってこようが、下にいる人からすればどっちも雨だ。
もっと言うなら、晴れた日の次の日、同じように晴れているのに路面が濡れていたりしたら「あれ?夜に雨がふったのかな?」と思う。この場合は濡れているだけで雨とされている。
さっきも思ったことだ。上から氷が降ってくれば雪で電気が降ってくれば雷だ。
《天候》とは結果を指すものなんだ。
私がかつて消し炭にしたビルは……強いて言えば『ビルが消し炭』っていう《天候》だったわけだ。ただその手段として雷が使われたってだけなんだ。
例えば……『相手が動けなくなる』っていう《天候》を起こしたいと思ったのなら、空は風や雨、雷、雪、お日様などあらゆる《天候》の要素を使ってそれを実現させるんだ。
『空』
『なに?』
「たぶんだけどね。ビルを消し炭にする雷を撃とうとすると空がその雷の威力を値として雷に与えなきゃいけないから難しいんだよ。単純に『ビルを消し炭』っていう《天候》を空がこっちの現実の空に命令すればそれをしてくれるんじゃないかな。」
『むずかしい……』
「過程じゃなくて結果を命令する。『やりかたは雷さんに任せるからあれを消し炭にして』って感じかな……」
……ん?言ってて気付いたが……これだと雷とか風に人格があることになるか……それぞれの大きさや規模を決めるのはあくまで空だ。結果が同じなら目的が違っても過程は同じか……
『……』
「あ……ごめん。たぶんこれじゃダメだ。こうじゃない……もっと違う方法が……」
『うん?そうなの?できるとおもうけど。』
「え?」
『だってじっさいにまえはできたんだしね。』
「そうだけど……」
『それに……うん、やっぱりできるよ。』
「だってさっきの考え方じゃ雷とかに人格が必要で……」
『ふふふ。はるかはいがいとまがぬけてるね。』
「?」
『わたしはそらがじんかくをもってできたそんざいなんだよ?』
その言葉で私ははっとした。私が今会話しているのは……空。私が「《天候》とは空の表情なのだ」と思ったから生まれた存在。
『かんがえかたをかえてみたら?てんこうがわたしのひょうじょうとおもうんじゃなくてひとつのいしをもったいきものだって。』
「……それはできないよ。だって私が表情と思っているのは確かだし、心の底で思っていたからこそ空が生まれたんだよ……この考えを否定はできないし、もししたら空の存在が消えてしまうよ。」
『じゃあこういうのは?』
この後に空が言った言葉……イメージが私をおっそろしいゴッドヘルパーにした。
わたしは刀をふるう。己が正義を貫くために。
なぜだろうか。妙にこころが軽い。変な言い方だがこれしか適当な言い回しが思いつかない。常日頃からわたしはわたしの正義を貫いて生きている。だが今は……なんと言うか、普段は自分一人の胸の内の覚悟にすぎないのに……世界がわたしにそれをしろと、後押しをしてくれているような感じだ。
つまり、わたしは過去最高に正義なのだ。
「正義の下に戦うわたしに敗北はなぁぁいっ!」
迫りくる悪。多彩な力を使ってくる彼らには残念ながらコンビネーションというものがない。いくらすごい力を使おうとも、互いが互いを邪魔してしまうような動きではこの金属魔法の使い手、鎧鉄心は倒せない!
「にゃーはっはっは!」
わたしは動きを止める。目の前の敵が道を開き、その道を一人の女が歩いてきたのだ。
「にゃっはっは。なかなかやるじゃにゃいか。」
「ふむ。見たところ……リーダー格の登場と言ったところかな?」
「その通り。ハイパーゴットの一角、アブソリュート・シュレディンガーにゃ!」
ビシッといかしたポーズをとるシュレ……シュ……?
「ハイパーゴッド……もう一人いたのか。」
まぁハイパーゴッドが一人しかいないというのはこちらをなめすぎとは思っていたが……
「それでも二人か。過小評価し過ぎの気がするぞ?」
「ふん。本来ならわっち一人でもいいくらいにゃ。」
その女の不敵な笑みは確かな自身に満ちていた。
「わっちは……確率魔法の使い手にゃ!」
「確率だと!?」
……かくりつってなんだっけ?
「単純なこと、わっちがいれば『そっちが勝利する確率』をゼロにできるにゃ。」
ああ……確かいろんなことの起きる可能性を数字で表した奴だ。
「……嘘だな。」
「にゃに!?」
わたしが一体何種類の「悪者」を見てきたかわかっていないようだな。そしてそれに勝利するヒーローを何人見てきたか!
「それができるのなら……本当にこんな人数はいらない。こういう……えぇっと……たくさんの人……そう、集団の確率は操れないんだろう?せいぜい自分の確率だけなんじゃないか?」
「くっ!」
女は悔しそうにしている。やっぱりな。だいたいパターンが決まっているのだ。あとから出てきて偉そうにしている奴は大抵弱い。自分を大きく見せているに過ぎないのだ。……まぁ、たまに例外もあるが。
「そ……そう言うお前も嘘の塊じゃにゃいか!」
「何がだ?」
「正義とか言っていたが……その武器はなんにゃ!それは人を殺せる道具じゃなにゃいか!この人殺しめ!この戦いで何人―――」
「あっはっは。見くびってもらっては困るな。わたしの刀はな、折れることも刃こぼれもせず、常に最高の切れ味を保つと共に、殺生をしないという性質がわたしの力によってついているのだよ。」
わたしは刀を女に向けた。
「これはわたしの正義を貫くために存在している。わたしの正義に反することはしない!さぁ、そなたも大人しくここで負けるがいい!」
「にゃっはっは!確かにわっちは大きな確率を操ることはできにゃいが……自分のことは自由自在にゃ!」
女は手を挙げて高らかに宣言する。
「『わっちがお前に負ける確率』はゼロにゃ!」
特に変化はない。女の身体が光ったりしたわけでもないが……恐らく今の魔法は実行されたのだろう。
「これでおまえがわっちに勝つことはありえにゃいにゃ!おまえはわっちに傷一つつけられにゃい!」
「……試してみようか?」
わたしは刀を構えた。女は余裕な表情で腕を組み、にやりと笑う。防御する必要などないと言っているようだ。
「いざっ!」
わたしは刃を走らせる。刃先が女の右肩に触れ……ななめに一閃。
「愚かな。」
刀を鞘にしまう。その瞬間、女の服が、皮膚が斬れ、鮮血が吹き出した。
もちろん致命傷ではない。動けなくなる程度だ。
「んにゃぁ!?そんにゃバカにゃー!」
女は倒れる。女もそのまわりの奴らも皆、信じられないという顔だ。
「な……なんで……」
「……中学生の時、国語の時間に先生がこんな話をした。」
わたしは勉強で他人に勝ったことはないが……その時だけは「みんなバカだなぁ」と思ったことを覚えている。
「とある商人の話だ。どんなものも貫く矛とどんなものでも防ぐ盾を売るその商人に一人の客が言ったそうだ。『その矛でその盾を突いたらどうなる?』と。この疑問にクラスのみんなが頭を抱えていたよ。だが、わたしからすれば単純なことだ。」
女は意味がわからないという顔をしている。
「矛を操る者の技量が盾を操る者より上なら矛が、逆なら盾が勝つ。一人の人間が片手に矛、片手に盾を持ってやったとしたら、矛と盾……それぞれの構造上もっとも最適な突き方、防ぎ方を偶然でもした方が勝つ。」
「……互いに最適にやったらどうなるにゃ。」
「利き腕で持った方が勝つ。引き分けなんてものがあるのはスポーツやゲームだけだ。」
わたしはまだ戦っている仲間の方へ歩き出す。
「君は確率という最強の盾を持った素人。そしてわたしは剣術の心得を持っており、わたしの刀に斬れないものはない。」
「くっ……だけど、こちらにはまだハイパーゴッドが……!」
「ああ……あれのことか?」
わたしが指差した先にいるのは……
「おぇえええぇぇ……」
地面に四つん這いになって吐しゃ物を撒き散らしているハイパーゴッド、デッドメイカー・マイケルと……
「汚いなぁ……」
右手に水晶―――いや、あれはクリスとの戦いでわたしをコンクリートの底なし沼から救った青い球体―――を持って嫌な顔をしている晴香だった。
「く……くそぅ……この僕が……こんなおえぇぇええ……」
「あれだけグルグル回ればね……どうする?降参する?」
「ま、まだどうぅわっ!」
口から何やら汚いものを垂らしながらも勇ましく立ちあがったデッドメイカー・マイケルは突然バク転をはじめる。いや……あれはバク転というか……空中でグルングルン回転しているって言った方がいいか。縦横グルングルンと、竜巻の中にいるみたいだ。
「こんのおおおぉぉっ!」
デッドメイカー・マイケルは回転しつつも地面に狙いを定め、魔法を放つ。デッドメイカー・マイケルの真下の地面が陥没し、回転は止まる。
「くらえ!圧殺魔法、ダウンバースト!」
次の瞬間、晴香の頭上の空気が歪み、魔法が晴香に放たれた。
ズドォオッ!
「晴香!?」
すさまじい砂煙。それだけ大きく地面が削られたということだ。
まずい!晴香は自分自身を強化する術を持っていな―――
「危ないなぁ……」
わたしが魔法が落ちた場所を見ながら名前を叫んでいると隣から晴香の声がした。んん?
あの至近距離で放たれた攻撃をかわした!?天候の魔法はそんなことができたのか!?
「くっそ!また外れたか!なんで当たらない!」
デッドメイカー・マイケルは晴香を睨みつける。どうやら全ての攻撃をかわしているらしい。
「なんでって……そういう天気だからね。」
そう言うと晴香は右手の青い球体を上に挙げ、こう言った。
「今日の天気は……『敵が動けなくなる』でしょう。」
瞬間、デッドメイカー・マイケルの動きが止まる。プルプル震えているところを見るとそれなりの力で動こうとしているようなのだが……ピクリとも動かない。
「その後、『敵が気絶する』でしょう。」
晴香の言葉に応えるように、デッドメイカー・マイケルの頭上に黒い雲が一瞬で出現し、そこから一筋の光が放たれた。
「あばっ!?」
戦隊物の悪役でもしないぞ、という声を発してデッドメイカー・マイケルはその場に倒れた。
「……雷……か。」
「ああ、しぃちゃん。そっちは片付いたんですか?」
何食わぬ顔ですごいことをやった我らがリーダーはこれまた何食わぬ顔でそう尋ねたのだった。
よくわからないことが多いっす。重力方向の変更、急停止・急カーブが可能な高速移動、空気の圧縮……そこまでは《方向》という予想が当てはまるっす。でも、空間を把握しているあっしに気付かせない攻撃、痛みの繰り返し、そしてなにより……死なない。
あっしの予想では説明ができない現象の数々。
「……でも……」
あっしはディグを睨みつけるっす。ディグの顔には余裕があるっすね……まったく、あっしはわけがわからなくてテンテコマイだというのに。
「やってみないとわからないっすからね!」
あっしは空間の亀裂を放つっす。空間を把握しているあっしにしか認識することが不可能な最強の斬撃。その斬撃の間をジグザグと丁寧に抜けながらあっしに迫るディグ。その両の拳には圧縮空気。
「空気よ!」
あっしの一言でディグの拳から空気が消えるっす。だがそれを気にせずに高速で殴りかかるディグ。空気がなくなれば壁を抜けることは不可能。つまり、単に堅い壁に拳を叩きつけて自滅するだけっす!
「空間の壁!」
あっしは両手を前に出して壁を出―――
「!?」
壁が出ない!?
「もらいました。」
迫る拳。あっしはとっさに叫ぶっす。
「方向、変わるっす!」
言った直後、ディグの腕が変な所で折れ曲がり、ディグはあっしから逸れて後ろの地面に激突したっす。
「……」
……効果があったということは《方向》でもないということっすか……まぁ、この場合は効果があってよかったと言うべきっすか……
後ろに飛んで行ったディグを見ようと身体を後ろに向けると、そこには信じられないものがあったっす。
「!?空間の壁!?なんであっしの後ろに―――」
まさか……さっきのは出現しなかったんじゃなくて……出る場所が違っただけっすか……?いや、それでもおかしいっす。なんで前に出したはずの壁がうしろに?
「なるほど。《方向》ですか。」
瓦礫の中から出てきたディグは、服は汚れているものの、折れたはずの腕は治ってるっす。
「そうですね……惜しいと言っておきましょう。」
「惜しい?」
「ほら、《方向》って基本的に矢印で示すでしょう?上、下、右、左、前、後ろ。全て矢印で示せます。自分の《常識》も矢印で示すことができるものなんですよ。」
……《方向》以外に矢印で表すようなものなんて……あるんすか?
「そしてもう一言、残念ですよ?」
「何がっすか?」
「折角この空間……場でしたね、ここを支配しているというのに自分がびっくりするような攻撃が今のところ出ていません。あのお二人も言っていましたが……全てを支配できると、逆に選択肢が多くて使いこなせないのでは?」
……そういえばさっきから気になるっすね……あっしの力の使い方を予想したらしい二人。
「その二人ってのは……誰なんすか?いい加減気になってきたっす。」
「あなたもご存じの二人です。」
そう言うとディグはポケットからまた紙切れを取り出す。
「えぇっと……お名前は……雨上晴香さんと音切勇也さんですね。」
!?……《天候》と《音》!?
「自分が出会ったのは本当に偶然ですけどね。あえて言えば神のお導きでしょうか。」
ディグは少し楽しそうに話すっす。
「日本の文化を見てまわり、夕食を食べに入った中華料理のお店でばったりと。自分の力でもないというのにあの想像力……特に雨上晴香さんはすごいです。あなたの攻撃のほとんど予測しています。今はまだあなたや自分が立つステージに並び立つ力はありませんが……化けるかもしれませんね。考え方一つで変わるのが我々ですので。」
「そうっすか……その二人もよくこんな怪しいカッコの奴と会話したっすね。」
神父さんが中華料理屋で食事。ギャグにしか見えないっす。
「いえ、その時は……街の若者が来ているような服装でしたよ。」
「は?」
「この服を着て歩いていたところ、小さな女の子……いえ、あの場合は淑女ですかね。その人がアドバイスしてくれたのですよ。『街をありゅくなら違う服の方がいいにょよ』って。」
!……そのしゃべり方は……
「なるほど……そういうことっすか。」
こんなにあっしが苦戦しているのはあれのせいっすか。さすが《時間》……未来の改変方法も知っているということっすか。
オレは下で戦う二人のゴッドヘルパーを眺めている。ともにオレが最強だと思うゴッドヘルパーだ。鴉間もディグもまだ全力じゃない。切り札としてディグを投入したにはしたが……絶対に勝てるとは思っていない。少なくとも、一対一の構図では。
「……お前も参加するか?この最強決定戦に。」
オレがいるのは建物の屋上。そこにはオレしかいないはずだったんだが……いつの間にかそいつはオレの横に立って下を見ていた。
「久しぶりだな、メリー。」
ガキの姿をしたその女、メリーはオレの方を見ようとはせずに話しかける。
「しゅごいやちゅを見つけたにょね、サマエル。」
聞き取りにくい発音でしゃべるメリーを横目で見ながらオレは呟く。
「お前とオレが会うのはこれが三回目だが……お前にとっては何回目なんだ?」
「どーゆーことかにゃ。」
「少なくとも……オレがお前に初めてあった時、つまり一回目の出会いはお前にとっては二回目だったんだろう?そしてオレにとっての二回目がお前にとっての一回目。ややこしいなぁ?タイムトラベラーは。」
「ちゃんと忠告を聞くにゃんて……ちょっとびっくりだよ。」
「あの時のオレはゴッドヘルパーの力で神を殺すっていう作戦を考えたばかりの頃だったからな。そんな時に《時間》が現れてこう言った……『お前はいずれ強大な戦力を手に入れる。だけどそれはお前の敵にまわることになる。対策を打っておくのね。』ってな。」
オレはメリーの方に身体を向ける。
「……鴉間がお前らの障害になるからオレに対策を打たせるってのはどうなんだ?お前ならあいつが赤ん坊の頃に……いや、母親を殺すでもいい。方法はいくらでもあっただろう?」
「それじゃあ鴉間がお前にょ傘下にはいりゃないでしょ。鴉間がいたからこそお前の作戦はこの速度で進んだにょよ?自覚しているゴッドヘルパーを増やすっていうにょはあちゃしたちもしたい事だけど……それなりに大変だかりゃ……お前にやってもらわにゃいとね。」
「……前にバトった時は正直びびったぜ?助言をくれたやつが突然現れてオレを倒そうとするんだからな。オレは一回目の出会いからお前を探し続けていたんだぞ?」
「……あのゴッドヘルパーは勝てゆの?」
「わからんな。少なくともオレは勝てない。というか……お前はもう結果を知ってるんじゃないのか?」
「あちゃしが知ってるのは『今現在の未来』。『改変後の未来』を知るには『今現在』が十分な『過去』にならないとでゃめなにょ。」
「ほう……つまりこの戦いの行く末は不明と。」
「……本来なりゃ、鴉間の独壇場で世界はあいつのものになっていちゃ。でもお前が頑張って対策を打って……現在になった。それを無駄にしにゃいためにあちゃしはここにいりゅのよ。」
そう言った瞬間に……まるで今までそこにメリーはいなかったとでも言うかのようにメリーは消えた。
「……《空間》対か……」
下を見ると鴉間とディグの間にメリーが立っていた。
「うわさをすればってやつっすか?まったく。」
「おひさしぶりにゃにょよ。」
「おや、あなたは自分にアドバイスをくれた……」
……頂上決戦もいいところだ。
「……ここであの二人が鴉間に勝てなかった場合、オレがあいつを……」
いや、無理だな。あの二人を倒した時点でオレは勝てない。
神に挑むために集めた神に等しい力を持つ存在、ゴッドヘルパー。神に勝てないオレがゴッドヘルパーに勝てる道理が無い。例え《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパーであろうとも……オレが第三段階でない限り無理だ。
仮に、《常識》のゴッドヘルパーの力を手に入れても……そこに入っているのは神を倒すための力であって万能の力じゃない。つまり、オレが鴉間に勝つにはオレが神を殺して神になるしかないわけだ。
「…………ああ……そういえば……」
いるか、鴉間に勝てる恐ろしい存在が。
ルシフェル様と《天候》のコンビ。
「よく考えたら……あれ以上に強いコンビはいない気がするな……」
ルシフェル様がいる時点で負けは無いしな……
「ということは……あなたは自分の味方ですか?」
「一時的ににゃにょよ。あちゃしの味方は四人だけ。それ以外は共闘の人員よ。」
「……メリー?あなたは何の目的でここに来たんすか?」
ディグに説明をするメリーはディグの横に立ち、鴉間に身体を向ける。
「あちゃしの……あちゃしたちの目的の達成のためにはサマエルを利用することが必要にゃにょよ。サマエルが神を倒した後にどんな世界を作るかは知らにゃいけど、過程はちゅかえりゅの。もしもサマエルの作る世界があちゃしたちの目的とはんしゅるならサマエルを倒す。」
そこでメリーは肩をすくめる。
「サマエルにゃりゃ……なんとか倒せるの。でもね、あにゃたは倒せないにょよ、少なくともあちゃしらだけじゃ。だからサマエルに策を打たせてこの神父さんを用意させたにょ。これで確実ってわけじゃにゃいけど……あちゃしだけでやるよりは勝率が上がるでしょう?」
オレを倒せる……か。最強クラスの力の使い手だしな、ありえる。しかし……オレを利用して鴉間を倒す戦力を手に入れるとはな……恐ろしい奴だ。
「これじゃ……あっしも本気を出さざるをえないっすね。サマエル様に力を知られるのは《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパーの力的にまずいんすけど……」
鴉間はなんでオレのことをサマエル様と呼ぶんだか……バカにしてやがる。
だがまぁ……あいつの本気が見れるのなら……対策を打てるチャンスってやつか。この戦いは最後まで見ていくとしよう。
鴉間はこちらをちらりと見た後、サングラスに手をのばす。
「今までのあっしは第二段階……でもこれからは第三段階っす。」
そして、サングラスをとった。
視覚的には変化がない。だが《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパーであるオレには鴉間の支配領域がとんでもない速度で広がるのがわかる。
こいつ……場の支配を全世界に広めやがった。
全世界……それはつまり……完全完璧に全てのゴッドヘルパーの力を手にしたということだ。場の中ではあいつは全てを支配する。だが、本家本元のゴッドヘルパーを前にするとそいつの管理する《常識》だけ完全支配ができない。それはあいつが一定空間しか支配していなかったからだ。それが全世界に及んだということは……
「これで……あっしの支配の上を行くことは敵わなくなったす。今のあっしは《時間》も完璧に操れるっす。仮にメリーとあっしが同時に《時間》に働きかけたら……おそらくどちらの願いもかなえられるっす。勝敗をわけるのは……戦略と技術っす!」
直後、鴉間がさっきまで広げていた『場』が爆発した。まわりの建物は強烈な爆風で木端微塵になり、すべてが塵と化した。
「あぶねーだろ、バーカ!」
見ると立ちこめる粉塵の中から巨大な鳥が出てきた。その上にはチョアンとルネットがいる。どうやらディグの仕掛けた攻撃を鴉間がキャンセルしたらしい。
「できるだけ遠くにいるっす……巻き込まれたくなければ。」
鴉間のそんなセリフが聞こえたと思ったら粉塵が一気に晴れた。
鴉間が立ち、その前にディグとメリーが立っている。当然のように二人とも無傷。
「……意味がわからないっすね?その《常識》でなんで死なないなんてことが?」
鴉間が眉をひそめる。……どうやらディグの力がわかったらしい。全世界を支配したんだからな……当然と言えば当然。
「んん?にゃんだ、今まで知りゃにゃかったにょ?場の支配だっけ?それをしたのなら《記憶》でもなんでも使ってわかりしょうにゃにょに。」
「扱えるレベルが違うんすよ。さっきの場の支配じゃあ全ての力を使えると言ってもせいぜい『第二段階・初級者』程度のことしかできないっす。でも今は……『第二段階・中級者』。」
「上級者はないんですか?」
「そこに至るにはやっぱり力を使いこまないといけないんすよ。システムが全部で何個あると思ってるんすか?それを全部上級者クラスにするのは時間がかかるっす。」
「《時間》も操れるのに?この状態にゃらあにゃたは不老不死もいいとこじゃにゃい。」
「…………この状態は……第三段階状態は長く続けたくないんすよ……」
鴉間の顔が少し曇る。
全世界を支配する……?確かあいつを見つけたのはあいつがガキの時……あいつが第二段階になったのはそれよりも前ってことになる。ということは……
「……あいつがオレを裏切った理由ってのはまさか……」
「というか……今、あっしを不老不死って言ったっすね。もう負けを認めたんすか?」
「不老不死もいいとこって言ったにょよ。殺せば死ぬでしょう?」
「あっしが『あっしが死なない空間』という設定を空間に施したら?」
「それが出来るのならとっくにやってゆにょよ。なんの原理もにゃい概念、空想。そんにゃことを実現させることの難しさは知ってるはず。特に《空間》なんていうもっともイメージし難いもにょならね。」
……確かに。もしそんなことができるのなら場の支配をやった時点であいつは無敵だったはず。
ただの設定。ただの後付け。『一撃で敵を殺す炎』とか、『不老不死になる水』なんてことは実現がとんでもなく難しい。例え第三段階でもだ。
……まぁ……《金属》はそれを可能にしてしまっているがな。
基本的に、そういうのはある程度の原理が必要となる。それが現実のものであれ、脳内だけの現象であれ。
「お二人ほどの使い手っすもんね……そういうことは熟知してるっすか。ならまぁ……全力ガチンコ勝負ってことで。」
鴉間が指を鳴らす。ディグとメリーが立っているあたりに高重力がかかる。
グシャッ!
メリーはいつの間にか鴉間の背後にまわっている。その手には鎖に繋がれた懐中時計。
ディグは……潰れて肉塊となっている。だがすぐに再生する。潰れた肉は腐敗し、骨は塵となり、その場には何も無くなるのだが瞬きするとそこにはぴんぴんしているディグがいる。
何度見てもあいつの復活の仕方は意味不明だ。
メリーが腕をふる。それに連動して懐中時計がふりまわされ、鴉間の方へ向かう。こころなしか淡く光っているその懐中時計は鴉間にぶつかる手前でその軌道を急激に変えた。いや、変えられたか。だがあらぬ方向へ向かう懐中時計は一瞬で元の軌道に戻り……鴉間の腕に直撃した。
「おわっ。」
直撃を受けた鴉間は驚きながら一歩後ずさる。
速度はたいしたことない。だから衝撃だけで言えば誰かとすれ違った時に肩がぶつかる程度の威力しかない。だが懐中時計の直撃を受けた鴉間の腕はその部分だけが……いや、そこから広がり、結果肘より下の部分が……ミイラになっていた。
「……なんすかこれは……」
鴉間が手をかざすとその部分はみるみる生気を取り戻し、普通の腕に戻った。
「あっしの腕の時間だけを……一気に進めたんすか。なるほど。」
「顔面を狙っておけばよかっちゃ。」
メリーは懐中時計をふりこのようにぶらぶらさせながらため息をつく。
「……というかあっしとしてはそれよりも前の現象が驚きなんすがね。あっしは確かにその時計の軌道を変えたはずなんすが?」
「変えられてしまっちゃのにゃら変えられる前の状態に戻しぇばいいだけだよ。」
「あんな一瞬の出来事を、しかもその時計だけの《時間》を操るとは……伊達に百年その力を使ってないっすね。あっしにはできなさそうっす。」
「でしょーね。そりぇに……あにゃたは《時間》をちゅかいなれていにゃいでしょ?いくら《空間》の力で全ての力をちゅかえても、そんな全力を出すようにゃ相手はなかなかいにゃかったはず。そもそも《空間》だけで脅威にゃんだから。」
出来ることと使えることは違う。全ゴッドヘルパーの力を手にし、その力で第二段階中級者並のことができようとも、それをうまく使いこなすかどうかは鴉間次第だ。
「ひとちゅ忠告してあげゆ。『自分以外の時間停止』はやらない方がいいよ。」
「ほう?なんでっすかねぇ?」
「……やってみればわかりゅけど……あちゃしに攻撃のチャンスを与えるだけだよ。」
「別にやらなくてもいいんす。あっしはあなたの頭を覗けるっすから。」
鴉間は片手をメリーの方に向けた。そして……驚愕した。
「……覗けない?……」
「《情報屋》に《記憶》の概念を聞いておいてよかっちゃにょよ。思考とは短期記憶にゃにょ。言ってしまえば過去の出来事。あにゃたがしているのは……過去を覗くというこちょにゃにょよ。……《時間》のゴッドヘルパーであるあちゃしがそれをさせるとでも?」
「時間の壁……とでも表現するっすかね。なるほど……あなたの頭は覗けないみたいっすね。」
鴉間はふぅと息をはいた。そして、
「なら……やってみるっす。」
「時よ、止まるっす。」
……静寂。戦いの余波で崩れていた建物の崩壊が止まる。もやのようにかかっていた砂ぼこりが止まる。何人かいた野次馬も止まる。メリーと鴉間のいる方へテクテクと歩いていたディグが止まる。
全てが死んだかのような世界。そんな表現がぴったりだろう。
ちなみにオレにはゴッドヘルパーの力による現象が効かないので動ける……と思ったが……こりゃ動けないな。しかも肉眼じゃ何も見えない。こっちの眼じゃないと見えやしない。なるほどな……確かに、言われてみれば当たり前だ。自分以外の時間停止とはつまり……こういうことだ。
「…………!?」
鴉間も気付いたようだな。時間を止めた本人も身動きがとれないとは傑作だ。この世界で唯一動いているのは……《時間》のプロ、メリーだけだった。
メリーは懐中時計をぶんぶんまわしながら鴉間に近づく。だが……そこは《空間》か。身動きがとれず、何も見えず、何も聞こえずの世界であろうと、あいつは感じ取れる。
次の瞬間、時は停止をやめた。
「っつ!」
間近に迫っていたメリーの懐中時計を紙一重でかわし、瞬間移動で距離をとった鴉間は肩で息をしていた。
「ど……どういうことっすか……」
「驚いてばっかりだね。あにゃた以外の時間を止めたんだから……あにゃたじゃない空気や光だって止まるでしょ?空気はただの壁となり、光は進むのをやめる。動けるわけがにゃいし、何かを見れるわけがにゃい。」
「……言われてみればっすね。というかそれ以前になんであなたは動いてるんすか……」
「《時間》を操るんだもの、自分だけの基準時間をもってゆのは当然でしょ?」
メリーが懐中時計を指差す。
時間を操る存在にとって大事なのはもとの時間に戻ることだ。そのために、時間を操作しても干渉を受けないようにした基準となる時間が必要になる。メリーにとってはそれがあの懐中時計なわけか。絶対的な基準時間を持つ者はまわりの時間がどのように変化しようともその影響を受けることはない。確かとんでもなく正確な体内時計を持つ者には時間操作が効きにくいはずだ。
「わざわざグリニッジ天文台にまで行ってこの日のためにこの時計を調整しちゃんだかりゃ。すくなくともこにょ戦いの最中は狂わにゃいよ。」
世界の時間基準の一つ、グリニッジ天文台。確かイギリスのロンドンにある……ん?まさか……
「おかげで変にゃやつに見ちゅかってめんどくさい事に……」
それを聞いた鴉間が何かを思い出したかのように呟く。
「ということは……《物理》を殺したのはあなたっすか?」
「《物理》?さぁ……相手が力をちゅかうまえに殺しちゃったかりゃ。」
「あっはっは。これじゃどっちが悪者なんだか……というかこの場合はどっちが正義でどっちが悪者なんすかね?」
「知りゃない。あちゃしはあちゃしの目的が達成できればそれでいい。」
「あのー。」
鴉間とメリーが話しているところにディグが割り込む。メリーが来てからまったく目立ってない。
「二人して時間を使わないで欲しいんですが……自分がまったく動けないです。」
「……いいじゃないっすか。動けなくして殺したところで死なないんすから。」
そこでやっとディグに質問する気になったのか、鴉間は腰に手をあてて呟く。
「意味わからないっすよね?《回転》のゴッドヘルパー?」
ディグがため息をつく。
「自分としては戦いの中でヒントを集めて「そうか!わかったぞ!」みたいな感じに暴かれて欲しかったですね……」
「あなたの頭は覗けるっす。……なるほど、《回転》を要素で捉えてるんすね。それであんなことができるんすか……」
ディグは《回転》という現象を回転軸、半径、角速度で考えている。要は位置と距離と速さだ。
この星に立っている時点でそいつはすでに自転という回転に関わっていることになる。そいつとこの星の回転軸の関係をずらすことで重力方向を操る。
高速のジグザグ移動は単に曲がる時に驚異的な角速度、つまりは曲がる速度を発揮しているだけ。また、回転と聞くとその軌道を曲線と考えがちだが……そもそもこの星に立って見ている地面だって平らに見えて実は曲線だ。星が丸いんだから。でかすぎる半径を持つ回転は直線運動に見えるわけだ。よってディグは高速移動を実現させることができる。
竜巻は風を回転させればいい。圧縮空気は回転させながら徐々に半径を小さくすればいい。
「物理的な現象はともかくとして……それ以外が意味不明っすね。痛みを繰り返したり死ななかったり。あっしの攻撃をよけたり、あっしに悟らせない攻撃を放ったり。頭を覗いても……なんか漠然とし過ぎていて理解できないっす。」
「見ただけで理解出来たら苦労はしませんよ。」
ディグは首から下げている宗教の象徴の一つをとってこう言った。
「自分は、少なくとも前者を理解するのに一世紀はかけているので。」
さて……また語られるわけか。ディグの不可思議な力の理由。それを得るためにディグがかけた時間……一般人には理解できない思想。
一言で言えば……ディグは世界を救おうとしている。
ディグの穏やかな表情が真剣なものとなる。
「自分は生まれてから今まで、ありとあらゆる宗教に身を投じてきました。人々を救う方法を求めて。中には一生をかけてやっと教えを理解できるようなものもありましたからね……時間がかかりましたが……そのおかげで自分は理解したのです。」
ディグは両腕を広げ、声を大きくする。
「今現在、神として崇められているあらゆる存在に我々を救う力はない。我々が救われるには新しい世界が必要なのですよ。新しい世界のルールが。」
初めて会った時、ディグは天使や神をただの飾りと言った。気取っているだけで眺めることしか出来ない存在だと。
死後、素晴らしい世界に行く。修行を積んで悟りを開く。そんなものが何になるのか。ディグの言う救いとは幸せな毎日のことだ。ディグが求めるのは長い年月をかけてやっと手に入るようなものや死後の世界に望みをたくすような教えではない。今すぐに世界に幸せをふりまけるような……そんな都合のいい教えだ。
都合のいい教え。オレがそう言ったとき、ディグは言った。『何かをかけたり、失ったりしないと手に入らない幸せとはつまり選ばれた者しか手にすることのできない幸せです。自分は全てを救いたいのです。』と。
今のまま……つまり、今現在神と呼ばれている存在が神である限り、世界は救われない。この世界が生まれてから多くの「教えを説く人間」が出現したが、そのどれでもディグの欲しい救いは手に入らない。これだけ多くの時間をかけたのに一つもないということはつまりこの世界では無理なのだと……ディグは思ったのだ。
だからディグはオレに言った。神になれと。今の神やそれに従うものではこの世界は救えない。だからそれに反する考えを持つオレのような存在が神になれば何か変わるかもしれないと。
オレがなっても何も変わらなかったら?と聞くと……ディグは何食わぬ顔で言った。
『その時はまた違う存在を神にする。あらゆる可能性を試し、全ての確率が失われた時は自分が神になる。それでもダメだった時、自分は初めて絶望するのです。』
「輪廻転生をご存知で?」
「ちゃしか……死んだ後に別の生き物になって生まれるってやちゅ?」
「ええ。前世の記憶を失い、また生きてゆく。ある宗教ではこれを苦痛と考えていましてね、そこから抜け出て真なる世界、苦しみなんて一つもない世界に行くことこそが救いと考えているのです。」
「……それがなんなんすか。」
「自分はそこに自分を縛りつけました。輪廻転生における救い、真の世界を自分の理想世界と定義したのです。」
メリーも鴉間もよくわからないという表情だ。
「ちゅまり……どーゆーこちょ?」
「今は『真の救いのある世界』が存在していませんので輪廻転生は確実に起きてしまいます。しかしそんな世界があるのなら、自分が死んだ時にその世界に行く資格があるかどうかの審議が行われるはずです。つまり、今の輪廻転生とは違うルートを通るはずなのです。違うルートを通った瞬間、自分の理想世界が出現したことを自分は知ることができ、そこで初めて具体的な救いを探ることが出来るのです。」
つまり、今はディグの求める世界がどこにもないから輪廻転生をしてこっちの世界に戻ってしまう。だが、その世界が出現すると輪廻転生が起きずにその世界へ旅立つというパターンが生まれるわけだ。ディグはそれを理想世界出現の合図とし、その合図を得たのなら、その世界に行く方法を探って人々に教えようとしているのだ。
そして、ここまで聞くと一つの疑問が生じる。
「それ……あなたが輪廻転生で確実にこっちに戻ってくるってことが前提っすよね?」
「死んで、生まれ、死んで、生まれ……死ぬというポイントと生まれるというポイントをつなぐ道をグルグルとまわる……これは《回転》ですよね?」
鴉間とメリーが驚愕する。無理もない。ディグの言っているのはただの思想、何の実感も根拠もないような空想をゴッドヘルパーの力で実現させているということなのだから。
「輪廻転生における回転の軌道を把握し、そこに別の道ができた時、自分は救いを求めて動き出すのですよ。」
死と生の回転を実現させたゴッドヘルパー。だからディグは死んだ時に「死に至った傷を治す」とか「時間を戻す」ということを必要としない。ただ死んだということ受け入れ、道を辿り、生のポイントへ進めばいいだけなのだ。
ディグが完全な死を迎える可能性があるのは……ディグの求める『真の救いのある世界』が実現したときだけ。つまり……少なくとも、今の世界でこいつは殺せない。
「そ……そんなバカなことができるわけがないっす!第一、本当に輪廻転生しているのなら……さっきあなたが言ったように、記憶が無くなっているはずっす!それ以前に人になるかも怪しいし……なんで死んだのに《回転》のシステムがあなたについたままなんすか!」
ゴッドヘルパーが死ぬとシステムはそこから離れ、別のゴッドヘルパーをランダムに選ぶ。そういう仕組みだ。
「それは……自分にもよくわかりません。以前、サマエル様から説明を受けましたが……複雑でして。確か矛盾がどうとか。」
前例のない難しい現象だが理由はある。
ディグは輪廻転生を《回転》のゴッドヘルパーとして定義した。だから輪廻転生はディグに対して確実に起きる。だが輪廻転生はそもそも死んだ時に起きる現象だ。そしてシステムは死んだ時にゴッドヘルパーから離れる。この時、どちらが優先されるのかという話なわけだが……システムの存在理由を考えると答えは出る。
システムはその時代を生きる生き物から情報を収集し、その時代のニーズに合わせて《常識》を調整していくものだ。であるなら、ゴッドヘルパーから得た情報を優先するのは当然。よって輪廻転生が起きる。だがここでまた問題が生じる。
輪廻転生を定義したのは誰か。それはディグだ。だから少なくとも、輪廻転生が発動して終わるまでの間はディグがゴッドヘルパーである必要がある。具体的な定義内容はディグの頭の中だからだ。
輪廻転生のスタートは死ぬことでゴールは生まれること。だから生まれたときもディグがディグである必要がある。つまり……生まれた時、ディグの記憶が無い状態じゃ輪廻転生が完全に終わらない。だから記憶を失わないのだ。
そして、記憶を失わないということは脳がそのままということ。大きさや種類が変わってしまってはそもそもディグが輪廻転生という考えを定義することになった経験や知識が失われてしまう。だからそのまま。となると輪廻転生後の身体は人である必要があり、死んだ時のディグと同等の成長をしている必要がある。そこまで来てしまったら……もともとの身体を再利用する方が早い。
かくしてディグは死んだ時と変わらぬ姿で輪廻転生するわけだ。
「まぁなんにせよ、あなたは自分に勝てないのです。勝利条件がないのですから。」
「……はぁ……」
鴉間は深々とため息をつく。
「あっしの敵は……《時間》のエキスパートである百歳のおばあちゃんと死なない二千歳のおじいちゃんすか。まったく……」
三人の中で唯一見た目通りの年齢の鴉間はその目を鋭くさせ、両手を広げる。
「あっしはヘルパーさんじゃないっすよ!」
ゴッドヘルパーではあるがな。
鴉間によって一度に複数の《常識》が操作される。鴉間の両サイドにエネルギーの塊が出現し、そこから極太のビームが放たれた。ビームはまわりの瓦礫や地面はもちろんのこと、空気さえも巻き込み、削り取りながらディグとメリーに迫る。
時間が止まる。メリーは時間の止まったビームをよけて鴉間の方に走り、懐中時計を振りかざす。鴉間がそれを防ぐための壁を出現させる。もちろん、この間ディグは動いていない。というか動けない。ディグからすればいつの間にかメリーが移動し、鴉間が防御姿勢に入っているように見えるわけだ。
「空気や光の時間は止めずにまわりを停止させる……さすがっすね!」
「あなたが時間を操る力を持っていなければそれに気付くことなく殺せるにょにね!」
壁に跳ね返る懐中時計。すかさず鴉間が斬撃を放つがメリーがその時間を止め、止まった斬撃を足場にしてさらに襲いかかる。
これではディグの出番がないな。そう思っていると……さすがな現象が起きた。
「!?時間が動き出しちゃにょ!?」
止まっていた時間はいつの間にか動いていた。
「だから……二人して時間を使わないでくださいよ。」
ディグがのろのろと歩いている。ちなみにビームはよけている。
「なんで……」
「いえ、別に自分は時間の停止をキャンセルしたわけではないですよ。よく見てください。」
まわりを見ると、そこには先ほど鴉間が広げていた……まわりよりも一段階色が落ちた『場』が広がっていた。
「!?あっしは何もしていないっすよ!なんで『場』が……」
「自分は先ほどのあなたの場の支配というものから空間というものを学びましたので。この空間の中の時計を回転させているのですよ……」
……まわりよりも一段階色が落ちている空間というのがまずかった。前に空間の亀裂をあいつが使ったのも同じ理由だが……ディグは基本的に何でも回転させることができる。対象物を認識出来れば。空間なんていう見えないし触れないものにわざわざ形や色を与えたのは鴉間だ。鴉間が行ったいくつかの空間攻撃でディグは空間というものを理解したわけだ。よって、ディグは空間を回転させることができるようになった。
特定の空間を回転させる。それは中にいる者をディグの支配する《回転》というものの中に入れることに等しい。これによってメリーのしている時間停止から一部の空間を部分的に切り取ることができる。あとはその空間内の時間をもとに戻せばいい。
時計なんて……回転というイメージの最たるものだからな……輪廻転生すら実現できるゴッドヘルパーがその程度のイメージを実現できないわけがない。止まってしまった長針、短針を自分で回転させているだけだ。
「また概念的な……理解できないっすね!」
空間の亀裂が飛ぶ。だがそれをかわすディグ。
「それも回転の力っすか!」
「……鴉間……あにゃたまさか気付いてにゃいの?」
メリーがバカなものを見るように鴉間を見た。
「あなた……自分で外したにょよ?」
その言葉に鴉間は動きを止めた。
そう、別にディグは避けていない。空間を認識できるようになった今でも見えないものは見えない。だから避けれるはずはない。
攻撃は基本的に敵に向かって放つもの。ならば、敵に向かって攻撃しているその人物の位置をちょこっとずらすだけで攻撃は自動的に外れる。
ディグは軸の操作によって鴉間の姿勢を少し傾けたり、位置を移動させたりしていただけだ。本人が気付かない程度に。
空間を把握できる鴉間がたまに迫ってきた攻撃に気付かないのも似たような理由だ。色がついて認識できるようになった空間ごと鴉間の位置をずらしていたのだ。だから鴉間の把握している空間とはズレが生まれた。
なめてもらっては困る。ディグはゴッドヘルパーであることを自覚してから二千年も経っているんだからな。まぁ……宗教に力を入れ過ぎているが故に第三段階ではないが、力を使う技術で右に出る者はいない。
「さて。これでここにいる三人は誰も時間が止まらなくなりましたね。ここからはきちんと二体一ですよ。」
「……しょうね。折角あにゃたを用意したにょに使わにゃいのはダメよね。」
メリーとディグがなにやらごにょごにょ内緒話をし出した。
「敵の目の前で作戦会議っすか。まぁいいっすけど。」
鴉間はため息をつきつつも二人を待っている。
現時点では鴉間はまだ余裕を保っている。あれほどのゴッドヘルパーを二人も相手にしているというのに、奴の底が知れない。
だが……オレは思う。
鴉間は全力を出さないんじゃなくて出せない……出したくないのだと。オレが見ているからではなく、あいつ自身の個人的な問題で、だ。
「とりあえず……この戦いのあと、鴉間が無傷でピンピンしているということはないだろう。」
第五章「決戦」 著・神無月世界
…………
……ん?
「あれ……?」
いつの間にか、私は椅子に座っていた。
確かついさっきまでハイパーゴッド率いる敵勢力とぶつかっていたはず。
「前にもあったな、こんな感覚。」
そう、いつの間にか事が進んでいるのだ。私はアザゼルさんの言った『RPG』という言葉を思い出す。プレイヤーからすれば一瞬のことなのだがゲームの中では一日経っている。小説なんかでよく出てくる『数日後』とか『数年後』も同じようなものだ。
おそらく、この誰かが作った世界は時間の進み方まで自在なのだ。プレイしている人間や読んでいる人間を飽きさせないための処置。
「ホントにここはRPGなんだな……」
そういえばここはどこなんだ?
まわりを見る。私と同じように椅子に座っている人がたくさんいる。椅子というよりは座席か。席の並び方からすると……ここは飛行機の中か?
「いよいよだな、晴香。」
後ろの席に座っているらしいしぃちゃんが話しかけてきた。
「……今どの辺ですか?」
当たり障りのない質問でどこに向かっているのかを聞き出す。うん、我ながらいい作戦だ。
「なんだ、寝てたのか?折角の景色なのに。いや……そうか、晴香はこの戦いの要だもんな。休養は必要か。……ここは……うん、窓の外を見るといい。」
ふと横を見るとそこは壁で、窓らしきものにカーテンがかかっていた。ここは端の席だったみたいだ。私はカーテンを開けて外を見る。
「…………はっ?」
真っ先に飛び込んできたのは黒色。夜の空を飛んでいるのかと思ったが……それにしては星が輝き過ぎだ。そして右を見ると……青いものがあった。
「地球ってホントに丸かったんだな、晴香。」
ああ……私の見間違いじゃないんだな……
地球が見えるのだ。テレビなんかで見る衛星からの写真そのままの姿がそこにあった。そして驚くべきは……その地球の姿が窓の中に収まるということだ。
「……ここどこ……っていうかどれだけ地球から離れたんだ?」
上手く状況を整理できない私へさらに追い打ちが来た。
『ピンポンパンポーン。である。』
どっかで聞いたしゃべり方が聞こえてきた。
『前方に敵戦艦を確認した。のである。数は一。である。事前に撮影された写真と比較した結果、ナナカンソバ星人の戦艦と認識した。のである。』
どうやら……物語が一気に進み、敵本拠地にまで来たらしい。《カルセオラリア》に乗って。宇宙に。
『はいはーい。情報を伝えるわよん。』
青葉の声だ。
『とりあえずいきなりの宇宙戦艦バトルにはならないわん。ナナカンソバ星人は地球のそれを遥かに超える技術力が売りの連中。だけどあったしの《カルセオラリア》も負けてないわん。あちらからしたら楽に勝てる相手ではないというわけねん。ということであちらは……あったしたちを戦艦に招き入れて、そこで倒す腹みたいねん。かと言ってあったしたちも中に入らないことには何も始まらないわん。』
宇宙人の作った戦艦に迫る出来栄えってことなのか。《カルセオラリア》は。
『あっちの戦艦にいるのは……スーパーメカで武装したナナカンソバ星人とザ・マジシャンズ・ワールドの連中よん。ちなみにあの戦艦にいる魔法使いは全員が相当の使い手ねん。そしてもちろん、リーダーであるアルティメットゴッドもいるわん。』
ここが最後のステージってことか。果たしてラスボスは……宇宙人なのか魔法使いなのか。
「晴香。」
ふと上を見るとしぃちゃんが後ろから乗り出していた。
「晴香は真っすぐにアルティメットゴッドの所に行ってくれ。たぶん晴香でないと勝利はできないだろう。他の魔法使いやナナカンソバ星人はまかせてくれ。」
「……無理しないで下さいね。」
その時、戦艦がガクンと揺れた。
『あちらのトラクタービームに捕まったわん。さ、最終決戦よん!』
とらくたーびーむってなんだ?
《カルセオラリア》の外に出る。そこはだだっ広い何もない空間だった。そして私たちを迎えてくれたのは……一つのバカでかいスクリーンだった。
『ようこそ下さいました。おいで。』
……順番が違うが意味はわかる。画面に映ったのは……タコみたいなイカみたいな姿をした小学生でも今時そうは描かないだろうという宇宙人だった。たぶんこれがナナカンソバ星人。ホントに宇宙人だった。どうやらこの世界を作った奴はちゃんとオリジナルなものも作れるみたいだ。
『折角のラスト戦い。奇襲や罠や天丼などは失礼しました。私と私たちはゼーゼードードー戦いをするでございますぜ。』
個性あふれるしゃべり方だこと。
『目の前にある扉。入ってすぐにわかれ道があったりするのか?右は私と私たちが、左は魔法使いがお出迎え。お好きなメニューをお選びするのだぜ。』
……結局こっちを分断させてるな。あんまりゼーゼードードーじゃない気がするが……まぁいいか。
「晴香……どうする?」
しぃちゃんが尋ねてきた。
ふと視界の中に青葉がいるのが見えた。あの妙にカッコイイスーツを着ている状態だ。彼女も戦いに参加するらしい。ならば……
「私が魔法使いを。しぃちゃんと青葉でナナカンソバ星人を担当しましょう。魔法使いはともかくとしてナナカンソバ星人の技術を解析できるのは青葉だけでしょう。青葉が未知の技術と対峙するのに必要だと思う人材をそちらにわりふって……残りを私のチームとしましょう。」
数分後、私率いる『対魔法使いチーム』としぃちゃん&青葉率いる『対ナナカンソバ星人チーム』が出来あがった。
「ぞれじゃ……行きますか。」
「雨上くん。オレが必ず君をアルティメットゴッドのもとに辿り着かせるよ。」
音切さんは私のチームだ。
『では……始めるよ?』
ナナカンソバ星人の姿がスクリーンから消えるのと同時に目の前の扉が開いた。別に急ぐこともないのだが何となく全員が走って突入する。すぐにわかれ道に出たのでチームはそこでそれぞれの道へ進む。
「また後でな、晴香!」
「そうですね!」
道なりに進んでいると反対側から雄叫びが聞こえてきた。さっそくの敵のお出ましだ。道がだいぶ広いので大勢の人間がドドドと走ってくる光景はなんだか迫力がある。
「スーパーゴッド、フレイムマスター・大竹!」
「ハイパーゴッド、ゴールデンパワー・クラウド!」
「ハイパーゴッド、ノーモアクライ・毒島!」
うわぁ……なんかあっちの人たち全員名乗りながら走ってくるぞ。
「スーパーゴッド、キャトリュっ!いて、噛んだ!」
「ハイパーゴッド、ジェネシス・サイモン!」
「スーパーゴッド、ディープキス・ジェニファー!」
結構気になる名前の人もいるが……私が戦うべきはアルティメットゴッドのみ。
「よろしくです!」
「まかせてくれ!」
私の呼びかけのたくさんの仲間が応え、迫りくる敵軍団に向かっていった。
集団と集団がぶつかる。戦国時代の合戦みたいになった戦場の中を潜り抜け、私は一人先へ走る。
アルティメットゴッド。ルーマニアによるとそいつは第三段階クラスなのだとか。多くの天使とゴッドヘルパーが返り討ちにあったらしい。何だか今までは敵がおもしろおかしい人たちばっかりだったから気楽に構えていたが……こればっかりは気を引き締めないといけないな。
そう思っていたのだが、この世界を作った奴がなかなか粋なことをしてくれたおかげで私は一気に気が抜けるのだった。
「ありゃりゃ。久しぶりだね、晴香。」
道なりにずっと進んだ先にあった重々しい扉。いかにも「ここがラスボスのいる部屋ですよー」という感じだったので迷わず中に入った。そこはバカみたいに広い所だった。学校の校庭ぐらいの広さがあるんじゃないかと思うくらいの広さ。そして体育館ぐらいの天井の高さ。なのに何も置いてない。あるのは世界を滅ぼす大魔王が座るような玉座のみ。そしてそこに座っていた人物が私の気を抜いたのだ。
「相変わらず眠そうな顔。このボクでさえ晴香の目が全開したのを見たことないよ?」
親からの遺伝だという茶色の髪を左右で結んでいる髪型。おしゃれよりも機能性を重視した元気いっぱいの服装。そして相変わらず短いスカート。
「……音々……」
「ありゃりゃ?何をあらたまってるの?」
中学時代の親友、遠藤音々がそこにいた。
遠藤音々。性別は女。私と同じで天文部に所属していた。音々とはいろいろな思い出があるが、一番印象に残っているのは二つの特徴だ。
一つ目、音々はいつもスカートをはいていた。しかも膝上何センチというよりは脚の付け根から測った方が早いんじゃないかと思うぐらいに短いやつを。制服のスカートも短くしてはいていた。
本人が言うには動きやすいからだとか。だがそれほどに短いスカートをはいているからと言って別に羞恥心がないわけではない。男子がいるところではパンツが見えないように頑張っていた。おかげでモヤモヤとした気分にされた男子の数は計り知れない。速水くんもその一人。
しかし、同性の前、特に私の前ではなんの遠慮もなく脚を広げたりするものだから私は音々と会うたびに音々のパンツを見ていた。おかげで音々の持っているパンツを全部知っているというおかしな状況になったりした。
二つ目、音々はいつも首にイヤホンをかけていた。もちろんポケットには音楽プレイヤー。一人でいる時は常に音楽を聴いているような奴だった。聴く音楽はさまざまでクラシックからJPOP、はたまたどっかの民族の音楽まで聴いていた。
中学卒業後は確かなかなか賢い高校に通っている。電車通学なので基本的に登下校の時に私と出会うことはない。
「うーんと……何年ぶり?」
「……一年とちょっとだ。」
「ありゃりゃ。そんなもん?もっと経ったように思うよ?」
短いスカートで脚を組んでいる音々はやはり首からイヤホンをさげている。
「そういえば晴香は携帯買った?連絡が取れなくてボクはすごい寂しいよ?」
「買ったよ……あとでアドレスとか教える。」
「よかった!これでまた晴香と遊べるね。」
……この世界を作った奴の気持ちはなんとなくわかる。ラスボスが主人公の知り合いだとか、師匠だとか、友達だとかいうのは確かに熱い展開だ。でもこの場合はどうするんだ?音々は私のことを覚えている。なら……一体どういう設定で私と戦わせるつもりなんだ?
「実はね、晴香のことは真っ先に迎えに行くつもりだったんだよ。」
「私を?」
「うん。ボクがボクの力に気付いた時、すぐに思ったんだなーこれが。晴香も魔法使いだってね。でなきゃ観測会の時が全部快晴ってすごすぎるもん。ボクはお天気を操る魔法は使えないから……消去法で晴香になるわけ。」
……お天気を操る魔法は使えない……か。魔法という形ではあるが、音々はこの力……システムとゴッドヘルパーの本質を理解しているようだ。
「なのに晴香はそっちについちゃった。その時ボクは気付いたよ。これは《オキラククエスト2》だってね。」
……《オキラククエスト》……何作もシリーズが出ている三大RPGゲームの一つ。そういえば音々は結構ゲーマーだったな……戦闘シーンのBGMとかも聴いてた気がする。
「最後の敵は親友ってね。あれは燃えたよー。この状況は神様がボクに出した試練なんだよ。晴香を仲間にするには戦って勝つしかないって。ボクの考えが正しいと気付かせることだってね。」
音々は玉座から立ち上がり、首からさげているイヤホンを耳にはめる。
「というわけで晴香。ボクはラスボスを倒し、魔法使いの理想郷を作るよ。」
……理想郷。そんな単語を口にするような奴だっただろうか?どうも私の知っている音々とは微妙に性格が違う。しゃべり方とかは同じだが……他がちょっとズレてる感じだ。この世界を作った奴が『設定』という形でそうしたのかもしれない。
だがまぁそれはそれで良かった。完全完璧に私の知ってるの音々だったら割りきれなかったかもしれない。少し違うから考えを改めることができる。
目の前にいるのは音々という名のラスボスだと。
「ん~んん~~」
音々が鼻歌を歌い出す。音楽を再生したのだろう。私には聞こえないが。
さて……問題は勝利条件。倒すということは……殺すということなのか。それとも音々が「やられた~」と言うことなのか。
「……とりあえず気絶させてみるか……」
「ん~思いだすね~~ん~~んん~」
音々が片手を挙げる。そしてこう言った。
「『これが余の力よ!』」
「……?」
なんのことかわからず頭の上に疑問符を浮かべた私は次の瞬間目撃した。
音々の頭上に巨大な魔法陣が出現したのを。
「『メテオスコールッ!』」
魔法陣が輝き、その中心から……無数の隕石が発射された。
「!……今日の天気は!」
私はとっさに手の平に《箱庭》を作る。
「『私がどんな攻撃もよける』でしょう!」
降り注ぐ隕石。真っ赤に光る巨大な岩の塊は地面に遠慮なく亀裂を生じさせ、また砕いていった。私は隕石の雨の中をまるで決められた道がそこにあるかのようにスイスイ移動し、かわしていく。ちなみに少し浮いている。
「ありゃりゃ。さすが晴香だね。なら……ん~ん~ん~」
指揮者のように両手をふりながら鼻歌を歌う音々。それに連動するかのように、音々の背後にさっきとは違う魔法陣が出現し、そこから巨大な剣が出てきた。
「これはどうかな!『アルティメットスラッシュッ!』」
高速でふるわれた巨大な剣。それも私には当たらない。
……いや……そうじゃなくて……当たる当たらない以前にだ……
何だこの力は?魔法陣?技名?これじゃぁまるで……
「本物の魔法使いじゃないか……」
「ありゃりゃ。晴香ともあろう人がなぁにを今さら。でも疑問に思うのも無理ないね?魔法使いは一種類の魔法しか使えないからね。さて、ボクは一体どういう応用をしているんだろうね?」
つまりは……何の《常識》をどんな考えのもとに使っているかということだ。
「ありゃりゃ?きたよきたよ!ん~ん~~」
指揮者みたいに手をふっていた音々がなにかを構えるような格好になった。あれは見たことあるな。しぃちゃんがやるような構えだ。
「……刀?」
「『神の太刀を見よ。』『千刃っ!』」
音々は叫ぶと同時に腕をふる。いつのまにか握られていた刀(バカみたいに長い)が空を斬る。
「……?」
一拍置いて、私の身体が強風を受けて動く。この風は私がさっき言った天気による風だから……攻撃が来たということなのだが……何も見えな―――
ズババババババババッ!
床、壁、天井に無数の斬り込みが入る。どうやら無数の斬撃が飛来したらしい。
「ありゃりゃ、すごいね!これをよけるなんてね?」
そう言いながら音々は両手を高くあげる。またもや魔法陣が出現した。それもいくつも。
「『ジャッジメントブラストッ!』」
出現した大量の魔法陣の中心が光ったと思ったらそこからビームが放たれた。まるで光の雨だ。私は例によってスイスイかわす。
……しかし……避けれると言ってもこれを思いついたのはついさっきだ。どんな弱点があるかもわかっていない。これに頼りきりで勝利を求めるのはだいぶ危ないだろう。
「ゴッドヘルパーの戦いにおいて一番大事なのは……相手の操る《常識》を知ること。」
考えるんだ。音々の力を!
私がさっき設定した天気。『私がどんな攻撃もよける』は全自動だ。だから私は考え事をしながらも敵の攻撃を避けることができる。
そう……『空』との会話によって得た私の新しい考え方。『空』はこう言った。
『わたしのひょうじょうがてんこうでそれをやってくれるのがてんき。』
私は空というものを生き物として見ている。その空の表情こそが天候なのだと考えていたからこそ、『空』は生まれたのだ。『空』は天候を一つの生き物と見ればすごいことができると言ったが、それでは『空』が消えることになる。そこで『空』はこう言ったわけだ。
空にいる『空』という存在が怒ったり悲しんだりしたら、天気と呼ばれる存在が下にいる生物……人間とかに『『空』が怒ってるぞー』とか『『空』が泣いてるぞー』という感じに教えるのだと。
『空』の表情が《天候》ならそれを表現し、私たちがわかるようにしてくれているのが天気というわけだ。
言葉遊びだが……これはいいアイデアだと私は思った。私たちが感情を表すときに現れるのが表情なわけだが……『空』には顔がない。だからその感情を具体的な表情にするために働くのが天気。私たちに感動を与えたり、実りを与えたりする偉大な『空』だから……そんな『空』に仕える存在がいてもおかしくはないだろう。それが天気。
天気という存在を定義するのなら……『空』や私が考えたりイメージしたりしなくても、起こしたい結果を起こしてくれるのだ。雷や風の威力を調節する必要はない。なぜなら雷や風自身が自分でやってくれるからだ。
つまりだ。例えば私が『相手が動けなくなる』という天気を……結果を求めたのなら、それは天気の皆さんに伝わり、それを引き起こしてくれるのだ。風で動けなくしてもいいし、視界を悪くして動けなくするのもいい。求めた結果を出してくれさえすればいいのだから、出来ると思う天気がそれをやるわけだ。
具体的な結果を出すためにどんな天気が必要でどんなイメージが要るのかが分からなかったから、私は今まで過去にあった現象しか引き起こせなかった。そのイメージなんかを実行部隊である天気に全て任せてしまえば色んなことが出来る。そう、結果さえ同じならなんだっていいのだから。
……『今日の天気は―――』と言うと矛盾が生じるが……『今日の結果は―――』と言うのがなんだか違う気がしたから天気と言っている。
ちなみに、『私がどんな攻撃もよける』という天気はこんなふうに起きている。
最初に『空』が周辺の空間を把握する。これはチェインさんの言ったイメージのおかげだ。チェインさんは言った。『あなたはこの地球という星を包む、地面と宇宙との間にある空間の支配者なのよ?』と。なるほどと思った。空はどこから始まるのかという質問に対し、『地面からちょっとでも離れたらそこからが空。』と答えているわけだ。私たちにとって空は何十メートルも上というイメージかもしれないが小さな虫とかからすれば地面から一メートルでも離れれば空だ。
『空』が空間を把握し、攻撃が来たら次に動くのは「風」。『空』からリアルタイムで状況を受け取りながら私を攻撃の当たらないところへと運んで行くのだ。
「ん~ん~んん~ん~んん~ん~んん~」
音々が鼻歌を歌いながら技名を叫んだりポーズをとったりする度に魔法が放たれる。
無数の剣が飛来し、氷柱がせり上がり、炎の蛇がうねり、竜巻が巻き起こる。
パッと見て、勝てる気はしない。だって普通に魔法使いだし。だが……どんなに強力ことを起こそうとも、どんなに色々な事をやろうとも、それはたった一つの《常識》で説明できる。クリスやリッド・アークとの戦いで私はそれを知った。
考え一つで激変するのがゴッドヘルパー。音々がどんな考えをしているのか……私はわかるはずだ。私は音々の親友なのだから。
「ありゃりゃ。ボクの攻撃を避けながら考えてるね?まずいね。なら……これはどーかな?」
音々はポケットに手を突っ込み、鼻歌を止める。
「えぇっと……うん、これだね。」
鼻歌が再び始まる。同時に巨大な魔法陣が出現する。
「『さぁ出でよ!我が願いを聞き入れ、我が眼前の悪を滅せぃ!漆黒のアラガミよ!』」
魔法陣から……ニュウっと長い首が出てきた。やがて身体や腕、翼が出てきて……最終的に私の目の前にいたのは……
「……ドラゴン……」
ルーマニアみたいなドラゴンが立っていた。
「『カオスフレアッ!!』」
そのドラゴンが炎をはいた。私と音々の間に炎の壁ができ、それが迫ってきた。例えるなら密室に閉じ込められて壁が迫ってくる感じ。つまり逃げ場がない。
「っつ!」
私はとっさに《箱庭》を突きだして正面に竜巻を放つ。迫りくる炎の壁を吹き飛ばそうと思ったのだが……はかれ続ける炎がそれを許さない。
そんなこんなで私は炎の壁に飲み込まれた。
……二人がなかなかのコンビネーションを見せつけている。
「……!」
鴉間がありとあらゆる《常識》を駆使して防御にまわっている。
ディグがその圧倒的な技術と力を使って鴉間に攻撃を仕掛ける。頭の中を覗けて次の行動がわかっているはずの鴉間が必死の防御をするほどの連撃。もはや視認できる速度を超えた速さで縦横無尽に飛び回りながら、破壊を撒き散らす竜巻を放ち、それで舞い上がった瓦礫の全てをこれまた超高速で鴉間にとばしている。そんなことをしながらも空間を回転させて鴉間の空間把握を狂わせている。
そして……そんなディグの攻撃の中でも驚くべきは……
「……!これまたでかいっすね!!」
鴉間が上を見ると……どでかいビルが落ちてきていた。大質量の落下に対し、鴉間は空間の破裂をぶつける。亀裂と同じで理論的に砕けないものはない。だが砕けたとしてもその瓦礫はディグの新しい武器になるわけだ。今現在、オレが確認できるだけでも数百個の瓦礫が超速で飛びまわっている。しかも一つ一つが数百キロクラス。
ディグはこの場にどんどん瓦礫となるものを運んでいる。さっきのビルは……一体どこから持ってきたのやら。もはや地球の直径なんぞ軽く超える半径を持つ《回転》を操れるディグは……この地球上にある物ならどこにあろうと運んでこれる。それこそ地球の裏から建物を運ぶ事だってできる。
この地球上のもの全てがディグの武器となり得る。そしてそんな大量大質量の物体を一度に操るということがそもそも化け物じみている。
そんな化け物の繰り出す攻撃の中、後ろで突っ立っているのがメリーだ。ディグがその無数の攻撃で鴉間の動きを一瞬でも止めたのなら、メリーが接近して一撃必殺の時間攻撃を叩きこむという作戦なわけだ。今の鴉間の再生能力は計り知れないが……ディグと違って死ねば死ぬ。脳天にあの時間が急速に進む攻撃をぶち当てれば、自分を治す前に鴉間は死ぬ。
「くっ……調子に乗るなっす!」
鴉間も防御だけしているわけではない。魔法じみたビームにエネルギー弾。そこに加えて空間の亀裂、空間の破裂、空間振動、空間圧縮。普通なら全てが一撃必殺なのだが……ディグには通用しない。どちらかというとメリーの方を倒そうとしているようだがディグがそれをさせない。
そして……
「!?」
防御が間に合わず、鴉間に瓦礫が一つ直撃する。痛みなどはすぐに無くなるのだろうが……崩れた姿勢はすぐには戻らない。
「ここです!」
ディグが叫ぶと鴉間の身体が硬直した。
「はぁあああああああああああっ!」
ディグが腕を振ると、それに連動して鴉間の身体がふりまわされる。建物……あ、いや。もはやただの瓦礫と化したそれらの中をドカドカと突き進み、地面に叩きつけられる。叩きつけられた場所はもちろん―――
「しゅきあり!」
メリーが自分の目の前に落下した鴉間に向けて懐中時計をふりまわす。狙いは鴉間の顔面。
「させるかぁっ!!」
間一髪……というか惜しいところで鴉間がそこから消える。瞬間移動か。
「……?ありぇ?どこいっちゃっちゃにょ?」
「……上……ですね。」
そうぽつりと言ったディグも……一瞬でそこから消えた。
オレは魔法をかけた目で上を見る。二人が今いる場所は……
「はぁ……はぁ……やばいっすね……」
宇宙だ。
「だいぶ切羽詰まっているみたいですね。」
鴉間はひとまず態勢を整えるために宇宙に移動したのだろうが……ディグも普通に来れるようだ。
鴉間は空間の支配者。酸素や圧力を操るのは朝飯前。
ディグは自分のまわりで地球から持ってきた空気を高速で回転させて散るのを防ぎつつ呼吸している。
「さっき一瞬……その口癖が無くなりましたものね。」
「やかましいっす。というか……罠にかかったすね?」
鴉間が両手を広げた。……宇宙空間なのに普通に会話している。
「ここにはあなたの武器になるような物は無いっす。武器が無ければあなたはクルクル回るしか脳のない存在になるっす。」
鴉間が片腕を突きだす。そこから放たれるのは超高密高圧縮されたエネルギー弾。だがそれは二人の横から飛来した何かにぶつかってディグに当たる前に弾けた。
「んなっ!?」
「武器がない?むしろ地上よりありますよ。」
鴉間は横を見る。そこにあったのは……高速で飛来する隕石群。
全力で防ぎ、隕石群を砕く鴉間はその隙をつかれ、ディグに再び捕捉される。
「ぐっ!?」
「とりあえずあの辺まで飛んで下さい。」
ディグが言うと鴉間がとんでもない速度でディグから離れていく。というよりは地球からか。
「なんのつも―――」
瞬間移動ですぐにでも戻ろうとした鴉間は直後視界に飛び込んできた物体に一瞬頭の中を白くした。
それは……一つの星だった。もちろん惑星クラスではない。だがその大きさは月ぐらいあるかもしれない。それが数値にするのもバカバカしくなるぐらいの速度で鴉間に飛来した。とっさのことに反応できなかったのか。あまりにバカバカしい攻撃に唖然としたのか。鴉間は瞬間移動ではなく、空間の壁やその他の《常識》による防御を行った。
つまりは星が鴉間に直撃した。
「……あ。」
数秒後、地表で待つメリーの下に高速で落下する鴉間とディグが落ちてくる。ディグは華麗に着地し、鴉間は地面に叩きつけられる。メリーが慌てて鴉間のもとに行こうとしたがディグが止める。
「すみません。あなたの目の前に落とせませんでした。無理に近づけば反撃があるでしょう。本当にベストなタイミングの時だけ攻撃して下さい。」
「……しょうね。年長者の言うことは聞くこちょにしゅりゅわ。」
ふぅとため息をつき、ディグは鴉間の方を見た。
「いやいや……まいったっすね。まったく……」
巻き上がるほこりの中から出てきた鴉間はボロボロだった。服も髪も。両の腕をダランとし、うつむきながらボソボソと呟く。
「強いっすね……攻撃手段の数ならあっしの方が上なんすけどね……まったくまったく……」
深いため息のあと、鴉間は顔をあげた。そして……
「ざけんなよクソがぁあぁああぁああああああああああああああああああっっ!!!!」
キレた。圧倒的な威圧感をぶちまけながら、鴉間がキレた。爆発でも起きたみたいに周囲の物が吹っ飛ぶ。荒く息を吐きながら鴉間は乱暴にしゃべりだす。
「わかってねぇなぁ!わかってねぇよっ!俺が!どういう人間なのか!理解しやがれ!」
ゆっくりと歩きながら喚く。
「俺が第二段階になったのは五歳の時だぞ?わかるか?物心がついたばかりのガキに把握出来ちまうんだ!壁の向こうで起きていることが!聞こえちまうんだ!扉の向こうで行われる会話が!」
雰囲気が一変した鴉間をディグとメリーは油断なく睨みつけている。
「そして他のガキとの交流で気付く!それが特別だとなぁ!時間が経つごとに強力になっていく力……誰も俺に隠し事が出来ない!となりの家で起きてる夫婦喧嘩も数キロ先で言われる悪口も聞こえる!把握できる!なら思うよな?感じるよな?俺が!この世界の!中心だと!」
空間を把握するということは……そういうことだ。そんなことがガキの頃から出来てしまったら……誰だってそう思うだろう。それこそ……自分が神だと。
「ガキの頃、俺にとっての世界は住んでる町だけだった。だが成長し、他の町のこと、この国のこと、海の向こうのことを知る度に俺の世界は広がり、把握できる範囲が拡大していった。こんな能力をもった奴がどういう性格になるかわかるか?わかんだろう?」
全てを把握できることが当たり前。常に自分が世界の中心。その結果生まれる性格―――
「そう、超自己中だ!」
自己中心的性格。自分を視点に全てを考える性格。
「俺が中心であることが当たり前!俺がメイン!俺が主役!世界は俺を中心にまわってんだ!何逆らってんだてめぇら!俺が神だぞ!」
「神……ですか。」
「そうだっ!これは俺の世界だぞ?俺の世界で俺に反発してんじゃねぇっ!俺の思い通りにならないでいるんじゃねぇぇぇええぇええぇえええええっ!」
子供のわがままにしか聞こえない鴉間のセリフ……だがこれはそんなレベルのものではない。これは鴉間の生き様。これこそが鴉間なのだ。《空間》のゴッドヘルパーであるが故のものなのだ。
鴉間がオレを裏切った理由はこれにある。オレに従っているとは言え、実質的なリーダーは鴉間だった。世界を我がものにしようとしている組織のリーダー。これは鴉間の性格を満足させていた。だがリッド・アークの戦いのあたりから、オレが前面に出るようになっていった。天使たちも倒すべき敵を鴉間からオレに変えた。その優先順位を変えてしまった。だから鴉間は裏切った。自分が中心になるために。
脇役ではなく主役でいたかった。中ボスではなくラスボスでいたかった。だからこその裏切り。いや……そもそも裏切りとすら呼べないかもしれない。
「なるほど……だからあなたはこうして戦っているわけですか。サマエル様を……倒そうとしているわけですか。」
ディグは一度ため息をはき……おもしろいことにミスター・マスカレードと同じことを言った。
「そんな理由でこんなことを。」
「そんな……?そんなだと!これが俺だ!これが鴉間空だ!否定してんじゃねぇよクソ神父がぁっ!」
鴉間が両の手を握り締める。力を溜めているような……そんな構えになる。
「殺す!何一つ残さねぇっ!輪廻転生?新しい世界?んなことさせねぇし、作らせねぇよ!てめぇは今ここで滅んで行きやがれぇぇぇっ!」
……これでようやく決着がつくだろう……
わたしは戦う。正義を胸に刀をふるう。
「世界を救うのだっ!」
迫りくるナナカンソバ星人。
「今頃サイコロあなたさまのお仲間の半分は全員負けて敗北しているでしょう!あなたさまもだんだんとあきらめてそろそろ?」
私の前にいるのはゴリラみたいなメタルのアーマーに身を包んだ奴だ。両腕がガトリングになっていてバカスカと撃ってくる。……ときどきチクワとかタマゴも飛んでくる。
だが残念、仲間の一人がバリアー使いなので一つもあたりはしない。
「スキあり!」
一瞬のスキをつき、わたしは渾身の一撃を叩きこむ。ゴリラアーマーは真っ二つになり、中からタコみたいなイカみたいなのが出てくる。ナナカンソバ星人だ。
「なんてことだ!私と私たちのヨロイが!シラァホイ合金のヨロイだっちゅーのに!」
いける。相手の超技術の数々も青葉がその場で解析、弱点を指示。それに従って全力を出す。こっちは大丈夫だぞ晴香!
「ふぅん。だいたい片付いたかしらん?」
まわりにはまだ敵がいるがわたしたちの力に恐れをなしたらしい。その場から動こうとしない。
「わたしたちの勝利か?」
わたしが青葉に聞くのと同時にものすごい音がした。なにか重たいものが降ってきたような音だった。
「おおっ!提督のど登場だ!あなたたちもこれでシシマイだ!」
これでおしまいか。提督……ラスボスの登場か!
「ふがしない。私たちは本当にほこりまみれのナナカンソバか?」
……ダメだ、わからない。
「……青葉、通訳してくれないか。」
「たぶん……『ふがいない。お前たちは本当に誇り高いナナカンソバか?』だと思うわん。」
部下よりもひどい。だがそれでみくびってはいけない。相手はナナカンソバのトップだ!……確か提督ってそういう感じの意味だった気がする。
提督と呼ばれたそいつはとても強そうだ。さっきのゴリラよりも頑丈そうなアーマーを身につけ、背中にマントをつけている。頭部にはこれまた強そうな顔のマスクと兜。むむむ……さすが敵のトップ。なかなかにカッコイイじゃないか!
「ふっふっふ。知っているぞ?あなたさまがそちらの副ダーリンだということをなぁ……あなたさまを私が倒し、エンドウ豆がダーリンを倒せば全ての肩がとれる!」
……だめだ、わたしの頭じゃ解読できないや。晴香ぁ、助けてくれぇ。
「ラケットパーン!」
提督の右腕が伸びた。いや飛んできた。
「!」
わたしのまわりには仲間が作ったバリアーがあったのだが……一発防いだだけでヒビが入った。
「副リーダー!あれヤバイ威力です!」
ロケットパンチ。なんてイカした攻撃なんだろうか。ともかくその威力は大きいらしい。威力の大き過ぎるものはさすがに刀で流せない。刀が折れることはないがわたしの腕がもたないからだ。さっきまであれだけのガトリングを防いでいたバリアーが一撃で壊れる……さすが提督。
「私のパンは星をも砕く!その威力たるや全宇宙の中でも上位一〇〇〇位には入る威力だ!」
「……それはすごいのか?」
思わず呟いたわたしだが……そんなことを疑問に思ってもしょうがない。あの威力は確かなのだからな!
「青葉!解析を!」
「もうやってるわよん!時間を稼ぐのよん!」
「よしみんな!息を合わせるんだ!」
わたしの掛け声の下、多くの仲間が動く。互いが互いを守るように、サポートするように攻撃、防御する。
「無駄無駄!私の攻撃はそんなコンビニでは防げない!」
提督の身体から無数のレーザーが放たれる。グネグネと複雑な軌道を描くそれをなんとかかわしながらわたしは叫んだ。
「晴香……リーダーの方のチームも頑張っている!わたしたちが足を引っ張るようなことはあってはならないのだぁっ!」
オレの放つ音。これは人間にはなかなか耐えられないものだ。
「ぐぅぅううっ!貴様使いか!」
「耳なんか塞ぐなよ!悲しいだろう?折角なんだからオレの歌を聴け!」
仲間が持ってきてくれたギターとアンプの下、オレは歌う。その歌を攻撃力のある音へと変換しながら。
「音切さん!この調子で行けば……!」
仲間の一人がグッと親指を立てている。ああ……これならイケる!
「さらに激しく行くぜぇっ!」
「余の鼓膜を無駄に震わすな愚か者。」
オレ達が倒そうとしていた魔法使い達。そいつらが突然オレ達の方に飛んできた。
正確には全員吹き飛ばされた。
「まったく……この程度の存在も滅せぬのか。役に立たんな。」
奥から男が現れた。いや……男と言うよりはまだ少年と言った方が近いか。中学生ぐらいの少年が黒い服に赤いマントをつけて登場した。
「これ……お前が?」
オレが問いかけるとそいつは見下すような目で笑った。
「役立たずをどうしようと余の勝手だろう?」
「お前……自分の仲間を!」
「仲間などではない。余は完全。余は絶対。余こそが最強。こやつらなど余の足元にも及ばぬわ。」
なるほど……自分が一番と思ってるおバカさんってわけか。だけど……一撃でこれだけの人数を吹き飛ばす力……実力は確かなようだぜ。
「余の平穏を乱す不届きな輩よ、余の断罪の一撃にて冥府に送ってやろう。」
「お断りだ!お前が行きやがれ!」
「往生際の悪い。それでは冥府で迷おうぞ!」
少年が片手を突きだす。それだけでオレ達は後方へ大きく吹き飛んだ。……違う……吹き飛んだというのは誤りだったらしい。どっちかと言うと……押されたに近いな。
「神よ、天上の支配者よ!余の眼前の不義に冥府への道を開くため、余の両の腕に力を!神聖なるマナの加護を!エェイメン!!」
少年の腕に模様が浮かびあがる。
「集え、大地に眠りし力よ!余の意思に従い、敵を潰せ!」
通路を形作っていた壁や床がベリベリと剥がれ、少年の手の前で一つの球体へと収束する。
「音を穿つ超速の破壊・テンペストクラッシャー!」
放たれる球体。そのままオレ達を貫くかと思われた球体だったが、超速で迫ったそれはオレの前で砕け、周囲の飛び散り壁に穴を開けた。無論……やったのはオレだが。
「む?」
「ふん、前置きがなげぇよ。それにさっきからオレはここで戦ってんだからな……壁や床を形作ってる物質の固有振動数は調査済みだ。」
少年が不敵に笑う。
「器用なことだ。少しは楽しめそうだな。ならば……これはどうだ!」
両腕の模様が輝きだす。
「世界に散りし神の力よ!余の願いを聞き入れたまえ。神聖にして絶対。その光の一撃にて余の敵を撃ち滅ぼしたまえ!」
少年が両腕を掲げるとそこに巨大な光の剣が出現した。
「絶対光帝・エクスカリバァァァァッ!!!」
オレはギターを構え、弾く!
「望む所だぁぁぁっ!」
私は……なんで生きてるんだ?
「ん~んん~やっぱり全体魔法は威力が小さいよね。」
炎に包まれたはずだ。逃げ場は無かったはずだ。なのに……
「なんで服が焦げただけなんだ?」
炎に包まれた私は……服の端っこが少し黒くなっているだけであり、身体にはなんのダメージも無かった。
私は音々を見る。驚いてはいない。つまりこれは……音々にしたら別に不思議なことじゃないってことだ。
考えろ……これは大きなヒントのはずだ!
「でもああいう魔法は避けられないってことがわかったんだよね。全体魔法で動きを封じて強力な単体魔法で倒すよ!」
音々が鼻歌に合わせて腕を振る。それだけでいくつもの魔法陣が出現し、そこから稲妻や炎が放たれる。
「もう一回いくよー。」
巨大な魔法陣が出現。そこからさっき見たドラゴンが再び姿を現した。
「『カオス―――』」
「今日の天気は!」
私はドラゴンを指差す。
「『ドラゴンを倒す』でしょう!」
次の瞬間、私の後方に雷雲が出現、そこからまっすぐに竜巻が伸びていってドラゴンに直撃。よろけるドラゴンを……その竜巻の中を通って一筋の光が貫いた。
ドゴォォォ!!ゴロゴロゴロ……
雷鳴が響くと同時にドラゴンがうめき声をあげて消滅した。
「ありゃりゃ。すごいね今の……雷ビーム?」
音々が目をパチクリさせている。だが顔は笑っている。そしてひるむことなく腕をふる。
「『フロストボムッ!』」
私と音々の間に氷の塊が出現、破裂した。
私は風を駆使して飛んでくる氷の破片を吹き飛ばしながら天気の力でよけていく。
「晴香が雷ならボクも雷だよ?ん~んんん~」
気付けば私の頭上に剣みたいなものが円状に浮いていた。
「『エンジェルシャイン!』」
剣一つ一つから白い雷が放たれる。囲まれた状態なので……私はそれを避けられなかった。
「うわっ!」
『雷』は痺れるとかそういうレベルの電気ではない。普通なら私の身体はバラバラになってもいいくらいだ。だけど―――
「……またか……」
少しは痺れたしだいぶまぶしかったが……それだけだった。
「一体どういうこと―――」
考えている時間はなかった。私はダメージが無いことに油断していたのだろう。またもや気付けば、私のまわりに四本の柱が突き刺さっていた。そしてそこから虹色の光が放たれて私はそれに包まれた。
「っつ!?動けない!」
「ふっふっふー。油断だよ?」
見ると音々が両手を挙げて立っていた。その手の先には巨大な魔法陣。
「『収束!圧縮!さらに収束!』」
魔法陣の中心に光が集まっていく。おそらくさっき言ってた強力な単体魔法だ。
「卑怯だよね。こっちのHPを一撃で1にしちゃう技ってさ。」
……なんだって?
「『アースブレイカァァァァッ!!』」
ものすごい太さのビームが放たれた。『空』のおかげでこの辺の空間を把握している私だからビームとわかったようなものだ。正面から見ようと横から見ようとただの光にしか見えない……そんな魔法の一撃が私を飲み込んだ。
視界が戻る。あまりに強い光だったから数秒間何も見えなかったのだ。例によって、私には何の痛みもない。ただまぶしかっただけの攻撃。そう思ったのだが……
「んなっ……!?」
立てない。何て言えばいいのだろうか……例えるのなら何時間も歩きまわった後のような疲労感。脚が負傷して立てないのではなく、単純に力が入らないのだ。私はその場に寝転んでいた。脚の方に音々がいるのだが首を少しあげるだけでも辛い。
「ん~んん~……残念だったね晴香。ここにはアイテムはないよ?」
HP……アイテム……全体魔法に単体魔法。これはなんに出てくる用語だ?私は知っている。それはゲームだ。それもRPG。今私がいるこの世界はRPGだとアザゼルさんが言った。それのラスボスが音々で魔法をバンバン撃ってくる。はは……確かにRPGだ。
ここまで揃って……今の私の状況を考えると一つの答えが見えてくる。この疲労感。音々が言ったように、今の私のHPは1なんだろう。
音々はRPGに出てくるような魔法を使っているが……それの本質もRPGなんだ。つまり、その魔法を受けてもHPが減るだけなのだ。普通に考えて、隕石が直撃したり炎に包まれたりしたら人は死ぬ。でもそれを忠実に表現していたらゲームにならない。だからこそHPという制度が使われているわけだ。
じゃあなんで音々はそんな攻撃をしてくるのか?今までの音々の発言や行動を考える。確かに音々は音楽が好きだったが……人と話している時とかにまで聴くような奴ではなかった。前提として一人でいる時だけだったはず。多少性格が変わってはいるようだがスカートの件もあるし……癖とか趣味とかは変わっていないのだろう。だとすると音楽を聴きっぱなしというのは変だ。理由は?そうしなければならないからだ。
ゲームに出てくるような魔法。HPという設定を実現してしまっている現状。音楽。これらを統合するとこんな答えが出てくる。
音々はゲームのBGMを聴いてそのイメージを実現させている。
多少無理やりだがそう考えると色々とつじつまが合う。
鼻歌を歌うのはそのBGMのイメージに深く入り込むため。HPという設定が実現しているのはあくまでこの攻撃がゲームのものだから。その魔法が実際に起きた場合どうなるかということをイメージできないから。
「このBGMを聴くとあのバトルを思い出す。」「この音楽と言ったらあの場面だよね。」そういった音楽に対するイメージ。結婚式の音楽と言えばほとんどの人が同じ音楽を思い浮かべる……そういった音楽とイメージの関係を操作して音楽から現象を引き出す力。
遠藤音々は《音楽》のゴッドヘルパーだ。
「……《音楽》か……」
「ん?何か言った?」
……何て言えばいいのか……自分で予想しておいてなんだが、《音楽》ってなんだ?
楽譜とか楽器なんかには確かに《常識》と呼ばれるものはあるだろう。だけど《音楽》そのものには《常識》は無い。音さえあれば《音楽》になり得る。《音楽》そのものに《常識》があったらこんなに多種多様な《音楽》は生まれていない。感情系の力とかそんな感じの言い方をするのなら、《音楽》は芸術系だ。イメージを具体的にし、その人にとっての《常識》にまで進化させることでゴッドヘルパーは非常識な現象を引き起こす。だというのに《常識》そのものがそもそもイメージの世界のもの。
その《常識》に対する一般的な考えがない。それはつまり……リッド・アークが言っていたような生まれた瞬間の人間の頭だ。ゴッドヘルパーはそれまでの人生で色々な《常識》を身につけているからこそ、できないことがあったりする。リッド・アークは自分の脳を一時的に別の物に切り替えることで知識や経験がない純粋な脳を実現させ、《反応》の力を最大限に引き出していた。それを普通に行えてしまう《常識》。
今はたまたまああいう形になってるが……もしも音々が「風の音こそが音楽」とか考えたりしたら、音々は少し走るだけで魔法の発動が可能になる。
魔法だなんだというこの世界だからこそこの程度におさまっているだけだ。音々が私の知るいつもの世界でゴッドヘルパーとして存在していたのなら……しぃちゃん並にデタラメな現象を引き起こすゴッドヘルパーとなるだろう。もしかしたらそれ以上。
しかも天使たちが見たところ音々は第三段階並だという。間違いなく最強だ。
「晴香?」
「はは……強いなぁ音々は。」
「ありゃりゃ?降参?ボクの方が正しいってわかった?」
音々がニコニコと笑いながら近づいてくる。……それ以上近づくと私の今の姿勢からして音々のパンツが丸見えになるので私は少しあわてて答える。
「強いけど……もうわかっちゃったから。音々の弱点が。」
音々が立ち止まる。
「ありゃりゃ。でも大丈夫じゃないかな。晴香はあと一撃で終わり。対してボクのHPは十分たっぷり。こんな状況で一発逆転するの?」
「するよ。」
「ふふふ。どんなお天気にするのかな?」
「雷だよ。」
「ありゃりゃ。でもそれぐらい防げる魔法はあるよ?準備は万端。」
音々の片手がポケットに入っている。たぶん音楽プレイヤーのスイッチに指が触れているのだろう。そこからピッという音が聞こえた。すると音々をバリヤーが包む。
音々はにっこりと笑う。
「ほら、これで大丈夫。この状態で晴香を攻撃する。ボクの勝ちだね。」
「どうかな……」
「ありゃりゃ。あきらめが悪いね。晴香ってそんなにガンバリ屋さんだったっけ?」
「今日の天気は」と言わなくても雷は落とせる。たぶん雷を落とそうとも今のバリヤー状態の音々には効かないのだろうが……そんなことは関係ない。
「……でっかい雷雲だね。」
余裕の顔で上を見上げる音々。私は力の入らない腕を何とか動かす。
「?晴香?なにしてんの?」
「私の勝ちだ、音々。」
私は力を振り絞って両耳をふさいだ。
次の瞬間、ものすごい轟音が響いた。
「!?」
音々のバランスが崩れた。それほどの轟音。地面や身体がビリビリ震えているのがわかる。この部屋は私が入ってきた扉以外に出入り口がなく、その扉は今は閉まっている。つまり密室なのだ。そんな中で特大の雷が落ちたらどうなるか。
答え、大音量の雷鳴が轟くことになる。
「―――」
音々が口をパクパクさせている。何かを言っているのだろうけど……私には聞こえない。ものすごく大きな音を聴くと一時的に音が聞こえなくなる。耳をふさいでいた私でさえこうなっているのだから音々はもっと何も聞こえない。
そして耳が聞こえなければ《音楽》は聴けない。
音々のバリヤーが消えた。音々と目が合う。
『空』がいるのは私の中。こころでの会話が可能な所にいる。耳が聞こえるかどうかは関係ない。
私はにっこりと笑いながら自分でも聞こえない言葉を呟く。
今日の天気は『相手が気絶する』でしょう。
「ああ……そういうことだったんですね。」
怒り狂う鴉間を前にディグはぼそりと呟いた。
「にゃにが?」
「サングラスの意味ですよ。」
鴉間はサングラスをとることで第三段階の力を使えるようになる。実のところオレもその理由を知らない。
「さっき言ってましたよね、壁の向こうで起きていることが把握でき、扉の向こうで行われる会話が聞こえると。子供の頃なら面白いの一言で片付くかもしれませんが、大人になるにつれてその力は鬱陶しくなるでしょう。自分でやろうとしてやっていることではないから止められもしない。下手をすれば発狂しかねない力です。」
言われてみればそうだな。何がどこで何をしているのかを常に把握してしまう力……具体的に言えば悪事や悪口なんかが常に頭の中に入ってくるわけだ。普通なら……確かに狂うな。
「そこでサングラス。サングラスをかけると視界が暗くなりますよね。それによって『ここは自分の知っている空間ではない』と頭……いや、システムに思わせるのです。一種のフィルターのようなものなのでしょう。」
なるほど。鴉間が把握するのはあくまで鴉間が知っている空間……この世界だ。その世界よりも一段階暗い世界を『知らない世界』ととるのは可能だろう。
……それであいつはあんまり第三段階の力を使いたくないようなことを言っていたのか。
「ごちゃごちゃうるせぇんだよ!俺がここにいんだから俺が中心だろうが!何かしゃべんなら俺の許可をとれ!」
叫びながら周囲に破壊を撒き散らす鴉間はさながら竜巻。オールバックの髪が顔に降りてきていてなんか違う人間みたいだな。
「てめぇらは俺の世界にいらねぇ!殺す!消す!」
鴉間は両の手に拳をつくり、天を仰ぐ。
「この世界には!数え切れねぇほどの《常識》がある!だが割合で考えた時に一番のパーセンテージを叩きだすのはなんだ!?《空間》だ!あらゆる《常識》は《空間》があって初めて存在する!《時間》でさえ生物がいなけりゃその概念は存在しなかった!なら俺は?《空間》のゴッドヘルパーである俺には何が出来る!?」
鴉間を中心に円状の空間が広がる。真っ暗な……何も感じられない空間。例えるならブラックホールか。
「俺は!一つの世界を作り出すことが出来る!《空間》以外の《常識》が欠落した世界だが、確かに一つ、新世界を作ることが出来る!そんな世界がこの『多くの《常識》で満たされた世界』に出現したらどうなると思う!?」
《空間》以外の《常識》が存在しない世界?そんなものは……ただあるだけの世界だ。その世界が何かをするわけはない。《空間》しかないんだか―――
「!まさか!?」
その新しい世界は何もしないが……元からあるこの世界は?
《常識》はこの世界の至る所で同じようにある。こっちでは重力が下にかかるのにあっちでは上にかかるなんてことはない。いや、無いようにしている。
もしも……《常識》がキチンと行きわたっていない場所があったなら?《常識》は真空に流れ込む空気のようにその場所を埋めようとする。
鴉間の作りだした世界は……それこそ《空間》のゴッドヘルパーが作りだしたんだから広さに限界は無い。
つまり、無限の広さを持つ世界、《空間》という《常識》しかないその場所に他の《常識》が流れ込むことになる!
簡単に言えば……こっちの《常識》が吸い込まれる!
流れ込む《常識》はもちろん近いものから順番にだ。《常識》とはつまりシステムのこと。ならば一番最初に吸い込まれるのは鴉間の目の前にある《回転》と《時間》!
オレはあわてて叫んだ。
「ディグ!そこから逃げろ!鴉間の奴はお前の力を―――」
「おっせぇんだよぉっ!!」
鴉間を中心に広がっていたブラックホールが止まる。……完全にこの世界に存在を固定した。
次の瞬間、すさまじい暴風が吹き荒れた。風の行く先はもちろんブラックホール。だが物理的に何かを吸いこんでいるわけではない。この風も普通の風とは成分が違う。
「んにゃぁ!?」
最初に変化があったのはメリーだった。メリーの身長が徐々に伸びていく。
「俺のこれは《常識》を吸いこむ《空間》だ!真っ先に吸い込まれんのはてめぇらの《常識》!特に、後から上書きされた内容からなぁ!」
システムは《常識》をより良くするために上書きを繰り返している。最新の更新から順々に吸い込んでいき、最終的には本体を吸いこむ。
最新の更新事項……それはもちろんゴッドヘルパーが個人的に設定した《常識》。
今……メリーからは『自分の時間を止める』という内容が吸い込まれているわけだ。結果としてメリーは本来の年齢に身体が変化していく。
「……!こにょままじゃ……」
人間で言う所の小学校低学年あたりの身長から高学年あたりの身長になったメリーはディグに片手を向けた。外面的にはそれだけだが―――
「……自分に基準時間を設定しましたか……なるほど。おもしろいことを考えますね。」
「理解が早くて助かりゅよ。」
「ではやりますが……自分が戻せるのは宇宙誕生あたりまでですので。」
……何だ……あの二人は何をしようとしている……?
「時間を巻き戻しゅ!」
そう言ってメリーは鴉間を見た。対する鴉間は嫌な笑みを浮かべる。
「俺がこの技を出す前に戻すのか?無駄だ!言っただろうが、上書きされた内容から吸い込むってよぉ!」
「でも一瞬じゃにゃい。あちゃしの時間が徐々に進んでいるのを見ればわかりゅ。一瞬にして吸い込むにょにゃりゃあちゃしはすでに骨だもの。」
「……はっ……それがどうした!?例え時間を巻き戻せても俺はまだここにいるんだからな、もう一度やるまでだ!少しずつでも確実にてめぇの《常識》は吸い込める。何度だってやってやるぞ!俺はてめぇらを消すと決めたぁ!」
その通りだ。時間を巻き戻した所で意味はない。それに鴉間は第三段階の力で《時間》を操れる。鴉間自身の《時間》だって戻せない。完全に詰んでいるはずだ。
「何度もやりゃないよ。疲れるもにょ。あちゃしはこの一回の巻き戻しであにゃたを倒す。」
「はぁ?何を言って―――」
次の瞬間、ディグが空間を切り離した。正確に言えば空間を回転させることでオレがいるこっちの空間とあいつらが戦っている空間の間に隔たりを作った。
「今さら空間を分離して何を―――」
空間が切り離された場合、普通ならオレの所からあいつらは見えないのだが……オレは魔法で見ている。そんなオレの目に驚愕する鴉間の顔が映る。
「まさか……てめぇら……」
声を震わせる鴉間を中学生くらいになったメリーが見ている。
「世界を原初まで巻き戻すつもりかぁ!」
……原初……?
原初だと!?ばかな!何を考えている!?
「さあ……どっちが早いかにゃ?」
メリーとディグはとんでもないことをしようとしている!あいつらはあの隔離した空間内の時間を……《空間》という概念が生まれる前に戻そうとしているのだ!
確かに、システムが管理している《常識》、その概念、考えが生まれる前に行けばそのゴッドヘルパーは無力になる。操る対象が無いのだから。
だが《空間》に限っては話が別だ。鴉間が言っていたように、大部分の割合を占めているのは《空間》だ。それもそのはず、一番最初に生まれた《常識》なのだから。それが生まれる前まで戻すというのはつまり……世界に神しかいなかった時まで戻すということ。如何なる《常識》も存在しない時まで……!
「ふざけんな!バカかてめぇは!《空間》が最初なんだぞ!そこまで戻す前にてめぇらの《時間》と《回転》が先に無くなる!」
そうだ……そもそも《空間》の考えがなければ《回転》も《時間》も存在しない。先に自分たちが無力になる。
「わかってにゃいなぁ。」
そろそろ高校生になろうかというメリーが笑う。だいぶ服がきつそうだ。
「確かに《時間》っていう考え方が生まれたのは生物……主に人間が誕生してからだよ。でもねぇ、《空間》と違って《時間》は数値で表せりゅんだよ。例えその存在が確定したのが最近であってもマイナスっていう符号をちゅかってその前を表せる。」
「んな屁理屈が世界に通用するとでも思ってんのか!」
「しょうかにゃ?考えてもみなよ。どんな《常識》も存在しない、神様しかいない世界。そんな世界を言葉で表現するとどうにゃる?『ずっと昔の世界』でしょ?そう表現できちゃう時点であちゃしの領分にゃんだよ。」
《回転》はさしゅがにダメだけどね、と言いながらメリーは腰に手を当てる。
「もちろん《回転》とかの前に《人間》とか《意思》とか……そういうあちゃしたちを形成する《常識》が無くなりゅけど……それは大丈夫。すでにあちゃしとディグの時間はそうならないように止めたかりゃ。あにゃたも時間を使える存在だからそれは問題にゃいけど……《空間》が消えたら時間を操れなくなりゅから……あにゃたは消滅する。」
つまりこういうことか。メリーとディグは自分たちの時間を操ることで《人間》とか《意思》の《常識》が無くなっても存在していられるようにし、あの隔離された空間の時間を原初に巻き戻すことで鴉間の存在を消滅させようとしている。
ディグがやった空間の隔離自体はこっちの世界で起きていることだから中の《回転》という概念が無くなっても隔離は続く。
鴉間は《空間》の力で時間をある程度操れるがそれは所詮に起因する力。《空間》の《常識》が無くなってしまえば操れなくなる。
《空間》はそれが生まれた時までしか操れない。だが《時間》は生まれた時からさらに遡り、究極的には神が生まれた瞬間までその範囲が及んでいる。その本質が数値であるが故に。《数》の《常識》が消えようと関係ない。操っているメリー本人が《数》とい概念を持ったまま時間を止めているのだから。
これはスピードの勝負。鴉間がメリーの《常識》を吸いこんで老衰させるのが先か、メリーたちが世界を巻き戻して鴉間を消滅させるのが先か。
「って……なにぃっ!?」
がらにも無く思わず叫んでしまった。見ればあの隔離された空間内の時間は相当巻き戻っている。すでに宇宙空間なのだ。
それもそのはず、今巻き戻しているのはディグだ。時計の針を回転させるというイメージのもと、あの空間内の時間を超速の角速度で巻き戻している。
……《回転》という概念が生まれたのは……星がまわりだしてからだ。いや、宇宙を作る時に何かを回転させていたかもしれないが……とにかくそのあたり。ディグが言った宇宙誕生あたりまでとはそういうことか。とりあえずそこまではディグが巻き戻し、そこから先はメリー。メリーはほとんど第三段階。故に体力を消耗する。最初からメリーがやってはもたないのだろう。
「くそがぁぁ!その前に吸い込んでやる!!」
鴉間のブラックホールが《常識》の吸い込みを加速させる。
巻き戻る世界。吸い込まれる《常識》。
ディグの巻き戻しが終わった。今あの世界に宇宙は無い。それ以前の……『無』。
メリーの巻き戻しが始まった。ディグほどでは無いがそれでも早い。
オレの目に何も映らなくなる。おそらくあの隔離された空間の中から《魔法》が無くなったのだろう。今のオレには変に歪んだ場所があるようにしか見えない。
そして数秒後、その歪みすら無くなった。
さっきまでの戦いが嘘のように……辺りが静寂に包まれる。
「……どっちが勝ったんだ?」
オレはビルから降り、さっきまで三人がいた場所に立つ。
例えあの三人が死のうとも世界に支障はない。この世界からシステムが無くなったと認識されたらすぐさま新しいシステムが発行される。
オレが殺そうとしている神が作ったのだ。世界は矛盾や崩壊を徹底的に防ぐように出来ている。
「ディグは正直惜しいが……これで鴉間とメリーがいなくなったのなら……オレの障害はないも同然なんだがな。」
あとがき
……どこだここは?
私は……そう、音々を倒した。それで……どうなったんだ?
いつのまにか私は椅子に座っていた。真っ白な椅子。目の前には同じ色のテーブルと同じ形の椅子が二つ、私と向かい合うように置いてある。
まわりには何もない。真っ暗な空間が広がっている。
「見事だったのである。」
どうしたものかとキョロキョロしていると正面の暗闇から人が現れた。人数は二人。
「終わった後になんだが……これもモノ書きとしてのけじめみたいなものでな、付き合ってもらうよ。」
二人はこちらにやってきて空いていた椅子に座った。
向かって右に座ったのは……なんだか怖い男だった。妙に迫力のある顔は……例えるのならフランケンシュタイン。それに加えてなかなかガッシリとした身体。椅子に座るときに下ろしたリュックはパンパンに膨らんでいる。一体何が入っているのか。
左に座ったのも男。こちらはそんなに怖くない。どちらかと言うとカッコイイ部類に入るだろうか。ただ服装が地味過ぎてなんだかもったいない。
そして二人とも明らかに外国人だ。
「《天候》のゴッドヘルパー、雨上晴香。お疲れさまだったのである。小生は《物語》のゴッドヘルパー、アブトル・イストリア。」
「オレは《反復》のゴッドヘルパー、メリオレ・モディフィエル。」
《物語》と《反復》?なんだそれは?突然なんなんだ?
「すでに小生の《物語》は幕を閉じた。ここはあとがきである。あとがきは作者が読者にちょっとしたネタばらしをしたり心境を吐露したり……編集者にお礼を言ったりするところである。」
「オレらは一つの物語をやるたんびに出演者をここに招いて話をしてんだ。今後のためにな。」
……何を言っているんだ?物語?出演者?あとがきって……
私が呆けているとメリオレさんがそれに気付いてため息まじりに呟いた。
「……おいアブトル。まったくわからないって顔してんぞ。」
「当り前であるな。質問も内容をわかっていないとできない。まずは……小生らが君にどういったことをしたのかを話そう。」
アブトルさんは慣れた感じで話し始める。
「小生は小生が決めた世界設定で小生が設定したキャラクターを小生が書いた《物語》通りに動かすことができるのである。」
……それが《物語》のゴッドヘルパーであるこの人の力か。
「……すごいですね……」
「ありがとう。今回の世界設定はもちろん魔法使いと宇宙人が存在しているということだね。時間があればきちんとした魔法使いと宇宙人を用意したのだが、なにぶん急ぎの用だったのでな。ゴッドヘルパーに魔法使いを演じてもらい、宇宙人はありきたりなデザインになってしまったよ。」
「演じる?」
「元々存在している人や物の設定だけ変えて《物語》に登場させることだ。もしも魔法使いを完全に小生のオリジナルにするのなら綿密な設定が必要になる。どういった原理で魔法を使うのか。なぜそんな存在がいるのか等。構想を練る時間が無かったのでゴッドヘルパーを代用した……そんなところだな。」
元々いる人を物語に合わせて登場させる……か。
「青葉もそういう類ですか?」
「うむ。青葉結はすでに記憶を失い、ゴッドヘルパーであることを忘れているがそれでなくても彼女は優秀な技術者だ。《物語》上必要な技術提供者は青葉に演じてもらった。確か現実の世界ではリッド・アークと派手に楽しく暮らしているとか。」
そこまで聞いて私は疑問に思った。現実にいる人でもキャラクターの設定を変えるという形で操ることが出来るのなら……なんで私は音々に勝ったんだ?それ以前になんで私が勝つ《物語》を書いたんだ?全てはこの人の思うがままなのに……
「……なんで私を倒さなかったんですか?」
「うん?」
「好きな設定で好きな《物語》を進めることができるのになんで私に勝たせたんですか?」
「ああ……君は勘違いしているな。」
「え?」
「小生の力で誰かを倒すこと……まして傷つけることはできないんだよ。」
「……どういう……?」
「ある人物……例えば君、雨上晴香を倒そうと思い、圧倒的な設定で圧倒的な敵を作り出して君を倒したとしても……そこで倒されたのは雨上晴香が演じている雨上晴香なのだ。《物語》の中の雨上晴香を倒しただけで実際の雨上晴香を倒したわけではない。映画を思い浮かべてみるといい。スクリーンの中でとある人物が死んだとしてもそれを演じている役者まで死ぬわけではないだろう?小生の領分はあくまで《物語》なんだ。」
「それじゃあ……」
「さらに言うと小生は君が勝つ《物語》を書いたわけじゃない。小生が書いたのは遠藤音々と雨上晴香が戦うという所までだ。勝敗は書いていない。勝っても負けてもそこで《物語》は終了する。」
「なら……あなたたちの目的はなんなんですか。」
「足止めだ。」
そこで今まで黙っていたメリオレさんが口を開く。
「とある戦いをするためにお前の介入を防ぐ。それがオレらの目的だ。」
「戦い……?」
「鴉間対メリーだ。」
鴉間とメリーさんの戦い!?
「この先オレらの障害になるであろう第三段階のお前と《時間》のメリーは倒しておきたい。だが同時に相手すんのは厳しいものがある。だから各個撃破するために片方を足止めする必要があった。」
ということは私がこの《物語》にとらわれている間に《空間》対の戦いが起きていたってことか!
「まっ、それももう終わったみたいだがな。」
「……当り前ですよ……そんな何日も戦いませんよ。」
「あん?……ああ、お前はまたも勘違いしてるぞ?」
「え?」
「小説とかで見ねーか?『数日後』とか『数年後』っていうのを。何度か感じなかったか?いつのまにか時間が進んでる感じ……いつのまにか事態が展開してる感覚を。」
そういえば何度かあったなそういうの。そうか……やっぱりか。《物語》を操るんだから時間の進み方も自由自在なんだな。なら……実際にはそんなに時間が経っていないわけか。
メリーさんが負けるとは思えないけど鴉間が負ける姿も想像できないなぁ。んまぁ終わってしまったのなら今さら何かしても仕方がないか。
私は……とりあえずこの二人の力を完全に把握しておくとしよう。
整理すると……アブトルさんは自分の好きな世界、好きなキャラクターを好きな設定で動かし、好きな結末に持っていくことができる。ただしそれはあくまで《物語》なので現実世界に影響はない。あるとすれば……《物語》に引き込むことでその人を一定時間閉じ込めることができるってことぐらいか。
……あれ?私がさっきまでいた世界の説明がこれだけで出来てしまった。それじゃあ……メリオレさんは何をしたんだ?《反復》って……?
「あのぅ……」
「あん?」
なんだかしゃべり方がルーマニアなメリオレさんに聞いてみる。
「あなたは何をしているんですか?」
するとメリオレさんはため息をつき、アブトルさんがクスクスと笑った。……アブトルさんが笑うと恐怖しかないな。顔が怖すぎる。
「メリオレはね、小生の《物語》の編集を行ってくれるんだ。」
「《反復》でですか?」
「そうだよ。小生はモノ書きを仕事にしているんだがね、一回の執筆でその《物語》が満足行くことはなかなか無い。文章を眺めていると『ここはこっちの方がいいな。』と思う時がよくある。普通は普通に書き直せばいいのだが……この力ではそうはいかない。」
「?」
「もちろん予めストーリーは決まっているよ?脚本とでも呼べばいいかな。オリジナルのキャラクターは小生の書いた通りに動くけど……誰かが演じているキャラクターには……アドリブを行う可能性があるんだ。操ると言っても、『こころも身体も完全支配』というわけではないからね。そういった予期せぬアドリブが起きた時はもちろんそれを修正しなければならないんだが……あいにく小生にはそれが出来ないんだ。」
私が首を傾げるとメリオレさんが続ける。
「アブトル自身のせいなんだがな、こいつは《物語》を始まったら終わるモノと考えている。それがこいつの《物語》に対する《常識》。だからな、例え本人の思惑とはずれた《物語》が展開されようと、その《物語》は必ず終わらなければならないんだ。」
「つまり……間違いが起きてもその『間違いが起きた《物語》』を一度終わらせないと次の《物語》……本来の《物語》になるように修正した《物語》を始められない……ってことですか?」
「そういうことだ。」
なんだろう……最初に聞いた時はなんてすごい力と思ったけど……実際には欠陥だらけだ。ここまで来るとどうしてサマエルがこんな力の持ち主を仲間にしたのか疑問になってくる。
「そこで役に立つのがオレの力というわけだ。」
「《反復》がですか?」
「大抵の奴はそういう反応……つぅかその反応しか見たことねーな。まぁ確かに複雑な関わり方してるからな。」
いいか?と前置きをするメリオレさんはめんどくさそうにしながらも楽しそうに話し始める。
「《反復》に必要なのはスタートとゴールだ。スタートからゴールへ行ったら再びスタートに戻して再度ゴールを目指す。これが《反復》だ。」
この人、もしかしたら説明好きなのかもしれない。
「オレがこの場合させているのはもちろん《物語》。スタートは『間違いが起きた場所』ゴールも『間違いが起きた場所』だ。」
「……?」
「間違いが起きた《物語》がそのまま進んだ場合の結末を迎えた後に再びその間違った結末を迎える《物語》を開始させ、『間違いが起きた場所』に戻す。オレがしているのはこれだけだ。」
「……いや、意味がわかりませんよ。」
「だよな。どこがわからない?」
やっぱり楽しそうだ。どうでもいいことだがこうやってゴッドヘルパーとしての力を行使する前、この人たちにも普通の人と同じ日常があったわけだ。たぶんメリオレさんは先生みたいな職業だったんだろうなぁ。
んまぁとりあえず、わからないことは聞いていくとしよう。
「そもそも……間違ったまま進んだ場合の結末ってなんですか。それって完全に未来のことで……わかるわけがないじゃないですか。」
「普通ならな。だが今回の舞台は《物語》だ。始まった時点ですでに結末が決まっている世界だぞ?その中で起きたアドリブだ、そこまで大きく結末を変えはしない。それにここにはその《物語》を書いた人間がいるんだぞ?『こうなった場合こうなる』なんてことは誰よりも把握している。間違ったら間違った瞬間にその場合の結末が少なくともアブトルの脳内には浮かぶわけだ。それを使えばいい。」
「いやいや……何ですか脳内って。」
「《物語》は一度始めたら終わらなければならない。それを決めているのはアブトルだ。なら……アブトルに、正確にはシステムに『この《物語》は一度終わりました』っつう情報を与えればいい。つまりな、実際に展開させている世界を一度終わりにしなくても認識させれば終わったことになるんだよ。」
認識させることで何が起きるんだ?一度終わったところで……また繰り返されるんだから何の意味も……
「よし……《物語》のスタートをAとして間違いが起きた場所をBとすんぞ?今、間違いに気付いた……つまりBにいる。オレはそこから《反復》を始めて、間違った結末……Cまで《物語》を進める。《反復》なんだから再びAに行き、そこからまたBを目指すわけだ。だがCまで行った時点ですでにその《物語》は一度終わったことになる。だからCに行った瞬間にアブトルが『間違いが起きないように修正した《物語》』をスタートさせる。」
「それじゃぁ《反復》が……」
「修正したことによって《物語》が変わるのはもちろんB地点からだ。だから少なくともAからBまではきちんと《反復》しようとする。だがBに着いた瞬間、《反復》が繰り返そうとしている《物語》とは違う《物語》が始まる。修正された《物語》がな。だからその時点でオレの《反復》はストップすることになる。すると……ほれ、見事に編集されたわけだ。ちなみの今言った現象はシステム上の出来事だから時間にすればほんの一瞬だ。」
えぇっと?つまり……?
「つまり……メリオレさんは『間違いが起きた瞬間から間違った結末』までと『スタート地点から間違いが起きた場所』までの《物語》の進行を一瞬で終わらせることができると。」
「アブトルの力の性質上避けることのできない編集過程を一瞬で終わらせる。それがオレの仕事だ。」
……なんだ、意外と仕事してるなぁメリオレさん。
「他に質問は?」
アブトルさんがいつの間にかコーヒーをすすりながら聞いてきた。気付けば私の前にも同じものがある。特に疑う必要もないと思ったので私もコーヒーを飲む。
うえぇ、ブラックだ……
「……記憶はどうなるんですか?《物語》の中で起きた事に対する記憶は。」
「小生が設定したとは言え、完全に『素』がないわけではない。いつもしているようなこと、会話などは記憶されるだろう。だが《物語》の中だったからこそ起きたことに対しての記憶は無くなる。小生がその《物語》を閉じてしまうからね。」
ナナカンソバだなんだということは忘れるが……普段でもするような日常会話は覚えてるって感じか……
「……なら私はここで話したことを忘れるんですか?さっきここはあとがきって言ってましたし。」
あとがきなんて丸っきり《物語》の領分だ。
「それは無いだろうね。そもそも君は魔法使いの概念を変に思っただろう?それはつまり小生の《物語》の力が効かなかったということなんだよ。」
「えっ?」
「君だけが普通だった、そうだろう?それはね、小生が第三段階相手に《物語》を発動させたのが初めてだからなんだ。第二段階と第三段階とじゃシステムとの関係に大きな違いがあるから……今まで通りのやり方では君に通じなかったんだ。だから君だけは全てを覚えているだろう。」
私を主人公にして一つの《物語》の中に閉じ込めようとしたとこまでは良かったが……なんと私には効かなかったと。だからたぶん……ルーマニアとの連絡を一回だけ許したんだな。普通なら《物語》に沿ってなんの疑いもなく行動するのに私には効かなかったから……状況説明をする係が必要になったんだ。
「……そういえば翼と先輩にこ……告白されたのは……」
「うん?ちょっとした実験だね。小生はモノ書きだから。やってみただけだよ。」
くそぅ、そんなことであんな目にあったのか。
さて……あらかた情報は聞き終えたかな……?
「あ。」
「うん?」
そうだ、これを聞かないと。
「なんで音々がラスボスなんですか?展開的におもしろいからですか?」
「いいや……それもあるんだが一番はその力だ。ザ・マジシャンズ・ワールドにはリーダーが必要だったんだが……それに最も適した力と実力を持っていたのが彼女だった。」
確かに魔法使いのボスとしては最適な力だった。
ん?待て待て。『最も適した力と実力を持っていたのが彼女だった』?ということは《物語》が始まる以前に音々は第二段階……いや、第三段階に近いゴッドヘルパーだったということなのか?
「リッド・アークの戦いの後に起きた第二段階以上のゴッドヘルパーの急増……そんな中で自覚したのが彼女。おそらく普通ならゴッドヘルパーとしてのその強大な気配に天使がすぐに気付いただろう。だがあちこちで暴れるゴッドヘルパーの対応に追われたせいで……これといった騒ぎも起こしていなかった彼女は誰にも気付かれなかった。ひっそりと自分の部屋で不思議な現象を起こす程度だった。」
そうか……あんなどーでもいいようなゴッドヘルパーの相手をしている間にそんなことが。他にもいるんじゃないか?そういう人……
「着々と腕をあげていく彼女なのだが……本人はその力がどれほどすごいものなのかを理解していなかった。気付いたら……第三段階クラスの実力者になっていたわけだ。小生が特に設定を加えなくとも天使とゴッドヘルパーを返り討ちにしていたよ。もちろん《物語》の中でだが。」
そこでメリオレさんがふと思いついたように呟いた。
「完璧に第三段階ではないとは言え……システムとの繋がりは深いわけだし……もしかしたら何らかの形でこの《物語》を記憶してるかもしれねーな。」
「んな……」
「うむ……うん?そろそろ切りあげるのである。予定の時間が近い。」
「ああ……そういや集合時間を決めてたな。」
どうやらこの質問コーナーもそろそろ終わりらしい。なら最後に……
「アブトルさん。」
「うん?」
「あなたは神無月世界ですか?」
「ほぉ?知っているのか。確かに最近は日本での出版が多いが。」
やっぱりか。《物語》のゴッドヘルパー……売れるわけだ。
「小生は日本が好きでな。古今東西、ありとあらゆる《物語》を読んできたが……あれほど種類が豊富な国はない。」
「種類?」
「こういうのだよ。」
するとアブトルさんはリュックを開けた。パンパンに膨らんでいたその中に入っていたのは……気持ち悪いくらい大量の本だった。その中から比較的薄い本を何冊か取り出した。表紙のデザインとか題名から察するに……
「ライトノベルという奴だ。」
……アザゼルさんが喜びそうな表紙だなぁ。
「恋愛、SF、推理、時代モノ……さまざまなジャンルがこの世界には存在し、多くの作家がいろんな《物語》を書いてきたが……日本はとてもユニークだ。そういうジャンルにさらにおかしな要素を加えていく。萌えと呼ばれるモノにバトル……個性的なキャラクターに素晴らしい世界観。日本のアニメ等の文化が世界に評価される理由もわかる。絵がきれいだとかアニメーションの技術が高いなどというのももちろんだが……何より他に類を見ない《物語》だ。他の国でこういった《物語》を書くと変な目で見られることもあるだろうが……この国ではそれがない。故に作家はどんどん個性を出せる。《物語》に対する《常識》が少ないのだよ。決まりが無く、枠が取り払われた素晴らしい環境だ。」
ははぁ……そういう見方もできるわけか……
「なんで神無月世界っていうペンネームなんですか?」
「……小生が《物語》を展開させるとそこからは小生の世界だ。そこには神様はいなく、小生がそのポジションに収まることになる。だが小生はメリオレがいないと満足に力を使えない第二段階である。とてもじゃないが神とは名乗れないのだよ。だから……小生の展開した世界には神がいなくなるわけだ。その昔、日本では神様のいなくなる月を神無月と言ったのだろう?だから神無月世界。」
アブトルさんがそう言った瞬間、アブトルさんとメリオレさんは私の視界から消えた。
周囲を包んでいた暗い空間にひびが入り始めた。そのうち私は元の世界に戻るのだろう。
しかし……その前に気付いてしまった。
もしもアブトルさんが足かせになっている自分の《常識》を上書きしたなら。
もしもアブトルさんが第三段階になったのなら。
その時は完全完璧な神の誕生だ。
「……やっぱりサマエルの下にはろくでもないゴッドヘルパーが揃ってるなぁ。」
数日後、例によってルーマニアが事後報告をしにやって来た。
「つってもオレ様は今回出番なしだったからなぁ……ホントに報告しかねーや。カッコわりぃ。」
いつものように窓辺に浮いているルーマニアを私は眺める。地上にいる天使を全員天界に強制送還させたアブトルさん。それだけでも脅威か……
「《物語》の影響で起きたことは……特にない。そいつの言った通り、《物語》に関する記憶を持つ奴はお前以外いなかった。情報屋が確認したから間違いない。」
「そうか。ってことは終わってみれば今回は何も無かったことになるのか?」
「そうでもない。勢力の大きな変化があった。」
「鴉間とメリーさんの戦いのことか?」
「ああ……つーかビックリの事態が起きてやがったのさ。知らないとこでな。」
深呼吸した後、ルーマニアはだいぶ真剣な顔でしゃべりだす。
「鴉間がサマエルを裏切った。数人のゴッドヘルパーを連れてな。」
「え?」
「リッド・アーク戦の後かららしいんだがな、鴉間の奴はサマエルの下についてるゴッドヘルパーの中でも高い実力を持つ奴らに声をかけてまわってたらしい。頷いた奴は仲間にし、拒否した奴は殺していたんだとよ。」
「殺……」
私が息を飲むとルーマニアが軽く肩を落として言う。
「……なんだかんだ言ってお前はまだ死を見たことないんだよなぁ……だがこれで再確認できるってもんだ。オレ様たちの敵は……正真正銘の凶悪犯罪者だってことがな。」
鴉間……最初に会った時は気さくな感じで面白い印象を受けた。でも……あの人は……人殺し……
「……」
私が沈んだ顔になるとルーマニアはどこから取り出したのか、傘をさしながらこう言った。
「天使の協力者となった奴ならこっちの秘術で生き返らせることができるが他はそうはいかない。これ以上犠牲者を出すことは許されねぇ。サマエルもそうだ。あいつも自分の野望のためにはいかなる犠牲もいとわない。気合を入れろよ。」
私は……というか普通の人なら『死』を目にするのは家族が死んだ時ぐらいだ。それに対してルーマニアは……多くの『死』を見てきたし起こしてきた。ここが私とルーマニアの違いだな。
人殺しと相対する事態になった時、人はどう考える?これ以上被害を出させまいと勇気をふるう?素直に恐怖して逃げる?被害者に代わって怒りをあらわにする?わからない。
「……悩むんなら……とりあえず考えるの止めるんだな。」
「え……」
「考えたってしょうがねーって言ってんだ。人を殺したことのある存在との接し方なんか考えんな、めんどくせぇ。真剣に考える時はな、そいつと腹を割って話せるくらいに仲良くなった時だ。今は敵とだけ認識してればいい。今考えようと後で考えようと過去は変わらねーんだ。なら後でゆっくり考えたらいいじゃねーか。」
「……そうだな。今考えてもしょうがないよな。後にするよ。」
軽く空を見上げてルーマニアは傘をたたんだ。
「さて……重要なのはこっからだ。」
「……二人の対決の結果だろう?」
「正確には三人だ。二体一の戦い。サマエルが鴉間を倒すために刺客を送り込んだ。情報屋は史上最強のゴッドヘルパーと言ってたな。」
「……その最強の人とメリーさんが鴉間と戦ったってことか?」
「ああ。結論から言うと……よくわからん。」
「なんだそりゃ。」
「三人とも行方不明なんだよ。でもなんとなく想像つかねーか?《時間》と《空間》のバトルだったんだぜ?全員空間の狭間とかそんな感じのとこに行っちまったんじゃねーか?」
適当な……だけど一理あるところが恐ろしいとこ。
「こう言っちゃなんだが……鴉間がサマエルのとこのゴッドヘルパーをだいぶ倒したおかげで今サマエルは戦力が不十分だ。このチャンスを逃す手は無い。」
「……ついにサマエルと戦うんだな……」
「そうなるな。つってもサマエル側の戦力はゼロじゃないからな……総力戦もあり得る。今は正確な戦力分析をしてるとこだ。」
ちょっとした一段落ってところか。
サマエル側は大幅な戦力低下。あっちもあっちで戦力の補充だとか新しい作戦だとかをするためになにかしらの行動を起こすだろう。
鴉間側はリーダーの鴉間が行方不明ということで大人しくなるか。それとも鴉間の意思を継いで仕掛けてくるか。
……そうか。今気付いたけどアブトルさんとメリオレさんは鴉間側のゴッドヘルパーだったんんだな。
メリーさん側は……どうするんだろうか。もしもメリーさんが死んでいるのなら他のメンバーの時間が元に戻ることになるからその確認は簡単だ。でも生きていたとしても行方不明の状態で何かするだろうか?あのチームはメリーさんに絶対の信頼を置いていた。どうなるやら……
「とりあえず急いで《すごいぞ強いぞ……》のメンバーに会ってメリーさんの生死の確認だな。」
「そうか。他のメンバーはメリーの力を受けてるんだったな。少なくともメリーは利害が合えば協力してくれる奴だ。調べておくか。」
「あ……そうだルーマニア。」
「あん?」
「ちょっと聞きたいんだが……」
「これからどうするのである?」
アブトルがぽつりと呟いた。
ここはとあるホテルの一室。他にメリオレ、ルネット、チョアンがいる。
「どうもしねーよ、バーカ。鴉間の帰りを待つに決まってんだろーが、バーカ。」
「その鴉間の行方がわからねーんだぞ?なんか考えでもあんのか?あ?」
ルネットとメリオレが睨みあう中、チョアンが何気なく呟いた。
「大丈夫だと思うアル。」
その言葉に全員の視線がチョアンに集まる。
「《空間》のゴッドヘルパーが《空間》に閉じ込められてやられるなんて間抜けなことはしないアルヨ。その内「いやぁ、まいったっす。」って言いながら帰ってくるアル。それに……待つ以外選択肢がないアル。」
「……それもそうであるな。」
ふぅとため息をつくアブトル。そして静かに読書を始めた。
「ああん?ならよ、わざわざ暇にしてることもねーだろ、バーカ。鴉間の帰りを待ってる間によぼよぼのババァになるっつーんだよ、バーカ。」
「どこ行くんだルネット。」
全身にぶら下がったメガネの中から黒いサングラスを取り出し、それをかけながら楽しそうに言った。
「遊びにだよ、バーカ。」
大きな音を立てながら部屋を出ていくルネットを眺めていたアブトルがふと呟いた。
「そういえばサリラはどこに?」
「びっくりしましたね。」
ジュテェムがコーヒーをいれながら呟く。
「そーだな、一瞬時間が進んだもんな……あのまま行ってたらおりゃどうなってたんだ?」
ソファにどっかりと座っているのはホっちゃん。
「そうね。ホっちゃんは『いいお父さん』ってぐらいの年齢、ジュテェムは中年オヤジ、リバじいは仏様であたくしが二歳老ける。」
「仏様言うな……」
リバじいがチェインの後ろでがっくりとなる。チェインは雑誌を読んでいる。
「さてと……メリーさんはいつ帰ってくるのかしら?あんまり長いとあたくしたちの資金がつきるのだけれど。」
「切実ですね。バイトでも始めますか?」
「ジュテェムが出来るアルバイト……工場でプレス機の代わりでもやるか?ぶははは!」
「そういうホっちゃんは……歩くエアコンとでも名乗ります?」
「傑作じゃな!」
「リバじいは確実に執事さんですね。」
「わしだけ力とカンケーない!?」
騒がしい四人がマンションの一室で何気ない会話をしていた。
土曜日。《物語》事件から最初の休日に、私はとある場所を目指して歩いていた。
「この辺も久しぶりだな……」
学校で出会った翼としぃちゃんは元に戻っていた。先輩も普通だったし……よかったよかった。ただまぁしぃちゃんだけは何故か宇宙人の話をしていたなぁ……
「ここ……だよな。」
大きくもなく小さくもない普通の一軒家。私は表札を確認して呼び鈴を鳴らした。
『はいはいどちら様?』
「えぇっと……お久しぶりで―――」
『あらあら!その声は晴香ちゃんね!あらあら久しぶりー!今開けるわね。』
そう言ってから一秒もたたない内に扉が勢いよく開く。
「あらあら!すっかり大人になっちゃって!って言っても一年しか経ってないわね?でも相変わらず眠い顔してるわねー。」
この人も相変わらずのテンションだ。もうそれなりの年齢のはずなのに姿もオーラも二十代というこの人はきっと何かのゴッドヘルパーだ。
「ねぇーねぇー!お客さんよぉー!」
ちなみに今のは誰かに『ねぇねぇ』と呼びかけたわけではない。この人は今、自分の娘を呼んだのだ。
「ありゃりゃ?今日は誰か来る予定だったかなぁ……」
奥から出てきたその人はこの前とさほど変わらない格好で歩いてきた。
「やぁ音々。」
「……晴香?」
そう、私は遠藤音々の家に来たのだ。とあることの確認と約束を守るために。
音々の部屋は……例えるのならCDショップだ。膨大な量のCDがところ狭しと並んでいる。中にはレコードなんかもあったりする。そしてこの全てを十回以上は聞いているというのが音々である。
「……変わってない……というか増えたな。」
「そりゃまぁね。一年も経てばね。」
音々は自分の机の椅子に、私はベッドに腰掛ける。
「……本当なら久しぶりなんだろうけどね、ボクは最近晴香の夢を見たんだよ?晴香と魔法でドンパチやんの。面白いよね。ちょっとした予知夢だったのかな?」
やっぱり……記憶という形ではないけど……残っている。情報屋も夢までは検索をかけなかったのか?
とりあえず私はてっとり早く話を進めることにした。
「そうだな。音々はゲームの魔法をバカスカ撃ってきたな。強すぎだ。あれじゃぁラスボスと言うよりはクリアした後に出てくる隠しボスだ。」
私のその言葉に音々が目をパチクリさせる。
「あ……ありゃりゃ?晴香?あれは……夢……なんだよね……?」
「それを説明しに来たんだよ。それと……」
私はケータイを取り出す。
「番号とかの交換にな。」
「ゴッドヘルパー?」
まず何から話すべきなのか。とりあえず私はあの日ルーマニアに教わった通りに世界の仕組みを教えた。神様、天使、システム……普通の人が聞けば相手にしないような内容だが音々は真面目に聞いてくれた……アブトルさんによれば音々はすでに力を使えるらしいから当然と言えば当然か。
あらかた話終わって私が音々のお母さんが持ってきてくれたウーロン茶を飲んでいると音々は驚愕の表情でこう言った。
「晴香がこんなにしゃべってるの初めて見たよ?」
「ってそっちか!」
思わずツッコンでしまった。
「ごめんね?でもボクには難しい話だったから。世界のことなんて大きすぎて教えてもらっても実感がわかないんだよ。だから……ボクが晴香に聞くべきことはこっちなんだと思うんだよ。」
音々は部屋に置いてあるCDプレイヤーのスイッチを入れる。どこかで聞いたことのある音楽が流れたと思った瞬間、音々の手の平に炎が出現した。
「ボクは……そのゴッドヘルパーなんだよね?ボクが知りたいのはこのことだけだよ。それと……今の晴香のこと。」
「……もっと困惑するかと思ったんだが。」
「だって晴香が言うことだもんね?嘘なわけが無いよ。晴香がついた嘘なんて明らかにポテトチップスを作ってるのに『カレーを作ってるんだ。』って言ったことぐらいだよ?」
どうでもいい恥ずかしいことを覚えてるなぁ……
「自分でも実感してるかもしれないけど……音々は《音楽》のゴッドヘルパーだ。一応ルーマニアにも確認してもらったから間違いない。耳に入ってくる音楽からイメージできる現象を現実のものにする……それが音々の力の正体だ。」
「ルーマニアって……晴香のパートナーの天使だっけ。そっか……《音楽》か。うん、納得だね?それで晴香は……お天気だっけ?夢だと雷とか落としてたよね?」
「よく覚えてるな……私は《天候》のゴッドヘルパーだ。」
「なるほど!それで観測会の時はいつも晴れだったんだね?」
「速水くんもそうだけど……そんなに印象に残ることなのか?」
「速水?あのエロス大王がここで出てくるってことは……まさか?」
「ああ、彼もゴッドヘルパー。《速さ》の。」
「ありゃりゃ。意外とあっちこっちにいるんだね?」
「あっちこっちにな。第二段階はそんなにいないと思うけど。」
「段階……晴香は第三段階っていう奴ですごい強いんだよね?」
「すごい強いかと聞かれると微妙だけど……そうだな。」
「晴香よりも強い敵がいっぱいいるってこと?」
「ああ。《空間》を操る人とかいる。」
「そういうのと晴香は戦ってるんだ?」
「そうだ。」
「なんで?」
そこで私は気付いた。音々の表情が真剣になっていることに。
当たり前か。突然訪ねてきた友人が『いやー、実は私は超能力者ですごい能力者と日夜戦ってるんだー』なんて言ったようなもんなわけで。
普通なら冗談で終わるけど……音々はすでに力のことを知っているし理解している。たぶん音々は誰よりも理解しているんだろう……ゴッドヘルパーの力を戦いに使うとどういうことになるのかを。音々は限りなく魔法に近い力を持っているから。
「……それを聞かれるのは二回目だな。」
だが……一回目があったからこそ、今ちゃんと答えられる。あの真っ赤っかの男に感謝だな。
「友達が……私と同じゴッドヘルパーでな。その友達はすごい理由で戦ってるんだ。一人面白いから。一人は自分の正義のために。なんの運命なのかわからないけど……私の大切な友達がそんな危険な場所にいて、私にはその場所に入る力があった。」
私は深呼吸し、音々を真っすぐに見て答えた。
「私はな、そんな危険な場所で騒いでいる友達にケガをして欲しくないから戦ってるんだ。それに私だけ仲間はずれは嫌だしな。」
私もそれなりに真剣に答えた。これが私の答え。音々は数秒間私の目をみつめ、そしてため息をついた。
「……わかったよ。ボクも晴香の友達として……聞きたかっただけだから。」
そして音々は椅子の上であぐらをかき、私に聞いた。
「それで……晴香。ボクはどうすればいいんだろうね?」
「パンツ丸見えだぞ……別にどうも。音々が戦いたいって言うなら止めはしないけど……できればこんな危険な世界には来て欲しくない。だけど音々のその第三段階に近い力を敵に利用されたりしないようにこちら側についておいて欲しいと思いもする。」
実際私には判断できない。こんな強力な力を戦力不足のサマエルが放っておくとは思えないし、アブトルさん達も音々の力は知ってるから天使側につく前になんとかしようとするかもしれない。
天使というパートナーは実際素晴らしい護衛だと思う。だけどその反面、音々を戦いに巻き込みたくもないとも思うわけで。
「ボクは……この力を戦いに使おうとはあんまり思えないよ。何となくあるボクだけの秘密。日常をちょっぴり楽しくする力。それぐらいにしか思ってないし……思いたくないよ。」
「そうか。ならいいさ。」
でも何かしらの対策は取らないといけないな。ルーマニアに相談してみよう。
「でもねぇ晴香。」
「うん?」
「晴香がピンチになったなら……ボクは晴香を助けるためにこの力を使いたいとも思うんだよ?」
「……ありがとう。最後の切り札ってことにしておくか。」
「ありゃりゃ。なんかカッコイイポジションだね?」
「……さてと……話さなきゃいけないことは話したけど……」
「メアドの交換がまだだよ?」
「ああそうか。」
「赤外線で送ってね。」
「……なんだそれ?」
未だにケータイを使いこなせない私。
「ありゃりゃ。かして。」
音々にケータイを渡すとピッピといじりだす。すると突然―――
「ありゃりゃりゃりゃ!?!?」
初めて聞く種類の音々の『ありゃりゃ』が部屋にこだました。
「どうしたんだ?」
「どーしたって……これ!ど……同姓同名とかだよね?」
音々が突き出した私にケータイの画面には音切さんのアドレスが映っていた。
「どの音切さんを言っているのか判断しかねるが……その音切さんは歌手の音切さんだ。」
「なにそれ!ボク大ファンなんだよ?あの音切勇也のアドレスがなんで晴香のケータイに!?」
「一緒に戦う仲間なんだよ。音切さんは《音》のゴッドヘルパーですっごく強―――」
「晴香は時々こうだよね!みんなからしたらすごいことなのに『?』って首かしげながらやっちゃうんだよね!」
「……同じことを翼にも言われたことがあるなぁ……」
「つばさ?」
「高校の友達だ。」
「ああ、そっか。そうだよね?晴香にもボクにも新しい友達が出来たんだよね?知りたいな、晴香の新しい友達。」
「花飾翼っていう変な奴と鎧鉄心っていう正義の味方が友達だ。」
「変な奴?どの辺が変なのかな?」
「全部。」
「存在を変って言っちゃったよ?……ひどいね。正義の味方さんは?」
「戦隊モノが大好きなんだ。過去の作品を全部ビデオに撮ってる。そんでもってとある流派の達人だ。運動能力がすごい高いんだけど勉強は芳しくない感じ。」
「濃いキャラクターしてるね?」
「音々もなかなか濃いと思うが……」
「晴香には負けるよ?」
「……うーん……」
「あんまり女の子らしくなくってプラモデルが好きでいつも眠そうで空ばっかり見てる不思議ちゃんだよ?ボクなんてまだまだだよ。」
「短いスカートをいつもはいていて音楽ばっか聞いてて……あれ?なんか音々って普通の女の子か?」
「そこまで普通じゃないよ?友達に持ってるパンツを全て知られてる女の子なんていないよ?」
「……それは別に私のせいじゃないだろう……それにあの頃より増えたり減ったりしてるだろ?」
「まーね?見る?」
「見ないよ。」
「ん~……でもこうやって連絡をとれるようになったから遊ぶ機会も増えるよね?そのたんびに見られて結局全部知られそうだよ?」
「その言い方だと会う度に私がスカートの中を覗いてるみたいじゃないか。」
「半分あってて半分あってない感じだよね?」
「まったくあってない。」
「そうかな……あ、ボクの友達の紹介がまだだったね?ボクの友達にはね―――」
毎日会っていてそれなりに毎日会話がはずんだ相手と一年ぶりに会ったのだ。話のネタは尽きることが無い。結局話しこんでしまったので私は音々の家に泊ることになった。
今日は寝れないだろうな。
エルサレム。イスラエル東部に位置する都市。そこにある聖墳墓教会。とある偉人が死を迎えた場所として有名なその場所に一人の神父が立っていた。
若い男だった。身につけている神父さんの服はボロボロで、首には古今東西あらゆる宗教のシンボルがぶら下がっている。
時刻は真夜中。昼間なら観光客もいるところだが……今は誰もいない。こんな遅い時間、本来なら入ることはできないはずなのだが男はそこにいる。なぜなら彼は入り口から入ったわけではなく、突然この建物の中に現れたからだ。
「ゴルゴタの丘ですか。あの方の死は今も焼き付いていますが……まさかここにとばされるとは。世界の一つも救えない神ですが、なかなか面白い事をしてくれる。」
彼……ディグ・エインドレフは建物の中のさらに奥へと進む。
「……あなたに会った時に受けた衝撃は口では言い表せないほどです。あなたの導きによって自分はこの道を歩んでいる……自分はあなたのように純粋に神を信じれなくなってしまいましたが志は同じです。自分は人々を救うためにここにいます。」
ディグはキョロキョロとまわりを見まわし、そして何かに気付いたのか、柱の一つに近づく。
「……妙に新しい……ですね。百年くらい前に戻ったような……?」
「正確には百五十四年だよ。」
静かな建物の中にもう一人の声が響いた。声のした方を見るとそこには一人の女性が大の字に倒れていた。
「あなたもここにとばされたのですか……メリー。」
それはメリーだった。ただし小学生の姿ではなく、高校生くらいの身長だ。和服を着たら和服美人と呼ばれそうな顔立ちに長い黒髪。身体の方も女の子から女性になっていてなかなかに色っぽい。
「ずいぶん大きくなりましたね……服はきつくないんですか?」
「これくらいのこちょを想定しないあちゃしじゃにゃいよ。ビヨンビヨン伸びる服にゃにょ。」
「しかし……出る所が出ていてだいぶセクシーですね。」
「そんな無表情で言われちゃら身の危険も感じにゃいね。」
「ははは。二千年も生きていれば性欲も薄れるものですよ。睡眠も別にとってもとらなくてもいいかなって気分になってますし。それでも食欲はずっとありますがね。」
そう言いながらディグは倒れているメリーの横に座る。
「……《時間》のゴッドヘルパーであるあなたに尋ねましょう。現状は?」
「しょうね……まず、ここはあちゃし達がさっきまでいた時代から百五十四年前。つまり過去にゃにょ。運が良かったにょよ。百年以内だったりゃあちゃしが生まれてたかりゃ。」
「どういうことです?」
「うーんと……ディグ、あにゃた今の力ちゅかえる?」
「?」
そう言われてディグは手の平を開いたり閉じたりし出した。
「……使えませんね。」
「理由はね、この時代には百五十四年前のあにゃたがいるかりゃにゃにょ。《回転》のシステムが二つでゴッドヘルパーも二人……今この時代はそういう状態にゃにょ。でもそんな異常事態を世界が認めるわけはにゃい。世界は崩壊を防ぐためにあらゆる対策が取られていりゅから。」
「なるほど?つまりこの時代で優先されるのはもちろんこの時代を生きている存在。つまりこの自分ではなく百五十四年前の自分が《回転》のゴッドヘルパーとして存在している以上、自分はその力を使えないと。そうか、あなたも百年以内に移動してしまっていたらその時代の自分がいたわけですか。」
「しょういうこちょ。ただ、現段階のあちゃしはちょっと違う。この時代にも《時間》はいるだろうけど……なぜかあちゃしの方が優先されていりゅ。第一段階だからか……そもそも人じゃにゃいかりゃか。」
「結果……自分は力を使えず、あなたは使える。しかしまぁ、自分は力を使えたとしても一定空間の時間操作しかできませんからどちらにせよ自分の力では元の時代に戻れませんでしたが。」
「ホントに運が良かったにょよ。あの時、あちゃし達は勝利した。でもそれを感じた鴉間はとっさに瞬間移動をしようとしちゃ。《常識》が渦巻き、時間が高速で動くあんな不安定な場所でやったもにょだかりゃ……空間が暴走して、あちゃし達はこんにゃ場所にとばされた。もしもあにゃたとあちゃしが離れ離れだったら互いに危なかっちゃ。」
「そうですか?自分は……極端な話百五十四年待てばあの瞬間には戻れますし……あなたは時間を操作して……」
「わかってないなぁ。」
メリーは軽くため息をして説明をする。
「過去に戻った時点であにゃたは『過去の人間』に分類されたにょよ。例え今から百五十四年待ったとしてもその時あにゃたが本来いた時間軸は百五十四年進んでいるにょ。どうやったってあにゃたは『過去の人間』にゃにょ。あにゃたはもう二度と本来の時間軸に干渉できなくなっていちゃにょ。」
「確かに……自分がいくら頑張った所で自分がいるのは過去。本来なら自分で描ける未来が既に確定してしまっているわけですか。それは嫌でしたね。」
「そして……限定的な空間とは言え、世界を始まりまで巻き戻しちゃんだからあちゃしのエネルギーはスッカラカンにゃにょ。今のあちゃしは手も足も動かせにゃいにょよ。」
「どれくらいで力が戻りますか?」
「ざっと一カ月。」
「自分がいなければあなたは一カ月も倒れたままだったわけですか。それは危なかったですね。」
「しょういうこちょ。あにゃたはここでは普通の神父さん。あちゃしは一カ月動けにゃい。あちゃしの世話をしてくれりゅかしりゃ?」
「それはもちろん。あなたは自分にとってのタイムマシーンなわけですしね。それと自分は神父ではありませんよ。多くの宗教に身を置きましたから。」
言いながら自分の胸元を指差すディグ。
「ま、大丈夫でしょう。力が使えなくとも自分はそれなりに強いですし。」
「しょうにゃにょ?」
「ええ。色んな格闘技を身につけましたからね。」
「にゃんでまちゃ。」
「戦う技術を教えているところでは高みになればなるほどこころの強さを必要とするもの。日本で言えば武道ですか。健全な精神は健全な肉体にあり。己を磨くために自分は色々学んだのです。世界を救うためにね。」
「へぇー。かりゃてとかできりゅにょ?」
「古今東西あらゆる武術を心得ている……と言っても過言ではないでしょう。」
「頼もしいにょよ。」
「とりあえず……移動しますか。一カ月もどこで過ごしますかね。」
「お金もにゃいかりゃね。頑張って。」
「頑張りますよ。」
今のメリーは高校生くらいであり、ディグは大学生くらい。身長にさほど差は無い。しかし、実のところメリーは百歳を超え、ディグは二千歳を超えている。そんなおじいさんはおばあさんを背負って出口へと歩いて行った。
「ああ……言い忘れてちゃ。」
「なにをです?」
「……もしかしたらあちゃし、第三段階になっちゃかもしれにゃい。なんだか時間の掴んだ感じが違うにょよ。システムとの距離感もにゃいし……」
「『時間を掴む』……ですか。不思議な言い方ですね。確かに、世界を始まりまで巻き戻すなんて大技をしましたからね。より一層システムとのつながりが深くなっても不思議ではありません。よかったですね。」
「しょうでもにゃいにょよ。第三段階は疲労を感じるって知ってりゅ?」
「《常識》の上書きの際にシステムが受ける負荷を受けてしまう……っていう話ですね。」
「しょう。元々疲れを感じるぐらいのつながりにはなってたけど……たぶん、第三段階はしょの比じゃにゃい。疲れも増すと思うにょ。」
「……第三段階になってより複雑な時間操作が可能になった反面、感じる疲労は絶大というわけですか。」
「ヘタすれば……元気いっぱいの時でも一度にできりゅ時間操作は一回、二回かも。」
「鴉間との戦いの時のような戦闘は行えなくなったというわけですね。」
「かもしれにゃい。」
「まぁ、一カ月後のお楽しみですね。」
日本。何年か前に原因不明の現象によって滅んだ村、その跡地にスーツの男が倒れていた。
「よりにもよってここっすか。」
廃屋が並ぶ道のど真ん中に倒れている男……鴉間空はまわりも見てなつかしさを感じていた。
「あっしが最初にぶちこわした場所っすね。懐かしいっす。」
鴉間は大の字に倒れている。しかし、左右対称とは言い難かった。
「……右腕と左脚っすか。まぁ、メリーとディグは時間が止まっていたから……というか《時間》の加護を受けていたっすけどあっしは所詮付け焼刃の《時間》。あれだけの巻き戻しを受けたんすからこれくらいは当たり前っすね。」
そう、今の鴉間は五体満足ではない。右腕と左脚がないのだ。鋭利な刃物で切断されたかのようにスッパリと無いのだが血は一滴もたれていない。まるで最初から無かったかのように。
そんな不完全な鴉間の横に、いつの間にか人が立っていた。
「ずいぶんとまぁ……こっぴどくやられたっすね?」
「……サリラっすか。」
鴉間の横に立っているのは鴉間だった。ただしこっちの鴉間は五体満足だ。
「空間の接続は切れているはずっすが……よくここがわかったすね?」
「なに、簡単なことっす。自分の鼻を犬の嗅覚……その数千倍のものにして探しただけっす。」
鴉間……いや、鴉間の姿をしているサリラはしゃがみこみ、鴉間の無くなった腕や脚の切断面を眺める。
「これはこれは。切断されたとかそういうことじゃないっすね?時間を巻き戻して……無かったことにされてるっす。これはあっしの力でも再生は無理っすね。たぶんあなたの第三段階の力でも不可能。なぜならそんなものは無かったことにされているっすから。」
「そうっすか……」
「でも。」
言いながらサリラは自分の左腕を鋭利な刃物に変え、右腕を切り落とした。だが血は流れず、切り口からはすぐに新しい右腕が生えてきた。
切り落とした右腕を、サリラは鴉間のかつて右腕が合った場所にあてがった。するとぴったりとくっついた。
「これは……まぁ強いて言えばあなたの腕を完全完璧にコピーして作った義手っす。多少違和感はあるっすけど日常生活はできるはずっす。」
同様に左脚も切り取って鴉間にくっつける。
「おお……ありがたいっす。」
新しい腕と脚を軽く動かし、ふらふらしながら鴉間は立ちあがった。
「でもこれは……完全にあっしの力のたまもの。あっしが死ねばその腕と脚は消えるっす。」
「なるほど。これからはあなたをすぐ近くに置いておくことにするっす。」
ぐぐっと伸びをした後、鴉間はサリラに問いかける。
「しかし……何でここまでしてくれっるっすかね?つまりは常に力を発動させているに等しい行為っすよね?これ。」
その言葉を合図にするかのように、サリラはいつもの姿に戻った。
「サーちゃんにとって、あなたとの『取引』はとっても大切なの。あなたにとっては日常を快適にする程度の問題かもしれないけどサーちゃんにとっては死活問題なんだよ。」
「ははは。いや、あっしにとっても死活問題っすよ。サリラには感謝してるっす。おかげであっしは発狂せずに絶対でいられているっす。」
「……これからどうするの?」
「もちろん、メリーとディグを殺すっす。あの戦いで確信したっす。あの二人さえ倒せばあっしに敵はいないっす。」
「……サーちゃんはそう思わないな。」
「なんでっすか?」
「ほら……第三段階はもう一人いるよ?」
「《天候》っすか?メリーほど厄介ではないっすよ。」
「でもね?アブトルが言ってたんだよ……」
「……何を?」
「物語の中で、《天候》はさらに強くなった。扱う《天候》の力もそうだが何より……あいつはあいつが空と認識している《空間》を把握できるようになったって。」
「……ほぅ……」
その時の鴉間の表情はどう例えればいいのか。それは面白いという笑みなのか……絶対の力をマネされていることに対する怒りなのか。
「さて……どうするっすかねぇ?」
オレ様はアザゼルの部屋にいた。
「ぷぷー。まったく活躍しなかったのだよ、ルーマニアくん。」
アザゼルはその長い銀髪を床に広げ、ニヤニヤしながらゲームをしている。オレ様は部屋の隅っこによっかかって座っている。
「やかましい。好きで活躍しなかったわけじゃねーよ。お前だっていつのまにか天界に移動させられたんだろうが。クロアの護衛だってできてねーじゃねーか。」
「うっ……それを言われると痛いのだよ。」
ちなみにアザゼルは現在クロアの護衛ということでクロアの家に住んでいるらしい。だがそこではゲームができないっつーことで時々ここに戻ってくる。ホントにゲームが好きだなぁこいつは。その内とか《萌え》とかのゴッドヘルパーを探しに行きそうだ。
アザゼルはゲームを一時停止させてオレ様の方を向いた。
「でも真面目な話、あれはやばいのだよ。能力そのものはそれほど危険じゃないけど俺私拙者僕たちを一瞬でゴッドヘルパーの傍から引き離すことができるなんて……サマエルくんとの戦いでやられると困るのだよ。」
「そういう使い道で鴉間も目をつけたのかもな。厄介だぜ。」
「……折角集めていた戦力を失ったサマエルくんは……今後どう来ると思うのだよ。」
「なりふり構わず《常識》のゴッドヘルパーを発動させようとするんじゃねーかな。自分の敵になる可能性も無視してとりあえず第二段階の絶対数を増やしにかかるかもしんねー。ま、情報屋を含むいろんな力の持ち主がインターネットやニュースなんかを常に監視してるからそっち方面の攻めはできねぇ。となると本人が暴れる可能性が高ぇな。」
「……下で魔法のオンパレードは勘弁なのだよ……」
「この前魔法を撃ちまくってた奴が言うかね。」
「ドラゴンに変身した誰かさんには負けるのだよ。」
「あれー?負けちゃった。」
「にゃあああああああ!?」
いつのまにか侵入していたムームームが一時停止されていたゲームを勝手にプレイ、ものの見事にやられ、(アクションゲームだったらしい)それに気付いたアザゼルが絶叫した。
「こ、ここまで来るのに一体どれだけの……」
がっくりとうな垂れるアザゼルをしり目にムームームがオレ様に話しかけてきた。
「ルーマニア。」
「なんだ?」
「マキナちゃんが呼んでるよ。」
アザゼルの部屋を出てオレ様はマキナがいる資料室に向かう。
「おーい、来たぞー」
入るとマキナ以外の天使も何人かいた。別に資料室で働いてるのがマキナだけってわけじゃねーから不思議じゃないんだが……なんか雰囲気が暗いな……
「……ルーマニア。これ。」
マキナがあんまり元気のない声で紙を一枚よこした。
「……なぁ、前にも言ったかもしんねーがよ、オレ様はこういう数字だらけの資料は苦手なんだよ。なんだこれ?」
「……サマエルのかけた呪いがサマエルの管理不届きによって暴走、呪いを受けていたゴッドヘルパーが暴れ出し、それの影響を受けた第一段階も第二段階になったりしている……」
「ああ?それがどーした。今オレ様たちが全力で動きまわってるじゃねーか。」
「……でも……つい最近、マキナたちはどういう状況になった?」
「?……《物語》の力のせいでこっちの強制的に移動―――」
そこまで言って気付いた。オレ様達があれだけ動きまわってなんとか抑えていた第二段階の急増。だが《物語》が展開していた数時間、オレ様達は身動きが取れなかった!
「おい、まさか!」
「……マキナたちがこっちで何も出来ずにいたあのわずかな間に……第二段階の数が……」
「んなバカな!あれぽっちの時間ででか?」
マキナが黙って頷く。
「まてまて!あとどれくらいだ?どれくらいで《常識》が発動する!」
「あと数パーセントで《常識》が発動するレベルに達する。この前のマキナたちのタイムロスは致命的だった……もう……止められない……!」
「まじかよ……」
「数千年ぶりに《常識》のゴッドヘルパーが発動する……」
「……あん?今回が初めてじゃねーのか……?」
オレ様がそう言った瞬間、シリアスな雰囲気に包まれていた資料室とマキナの表情が文字で表すのなら『ポカーン』という感じになった。
「……はい?」
「あ?」
「ルーマニア……あんた今の本気で言ったの?」
「……すまん、本気なんだが……え?」
「何よそれ!一回目の発動の原因はあんたでしょーが!」
「なにぃっ!?」
「まさか知らなかったの……」
「……何を?」
マキナは大きなため息をつき、資料室にある本だなから一冊の書物を持ってきた。
「……悪魔の王・ルシフェルと神様の戦いは知ってるわよね?」
「当り前だ!」
「へぇーそう。ルーマニアくんは勉強熱心なんだねー。」
なんかすげぇ冷たい目がオレ様を刺している。
「……圧倒的な力を持つルシフェルと神の戦いは永遠に続くとさえ言われたけど……それに終止符を打ったのは一人のゴッドヘルパーだった。」
「……《信仰》だろう?」
基本的に地上の生活を快適にするためのものであるシステムは地上にしか影響しないのだが……その性質上、地上の《常識》の中で唯一天界にまで影響を及ぼす《常識》、それが《信仰》。オレ様たちはその《信仰》の力で大きな力を得ていた。
だが人間が《信仰》から《技術》へと信じる物を変えていく過程でオレ様たちの力は弱まった。そのせいでオレ様と神の戦いは自然消滅という形で終わりを迎えたわけだ。
「《信仰》が《技術》に取って代わられたから……確かにそれは正しいけど本当は違う。」
「?」
「ルシフェルとの戦いのせいでゴッドヘルパーを管理していた天使たちもその手がおろそかになった。そのせいで……第二段階の数が急増した。」
「んな!?」
「そしてとうとう……《常識》が発動し、全ゴッドヘルパーはリセットされた。その影響で《信仰》の力が一時的に弱まったの。その頃の《信仰》のゴッドヘルパーは宗教関係の仕事をしてる人間だったんだけどリセットによって……確か殺人鬼かなにかになったのよ。そうして弱まった《信仰》の代わりに力をつけたのが《技術》ってこと。」
「……オレ様のせいで人間がここまで発展したわけだな。」
「……ソーカモネー」
なんてこった。まさかオレ様がねぇ。
「……真面目な話だけど、一回のリセットでそこまでの変化が起きたってことなのよ。ルシフェルのせいで起きた変化は結果として良かったけど……今回はどうなるのかわからない。なんとしても阻止しなきゃいけなかったのに。」
「……いーんじゃねーの?」
「はぁ?」
「だってよ、今頑張ってんのはオレ様たちだけじゃねぇ。大いに変化する可能性を持っている人間も頑張ってサマエルを止めようと動いてたわけじゃねーか。その結果変化してしまうのならそれはそれで人間の行動の結果だろう?」
「そりゃそうだけど……それじゃあんまりでしょう……」
「なんだよ……さっき発動するって断言したくせに。もうあきらめてんのかと思ったぜ?」
「んなわけないでしょ!折角ここまで発展した世界なんだもの……マキナだってこの先が見たいわよ。でももう打つ手がないって―――」
「……別に手が無いわけじゃねーぞ。《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパーであるサマエルに《常識》を手に入れさせて……そのあとサマエルをボコして言うこと聞かせればいい。例えば《常識》が発動する条件である『第二段階の数の限界値』を引き上げてみるとかな。その後ゆっくりと数を減らしていって戻せばいいんじゃね?」
「そんなことできるわけないでしょ!だいたいそれじゃぁ問題がたくさん―――」
「ああ、たくさんあるだろうな。今思いついただけのアイデアだからな。だがまだ《常識》は発動してないんだぜ?もっといいアイデアをひねる時間はあるさ。」
オレ様たちにはもう手が無いのかもしれない。今さらもう遅いっていうラインなのかもしれない。だがあきらめてはいけない理由がある。
「ったく……オレ様たちが先にあきらめてどーすんだよ。オレ様たちは『天使』なんだぜ?」
どことも言えない空間。魔法で作りだした結界の中、サマエルは苦笑いしていた。
「鴉間の奴に戦力を奪われたのは困ったもんだったが……あいつが裏切ったおかげでオレの呪いの管理が甘くなって、ゴッドヘルパーが暴れて、第二段階が急増しだし、仕舞いにはアブトルの力で天使の皆さんご退場。その間にさらに増えた……少し鴉間に感謝だな。」
《ゴッドヘルパー》のゴッドヘルパーであるサマエルは自然と感じていた。第二段階の急増する感じを。
ふぅとため息をつきながら、サマエルは自分のお腹をさすった。
「……お前もあと少しで死ねるなぁ。今回のことで一番苦労かけてんのはお前なんだろうな。ま、憐れみもなにも感じないが……お前の存在がオレの要だったからな……」
左右で異なる色を持つその目をギラリと光らせ、サマエルは呟いた。
「神よ、貴様は感じているのか?死の到来を。」
つづく
今日の天気 第4章 ~著・神無月世界~
幻の世界。
抜け出せない無限の世界。
ちょくちょく物語の主人公たちをとりこむ、物語の中の物語。
雨上さんたちが、きっと自分たちを「登場人物」とは思っていないように、
もしかしたら私も何かの「登場人物」かもしれない。
そんな空想から、この第4章は生まれたのでした。
それが絵空事とは証明できないことが恐ろしいですね。