今日の天気 第1章 ~World System~
休み時間、ボケーっと空を見上げる人。そんな人はどんな人なのか。
そして何かの拍子でふと浮かんだ言葉……人助けならぬ神助け⇒「ゴッドヘルパー」
こんな二つの要素から生まれたお話です。
今日の天気 第1章 ~World System~
「雨の日って憂鬱だよな。」
窓の外では雨粒が忙しく落下している。時折風に誘われて横道にそれ、窓に激突していく。特に誰かに対して言った言葉ではないのだが、私の前の席に座る友人はその呟きに答えてくれた。
「そう?あたしは結構好きよ。彼と彼の傘で相合い傘……すてきじゃない!」
アイアイガサ?知らないな、そんな言葉。
「晴香も彼氏の一人も作らないと……青春がもったいないわよぉ?」
彼氏……つまり私が恋焦がれる相手というもの……それは私にとってはずっと昔から……
晴れの日はいい。こころがすっきりとする。曇りの日は好きではない。なにかこう……こころがもやもやする。雨の日は嫌いだ。効果音で表すなら「ズーン」だ。ため息しかでない。天気は私のこころをいとも簡単に支配する。だからある時ふと思ったのだ。「空ってすごいなぁ」と。もし生まれ変われるなら、私は空になりたいと思っている。うん……私は空に恋しているのだろう。
「そもそもさっ、仮に今日が晴れでもテストであることには変わりがないのよ?」
私たちは学生……高校生である。故に定期テストというのがある。高校1年生の最後を締めくくる期末試験。今日は三日あるテスト期間の中日だ。一時間目の古文のテストを終え、他の皆が二時間目の物理に向けて勤しんでいる中、私はのんきに空を眺めて呟いたわけだ。
「それでも晴れていればこんなに憂鬱な気分にはならなかったよ。」
「てか晴香は物理の勉強しないの?余裕?余裕なの?」
律儀に私の呟きに反応したこいつはどうなんだろう。この友人はメガネと長い黒髪という委員長キャラの格好をしておきながらアイアイガサとか言っちゃう奴なのだ。メガネは教室の隅で勉強しているか読書しているものだと決まっているのに。
「あによその目は。いつも机でボケーっとしてるあんたは不思議ちゃんキャラってとこかしらね。そういうキャラは友達とかいないものよ?あたしがいる時点でセオリーからずれているわね!」
こいつは私のこころが読めるようになったらしい。……というかこいつ今自分が私の友達と言ったのか?こっぱずかしい奴だ。
「私は昨日ちゃんと勉強した……それに今さら頭に入るとは思わないよ。」
「この優等生……いや一夜漬けだからそうでもないのかしら。」
チャイムがなって先生が入ってきた。友人が前に向き直る。テストが配られ、前からまわってくる。テストを友人から受け取り、一枚とってうしろへ渡す。学年、組、氏名の欄に必要事項を書き込む。
私の名前は「雨上 晴香」
「まさか雨だったとは……」
オレ様は後悔していた。勇んでとび出したとこまではよかったんだがこんな天気では憂鬱になる。
魔法をかけているので濡れるわけではないが、視界が悪くなる。
「早いとこ見つけてとっとと解決せねば……オレ様を信頼してこの任務を任せてくれたのだ。期待に答えねばなるまい!」
とりあえず一番被害の大きい日本に来てみたが、協力してくれる奴なんているのだろうか?被害の集中している東京の上を飛んでざっと見て思ったことは「退屈そう」だ。日々同じことの繰り返し。こんな奴らに自覚させたら協力なんて二の次にして暴れるだろう。力は正しい奴が持つべきだ。かつてのオレ様のようなやつを生んではいけない。
「ふっふっふ……これを借りておいてよかったぜ。」
かつて人間と協力してとある仕事をした同僚のメモ!いい人間の特徴がばっちり書いてあるのだ!
「特徴その1、女の子だ!……か。まあそんな感じがする。女の子の方が純粋なこころを持っていて快く協力してくれる……と思う。……ん?男じゃ一緒にいてつまらない?こいつはなにを考えてたんだ?特徴その2、おとなしい子だ!理由は……強引に誘っちまえばこっちのものだぁ?なにを言ってるんだこいつは。」
なんだかあてになりそうもない。オレ様は本日二度目の後悔を感じた。どうやら自力で探すしかないらしい。まったく、それがどれだけ労力のいることか上の奴らは知ってるのだろうか?探しやすくなるマシーンでも作ってくれんかね。
「協力してくれそうで……それなりに強そうなゴッドヘルパーか……」
テスト期間の良いことは早く帰れるということだ。物理のテストの後、短い帰りの会を終え、友人と今日やったテストの答えを確認し合う。今さら後悔しても意味がないということは理解してはいるが、どうしてもやってしまうのだから不思議な話である。校門で友人と別れて帰路についた。傘をさしていても雨はかすかな風を味方にして足元を濡らしていく。不快感に目を細める。友人曰く、私は基本的に半目なので目を細めると近視の人がメガネをはずした時の顔になるらしい。そのことを実演してくれた友人の顔を思い出す。口元に笑みがこぼれる。思いだし笑いというのは傍からみると不気味なんだろうな。そんなことを考えているといつのまにか雨が弱まっているのにきがついた。
「なるほど。雨の日には雨が止む時の喜びを感じられるのか。うん……悪くない。」
程なくして雨は止んだ。雲の間からお日様が顔を出し、虹を作る。これは私にとっては感動を覚える光景だ。虹は空が作る芸術だ。やはり空はいい。やはり晴れはいい。空に泣き顔は似合わない。
行き帰りで通る交差点。まわりには自販機ぐらいしかない住宅街の交差点である。見慣れたその場所に見慣れない奴がいた。青信号だというのに横断歩道を渡らずに傘を片手に空を見上げている。そいつは私と同じ学校の制服を着た男子だった。彼はお日様の光を一身に受けて笑っていた。その笑顔の理由は恐らく……
「晴れたな。」
私は知らずと話しかけていた。彼に私と同じようなものを感じたのだ。彼は男子ではあまり見られないさらさらの髪をゆらして私の方を見た。整った顔立ちだった。だまって笑っているだけで多くの女子のこころをくすぐるだろう。
「雨よりも晴れがいいよな。」
彼は少し驚いた顔をしたが、すぐに口元にほほ笑みを浮かべて答える。
「うん……暗いより明るい方がいいね。」
多少私の感性とは違うようだ。彼は両手を広げて日の光の温かさを感じながら呟く。
「太陽の光ってすごいよね。あんな上から照らしているのにこんなに眩しい。偉大だよ。」
偉大ときたか。だがそれには同意できる。空にいい顔を与えるのは確かにこの光だ。
「ああ……確かに。気持ちのいい光だな。」
私も空の方を向いて光を感じる。気がつくと彼が首をかしげて私を見ている。
「君は……見ない顔だね。僕は2年3組の相楽だ。」
「なんと、先輩でしたか。失礼しました。私は1年1組の雨上です。」
「やっぱりか。同学年で太陽のすばらしさに気付いた奴はいなかったはずだから。」
太陽のすばらしさか。当たり前過ぎるが故に気がつかないことと言うのはある。失って初めて気づくというやつだ。……・ん?同学年にはいない?
「一人一人に訊いてまわったんですか?」
「まさか。ちょっとした出し物をしたときにね……誰もぼくの出したものに目をとめなかった。」
彼……いや、先輩はその出し物のことを詳しく教えてくれた。太陽や光について詠った詩を集めて展示したんだとか。
「見たかったな。ただ、先輩の考えと私のそれは少し違う気がしますが。」
「?」
「私は太陽に感動を覚えているわけではなくて空に偉大さを感じているんです。」
「ああ……ぼくも別に太陽そのものに感動はしていないさ。ぼくが感じるのは光のすごささ。」
先輩は光に、私は空に、それぞれ特別な思いを持っているのだ。自分と同じような気持ちを持つ人が他にもいることに私は喜びを感じる。もっと先輩と話をしたい。
「光か。……立ち話もなんだし、どっかに座りません?」
私と先輩は近くの公園のベンチに腰をおろした。私は嬉しく思っていた。こういう……なんというか……そう、自然のすごさについて語りあえる相手に出会ったのは初めてだったのだ。あの友人には無縁だし。きっと彼も私と同じ気持ちに違いないと思った。
しばらく他愛もない会話をし、お互いの特別な気持ちを話す。
「ぼくは小さい頃に夜の森で迷ったことがあるんだ。近所の森でね、そこでよく父さんと一緒にカブトムシをとりに行ったんだ。昼間に蜜を木にぬって、夜にとりに行く。ある日、いつも通りに蜜をぬって今夜もとろうねって話してた時に突然父さんが会社に呼び出されてそのまま帰ってこなかったんだよ。どうも大きなトラブルがあったらしくてね。ぼくはどうしても蜜をぬった木が気になってね……母さんに内緒で夜にその森に行ったんだ。そして迷った。怖かった……前も後ろも真っ暗。出口を探して走りまわったんだけど……結局出れなくてね、疲れてぼくは木の根元で眠っちゃったんだ。怖い夢を見た気がするよ。すると突然眩しく感じたんだ。目をつぶっているはずなのにね。目をあけるとそこには真っ白な世界があった。朝の太陽がもたらした光。涙が止まらなかった。ああ……光ってすごいってその時思ったんだ。」
先輩はとても懐かしそうに語った。……そうだよなぁ、普通こういう特別な気持ちを持つのは先輩みたいな経験をした時だよなぁ。
「……私にはそんなストーリーはないなぁ。ただいろんな顔を見せる空に感動している毎日ですよ。」
「ははは。それでも自然に対してそういう感動を感じられる人との出会いは初めてだよ。貴重な話も聞けたしね。」
「それはよかった。ふふ、雨の日にもいいことはあるんですね。こんな出会いが得られるとは。」
「まったくだ。初めて雨の日に感謝するよ。」
先輩はおもむろに時計を見る。私もつられて時計に目をやる。随分話こんでいたらしい、大分時間が経っていた。
「おっと、そろそろ帰らないと。明日のテストに向けて頑張らないと。」
「あ、そういえばそうだ。残念ですけど今日のところはこれでお別れですね。」
「うん。また会おう雨上さん。」
「先輩なんだから呼び捨ててもらってかまいませんよ。それじゃ。」
私と先輩はさっきの交差点で別れた。この後にテスト勉強をせねばならんとはなぁ。素晴らしい出会いと会話の後だから余計に憂鬱に思える。私は足取り重く家へと向かって歩く。
雨の日はよほど私に出会いをあげたいらしい。いや、これは出会いというよりは遭遇?私の家がある通りに入った瞬間に変な奴に出くわした。全身を黒い服でつつんだ男。これでもかというくらいに髪の毛が上にとがっている。空に喧嘩でも売るつもりなのだろうか。目つきも悪い。強いて言うなら悪役の目つきだ。だからそいつが意外に丁寧な言葉遣いで話しかけてきた時は驚いた。
「むっ?驚かせたか?まぁこんな格好では仕方ないか。すまんな。」
男は軽く申し訳なさそうな顔になって謝った。
「いえ……」
私は軽くお辞儀をしてその男の横を通ろうとした。だがそれは男のすっとんきょうな声に阻まれた。
「ほぁ?」
「はい?」
そのヘンチクリンな声を聞いて私はとっさに男の方を見る。男は驚きの表情で私を見ている。
「お前……まさか。いやそのまさかか!なんという幸運!善は急げとはこういうことか!雨の中飛んできたかいがあった。」
なんだこいつは?私のことを言っているのか?
「どうした?近視の人がメガネをはずしたような顔になっているぞ。」
「いえ……突然変なことを言うので。」
「んん?……ああ、確かにそうだな。さて、なにから話すべきか。」
理解したぞ。こいつはすごい変な奴だ。関わっちゃいけない奴だ。無視しよう。
私は家の方へ向かって黙って歩き出した。すると男があわてて私の腕を掴んできた。
「あっ、こらこら。まだ話は終わってない……というか始めてもいない!」
「離して下さい!なんなんですか!?」
私は危機感を感じて腕を振る。なにか宗教の勧誘かもしれん!逃げなくては……
男は私の抵抗など気にせずに手をあごにあてて何やら悩んでいる。
「うーん。こういう状況でつらつらと説明しても意味ないしな……よし。」
「あの、私は宗教とかに興味は……」
「お前は空に対して特別な感情を抱いているな。」
「!?」
私の中を電流が走った。こいつ、今なんて言った!?先輩のような人ならともかくこんな変な奴がどうして私の気持ちを……!?
男は私の反応を見て口元に笑みを浮かべる。
「効果ありか。ふむ、さらに言うなら……お前は天候がお前のこころに大きな影響を与えていると感じているだろう。」
「な……なんだあんたは!なんで……!?どうしてそんなことを……」
私は突然の不意打ちに混乱する。ここまでうろたえるのは久しぶりというぐらいに。
「話せば長いんだが……話を聞く気になったか?」
ついさっき先輩と会話したせいだろうか。ひどく気になった。こいつも私や先輩と同じような気持ちを持って……?だがまだ私の理性は働く余力を持っていたようだ。
「べ……別に私は……」
ダメだ、落ち着け!こんな見るからに怪しい奴……
「お前は雨の日がきらいだろう。こころが沈むから。だが真実はこうだ。」
私はきっとその時神の信託を聞こうとするような人の顔だっただろう。
「お前のこころが沈んでるから雨が降るんだ。」
私の理性はそこで砕けた。だからだろう、この変な奴を家にいれたのは。お父さんは会社、お母さんは近所の奥様方といっしょにショッピング。だれも私を止めなかったのは幸運だったのどうなのか。リビングのテーブルに私と男は向かい合って座った。私の頭はまだ混乱している。うつむいて座っていると男がしゃべりだした。
「よし。順調だ。次は……というか最初は何を話すべきか。」
また男はあごに手をあてて悩みだす。私は頭の中のグルグルした感覚をひとまず無視し、男に問いかけた。
「私の質問に答えてくれるか?なんであんたは私の……」
「まてまて、順番に話すから。とりあえず……仕組みからかな。」
「仕組み?」
「そ、世界のな。」
やはり宗教関係の奴だったのか……?
「……」
それでも私はこの男のさっきの言葉が気になって仕方がないのでとりあえず話を聞くことにした。
「この世界はいろいろな法則に縛られていることは知っているな?」
「物理法則とかか?」
「そうだ。化学的な物質の性質とか、生物の成長とか。そうだな、言いかえれば《常識》だな。これを作ったのはもちろんこの世界を作った神様だ。」
「神様……ねぇ。」
「そう。神様。でもさすがの神様でも作った《常識》を一人で管理するのは大変だ。」
「なんで?神様なんだろう。」
「《常識》っていうのは常に変化するものだ。この世界を縛る法則は実は不変じゃないんだ。お前らは気づかないかもしれんが常に法則はよりよい法則へ進化している。」
「なぜ?」
「人間……いや、生き物全てが快適に生きていくようにするために。時代によって生き物のニーズも変わる。」
「パソコンのアップデートみたいだな。」
「んで、そのニーズに対応できるようにそれぞれの《常識》を管理するためのシステムを神様は作ったんだ。自動で……そう、お前の言葉を借りればアップデートされるように。でもそのシステムはその性質上、生き物と常につながっていなくてはならない。ニーズを的確に得るために。」
「つながる?」
「ああ、その生き物の体内に置いとくんだ。違う次元でくっついてるから何も感じないが。」
「つまり……この世界を縛る《常識》を管理してるシステムを何人かの人間の体内に設置してる……ということか?」
「人間とは限らんが……まあ大半は人間だ。あと何人なんてもんじゃない。もっとたくさんだ。具体的な人数は多すぎてわからんが。……そして、こっからが本題。」
いつのまにか私は男の話を真剣に聞いていた。さっきの混乱も薄れてきた。
「本題……?。」
「システムを体内に持つ存在をオレ様たちは《ゴッドヘルパー》と呼んでいる。」
「ゴッドヘルパー……」
「ゴッドヘルパーはシステムとつながり、世界の《常識》の管理を知らずに手伝っているんだ。だがゴッドヘルパーは自分がシステムとつながっているということを自覚してはいけないしさせてもいけない。……何故かわかるか?」
「なんとなく……自分がゴッドヘルパーであることを自覚するとそのシステムを操れるとかそんなんだろ?在り来たりな話だな。」
「在り来たりねぇ。まぁズバリそうなんだが……実際はもっとひどい。システムとつながっているからシステムが管理する《常識》を自由に書き換えるかことができるんだ。」
「書き換える!?それはまずいだろ!世界の《常識》をそいつが変えられるってことになるじゃないか……」
「いや、さすがに世界中の《常識》を変える力は一生命体にはない。だが少なくともそいつ自身の《常識》は変えられる。」
「まぁ……それだけで十分脅威か……」
「このことの恐ろしさをわかってくれたか。んじゃ言うがな、今ゴッドヘルパーにわざとゴッドヘルパーであることを自覚させて騒ぎを起こしてる奴がいるんだ。」
「な……わざとって、それは人間の仕業なのか?」
「その生き物がゴッドヘルパーであるかどうかは人間にはわからんよ。だからまあ……悪魔かどっかの天使が裏切ったか……」
「悪魔?天使?」
「ああ、言い忘れてたな。オレ様は天使だ。この事件の解決を神様から命じられている。」
「あんたが天使!?悪魔の間違いだろ。真っ黒な服で……」
「やかましい!オレ様は天使なの!」
「天使か……実は私、結構神話は好きなんだ。もしかしたら知ってる天使かもしれん。あんたの名前は?」
「オレ様の名前はル……」
その瞬間、男は私と出会ってから初めて渋い顔をした。何か嫌なことでも思いだしたかのように。この表情の真意を知るのはもう少し後になってからだ。
「……?どうした?」
「いや……オレ様は……オレ様の名前は……」
「?」
「………………………………ルーマニアだ。」
「ぶっ!」
「貴様!今、盛大にふきだしたな!」
「ルーマニアって!あははは!そうか、だからそんな黒い服を着ているんだな?ドラキュラの親戚か?あははははは!」
「ええい!話を戻すぞ!」
「ひぃ……ひぃ……あはは。あ、ああ、すまんすまん。」
「ゴッドヘルパーであることを自覚した奴ってのは実際……厄介だ。いくら天使と言えども苦戦するレベルだ。オレ様が神様から受けた命はこうだ。地上で協力者を得て、騒いでるゴッドヘルパーを倒し、その者から自分がゴッドヘルパーであるという記憶を消していくのだ。そして最終的には騒ぎを引き起こしている奴を見つけて捕まえる、もしくは倒せ。」
「へぇ……ん?協力者?」
「お前のことだ。」
「はぁ?まてまて、私になにが……」
「お前はゴッドヘルパーなんだよ、雨上晴香。」
……ゴッドヘルパーってのは……《常識》を……この世界を縛る法則を管理するシステムとつながってる奴……だよな?
「……・・何の?私は何を管理してるシステムと……?」
「《天候》だ。何をどうしたら雨になるか、雪が降るか、雷はどうやって発生するのか。そういった《天候》に関する《常識》、法則を管理しているシステムとお前はつながっているんだ。」
「天候……?」
そこで私はこいつの話を聞こうと思った理由を思い出した。さっきこいつはこういった、私のこころが沈むから雨が降ると……その理由が……私が《天候》のゴッドヘルパーだから……?
私の疑問を察したのか、ルーマニアは静かに言った。
「ゴッドヘルパーであることを自覚しなくても、ある程度はつながっているシステムの影響を受ける。だからお前は空に対して一般人には理解できない感情を抱いているんだ。そしてつながっているからお前もシステムに影響を与える。」
「えい……きょう……」
認めたくない。ダメだ。それでは……それじゃぁ……
「晴れの日はこころがスッキリする?違う、お前のこころがスッキリしているから晴れるんだ。曇りの日も雨の日も同様。お前はシステムに影響を与えてお前のいる所の天候に変化をもたらしているんだ。基本的にはお前の《常識》の通りになる。天気予報で明日が雨と予報されれば「ああ、明日は雨か」とそれを受け入れるので予報通りに雨になる。だが、雨と予報された日が遠足の日だったら?旅行の日だったら?お前はこころの底から願うだろう。明日晴れますようにとな。するとまあ……晴れるわけだ。」
凄まじい罪悪感が私の中を駆けた。つまりそれは……
「……じゃあ……あの空を泣き顔にしていたのは……私?」
オレ様は心底驚いた。こいつは力を持つことに驚くのではなく、空を泣かせていた自分を責めたのだ。神様もゴッドヘルパーは特殊な感性を持っているということ言っていたし、何度かの経験からも理解していたつもりだった。しかしまさかこれほどとは。きっとこいつは誰かが空をこの世界から消そうとするなら自分の全てをかけて阻止するのだろう。システムのせいでそうなっているだけとは思えない。これはこいつの意思……
「話を……続けてもいいか?」
雨上は先ほどの大爆笑の顔からは想像できないほど青くなっていた。今にも涙を流して駆け出しそうな表情だ。両手で頭をかかえてうつむく。肩が震えているのが見てとれる。
「何か……証拠は……あるか……?」
雨上は小さく、震える声で訊いてきた。オレ様はちらっと窓から外を見る。
「外を……見てみろ。さっきは晴れてたよな?」
雨上はリビングに外の光をいれる大きな窓を見て驚愕した。そうとしか表現できないほどに驚いていた。
外は暴風域に入ったかのような大雨だった。
雨上は階段を駆け上がり、二階の自室に引きこもってしまった。出てくるまで……こころの整理がつくまでは時間がかかるだろう。雨上の外見はとても落ち着いた雰囲気を醸し出している。眠たそうな目、結んだりせずに簡単に下した肩まで伸びる髪。あるがままを受け入れそうな表情。大人びている。だがそれでもただの女の子には違いない。そうそう簡単にこの事実を受け入れることはできまい。今日は引き上げようかと思ったが外の雨を見て気が変わった。
「帰れねーなぁ。この雨じゃ……」
しばらくテーブルで待ってみたが外の雨は弱まる気配すらみせない。雨上は《天候》のゴッドヘルパー。この辺りの天候はそのまま雨上のこころだ。分かりやすいが、それだけ雨上のこころが乱れているということを物語っている。
オレ様は雨上の部屋のある二階へあがり、扉の前に立ってみた。とてもじゃないが「くよくよすんなよー!」なんて言って入れない。オレ様は扉に背を預けて座った。
「なあ雨上。お前には友達はいるか?」
オレ様は一体何を言ってるんだ?だがなんとなく、この話をするべきだと思ったのは確かだ。
「オレ様にはいる。ずっと昔からの……親友がな。オレ様は昔、一つの過ちをおかした。当時のオレ様はそれが正しい道と信じて疑わなかった。その親友はオレ様を止めようとした。オレ様の前に立ち、間違っていると言ってくれたんだ。でもオレ様はその忠告を無視して進んだ。そしたらその親友もついてきた。その時のオレ様はそのことについては深く考えなかったんだが……過ちに気付いて元の道に戻った時に気になって訊いてみたんだ。どうしてお前は間違っているとわかっていたのにあの道を進んだんだ?ってな。そしたらその親友はこう答えた。」
オレ様はその言葉を聞いた時のことを思い出した。あいつはさも当たり前のことを話すように言ってきたのを覚えている。
「とある奴が転んだ時、先に行ってるぞ、早く来いよって言って先に行く奴を仲間と言い、へへ、おれも転んじまったって言って一緒に転ぶ奴を友達って言うんだ。おれはお前の友達だからな。」
オレ様はこの言葉に救われ、今も支えになっている。だが……この言葉を誰かに教えることになるとは思いもよらなかった。
「雨上、お前にとって空は憧れの対象なのかもしれないが……空にとってはお前は友達なんじゃないか?お前のこころが沈むと雨が降るのは空が一緒に悲しんでくれているからなのかもしれない。まぁ……実際はどうなのかは知らない。だけどよ、とりあえずはそう思ってみたらどうだ?」
オレ様は立ち上がった。外の雨音がさっきより小さくなったことに気付いたからだ。少しは効果があったようだ。
「少なくとも……お前が早く元気にならんと、空は泣き続けるぜ?」
くさいセリフだ。オレ様らしくない。だが今この時、こういうセリフを言わなきゃならんのはオレ様だ。
「……・少し……時間をくれ。」
扉の向こうから小さな声がした。
「ああ……んじゃまた明日くるよ。」
オレ様は玄関に行き、ドアを開けた。多少は雨が弱まっていた。
「これならまあ大丈夫か。」
姿を消す魔法を身体にかけてオレ様は空へ飛び立った。
私は窓から外を……空を見た。雨が降っている。台風が来た時のような荒れ模様だ。
「友達か……私が空の。あんなに偉大で大きい空の友達。私でいいのか?釣り合うのか?なあ空よ。私はあなたの友達なのか?そう名乗っていいのか?」
オレ様は雲の上にいた。下ではまだすごい雨が降っている。ついさっき出会ったばっかりだがオレ様は確信を持って言える。あいつは立ち直る。そしてオレ様に協力してくれる。というかあいつ以外はいやだ。オレ様はあいつが気に入った。ゴッドヘルパーがらみの事件は前にも2、3回経験したがあそこまで深くシステムと深くつながっている奴は初めて見た。……もはやシステムと呼ぶのは無粋か。あいつにとっては……
「さて、少しでも仕事を進めておくか。」
オレ様は通信機を取り出した。人間の言うケータイみたいなものだ。連絡先は資料室。何回かのコール音の後に聞き慣れた声がした。
「はいはい、こちら資料室。」
「ようマキナ。オレ様だ。」
「ああ、ルーマニアさん。」
オレ様はさっきの雨上のように盛大にふいた。
「てめっ!聞いてたのか!」
「あははー。いい名前じゃないの。ルーマニア。」
「たく……ちょっと訊きたいことがあるんだが。」
「なぁに?マキナのスリーサイズとか?自分で測りにきなさいよ。」
「てめぇのウエストを測れるメジャーがあったらな。」
「そんなに太ってないわよ!!」
「そんなことどうでもいい。とりあえず今、日本にいんだがな、ゴッドヘルパーの起こした騒ぎについて……」
「どーでもいい!?ルーマニアさんはマキナがぶくぶくの大福みたいになっても構わないっての!?ひどい!!最低だわ!」
「ルーマニア言うな!いいから質問に答えろ!」
「うう……もういいわ……覚悟しなさい。あんたがこっちに戻ったらあんたをちゃんと名前でで呼ぶやつはいないから。一生ルーマニアよ。」
「……ゴッドヘルパーの起こした騒ぎの中で一番実害が大きいのはなんだ?」
「実害?どゆこと?」
「いやほら、ゴッドヘルパーって自覚した瞬間からすごいわけではないだろう?やっぱり慣れは必要だ。人間が空を飛んだとか、火を手から出したとかなら目撃者の記憶を操作するだけで騒ぎは抑えられるけど、例えば建物を破壊したとかだとそうはいかないだろう?そういうオレ様たちの情報操作の手に負えなくなってるやつからどんどん片付けねーとやばいだろ。」
「へぇ、あんたの割にはよく考えたわね。えっとね……今んとこ建物を破壊してるような奴はいないけど……穴をあけてる奴はいるわね。」
「穴?」
「建物の塀とかを貫通する穴。説明するよりは実際に見た方がいいわね。一番新しい穴の場所を教えるわ。」
オレ様は教えてもらった場所へ向かって飛んだ。
雨はまだ止まない。雨の中、オレ様は穴の前に立っていた。濡れない魔法をかけようかと思ったがもし人間に見られたら不審がられてしまう。姿を消すとオレ様がいることに気付かずにここに入ってしまうかもしれない。それは正直面倒だ。ここは住宅街の……路地の行き止まり。穴は行き止まりを示す壁にぽっかりとあいていた。直径は15センチほど。驚くべきことに穴のまわりにひびが一つもない。一点に集中した力がそれなりの速さを持って壁を通過した感じだ。よく見ると穴は焦げて黒くなっていた。
「高温の物体が通ったのか?《火》のゴッドヘルパーか?いや、焦げてるからといって通って物体が高温とは限らんか。ものすごく速いものが通ったのかもしれん。」
頭の中の知識を総動員して穴の前でうんうん唸っていると突然後ろから声をかけられた。
「どうしたんですか?大丈夫ですか?」
振り向くとそこにはカッパをきてフードをかぶった女の子がいた。きれいな顔立ちだった。メガネが似合いそうな顔だが、メガネはしていない。かわりに瞳の色が青かった。明らかに日本人なのだが……カラーコンタクトというやつだろうか?そして気付いた。この人間はゴッドヘルパーだ。
「あ、ああ。こんなとこで唸ってたら変だよな。すまん。心配かけた。」
「いえ、大丈夫ならいいんですけど。何か……こう、救急車を呼ばなきゃいけない事態かと思って。」
オレ様はこの人間が何のゴッドヘルパーなのか気になった。が、しかしわからなかった。雨上のような……自然の《常識》を管理するような強大な力を持つシステムならわかるのだが。どうやらこの人間はもっと違う種類の《常識》を管理するゴッドヘルパーらしい。一応この穴を作った本人の可能性を考え、それとなくこの人間に穴が見えるように動いてみた。
「うわっ!?なにそれ!大きい穴!あなたがやったんですか?」
目をまんまるにして穴を覗き込む。そしてオレ様と穴を交互に見た。
「いや……オレ様ではないが……」
反応を見る限りは違うようだ。一安心だ。こんな穴をあけるほどにシステムの扱いになれている奴に対してオレ様だけでは心細いからな。それに基本的に天使は……
「ええっ!?一人称、オレ様なんですか!?変なのー。」
考えていたこととまったく関係のないことが話題になったので少し面食らう。……しっかし……面と向かって言われるときついものだな。そこでオレ様は何故か言ってしまった。
「変なのはお前だろう。」
可愛らしく首をかしげてその女の子は答えた。
「そうですかぁ?ああ、瞳の色ですか?カラコンですよ、カラコン。あ、カラコンって知ってます?カラーコンタクトのことで瞳の色を変えたい時に使うんですよ。あたしはバリバリの日本人ですから!」
……違う。別にカラーコンタクトのことを変とは思っていない。さっき東京の上を飛んだ時にたくさん見たから今さら変とは思わない。しかしなんだろこの感じは。なんというか……この人間を見てると違和感を感じる。
「あっ、もうこんな時間!早めに見つけて会わないと。どこだっけなぁ。」
そう言ってその人間は走って行ってしまった。相当急ぎの用があったのだろう。わざわざカッパを着るくらいだ。「変な奴だな」と呟いて穴の方へ視線を戻す。しばらく穴の前で考えていたが、違うとこの穴も見てみようと思い、またマキナに連絡をいれた。
結果として、どの穴もさして違いはない。だが発見されたのが前であればある程に穴の形が歪んでいる。きれいな円でないのだ。つまりこの穴の制作者は着々とシステムを操る力をつけているということだ。
翌日、私は学校へ向かって歩いていた。昨日のことが頭の中を占め、勉強なんてこれぽっちもできなかった。非常にまずい状況ではあるのだがそんなことよりも私は空のことを考えていた。今日は曇りだ。私のこころのように「どよーん」としている。いや、私が「どよーん」としているからか。私は暗い気持ちと顔で歩いていた。すると昨日と同じ交差点でちょうど信号がかわるのを待っている先輩に出会った。先輩は私に気づいたらしい。
「おはよう、雨上。」
気持ちのいい挨拶をくれた。沈んでいる今の私は少し元気が出た。
「おはようございます。先輩。」
私は少し嬉しく思った。先輩ならきっと私の相談にのってくれる。
「先輩、ちょっと訊きたいんですが。」
「うん?」
さらさらな髪をゆらしてこちらを向く。私はなんとなく視線を合わせるのが嫌で明後日の方を向いて聞いた。
「先輩は……その……先輩が偉大と言う光と……友達になれると思いますか?」
我ながらトンチンカンな質問をしてしまった。しかし先輩は私のした質問の意味をくみとってくれたようだ。「ふーん……」と唸りながら真剣に考えてくれた。やはり先輩に相談して正解だ。
「光と……友達か……うん、なれるんじゃないかな。」
私が思っていたことと逆の答えが返ってきたので少々驚いた。
「どうしてそう思うんですか?」
「自然に対してぼくらは……少なくとも雨上とぼくは敬意をはらっている。それと同時に自然の方もぼくらに敬意をはらっているに違いないからさ。でなきゃこうもうまく共存できないだろう?互いに尊敬し合っているのなら何の問題も無く友達になれるさ。」
私は昨日のルーマニアの話を思い出した。《常識》は常に生き物のニーズにあわせて進化している。それは私たちがよりよく生きることができるようにするため……なんてことだ、先輩はその仕組みを肌で感じていたのか。私なんか……
「?雨上?どうした?」
そうか。無理に自然をもちあげることが変なのか。互いに尊敬しながら生きているのだから。
「ありがとうございます。……ふふっ、先輩のおかげでなんだかふっきれましたよ。」
「そうかい?よかった。」
私と先輩はしばらく自然のことに対して語り合いながら歩いていた。話せば話す程にこころが楽になるようだ。しかし……空を覆う雲はまだ消えない。まだこころは暗いらしい。自分ではなかなかわからないものだな、自分のこころというものは。時間はあっというまにすぎ、いつのまにか校門だ。
「またね、雨上。」
そう言って先輩は2年の下駄箱の方へ行ってしまった。私も自分の下駄箱に向かって歩き出そうとしたが、突然後ろから誰かに抱きつかれた。
「見ったぞ見たぞ晴香ちゃん!」
「お前か。」
私の友人は今日もメガネを光らせて笑っている。
「あによあによ、あの晴香が男と登校!事件だわ!全部白状するまで今日は帰さないからねぇ!」
「別に白状することはないんだが……」
「あ、てか晴香、あんたいい加減ケータイ持ちなさいよ。昨日英語のことで訊きたいことがあったのに。」
ころころ話題を変える奴だ。
「ああ、今日は英語か。」
「いいわねーその余裕。あんた英語は得意だもんね。勉強なんかする気も起きなかった?」
「いや……そういうわけではないんだが。」
「ところであの男はだれよ。結構イケメンだったけど。」
……ころころ話題を変える奴だ。
「相楽先輩。2年生だ。」
「さがら、さがら……」
なにやらメモ帳を取り出してペラペラとめくっている。まさかとは思うが全校の男子の情報でも持っているのか?
「ブサイクな男の情報なんていらないわよ。イケメンを調べたの。入学してから一週間くらいでね。結構大変だったんだから。」
知らん。というかこいつはまた私のこころを読んだのか?
「あったあった。相楽光一。2年3組。家は……まあ普通。得意科目は物理。特に「光」の分野はすごいらしいわ。大学で習うような専門的なことまでマスターしてるみたい。趣味は……太陽電池を作ること?なぁに、ソーラーパネルって作れるもんなの?変な奴。」
「相楽光一……」
「そうだ!ケータイを買う時はあたしに言ってよ?いい機種選んだげるから!」
「……」
友人の話を軽く流しつつ教室についた。すると窓から光が射しているのに気づく。雲がちりぢりになり、お日様が顔を出している。私は思わず友人を見た。
「ん?なに?」
私が空の顔を決めるのなら……こいつは私のこころをどんな時でも晴れにしてしまうらしい。
「お前はすごいな。きっとお前は《私》のゴッドヘルパーなんだな。」
「なんだって?ごっど……?」
「いや……なんでもない。」
「変な晴香ねぇ。」
「お前にだけは言われたくない言葉だな。」
「あによそれぇ。」
私は笑顔で席についた。配られるテストはほとんどわからなかったが、空の顔はかわらずに晴れだった。
オレ様はほっとしていた。今日は快晴じゃないか。すぐにでも雨上のとこに行きたかったがあいつは確か学生だ。学校が終わるまでは帰ってこないだろう。昨日と同じ時間に行こう。
「すると……暇だな。そうだ、昨日は菓子折りもなしに行ってしまった。何か買っていこう。」
東京には大きなお店がたくさんあったはずだ。
「ふふふ、今日のオレ様は一味違うぜ。昨日の反省を生かし、今日のオレ様はTシャツにジーパン!これで変に見られることはない!」
デパートというやつに入り、クッキーを買ってオレ様は満足に歩いていた。東京という場所は非常にゴミゴミしていた。なんだか……ここに被害が集中している理由がわかった。オレ様がこの騒ぎを起こしている奴ならこんなに人間のこころが歪んでる場所を選ばないわけがない。ここの奴らなら確実に騒ぎを起こす。
「……目的はなんなんだ?」
オレ様にはさっぱりわからない。騒ぎを起こす理由が。そんなことを思いながら歩いていると人間がかたまってる場所を見つけた。ざわざわとみんなで何かを見ているようだ。人間をかき分けてみんなが見ているものまで行ったみた。なるほど……これが野次馬の精神か……などと思いながらオレ様はそれを見た。
「!……これは……」
そこには黄色いテープがはられ、警察だろうか?まわりの人間の騒ぎを抑えようとしている。そこには1本の街灯が倒れていた。根元からポッキリと……いやこの表現は正しくないか。折れたというか、そこが突然消えてしまったかのようだった。そして消えた部位に見覚えのあるものを見た。そこは曲線を描いており、焦げていた。
「あの穴と同じだな……」
嫌な予感を覚え、オレ様は近くの人間に訪ねた。
「すみません、これっていつからこうなんですか?」
人間はオレ様を見て少しひく。おかしいな、今日のオレ様は完ぺきなはずなんだが。人間の視線は何故かオレ様の頭へと向かっていた……なにはともあれ、そいつはちゃんと質問に答えてくれた。
「ああ、これかい?昨日の深夜にこうなったってさ。幸い深夜だから人が少なくて大事にはいたらなかったけど、けがした人もいたみたいだ。こわいよなー。何が起きたらこうなるんだろう?」
「どうも……」
これはかなりやばい。ついに人間に被害が出た。これ以上これの犯人をほっとくとその内に死人がでるかもしれん。システムを操る力も十分につけている……これは早急に片付けなければ。
「雨上……」
オレ様は雨上の家に急いだ。
「ねぇ晴香。これからどっかに遊びに行かない?テストも終わって明日から春休みだし!」
最後のテストが終わり、クラスのみんなが解放感に浸っている。友人の言う通り、今回のテストは学年末のテストなので春休みになるのだ。春休みは長期休暇の中で唯一、何の宿題もでない休みである。これからしばらくは勉強しなくてもいいのだ。
「ん……悪いな、今日はこれから客が来るんだ。」
「とかなんとか言って相楽先輩とデートなんじゃ……」
友人が目を細くして私をじーっとみてくる。
「違う。デートならお前がすればいいだろう?彼とは遊ばないのか?」
「彼?ああ、あいつ。昨日別れたわよ?」
昨日?こいつが「晴香!あたしに彼氏ができたわ!」って言ったのは確か……
「二週間で破局したのか?」
「そうよ。あいつってばあたしの話にぜんぜんついてこれないの!」
「お前はころころ話題を変えるからな。」
「でも晴香との会話に支障はないでしょ?」
「まぁ……」
「だからさ!電話で言ってやったの。もうお終いよって。一度言ってみたかったんだー。これ。」
「そうかい。しかしそうするとお前に合う男ってのはそうそういないな。」
「そうなのよ。今のとこあたしについてこれるのは晴香だけだもんね。」
「そうなのか!?家族は……」
「中学生のころからついてこれなくなった。」
家族がついてこれないってどういう状況なんだ……
「それじゃ……その中学の友人とかは?小学校とか……」
「あたし、小、中に友達なんかいなかったわよ?」
「それはないだろう。お前がそう思ってるだけじゃないのか?」
「かもね。でも少なくともこいつはあたしの友達って言える奴はいなかったわ。」
「そうだったのか。お前の性格が性格だから友人は多いものとばかり。」
こういう明るい奴は決まってクラスのムードメーカーになるはずだ……と思って気付いたがこいつは別に今のクラスでも目立っているわけではないな……
「だーれもついてこれなかったってわけよ。そういう晴香は?いつもぼーっとしてるから友達いなかったんじゃないかとあたしは思ってたんだけど?」
「一緒にお昼を食べるくらい仲の奴はいたぞ。失礼な。」
「あらまあ。んじゃ今のお昼を食べるくらい仲の奴ってのはあたし?」
「いや……ちょっと違うかな。」
「えーっ!?あたしはあんたの何よぅ。」
珍しく友人が悲しそうな顔をした。新鮮だ。
「ちゃんとはっきりと言える友人だな。」
「……な。」
またもや珍しく友人が顔を赤らめた。実に新鮮だ。
「はずかしい奴ね!」
「それは昨日私がお前に思ったことと同じだな。これでおあいこだ。」
「?あたし昨日何か言った?」
私は笑っていた。すると友人も笑ってくれた。……うん、空と友達になるのならこういう関係を目指そう。そう思った。
「そうだ!あたしかあんたがレズビアンになれば万事解決じゃない!ねぇ晴香!」
「いや、それなら両方そうならないと意味がない……って何言ってるんだ!?やめてくれ!!」
「は~るか~?」
「ひぃ!」
こういう関係にはならんぞ。絶対!
その後、私と友人はケータイを買いに行くことを約束して別れた。お母さんに言わなくてはな。まあ今まで親が勧めるのを断ってきたのは私だからな、欲しいと言えば買ってくれるだろう。などと思いながら歩いていると家の前に若者が立っていた。誰だろうか。
「雨上!」
その若者は私に手をふってくる。
「……ルーマニア?」
「そ……そうだ、ルーマニアだ。」
「昨日と全然服装が違うから一瞬気がつかなかったぞ。」
「はっはっは。今日のオレ様は昨日とは違うのだ!ほれ菓子折りも!」
私はクッキーの入った缶を受け取った。結構大きい缶だ。
「お金なんか持ってたのか?」
「ここでの活動用にいくらかな。」
「そうか。すまんが今日は親がいるのでな、別のとこで話そう。お母さんにお前のことを説明するのが面倒だ。」
「話のできる別の場所……喫茶店というやつか!いいだろう。」
別に喫茶店でなくてもいいのだが喫茶店と聞くとあそこを思い出す。そういえば最近行ってなかったな。
「それじゃ喫茶店にするが……いいのか?人に聞かれたらまずかったりしないのか?」
「お前のようになにかしらの実感……システムの影響を受けていないものにはただの空想だ。誰も信じない。」
「それもそうか。着替えてくるから少し待て。」
「おう。」
私は家に入り、自室で適当な服に着替えた。クッキーのことを説明するのも面倒なのでひとまず部屋に置いておく。手ごろな鞄を肩からかけ、財布を入れて外に出た。
「早いな。女性の着替えとかは長いと聞くが……」
「それりゃ化粧をするような奴はな。私の友人なんかはそれにあたるが。」
「ほぅ……スッピンというやつか……」
「高校生にスッピンもなにもないと思うんだが。」
こうは言ったが友人に言わせるとそんなのは私ぐらいなものらしい。
「ふむ。……どこに行く?」
「私のお気に入りの喫茶店がある。」
私の町はそれなりに都会だ。商店街……いや、ショッピングモールとでも言うのだろうか。そういう、お店が集中してる場所が近くにあり、そこにその喫茶店はある。私はルーマニアを連れてそこに来た。
「……?この喫茶店の名前は……オレ様の読み間違いでなければ《エクスカリバー》と読めるんだが……」
「読み間違ってないぞ。喫茶店、ここのクリームソーダがうまいんだ。」
「クリームソーダ!?」
「なんだ知らないのか?クリームソーダっていうのはな……」
「いや、知ってるが……お前のことだから「ここのコーヒーがうまいんだ。」とか言うものだとばかり思っていてな……てかクリームソーダなんてどこでも味は変わらんだろ?あんなメロンソーダにアイス乗っけただけの食べ物……」
「はっはっは。エクスカリバーのクリームソーダは違うのだ。メロンソーダに合う形、味、温度を何百という数の実験から求めていてな。それはそれは絶品なんだ。」
「クリームソーダにそこまで……」
私となんだか知らんがゲンナリしてるルーマニアは日差しのよく入る窓側の席に座った。
「お前は何を頼む?私は無論クリームソーダだ。」
「……アールグレイを。」
「トマトジュースじゃないのか?」
「どうあってもオレ様とドラキュラをつなげたいらしいな。」
私は店員にクリームソーダとアールグレイを頼んでルーマニアの方を見た。
「……ふと思ったが《エクスカリバー》って実在したりするのか?」
「《エクスカリバー》という名前の剣はないが……山一つくらいなら軽く消し飛ばせる剣はある。」
世界の真実を一つ知った瞬間だった。山って……ああ、いやいや、今日はもっと大事なことを話すんだ。本題に入らなくては。
「さあ……昨日の続きとやらを聞こうか。」
「……もういいのか?」
ルーマニアが心配そうに聞く。昨日の私を見ての質問だろう。だが……
「ああ。私には素晴らしい友人と先輩がいてな。もう大丈夫だ。」
「そうか……」
ルーマニアが私の目を見た。
「まず……確認したいんだが……お前はオレ様に協力してくれるのか?」
「ああ。それも昨日考えた。別に私は非日常を求めてはいない。静かに平和であるのが一番さ。でもそれが今崩れようとしてるんだろう?そしてお前は私のもとに来たんだ。きっと私にしかできないことあるんだろう?」
「ああ。自覚したゴッドヘルパーは……前にも言ったが実に厄介だ。力を維持したい奴はオレ様に牙をむいてくる。オレ様一人ではさすがにきつい。だから協力者が必要であり、そいつはそれなりに強くなくてはならん。そうなるとお前のような自然の《常識》のゴッドヘルパーがいいわけだ。どこにでもあり、基本的には人間は抗えない能力がな。《天候》のゴッドヘルパーはすごい。能力は空があるとこならどこでも使え、種類も多くていろいろできる。」
「なるほどな。……お前は最初から私を探していたのか?」
「いや。残念ながら何のゴッドヘルパーがどこにいるかを特定はできないんだ。システムがくっついてる生き物が死ぬとシステムは自動的に他の生き物にくっつくんだがそれはランダムでな。いちいち特定できんのだ。だが強力なゴッドヘルパーの近く、もしくはそいつがいた場所なんかに行くと「いるな。」と感じることができる。オレ様はとりあえず強力なゴッドヘルパーを探していてな、たまたまお前の家の近くに行ったんだ。そしたら力の気配を感じたわけだ。それが偶然にも《天候》のゴッドヘルパー……お前だったわけだ。」
「私に自覚させて……もし私が協力してくれなかったらどうする気だったんだ?」
私の質問にルーマニアは目をパチクリさせた。
「……そういやそうだな。強力なゴッドヘルパーを見つけることで頭がいっぱいだった。よく考えたら結構危なかったな。見つけたのがお前でよかった……」
「あきれた奴だな。……ゴッドヘルパーの力……まずそれから訊こうかな。私も使いこなさなければならないんだろ?」
「そうだな。まず……基本的なとこから。自覚したゴッドヘルパーはそのシステムが管理する《常識》をコントロールできるってことは言ったよな?」
「ああ。その《常識》を書き換えることができるってことも。」
「それなんだが……書き換えるときに、そのゴッドヘルパーの《常識》もかなり影響する。」
「?」
「そうだな……お前は竜巻を見たことがあるか?」
「テレビでなら何度か。」
「ならお前は竜巻をこの町のどこにでも発生させることができる。そのテレビで見た映像を再生する感じにな。風がぐるぐるまわってるだけだからな。」
「そ……そうなのか。」
「だがもしお前が竜巻の発生原理を知って、それを理解するとできなくなる。こんなとこでは発生するわけがないとお前の《常識》がじゃまするからだ。」
「えっ……んじゃ今はもうできないのか?お前ができないと言ったから……」
「言ったろ?理解しないと意味がない。まあただ経験的に理解すると原理なんか知らなくてもできなくなるが、竜巻を実際に見たこともないお前には影響はない。」
「ははあ……なるほど。」
「極端な例が過去に一回あった。なんの偶然が重なったのか知らんがわずか5歳の子供が《水》のゴッドヘルパーであることを自覚してしまったんだ。」
「5歳!?その年じゃあ水の性質とか知らないよな……」
「その少年が操る水は……0度になっても凍らず、100度になっても蒸発しなかった。少年にとっては水とは常に液体だったわけだ。それが少年の《常識》。」
「恐ろしいな……」
「恐ろしいのはこっからだ。少年の操る水はな……炎をまとっていたんだ。普通ならあり得ない。
だが少年はアニメでみた現象を現実のものと思っていたんだ。」
「……《常識》さえ邪魔しなければなんでもありってか。それってさ、あり得ないとわかっていても強く思いこむことでできちゃったりするのか?」
「できちゃったりする。システムと深くつながっているとな。……お前みたいに。」
「私!?」
「お前は……手のひらの上に小さな竜巻が発生すると思うか?」
「手のひら?いや、さすがにそれは……」
「だろうな。でもお前ほど深くつながってると……強いイメージを持てばできるようになるだろう。」
「まじか……あれ?でもそれって……《風》?のゴッドヘルパーにもできるよな?力って結構かぶるのか?」
「そりゃあかぶりは多い。でもできることに違いがある。《天候》のゴッドヘルパーではせいぜい大きさの違う竜巻やある方向にふく風を引き起こすぐらいしかできない。あくまで《天候》だからな。だが《風》のゴッドヘルパーは……人や剣の形をした竜巻やギザギザにふく風を起こせる。」
「へぇ~。」
「んまぁ……力についてはこんなもんか。」
「ちょっとまて。一番大事な使い方を聞いてないぞ。」
「使い方っつってもな……イメージするだけだ。」
「そんな簡単に……?適当だな。」
「自覚さえしなきゃなにも起こせないからこれでいいんだ。まぁだから自覚されるとこうやって面倒な事態になるわけなんだが。次は……オレ様たちが今やるべきこと。」
「騒ぎを起こしてる奴を止める……だっけ?具体的には何をするんだ?」
「自分がゴッドヘルパーであるという記憶を消す。だが極めてピンポイントな記憶の消去だからゆっくりやらんといかん。へたをすればそいつの記憶が全て消えてしまうからな。オレ様が神様からもらった道具だと……記憶を消すのに1分はかかる。」
「どんなんだ?」
「こんなんだ。」
ルーマニアはどこからだしたのか、その道具とやらを私に見せてくれた。なんと言えばいいか……孫悟空が頭につけてる輪っかに怪しく光る宝石がついたような感じのものだった。
「これを相手の頭に1分もかぶせるのか。」
「そうだ。相手がおとなしくかぶるわけもない。だから一度動けなくする必要があるんだ。」
「気絶でもさせればいいのか?」
「そんな感じで。」
私はちょっと考えてみた。人間を気絶させるような天候を。やはり風で吹き飛ばして頭でも……いや打ちどころが悪かったら死んでしまう。
「そんで。今一番なんとかしないといけないのはこれだ。」
ルーマニアは私に一枚に写真をよこした。
「……?穴?」
「何のゴッドヘルパーかはわからんが……この穴のせいでけが人がでている。」
「穴で?」
「……言い方が悪かったな。町の街灯をこの穴を作る要領で倒してるんだ。そのせいでけが人もでている。」
「ああ、そういうことか。……目星はついてるのか?」
「まったく。だがこういう穴ができてる場所を地図にマークしてくと結構偏ってるんだ。ほれ。」
そう言ってルーマニアは地図をみせてくれた。地図が示すのは……私の住む町だ。
「……私の家の近くだな……」
住宅街の中、少し離れたとこにある公園、どこも私の家から数キロ以内のとこにある。
「ああ。なんの偶然か、穴の制作者はお前の近くに住んでるかもしれんわけだ。」
「しゃれにならんな。」
「実はな……昨日お前と別れた後にゴッドヘルパーと会ったんだ。」
「!?犯人か!」
「いや……その人間の管理する《常識》はこんな穴を作れるほど強力はものではなかった。かろうじてゴッドヘルパーであることがわかったぐらいだからな。」
「なんのゴッドヘルパーかわからないなんてことがあるのか。」
「ある。さっきも言ったが自然を管理するような奴ならすぐわかるが……システムの中には感情とかを管理してるものもあるからな。」
「感情?」
「《喜び》とか《悲しみ》とかな。」
「そんなものにも法則があるのか?」
自然現象とか、物理の法則みたいに理科の範囲の法則ばかり思い描いていたので少しびっくりした。
「例えば……《喜び》なら基本的にその人間にとっていいことだろう?それを感じる時ってのはさ。それを《喜び》のゴッドヘルパーは操作できる。親友が死んだときにものすごく喜んだりさせたりできるわけさ。」
「最悪だな……」
「ああ……まあそんなものにもゴッドヘルパーはいるわけだから……以外とゴッドヘルパーは身近にいたりするってことを知っておいてくれ。まぁその全てが敵になるわけではないがな。」
そこで頼んでいたクリームソーダとアールグレイがきた。注文してからだいぶ経つ。
「珍しく来るのが遅かったな……新人でも入ったのか?」
「混んでるからじゃないのか。今はおひるどきというやつだからな。」
「いやそれにしても遅い……」
ふとまわりを見ると店員と客の視線が一人の客に向けられていた。何人かの店員が手に注文の品を持ったまま立ち止まっている。どうやらあれが原因らしい。ルーマニアもまわりの状態に気付く。
「話しこんでて気付かなかったな。オレ様は地上のことにはあんまり詳しくないんだが……有名人かなにかか?」
「私もそんなに詳しくない。興味がないからな。」
「……お前の趣味はなんだ?」
「読書とプラモデルだ。」
「プラモデル!?」
「詳しくないと言っておきながら結構知ってるよな、お前。」
「流行に詳しくないって意味だ。プラモデルってお前……」
「車、飛行機、船にロボット。幅広く作ってる。今作ってるのはステルス戦闘機だ。飛行機の種類とか名前とかはよく知らんが。形がかっこいいんだ。」
「つまりかっこいいものが好きなのか?」
「そうなるかな。それを自分の手で作ることに喜びを感じている。」
「つくづく変な奴だな。」
友人に話した時も同じような反応を見た気がするな。
「私を見て変と思うようじゃ私の友人のことは超変に思うだろうな。」
「そんなにか。どんなやつなんだ?」
「私はもう慣れたからなんとも思わんが……あいつと初対面の者は……いや、対面しなくてもちらっと視界にはいるだけで「何だこいつ!」と人は思うだろう。」
「見てみたいな……」
そこで私は誰かの視線を感じた。見まわすとさっきの有名人らしき人が私たちの方を見ている。店内をよく見るとその有名人の方に視線を送らずに話を続けているのは私たちだけだった。するとその有名人らしき人は立ち上がりこちらに近づいてきた。店員と他の客らがざわめいた。
「きゃーっ!立ったわ!」
「歩いた歩いた!かっこいいー!」
立って歩くだけで騒がれるってどうなんだろうか?有名人らしき人は私たちのテーブルの前に立ち止まった。遠目には髪が肩まであったので女性かと思ったが近くで見ると男性であるとわかる。男性はとてもきれいな声でこう言った。
「塗装はしているのか?」
私とルーマニアは同時に首をかしげた。
「「?」」
私たちの反応を見て男性は苦笑いをした。
「はは……すまんすまん。主語がなかったな。プラモデルのことだ。」
「……ええ、まあ。」
私はおそるおそる答えた。店内全ての視線が私たちに向いている。こんなに怖い経験はそうそうないな……と、まわりを見ていると突然男性が大きな声を出した。
「本当か!初めて俺と同じことをしている人間に出会ったぞ!プラモを作る奴は大抵一つの種類のものしか作らんからな!いろんな種類のものを作ってる奴はいたにはいたが一つ一つに愛をこめていないやつばかりだった!だが君は塗装をしている。まさか、自分好みに改造とかは……」
どうやら私と同じ趣味の人らしい。私はどこかほっとして会話をする。
「しますよ。できあがったものが自分の思っていたものと微妙に違うことがほとんどですし。」
「すっばらしい!俺は音切勇也、歌手をしている。よかったら君の名前と連絡先を教えてほしい!友達になろう!」
店内が信じられないほどにざわついた。「えーっ」とか「うそー」とか聞こえる。どうやらこの音切という歌手は人気の歌手らしい。……初対面の人にいきなり友達になろうと言われるとは……
「ケータイを持っていないからパソコンのメールアドレスとかになりますけど……」
まぁ悪い人……ではないだろうからいいだろう。音切さんは何だか憎めない雰囲気をまとっている。
「ほう!ケータイを持っていないとはめずらしいな。うむ、それで構わない。いやはや、今ここで語り合いたいところだがそろそろ仕事に行かねばならなくてな。……ところで少し気になったから訊くが……」
私は音切さんが出したメモ帳に名前とメールアドレスを書きながら答えた。
「はい?」
「君は……俺が誰か知らないのか?」
「はぁ……残念ながら。あまり歌は聴かないので……」
「なんということか!俺を知らない人がいるとは!俺もまだまだだな。」
私は名前とメールアドレスを書き終え、音切さんに手渡しながら言った。
「まだまだ……って。興味のない人は知らないですよ?普通。」
「俺の目標は全ての人に歌のすばらしさを知ってもらうことだ!ハッピーバースデートゥーユーの歌しかり、卒業式に歌う歌しかり!歌は人に喜びや楽しみ、感動を与えるのだ!俺は自分の歌を通して人々に歌のすばらしさを伝えたい!俺を知らないということはまだ歌のすばらしさを知らない可能性があるということだ!」
蚊帳の外にいたルーマニアが笑いながら口をひらいた。
「それってつまりあんたの歌を聞いたものは必ず歌のすばらしさを知るってことか?すごい自信だな。」
「自信がなければ曲など作らん!」
音切さんという人はなかなかに豪快な人らしい。こんな風に自分の力を信じてどこまでも突き進む人っていうのは見ていて気持ちがいい。そのあたりも人気の秘密なのかもしれない。
「ちょうどここに仕事先で使うために持ってきた俺のCDがある!これを君……雨上くんにプレゼントしよう!ぜひ聴いてみてくれ!」
シンプルなジャケットのCDを音切さんは私によこした。受け取って何気なくひらく。ディスクになにやらマジックでさらさらと書いてあるのが見える。
「えっ……これもらっていいんですか?なんかサインみたいのが書いてあるんですが……」
「構わん!サイン入りのCDなんぞあっちでも作れる!そんなことよりも雨上くんに俺の歌を聴いてもらうことが大事だ!」
「……ありがとうございます。」
……店内の人の視線がだんだんと痛くなってきた。私は音切さんが店を出た後すぐにルーマニアを促して店を出た。
「どうすんだそのCD。」
「家で……パソコンで聴いてみるよ。それよりも今後だ。私はどうすればいい?」
「行動するのは夜だな。まさか真昼間に穴を開けてはいないだろう。夜にさっき地図で見せたあたり……お前の家の付近を見回ろう。犯人が力を使えばオレ様もすぐに見つけられる。現行犯でやっつけよう。」
「一つ疑問があるんだが……」
「んん?」
「なんでその……犯人は穴を作ってるんだ?」
「……平たく言えばオレ様に対抗するためだろうな。」
「?……お前に?」
「実はこの事件、すでに何件か解決しているんだ。それがオレ様たちの手に負えなくなってきたからこうして協力を頼んでいるわけなのだが……その解決した事件てのが全部戦闘で解決したものなんだよ。」
「どの件も穏便にはいかなかったと?」
「ああ。どうもこの騒ぎを起こしてる奴……故意にゴッドヘルパーであることを自覚させている奴は自覚させると同時にオレ様たちの存在を教えているらしいんだ。自覚したゴッドヘルパーにとっちゃあせっかく手に入れた力を奪いに来る奴だからな……交戦は避けられねーんだ。」
「なるほどな……今の話を聞いて思ったんだが、この事件の解決を神様に命じられてる奴って他にもいるのか?」
「もちろん。さすがにオレ様一人じゃ全てを解決できん。」
「それじゃあお前と私みたいなコンビが他にもいるのか。おもしろいな。」
「おもしろいか?」
私とルーマニアはまた夜に会うことを約束し一度それぞれの帰路についた。
私はとりあえず音切さんのCDをBGMにして《天候》の力でなにができるのか考えてみようと思い、パソコンを立ち上げた。
「……天候って……ものによっちゃまわりにすごい被害を生むからなぁ。局地的で大きな効果を持つ天候か……」
パソコンにCDをセットして再生をクリックする。
数分後、両の目から大粒の涙を流しながら気象庁のホームページを見ている私がいた。
雲の上でオレ様は少し後悔していた。雨上のあの口調や態度に安心してちゃっちゃと終わらせようと今夜からの行動を決めたが……
「よく考えたらあいつは今まで自分の意思で《天候》をコントロールしたことはないんだよなぁ。いくら強力なゴッドヘルパーでもやっぱ慣れは必要だ……ことを急ぎすぎたかな。あいつ大丈夫かな……」
オレ様は不安になりながらすでに何件かの事件を解決している天使たちの報告書に目を通していた。
「この事件は……あいつが担当したのか。こいつの協力者は……《疲労》のゴッドヘルパー?どうやって戦ったんだ?敵は……《青色》のゴッドヘルパーかよ!こいつは……《ホコリ》といっしょに《摩擦》を倒したぁ?どんな戦いだよおい。」
オレ様はさらなる不安に襲われた。
「これも、これも!協力者もたいしたことなければ敵もそうでもない輩じゃねーか!まさか自然系のゴッドヘルパーを協力者にしたのはオレ様が初めてか!?壁にきれいな穴をあけちまうよーな奴と戦うのもオレ様が初!?まじかよ!」
オレ様は急いでマキナに連絡した。
「はいはい、こちら資料室。」
「マキナ、ちょっと教えて欲しいんだが。」
「なんだルーマニアか。なぁに?」
「……」
「あれ?もしもし、ルーマニア?聞こえてる?」
こいつめ……本当にルーマニアで通す気か。
「……聞こえてる。ちょっと訊くが……今までに自然系のゴッドヘルパーとの戦闘のデータとか自然系の奴を協力者にしたって言う報告はあったか?」
「う~んとね……今んとこないね。」
「まじでか。」
「まじで。」
前例がない。ってことはどうなるかまったくわからんということだ。これはまずい。非常にまずい。何の情報もないまま雨上を戦いの中に?やばすぎる。これはやっぱり力を使うことに慣れてからにすべきだ。
「なぁに?自然系のゴッドヘルパーに会えたの?」
「あ……ああ。《天候》だ。」
「《天候》!?それが協力者!?すごいじゃない!数多のゴッドヘルパーの中でも最強に等しい力じゃない!」
「言いすぎだろう。最強って。」
「バカねぇ、あんたわかってないわ。マキナは資料室の天使よ?大昔の記録も知ってるの。」
「何を知ってんだ?」
「自然系のゴッドヘルパーの力よ。記録にざっと千年前の《電気》のゴッドヘルパーの起こした事件があんだけど、記憶を消そうとした天使が1分もかからずにやられてる。その後に天使二十人で解決したんだけど、その時その場所はすごいことになってる。地中の金属を含む岩という岩を操ってくるし、天使たちの神経を狂わせて同士討ちにさせたり、何十という数の落雷を発生させたりと……恐ろしい限りよ。《天候》なんて半端じゃないわよ?その昔人間は《天候》を神の意志とさえ思ってたんだから。それほどのものってことよ。」
「しかしまだその力を使うことに慣れていない……」
「慣れてない!?それは最悪ね。へたすればそこに天変地異を引き起こす……」
「やはりまだ早いか。」
「まあ……でもどうかしら。確かに力を使うのに慣れは必要だけど一番大事なのはシステムとのつながりよ。どれだけ深くその事象とつながっているかでほとんど決まるから。そこんとこはどうなの?」
「つながりは……すごく深いと思う。空のために涙を流したくらいだ。」
「へぇ……それなら大丈夫じゃない?」
「そうかねぇ。」
オレ様はマキナとの通信を切ってしばらく考えた。あいつの力は使い方をまちがってはいけない。慣れる時間があるなら慣れた方がいいに決まっている。だがそれよりも穴を作ってる奴の存在の方が危険だ。死人がでることだけはあってはいけない。早めに解決せねばならんことは事実……だが《天候》も一歩間違えれば……
「……おいおい、何もあいつがコントロールできないと決まったわけじゃないじゃねーか。それに対して穴の制作者は確実にやばい。力を維持するためにはなんでもするだろう。街灯を倒したのは力の使い方をいろいろと試した結果だ。おそらくけが人のことなんぞ考えても……あ、いやこっちも確実にやばいってわけでもないのか?もしかしたらけが人が出たことを後悔してるかも……」
しばらくこころの中で葛藤が続いたが、こんなに悩む必要なんて最初からなかった。
「よし!オレ様はあいつを信じよう!あいつはオレ様が気に入った奴だ!大丈夫!」
オレ様はそれでいいと思ったのだ。いいやつが悪い事してるやつをやっつけようってんだ、いいやつに不幸な結果なんて訪れるわけがない!我らが神様はそんなにいじわるじゃないさ!
かつてのオレ様になかった「信じる」という行為を今のオレ様は持っているのだ。
夜。窓際で待っていると月明かりの下、ルーマニアが飛んでくるのが見えた。姿を消さなくてもいいのだろうか……時刻は午後十一時。
基本的に私は十時頃に家族におやすみを告げ、部屋でプラモデルを少しいじったり本を読んだりして時間をつぶして眠くなったら寝るという習慣をとっている。両親はめったなことがなければおやすみを言った後には部屋にこない。窓から出て行けば両親に心配を与えずにすむわけだ。
「夜は冷えるからな。ちゃんと着こんでおけよ?」
「なんだ、意外と紳士だな。」
「オレ様はいつだってジェントルマンだ。」
確かに少し肌寒い。軽く上着を羽織り、私はルーマニアの背につかまって二階から家の前の道におろしてもらった。
「親に黙って外出なんて初めてだ。なんだかワクワクするな。」
「ワクワクすんなよ……」
そう言いながらルーマニアはなにか腕輪のようなものをよこした。
「なんだこれ?腕輪?」
「通信機とでも思ってくれ。二人で同じとこを見てもしょうがないからな、これから二手に分かれて探す。オレ様は空から捜索する。この腕輪はオレ様との思考だけでの会話を可能にする。連絡を取り合いながら探そう。」
そういうとルーマニアは空へ昇って行った。さっきも思ったがこいつには翼がない。通信機を腕につけてルーマニアに話しかけてみた。
「もしもし。聞こえるか?」
「ばっちりだ。」
なるほど、頭の中に声が響くというのはこういうことを言うのか。
「お前には翼がないが……どうやって飛んでるんだ?」
「どうやって?そうだな……お前は自分がどうやって声を出しているか、どうやって音を変えているのか考えたことがあるか?」
私は歩きながら答えた。
「いや……説明しろと言われるとちょっと。」
「それと同じだな。どうやって自分が飛んでるのなんか考えたことない。あ、そうだ。言い忘れたが仮に穴を作ってる奴を見つけてもオレ様が行くまではなにもするなよ。」
「先手必勝じゃないのか?それに前にお前は私はすごいと言ってたが……」
「管理している《常識》を考えれば確かにお前以上の奴はそうそういない。だが戦いとなると話は別さ。向き不向きってのがあるだろう?穴をあけてる奴が何かを飛ばしてくる奴だとしたらお前の力で完全に防げるとは限らん。風なんて関係ないくらいの速度だったら?それに相手はあっちこっちに穴をあけてるとこを見ると結構訓練をつんでいる。お前と相手には経験の差がある。」
「確かに。うん、了解した。」
「そういやあのCDはどうだったんだ?」
「あれか。あれは是非聴くべきだ。こころに響く歌っていうのはああいうのをいうんだろう。今度CDを貸すから聴け。」
「貸してもらってもCDを聴く機械がない。今度お前んとこで聴くよ。」
「そうか。……お前はどこに住んでるんだ?」
「天界だが……今は雲の上で寝てる。」
「雲の上!?寝れるのか?」
「人間……てか地上の生き物には無理だがオレ様たちは当たり前に寝れる。」
「そうなのか。雲の上で寝てる奴がいるとはな……」
「さっきのCDの話だが、もしかしたらあの男もゴッドヘルパーかもしれん。あれだけの人気とそんなにも感動を与える声というなら感情系のゴッドヘルパーか……」
「音切さんが?かもしれんてあんなに近くにいたのにわかんなかったのか?」
「お前がいたからな。ゴッドヘルパーの気配ってのはより大きなゴッドヘルパーの気配にかき消されるんだ。」
「そういうもんなのか。」
「そういうもんだ。」
私は公園に来た。小さいころよく遊んだとこだ。そしてこの前先輩と話したところでもある。あやしい奴はいない。まあルーマニアの話じゃ穴はせまい路地とかあまり人目につかないとこで見つかってるらしいからこんなとこにはいないか。
「……ちょっと試してみるかな。」
公園の真ん中に立ち、私は右手を前にかざした。なんだか呪文を詠唱する魔法使いのようだ。まあまずは形から入るのがいいだろうと思ってやったが微妙に恥ずかしい。
「とりあえず風をおこしてみるか。えーっと……どうすればいいんだろう……」
空を見上げた。雲も無く星がまたたく気持ちのいい夜だ。私は決心し、かざした右手に視線を落とし、、両眼を見開いて叫んだ。
「風よ!」
……予想以上に恥ずかしい。それに何も起きない。落ち着け私。私は《風》のゴッドヘルパーじゃない。《天候》だ。もっと……空にお願いする感じでやるんだ。
「……空……さん?力を……」
すると不思議な現象が起きた。かざした右手のちょうど真下にある砂が動いたのだ。
「もう少し強く……」
次の瞬間、まるで私の右手から風が生まれたかのように視界に入る地面の砂が全て吹き飛んだ。
「!!強すぎた!」
あわてて右手をおろした。風は止まったが舞い上がった砂は私の視界をふさいだ。
「なんにも見えない……」
しばらくして舞い上がった砂がなくなった時、私は気がついた。自分を中心にして前方の砂が公園の隅に追いやられ、砂が消えた地面には赤黒い土が見える。
「明日には騒ぎになるな……どうしよう。」
砂の始末に対する「やっちまった感」とともに、私は力の制御の必要性を感じていた。
「……できれば今日は現れないで欲しいな……ルーマニアの言う通りだ、訓練しないと。」
だが今日解決できればけが人がでる心配はなくなる。私は複雑な気分で公園を後にした。
「もう夜も遅いってのに……どこの家も明かりがついてやがる。夜更かしさんだなぁ……」
変なことを考えつつオレ様は下の様子に気を配っていた。人間は夜の世界にこれでもかと言わんばかりの光を持ってくる。それは闇が恐ろしいからか、暗いところで輝く光の美しさにほれこんだからか。オレ様は後者だと思う。事実、オレ様も明かりの灯った夜の街を見るのは好きだ。その光景はとても美しい。それを見れただけでも人間を神様が作った意味はあると感じている。
しばらく眼下の光景に見とれて飛行する。すると突然その光景に合いそうで合わないものが視界に入った。
「……あの光はちょっと変だな。」
オレ様は下に広がる町のとある路地に目を止めた。まるでそこで放電が起きているかのようにチカチカと光がまたたいている。
「おい雨上、聞こえるか?」
「うわ!突然話かけるな!びっくりしただろうが!」
頭の中に雨上の叫び声が響く。この通信機の欠点は相手が大きな声を出すと頭が痛くなることだな。技術部に文句を言わねーとな。
「そういうものなんだからしょーがないだろ。それより、変なのを見つけた。こっちに来てくれ。」
「こっちってどっちだよ。」
……確かに。オレ様は軽く手を振る。オレ様の腕についている通信機が光をおびる。
「腕輪から光が出てないか?光線みたいに。」
「おう、ほんとだ。ライトセーバーみたいだな。」
「らいとせーばー?ま、いいか。その光の射す方向へ行け。合流できる。」
「わかった。すぐ行く。」
オレ様は地上に降り、光の出てる路地の近くに身を潜めた。
「光るってことは……電気か炎か。いずれにせよ、自然系である可能性が高いな……」
オレ様は地図を広げた。光ってる路地の先は……よし、行き止まりだ。チャンスだ。相手に逃げ場がないってことは有利に戦いを進められるってことだ。……まぁ戦わないのが一番なんだが、おそらく無理な話だ。さて、雨上には何をしてもらうかな……やはり使いやすいのは風か。
しばらく経ったが雨上が来ない。雨上に話しかける。
「まだか雨上……」
「私は……はぁはぁ……運動は得意じゃないんだ……」
どうやら息をきらしながら走っているようだ。オレ様は路地の方を見た。すると光らなくなっていることに気付いた。
「っ……路地から出ちまうか?」
オレ様は路地から顔を出してひやひやしながら光っていた方を見る。急げ雨上……!
「またせた!」
「うわ!」
突然後ろから声をかけられてオレ様は思わず大きな声を出してしまった。すると相手に気付かれたようだ、路地から人が出てくる。暗くてよくわからないが、まわりを見まわしているようだ。
「ちっ!行くぜ雨上!」
「ああ!」
オレ様と雨上は路地から飛び出し相手の正面に立った。
同時に、オレ様と雨上の間を閃光が走った。
私は一瞬何が起きたのか分からなかった。ルーマニアと私の間を……何が通ったんだ?ルーマニアとそろって後ろを見るが特に何もない。そして私たちは前方から来る光に気付く。前を見るが目が開けられない程に眩しい。
「な、なんだこれ……!宇宙人でも来たのか!?」
「未知との遭遇ではないぞ雨上!」
……二人でアホな会話をしてしまったことを少し反省し、目を細めて前を見る。
そこに人がいるということはわかる。だがシルエットしか見えない。なぜならそいつの後ろに太陽かと思うほどの強い光を発している球体が十個ほど浮いているのだ。
「なんなんだあれは!?光の塊が浮いてる!?」
相手のシルエットが少し動くのが見えた。
「雨上!」
ルーマニアが私を片手で押してきた。私はバランスを崩し、横に倒れる。と同時にさっきまで私がいたところを閃光が走った。
「……!!」
光の球体を飛ばしているのか!あれが穴をあけていたもの……私はぞっとした。穴をあける……そんなものが飛んできた?私に?今私は死……・
「しっかりしろ雨上!おい貴様は誰だ!お前も誰かにゴッドヘルパーであることを自覚させられたのか!落ち着け、オレ様たちは……」
「うるさい!!!」
相手の叫び声を合図にしたかのように後ろの球体が三個ほど同時に飛んでくる。
「くっ!」
ルーマニアが両手を前方にかざした。球体はルーマニアの前でバチィッ!と音を立ててその場で消滅した。相手のシルエットに少し動揺が見えた。だが怯んだのも一瞬で、さらに光の球体を飛ばしてくる。先ほどと同様にルーマニアの前で音を立てて消滅する。私は少し安心してルーマニアの方を見る。だがルーマニアは余裕のない顔をしていた。
「!!……なんつー威力だ!すごい熱量と速さだぜ!」
連続して飛んでくる光の球体を防ぐたびにだんだんとルーマニアの表情に焦りの色が浮かぶ。
「ルーマニア!」
私はとっさに片手を前に突き出す。すると相手の目の前に突然風が発生し、すさまじい突風となって相手を襲った。あまりに予想外の現象だったらしく、何の抵抗もなく風をモロに受ける。
「ぐっ……!」
相手はうめき声とともに5メートルほど飛んでった。地面に体をザザッと擦りつけて道路に倒れる。
「しまった!やりすぎたか!?」
私は思わず駆け出そうとしてルーマニアに止められた。
「うかつに近づくな!あいつはやばい!」
言うや否や、ルーマニアは私を抱いて横に飛んだ。またも閃光が走る。相手のシルエットが立ち上がるのが見え、背後にはさらに光の球体が生まれていく。シルエットが手を振るとそれらは勢いよくこちらへ向かって飛んでくる。
「相手の攻撃が速すぎる!オレ様の障壁もそんなに何発も受けらんねぇ!」
ルーマニアは私をかばいつつ、片手で光の球体を防いでいる。
「一度退こう、ルーマ……」
私は言いかけて恐ろしい光景を目にした。ルーマニアも私の視線の先を見て驚愕の表情となる。そこにはもうシルエットはなかった。代わりにこの場所だけ朝を迎えたのかと思うほどの光を放つ球体が浮いていたのだ。先ほどから飛んでくるやつとは比べ物にならない程の大きさだ。ちょうど道幅ほどの直径を持っている……!逃げられない!?私の頭を一瞬の内に色々な思考が廻った。……これが噂に聞く「走馬灯」か……すると突然耳元でルーマニアの声が響く。
「間に合えぇぇぇっ!!!」
同時に私は浮遊感を感じた。ルーマニアが私を抱きかかえて空に向かって上昇する。同時に巨大な光の塊がすさまじい速度で飛んできた。球体は一瞬前に私たちがいた地面に落ち、閃光を放ちながら轟音とともに爆発した。
「うわあああああああ!」
私は絶叫する。ジェットコースターなんてお遊びに思えるほどに私たちは空中で何度も回転しながら空を舞う。アクション映画などではよく爆風で飛ばされる人が出てくるが、あれは控えめな表現だったんだと私はクルクル回りながら思った。また、理解の限界を超える現象の中では人は信じられないほどに冷静になるのだということも知った。
「くっそ!なんとか体勢を……!」
ルーマニアはどっちが下かもわからないような状況で体勢を整え、見事に着地してくれた。ここが普段から空を飛んでいる者とそうでない者の差か……私は地面に足がつく安心感を噛みしめ、辺りを見回す。煙がもこもこと立っている……太陽のような光はどこにもない。
「……!あいつは!?」
両腕を振りまわし、煙をはらいながら私は叫んだ。後ろでルーマニアが静かに立ち上がり呟く。
「逃げたようだな……くそが。なんつー強力な力だ……」
そう言いながら額の汗をぬぐう。本当に限界だったようだ。
「あいつは何の……?何の《常識》を操っているんだ?」
「あそこまで力……自然系であることは確かだ。そしてあの眩しい光、おそらく《光》のゴッドヘルパーだ……奴は《光》を操っている。」
「《光》……」
「厄介な相手だな……あんなことができるとはな……一刻も早く倒さねーとやばいことになるかもしれん。あの光の球体は明らかに《光》の法則とか原理を無視してる。穴あけながら相当な訓練を積んだに違いない。」
「最初の相手があんな奴なんて……アニメとか漫画で言ったら最初の敵が魔王みたいなもんだぞ……」
我ながら変な例えをしてしまった。今後のことをルーマニアと話そうとしたがさっきの爆発で近所の人が騒ぎだして集まってきているようだ。あちこちの路地からざわめきが聞こえる。ルーマニアは軽くため息をして私に言う。
「見つかるといろいろ面倒だ。いったん帰ろう。家まで送る。オレ様は天界で何か有益な情報がないか探してみる。お前はとりあえず寝ろ。明日また会おう。」
「こんな時に寝てろってのか!?あんな危ない奴がいるのに寝れるわけが……」
「今お前はゴッドヘルパーとの戦いがどういうものかを感じたろ……まずは落ち着け。ゆっくり理解するんだ。さっきの出来事を……」
「だけど……」
「休むことも必要だ。肉体的には疲れてないだろうが……こころは乱れてるだろう?今お前は生まれて初めて殺されそうになったんだからな……」
私はルーマニアの言わんとすることがなんとなくわかったので素直にルーマニアの背につかまった。ルーマニアの仕業かなにかで私たちの姿は見えなくなり、空へ上がった。眼下にはきれいな家の明かりが満ちている。ほっとしたその瞬間、私の体は震えだした。
「今になって……震えるなんて。バカみたいだ。」
翌日。私はあれから眠ることなくずっとベッドの上に寝っ転がり、天井とにらめっこしていた。ルーマニアの言っていたことをずっと考えていたのだ。如何に強力な《常識》を操れようと、私の《天候》を操る力ではすさまじい速度で飛んでくるあの光の球体は止められない。昨日の奴が飛ばしてきた球体は壁にきれいな穴をあける。人間なんて余裕で貫通するだろう。ルーマニアも言っていたが……奴は私たちを殺そうとしてきたのだ。おそろしい話だが一晩考えていたのでそれはもうどうでもよくなってきた。問題は私の攻撃なのだ。あたりどころを気にして風を使っていたらきっと負ける。殺しはしないが一撃必殺の技を使わなくては……どうやら一晩で私は戦う人間になったらしい。漫画のような話だが、これは現実であり、何とかしなくてはならない問題なんだ。そして私は今、力を求められている。
「一撃で相手の意識を奪うぐらいのもので……奴の攻撃の速度に追いつくぐらいのスピードで撃てるような……そんな天候……」
さっきから考えているのはこれだ。風はだめだ。風そのものの威力は調節できても相手がコンクリートとかに頭をぶつけたら死んでしまうかもしれない。もっと相手に直接的なダメージを与えられるものはないだろうか。それでいて威力の調節ができる……そんな天候は。私は昨日の閃光を思い出しす。
「あんな感じで敵にぶつけられるもの……雹とかあられとかか?でも任意の方向に落とせないなぁ。風でなんとか……いや、結局当たりどころが悪かったら……」
あの閃光が何度も頭の中で再生される。ピカピカ発光しながら飛んでくる……
「あ。」
私はそこから連想できるものが天候の一つだということに気づく。
「ああ……あんまり見ないからすっかり忘れてた……」
ベッドから飛び起き、パソコンを立ち上げる。音切さんの曲をBGMにしてサイトをあたる。
「これだ。これなら……頑張ればなんとか。」
その天候のことについて詳しく調べる。まさか敵からヒントを得るとは。私は昨夜のシルエットを思い出す。両腕を振りまわして光の球体をバカスカ飛ばしてくるシルエット。あいつが発したセリフ……「うるさい!!!」……とても必死だった。力を失うことがそんなに恐ろしいのだろうか。
いや……なんだかわからないでもないか。私の力も……失うとなると……
「何を考えてるんだ私。今はあいつを何とかする方法を考えるんだ。」
私は色々なサイトをあたりながら理解を深めていく。……あいつも自分の力を使うために今の私と同じようなことをしたんじゃないか?
「シルエットだけで全然見えなかったが……声は男だったかな?一体どんな奴なんだろうか……」
しばらくするとお腹が鳴った。そういえば朝ご飯がまだだった。
朝ご飯を食べ、午前中は部屋で睡眠をとった。お昼になったころ、頭の中に声が響いて目が覚めた。ルーマニアの通信だ。そういえば腕輪をつけっぱなしだった。
「雨上、作戦会議だ。喫茶店で待ってる。」
「了解。……喫茶店って《エクスカリバー》だろ?名前で言えばいいじゃないか。」
「……なんとなく恥ずかしくてな。」
私は上着を羽織って外へでた。方向が違うのだが気になったので公園の方に行く。やはり人が集まっていた。砂の奇妙な移動は怪奇現象としてすでに町の噂となりつつあるようだ。だがそれ以上に地域住民が興味を示しているのはあの爆発だ。私は爆発のあった路地にも行ってみた。人だかりができており、ケータイで写真を撮っている人が目立つ。そこで何があったかも知らずにのんきに写真か……だがきっとこの「のんき」は失ってはいけないもので、これからも維持しなくてはならないんだ。私は今一度、決意を改める。《エクスカリバー》へ向かおうとした時、私の視界に見知った顔が入った。あっちも私に気付いて近寄ってくる。
「晴香!ちょっとちょっとこれ見た!?でっかいクレーターができてんの!」
私の友人はケータイのカメラで撮った光景を私に見せてくる。人だかりでどうなっているのか見えないので好都合だ。
「……すごいな……」
あの球体が落ちた部分は友人の言う通りに大きなクレーターとなっており、両側の壁も砕けて家の庭に大きな被害をもたらしている。また、クレーターは黒く焦げておりどれだけの高温だったのかを物語る。改めて思うが恐ろしい攻撃だ。
「なんか夜にすんごい爆発があったんだって!なんだろうね!なんだろうね!!宇宙人のメッセージ!?謎の生物が現れて暴れたとか!?もしかして深夜に行われる超能力者の戦いかしら!?公園でも不思議なことがおきてるし、今日から深夜の町を調べてみようかしら!」
友人は目をきらきらさせてしゃべりまくる。……一部正解を言っているから恐ろしい。
「嬉しそうだな……」
「うん!被害のあった家の人には悪いけどさ、あたしはこういう非常識な現象は大好きよ!だってわくわくするじゃない!いつもと違う世界!変なことが起こる見慣れた町!最高だわ!」
こいつがゴッドヘルパーだったら間違いなく力を維持するために天使と戦うな……いや、むしろこの友人のような考えが当たり前なのか?実は力を持って騒ぎを起こす奴の大半がこの友人と同意見なんじゃないか?
「?……どしたの晴香。なんか暗いわよ?」
「……寝不足でな。」
「あによあんた、春休みしょっぱなから夜更かしぃ?順応早いわねー」
「それは……ほめてるのか?」
「さあてね。ところでケータイどうする?いつ買う?」
私はその質問を聞いてドキッとする。この事件が終わらないと……少なくとも《光》の事件が解決しないことにはケータイを買いに行けない……と、そこまで考えて私はいいことを思いついた。
「明日行こう。」
友人は目をまん丸にして驚いた。私はニッと笑う。
「あれま。ずいぶん急ね。別にあたしはいいけどさ。」
すでにケータイのことは両親に話してある。両親はこころよく了解してくれた。買いに行く準備は整っている。ならば……
「ふふ、これで事件を今日中に解決しなければならなくなった!」
「事件?」
友人が不思議そうな顔をする。いつかこいつにも話さなきゃならない時がくるんだろうな。だがそれは今でなくてもいい!
「こっちの話だ。おっとすまんな、私はこれからちょっとした用事があってな。また明日……お昼ごろに会おう。そうだな……公園で待ち合わせだ。」
「あの今や宇宙人が降り立ったとされてるとこで?まぁ構わないけぇどさ。なんだか今日の晴香は変ねぇ。いいわ、んじゃまた明日ね。」
私は友人とわかれて《エクスカリバー》へと向かって歩き出した。頭の中でルーマニアに向かって話しかける。
「聞いたか?背水の陣というやつだ。今日中に終わらせるぞ、ルーマニア!」
頭の中にあきれたような、だが嬉しそうな声が響いた。
「ああ、そうだな。終わらせよう雨上。」
私は《エクスカリバー》に入り、ルーマニアの座る席まで行った。昨日と同じの窓側の席に座っていた。
「またせたな。」
「なんだか自信満々の顔してるな。なにか秘策でも思いついたか?」
「ああ!なんで今までこれを思いつかなかったのか不思議なくらいだ。」
ルーマニアはコーヒーを飲んでいる。そばにミルクの入っていた容器が三つほど転がっていた。
「紅茶じゃないんだな。アールグレイだっけか?」
「今日はコーヒーの気分だったんだ。いつも同じものじゃつまらないだろ。」
「今日はコーヒーの気分ねぇ……ミルクをそんなにいれないと飲めないものを飲みたくなる気分ってのはちょっと私には理解できないな。」
「や……やかましい!ミルクを入れたい気分だったんだ!」
誤魔化したな。私はルーマニアの前に座り、店員にクリームソーダを注文して秘策を言おうとしたがルーマニアの言葉に遮られた。
「あの《光》のゴッドヘルパーはかなり強い。操ることができるのはあくまで《光》だ。だといううのにあの光の球体……光はあんなふうに一か所に集中しないし、その光を夜だっていうのにどっから持ってきてるのやら。仮に光源があったとしてもあんな太陽みたいな光……球場のスタンドのライトでも持ってこないと起こせん。」
「昨日も言ってたな……つまり、あいつにとっての《常識》がそれを可能にさせていると?」
「いや……シルエットを見る限りじゃ結構大人っぽい。もしかしたら学生かもしれん。そんな歳になればそうならない理由を明確に知らなくとも経験でわかってしまう。あいつは自分に思い込ませることで……そのすさまじい想像力で《常識》を歪めているんだ。」
「まだ「手」を全て見せてない可能性もあるってか。」
「ああ。例えば……光を途中で曲げて自分の姿を消すことだってできる。」
そうか、光は何も見えるものが全てではない。私たちがまわりの光景を知れるのは目が光をとらえるからだ。
「それは……厄介だな。」
「んで?お前の秘策とやらは?」
「ふっふっふ。聞いて驚け!最強の《天候》を思いついたのだ!」
ルーマニアが微妙にしかめっ面になった気がしたがきにしない!
「雷だ!」
しばらく私とルーマニアの間に沈黙が流れる。ルーマニアが大きくため息をつく。
「………すまん、予想通り過ぎる。」
「なっ!?気づいてたんなら言えよ!」
「いや……お前はもう高校生だから……雷を狙ったとこに落とすなんて無理ってわかってるだろうかと思って……」
「確かに。雷が尖ったものや金属に落ちやすいとか言われているがあくまで「落ちやすい」だ。確実にそこに落ちるわけではない。」
「そしてお前は……《天候》のゴッドヘルパー。雷なんて《電気》のゴッドヘルパーとかでないと雷そのものは操れん。お前はせいぜい発生させるのが限界だろう?威力の調整は……まぁ雲をいじれば何とかなるかもしれんがかなり難しいぞ。お前が気にしてる「相手を殺さない」攻撃にはほど遠い。」
「はっはっは。私は《天候》のゴッドヘルパーだぞ?私で私が理解できない状態を作りだして私の《常識》のおよばない状況にするんだ。想像力の訓練なんてやってる時間はないからこれしかない。」
「?……イマイチわからんのだが……」
「私が信じる《常識》を教えてやろう。電気は抵抗の少ない方へ流れる。そして雷はそれを発生させる雷雲の大きさによってその威力を変える。」
「……だいたいあってる《常識》だが……」
「これだけで十分なのだ!」
「???さっぱりわからん……」
ルーマニアは眉間にしわをよせて困惑している。
「ふっふっふ。まぁ見ていろ。」
「ふっ、わかったよ。オレ様はお前を信じよう。」
「ありがとう。」
私はクリームソーダの到着を今か今かと待っていた。そんな私を見てルーマニアがほほ笑む。するとルーマニアは突然何かを思いだしたかのように口を開く。
「……少し気になったんで調べてみたことがある。前の《天候》のゴッドヘルパーについてだ。」
前……システムはつながっている生き物が死ぬとランダムに別の生き物につながる。私の……前の《天候》のゴッドヘルパーか……
「……それは気になる話だな。」
「何だったと思う?」
「えっ……人じゃなかったのか?」
ルーマニアがくすくす笑っている。相当なものにシステムがついてたらしい。
「……パンダとか……キリンとかか?」
我ながら学がないな。動物園の生き物しか思い浮かばないとは……
「バラだ。」
「バラ!?植物か!」
「ああ、ある時地上を眺めてたとある天使が偶然にも気づいたんだ。ある地域の植物だけ異様に「良く」育っているのに。その中心にいたのがそのバラだったわけだ。そのバラは自分が「良く」育つために都合よくその辺の天候をコントロールしていたんだよ。」
「へぇ。無害なゴッドヘルパーだったんだな。そのバラが枯れるかなにかしたからシステムが私にくっついたのか?そういえば私はいつからゴッドヘルパーに?」
「生まれた瞬間さ。そのバラが枯れた瞬間にお前が生まれたんだよ。」
「すごい偶然だな!!」
「なに言ってる、この世界に植物がどれだけいると思ってるんだ。誰かが生まれた瞬間に枯れる植物なんてたくさんある。」
「うん?そうか……?」
「だが……生まれたときからシステムとつながる。なかなか無いことなんだな、これが。お前が《天候》……いや、空と深くつながっている理由がわかった気がするぜ。」
私はようやく来たクリームソーダを受け取ってスプーンでアイスをつつきだした。仮に偶然と呼べるような希少な現象ではなかったとしてもそのバラとは妙なつながりを感じる。なんだか嬉しいな。今度そのバラがいた場所を教えてもらおう。
「さて今夜のことだが。」
ルーマニアが地図を取り出しながら言った。私は少し不安になったので訊いてみた。
「……昨日の今日だが……あいつはまた来るのか?」
「来なくともわかる。一度気配を感じれば例えあいつの姿が見えなくともどこにいるかは近づけばだいだいわかるんだ。お前を見つけた時と同じ要領だ。」
「犬みたいだな。」
ルーマニアが睨んできたので私はクリームソーダに視線を落とした。
「……それにあいつはたぶん出てくる。オレ様たちと決着をつけるためにな。どちらにせよ、あいつにとってオレ様たちは倒さなきゃならん敵なんだ。」
「んじゃ……また昨日みたいに迎えに来てくれ。」
「ああ。」
私はメロンソーダの部分をストローで吸う。まだ二人とも注文した飲み物を飲み終わらないので自然とどうでもいい会話が展開される。
「ルーマニアは……こっちに来るのは初めてじゃないんだろ?」
「まあな。何度か今回みたいなゴッドヘルパー絡みの事件を片付けたことがある。」
「私みたいな協力者といっしょに?」
「んーっと……それは一回だけだな。他はオレ様たちだけで解決した。」
「その前の協力者とは今も会ったりするのか?それともやっぱ記憶を消しちゃってるのか?」
「記憶を消すのはそいつがゴッドヘルパーである場合だけさ。ゴッドヘルパーの存在を知ること自体は大した問題じゃないからな。そいつはゴッドヘルパーじゃなかったから消してない。今は……出来れば会いたくないな。」
「何かあったのか?」
「正確に言えばあっちが会いたくないだろうな。今のオレ様はある程度人間の社会に馴染むことができるが……そいつと協力してたときはまったくの無知だったんだ。社会のルールとか礼儀とか一切知らない状態だったからそいつにも色々迷惑をかけた。」
「なんか想像できるな。……話は変わるが……ゴッドヘルパーの力を操るコツとかってあるのか?あるなら教えてもらいたいんだが。」
「前も言ったがイメージするだけだよ。残念ながらオレ様はゴッドヘルパーじゃねーから基本的にわからないんだ。そういう……コツとかは。習うより慣れろと言うしかない。」
「そうか……」
「ただ、お前のシステムとのつながりはかなりのものだから他のゴッドヘルパーよりも力を使うのをかるくできるはずだ。」
「ちょっと練習しておくか。」
「あんま派手なことはやるなよ。」
ルーマニアと別れたあと、私はあの公園に来た。子供たちはたくましいもので、昨日私が作りだした奇怪な状態をもう遊びの道具に変えている。私はそんな光景を横目にベンチに腰かけた。
「……別に手をかざす必要はないよな……」
私は目の前にある小石に目を止めて意識を集中させた。
「この小石を……風で持ち上げる……」
風の渦をイメージ、そしてその渦を小石の下に……
「……あ。」
言うや否や、小石のまわりに砂が舞い、小石は天高く舞い上がった。まわりの子供たちが突然の風にはしゃいでいる。
「……だめだな。小さい竜巻とかはできそうにない……これが《天候》のゴッドヘルパーの風の操作の限界か。少なくとも……今の私の。」
私はベンチに座ったままいろいろなことを試してみることにした。
オレ様は雲の上でマキナと通信機で話していた。
「ほんとに盾だけでいいの?」
「ああ。攻撃は雨上がやってくれる。」
「随分とまぁ……信頼してるのね。出会ってからそんなに経ってないでしょ。」
「あいつならやってくれる。今日はそういう目をしていたんだ。」
「ちょっと妬けるなぁ……」
「うん?うん!?なぁんだお前、オレ様に気があったのか。」
どうやら今の発言はマキナにとっては不本意だったらしい。
「……!!!……うっさいわね!!」
「はっはっはー。なぁんだそうだったのかー。」
「うるさいうるさい!死ねバーカ!!」
ガチャンッ!という音とともに通信は切れた。
「……あいつちゃんと盾送ってくれるかな……」
心配になったので保険をかけることにした。オレ様の親友へ連絡をいれる。コール音一回でそいつは出た。
「はい、こちらいつでもニコニコみんなに笑顔を振りまきつつみんなの笑顔から元気をもらって仕事をバリバリすると見せかけて他の奴に仕事をおしつけて自室でごろごろしながらゲームをしようと思ったら通信がきたので通信機を取ろうとしたらいつもの場所になくて部屋中を探しまわっていたらいろいろと懐かしいものが出てきたので「懐かしいなぁ」とつぶやきつつ思い出にひたっていたらとなりの部屋のやつがやってきて「早く出ろよ!」と怒られ本来の目的を思い出し押入れの奥深くにあった通信機を見つけて出たのはこの俺私拙者僕、アーッザゼルルルルでごぜーますよー。そちらはどなたかなぁ?」
こいつのめんどくささにはもう慣れているのでスルーして答える。しかしコール音一回の間にそんなことがあったとは……
「オレ様だ。」
「はっ!ついに俺私拙者僕のところにも詐欺の魔の手が!!おかーちゃーん!」
「おい、オレ様だよ。ル」
「皆まで言うな!今やこの天界では時の人!《天候》を協力者にしたとして神様の期待も最大級!今回の任務で一番活躍するであろうあの!」
オレ様は柄にもなく照れてしまった。まさかそこまで噂になっているとはな!いやーまいったまいった……
「ルーマニアくんその人ではないか!」
「マァァキィィィナァァァ!!!」
危うく通信機を握り潰すところだった。
「落ち着けルーマニアくん。大丈夫なのだよ。」
「大丈夫じゃねぇぇ!まさかほんとにやるとは……マキナの野郎!つかお前ぐらいはちゃんと呼べぇぇ!」
「落ち着くのだよ。まずは落ち着くといいのだよ。はい、深呼吸。そして思いだすのだよ。マキナちゃんは女の子だということを!野郎だなんて本人が聞いたら泣いてしまうのだよ。」
「うう……」
「名前なんて大した問題ではないのだよ。君が君であることが大事なのだ!ル……ルーマニアくんプフーッ!アハハハ!」
「アァァザァァゼェェルゥゥ!!!」
「い……いい名前なのだよ。いいなぁ、ウラヤマシイナァ……」
「後の方が棒読みだぞアザゼル。」
「ごめんごめん、許して欲しいのだよ。それよりなんだい?俺私拙者僕に連絡をよこすってことは……何か問題でもあったのかい?このアザゼル様になんでも相談するのだよぅ?」
「ああ……マキナにな……」
オレ様はことの経緯を話した。こいつはアザゼル。オレ様の親友だ。基本的にめんどくさがり屋だがいざって時は頼りになる。こいつもオレ様と同じ任務……つまりこの事件の解決を神様から命じられている……はずなのだが……こいつさっき部屋でごろごろしてると言ったか?
「なるほど。了解したのだよ。確認しておくのだよ。」
「ところでお前、仕事は?」
「まだなんもやってない。そうだね……強いて言えばこれから始まるであろう激戦に備えて英気を養っているところなのだよ。昔の「人」は素晴らしい格言を作った!腹が減ってはいい草が生えぬ!……あれ、なんか違う気がするのだよ。いい……草まではあってると思うんだが……」
「……ちゃんと仕事しろよ?じゃな。」
「ああ、ちょいまちよ。俺私拙者僕のお話を聞くのだよ。」
「ああん?」
「敵の……正体だが。」
口調が変わった。こいつがこうなるということはかなり大事な話をするということだ。
「正体?まさかわかったのか!?」
「どうやら……昔の俺らの仲間のようなんだ。」
部屋でごろごろしてると言いつつ……こいつはこのことを調べていたのだろう。
「……あいつらが……?」
「この事件の犯人かもしれん。いくらなんでもゴッドヘルパーであることを自覚した人間が短期間で増えすぎだと思ってな、調べてみるとどうも犯人は複数なんだ。」
「複数か……確かにあいつらの数は半端じゃねーが……それだけであいつらだと?」
「まだある。……こんな重要な任務が俺らに来る理由を考えると……な。」
「……」
「それに……すでに何人かの天使がいくらか解決してるんだが、倒す前に自覚させた奴の情報をしゃべらせようとすると相手のゴッドヘルパーが胸を押さえて苦しみ出すんだと。」
「胸!?……まさか。」
「正確には心臓だ。」
「《バオアの呪い》か……」
「そうだ。あれを使えるのは基本的に……」
オレ様とアザゼルは口をつぐんだ。オレ様たちの……いやオレ様の過ちが今回の事件の大本だというのか。神様はそれを知ってオレ様に……
「まぁ……考えすぎはよくないのだよ。チャンスだと思うのだよ。俺私拙者僕たちの名誉を挽回するチャンスだと。」
「そうだな……」
オレ様はアザゼルとの通信を切り、雲に座った。下をみると人間たちの街が見える。かつてこの世界を手に入れようとしたあの頃のオレ様の仲間が……敵。
「……はっ……もしオレ様が《天候》のゴッドヘルパーなら……ここら一帯は大雨になるな……」
オレ様は頭を振り、気分を変えようとした。そうだ、今夜の作戦を考えるんだ。
「……あいつと対峙する時一番問題になるのは……ああ、眩しいことか。敵が見えないのはきつい。サングラスでもつけていくか?」
真剣にサングラスの装着を考えようとしたその時、オレ様の脳内に昨日の光景が浮かんだ。敵のシルエット、背後で光輝く球体……
「……!!!」
気付いたのだ。オレ様たちからすれば敵は真っ黒なシルエット。だが敵からすれば……あれだけの光だ……オレ様たちのことは丸見えだ……!
「オレ様はともかく雨上は……もし敵が雨上のことを知っていたら!敵にとっちゃぁオレ様たちは倒さなきゃならん存在……時間も場所も関係なく襲ってくる可能性は否定できない!!」
オレ様はすぐさま雨上に連絡を取ろうとした。
「っつ……!」
雨上に思考を送ろうとした瞬間、頭に激痛が走った。
「なんだこれ!?……敵の妨害……!?やばい!今どこだ雨上!」
「雨上。」
名前を呼ばれ、私は目覚めた。どうやらいろいろ実験している途中で眠ってしまったらしい。午前中だけの睡眠では足りなかったようだ。あたりはきれいなオレンジ色に染まっていた。もう夕方である。声のした方を見ると先輩が立っていた。どことなく悲しそうなのは夕焼けのせいだろうか。
「ああ、先輩。はは、寝てしまったようです。恥ずかしいとこを見られてしまいましたね。」
「雨上……ぼくは本当に残念だと思っているんだ。」
「先輩?」
「悲しいよ。折角分かりあえる人に出会えたと喜んでたのに。なんで……どうして君なんだ雨上!」
「先輩?何を言ってるんですか……?」
「ふ……ははは。皮肉だよねぇ、君と話したこの場所で君を……消すことになるなんて!」
次の瞬間、先輩の背後に光が生まれた。目に焼き付いて離れないあの光の球体が。
「先輩!?まさか先輩が……《光》のゴッドヘルパー……!?」
あわててまわりを見たが人はいなかった。
「知ってるかい、雨上。この公園で遊ぶのは子供たちがほとんどでね。五時を過ぎるともう次の日、朝早くに犬の散歩をしにくる人が来るまで誰もこないんだよ。」
私はぞっとした。つまり先輩は何も気にせずに私を殺せるわけだ……そうだルーマニアに連絡を!
「痛っ!」
頭に痛みを感じた。
「……天使と連絡を取ろうとしても無駄だよ。」
そう言って先輩は右手を私の方へ突き出してきた。そこには私がルーマニアからもらった腕輪に似たものがついていた。
「これには君がつけてる腕輪による通信を妨害する力がある。……ぼくに力をくれた……いや、ぼくに力があることを教えてくれた人がくれたんだ。」
先輩の顔が歪んだ。とても……とても悲しい顔だ。
「その人は言った……いつかぼくの力を奪いに、二人組の奴らが来るだろうって。その二人はこの世から消さなければならないと。でないと力を失うと……!!」
私は何も言えなかった。なんと言ったらいいのか……先輩の顔を見ていると悲しみしか感じない。つらそうだ……本当に。
「その二人が昨日現れた……一瞬で消してやると思った……でもそこにいたのは君だった。君がぼくから力を奪う存在だったなんて……」
「消してやるなんて……さっきも言ってましたが……それがどういうことなのかわかってるんですか!?」
「わかってるさ!消すってことは殺すってことぐらい!でもしかたないだろう!?そうしなきゃぼくの力が奪われる!君に!」
「その力は本来……気づいてはいけないものなんです!力を悪用する人間がいると困るから……」
「じゃ……じゃあぼくは見逃せ!悪用なんかしない!」
「……すでにけが人を出しておいて……何を言ってるんですか!」
「それは君らが襲ってくるからしかたなく力の使い方を……練習したから……・」
「その力を維持しようとしてそういう行動に出てしまう時点で……アウトですよ先輩。」
ルーマニアに協力を求められた時に思った。事件を解決したら私はどうなるんだろうって。ゴッドヘルパーであることは……知ってはならないこと。例外はないはずだ。だから私も最終的には……記憶を消されるのだろう。でもそれでいいと私は思った。私だって……人とは違う力を手に入れることに魅力を感じないわけではない。いつか、悪用の道に走るかもしれない。ならそんな記憶はなくていい。
「……人には過ぎた力なんですよ、先輩。先輩も言ってたじゃないですか!互いに尊重し合っているからいいんだって!その力は……自然を支配する力なんですよ!?」
「その通りさ。互いが尊重し合っているから自然はぼくらにとって有益なんだ。でも自然は時としてぼくらに牙をむく!そんな時思わないか?自然は圧倒的過ぎる。尊重し合うなら……ぼくらも自然をなんとかできる力を持つべきなんだよ!」
「それは……思いあがりです!自然は私たちの生活をよくしようと頑張ってくれているんです!私たちは自然に感謝しながら生きていくべきなんです。」
「なんだ、その関係は!ぼくはいやだ!いつも上から見れらている生活なんて!常に自然の顔色うかがってびくびくしてろってのか!」
「そうじゃない!!そうじゃないんですよ……」
言葉につまる。ちゃんと伝えなければならないことがあるのにそれを言葉にできない……なんてもどかしいんだ。私たちと自然は友達なんだ……助けあうものなんだ……私たちが間違えたときに自然はそれをなんとかしようとする。それが私たちには「牙をむく」ように見えているだけなんだ……
「先輩!私たちは……」
「これを見ろ雨上!」
先輩が腕輪のついている手を私に突き出し手のひらをこちらに見せてきた。白い……先輩の手のひらが発光している。
「あの……あの光が今やぼくの手の中だ!光はぼくの意思のもとに動く!光を従えるぼくは何だと思う?ぼくは選ばれたんだ!ぼくは自然に対して人間が持つべき対抗策なんだよ!いなきゃならない存在なんだ!」
先輩が笑っている。光を偉大だと言っていたあの先輩が光を手に入れて笑っている。私は……怒りを覚えた。
「……いなきゃならない?本心は違うんじゃないですか?ただ単に力を維持していたいだけなんでしょ?その理由をきれいにオブラートに包んでいるだけなんじゃないですか!?」
「ち……違う。ぼくは人間のために……」
「人間のためとか言う人がその力でけが人を出したんですか!その力で私を殺そうとするんですか!」
「う……うるさぁぁぁい!!!!」
先輩の背後の光の球体が私めがけて飛んでくる。私は横に跳んでそれをかわす。
「ほらやっぱり!言い返せないじゃないですか!」
私は公園の出口へ向かって走った。先輩は私を殺そうとしている。なら人目のあるところに行けばなにもできまい!それに先輩から離れればルーマニアとの通信も……
ガンッ!
「痛っ!?」
何かがおでこにぶつかった。おでこに痛みが走る。涙目で前を見るとそこには鉄棒があった。
「なんで鉄棒が!?」
私は出口に向かって走っていたはずだ。なのになんで鉄棒にぶつかる?
「君が公園から出ようとすることをぼくが考えなかったとでも?」
先輩が残忍な笑顔で笑っている。……先輩はもう……力に魅せられている。説得はもう無理……だろう。私はおでこをおさえながら先輩の方へ向き直る。
「何をしたんですか……」
「ははは。ぼくは《光》のゴッドヘルパーだよ?君の目に入る光だって操れる。この公園のまわりに……そうだね、言うなれば結界みたいなものを張ったんだ。君は出口に向かって真っすぐ走ったつもりだろうけど……実際は曲線を描きながら鉄棒へ突っ込んでったわけさ。」
「そんな・・自分が曲がっているなら気づくはずだ。平衡感覚と光は関係ない!」
「人間は外からの情報の大部分を目から得ている。普段から目に頼って生活をしている奴が突然視覚を狂わされたからと言ってすぐに目の役割を他の器官に移し替えれるとでも?ある程度の慣れは必要さ。」
「くっ……」
「ついでに言うと、その結界はこの公園を包んでいる。仮に天使がこの公園の上を飛んでいたとしても公園には誰も見えない。つまりぼくと君は見えないんだよ。助けは来ない。」
私はさらなる怒りを覚えた。あの先輩が得意げに私を殺すための策を話しているのだ。あの先輩を……私が仲良くなれると感じたあの先輩を……変えてしまったゴッドヘルパーの力に、この事件を引き起こしている奴に……!
「……私と初めて会った時は……もうすでに……?」
「ああ。この力に目覚めたのは一カ月くらい前だから。」
「じゃあ、あの時先輩が言った光に対する気持ちは……」
「うそではない。今も変わらないよ。ぼくはあの偉大な光を操れるんだ。」
「偉大と言いつつも操れるという……矛盾してます。」
「そうかな?ただ単にぼくが光より偉大になっただけだろう?」
その言葉で私の怒りは爆発した。
「それが矛盾だって言うんだ!光を見下してるじゃないか!!!」
私は右腕を大きく横に振った。その瞬間、突風が発生し砂とともに先輩を吹き飛ばした。
「!うわっ!!」
先輩は数メートル吹っ飛び、公園のベンチにぶつかった。
「ぐ……そうか……あの時の風は……天使の仕業だと思ってたけど……」
先輩は腰をおさえながら立ち上がる。
「君もゴッドヘルパーだったか、雨上!」
私はまた腕を振る。しかし風は先輩をすり抜け、後ろの木の葉をゆらすのみとなった。
「!?」
「そうとわかればそれなりの対応をするさ。……さっき寝てる時に殺すべきだった……」
今度は先輩の姿が完全に消えた。瞬間、私はあの光の球体が飛んでくる音を聞き、横へ跳ぶ。背中に高温を感じた。
「あつっ……!」
「ははは、うまくよけたね。」
止まっていたらやられる……!私は公園の中を走った。ちゃんと行きたい方向へ走れるとこを見ると出口に向かおうとしなければあの結界は影響しないようだ。
「どうしました先輩!私の視覚を直接操ってこないとこを見るとさすがに結界と自分を消すのと光の球体での攻撃で手いっぱいですか!」
「ちっ……調子にのるなよ雨上!いつまでも光をよけながら走ってられると思うな!」
ジグザグに走りまわる。たまにかするが直撃はしない。先輩の攻撃があちこちの木や遊具に穴をあける。どうやらあの球体はまっすぐにしか飛ばせないらしい。
「……考えろ私!」
先輩の言う通りだ。いつまでもよけてはいられない。なんとかしないと……相手は所詮光……性質をどうにか利用できないか……
「雨上!君は何のゴッドヘルパーなんだい!?《風》か!?」
先輩の言葉を聞くと同時に脚に熱を感じた。同時にさっきまで脚があった地面に穴があいた。
「っつ!」
よろけそうになる体を力づくで戻して走る。……明日はきっと筋肉痛だ……
雨上の家に来たはいいが窓から覗く限りはいない。インターホンを鳴らしたが誰も出ない。家の中は静まり返り、人の気配もない。
「……まぁ親が出てきてもなんて言ったらいいかわからんかったからいいが……」
ってなにを言ってるんだオレ様は……これは確実に敵の手に落ちたと考えていい。
「くそっ!あいつがそう簡単にやられるとは思えんからきっと今……まさに!オレ様の助けを待っているはずだ!」
オレ様は空から探すために飛ぼうとして上を見た。そろそろ日が沈む。かすかに残るオレンジ色の空の中をかすかだが雲が流れている……いや、かすかじゃない。かなりの速さだ。雨上のこころを映しているのか?オレ様は空へと上がり、雲の動きを確認した。雲は新たに生まれながら、周囲の雲を巻き込みながら、一つの場所へ向かって流れている。
「……渦を巻いてる……?渦の中心にあたるのは……あそこか!」
オレ様は全速力で飛んだ。こんなことは普通起こらない。雨上の力のせいで起こったに違いない!これが雨上の意思によって起きたことだとしてもこころの状態を空が表現しているだけだとしても、その中心は雨上のはずだ!渦の中心に着き、下を見る。
「公園か……」
この町に唯一ある子どもの遊び場と言っても過言ではない。もう夜になろうという時間、子どもたちは家に帰っている時間だ。
「誰も見えないが渦の中心はここ……敵は《光》、そういうふうに見せることもできるか。」
オレ様はとりあえず公園の中に入ろうと降下したがそれはかなわなかった。
「……あれ?」
オレ様は何故か公園の前の道路に着地していた。しかたなくそこから公園の方へ歩いた。だが……
ガンッ!
「のわ!?なんだこれ!?……電柱?なんでこんなとこに電柱……ってあれ?公園はあっちじゃねーか。なにしてんだ、オレ様は?」
なるほど……入ろうとすると別の方向へ誘導されるわけか。
「はん!なら目をつぶって行けば……」
そう考えたところで止まった。中の様子がわからんのに入るのは危なくなくないか?しかも目をつぶって……
「良く考えろオレ様よ。雨上だってバカじゃない。視覚を操作されるなら目をつぶればいいことぐらい気づく。目をつぶって出口へ走ればいいんだから……だが雨上はそうせずに中にいる……」
恐らく何か理由がある……よし。いくらなんでも声は届くはずだ!
「雨上!聞こえるか!?」
「ルーマニアか!」
だいぶ息があがっているようだ。意外とやばい状況か!?
「今の先輩にお前を攻撃する余力はない!だがお前が中に入ってもあまり事態は変わらん!姿を……っとっと……消しているんだ!おわ!」
あの光の球体を全力でかわしているんだろう。雨上の奴、先輩と言ったか?やはり雨上を知る人間だったか!これはオレ様のミス……いや今はそんなこと考えてる場合じゃない!
「オレ様は何をしたらいい!オレ様にできることはなんだ!」
「先輩の光を……視覚の操作だけでもなんとかしたい!なんとかしてくれ!」
と言われてもそんな道具もない。だがあきらめるな!雨上を救えるのはオレ様だけ!そうだ!相手は所詮光じゃないか!
「光……光!考えろ!こっちができるのは《天候》の操作……光と……天気……」
「ははは!もう走る力もないだろう!人間そうそう長い間全力疾走できないからね!」
息がきれ、脚がもつれる。だめだ……運動なんか体育でしかしない私がこんなに走ってるだけで奇跡だって言うのに!時間を稼ぐんだ……
「せ……先輩にゴッドヘルパーであることを教えたのはどんな奴なんですか!」
しゃべるのも辛い。持久走を走り終わった後のような感じだ。のどに血の味を感じる。
「時間稼ぎかい?まぁ別にいいよ。ぼくの光をどうこうできるわけもないしね。」
対する先輩は余裕といった感じだ。……この戦いが始まってからまだ数分だが先輩はそのこころを大きく変えている。私を殺すその行為に喜びを感じている……!
「そうだね……彼はなんだったんだろうね。一応人間の姿をしていたけど……空を飛んでたから天使だったのか……も……」
先輩はそいつから天使のことも聞いたのだろう。ルーマニアを天使と見たのだから。……天使を殺せと言うってことはやっぱり悪魔とかそんなんなのか?
「そいつは名乗りましたか!?」
私にはわからないがルーマニアなら名前を聞けば思い当たる奴もいるかもしれない。ここで聞き出しておけば……!
「そいつ……はじぶ……んを……ぐあああああああああああ!!!」
突如公園内に先輩の声が響く。同時に私を襲っていた光の球体が一瞬で消えた。何だ?先輩が苦しみだした?さらに一瞬周囲の光景がぶれた。なんだ、なにが起きた?
「ぐううう!!何をした雨上!!!天使の術かなにかか!!!」
先輩の叫びとともに周囲のぶれは治った。結界とやらが崩れかけたようだ。
「し……知りませんよ!勝手に先輩が苦しんだんでしょ!」
突然の問いかけに私は律儀に答えてしまった。はったりでもなんでもするべきだった。
「とぼけるか!もういい!殺してやるよぉぉぉぉ!!!」
先輩のセリフを聞き、私はこころになにか痛みを感じた……もうだめだ。先輩はもう戻らない。こころのどこかで私は先輩と一緒にこの事件を解決して行きたいと思っていた。先輩をなんとか説得して……でももうだめだ。私は決めた。先輩を倒すことを……!
「うわああああああああっ!!!」
私は叫びながら両手を振った。風をぐるぐる回すイメージ……!
「なんだこれは!風が……!?竜巻!?」
公園内の砂、小石が舞い上がり、木々はざわめきその枝を宙にまわせた。私は私を包む竜巻を起こした。見えなくたって公園にいることは確かなんだからこうすれば!
「小賢しいんだよぉぉ!!」
さっきまでどこか私からは離れた所から聞こえていた先輩の声が突然自分の近くから聞こえた。声のした方へあわてて体を向けた私はそれと同時にお腹に衝撃を感じた。何かがめり込む感覚。殴られた!?
「ぐっ……ごほっごほっ!」
痛みに顔を歪める。お腹をおさえ、咳をもらす。殴られる痛みなんて経験したことのない私の体は悲鳴をあげている。
「台風の目ってやつだよ!いくらなんでも自分を巻き込む風は起こさないだろ!」
私は膝をついた。苦しくて声のする方向なんてわからなかった。でも近くにいるはずなんだ!
「こんのぉ!」
腕を振って風を起こす。しかし風は目の前の空間を何にもぶつからずに通りすぎた。
「こっちさ!」
頭を何か固いもので殴られた。視界に火花が走る。殴られた勢いで私は地面に倒れこんだ。
「あは……はは。石で人を殴るってのは案外爽快なんだねぇ!はははは!」
笑っている……私をいたぶって楽しんでいる。生温かいものが顔をつたるのを感じた。右目の視界が赤くなって景色が霞む。
「あはは!血が出てるじゃないか雨上!あははは。」
頭から血を流すなんてそうそうないことだ。だがこの短い時間に初めての経験をし過ぎたらしい、私は妙に冷静に今の状況を受け止めた。するとこんな言葉が自然と口からもれた。
「……狂ってる……」
「……なに?」
突然視界に先輩の姿が現れた。私の髪の毛を引っ張って顔を上げさせ、しゃがんで私の顔を覗き込んでくる。風のせいで髪がだいぶ乱れている。そのせいか先輩の狂気が際立つ。
「ぼくが狂ってる!?違う、当たり前のことをしているんだよ。弱肉強食だよ雨上。」
髪の毛を引っ張られる痛みを感じながらその言葉に私は違和感を覚えた。いくらなんでもおかしくなりすぎだ。さっきと言ってることが違う。弱肉強食だって?
「強いものが弱いものをどうしようと自由だろう?自然の摂理さ!」
先輩が顔を近づけてくる。息がかかる距離だ。視界に先輩の両眼が入る。……なんだこれは。にごってる……?違う……これは先輩じゃない。誰だこれは?
「……お前は誰だ……?」
理解できなかった。今目の前にいるのがあの先輩……?
「ぼくが誰かって?相楽だよ!相楽光一!!!光の支配者さ!!!!」
先輩が高らかに笑う。その笑い声も聴き慣れないものだった。力を使う代償?いや……そんなものがあるならルーマニアが私に言わないはずがない。ならこれは……
「意味のわかんねぇことを言いだしやがって……もうギブアップか?」
先輩が髪の毛をはなし、立ち上がって私に背を向けた。私の顔は地面に叩き付けれる。頭の痛みと疲労で顔の痛みを感じる余裕はない。それでも私は冷静に考えることができた。
おかしい。ついに先輩はその口調すら変えてしまったようだ……ゴッドヘルパーの力はただのシステムだ。それとつながることで力を得る……そのつながりが深いと私のように特別な、他人には理解できない感情を持つことになる。実際先輩も光に対してそういうものを持っていた。だが私が私であることはなんら変わらない。ただ感情を持つだけでその人の性格までは変える要素がない。
「まったく……お前もゴッドヘルパーなんだろ?風の。ならぼくと同じじゃないか。お前も本能に従って暴れてみろよ。めちゃクチャ……スカットスルゼ?ケヒッケヒッ」
違う……まったくの別人になっている。どういうことなんだ……
「くっそ!落ち着け、早く思いつけ、考えろ!光を……・なんとかする方法を!」
オレ様はかつてここまで苦悩したことがあっただろうか。いやない。オレ様は史上最高に頭を使っている。
「なんとかする……そうだ、完全に防がなくとも相手が光を操ることをある程度妨害できればいいんだ!なにかないか……なにか……」
光……そうだ鏡で反射して……バカか!公園をつつむような仕掛けだぞ!?そんな鏡用意できるか!……んじゃ屈折だ!水の中に入ると光は曲がって……ってそんな水どっから持ってくんだ!……ブラックホールは光さえ吸い込む……何を言ってんだ!!!
オレ様は頭を抱えて空を見上げる。流れていた雲が一つにまとまって大きな雲となっている。この天候が何を意味してるのかはわからんがとにかく今雨上はピンチだ!こんなにどんよりした天候だ、きっと今あいつのこころは……
「……どんより……?」
雲の色は白ではない。灰色でもない。黒いのだ。
「雷雲……雷は……基本的に怒りを表す天候だ。だがあいつは雷で攻撃するとか言ってたから……逃げながら準備してるのか?」
その瞬間オレ様の頭にも雷が発生した。
何を考えていたんだオレ様は!?雲があるんだ!答えはここにあった!
「雨上ぃぃぃぃぃ!!!」
私の耳に聞き慣れた声が入ってきた。ルーマニアだ。返事をしようと思ったがそれさえもできない。信じられない程に私のダメージは深刻だったらしい。
「外の天使か……いきなり叫びやがって。あいつも殺さねーとな。」
先輩が思いだしたかのように呟いた。その顔は笑っていた。新たな獲物に舌を出してのどを鳴らす獣のようだ。だがその笑顔はルーマニアの言葉に崩された。
「雨だぁぁ!雨を降らせろおおぉおおぉおおっ!!!」
先輩が私の方を驚愕の表情で見る。同時に私はこころの中で空に願う。
「……雨を……お願します……空さん。」
ポツリ。
髪の毛に水滴が落ちてくるのを感じた。ポツリポツリとだんだんと音が増し、地面に黒い跡を作ってゆく。空が私の願いを聞いてくれたようだ。
「雨だと!?そんな……お前は《風》のゴッドヘルパーじゃ……」
先輩の顔が青くなっていく。よくわからないが……どうやらこの雨はすばらしい打開策らしい。
次の瞬間、バケツをひっくり返したような雨が降り出した。雨が私の顔をつたう血と体を濡らしていた汗をきれいに洗い流す。多少傷にしみるが気にしない。私は今初めて雨の気持ち良さを知った。
すると本日二度目の先輩の叫び声が響く。
「がああああああっ!だ……だめだ!操りきれない!!!」
声のする方向を見る。すると何もない空間に先輩がぶれながら現れた。先輩の姿が見えるには見えるのだが所々穴があいて向こうの景色が見える。「先輩の姿」という映像にノイズが走っているような感じだ。そして先輩は両の手で頭をかかえて絶叫している。
「頭が……割れる……!うああああっ!」
「雨上!無事か?」
ルーマニアが私を起こし、心配そうに覗いてくる。私が目だけで笑うと大きなため息とともに笑顔になった。
「……悪い、立たせてくれるか?もうふらふらなんだ。……よく入れたな。結界は?」
「結界?ああ、あれか。あれはもう消えたよ。今のあいつでは維持できないんだろうよ……肩をかそう。」
ルーマニアに手伝ってもらって私は立ち上がった。立ちくらみで多少よろけたがルーマニアが支えてくれた。結界が消えた?維持できない?私は説明を求めてルーマニアをみる。すると先輩の方を見ながら真剣な顔で話し出した。
「この雨のおかげであいつの視覚操作は崩れた。恐らくあいつは今、とんでもない情報量に頭が悲鳴をあげるのを聞いているんだろう……」
「……よくわからないな……つまり何が起こったんだ?」
ルーマニアは少し思考してから私に語り出す。
「簡単に言えば……虹の原理……なのかな。ほら光って水とかに入ると屈折すんだろ?この雨でそれを起こしてあいつの処理能力の及ばない状態にしたんだ。」
私は眉をひそめる。表情で「さっぱりわからん」ということを伝えるとルーマニアが軽く頭をかきながらめんどくさそうに続けた。
「えーっとだな……視覚の操作が……お前の目に入って行く光を曲げたりすることで引き起こされるってこたぁわかるよな。今オレ様は簡単に言ったが実際はかなり複雑なんだよ。例えば……・そうだな姿を消すことを例にして説明しよう。どっかからかきた光が自分にぶつかって反射してお前の目に入ることで自分の姿はお前に見えるわけだ。見えなくするってことはその反射した光をお前の目に入らないように曲げたりするってことだ。姿を消し続けるには常にそれを行う必要がある。基本的に光は真っすぐ進むから曲げるのは……まぁ一回で良かったわけなんだ。」
私は血が流れて妙にスッキリしだした頭をフル回転させて理解を試みる。
「その一回曲げるって行為でも、どこでどれくらい曲げればいいかってことを計算しなきゃなんねーんだ。あいつはその演算を無意識に頭の隅っこあたりでやっていたわけだ。だが今、雨が降るこの状況はその計算をすさまじくややこしくする。あいつが曲げなくても雨で光はわずかながらも屈折してしまう……それも考慮して曲げていかなきゃならん。雨粒が同じ場所にとどまるのなら問題はないが……雨粒は重力に引かれて常に落ちて行くしどこに落ちてくるかなんてわかるわけない。それを考慮した計算なんて……人間には無理さ。」
なんとなく理解できた。要は雨のせいで光の制御が難しくなり、そのおかげで先輩の頭はオーバーヒートしたわけか。
「説明ありがとう。ぼんやりと理解できた。」
「……そりゃよかった……」
何か言いたそうなルーマニアだったが私はそれを無視して先輩へと視線を向ける。ある程度落ち着いたのか、声をはりあげることはやめ、今は地面に両手をついて肩で息をしている。そうとうな痛みだったらしい。
「ぐ……この……雨を降らすなんて……やってくれるよまったく……」
先輩が顔をあげ、立ち上がる。雨でぬれて顔にくっつく髪の毛を鬱陶しそうにはらい、片手で頭をおさえながらこちらを睨んでいる。その目が赤いのは私の気のせいであって欲しかった。
「なんだこいつ……ひどい目だな……真っ赤っかじゃねーか。」
「途中からこうなりだしたんだ。まるで……別人になったみたいでさ……」
「別人……まさか……」
何か心当たりがあるようだったので訊こうと思ったのだが、ルーマニアが真剣な表情で私を見た。
「雨上、まだやれるか?」
その言葉で今すべきことを思い出した。視覚の操作は封じたが先輩にはまだあの光の球体がある。
まだ終わっていない。
「なぁルーマニア、お前には何か攻撃の手段とかないのか?もう動けないんだが。」
「オレ様は天使だぞ……基本的に下界の生き物に傷をおわせたりすることはできない。……言ってなかったか?」
「初耳だ。」
「……すまん。だが守ることはできる。……雷を落とすんだろ?」
私は空を見上げた。分厚い雲が雨を降らしている。これならできるかな……
「作戦会議は終わったか?ああっ?」
先輩が声を荒げる。すると背後で光がいくつかの場所に集まっていき球体の形になっていく。雨粒がその球体にふれるたびにジュウッという音を立てて水蒸気へと変わっていくのが見える。だが球体はその大きさも輝きも変えずにそこにあり続けた。
「すごいですね、それ。雨で絶えず熱が奪われてるはずなのに。」
「雨か……お前は一体何のゴッドヘルパーなんだ雨上。」
先輩がいらついた声と顔で訊いてくる。私はちらっと空に目をやった。
「なんだと思います?」
こころの中で勝負のために必要な状態を空にお願いしながら口元に笑みを含めて答えた。少しでも時間を稼ぐんだ!
「お前は確か空がすごいって言ってたな……《空》のゴッドヘルパーか?」
先輩の問いかけに私も疑問を覚える。そういえば《空》はいるのか?いや、空そのものには法則も何もない……か?先輩が目を細くして睨んできたので私はあわてて答えた。
「ど……どうでしょうね。ある意味自分が何のゴッドヘルパーであるかを教えるのって弱点を教えるのと同等じゃないですか。」
「てめぇ……塵も残さず消してやるよ!」
叫びと同時に光の球体が白い軌道を描きながら迫ってきた。ルーマニアが片手を前に出す。すると球体はルーマニアの手の前で消える……・ことなく大きくカーブして木や遊具にぶつかり、穴をあけた。
「そんなこともできたのか!やるなルーマニア!」
私はこれなら安心して準備ができると空に目線を移そうとしたが二人の発言に阻まれた。
「なっ……!?バカな!!」
「曲がるってことは……はっ、なるほどな。どうやら勝負あったな。」
私は二人が何を言っているのかわからなかった。空の準備に集中しつつ、ルーマニアに視線を送る。
「屈折さ。」
ルーマニアが得意げな顔で答えた。それに反応したのは先輩だった。
「屈折だと!?そんなわけあるか!ぼくのこれは実際の光にはない性質だ!ぼくの中にある常識に反するものだから……ぼくは何回も練習してこれを自分の中での常識へと昇華させたんだ!ぼくの中ではこれは「例外的な光」だ!本来の光の性質は全て無視する!」
「ああ、たぶんついさっきまではそうだったんだろうよ。だが今お前は「光の屈折」という現象に光の制御を狂わされた。それによりお前の中にある屈折に対する常識がさらに確固たるものへと変わったんだ。その強まった常識はシステムに影響を与え……結果、その球体に屈折という現象を適応させちまったんだよ。」
先輩の顔が青くなった。そうか、こういう戦いかたもあるのか。相手の常識を狂わせることができればそいつができることを減らすことも……
「これでお前の光がオレ様たちに当たる確率がガクンと落ちたな。降参するか?」
ルーマニアが余裕の笑みで先輩を見ている。今にも「はっはっはー」と笑いだしそうだ。私は内心「バカ……」と思った。さっきまでの先輩を見ていればわかる。今の先輩に対してそういうのは逆効果だ……
「……めだ……」
「あぁ?なんだって?聞こえねーぞ。」
「だめだ……だめだだめだだめだだめだだめだダメダダメだだメだぁあああぁぁぁ!」
先輩が両手で頭をおさえて叫びだした。私は気持ちだけ身構えた。ルーマニアはびっくりしている。
「これはぼくの力だ!誰にも渡さない!ぼくは選ばれたんだ!人の上に……弱肉強食なんだ……この力がぼくを……ボクハ!光の支配者!ぼくは神様に……!いや、ボクハモハヤカミナンダ!ボク……オレヲ誰だと思ってやがる!!!ふざけんなふざけんなふざけんな!ナニサマダキサマラアアアアァアア!」
壊れた。先輩が壊れてしまった……私は純粋にそう思った。言うことがだんだんと支離滅裂になっていく。
「雨上……準備はいいか?」
ルーマニアが少し険しい顔で訊いてくる。
「あれは……もうやばい域まできている。早く何とかしねーと元に戻せなくなる!」
ルーマニアが何を言っているのかよくわからなかったが私が知らない情報をもとに言っているのだろう。私は片手を空に向けてかかげた。
「ナニヲスルキダアアアア!」
先輩のまわりに何十という光の球体が生まれ、それらは私たちを狙わずにデタラメに公園の中に白い線を描きだした。
「ちっ!」
ルーマニアは私を後ろにやって両手を左右に開いた。私はルーマニアの後ろで地面に座り込んだ。立っている力もでない。ルーマニアを中心にして青白い壁が私たちのまわりに見える。ルーマニアの言う障壁だろう。光の球体がバンバン当たり、ルーマニアが辛そうな顔をする。
「長くはもたねぇ!早めに頼むぜ!」
「わかってる。……行くぞ?」
私は先輩を見た。光が飛び交う中で叫び続けている。私にできることは……救うことだ。
両手を空にかかげ空の方を向き、残る力を振り絞って叫ぶ。
「お願いしまぁぁす!!」
その時のオレ様は「なんて間抜けな呼びかけだよ。」と思った。だがそれが雨上の雨上らしいところであり、オレ様が気に入ったとこなんだ。雨上の呼びかけに応じるかのように、上空の分厚い雲の中に閃光が走り雷鳴が轟いた。だが最初に落ちてきたのは雷ではなかった。
「……あれは……」
雲の中心がこちらに突き出てくる。雲が螺旋に絡み合いながら地面へ近づいてくるのだ。そして近づくほどにオレ様たちのまわりに強い風が吹く。
「雨上!雷を落とすんじゃなかったのか!?あれはお前……竜巻だぞ!」
「そうだぞ?予定通りだ。」
空からのびる竜巻が怒り狂う《光》のゴッドヘルパーの方へ落ちて行き、やがて飲み込んだ。雲と地面が竜巻で繋がったと同時に公園内にすさまじい風が吹く。砂が舞うとか木の枝が折れるとかそんなレベルではない。木はミシミシと不吉な音を立て始め、遊具はカタカタと振動する。公園に「立っている」ものが全て地面からはがされようとしている。オレ様は障壁にさらなる力を注ぎこみ、雨上に向かって叫んだ。
「なにが予定通りだああぁあ!あんな竜巻に飲み込まれたら確実に死ぬだろが!!」
「大丈夫だ。先輩がいるのは「目」の部分だから。今の私たちよりよっぽど安全さ。それよりあと少しだからもうちょっと頑張ってくれ。」
なんで雷落とすのに竜巻の中心に相手をいれんだ!?意味わからん!
とても穏やかだ。ぼくのまわりを雲がすごい速さで駆けている。触れたら指が飛んでしまいそうな勢いなのだが、ぼくが立っているところはそことはまるで別世界なのではと思うほどに静かだ。せいぜい微風がほほにあたるくらい……
なんだ?《光》のようすが変だな……
頭に上っていた血がすぅっと抜けるような感覚を覚えた。全身の力も抜けそうだ。ぼくは何をしていたんだっけか。ああ。雨上と戦ってたんだ。どうして戦ったんだ?ぼくが誰かを傷付けたから?まわりのことを考えないで力の練習をしてたから?なぜ雨上が……彼女とはいい友人になれると思っていたのに。なんだろう、あの夜……雨上がぼくの敵だとわかってから……いや、もっと前……あの人から力のことを聞いてからの記憶が他人のものに思える。ぼくという存在に無理やり上書きされたようだ。
ほほう……呪いと自我を分裂させたか。
なんてことをしたのだろう。雨上を襲ったり、見ず知らずの人にけがをさせたり……光を……あの光を「従える」なんて。
こんなケースは初めてだ。あの《天候》の奴がこいつの知り合いだからか?
おそれ多い。光はぼくの常に上にあるべきなのに。光は常にぼくの憧れであるべきなのに。もう止めるんだ。これ以上光を侮辱してはいけない。
ははは、今回はいいデータがとれたと……喜んでおくか。
ダメだ。今ぼくの体を使っているのはどうやら「上書き」の方らしい。ぼくの力では止められない。雨上、ぼくを止めてくれ!
しかし……《天候》か。こちら側に落としたかったが……仕方ないか。ふむ、だがやはり《光》を失うのはでかいな。《天候》め……やってくれる。やつはこの先も壁になるかもしれんなぁ。
ぼくは上を見る。渦巻く雲が上へ上へと伸びており、その先にチカチカと光るものが見える。ああ、光……光じゃないか。きっと雨上の光だ。
早めに手を打っておくか。この辺に使える奴はいたかな……
ぼくはまた光に救われるのか。森の中で迷って暗くなったぼくのこころを一瞬で明るくしたあの時のように……!ああ、やはり素晴らしいなぁ……光って。
次の瞬間、ぼくをとても眩しい光が包んだ。
天からのびる竜巻の中を閃光が走り、一拍遅れて轟音が響いた。竜巻を中心にして地面に亀裂が走る。雷が落ちたのだ。オレ様は光と音にそれぞれ驚いたが気合で障壁を維持した。こんなに近くで落雷を見たのは初めてだ。なかなかできない経験をした……って、あれ?雷が落ちてなんで地面に亀裂が……?
しばらくして竜巻が消えた。公園に静けさが戻りつつある。葉っぱやらなんやらが散らかっており、片付けない子どもの部屋のような光景が広がっている。雨も止み、公園内をデタラメに飛んでいた光も消滅したのでオレ様は障壁を作るのを止め、さっきまで竜巻がいた場所を見た。地面は砕けて黒く焦げている。そしてその真ん中に《光》のゴッドヘルパーが倒れている。服のあちこちが焦げてはいるが死んではいないようだ。胸が上下しているのを確認できる。まるで眠っているかのようなすっきりとした顔だ。何らかの原因で呪いが解けたのだろうか……
「ルーマニア、先輩は?」
雨上がぐったりとした表情で訊いてくる。「疲れ果てる」とは今の雨上にこそふさわしい言葉だ。
「大丈夫だ。ちゃんと生きてる。とりあえずやることやっちまうからしばらくそこで座ってろ。」
オレ様は記憶を消すリングを取り出し、《光》のゴッドヘルパーの頭にかぶせた。リングについている石が光り出す。この石が重要なものだったとは初めて知った。一分間ひまなので雨上に話かける。
「おい、なんで雷が落ちたとこがあんなんになるんだよ。」
オレ様は砕けた地面を指差した。雨上が不思議そうに答える。
「そういうものじゃないのか?」
「まぁ……多少はこういう力はあるぜ?木が縦に割れたりするからな……だけど……これは威力ありすぎだろう。いくらなんでもよ……」
「それが私にとっての《常識》なんだろうな……」
「おそろしい《常識》だな。よくあいつが死ななかったな。」
「それだけはものすごく意識したから……雷そのものはコントロールできないから雲の調節を頑張ったんだ。」
「おう、そうだ。あの竜巻は……」
「終わったみたいだぞ。」
オレ様の問いかけをさえぎって雨上が指をさす。リングの方を見ると光が消えている。一分たったらしい。これで記憶は消えたはずだ。オレ様はリングをはずして一度のびをした。
「たは~終わったぜ。これでこの《光》の件は解決だ。」
一つ肩の荷が下りた感じだ。だが雨上は心配そうな顔をしている。
「先輩どうしよう。」
……そういえばそうだ。記憶を消してからのことをまったく考えてなかった。
「こいつの家の前にでも置いておけば……」
「私、先輩の家なんて知らないぞ。」
「……んじゃここに置いておくしかねーなぁ……雨が止んだからな、さっきの雷鳴を聞いて人が来るとめんどーだ。撤収すんぞ。」
オレ様は雨上に肩をかして雨上を家の前まで連れて行った。今回、こいつはボロボロになった。あちこち火傷してるし、頭から血は出てるし。しかしこれで全てが終わったわけではない。次があるのだ。オレ様もしっかりサポートしねーと。……だがしかし、こいつはいろんな意味で強い。家に向かって歩いてるときも弱音の一つも吐かなかった。唯一の心配ごとは……
「両親になんて説明すればいいんだ?帰りが遅くなったことは雨宿りしてたとか言えばいいが……このけがはなぁ……」
雨上が頭をおさえる。
「しかたねーな。こっち向け。」
オレ様は片手を雨上の頭にかざし、呪文を唱える。
「なんだ?なんか温かい……あれ?」
雨上のけがが治っていく。
「俗に言う回復魔法ってやつだな。これで大丈夫だ。もう痛くないだろ。」
「……なんでこれを早く使ってくれなかったんだ?」
雨上が近視の人がメガネを外したような顔でオレ様を睨んでくる。
「しょ……しょうがないんだよこれは。オレ様は障壁を作ってたろ?あれも今のも同じ、オレ様の力で行うんだ……途中で障壁作れなくなったりしたらヤバイだろ?だから……」
雨上は半目のまま軽くため息をする。
「ならしかたないか。許してやる。」
「なんでと言やぁ……あの竜巻の意味は?なんで雷落とすのに竜巻?」
「前に言ったよな、私にとって電気は抵抗の少ないとこに流れるって。」
「お前にとってというか普通のことだがな……」
「雲は公園の真上、少なくとも公園内には落ちる……と私は信じていた。あとは先輩の真上をまわりより抵抗の少ない状態にすればいい。」
「……ああ!それで竜巻か!中心部分は「目」で限りなく通常の空気に近い。だがまわりは竜巻のせいでいろんなものが飛び交っていた……雷は抵抗の少ないとこに落ちるのだからその場合、あいつの真上しかないってわけか。つまりは竜巻を導線代わりにした……ってそんなにうまくいくもんなのか?」
「うまくいくさ。私がそう信じていたんだから。あんな光景、私は見たことがない。本来ならもっと複雑な法則や理論があるんだろうが、そんなことを知らない私は私がもつ小さな《常識》を働かせることになるんだ。仕組みを知らない私にとっては導線に電気を流して電球に光を灯すのと竜巻に雷を流して落とすことは同じなんだよ。」
オレ様は改めて雨上を選んでよかったと思った。オレ様なんかよりよっぽどゴッドヘルパーのなんたるかを理解している。なんとも心強い協力者だ。そんなことを考えているうちに雨上の家についた。
「え~っと……お前は明日は友達と出かけるんだよな。」
「ああ、昼からな。」
「なら午前中にこの事件の結果を報告する。」
「結果?」
「《光》のゴッドヘルパーのこととかだよ。その辺りはオレ様に任せて今日は休めよ。」
「そうさせてもらうよ。また明日な。」
そう言って雨上は家に入っていった。さて、オレ様も記憶が新しいうちに報告書を書くかね。オレ様は空へと舞い上がる。雲はもうなく、日は沈み、空は月と星の世界へとその顔を変えていた。
目覚ましに起こされることなく、私は七時にベッドの上で目覚めた。普段なら朝に弱い私は目覚ましが鳴っても起きないのだが……これから遠足に行こうとする子どものようだ。起き上がろうとすると体のあちこちが悲鳴をあげる。主に脚が痛い。
「ふぅ……やっぱり筋肉痛になったか。あんなに動いたのは初めてかもしれないな。」
両親はだいぶ心配したらしい。雨宿りしていたということにしたが、これからもこういうことが続くと隠し続けるのは難しいだろうな。はてさて、どうしたものかね。
私は軽くストレッチしてからタンスをあけて今日の服を選ぶ。あの友人とは前に何度か出かけたことがあるのだが、目的のお店に行くだけでは終わらずにあっちこっち連れまわされた。動き易い服にしておこう。そういえば《エクスカリバー》を私に教えてくれたのはあの友人だったな。
部屋でしばらくボケっとしていると朝ごはんに呼ばれる。ごはんとあじとお味噌汁。なんとも健康的な朝ごはんだ。とても平和、とても静か。昨日のことなんて夢だったんじゃないかと思えるくらいだ。だがそうではない。この平和を崩そうとしている奴がいるのだ。しかも先輩のような人をも利用して……一体敵の目的はなんなんだろか。そのあたりも今日聞けるかな?
オレ様はアザゼルの部屋にいた。アザゼルは情報収集の達人である。だからここには最新の機械がそろっている……調べ物にはもってこいだ。
「機械であることにはかわらないのだけれどもできればコンピューターと呼んで欲しいのだよ。」
アザゼルは部屋の隅っこで寝っ転がっている。アザゼルは髪を長くのばしているのでこいつが寝っ転がると髪の毛が広がって非常に鬱陶しい。オレ様とは違い、銀髪なのでどっかの王子のようだ。ただ雨上と似た感じでいつも眠そうだ。本気になればその切れそうな目がこいつを超美形に変える。こいつがちゃんと仕事をしだすのはいつなのだろうか。いや、仕事はしているのだがまわりからはそうは見えないからなぁ……損な奴だ。
「お、やっぱりすげぇな。オレ様の読みは正しかった!人間の世界で起きてることなんだから人間の方が情報持ってのは当たり前ってもんだ。」
オレ様は人間のネットワークに入り、大きな掲示板とかをまわっている。不可思議な力を使う奴の話とか写真、映像まである。
「絶対数も俺私拙者僕らより多いし……確かにその方法はいいアイデアだと思うのだよ。」
「とか言ってお前はとっくに気づいてたんだろ?」
「さてね。」
アザゼルは起き上がり、オレ様に聞いてくる。
「ところでところで俺私拙者僕にも教えて欲しいのだよ。強ーいゴッドヘルパーの見つけ方を。《天候》みたいにすごいゴッドヘルパーを協力者にできれば仕事も早く片付くだろうし。なにより俺私拙者僕が楽だ。」
「強いねぇ……確かに雨上は強力なゴッドヘルパーだが……やっぱ大事なのはこころだよな。意思の強さとでも言うのか、そういう奴を見つけるといいんだろう。……わりぃな、オレ様の場合は完全に偶然だから教えられることはねぇよ。」
「むむむ。残念なのだよ。結構あてにしていたのになぁ。」
アザゼルががっくりとした。だがオレ様はこいつならすごいゴッドヘルパーを協力者にできるだろうと思った。根拠はないが。
「そういえば「下」はもう朝になってるんジャマイカ?午前中に会うんでござんしょ?」
オレ様はこの前デパートに言ったときに購入しておいた腕時計を見る。天界の時間は……というか天界には朝とか夜がない。疲れたら休む感じだ。だから雨上と行動するにはこれが必要なのだ。
「ああほんとだ。そろそろ起きたかな。」
「……なんか恋人のようなのだよ。俺私拙者僕が最近ハマっている人間のゲームに同じようなシチュエーションがあったのだよ。着替えとかのぞかないように気をつけるのだよ?」
オレ様は苦笑いをしてアザゼルの部屋から出た。下に向かって飛ぶ。あっと言う間に雨上の町に着く。
「……アザゼルめ……」
さっきのアザゼルのセリフを妙に意識してしまう。……も少し時間をつぶすか……
オレ様はあの公園の上空にきた。警察がいる。まぁ……一晩でこんなになっちゃぁなぁ……結構な数の野次馬がいる。みんなカメラを上にあげて一生懸命に公園内を撮ろうとしている。
「まったく……好きだねぇ。」
その時、オレ様は気配を感じた。近くにゴッドヘルパーがいる!?見えるのは野次馬ばかり。あれにまじっているとしたらさっぱりわからんな……もしかしたらあの雨の中で会った奴か?
「……まぁ……とりあえず……今はいいか……」
ルーマニアが来たのは十時丁度だった。
「十時ぴったりか……狙って来たのか?時間まで屋根にいたりしたのか?」
冗談のつもりで言ったのだがルーマニアは変に目をそらす。
「バ……バカ言え。オレ様は……そんな奴では……ない!心配するな!」
「変な奴だな。とりあえず入れ、ずっと浮いてるのはつらいだろ。」
「いぃぃぃ……いやいや!お構いなく!オレ様はここでいい!ここがいい!」
「……まぁ強制はしないが宙に人が浮いてるのはいささか一般の人には刺激があるぞ?」
「大丈夫だ。お前にしか……見えないから。」
つまりはたから見れば私は窓際に立って独り言をぶつぶつ言ってる変な人ってわけだな……
「そうか……んじゃ報告をしてくれ。」
「あ……ああ。」
ルーマニアがメモ帳らしきもの取り出して話しだす。なんだか様子がいつもと違うな……
「まずは……《光》のゴッドヘルパーのことから。あいつはあの公園に落ちた雷の音を聞いてやってきた野次馬に発見されて病院に運ばれた。」
「病院!?そんなにひどい状態だったのか……?」
「あの公園に倒れてたんだぜ?とりあえず救急車を呼んだ奴の気持ちはわかる。」
「あ……なんだ。」
「実際、ひどく衰弱していたんだがな。それは力の暴走というか……あとで言うが呪いのせいというか……少なくともお前の雷で起こったことはあいつの気絶だけだ。よくコントロールしたな。あいつの両親にもちゃんと連絡がいったし……心配はない。記憶の消失も確認できた。……ほんとに力のことだけ消えてるからお前のことは覚えてるだろう。」
「そうか!なら先輩と友達になれるんだな!よかった……」
私はほっとした。それが一番の気がかりだったから……ルーマニアが軽くほほ笑んでメモ帳らしきもののページをめくる。
「次は……敵のことについて。まだ確定はしていないがオレ様は悪魔の仕業と見ている。理由はあの呪い。」
「途中で先輩の人格が変わったあれか?」
「それもある……あいつには二つの呪いがかかっていたんだ。《バオアの呪い》と《アサクの呪い》がな。」
「ば……ばおあ?あさく?」
「《バオアの呪い》は……平たく言えば敵の情報をオレ様たちに流さないためのものだ。敵に手によってゴッドヘルパーであることを自覚した奴は同時に特定の行動をすると死ぬ呪いをかけられるようだ……オレ様たちに敵のことをしゃべろうとすると心臓が鷲づかみにされるような痛みが走る。これのせいで全然敵の情報を得られなかったんだが……これを使えるのは悪魔だけなんだ。」
「なるほど……逆にわかったわけだな。それで……もう一つは?」
「《アサクの呪い》は……狂気を暴走させるものだ。生き物ならなんであろうと持っている狂気。普通なら滅多なことでは表に出ない感情だが……この呪いはそれを表に引っ張り出し、かつ強くする。どうも力を使う程に呪いの影響が大きくなるらしい。ひでぇ呪いさ。」
ルーマニアの表情が曇る。この表情は……名前を聞いた時のそれと同じだ……
「つまり……今、力で暴れたりしている人たちも被害者ってことなんだな。」
「そうなるな……自分の意志とは無関係の可能性が高い。」
「ほんと……ひどい話だな。」
「そうやって人間を暴れさせて何をしようとしてるかはわからんかったがな……」
きっとろくでもないことなんだろう。絶対阻止せねば!
「最後に……評価と今後。」
「……今後はわかるけど……評価って・・?」
「神様の評価さ。今回の件を神様に報告したんだが……お前の協力に感謝しているとさ。今後も頼むとよ。」
「なんだそれ。自分で言いに来いよって感じだな。」
私の今の発言がよほどおかしかったのか、ルーマニアが大笑いした。
「はっはっは!!違いねぇ!だよなぁ……会ったこともねぇのにな!はっはっは!」
笑い終わってからルーマニアは妙にしんみりと言った。
「あの時……アザゼルの行動も嬉しかったが……お前みたいにオレ様と一緒に愚痴を言えるような奴がいれば……あるいは。」
私はなんだかもどかしかった。ルーマニアは何かを隠している。だがそれはこの事件には関係がたぶんないし、訊いても答えてくれないだろう。いつか……ルーマニアの方から打ち明けてくれる時を待つしかないか……
「……んで?今後って?」
「簡単に言えば……オレ様がまた現れるまで待機だ。つってもほんの一日二日だろうが。とりあえずここら辺の事件を担当する。資料を集めたりすんのにある程度時間がいるからな……それまでゆっくりしてろ。」
「まぁ……今は春休みだからひまはいくらでもあるし……了解だ。腕輪はどうする?」
「外してていいぞ。ずっとつけてんのもあれだしな。」
ルーマニアはほんとに必要なことだけ告げて帰っていった。私はなんだか拍子抜けしてしまった。報告って言うくらいだからもっと難しい話かと思ってたんだが……お昼までまだだいぶある。何気なくパソコンを立ち上げるとメールが来ていることに気づく。
「……?見ないアドレスだな……ウイルスとかかな……」
しばらく思考してから私は音切さんに行きついた。
「そうだった。音切さんかも……ってよく見ればアドレスに思いっきり《OTOGIRI》って入ってるし。」
開いてみるとやはり音切さんだった。自分の作ったプラモデルの写真を送ってくれたらしい。
「おお……これは戦艦か!カッコイイなぁ……わざと傷をつけてる。リアルだなぁ。」
他にもいろいろな写真が添付されている。「感想を聞きたい!そして君の作品も見たい!」と書いてある。
「困ったな……感想ならいくらでも書くけど……写真かぁ。私はデジカメとかもってないし。」
まぁそれは今日にでも友人に相談してみよう。……しかし、こう……趣味の話ができる相手っていうのはいいもんだな。音切さんが探す理由がわかる。私は棚に置いてある今までに作ったプラモデルを取り出し、どの角度で写真を撮ろうか考えた。
「こういうのをとらぬ狸の皮算用というのだろうな。」
そうだ、巷にはカメラ付きケータイというのがあるじゃないか。友人に選んでもらおう。音切さんにもケータイのアドレスとか教えないと……アドレス何にしようかな。
私は久しぶりにわくわくしている。初めてあの友人と出かけたとき以来だ。早くお昼にならないかな。……こう言うと食いしん坊さんに聞こえるな……だがしかし、そう思っていたのは私だけではなかった。
「おはよう!今日も眠そうねぇ晴香。」
「……まだ十一時だが……」
「だぁって久々の晴香とのお出かけよぅ?わくわくしちゃってね!」
友人は相も変わらず黒髪+メガネであるが服は制服ではない。こういうのは……そう、確かワンピースだ。それにジーパンの生地でできたジャンパーを羽織っている。あまり服に興味がないから名称がわからない。なんか……変な組み合わせに思うのは私だけだろうか。
「ちょっと早いけどお昼食べよ!《エクスカリバー》でさ。ほらほら行くよぅ?」
友人に手を引かれて《エクスカリバー》へ向かう。
「……?おい、こっちは道が違うぞ。どこに行くんだよ。」
「それよりもまずはこれを見なさい!」
友人に連れられて着いたとこは公園だ。人がたくさんいる。みんな手にケータイを持っている。写真を撮っているらしい。ああいうのが欲しいな。
「見て見て晴香!この前の道のクレーターなんて目じゃないわ!砕けてんの!地面が!倒れてんの!木が!」
「ほんとに楽しそうだな……」
改めて見ると大惨事である。砂を舞わせて「どうしょう」と思っていた自分が懐かしい……まぁそれも昨日のことだが。
「んもう!冷静ね!あっ!!まさかもう見ちゃったの!?眠そうな顔はまさか早起きしてこれを見にきたから!?晴香、おそろしい子!」
「眠たそうな顔はデフォルトだ……」
私の静かなツッコミに「アハッ♪」と笑ってまた私の手を引く。こんどこそ《エクスカリバー》への道だ。私はもう慣れた……違うな、こういうノリが好きだからこいつについて行けるが……確かに普通ならついて行けんな……こいつには。
《エクスカリバー》に入り、窓側の席に座る。店員さんが来る前に友人が大声で「クリームソーダ二つぅぅ!」と叫んだ。実はここのクリームソーダの素晴らしさを教えてくれたのもこの友人だ。
友人は上着を脱いでくつろいでいる。この友人はなかなか女性的な体をしており、ワンピースだけとなるとかなり色っぽい。
「……?あに見てんのよ。」
「もうちょっとまわりの目を気にした方がいいんじゃないか?お前。」
「なに言ってんのよ晴香。女性の体に男性が欲情するのはこの世界の仕組みよ!システムよ!なにをしようと止めらんないの!だったらガンガン見せつけた方が今後のためにも生物学的な子孫繁栄にもお得でしょうが!」
……《性欲》のゴッドヘルパーとかいるんだろうか……・
「だいたいあたしは知ってのよ?晴香は脱ぐとすごいってことを!着やせするタイプだってことを!どっかだけが異様に成長しているわけではない、あのバランスの取れたバディ!!水泳の授業のときにあたしが受けた衝撃を教えてあげたいわ!」
「はずかしいことを大声で言わんでくれよ……」
友人は腕組みしてなにやらぶつぶつ呟きだした。
「ちょうどいいから今日、もっと色気のある服を買わせるか……」
まったく……こいつは初めて会った時からまったく変わらないなぁ……と、そんなことしているうちにクリームソーダがやってきた。
「勢いでこれ頼んだけど……あたしたちってお昼を食べに来たんだよね。」
今さらなことを呟きながら友人はストローに口をつけている。私はスプーンで上のアイスをつつく。
「でもま、あの店の近くってクレープ屋さんとかよく来てるからいっか。晴香はクレープ好き?」
「きらいじゃない。……というかあの店ってなんだ?私をどこに連れてくつもりなんだ?」
「その言い方だとあたしが晴香をいかがわしい店に連れていこうとしてるみたいじゃない!ケータイ売ってる店に決まってんでしょうが!まったく……」
友人はぷんぷんしながらアイスを食べだした。こいつの無表情というのをそういえば見たことない気がするな。私はこの友人との出会いを思い出す。
高校生になって一週間が経ったころ、多くの人が自分と気の合う人を見つけて「友達」となりつつあったあのころ、私とこの友人は出会った。私はこの性格であるので自分から誰かに話しかけることはしていなかった。だからいつも席に座って空を見ていた。あの日、いつも通りに机に弁当を広げてお昼を食べようとしていると、この友人が突然私の机にパンと牛乳を置き、前の席の椅子をこちらに向けて私の正面に座った。
「数学の谷本って絶対カツラだよねぇ、あれ。」
これが第一声。「ここ、いい?」とか「お昼一緒に食べよう。」とかそういう言葉は一切なかった。私は「何だこいつは。」と思いながらなかば無視して弁当を食べた。だがそんな私の態度を気にすることもなくこの友人は一人でしゃべり続けた。となりのクラスにこんな奴がいるだとか、この学校のイケてる先輩だとか、七不思議だとか。お昼終了のチャイムがなると「じゃ。」と言って自分の席に座った。次の日もこの友人はやってきてしゃべり続けた。次の日も、次の日も。だんだんと私もこの友人に興味を持っていった。そして初めて出会ってから一週間後、普通に私の席にやってきて自分のお昼を広げ始めた友人に私は話しかけてみた。
「なぁ、お前はプラモデル好きか?」
この質問に対し、この友人はさして驚きもせずに答えた。
「なぁにぃ?晴香、あんたプラモデルになんか興味あるの?はっ!まさかあんた、モデラーとかいう奴なの!?」
そこから私とこの友人の「友達関係」は始まった。今思えば不可思議な始まりだ。この友人はどういう気持ちで私に話しかけてきたんだろうか。何を思って?
「どうして私とお前は友達になったんだろうな。」
アイスを急いで食べたせいか、頭をおさえている友人に問いかけた。
「はぁるか。「私とあなたはどうして友達になったのでしょうか?」っていう質問は世界七大神秘よ。この質問に対するアンサーを持ってる人間はたぶん全人口の一割にも満たないと思うわよ?まぁでも……強いて言うならねぇ……」
友人はスプーンを私に向けてウィンクしながら言った。
「運命よ!」
私はしばらく沈黙して、アイスを一回口に運んで飲み込んでから言った。
「それじゃあ仕方ないな。」
「あによ、仕方ないってぇ!!ひどいわ!こんなに素晴らしい友達に向かってなんたること!」
私と友人は《エクスカリバー》をあとにし、電車にのった。どうやらその店はこの町ではないらしい。最近は切符を買う機会がないのでどこに行くのか訊かないままに電車に乗ってしまった。
「……乗ってから言うのも何だがどこに行くんだ?」
「次の駅だからすーぐよ!」
「次?隣町か。だったら歩けたんじゃないか?」
「あんたはいつから健康志向の老人になったのよ。それかケチ。楽に行けるのなら楽に行くってのがあたしのポリシーよ!」
「堂々と言うほどのもんかね、まぁいいけどさ。」
ほんの三分ほどで駅に到着した。そこからは友人に手を引かれて店へと向かう。となりの駅だというのに私たちの町とは違う世界がそこにはあった。別に私の町が田舎であるわけではないが……都会だ。人だらけ。友人の手を離したら一気にのまれてしまう。
「着いたわよ晴香。ここよ、ここ。」
駅からほんの五分ほど歩いた……いや、友人に手を引かれていたから早歩きしたとこにその店はあった。白い店内にカラフルな色彩でケータイが所狭しと並んでいる。私が言うのも何だが、若者が多いなぁ。みんなそんなにケータイを持っていないのか?
「バカね、今この店内の客の中でケータイを初めて買う奴はたぶん晴香だけよ。みんな最新の機種に買い替えようとしてんの。」
またこころを読まれた。この友人はもしやゴッドヘルパーか!?
「ケータイって買い替えるものなのか?そんなに壊れやすいのか。」
「別に壊れやすいわけじゃないけど……やっぱり新しいものがいいじゃない。」
もったいない……と思う私は考えが古いのだろうか。
「とりあえず……この棚に置いてある奴から選んでね。あたしとの通話が無料になるから。」
「へぇ……無料にね。どんなのがあるんだ……?」
棚いっぱいにケータイが並んでいる。よくわからん程に薄いやつ、着せ替えとかいうのができるやつ、テレビが見れるやつ……私がしかめっ面をしているのを見て友人が言った。
「あたしが選んであげましょ!晴香は欲しい機能とかある?」
「機能……ああ、カメラが付いてるのがいいな。」
友人が意外そうな顔をする。
「ほへぇー。晴香がカメラ機能を欲しがるとはね。てっきり「電話できるならどれでも。」とか言うものだとばかり……プラモの次は写真?」
「ちょっと必要になってな……」
「ふぅん。まぁ確かにあると便利よねぇ。あの公園の惨状とか、道のクレーターみたいなハプニングをすぐに記録できるし?芸能人とかに出会ったら写真撮りたいしね。そうそう、芸能人と言えばさ、《エクスカリバー》にあの音切勇也が来たんだって!……って言ってもわかんないか。」
「いやわかるよ。その場にいたからな。」
友人は手に取ったケータイを持ったまま呆然と私を見る。
「なんですってぇぇっ!!!!」
店内に友人の声が響く。友人は血相を変えて私に近づいてくる。……すごい迫力だ。
「どーして言わないのよ!そういうことはあたしに真っ先に言うべきでしょが!」
胸ぐらをつかまれた。カツアゲされる気分とはこんな感じなんだろう……
「いや……どうせケータイ買いにいくからその時でいいかと思ってな……てかちょっと落ち着け、みんな見てるぞ……」
店内の人がちらちらとこちらを見ている。中にはくすくす笑う奴も。音切さんと出会った時とはまた違った温度の視線だ。
「まったくぅ……お?これなんかどうよ!写真がきれいに撮れるとかなんとか書いてあるわよ。」
友人が手に取り、私に見せてくる。真っ白なケータイに大きな画面とボタンが少しついているのが見える。
「あれ?それは……どこに数字のボタンがついてるんだ?」
友人が目を細くして私を見る。なんだろう、何か変なことでも言ったか?
「晴香……これはスライド式なのよ……ほら。」
ケータイの画面が上にスライドした。すると数字のついたボタンが下から出てきた。
「おお!カッコイイな!これがいいぞ。」
「うん……悪くない選択だと思うわ。結構いろいろな機能がついてるみたいだし。色は何色がいいの?」
「色か……何色があるんだ?」
「ん~とね……白、黒、赤、青……ピンク!?すごい色ねぇ……シルバー、緑……緑!?めずらしいわね……。」
「青がいい。」
「そう言うと思った。空の色だもんねぇ。晴香ってば暇さえあれば空みてるし。」
この発言には驚いた。私はこの友人に「空への気持ち」を話した覚えがない。さすが友人。
「んじゃとっとと買って契約してあたしのメアドと電話番号を入れるのよ。」
さすがに店員さんは慣れていて、あっという間にするべきことが終わった。途中途中で友人のアドバイスを受けつつ、いくつかのプランに契約した。こういうのは普通親が確認するのだろうが、両親に「友人と買いにいく。」と言うと「じゃあ安心だ。」と言ってそれっきりだ。随分信頼されているようだ、この友人は。
購入したケータイを紙袋にいれて店を出る。するとすぐに友人に手を引っ張られ、道路の両端に設置されているベンチに座らされた。隣に友人も座り、目をきらきらさせて言う。
「さあさあさあ!ケータイを出しなさい!」
紙袋から箱を取り出す。見るとテープで開閉部分が止められている。頑張って爪ではがそうとすると友人がハサミをすっと差し出した。まさかこのことを予想していたのか?こいつは。箱を開くと説明書らしきものが見え、中のものを引きだしのようにひっぱるとそこに青いケータイがすっぽりと型にはまっていた。きれいな青だ。まぁ空の色としてはいささか濃いが。
「最初はいくつか設定しなきゃいけないから……なんならあたしがやろうか?」
「いや、自分でやってみるよ。」
何の設定かよくわからない設定を設定して、私は一息つく。一番悩んだのがメールアドレスだ。とりあえず今私の部屋にあるプラモデルの中で一番カッコイイ名前の奴の名前を使った。隣を見ると友人が自分のケータイを取り出してなにやらいじくり始めた。
「赤外線で通信するわよ!」
「?」
私が困惑していると友人が私からケータイを奪っていじり出す。そして自分のケータイと私のケータイの背中(?)を向かい合わせる。
「……よし、これでばっちり!あたしの情報があんたのケータイに入ったわ。アドレス帳を見てみなさい。」
私はおっかなびっくりにケータイを操作して友人の言う「アドレス帳」を開く。スクロールしていくと一つの名前が出たきた。……なんだこれ?
「なぁ……ケータイって買ったときから誰かのアドレスが入ってるものなのか?」
「……はい?なに言ってんの晴香。」
「だってほら……この名前は私知らないぞ。」
友人はケータイの画面を覗きこむ。するとおかしな答えが返ってきた。
「何言ってんのよ。これあたしじゃない。」
その時、私と友人の間に閃光が走った。先輩の作りだした光の球体がまた飛んできたのかと思うほどの閃光が。いや……これは雷と言ったほうが適切か?それとも亀裂?
「……」
「……」
私と友人はしばらく黙ったまま見つめあった。その間実に一分。だが私は永遠かと思ったほどに長く感じた。……先に口を開いたのは友人だった。
「……ねぇ晴香。あたしの名前を言ってみなさい。」
頭の中を全力で検索する。だが目の前の人間を示す名前はこれっぽっちも出てこない。
「……すまん。わからない。」
しばしの沈黙の後、友人は突然笑い出した。
「あははははは!!まさか!えぇっ!?こんなことってあるの!?すごーい!じゃあ何、晴香は一年間も名前を知らない奴と友達やってたの!?でもでもそうかもね!あり得なくはないわ!だってあたし晴香に名乗った覚えがないもの!ははっ!」
「……よくもまぁ……こんなんで一年も……」
「いやいや、実際あたしの名前は必要ないのよ!基本的に話しかけるのはあたしだし、晴香から話しかけるときは「なぁ。」とか「おい。」とかだもの。……あれ?でも晴香の親はあたしのこと知ってるわよね?何度かおじゃましたし。……あたしその時名乗らなかったっけ?」
「名乗ったとは思うが……その場に私がいなかったのかもしれないな。先に自分の部屋にあがってたとか。私の友人は今のとこお前だけだから親との会話でも名前を出す必要がないんだな……」
友人は笑いすぎたのか、お腹をおさえている。私も自然と笑みをこぼす。
「いよし!今日は晴香のケータイデビューの日とともにあたしの名前を知った日なのね!めでたいわ!!あ、そうだ。折角名前を知ったんだからあたしのことを名前で呼んでよ。あたしが晴香って呼ぶのと同じようにさ。」
私は姿勢を正して友人の方を向く。
「では……あらためて聞く。あなたのお名前なんですか?」
友人は満面の笑みで答えた。
「あたしの名前は「花飾 翼」よん!」
つづく
今日の天気 第1章 ~World System~
つづきます。
それもかなり長く。
この章は所謂「序章」。雨上さんの初戦のお話でした。