まいなす同好会
よくアニメや漫画に登場する、「どこでも転ぶ人」っていますよね。
そんな人って、実際どういう人なんだろうか。そんな空想から生まれました。
まいなす同好会
俺には能力がある。
頭がいいとか、運動が出来るとかそういう能力ではない。また、空が飛べるだとか、水の上を歩けるだとかいう類でもない。勿論、火を吹けるわけでもない。
俺の能力は――
「んがっ!」
学校へ向かう途中の出来事。突然の視界の変化。さっきまで道路と電柱と空と通行人が見えていた。しかし今見えているのは道路のみ。膝とおでこに走るのは痛み。全身で感じるのは道路の温度。ああ、とてもひんやりとしている。幸い、メガネは無傷だ。
……別に土下座している訳ではない。単に……転んだのだ。
俺は高校生だ。先月二年生となった。
頭は上の上。学年ではトップクラスの成績を修めている。バレンタインには十数個のチョコレートが机の中に入るイケメンだ。
俺は、出来る男だ。
「っとと……のあっ!」
昇降口で靴をはきかえていたら、突如身体の前面に衝撃が走った。
……別に地球に体当たりをかましている訳ではない。単に……転んだのだ。
俺が通う高校では、二年生から「生徒会長」への立候補権利が与えられる。クラスメートは俺に立候補しろと言うし、俺自身も、大学受験のために何かしらのアドバンテージを欲している。立候補すれば確実に当選するだろう。
そもそも、俺は一年生の時に副会長を務めている。生徒会や先生からの信頼は厚い。
「……!?」
目的地に向かって歩いていると……再び視界が道で……廊下で埋め尽くされた。ああ、道路よりもひんやりする。
……別にヘッドスライディングしている訳ではない。単に……転んだのだ。
普通、朝来た学生が向かう先は教室だ。だが俺は違う所へ向かっている。
……生徒会長になろうとは、入学した時から思っていた。しかし、生徒会長ともなれば、壇上で何度も演説する機会があるだろう。そうなった時、俺の能力は俺の評価をまさに急降下させることになる。副会長の時は問題なかったが、生徒会長ともなれば……
「どぅあっ!」
目的地まであと数メートルという所で突如重力が反転、俺の視界が廊下の天井で埋まった。
……別に撃たれて倒れている訳ではない。単に……転んだのだ。
「おはよう、諸君!」
俺は目的の部屋、部室のドアを開けた。
「おはようございます!」
「おはよー。」
「うぃっす。」
すでにメンバーは揃っていた。
「よし、では朝のぉぉっ!?」
自分の席に向かう途中、突如バク転を開始した俺の身体。
……別に後ろ受け身の練習をしている訳ではない。単に……転んだのだ。
「部長が転んだ!」
「大丈夫ー?」
「おいおい、頭へいきか?」
「問題ない! 朝の報告会を始める!」
俺は机の中からノートを取り出す。
「間壁!」
「はい!」
立ちあがったのはまるでロボットか何かのように背筋がピンと伸びた前髪七三分けの男。
「今日は家からここまで、計四回です!」
「昨日雨も降って無かったのにー?」
「そーいや、なんかお前、いいにおいするな。」
「四回中二回はたこやきとアイスクリームでしたから。」
「ふむ。次、中山!」
「はいー。」
次に立ちあがったのはショートヘアのクセに無理やりツインテールを作っているほんわかした女。
「今日は三つですー。」
「え、大丈夫ですか?」
「うんー。体操服とリボンとハンカチだからー。」
「身に付ける物ばっかじゃんか。つか今日体育あったか?」
「この前友達に借りたのを返すために持ってこようとしたんだよー。」
「ふむ。次、鈴木!」
「うぃ。」
その次に立ちあがったのは本来なら腰までのびている髪をいくつもの団子にしていて頭がおかしなことになっている切れ目の女。
「うちは……まだわかんねー。朝の小テストが勝負だな。あ、そういやぁこの前出した懸賞のハガキが宛先間違いっつって戻って来た。」
「うわー。残念だねー。」
「頑張って下さい、今日の小テスト!」
「ふむ。最後に俺は、さっきのを入れれば五回だ。」
「どうやら、先日行ったダールタの儀式は効果がないようですね!」
「そうだな。やはり、本来三十二人で行う儀式を四人でやったことがまずかったか。」
「でも、その前のフーリンカンのおまじないは六人だけど四人でやって、成功したよー。」
「んああ。人数じゃなくて、やる気やおまじないそのものの性能じゃねーのか? フーリンカンは確か……その後三日間は良かったんだろ?」
「ああ。俺たちの能力は数値的に三十パーセント弱まった。」
俺はノートをめくる。
「よし、次に情報の報告を。何かあったものは言うのだ。詳しい方法などは放課後に聞く。今は概要だけ述べろ。」
「はい!」
「間壁。」
「先日録画しておいた『幸運の世界へ』という番組を昨日観ました! その中に悪い運勢を覆すおまじないがありました! 必要な道具も身近な物です!」
「よし、では放課後にやってみよう。マニュアルを作っておけ。他には。」
「うぃ。」
「鈴木。」
「二週間くらい前に報告した、『幸運を呼ぶハッピーストーン』についてだ。あれ、ちょいと調べてみたら、購入者の一パーセントくらいしか効果を感じてねぇ。正直、この数字は偶然レベルだぜ。」
「確かに。ハッピーストーンは偽物だったか。俺は特に言う事がないが、中山は何かあるか?」
「ないー。」
「よし、では朝の報告会を終了する。また放課後に。」
「了解です!」
「はいー。」
「うぃ。」
俺は教室に向かう。奇跡的な事に、転ばなかった。
そう、俺は生徒会長を問題なく務めるため、同志を集い、俺の能力を無くすための組織を作り上げた。
《ザ・ロスト》、中山。
《ホワイトヘイト》、間壁。
《パーフェクトノット》、鈴木。
そして俺、《フロアテイスト》、石動。
マーフィーの法則に縛られた俺たちは自分の能力を消すため、日々活動している。
俺たちは、『まいなす同好会』。
報告会の後、朝のホームルームでいつもとは異なる出来事が起きた。
「高校だと少し珍しいんだけどね。転校生を紹介するね。」
俺のクラスの担任が嬉しそうにそう言い、教室の外にいるのであろう誰かを呼んだ。
「ささ、自己紹介してね。」
「はい。」
前の高校の物だろう、見慣れない制服に身を包んだその男は同志・間壁と同等の背筋の張り具合で自己紹介を始めた。
「金剛寺幸成です。名字がなんだかカタイので名前で呼んで下さい。よろしくお願いします。」
明晰な俺の頭脳はピンときた。あの制服と名前でこの男が何者か。
別に制服マニアで無くとも、言われれば誰でも「ああ、そう言えば」と言うだろう。あれは天下の名門、白金高校の制服だ。そして、金剛寺とは天下の電機メーカー、ダイヤモンドカンパニーの社長の名字。
「……名家のお坊ちゃんってとこか。」
授業と授業の間のわずかな休み時間に転校生の周りに人が集まるのは自然なことだ。そこで得られる情報により、昼休みにはクラス全員が金剛寺の素性を知った。全校に広がるのは時間の問題だろう。
「聞きましたよ! あのダイヤモンドカンパニーの御曹司が来たんですよね!」
同士・間壁が口調と勢いの割には鬱々とした表情で、俺の分の飯を盆に乗せてやってきた。
俺が運ぶと必ず転ぶので、いつも同志が運んでくれる。
ここは学食。俺は昼飯を毎日同志と食べている。同好会としての活動は主に放課後であり、この時間はただの「友達同士」の会話だ。いつもはどうでもいいことを話しているが、今日は金剛寺の話題になった。
「すごい名前だねー。強そー。」
同志・中山がそばをすすりながらそう言った。そして同志・間壁の能力が発動し、ハネたそばのつゆが同志・間壁の服に直撃する。ちなみにこういった現象は誰が何を食べていようと、例え同志・間壁が一人であろうと、何かを食べているのなら必ず起きる現象だ。同志・間壁が食事をして服が無傷だったことなど一度もない。
「あー、ごめんねー。」
そう言いながら同志・中山はポケットに手をつっこんだが、ハンカチを忘れてきたことに気が付き、テーブルに置いてある紙を手に取って同志・間壁の服をふいた。
「別に良いですよ。」
「てか、なんでお前はそんなに暗い顔してんだ?」
懸賞ハガキを書きなおしている同志・鈴木。郵便番号が一マスずれて数字が一つ枠の外に書いてあるのだが気付いてないらしい。あとで教えてやろう。
「いえ……そういう家の生まれともなれば、マイナスではなく、プラスの能力があるのではと思いまして。」
「うちらと真逆か。確かに、その家に生まれた時点でそうと言えんのかもな。なぁ部長。」
「……ああ……」
俺達のようにマイナスの能力を持つ者がいればプラスの者もいる。実際、異様にジャンケンが強い人、くじ運が良い人はいる。ランダムにふられる確率の中、良いことを割合的に多く手に入れる存在。それがプラスの能力者。
「ふむ……これは一つのチャンスかもしれないぞ。」
「あん? 何がだよ。」
「プラスの人間がいるなんてことは俺達も承知していた。その存在が俺達の真逆であるなら、研究の対象にもなるかもしれないと、去年の夏休みあたりに俺は言った。」
「そう言えば言ってたねー。でも確か部長はこうも言ってたよー。『俺達の能力はマイナスの最大レベル。研究対象とするべきはプラスの最大以外はあり得ない。』ってー。」
「そうですね! ちょっと運がいい程度では意味がありません! 群を抜いていなくては!」
「その通りだ。そして、あの金剛寺はもしかしたら群を抜いているかもしれないという話だ。」
「あー、なるほどな。でもんなもんどうやって確かめんだよ。」
「よし……これは最優先事項とする。今日の放課後、同志・間壁のおまじないを行った後は金剛寺についての話し合いを行う。」
「了解です!」
「んー。」
「うぃ。」
……昨日の放課後に行ったおまじないはあまり効果がなかったらしい。俺は道路に大の字に転がっていた。これで今日は三回目だ。
「まったく。あの金剛寺が最大のプラスなら、俺達の活動も大きく進みそうなんだがな――ん?」
俺が転がった道は大通りだが、起きあがる途中、視界に入った脇道に俺の目は止まった。そこで売っている飲みモノは極限まで冷たく、信じられない程に熱くなっているであろう、ほとんど利用する奴のいない自販機。その自販機の前に金剛寺が立っていた。
「……またか……」
そうポツリと言った金剛寺はすでに何か飲みモノを持っているのに自販機の中に手をつっこんでもう一つ飲みモノを取り出した。
足取り重く、脇道から出ていった金剛寺を見送った後、俺はその自販機の前に立った。
「……この自販機、当たりつきだったのか。」
「……」
「おいおい部長、いつまでそこで転がってるつもりなんだ?」
朝の報告会のために部室に入った俺は床にうつぶせになっている。そんな俺を見降ろす同志・鈴木。
「……少しな……」
今朝見た金剛寺の……表情が引っかかる。
「部長ー。今日はあれをやるんでしょー。」
「……ああ! もちろんだ。各自、機会をうかがって実行しろ。」
「了解です!」
とりあえず、同じクラスの俺から。
ホームルームの前、金剛寺がカバンを置いてトイレに行った時、俺は金剛寺の椅子に画びょうを一つ設置した。
俺自身は自分の席につき、金剛寺の席を注視する。
「……来た。」
金剛寺が戻ってきた。向かうのはもちろん自分の席。そのまま座れば画びょうに刺さるだろう。しかし――
「きゃあ!」
クラスの女子が一人、金剛寺の席の近くで何かにつまずいた。転びはしなかったが、バランスをとる過程で金剛寺の椅子を蹴飛ばした。
「!」
その拍子に、椅子に設置した画びょうがどこかへ飛んで行ってしまった。
「大丈夫ですか?」
「うん、あ、ごめんね、椅子。」
「いえいえ。」
椅子をなおし、何事もなく……金剛寺は席についた。
次の授業のため、教室を移動する時。同志・鈴木が物陰からパチンコで消しゴムを金剛寺に発射した。だが発射と同時に金剛寺は教科書をうっかり落としてしまい、当然のようにしゃがんだ。
「まじかよ!」
思わず叫んだ同志・鈴木。
金剛寺がしゃがんだせいで、消しゴムは金剛寺の前を歩いていた奴の頭に直撃した。
昼休み。学食で飯の乗ったお盆を持ちながら、席を探す金剛寺に同志・間壁が大胆にもスライディングキックをしかけた。そのまま行けば金剛寺の脚にあたり、金剛寺は持っている飯をぶちまけることになる。だが同志・間壁と金剛寺の間に突如一人の男子生徒が入ってきた。落とした何かを探すような仕草をしていたその男子生徒に同志・間壁は突っ込み、そこでスライディングキックは止まった。もちろん、金剛寺は無傷。
「ああ! オレのコンタクト!」
「す、すまない……」
どうやら、その男子生徒は同志・間壁がスライディングキックをした瞬間にコンタクトレンズを落としたらしかった。
帰りのホームルームが終わった直後、多くの生徒が帰路につく中、同志・中山が金剛寺の下駄箱にネズミ捕りを仕掛けた。何も知らずに手を突っ込めばバチンッ!となるだろう。金剛寺がやってきて下駄箱に手を入れると思いきや、金剛寺は下駄箱の前で立ち尽くした。何やらキョロキョロしていると思うと、クラスメートがやってきた。金剛寺と少し話をしたら笑いながら金剛寺の下駄箱を指差し、中から靴を取り出した。当然ながら、そのクラスメートはネズミ捕りの餌食になった。
「なんだこりゃ!」
「ぼ、僕にもさっぱり……」
「転校生へのいたずらか? 気をつけろよ、幸成。」
「うん……」
推測するに……自分の下駄箱の場所がわからなくなったのだろう。ここの下駄箱は一つ一つにふたというか扉というか、とにかくそういう物がついており、そこに学籍番号が書いてある。おそらく金剛寺はここの下駄箱における学籍番号の並び順を理解していなかったのだ。それでクラスメートが親切に教えてやり、ついでに靴をとってあげたのだ。
「んー。明日とか明後日なら引っかかったかなー。」
部室。同志が揃った。
「なんてことだ。あれは本物かもしれんな。」
俺がそう言うと同志・間壁が頷いた。
「そうですね! ここまでくれば……偶然の域を超えているのではありませんか?」
「すごいよー。これなら研究対象になるよねー、部長ー。」
「でもよぉ、研究するったってどーすんだよ。勧誘でもすんのか?」
そう、そこが問題だ。どうしたものか。
コンコン。
突然室内に響く音。これはドアをノックする音だ。
ここは『まいなす同好会』だが、そんな名前で申請が通る訳もないので表向きは文芸部で通している。俺のステータス的にも、生徒会と部活を両立できる男として評価も上がるため、ここが文芸部であることも、俺が所属していることも別に隠してもいない。故に文芸部としての活動を見たいという新入生や生徒会に所属する俺を訪ねてやってくる生徒がたまにいる。
新入生が部活をまわる時期は過ぎているのでこれはおそらく後者だろう。文芸部目当てでやってくる新入生の対応には骨を折ったが、後者ならばなんの問題もない。
「誰だ?」
だから俺は特に何も考えずにドアを開けた。故に、不覚にも声を挙げてしまった。
「んなっ!?」
「どうしたんですか、部長。」
同志・間壁がそう尋ねてきた。俺自身、何がどうなっているのか聞きたいくらいだ。
「えっと……こんにちは。」
そこに立っていたのは金剛寺幸成、その人だった。
金剛寺を椅子につかせる。同志はどうしたものかと部屋の隅に集まっている。俺は金剛寺の前に座った。どうやら俺を訪ねてきたらしい。
「生徒会に聞きました。あなたが生徒の相談に親身になってくれると。」
……確かに、生徒から信頼される人物となるべく、生徒の相談事には親身に接し、俺自身の評価を上げてきた。全ては生徒会長になるための布石だったが、こんなところで俺を助けることになるとは、何がどう『転ぶ』かわからないものだ。
今現在、俺たちにとっての最重要人物を部室に連れてくることができたのだから。
しかし、それはそれとして……つまり金剛寺は俺に何か相談事があるということになる。あれ程のプラスを持っている人間に悩みが?
「えっと……ですね。どう言えばいいのか……」
「んん? 何か言いづらいことなのか?」
「そういう訳では。ただ、あまりにバカバカしいことでして……」
「ほう?」
「僕は……自分の運を何とかしたい……んです。」
俺と同志は驚愕した。運ということはつまり、プラスの力についての相談ということだ。
「どういうことだ! 詳しく話せ!」
思わず立ち上がる。俺としたことが、つい大きな声を出してしまった。ハッとなって俺は金剛寺を見る。すると金剛寺はずいぶん……驚いていた。突然の大声にびっくりしたのではなく、俺の反応そのものに驚いている感じだ。
「……今まで……何人かの人に相談をしましたが……石動さんのような反応は初めてです。」
まずい。不審に思われたか。印象を悪く持たれると今後の研究に支障が出かねん。落ち着け、俺。冷静に行くのだ。
「すまない。大きな声を出してしまって。それで……運を何とかしたいというのは?」
「あ、はい……」
しかし金剛寺は……妙にホッとした表情で話を続ける。まるで俺のさっきの反応が喜ばしいことのようにだ。
「その……僕はすごく運がいいんです。」
「ふむ?」
「自分がした事でいいことが起きる……例えばくじ引きとかをするとほとんど確実に大当たりを引きます。それは……いえ……えっと……本題はこっちではなくて……」
歯切れが悪い。表情から察するに、本題ではないと言いつつもこっちもなんとかしたいと思っていそうだ。
「問題は僕の意思でない何か……事故とかそういうモノも回避してしまうことなんです。……他人を犠牲にして。」
俺は今日の事を思い出す。画びょうの時はクラスの女子がつまずいた。パチンコの時は前を歩いていた奴に当たった。スライディングの時はコンタクトを落とした奴がいた。下駄箱の時はクラスメートが餌食になった。
なるほど。確かに誰かが何かの害を被っている。
「父は……僕の運を《エンペラー》と呼んで喜んでいます。これで会社の未来は明るいなどと言って。でも僕は……!」
そこで金剛寺は机を叩き、俯きながら絞り出すように叫んだ。
「車に乗っている時、電車に乗っている時、飛行機に乗っている時! 本来なら僕が死ぬはずだった事故なのに隣の席の人が死んでしまったら!? 乗客全ての命と引き換えに僕が生き残ったりしたら!? そう考えると怖くてしかたないんです! 自分は常に安全でいざとなったら誰かが犠牲になる? そんなの! そんなの……」
……普通なら。こういう話をされても「はぁ、そうですか。」としか言えないだろう。しかし俺達は違う反応を示すことになる。
「あ……すみません。石動さんは真剣に聞いてくれると思ったら……つい。すみません。」
笑って誤魔化しているが……今の叫びは心の底からの本音だろう。金剛寺は何とかしたいと思っている。自分のプラスを。
そしてここまで話したこいつに、俺達も相応の対応をしなければならない。
「……金剛寺。」
「は、はい。」
真剣な顔で金剛寺は俺を見た。
「そこに立っている七三分けの男はな、《ホワイトヘイト》という力を持っている。」
「は…………はい?」
「白い服を着ている時に発動する力でな。食事をすれば必ず何かがはね、水たまりの横を歩けば必ず泥水がはねる。」
金剛寺はキョトンとしている。
「そっちの短いツインテールの女は《ザ・ロスト》という力を持っている。どこかへ出かける時に発動する力で、どんなに注意していても必ず何か忘れ物をする。それは筆箱や宿題のプリントであったり、靴下だったりハンカチだったりする。」
「はぁ……」
「そんでそこの団子頭は《パーフェクトノット》という力を持っている。テストやはがき、書類……何かに何かを記入する時に発動する力だ。必ず何かミスをする。名前を書き忘れたり、記入欄がずれてしまったりする。」
俺は立ちあがり、金剛寺はそんな俺を見上げる。
「最後にこの俺は《フロアテイスト》という力を持つ。そこがどこであろうと、どんな状態であろうと、歩けば転ぶ力だ。下に何も無くても転ぶ。」
俺は同志達の方へ移動してその前に立った。
「金剛寺、お前の運……《エンペラー》。それはプラスの能力だ。対して俺達はマイナスの能力だ。」
そこまで言って金剛寺も何かを察したようだった。ガタッと椅子を乱暴に引いて立ちあがった。
「表向き、ここは文芸部だが……実際は『まいなす同好会』。俺達は俺達の運……不運をなんとかしようと日々研究を行っている。能力としてはマイナスに対してプラスという対極ではある。だが、自分の運を何とかしたいと思っていることは同じだ。金剛寺幸成。俺達の同志にならないか?」
金剛寺は目を見開いた。その目から、一滴の涙が流れる。
「……前にいた学校では……この話をしても……ふふ……あははは!」
涙をぬぐい、心底嬉しそうな顔をする。
「転校は正しかった! こんなところにいたんですね……仲間が。」
「真逆だがな。」
「いえ! 逆ではないと思います! この金剛寺幸成を、『まいなす同好会』に入れて下さい!」
金剛寺が片手を前に出す。俺はその手をつかみ、握る。
「ああ。歓迎しよう、同志・金剛寺……幸成と呼んだ方がいいのか?」
「ええ。名前でお願いします。」
こうして、『まいなす同好会』に新たなメンバー……同志・幸成が加わった。
次の日の放課後、同志・幸成が数冊のノートを持ってきた。昨日の内に俺達の活動の概要を教えたところ、同志・幸成も同じようなことをしていると言ったのだった。
「これは僕の研究ノートです。主に不幸になる術や呪いが書いてあります。」
「えー。どうしてー? 幸運のおまじないじゃないのー?」
同志・中山が首を傾げる。それに対し、同志・間壁が笑って答える。
「幸運では意味がないのです! 幸成くんは運を下げる研究をしているのですから!」
「んあ。その研究の何がうちらにつながるんだ? なぁ部長。」
「まだわからん。だがまったくの無意味に終わることはない。」
俺はノートをパラパラとめくりながら尋ねる。
「幸成、つまりお前は自分で自分に呪いをかけたりしている……そういうことか?」
「そうです。まぁ、効果が出た事はないのですが。」
「それは当然かもしれないな。お前の能力以前に自分を呪うという行為が呪いの意味に反している。」
「ええ。しかし……誰かに『僕を呪って下さい』などとは言えませんよ。」
「今まではな。しかし『まいなす同好会』はそういうためにある。俺がお前を呪ってやろう。この中で一番強力だと思うのはどれだ?」
同志・幸成が示した呪いは単純明快、かけられた者が不幸になる呪いだ。とりあえずそれを試す。
「間壁、そこの棚からトカゲのしっぽを出してくれ。中山は浄水器からきれいな水を。鈴木は俺といっしょに陣を描くぞ。」
俺達が呪いの準備を始めると同志・幸成が感心しながら言った。
「手慣れていますね。」
「当り前です! 私たちは日々、こういった儀式を行っているのですから! そういうことに必要な材料や道具は大抵そろっていますよ!」
「でもおかしいねー。幸運になる儀式と不幸になる儀式で使うものが同じなんてー。」
同志・間壁と同志・中山がテキパキと必要なモノをそろえていく。
「嬉しくもねーけど、うちも鏡文字とかかなり上手になったしなぁ。」
すらすらと複雑な魔法陣を描いていく同志・鈴木。
儀式には変なモノを必要とする場合が多く、そういったモノを集めること、作ることも『まいなす同好会』の活動だ。おかげで俺達は変な知識を身に付けている。薬草の見つけ方、薬の調合の仕方、魔法陣の模写の技術などなど。
「よし、では始めるぞ。」
「はい、お願いします。」
同志・幸成に呪いをかけた俺達は帰る準備をする。呪いもおまじないも、速効性はほぼないからだ。
「みなさんは一緒に帰るのですか?」
「まぁな。途中まで方向が同じだからな。」
「……僕もご一緒しても?」
「お前の家もあっちなのか?」
「はい、そっちです。」
そんなことを話しながら校門まで来た俺達は一台の車に目を止める。黒塗りの……初めて見たがリムジンだ。
「あ……少し待っていて下さい。」
そう言って同志・幸成は車の方へ行き、なにやら運転手と会話をして戻ってきた。
「僕の迎えの車です。朝は歩いてくるのですが……」
「あん? なんで帰りだけなんだよ。」
「それは――石動さん、大丈夫ですか?」
校門一歩手前という所で大の字に転がる俺を四人が見降ろす。
「大丈夫だ。それよりな鈴木。幸成の迎えの話だが……帰りだけ迎えに来るんじゃなくて、朝に送らないんだ。」
「どういうこった?」
「かのダイヤモンドカンパニーの御曹司だぞ? 非凡な俺達には馴染みの無い誘拐とかが起こり得るんだ。朝は登校する生徒がたくさんいるから人目がある。だが、帰りは部活とかもあって帰宅時間は各生徒によってバラバラだ。最悪、一人ぽつんと学校を出ることになるだろう? それは危ない。」
「そっか。相変わらず頭いいな、部長。」
同志・鈴木が間の抜けた顔でそう言った。
「でもー。それなら車に乗った方がいいよねー。大丈夫なのー。あたしたちと帰ってー。」
「誰かと一緒に帰れば問題はないと思います。」
同志・幸成はにこりと笑って歩き出す。俺達も歩き出すが、俺は視界の隅にリムジンの運転手を捉えた。運転手は車から降り、同志・幸成を見ている。
さっき同志・幸成はあの運転手と話をしていた。その話し方はタクシーの運転手にするようなそれではなく、親しい人間に対してするそれだった。つまり、あの運転手は同志・幸成とは仲が良いということだ。
いつも家まで送る同志・幸成が歩いて帰ると言った。運転手の心境を想像したとき、その表情にありえるのは……心配そうに見送る顔か、微笑ましく見送るかだろう。
しかしなぜだ? あの運転手……心底嬉しそうな顔をしていないか?
俺達はぶらぶらと、今までの研究を互いに言い合った。同志・幸成の呪いなどはまったくと言っていい程に効果がなかったようだ。それゆえ、俺達の研究結果には驚いていた。いくつかは効果があるモノがあったからだ。
そんな中、俺の視界にあるモノが入ってきた。ふむ、丁度いいな。
「みんな。」
「なにー?」
「んん?」
「どうしました!」
「なんですか?」
俺は近くのある店を指差した。
「少し、《エンペラー》の力を見たくてな。」
そこは駄菓子屋。俺達が通う高校の生徒がちょくちょく寄っていく店だ。
「駄菓子屋と言えば当たりつきのお菓子だろう?」
「なるほど! それは楽しみですね! 何買いますか!」
五人で店の中に入り、それぞれが適当な当たりつきお菓子を買った。
「こういうのは……どうなるんだ、幸成。」
「ほぼ確実に当たりますね……」
俺達は一斉にお菓子の封を切る。
「はずれです!」
「はずれー。当たったことないよー。」
「昔アイスが当たったことあんなぁ。あ、はずれだ。」
「はずれか……」
俺達のマイナスはこういった運勢を下げるモノじゃない。だが同志・幸成の《エンペラー》は聞く限りじゃ全体的な幸運だ。
「……当たりです。」
苦笑いしながら当たりと書いてある紙を俺達に見せる同志・幸成。
「あん? 嬉しくねーのか?」
「それはそうだと思います! 当たりばっかりじゃあ……そうですよね、部長!」
「あー。上手く説明できないからって部長にバトンタッチしたー。」
あははと笑う同志・中山。俺ははずれと書いてある紙をひらひらさせながら説明する。
「例えばだ。俺達はこのお菓子をお金を払って手に入れたな。これは嬉しいことか?」
「嬉しくねーな。」
「そうだろうな。当たり前だし、こっちは損もしてるんだからな。んじゃ幸成の場合だ。必ず当たりを引く。これはつまり、普通に金を払って普通に品物を受け取っていることと何も変わらないんだ。ちょっと量がかわる程度だ。当たりを引いた時に嬉しいのは、それが珍しいことだからだ。いつもはずればかりの奴が当たりを引くことに意味がある。そこで初めて得をした気分になる。はずれを引いたことがないなら当たりを嬉しく思うのは無理な話だ。」
同志・鈴木はなるほどという顔をする。
「石動さんの言う通りです。僕にはこの当たりの……そう、価値がわからないんですよ。僕はくじ引きやビンゴはもちろん、トランプや……ギャンブルもそうですか。とにかく実力ではなく運が絡む遊びを楽しめないんですよ……」
まったく嬉しそうな表情を見せず、店の人にもう一個お菓子をもらった同志・幸成。
「他人に害をなす方の運がなんとかなったら、次はこっちの方の運もなんとかしたいと思っています。普通にはずれを引いて悔しがって、当たりを引いて喜びたいんです。」
なんとなく暗い雰囲気になったが、当の同志・幸成がコロッと話題を変えた。
「ところで、『まいなす同好会』はどういう風に誕生したんですか?」
「というとー?」
「私たちの出会いということですか?」
「そうです。」
「んああ! あれは今でも笑える。なぁ部長。」
「そうだな……」
「聞きたいですね。」
「そうか?」
あれは一年生の夏休み前だったか。俺の高校はそんな時期に生徒会メンバーを決める。入学した時からできる男であることを示し続けてきた俺は無事に副会長の座についた。そしてその頃から、俺は能力除去のための研究を本格的に行い始めた。
もちろん家でも行っていたが、いかんせん資料が足りない。イチイチ図書館に借りに行くのも、書店で買うのもできればしたくない。高校の図書館はそれなりに蔵書が充実していたので、俺は学校に拠点を欲していた。
学校とは共同生活の場、個人的なスペースなんぞトイレしかない。しかしそんな学校でも比較的プライベートなことができる空間がある。それが部室だ。事実、生徒会で抜き打ちチェックなどをすると漫画やゲームが置いてあることがある。俺は部室の使用を考えた。
だが部室は部活の物だ。何かしらの部活に所属しなければ得られる空間ではない。加えて、その部活に入ったなら部活動をしなければならない。研究どころではなくなる。
そこで俺は副会長の力を使った。この高校では会長と副会長で役割が明確にわけられていた。会長は文化祭や体育祭、卒業式などの大きなイベントの運営に注力する。そして副会長は日々の学校生活の改善などを任される。副会長となった俺は一般生徒が得にくい情報……学校の各教室や部屋がどこの所属で何に使われているかを完全に把握できた。
故に見つけることができたのだ。『使われていない部屋』を。
昔はどこかの部活の部室だったらしいが、その部活は今はない。教師たちの信頼も厚い俺には、その部屋のカギを手に入れることなど容易かった。
こうして、俺は学校で研究を行える部屋を手に入れた。
「へぇ。初めから四人がいたわけじゃないんですね。」
「面白いのはそのあとだよねー。」
「そうですね! あ、部長が転んだ!」
「会話の途中で転ぶなよ。」
「やかましい。」
ある日の放課後、いつものように俺は部室に向かう。すると何人かが扉の前に立っているのが見えた。俺は眉をひそめながらそいつらに近付いていく。
一人は妙に姿勢がいい男子生徒だった。人間、誰かに『気をつけ!』と言われなければあんな姿勢はしないだろうが、その男は素でそうらしい。背中しか見えないから想像だが、七三分けが似合いそうな立ち方だった。そしてそいつは何故かお札を握っていた。
一人は眠たそうな女子生徒だった。そいつは角度的に顔が見えたのだが……かなりおっとりしている。そしてあのツインテールはツインテールのつもりなのか? 短すぎる。何故か女子の制服にあるべきリボンをしていないそいつは両手にセミの抜け殻を持っていた。
一人は切れ目の女子生徒だった。横顔が見えているのだが、その顔や立ち方から俗に言うヤンキーのようだ。おそらくぶっきらぼうなしゃべり方だろう。そんな感じで悪い印象を覚えるのだが、それ以上に頭が気になった。女の髪型にお団子というのがあるが……あれはいくらなんでも団子を作り過ぎだろう。そいつは手首にキラキラ光る腕輪をしていた。あまりその容姿や雰囲気に合わない。
そこまで観察して俺は気付く。その三人がそれぞれ手にしている品物を、俺は最近本でよくみることに。
三人は三人とも、互いに互いを観察していた。三人も初対面らしかった。
俺はそんな場面に登場し、初対面が四人、顔を合わせることとなった。俺は特に何も言わずにカギを取り出し、部室の扉を開けた。扉を開けっぱなしにしておくと、三人も無言で部室に入ってきた。そうして四人が思い思いの椅子に腰かけた。
そして、互いの能力を打ち明けたのだった。
「え、会話も無しにですか?」
「ああ。というかな、互いに持っているモノを見てピンと来たんだ。ああ、こいつもおまじないや術をやっているんだとな。」
「そゆこと。何も言わずに、うちらは互いの境遇が同じであることを理解したんだよ。」
「まさに運命の出会いだねー。」
「私はあの日、一人になれる部屋を探して歩き回っていたのですが、偶然中山と鈴木も同じ日に同じことをしていて、偶然三人があの部屋を見つけ、偶然部屋を使っていた部長がやってきたのです! まさに運命!」
「神の存在なんてあやふやに考えていたがな、あの日あの瞬間だけは神の存在を信じた。俺の……俺達の能力を何とかするために、俺達は集められたのだとな。」
「すごいですね。僕もそういう出会いがあったらよかったのですが……あ、僕はここで。」
「ああ。それじゃまた明日な。朝の報告会に遅れるな。」
「わかっています。それでは。」
翌日、俺はいつものように転びながら登校していた。あの自販機には同志・幸成はいなかった。今ならわかるが、あれは当たりつきの自販機で当たったことに対して「……またか……」という呟きを残したのだ。そしてあの暗い表情も今なら納得というものだ。
「…ん?」
学校へ続く道の途中には郵便ポストがある。別にこれ自体は珍しくもなんともないが、その前に同志・鈴木が立っていた。
「ん、部長。」
「おう。何してるんだ鈴木。」
「ちょうどよかった、これチェックしてくれよ。」
手渡されたのは応募ハガキ。ネズミーランドのペアチケットが当たるらしい。ちなみに、チェックというのはつまり、《パーフェクトノット》によるミスは無いかということの確認だ。
「なんだ、発動条件を考えずに書いたのか?」
「んああ。」
「そのようだな。ここ、アンケートに答えているようで答えてないぞ。見事に記入欄がずれてる。」
「まじか。」
同志・鈴木はハガキを一瞥した後カバンにしまい、学校へ向かって歩き出す。書きなおす必要があるからな。
「しかし、鈴木はああいうファンシーな世界が好きなのか? ネズミーランドっつったら……」
俺は同志・鈴木の横に並ぶ。
「いんや。たまたま買った雑誌についてただけだ。つーか、色々応募しろって言ったのは部長のはずなんだけどな。」
「? そうだったか?」
「昨日、幸成にうちらが出会った時のこと話したろ? それでうちも昔のこと思い出したんだ。そういえば、うちに懸賞に応募しまくれって言ったのは部長だったなって。」
俺は出会った時のことを思い出そうとするが、能力を打ち明け合ったあとのことはぼんやりだった。
「部長はな、あの時こう言ったんだ。『俺はお前達と同じ状態にある。俺達は同志だろう。進むべき道もやるべきことも同じのはずだ。だが、俺はお前達三人よりも一段階上にいる。』って。」
「ああ。そういや言ったな、そんなこと。」
「んま、あの時うちら三人もなんとなく気付いてたんだ。こいつはなんだか違うなって。自分の能力をさも当然のことのようにしゃべってたからな。」
「対してお前らはまるで世界の終わりでも来たみたいに暗い顔で話してたな。」
「んでその後は……『俺らの能力は確かに、正負で言えば負だ。マイナスだ。だが、その能力で心までマイナスにすることはないだろう。そんな状態じゃ能力と向き合えない、考えられない。能力が発動する度に落ち込んでいても意味が無い。受け入れろ。息を止めたら苦しくなるってくらいに当たり前のことだとな。俺はもう、お前達と一緒に動いていこうと思っている。だがその前にお前達は俺と同じ段階に来てもらう。自分の能力に慣れろ。積極的に発動させていけ。能力を受け入れ、認めたとき初めて対策を考えられるようになる。』……的なことを言ってたな。」
「的なって言う割によく覚えてるな……」
「そんでうちが慣れる為にどうすればいいか聞いたら部長は懸賞ハガキに応募しまくれって言ったんだ。きっと何度もハガキが戻って来るだろうけど、やり続けろってな。」
「そうか……それで鈴木は懸賞ハガキを出してるわけか。」
「無責任な部長だな。間壁が三食に一回は汁モノを食べんのも、中山が休日には必ずどっかに出かけるのも部長のせいだぞ。おっ。」
同志・鈴木が前方を指差す。そこには同志・幸成がいた。
「幸成。」
俺が呼ぶと同志・幸成は振り向き、俺達は驚いた。
「あ、おはようございます。」
同志・幸成の頬がはれていたのだ。
「おや、一緒に登校ですか。お二人は付き合っていたのですか?」
「中学生か、お前は。」
「ははは。一度言ってみたかったので。」
「それよりどーしたんだよ、ほっぺ。」
同志・鈴木が指差すと同志・幸成ははれた頬をさすりながらこう言った。
「父にぶたれまして。」
朝の報告会は同志・幸成の話になった。
「大丈夫ですか!」
同志・間壁が濡れた布を着ているYシャツにポンポンあてながら尋ねる。何かがはねたんだろう。
「いたそー。」
同志・中山は何故か素足で上履きをはいている。忘れたか。
まいなす同好会のメンバー全員が事情を尋ねるが、同志・幸成は笑って誤魔化す。
「いえ、家の事情ですから。大丈夫ですよ。」
「いや、話せ幸成。」
俺は腕組みをしながら同志・幸成を見る。
「もちろん、友達としてとか、そういう感情もあるが……お前の場合、これは話すべきことだ。お前の能力……《エンペラー》に関係するかもしれん。」
「え……?」
「とにかく話せ。まずはそこからだ。」
「は、はい。どこから話しましょうか……」
同志・幸成はしばらくぶつぶつ言ってから話し始めた。
「えぇっと……まず、僕がここに転校した理由というのが……前の高校にいては僕の力をどうにかすることは不可能だと感じたからなんです。あそこにいた人は……全員、他人を蹴落とすことを普通だと感じていましたから。」
白金が名門と言われる理由は……無論、賢い人間が多いということもあるが、金持ちが通うという点が主な理由だ。
「要するに、《エンペラー》を良い能力だと絶賛するお前の親父さんと同じ考えの人間だらけってことだろう?」
「そうです。ですから僕は転校を望みました。当然、父には反対されました。」
「だろうな。」
「父は……こう言うのは気が進みませんけど、それなりの立場にない人間……庶民をゴミかなにかと考えていましたから。」
「ゴミ! ひどいですね!」
「何様っつー話だな。」
「かみさまじゃないかなー。」
「んまぁ、他人の思想なんてどーでもいいがな。んで、幸成はどうやって説得したんだ?」
「……将来上に立つ者として庶民のことを少しは知っておきたいとかなんとか言いましたね。僕には《エンペラー》があるのだからあの高校で学ぶことはないので、あの高校にいては学べないことを学びたいと。」
「ははぁ、よめたぞ。」
俺が同志・幸成がぶたれた理由を察すると同志・幸成以外が俺を見る。
「相変わらず部長はすごいねー。『なるほど』とか『理解した』とか話の途中で言うもんねー。」
同志・中山が俺の顔を覗き込む。
「俺を誰だと思っている、中山。次期生徒会長だ。」
「たっはは。それがたぶん嘘じゃねーからすげーよな。」
「私、部長に投票しますよ!」
「お前ら、話の腰を折るな。幸成、つまりは昨日一緒に帰ったのが原因だろ?」
「そうです。昨日、杉森さん……迎えに来てくれた運転手さんが一人で帰ってきたことに父が気付きましてね。それで知ったようです。僕が……父の言うところのゴミと一緒に帰ってきたと。」
「ふむ。それで一発ぶたれたわけか。」
「それで……この話が僕の力に何か……?」
「幸成……お前は《エンペラー》の発動条件を理解してるか?」
「条件? 条件と言われましても……」
「俺達にはあるんだ、発動条件が。」
「そうなんですか?」
「そうです!」
同志・間壁がドンと自分の胸を叩く。
「私の《ホワイトヘイト》は私が白い服を着ていることが発動条件です! とは言いましても、他の色でも発動はします! 白い服が最もハネる確率が高く、黒い服が最も低いのです!」
続いて同志・中山が何故か腰に手をあてて偉そうにしゃべる。
「あたしの《ザ・ロスト》は家から出てどこかに行く時だよー。でもそのどこかっていうのがハッキリしてないと発動しないんだー。だから散歩とかの場合は発動しないのー。」
「おお……さすがです! よく研究していますね。そちらの二人にも?」
同志・幸成が目をキラキラさせて俺と同志・鈴木を見る。
「うちは……ちょっと複雑だな。何かに何かを記入する時だけど……うちが一人で書くってのが条件だな。この場合の一人ってのは、うちが記入してるモノに注目してるのがうちだけってことな。」
「?」
同志・幸成が首を傾げて俺を見た。
「つまりな、鈴木が何かに記入してるとき、それが間違ってないかを常にチェックしてくれる人が横にいた場合は《パーフェクトノット》が発動しないんだ。あと、一度が発動した物に対して、間違いに気づいて修正する時も発動しない。」
「郵便が戻ってくんのも一回だけってわけだ。だからうちの場合、何かに記入する度に誰かにチェックさえしてもらえばいいんだな。」
「唯一、それができないのがテストだな。答案用紙を誰かにチェックしてもらうことはできないからな。」
「なるほど。石動さんは?」
「俺の《フロアテイスト》は歩くことが条件だ。いつもじゃねーかと思うだろうがな、あくまで歩くことが条件だ。俺は走った場合、転ばない。」
「え、そうなんですか。」
「そして、歩く速度が遅い程に転びやすい。だが一歩踏み出すのに何秒もかけるような歩き方では転ばない。それは歩くとは呼ばないだろうしな。ノロノロトボトボ歩くと十メートルに一回は転ぶな。」
感心している同志・幸成。案外と自分の力のことを理解していないのかもしれないな。まぁ、嫌っている能力をよく知りたいとも思わないか。
「幸成、お前の《エンペラー》の能力は幸運で、自分に振りかかる不幸を他人に移すんだよな?」
「そう……です。」
「なら、なんでお前は親父さんにぶたれたんだ?」
俺のその一言で同志・幸成は目を見開いた。
「誰かにぶたれるなんて不幸、お前の《エンペラー》が発動しているならお前が受けるのはおかしいだろう?」
「言われてみれば……その通りです。」
こういうのを目から鱗と言うのだろう。同志・幸成はそんな顔をしていた。
「ちなみに、親父さん以外にぶたれたこと、もしくはぶたれそうになったことはあるか?」
「えぇっと……小学生の時に何かでケンカになって同級生に殴られそうになったことはありますが……確かその時はすぐ近くにいた誰かが転んで僕と同級生の間に入ってきて、結局殴られたのはその人でした。あとは……中学生の時に、家柄では差別をしないと言っていた教師が僕の頭に……まぁ、軽くチョップをしようとしたことがあったんですが、近くでじゃれていた同級生が盛大に転んで先生に体当たりをしましたね。結果、その同級生らが教師から痛そうなチョップを受けていました。」
「よく覚えてるな、お前。」
「しかし……父にぶたれることはよくありましたね。それなりに厳しいしつけを受けましたから。それに小さい頃はいたずらをした時などに使用人の方に軽く小突かれましたね。」
「使用人ー? 給仕さんとかー?」
「微妙な所をつきましたね、中山! 普通、真っ先に出てくるのは執事かメイドでしょうに!」
「あぁ? メイドとかって実在すんのか? なぁ、部長。」
「なぜ俺に聞く。まぁ、メイドはいるぞ。日本じゃ女中、家政婦、ハウスキーパーって呼ばれるだろうがな。イギリスじゃあ、使用人を持つことが金持ちのステータスだったわけで、別に普通のことだった。その使用人の中で女性の方をメイドと呼ぶだけだ。語源は未婚の女性、処女だ。」
「わー。部長がなんかやらしーこと言ったよー?」
同志・中山がキャーという表情で俺を見る。
「中山……お前は保健の授業で騒がしくなる男子か。ん? そろそろホームルームの時間だ。ひとまず解散するぞ。」
「了解です!」
「うぃ。」
「幸成、放課後までに色々思い出せ。そしてとりあえず仮説でもいいから、お前の《エンペラー》の発動条件を予想してみろ。」
「はい! がんばります。」
……まぁ少なくとも、今の話からするに、《エンペラー》の発動条件……誰かに害悪を被せる際の被せる相手の条件は、『身内でないこと』だろうがな……
昼休み。いつもなら同志と共に昼飯を食べるのだが、俺は生徒会室にいた。
「……なんですか、これ?」
俺は手渡された資料を読み、素直な感想を述べた。
「ホント、なんだろうね?」
俺に資料を渡した人物は困った笑みを返した。
「彼ほどの人物が転校して来たのだから、何か起きるんじゃないかなーとは思っていたよ。けどこれはいくらなんでも過保護過ぎやしないかな。」
……『過』保護『過』ぎるって、かぶってるな。
俺と会話している人物。彼こそは、現生徒会長だ。そして俺と会長が話していることは、学校の設備改善に関する話だった。かなり「上」から来た話らしいのだが、まずは生徒の反応を見たいということで、校長が会長に資料を渡したらしい。
「……ごみの中で生活させることが心配ってか……」
資料に載っている内容が実現すると、校舎中に監視カメラが設置され、出入り口全てに指紋によるセキュリティがつくことになる。提案者は金剛寺――なんだ? この名前はなんて読むんだ? んま、早い話が同志・幸成の父親だろう。
この提案がされたのはつい昨日のことだそうだ。つまり、同志・幸成が俺たちと帰ってきたことを知った同志・幸成の父親が学校での同志・幸成の行動を監視するために提案をしたのだろうと推測できる。
自分の息子の身を案じてという話であれば、幾分か心温まる話だったろうが……同志・幸成の能力に《エンペラー》という名前をつけたのは父親だ。身など案じていないだろう。
「でも……どう思う、石動くん。」
「どうと言いますと?」
「彼……金剛寺幸成くんがここにいる時間帯に何か良からぬことを考えた輩がやってくると思うかい?」
「さぁ……俺ならやりません。幸成がいる時間と言ったらそれは真昼間ですし、他の生徒だっています。全校生徒を人質にして立てこもることになりますよ。」
「だよね。現実的じゃない。かといって、夜中の校舎に侵入する輩なんて忘れ物した生徒くらいさ。まったく意味のない提案だよ。」
会長はこの提案の意味を純粋な警備の強化と思っているのだろう。まぁ、同志・幸成の話を聞いていなければそう考えるのが普通か。
「え、そんなことが?」
放課後、部室で例のことを同志・幸成に話すと、見るからに嫌そうな顔をした。
「迷惑をかけますね……」
「構わん。正直どうでもいい。仮に、学校側がオーケーを出したとしても、保護者が黙ってないだろうしな。あんな案が通るわけがない。いくら大企業のトップでも、それにまったく関係のない主婦をどうこうする力はない。それより、どうだ? 《エンペラー》の発動条件は?」
「ええ。色々思い出しましたよ。」
同志・幸成の話をまとめると、《エンペラー》の発動条件……というか、《エンペラー》という能力はこのようになる。
一つ目の能力は自身の幸運。くじ引き、ビンゴなどの運が絡む物事において、百パーセントの確率で当たりを手に入れることができる。人数が限られているイベントのチケットなども必ずゲットできる。
二つ目の能力は……自身に降りかかった不幸を他人に移す能力。事故、他者からの悪意など、自身の行動には関係のないところから来た災いを近くにいる誰かに移すことができる。これが複雑な条件を持っているようだ。
まず、移す相手は近くにいないとならない。同志・幸成の経験から、半径五、六メートル内にいる人間に移るようだ。ただし、これは外にいる場合。室内や乗り物の中であれば、距離に関係なく、同じ空間にいる人間に移せる。
そしてその『不幸を移す相手』だが、これにも条件がある。昨日の話から、身内がその対象から外れるのだと思っていたが、同志・幸成の小学生時代の話から、友人でも除外されることが判明した。そこから推測するに、『不幸を移す相手』から除外されるのは、『同志・幸成が、その人に不幸が起こると悲しむ、嫌な気分になる人物』ということだとわかった。要するに、同志・幸成が、不幸になって欲しくないと自然に感じている人間だ。
今でこそ父親を嫌ってはいるが、それでも親は親。除外される。そして使用人の人達は同志・幸成に良くしてくれる。これも除外される。
「そして《エンペラー》の唯一の弱点……不幸が降りかかったときに、近くに不幸を移せる人間がいなければ、普通に自分が受ける。」
「弱点っつーかフツーだろ、それ。」
「そうですね! しかし、それが幸成くんにとっては一番良いことなのでは!」
「ええ……まったく、ハタ迷惑な力ですよ……」
同志・幸成がしょんぼりする。しかし、俺はここに一つの可能性を見出した。
「……幸成。俺は『不幸を移す相手』から除外される人間として、お前が不幸になって欲しくない人間をあげたな。」
「? はい……」
「それが事実であるのならな……不幸を移すときのみならず、幸成の親しい人間が不幸になりそうなときは、《エンペラー》でその不幸を弾いてしまえるんじゃないか?」
「……え?」
「極端な話をするぞ? 例えば、幸成と幸成の親友十人が乗った飛行機があって、それが墜落するとする。そしてその時、幸成に降りかかる不幸は事故死であるとする。幸成の不幸は他人に行こうとするんだが、全員が親友ということで除外される。しかし除外したとしても、親友たちにも事故死という不幸が降りかかっている。そのまま行ったら、結局全員事故死になるだろう? だが《エンペラー》が事故死を許すとは思えない。そうすると、結局全員救われるんじゃないか?」
「うわー。難しくてわかんないよー。」
「……つまり、僕には親しい人を不幸から救う力があるのでは……ということですか?」
「……根本は幸成が不幸になることを回避するために救うのだろうが……」
「これは実験してみたほうがいいんじゃないですか!」
「よし……間壁、紙コップを用意しろ。」
机の上に三つの紙コップと飴玉を一つ用意した。紙コップは何かの時に買ってきた物で、飴玉は同志・鈴木が何故か持っていた。
「中山、俺と幸成は一度部室の外に出る。そしたら三つの紙コップをひっくり返してどれかに飴玉を入れるんだ。」
「わかったー。」
俺は幸成を促し、部室の外に出る。
「何をするんですか?」
「やってみればわかる。とりあえず幸成は、俺の幸運を祈ってみろ。」
「幸運?」
「要するに、飴玉を引き当てるように祈れってことだ。」
「……それで石動さんが飴玉を引き当てたら……僕の力によって引き当てたということに……?」
「無論、ただの偶然の可能性もあるからな。何度かやってみる。」
「いいよー、部長ー。」
再び部室に入り、机の上に並べてある紙コップを見る。
「よし、幸成。」
「はい!」
同志・幸成は神さまにお祈りするように両手を合わせて目をつぶる。
「……行くぞ。」
俺は特に考えることなく、紙コップを一つ手に取った。
「おお! 当たりですね!」
同志・間壁が声をあげる。
「あん? でもそれって普通に部長の運ってことも考えられるんだよな?」
「勿論だ。次は紙コップ四つでやってみるぞ。」
その後、四つ五つと数を増やしていった。最終的に部室にあった紙コップ全部を使って十六個の紙コップでやったのだが……
「うわー。全部当たったねー。」
「すごいですね! これはさすがに偶然じゃすみませんよ!」
「つまりなんだ? 幸成が誰かの幸運を願うとそうなるっつーのか?」
同志三人はびっくりしている。そして同志・幸成はかなり嬉しそうな顔をした。
「僕の……僕の力が……」
……おそらく、同志・幸成が祈れば誰でもというわけではないんだろう。《エンペラー》の能力の推測の通り、親しい人間にしか効果がないはずだ。
……自分で自分を同志・幸成の親しい人間と言うのはなんかアレだが……
「よし、次だ。」
「次? 次は何をするんですか?」
「俺の能力と幸成の能力の対決だ。」
「対決?」
「俺はノロく歩けば十メートルに一回は転ぶ。それは俺にとっての不幸なわけだ。逆に、転ばないことは俺にとって幸運だ。」
「なるほど。僕は石動さんが転ばないことを祈るのですね?」
俺たちは揃って廊下に出る。『まいなす同好会』の部室は校舎のかなり隅っこにあるので、廊下には誰もいない。
「よし……歩くぞ。」
俺はかなりノロノロと歩きだす。後ろには祈る同志・幸成。そして俺と同じ速度で俺が転んだ時に支えるため、同志三人が追従する。
「……こんなことするの初めてじゃねーか?」
「そうだねー。そーいえば部長が転んだ瞬間ってあんまり見たことないみたいなー?」
「? そうでしたか!?」
「俺も、転ぶ瞬間に誰かに助けてもらうなんてはじ――」
転んだ。学校の廊下にむかってヘッドバットを叩きつける俺。
「あー! 転ぶのはえーよ、部長!」
「すごいよー。消えたかと思ったよー。」
「大丈夫ですか!」
「大丈夫じゃない……」
俺は鼻をおさえながら立ち上がる。同志・幸成の方を見ると、まだ祈っている。
「幸成。」
「へ、は、はい。あ、どうでした?」
「転んだ。どうやら、俺の《フロアテイスト》は幸成の《エンペラー》を超えるらしい。」
「そうですか……」
「よし、もう一回やるぞ。」
「え、もう一回ですか?」
「ああ。次は俺が転ぶように祈れ。」
「え?」
「つまり、『石動は転ぶことこそが幸運だ』と思え。だが俺はもちろん転ぶことを不幸だと考える。」
「それで何がわかるんですか?」
「幸成が思う幸運と、俺が思う幸運が完璧にひっくり返っている場合の実験だ。」
「なるほど……わかりました。」
スタート地点に戻り、俺は再びノロノロと歩きだす。
「うし。今度こそは支えんぞ。」
「がんばるよー。」
「すぐに手を出せるように―――あ、転んだ!」
漫画で登場人物がバナナをふんだかのように、俺は面白いくらいにつるんと滑って廊下に背中を叩きつけた。
「おいおいおい! いくらなんでもはえーぞ!」
「……鈴木、中山。それ以上近づくな。見える。」
同志・鈴木と同志・中山の動きが止まり、同志・間壁が俺を起こす。
「派手に転びましたね! しかもスタート地点から……三メートルくらいですよ!」
「ああ……俺もこんなにすぐに転んだのは初めてだ。」
「石動さん、大丈夫ですか。」
同志・幸成がしゃがみこむ。
「問題ない。しかしはっきりしたな。《エンペラー》の能力は、親しい人間の幸運を願うことで、その幸運を引き起こすことができる。ただし、あくまで幸成が考える幸運を。そして、いくら《エンペラー》の能力であっても、まいなすの能力を撃ち消すことはできないんだ。まぁ、少なくとも俺の能力は。」
「そうみたいですね……」
「だがよかったな、幸成。」
「?」
「お前の力は、自分を幸運に、周囲を不幸にする能力じゃないってことだ。自分自身の幸運は絶対的で、場合によっては周囲を幸運にできる。」
「……!」
同志・幸成は、なんとも言えない表情をした。同志・幸成は自分の力をかなり嫌っている。それは自分は安全で周りに危険を与えてしまうと考えていたからだ。それは確かなことではあるが、それだけじゃなかった。
「……ありがとうございます。」
「……ああ。」
俺は立ち上がり、部室に戻る。他の同志もそれに続き、それぞれの席に座った。
「しかし、能力のいいところですか! 私たちにもありませんかね!」
「間壁くんのー? 《ホワイトヘイト》かー。」
「……着替える口実になるとかじゃね? すんげー嫌な服を着せられた時とかにさ。」
「どんな時だ、それは……」
「文化祭で女装させられた時とかじゃねーか?」
「ここの文化祭はそんな楽しそうなことをするんですか?」
「そんなと言うよりは……普通だろうな。幸成の……白金はどんなだったんだ?」
「そうですね……合唱コンクールとか論文の発表とかでしょうか。」
「つまんないねー。ねー、あたしの《ザ・ロスト》は何かあるかなー。」
「結果論にはなるが、例えば出かけた先でものすごく欲しいと思うモノがあったとした時、財布を忘れていて買う事ができなかったが、家に帰ってよく考えてみるとそんなに欲しくもなかった……みたいなことがあるかもな。」
「うわ、めちゃくちゃ限定的だな。でもそれ、いいな。なぁ、うちは?」
「えっと、鈴木さんは《パーフェクトノット》ですよね。例えば、何か危ない書類にサインをしてしまった時とか、何かを間違えているので無効になってくれた……とかはどうでしょう?」
「ほう。案外と実用的だな。まぁ、そんな危ない書類に遭遇することも少ないだろうがな。俺の《フロアテイスト》は……」
「決まってるよー。」
「決まってんじゃねーか。」
同志・中山と同志・鈴木が声を揃えた。
「そうなのか?」
「ほらー、さっきみたいにさー。」
「事故を装って女子のスカートを覗けんじゃねーか。」
「…………一応言っとくが、何も見てないからな……」
「ふふふ。これはまた、男の夢を叶える能力ですね。ふふ。」
「笑うな、幸成。」
その後帰宅するまで、俺たちは自分の能力の有効的な使い方を考えた。
しかしまいったな。今までこの議題で話をしたことはなかった。能力をしっかりと受けとめ、そして無くす方法ばかりを考えていた。そうか……逆に利用するという考え方はなかったな……
同志・幸成が転校してきて二週間ほどが経ち、俺達『まいなす同好会』の活動も順調に進んでいた、そんなある日のことだった。
事件が起きた。
昼休み。俺たちはいつものように学食にいた。
「部長ー。両手に花だねー。」
同志・幸成を加えて五人となった俺たちだが、今テーブルにいるのは三人だ。同志・間壁と同志・幸成はトイレに行っている。ゆえに、テーブルにいる三人とは俺と同志・中山と同志・鈴木。
「……使い方を間違ってるぞ、中山。」
「えー?」
「俺一人に対して中山と鈴木がいたところで花にはならない。」
「部長、今すんげー失礼なこと言わなかったか?」
同志・鈴木がお掃除ロボットの懸賞はがきを書きながらそう言った。
「つーか部長ってかなりモテてなかったか? 入学当初はなんかいつも女子に囲まれてたよーな気がするんだが。」
「そうだな。だがまぁ、今はお前たちがいるおかげでそういう目には合わずにすんでる。」
授業と授業の間の休み時間などはさすがに無理だが、昼休みと放課後は基本的に同志と過ごしている。親しい人物に囲まれている人間に近づいていける他人というのはなかなかいないだろう。
「部長って彼女いねーのか?」
「……デートで一緒に歩いてる時に転ぶんだぞ? 彼女なんかつくれるか。」
「あははー。そうだねー。」
どうでもいい会話。日常。そんなひと時が次の瞬間から崩れ始めた。
パァン
乾いた音が学食に響いた。音としてはビンタの音のようにも聞こえたが、音量がかなりのモノだったので学食にいた教師、生徒は音のした方を一斉に見た。
学食の入口。ストッパーで閉じないように止められた両開きの扉に一人の人物が立っていた。まるで映画の中から出てきたかのような……軍人のような格好だった。迷彩柄の上下に……あれはライフルか何かなんだろうか。銃を両手で構えて銀行強盗がするような目だし帽を被っている。
生徒がざわつく。あんな部活あった? 文化祭ってもうすぐだったっけ? バカにしたような笑い声を含んだざわつきを見て、その人物は銃を天井に向ける。つられて全員が天井を見る。そして気づいた。そこに小さな穴があいていることに。
ダダダダダダ!
銃が激しく上下し、銃口から火花のようなモノが出る。天井にあけられていく無数の穴。銃からこぼれ落ちていく薬きょう。
「全員動くなぁっ!」
低い男の声でその人物が叫ぶと同時に、男の後ろから同じ様な姿をした人物が五、六人入ってきた。一人の生徒が叫び、それが一気に連鎖する。騒然とする学食だが、再び響く乾いた音で静まり返る。
学食のテーブルは全て隅っこに追いやられ、その場にいた全員が部屋の真ん中に集められた。途中、教師が一人連中に向かって行ったが銃の……持ち手の部分で頭を叩かれて倒された。学食は完全に連中の支配下になった。
「部長……」
同志・鈴木と同志・中山が不安そうな……いや、不安かつ怯えた表情で俺を見る。二人だけでなく、俺の近くにいる生徒は俺のことを見ていた。副会長としての活動により、俺は頼れる人間として認識されている。
正直、こんな状況で頼られても困るというもの。俺だって怖い。だが、そんな視線が俺を動かす。俺の頭をクールにし、考えるということを可能にした。
「よし、お前ら全員、ケータイを出せ!」
携帯電話……外との連絡手段を断とうとしている。
俺はすばやく周りを見渡す。そう遠くないところに目当ての人物を発見した。
「……中山。」
「な、なにー……」
心底怯えた顔の同志・中山に小声で話しかける。
「今日、携帯は持ってきたか?」
「持ってきたよー……」
「よし、じゃあ連中に携帯を出せって言われたら『忘れた』って言ってくれないか?」
「え、えぇっー!?」
目を丸くして驚く同志・中山。だがすぐにきゅっと口元をむすんで頷いた。
「わ、わかったよー……!」
正直驚いた。もっと反発されると思ったんだが……
「おら、ケータイ出せ。」
俺たちの近くに連中の一人が来た。近くの生徒が携帯を出す中、男が中山の前で止まった。
「おら、早くしろ。」
「……わ……」
「あ?」
「わ、忘れましたー……持って……ない……ですー……」
うつむき、泣きそうな顔で中山はそう言った。
「はぁ? いまどきケータイ忘れる学生がいるかよ! 早く出せってんだよこら!」
声を荒げる男。
「ほ、本当ですー……忘れ……たんですー……」
「お前、いい加減に――」
「ま、待ってくれ!」
男が同志・中山に手をのばしかけたとき、近くにいた一人の教師が立ち上がった。
同志・中山の担任だ。
「そ、その子が忘れたと言うなら忘れたんだ。日頃から忘れ物の多い子なんだ!」
「は?」
「ほ、ほら! 今日だってリボンを忘れてる!」
教師が中山を指さす。男は同志・中山の格好と周囲を女子生徒の格好を比較し、リボンがないことを確認した。
「……ちっ。おらメガネ。てめぇのを出せ!」
中山を通りすぎ、俺の前に移動する男。俺は素直に携帯を出す。
男は遠くに行き、ほかの連中と集めた携帯を確認し始めた。
「……悪かったな、中山。怖い思いをさせた。」
同志・中山は半べそをかいた顔で俺を見た。
「ほ、ほんとだよー……部長のあほ、ばかー……」
言いながら携帯を俺に手渡す。俺はこくりと頷き、同志・鈴木に視線を移した。
「鈴木。」
「おう、どうすればいい?」
ついさっきまで不安気だったのになんだかやる気な顔になっている。
「……俺はこの携帯で外に助けを呼ぶ。だけどこの状態……この部屋からじゃ無理だ。だからここから脱出したい。連中の目を一瞬でいいから違う方に集中させられないか?」
「わかった。どの辺に向ければいい?」
「あっちだな。連中が携帯の確認のために一つの場所に集まっている今がチャンスだ。」
「了解だ。」
そう言うと同志・鈴木は同志・幸成に対して使っていたパチンコを取り出した。そしてポケットから四、五個のパチンコ玉を取り出してセットした。
「……なんでそんなもんを……」
「パチンコ持ってんのにパチンコ玉を持ってないなんて意味わかんねーだろ?」
パチンコを持ち歩いていることが意味わかんねーんだが……
「やんぞ。準備しろよ、部長。」
俺は立ち膝になり、走り出す準備をする。
俺が示した方向にある窓ガラスに狙いを定める同志・鈴木。ゴムをキリキリと引き伸ばし、そして放つ。
放たれたパチンコ玉はかなりの速さで飛び、窓ガラスを盛大に割った。
「なんだっ!?」
この学食に連中が入ってきた時の俺たちのように、連中の視線が一斉に割れた窓ガラスに向いた。
俺は素早く立ち上がり、学食の入口にダッシュ。廊下に出ると同時に近くの物陰に隠れた。連中の視線がまだ窓ガラスに向いていることを確認し、俺は音をたてないように注意しながら学食から離れていった。
すぐに警察に電話をしたかったのだがそうもいかなかった。学食にいた連中以外にも迷彩服の奴らはいたのだ。教室で昼休みを過ごしていた生徒を捕まえてどこかに連れて行っている連中が廊下をかっぽしており、なかなか安全な場所が見つからない。
……同志・間壁と同志・幸成はどうなったんだ……
安全な場所を探すと同時に、二人が行ったトイレの方に移動していく。
「……! 間壁……」
トイレから少し離れたところで同志・間壁を見つけた。他の数人の生徒と一緒に、連中にどこかに連れて行かれている最中だ。
同志・間壁は唇から血を流していた。あの教師のように連中に立ち向かったのか……?
「……ん?」
……俺は柱の陰に隠れて同志・間壁を見ているわけだが……なぜか同志・間壁は何かを探すようにきょろきょろしている。そしてついには俺と目が合った。
「……!」
同志・間壁はなぜかニッと笑った。そして前を向き、連中に問いかけるように、だが俺にも聞こえるほどに大きな声でこう言った。
「幸成くんをどうするつもりなんですか!」
同志・間壁はそのままどこかへ連れて行かれた。だがその一言で俺の頭は回転し始めた。
連中の目的は同志・幸成だ。身代金目的か、ダイヤモンドカンパニーに恨みでもあるのか、そんなことは知らないが、とにかく連中のターゲットは同志・幸成だ。
同志・幸成は同志・間壁と一緒だったはず。なのにさっき見た時、同志・間壁の近くに同志・幸成の姿はなかった。二人でトイレに行ったときに同志・幸成だけさらわれたんだろう。おそらく、その時に同志・間壁は同志・幸成を助けようとして怪我をした。
「……にしたって、なんでこんな真昼間に……」
生徒会長とも話したが、こんな真昼間にやってくるバカはいないと思っていた。だが……逆に、そう考えている俺たちの逆手をとったのかもしれない。
いやいや落ち着け。連中の思惑とか目的なんかどうでもいいんだ。俺がするべきなのは、警察に連絡することだ。
映画とかドラマのお決まりとして、警察は犯人側の情報を詳しく知りたがる。確か犯人側の人数とか武装とか人質の数とか……んん?
そういえばさっき同志・間壁が連れて行かれた方向は学食の方じゃないな。よく考えてみれば、学食にいなかった生徒を集めているのだとしたら、学食じゃスペースがない。しかもまわりは窓だらけ……詳しいことはわからないが、警察からの狙撃とかもされ放題じゃないか。
全校生徒と全教職員を集められる場所か……
「んまぁ、体育館しかないわな……」
副会長として学校の構造だとかを熟知している俺は、あの手この手で身を隠しながら体育館の裏に来た。
体育館は立てこもるにはいい場所だろう。扉は結構頑丈そうな作りだし、窓は二階にしかない。カーテンを閉じれば外からは何も見えない。唯一中をのぞけるのは、猫とかしか通れない、体育館の壁の下の方についている小窓だけだ。漫画とかでそこから中をのぞく男子が描かれたりするが、今の俺はまさにそれになっている。ただし、見えるのは体操着姿の女子ではなく、迷彩服の連中と体育館の真ん中に集められた生徒と教職員だ。
体育館の裏でしばらく見ていたが、どうも迷彩服の連中は全員体育館の中に集まったらしい。校舎に散らばっていた連中が生徒を連れて集まっていき、ある程度集まったとこで扉を閉めた。
連中の人数は……二十人ってとこか。
人質の数は……んまぁ全校生徒と全教職員か。とは言っても本当に全員ではないだろう。運よく逃げることができた奴だっているはずだ。そういった奴がすでに警察に連絡しているかもしれないが、まぁ追加情報はあった方がいいだろう。
「……幸成はあそこか……」
同志・幸成は体育館の壇上にあがっていた。そして連中のリーダーらしき男が横にいる。
……さっきも思ったが、連中の思惑なんてどうだっていい。だがなんとなく考えてしまう。
立てこもりは追い詰められた犯人がすることというイメージだが、連中は最初から立てこもるつもりだったらしい。携帯を取り上げたのは連絡されるのを一時的に遅らせて、この今の状況を作るための時間稼ぎをしたかったためだ。連絡そのものはいずれ自分たちでするのだろう。幸成の前にビデオらしきモノが設置されているのを見ると……警察かどこかに映像を送るつもりなのだろう。
さて、となると連中の目的は身代金ではないな。金目当てなら全校生徒を捕まえる必要はない。
……あくまで想像だが、連中はダイヤモンドカンパニー、もしくは同志・幸成の父親に何かをさせたいんだろう。息子の命が惜しければ、というやつだ。そして映画とかでありがちな、『十分経つごとに人質を一人殺す』なんてことも全校生徒を捕まえた今なら可能だ。息子の命でもしぶるようなら関係ない生徒を殺す……無視していればダイヤモンドカンパニーの評価は下がるし、人として非難されるだろう。
どう転んでもダイヤモンドカンパニーにダメージを与えられるわけだ。
「……連絡するか……」
警察が知りたそうな事実を簡潔に伝え、俺はその場でじっとしていた。
数分後、学校の前にかなりの数の警官とパトカーがそろった。俺一人の通報ならいきなりこうはならないだろう。いたずらかどうかをまず確かめるはず。そうならなかったということは、俺よりも前に通報した奴がいたということだ。それか、連中から犯行声明があったか。
警官が拡声器を使ってお決まりのセリフを叫ぶが体育館の中にいる連中は想定通りという風にしている。んまぁ、そもそも持ってる武器がそこらじゃ手に入らないモノだしなぁ。連中は……こういうことに馴れているんだろう。
正直分が悪い。体育館の鉄壁さと連中の落ち着いた態度。
校舎の方に何やらそれっぽい格好をした人が何人か入って行ったから、警察も狙撃する気は満々だ。連中が素人じゃないことは理解しているらしい。だがやっぱり窓にはカーテンがあって何も見えない。
連中は電話で誰かと……たぶん警察側だろうが、淡々と会話をしている。さすがに内容は聞こえないが。
さてどうしたものか。警察を呼んだらあとはプロに任せようと思っていたのだが、いかんせん連中の……レベルが高いのを見てしまっている。何かできることがあるかもしれないと考えてずっとここにいたのだが……実際、俺に何ができる?
……一応連中が中から閉めてしまった体育館の扉の鍵は持ってきている。部室の鍵の関係で鍵の場所は知っていた。とは言ってもこの鍵は正面の扉の鍵だ。横の扉をこっそり開けて警察を誘導するってこともできない。
正面の扉を開けて警察が強行突破しようとすれば、連中は同志・幸成を盾にしてしまうだろう。連中のリーダーらしき男が同志・幸成の横にいるのもそういった理由からだと思う。
俺に出来る事……あると言えば……ある……
無謀極まりない案だ。
自分で思いついておいてなんだがずいぶん間抜けな作戦だ。
死ぬかもしれない。
だが……
俺だけなにも頑張らないとあっては同志に申し訳がたたないというもの。
んま、同志・幸成がいるのだから、最悪の結果にはならない……と考えることにしよう。
見せてやろう……俺の能力を。
体育館の正面の扉の前に立つ俺。後ろから警察がなんか言っている。危ないだのなんだの聞こえるが……まぁまぁ。
今から俺が状況を変えてやる。
ガチャリ
ガラガラ
「!」
扉を開けると同時に、連中の視線を一斉に浴びた。もちろん、全校生徒と教職員のも。
「……なんだお前は。」
扉が開いた瞬間に同志・幸成の後ろにまわり、同志・幸成の首に腕をまわして盾にしながら俺を睨むリーダーらしき男。銃は同志・幸成の頭に当てている。
正面の扉が開くということは警察側から体育館の中が丸見えという状態。狙撃の絶好のチャンスとなるわけだが……さすがに対応が早い。呆気にとられて突っ立ててくれればそれで終わったんだろうが。
「ふ、副会長……」
「副会長だ……」
生徒たちがざわざわと騒ぎ出す。
いい反応をしてくれた。これで俺がどういう立ち位置の人間かが連中に伝わった。
「副会長……?」
リーダーらしき男が呟いた。
さて、一世一代の大芝居だ。
「いやぁ、なんというか……かっこ悪いと思ってな。」
「あん?」
「上手くいったことは嬉しいんだがな。いつかこの事を話す時、俺はこそこそと逃げましたって言うのか? ださいだろ。」
「なんの話だ! お前はなんなんだ!」
ゆっくりと、転ぶことのない速さで俺は体育館の中に入って行く。
堂々と自信を持って登場した謎の人物に連中の視線は集まる。体育館の正面の扉が開いたということに対する焦りよりも、困惑の方が大きい。
「何って……おいおい、失礼な奴だな。まぁいいけどな。そうなるようにしてきたんだから。」
「ちっ……お前はあれか? ヒーロー気取りのまぬけか? ああ?」
……リーダーらしき男は電話をしている時の話し方とか立ち振る舞いからもっとクールな男だと思っていたが……案外と乱暴なしゃべり方をする。これは成功する確率が上がったな。
「そう言うあんたはなんだ? テロリストか何かなのか? なんでもいいが、今自分が堂々と大まぬけなことを仕出かしてることに気づいているのか?」
「……なんだと?」
「俺が誰かって? バカな質問もあったもんだ。」
俺はポケットに両手を突っ込み、偉そうにふんぞり返ってこう言った。
「俺は金剛寺幸成だ。」
体育館に二つの感情が走る。生徒と教職員が感じている困惑と連中が感じている驚き。
生徒たちは「何を言ってるんだこいつは?」という表情になる。当然だ。ここにいる全員が、俺が石動という人物であると知っている。
対して連中は一瞬驚いた顔になった。全員の視線がリーダーらしき男に注がれる。「どういうことだ?」と言わんばかりの視線が。
「だっはっはっは!」
リーダーらしき男は仲間の視線を気にせずに大笑いする。
「何を言うかと思えば! バカが! オレたちが金剛寺のガキの顔を知らずにここに来たとでも思ってんのか!?」
当然の反応。勝負はここからだ。
「ほぅ? そうなると、あんたは金剛寺幸成という人物が生まれてから今に至るまでのすべてを見てきたということになるんだが。」
「ああっ!?」
「まったく、バカはどっちだ。あのなぁ、うちの会社……ダイヤモンドカンパニーがどれだけ大規模な会社か理解しているのか? 日本だけにしかないそこらの会社と一緒にするなよ?」
「何が言いてぇんだ!」
「世界的な視点で言ったら、うちの会社の重要度は半端ないんだよ。ダイヤモンドカンパニーに何かあったらどんなことが起きるかわかっているのか? それを考えたら、金剛寺家はもはや一つの王族と言ってもいい。しかも本物の王族と違って俺たちの存在は色々な形で金を生む。家族の一人をさらって、脅迫して、ダイヤモンドカンパニーのロゴをつけさせるだけでどんなにしょぼい物もヒット商品になる。わかるか?」
大きなため息をつき、俺はリーダーらしき男を半目で見ながらこう言った。
「そんな一家の息子の顔や通う学校を一般に公開するわけないだろうが。」
リーダーらしき男の表情が変わった。納得しかけた顔……いい調子だ。
「あんたらみたいな連中が大勢いるというのにバカ正直に素顔をさらすとでも? 秘密に決まっているだろ。それをなんだ? 知らないわけないだろうって? 残念、まんまと騙されたな。」
俺は同志・幸成を指さす。
「あんたが大事そうに抱えてるそいつは身代り、偽物、影武者だ。家に帰れば使用人の一人さ。秘密と言っても俺という息子がいるのは事実だからな。存在を隠すことはできない。だから『この男が金剛寺家の跡取り』という偽の情報を世間に流した。こうすることで、本物は安全に生活できるわけだ。理解したか、大まぬけ。」
リーダーらしき男はぐうの音も出ないという顔になったが、同志・幸成の制服を見てにやりと笑った。
「は、随分と作り話が上手だなぁ副会長さんよ。んじゃこれはどうやって説明するんだ?」
リーダーらしき男は同志・幸成が着ている白金高校の制服を引っ張る。
「知ってんだよ。こいつは元々お坊ちゃま学校にいたんだろ? 身代り? は、なんで身代りをわざわざこんな普通の高校に転校させんだよ? それに、お前が本物だっつーなら、逆になんでお前はこんな普通の高校に通ってんだよ? 天下のダイヤモンドカンパニーの跡取りがよぉ!」
鬼の首でもとったかのような感じにしゃべるリーダーらしき男。だが逆に言えば、それを覆せばこちらの勝ちとなる。
「はぁ?」
俺は思いっきりリーダーらしき男をバカにする返事をした。
「あんたの言うお坊ちゃま学校って白金のことだろ? もしかして、あんたは本物ならそっちに通ってるべきって言いたいのか?」
「そうだろうがよ! 完璧な施設と高度な勉強ってのを受けて当然だろうが! 世界規模の会社なんだろう? えぇ?」
「あんたバカだな。」
「ああっ!?」
「完璧な施設? いい椅子でいい机でいい先生で学食は三ツ星レストランってか? しかも高度な勉強? あんた、電気屋さんで売っている電化製品に相対性理論でも使われていると思ってるのか?」
「あんだと!?」
「いらないんだよ、高度な勉強なんて。どの高校でも学べる基礎の知識があればそれで充分なんだよ。いらない知識覚えるのに時間使うなんてバカのすることだ。椅子も机もそこらで売ってる安物で充分なんだよ。豪華な装飾も、高級な素材も必要ない。料理も然り……まったく、凡人の勝手な想像を現実だと思うなよ?」
「んな……」
「でもまぁ? そういうまぬけな発想が確かにあるわけだから、偽物を通わせるならそういうお坊ちゃま学校だよな? 実際、あんたは騙されたわけだし。」
「じゃ、じゃあなんで今更転校させたんだよ!」
「うん? あんたらみたいなまぬけが引っかかるかどうかの実験だよ。長いことこのスタンスでやってきたが、効果のほどってのは実感してないからな。父さんと話してやってみることにしたんだよ。効果は抜群でなによりだ。」
「な、ならなんで……計画通り身代りが捕まってるってのに……ここに来たんだ……」
だんだんとリーダーらしき男の自信がなくなってきた。もうひと押し、決定的なモノが欲しいところだ。
「さっき言っただろ? かっこ悪いって。いつかのパーティーで今日のことを話すとするぞ? 俺は身代りに任せて逃げましたって言うのか? ダサすぎるだろう? 俺は金剛寺幸成なんだぞ?」
俺は両手を広げてとどめにかかる。
「俺は無謀なことはしない。安全第一、当然だろう? だがあんたらは警察に囲まれている。既にチェックメイトというわけだ。洋画に出てくるおまぬけ警官と一緒にするなよ? 日本の警察は世界でもトップクラスに優秀なんだ。あんたらの負けは確定している。なら俺がここに来ても問題ないだろう?」
「は、はん。要するに目立ちたがり屋のバカってことか……!」
ついに俺の論を破ることを放棄して罵倒してきたか。
「違うな。何度も言うが、俺は金剛寺幸成だ。ダイヤモンドカンパニーの未来を担っている。これくらいのことをしなくてどうする? こんな普通の学校でも下に甘んじることはしない。だから副会長をやっている。今年は会長になるぞ? 目立ちたがり? これは俺の義務だ!」
俺は今までで一番大きな声で、威勢よく叫ぶ。
「身代りのための偽物を救いにくる! バカだという奴もいるだろうが、俺はこれを最高の美談と考える! あとで話すならこっちの方が断然かっこいいだろう?」
「……!」
「いつまで偽物を抱えているつもりだ? 最後にちょっとくらい足掻いたらどうだ? すぐに警察の作戦が発動してあんたらは終わりだが……わずか数秒でも本物を人質にとったという名誉を手にしようとはしないのか?」
「だ、だまれっ!」
同志・幸成に向けていた銃を俺に向ける。内心ビクッとしたが顔には出さない。つとめて余裕の表情であり続ける。
「ああ……そうだ。おい、そこの使用人。」
俺は同志・幸成に視線を送る。同志・幸成は俺の大嘘が進むにつれてどんどんと暗い顔になっていた。今、同志・幸成が考えていることはなんとなくわかる。だからそれだけは違うと言わなければならない。
「田中……いや、杉下だったか? まぁいい。とにかくこれだけは言っておく。」
同志・幸成が困惑した顔で俺を見る。
「俺の身代りとしてお坊ちゃま学校でリッチな生活を送るなどという『幸運』を手にしたお前が、今こうして助けられようとしているのはお前のその『幸運』のおかげじゃない! これは俺の! 金剛寺幸成の意思だ!」
俺の言いたいこと。勘違いをして欲しくないこと。それが無事に伝わったのか否か。今もなおリーダーらしき男に盾にされている同志・幸成は目に涙をため、困ったように笑いながら俺に助け舟を出してくれた。
「……幸成様……」
その一言が決定打となった。リーダーらしき男は俺と同志・幸成。どちらが本物なのかわからなくなった。
「くそ! くそ! もうどうでもいい! お前! お前もこっちこい! どっちも盾にしてやる!」
……来た。その一言を待っていた。
「おお怖い。まったくうるさいことだ。今行くからちょっと待て。」
歩く速さを調節し、俺の能力が最も発動しやすい速度にする。
俺とリーダーらしき男までの間には十メートル以上の距離がある。そうなるように扉からここまでのんびりと歩いてきた。
俺の大嘘に驚き、混乱している連中は俺が開けた正面の扉を開けっ放しにしている。警察からはむしろ壇上にあがっているリーダーらしき男が一番よく見えるだろう。
舞台は整った。
最後に、最も重要な確認。俺は同志・幸成を見る。同志・幸成も俺を見た。俺は軽くウインクし、目線を下におろす。
「!」
俺の作戦に気づいたのか、同志・幸成の表情がキッとしまる。
「とっとと来い、のろまが!」
「おいおい、演出というモノを理解しろ。この場面で小走りしろって言うの――」
慣れた感覚が俺を襲う。
急激な重力方向の変化。
突如高速で後ろの方に飛んでいく風景。
そして、急接近する床。
ビターンッ!
身体前面、特に顔面に走る強烈な痛み。真っ暗な視界。
そう、俺は転んだのだ。
一瞬の沈黙。生徒も教職員も連中も何が起きたのか理解できていない。
「……ぷっ……」
その静けさの中でたった一人、壇上でわめいていたリーダーらしき男が吹き出した。
「だーっはっはっはっは! こ、転びやがった! だっはっはっは!」
あれだけ偉そうにしゃべっていた奴が偉そうにのろのろ歩いていると思った次の瞬間、突然転ぶ。そりゃあ笑うだろう。リーダーらしき男の立場だったら俺だって笑う。大爆笑だ。
だが――
「はっ!」
リーダーらしき男が大笑いした為に同志・幸成を押さえていた腕の力が緩んだ。そのすきを逃さず、同志・幸成はリーダーらしき男にひじ打ちを食らわせる。そして苦悶の表情を浮かべたリーダーらしき男を残し、同志・幸成は転がるようにして壇上から降りた。
「しまっ――」
リーダーらしき男が事態に気づいて同志・幸成の方に手を伸ばした瞬間、短い金属音と共にリーダーらしき男の手から銃が弾け飛んだ。
「!!」
驚愕の表情もつかの間、今度はリーダーらしき男の左脚から鮮血が吹き出す。
狙撃だ。
「!! 撃ってきたぞ!」
何が起きたのかを理解し、連中が開きっぱなしの扉の方に身体を向けるがもう遅かった。俺の大嘘の間にゆっくりと近づいていたのだろう、警察の突入部隊がやってきて連中を次々に無力化していく。
俺はと言うとうつ伏せから仰向けになり、周囲で事件が一気に解決していくのを感じながら……
「あっはっはっはっはっはっはっ!!」
してやったりと、大笑いした。
金剛寺幸成を含む全校生徒、全教職員人質籠城事件から一週間が経った。たくましいことに学校はあの事件の翌日も普通に授業を行った。まぁ、終わってみれば事件自体は二時間くらいで解決しているし、壊れた物も少ない。
結局連中はダイヤモンドカンパニーをよく思わない人たちが差し向けたモノだった。それに対する報復やらなんやらで同志・幸成の親父さんは学校の設備の件を後回しにしてあっちこっち駆け回っているらしい。この一週間でデカい会社が二、三個潰されたという噂もある。
ちなみに俺は色々と大変な目にあった。俺がやったあの大嘘や転んだことは全て事件を解決するための行動だった……という理解を警察や生徒、教職員がしたのだ。どうやら転んだ後の俺の大笑いで、全てが俺の作戦だったということに気づいた生徒がいたらしく、その話を広めたのだ。
教職員……要するに教師からは無茶だ無謀だと怒られたし、警察からも延々と説教をされた。だがまぁ、事件解決への貢献は認められて表彰された。まぁ、結果オーライだ。
生徒たちからは英雄だのなんだの言われた。気の早いことに、俺のことを生徒会長と呼ぶ奴までいる。
「いやー、すごかったね。」
現生徒会長も俺のことを褒めたが……俺の大嘘が成功したのは会長のおかげでもあった。俺が嘘をつき始めたときに生徒が「何言ってんだお前!」とか、「石動!」とか言わなかったのは会長のおかげらしい。
実際、そう言われても正体を隠していたという理屈で解決できるわけだが、その発言があったら、その時点でリーダーらしき男は俺の話を聞かなくなっていた可能性が高い。
会長は俺が登場した時点で生徒たちに何も言わないようにと伝えたらしい。それはつまり、俺が何をするかをある程度予測したということだ。
「これで安心して生徒会を任せられるね。」
もともとデキる人だなぁとは思っていたのだが……一体何者なのやら。
そんなこんなでバタバタしていたので一週間経ったこの日、俺と同志たちは久しぶりに部室に集まった。
「みなさんにはご迷惑をかけました。」
同志・幸成が頭を下げる。
「顔を上げて下さい! 気にしてませんから!」
「でも、間壁さんは僕をかばって怪我を……」
「口を切っただけです! もう治りました!」
同志・幸成が謝っているので俺も丁度いいと感じて礼を言った。
「中山、鈴木。学食では助かった。ありがとう。」
「ほんとだよー! 死ぬほど怖かったんだからねー!」
同志・中山が来客用のスリッパをパタパタさせながら、音をつけるなら「ぷんすか」という顔でそう言った。
「うちは楽しかったけどな。窓ガラスを割るなんてそうそうできねー体験だ。」
にひひと悪そうに笑う同志・鈴木。ちなみに、割れた窓ガラスは連中のせいで割れたということになっている。
「それと間壁。あの時情報をくれたから俺も冷静に考えられた。礼を言う。」
「いえいえ! 役に立って何よりでした!」
「……一つ聞きたいんだが……間壁はなんであんなにきょろきょろしてたんだ?」
実際、同志・間壁が俺を見つけなければ情報の伝達もなかっただろう。結果的には良かったわけだが……
「部長を探していたんですよ?」
「……?」
「幸成くんが先に連れていかれた時、窓から学食の方に向かう犯人の仲間が見えたんです! それで学食の方でも同じようなことが起きているのだと思いました! でも部長のことですから、脱出するだろうと思いまして!」
「俺なら脱出する?」
「それでたぶん、私と幸成くんのことを探すと思ったんです! それで部長を見つけたら幸成くんが連れて行かれたことを伝えようと思ってきょろきょろしてたんです!」
「まてまて。後半はわかるが……前半の前提がおかしいだろう。何で俺なら脱出するんだ?」
「それはな、部長。」
答えたのは同志・鈴木だった。
「うちや中山が部長の頼み事を聞いたのと同じ理由だぜ?」
「?」
あの時も感じた疑問だが、中山も鈴木もあんな状況での俺の頼みごとを素直に聞いてくれた。
「……どういうことだ?」
「なんつーかさ……」
同志・鈴木は恥ずかしそうに言った。
「今部長はみんなからヒーローとか言われてるじゃんか。でも、うちら三人にとってはさ……この同好会ができた日から部長はうちらのヒーローなんだよ。」
「ヒーロー? 俺が?」
「そうだよー。」
同志・中山が続ける。
「あたしたちはマイナスの能力のせいですごく暗い気持ちだったんだよー。そういう能力があるって気づいた時からずっとねー。でもあの日、部長がそんな日々を変えてくれたんだよー。」
「そうです! 協力して能力を何とかしようと言ってくれたこと! それからの研究に打ち込む楽しい毎日! それが私たちにはどれほどうれしいことか! つまりはそういうことです!」
三人が三人とも照れくさそうにするのを見て、俺はため息をついた。
「まったく、こっぱずかしいセリフをよくもまぁ。」
「うっさい! そう思うならそういう反応すんな! 余計に恥ずかしいだろーが!」
そんなやり取りをくすくす笑いながら同志・幸成は見ていた。
「みなさん、石動さんを信じているんですね。」
「そういえば……幸成。なんで今回の事件は起きたと思う? お前の《エンペラー》でも回避できないことだったのか?」
「さぁ……それは確かに僕も不思議でした。あんなあからさまに……不運な目に遭うなんて。」
「ふむ。まだまだ《エンペラー》には謎が多いな……」
ふぅとため息をつき、俺は椅子に寄りかかる。なんとなく話がひと段落すると、同志・中山が少し嬉しそうに話し始めた。
「今思うとさー、今回活躍した能力ってあたしの《ザ・ロスト》と部長の《フロアテイスト》だよねー。」
「そーだな。中山が日頃から忘れんぼじゃなかったらケータイとられてたよな。てか、中山の担任って結構頼りになるのな。あんな場面でも生徒かばったじゃんか。」
二人の会話に俺も加わる。
「あの教師は熱血漢なところがあるからな。学食にいてくれて助かった。」
「それも計算してたってのか! さすがだなぁ、部長。最後のズッコケもすごかったしな!」
同志・鈴木がにやにやと笑う。
「なんだその顔は……」
「スカートのぞく以外にも役に立つんだなと思ってさ。」
「まだ言うか。だからなんも見てないって言ったろうが……」
……マイナスの能力の利用……役に立つ、か。
「……三人がこっぱずかしいことを言ったから、俺も言うことにする。」
「? なんだ、部長?」
「なになにー?」
「なんですか!」
恥ずかしいので、俺は椅子に寄りかかって上を見ながら言う。
「今回、俺のマイナスの能力が有効利用できた。この能力にも良い点があるらしい。でもよく考えたらな、今回以上に、俺の能力が良い方向に働いたことがあった。」
「まじか!」
「ああ……」
今回の事件でわかった、三人からの信頼。俺もまた、三人に助けてもらったわけで……
「この能力があるおかげで……俺はお前らに会うことができたんだ。」
一瞬の沈黙。
「うわー! 部長が恥ずかしいこと言ったよー! わーわー!」
「や、やかましい! 要するに見方を変えるとだなぁ!」
「なんかドキドキしてきちまったじゃねーか! 部長が変なこと言うからだぞ!」
「恥ずかしい同士おあいこですね!」
ギャーギャーわめく中、同志・幸成は腹を抱えて笑っている。
「おい、幸成! お前もだぞ!」
「くくく……え、はい? 何がですか?」
「見方を変えるって話だ! お前、今までこうやって騒げる友達いたか!?」
「ふふふ。いませんでしたね。なるほど、僕も能力のおかげでみなさんに会えたと?」
「そうだ! 本音で話せる友達が能力のせいで今までできなかったんじゃない! 能力があるおかげで今、友達ができたんだ!」
「……!」
一瞬、同志・幸成の表情が壇上で見せた顔になったが、すぐにいつもの顔に戻る。
「石動さんも充分熱血漢ですね。」
「……やかましい。」
「ふふ、みなさんが恥ずかしいことを言っているので僕も言うとしますか。」
「幸成もなんかあるのか……」
「今回、僕の能力が働かなかった理由です。」
「? わかったのか?」
「……なんとなくですけど、今、この瞬間、僕はとても幸福です。良い人たちに出会え、さらに分かり合えた気がします。この『今』を僕に与えるために、《エンペラー》は働かなかったのではないかと思うのです。」
「……それが本当なら、《エンペラー》には未来予知も加わるんだがな……」
「ふふふ、どうなんですかね。」
「まーでもよ、やっぱ一番恥ずかしいのは部長だな。」
「なにっ!?」
「そうだねー。ダントツだねー。」
「さすが部長ですね!」
「ったく、何がさすがなのやら……」
俺は大きなため息をつく。するとまたもや同志・中山が、今度は少し不安そうに口を開いた。
「……あたしたちの能力にもいいことがあるってわかったけどー……その、研究は続けるんだよねー……?」
「当たり前だ。いいことがあると言っても限定的でデメリットの方が大きい。それに、俺は早いところ……能力を無くすまでは行かなくとも、一時的に封印くらいはできるようにならないといかん。会長選も近い。」
俺は改めて同志の顔を見た。
「今後も協力してもらう。いいな。」
「ふふふ、構いませんよ。」
「頑張りましょう!」
「えへへ、楽しいねー。」
「そーだな。」
傍から見れば実に楽しそうな連中に見えるだろう。
一体誰が考えるだろうか、俺たち全員に誰もが望まない能力があることを。
普通の人にはない能力。誰もが嫌がるマイナスの力。そんな能力を持った奴が集まった。
終始暗く、沈んだ雰囲気になるかと思いきや、毎日が面白い。
乗り越えたわけではない。克服したわけではない。未だにこの能力は俺たちを苦しめる。
だが考えてみると……なんだ、いいところもあるじゃないかと思う。
誰もが羨むプラスの力の持ち主も、マイナスな日々を過ごしていた。
良い方向にしろ、悪い方向にしろ、全ては考え方次第というわけだ。
今回の事件で俺たちは見方、考え方を変えるということを学んだ。だから今の俺はなんとなく、こんなことを考えている。
確か、マイナスとマイナスをかけると、プラスになるんじゃなかったか?
終わり
まいなす同好会
「こういう時に限ってこうなる」
良くない事であればなおの事。人生って不思議ですね。
これを書いたのはとある長編を書いている途中、同時進行でした。
私にしては、ずいぶんと短く終わった物語で……私は驚きました。