お嬢様と爺や(メロンパン編)
お嬢様がメロンパンを買いに行く話です。
お嬢様と爺や(メロンパン編)
「爺や、あたくしあのメロンパンが食べたいですわ。」
今テレビに映っている風景はこの辺りのそれですわ。すぐにでも食べたい……でもなんだかすごい行列ですわね。並ぶのもめんどうですし……そそっと爺やに買ってきてもらいましょう。
「お嬢様の頼みとあればこの爺、すぐにでも行きますが……しかしそれではお嬢様をがっかりさせてしまうやもしれませぬ。」
「なぜかしら?」
「今テレビにてしゃべっているリポーターの話によりますと、そのメロンパンは出来たてが最もおいしいとのこと。」
「あのお店は近所ではないですか。車で行けばすぐに着くでしょう?それから急いで帰ってくればいいのではなくて?」
我が家の車は快適性とスピードを併せ持つ最高級のもの。なんの支障も無くメロンパンを運べますわ。
「このお屋敷からあのパン屋さんまで急いで行っても十分はかかります。恐れながら十分という時間はパンが冷めるのに充分な時間でございます。」
冷めてしまうのは良くないわね。どうしようかしら?
「爺や、何か妙案はないの?」
「お嬢様が出来たてを食すためにはあのメロンパンを購入したその時にお嬢様がその場にいるのが良いですな。」
「ではこうしましょう。爺やがあのお店に行き、列に並ぶのです。そしてメロンパンを十分後には買えると判断したらあたくしの方に連絡をいれるのです。そうすれば十分後、あたくしは出来たてのパンを食せますわ。」
「恐れながら、それは確実性に欠けます。急いで十分と言いましたが……途中、どんなことが起きるかはわかりません。十分以上かかってしまう可能性もあります。そうなればやはり、メロンパンは冷めてしまいます。」
「ではここからパン屋さんまでの道を通行止めにしましょう。そうすれば信号等にもひっかかることなく行けますわ。」
「しかし……それをしてしまうとパン屋さんへ行こうとするお客さんが突然減ることになります。」
「良いではないの。その分、列が短くなりますわ。」
「パン屋さんが突然のお客さんの減り具合にお店を閉めてしまうやもしれませぬ。」
お店が閉まってしまっては元も子もないですわ。さて?
「爺や、何か妙案はないの?」
「メロンパンを購入する者と食すものが同一人物であれば何も問題はありませぬ。」
「あら。本当ですわ。何でもっと早く言わないの。」
「失礼しました。」
「食す者はあたくし。ということは購入する者があたくしになればいいのですね。爺や、あたくしがするべきことは何かしら?」
「まずはパン屋さんに行かなくては何も始まりませぬ。」
確かにそうですわ。とりあえず車に乗りませんと。ドライバーを呼びましょう。
「お嬢様。お車で行くことは少々危険では?」
「なぜかしら?」
「お嬢様のお車はとても豪華で素晴らしいものでございます。」
「ええ、そうね。あたくしのようなものしか乗ることを許されない最高級の車ですもの。」
「つまり……そのお車で行きますと誰が来たのかすぐにわかってしまいます。」
「良いではないですか。あたくしが来たことにさぞ感激するでしょう。」
「はい。しかしそうなりますとパンを作っておられる方は思うでしょう。これは気合いをいれて作らねばと。」
「なにか問題がありますの?」
「あのテレビで紹介されたのはいつも通り作られたメロンパンでございます。特別に気合いが入って作られたメロンパンはそれと同じになる可能性は低いのです。」
「なぜかしら?」
「どんなに手慣れた者でも、普段と違うことをおこなうとリズムが狂うものです。気合いがからまわりするのでございます。そんな状態で作られたメロンパンはお嬢様の求めるそれとなるかどうか……」
メロンパンのおいしさが下がるのはいただけませんわ。ふむ?
「爺や、何か妙案はないの?」
「あのお車で行かなければ良いのです。」
「そうね。ではヘリを呼びましょう。」
「よい考えでございます。しかしヘリが着陸するにはそれなりのスペースが必要となります。」
「着陸しないで行けばいいのではなくて?」
「はしごは常備でございますが……ヘリの生む風でゴミが舞う可能性があります。メロンパンにほこりがつくやもしれませぬ。」
「それはいけませんわね。では何で行くのが良いのかしら?」
「お店のものにお嬢様が来たとばれぬように行くことができ、かつメロンパンに害を及ぼさないとなりますと……結論、そのような乗り物は今現在、存在致しませぬ。」
「無いならつくればいいのです。」
「そうですな。しかし……我々がその乗り物を作っている間にあのお店のメロンパンが無くなってしまう可能性があります。」
「なぜかしら?」
「いくらパン屋さんと申しましてもパンの材料は無限ではありませぬ。今日の分が無くなってしまうやもしれませぬ。」
「すばやくその乗り物をつくればいいのです。」
「そうですね。しかしこのお屋敷の技術者はこころよりお嬢様のことを想っている者ばかりです。急いで作ってぞんざいな作りになってしまってはと思い、丹精込めて制作に取り掛かるでしょう。どうしても時間がかかってしまうのです。ご理解下さい、皆お嬢様のことを本当に大切に思っているのです。」
それは困りましたわね。あたくしは今日食べたいというのに。どうしたものかしら?
「爺や、何か妙案はないの?」
「乗り物を使わなければ良いのです。」
「なるほど。それなら出来あがるのを待つことはありませんわね。さっそく行きましょう。」
あら。とても良いお天気ですわ。日傘が要りますわね。
「爺や、日傘を。」
「はい、お嬢様。」
気持ちのいいお日様のもと、爺やと歩く道。風がきもちいいですわね。
「爺や。いい匂いですわね。」
「そうですね。とてもよい匂いです。あ、お嬢様、ここが列の最後尾のようです。」
「あら。随分とお店から離れたところに最後尾があるのね。これはかなりの時間待つことになるのではなくって?」
「いえいえ。これは商売をするものの技でございます。わざと列に並ぶ人の間隔が広がるように誘導することで列を長く見せているのです。」
「なぜかしら?」
「たくさん人が並んでいるように見せるためでございます。そうすればこのお店を知らない方も思うでしょう。こんなにたくさんの人が並ぶということはおいしいのだと。」
「客よせの方法なのですわね……では実際はそんなに時間はかからないと?」
「その通りでございます。それにこの技にはもうひとつの意味がございます。」
「なにかしら?」
「並んでいる人にこのような良い匂いをかがせることにより、パンを食べたいという気持ちを向上させるのです。」
「なぜかしら?」
「その方が実際にパンを食べた時に感じるおいしさが倍増するからです。まぁ、お店側の小粋なサービスですな。」
「にくいですわね。ふふっ、楽しみですわ。」
『あれ?あれってあのお屋敷のお嬢様だよね?』
『すごーい。ああいうお金持ちの人でもちゃんと並ぶんだね。てっきり権力とかでなんかするものだとばかり。』
『庶民的で親しみやすいね。』
お嬢様の評判がまたひとつ上がりました。
お嬢様と爺や(メロンパン編)
何の時だったでしょうか。
授業中だったか、お風呂だったか、どこかでふと思いついた二人のただの会話でした。