旧作(2011年完)本編TOKIの世界書二部「かわたれ時…4」(太陽神編)

旧作(2011年完)本編TOKIの世界書二部「かわたれ時…4」(太陽神編)

TOKIの世界。
壱‥‥現世。いま生きている世界。
弐‥‥夢、妄想、想像、霊魂の世界。
参‥‥過去の世界。
肆‥‥未来の世界。
伍‥‥謎
陸‥‥現世である壱と反転した世界。時期は秋か冬か怪しい時期。少年は不思議な体験をする。その体験は夢なのか現なのかわからない。
その現象はある神の失敗により起こされた現象だった。サキ編第四話。

人形と異形の剣

人形と異形の剣

 「前にも言ったが……それがしは割と女に容赦はない。」
 水干袴を着た邪馬台国から出てきたような男が肩で息をする女に告げる。
 女は甲冑を身に纏い、刀を構えていた。所々切り傷があり弱っていたが瞳は鋭く男を見つめている。黒色の長い髪を二つにまとめており、額には鉢巻がついていた。
 男の瞳は冷たく女を突き刺している。
 「罪神に性別はないか。お前が生きる術はそれがしを殺す事だけだ。」
 「……。」
 男は女にそう言い放つ。このあたりには男と女以外誰もいない。草も生えておらずここは荒野だ。砂塵が舞い、女と男の髪を撫でていく。
 「お、お人形さん……。大丈夫?ねぇ……。」
 女の後ろには幼い男の子がぺたんと地面に座り、この状況に怯えていた。幼い男の子は女にお人形さんと言っていた。
 「大丈夫。あなたは私が守ってみせるから。」
 女は幼い男の子に優しく声をかけた。男の子の表情が少し和らいだように見えた。
 「あのねぇ、それがしは君だけを罰するために来たんだがねぇ。」
 「剣王、この子には危害を加えないと約束しろ。」
女は勇ましい声を放ち、男をキッと睨んだ。女は男を剣王と呼んでいた。
 「んん……まるでそれがしが悪いみたいじゃない……。ん?」
 剣王がふと上を見上げた。上空に何故か浮いている二人の少女と一人の青年がこちらを怯えた目で見つめていた。
 「太陽の姫と……後はなんだかわからないが見られていたか。まあ、いい。」
 剣王は上空にいる少女ににやりと笑うと体中から剣気をまき散らし、結界を発生させ、あたりを白い霧で覆った。
 「剣王……私は罪を犯した……。しかし、あなたは私を見ていない。一体どこを見ている?」
 女は静かに剣王に言った。
 「これから死ぬ者に言う必要はない。」
 剣王は底冷えするような声で言うと剣を振りかぶった。そして叫んだ。
 「後ろの坊主!残念だったな!目をつぶって元の世界に帰れ。」
 刹那、女の身体がゆらりと揺れた。剣王の見えないほど速い袈裟切りを女はかわす事ができなかった。
 「うっ……。」
 女が低く呻いた。体は傾き、女はその場に倒れた。血が地面を汚している。男の子は倒れた女を蒼白の表情で見つめていた。
 「いくら武神だと言ってもやはり女に手をあげるのは気がひけるな。何百年たっても慣れん。」
 剣王は一つため息をつくと刀を鞘に戻し、背を向け歩き出した。遠くに剣王を待つ影がある。その影はやたらと小さくおそらく十一センチくらいしかないだろう。人型をした影が剣王に向け頭を下げる。剣王はその影と共にその場から消えた。
 男の子は呆然とその場に座り込んでいた。


 「シチュエーションきらり!恋する乙女のパーティタァイム!」
 謎の掛け声が会場内に響き渡る。会場内には楽しそうに叫ぶ女子達がうちわを片手に手を振っていた。ここは観光スポットでもある戦国大名の城跡である。その城跡の石垣をバックに特設ステージが作られており、そのステージでは若い男が甘いボイスでのびやかに歌っている。つまりこの城跡は今はライブ会場なのである。
 城に押しかけた大量の女子達が「きゃー!」と黄色い声をしきりに発していた。
 で、なんのライブかというと……ジャパゴの主題歌である。
 ジャパゴとはジャパニーズゴッティという恋愛シミュレーションゲームの略称である。
 今ここで歌っている男はこのゲームの主題歌を歌っている男だ。甘い声が素敵だとジャパゴ好きの女の子達からはかなりの人気者だ。反面、他の楽曲も歌っており、ロックなどのかっこいい歌は力強く歌う。そこがいいらしく、男性からも人気だ。
 「シチュエーションきらり!恋する乙女の……パーティタァイム!」
 その黄色い声に負けずに叫ぶ一人の少女がいた。十七歳くらいの少女は青い帽子をかぶり、白いニットの服に青色の短いスカートを着ている。寒いので下は黒のストッキングを履いていた。
 カラフルでまとめずシンプルにオシャレを目指した彼女なりの暖かい格好だ。
 ちなみに今は十月の後半。風が冷たく秋も深まってきている。
 「シミュレーションはらり!恋する乙女と……イッツショータイム!やあああ!」
 少女は他の女子達に交じり、うちわを高々とあげる。
 「サキ……おい……サキ!」
 サキと呼ばれた少女は呆れた声で話しかける男に爛々とした目で振り向いた。
 「どうしたんだい?みー君!」
 「声がでけぇ!」
 サキのとなりにいた男がサキに向かい叫んだ。男はオレンジ色の長い髪に露店で買ったのか変なお面を頭につけて青い鋭い瞳をサキに向けていた。男は青い着物に黒い袴を履いていた。かなり奇妙な格好だがまわりの人々は男に気がついていない。
 「こんな興奮ないんだよ!大きな声になってしまったね!ごめんよ!」
 サキは口から爆音を発しながら奇妙な格好の男を仰いだ。
 「だから、普通の話し声までなんでそんなにでかくなってんだよ!」
 「あたし、声そんなに大きいかい!?みー君!」
 サキはライブで興奮しているのか声の制御ができなくなっているようだ。
 みー君と呼ばれた男は耳を塞ぎながら呆れた目でサキを見た。
 みー君は天御柱神という厄災の神としてかなりの有名神である。本来は風なので人には見えない。今は人間との約束もあり、祭られている間は魔風を起こさないと決めていた。
 みー君の隣にいる少女は太陽に住み、人々を守る太陽神の頭。アマテラス大神の力を一身に受け他の太陽神、使いの猿達を扱い、日々仕事に励んでいる。普段は太陽の中にある霊的空間、暁の宮に住んでおり、昼間だけ現世にたまに現れる。サキはジャパゴのファンであり、イベント事があるとすぐに現世に降りてきていた。
 「どっから出てるんだよ……。その爆音は……。」
 みー君はサキの愛嬌のある目を横目でちらりと見ると再びため息をついた。
 「なんかずっと叫んでいたから声の制御ができなくなってしまったよ。」
 サキは頑張って声を小さくした。
 「次で最後の曲らしいな。あいつ、歌うまくなったな。俺が助ける前もうまかったが今はさらにうまい。」
 「努力しているんだねぇ……。コウタ様は……。」
 サキは「いいことだねぇ」としくしくと泣き始めた。
 ステージで歌っているこの男は以前、みー君が起こした奇跡によりトラック横転事故から生還した人間だった。サキも裏で色々と尽力をした。結果、彼は今も元気にライブができている。サキはそれがたまらなく嬉しかった。
 「泣くな。こんな、女子がキャッキャ言っている所でジメジメ泣いてたら睨まれるぜ。」
 みー君が歌を聴けと顎で合図してきたのでサキは泣くのを止め、ステージへと目を向けた。
 男は気持ちよさそうに甘い歌声を響かせている。サキの顔は自然とにやけて「いいねぇ」を連発していた。
 そしてライブは滞りなく終わった。センチメンタルになっているサキにみー君はため息をつきながら言葉を発した。
 「おい。今日、俺も暁の宮に泊めてもらってもいいか?」
 「別にいいけどさ……。なんか変な事を考えているんじゃないかい?」
 サキが疑うような目で見つめてくるのでみー君は慌てて否定した。
 「あ……いや、違う!やましい事じゃねぇ。ただ、ワイズにお前から離れるなと制約をつけられてな……。」
 ワイズとは高天原東を統括している思兼神のあだ名である。高天原は全部で四つの勢力に分かれており、それぞれの権力者がいる。権力者よりも力が強い神もいるがまとめる力がない、まとめるのを面倒くさいと感じているなどで表に出てこない者もいる。故に一番力が強い者が上に立っているわけではない。
 「ワイズからねぇ……。それよりもやましい事で何を考えたんだい?むふふ。」
 サキがわざとらしい笑みを浮かべみー君を仰いだ。
 「何も考えてねぇよ。お前の方が変な想像してんだろ。」
 みー君はそっぽを向いた。
 「何さ?一緒にお風呂とか一緒に寝たりとか?」
 「ぶっ……。風呂ぉ!?一緒に寝るだと!馬鹿!何言ってんだ!」
 みー君は顔を真っ赤にして叫んだ。
 「まったく……なんでこっち関係がこんなにウブなのかあたしは知りたいねぇ……。みー君、冗談だよ。」
 サキは呆れながらみー君の背をぽんぽんと叩いた。
 「お、おう。知ってるぜ。びっくりさせんなよ。」
 「みー君……出口こっちだよ。」
 みー君は動揺していたのか出口もわからなくなりウロウロと迷走していた。サキはみー君を促し、呆れ顔のまま会場を後にした。
 

 「はっ!」
 少年は目を覚ました。気がつくとベッドの上に横になっていた。慌てて起き上り、自室のドアを開け、廊下を走った。少年の家はかなりのお金持ちだった。父と母がどういう仕事をしているのかはわからないがかなりの豪邸に住んでいた。
 少年は無駄に長い廊下を必死に走る。なんだか嫌な夢を見た気がしてすぐに確かめたくなった。
 「僕の……お人形さん……。」
 幼い少年は肩で息をしながら沢山あるドアの一つを開けた。ここは少年のオモチャが沢山おいてある遊び場だ。置いてあるのはクマのぬいぐるみや積み木、ままごとセットなどだ。男の子が好きそうな電車や車、飛行機やロボットなどはない。
 少年は人形を探していた。両親は自分のほしいものはなんでも買ってくれた。今、少年が探している人形も両親が買ってくれたものだ。
 「ない……ない!」
 少年が探している人形はそんなに小さいものではない。むしろ少年にとってはかなり大きなものだ。
 「ないよ……。なんで……。」
 少年は泣きそうな顔になったがふと何かに気がついたのか顔を強張らせた。
 「そうか……。」
 少年は狂気的な目でドアを睨みつけると、部屋から血相を変えて出て行った。

二話

 「で……、なんでみー君はあたしの部屋にいるんだい?」
 「ん……?そ、そうだなあ……。」
 サキは布団に横になりながらポケットゲーム機でゲームをしていた。やっているのはもちろんジャパゴである。ここは太陽の宮にあるサキの部屋。ジャパゴグッズが部屋をオタク化しているがかなり広いきれいな部屋だ。今日のサキは仕事もなく、ライブが終わった後は部屋でゴロゴロして昼寝でもと思っていた。
泊まるとは言われていてもみー君が同じ部屋にいるのは落ち着かない。サキはそこを突っ込んだのだがみー君は曖昧にごまかした。
 「このルートみたいにやってほしいのかい?」
 サキはポケットゲーム機をみー君に向けた。ゲーム内では縛り付けられた上半身裸のイケメンがなぜか痛みに顔をしかめているという謎のグラフィックが映っていた。
 「おいおい……なんだよ。このルートは……。」
 みー君は戸惑った声を上げた。
 「いやあね、あたしはこっち系もいけるんだなと思ってジャパゴの刺激的ラブ編を今、やっていてねぇ……。激甘ラブ編とは方向性が逆でさ、これがまた萌えるというか……。」
 サキはホクホク顔でゲーム機を握りしめる。サキはイヤホンをしているため、みー君には何の話かはさっぱりだったがスチル絵を見てやる気が失せた。みー君はゲーマーでジャパゴをやった事はあるようだが本来、こちら関係はあまり好きではないようだ。
 彼曰く、男が男を落としても気持ち悪いだけだと。
 サキが動いた刹那、イヤホンがポンと外れた。声優のボイスが部屋中に響き渡る。
 ―もっと……もっと俺にマヨネーズを……ああっ……んっ……トマトは……んっ。―
 迫真の演技で声優を褒めたくなったがみー君はそれ以上にぞぞぞっと何かが背中を這っていた。
 「あ、やっぱりボイスはイヤホンからのがいいねえ……。この人のマヨネーズの発音がまた……むふ。選択肢はトマトかなあ。」
 サキは相変わらずホクホクした顔をしている。
 「おい……こいつはマヨネーズで何してやがんだよ……。選択肢のトマトって意味がわからねぇ。」
 みー君はひきつった顔でサキに質問する。特に意味のない質問だ。
 「えーと、今日、つけあわせのサラダがないって話になって……。」
 「あー、OK!OK!わかった。それでそいつがサラダになっているわけだ。」
 みー君はうんざりした顔でサキの言葉をきった。
 「そうそう!」
 「ふう。」
 ―ああ……そんなとこを……噛むな……。せっかく俺がサラダに……なってやってんだからよ……んんっ。―
 マヌケにもゲーム機から音が漏れる。
 ……そんなとこってどこだよ……。サラダになるって意味わかんねぇし、変態きわまりねぇじゃねぇか。
 みー君はそう思ったがサキを怒らせないように黙っていた。
 「で、なんで縛られてんだよ……。」
 「タケミカヅチ神の方が力が強いから『抵抗してお前を傷つけないように』ってさ。」
 「ぶっ……。」
 みー君は驚いて噴き出した。
 「話はともかくとして……そいつ剣王のおっさんかよ!」
 「剣王じゃないよ。みー君、これはタケミカヅチ神さ。ゲーム内の。」
 サキはあの剣王と一緒にするなと顔で訴えた。
 「……言葉がないぜ……。」
 みー君は髭の生えた少し歳のいった男の顔を思い出した。西の剣王と呼ばれている高天原西を統括しているタケミカヅチ神だ。みー君の中でのタケミカヅチ神は彼しかいなかった。
 ―こら……背中からいきなりマヨネーズをかけるな……。っむ?きれいな体をしているだと……お前の方が柔らかくて食べごたえありそうだぞ……。―
 サキがみー君と会話している隙にゲーム内のストーリーは進んでいく。
 「ああ、でさ、これからタケミカヅチの方が押せ押せに変わるんだい!」
 サキは興奮気味にみー君にシュシュっと拳を突き立てた。
 「お前、ストーリー知ってんのかよ……。」
 「このルートは五回くらいやったかな?」
 「五回!?」
 みー君はサキの嬉々とした表情を見、再びため息をついた。
 「で、みー君、裸になってくれたらマヨネーズかけてあげるよ。」
 サキはニヤニヤ笑いながらみー君に詰め寄る。サキの中で謎の妄想が爆発しているらしい。乙女ゲームをやっている最中の女子にはなるべく近づかない方がいい。近くにいる者に自分の妄想を押し付ける可能性があるからだ。
 ……サキ、やめろ……ばっか!そこにマヨネーズは……んんっ!はあ……気持ちい……
 ……みたいな?みたいなー!
 サキは勝手な妄想で盛り上がっていた。
「……あたしだったら胡椒もかけちゃうかなー。」
みー君はあからさまに嫌な顔をした。
 「ふざけんな……。なんでてめぇにマヨネーズだけじゃなくて胡椒までかけらんなきゃなんねぇんだ。意味がわからねぇ。」
 「まあ、あたしがやる時はこの主人公みたいに半裸なんて言わずに全裸で調理を……。」
 「アホか!言ってて恥ずかしくねぇのかよ……。てめえは。」
 「そして食べる!そしてみー君は……eat me!」
 「人の話を聞け!」
 興奮気味のサキにみー君は激しくつっこみを入れた。
 「ま、マヨネーズならここにあります。」
 ふとみー君が座っているあたりから女の声が聞こえた。
 「ん?」
 みー君は戸惑いの表情を浮かべたまま、自身の足元を見た。みー君はあぐらをかいていたがその足と足の隙間から小さい女の子が顔を出した。小さい女の子は全長で十一センチくらいしかない。紅いちりめんの着物を着ており、頭には花柄の烏帽子のような帽子をかぶっていた。顔つきはかわいらしい。髪は茶色で肩あたりまである。
 謎の小さい女の子はみー君の股と腿の隙間から顔を出した。
 「おい……。こら。どっから出てきてんだ……。」
 みー君は訝しげに少女を見た。
 「マヨネーズはここですわ。」
 また違う少女の声がした。今度はみー君の後ろからだ。みー君が振り向くとマヨネーズのボトルを持った先程とは別の女の子がみー君の尻付近から出て来た。黒髪で髪が足先まである。目は凛々しくパッと見はクールな感じだ。袖のないちりめんの着物に花柄のスカートを履いている。そして頭には巾着と間違えてしまいそうな四角い帽子。この少女も全長で十一センチしかない。
 「なでなでしてー。」
 またまた違う少女の声がする。みー君は若干怖くなっていた。
 「おいおい……なんなんだ。こいつらは……。」
 声の主はみー君の着物の中におり、いそいそと胸付近から外へ出て来た。金髪の短い髪で花柄のシルクハットのような帽子をかぶっている。目は幼く、かわいらしい口元をしていた。ちりめんの羽織に花柄の着物、レース付きの帯に足先がすぼんでいる花柄のズボンを履いていた。この少女も全長で十一センチしかない。
 「うひゃあ!」
 みー君が変な声を上げた。少女が胸あたりでモゾモゾ動き始めたからだ。
 「あ、あのさ……みー君……。」
 サキがなんだかとっても残念そうな顔でみー君を見ていた。
 「おい!ちげえ!俺にこんな趣味はない!」
 みー君は慌てて否定した。
 「こんなかわいいロボットまでつくってあらぬ妄想を……。」
 「あらぬ妄想してんのはてめぇの頭だ!」
 みー君はサキに叫んだ。
 「あ、あの……結局マヨネーズはかけますか?」
 最初に現れた茶色の髪の少女が律儀にもこんな事を聞いてきた。
 「かけるか!どっからそれ持って来たんだよ……。」
 サキがうわーっとドン引きの顔を向けたのでみー君は慌てて否定した。
 「神の肌もきれいですわね。サンプルとして一切れ持って帰ろうかしら?うふ。」
 黒髪の少女はみー君の首筋あたりまで登って来ており、しきりにみー君の顔を触る。
 「うわっ……やめろ!てめえら!なんなんだよ!」
 「なでなでしてー。すりすりしてー。」
 金髪の少女はみー君の胸に身体全体をぴったりとつけ甘えている。
 サキの表情は曇る一方だった。
 「いや……だからちげぇって……。お前ら、なんなんだって聞いてんだよ!」
 みー君の質問に三人の少女は元気に答えた。
 茶髪の少女が
 「長女きぅ!」
 黒髪の少女が
 「次女りぅ!」
 金髪の少女が
 「三女じぅ!」
 とそれぞれ変なポーズをとりながらビシッと自己紹介をした。
 「それじゃあ何にもわからんだろうが!」
 「ま、まあ、名前はわかったねぇ……。」
 サキは後ずさりしながらみー君を見ていた。
 「だからそういう事じゃなくてだな……。存在を聞いているんだ!存在を!」
 みー君の言葉に三人はハッとした顔になり、もう一度自己紹介をした。
 「ちりめん三姉妹!」
 紹介はそれだけだった。
 「だから……そういうことじゃなくて……おい……もっとわかんなくなったぞ……。」
 みー君が困った顔をサキに向けた。
 「知るかい……。見られても困るよ。みー君のシュミだろう?」
 「だからちげぇって何度も言っているだろうが。マヨネーズ頭からかけっぞ!」
 みー君の機嫌がだんだんと悪くなっていく。そのみー君に茶髪の少女、きぅと名乗った少女が素早くマヨネーズを渡す。
 「……はあ……。あのな……冗談だから……。」
 みー君は呆れた声をあげた。
 「で、君達はみー君の所有物かい?」
 サキがあらぬ質問をした。
 「だからちげぇって言ってんだろ!」
 みー君が反論したがサキは少女達に微笑みながら質問をした。
 「あ、違います。私達はKの者でして……。」
 きぅがマヨネーズのボトルを重そうに引きずりながら答えた。
 「K!?」
 みー君とサキは驚いて目を見開いた。
 「あ……いえ。口を滑らせてしまいました……。」
 「お姉様、何一番言ってはいけない事を言っているのかしら?」
 あたふたしているきぅにりぅがみー君の頬をペシペシ叩きながらつぶやいた。
 「ごめーん。だって私達、交渉役の人形じゃないじゃないですか……。戦闘方面なのに秘密主義とか無理です……。」
 きぅは顔面蒼白でりぅに言い訳をした。
 「なでなでしてー?ちゅってしてー?」
 三女であるじぅは先程からみー君に甘えまくっている。
 「じぅ!うるさいわよ!」
 「今はそんな事を言っている場合ではありません。」
 りぅときぅに同時に怒られ、じぅの瞳に涙が光る。
 「お、おい……まてまて……。な、泣くなー。」
 みー君が慌ててじぅをなぐさめた。
 「う……わあああああん!」
 「うぐあ!思ったよりうっせえ!」
 なぐさめたが意味をなさず、じぅは思い切り泣き始めた。みー君は耳を塞ぎ、戸惑うばかりだった。
 サキは素早くみー君からじぅを離し、頭を撫でてやった。
 「よしよし……。あたしがなでなでしてあげるよー。」
 サキが頭を撫でてやったところ、じぅはすぐに泣きやんだ。そして満面の笑顔をサキに向けた。
 「なんだい。けっこうかわいいじゃないかい。ねえ?みー君。」
 サキは微笑みながらみー君を仰いだ。
 「俺を見るな……。」
 みー君は困惑した顔をサキに向けた。
 「そこの……えーと……きぅだっけ?あたしはこないだKからハムスターを借りたよ。一応Kは知っているけど。」
 サキはきぅを安心させるべく話かける。
 「あ、いや……そのKとはまた違うKでして……。まあ、同じ所にいるんですけど……その……主に剣王との交渉をやっているKの方で……ワイズの方ではありません。」
 きぅは言いづらそうだったがペラペラとシークレットだと思われる事を話しはじめた。
 「お、お姉様!ダメよ!ペラペラしゃべりすぎじゃないかしら?」
 話し出したきぅをりぅがビシッと止めた。
 「Kが沢山いるのかい?あ……まあ、いいよ。そこは聞かないけど、なんでこの暁の宮にいるんだい?」
 サキの質問に今度はりぅが答えた。
 「それならお答えするわ。あなた達が門を開いた隙に忍び込んだのよ!」
 どこか偉そうにりぅがこちらに向け指を差す。サキはため息をついた。
 「そうかい……。あんた達、悪そうな奴じゃないと思うけど忍び込んじゃダメだよ。ただ、ここに入り込んだだけかい?他に用事は?」
 サキは少女達が答えやすいように質問をする。
 「それも私がお答えするわ!私達は交渉で剣王につくよう命じられた人形!あなた達が知っているKの使いよ!その私達がなぜここに来たか!それはずばり怪我人形がいるからよ!私達は剣王を裏切って彼女を助けたいって思ったのよね。」
 りぅがなんだか今、一番大切な事を言った。
 「人形?あんた達は人形なのかい。で?なんだい?怪我した人形?……がいるのかい?」
 サキはKの使いには人形もいるのかと改めてKの謎を解き明かしたくなったが今は怪我人形とやらに興味がいった。
 「はい。この隣の空き部屋に寝てもらっています。」
 きぅの発言でサキとみー君はまた驚いた。
 「なんでそれを先に言わないんだい!てか、勝手に色々やるんじゃないよ……。」
 サキは慌てて隣の部屋に向かう。みー君も後を追った。
 「おいおい。なんだよ。このいきなりは……。隣は俺が寝るはずの部屋じゃねぇか……。」
 サキとみー君は隣の部屋の襖を開ける。
 「!」
 畳に無造作に寝かせられていたのは子供と同じくらいの大きさで人形にしては大きめである女の子の人形だった。なぜか甲冑を身に着けており、黒い髪をツインテールにしている。
 そして酷い怪我をしていた。
 「ちょっと……あんた!大丈夫かい!え……この子、本当に人形なのかい?……大丈夫かい?あんた!」
 サキが女の元に寄り、声をかけるが女は反応を示さない。苦しそうに喘ぐ息が断続的に聞こえる。
 「こいつは……ひでぇな……。剣かなんかで袈裟に斬られている。おそらくこの傷が一番重い。見てられねぇぜ。」
 みー君は顔をしかめたが手当ての準備に取りかかった。
 「サキ、とりあえず甲冑脱がせて傷を見ろ。俺は外にいる。女の太陽神と女の猿共を連れてくる。こいつは女だし女を連れてきた方がいいだろ。待ってろ。」
 「みー君ありがとう。とりあえず脱がせるよ。」
 みー君は足早にその場を去り、サキは女の甲冑を脱がせ始めた。
 ……この女の子が……こんな重い甲冑をつけて何をしていたんだい?
 サキがそう思った刹那、少し前の記憶が蘇った。一カ月くらい前、みー君を助ける為、霊魂や妄想、夢、心の世界である弐に入り込んだ事があった。その時、たまたま剣王に鉢合わせした。上から見ていただけだったが剣王と対峙していた女の子がこの子とまったく同じ格好をしていた。
 この世界は壱、弐、参、肆、伍、陸とあり、壱は今あるこの世界、人は現世と言う。弐は霊魂、夢、妄想など心や精神が関わる世界。生きている者は意識を失っている時か寝ている時しか行けない世界だ。参は過去、肆は未来。そして陸は現世である壱と反転した世界。昼夜が逆転しているだけだ。そして伍はわからない。
 サキはたまたま、心の世界と言われる弐の世界で活動をしていた。その時に幼い男の子をかばいながら戦う女の子を見た。
 剣王と闘っていたならこの子は剣王に負けたのか……。剣王はその後の会議に何の支障もなく出て来た。どこか怪我しているわけでもなく、平然と会話をしていた。
 それは一カ月前の事だ。
 ……この子は怪我を負いながら一カ月も弐にいたのかね……?
 サキは怪我の具合をみた。傷が化膿しているようだ。少女達は人形だと言ったがまるで人間のようだった。
 「やばい気がするよ……これ……。」
 サキが戸惑っていると襖を開けて大量の女性太陽神、使いの猿が入って来た。
 「サキ様!けが人を手当てされると聞き、駆けつけました!」
 「わたくし達は一応、救護もできます!お使いください!」
 太陽神達は次々に言葉をサキに発する。
 「あ、ああ、わかったよ。あたしは治療とかよくわからないから任せるよ。」
 サキは太陽神達にもまれて外に出た。
 「サキ。あれは……。」
 みー君も何かに気がついたらしい。廊下に出て来たサキに声をかけてきた。
 「うん……。たぶん、あれをやったのは剣王だよ。あたし、あの子をこないだ弐の世界で見たんだ。剣王と闘ってたよ。」
 「やっぱりか……。あの堅そうな甲冑ごと容赦のねぇ袈裟切り、そしてわずかに残る荒々しい神力……。剣王だな。」
 みー君は目を細めるとサキの部屋にいる三姉妹の元へ歩いて行った。サキもついていく。
 「みー君、あの三姉妹、剣王を裏切ったって言ってたけどさ。」
 「おかしいと思ってたんだ。」
 突然みー君が独り言のようにつぶやいた。
 「?」
 「剣王はいつも罪神の処刑、およびその他の罰を弐の世界で行う。普通の神は弐に入れねぇはずだ。感情がある生き物分の世界があるからな。入れても出られなくなる。だが奴は自由に入って平然と出てきている。」
 「……確かに。でもあの怪我している子は人形だよ?剣王軍なのかい?」
 サキの質問にみー君は唸った。
 「それはわからん。……だがわかっている事は……信じられんがあの人形だと言い張っている奴らが弐に自由に出入りできるんじゃねぇかって事だ。」
 「あの子達はKの使いって言っていたからねぇ。ハムちゃんを貸してくれたKとは違うみたいだけどKの使いなら弐に入れてもおかしくないよ。ハムちゃんが凄かったし。」
 サキが部屋の襖を開けた。きぅとりぅとじぅがじっとこちらを伺っていた。
 「ちょっと聞きたい事がある。」
 みー君はそう言うと畳に座り込んだ。
 「な、なんでしょうか?」
 きぅが恐る恐るみー君を見上げる。
 「お前らは弐を渡る事ができるのか?」
 「できるわよ。」
 みー君に対し答えたのはりぅだった。
 「いつも剣王についているのか?」
 「交渉が成立した時は。」
 りぅがそっけなく対応する。
 「あ、でもですね……。私達姉妹の他にもう一人、戦闘用の人形がいまして……いつも一緒に平次郎っていう渋い名前の人形もついてきます。」
 「だから、お姉様!そういう余計な事は言わなくていいのよ!」
 きぅがまた余計な事を話したようだ。りぅに頭をペシッと叩かれていた。
 「それで、君達はなんで人形なのに動いてしゃべっているんだい?」
 サキが今更な質問を三人に向ける。じぅだけは反応を示さず、座り込んだみー君の身体をむさぼりはじめた。
 「うひゃあ。待て待て!そこはっ!」
 「みー君、うるさいよ!」
 「だってこいつがよ……。俺の股から……。」
 みー君の情けない声にサキは目を輝かせた。
 「おお!いいね!もっとみー君の恥ずかしがる顔が見たいよ。できれば鞭とろうそくで……。」
 「おい!こら!お前はいつからそっち趣味に行ったんだ!……じゃなくてお前がさっきした質問を奴らに答えさせえろよ……。」
 みー君がふうとつぶやいた後、りぅが口を開いた。
 「なんで動いているのか。それはご主人様と契約を交わした仲であるからよ。」
 りぅはきぅの口をあらかじめ塞いだ上で話していた。
 「契約ねぇ……。色々謎が残る言い方だよ……。」
 「そういや、戦闘用だの交渉用だのってさっき言っていたがお前らに種類があるのか?」
 サキのつぶやきを聞き流しながらみー君がりぅに質問をする。
 「まあ、そうね。交渉用はそのうちお目にかかる事もあるかと思うわ。」
 りぅは詳しい説明を何もしなかった。
 「ふーん。いままで生きてきてこんな奴みるのはじめてだぜ。」
 「人形も人と関わりが深いものだからねぇ。動いているのは疑問だけど弐の世界に行けるのは納得するよ。」
 「ま、まあな。」
 サキの言葉を聞きつつ、みー君はじぅをつまみあげ、物珍しそうに見つめる。じぅはみー君に向け満面の笑顔を向けた。
 「なんつーか……これは……なんか萌えるな……。」
 みー君が口をとがらせながらつぶやいた。
 「みー君が素直にデレた!」
 「うっせぇ。」
 サキの言葉にみー君は反発した。
 「そういえば、あんた達、剣王を裏切ったとかなんとか……。」
 サキが少女三人に目を向ける。きぅとりぅは困惑した顔になった。怯えた表情が見え隠れしている。
 「剣王を怒らせてしまったかもしれません。ご主人様の顔に泥を塗ってしまったかも。」
 「お姉様!」
 またりぅがきぅを止める。それ以上は言うなとりぅは顔できぅにサインを送っていた。
 「はぅ~……。」
 きぅが抜けた声を出して口を閉ざした。
 「じゃあ、質問を変えるけどあの怪我している子は何をしたんだい?あたしの考えだとあの子は何か罪を犯した神であると踏んでいるんだけど……人形だから違うのかい?」
 サキはりぅをうかがうように言葉を発した。
 「まあ、正解ね。あの人形は武の神が宿った人形。昔は武神の化身として納められていた人形らしいわよ。その内、価値がなくなって今はかわいらしい人形としてアンティーク化しているって。」
 りぅが腰に手を当てて偉そうに話した。
 「なるほどな。だからあの女人形から剣王の神力と共に武神の神力がしたのか。」
 「それはあたしも感じたよ。剣王の神力が圧倒的だったけどかすかにねぇ。」
 みー君の言葉にサキは大きく頷いた。
 「で、なんで剣王に殺される事になったのかはわからないわ。でも、なんか違う気がして……。」
 りぅが困惑した顔をサキ達に向ける。
 「違うって何がだい?」
 「剣王の罰し方。証拠がはっきりしていないし、なんだかなすりつけたみたいだったし。剣王が珍しく処刑される神に真剣になっていなかった。いつもは相手の命を重く感じている分、本気でかつ真剣なのに……今回はかなり乱雑だったわね。」
 りぅが迷いながら言葉を発した。
 「ええ。それは思いました。だからあの子を完璧に殺せなかったのでしょう。剣王の袈裟を受けて生きていられる神はいないと思います……。」
 りぅに怯えながらきぅもぼそぼそと話し出す。
 「あの剣王が真剣になる事もあるんだねぇ。あの神は謎が多いと思っていたけど謎を通り越して怖くなってきたよ。」
 サキはそっとみー君に目を向ける。
 「ああ。あの神は普段ちゃらけているが中身は何を考えているかわからないぜ。おまけに他の者に真剣な所は一切見せない。常に余裕でいる。」
 みー君はそっと立ち上がると障子戸を開けて外を見た。外は下半分がオレンジ色の空間で上半分は宇宙のような空間になっていた。
 「本当に怖い男なんだ。あの女人形、やはり剣王軍か。」
 みー君は外を眺めながらぼそりとつぶやいた。みー君の言葉にサキの背中に何か冷たいものが這いだした。
 「あ、あたしも負けちゃいけないねぇ……。でも自信ないよ……。」
 サキがしゅんと肩を落とした。それを見たみー君はサキに近づき、肩に手を置いた。
 「しっかりしろ。これからお前はあいつと闘わないといけなくなる。」
 みー君の鋭い言葉にサキの表情が曇った。
 「……あの人形の女の子をあたしが救ってしまっているから……だね。」
 「そうだ。それに今回の件、罪になる証拠がないって言ってただろ。証拠がなくても剣王は理由なく仲間を斬らない。何か裏があるんだ。しかも、その処刑現場をお前が見てしまっている。これから剣王が何かしてくる可能性があるぜ。素直にあった出来事をペラペラ話すだけでは負けるぞ。」
 「……っ。どうすればいいんだい?」
 サキが今にも泣きそうな顔でみー君を仰ぐ。
 「そんな情けねぇ顔すんじゃねぇよ!剣王が権力者会議を開くと言いだしたら欠席するという手もあるぜ。冷林は俺の厄の処理で寝込んで動けないから間違いなく欠席、ワイズは俺の事もあるだろうし色々あるからおそらく欠席する。天津はお前にだいぶん肩入れをしているようだからお前が欠席すればたぶん出てこない。お前が会議に出て戦うというなら天津は出てくるだろう。それと……月姫はわからんな。……つまりだ。こんなに欠席者がいれば剣王は会議が開けない。まあ、剣王はこんな状態の時に会議をやろうとは言ってこないと思うが。」
 「なんでそれがわかるんだい?皆来るかもしれないじゃないかい。」
 サキの顔が相変わらずなのでみー君はため息をつくと言葉を続けた。
 「まあ、たとえ俺の予想がはずれたとしてもだ、剣王は会議を開かない。間違いなくな。何故かというとだな、そこのチビ人形達がいるからだ。」
みー君はりぅ、じぅ、きぅをビシッと指差した。
 「指差さないでください……。びっくりしました……。」
 きぅがわたわたと声を上げたがみー君は構わず続ける。
 「剣王はいままでKの存在を隠していた。人形が表に出る事はなかったし、誰にもKと交渉をした事を言っていない。つまりこれは隠したい事実だ。Kの関係を引っ提げてお前が出てくる事を嫌がるに違いない。それにあれは慎重な男でもある。まだお前の所にこのチビ人形共と怪我人形がいる事をつきとめていないはずだ。わかるのも時間の問題だが完璧にお前の所にいるとわかった時、あいつは会議ではなく、お前に直接交渉をしてくる可能性のが高い。」
 「……な、なるほど。」
 サキはみー君の予想にふむふむと頷いた。
 「だから、とりあえず今はおとなしくしていろ。あの怪我人形が元気になるまで下手なアクションは起こすな。あの子が元気になったら色々と情報を手に入れればいい。あの子が元気になる前に奴から交渉の話がきたらそれは全部何かの理由をつけて逃げろ。剣王もまわりに知られたくない話だろうから深追いはして来ないはずだ。」
 「みー君……わかったよ。あたし、頑張るよ!」
 みー君の対策に活路を見出したサキは急に元気になった。
 「おう。頑張れよ。俺は干渉できないからな……。一応俺は東の者だからワイズを苦しめるような事はしたくない。どうしてもダメそうだったら助力するぜ。」
 「いいよ。これはあたしの問題だから頑張るよ。太陽はあたしが守る。」
 サキは少し自信なさそうだったがみー君に迷惑をかけまいとはっきりと言った。
 「……。お前は何かと危ういんだよな……。俺は心配だぜ。」
 みー君は鋭い瞳をサキに向けた。
 「なんだい?あたしを心配してくれるのかい?助言といい、みー君は本当に優しい男だねぇ……。あたしはそういう所が好きなんだよ!みー君!」
 サキが満面の笑顔をみー君に向ける。
 「お、おう……。そうか。ま、まあ、ダチとして当然だ。」
 みー君は照れているのか顔が真っ赤になっていた。そして赤くなっている自分を隠すようにすぐにサキから目を離した。
 「ん?照れているのかい?」
 「うるせぇよ。いきなりそんな事を言われてビビっただけだ。」
 二人の会話をこっそりと聞いていた三姉妹は首をかしげていた。

三話

 それからしばらくの間、剣王からの招集もなく一カ月の月日が流れた。現世はもうかなり寒くなっているはずだ。サキは一カ月間、外に出る事もなく暁の宮で過ごした。きぅ、りぅ、じぅの三姉妹も知らぬ顔でKの元へ帰るわけにもいかず暁の宮に留まっていた。サキは理由を知らないがみー君はワイズとの制約によりサキの側を離れる事はできなかった。
 そして剣王に斬られたあの女の子はいまだ目を覚まさない。しかし、太陽神達の介護により一命は取りとめた。
 それから現在みー君は別室を借りて寝泊まりしている。ポケットゲーム機を片手にアクションゲームに励んでいた。
 ……さすがにきついぜ……。一カ月もずっとここにいるのは……。
 みー君は厄神。人々に光をもたらす太陽にずっといるのはかなり辛かった。自分の力とは真逆である強い力をその身に受け続けるのはさすがに気が狂う。
 ……まあ、俺に対する罰としては最適だ。さすがだぜ。ワイズ。
 みー君は頭を抱えるとゲーム機の電源を落とした。
 ……気晴らしに風呂でも入って来るか……。少しはこの眩しい力が落ちるといいが。
 ……だいたい、この時間は入っている奴もいねぇだろ。
 みー君はだるそうに立ちあがると暁の宮の大浴場へ向かった。
 現在、午後四時。後、二時間ほどで霊的太陽は反転の世、陸の世界へ行く準備をする。その時にこの霊的太陽は一時、本物の太陽に変わる。つまり灼熱地獄の息ができない空間になってしまう。それを避けるため、太陽神や使いの猿はこの辺の時間帯に陸へ行く準備を始める。
まず灼熱の太陽から身を守るための装置に入る。そして陸の世界に入り、太陽が霊的太陽に戻ったらその装置から外に出る。これを毎日繰り返していた。
「んお?」
みー君が廊下を歩いているとサキにぶつかった。
「わあ。みー君!ごめんよ。」
「わりぃ。見えなかった。」
サキは剣王との関係が気になり、ずっと考えていたため前を見ておらず、みー君は太陽の力にやられて疲れており前を見ていなかった。
「みー君、なんか最近元気ないねぇ。大丈夫かい?」
「俺は大丈夫だがお前も相当ぼんやりしているぞ。」
「……。ふぅ。こうも音沙汰ないと心配になってねぇ……。」
サキはみー君に疲れた顔を向けた。
「まあ、今はよく休んでろよ。とりあえず、俺は風呂に入ってくる。毎回言うのもあれだが風呂借りるぞ。」
「いいよ。時間に気をつけて入るんだよ。」
「おう。」
サキの声掛けにみー君は軽く返事をすると背を向け去って行った。
サキも歩きかけた時、一人の太陽神が血相を変えて走ってきた。
「う、うわっ!」
「申し上げまァす!今、怪我をした少女の方が目を覚ましました!」
太陽神の言葉にサキは目を丸くして驚いた。
「あー、びっくりした。……本当かい?すぐ行くよ!」
サキは太陽神と共に少女が寝ている部屋へと向かった。長い廊下を走り、階段を駆け上がって少女が寝ている部屋まで走る。
「はあ……はあ……。」
肩で息をしながらサキは少女がいる部屋の襖を開けた。
「あ、サキ。彼女目を覚ましましたよ。」
少女の近くに座っているきぅがサキにそっと微笑んだ。
例の少女はもう動こうとしており、りぅに「まだ寝ていなさい。」などの言葉をかけられている。どうやら気が動転しているようだ。少女が動こうとしたのは反射だったらしい。
そしてじぅは何故か笑いながら走り回っていた。
「ああ、よかったよ。大丈夫かい?」
サキは少女に近づき声をかけた。少女はこちらを困惑した瞳で見つめていたが自分が生きているのだと悟り、顔をしかめた。
「私は……生きているのか……。何故死んでいない?」
少女は勇ましい声でそっとつぶやいた。
「なんか助けた人に失礼な感じの言い方だねぇ……。」
サキは少女の近くに座り込んだ。
「いや……。助けてくれた者に礼は言う。すまなかった。そしてありがとう。助けてもらってあれだが剣王の顔に泥を塗らないよう申し訳ないがこのまま果てさせてもらう。」
少女がいきなり懐から小刀を取り出した。
「オオ……ちょっ……ちょっと!待っておくれよ!せっかく助けたのに!こちらも危ない橋を渡っているんだよ!色々情報を提供しておくれ!」
「情報提供?ここはどこだ?」
少女は鋭い瞳をサキに向ける。サキはごくんと唾を飲み込んだ。凄い威圧を感じた。
「え、えーと……ここは太陽だよ。あたしは太陽神の頭。輝照姫大神。サキと呼んでおくれ。」
「太陽?あなたは太陽神の頭……。ご無礼をいたした。私は戦女導神(いくさめみちびきのかみ)である。人々が神の化身として人形を使い、私は人形から人間に戦に関する力を与えていた神だ。戦は男がするものだと一般的にはなっているが私は女性から祈られた神である。戦国時代、家を守る女も薙刀を使い、戦わねばならない時期があった。息子を守るため、家を守るため、旦那の帰りを待つため……切ない時代だった。私はその時に祈られてできた神だ。今は違うがな。」
少女、戦女導神は遠くを見るような目で語った。
「今はどうやって信仰を集めているんだい?」
サキは少し、興味本位で聞いた。
「私は今や、家の守り神だ。女が家を守る時代はもう薄れているというのに家を守る神にされた。人間は本当にコロコロ意見を変える。時代に合わせるのは良い事だが神にとっては大変な事だな。」
戦女導神は深いため息をつきながらサキを仰いだ。
「えーと……いくさ……なんだっけ?」
「戦女導神だ。イクサメでいい。」
サキが名前を考えていると戦女導神は名前をさらに簡単にした。
「イクサメでいいんだね?そっちのが覚えやすいよ。で、本題にさっそく入るけどあんた、剣王と何があったんだい?」
「それをあなたに語らねばならないのか?」
イクサメはサキの質問に答える気はなさそうだった。
「イクサメさん。私達があなたを助けてしまったのです。私達のせいでサキが危険にさらされているのです。だから話してください。」
きぅが控えめに話に入って来た。
「お前達は……剣王の……。」
イクサメは改めて三人の顔を眺める。じぅだけは相変わらず楽しそうに走りまわっていた。
「やっとお気づき?そうよ。助けたのはあれよ!放っておけなかったのよ。」
りぅがイクサメをじっと睨み、腰に手を当てて偉そうに胸を張った。
「剣王の袈裟が甘かったんだってー。そんなはずないね?」
じぅがはじめて会話に参加してきた。
「私は剣王に情けをかけられたというのか?」
イクサメがじぅをじろっと睨んだ。じぅはビクッと怯えてサキの影に隠れた。
「違うらしいよ。あんたを手にかける時、何か迷ってたらしいってさ。」
サキがじぅの言葉の続きを話してあげた。
「迷っていた?」
「そう。ちなみに私達が耳にした罪状は少年に厄および、その他武の力の譲渡。武の力の譲渡は禁忌、それはまあいいわ。問題は最初の厄および……の所。あなた、厄神じゃないのに厄を渡せるのかしら?」
「なんだと!」
りぅの言葉にイクサメは困惑し、激怒した。
イクサメはりぅを掴み、力を込めて握る。
「いたた!痛いわよ!何よ?いきなり。」
「厄?なんだそれは!どういう事だ!」
イクサメは眼力強く、りぅに叫んだ。
イクサメの豹変ぶりにサキ達は戸惑った。
「知らないわ。罪状だとそうなっているのよ!」
りぅはイクサメの手から慌てて逃れるとキッとイクサメを睨みつけた。
「私は確かにあの子に力を与えたが厄は与えていない!私が罪を認めたのは力を与えた分だけだ!どちらにしても死罪だからどうでもいい……。だが……私は彼が心配だ。」
焦った顔をしていたイクサメが今度はやけに弱々しい顔つきに変わった。
「彼というのは……あなたの後ろにいたあの男の子の事ですね?」
きぅがイクサメに優しく話しかける。とりあえず落ち着かせようとしているらしい。
「そうだ。私はあの子が心配だ。あの子は私が守ると約束した。確認は取っていないが厄を受けてしまったとあったら私はここで死ぬわけにはいかない。いますぐに彼の元へ向かう。」
イクサメが立ちあがろうとしたのでサキと三姉妹は全力で止めた。
「ダメだよ!怪我は大方治っているけどまだ大人しくしていておくれ!こちらにもこちらの事情があるし、あんただけの話じゃなくなっているんだよ!」
サキは慌てて声を発した。
「そうです。私達は剣王の心理も知りたいです。あなたももう一度剣王に殺されるわけにはいかないでしょう?だったら慎重に行動するべきです!」
きぅも小さいながら頑張ってイクサメを布団に押し返す。
「大丈夫よ!私達、もうあなたに肩入れをしないといけなくなったんだから!」
りぅもふんばりながらイクサメを押し返した。
「きゃははは。」
じぅはなんだかわからず楽しそうにイクサメを押している。
イクサメは四人の女に取り押さえられ渋々布団に入った。
「私を……私を助けてくれるというのか?」
「その通りだよ!あたしは剣王を突き詰める。そしてあんたの厄に関しての無実とその男の子の件について解決してあげるよ!」
サキは決意のこもった瞳でイクサメに叫んだ。
「……かたじけない……。私を助けてくれたあなた達の事だ。きっとお優しいに違いない。今は何もできないし、お言葉に甘えるとしよう……。」
イクサメは軽く目をつぶるとそのまま意識を失った。
「あら?意識飛んじゃった……。やっぱりまだ無理していたんじゃない。ねぇ?お姉様。」
りぅが難しい顔をしているきぅを仰ぐ。
「本来なら死ぬ怪我ですからね……。剣王の迷いがまるでなかったらと思うと怖いです。慎重にいきましょう。私も剣王の迷いがなんだったのか知りたいので。」
きぅがりぅとサキを一瞥し、頷いた。
「そうだねぇ。その少年の事も気になるし、色々調べてみようかね。でもまだ迂闊に行動できないし……とりあえずみー君に報告してくるよ。」
サキは興奮気味に勢いよく立ちあがると部屋を去って行った。


「ふんふーん……。ああ、けっこうさっぱりしたなあ。意外に太陽の風呂もいいもんだ。死ぬほど熱かったがな。」
みー君は独り言を言いながら脱衣所で身体を拭いている。
「あ、いた!みー君!」
「ぶほっ!」
突然、みー君の目の前にサキが現れた。みー君は驚き、手拭いを落としてしまった。
「わお!」
サキが謎の声を上げた。
「『わお』じゃねぇよ!馬鹿やろう!ここは男湯だ!なんで入って来てんだよ!」
みー君の顔がみるみる赤くなっていく。みー君は今、一糸纏わぬ姿である。
「あ!マヨネーズ取って来ないとぉ!」
サキは下の方に目を向けながらこんな事を口にしていた。
「マヨネーズネタはもういいからさっさと出てけ!変態か!お前は!」
「そうだ。あの子が目を覚ましたよ!」
「その話は後で聞くからとりあえず外に出てろォ!」
みー君が外に続くドアを真っ赤になりながら指差す。
「はいはい。手拭い、腰に巻いているかと思ったけど全裸だったかい……。ああ、いけないもん見たよ。いいじゃないかい。かなりだったよ。それ。ふふっ。」
「うるせぇ!それとか言うな!気安く指差すな!なんだその顔は!」
サキは何故かホクホクした顔でみー君を二度見すると外に出て行った。
「あー……くそっ……。ビビった。これはねぇな……。女の変態ってのもビビる。つーか逆だろ!これは逆だ!逆なんだよォ!つーか、見られた!恥ずかしい。うわーっ。」
みー君は一人悶えながら着替えた。

四話

みー君はぶすっとした顔で脱衣所から出て来た。サキは興奮冷めやらぬ顔でみー君に手を振る。
「ま、待たせたな……。」
「だいじょーぶ!待ってたよ!みー君、ああ、あの時食べとけば良かったなあ。みー君、良い体つきしているしねぇ……。」
サキはうっとりした顔でみー君を見ていた。さすがのみー君もこれには後ずさりをするしかなかった。
「食べとけばって……お前はさかりのついたメスかよ……。いい加減元に戻れ。」
 みー君が呆れ声を上げた刹那、サキは顔を引き締めると話しはじめた。
「で、本題だけど……あの少女が……。」
「あ、えっと戻ったんだな?切り替え早いな……。」
みー君はサキの切り替えの早さに驚きながらも話の続きを待った。
「目を覚ましたんだけどまた意識失っちゃってねぇ。でも色々話は聞き出せたよ。まず、キーワードは剣王の迷いと厄だよ。」
サキは先程の会話をみー君に伝えた。みー君の顔はだんだんと曇っていったがとりあえずサキの話を最後まで聞いていた。
「まあ、それでだね、あたしは勢いでイクサメを救ってあげる事にして……。」
「お前、また勝手な約束したんだな……。」
最後までサキの話を聞いたみー君は再び頭を抱えた。
「で、みー君、これからどうしたらいいかなあ?あたし、よくわからないよ。」
「お前なあ……なんの考えもなしに動くのをやめろよ……。だが、厄をもらっているとかなんとかって話は気になるな。そのガキってのは誰だかわからないから調べる事もできないし……。」
サキとみー君はしばらく固まった。しばらくして唸り続けていたみー君がふと何かを思いだしたような顔でサキを見た。
「そうだ!あのチビ三姉妹がもう一人、剣王についている人形がいるとか言ってたな。とりあえずそいつに連絡して情報を仕入れるってのはどうだ?もちろん、あのチビ達にそれはやらせる。」
「いい考えだと思うけどさ、剣王についている人形に連絡入れて大丈夫なのかね?」
サキは不安な表情でみー君を仰いだ。
「わからん。Kの使いなら剣王の使いではないから剣王が口止めをしていないかぎり話してくれるとは思うがな……。」
みー君もいい案は浮かんでいないようだ。迷いは何にせよ、剣王は罪神を罰した。その罪神をサキ達が救ってしまったのだから下手に動くと自分達が不利になる。動くべきではないが動かなければ何もわからない。
「じゃあ、とりあえずあの三姉妹に聞いてみようかね?」
「そうしようぜ。……時間はまだ大丈夫か?」
みー君は陸に行く時間を思いだし、サキに聞いた。
「まだ陸に行くまで十五分はあるし、避難装置的なのはあたしの部屋の隣のさらに隣の部屋にあるから間に合うよ。」
サキの言葉を聞いて「そうだったな」と頷いたみー君はさっそく歩き出した。
「みー君、もし、その人形と連絡がとれてさ、うちに人形達がいる事がバレたらさ……けっこうまずい事になるんじゃないかい?」
サキはまだ不安そうな表情をしている。
「ああ。今のままでは剣王との直接交渉は負ける。人形達にも咎がいき、あの鎧を着た女……えっとイクサメだったか?は剣王に再び殺され、挙句の果てにサキ、お前にも罪が飛ぶ。まあ、これは最悪のシナリオだ。だからこちらは慎重に情報を集めて最初の交渉でうまく事を運ばないといけない。もしくは剣王に気づかれずに動く。」
「そうだよねぇ……。」
サキは歩きながらもっと何かいい案があるか考えていた。ただ黙々と歩き、気がつくと少女が寝ている部屋の前まで来ていた。
「あ、サキ。みー君を呼んで来たのですか?」
きぅがにこりと微笑みながらテコテコとサキの足付近まで走ってきた。
「うん、まあ、ちょっとみー君と話したんだけどさ、あんた達、剣王についている人形がもう一人いるって言ってたじゃないかい?」
「平次郎ちゃんの事ですか?」
「お姉様!」
きぅの言葉をりぅが鋭く遮った。
「りぅ、もう隠してもしょうがないでしょう?私達がここにこの子を運んだからサキ達が苦労しているのですよ?」
きぅが布団に横になっているイクサメをちらりと見るとため息をついた。
「うっ……まあ、そうよね。……わかったわ。話すわよ。私達の他にもう一人、いつも剣王についてまわっている人形がいるわ。剣王にずいぶん気に入られているみたいだけどあれも私達と同じ、Kの使い。今も剣王の所にいると思う。」
りぅが諦めたように話しはじめた。
「そうそう、その人形に連絡ってとれるかい?ハムちゃん達はお互いテレパシーで会話できたんだけど……。」
サキの言葉にきぅは顔を曇らせた。
「ごめんなさい。できません。そういう事は私達、できないんです。」
「そうかい……。ふぅ……。」
サキのため息があまりにも大きかったのできぅが恐る恐る提案を持ちかけた。
「あ、あの……じゃあ、私達も少し危ない橋を渡ります。剣王の所に直接行きます。」
「ちょっと待ちなよ。それはあんた達が危険だよ。あんた達が危ない橋を渡ってくれるって言うなら例の少年を探しておくれ。」
きぅの発言を遮るようにサキは続けた。
「それであたしとみー君は剣王の所に忍び込んでその人形に会ってくるよ!」
「ぶっ……。」
サキの言葉で隣にいたみー君は言葉を詰まらせ、噴き出した。
「みー君、汚いよ。」
「馬鹿か!お前は!なんで一番ヤバそうな事を平然とやろうとしてるんだよ!」
「だってみー君、この三姉妹は例の少年の顔を知っているじゃないかい。だったらきぅ達に男の子を探してもらって厄の件とかの解明をした方がいいじゃないかい。」
みー君は慌てていたがサキはしれっと言葉を発した。
「そっちじゃねぇよ。お前だ!お前!剣王の所に忍び込むだって?相手は武の神だぞ。気配を消したとしても気づかれるぜ!」
「やってみないとわからないじゃないかい。変装して堂々と乗り込んでさ……。」
「ダメだ!ダメだ!ダメだ!絶対無理だからやめろ!」
みー君は呑気なサキに叫んだ。
「じゃあ、あたし一人で行くよ。」
「い・く・な!」
みー君は乱暴にサキの肩を掴む。しかし、みー君は無造作に放置されたマヨネーズの入れ物に躓き、盛大にこけた。
「うわわわわー!」
みー君はサキを押し倒す形となり、サキはみー君の全体重を受け、そのまま床に落ちた。ついでに言うと頭をぶつけた。
「痛い……。みー君……って……近っ!」
サキは目を丸くしながら叫んだ。みー君はげっそりした顔でサキに覆いかぶさっていた。
「うっ……うおっ。」
みー君はサキと顔があまりにも近すぎる事に気がつき、顔を赤く染めた。
「わ、わりぃ……な、なんかぐにゃっとしたものが俺の胸に当たっているが……。」
「そ、それはあたしの胸だね。」
お互いクールに会話をしているが内心、かなり動揺していた。三姉妹は口に手を覆いながら頬を染め、続きを見ている。
「別に押し倒そうとしたわけじゃないぞ……。」
「壁ドンじゃなくて床ドンだねぇ……。てか、床ドン痛い!頭打ったじゃないかい。」
「悪い。ほんとすまん。」
「後……みー君、重い……。顔近い。」
サキに言われみー君はハッと我に返り、慌ててサキから離れた。サキはぶすっとした顔をしていたが頬は紅潮していた。
「だ、誰だ!こんなとこにマヨネーズ放置した奴は!」
みー君は声を裏返しながら叫んだ。ふと下を見るときぅがすまなそうにちょこんと座っていた。それを見たみー君は盛大にため息をついた。
「みー君!なかなか絞まった身体だったよ!厚い胸板と固い腕……そして床ドン……ありだね。これはアリだよ!」
サキは紅潮した頬のまま、興奮気味にみー君を仰いだ。
「馬鹿か!お前は」
 ……とか言いつつ、こいつはなかなかいい身体をしてやがるし……触れた時、温かさを感じた。って……こんな事をサキに言ったら変態扱いされそうだから黙っておこう。
みー君は熱くなった頬を元に戻そうと頑張っていたが戻せなかった。
「で、みー君、話を戻すけど、あたし剣王のとこにお忍びで行くよ。」
サキが頑固に言い張るのでみー君はやけくそになった。先程の事もあり、みー君は恥ずかしさでまともな思考回路に戻る事ができなかったのだ。
「あーあーあー、わかった。もうどうにでもなれ。俺も行くぜ!こうなったらやけくそだ!行ってやる!」
「さすが!ミスター床ドン!」
「変なあだ名で呼ぶんじゃねぇ!」
サキの言葉により、みー君はさらに顔を赤くし叫んだ。
「……で、君達三姉妹は少年の捜索にあたっておくれ。例の人形にはあたし達が会うからさ。」
サキは頭を抱えているみー君をよそにきぅ、りぅ、じぅに目を向ける。じぅは先程から楽しそうに走りまわっていたがきぅとりぅは真面目に話を聞いていた。
「わかったわ。」
「ええ。」
りぅときぅはサキに向け、大きく頷いた。
「で、問題は……そこの走り回っているじぅなんだけど……。」
サキは笑いながらランニングしているじぅに目を向ける。
「ああ、じぅは大丈夫です。人の心を掴むのも技術もピカイチですから。性格は破たんしていますが……。」
きぅがじぅを呼んだ。じぅは「おねーちゃーん!」と人懐っこい顔で近づいてきた。
「じぅ、お仕事ですよ。」
「きゃはははは!」
きぅの言葉にじぅは満面の笑みで答えた。
「本当に大丈夫なのかねぇ……。」
サキは心配になったがきぅとりぅに任せる事にした。
「おい、もう陸に行く時間じゃないのか?」
みー君がぼそりとつぶやいた。気がつくと廊下は沢山の太陽神達で埋まっていた。
「サキ様、皆様。移動のお時間でござる。」
サルが部屋に顔を出し、一声声をかけた。
「ああ、今行くよ。イクサメを連れて行っておくれ。」
「御意でござる。」
サキは寝ているイクサメをちらりとみるときぅ、りぅ、じぅを肩に乗せ、みー君と共に部屋を後にした。サキが廊下に出ると太陽神達は一斉に頭を下げ、サキが通るための道を作った。
「いつも思うが……波を縦に割ったようだな……。」
「もう最近は慣れたけどねぇ。」
サキは悠然と歩き、みー君は戸惑いながら続く。とりあえず、行動を起こすのは壱に戻ってからにして今日の所は陸に渡り、休むことにした。


イクサメはただ、少年を想っていた。少年とイクサメが会った時期はそんなに昔ではない。ちょうど一年ほど前の事だ。その少年は女の子が好みそうな遊びが好きだった。お人形遊び、おままごと……後は花の絵を描く事などだ。その子の両親はなんでも望むものを与えてやっていた。
イクサメはその少年の家の近くにある老夫婦が住む大きな家に置かれていた。イクサメは人形だ。ガラスケースに入れられ、玄関の所に飾られていた。もちろん、その人形は媒体だ。本物の武神が人形と同化しているわけではなく、本物のイクサメの方はその人形の近くに刀を抱えたまま座っていた。
その日は何かの会合があったらしく、近所の人がその老夫婦の家に集まっていた。その近所の人達の中に入り込んでいたのが例の少年だった。名前はトモヤというらしい。
短髪のかわいらしい少年だった。歳は小学校に入ったばかり……おそらくそれくらいだろう。かなり頭の良い子で聡明さとあどけなさが顔に出ていた。
その少年、トモヤが玄関を入ってすぐ、イクサメを見て「ほしい」と両親にねだった。さすがの両親も顔を渋らせ、断っていたが少年はイクサメにじっと目を向けたまま離さなかった。
何かの会合が始まってトモヤは子供だからという理由で玄関先に出され、待たされていた。
「ねえ、お人形さんはそんな所にいて辛くないの?」
トモヤがイクサメに対し、そうつぶやいた。イクサメは人形の方ではなく、隣に座っている方なのだがトモヤには本物のイクサメは見えていない。イクサメは子供と会話をする気などなかったがトモヤが話しかけてくる間は聞いてやろうと思っていた。
「ガラスケースの中にいるだけじゃ窮屈でしょ?ねえ、お人形さん、僕のお父さん、お母さんはなんでも買ってくれるんだよ。きっとお人形さんも買ってくれるよ。」
トモヤは無邪気な笑みをイクサメに向ける。
……この子は人が所有している物も金があれば買えると思っているのか……。
イクサメはそう思いながら目をつぶった。
「大丈夫だよ!絶対にお父さんとお母さんが僕の物にしてくれるから!……それと言っておきたい事、きれいな目とかっこいい鎧だね。ああ、でもね、すっごくかわいいよ……。うん。かわいい。」
トモヤは楽しそうにイクサメに話しかけていた。人形の方ではないイクサメはふと横を見た。廊下の先でトモヤの父と母だと思われる男と女がトモヤの事を気味悪そうに眺めていた。トモヤが嬉々とした顔で人形に話しかけているからだろう。
その内、ひそひそと会話が聞こえてきた。
「おい……大丈夫か?」
父親だと思われる男が母親だと思われる女に話しかけている。
「まだ、大丈夫よ。だってまだ小学校に入ったばっかりでしょ?あんまりひどいようならもう少ししてからそういう事を止めさせます。」
「あの子は長男でいずれ僕の後を継ぐのだから教育は大事だ。ああいうのは勘弁してくれ。」
男はあきれ顔でトモヤの元へと歩いて行く。どうやら集会は終わったようだ。女も後を追う。
「トモヤ、帰るぞ。」
「お父さん、このお人形さんほしい!」
トモヤの嬉しそうな顔に男の顔が曇っていく。
「もういい加減にしろ。お前がねだるのは皆、女の子が好むようなものだぞ。トモヤ。その人形よりももっといいものを買ってやる。」
「あなた、女の子が好きな物だとしても別にいいじゃない。トモヤが好きならば。」
女は男を必死でなだめている。
「小学生にもなって人形に話しかけるなんておかしいだろう。」
「お父さん!このお人形さんほしい!」
トモヤはダダをこねはじめた。
「それはいけない。いい加減にしなさい。」
「なんで?いままで全部買ってくれたよ!」
男とトモヤは言い争いを始めた。それをイクサメは黙って見つめていた。
……父親ははじめの方はなんでも買い与えていたがその内、この子の趣味についていけなくなったって所か。自分と同じ道を通って欲しい親の感情か……。
その内、トモヤの反発が大きくなった。玄関先で大声を出して泣きはじめ、慌てて出て来た老夫婦に男と女がしきりに頭を下げていた。老夫婦はトモヤが人形をほしがっているという事を聞き、お金をとらずにその人形をトモヤにあげた。男はそのままではプライドが許さなかったのでその場で多額の金額を払い、老夫婦に「申し訳ございません」と頭を下げた。老夫婦は戸惑っていたが「もらってください。」と男はかたくなに言い続け、老夫婦も渋々お金を受け取った。つまり人形を買い取った形となった。
女はトモヤの身長よりも大きいイクサメを抱え、老夫婦に深く頭を下げると夜になりつつある町へ歩き出した。
人形ではない方のイクサメも三人の後を追って歩き出した。
……いきなり居場所が変わってしまったがあの老夫婦にこれから厄がかかりませんように。
イクサメは老夫婦の住む家に向かい大きくお辞儀をした。
 しばらく三人は無言で歩いていたが帰り道の途中で男が突然、トモヤに怒りをぶつけた。
 「なんだ!さっきのは情けない!お前はお父さん達に恥をかかせたいのか!」
 男の怒鳴り声でトモヤはビクッと肩を震わせた。
 「と、トモヤはこれがほしかったのよね?大丈夫よ。もうお父さんが買ったからね。」
 女は男を遮ると片手で人形を持ちながらトモヤの頭を撫でる。
 「お前は黙ってろ!」
 男はよほど怒っているのか女を黙らせた。この男はとてもプライドの高い男のようだ。家庭でもそれを求めているのが丸見えだ。外では完璧な嫁、完璧な子供でいてほしいのだろう。
 「トモヤ、さっさと歩きなさい。」
 「うわああん……。」
 トモヤは大声でわめき始めた。男はトモヤを引っ張りながら家への道を足早に進んで行った。一人残された女は旦那に対し、何も言えず切ない表情で一人、ゆっくり歩き出した。イクサメも女の後を追いゆっくりとついていった。
 ……だいぶん、複雑な家庭のようだな……。この女も子供に対し、一度も叱った事がないのだろう。すべて子供のままに動いている。父親も父親でおかしな叱り方をしている。父親は変に厳格、母親は変に溺愛……か。
 ……この子は……かわいそうだな……。
 イクサメはぼそりとつぶやくと暗くなっていく空をそっと仰いだ。


 イクサメの媒体である人形が置かれたのはトモヤのオモチャ部屋だった。部屋に置いたのは母親だ。女はひどく切ない顔で人形を見つめていた。
 「トモヤが好きならいいと思うけど……もうちょっと男の子になってほしいわね……。こんなただのガラクタ人形の何がいいのかしら。」
 イクサメに毒を吐いた女だがとても悲しそうな目をしていた。
 ……育児がうまくいっていない事を本人もわかっているのか。まあ、この両親の気持ちもわかる。本当は何に興味を持ってもいいと心では思っているが未だに根強い男と女の概念がある。別に良いではないかと頭で思っていても振りきれない何かがある……。
 ……子供の内はある程度流してもいい部分はあるがおそらく親としては不安なのだろう。なにせ、ここの家族は長男にこだわっている。長男の在り方、男の在り方……まだ幼いあの子に色々なものを背負わしている。だからと言って好き勝手に自由に生きろとは言えないな。あの子は親に逆らえない。こういうレールを敷かれてしまっては逃げられない。だからあの子にはそのレールに乗っていても自分を見失わない強さがないといけない。
 イクサメは月明かり照らす暗い部屋で一人涙を流す女を何とも言えない表情で見つめていた。女は嗚咽を漏らしながら部屋から出て行った。
 ……あの母親も色々背負っているのだな。こういう事は一概に誰が悪いとは言えないものだ。
 イクサメは自分の分身である人形をじっと見つめると暗い部屋に座り込んだ。
 ……ここがこれから私の家になる。そしてこの家を守る守り神……。
 ただ辺りを見回すとシリーズものの人形やままごとセットなどが置いてある。人形も一体けっこう良い値がつくものばかりで一般の子供では全部そろえる事は難しい。
 うさぎのぬいぐるみや大きなテディベアなどもシリーズ物はすべてそろっている。
 部屋を一通り眺めているとトモヤが泣きながら部屋に入って来た。電気をつけるとすぐにイクサメに抱きついてきた。イクサメは人形の方だ。武神の方のイクサメはトモヤには見えていない。
 トモヤは静かに泣いていた。
 「父親に叱られたか?」
 あまりにもトモヤが泣きやまないのでイクサメは耐えきれずに言葉を発した。聞こえていなくても別にいいと思っていた。だがトモヤにはイクサメの声が聞こえたようだ。
 「え……?」
 トモヤは涙で濡れた顔で人形の顔を見た。人形の方の表情は変わらない。しかしトモヤには人形が話しかけてきたように思えた。
 「叱られたから泣いているのか?」
 イクサメはまた言葉を発した。トモヤは人形にすがりつき、見えない声に話しかけ始めた。人形が自分の為だけに話しかけてくれていると解釈したようだ。
 「……うん。叩かれた……。」
 トモヤは先程からしゅんとしていた。
 「そうか。で?君はその後、何に『ごめんなさい』をした?」
 イクサメはトモヤの隣りに座りながら奇妙な質問をした。
 「え?普通にお父さんに……。」
 トモヤは不思議そうにイクサメを仰いだ。
 「お父さんになんで『ごめんなさい』をした?」
 「え……?えっと……泣いた事……かな?」
 ……何もわかっていない。だいたい子供に体罰を与える時はなぜそれがいけないのかわからせないといけない。これではただの虐待ではないか。
 ……どんなに小さい事でも子供に手を上げる時は慎重になるべきだ。なんだかわからないままおこなうと暴力的な子供になる。
 「君が『ごめんなさい』をしなければならない事はお父さんとお母さんに無理を言った事だ。あのおじいさん、おばあさんは私を大切に思っていた。私達のその切れない絆を君が壊せとお父さんとお母さんに言ったんだ。いいか?この世界にはお金で買える物と買えない物がある。その人にとって大切な物、思い出深い物はお金じゃ買えない。もし、その人が持っている大切な物が欲しければ人に頼らずに自分で『ください』と言うんだ。そこで断られたら諦める。それがその人にとって他者にあげられない大切な物であるという事。君にもあげられない物、あるだろう?」
 「……。」
 イクサメの言葉を聞いたトモヤは何かに気がついた顔をしていた。
 「わかったか?それが叱られた理由だ。」
 ……本当は違う。あの男はこの子が完璧な子供を演じられなかったという理由で自分のプライドが保てなかった事を怒っていた。叱る方向性が違う。そんな理由で子供を叱るのは間違っている。
 イクサメはそう思っていたがなんだかわからずに体罰を受けるよりも何か気がついた方がいいと思ったのであえてこう言った。
 「お母さんに慰めてはもらえなかったのか?」
 イクサメは追加でもう一つ質問をした。
 「……お母さんのとこには行かないよ。お母さんの所に行ってもあんまり嫌な気持ちが晴れないから。」
 トモヤは自分でもその理由がわからないようだった。
 「そうか。」
 ……この子は無意識に母親の迷いを感じている。母親が甘すぎる事と育児に疲れてしまっている事……それをこの子は気がついているのか。聡明な子供だ。
 イクサメは何とも言えない顔をしているトモヤを優しい目で見つめた。そしてトモヤの頭をそっと撫でた。もちろん、トモヤはイクサメに頭を撫でられている事など気がついていない。
 「よしよし。君はいい子だ。」
 イクサメは小さくそうつぶやいた。
トモヤはイクサメの側から離れようとはせず、ずっと抱きついていた。

五話

とりあえず陸に渡ったサキ達は西に行く作戦会議を開いていた。ちなみにまだイクサメの意識は戻らない。一度起きたがまた意識を失ってしまった。きぅ、りぅ、じぅは疲れてしまったのか小さい布きれにくるまり眠っている。
「サキ、西に入り込むには神力を完璧に消して変装しないといけない。」
「神力を完全に消す事ってできるのかい?」
真剣に話すみー君にサキはこそこそ質問した。
「できない。だが隠す事はできる。神力を極限まで落として神々の正装である着物を脱ぐ。」
「着物を……脱ぐ!?」
サキはみー君の発言を違う方向で捉えたようだ。
「お前、変な想像してんだろ……。してるよな?」
「してないよ。全裸で西に向かえって事だよねぇ?」
サキが真顔でうんうんと頷いているのでみー君は慌てて叫んだ。
「ちげぇ!正装を解いて正装ではない服で入り込むって事だ。正装は自身の神力の象徴でもあるからどれだけ神力を落としても正装していたら意味がねぇ。だから変装するって言っただろうが!」
「ふぅ……。そういう事かい。」
サキはなぜか残念そうだった。
「なんでお前は残念そうな顔してんだよ……。」
「え?だってみー君の全裸が……。」
「馬鹿か!まだ全裸引っ張ってんのか。もし、全裸だったらお前も全裸になるんだぜ?二人で全裸で西に入ったらお忍びどころか変神で追い出されるか一発でばれるかだろ。」
みー君は「あーあー。」とうんざりした声を上げた。
「そうだねぇ……。それはそうだよねぇ……。」
「あ、一つ質問していいか?」
みー君は残念そうな顔をしているサキに言葉を発した。
「なんだい?」
「ここは陸の世界だろ。もし、陸の世界の高天原に行ったらどうなるんだ?」
「……陸は陸で動いているから世界は全然違うよ。陸ではこの事件はないしねぇ。今の陸はかなり穏やかだよ。あたしと月照明神はこっちの世界の会議にも出ないといけないから大変なんだよ。月照明神は二人いるからまあ、なんとかなるかもだけどさ、あたしは一人だからねぇ……。大したことなければ代理に行かせているよ。」
「そうか。太陽神と月神は二つの世界に一人しかいないんだったな。って事は、お前らは壱と陸の状態を常に知っているって事か。」
みー君は今まで生きてきてそれに気がつかなかった。サキが陸の世界の話をした事はない。サキは壱の世界は壱と割り切っているらしい。
「そうだよ。太陽神と月神は壱と陸の監視が仕事だからねぇ。あたし達は一人しかいないけどみー君とかは壱と陸に一人ずついるよ。ちなみに陸の世界のみー君は会議でよく会うけどすごく冷たい目をしている男だよ。壱から陸に行くとたまに陸のみー君に気安く話しかけそうになってしまうんだよねぇ……。陸のみー君はほんと、全然違う。」
サキはヒラヒラと手を横に振った。
「そ、そうなのか。サキはこっちの俺とは仲良くないのか?」
「ないね。こっちの世界のみー君はみー君って呼んでないよ。天御柱神って呼んでいるさ。むしろ、向こうはあたしが苦手のようだよ。真逆の力だからああなるのはしょうがないと思うけどねぇ。」
みー君はサキの言葉に衝撃を受けたがそんなものかと思い直した。
「じゃあ、とりあえず、陸にいる間は何もできないって事だな。」
「そういう事だねぇ。」
みー君はため息をつくと畳に寝転がった。
「じゃあ、俺は寝る。」
「そうかい。あたしはこれから会議に出ないといけないからみー君はここで寝てな。」
サキの言葉にみー君は閉じていた目を開けた。
「会議?陸の権力者会議か?」
「そうだよ。月照明神は月子の方が来るかな。今日は。今、陸は大した事じゃないけどナオって女の子の事で持ちきりなんだよ。まあ、壱の世界じゃあ関係ない事だけどねぇ。」
サキはそう言うと軽く微笑み、部屋を後にした。
……あいつがいつもゴロゴロしてやがるのは陸の世界の会議にも出ていて疲れているからか……。
みー君はサキを少し見習う事にした。とりあえずサキを全力で助ける為、今は寝ることにした。


イクサメは眠りながらトモヤとの出来事を夢に見ていた。
……トモヤ……今、何をしている?
……そうだあの時……トモヤが……。
ちょうど一年前の事だ。
静寂が包み込む中、トモヤはイクサメと寝ていた。と言っても人形の方であって武神の方ではない。
……もう朝だな……。トモヤを起こさないと……人形と一緒に寝ていたとあっては母親からなんと言われるかわからない。
イクサメはトモヤに誰もいない時だけ話しかけるようにと言っており、トモヤは秘密の約束を守り続けていた。
「トモヤ……起きろ……。朝だ。」
武神の方のイクサメは口をポカンと開けて寝ているトモヤを起こす。そっと頭を撫でてみるがトモヤはおそらく触れている感じもないだろう。
「トモヤ……トモヤ。」
イクサメはトモヤを何度も呼ぶがトモヤは目を覚まさない。イクサメがまずいなと思っていた刹那、トモヤを起こしに母親が入って来た。
「トモヤー。起きなさい。」
母親はベッドで寝ているトモヤを何とも言えない表情で見ていた。人形を抱いて寝ているトモヤに母親の不安が増幅する。本当は別に良いのだがこの家庭は少々複雑で男の子がこういう事をするのを望まない家庭だ。
「ん……。」
母親の声でトモヤはなんとか目を開けた。
「トモヤ、もういい加減に人形と寝るのはやめなさい。小学生でしょう?」
「なんで?このお人形さん、僕の友達なんだ。友達だから一緒に寝てもいいでしょ?」
「……。」
トモヤの言葉に母親は顔を曇らせて黙り込んだ。
「お母さん?」
「さっさと朝ご飯食べて学校に行きなさい。」
母親はそれだけ言うとイクサメを乱暴に掴み、トモヤの遊び部屋へ持って行った。
「やめてよ!お母さん!そんな風に持ったら壊れちゃうよ!お母さん!」
トモヤは母親の後を追い、走り去った。
武神の方のイクサメもトモヤの遊び部屋にゆっくりとむかった。
……いつもギリギリで母親に見つからないが今日はダメだったな。言っても聞かないだろうから私がもっと早く起こすしかない。
イクサメは乱暴に置かれる人形を眺めながら自身もトモヤの遊び部屋に入った。
トモヤは母親に文句を言っている。母親は何も言わずに部屋を出て行った。トモヤがそれを追う。部屋を出て行ってからも二人がもめている声が聞こえた。


イクサメはおもちゃが沢山置いてあるトモヤの遊び部屋で仮眠をしていた。どれだけ眠ったかわからないが気がつくと昼を過ぎていた。
「んん……私とした事が……眠ってしまっていたか。」
イクサメが伸びをしたと同時にトモヤがランドセル姿のまま部屋に入って来た。
「トモヤか。おかえり。どうした?」
トモヤはなぜか泣いていた。嗚咽をもらしながらイクサメにすがりつく。
「皆馬鹿にするんだ。僕を……。」
「……馬鹿にする?」
トモヤの言葉を聞いてイクサメはすぐに結論を出した。
……いじめられているのか。学校で。
「皆僕にキモいって言うんだ。皆で遊びたいのに皆僕で遊ぶんだ……。女の子から避けられて男の子からは近づくなって言われて……。学校行きたくないよぅ……。」
トモヤはグズグズと鼻水を垂らしながら泣いている。
「トモヤ、学校は行かないといけない。それが今の君の仕事だ。相手に強く言い返してみればいい。少し変わるかもしれないぞ。」
イクサメはトモヤに強くなってほしかった。このままでいたら間違いなくトモヤは壊れてしまう。人と話す事ができず、自分の殻に閉じこもってしまう。イクサメはそれが怖かった。
「うん……次はやってみるね……。」
トモヤはイクサメの側で少しホッとした顔をしていた。
イクサメはこういったアドバイスをする事くらいしか今はできなかった。


 あれからトモヤは努力をしていたがトモヤのまわりの状況が変わる事はなかった。トモヤは色々な事に疲れ、表情が表に出ない暗い子供になってしまった。しかし、イクサメにだけは笑顔を向ける。トモヤはもうイクサメ以外、心を許せる人がいなかった。
 「トモヤ、もっとまわりと遊んだ方が良い。なんとかしてこの状況を変えないと……。」
 イクサメは心配をしていた。
……自分はただの人形だ。人間は人間の世界で生きなければならない。
そう思っていたがイクサメ自身、トモヤから目を逸らす事はできなかった。
 「僕はもういいんだ。学校はちゃんと行っているし、お勉強もしている。悪い事は何もしてないし。」
 トモヤは暗い表情でつぶやいた。
 「それでは楽しくないだろう?」
 「別にいいよ。僕は。」
 トモヤの心はどんどん荒んできている。イクサメはそれを感じながら自身の不甲斐なさを悔やんでいた。
 ……私はなんて力のない神なんだ……。目の前で苦しんでいる子供一人助けられないのか。
 「トモヤ、今の時期は遊んだ方が良い。」
 「遊びに行きたくない。ここにいたい。誰とも……話したくない。」
 トモヤはほとんど笑顔を見せなくなった。よほど学校が苦痛らしい。
 親はそれにうすうす気がついているようだが今の所、何も言わない。学校に行って勉強だけしていればいいと思っているわけではなさそうだがトモヤが何も言わないので今の所何もしていない。
 「トモヤ……お母さんとお父さんにこの事をお話ししないのか?」
 「なんて話すの?お父さんはなさけないってたぶん怒るし、お母さんは僕がおかしいからって言うよ。もう……わかっているんだ。僕。」
 トモヤの瞳にはもう光がなかった。もうこれ以上、傷つくのが嫌だと彼の表情が行っていた。イクサメは何としても救ってあげたくなった。
 「じゃあ、君が元気になるお手伝いをしてあげよう。君に力を少しだけあげる。私があげた力を使い、自分で道を切り開くんだ。」
 ほんの少し、アドバイスをする程度の気持ちだった。あくまでもトモヤ自身がこの状況から抜け出すための手伝いだけ。違法だとはわかっていたがこれでトモヤが少し強くなるのなら良いとイクサメは思っていた。
 そしてイクサメは禁忌を犯した。
 「力を……?」
 きょとんとしているトモヤの頭にイクサメはそっと手を乗せる。トモヤにはイクサメが見えていないので何をしているかはわからない。
 「はっ!」
 イクサメは手に力を込め、ほんの少しだけトモヤに自身の力を渡した。特に見た目、変化はないがトモヤの表情が突然、明るくなった。
 「え……?あれ?凄い……。なんか気持ちが良くなってきたよ!何やったの?お人形さん!」
 トモヤはすぐにあふれる力に気がついたようだった。
 「その力を使って自分自身で道を切り開いてみるんだ。そうしたら誰からも馬鹿にされないはずだ。誰にも負けないはずだ。これからだって強く生きられるはずだ。」
 イクサメはトモヤにそう伝えた。トモヤは笑顔で「うん!」と大きな声で頷いた。
 ……精神共に強くなればこんな事で悩んだりする事もないし、トモヤを理解する友達も現れる……。その内、色々なモノが彼についてくる。状況が良くなれば両親も理解してくれるだろう。
 イクサメはそう確信していた。
 だが、人間はそんなに単純な生き物ではなかった。
 

 力を渡した日からトモヤは毎日笑顔で登校するようになった。いつも楽しそうに笑っている。イクサメは今の状況に光が射したと思い、安心していた。
 朝、トモヤはイクサメに話しかけてから学校へ向かう。
 「お人形さん、行ってくるねー!」
 「トモヤ、今日も元気そうだな。学校は大丈夫になったか?」
 イクサメはたまにこういう質問をするようにしていた。またいじめられていたら別の方法で助けようと考えていたからだ。
 「うん。大丈夫だよ。今は凄く楽しいんだ。皆僕と遊んでくれるんだ。」
 トモヤは楽しそうに笑うとランドセルをしょってイクサメに手を振った。イクサメもうまくいって良かったと微笑みながら手を振りかえす。トモヤには見えていないがイクサメは別に良かった。
 ……良かった。トモヤはこの状況を自分の力で抜けたんだ。
 イクサメもトモヤが元気になり、とても喜んだ。
 しかしこの時、トモヤが学校で何をしていたのか、イクサメは知らない。
 「ねぇねぇ、今日も遊ぼうか?ねぇ?」
 学校の教室。トモヤは席を立ち、ニコニコ笑いながら女の子の側へ寄って行った。女の子は恐怖で顔が歪んでいた。
 「と、トモヤ君……。え、えりこね、別の子と遊ぶ約束が……。」
 女の子が震える声でつぶやいた刹那、トモヤが椅子を思い切り蹴とばした。トモヤの表情からは怒りが読み取れる。女の子は椅子から落ち、泣き始めた。
 「僕と遊べないの?ねえ?」
 「お、お前、何してんだよ……。」
 他の男の子達が怯えながら女の子をかばう。トモヤはその男の子達を睨みつけた。
 「何?順番だよ?僕と遊ぶのは。君は僕と遊ぶの明後日でしょ。」
 トモヤは近くにいた男の子を思い切り蹴とばした。
 「何……するんだよ!」
 別の男の子が身体を震わせながらトモヤに殴りかかった。トモヤはまるで拳が見えているかのように避け、そのまま男の子の腹を殴りつけた。
 「うっ!」
 「僕に逆らうの?僕、喧嘩強いよ?」
 男の子は腹を押さえながら泣きだす。トモヤは突然、喧嘩が強くなり、誰にも負けなくなった。いまや、クラス中を震撼させている存在だ。
 「僕は今日、えりこちゃんと遊ぶんだ。邪魔しないでよ。ね?えりこちゃん。あそぼ。」
 他の男の子には目もくれず、トモヤは座り込んで泣いている女の子の手を引く。
 「……ひっ。」
 「じゃあ、今日はおままごとしようか。あ、そうだ。明日遊ぶ人はタカヒサ君にするね。」
 トモヤは一人の男の子を指名すると楽しそうに笑った。男の子は蒼白の顔でトモヤを見ていた。
 昼休み、トモヤは女の子とおままごとをやっていた。校庭の砂場に座り込み、木の実を使って食事風景の再現をしている。校庭には沢山の子供が遊んでいるが二人に目を向ける者はいない。女の子はビクビク怯えながらトモヤに付き合っていた。
 「ね、ねえ……えりこね……そろそろお友達の所に行かないと……。」
 女の子は震えながらトモヤに目を向けた。
 「まだ昼休み終わってないよ。何?えりこちゃんは僕が嫌い?」
 トモヤは近くにあった太い木の枝を手に持つ。顔は微笑んでいるが目が笑っていない。
 「ち、違うよ……。違うけど……お友達がトモヤ君だけじゃないの……。」
 女の子は怯えた瞳でトモヤを見ていた。
 「そっか。じゃあ、そのお友達にえりこちゃんと遊んでいる事を言ってきてあげるね。さゆりちゃんとともこちゃんだよね?あの二人がダメって言うはずはないけどね。」
 トモヤは木の枝を持ちながら歩き出した。
 「ま、待って!や、約束なんてしてなかった!えりこ、暇だよ!」
 女の子は恐怖を感じ、叫んだ。木の棒を使って友達が何をされるのかがわかっていたからだ。
 「そう?じゃあ、なんでウソなんてついたの?ま、いいや。あそぼ。」
 トモヤは木の枝をポイと捨てると震えている女の子にニコリと笑いかけた。

 
 イクサメは楽しげに帰ってくるトモヤを待っていた。トモヤが笑顔なら自分も幸せだった。
 「はあ、楽しかった!」
 トモヤは満面の笑みでイクサメの元へ現れた。
 「ん?」
 イクサメはトモヤから漂うかすかな血の臭いに反応をした。
 「どうしたの?お人形さん。」
 「トモヤ、どこか怪我していないか?」
 イクサメの言葉にトモヤが「ああ」と思い出したようにつぶやいた。
 「僕は怪我してないよ。ちょっとさっき、外で喧嘩しちゃっただけ。」
 「外で喧嘩?」
 トモヤのこの発言でイクサメは何かがおかしい事に気がついた。
 「うん。えりこちゃんが僕と遊んでいたのにどこか行こうとしたから。」
 「えりこちゃん……女の子か。女の子と喧嘩か……。」
 イクサメはなんだか嫌な予感がしたがまだトモヤを信じていた。
 「まあ、いいんだ。仲直りしたから。明日はね、タカヒサ君と遊ぶんだ!」
 「そ、そうなのか?」
 「うん!」
 トモヤが楽しそうに笑うがイクサメはもう平和に笑ってはいられなかった。不安がイクサメを支配しはじめていた。
 

 翌日、トモヤの母親が学校に呼び出された。母親の顔をみるかぎりかなり深刻そうだ。イクサメは不安に思っていたが家を離れるわけには行かず、母親を追う事はできなかった。しばらく不安げに待っていると母親が帰って来た。目には涙を浮かべている。リビングにある受話器を取ると誰かに電話をかけ始めた。
 「あなた……。トモヤが女の子をカッターで切りつけたって……。」
 母親はどうやらトモヤの父親に連絡を入れているようだ。父親は仕事中、外に家庭内の事が漏れないように家族の連絡用として携帯の番号を教えていた。
 「前々からトモヤが男の子に暴力を振るったり脅したりしていたらしいわ。昨日はトモヤを怖がっていた女の子がトイレに行くふりをしてトモヤから離れようとしていた時にカッターナイフで切りつけられたって……。」
 母親は泣きながらきれぎれに言葉を話す。母親も気が動転しているようで今にも過呼吸を起こしてしまいそうだった。
 ……まさか……トモヤがそんな事を……
 きれぎれに言葉が聞こえてくるが会話の雲行きが怪しくなってきた。母親の声はだんだんと鋭くなっていく。父親が何を言ったかわからないが会話が喧嘩調に変わってきた。
 イクサメは呆然と電話をする母親の背中を眺めていた。
 やがて会話が終わり、母親は憔悴しきったかのようにその場に崩れ落ちた。
 しばらくしてトモヤが帰って来た。トモヤはすぐさま、イクサメの元へ向かい走って行った。
 「トモヤ!」
 それを追うように母親も部屋に入って来た。
 「なあに?お母さん、今、僕はお人形さんとお話しするんだ。だから邪魔しないでよ。」
 「人形としゃべるなんて馬鹿な事を言わないで!」
 母親は泣きながらトモヤに向かい叫んだ。
 「うるさいな。お母さんは何もわかってないんだ!」
 「あなた、女の子をカッターで切りつけたって……。」
 平然としているトモヤに恐怖を感じながら母親は言葉を発する。
 「ん?ああ、あの子、僕と遊んでいたのにトイレに行くとか言って逃げようとしたからさ。」
 「どういう事なのよ……。ちゃんとお母さんに説明して!」
 母親は気が狂いそうなくらい精神共に疲れていた。それをトモヤは冷ややかな目で見つめる。
 「僕は強くなったんだ。もう誰にも情けないって思われないよ。お人形さんから力をもらったんだ。今は僕、とても楽しい毎日を送れている。お母さんは何もしてくれなかったけどお人形さんは僕を助けてくれた。いじめもなくなった。皆僕と遊んでくれる。僕は今、とても楽しいんだ。」
 「楽しいって……トモヤ……。なんで……なんでこんな事したのよ……。」
 楽しそうに笑うトモヤに母親は顔を両手で覆い、泣き崩れた。
 「トモヤ!」
 イクサメはトモヤに向かい叫んだ。トモヤは声に気がつき、イクサメの方にやってきた。母親にはイクサメの声は聞こえていないようだ。
 「お人形さん?」
 「なぜ、こんな事をした……。」
 イクサメはきょとんとした顔をしているトモヤに問いかけた。
 「なんでって……僕はお人形さんの言った通りに強くなったんだ。ちゃんと僕は居場所を作ったよ。」
 「トモヤ……違うんだ。これは違う……。」
 イクサメの言葉にトモヤは顔をしかめた。
 「違うって?僕は自分で道を切り開いたよ?誰にも負けない。僕は強い。そうでしょ?」
 トモヤは悪い事をしたとはまったく思っていないようだった。
 「……違う……。私はそういう意味で言ったのではない!」
 「違うの?僕は自分で頑張ったのに。わかんないよ……お人形さん。もっと強くならないとダメなの?僕をいつも怒るお父さんにも負けちゃいけないって事?」
 「トモヤ……力を使えとは言ったがそれは相手を傷つける力ではない。自分を守る力だ!」
 イクサメはトモヤにわかってもらおうと必死で説明をした。しかし、トモヤには通じなかった。
 「僕はこの力で自分を守ったんだよ?お人形さんがくれた力でさ。」
 「トモヤ……。」
 「やっぱりもっと強くならないとダメかな。」
 トモヤはそうつぶやくとイクサメに背を向けた。
 「トモヤ……。」
 イクサメはトモヤを呼ぶ事しかできなかった。
 ……私は酷い間違いを起こしてしまった……。はやくなんとかしないとあの子が……。
 「トモヤ、どこに行くの?」
 母親が部屋を出て行こうとするトモヤに声をかけた。
 「どこってお部屋だよ。宿題やらないと。」
 「トモヤ!」
 無表情で去って行くトモヤの後を母親が慌てて追って行った。
 ……私はこんな事をしたかったわけじゃない。違うんだ……トモヤ!
 イクサメはぎゅっと拳を握りしめた。
 「……戦女導神……であるな?」
 ふと男の声が聞こえた。イクサメはすぐに声の主に気がついた。
 「……お前は剣王についてまわっている人形だな。」
 イクサメは声を発しながら床の方に目を落とした。イクサメの目の前に十一センチくらいしかない人形が立っていた。青い髪は肩先で切りそろえられており、キリッとした瞳から威圧が漏れ出ている。肩先から布がない青い羽織を羽織っており、下は白い袴だ。
 「いかにも。剣王から罪状が出ている。やつがれはそれを伝えに来たのである。」
 少年顔の男は丸めていた紙をイクサメに渡す。
 「……っ。」
 「これを読むように。そしてそちらに書いてあるが刑の執行場所はやつがれが案内致す。日も書いてあるのでよく読むように。」
 事務的に会話をした男は小さい身体で飛び上がると窓から外へ出て行った。
 「……罪状……。死刑か……。」
 イクサメは苦しそうな顔で男からもらった紙を握りつぶした。

 「はっ!」
 イクサメは再び目を開けた。ゆっくりと起き上りあたりを見回す。端の方で手の平くらいしかないきぅ、じぅ、りぅが固まって眠っており、そのさらに横でみー君が座ったまま眠っていた。時間はわからないがおそらく夜明けあたりだろう。
 「……トモヤ……。」
 イクサメは少年の名を呼ぶとゆっくりと立ち上がり部屋を出て行こうとした。
 「待て。どこにいくつもりだ?」
 ふとみー君の声が聞こえた。イクサメは身体を固くし立ち止る。
 「起きていたのか。トモヤの元へ行く。」
 イクサメ自身、いままで夢を見ていたので意識が完全ではなかった。夢と現実が混同しているようだ。
 「トモヤ?誰だか知らねぇが行っても意味ないぜ。ここは陸だ。」
 「陸?」
 イクサメは陸の世界を知らないようだ。
 「知らんならいい。とりあえず今動くのはやめろ。無理やり動くというなら、俺も容赦しないぜ。」
 みー君は冷たい瞳でイクサメを睨みつけた。
 「ふっ……嘘だな。あなたは私と争う気はないのだろう?身体の動きがそう言っているぞ。大方、あなたは女に手を上げた事がないんだろう。」
 イクサメは嘲笑していた。
 「う、うるせぇな!とにかく黙ってここにいろ!俺は今マジだぜ。」
 みー君はわざと凄味のある声でイクサメを脅かすがイクサメには通じなかった。
 ……ちっ……なんで女にはバレるんだ?くそ。女相手のこう言った話は苦手だぜ……。
 「わかった。ここにいる。今は少し気が動転しているのだ……。色々と都合を聞かずにすまん。」
 イクサメは戻ってきた頭で今の状況を思い出し、詫びた。
 「そういや、お前、かなりうなされてたな。ま、何があったか知らねぇがここにいる限り安心だ。だからここにいてほしい。お前が出ていく事はこちらとしてはかなりのマイナスなんだ。」
 「……そうか……。そうだったな……。すまん。」
 みー君の言葉にイクサメは素直に頷いた。
 「お前、子供にとりついている厄っていうのを本当に知らないのか?」
 みー君はうかがうようにイクサメに目を向けた。
 「……知らない。だが厄をかぶってしまった……だから心配なんだ!トモヤ……今何をしている!人を傷つけていたらどうしよう……。私の……私のせいで……。」
 イクサメは突然、目に涙を浮かべた。彼女自身、トモヤを我が子のように想っていたらしく、不安でたまらないようだ。
 「お、落ち着け!泣くな!そのトモヤとかいうガキはこちらで探すから、とにかくお前はおとなしくしていろ!」
 みー君はイクサメを無理やり納得させ、布団に戻させた。
 「……。」
 イクサメはひどく切ない顔をすると大人しく布団に入った。
 「……もう少ししたら俺達は行動を開始するから、お前は安心してここにいろよ。もし、動いたらサキが容赦しないぜ。」
 「あなたではなくて輝照姫様の方が容赦しないのか。」
 みー君の言葉にイクサメの表情が少し和らいだ。みー君はプイッとそっぽを向くとそっと目をつぶった。

六話

 「みー君、おはーっ。壱に移動できたかい?」
 だいぶん時間が経った後、呑気な顔でサキが現れた。
 「ああ、寝ているこの姉妹とイクサメを担いで渡ったぜ。おはよう。」
 みー君は大きく伸びをするとやっていたゲームの電源を落とした。
 「輝照姫様。おかげでだいぶ良くなった。感謝する。」
 布団の上で刀を抱いたまま座っていたイクサメがサキにあいさつを返した。
 「おお?イクサメ、起きたのかい?あー……でもしばらくここにいるんだよ。あんたが出ていくとマイナスになるからさ。」
 「わかっている。それはさっき彼から聞いた。」
 イクサメはちらりとみー君に目を向けた。みー君はふんと鼻を鳴らしたが他には何も言わなかった。
 「そうかい。……って、ここにいる人形達はだらしなく寝ているねぇ……。」
 サキは呆れた顔でだらしなく寝ている三姉妹を見据える。
 「ほら!あんた達、起きるんだよ!」
 サキが三人の顔を指でつついて起こす。
 「むあ……。」
 きぅが変な声を上げて目を覚ました。りぅも不機嫌そうに目を開けた。じぅは起きない。
 「じぅちゃーん……起きておくれー……。」
 サキがじぅの頬を何度かつつくとじぅが突然目をあけた。
 「あははは!」
 「うわっ!」
 目を開けたと思ったらいきなり満面の笑顔で笑い始めたのでサキは驚いた。
 「おなかすいたー!ごーはーん!」
 じぅが先程まで寝ていたとは思えない元気さで勢いよく起きあがる。そのまま、サキのまわりをクルクルと走り出した。手の平サイズしかないので走りまわられると踏みそうだ。
 「あーあー、また朝からじぅがうるさい。もう毎日勘弁してよ。」
 りぅが不機嫌そうな顔で耳を塞ぐ。きぅはそんな光景を苦笑しながら見ていた。
 「朝からテンション高いな……。サキ、とりあえず飯にしてから出発するか。」
 みー君はうんざりした顔でサキに話しかけた。
 「そうだねぇ。そうしようかね。」
 サキが笑みを浮かべながらそう言った時、太陽神の一人が襖をとんとんと叩き、中に入って来た。
 「サキ様、皆様、お食事の用意が整っております。どうぞ。」
 「んー、ナイスタイミングだねぇ。じゃ、行こうか。あ、イクサメもおいで。」
 「……む。かたじけない……。」
 サキはイクサメにニコリと笑いかけるとみー君達を連れて部屋を後にした。
 太陽神達が食事をするところは一階にある。だが、太陽神の頭、つまりサキが食事をする場所は二階にあった。一階は食堂だが二階は個室だ。みー君達は二階の個室へ案内された。
 「いつも思うが……お前の扱いがなんだかすごいな。」
 みー君は広い個室の一角に座り、サキに目を向けた。
 「まあ、こう見えてもこの太陽のトップだからさ。いつもはここで一人でご飯食べているんだよ。こんな広い所で一人で食べるってのもねぇ……。寂しいじゃないかい?月神は月照明神含めて皆でワイワイ食事をするらしいけど太陽神は固いからさ。トップはトップらしく食事しろって事かねぇ……。はあ、だったら一階で皆でワイワイ食べたいよ。あたしは。」
 サキは深くため息をついて机に置いてあったお茶を飲んだ。
 「そんなもんか。」
 みー君は机の上にちょこんと座っている三姉妹に目を向けながらつぶやいた。三人はごはんを食べるため、つまようじを二つに折ってハシを制作している。小さな器もないので飲み物のフタなどを器に使っていた。
 「失礼いたします。」
 太陽神の一人が深々と頭を下げ、料理を運んできた。
 「いつみてもうまそうだな……。」
 みー君は机に並べられる大量の料理を呆然と見つめながら言葉を発した。
 「あ、朝から豪勢だな……。」
 イクサメは目を見開いて驚いている。
 「さ、食べようかね。」
 サキがふふっと微笑んだ。机においてある料理はすべて野菜料理だ。漬物や、味噌汁、アレンジ料理などが並んでいる。最近はサキの申し出もあり、イタリアン料理など世界の料理も出る事がある。
 人形達は頭を下げて「いただきます」をすると凄い勢いで料理にかぶりつき始めた。
 イクサメは静かに味噌汁を飲んでいた。イクサメ自身、食事はできるが本来、食事をしなくても大丈夫な神だった。
 ……お供え物があった時代はありがたくいただいていたが最近は食事をする事がなくなっていたな……。あの頃を思い出す……。
 イクサメはしみじみと漬物を頬張った。
 「で、みー君。」
 サキが突然、みー君に声をかけた。
 「ん?」
 みー君はご飯を口に頬張りながらサキの言葉に耳を傾ける。
 「実は、今、西では三日三晩でお祭りがおこなわれているそうだよ。しかも仮装するんだってさ。陸の世界の剣王が楽しそうにしゃべっていたよ。毎年の行事だとか。」
 「それは陸の世界だろう?」
 みー君は味噌汁を口に含みながらサキに答えた。
 「行事は壱も陸も同じだよ。壱の剣王もまわりに色々悟られないようにカモフラージュのためこの行事をやると思うんだ。あたし達がそれにうまく乗り込めればいいじゃないかい。」
 サキはごぼうの煮物を口に運びながらみー君を仰ぐ。
 「本当にやってるのか?」
 「やっているみたいだよ。剣王の元へ行くために一応鶴を呼んだんだけど、その時にやってるって言ってたね。鶴は今、外で待たせているよ。」
 「そうか。じゃあ、変な格好していても問題なさそうだな。」
 みー君が豆腐で作られているハンバーグをもしゃもしゃと頬張りながらつぶやいた。
 「大丈夫さ。……きぅ、りぅ、じぅも少年の捜索、よろしくねぇ。」
 「任せといてください。」
 サキが三姉妹に目を向けたが三姉妹は料理に夢中だった。一応、きぅが一言声を発したのみだ。
 「ほんと……大丈夫かねぇ……。」
 「私がだいたいの位置を教えよう。私は彼がどこにいるかよくわかるからな。」
 サキの心配をイクサメが感じ取り、すぐに言葉を発した。
 「そうかい。あんたは例の少年の所にいたんだっけねぇ。だったら、この三姉妹をうまく導いてあげておくれ。あんたは外に出てはダメだよ。」
 「もちろんだ。わかっている。」
 サキの心配をよそにイクサメはサキに向かい微笑んだ。
 

 しばらく朝食を楽しんだ後、少年の捜索を人形達に任せ、サキ達は鶴が待つ、屋外へと歩き出した。鶴は駕籠を引きずりながらビシッとその場で待っていた。
 「あんた、もう一回聞くけど、本当に祭りはやっているんだよねぇ?」
 サキは頭を垂れて待っていた鶴に話しかけた。
 「よよい。その通りだよい。」
 鶴は特徴的な話し方でサキ達に駕籠に乗るように促した。
 「じゃあ、あたしらはお忍びで行くからとにかくすべてに関して何も話さないように。」
 サキが鶴に念を押し、駕籠へ入り込んだ。みー君は若干不安そうな顔でサキに続いた。
 「本当に大丈夫なんだろうな?」
 みー君は駕籠の中に無造作に放り出されていた謎の服を眺めながらつぶやく。
 「すべてに関して話さないようにって鶴に言ってあるから大丈夫さ。神々の使いって言っても先に言った方の命令を聞くから、この鶴は例え拷問を受けようが何も話さないさ。神々もそれを知っているから鶴を拷問にかけたりしないしねぇ。」
 サキはふふんと得意げに鼻を鳴らした。
 「そうじゃねぇ。俺が突っ込んだのはこの服だ!」
 みー君は置いてある服を手に取った。
 「ん……まあ……あたしの趣味が少し……。陸の世界で買ってきちゃった!」
 「買ってきちゃったって……。」
 サキは何故かむふふと不気味に笑っていた。
 「じゃあ、向かうよい!」
 鶴が何の前触れもなく突然、飛び立った。みー君はバランスを崩し、壁に頭をぶつけてしまった。
 「あっぶねぇな!なんか声かけろ!」
 みー君は鶴に向かい怒鳴った。駕籠の外で鶴がため息をつく声がした。
 「いんやー、このまんまじゃなんか争いそうだから駕籠に乗ったらすぐに飛んでくれと頼まれたんだよい。やつがれはめーれーに従ったよよい。」
 鶴は呑気に声を発した。
 「おい。サキ……。」
 みー君は呆れた顔をサキに向けた。
 「まあ、まあ、もう空飛んじゃってるしさ。落ち着いてよ。みー君。」
 「落ち着けるか!お前これ!SМプレイとかでよく見る服じゃねぇか!馬鹿か!」
 「仮装なんだからなんでもいいじゃないかい……うふ。」
 サキはうっとりとした顔でみー君を見つめる。
 「馬鹿野郎!っちょ……犬の首輪とかあんじゃねぇか!これは仮装じゃねぇ!おい!鶴!今すぐ戻れ!」
 「無理だよい。先にめーれーがサキ様から来てるからよい。」
 「うおい!」
 みー君の叫び声と鶴の呑気な声が重なった。
 しばらくしてどうにでもなれという気持ちになったみー君はブスっとした顔をしながらアクションゲームに励み始めた。
 「で、この犬の首輪とこの犬の耳としっぽ、真黒の裸に近いこの服はお前が着るんだろう?お前がこっち系プレイとは珍しいな。そんなにいじめられたいか?」
 「ん?」
 みー君のつぶやきにサキが首を傾げた。
 「……ん?」
 「何言ってんだい。これはみー君が着るんだよ?」
 「ぶっ……。」
 みー君はゲーム機を思い切り落とした。
 「俺かよ!馬鹿野郎!俺にこっち系の趣味はねぇぞ!俺はむしろいじめたい方だ!」
 みー君は慌てて黒い布を持ち上げる。
 「だからこそギャップ!絶対に西には気がつかれないよ。……という事でよろしくねぇ。」
 「いやだあああ!……これは見つかったら死ぬ。俺が恥ずかしすぎて死ぬ。」
 みー君は顔を真っ赤にしたまま頭を抱えた。
 「よよい。着いたよい。」
 みー君が悶えていた時、鶴の声が聞こえた。どうやら高天原のゲートの上を誰にも見つからずに通ったらしい。高天原は神力がある程度ある神しか入れないので身分証明の機械があるゲートを通らないと中には入れない。だがサキもみー君も身分はパスできる神格なので鶴でゲートの上を通り抜ける事はたやすいのだ。
 「もう着いたのかい?さあて。じゃあ、西に降り立つよ。みー君!」
 「……くそぅ……。」
 サキがさっさと駕籠から降りてしまったのでみー君も渋々降りた。
 「じゃあ、鶴、あんたは帰りの事も考えてこの辺で待機しておいておくれ。」
 「よよい!」
 鶴はサキの言葉に元気よく返事をした。
 ここは高天原西の剣王の城付近である。森の中なので歩いている神はいない。遠くの方でガヤガヤと賑やかな音が聞こえていた。鶴の言った通り、城でお祭りが開催されているらしい。
 「じゃあ、みー君、あたしはそっちの草むらで着替えるからみー君はあっちの林で着替えておいで。」
 「ちくしょう……。神力が漂っちまうから変身して別の姿に変わる事もできねぇし……ああ!くそ!」
 みー君はプンプン怒りながら林の中へ入って行った。サキは素早く着物を取っ払い持って来た服に着替えた。サキの服は黒い帽子にサングラス、革製の黒いジャケット、腿の付け根辺りまでしかない黒いパンツ。ジャケットの袖はない。見た目、怖いお姉さんに見える。
 「ふふん。あたし、けっこう似合うじゃないかい。」
 サキは一人クスクスと笑っていた。もちろん、彼女は大真面目に緊張感を持って仕事をしている。
 少し経ってみー君が戻ってきた。みー君は青い顔でげっそりしていた。
 服装は犬耳、犬の鼻などの犬のパーツと黒のふんどし一枚。そして首輪に鎖が巻かれていた。どう見ても変態にしか見えない。
 「ぶははは!似合う!まるでみー君じゃないみたいだよ!」
 サキは心底楽しそうに笑っていた。
 「てめぇ……。」
 みー君はサキをぎろりと睨みつけた。
 「ああ、ごめん。ごめん。やっぱりあたしの見立てはあってたねぇ。ホントに誰もみー君とは思わないよ。」
 「だ・ろ・う・な!これで気がつかれたら俺、剣王に斬首されてもいい。」
 みー君は苦虫を噛み潰したような顔でサキの格好を見つめた。
 「なんだい?みー君。そんなに見つめて。」
 「お前、なんだかすげぇ怖い姉御に見えるぜ……。」
 「ああ、実はこれに鞭を装備するんだよ。」
 サキは呑気にも地面に置いておいた鞭を拾い上げた。
 「なんだか背筋に冷たいものが……。」
 「みー君、とりあえず、しっかり役に入り込んでおくれよ。じゃないと気がつかれてしまうよ。」
 サキは鞭をビシッと束ねた。
 「……はあ……。」
 みー君は深いため息をついた。
 「じゃあ、行こうかね?まずは様子見だよ。」
 サキは顔を引き締めると城の方面に歩き出した。
 「もっとなんか違う方法があったんじゃねぇかって思うんだけどなあ……。」
 みー君もげっそりした顔でフラフラとサキについて行った。


 城付近まで来たサキとみー君は祭りの雰囲気を眺める為、近くの林に隠れていた。すぐ目の前は神々が通る道路だ。
 「うん……なんて言うか、俺達、目立たなそうだな……。」
 みー君がぼそりとつぶやいた。道路を歩く神達は皆、もっと奇抜な格好をしている。神々に服装の規制はないらしい。この祭りは何のために行われているのか謎だが皆楽しそうだ。
 「ん?あれはなんじゃ?」
 かわいらしい顔つきの女の子が魔女っ娘の格好でふと林に隠れていたサキ達を指差した。
 「うっ……バレた……。」
 みー君は顔を真っ赤にして悶えた。
 「お、あの子は西の剣王軍の剣王の側近、流史記姫神、歴史神ヒメちゃんだね。」
 サキはにこりと微笑むとそっと手を振った。女の子は「面白い格好じゃなあ。」とニコニコと笑っている。
 「わーっ!ヒメちゃん!見てはいけません!あれはあなたには非常に良くないモノです!」
 ふと女の子の横に銀髪のユルユルパーマの男が現れた。キリッとした目の男はいたって普通の洋服をきている。男は女の子の目を自身の手で覆うと「すみません。」とあやまり、足早に通り過ぎて行った。なんだか見てはいけないものを見てしまったという顔をしていた。
 「げっ……なんであいつが来てんだよ……。」
 みー君はげっそりした顔をさらにげっそりさせて男を眺めていた。
 「あの男神と知り合いなのかい?」
 「あいつはワイズ軍だ。龍雷水天神。本来龍神なんだがなぜかワイズの所にいるんだよな。ああ、確か、井戸の神の神格も持っててイドさんとか地上の神には呼ばれているみたいだぞ。」
 みー君はやれやれとため息をついた。
 「へぇ、ああ、こないだアヤが言ってたあの龍神かね。なんで西の剣王軍の側近と仲がいいのか知らないけど彼らにあたし達、気がつかれなかったねぇ。」
 サキは少し自信になったのか余裕の表情になっていた。
 「ああ……気がつかれなかったな。龍雷は昔からの付き合いなんだ。絶対気がつかれるかと思ったが……。ああ、地味子いるだろ?あの龍神が暴走して竜宮破壊を始めた時に『竜宮を破壊している強い龍神を見に行きましょう』って誘って来たのがあいつだったんだ。一回、お前に知り合いの龍神に誘われてって言ったと思うがそれあいつ。」
 「へぇ。」
 地味子とは三カ月か四カ月ほど前かに少し大きい事件を起こした龍神のあだ名である。
 その事件はすでに解決し、今回は関係がないので地味子についての説明は省く事にする。
 「まあ、いい。とにかく行くぞ。」
 「そうだね。」
 みー君とサキは顔を引き締めると剣王の城に向かい歩き出した。
 剣王の城はやたらと派手に装飾されており、普段の西とは違った雰囲気だった。西に遊びに来ている神もいるらしく、かなり賑わっている祭りのようだ。
 サキはとりあえず、てきとうに近くにいる神に声をかけた。
 「もし……、このあたりで小さい人影をみたのですがあなた、御存知?」
 サキがまったくの別神風に話し出した。話しかけられた神はサキだとは気がついておらず、首を傾げていた。
 「小さい人影?いや、見てないな。てか、あんた達、凄いカップルだな。」
 男の神はサキ達の格好を見て面白いとつぶやいた。
 「ほほ……わたくし、このワンちゃんの飼い主ですの。ほら、あいさつをおし!」
 サキは鞭でバシッとみー君を叩く。
 「うっ!」
 ……くそ……こいつ覚えてろよ……。
 みー君は痛みに顔をしかめながら「わん。」とぶっきらぼうにつぶやいた。
 「ははは!あんた、いい犬を連れているな。犬も幸せそうだ。」
 男神は笑いを堪えた表情で去って行った。
 「何が幸せそうだ!あんのクソ神ィ……。」
 みー君は顔を真っ赤にしながら去って行く男の背中を睨みつけた。
 「ワン太郎!あんまりワンワン騒いだらお仕置きだよ!」
 サキがまたもバシッとみー君の背中を叩く。
 「いてっ!馬鹿!それマジでイテェ!つーか、ワン太郎って俺か?俺なのか?」
 「ああん……ワン太郎の背中に赤いミミズ腫れ……うふ。」
 サキはうっとりした顔でみー君の背中を撫でる。
 「おおーい!頼むから戻って来い!」
 みー君は背筋につたう冷たいモノを感じながら青い顔で叫んだ。
 「はあ……やっぱりあたし、こっちもイケるね。うん。」
 「何勝手に納得してんだよ……。」
 サキが勝手にうんうんと頷いているのでみー君は盛大にため息をついた。
 「よし、じゃあ、城門ウロウロしててもしょうがないから中に入って話を聞こう。」
 サキはみー君の首輪についている鎖をグイッと引っ張ると「ワン太郎!」と叫んだ。
 「くそぅ……。」
 みー君も引っ張られながら素直に続いた。
 しばらく色々な神に同じ話を持ちかけたが一向に知っている神に出会わなかった。
 それでもサキ達は必死で聞き込みをした。サキは楽しんでいるように見えるが本当は真剣だった。しくじってしまったらすべて終わってしまう。ここで絶対に見つかるわけにはいかなかった。演じていると思える方が心の負担は少ない。だから演じられる格好をしている。まあ、半分くらいシュミが入っているようだが。
 「もし……この辺で小さい人影を見たのですが御存知?」
 サキはハズレを覚悟に女神に話しかけた。
 「小さい人影?ああ、見ましたね。お人形さんかと思いましたよ。かわいかったですけど目が鋭くて……おそらく武神でしょうねぇ。西に長く住んでいますがあんなに小さい神、はじめてみました。」
 サキは目を輝かせた。これは間違いなく平次郎という人形に違いない。この女神はKの存在を知らないのか人形だと気がついていないようだ。
 ……当たった!
 サキは喜びを隠せない表情で女神にさらに質問をする。
 「そうなんですの?わたくしも噂を聞きましてね。少しお話をしてみたくて。どちらに行かれました?」
 女神はサキの格好をみて「なるほど」とつぶやいた。
 「あの子はやめた方がいいですよ。あの子は手の平サイズしかなかったですがそこのワンちゃんのように手なずけるのは難しいかと思います。目つきが全然、違いますから。」
 女神はうふふと四つん這いにさせられているみー君を見据える。
 ……くそ……もう腹が立つ……。
 みー君は地面を凝視しながら怒りを押し殺していた。
 「あら、そうなんですの?でもわたくし、自分で何とかしてみたいの。どちらに行ったか教えてくださらない?」
 サキは逸る気持ちを抑え、女神をじっと見つめる。
 「ああ、そうですか。ちょっと心配ですけど……上の階に行きましたよ。うふふ。ワンちゃん、あなた沢山叩かれたのね。こんなに赤くなっちゃって。そんなにご主人様に逆らってはいけませんよ。それともこうやって叩かれるのが好きなの?そうよね?叩かれるのが好きなのよね?ワンちゃん。」
 女神がみー君の目線まで腰を落とし、みー君の頭をそっと撫でた。
 「うう……うるせ……。」
 みー君が怒りを押し殺した声で叫ぼうとした刹那、サキがバシッと鞭でみー君の背中を叩いた。
 「うぐあ!イッテェ!」
 「ああ、良い響き。ではわたくし、これにて。」
 サキは痛みに悶えるみー君を引っ張り上の階へ向かった。女神は去って行くサキ達を呆然と見つめていた。
 「てめぇ……。さっきからバシバシ俺の背中をぶっ叩きやがって!ぶっとばすそ!いい加減にしろコラ!」
 二階に上がり、みー君が静かに怒りを露わにした。
 「早く探さないと……顔を近づかれたらみー君だって気がつかれるところだった。」
 サキの頬には汗が伝っていた。気持ちが恐怖で焦りに変わっているらしい。この剣王の城にいるのは危険だとサキはようやくわかった。みー君の言っていた「絶対ダメだ」の意味をはっきりと悟った。西は武の神が集う場所、当然、神力や気力などにも敏感だ。あの女神はなんとなくそれに気がついたようだ。まっ先にみー君の力を確認しようとした。
 「だから言ったじゃねぇか。ここから上の階、皆そうだぜ。少し、落ち着け、神力がわずかだが出ちまってるぞ。」
 みー君に言われ、サキは慌てて神力を落とした。
 「神力がまったく感じられないあたし達を西の奴らは怪しいと感じている。とにかく早くなんとか平次郎ってやつを見つけないと。」
 サキは慌てた顔でみー君を見つめた。
 「落ち着け。まずは落ち着け。……そうだな。とりあえず俺の背中に薬塗ってくれないか?お前が分け隔てなく叩くから痛くてしょうがねぇ。ひりひりするぜ。なんでもっとソフトなのを買って来なかったんだ……。これはプレイ用じゃなくてガチな鞭だろ。」
 みー君は上の階にあった休憩スペースの椅子に腰をかける。
 「ごめんよ。みー君。実際の所、よくわからずに買ったんだよねぇ……。痛かっただろう。ごめんねぇ……。」
 サキは懐から腫れ止めを取り出すとみー君の背中に塗りたくった。
 「イテェ!もっと優しくやれよ……。」
 「優しくって言ったって今、あたしはこういうキャラだし。」
 ウルウルと目を潤ませているサキにみー君は言ってやりたかった言葉をすべて飲み込んだ。
 ……くそ。こういう時だけかわいい顔しやがって……。後で怒鳴り散らしてやろうかとも思ったが……んん……女の子のこういう顔……これもありだな。うん。
 みー君はなんだか知らないが新しいものに目覚めた。
 「……なんだか知らぬが……。」
 サキがみー君の背中に薬を塗りたくっているとすぐ近くで男の声がした。
 「ん?」
 「やつがれを探しておるというのはそなたらか?」
 サキ達は不気味な声にあたりを見回した。しかし、話しかけている者は誰もいなかった。
 「下である。そなたらの下におる。」
 よく聞くと下から声が聞こえてきていた。サキとみー君は同時に足元に目を向ける。
 足元には青い髪の男が立っていた。身長は十一センチくらいだ。袖のない羽織と白い袴を着ている。
 「……!あんた、まさか平次郎とかいう人形かい?」
 サキは元のサキの話し方で男を眺めた。
 「いかにも。平次郎であるが……なぜ、人形であると気がついた?」
 平次郎と名乗った男は軽々とみー君達が座っている長椅子に飛び乗ってきた。
 「Kを知っているからさ。」
 「ほう。知っている者は限られていると思っていたが。」
 サキの言葉に平次郎は笑みを浮かべたまま頷いた。
 「単刀直入に言うよ。あんた、剣王から口止めされていないかい?」
 サキは余裕のない表情で平次郎を見つめる。
 「口止め?何の話だ?」
 「あたしらはきぅとりぅとじぅを保護している……。剣王が罪神を逃がした事も知っている。あの三姉妹から聞いた話だと、剣王は何かに迷っていたとの事。それはなんだい?」
 サキはまっすぐな質問をした。この人形達はKの使いであって剣王に服従しているわけではない。口止めされていなければ素直に話すだろう。
 「ふむ。」
 平次郎が何かを言おうとした刹那、みー君の瞳がギラリと横に動いた。
 「平次郎殿、何の話をしているのかねぇ?」
 「……っ!」
 ふとみー君の瞳に会ってはならないはずの神が映った。
 「剣王殿、この方々が例の三姉妹を保護しておりました。」
 平次郎はこちらに向かって来る男、剣王にそう告げた。平次郎は別にサキ達の仲間なわけでもない。堂々と今あった事を説明するだろう。
 ……やべぇ……。
 みー君の頬には汗が伝っていた。同じく、サキにも汗が伝う。
 ……一番会ってはいけない神にあってしまった……。
 二人は同時にそう思った。
 「そうかあ。ん?お前達は祭りを楽しみに来たのはわかるが神力の提示をしたらどうだ?」
 男、剣王は不気味に笑いながらサキ達の前に現れた。サキとみー君は何とかならないかとあたりを見回す。あたりは行燈が沢山置いてあり、窓がない。
 ……窓がねぇ……。この階は行燈の明かりで明るくしているのか……。
 ……しかたねぇ!……やるぜ。
 「逃げるぞ。」
 みー君がサキに向かいそっとつぶやいた。刹那、風があたりを覆い、すべての行燈を薙ぎ倒した。灯りはすべて消え、あたりは真っ暗になった。
 フロアにいた神々は混乱の声を上げ、ガヤガヤとやかましく騒ぎ出した。
 みー君は高速で逃げるべく、手を広げ、自身の着物に戻った。そのままサキを抱え、覚えている道順で外を目指した。
 「ふぅん……。今の一瞬の神力、天御柱か?まあ、とりあえず曲者だねぇ。全員抜刀!」
 剣王の掛け声でまわりにいた武神達が一斉に武器を構えた。武神達は真っ暗で目が見えないはずだがまるでみー君達が見えているかのように襲ってきた。
 ……っち、なんで俺達が見えてやがるんだ?
 みー君は出口にたどり着くことができず、どこからともなく襲ってくる武神達の攻撃をかわす事で精一杯だった。みー君自身、着物に戻ったのでわずかに神力を漂わせているだけに留めているがこれ以上、派手な事をすると完璧に気がつかれる可能性がある。
 むしろ、先程の、風を起こす能力と着物に戻った時に出るわずかな神力でもう剣王には気がつかれているはずだ。
 ……こいつらは気力とわずかにする神力をかぎわけて目に頼らずに俺達を見つけ出しているのか。
 サキは神力を消したまま、みー君に抱えられている。ここでサキまで力を漂わせてしまったら後で追及された時、言い逃れができなくなるからだ。
 ……おそらくタケミカヅチはここで武器を抜かない。あいつが軽く武器を動かしたら、この城が吹き飛ぶからな。だから奴は弐の世界で罪神を処罰するんだ。弐の世界だとぶっ壊しても元に戻せるからな……。
 「……っ!」
 みー君が風の音だけで武器を避けているとひときわ大きな風の音が聞こえた。みー君は咄嗟に避けたが腕を何かがかすめて行ったようだ。痛みと生暖かいものが着物を濡らす。
 ……なんだかよくわからねぇが斬られた?
 真っ暗なのでよくわからない。
 「……みー君、大丈夫かい?今、斬られただろう?」
 サキが声を小さくしてみー君に言葉を投げかけた。
 「……大丈夫だが……出口がわからなくなった……。」
 みー君も声を落として話しかける。今、このフロアにどれだけの武神がいるのかよくわからなかった。皆、感情の高ぶりもなく、静かだ。気も感じない。まるでそこに誰もいないかのようだ。
 「武神は気のコントロールと神力のコントロールが完璧にできているんだねぇ……。気配を感じない……。」
 「サキ、出口はどちらかわかるか?」
 みー君は風の音だけで襲ってくる武神達をかわしながらつぶやく。
 「わかる。右に行ってまっすぐ。そうしたら階段だよ。さっきから道順をしっかり見ていたんだ。」
 「そうか。助かるぜ。」
 みー君はサキの誘導通り駆け抜けた。みー君は風なのでかなり速いはずなのだがそれをさらに凌駕した武神達が高速でみー君を襲う。
 「くそっ!またあれだ!」
 先程と同様、またも強い風がみー君の横をすり抜けた。今度はみー君の肩から血が飛び散る。
 ……なんなんだよ……。これを放っている奴は!他の武神よりも遥かに強い。
 「みー君、右!」
 「おう。」
 サキの誘導通りみー君は右に曲がる。サキは暗闇で目が見えているかのように正確に距離を掴んでいた。太陽神は暗闇の中から一縷の光りを見つけ出すのが得意だ。サキは無意識のうちにこの能力を使っていた。
 みー君はサキの誘導に従い、階段を駆け下り、外に飛び出した。突然、眩しい光が目に入ったがみー君は怯む事なく走る。
外に出てからもみー君は高速で移動する。おそらくこのあたりにいる神にはみー君は映っていない。
……たしかサキが鶴を待機させていた。そこまで戻れば……。
「んおっ!」
みー君が先程通った林を走っている最中、またも強い風がみー君の側を駆け抜けた。
……くそっ!なんなんだ!避けられねぇ。
今度の風はみー君の太ももあたりをかすって行った。
ゴオオッと風が吹いた刹那、みー君の視界に平次郎が映った。平次郎は手に持っていたつまようじを思い切り振りきる。
「まじかよ!」
先程感じた風の感覚がすぐ横でした。みー君は身体を後ろに退き、風をやり過ごした。やり過ごしたと同時にすぐ後ろの木が真二つに斬れて崩れた。
「……!」
……こいつか。こいつがさっきの避けられないカマイタチを……。
……あのちいせぇ身体とあのつまようじでなんでこんな威力が……。
……よく考えたら、足元にいたはずのあいつが跳躍して俺達が座っている長椅子まで飛んできたんだ……。こいつ……身体能力が異常なんだ……。
「くそ!だとしても風であるはずの俺についてこれんのかよ!」
「みー君!そろそろ鶴がいる場所だよ!」
「ああ!」
 みー君は余裕なく言葉を返した。
「あの人形、生け捕りにできるかい?」
「できねぇ!」
視界の端に映る平次郎の行動を読みながらみー君は鶴の元まで走る。正直、避けて走る事しかできなかった。
そのカマイタチは飛ぶ毎にまわりの木々を刻んでいく。
みー君は頭を垂れて待機している鶴に聞こえるように叫んだ。
「今すぐ飛べぇ!」
みー君の言葉に反応した鶴は命令通りすぐに飛び上がった。みー君は平次郎が放つカマイタチを危なげにかわし、飛び上がった鶴のカゴ目がけて高く飛んだ。サキを抱いたまま、駕籠に滑り込むように乗り込んだ。
「全速力で行け!」
「よよい!」
鶴は状況がまったく読めていなかったが呑気に返事をし、高速で動き始めた。頭で考えるよりも先に行動するのは命令を忠実に守る鶴ならではの行動だ。
平次郎は飛び上がる駕籠を見上げてはいたが深追いはしてこなかった。
「あー……死ぬかと思ったぜ……。クソ……あの人形、とたんに俺達を襲ってきやがった。やっぱ契約中は剣王の命に従うんだな。」
みー君が一息ついて頭を抱えた。体中冷や汗まみれだった。
「みー君、ごめんよ。なんだか何にも収穫がなかったねぇ……。けっこう危険だった。みー君がいなかったら危なかった……。でも……みー君はバレちゃったんじゃないかい?」
サキが手を横に広げ霊的着物に戻る。顔はかなり沈んでいた。
 「ま、まあ、俺は何とでもなる。だがお前はならない。お前が最後まで神力を隠し続けてくれたおかげで俺とお前の接点は証明できない。おまけにあの暗闇、俺も神力を最小限に抑えた。気がつかれていても『あのフロアにいた』という事しか証明できない。つまり、祭りにたまたまいただけだと言えばいい。まあ、後でワイズから何言われるかわかんねぇがとりあえずそれで収まる。」
 みー君はまだ周囲を警戒していた。
 「あそこで剣王が現れた事が誤算だったねぇ……。」
 「ああ。ほんと、接触が一瞬で済んで良かった。」
 サキが何とも言えない顔でみー君を仰ぎ、みー君も深くため息をついた。
 「鶴、念のため、迂回して太陽に戻っておくれ。」
 「よよい!」
 サキの言葉に鶴は元気に返事をすると飛ぶ速さを少し遅くし慎重に進み始めた。
 サキとみー君は危険な橋を渡ってしまった緊張感が抜けておらず、ただ黙り込むしかできなかった。

七話

 「平次郎殿、ずいぶんと遠くまで追いかけたんだねぇ。」
 剣王が戻ってきた平次郎に困惑した顔でつぶやいた。今、剣王は最上階にある自室で横になっている。
 「うむ。取り逃がした。」
 「まあ、それはいいよ。戦女導神とあの三姉妹がいる所は目星がついた。イクサメが逃げたとしてどこへ行くか。それはあの少年の所だろう。だがあの女はそれがしが負わせた傷で一、二カ月は動けないはずだ。介抱しているのはおそらくあの三姉妹。つまり、三姉妹とイクサメは同じところにいるとみていい。そして今日、それがしから全力で逃げたのは間違いなく天御柱。今、天御柱はワイズに制約をつけられ、輝照姫から離れる事ができない。という事は、となりにいたあの謎の女は輝照姫だ。あの三姉妹を保護していると自分で言ってた所からするとイクサメと三姉妹は太陽にいる事になるねぇ。」
 剣王はおもしろくなさそうにつぶやいた。
 「太陽へは門を開かないと入れないからな。あいつらを連れ戻す事ができぬ。」
 平次郎は渋い顔で唸っていた。
 「問題ない。先回りすればいいだけの事だ。」
 「先回りだと?」
 剣王の言葉に平次郎は首を傾げた。
 剣王は顔を引き締めると
 「あの少年の所に行く……。あの少年は特別だ。間違いなく様子だけでも見に来るはずだ。」
 そうつぶやいた。
 「ではやつがれが向かおう。三姉妹を保護し、イクサメを連れてまいる。」
 「まだKとの契約期間は残っているからお願いするよぉ。」
 剣王は颯爽と去って行く平次郎の背をじっと見つめていた。
 ……それがしがあの罪神を完全に殺せなかった……迷いがあった。だがあの神には犠牲になってもらわねばならない。その後ろにいるやつを引っ張り出すために……。
 剣王は冷徹な瞳をそっと閉じ、瞑想に入った。


 サキ達が西に入る少し前、きぅ、りぅ、じぅも行動を開始していた。イクサメの指示通りにトモヤという名の男の子の家を目指す。途中、じぅが脱走やダダをこねたりなどの障害になったがなんとか男の子の家にたどり着くことができた。
 「おっきい家ねぇ……。どんなセレブよ。ねえ?お姉様。」
 りぅが豪邸のような家を見上げながらきぅに話しかける。
 「そんな呑気な事を言っている場合ではありません。共にじぅの食欲を止めて下さい!」
 きぅがりぅに向かい必死に叫んでいた。ふとみるとじぅが地面に生えている雑草を一心不乱に食べている。
 「じぅ、お腹壊すわよ。雑草食べるなんて馬鹿なの?あーあー、もうやんなっちゃうわ。」
 りぅは若干イライラしながらじぅを無理やり雑草から離し、歩かせた。
 勝手に走り去ろうとするじぅをきぅとりぅが抑えつけながら家内に入れそうなところを探す。ふと見上げるとかなり高い位置の窓が開いていた。古い木造建築だが窓は新しくされている。
 「あそこから入れそうね。」
 りぅがふふんと得意げに窓を見上げる。
 「こうしてみるとやはり人間は大きい生き物ですね……。」
 きぅが改めてつぶやいた。
 「もう、お姉様、そんな当たり前、今更言わないでちょうだい!」
 「あははは!」
 りぅの言い方が面白かったのかじぅが大声で笑った。
 「じぅ!うるさい!」
 りぅときぅは同時にじぅを前に人差し指を突き上げて「しーっ」と声を潜めた。
 じぅは一瞬止まったのだが何故かいきなり満面の笑顔でりぅに抱きつき始めた。
 「ちょっと!なんなのよ!あんたはいつも行動がわけわかんないのよ!」
 りぅとじぅが格闘しているのをきぅはため息交じりに見つめていた。
 刹那、ガシャンと大きな音が家の中から聞こえてきた。続いて声にならない叫び声が三姉妹の耳をかすめていった。
 きぅとりぅはお互いを驚きの表情で見合った後、キッと窓を睨みつけた。
 「中に行きましょう!」
 「ええ。じぅ!ちゃんと飛びなさいよ!」
 「きゃははは!」
 じぅは相変わらず笑っていたがそのままきぅとりぅがじぅの手を握る。
 「飛びますよ。せーの!」
 「はい!」
 三姉妹は呼吸を合わせ、同じタイミングで窓に向かい地を蹴った。三姉妹はまるで空を飛んでいるかの如く高い跳躍で窓のさんに音もなく足をつけた。
 きぅとりぅは窓の下を覗く。そこはオモチャ部屋のようだ。子供が遊ぶオモチャが沢山置いてあった。
 「はは!人形いっぱいあるー!」
 じぅが何の警戒もなしに部屋に飛び込んだ。
 「ああ!待ちなさい!」
 きぅとりぅも同時に声を上げるとじぅを追い、部屋に入り込んだ。
 「じぅ!こっち!」
 りぅが人形を食べようとしているじぅを掴み、引っ張る。
 「この部屋ではなくてもっと向こうの方から聞こえてきましたね。」
 きぅが廊下の先を指差してつぶやいた。
 「そうね!行くわよ。じぅ!お願いだから大人しくしてなさい。」
 きぅとりぅはじぅを引っ張りながらまるで忍者のようにコソコソとオモチャ部屋を出て行った。かなり長い廊下が目の前に現れ、その長い廊下を壁に寄りながらそっと走る。まるでゴキブリのようだった。
 長い廊下を抜けるとリビングにつながった。その広いリビングで起こっていた事に三姉妹は目を丸くした。まず視界に入ったのは包丁を片手に構える少年。
 「……?」
直射日光をいれるための窓ガラスは何か物を投げつけたのか無残に割れていた。その近くで怯えながら座り込んでいる女。
「ちょっとあの子、何やっているのよ!」
りぅが鋭い声を上げてきぅを仰いだ。
「まさか、あの子が……トモヤ……。」
きぅも呆然と少年の背中を見つめている。
「お母さん……。お人形さんはどこ?ねぇ!」
少年、トモヤはかなり怒っていた。
「トモヤ、いい加減にその包丁しまいなさい……。危ないでしょう?」
母親はトモヤに怯えながら弱々しく言葉を発した。
「お人形さんはどこだって言ってるんだよ!僕は!」
トモヤはさらに声を張り上げて母親を睨みつける。
「あのお人形さんはね、おじいさん、おばあさんに返したの。……トモヤが悪いのよ。お父さんも怒っていたわ。カッターで女の子を傷つけたって事も話した。お父さんは昨日夜遅くに帰って来て言ってたわ。人形にばかり話しかけてはダメだって。」
母親の言葉にトモヤは押し殺した声でつぶやいた。
「そっか。最近は僕、お人形さんと話せなくなっちゃったんだ。話しかけても答えてくれないんだ。でも、僕にはお人形さんが必要だ。……いけないのはやっぱりお父さんなんだね。お父さん、まだ寝ているんだよね……。僕は強くなったんだ。お人形さんだって自分で取り返してみせる。たとえ、話してくれなくても!」
「はっ!ちょっと待ちなさい!トモヤ!」
母親が叫んだのもむなしく、トモヤは包丁を握ったまま三姉妹の横をすり抜けて行った。
「ね、ねぇ……これ、やばい感じじゃない?なんであのかわいい子があんな顔ができるの?」
りぅが顔面蒼白できぅに目を向ける。
「りぅ、あなたも見えたはずです。人間には見えませんが我々、霊的なものにしか見えない厄の赤い光……。あの少年の瞳が赤かったのが見えませんでしたか?」
「見えたわよ。」
きぅとりぅが難しい顔で唸っていると突然、じぅが走り出した。
「ちょっ……じぅ!」
りぅが慌てて止める。
「りぅ、今はじぅの行動は正しいです。あの少年を止めなければ……。あの少年は武神の力譲渡のせいで物理的な力も強くなっています。このままではあの子は……。」
きぅはじぅに習い走り始めた。りぅも慌てて追う。
「あの子、お父さん、殺す気ね……。」
「ええ。その通りです。それとお人形さんとはおそらくイクサメの事。イクサメの媒体の事です。いままでイクサメは人間と会話をしていたようですね。あの怪我で太陽にいた期間は意識を失っていたから話しかけても当然、答えは返って来ない。先程の少年の会話はこういう事です。そして何があったか知りませんが通常ならあんな狂暴な行為には人間走りませんよ。」
きぅは走りながらりぅに説明をした。
「やっぱり厄の影響……。あの厄、みー君に一度調べてもらった方が良さそうね。」
「まあ、今はそんな事を言っている場合ではありませんが!」
きぅとりぅは前を走るじぅに追いつき、トモヤが入り込んで行った部屋に突入した。
「お父さんはなんで……僕を認めてくれないの……。なんで非難するの……。」
トモヤは眠っている男のベッド付近まで行き、男の額に包丁を突き立てていた。
「まずい!」
りぅが慌てて近づこうとした刹那、じぅが両手をバッと広げた。
「……!」
広げたと同時にあたりは真っ白な空間に包まれていた。部屋もベッドもトモヤの父も真っ白な霧に包まれ消えて行った。だがトモヤだけその場に取り残され、突如消えた父親を驚愕の表情で見つめていた。
「じぅ!ナイス!」
「あなたはこういうピンチの時だけ頭の回転が速いですね。咄嗟に弐の世界を出すとは。」
りぅときぅはほっとした顔でじぅを見つめた。人形は弐の世界に自由に出入りができる。人間の心に深くかかわっているモノだからだ。ただし、普通の人形は動かない。本来、モノもなくなってから弐の世界にいく。そして霊魂同様、人に深くかかわったものはその人の心の中でずっと存在し続ける。
「まあ、私達はKの使いだからまだ存在している人形だけど霊的な人形なのよね。人には見えない。弐の世界も出したい放題ってね。」
「そんなに出してはいけません。非常事態と契約先で頼まれたらだけです!」
りぅの言葉にきぅがビシッと人差し指を向けた。
「わかっているわよ。で?これからどうするの?」
りぅがうんざりした顔できぅの返事を待つ。
「そうですねぇ……。どうしましょう……。」
きぅが策を練っているとすぐ後ろを風が駆け抜けた。三姉妹はビクッと肩を震わせ、風が駆け抜けた方を見つめた。
「え?ちょっと!」
「あなたが来てしまっては……。」
りぅときぅが同時に声を上げた。
「トモヤ!」
声を張り上げ、風を巻き上げて行ったのはイクサメだった。
「な、なんで彼女がここに来ているんですか!」
「知らない。私達の後ろをこそこそついて来たんじゃない?」
「はははは!」
きぅとりぅが驚きの表情でイクサメを見上げる。じぅはよくわからないが笑っていた。
「すまない……。どうしてもトモヤに会いたくて……。」
イクサメは暗い声で三姉妹にあやまるともう一度トモヤを呼んだ。
「お人形さん!?」
トモヤはイクサメの声だけは聞こえるらしい。
「トモヤ……。」
イクサメはトモヤに近づいて行った。トモヤはまっすぐイクサメを見て楽しそうに笑った。
「ん!私が見えているのか……?」
「見えるよ?」
イクサメは困惑した顔でトモヤを見つめた。トモヤは何故か声だけでなく姿までもが見えてしまっているようだ。ここは弐の世界、トモヤの心に深く入り込んでいるイクサメだけが見えてしまったのか。
「トモヤ、君は十分強い……。だが、これは違う。」
イクサメは苦しそうな表情でトモヤをまっすぐ見据えていた。
「……。」
トモヤは手に持っている包丁をじっと見つめた。
三姉妹はじっとイクサメとトモヤの会話を聞いていた。この時、三人のすぐ後ろから足音が近づいている事に三人は気がついていなかった。
「ふむ。三姉妹にイクサメ、そろっておるな。さすが剣王殿だ。」
「いっ!」
ふときぅ達の後ろで男の声が聞こえた。聞き覚えのある声に三人は固まった。
「さて、あの罪神を連れていかねばならん。」
「平次郎ちゃん……。」
きぅが恐る恐る後ろを振り向く。すぐ後ろでつまようじを構え、鋭い瞳で睨みつけている平次郎が立っていた。
「平次郎!あんた、このイクサメの罪状、おかしいと思ったでしょ!なんで剣王についているのよ!」
りぅが好戦的な瞳で平次郎を睨んだ。
「うむ。だが契約故。やつがれは主人の顔に泥を塗りたくない。」
「あんたは固いわね!私達は納得がいかなければ動かない!ご主人様の顔に泥を塗ってもね!ご主人様が高天原の神達に良いように使われないように私達は動く!それが私達のレゾンデートル!」
りぅがビシッと平次郎に言い張り、胸を張った。
「あの……りぅ……私は違いますよ……。勝手に達にしないでください……。」
きぅが恐る恐るりぅに言葉を返す。
「とにかく!平次郎!あんたにイクサメを渡す事はできないわ!」
「ふむ。ならば同族で争ってでも進ませてもらうぞ。」
りぅの威嚇に平次郎は静かにつまようじを持ち直した。
「やる気なの?いいわよ。」
りぅが手を横に広げ、イクサメ、トモヤがいる空間と自分達がいる空間とをわけた。
弐の世界であるこの空間に結界を横一直線に張ったようだ。
これでイクサメとトモヤに人形達の争いは知られない。
「私は嫌ですよ……。」
「お姉様!しっかりして!」
りぅの言葉にきぅは渋々、つまようじを手から出現させた。じぅはりぅときぅがつまようじを出現させたとたんに雰囲気が変わった。目つきは鋭く、平次郎を捉え、つまようじを構える姿はまるで隙がなかった。
「じぅもエンジンかかったわね。」
りぅときぅとは破格の力がじぅの身体から溢れ出ていた。
「じぅか……。戦闘と人の心を掴むのが天才的にうまい人形……。対峙したのははじめてだが確かに強い威圧を感じる……。」
平次郎の頬から汗がつたった。平次郎が出所を窺っているとじぅが早くも動き出した。平次郎に向けてカマイタチを放つ。カマイタチは暴風のような風を巻きつけて平次郎目がけて飛んだ。平次郎は距離をとってかわしたが腕を少し斬られた。
「凄い威力だ。やつがれがカマイタチに吸い寄せられた……。」
平次郎がじぅをぎろりと睨みつける。じぅは表情を変えずに平次郎を捉え続けていた。
「……やっぱりじぅは凄いですね……。」
「そうね。どこで戦いに入り込んだらいいかわかんなかったわ……。」
きぅとりぅは雰囲気がまるで違うじぅに圧倒されながら平次郎に向かいつまようじを振るった。平次郎はつまようじから発せられる刃を軽々と避けた。きぅとりぅの間を縫うように走ってきたじぅは平次郎に高速で突きをくりだした。平次郎はじぅのみ警戒をしているらしく、本気で避けても必ず体の一部にかすり傷を負ってしまっていた。それでも何ともなかったかのようにつまようじを振るい続けた。
「このまま戦っていても同族同士で傷つくだけで何もないですよ……。りぅ。」
きぅがため息をつきながらりぅに目を向ける。
「そんな事言ったってあの人形が大人しくしているわけないでしょ!お姉様!」
りぅがつまようじで平次郎を攻撃しながら叫んだ。
「はあ……。」
きぅはやる気がなくなってしまったらしく、つまようじを持ちながら戦況をただ見守っていた。


「うおい!なんでイクサメがいねぇ!」
みー君は暁の宮に戻り、イクサメがいなくなっている事に気がついた。
「みー君……傷の手当てを……。」
呑気に救急箱を持って部屋に入ってきたサキもがらんとしている部屋に顔を青くした。
「三姉妹についていきやがったのか?」
「でも、みー君、太陽の門を開かないと地上に行くことは不可能だよ。あたしは太陽神達にイクサメだけは通すなと言っておいたんだい。」
サキは難しい顔をしているみー君に慌てて言葉を発した。
「弐から行ったんだ。たぶんな。三姉妹は弐の世界を渡って壱に降りた。あいつは弐の世界の扉をこっそり抜けて武神ならではの気配を消す方法で三人の後をついていったんだろう。……追うか?」
みー君はまいったなと頭を抱えるとサキに目を向けた。
「連れ戻さないとまずいから追う事にするよ!弐の世界から太陽に入る時は門をくぐらないと入れないけど太陽から弐に行く時は弐の世界を開くだけで太陽の門は関係ないからねぇ……。しくじったね……。」
「まあ、しかたねぇ。とりあえず、三姉妹の力とイクサメの神力を探せば居場所がわかるな。」
みー君は落ち込んでいるサキの肩をポンと叩くとキリッとした瞳を向けた。サキも深いため息をついたがみー君に向かい大きく頷いた。

八話

すぐにサキ達は地上に降り立ち、神力をたどって目的地を目指した。たまたま降り立った場所が目的地のすぐそばだったようだ。イクサメの神力を濃厚に感じた。三姉妹の力も手に取るように感じたがそれよりも先程襲ってきた平次郎の力も共に感じた事が二人を不安にさせた。
「平次郎がいるぞ……。」
みー君が歩きながらつぶやく。
「うん……イクサメもいるとなったら色々まずいね……。」
サキも慎重に警戒しながらみー君に続く。舗装された山道をゆっくりと登っていった。山の中腹付近にとても大きな屋敷があった。建物は古そうだが最新の設備になっている。
「ここか。」
「凄い豪邸だねぇ……。代々受け継がれている家って感じだよ。」
サキはまじまじと家を見つめながらどうやって中に入ろうか考えていた。家の周りには立派な門があり、壁が家を囲っている。
「みー君、中に入れそうにないよ……。」
サキは一通り見て入れない事を悟った。
「心配ねぇよ。俺が担いで空飛ぶ。お前も霊的存在だからな。担いで空を飛ぶことはできる。」
みー君はふふんと鼻を鳴らすと腕を組んだ。
「本当かい!じゃあ、それで頼むよ。」
サキは少し嬉しそうな顔でみー君を仰いだ。
「それはいいんだが……この家から厄を感じる。思い通りにならない気持ち、その気持ちがマイナスに働いてできた厄か……?分野外だがここまで濃厚だとなんとなくわかるぞ。」
「思い通りにならない気持ち……。」
みー君の言葉にサキはふと母親を思い出した。
……思い通りにならない気持ち……。お母さんもそれがマイナスに働いたんじゃないかい?だからお母さんがあんな事を……。
サキは色々と思い出してしまい、目を伏せた。
「おい、サキ?」
みー君に声をかけられてサキはハッと我に返った。
「なんだい?みー君。」
「そろそろ行くぞ。」
「え?ああ。うん。」
みー君はサキを抱えると大きく地を蹴り、空を飛んだ。
この時みー君ははっきりと悟った。
……この厄……サキに取りついてやがる奴と同じ系統だ……。俺がサキの厄を見破れなかったのはサキの持っている太陽神のプラスの力が邪魔していたからだ。この力は魔風系の厄を得意とする俺は分野外で人間が発する厄でもなんとなくしかわからないが間違いなく、サキがかぶっているものと同じだ。
……人間がここまで厄を貯め込めるのは異常だ。裏で人間のもともと持っていた感情を厄にして爆発的に増大させた厄神がいる……。
みー君の顔は自然と険しくなっていった。


イクサメとトモヤは真っ白な空間でただお互いを見つめていた。音も何もない静かな空間だった。
「君はここでお父さんを傷つけてどうするつもりだった?」
イクサメは静かにトモヤに言葉を投げかけた。
「……お父さんがわかってくれないから僕がわからせようとしたんだ。」
トモヤは下を向きながらイクサメに答える。
「その方法でいいと思っていたのか?」
イクサメはうつむいているトモヤにさらに言葉を投げた。
「これしかダメだと思うんだ。学校の友達もこの方法で仲良くなれた。だから……。」
トモヤは拳を握りしめながらぼそりとつぶやいた。どこか苦しそうに唇を噛む。
「本当に友達と仲良くなれたと思っているのか?」
イクサメはトモヤの本心を知った。トモヤは嘘をついている。本当はこれが良い選択だとは思っていない。それは仕草や表情ですぐに読み取れた。
「うん。だって皆遊んでくれるよ。」
トモヤは平然を装いイクサメに反抗しているかのように声を上げた。トモヤは認めたくなかった。皆が楽しそうに遊んでいなかった事を。自分が遊びを強要していた事を。笑い合う事がなかった事を……。
「その友達は楽しそうに君と遊んでいたのか?」
「楽しそうかなんて僕、本人じゃないからわかんないよ。」
トモヤは少し笑ってみせた。イクサメは目を伏せるとトモヤと目線を合わせるようにしゃがんだ。
「トモヤは私の顔を見て私がどういう気持ちかわかるか?」
イクサメの言葉にトモヤがそっと顔を上げた。
「……悲しそうなお顔。今にも泣きそうなお顔してる。」
トモヤの瞳がゆらりと動いた。咄嗟にイクサメから目を離した。
「わかっているじゃないか。なんで私の事はわかって友達の事はわかってやらなかった?」
このイクサメの質問にトモヤは拳をさらに握った。泣きそうなのを必死でこらえている……そういう顔をしていた。
「皆は僕を馬鹿にした。何を言ってもやっても馬鹿にした。だから僕はああやって仲良くなるしかなかったんだよ。今は僕を馬鹿にする友達はいない。だからこれでいいんだ。」
トモヤの声はだんだんと弱々しくなっていった。


「ていうか平次郎!あんたもう大人しくしててよ。」
りぅが平次郎のカマイタチを華麗に避けながら声を上げた。
「それはできん。剣王殿のためだ。」
平次郎は頑なにりぅの言葉を拒み、戦う意思を見せる。
「あーあ、あんたのそういう所、嫌い。」
りぅが呆れたようにつぶやいた。じぅはその間、平次郎と激しい打ち合いをしている。
 「平次郎ちゃん、平次郎ちゃんは剣王が何かに迷っていた事を知っているのですか?」
 きぅが遠くで戦況を見守りながら平次郎に質問を投げる。
 「剣王殿は少年が厄をもらっていた事に疑問を抱いていた。感情の起伏で厄の道に落ちてしまう事があるがそれでも全体的な厄の量は少ない。だが少年は大量の厄をその身体に抱え込んでしまっていた。人間がこんなに厄を抱える事は通常できない。それを剣王殿は疑問視していた。」
 平次郎はつまようじを構え直し、じぅから距離を取った。
 「剣王の迷いはやはりそこだったのですね。」
 きぅは平次郎に目を向けながら平次郎の言葉を待つ。
 「ああ。裏にいる厄神を引きずり出すと言っていた。イクサメを処刑すればその神が何か行動を示してくるはずだと……。」
 「なによそれ。それってイクサメがおとりじゃない!」
 平次郎の発言にりぅが怒りの声を上げた。
 「武の力の譲渡、どうせ罪は死罪だ。変わらん。」
 「変わらんって……あんたね!」
 「りぅ。」
 りぅが平次郎に怒りをぶつけているのできぅが柔らかに止めた。
 「お姉様!」
 「りぅ、平次郎ちゃんの言っている事は間違ってないです。ですが、剣王が納得してなかったみたいですね。頭ではわかっていても身体が抵抗をしてイクサメを斬り殺せなかったんですよ。剣王は仲間をこういう風に利用する事をとても嫌います。今回の場合、ただ、死罪になった神を罰せば良かっただけなのですがおとりに使ってしまっていると頭のどこかで考えてしまい、手元に迷いが生じたのでしょう。」
 きぅが深いため息を発する。りぅは唸りながら黙り込んだ。
 「だから今度は間違いなく仕留める。」
 平次郎がじぅの突きをかわしながらそっけなくつぶやいた。
 「それは違います!あなたは剣王の心をもっと知るべきです。結局殺せなかったという事は殺したくなかったという事です!立場上、剣王はイクサメを殺さなければならなくなってしまった。だからそれを私達が止めるんです!それこそご主人に恥をかかせない方法だと思います!」
 きぅがつまようじを構え、平次郎に向かい、飛び込む。平次郎はじぅの相手で精一杯できぅが突進してきた事にとても驚いていた。
 「お姉様!」
 りぅも負けじと平次郎に攻撃を仕掛けはじめた。平次郎がじぅの突きを避けた刹那、りぅのカマイタチを紙一重で避けたが懐に入り込んできたきぅに反応ができなかった。
 平次郎はきぅに押し倒され、きぅはつまようじを平次郎の首筋に当てた。
 「ですから少し、おとなしくしていてください。」
 きぅのまわりにりぅとじぅも集まった。りぅとじぅが平次郎を覗き込み、睨みつけた。
 「……っち。」
 平次郎はかなわないと思ったのか軽く舌打ちをすると抵抗をやめた。

最終話

 「本当にそれで良かったのか?」
 イクサメはトモヤに再度質問を投げる。トモヤはふてくされたように頬を膨らませながら下を向いた。
 「本当はひとりぼっちなのではないか?」
 「違う!違う!」
 イクサメの言葉に対し、トモヤは過剰に反発をした。
 「違うのか?では何故泣いている?」
 「……。」
 イクサメがトモヤの瞳から流れる涙をそっとぬぐった。トモヤは耐えきれなくなったのか大粒の涙をこぼしながらつぶやいた。
 「僕は……ひとりぼっちじゃないんだ……。でも……もう仲良くなんてできないよ……。」
 「……。」
 イクサメはトモヤの悲痛の表情を見つめ、グッと唇を噛みしめた。トモヤ自身、取り残されている事を認めたくないようだ。
 ……私のせいだ。私がトモヤに一生残る傷をつけてしまった……。
 やってしまった事は消えない。これからトモヤが大きくなってもずっと友達を傷つけてしまった事を背負い、まわりからもずっと言われ続けるだろう。親との関係も壊れてしまったまま戻る事がないかもしれない。
 「あの時、僕はどうすればいいかわからなかったんだ。頭の中であってる事をしていると思いこみながら頑張ったけど……僕のやった事って間違ってるよね……。もうとっくに取り返しがつかなくなっている事に気がつきたくなくて僕は正しい事をしているって思って逃げてたんだ。」
 トモヤはイクサメに向かい救いの目を向けていた。
 ……ねえ、お人形さん……助けて。僕はどうしたらいいの?助けて……。
 トモヤの心をイクサメは受け止めていた。だがイクサメはもう、トモヤを助ける事はできなかった。イクサメ自身、怖くなったのだ。助けてあげたいがもっと酷い方向へ行くかもしれない。人に手を下したのはやはりまずかった。話しかけてもいけなかった。
 イクサメは自分を責めていた。だがここでトモヤを見捨てるわけにはいかない。
 「僕、お人形さんが話してくれなくなった前の日に怖い夢を見たんだ。怖い男の人が刀を振り回していてお人形さんを傷つけているんだ……。僕はその夢を見て思ったんだ。あの男の人は僕で僕は皆をああいう風に傷つけているんだなって……。」
 トモヤがイクサメを仰いだ。男の人というのはおそらく剣王だろう。イクサメの処刑の日、トモヤは眠っており、弐の世界にいた。イクサメに会いたいと願ったらトモヤはあの空間に気づかぬうちにいた。そしてイクサメが斬られる所を間近で見てしまった。
トモヤはあの時の剣王と自分を重ね合わせていた。カッターで女の子を切つけた時の事と剣王がイクサメを斬った所がトモヤの中でかぶった。
 「あの時、僕は……えりこちゃんはきっと痛かっただろうなって思った。」
 「トモヤ……。」
 イクサメはトモヤの言葉を静かに聞いていた。
 「でも僕は強くならないといけないから……しかたがないって思ってた。でもこれは違うってお人形さんは言った。僕は何が強いのかわからない……。」
 トモヤは両手で顔を覆うと嗚咽を漏らしながら泣き始めた。泣き始めたと同時にすぐ後ろから鋭い声が飛んできた。
 「馬鹿だね!経験があってこそ、強くなれるんだよ!強くなるって事はね、大変なんだ。暴力を振るう人間は暴力でしか自分を保てない弱い人間だよ。そんな人間にはなってはいけない。あんたはこの経験を活かしてこれを乗り越える事で強くなれる!だから絶対に逃げてはいけないよ。」
 トモヤの後ろで声を張り上げたのはサキだった。イクサメは驚いた顔でサキを見ていた。
 「輝照姫様……?」
 イクサメは物憂い表情で近づいてくるサキに戸惑いの声を上げた。
 「この弐の世界には簡単に入り込めたよ。えっと、君はトモヤ君だっけ?トモヤ君はあたしを必要としていたね?」
 サキはきょとんとこちらを向いているトモヤに優しく声をかけた。
 「お姉さんは誰?」
 「お日様に住む神だよ。トモヤ君は暗闇から抜け出す光がほしいんだろう?」
 「おひさまの神様!」
 トモヤの目に少しだけ光が戻った。
 「そう。お日様。君はね、お日様にできた影の方で暗い暗いって泣いているんだ。そこから出ればいいのにそれに気がついていないんだ。」
 サキはトモヤをまっすぐ見つめ、はっきりと言葉を発した。
 「え……?」
 「トモヤ君は日陰から明るい所に出る時に人に抱えてもらって出るのかい?」
 「……ううん。歩いて出るよ。」
 サキはトモヤの返答に大きく頷いた。
 「そうだろう?結局は自分の足で動かなければ意味がないんだよ。君は今、暖かい日なたに行きたいけど行かないで寒くて暗い日陰で『寒い』って言っているだけなんだよ。」
 サキの言葉にトモヤの表情が暗く沈んだ。
 「顔も曇っててその目から雨が降ってる。それじゃあ、日なた云々よりもお日様が出ないよ。」
 「でも……僕はどうしたらいいかわからない。」
 トモヤはサキに救いの目を向けた。
 「甘ったれるな!そこのお人形さんがいないものだと思って動け!」
 サキは救いの目を向けているトモヤに怒鳴った。トモヤの目は再び潤み始めズボンの布を握りしめたまま下を向いた。
 「こ……輝照姫様……。」
 イクサメはトモヤが心配だった。今のトモヤには助けが必要だ。
 「君は今、ひとりぼっちだ。だけどこれからは変われる。仲間は増やすものだよ。待っていても来やしないさ。自分で増やさないと君はこれからも一生ひとりぼっちだ。」
 サキの鋭い言葉をトモヤは泣きながら聞いていた。
 「輝照姫様……それができないからトモヤは……。」
 イクサメがトモヤをかばうように優しく寄り添った。
 「イクサメ、あんたは人形で神だ。人形は本来、人と人とを繋いだり、人と神を繋いだりするものだよ。人形は繋ぐだけさ。繋ぐはずのあんたがトモヤ君から人間との付き合いを遮断してどうするんだい?」
 「……。」
 サキの言葉をイクサメは重く受け止め、顔をしかめた。
……自分がトモヤを救うなんておかしな話だった。人形は人と人とのコミュニケーションを助けるもの。私がトモヤを助けるのではない。トモヤを助けるのは人だ。私ではない。
頭でわかっていてもイクサメはトモヤを守ってやりたかった。守れない自分がとても悔しかった。イクサメは歯を噛みしめながらこらえきれない涙をこぼした。
「私は……君を守りたいけど守れない。守れないんだ……。」
イクサメはそっとトモヤを抱き寄せた。トモヤは今まで感じた事のないあたたかいものをイクサメから感じた。
「お人形さん……僕はお人形さんを苦しめていたんだね。」
トモヤはイクサメの悲痛な表情を見、そうつぶやいた。
「それは違う。トモヤを苦しめていたのが私だったのだ。ここまでやっておいて君を見捨てなければならなくなってしまった。」
「僕が最初にお人形さんをほしいなんて言ったからお人形さんは……。お母さんがおじいちゃん、おばあちゃんの所にお人形さん返しちゃったって言ってたけど……それで良かったのかもしれないね……。」
トモヤは切ない笑みをイクサメに向けた。
「……トモヤ、私はずっと君といたいと思う。だけど君は私に構わずに歩いていかなければならない。」
イクサメはトモヤの頭にそっと手を置くとトモヤにあげた力をかき消した。
トモヤの身体が突然重くなった。歩くのも億劫なくらい身体がだるく、何もできない不安が襲う。
「これが本当の君の身体だ。私の力で君は偽りの状態で生活していた。ここからが君のスタートになる。もう私がこうやって出てくる事は最後になるが私はいつも君を見ている。辛くなってもくじけてはいけない。」
イクサメは苦しそうに言葉を紡ぐ。自分がした事でトモヤが苦しんでいるのにさらにトモヤを苦しめる事しかできない。なんともならない現実にイクサメはうなだれた。
「僕がここで頑張ったらお人形さんは笑ってくれるの?」
「え……?」
トモヤの発言でイクサメは困惑した顔をトモヤに向けた。トモヤは不安そうな顔をしていたが瞳に光が戻っていた。
「僕、もう一度頑張ってみるから笑ってよ……。せっかくお人形さんが動いているのに笑顔が見れないなんて悲しいよ。」
「トモヤ……。本当に頑張れるか?頑張れるのか?」
イクサメはトモヤの肩に手を置き、トモヤをゆする。イクサメは必死でトモヤの言葉の続きを待った。
「……うん。頑張れる。頑張ってみる。」
「そうか……。頑張れるか……。偉いな……。君はいい子だ……。」
トモヤの決意に満ちた顔を見、イクサメはしぼりだすように言葉を発した。
イクサメはトモヤを強く抱きしめ、そっと微笑み、頭を撫でた。
「そろそろ話はいいかしら?」
ふと横を見るとりぅが腰に手を当てて立っていた。その後をじぅときぅが平次郎を連れて歩いてきた。結界で分けていた空間を一つに繋ぎ、元に戻したのだ。
「りぅ、じぅ、きぅ、あんた達どこにいたんだい?」
サキが突然現れた三人に驚いた表情で質問した。
「ちょっと平次郎ちゃんを黙らせていました。」
「……。」
きぅがにこりと微笑む横で平次郎は寡黙に目を閉じていた。
「へ、平次郎をあんた達が抑え込んだのかい……。よくわからないけど凄いねぇ……。」
サキはあのすばしっこくて力強い平次郎を思いだし、三姉妹の凄さを思い知った。
「ま、それはいいわ。弐の世界を解くわよ。」
「あははは!」
りぅが言い放った刹那、じぅが突然手を広げた。白い空間は弾けるように消え、あたりは元の空間に戻った。ベッドが目の前にあり、トモヤの父親がこちらに背を向けて眠っている。トモヤは自身で持っていた包丁に恐怖を示し、震えた。あたりを見回しても誰もいない。サキだけがその場に立っていた。
「お日様の神様……。皆いなくなっちゃったよ。」
トモヤはサキをまっすぐに見つめた。
「そうだねぇ。でも案外近くにいるんじゃないかな。」
サキはトモヤのすぐ横にいるイクサメに目を向けた。もうイクサメはトモヤの目には映らない。人形本体はおじいさんとおばあさんの元に引き取られているので声も聞こえない。三姉妹も平次郎もその場にいるがトモヤには見えない。見えるのは人間の目に映るサキだけだった。
「……そっか。」
トモヤは包丁をじっと見つめ、黙りこんだ。
「君はこれから君が思う通りに生きてみればいいんだよ。君は良い子そうだからあたしは心配していない。その包丁は何のためにあるのかよく考えてごらん。」
サキの質問にトモヤははっきりと答えた。
「これはお野菜とかお肉とかを切る物。」
「そうだね。これで君のお母さんが料理して君を笑顔にするごはんを作る。お父さんを傷つける物でもお母さんを傷つける物でもない。」
サキはそっとトモヤに微笑み、ポンと肩を叩いた。
「頑張って。君ならきっといい友達が見つかる。お父さんも見返せる。お母さんとも仲良くできる!だから心配しないで。不安になったら日なたに出てみればいいよ。あたしも君の味方だからね。もちろん、あのお人形さんも。」
「……うん。」
トモヤは朝日に照らされて瞳がオレンジ色に光っているサキをきれいだと感じた。同時に自分はここで負けてはいけないと心が燃えるように熱くなっている事に気がついた。
……強く生きるってこういう事なんだ……。
トモヤは何となくではあったがそれを感じ取った。
「さ、その包丁、台所に返しておいで。」
サキがにこりと笑うとトモヤも笑顔になり大きく頷いた。
「うん!」
トモヤは包丁を危なげに持ちながら部屋から走り去って行った。途中で母親の驚く声が聞こえたがトモヤのあやまる声も聞こえてきた。それを聞いてサキはもう大丈夫だと思った。
「おう。サキ、戻って来たか。」
みー君がうんざりした表情でベッドの横にある窓から顔を出した。みー君には何かあるといけないので外で待ってもらっていた。
「終わったよ。あたしは人に見えてしまうからさっさとお暇するかい。」
サキはイクサメ達を置いてさっさと窓から外に飛び出した。
「ああ、待って!」
三姉妹もサキを追って窓から外へ飛ぶ。残されたイクサメも迷った末にサキを追って窓から飛び降りた。
ここは一階だったので飛び降りるには問題なく、全員きれいに着地を決めた。庭からこそこそと外を目指す。
「おい、イクサメ、お前、外に出るなって言っただろうが!」
みー君の鋭い声にイクサメはしゅんと肩を落とした。トモヤの件もあり、今はとても傷ついているようだ。
「みー君、まあ、いいじゃないかい。イクサメも傷ついているんだ。」
サキがイクサメをかばう仕草をした事により、みー君の怒りが爆発した。
「もう完璧に言い逃れできないじゃねぇか。お前、これからどうするんだ?『まあいいか』ですまされるか!剣王の城に忍び込む時といい、お前は後先考えずに無茶ばかりしやがる!それから俺はお前の従者じゃねぇんだ。お前が危険な状態になっても助けられねぇ時だってある。俺だって東を背負ってるんだ。なんか行動に起こせばいいなんて曖昧な考えで動くな!」
呑気なサキをみー君が鋭い声で叱った。久々に凄味をきかせたみー君の声を聞き、サキはビクッと震えた。まわりの人形達も言葉を失い、固まった。
「……そうだね。その通りだよ。ごめん。あたしは太陽神の頭。考えて動かないといけない事くらいわかっている。でも、困っている神や人間を放っておけないんだ。あたしには冷酷に助けられる者と助けられない者をふるいにかける事なんてできないよ。あたしは本当は上に立つ素質なんてないんだ。でもやるしかない。あたしはあたしなりに頑張ってきた。みー君にも沢山迷惑をかけたと思っている。……本当は自分自身、どうやって動けばいいかまだよくわかっていないんだ。トモヤ君にあんな事を言ったけどあれは自分自身に言った言葉のようなものだね。背負うものが多すぎていつもくじけそうさ。……みー君が怒るのも無理ない。ごめんね。みー君。」
サキは疲れた顔をみー君に向けていた。いつも気を張って生きてきて失敗ばかりでサキは心が折れそうだった。逃げられないレールの上をただ、がむしゃらに走る事しかできなかった。それでもサキは前を向いて辛い所を見せないように笑顔でいた。
「サキ……俺はお前の誰でも助けてやるって所は評価している。そこは変えなくていいと思う。」
みー君は表情なくつぶやく。
「トモヤ君にあたし、自分で考えろって言ったけどあたしもみー君に頼りきりで自分で何も考えてなかった。考えるのが怖くなってた。みー君なら答えてくれる、助けてくれるって思っていた。あたしってトモヤ君と変わらないじゃないかい。」
サキは庭から外に続く壁の前で立ち止まった。
「サキ、しっかりしろ。お前はまだ十七年しか生きていない神だ。うまく動けねぇ事はわかってる。だがな、まわりはそれを逆手に取っているんだ。お前はつけこみやすい。それだけ注意しろって事だ。だからって疑心暗鬼になるなよ。」
みー君はサキをそっと抱えた。
「!」
「俺は全力でお前を助けてやる。だからこんな壁でくよくよしてんなよ。これからはちゃんと考えて行動しろよ。」
みー君は地を蹴り、サキを抱いたまま、壁を越えた。
「ふーん。」
りぅがふふんと笑う。
「りぅ、笑っていないでさっさと行きますよ。」
きぅは不気味に笑いながら飛び出したじぅを慌てて追う。きぅに引っ張られた平次郎はりぅと共に高く空を飛んだ。
イクサメは一人、壁の前に立ち尽くしていた。
……私は輝照姫様と天御柱様に多大な迷惑をかけた……。私一人の力でどうにかなるかわからないがあの二人を全力で助けよう。
イクサメはそう誓い、壁を超えるべく高く跳躍した。壁のてっぺんで足をつけ、もう最後になるであろうトモヤの家をそっと眺める。
……トモヤ……私は君を狂わせた罪を償うよ。勝手でごめんな。……さようなら。
イクサメはトモヤに向かい、届かない声でつぶやいた。ひどく切ない顔でそっと壁から飛び降りた。
「おや、皆お揃いとはねぇ。」
ふいに男の声が聞こえた。イクサメは身体を固くして立ち止った。この呑気な声は間違いなく剣王のものだった。恐る恐る前を向くと邪馬台国にいそうな格好の長身の男が悠然と立っていた。
「剣王か。嫌な時に現れやがって。」
みー君が頭を抱えてうなだれた。サキはビクビクと身体を震わせている。
「罪神を見つけたらすぐさま、それがしに言ってくれないと。ずっと探してたんだよ。ねぇ?これは保護したとは言えないなあ。」
剣王は鋭い瞳でサキ達を睨みつける。剣王の鋭い視線に当てられ、サキは思わずあやまりそうだった。それを素早くみー君が遮った。
「あやまるな……。お前はとにかく認めるな。」
「わ、わかったよ。」
みー君が声を潜めてサキに耳打ちをする。サキは小さく頷くと黙り込んだ。
「それがしの城にいたのは何故だ?」
剣王は不気味な笑みを浮かべながらみー君とサキを見据える。
「祭りが楽しそうだったんで遊びに行ったんだ。ワイズからサキとは離れるなって言われていたがサキが暁の宮でゴロゴロしてたんで大丈夫だと思い、勝手に外に出た。」
みー君の頬に汗が伝う。
「ふーん。君があの祭りに興味を示すなんて珍しいねぇ。」
剣王はもう真実を知っているようだった。みー君は言い逃れができないと悟り、別の事を口にした。
「バレちまったらしかたねぇな。俺はな、龍雷水天神(りゅういかずちすいてん)と流史記姫神(りゅうしきひめ)の関係を調べててな。ワイズ軍のイドと剣王軍のヒメがかなり親しくしていたんでちょっと興味本位で。」
みー君の発言で剣王の表情が曇った。
「その関係を調べても何も出ない。ただ、親しくしていただけだろう。」
「俺の考えだとあの二神は血が繋がっているんじゃないかって思っているんだが?しかし、何故、家族なのに同じ領土にいないのか?」
みー君は鋭い瞳で剣王を睨みつける。
「……はあ……。わかった。君が城にいた事はワイズには黙認していてあげるからこの件の詮索はよしてくれ。血が繋がっているかいないのかそんな事はわからない。変な噂も流すなよ。」
剣王はため息をつくと腕を組んだ。この件は剣王にとって隠しておきたい事実らしい。
「わかった。ちなみにサキが城にいたって事実もねぇから勝手な事をしゃべるなよ。」
「君は本当に腹が立つ男だねぇ。わかったよ。証明できないからねぇ。」
みー君の押しで剣王は素直に引き下がった。
「ま、でも君達がイクサメを保護していたのは間違いないんだろう?そこの三姉妹が関わっている事は間違いないけどねぇ。」
剣王は今度、きぅ、りぅ、じぅに目を向ける。三姉妹は青い顔でオドオドとみー君の影に隠れた。
平次郎はその隙に剣王の元へと歩いて行く。
「剣王、今回の罰し方は色々おかしかったわ!」
りぅが勇気を振り絞って剣王に叫んだ。
「何がおかしかったと言うのだ?死罪は死罪だ。」
剣王は鋭い瞳で三姉妹を睨みつけている。冷たい空気があたりを覆っていた。
「厄ですよ。厄。イクサメは厄なんて人間に渡せません。厄神ではありませんからね!」
きぅもみー君の影に隠れながら必死に叫ぶ。
「ほう、それでそれがしに逆らったと。Kの顔に泥を塗っているがな。」
「知っているわよ!でも私達はKの奴隷じゃない!Kの使い。ちなみに言うとあんたの奴隷でもない!あんたの配下でもない!あんたがKと交渉をして私達を借りただけ。間違えんじゃないわ。」
りぅがビシッと剣王に言い放った。きぅは「そこまで言うのですか」とビクビク怯えている。じぅは近くにあった草を触っていた。
「まあ、確かにこれからもKとの関係は良好でありたい。しかし、君達の発言は許せないなあ。借りている間はそれがしの配下でしょ。この契約を破ってしまったらKはどうなるのかな。それがし自身もリスクを負っているけどKも負っているんだろう?」
「……っち、Kも契約中にリスクを負っているから私達が契約を守らないとKに罰が飛ぶ。Kがそういう風にシステムを作ったから……。」
りぅの言葉を聞き、剣王は大きく頷いた。
「そういう事だ。まあ、君達が言っている事ももっともだ。だから罪状を変える事にする。どちらも死罪だから関係がないが『厄および』の部分は削除だねぇ。」
剣王はふうとため息をつくと三姉妹を呼び寄せた。
「まだ契約は終わっていない。従ってもらうよ。それがしもギリギリを彷徨っているんだからねぇ。」
剣王の言葉に三姉妹は逆らう理由がなくなっている事に気がついた。どちらにしろ、イクサメは禁忌を犯した。死罪確定なのだ。ただ、その『厄および』の部分が引っかかっていただけだ。それが取り払われた今、三姉妹に逆らう理由はない。
「りぅ、じぅ、剣王の元へ帰りますよ。」
きぅは釈然としない顔で納得のいっていないりぅを引っ張り歩く。じぅは「きゃはは」と笑いながら剣王に向かい走り出していた。
「で、三姉妹はいいとして問題は君達だ。」
剣王は再び、サキとみー君に目を向ける。
「……。」
サキは青い顔で剣王を見つめた。となりでイクサメも沈んだ顔をしていた。
「サキ、お前の聞きたかった事を質問しろ。怖がるな。」
みー君の耳打ちでサキが怯えながら声を発した。
「あ、あたしはそこの三姉妹にあんたが何か迷いを持って罪神を処刑しようとしたと聞いた。三姉妹は罪状に納得がいかず、あたしの所に来てイクサメを助けてほしいと頼みに来たんだ。あんたの迷いってのは何だい?」
サキは不利になっている状況だとわかっていたため、声に自信がなかった。
「迷い?そんなものないねえ。そこの三姉妹が勝手に言ってた事だろう?」
剣王はまったく顔色を変えずに言葉を返してきた。
「三姉妹はあんたが罪神の処刑に失敗するはずがないって言っているんだ。あたしもそう思ったから今回は彼女達に加担した。何か理由があるんじゃないかと思ってさ。」
「ふむ。ではまず何故、それがしにその件を報告して来なかった?もう一度、罪の確認をそれがしにさせれば良かった事だろう?何故、罪神を隔離し、それがしに気がつかれんようにこそこそやっていたんだ?それがしはそれが聞きたいねぇ。」
剣王の瞳が鋭くサキに突き刺さる。剣王を信用していなかったとは言えない。
「そ、それは……。」
サキは言葉に詰まった。本当はここからきぅやりぅの証言を持ち出すつもりだったのだ。何故、罪も確定していないのに斬ったのか、イクサメに対し、乱雑に扱ったのは何故か。だがその質問も剣王の言葉に遮られてしまった。アクションを起こすなと言ったのはみー君だったがその後のサキの行動により事態が複雑化してしまった。サキとみー君が剣王の城に入り込んだ事で剣王は太陽にイクサメがいる事を突き止めてしまった。
ここは自分の判断を悔やむしかなかった。
「それがしの弱みを握り、つけこもうとしたのかな?」
「違う!」
サキはそこははっきりと否定した。
「ふん?」
「あんたの事なんてどうでも良かった。」
サキは腹をくくって話しはじめた。
「ほお。」
剣王も聞く体勢になった。
「あたしが気にしたのは厄を与えられた少年。あたしの力でなんとか助けられないかって思ってたんだよ。でも三姉妹は少年の居場所を知らなかった。あたしはイクサメを助けて少年の居場所を知りたかっただけだ!あんたにあのままイクサメを渡していたら少年の居場所がわからないままだろう?」
サキは多少の嘘をついた。
「ふむ。」
「それで、あんたに見つからないように動いた。あんたの城に乗り込んだのはみー君だけじゃなくてあたしもいたんだ!」
「おい!馬鹿!何言ってやがるんだ!蒸し返すんじゃねぇ!」
となりでみー君がサキを驚きの表情で見つめ、叫んだ。
「やっぱり隣にいたのは輝照姫だったか。ま、君の気持ちはわかったよ。君は少年を助けたかっただけなんだねぇ?それがしが罪神を探している間に君は最優先事項の事をやってくれたわけだ。それがしに黙ってやった事は気に入らないが人間を助けてくれたって点では感謝しようかねぇ。君は後で会議の時に軽い罪が飛ぶけどそれで良い事にするよ。それがしはそれ以上深く追求しない事にする。太陽の神は厄に敏感で人間に一縷の光りをもたらす神、考えなしに突発的に動いたのは罪になるけど仕事を全うしただけなんだから堂々としていればいいよ。それがしは罪神を逃がしてしまったわけだからそれがしも悪かったしねぇ。」
剣王はニコリと笑った。サキの罪は剣王と相談せずに独断で動いた事だけですんだ。
サキはどことなくホッとしたが同時にイクサメの事が頭をよぎった。
……あたしはいいけどイクサメはどうなるんだい?
サキがそう思った刹那、剣王が平次郎を呼んだ。
「平次郎殿、弐の世界を出してくれ。早急にイクサメを罰しなければならないからねぇ。今回は大丈夫。ちゃんと殺すからさ。」
剣王はすっとイクサメに冷たい目を送った。イクサメは覚悟を決めた顔をして剣王を見据えた。
サキは震えていた。自分が今言った言葉は自分の弁護だけだ。サキはイクサメを自分の弁護のためだけの道具として使ってしまった。
……違う……この回答は間違ってた!これじゃあイクサメが助からない!あたしはイクサメも救ってあげるって約束したんだ!
サキは咄嗟にみー君を仰いだ。
「あきらめろ。もう無理だ。」
みー君の返答はそっけなかった。その冷たい返答がサキの心を締め付けた。
……何か……何か言わないと!
サキが悩んでいる間に平次郎が弐の世界を出現させた。あたりは荒野に変わり、冷たい風が吹き荒れる。
「じゃあ、戦女導神、仕切り直しだ。天御柱と輝照姫にはこの場で見ていてもらおう。」
剣王が冷たく光る刀をそっと抜いた。瞳は鋭く、剣気と神力があたりを震わせる。剣王は本気でイクサメを見据えていた。イクサメも顔を引き締め、武神として恥じぬよう潔く刀を抜く。
サキは今にも泣きそうな顔でイクサメの小さな背中を見つめていた。
「サキ、何も言うんじゃないぞ。絶対に言うな。耐えろ。黙って見てろ。」
みー君の言葉を半ば聞き流していたサキは耐えきれずに叫んでしまった。
「け、剣王!やめておくれ!あたしはイクサメを救ってあげるって約束してしまったんだ!」
サキは命一杯の声で叫んだ。剣王がサキの声に反応し、顔をしかめた。イクサメは驚愕の表情でサキを見つめた。
「サキ!」
みー君は手を振り上げていた。だがみー君が振り上げた手はサキの頬の寸前で止まった。
サキが大粒の涙をこぼし顔を手で覆った。
「助けるってあたしが言ったんだよ……。あたしが……。」
「ばかやろう……。」
みー君はサキの頬寸前で止まった手でサキの肩を思い切り掴んだ。
「みー君……。」
「一瞬、本気で殴ってやろうかと思ったぜ。サキ。お前、何を言ったかわかってんのか!」
みー君の鋭い声でサキは肩をすくめた。
「あーあー、やっぱりそういう事だったのねぇ。この罪神を君は助けようとしていたわけだ。それでそれがしに隠れてこそこそと……。さっきの言葉は全部嘘なんだねぇ?」
剣王との戦いはサキの一言で負けが確定した。きぅとりぅとじぅもサキに頼り切ってしまった事もあり、反論をしようとしたがKとの契約の事も考え、うつむく事しかできなかった。平次郎は黙って事の成り行きを見ていた。
「太陽も満足な状態じゃないのに罪を重くしてどうする……。」
剣王はただ泣いているサキを冷たく見下ろしていた。
「剣王……。」
泣き崩れるサキの前にイクサメが割り込んできた。サキをかばうように立ち、まっすぐに剣王を見上げる。
「なんだ?」
剣王はいつもの雰囲気ではなく鋭くイクサメを睨みつける。
「私が助けてくれと言ったのだ。他神に助けを求めるなど武神にあるまじき行為、私は武神のクズだ。」
イクサメはキリッとした瞳で剣王を仰いでいた。
「お前の意見は求めていない。」
「お願いだ……。輝照姫様に罪はない!」
「……。」
イクサメは剣王にすがるように抱きついた。
「彼女はトモヤを助けてくれたんだ!トモヤを救ってくれたんだ。私が壊してしまったトモヤを……。」
イクサメは涙を流しながら剣王にすがる。
「離れろ。」
「私はもう助かろうなんて思ってない!だから!」
「わかったから離れろ。」
剣王はイクサメの肩に優しく手を置くとそっと離した。
「剣王!」
イクサメの叫びを半ば無視した剣王は何故かサキの前に座り込んだ。
「……なあ。」
剣王はサキにそっと話しかけた。サキは涙で濡れた顔を剣王に向けた。
「輝照姫、あんたはもっと自分の事を心配した方がいい。今の高天原の頭は皆、なかなか話のわかるやつが多い。だから平和的な解決ができるがその内、こんな事できなくなる。一言が命取りで泣いたって何も変わりはしない。それをよく覚えておけ。あんたがイクサメを助けたいって思っていてもそれがしはそういう考えではない。それがしは西を背負っている。厳格な管理体制を敷いてしまったので罪を犯した神を許すなんて特例はないんだよ。ここで彼女を許したら他の神の体制にも響く。それがしも見逃したくてもできない。」
剣王は真面目な顔で優しく語った。
「わかっているさ。でも、一回目にイクサメを殺せなかったのはあんたが殺したくなかったんじゃないのかい?」
サキは袖で涙を拭くと剣王の目に自身の目を合わせた。
「それがしも厄を渡したって所で引っかかっていたんだよねぇ。それで迷いが刀に出てしまった。」
「迷っていたのになんで斬ったんだい?」
「……もう計画は一応成功したから言うけど……。」
剣王はそこで一端言葉をきった。
「成功って何の話だい?」
 サキはきょとんとした顔を剣王に向ける。
 「君についている厄の事だ。」
 「?」
 剣王の言葉にみー君の眉がピクンと動いた。
 「輝照姫、君には厄がついているんだよ。天御柱は太陽神の力のせいで見えなかったみたいだけどねぇ。」
 「気づいてはいたぞ。」
 みー君はぶっきらぼうにつぶやいた。
 「そういえば風渦神にそんな事を言われたような?」
 「そうだよ。その厄をつけた神を探していたんだけどねぇ、たまたま、あの少年の厄が君についているものと同じだと気がついてねぇ、イクサメを処刑するという段階で何か仕掛けてくるかと思ったもんでイクサメの処刑を早めたんだよねぇ。それがしはいつもこういう事はしっかりと原因究明してやるんだけど今回はそういう感じではなかった。」
 剣王がサキの涙を見て呆れるように答えた。
 「あたしのためだったのかい?」
「勘違いしないでほしいねぇ。アマテラス大神のためだよ。ちなみにワイズも独自にあんたについている厄を調べている。天津はアマテラス大神の子供だからあんたと一緒で厄をかぶると迷惑だから口を挟まないよう言ってある。天津も見えない所でちょくちょく動いているみたいだがもう放っておく事にしている。月照明神はもう厄の被害者だ。」
剣王が再び言葉をきった。サキとみー君は話がまったく見えず首を傾げるばかりだった。
「月照明神の月子の方だねぇ。あの子を助けた時、一瞬だけ厄を感じた。あの厄はつもりに積もった感情からきていたものだろうねぇ。『思い通りにならない気持ち』が厄に変わった。」
「!」
サキとみー君は驚き、言葉を失った。
「その次に起こった少年少女の交通事故、あの二人にもおそらく厄が降りかかっていたようだ。それも『思い通りにならない気持ち』からくるものだ。ワイズの話を聞く限りだと語括がぐちゃぐちゃにし、天御柱が事を収めたという事で後に、語括が厄の処理をした。その厄が『思い通りにならない気持ち』が変化したものだったらしい。その次に起きたのは冷林の過失。あの少女達にも厄が降りかかっていたんだろう?」
剣王の言葉にサキは一カ月ほど前の事を思い出した。
「そういえば、あの子達にも厄がついてた。てっきり風渦神がつけたものだと思っていたけどあの神はみー君を元に戻したかっただけだったみたいだし違ったのかねぇ。」
「その厄も『思い通りにならない気持ち』が変化したものだろう。」
「わかんないけどそうなのかもしれないねぇ。」
サキの言葉に剣王は頷いた。
「それは君が関わった後から皆、瞳を赤くしている。それに気がついたワイズは天御柱を監視役として君の側に居させた。言っている意味がわかるかい?」
剣王が困惑した顔でサキを見た。
「何言ってやがる。サキが厄をつける事なんてできねぇだろ。」
みー君が剣王を睨みながら声を上げた。
「わかっているよ。疑ってはいない。それがしは輝照姫の身辺で何かあると踏んでいるんだけどイクサメが構ってた少年の厄ではっきりとした。あの少年は輝照姫が関わる前から厄を持っていた。君はその厄を落としてやったが今度は君がその厄をかぶっている。他の件も君が解決するごとに君の中にどんどんその厄が入り込んで行っている。今回はあの少年と君を引き合わせるのが目的だったようだねぇ。イクサメを斬った後、そのまま放置しておけばすぐに死んでいたのにわざわざ延命させてさ。三姉妹はそれがしの意見に納得してなかったみたいだけどあの後ちゃんと一緒に一度壱に帰ったんだ。その後、イクサメを助けに行っちゃったみたいだけどねぇ。……で、主犯が三姉妹を輝照姫に会わせたってわけだよ。」
剣王がすぐそばにいる三人に笑顔を向ける。三姉妹は引きつった笑顔を向けそっと目をそらした。
「イクサメを延命させた奴がいるのか。」
みー君が鋭く剣王に質問をする。
「ああ。糸が残ってた。……語括のねぇ……。あの神はシミュレーション能力がある。弐の世界だから何度でも戻せたんだろう。そういう延命の仕方だよ。」
「なんだと……。またマイか!」
静かに語った剣王にサキとみー君は怒りと不安の感情を渦巻かせた。
「でも、語括が主犯じゃない。あれは厄神じゃないからねぇ。だが語括が主犯に従っている事は間違いなさそうだねぇ。それがしが確認したかったのは今回の件も輝照姫を巻き込むかだった。輝照姫に会う前にイクサメが死んだらどうなるかそれを試したかっただけだったんだよねぇ。どちらにしても罪神だったから容赦しないつもりだったけどやっぱり腕が迷ってしまったようだねぇ……。」
剣王はちらりとイクサメに目を向けた。イクサメはまっすぐに剣王を見据えていた。
「剣王、覚悟ならできている。輝照姫様は私が助けを求めたが為にああ言っている。武神で罪神だというのに助けを求めた私に生きている価値はない。」
イクサメはサキを必死でかばっていた。サキが何かを言おうとした刹那、剣王がふうとため息をついた。
「なんだかやる気がなくなっちゃったなあ。調子を狂わされたっていうかねぇ。今回はそれがしの早とちりで君に変な汚名を着せてしまったし、こちらの落ち度も含めて罪を軽くしよう。……高天原追放で。神力をぎりぎりまで剥奪する。」
剣王の言葉にイクサメは納得がいっていない顔をした。
「剣王!あなたに落ち度はない。私は罪を犯しながらもあなたのお役に立てた事を心より幸せに思う。私に情けをかけるならやめてくれ。」
「情けなんてかけてないよ。君はあの時、幸運か不運かそれがしから生き延びた。つまりなんだかんだ言って生き残ったわけだ。生き延びたら逃げればいいんだが君はしっかりと罪を認識し、もう一度それがしの罰を受けにきた。武神としての誇りを持った……殺すのには惜しい神だと思っただけだ。二度殺すのがかわいそうだとかそういう理由ではない。」
剣王は憂いをおびた目でイクサメを見た。
「納得ができない!」
イクサメは剣王に向かい苦しそうに叫んだ。
「……それがし一人だったら間違いなく君を斬っていた。輝照姫がそれがしのやる気をなくさせた。こんな気分で君と闘ったら君に失礼だろう?生き物も神も命は軽くない。それがしは戦闘狂じゃないんだ。君は生き延びた事を喜ぶべきだと思うね。怒るならそれがしにではなく、輝照姫に怒ったら?」
剣王はイクサメにふふっと不敵に笑うと背を向け歩き出した。平次郎が慌てて弐の世界を解除する。
「あ、それから輝照姫。」
剣王は少し歩いてから呆然としているサキに声をかけた。
「君、今回の件は水に流す。それがしがどうでもよくなっちゃったからねぇ。そのかわり、こちらの要求、色々とのんでもらうぞ。」
剣王は背中越しにそう言うと地を蹴り、消えて行った。その後を無言のまま平次郎が追って行った。きぅ、りぅ、じぅの三姉妹はその場に残っていた。
「サキ……あいつに弱みを握られたぞ。」
みー君がうんざりした声をだして悶えた。
「……わかっているよ。剣王、あたしを会議にかけないのかい?」
サキが訝しい顔でみー君を見上げる。
「かけねぇんじゃねぇか?あんまり大っぴらに知られたくなさそうだったし、剣王からの咎はお前が何でも要求をのむって事だな。今回はサキが悪い事になるからな。これは仕方ない。」
みー君が呆れた顔でサキを見ていた。
「だよねぇ……。でも罪が軽くて良かったよ……。」
サキはどこかホッとした顔をしていた。イクサメが殺されずに済んだだけでもサキはよしとしていた。
「輝照姫様!とんでもない無茶をしてくれたな……。」
イクサメは威圧のこもった目でサキを睨みつけていた。
「そんな怖い顔で睨まないでおくれよ……。あんたが勝手にトモヤに会いに行ったからいけないんだろう?」
サキの言葉にイクサメは「うっ」と言葉を詰まらせた。イクサメが怯んだ隙にきぅがイクサメとの会話に入り込む。
「結果的には私達が助けてしまったので怒るなら私達を怒ってください。」
「そうね。私達が助けたのよ!まあ、太陽の門が開いていたから太陽に運んだだけなんだけどね!」
「きゃははは!」
りぅとじぅもきぅの言葉に乗り、イクサメを攻撃した。
「……そうだな……。私はあなた達に救われてここにいる……。もう……死ぬわけにはいかないな……。ここまであなた達を巻き込んで勝手に死んだらそれこそ武神としての生き様に反する。」
イクサメは複雑な顔で三姉妹に目を向けた。じぅは土遊びをはじめていたが残りのきぅ、りぅは真面目な顔で何度も頷いた。
「それで?あんたはこれからどうするんだい?」
サキがイクサメを心配し、言葉を発した。
「助けられたこの命を使い、これからも使命を果たしていくつもりだ。剣王に神力を奪われてほとんど今はないが人形が渡った家を守る事はできる。これからも家守として武神として生きて行こう。輝照姫様、天御柱様、きぅ、りぅ、じぅ……こんな私を助けてくれてありがとう。」
イクサメはただ佇む一同に深く頭を下げた。サキはイクサメが正義感の強い女だと改めて感じた。
「あなた達にもしっかりと後にお礼ができるよう精進する!」
「あ、あたしはいいよ。それよりトモヤ君を見ていてあげな。」
サキはイクサメの眼力から目をそらし、慌ててつぶやいた。
「ああ。もう神力がほとんどないのでトモヤに声すら届かなくなっているだろうが見届けるつもりだ。逆に声が届かない方がいいかもしれん。あの子は人間だから人間に悩みを打ち明け人間と共に笑い合う方が良い。私は始めからいなくても良かったんだ。」
イクサメが酷く切ない顔をするのでサキはイクサメの肩を掴み、はっきりと言った。
「そんな事はないさ。あの子はこれからこの経験をバネに立派に育っていくんだ。あんたがやった事は決して無駄じゃない。捉え方を間違ってそれに気がついたんだ。もうあの子はあんな事、しないと思うよ。」
サキの言葉にイクサメが無理に笑顔を作った。
「そう言ってくれるだけで私の心は軽くなる。あなたには迷惑ばかりかけた。私では力になれないかもしれないが何かあったら助けを呼んでくれ。すぐに駆けつける。」
イクサメはサキに深々と頭を下げると人形が置いてある家の方向へ歩き去って行った。
……やってしまった事を悔やんでいる顔……イクサメが心から笑える時が来ることを願うよ。
サキは釈然としない顔で去って行くイクサメの背中を見つめていた。
「お前、そんな悲しい顔してるなよ。これからが大変なんだからな。」
みー君がサキに喝を入れた。サキはふうと一つため息をつくと気合の入った顔でみー君を見上げた。
「あたしの中にある厄、これをまず取っ払わないと。」
「おう!その意気だ!」
「そ、その件なんですけど……。」
サキが決意を露わにした刹那、きぅが恐る恐るサキとみー君の会話に入り込んできた。
「なんだい?」
サキはそっと三姉妹に目を向けた。
「変な事言っていると思うかもしれませんが……その……。」
きぅがもごもご口を動かすがサキには何を言っているのか聞き取れなかった。
「お姉様、サキ、わかっていないわよ!私が説明するわ!」
腰に手を当て偉そうにふんぞり返るりぅをよそにじぅが無邪気な笑みを向けて会話に入り込んできた。
「ねえ?なんで人間さんいるの?」
「ん?」
サキはじぅが何を言っているのかまるでわからなかった。じぅはサキを指差し、しきりに同じ事を言っている。
「じぅ、ちょっと黙ってなさい。今、私が話す所だったでしょうが!」
りぅがじぅの口を素早く塞いだ。
「何なんだい?」
「私達は人間の心に深く関係するモノ。で、変な事を聞くけどあなた、一度人間になりかけた事とか……ないかしら?うまく説明できないけどあなたの心の中にもう一人のあなたがいるの。でもそのあなたはかぎりなく人に近い。」
「!」
りぅが戸惑った表情でサキを見上げる。サキの顔が急に切ない表情に変わった。
「あなたの厄は……よくわからないですがその人間の様なモノが影響しているのではと……。」
きぅが不安げに言葉をこぼした。
「かぎりなく人に近くなった事……。……あるよ。」
サキは苦しそうな表情で地面に目を落とした。
「何かあったのですね。」
きぅはサキの表情の変化でよからぬ事があったとすぐに判断した。
「まあ……色々と。」
サキは思い出したくないのかそっけなく三姉妹に言い放った。
「とりあえず暁の宮に帰ろうぜ。な?」
みー君が無理やり話を終わらせた。三姉妹はサキの様子を心配していたが深くは聞いてこなかった。
「あ、私達は剣王の所に戻らないと……なので。」
きぅが控えめにサキとみー君を仰ぐ。
「そうね!……サキ、何があったか知らないけど気に病むんじゃないわよ!」
りぅが腰に手をあてた格好のまま鋭い声を上げた。
「うん。ありがとう。あんた達のおかげでヒントを得たよ。」
サキはりぅに微笑みかけた。かなり無理をしている笑顔だった。
「私達はあなたを助ける事ができませんがあなたの闇が晴れるよう祈っております。イクサメを助けてくださってありがとうございます。」
きぅが一言切なげに言葉を残し、残りのりぅとじぅも深く頭を下げた。
「それでは私達はここでお暇します。サキ、あなたはいなくなってはいけない神です。どうか自分に自信を持ち、突っ走ってください。」
「そうね。私もあなたの事応援しているからちっぽけな厄でへこたれんじゃないわよ!」
きぅとりぅはサキを心配そうに見ていたがじぅが素早く弐の世界を出現させたのでそれに吸い込まれるように消えて行った。最後にじぅの不気味な笑い声だけが聞こえた。
「あいつら、用がなくなったらさっさと行っちまうのか。」
みー君が今さっきまできぅ達がいた道路をぼうっと見つめていた。
「でもあの子達、いい子達だった。あたしももっと頑張らないとねぇ。イクサメも助けられたし、三姉妹から有力な情報を仕入れられたし、動いてみるもんだよ。」
サキは先程のかげりは見せず、クスクスと楽しそうに笑っていた。
「……後で全部聞くからな。厄の犯神を捕まえる為、お前はその話したくない部分を話さないといけない。辛いだろうが俺もお前の役に立ちたいんだ。だから話してくれ。」
みー君は鋭い瞳でまっすぐサキを見つめた。
「……うん。話すよ。」
サキはみー君から目をそらし、暗い声でつぶやいた。
「とりあえず、一度暁の宮に戻るぞ。……元気出せ。」
「うん。」
みー君にポンと背中を叩かれたサキは少し元気を取り戻したのか顔を明るくして頷いた。

「あれは何だったんだろう?」
名門高校に通う少年はふと家への帰り道にある記憶を思い出した。少年は手には手袋をはめており首にはマフラーを巻いていた。雪が降っていてかなり寒い。
「おい、トモヤ?なにぼっとしてんだよ。」
「いてっ!」
隣にいた男子高校生に腹を突かれトモヤは身体を九の字に曲げた。
「ん?ああ。別になんでもないんだけどさ、急に子供の頃の事を思い出してさ。」
「お前はいつもいきなりだなあ。頭脳明晰な奴は何考えてんかわかりゃしねー。」
男子高校生はトモヤを見て笑う。
「あ、でもこれはかなり曖昧な記憶なんだけどな、僕、人形と昔話せたらしい。」
「ぶはっ!おいおい。こりゃあ、ずいぶんとでっかい笑い話が来たな。」
男子高校生は腹を抱えて笑っていた。
「いや、これはマジだ。つーか、僕も狂ってた。」
トモヤは困惑した顔で男子高校生の肩に腕を乗せ、顔を近づける。
「なんだよ。」
「その人形、近所のじいさんの所にまだあるらしい。あの人形、一回僕の所に来たんだよ……。それでずっと会話してたんだ。」
「うわっ、なんかこえーな……。そういう曖昧な記憶ってのはな、だいたい夢からくるもんなんだとよ。昔見たアニメとかの記憶が夢に出てきてそれが大人になってから記憶に変換されることがあるんだってよー。お前のはそれだろ。」
男子高校生は若干怖くなっているのかペラペラとよくしゃべる。
「かもなー。やっぱ夢なのかなー。でも、僕が人形に話しかけていたのはマジらしいけどな。」
「こえー、こえーからもうやめろ。お前は高校入ってからずっと思ってたが不思議ちゃんだよなー。まあ、今はバリバリ働く皆に憧れの生徒会長さんだもんなあ。」
男子高校生がトモヤを揶揄するように言う。
「お前はもっと勉強頑張った方がいいよ。このままじゃ落ちるとこまで落ちるぜ。」
トモヤも負けじと声を上げる。
「お前、そういえばモテモテだな。バレンタイン何個もらったんだよ?お前にあげらんなくて泣いてた女子いたぞ。ははは!」
「そんなにモテる事なんてやってないけどなあ。僕はただ、昔、誰かに言われた、自分が生きたいように生きるって言葉をそのままやっているだけだ。僕は人に優しくする事が一番良い事だと思っている。まあ、チョコは好きだしありがたく食べるけど手作りはちょっと重いなあ……。お返しどうしよう。」
トモヤは戸惑った顔を男子高校生に向けた。
「あーあー。モテるやつはこういう心配するんだよなー。お前がコレクションしているテディベアでもあげればー。」
男子高校生は投げやりに言うとくしゃみを一つした。
「テディはあげらんないね。あれは僕の集大成だ。」
「女子がトモヤの収集癖を知ったらかわいートモヤ君かわいーってなるか、テディベア?きもっ!になるかどっちだろうなあ。俺はお前はちやほやされる方だと思う。女子に優しい、カッコいいを連呼させる男だからな。またそれが悔しい。ああー、悔しい。」
男子高校生の悔しがる姿を見、トモヤは微笑んだ。
「てめぇ、何笑ってんだよ。あー、もういいや。暇だしゲーセン行こうぜー。」
「お前は少し勉強しろよー。」
トモヤと男子高校生はお互い笑い合いながら暗くなりつつある町に溶け込んで行った。
雪が舞う街路樹のすぐそばでイクサメがトモヤに話しかけていた。
……人間の記憶なんてこんなものだ。私の事を忘れてしまったとしてもそれは構わない。君はもう大丈夫そうだ。私は安心したよ。トモヤ……。あの時の記憶……笑い話に変わるところまできたか。……これからもそうやって楽しそうに笑っていてくれ。そうしたら私も心から笑える気がする。
イクサメは去って行くトモヤの背をじっとみながら優しく微笑んだ。トモヤは一瞬、後ろを振り向いたが冬の寒さに身を縮め、友達だと思われる男子高校生と楽しそうに暖かい店内へと姿を消した。
それを見届けたイクサメはわずかに見える太陽の光に目を向け、『ありがとう』と晴れやかな表情でつぶやき、どこへともなく歩き去って行った。

旧作(2011年完)本編TOKIの世界書二部「かわたれ時…4」(太陽神編)

旧作(2011年完)本編TOKIの世界書二部「かわたれ時…4」(太陽神編)

子供の時の記憶は不思議と曖昧な時がある。不思議な体験を本当にしていたのに、大きくなると常識が邪魔をしてその記憶は夢だったと変換されてしまっているかもしれない。その不思議な体験はいい体験もあれば悪い体験もあるだろう。 もし忘れてしまってもその時に受けた影響は忘れない。サキ編第四話。

  • 小説
  • 長編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-11-23

CC BY
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CC BY
  1. 人形と異形の剣
  2. 二話
  3. 三話
  4. 四話
  5. 五話
  6. 六話
  7. 七話
  8. 八話
  9. 最終話