ナムストーン(後篇)
ドナルド1
10月にはいってすぐにドイツのキーツカーンから
オーストラリアで光る石が発見されたという情報が届いた。
オーストラリア中央部にあるエアーズロック付近を
パトロールしていた国立公園の警備員ポールモーガン
が砂漠に輝く光る石を夕暮れの薄明かりの中で発見した。
自宅に持ち帰ったところすぐにうわさが立ち、新聞記者が
訪ねてきて写真を撮って帰った。9月11日のことだ。
翌日地方新聞の片隅に写真入で出ていたこの記事がちょうど
オーストラリアを旅していた英国人の目に留まった。
彼には大英博物館で光る石のコーナーの責任者をしている
友人がいた。この記事を送るとその友人は大いに喜んで
キーツカーンに送ってよこしたのだ。
オサムオサナイはその住所に電話をいれた。まだ若い
青年の声がして本人だった。石は家に飾ってあるという。
オサムオサナイは詳しく事情を説明して、石が青黒く
不気味に輝くことがあったら真剣にナムストーンと
光が鎮まるまで唱え続けてくださいと依頼した。
「ナムストーン?」
「そうです。ナムストーン。できれば声に出して叫び続けてください」
「分かりました。その時はナムストーンと唱え続けてみます」
ドナルド2
それから数日してナセルとケムンから同時にメールが届いた。
「いまアメリカから奇妙なメッセージが発信されている。
確認されたし」
タイトルを検索すると確かにあった。
『光る石の謎を知っている方連絡下さい。僕のおじさんを
助けて!ドナルド ブッシュ テキサス USA』
さっそくアクセスしてみて驚いた。アメリカ合衆国の
テキサス州ヒューストンからの発信である。
『僕は不思議な石を持っています。僕の心を映す不思議な石です。
僕が幸せを感じているときはこの石もピンク色に輝いていますが
僕が悲しく落ちこんでいるときは灰色です。この9月11日からは
暗く沈んだままです。僕のおじさんはジョージ ブッシュという人で
今アメリカ合衆国の大統領をしています。僕は彼の一番年下の甥っ子
です。どうか僕のおじさんとアメリカ国民を助けてください。
ドナルド ブッシュ 18才 高校生男子
ヒューストン テキサス USA』
というものだった。
ドナルド3
オサムオサナイは直接国際電話をかけてみた。
なかなかつながらない。メッセージを伝えて
電話を切った。
「ドナルド君へ。次にバイブレーションが起きて
石が鈍く青黒く輝いたら『ナムストーン』と
色が収まるまで唱え続けてください。
オサムオサナイ KYOTO JAPAN」
すぐに返事のメールが届いた。
「何故あなたは僕の石が9月11日に
バイブレーションが起きて青黒く輝いたのを
知ってるんですか?」
オサムオサナイは詳しく今までの状況を
ドナルドに伝えた。
「空を飛ぶなんて信じられない?」
「信じなくてもいいから次にバイブレーションが
起こったら収まるまでナムストーンと
唱え続けてください」
「それはOKします」
ドナルド4
数日後にドナルドからメールが届いた。
『ナムストーンを唱え続けたらやっと石が
明るく輝き始めました。これからは落ち込んだら
まずナムストーンを唱えます。早く皆さんに会い
たいです。その時はよろしくお願いします』
彼は一人っ子で兄弟がいない。
いつも孤独に暮らしていたようだ。
『よく分かりました。我われを信じてしっかりと
着いてきてください。君のおじさんとアメリカ国民、
さらには全人類を救いましょう。
年が明けたら8月に日本で会いましょう。その時は
我々と一緒に空を飛ぶんですよ。弟ドナルドへ。
日本の兄オサムオサナイより』
ドナルドはうれしくて人が変わった様に明るく積極的
になった。両親はとても喜んだ。その秘密は誰にも分か
ってもらえない。
数日たってとうとう我慢しきれずに
ドナルドはおじさんに手紙を書いた。
ドナルド5
「おじさんおげんきですか?僕は来年マサチューセッツ工科大学に
進学しようと今猛勉強しています。
おじさんとあったのはもう10年前になります。おじいちゃんが
亡くなったときでした。その時小学生のぼくにおじさんは
こう言ってくれました。
『ジュニア、おじいちゃんの魂は今天国に上っているよ。ほら空の
あそこを見てごらん、おじいちゃんがこっちを見て手を振っているよ』
空を見上げて一緒に手を振ってくれましたね。おじさん憶えてますか?
僕は一生忘れません。あの時のおじさんの励ましを。
おじさん!僕はいまあたらしい発見をしました。悲しい時辛い時には
大空に向かって叫びます。ナムストーン、ナムストーン、ナムストーン。
これはマジックワードです。すると天空におじいちゃんが現れて、
頑張れドナルド今が踏ん張り時だと力強く励ましてくれます。
ミラクルワード『ナムストーン』一度そんな時には唱えてみてください。
親愛なるジョージおじさんへ、ドナルドより」
ドナルド6
しばらくしてブッシュおじさんから返事が来た。
親愛なる甥ドナルドの次に、
大きくNAMSTONE!と書いてあった。
「ナムストーンありがとう。今度悲しいことがあったら
天空を見上げて唱えてみるよ。すばらしい励まし
ありがとう。NAMSTONE!」
ドナルドはとてもうれしかった。おじさんは必ず
実行してくれる。
そのころオサムオサナイは自宅であれこれ考え込んでいた。
ポールやドナルドみたい人たちがこれから
かなり増えてきそうな気がする。
少人数では地球規模の危機は回避できない。
たくさんの仲間がほしい。光る石もナムストーンも
これから各地で発見され続けるだろう。
我々が空を飛ぶくらいでは原爆一個も阻止できない。
とにかく全世界を巻き込んで
たくさんの仲間を開拓するしかないように思われる。
カシミール1
1971年インド北部ジャムカシミール州の
カルギルという町に一人のパキスタン青年がいた。
イスラムのターバンを巻き口とあごに黒ひげをはやした
青年将校は貿易商人に化けてカシミールの
イスラム過激派の動向を探るために潜入した。
その名をガウリ・ムシャラフという。
カシミール南部の町々は緑多く山と湖に囲まれて
19世紀半ばの藩王国時代までは夏なお涼しき
インド最大の豊かな避暑地だった。
ガウリはここでイスラム商人の5人兄弟の末っ子
として1947年1月に生まれた。
何不自由なく育つかに見えたムシャラフ家に悲惨な
大激震が襲ったのはこの年の8月であった。
英領インドはインドとパキスタンとに分離独立する
ことが決定、イスラム教徒は西と東のパキスタンに
その方面に住むヒンドゥー教徒はインドへの民族
大移動が全国規模で起こったのである。
インド最大の藩王国の国王マハラジャ3世は悩みに
悩んだ。藩王国の8割はイスラム教徒である。
パキスタンに接するこのカシミール藩王国はパキスタン
に帰属することが誰の目にも順当であろうと思われた。
だがしかし一つだけ不当なるものが存在した。しかも
それは決定的に不純なものだった。それは、
藩王自身は代々ヒンドゥー教徒であるということだった。
カシミール2
藩王マハラジャ三世は藩王国の独立をもくろんだ。
そのためには英国に頼らず独自の軍隊を持たねばならない。
マハラジャ三世はイスラム教徒の武装解除を命じた。
ところが時すでに遅くイスラム教徒と住民の一部がパキスタン
への帰属を求めて武装蜂起し、その年の10月にパキスタン
正規軍が西部国境を越えてカシミールに侵攻した。
マハラジャ三世はあわてふためきインドへの帰属文書に
署名をしてしまう。これを受けてインド正規軍がカシミール
南部から北上する。こうして第一次印パ戦争は始まった。
ムシャラフ一家は着の身着のまま国境を越えてパキスタンの
伯父のもとへ急いだ。荷車に家財道具と祖母と乳飲み子
ガウリを積んで父母兄弟力を合わせ西の山々の峰を越え
パキスタンへと必死で逃げた。何日も何日もかけて・・・。
西へ向かうイスラム教徒、東へ向かうヒンドゥー教徒。
いたる所でいざこざが起きた。夜になると襲われた。
虐殺、暴行、略奪が繰り返され一年以上もそれは続いた。
移動人口1500万人以上、死亡者30万人以上
という当時の記録が残っている。
カシミール3
1949年1月国連決議で停戦が実現したカシミールは
南北に分断されパキスタンが北部のアザトカシミールを
インドが南部のジャムカシミールを支配することになった。
ガウリはパキスタンの首都イスラマバードの叔父のもとで
手厚く育てられた。成績優秀で陸軍士官学校へ志願する。
叔父はことのほか喜んだが、実のところガウリは軍人には
なりたくなかったのだ。
こよなく文学を愛し古典を愛しカシミールの大自然を愛する
青年ガウリ、わがふるさとカシミールよ!
しかし彼の幼少のころの壮絶な体験はトラウマとして
心奥深く消えることなく残っていた。
この頃中国とインドはダライラマの亡命直後で
カシミールの国境付近は極度に緊張していた。
そしてついに1962年11月中国がインド国境を突破し
中印戦争が勃発しカシミール東部を領有した。
カシミール4
15才幼年兵のガウリは級友たちと
狂おしいまでに心が高ぶった。何時の
日か必ずカシミールの地を取り返すのだと。
それから3年、その戦いの日は来た。
1965年5月、第二次印パ戦争が始まったのだ。
18才のガウリは見習士官として東部戦線の
後方補給基地の任務に着いた。だがしかし戦闘
らしい戦闘はまったくなくすぐに戦争は終結した。
最前線はインド軍とパキスタン軍が一進一退を
繰り返していたが、パキスタン軍が攻勢を
仕掛けたところで停戦となった。
ソ連を中心とした国連決議が可決されたのだ。
開戦前の実効支配ラインまで撤退し、
両軍は兵を引き上げた。
ガウリは実戦に参加できなかった悔しさと、
カシミールわが故郷カルギルの町を
奪還どころか見渡すこともできなかった。
そのもどかしさだけが心に残った。
今は耐えるしかない。じっと時が来るまで
身体と精神を鍛えに鍛える時だ。ラマダンを
控えガウリは真摯に神に祈った。
カシミール5
1971年12月、東パキスタンで暴動が起こった。
インドが以前から独立派を支援しているという情報が入っていて、
パキスタン軍部は秘密裏に独立派幹部の動きを探索していた矢先だった。
すぐにパキスタン軍が暴動の鎮圧祈りだしたが動乱は市民を巻き込んで
独立運動へと拡大しついにインド正規軍が独立運動支援を掲げて
東パキスタンに侵攻し第三次印パ戦争が始まった。
このときガウリは24才の精悍な情報将校に成長していた。
『カルギルに入りインド内部より敵をかく乱せよ』
雌伏24年、故郷奪還の特命を秘めてついにガウリは故郷カルギルに潜入した。
旧市街のほぼ中央、イスラム商館の一室、10畳ほどの部屋に
大きな絨毯が敷いてあって壁下に沿って長い枕のようなソファー。
暗がりの中で4人の男がアラーに祈りを捧げている。
祈り終えると4人は横長に寝そべって頭を中央に寄せて話し始めた。
カシミール6
チャイとハッシシが運ばれてくる。口ひげ頬髯をはやした4人の真剣な
まなざし。中央がイスラム教師オマル青年、ガウリより年上で威厳がある。
右隣がイスラム過激派のリーダー、ウサマ青年。サウジアラビアの豪族の出身で
カシミール藩王国とは昔から縁の深い独立運動家である。
左隣がシャリフ青年、同じくイスラム過激派のリーダーで、パキスタン陸軍の
秘密機関に属していてガウリの先輩に当たる。カシミールの
パキスタンへの併合を目指している。
ガウリはオマル教師を介してまだできたばかりのイスラム過激派と連絡を取り
支援せよとの密命を帯びて潜入してきたのだ。
東パキスタンにインド軍が侵攻したというニュースを
ガウリは昨日カルギルの酒場で聞いた。カシミールでも戦闘が始まる。
正規軍の勢力はほぼ互角で山岳部はゲリラ戦だ。
そこで勝敗の鍵を握るのがジャムカシミールのイスラム過激派
ということになる。正規軍はすぐには動けないから
パキスタン国内のイスラム過激派と連携して突破口を開かなければならない。
カシミール7
まだ勢力は微々たるものだが必ずその日は来る。
今は意見の分かれている両派を団結させることが第一だ。
この時パキスタン領内に強力なイスラム戦士育成機関を
創設することと武器弾薬等全面支援が確約された。
初めての過激派との会談終了後みんながイスラム商人の
館をそっと忍び出たところで砲撃が始まった。
インド軍からの砲撃だ。東パキスタンにインド軍が侵攻すると
同時にパキスタン軍が停戦ラインを越えて南下してきたのだ。
町から国境南の峡谷付近までは10数キロ離れてはいるが
空気を切り裂く砲撃の音はよく聞こえる。
ラジオはがなり立てている。町の周囲には強力なインド軍が
守備を固めていて北方の大峡谷を挟んで両軍は
対峙したまま動きが取れなくなるはずだ。
この峡谷を超えることは両軍にとって至難の業なので
町の人々は少しも慌てはしない。停戦ラインはその峡谷の
さらに北部の稜線に沿って地図上に規定されている。
砲撃は数日続き時折偵察機が来るくらいでそのうち
停戦になるはずだ、人々は皆そう思っている。
ガウリ1
ガウリは2台のトラックに食料を積んで山間部に向かった。
日暮れまでに村につかねばならない。数キロ手前の峠でもう日没間近だ。
この付近は山賊が出没する。まだ組織化されていないゲリラもいるが
武器が容易に手に入るため昼はおとなしい農民の一部が
夜は山賊に早変わりするのだ。
峠を下りかけたところで襲撃された。なだらかな山側の林の陰から
自動小銃で撃ってくる。谷川も林で10数メートルほど下が
小川になっている。
こちらは武装した部下が5人、直ちに飛び降りて応戦する。
ゲリラは10人ほどか。激しい銃撃が一瞬ぴたりと止んだ。
息を止めて1秒2秒。
「谷側へ逃げろ!」
ガウリは叫んで木陰へ飛び降り根元にうずくまった。
その瞬間、ドカーンという音と衝撃で前方のトラックの真下に
火柱が上がった。ロケット弾だ。
ガウリ2
おそらくソ連製の対戦車ロケット砲、インド軍から奪った
携帯可能な最新式のものだ。予想外の反撃でそれもプロと
思われる銃撃で敵は貴重なロケット砲を持ち出したのだ。
食料を積んだトラックはもんどりうって木々をなぎ倒しながら
谷へと転がり落ちていった。両こぶしを強く握りしめて
頭を抱え込み木の根元に思いきりうずくまる。
すぐ脇の木々をなぎ倒してトラックは川に突っ込んだ。再び沈黙。
1秒2秒3秒。山側からサーチライトが点灯した。2台目の
トラックとその周りをなめるように光の輪が動く。
さらに周りの木立を一通り照らしたかとみると10数人の武装
ゲリラがトラックを取り囲みエンジンがかかるやみな素早く
飛び乗って闇の彼方へ消えていった。
星あかりに5人の死体が転がっている。峠のほうに戻った
ということは町の商人と山賊とは仲間なのか?それとも
誰かが通報したのか?ロケット砲がゲリラの手にということは?
等々極度の緊張の中でめまぐるしく頭は回転する。
ガウリ3
音も収まり光の影も消えて再び静寂に戻った。
ガウリは大きく深呼吸をしてゆっくりと立ち上がる。
握りこぶしはしっかりと握りしめたままだ。
ふと見ると右手の中が光っている。
青白い輝きが握りこぶしから漏れ出ているではないか。
「なんだこれは?」
ガウリは恐る恐る握りこぶしを開いてみた。
汗にまみれた掌の中で奇妙な形をした
半透明の石が青白く輝いている。
まじまじと顔を近づけてじっと見つめていると
徐々に輝きは収まり普通の乳白色の
不透明な石になった。
「不思議な石だ・・・」
ガウリは右のポケットにそっとその石を忍ばせて
谷を上り村へと向かった。
ゲリラの統一戦線はまだまだ暗中模索だ。
そうこうしているうちに東パキスタンでは
インド軍が勝利しバングラディッシュとして
独立してしまった。
カシミールではインド軍の空爆が始まり
大峡谷を挟んで対峙したままで停戦してしまった。
1972年一応戦勝国となったインドに有利な協定が
結ばれてしまう。けっきょくイスラム過激派は
何もできずにガウリは大きな課題を抱えたまま
あの不思議な石を携えて帰国した。
タリバン1
帰国後ガウリはイスラム戦士の育成機関創設に尽力した。
しかし心は晴れなかった。カシミールは遠のくばかりだ。
国境の警備は強化されカルギルにはインド軍の前線司令部
が常設されて蟻のこ一匹は入れないほどになった。
ガウリは結婚もし二人の子供も設けたが、カシミールへの
望郷の念は日ごとにつのり育成訓練所での昼食後に必ず
屋上に上って東のカシミールの山脈を眺めて過ごした。
将軍は孤独であった。掌の石だけが彼の心を知っていた。
隊員たちは峻厳な将軍のこのような姿に神々しいまでの
畏敬の念を抱き始めた。
ガウリは連日数十名の戦士に戦闘訓練を施すとさらに
あのオマル教師を招いて徹底したイスラム原理主義を説
いていった。さらに13歳からの神学生を募り時間をかけて
イスラム戦士を育成していった。
タリバン2
それから2年後のある日ガウリは新築なった訓練所本部棟
の屋上でいつものように昼食後カシミール方向の山脈を眺
めながら右ポケットの中の小石を撫でていると、
突然すさまじいバイブレーションが起きた。
すぐに取り出して見つめて見ると青黒く不気味に輝き
小刻みに振動している。
「ナムストーン、ナムストーン!」
思わず口をついて出た。驚愕の目でじっと石を見つめながら
ナムストーンと唱え続けた。光は徐々におさまり再び
元の乳白色に戻った。全身汗だくだ。
幸い誰にも見られていない。大きく深呼吸をしてガウリは
何事もなかったかのように階下の教室へ降りて行った。
すぐさまオマル教師が駆け寄ってきた。いつもは冷静な教師が
血相を変えている。
「シャリフ参謀長のところへ大至急行ってください。
インドが先ほど地下核実験をやりました」
ガウリは軍の車で東部司令部へ急行した。
タリバン3
パキスタン東部司令官はあのシャリフである。
「ガウリ ムシャラフ君ついに宿敵インドが中国に対抗して
地下核実験を強行した。国連及び各国がもちろん我が国も
国を挙げて非難演説をするだろうがわれわれとは立場が違う。
われわれは秘密裏に核開発を開始せねばならぬ。
ムシャラフ君、君に特殊任務を指令する。直ちに
北京に赴きパキスタンの核開発の意志を伝え何としても
技術支援を勝ち取ってくれたまえ。中距離弾道ミサイル
の開発援助も忘れずに、以上!」
ーーーーーー
時は流れてそれから5年がたった。1979年春、
アフガニスタンの治安回復のためにとソ連軍が
アフガン北部から南下した。
アフガン戦争の始まりである。ガウリはこの時
陸軍東部方面軍の司令官であると同時に
イスラム戦士育成機関の最高責任者でもあり
さらに陸軍参謀長として極秘裏に核開発、
中距離弾道ミサイル開発の総責任者でもあった。
総参謀長はシャリフで次期首相を目指していた。
実戦部隊の隊長はオサマ。オマル教師はこの時
すでにアフガン東部に潜入して神学生を主体とした
イスラム原理戦闘集団タリバンを立ち上げようとしていた。
タリバン4
ソ連のアフガン侵攻とともにアメリカはパキスタンに接近した。
アメリカからの全面的な支援を得てイスラム戦士は続々と
アフガンへと送り込まれた。
この間にも核とミサイルの開発は着実に進み、カシミール峡谷
では両国のミサイル基地が一つまた一つと増築されていった。
泥沼のアフガン戦争もゴルバジョフの登場とともに1989年に
終結する。この時戦う場を失ったイスラム戦士の多くが
カシミールに潜入した。
インド領ジャムカシミールではイスラム過激派が徐々に
増え続け独立派と併合派とに分かれて一大勢力になっていた。
やがてシャリフ首相が誕生しガウリムシャラフは総参謀長に就任した。
アメリカが核開発に難色を示しあからさまに批判してきたが
ムシャラフは中国や北朝鮮から技術輸入して中距離弾道ミサイル
「ガウリ」の完成も間近であった。
ガウリとは12世紀にインドを征服したイスラム戦士の名だ。
パキスタン側に核とミサイルが配備されればあとはインド領
ジャムカシミールでのイスラム過激派の武装蜂起を待つだけだ。
20年前のバングラディッシュ独立の報復だ。カシミール独立支援
を名目にジャムカシミールを制圧する。核は両国とも使用できない
だろうから、とすれば両国のイスラム戦士が連携を密にして
さらにパキスタン国軍が援護すれば地上戦での優位停戦は可能だ。
カシミール奪還はもう時間の問題だった。
危機1
1997年秋、シャリフとムシャラフは軍総司令部で
二人きりで会談した。来春のインドの総選挙で右派が
勝利しそうだという情報が各地から頻繁に届くようになったからだ。
年ごとにイスラム過激派のテロが多発し民族主義
ヒンディ至上主義派の台頭が著しい。これは予想できたことだが
いよいよ決戦の時を迎えつつあることは実感できた。
もし右派が圧勝して政権を取ったならば、その時中距離弾道
ミサイル実験を強行する。それによって新政権の出方が
わかるから和解も有利に導いていける。
そうでなければ核保有を天下に知らしめるのみだ。年明けとともに
25のミサイル基地が完全臨戦態勢に入った。
ガウリは右ポケットの不思議な石が小刻みに震え鈍く輝いている
ことを数日前から知っていた。ナムストーンとかって不意に口を
ついて出た言葉で祈ってみても輝きは収まらなかった。
その春ついにインドで政変が起きた。インド独立以来の
国民会議派がヒンデゥー至上主義の右派政党インド人民党に
とってかわられたのだ。
パキスタンは中距離弾道ミサイルの発射実験を強行する。
インドは直ちに反応した。24年間凍結していた地下核実験を
世界の非難をはねのけて強行したのだ。
ついにパキスタンも対抗して初の地下核実験を強行し
核保有があからさまになった。極度の緊張がカシミールに走る。
危機2
あの時シャリフの指示を得てムシャラフが中距離ミサイル発射の
ボタンを押した。ポケットの石は輝きを増し小刻みに震え続けたが無視した。
実験は成功した。地下核実験の時はムシャラフはためらった。
石のバイブレーションがすさまじく青黒い輝きも極限に達していた。
脂汗をかきながら数十秒の間をおいてムシャラフはボタンを押した。
数キロも離れているのに大地の底から不気味な激震が襲う。
地球の悲鳴のような低音振動が響く。
激しい横揺れ。ポケットの石と波長が同じみたいだ。石は激しく振動し
青黒く不気味に光り輝いたかと思うと閃光を放って黒い塊になった。
ムシャラフはその後数日間は右足を引きずりながら身も心もひどく疲労困憊
していた。実験は成功したが気は重く毎夜ナムストーンを祈り続けた。もう
核のボタンは押すまい、この時ムシャラフは心の底からナムストーンに誓った。
1999年2月インドのバジパイ首相がパキスタンを訪問してシャリフ首相
と会談をした。とにかく全面戦争だけは避けなければならない。両国首相は
カシミールの緊張緩和を目指してラホール宣言を発表した。
危機3
千歳一遇のチャンスが到来した。
カシミール独立運動は激化していった。
ムシャラフはパキスタン東部にイスラム戦士を終結させた。
いよいよカシミール奪還の日は近い。
ムシャラフの心は高鳴った。
カルギルでインド軍施設へのテロが激化し
住民移動が始まった。
南は南へと難民の列が連なり、ついに
5月カルギルの町はイスラム過激派に占領された。
インド軍はミサイルともども南下しカルギルの町を捨てて
スリナガル山系まで退却を完了していた。
ムシャラフは50年目にして宿願のカルギルを奪還したのだ。
ここでパキスタン正規軍を大量に送り込めばカシミール南部の
制圧は可能かもしれないがあまりに危険すぎる。
決断しようとすると石が不気味に輝く。これは罠かもしれない。
和平交渉を探るシャリフ首相から待機の指令が来た。
国境で数万のパキスタン正規軍が待機する。
カルギルでイスラム武装勢力がじっと息を凝らして待機する。
1日が過ぎ二日がたち交渉は決裂した。三日目未明、
インド空軍による大規模な空爆が始まった。
カルギル周辺からカシミールの峡谷に沿って
日夜空爆は続いた。
実効支配線を越えれば全面戦争になる。
パキスタン側から対空ミサイルを一発でも発射すれば
これもまた全面戦争だ。全面戦争は核に直結している。
危機4
イスラム武装勢力の防空機能はゼロに等しかった。
カルギル近辺のミサイルや高射砲はインド軍が持ち去って
まったく無防備だ。
インドはパキスタンの侵略行為を国際社会に訴えつつ空爆を続行した。
仲介役のアメリカはインドに有利に動いた。アメリカは1年前の
パキスタン核実験からパキスタンに経済制裁を科していたのだ。
シャリフ首相は窮地に立った。カルギルではヒンディー過激派との
戦闘が熾烈を極め死者は1000人に近づいた。
カルギル南のスリナガル山麓に集結するインド軍は10万を超えた。
60発のミサイルはインド各地からパキスタン全土に照準が定めてある。
パキスタン側のミサイル「ガウリ」25基も発射準備は完了していた。
核弾頭搭載の可能性は大だ。実効停戦ラインからパキスタン側にも
6万を超える正規軍が待機していた。
日一日とカルギル北部の空爆は激しさを増しヒンディー過激派の
襲撃が激化していった。
カルギル占領部隊イスラム過激派の総指揮官はウサマだった。
独立派のリーダーとしてカルギルを拠点にテロを指揮し
パキスタンからのイスラム戦士を導きいれて一大勢力になっていた。
5月10日パキスタンからのイスラム武装勢力一万を迎え入れて
カルギルを制圧したが町はもぬけの殻で全く抵抗らしい抵抗はなかった。
空爆開始とともにヒンディー過激派が潜入してきた。
危機5
このころムシャラフは東部戦線司令部にいた。
右ポケットの小石は小刻みに震え続けている。
戦況が緊迫してくると振動と不気味な輝きは確実に増大した。
首相官邸と数分ごとに連絡はとっている。
シャリフ首相は開戦と同時にアメリカに連絡を入れた。
開戦時期はムシャラフ総参謀長に一任していたが
それは5月10日未明であった。
イスラム過激派を合流させカルギルを制圧したところで
停戦交渉に持ち込むという作戦であった。
ミサイルを配備し大量の正規軍を国境沿いに待機させて
おけばインド軍もおいそれとは手出しはできまい。
アメリカはインドに自制を促し国連でパキスタンの侵略
であると認めさせた。シャリフは条件次第でイスラム
過激派は撤退させるとアメリカとの交渉に入った。
交渉は難航し日増しに空爆とヒンディー過激派のテロが
激化していった。1ヶ月がたってやっと停戦合意に達した。
過激派同士の戦闘で1000名以上が戦死し、
ついに撤退命令が下った。
独立派にもパキスタン領への正式な撤退命令が下った。
独立派の指揮官ウサマは怒り心頭に達した。
裏切られたのだ。パキスタンにもアメリカにも。
アメリカとの交渉のためにカシミールは利用された。
アメリカはインドとパキスタン両国と取引をしたのだ。
ウサマは悩んだ。自爆すべきかとどまるべきか?
はたまたパキスタンのイスラム武装勢力と合流すべきか。
ムシャラフ総参謀長はウサマを将軍として正規軍に迎える
と約束していた。しかし数日後ウサマは10数名の腹心と
ともに行方をくらました。「イスラム戦士よ永遠なれ!
アメリカに死を!」という言葉を残して。
9.11-1
こうして最終戦争の危機は回避された。だがしかしそれは
また新たなる不毛の大掛かりなテロ戦争の幕開けでもあった。
7月には撤退を完了しイスラム武装集団はパキスタンにとどまった。
カシミール独立派の一部は地下に潜みまた過激なイスラム戦士は
国際テロリストとして欧米諸国へと散っていった。
指導者オサマを失ったカシミール独立派は軍部反シャリフ派と連携し
て軍事クーデターを起こしこの年の10月ついにシャリフ首相を解任した。
すぐさまムシャラフ総参謀長を首相にという声が上がったがムシャラフは
固辞した。ナムストーンの微妙な輝きの変化が首相就任を辞退させ続けた
のだ。それでも実権は着実にムシャラフに集中していった。
そしてついに21世紀、2001年6月にムシャラフは大統領に就任した。
すべての公的行事を終えて3ヶ月、大統領府最上階の祈りの部屋で
久方ぶりに至福の時を過ごした。
その日もカシミールを望む山並みは美しく9月の空はすがすがしく冴えわたり
火をつけたばかりの煙草の煙を大きく吐き出したその時だった。
右ポケットの石がにわかに大きくバイブレーションを起こした。
9.11-2
「ナムストーン、ナムストーン、ナムストーン・・・」
一度目はインドの核実験の時二度目は自らが核実験の
ボタンを押した時だった。
このバイブレーションは間違いなく何かが起こる前兆だ。
必死で祈ったが光は収まらずさらに青黒く輝きと振動を増大
させて閃光を放ち黒くて重い塊になってしまった。
何かが起きた。人類生命を脅かす何かが起きたのだ。
ムシャラフは大急ぎで執務室へ駆け降りた。
すべてのモニターが同じ映像を流している。
アナウンサーが絶叫する。
「ニューヨークの貿易センタービルに旅客機が激突し炎上しています。
飛行機丸ごとの自爆テロのようです。あ、またもう1機が突っ込みました」
「こちらペンタゴン。旅客機が炎上しています」
「旅客機2機がハイジャックされた模様」
「混乱しています。ニューヨークセンタビルに2機の旅客機が激突炎上
しています。ああ、中層から崩れ落ち始めました。最悪です、
センタービル崩壊です」
ムシャラフはウサマのあのひげ深い面長な冷徹なまなざしと、イスラム
よ永遠なれアメリカに死を!という言葉を思い出した。
『ただではすまん。これは戦争だ。国際テロとの戦いを宣言する』
すぐにアメリカ大統領からのメッセージが届いた。テロリストによる
アメリカへの宣戦布告と見なす。国際テロとの戦いに加わるように
との内容だった。
9.11-3
ほどなく首謀者はウサマであると断定された。
しかもアフガニスタンのタリバンがかくまって
いることが判明したのだ。
あのオマル教師率いる神学生イスラム原理集団
がほぼアフガン全土を支配している。ムシャラフ
は以前からタリバンを支援し続けててきた。
だが大統領となった今はすでにウサマとは
カルギル戦で決別し今は決断の時だ。
12月に入って5人の武装グループがインド国会
を襲撃した。数十名の死者が出てインドはこの
グループをイスラム過激派と断定しパキスタンと
インドの対立は一層激化した。両国合わせて数十
万人規模の軍隊が実効支配線付近に投入された。
ムシャラフは決断した。国際的な反テロ機運の
高まりの中でタリバンと決別することを。
しかしということはカシミールのイスラム武装
勢力とも手を切ることになる。そして自らがテロ
の標的になることを意味しているのだ。
アメリカはこれを歓迎した。パキスタンへの
経済制裁もこれを機に完全解除された。
そうしたある晩ムシャラフは不思議な夢を見た。
ナムストーンナムストーンと叫びながら空を
どんどん上昇していく夢だ。
宇宙からちっぽけなわが国土をじっと見下ろし
ている自分がいる。俺はいったい地上で何をして
いるんだろうと考えながら飛んでる自分がいる。
さらに上空に舞い上がって国境も何もわからない
青い地球がそこにはあった。かけがえのない地球
宇宙と同じ心を持つ宇宙、わが心生命とはいったい
何だ、生きてるって何だと思うとすさまじい感動が
背骨を突き抜けて湧き上がってきた。
9.11-4
ムシャラフはうっすらと額に汗を浮かべ現実に目覚めた。
小鳥のさえずりも淡い太陽の日差しもすべてが新鮮だった。
何かがムシャラフの奥底で変化した。
日ごとに見るものすべてが慈しみの対象となってきた。
実務は変わらず多忙ではあったが心にゆとりができた。
ナムストーンが心のありようをそのまま表すこともよく分かった。
ナムストーンと唱えると石も心にも生命力がわいてくることを
何度も経験した。そうしたある日パソコンの掲示板に、
「不思議な石をお持ちの方いませんか?今度激しく振動し
青黒く輝いたら必死でナムストーンと祈ってください。
詳しいことは下記まで御連絡ください」
「ナムストーンだって!」
ムシャラフは驚いた。あの石と出会ったとき無意識に口をついて
出た言葉が”ナムストーン”だったが、不思議な一致だ。
世界ではもうかなり存在するのかもしれない。今度輝いたら
ということは、この9月に世界中でこの石は輝いたに違いない。
必死で鎮めようとしたが静まらなかった。
これからもこのようなことが起こりうるということだ。
ムシャラフは大きくゆっくりとため息をついた。
9.11-5
ほどなくアメリカはアフガニスタンの空爆を開始した。
タリバンの掃討とウサマのあぶり出しのために連日
空爆とミサイルを撃ち込んだ。
地下深くを破壊する新型爆弾も投入された。
タリバンは降伏したがそれでもウサマは現れなかった。
ムシャラフはナムストーンが小刻みに震え続けている
ことを知っていた。不気味に青黒く輝きを増していた。
このアフガンから不穏な動きが始まっているようだ。
ムシャラフは基地をアメリカに開放しタリバン攻撃の
さなかである。パソコンに向かう暇はなかった。
パキスタン領内のイスラム過激派の中にはまだ
たくさんのタリバン支持者がいるのだ。
アフガン攻撃が長引くにつれムシャラフは不眠不休で
イスラム戦士と将軍たちをなだめに回った。
9.11-6
身も心も疲れ果てて官邸でぐっすり眠りこんだ
ムシャラフに真夜中ついにバイブレーションは起きた。
階上の小部屋に駆け上がり大声でナムストーンを叫び続けた。
30分間大きく震えたり青白く輝いたり閃光を放ったりしていたが、
必死で祈るとパッと明るい光を放って乳白色の美しい石に戻った。
「今回はうまく危機を回避できたようだ。
ナムストーンメンバーに連絡してみよう」
「はい、こちらは日本のオサムオサナイです。
今回は危機が回避できました。イラクでの
核発射を阻止することができました。
間もなく詳しい情報を送ります」
実はこの時イラクではとんでもないことが起こっていた。
一国の独裁者が判断を誤ったとき、それは
全人類の死滅を意味するのだ。
イラク1
この年も暮れ12月24日未明に2回目の大バイブレーションが起きた。
はたして各国のナムストーンと光る石も不気味に輝き始めていた。
オサムオサナイは確認した。直ちに唱題に入る。テキサスのドナルドも
ナムストーンを唱えていた。おじさんに電話を入れる。
「おじさん、10分でも結構です。どこかでナムストーンを唱えてください。
ぜひお願いします。何かが起きます。訳は後からわかりますから」
全世界の数少ない光る石とナムストーンはますます不気味に輝いた。
十数人のナムストーンメンバーは必死でナムストーンを唱え続けたのだ。
ちょうどそのころイラクの国境沿いと首都バグダッドはあわただしかった。
しかもそれは秘密裏にあわただしかった。ヨルダン国境でスカッドミサイル
3基が急速移動をしていた。夜8時である。宇宙偵察衛星は30分ごとに
天空を巡っている。この30分で決着をつけなければすべてが水の泡になる。
バグダッドのイラク国防省作戦室にはフセイン大統領以下政府首脳が勢ぞろい
していた。シェルターから出てきた大型スカッドミサイルにはその先端に
小型原爆が搭載されていた。定位置に3基並んでミサイルは角度を西方45度
イスラエルの各都市にセットされていた。
イラク2
バグダッド作戦室のフセインは発射準備完了を確認すると
第一基目の発射を直ちに命令した。作戦室最前列の高官が
赤いボタンをぐっと押した。
ところがミサイルは発射されない。国境のミサイルは空を見上げたままだ。
連絡が入ってあわただしくミサイル周辺機器を点検し始めた。
5分後フセインは二基目の発射を命令した。
歴史的なイスラムのユダヤへの核攻撃の瞬間は克明にビデオに写し
取られている。イスラムの英雄サダムフセインの決定的瞬間、
しかしこれも発射しない。
フセインは司令塔から降りてくると第三基目の赤いボタンの前に立った。
カメラに向かい握りこぶしを作って全国民に訴える。
ついにフセイン自ら第三基目の赤いボタンを押した。
決定的瞬間はそれでも起きなかった。
唖然として空を見つめるサダムフセインイラク大統領。
ヨルダン国境では午後8時30分、あわただしく3基のミサイルの
再チェックがなされていた。原因はいまだ全く不明だ。
バグダッドの緊急指令で発射は中止直ちにシェルターへ帰還せよ、
とのことだったがその混乱ぶりは激しく慌ただしかった。
天空の偵察衛星はそれを見逃さなかった。克明に追跡アプローチ、
ズームアップされて直ちにペンタゴンCIA情報分析局へ。
国防省から大統領へ緊急連絡が入る。
「イラクが軍事行動を開始しました。ヨルダン国境に3基の
スカッドミサイルが慌ただしい動きをしています」
映像と国防省長官からの詳しい説明が入る。中東キプロス、
トルコ、サウジアラビア、クェートの米国軍、ペルシャ湾の
空母エンタープライズ、米国3軍は直ちに臨戦態勢に入る。
大統領の一言の命令で戦闘開始である。1991年の湾岸戦争でも
壊滅できなかったフセイン体制、テロの温床、父の代からの仇敵。
休戦協定に違反して国連の核査察をこの数年ずっと拒み続けてきた
サダムフセインはいったい何をしようとしているのか?
イラク3
スカッドミサイルの動きはまさに異常であった。
大慌てでシェルターに身を隠そうとしているのだ。
米大統領の決断を高官たちがかたずをのんで見守っている。
「大統領ご決断を。イラク総攻撃のご決断を!」
大統領が何かつぶやいた。
「ナムストーン」
「え?ナムストーン?」
高官たちが顔を見合わせ一瞬の沈黙が流れる。
大統領が声を発した。
「ちょっと待ちたまえ諸君!総攻撃は中止だ!」
とその時緊急直接電話が入った。
バグダッドに潜伏中のCIA局員から大統領に直接電話だ。
電話の声は諜報員らしからず興奮してかん高かった。
「大統領!たったいまイラクのサダムフセインが自殺しました!
イラクのフセイン大統領がピストル自殺しました。確実な情報です。
フセインはたった今バグダッドの国防省内作戦室にて自ら
短銃を口内に向け発射し自殺しました。即死です。ビデオ映像を
送ります。さらに重大な発表があります。3基の核弾頭を積んだ
スカッドミサイルがこれもたった今ヨルダン国境沿いのシェルター
にて3基とも反フセインの部隊によって拘束されました。
繰り返します。イラクフセイン大統領はたった今バグダッドの
国防省内作戦室にて核を搭載した3基のスカッドミサイルの発射に
失敗し反フセイン高官メンバーによって取り囲まれ、銃を抜いて
対峙する形になりましたが、フセイン側の高官全員が降伏すると
同時にフセインは手に持った短銃を口内に突っ込み、自ら発射して
即死しました。今現場の映像が送られていると思います。
もう一度繰り返します。イラクのフセイン大統領が自殺し
フセイン体制はたった今崩壊しました・・・・・・・・・」
イラク4
米国大統領ジョージブッシュはナムストーンと低くつぶやいて
どっかと椅子に腰を下ろした。一呼吸おいて再び立ち上がると、
唖然として立ち尽くしている高官たちをゆっくりと見回して、
おもむろに威厳をもって指令した。
「イラク攻撃態勢は直ちに解除し通常配備に戻すこと。次に
サダムフセインの死亡を確認しこのビデオを全世界に公開
すること。イラクの民主化勢力を支援し速やかに新政府を樹立
すること」
そして小さくつぶやいた。
「ふーむ、これだったのか、ドナルド」
ーーーー
そのころオサムオサナイはひたすらナムストーンを唱えていた。
石は真夜中に激しくバイブレーションを起こしたままで
ずっと不気味に輝いていたからだ。
ところが明け方ピカッと閃光を放って振動はぴたりと止まった。
徐々に色はピンクに変化し再びドクンドクンと波打った。
『このピンクはあの時の・・・』
一息大きくついてオサムは大文字の夜のあの大きな瞳を思い出した。
その時である。テレビの画面に臨時ニュースが流れた。
「臨時ニュースをお知らせします!」
画面はフセイン自殺の瞬間をとらえていた。
イラク5
「日本時間午前2時40分、イラクのフセイン大統領が
政府高官の面前で短銃で自殺し、フセイン政権は崩壊しました。
反フセイン民主勢力が臨時内閣を樹立し、まもなく
臨時政府による記者会見が行われます。くりかえします。
イラクのフセイン大統領はイスラエルへの核攻撃に失敗し、
バグダッドの作戦司令室にて短銃により自殺しました。この
映像がその時の映像です。間もなく新政府による記者会見が
始まります。核攻撃失敗の詳しい内容はまだわかりません・・」
もしかしたらこれだったのかもしれない。今回の祈りは成功した!
そう信じよう。その時ドナルドからメールが入った。
「ジョージおじさんから連絡あり『ドナルド本当にありがとう。
ナムストーンを信じるよ。これからもよろしく!』」
ほどなく緊急記者会見が始まった。全世界が緊張する。
イラク6
「イラク新政府は次の新事実を映像とともに全世界へ公開する。
(1)フセインは核弾頭を積んだスカッドミサイル3基を
イスラエルへ向けて12月24日午後8時発射準備を完了させた。
(2)第1基目第2基目も発射に失敗し第3基目は自ら発射ボタン
を押した。失敗の原因はいまだに全く不明である。
(3)失敗確認後3基のスカッドミサイルを即座にシェルターに
移動したがこれらはすべて衛星に探知され、もしこの時攻撃されて
いればイラクは国内で核の自爆となっていた。国連軍、なかんずく
米国の自制に新政府は全イラク国民を代表して感謝する。今この
核はシェルター内に新民主政府軍の管理下で厳重に確保されている。
できるだけ早い時期に国連に手渡したいと願っている。
(4)フセインが核攻撃失敗を悟った瞬間、作戦室内に緊張が走った。
フセインを囲んで副官が3人さらにその周りを他の高官15名が取り
囲んだ。全員手に短銃を持って10数秒対峙した。副官3名が短銃を
床に落とすと同時にフセインは自らの口内に短銃を突っ込み瞬時に発射
した。弾丸は口内から小脳を貫通し即死であった。ビデオはすべてを
記録している。フセインがイスラムの英雄となるべくカメラはセット
されていたのだが、まさかの失敗で逆にすべての事実を映像として
記録されることとなった。
(5)新政府はいまだ未熟でイラク国民は貧困にあえいでいる。われ
われ新政府は全世界に向けて一日も早い民主化と自由化の促進をここに
宣言する。願わくば理解ある先進諸先輩国からの絶大なる支援を
心の底より切に要望する次第である。以上」
各地で1
それ以降ぽつぽつと光る石が発見されていった。
12月24日初夏のクリスマスイブの日、南半球
ブラジルアマゾン川の中流の大都市マナウスは大雨だった。
環境資源研究所の所長サントスグランデは雨の中
不気味に光る石を研究所の原生林の林の中で見つけた。
雨具を身に着けぬかるみを見回りをしていた時だ。
恐る恐る眺め言っているうちにピカッと光ってピンク色に
変化した。徐々に輝きは落ち着いてきて白っぽい普通の石に
なってしまった。そっと手で触れてそのまま持ち帰った。
ペルーではピクニックの家族が牧場の池の中に輝く石を発見
して大騒ぎになりパトカーまで出動した。チリでは教会の
裏の薄暗い墓地の中で不気味に輝く墓石を司祭が発見、
神の祟りかと恐れおののいたがよく見ると墓石の後ろの丸い
小石が光り輝いていたのだと分かった。やはり大きく輝いて
ただの小石になってしまった。司祭はその石を持ち帰り
マリア像の下に安置して十字を切った。
南アフリカではダイアモンドの採掘現場や鉱山でそのまま
持ち帰った人もいれば博物館に届けた人もいた。フィンランド
ではビバーク中の登山家が氷河に輝く不思議な石を持ち帰った。
各地で2
オサムオサナイは時を感じた。光る石が各地で発見されだしたということは
ナムストーンも各地で活性化し始めているはずだ。オサムは
再び大々的にタイトルキャンペーンを張った。
「アンビリーバブルストーン!ドンチュウノウ?」
予想通りかなりの反応がある。オサムオサナイは世界的なナムストーン
ネットワークの構築が必要だと感じた。
ヨーロッパを中心にキーツがその責任者になった。
中東からロシアをケムン、アフリカをナセル、
インドとネパールをレイ、中国を雲南の陳、
オーストラリアをポール、北米をドナルド、
南米をペルーの国立博物館館長のロベルトパッチーノ、
そして日本と東南アジアをオサムオサナイが掌握した。
まだ空を飛ぶようなことはないが、ナムストーンのマジックワードと
石の色彩コントロールの件を実例を交えて新メンバーに伝えた。
不思議なことにナムストーンを所持するメンバーは一様に
純粋な何かを持っている。個性は各人全く違うがDNAの
奥底に共通する清らかな何かがあるようだ。
そういう部分は新メンバーにも言えた。よく考えてみると
最初の5人もそうだった。ナムストーンによって
奥底のその部分は確実に進化していってるようだ。
各地で3
年が明けて3月大英博物館が科学雑誌ネイチャーに
光る石の真実(the truth of brightstones)
という論文を発表した。
所蔵のマラウイから持ち帰った光る石の写真と輝いた
記録とその時の世界情勢とを列挙し比較した論文なのだ。
反響はすさまじくさらに世界の各地から光る石の発見が
なされた。この時「ナムストーン」が公に公開された。
ナムストーンの祈りが人類の危機を救うかもしれないと
権威ある科学雑誌が発表したのだ。その最後の章で
光る石とは別に個別のナムストーンがあることも発表された。
これは所持しているものにしか見えないその人の心を如実に
表現する不思議な石でナムストーンを唱えることによって
心をコントロールできるというものだった。
各地の光る石は公開され、個別のナムストーンメンバーには
数人のグループによるユニットが生まれ始めてきた。
空中遊泳が始まるのは時間の問題だ。
真実
蒸し暑い夜の10時ごろオサムオサナイに国際電話が入った。
アンクルジョージからだった。
「実はドナルドから昨年のクリスマスイブに電話があって
『おじさん!大至急ナムストーンを唱えてください!』
というので、会議中30分の休憩をとってトイレで唱えた。
理由は後でわかるということだったが、まさかあのイラク
の事件、原因不明になってはいるが、あのスカッドミサイル
を止めたのは君たちなのか?」
「ええ、たぶんそうだと思います。あの当時は光る石が世界
でまだ数個、ナムストーンメンバーはわずかに6名でしたが、
危機が迫ると石は不気味に輝き始めます。
と同時にみんなでナムストーンを唱えて石がピンク色に落ち
着けば危機を回避できる可能性は高まります。
が、去年の9月11日は警告はあったのですが祈りが
間に合わなかったようです」
「なるほど」
「次回輝いたら直ちに全員で祈ろうと約束して12月24日
にすさまじいバイブレーションが起きました。この時は全員で
祈りに入りました。おじさんにも祈っていただきましたね。
そのあとの政変はわれわれにはあまり関係ないと思われます。
次にまたこのような危機が起きた時には大統領に
陣頭指揮を執ってもらえるといいんですが」
「なるほど、よくわかったよ。いろいろとよく考えてみよう。
個人の努力次第でナムストーンの能力が開化できれば人類の
悪しき宿命も転換できるはずだからな」
今後連絡を密にすることを確認してアンクルジョージは電話を切った。
キラウェア
このころナセルは実業家として東奔西走していた。
それでも天文学会誌には毎月隅々まで目を通していた。
今月号の片隅に先月号の訂正記事が出ていた。ナセルは
なぜかそれがすごく気になっていた。
「先月号の最終ページの三行報告の中でハワイキラウェア
天文台が発表した『3年後の8月に地球に巨大隕石が衝突
かも?』という記事は、再計算の結果全くの誤りであった
ことが判明しました。訂正し謹んでお詫びいたします」
先月号を確認してみると、最終ページの各地方天文台報告
の中で、確かにあった。
「3年後の8月15日に巨大隕石地球に衝突の可能性80%、
ハワイキラウェア天文台」
ナセルは直接キラウェア天文台に電話を入れてみた。なか
なかつながらない。やっとつながるといきなり怒鳴られた。
「今言ったじゃないですか、リック天文台とローウェル天文台
では確認できたといってますが、キットピーク天文台とパロマ
山天文台ではまだ未確認だそうです。オーストラリアのストロ
ムロ天文台も確認してます。英国のグリニッジ、日本の野辺山
とも今連絡をとってます。現在再計算中ということです!」
と言って一方的にガチャっときられた。これは何かある。再度
かけなおしたが二度とつながらなかった。本来なら「ご迷惑を
おかけしてすみません」で済むところだ。
本能的にナセルは何かを感じてオサムオサナイに詳細に報告した。
封印1
その数日前にオサムオサナイのところにはレイ、キーツ、
ケムンからの研究報告が届いていた。
レイからは仏教の神髄法華経の中に人の仏性を信じてひたすら
礼拝行に徹した菩薩の話があるとか。東天に向かって「ナムミョウー」
と唱える教団がこの50年間で飛躍的に拡大しているとかの報告だった。
「東天に向かってナムストーンか・・・」
オサムは東の空を見上げた。
キーツからの報告はミイラだった。
過去のミイラの中に先祖返りというのがあって
三つ目のミイラがあったという記録が
ドイツの図書館に残っている。
骨相学の権威ルーマニアのドラアキラ医学博士のところ
には旧石器時代からの三つ目の頭がい骨が三体現存する。
ケムンからの報告では人類が類人猿として猿類と決定的
に分岐した時点から最古の骨格遺跡発見までの間には
数十万年の謎の期間がある。
最終氷河期の時期を挟んで文明発祥の時期との数十万年
の間の遺跡や記録は謎が多く数も少ない。
封印2
確かにメキシコやユカタン半島のアステカ、オルメカ
以前の文明、ペルーのマチュピチュ以前の文明、ナスカ
の巨大地上絵や最近続々と発見される海底古代遺跡など、
その遺跡の壁面には謎の三つ目や宇宙線らしき舟の絵柄
が必ずと言っていいほど克明に描かれている。
ムー大陸やアトランティスの物語はプラトンの記述以前から
その事実は数千年にわたり口承されてきたものだ。
とするならばノアの箱舟やリグベーダや中国の古書の
記述から人類は共通の大天変地異を経験しているのだ。
それでも地球誕生からの数十億年に比べれば数万年前の出来事だ。
それが遺跡に刻まれていることは間違いない。
地球を2億年ほど席巻した恐竜は6500年前の小惑星衝突によって
絶滅したといわれている。それは間違いないだろう。
核爆弾数千発分の衝撃だったといわれている。
それでも地球は生き残った。人類は一万年年前の氷河期を生き延びて
この数千年で地球的規模で繁栄しているように見える。
いつ何かで絶滅しても何の不思議もないのだ。
その兆しを今この時見過ごしてはならない。
ケムンの報告を確認しえた時ナセルからの連絡が入った。
「キラウェア?」
オサムオサナイは思わず小声で叫んだ。
何かが地球的規模で起きようとしている!
その時オサムのナムストーンは薄紫に輝いた。
予兆1
太陽から何兆キロメートルも離れた冥王星の外太陽系宇宙の果てに
数千億個の彗星の巣があるという。
この太陽を中心とする一番外側の辺境の彗星雲(オールト)の中で
ほとんどの彗星のもととなる星が一生をかけて極寒の暗黒空間の中を
ゆっくりとゆっくりと太陽の周りを公転している。
今から230万年前のある日この中の一番大きな星がことりと太陽
に向かって落ち始めた。大宇宙の瞳が遠い地球という美しい星に
憐みの瞬きを送ったからだ。
この星は230万年の長旅を経てやっと惑星のいる領域にたどり着いた。
土星から木星にかけてその強力な引力で軌道が捻じ曲げられて、火星
から地球への直撃コースに定まった。
まだ地球上の誰も気が付かない。黙々と太陽接近への道のりを進んで
くる。この星が火星と木星間の小惑星群に突入したときはじめて探索機
に探知された。
そしてそれはじわじわと宇宙の光と影の中を縫うように地球に接近して
いた。地球の数十倍の容積を持つその巨大ガス状彗星は急速に濃縮拡散
を繰り返しながら、
あたかも天空のアメーバのように地球を目指していた。
その軌道は狂うことなく地球を一直線に貫いていたのだ。
予兆2
6月に入って京都はうっとおしい梅雨に入った。
その日も蒸し暑い曇り空だった。
オサムオサナイは胸騒ぎを感じて石を見た。
今日の梅雨空のように暗く沈んでいる。
ナムストーンと囁くと申し訳なさそうに
僅かばかり明るくなるだけだ。そのとき、
ナセルからメールが入った。
「ハワイのキラウェア天文台に電話が通じません。
ハワイのメンバーに動いてもらってはどうでしょうか?」
「了解しました。すぐ連絡をとってみます」
確かにキラウェアには全く通じない。
ハワイにはすでに数十人のメンバーがいて
中心者のカメハメハはハワイ大学のメンバーとともに
5人で空中飛行をたびたび繰り返している。
キラウエアには光る石もある。さっそくカメハメハに
動いてもらったが、天文台はすでに米国海軍によって
封鎖されているとのことだった。
オサムオサナイは全世界200か国の中心メンバーと
大英博物館を通じて350か所の光る石所持者に向けて
緊急連絡第一号を発した。
「近いうちに地球規模での大事件が発生しますので、心して石を
見守っていてください。少しの変化でもあればみんなと連絡を
取り合い全世界にナムストーンの渦を巻き起こしていきましょう」
その頃世界各地の大型望遠鏡を持つ天文台はすべて各国の軍隊に
よって封鎖されていた。
アメリカ合衆国、ニューヨーク国連本部、ペンタゴン、ホワイトハウス
はこの日厳しい報道管制がしかれた。
「公式発表はまだ先だ。押さないで押さないで。今再分析中だから
発表までもう1日かかります。まだ不必要に騒がないでください!」
予兆3
世界各国のマスコミは一様に息をひそめその時を待った。
丸一日がたった。6月10日未明、国連から全世界に向けて
重大発表がなされた。
「全世界の皆様へ緊急連絡です。こちらは国連事務総長のアナン
ムサバキです。これから全世界の良識ある皆様へ、驚くべき事実を
公開しなければなりません。どうか動揺することなく冷静に対処
していただきたいと思います」
全世界が注目する一大発表が始まった。
「ハワイキラウェア天文台が科学研究誌5月号に『3年後の8月25日、
巨大彗星がこの地球に衝突する確率は80%』と報告され、世界中の
天文学者が『何という無責任な重大発表を専門誌に流すのだ、至急訂正
しろ』という抗議の元再分析をした結果翌月に訂正記事を出しました」
ブラジルではサッカーの試合を中断し皆大型スクリーンにくぎ付けに
なった。ニューヨークの証券取引所も急落が続き緊急に取引を閉鎖した。
「全世界の有名天文台に再度詳細な分析をお願いしました。その集計結果が
本日出ましたので発表いたします。グリニッチ時刻8月15日午前1時
ガス状巨大彗星が月に衝突引き続き9時間後の午前10時に地球に衝突いた
します。確率は99%です。この彗星は濃縮拡散を周期的に繰り返す巨大
ガス状彗星で質量はほぼ地球と同じですが拡散したときは地球の10倍の
容積になります。計算では月面に衝突時の密度は地球の4倍、地球衝突時
が5倍位になります。地球通過時間は約30時間、衝突時にはどうなるか
との予測は全く不明であります。どの程度の被害が出るかもわかりません」
深夜の渋谷電光掲示板にニュースが流れる。人々は足を止め近くのモニター
画面に人垣ができる。バーもクラブも一瞬音楽が鳴りやんだ。
「がしかし対策はあります。この後米大統領に詳しい説明をしていただき
ますのでご安心ください。真実をありのままに今申し上げました。いまこそ
全人類大結束してこの彗星の通過に耐え抜こうではありませんか。それでは
引き続き万全なる対策マニュアルをブッシュ大統領にお願いいたします」
SAC1
「ただいま国連のアナン事務総長の重大発表を繰り返します。
二か月後の本年8月15日午前10時に巨大ガス状彗星が
地球に衝突いたします。
約30時間で通過しますが、かなりの障害が予測されます。
この間十二分に研究を尽くして当日を迎えたいと思います。
分析とマニュアル作成のために発表が遅れたことをお詫びい
たします。
詳細なる分析の結果、このガス状彗星はほぼ1年前に存在が
確認されていましたが、昨年春のケープ天文台発表のものが
最初です。
銀河系宇宙に最も近いウルトラ第3星雲との中間点に新星誕生
と報じられましたが、30日後には消滅さらに30日後に
再出現という不可解な新星ということでしたが、
その後キラウェア天文台と共同で追跡調査の結果、
拡散濃縮を繰り返すガス状単独彗星ということが判明
いたしました。
さらに今では加速度がついてほぼ間違いなくこの8月15日に
地球に衝突します。しかし慌てないでください。
これから述べる対処法を確実に守ればこの危機は十分に
乗り越えられますので大丈夫です。
ちなみにこのガス状アメーバ型彗星のことを
SUPER AMEBA COMET(SAC)と表示いたします。
それではSAC対処策を発表いたします」
SAC2
全世界に緊張が走る。
「まず初めに国連軍のSAC対策です。
(1)火星付近に近づくまでの間に探索衛星をSACに衝突させてガスの更なる詳細な
分析を行う。今のところN、O、H、Cなどが多く地球の大気と組成が似ている。
(2)火星を通過したのちに何らかの手立てを用いて、SACの軌道変更を試みる。
核の使用もありうる。
(3)月に衝突する前に全地球を覆うバリアを成層圏に作る。
(4)通過する30時間の間、このバリアを補強維持する。以上です」
ここで緊張が少し緩む。
「次に各国市民のSAC対策としては超巨大なハリケーンや巨大砂漠の大規模砂嵐に
対応するものと想定できるので核シェルターなどにに30時間こもるしかない。
SACが成層圏に入ると一時的に地球の温度が1度ほど上昇する可能性があり水位が
上がるので沿岸部は要注意。かなりの電波障害が起こる。絶対に戸外に出ないこと。
ガスは今分析中ですので更なる対策が必要とあれば直ちに公開します。
今こそ一致団結してこの危機を乗り越えましょう!以上です」
続いて各国首脳のアピールが続く。
SAC3
そのころ各地の光る石やナムストーンは
バイブレーションを起こし始めていた。
石の輝きは低下しおびえている。
今回は皆以前から胸騒ぎを感じていた。
地球的規模で何かが起こるそれはまさに
この発表だったのだ。
石がこれだけ反応しているから衝突は免れない。
どうやって生き延びるかだ。
SACは最大限濃縮すれば地球以上に硬度のある
物質になるが拡散すれば磁気嵐程度で終わるやもしれぬ。
衝突の衝撃を少しでも避けるには、
彗星の軌道を変える努力をしながら大気圏に
バリアを張り最大限に拡散させるしかない。
そのうえで30時間耐える。
イメージとしては煉瓦に豆腐が衝突する感じだが、
何が起こるかわからない。
あの恐竜が消滅したときのように。
SAC4
オサムオサナイはメンバーに緊急連絡第2号を発した。
「みなさん祈ってますか?本日の国連の発表で私たちは地球的
規模の大災難とはガス状アメーバ型彗星(SAC)の衝突だと
いうことを知りました。戦う相手が明確になりました。
相手の軌道を変えるか、大気圏にバリアをはるか、最大限に拡散
させるかをなさねばなりません。相当のエネルギーが必要です。
更なるメンバーの増加が必須です」
せめてメンバーが1億を越えなければそれは不可能だ。
ということは、
『衝突は避けられない!』
SAC5
このころ世界はパニックになっていた。
今月中旬にはSAC探索に行った3基の
宇宙衛星が帰還する。
最終分析発表は月末だそれではもう遅い。
そう考えた人々が自己防衛に走ってパニック
が始まった。
一気にシェルター作りが加速する。
冷戦時代の第三次世界大戦前夜のようだ。
開発途上国や軍事独裁国では権力者だけが
シェルターを作った。裏社会のグループも
秘密裏に壕を作る。
多くの人々はなすすべもなく不安を抱えたまま
日常を送るしかなかったのだ。
SAC6
いつの時代もそうであるようだ。
時代の激流の中で洗い流されるのは
人類の大半を占めるこれら弱者だ。
今回の大衝突もそうなるのか?
オサムオサナイは純真なる弱者を
何とか生き残せるすべはないものか。
メンバーに緊急連絡第3号を発した。
「目標は衝突までに1億人。今月末までに
1000万人。現在メンバーは300万です。
全力で頑張りましょう!」
7月中旬探索器は無事に帰還した。データは
直ちに分析されわずか4日で世界に公表された。
SACC7
(1)SACの元素組成比は地球の大気の組成比とほぼ同じ。
最大限に拡散状態で突入すればほぼ無害。電波障害が起こる程度。
(2)SACは8月15日グリニッチ標準時間午前1時に月に
到達し約30分で通過。午前10時に地球に至り約30時間で
通過。
(3)月衝突と同時に電波障害が現れ、気圧が急速に高まり、太陽
の光が微粒子で遮られ氷の嵐に包まれます。マイナス20度の寒波が
30時間続きます。オーロラと稲妻雷鳴のとどろく中で人々はじっと
氷の嵐が通過するのを待ちつづけなければなりません。
コンピューターなどは使用不能になります。特に寒さに不慣れな
熱帯地方はこの寒波に注意してください。
一時的に海面上昇が起こりますが1mもないものとの予想ですが
海辺は十分に注意してください。
SAC8
(4)高濃度の氷の砂嵐と磁気嵐が30時間続くという
ことですが十分乗り越えられますのでご安心ください。
この後詳しいことや最新ニュースを繰り返しお伝えいた
しますので国連からの発表はこれでひとまず終わります。
オサムオサナイは国連の発表を聞いて何か大切な情報が
抜け落ちている気がした。シェルターでも防ぎきれない
何かが起こるような胸騒ぎがした。
光る石とナムストーンはバイブレーションを増大しているし。
輝き具合も今までにないほど青黒く沈み込んできた。
それでも一つの救いはこの高まりでさらに多くの光る石と
ナムストーンが発見されたということだ。
SAC9
いよいよ8月に入った。衝突まであと2週間。
石は合計で800万を超えた。
天空がSACの影響で霞がかかったように太陽の光を遮り始めた。
この日久しぶりにジョージおじさんから電話が入った。
「どうだい?オサムオサナイ。今回は乗り越えられそうかな」
「今メンバーは800万人に達しましたが。乗り越えられるか
どうかはわかりません。何か大きな情報の欠落があるように
思えてならないのですが」
「ふむ。もう一度再分析をさせよう。何かあれば公表する。
現時点では情報の隠ぺいは人類への裏切り行為だ。
ナムストーンも全面公開したいがどうだ?」
「ええ、よろしくお願いします」
日ごとに天空は暗くなってきた。
バリア1
オサムオサナイは緊急連絡第4号を発した。
「今回の国連発表に安心してはいけません。ナムストーンの
バイブレーションは高まり、石の色は青黒く打ち沈んだままです。
警告は人類の危機を訴え続けたままです。全人類に全く無害で
あるならばナムストーン及び光る石は明るく輝きを取り戻すはず
ですそれがないばかりか逆にさらにどす黒さが深まっている
ということは、間違いなく危機は地球全体人類すべてを滅亡させる
ほどの規模のものだと考えざるをえません。
気を抜くことなく最大限の緊張をもってこの2週間を耐え抜きましょう!」
このころテキサスのドナルドは遊泳を試みていた。5人のメンバーで
オサムオサナイに言われたように手をかざしてナムストーンと叫ぶと
ふっと宙に浮く。
このことはハワイやヨーロッパの各地ですでに試みられていたのだ。
ハワイではカメハメハを中心に。
ヨーロッパではキーツを中心に各地で空中遊泳が始まっていた。
フッセンのお城からスイスアルプス山中にかけて。
チューリンゲンの森の上空。ピレネー山脈やアルハンブラの宮殿上空。
英国ネス湖近辺。ユトランド半島からスカンジナビアにかけて、
5人のメンバーでユニットを組んで天空へと舞い上がる。
バリア2
北アフリカではナセルを中心にピラミッド上空やアスワンダム付近で。
中東はケムンが中心者でアテネの神殿上空やカッパドキアで。
インドヒマラヤ上空はレイを中心に。中国では雲南省を中心に。
南米ではペルーを中心に。オーストラリアではエアーズロックで。
5人のユニットの場合には他のユニットとの交信が可能だ。
その日グランドキャニオンから飛び立ったドナルドのユニットは
モニュメントバレーから飛び立ったインディアン系のユニットと接触
した。遠くに姿が見えると耳元で声が聞こえる。
「こちらモニュメントインディアナの5名です。3時の方向に上昇中です」
「あ、見えました。こちらグランドテキサスの5名ですよろしく。
ナムストーン!」
バリア3
5人共通の不思議な会話が成立している。
ドナルドはナバホ山を迂回するとキャニオンの方向へ
反転した。素晴らしい夕日が沈む。
5人が夕日に見とれていたその反対側の宇宙で、
大きな美しい瞳が一瞬やさしく微笑んだ。
南米ではナスカを飛び立ったユニットが、チチカカ湖
を飛び立ったユニットとマチュピチュの上空で接触した。
中国では敦厚を飛び立ったユニットがゴビ砂漠上空で
北京から飛び立ったユニットと遭遇している。
インド、ネパール方面の中心者はレイだった。レイは
女性だけのユニットを立ち上げてヒマラヤの上空で
インドのユニットと接触している。
ついには国境を越えてあちこちで3つ4つユニットが
複合的に接触するようになってきた。
アポロジュニア1
大統領ブッシュは再分析を各研究所に依頼したが、二日後、
『探索機からの資料はもう十分に解析された、
あとは人類が直接SACに突入してみるしかない』
という結論に達した。大統領は決断した。
4人乗りアポロジュニアを緊急発進することにした。
SACが火星をかすめて地球に近づいてきている。
あと10日で月がSACに触れる。
この時を期して地上からアポロジュニアを送り込み
SACに突入を試みる。
SACの密度は中心部も周辺部もほぼ均一だ。これは
不思議なことだが探索機が持ち帰った資料で証明されている。
これで安全が確かめられれば、人類は心を一つにして
30時間SAC通過に耐えればいいということになる。
アポロジュニア2
もし何らかの異変が起こればその時は緊急を要する。
全人類の英知を絞って大至急対策を考え出すしかない。
探索機の分析では楽観的だがナムストーンは危機を警告
し続けている。しかもその警告は高まりつつあるのだ。
ブッシュはオサムオサナイを信じた。アポロジュニアを
飛ばすしかない。ところが、
突然のアポロジュニア発信命令で待期していた宇宙飛行士
4人がNASAに向かう途中4人とも事故で死亡したのだ。
何かがこの作戦を阻止しようとしている。
ブッシュは天に向かって叫んだ。
「ナムストーン!ナムストーン!ナムストーン!」
大統領は直ちに命令した。
アポロジュニア3
「予備飛行士を全員集合させよ。その中から
私が面接して4人を選ぶ」
ところがである。10名いる予備飛行士のうち
6名までがけがと病気で入院中だったのだ。
集合したのは次の4人のみだった。
操縦士のチャーリーはかなり偏屈で無口な
イスラエル生まれのユダヤ教徒。24才。
情報通信のモハメドは饒舌なアラブ人。
イスラム教徒で26才。
ジェームズは冷静な英国紳士で何でもこなす。
クリスチャン29才。
ジャッキーはひょうきんで面白い中国系の仏教徒
でメカが専門。23才。
何とかこの4人で出発するしかない。
無事帰還できればそれでいい。
アポロジュニア4
「このメンバーで十分だ」
大統領は決断した。
「君たちの使命はただ一つ。月の周りをまわって地球に
無事帰還してくれればいい。ただし月の裏側でこの
ガス状星雲SACに触れてもらう。何か異変があれば
直ちに地球と連絡をとって大至急対策を考え出さなくて
はならない。その分析と判断が全人類の存亡にかかわって
くる。SACに人類で最初に突入する君たちは英雄だ」
チャーリーはアポロジュニアを直接操縦できることが夢の
ようであった。
モハメドはほんとは過激なイスラム教徒だった。いままで
なかなか先輩飛行士になれなかったのは秘しても隠し切れない、
アポロジュニア5
独りよがりな危険性がどうしてもにじみ出てくるから、
後回しにされ後輩に追い抜かれていったのだ。
自分では教官でもいいNASAに残れればと思っていたから
こんな幸運はない。一つ間違えば9.11のテロに
参加していてもおかしくはない自分を感じていたのだ。
ジェームズは典型的な英国紳士でその情報処理能力と判断力
は的確だ。あまりに慎重すぎるために予備飛行士のままできた。
最初にして最後のチャンスだと思っている。
ジャッキーはめっぽうメカに強い。体も強靭で陽気な性格だ。
ただ一つ身長が170㎝に満たないために後回しにされてきた。
アポロジュニア6
大統領が続ける、
「戦いはこれからだ。何か異変が起きたなら失敗は許されない。
君たちの正確な情報掌握、分析、判断が60億全人類の生死を
分かつのだ。最重要な責務である。覚悟して出発してくれ。
万が一判断がつかない異変が起きたならば」
皆は真剣なまなざしで大統領を見つめた。
「その時は必死でナムストーンと唱えてくれたまえ。以上!」
『ナムストーンだって?大統領は気でも狂ったか』
とチャーリーは思いつつ顔だけは真顔で大統領を見つめていた。
モハメドは、
『ナムストーンなんて知らないね。俺にはアッラーがついている』
と大統領を睨み返した。
アポロジュニア7
ジェームズとジャッキーは二人同時に、
「ナムストーン!」
と唱えていた。大統領は右手握りこぶしをどんと
左胸にあてて、
「イエス、ナムストーン、OK?」
「ナムストーン、OK!」
4人は一応声をそろえてナムストーンと答えた。
ガス状アメーバ大彗星SACはさらに詳しく分析された。
惑星間をものすごい速度で加速しながら進み、星に近づく
と急速にブレーキがかかる。高速移動中は高濃度に凝縮し
ブレーキがかかると拡散する。組成は炭酸ガスと水が90%
後がN、P、Sの化合物である。いわゆるハレー彗星と同じ
組成である。通常の彗星には核というものが存在するが、
SACには存在しない。拡散濃縮を繰り返しながら途中の
小惑星群を飲み込み吐出しして濃度を高めて進む。
まるで天空のアメーバそのものだ。
アポロジュニア8
ほうき星のようにケイ酸塩のチリの尾や炭酸ガスイオン
のプラズマの尾がないのも特徴だ。ただしほうき星と同
じように周囲は水素のコロナ雲に包まれている。
木星軌道からははるかに離れていたが、それでも大きくSAC
の軌道は押し曲げられた。火星との間の小惑星群に次々と
衝突しながら火星をかすめた。この時SACの軌道はさらに
捻じ曲げられて地球直撃コースに定まったのだ。SACは
なぜ今まで発見されなかったのか?彗星というのは、いきなり
現れるから彗星というのだということで発見は難しい。
彗星はどこからやってくるのか?それは太陽から何兆キロメートル
も離れた冥王星の外、太陽系の果てからやってくる。230万年
というとてつもなく長い年月を経て、やっと木星を通過した。
このころ初めて存在が確認された。宇宙空間移動中は高濃度の
塊になるので高性能望遠鏡でもとらえにくい。心臓の鼓動の
ように収縮拡大を繰り返しながらアメーバ彗星は近づいてくる。
小惑星と衝突するときは大きく拡大して、その惑星の邪悪な物、
醜悪なものを全部吸い取ってしまう、天空のクリーナーでも
あるのかもしれない。
アポロジュニア9
そのたびにアメーバ彗星SACは質量を増し不気味に増大する。
なぜこの彗星が今地球に向かっているのか?オサムオサナイは
直感的に善なるものを感じていた。いつか昔夢で見たのだ。
大きな瞳が飛んでくる。宇宙の果てから飛んでくる。邪悪な物
を吹き飛ばし、悪い奴らを食い尽くす、正義の星雲!そんな夢
を見たような気がする。ついにその星がやってきた。
地球までの距離は6000万km。火星とほぼ重なる位置に
白い点が肉眼でもはっきりと見えだした。
この天空の白星は日ごとに拡大していく。各地の光る石とナムストーン
は激しいバイブレーションを続けている。黒く深く沈み込んで
不気味な輝きだけがましてきているのだ。
アポロジュニア10
ついにアポロジュニアが出発した。60時間で月の裏側へ出る。
この時SACとはじめて接触する。その瞬間何事もなければ
地球は救われる。
ジュニアは月の軌道に入るとすぐに激しく揺れだした。
ドライアイスと氷の粒の激しい砂嵐のようだ。
稲妻がありとあらゆる方向から光り続け、オーロラが走る。
雷鳴と氷の塊が激しく宇宙窓を打つ。
(ジェームズ)「ただいま本機はSACに突入いたしました。
揺れは激しいですが軌道は保たれています」
(チャーリー)「操縦には問題有りません」
(モハメド)「かなり大粒のひょうが降っている。超大型の
砂氷嵐ってとこか」
(ジャッキー)「メカも以上ありません」
(ジェームズ)「何とか外に出てみようと思います」
(宇宙センター)「危険はないか?」
(ジェームズ)「外に出てみなければわかりません」
(センター)「それが使命だ」
(皆)「それが使命です!」
(ジャッキー)「是非やらせてください!」
(センター)「OK!幸運を祈る!」
(ジェームズ)「ジャッキー、準備はOKか?」
(ジャッキー)「準備完了!」
(ジェームズ)「みな、準備はOKか?」
(皆)「準備完了!」
アポロジュニア11
ジャッキーがジュニアの外に出た。
(ジャッキー)「すごい砂嵐です。いや、ひょう、氷の粒の嵐です。
宇宙服がぼこぼこと音を立ててへこんでますが突き抜けるほどでは
ありません。直径1cm位の粒です。稲妻がくまなく光っています。
嵐です。風速は40mくらい。微妙な黒い光る粒が混じって
います。稲妻が光るとパッと変色して虹色に輝きます」
ジュニア内のモハメドが呟いた。
「オーロラの氷の嵐というのが実態か。月でこの程度だったら、
地球上ではもっと拡散しているはずだから、30時間なんとか
耐えられるかもしれないな」
外のジャッキー、
「何か音が聞こえます。風の音のような。どこが中心かわかり
ませんが渦が巻いています。その中で全く異質な音が聞こえます。
圧力が高まってきました。ものすごい圧力です。キーンという音
に変わりました。めまぐるしく目が回ります。ああっ!」
(ジェームズ)「戻れ!ジャッキー!」
アポロジュニア12
(チャーリー)「私が外に出ます!」
(ジェームズ)「いやいい。ジャッキー!」
(ジャッキー)「ナムストーン、ナム・・・」
(ジェームズ)「ジャッキー!聞こえるか?」
(ジャッキー)「こちらジャッキー。大丈夫です。
周りが明るくなりだしました」
(ジェームズ)「早く戻ってこい!」
(ジャッキー)「あ、嵐がやみました。淡いピンク色で
心地よく輝いています。何か見えます、天空一杯に。
瞳です。大きな瞳です。何かとても心が落ち着いています。
ふわっと雲に浮いているみたいです」
(ジェームズ)「早く戻ってこい!ジャッキー!」
(ジャッキー)「キャプテン。眠たくなるほどいい気持ちです。
何か聞こえてきました。天使の歌声のようです」
(ジェームズ)「何を言っているのだジャッキー?窓から見ると
外はすごい嵐だぞ。どこにいるのだ?声は間近に聞こえるのに」
(ジャッキー)「ZZZZZZZ」
(ジェームズ)「眠るなジャッキー!もどってこい!」
アポロジュニア13
(センター)「なにかおきたのか?」
(ジェームズ)「ジャッキーが外で。しばらくお待ちください」
(ジャッキー)「今そちらに戻ります!」
ジャッキーがそう言った直後にジュニアが大きく揺れた。
船内の圧力が急速に高まってきた。稲妻が走り、
オーロラが舟を取り巻く。すごい圧力だ。
(ジェームズ)「みな、大丈夫か?」
(チャーリー)「頭がキーンとする」
(モハメド)「目が回る、目が回る」
(ジェームズ)「ナムストーン!ナムストーン!」
アポロジュニアの周りのオーロラは消え揺れも止まった。
ゆったりと雲の上に浮かんでいる。
雲はピンクに輝き、天空には大きな瞳が見える。
天使の歌声が聞こえてくる。
ゆったりと眠っているジェームズ。
ハッチからジャッキーが入ってくる。
(ジャッキー)「はーい、キャプテン。ただいま戻りました」
(ジェームズ)「お帰りジャッキー。どう?ハッピー?」
(ジャッキー)「イエス、ベリーハッピー!
チャーリーとモハメドは?」
アポロジュニア14
二人は操縦席にうつ伏せているチャーリーの肩をたたいた。
ぐらっと振り向いたチャーリーは死んでいた。
両眼をカッと見開いて眉間から打ち抜かれたように丸い穴
が開き、血が流れ出ている。モハメドも同じだ。
(二人)「チャーリー?モハメド?」
(センター)「キャプテン!何が起きたのか報告してくれ!」
(ジェームズ)「報告します。死者2名生存者2名。生存者は
ジェームズとジャッキー。死者2名はチャーリーとモハメド。
眉間を撃ち抜かれて即死です。原因は何かさっぱりわかりません。
舟は今すこぶる安定していて揺れもなく気分は良好です。SACと
同じスピードでこのまま地球軌道に入ります。SACは淡いピンク
色に輝いていて雲に乗っているような感じです」
(センター)「二人は何で死んだんだ?」
(ジェームズ)「さっぱりわかりません。急にキーンと音がして
すごい嵐と揺れの中、圧力が急速に高まってきて苦しくなり
目が回ってきて思わず叫びました」
(センター)「助けてくれ!と叫んだのか?」
(ジェームズ)「いいえ、ナムストーンと叫んで気絶しました」
(センター)「?」
(ジェームズ)「ふと気が付いたらジャッキーが帰還していて
周りは嵐も止んでとても静かで心地よく、二人でチャーリーと
モハメドを起こしたんですが、眉間を撃ち抜かれ即死のようで」
(大統領)「二人に確認したい。圧力が急速に高まり頭がキーン
となった時ナムストーンと叫んで二人はなぜか助かっていると
いうことだな?」
(ジェームズ)「そうです。その通りです」
アポロジュニア15
(大統領)「誰も信じないだろうが、これを公表しよう」
宇宙船アポロジュニアは地球への落下軌道に入った。
地球から見ると、まさに黒雲が天空を覆い尽くし、
氷の嵐に巻き込まれる直前で稲妻、オーロラ、雷が轟き、
ヒョウが降り出してきた。
急速に温度が下がり、気圧が高まって息苦しい。
黒光りする粒子がまとわりついてくる。
一陣の突風が吹いて、いよいよ氷の砂嵐が磁気の乱れを
伴って30時間地上で荒れ狂うのだ。
地上1万数千メートル、宇宙船から地球が見える。ピンク
の雲のようなアメーバ彗星の最先端に押されるように見え
隠れしながら地上へ落下していく。
落下地点の南太平洋まであと数周。ヒマラヤの峰々が下方に見える。
その近くに小粒の何かが見える。飛行機ではない。なんとそれは、
水平飛行する5人のスカイダイバーだ。インド洋から東アフリカに
かけてアポロジュニアは少しづつ高度を下げていく。
スカイダイバーの五角形のシルエットが下方のあちこちで見えてきた。
ジュニアは南極上空を通過して南米を北上しヨーロッパ上空を横切る。
スカイダイバーの密度が急に増加して天空一杯に広がってきた。
こちら側から見ればピンク色の幸福な雲に見えるが、
地上から見上げればまさに氷の嵐の到来だ。嵐の雲を突き抜けて
5人のユニットダイバーが宇宙船のすぐ真下まで無数に広がり
浮上してきている。
ほぼ宇宙船と同じ高度でとどまり、ともにゆっくりと落下していく。
大衝突1
大統領は世界に向けて最後の声明を発表した。
「全世界の善良なる皆さんに国連から最後のメッセージをお届けします。
あと数時間で地球は強力な氷の嵐に包まれてしまいます。30時間それは
続きます。シェルターや強固な建物の中に隠れれば氷の粒や寒波強風は
防げますが、気圧の高まりや電磁波は防げません。苦しい戦いですが30
時間耐え抜きましょう。宇宙飛行士4名を乗せたアポロジュニアがアメーバ
彗星SACに先ほど突入いたしました。しばらくして事故が起きました。
急速に圧力が高まってきて押しつぶされそうになった時キーンという音が聞
こえてきて皆気絶してしまいました。2人は生き残りましたが二人は残念
ながら即死でした。どうやって生き残れたのか?それはナムストーンと叫んだ
からのようです。理由はわかりませんが確認された唯一の事実ですのでキーン
という音が聞こえてきたらナムストーン!ほかはありません。ナムストーンを
お忘れなく。幸運を祈ります。ナムストーン!」
大衝突2
8月15日9:00AMニューヨーク。国連本部。上空は真っ黒。
稲妻とオーロラが走り雷鳴がとどろく。メディアがアメーバ彗星
SACの到来を告げる。
「こちらニューヨークです。SACが空を覆い尽くしました。
間もなく氷の粒が大量に降ってきます。風速40メートルの
氷の嵐がやってきます。建物の中へ避難してください!」
同時刻、グランドキャニオン。天空に向かって5人ユニットが飛び
上がる。各地から次々と飛び上がる。黒雲を突き抜けるとそこは別世界
無数のユニットが天空を覆い尽くしている。
宇宙船がその中をゆったりと落下していく。その雲の真下は氷の大嵐だ。
10:00AMハワイキラウェア天文台。ものすごい氷の嵐。常夏の
島にひょうが降り、寒波と稲妻、雷とオーロラが荒れ狂う。
大衝突3
テレビは叫ぶ。
「ただいま全世界が氷の嵐に巻き込まれました。キーンとなったら
ナムストーン、ナムストーンと叫んでください。ただいま全世界が
氷の嵐の中に入りました。これから暴風雨になります。避難して
ください・・・・・・」
電波障害が起きてぷつんと電源が切れた。テレビもコンピューターも
全ての明かりが消えた。すさまじい風の音。氷の嵐がすべてを飲み込む。
11:00AM、嵐の東京霞ヶ関官庁街。黒雲に覆われ激しい氷の嵐。
オーロラと稲妻が不気味にビル群にまとわりつく。
12:00AM、北京天安門に大粒のひょうが降る。空は不気味な黒雲。
首脳は大急ぎで地下シェルターに隠れる。激しい氷の嵐が襲ってくる。
オーロラと稲妻、雷鳴が天安門広場に轟きわたる。
13:00、クレムリンもバッキンガムも凱旋門も。ピラミッドも
万里の長城も自由の女神もすべてが黒雲に覆われ、氷の嵐と稲妻
オーロラにまとわりつかれてしまった。今や世界中がついに
大彗星雲にすっぽりと覆いつくされてしまったのだ。
大衝突4
14:00AM、宇宙から見ると地球は黒紫色の楕円形
アメーバ星雲に完全に喰い包まれてしまったように見えた。
15:00,暗闇に光る稲妻が至る所に走りオーロラが
地球中をめまぐるしく色彩を変化させながらあちこちと
無数にはいずりまわっている。
16:00,ついに世界中の電気が消えた。あと24時間
人類は耐えることができるだろうか。これから気圧が急速に高
まる、耳をつんざく超音波嵐が吹き荒れる。
17:00,予想では電磁気嵐が最初にやってきて海が沸騰
するかと思われたが、幸い海は大荒れに荒れているだけで、沸騰
することはなかった。大気中の酸素が激減して窒息するということ
にもならなかった。ただただ稲妻とオーロラの氷の嵐が吹き荒れた。
18:00,オサムオサナイは京都にいた。ナムストーンメンバー
には、5人一組で飛び上がり氷の嵐の雲の上空へ出るように、と
最終連絡指令が発せられていた。
19:00、地上8000mまで氷の嵐の黒雲は降りてきていた。
気圧が急速に高まる。ベテランメンバーは何度か上空に舞い上が
っては新メンバーを横につないで5人で再び地上に舞いおりて、
また4人を引き連れて舞い上がる。
20:00、「僕を信じろ目をつぶってナムストーンと叫ぶんだ」
フッと舞い上がる。
大衝突5
21:00、嵐の中をグングンと上昇して一気に重厚な
黒雲を突き抜けると、大歓喜の天上の世界に遭遇する。
善良な仲間たちが手をつないでふんわりと浮遊している。
22:00、遠くに宇宙母船の姿が見える。ゆっくりとゆっくりと
地球を巡りながら地上へ舞い降りていく。
23:00、その分黒雲から下の世界は急速に気圧が高まり
稲妻とオーロラ氷と電磁波の嵐がさらに強まる。
24:00、オサムオサナイは家族を呼んだ。父母妹と手をつないで
4人で集中してナムストーンを叫ぶ。ベテランメンバーはもう一人で
十分上昇下降ができた。3人までならつれて上がれるのだ。上空で
5人のユニットを組めばいい。
1:00AM、キーツはヨーロッパで、ナセルはアフリカで、
ケムンは中東部で、レイはインドと東南アジアで、全世界の
ベテランメンバーは何度も上昇下降を繰り返した。
2:00AM,ナムストーンを持っていない新メンバーも
続々と上昇してきた。5角形の人間ネットが地球を包む。
ナムストーンを唱え宙に浮いている。その分下降制御の
バリアとなって黒雲の下降速度がさらにスローになってきた。
大衝突6
3:00AM,世界に広がった光る石の周りには数千人の人々が
ナムストーンを唱えて集まってきた。徐々にその場が地上から浮き
上がり、ついには黒雲を突き抜けて天空へ舞い上がった。
4:00AM,雲南でペルーでメキシコで大地ごと天空へ舞い上がった。
世界の各地で。エアーズロックでは人々を乗せたまま浮上した。
5:00AM,イースター島では島ごと舞い上がった。それでも天空
の人々は数億人どまりだった。
6:00AM,ますます圧力は高まり耳がツーンとなってくる。
寒い。人々は鼓膜が破れそう思考が滞ってきて気が狂いそうだ。
7:00AM,あと10時間、地上に残された人々は我先にと
逃げ惑った。暗闇の中で金持ちたちは自前のシェルターに隠れた。
8:00AM,中東アラブの王族たちは石油の富で地下宮殿を作っていた。
一握りの一族が衛兵たちと地下に潜んだ。
9:00AM,アフリカの小国では軍隊が権力者の私兵と化して
庶民を蹴散らし地下に隠れた。
10:00AM,各地の武装勢力、ゲリラ、テロリスト、やくざ、マフィア
裏社会もこぞって堅固な地下壕を作り身を隠した。
大衝突7
11:00AM、先進国では財閥、政治家、高級官僚、金持ち
などは極めて手際よく地下に逃れた。多くの庶民はすべて見放
されたのだ。
12:00、各国の軍隊ではもうすでに地下司令部、大規模作戦壕
が完備されていて作戦将校と特殊部隊壕に潜ったが一般の兵士の
ほとんどは家族の元に戻っていた。
13:00、ジェームズとジャッキーの乗ったアポロジュニアは
高度4000mを切ってきた。ヒマラヤ、アルプス、ロッキー等
の山々はすでに黒雲の上に突き抜けていて無数の人々が
ナムストーンの大合唱で浮遊している。
14:00、人口密度の高い中国からインド東南アジアにかけては
天空での浮遊の密度が他とそう変わらないということはものすごい
数の人々が地上で、この黒雲の真下で押しつぶされそうな圧迫力の
中でもがいているということか?
15:00、オーロラ稲妻が地を走りすさまじい雷鳴がとどろく。
マイナス20度の寒波、氷の嵐が荒れ狂う。不気味に輝く黒雲が
高層ビルに絡みつく。通風口から鍵穴からドアの隅から黒雲は室内
に入り込んでくる。気圧が急速に高まりキーンという音がして
目が回り始める。ナムストーンと叫んで次々と人々が天空へ舞い
上がっていく。
大衝突8
16:00、全地球全世界の庶民が今當に押しつぶされ
ようとしていた。すさまじい圧力だ。稲妻とオーロラの黒雲
は地上を隅々までくまなくはいずり始めた。
どんな強固な建物でも中に入り込んできた。頭がキーンと
痛くなる。強烈な耳鳴り。ぐるぐると目が回る。立って
いられない。座ってもだめだ。みなうずくまった。
約30億人の人々がこの最終の決定的瞬間を迎えた。
「もうだめだ押しつぶされる!」
頭が割れそうだ。眉間がきりきりといたんできた。
するとその時、多くの人々は黒雲の上空から天の声を聞いた。
遠くで大合唱が聞こえる。大空の大合唱。それは、
「ナムストーン、ナムストーン」
の大合唱だった。
地上の庶民の多くは氷の雨を見上げた。
「ナムストーン、ナムストーン」
一人また一人と口ずさむ。
全世界のいたるところで人々は叫び始めた。
「ナムストーン、ナムストーン」
地上の大合唱は天空の大合唱と一つに溶け合った。
地上をはいずりまわっていた黒雲は地下へと潜る。
天空の人々も今は皆地上に舞い降りてくる。
地球全体ががナムストーンに包まれた。
宇宙に広がる大きなやさしい瞳に見守られ、
世界はピンクに包まれた。少しずつ
天空には青空が戻ってきた。
大衝突9
そうした中でもどうしても救われない人たちがいるものだ。
臆病な人やひねくれ者プライドだけが高くて独善的で人の
善意に素直になれない人たちだ。
意外と多く素直にナムストーンを言えなかった人々は約10億人
もいたのだ。残念ながらこれらの人々は生き残れなかった。
17:00、宇宙母船は静かに南太平洋に着水した。
オーロラ輝く黒雲は海中へも向かった。
ついに30時間が過ぎた。地上はすべて明るさを取り戻した。
まるで台風一過のすがすがしさだ。何事もなかったかのように
またいつもの日常に戻ったかに見えた。
海や山や森川辺。牧場や湖。大自然は元のままだった。
小鳥のさえずり。牧場の馬や牛も何の変化もないようだ。
ただ、人たちの中に生き残れなかった一部の人たちがいた
という事実を除いて。
大衝突10
浮遊していた人たちはそれぞれの国や故郷にゆっくりと
下降し戻っていった。非常にゆっくりと着地し。何事も
なかったかのように青空を見上げ両手を広げて大きな欠伸をした。
不思議なメロディーが聞こえてくる。天使の歌声だ。人々は
やさしい母のまなざしを天空に感じた。それは銀河系ほど
もある大きな瞳がじっと地球を見つめていたからのようだった。
オーロラに輝く不気味な黒雲層は、さらに密度を高めながら
地下へ地下へともぐりこんでいった。すべてのシェルターに、
地下壕に、地下の宮殿に。どんなに完璧に密封していても
黒雲は進入してきた。海にも。
北極海、潜水艦が浮上した。ハッチが開いて一人だけナムストーン
と言いながら這い出てきた。ほかは全員死んでいた。
地下宮殿も独裁者もみな眉間を撃ち抜かれ死んでしまった。エゴや
邪悪が眉間からアメーバ彗星SACに吸い取られたとしか思えない。
一様に皆同じ、そんな死に方だった。
東京霞ヶ関の地下官僚システムは崩壊した。悪意ある
官僚や政治家、極悪人はすべていなくなった。SACは
地球上の全ての邪悪を吸い取るクリーナーだった。
これは40億年に一度あるかないかの宇宙の大異変でも
あったようだ。
エピローグ
(エピローグ)
アメーバ彗星SACの衝突から一か月が過ぎた。
地上には青空の平和が戻ってきた。
太古の楽園が復活した。
何事もなかったかのように40億の人々は、
日常性を取り戻した。
生き残った良心的な役人(もちろんボランティア)と
心ある政治家(もちろんボランティア)とNPOなど
が協力し合って各国の政治行政は復活した。
人間第一主義、絶対平和主義、全人類平等主義が
全人類のモラルとして確立された。
国連を中心に満場一致で核廃棄法案が採択され直ちに実地された。
科学者は核の無害化に知恵を絞った。世界にはならず者国家は
なくなり軍備は段階的に廃止されて、災害救援隊として
全世界にネットワークされた。
人類の富はすべて福祉と教育と芸術とスポーツに配分され、
国際交流は日常化し国境もなくなってきた。人口問題も環境問題
もなくなった。世界統一言語が普及し全世界の人々はごく普通に
人々のために奉仕した。
軍備競争や経済競争は全くなくなり、人道競争のために人々は
汗を流し、美しい星地球はさらに緑多き豊かな星になった。
おわりに
(おわりに)
東洋仏法の神髄、法華経の信解品に、
「無上宝珠(聚) 不求自得」
とある。
もともと宇宙にも我々の命にも、
それを貫く一大法則があるらしい。
それを悟るを佛といい。
迷うを凡夫というのだそうだ。
南無宝珠と信じて唱えることが、
自らの宝を顕しえる唯一の方途と説かれている。
南無宝珠とはすなわち、
「ナムストーン」
のことなのであるようだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー完ーーーーーーーーーーー
ナムストーン(後篇)