旧作(2011年完)本編TOKIの世界書二部「かわたれ時…3」(太陽神編)

旧作(2011年完)本編TOKIの世界書二部「かわたれ時…3」(太陽神編)

秋になりました。今回はこういう感じの話ではまず出てこないだろう動物を出してみました笑


TOKIの世界。
壱‥‥現世。いま生きている世界。
弐‥‥夢、妄想、想像、霊魂の世界。
参‥‥過去の世界。
肆‥‥未来の世界。
伍‥‥謎
陸‥‥現世である壱と反転した世界。

理想と妄想の紅

理想と妄想の紅

秋も深まってきた季節。北田セレナは学校の帰り道、突然犬に追いかけられ崖から落ちてしまい、足を骨折してしまった。ここは少し行けば都会だが、周りは山だらけの田舎とまではいかない長閑な町だった。川もきれいで山もちゃんと登れるように登山道が用意されている。セレナはその登山道がある場所で苦手な大型犬に走って来られて後ろが崖な事に気がつかずに後退し、下へ落ちてしまった。足の傷はぱっくりと開いており、セレナは救急車に運ばれて入院する事になった。奇跡的に怪我をしたのは足だけだった。
 セレナはまだ小学三年生だった。日本人だが出身はフィリピンだ。たまにフィリピンに帰る事はあるが日本国籍なため日本に住んでいる。母親がフィリピン人で父親が日本人のハーフである。
セレナはふと茶色の瞳を救急隊員に向けた。動転していてあまり記憶がないが気がついたら救急車に乗っていた。救急隊員はペットボトルに大量に入った消毒液をひたすらセレナの足にかけ続けていた。起き上ろうとしたら全力で止められた。
……傷口は見ない方がいいから!
という理由かららしい。
不思議と痛みはなかった。麻痺しているのかもしれない。
救急車の中で泣いている母を慰めながら明日学校いけるかなと呆然と考えていた。おそらく動揺しすぎて頭が正常に働こうと必死だったようだ。母よりも冷静で落ち着いていた。
「あの……足切断になったりしますか?」
セレナはそれだけが心配だった。セレナは見てないが足の傷口から骨が見えているようだ。こんな状態なら切断も考えないといけないんじゃないかと気が気でなかった。
「わからないけど……きっと大丈夫だよ。もうすぐ病院だからね。」
救急隊の人が何とも言えない顔でセレナを落ち着かせようとしている。セレナは怖くなったのでそれ以降は何も聞かなかった。
病院に着いた後、名前などを看護師さんから聞かれた。今学校で何やっているの?などの日常的な会話を明るく話してくれる。セレナは動転した頭で看護師さんに向かい答えていた。気がつくと足の処置が終わっていた。骨折箇所は足首で太い骨が折れて突き出ていたらしい。痛みは感じなかった。だが足はまったく動かない。
「感染症が心配なので一か月ほど入院していただきます。子供なので骨の成長も期待してあえてボルトは入れていません。骨がきれいに折れていたのでうまくつけて様子を見ようと思います。そして……」
医師が母親と何やら話をしている。雰囲気的に大丈夫そうだとセレナは感じた。
寝間着に着がえさせられて抗生物質が入っている点滴を打たれ、セレナは小児病棟へ入れられた。
何か必要なものができたら持ってくるからと母は青い顔で去って行った。
「まさか……私が入院生活を送るなんて……。」
セレナは若干、動揺していたがもうだいぶん落ち着いてきている。いつもと違うことがおき、なんだか楽しみもうまれてきていた。
……明日から学校行かないで入院!
不思議とわくわくしていた。
「あ、あの……こんばんは……。」
すぐ隣のベッドで声が聞こえた。日はあっという間に沈み、もう外は真っ暗だ。ちなみに時間はわからない。
「え?あ……こんばんは。」
レースのカーテンが突然シャッと音を立てて開かれた。隣のベッドの女の子がこちらを怯えたように見ていた。
ツインテールのかわいらしい顔つきの女の子だった。歳はセレナと近いかもしれない。
「ねぇ、いくつなの?」
ツインテールの少女がセレナに年齢を聞いてきた。
「小学三年。九歳。」
「あ、一緒だ!」
少女は点滴棒を引きずりながらセレナの元にやってきた。
「私、真奈美っていうの。名前は?」
少女が笑顔でセレナに自己紹介をした。
「えっと……セレナだよ。」
「セレナ?」
「うん、えっとフィリピン出身なの。」
「ふぃりぴん?」
少女、真奈美はフィリピンという国を知らないようだ。
「フィリピン知らない?」
「外国?」
「そう。」
「凄いな。外国行ってみたい。」
真奈美は目を輝かせながらセレナを見ていた。
「フルーツがおいしい国だよ。ジュースがおいしい。」
「へぇ……。いいなあ……。」
「後他にはね、アボカドに砂糖をかけて食べるっていうと日本だと驚かれるね。」
「あのマグロの味がするっていうサラダとかに入っている奴でしょ?」
なんだかんだで話は盛り上がり、真奈美とセレナは友達になった。


真奈美は内臓系に病気を抱えており、いままで何度も手術を繰り返しては仮帰宅をしていた。麻酔の味も覚えた。イチゴ味とかメロン味とかあるのだ。
真奈美にとってこの病院は故郷だった。本当の故郷は別にあるがもうここで生活している記憶しかない。この小児病棟にいる子供の中で同い年はセレナ一人だった。病気ではなく怪我で入院してきた彼女には遠慮などはいらないように思えて話しやすかった。
この病棟には寝たきりの子供や七歳で白血病と戦っている子供など様々な子供がいる。皆明るくて元気でいい人ばかりだ。
「セレナは怪我しているから動けないんだね。」
セレナが来て一週間が経った。真奈美とセレナはもうすっかり打ち解けていた。
「うん。来て二日目くらいは凄い痛かったけど今は大丈夫だよ。少しだったら動ける。」
「動かない方がいいよ。私、プレイルームからいっぱいオモチャ持ってくるね!」
真奈美は興奮しながらセレナに話す。
「ああ、でもプレイルームのオモチャここに持って来ちゃったら他の子遊べなくなっちゃうよぅ。」 
「大丈夫!皆集めてここで遊べばいいよ!ぬいぐるみ全部持って来てやろ!ふふ。」
困惑顔のセレナに真奈美はいたずらっぽく笑った。セレナの制止も聞かずに真奈美は嬉しそうに走って行った。
プレイルームにあるぬいぐるみやオモチャを大量に抱えた真奈美はセレナのベッドの上に座り込んだ。
「あ、皆連れてきたよ。」
真奈美が部屋の外を指差す。廊下からこちらを見ている幼い子供達がいた。
セレナがニコリと微笑むと安心したように部屋に入ってきた。
子供達が入って来てすぐにワイワイ騒ぐ感じになりうるさくなった。すぐに気がついた看護師さんが慌てて入って来て
「何やってんの!」
と子供達を叱り、皆は早い段階で渋々病室に帰って行った。主犯者の真奈美は看護師さんからお説教を喰らい、ため息をつきながらプレイルームにオモチャを返しに行っていた。
「やっぱりダメだった。今日は見つからないと思ったんだけどなあ。」
真奈美はつまらなそうにセレナのベッドに座りつぶやいた。
「ちょっとうるさすぎたんじゃないの?」
「そうかなあ……。」
真奈美はセレナの意見を聞きつつ、他の暇つぶしを考えていた。
「この前はさ、点滴棒に乗って滑る遊びを思いついたんだけど私だけじゃなくて皆やりはじめちゃってさ、結局看護師さんの高木さんに怒られちゃったよ。」
「え?看護師さんの名前覚えているの?」
「覚えているよ。私はここに来て長いから。」
「ふーん。」
この時のセレナは真奈美の言葉の意味を深く理解していなかった。
「私はこの病院が第二の故郷みたいなもんだから。」
真奈美は満面の笑みでセレナを見つめていた。
「そっか。」
セレナは素直に頷き、笑い返した。


 そんな普通の子供以上に元気だった真奈美が突然寝たきりになった。手術を受けたらしい。しばらくは話せる状態ではなく、食事も取っていないようだった。
 セレナはよくわからない管をつけられてベッドごと帰ってきた真奈美をただ、呆然と見つめていた。
 その時、初めて楽しいという感情を持っていた自分を恥じた。入院生活はセレナにとって天国のような楽しさだった。十時と三時におやつが出て、後はずっと真奈美と遊べて消灯時間過ぎてドキドキしながら話して……とても楽しかった。
 でもここは病院だ。当然皆何かの病気と闘う為にここにいる。自分はただ、足を折っただけ。セレナは修学旅行の気分で真奈美と接していたが真奈美は楽観的なセレナとは違い、苦しい生活をしていたのだ。それにセレナは気がついた。本当に当たり前の事に今気がついた。
 しばらくは真奈美と話す事はなく、セレナは寂しく漫画を読んでいた。
 どれだけ毎日を無駄に過ごしたかわからないが気がつくと真奈美の管がとれていた。
 「セレナ!遊ぼう!」
 真奈美はいつも通りに戻り、セレナのベッドに腰をかけた。いつもとまったく真奈美は変わらないが真奈美はほとんど物が食べられなくなった。食事制限を言い渡されたからだ。
 セレナの食事は変わらず、今まで通りで最近は母親が買ってきたおやつもこっそり食べている。なんだか後ろめたくて堂々とは食べられなかった。
 真奈美の精神がとても強い事にセレナは驚いていた。同情が顔に出ないように真奈美と付き合うと決めた。
 「何して遊ぶ?」
 「今日はお絵かきしようか!」
 真奈美が自由帳と色鉛筆を持って来てセレナの机に置いた。
 「いいよ!お題決めよ!」
 「いいね!じゃあ、ゾウ!」
 真奈美とセレナはお互い笑い合いながら描いたゾウを見せ合っていた。


 また少し時間が経ち、セレナは松葉つえの訓練を始めた。衰えた体力だと廊下を往復するだけでもかなり辛かった。
 「大変だね!大丈夫?」
 真奈美が苦しそうにもがいているセレナを励ましに来た。
 「だ、大丈夫……。」
 「片足で点滴棒に乗れば楽だよ。」
 「コラ!変な事教えない!」
 セレナを見守っていた看護師さんが真奈美に向かい声を張り上げる。
 「あ、前田さん。久しぶりだね。違う病棟にいたの?」
 「真奈美ちゃんに会うの確かに久しぶりだわ。」
 看護師さんはふふっと笑って真奈美から目を離し、今度はセレナに目を向けた。セレナはなんとか自分の病室にたどり着くことができた。
 毎日往復している内に気がついた。隣りの病室にいた寝たきりの男の子がいなくなっていた。
 退院したのかそれとも……それを考えると怖くなってその病室の中を見る事はできなかった。きれいに畳まれたシーツを見、退院である事を願った。
 気がつくとその隣りの病室にまた違う子供が寝ていた。この子もきっと重い病気を抱えているに違いないとセレナは心を痛めながら通り過ぎるのであった。
 こんな環境の中、真奈美は生きているのだ。健康な事がどれだけ幸せか自分がどれだけ幸せなのかを考え、居心地悪そうにいつもセレナはベッドに戻る。
 「今日は二往復?凄いね!」
 「真奈美のが凄いよ……。真奈美がいるから私、頑張れるんだよ。」
 「そっか。そう言ってくれると嬉しいな。」
 「真奈美?」
 セレナは切なく笑う真奈美を初めて見た。
 「ねえ、セレナはもうすぐいなくなっちゃうの?」
 真奈美が目を伏せながらセレナに問う。
 「……。うん。骨はまだつかないけどもうそろそろ退院だね……。」
 「寂しいな。」
 「私も寂しいよ。真奈美……。退院したら、また真奈美に会いに来るから。」
 「ほんと!嬉しいな!」
 真奈美とセレナは手を取り合って笑った。
 

 セレナにとってこの一か月間はとても考えさせられる一か月間だった。真奈美と涙のお別れ会をやってから一週間。セレナは退院して慣れない学校に通っていた。もちろん、まだ松葉つえをついている。
 一週間が経ち、学校に行き始めた最初の土日に母親に無理を言って入院していた病院に連れて行ってもらった。手に持っているのは一週間休まず頑張って作った千羽鶴だ。紙袋に入れて大事そうに抱えている。
 ……千羽鶴って病気が治りますようにってお願いするために作る物って聞いた事あるから、真奈美喜ぶかな。
 セレナは紙袋を持ちながら自分がいた病室へ向かった。病室を覗くと自分がいたベッドには別の子が寝ていた。セレナは真奈美を探した。
 「真奈美……。」
 小さくつぶやいてみるが真奈美がいる気配がない。真奈美がいたベッドはもうなく、そこには違う子が寝ていた。
 セレナは咄嗟に悟り、声をかける母親を押し切って片足でけんけんをしながらナースステーションに入り込んだ。
 「すみません!すみません!」
 「どうしたの?」
 セレナの声で看護師さんが驚きながら声をかけてきた。
 「ま、真奈美は……?」
 「……。」
 セレナの問いかけに看護師さんはどう答えるべきが悩んでいた。
 「真奈美は?」
 セレナはしつこく聞く。渋っていた看護師さんは覚悟を決めたように話しだした。
 「集中治療室っていうこことは違う場所にいるの。ごめんね。会えないんだ。真奈美ちゃんの友達のセレナちゃんだよね?」
 「会えない……?」
 「そう。会えないの。ごめんね。」
 セレナの顔を辛そうに眺めながら看護師さんははっきりと言った。
 バサッと床に落ちた紙袋から千羽鶴が飛び出していた。


 母親に背中を撫でられながらセレナは病院を後にした。せつなさと悲しみが入り混じった目には大粒の涙が光っていた。
 千羽鶴は看護師さんが気を使ってもらってくれた。
 

二話

 「いやー、何と言うかもうすっかり涼しいなあ。」
 ネコかなんかのお面をかぶった男が不機嫌そうな顔をしている女に話しかける。
 「みー君……お面がネコになってるし……なんでまたあたしの部屋にいるんだい?」
 「俺は風だからこうひゅるっとなあ。」
 みー君と呼ばれた男はいたずらっぽく笑った。みー君は橙色の長い髪で青い着物を着ている青年だ。目つきは鋭いがなかなか整った顔立ちをしている。本名は天御柱神(あめのみはしらのかみ)。厄災の神として有名なあの神である。
 不機嫌そうな顔をしている女は太陽神、アマテラス大神の加護を受けている太陽神達の頭。普段は太陽にある暁の宮に住み、太陽神の使い猿を操り、神としてのお仕事をしている。見た目は十七歳の少女。ウェーブのかかった長い黒い髪で目は猫のようだが愛嬌がありかわいらしい顔つきをしている。
 女は神々の正装である着物を着こみ、何かするわけでもなくゴロゴロしている。神の着物は人間のそれとは違い、霊的な着物と呼ばれる。故に軽く、きつくない。神にとっては一番ラフな格好だ。
 「みー君……今あたしは疲れて寝ている所なんだよ。」
 「そりゃあ見ればわかるぜ。サキ。」
 みー君の言葉にサキと呼ばれた女はため息をついた。ここは暁の宮の最上階、サキの部屋だ。サキは仕事がひと段落して落ち着いている所だった。
 「で?何しに来たんだい?」
 サキは呆れた顔で手に持っているポケットゲーム機のボタンを押していた。
 「いや、用事は大したことじゃないんだが……お前、まだジャパゴやってるのか?」
 「恋シュミじゃなくてさ、ジャパゴバトルの方だね。今は。けっこううまくなったんだよ。あ、これはポケット用で出たから買った!こないだのゲーム大会を踏まえて色々努力しているんだい。あたしは。」
 サキはふふんと笑った。
 「違う所に努力しろよ……。お前は。」
 みー君はそんなサキに頭を抱えた。
 ジャパゴとはジャパニーズゴッティという乙女ゲームの略である。イケメンの日本の神々との恋愛が楽しめるという目的で作られたゲームらしい。そのゲームのスピンオフ的な感じで出てきたのがこのジャパゴバトルである。これはジャパゴを格闘ゲームにしたゲームでジャパゴキャラがそれぞれのスキルを持って戦いに挑む、かなりコアなゲームだ。
 こちらのゲームは大会があり、一部のコアなファンで大変な盛り上がりを見せている。
 前回、大会にためしに出たサキはゲーマーであるみー君にすべてをやらせ、優勝した。
 普通の神は人間の目には映らない。もちろん、みー君も映らない。ただ、サキだけは様々な事情により人間に見えてしまう神様だった。故にサキが考えた策は自分の後ろからみー君がコントローラーを持ち、ゲームをするというものだった。見事それは成功してサキは優勝賞品であるグッズを手に入れた。
……本当はいけなかったんだけどねぇ……。
サキは微笑みながらその言葉を反芻していた。まったく反省はしていない。
「しかし、知らん内に部屋がオタク化してきたなあ……。」
「もうそろそろ自重するよ……。」
サキは自身の部屋を恥ずかしそうに眺める。自己満足であり人に見せるためではない。故に恥ずかしい。
「で、何しに来たんだい?」
サキは目的を早口で聞いた。
「ああ、まことに申し訳ないが……しばらく戻る場所がないんだ。ここにいさせてもらえないか?」
みー君は言いづらそうにはにかみながら言う。
「戻る場所って高天原があるじゃないかい。東に帰れるだろう?」
「それが事情で帰れないんだ。」
この世界は高天原と現世に分かれている。高天原には東、西、北、南とエリアが別れており、それぞれに統括している神がいる。東には東のワイズと呼ばれている思兼神(おもいかねのかみ)が傘下の神々をまとめ、西は武の神が集うので西の剣王と呼ばれているタケミカヅチ神が頭を務め、人間の心に直接関わる神が多い北には北の冷林と呼ばれる縁神(えにしのかみ)が居座り、南はどの傘下にも入らない神々が住んでいる。その南の中に龍神達が住む竜宮がある。その竜宮はいまや神々のレジャー施設でそのレジャー施設竜宮を取り仕切るのがオーナーである天津彦根神(あまつひこねのかみ)である。
残りは太陽神が住む太陽と月神が住む月がある。この二つは現世に存在している。
天御柱神、みー君は東に住んでいる神だった。本人いわく、東は居心地がいいとの事だった。
「事情で帰れないってどうしたんだい?」
サキは心配そうな顔でみー君を見る。
「俺もよくわからないが……なんかの事件で俺を犯神にしようとしている神がいるらしい。北の冷林に見つかったら間違いなくまずいからと東のワイズが俺を高天原追放にした。いやー、まいったなあ。さっさと犯神捕まえないと……という事でな。行く所がないんでここに泊めてもらえればと思っているんだが。」
「追放ってやばいんじゃないかい!ずいぶん呑気なんだねぇ……。なんで北が出てくるんだい?」
呑気なみー君にサキの方が真剣になってしまった。
「それはな……。俺にもよくわからない。冷林って事はだ、人間の心関係で何かあったって事だな。で、その件が少し問題でなぜかそれを俺がやった事になってて……という感じなんだろう。」
「じゃあ、弐の世界関係もありそうだねぇ。」
この世界は一つではない。全部で六つの世界がある。現世である壱、妄想や精神、霊の世界である弐、過去の世界である参、未来の世界である肆、現世と反転した世界である陸。伍の世界に関しては不明だ。太陽神達の仕事は壱と陸の監視だ。陸は反転の世なので壱と昼夜が逆転しているだけだ。その太陽と月は交互に世界に現れる。壱に太陽がある時は、陸には月が出ている。これは本物の月と太陽ではなく霊的な月と太陽が壱と陸を交互にまわっている。
ちなみに月は壱と陸を監視する他、月が出ている時のみ心の世界である弐も上辺だけ監視している。
「妄想の方か、霊魂の方か、もしくは個人の世界の方か。だな。」
「個人で世界が色々あるんだろう?弐の世界は……。心を持つ生き物分の世界があるって事は原因を見つけるのも大変だねぇ……。」
「ま、そこは俺がやるからとにかく、身を隠す場所がほしい。」
みー君は呑気な顔を突然引き締めた。
「……そういう事ならいいよ。別の部屋を用意させるから待ってておくれ。」
サキは深く入り込まないようにし、太陽神の使いであるサルを呼んだ。
 サルはすぐに来た。一応人型で頭に髷を結っている着物を着た男がサキの前で頭を垂れる。
 「お呼びでござるか?サキ様。」
 「ああ、客神が来ているので長期滞在可能な部屋を一部屋与えてやっておくれ。」
 「天御柱様でござるか。お久しぶりでござる。特別広いお部屋へご案内するでござる。」
 サルはにこりと微笑みながらみー君を促した。
 「サキ、悪いな。お前には迷惑かけないようにするからな。」
 「構わないよ。好きなだけ居ていいからね。」
 みー君はサキの一言に軽く微笑むとサルに連れられて部屋を後にした。
 ……冷林か……。みー君を巻き込んだ大きな事件になりそうだね……。
 あたしもみー君を影で助けよう。
 サキは身体を起こし、腕を組んだ。


 みー君は部屋に案内されて間もなく部屋を出た。
 ……残念ながら俺にはゆっくりしている暇はない。危なくなったら身を隠せる場所だけあればいい。
 風になったまま、みー君は窓から外へ飛び出した。太陽の城、暁の宮を背にみー君は太陽から離れ、地上に向かう。途中厚い雲の中を進んだ。雷がゴロゴロと鳴っている。地上は大雨に違いない。しばらくして雲から出たらやはり大雨だった。風もある程度はあるが台風ほどではない。
 「野分き……ではないか。もう九月も終わるしな……。」
 みー君はそんな独り言をもらしながら地面に降り立つ。雨はかなり強い。みー君は水が滴る髪を払いのけ、歩き出す。時刻はまだ昼過ぎ。ここはある程度発展している町。観光地だ。戦国大名の城跡が有名な観光スポットらしい。少し行けば山だらけであるがこの城を見て、山に登山に出かける観光客もいるとの事だ。
 「まあ、城はどうでもいいんだが……あれだ……。」
 みー君は城跡の近くにある古井戸を遠くに眺めた。長靴を履いた幼い少女が雨合羽を着て寒そうに松葉つえをつきながら歩いている。向かっている場所はみー君が眺めている古井戸だ。石垣の近くにある古井戸は雨で地面が濡れているため滑りやすい。今も土の地面はグチャグチャで泥に近く、少し気を抜けば転ぶだろう。
 「ん……。あの子、危ないな……。なんでまたこの土砂降りの日に一人で古井戸に近づこうとしているんだ?しかも足怪我してるじゃないか。松葉つえでこんな日に危ないな。」
みー君は風で少し脅かしてやろうと思った。脅かせば怖がってこの井戸には近づかないだろうと踏んだ。みー君は少女に向かい、小さな向かい風を起こした。
手をあげて少量の風を送ってやった時、みー君の顔が固まった。
「……!」
少女が風に足をとられ、井戸に真っ逆さまに落下した。
「おい!今の風は明らかに井戸とは逆側に吹かせたんだぞ!何で追い風になった!」
みー君は顔を青くし、慌てて井戸に向かい走る。冷や汗と雨でびしょ濡れの顔をぬぐいもせず、みー君は井戸の中を落ちてしまいそうな勢いで覗いた。
古井戸は雨水がたまっており、かなり深い。少女の姿は暗くて見えない。
「畜生!あの娘、自分から井戸に飛び込みやがったのか!俺の風が追い風になっちまったのも原因だ!」
みー君は焦った。みー君は実体がないため、霊的な物以外は触れない。何か霊的物体が媒介している時のみ物に触れられる。それに物理的に無理な現象は起こせない。井戸から人間の子供を風で助けるのは無理があった。
みー君はあたりを見回し、人を探した。
「クソ!このどしゃぶりの中、歩いている奴がいねぇ……。あの子の親は近くにいないのか!」
親らしい人を探したがいない。近くの木に赤いランドセルが置いてあった。その少女はこの木の下でランドセルを降ろし、井戸へと向かったらしい。
「っち……学校の帰りか。このままじゃ死んじまう……。」
みー君はただ焦っていた。この古井戸にいままで何人かの人が大雨の日に風に当てられて落ちている。その何人かの人は冷林が助けていた。神が起こした不当な風でその何人かは井戸に落ちていた。事故でも自己でもなければ神の不始末であるから元の状態に世界を戻さないといけない。
風に当てられて井戸に落ちる。おかしいと思った神達がこの井戸を調査した。風の痕跡が残っており、そこに香る神力がみー君のものだった。
神々はみー君が厄を人為的に起こし、厄を不当に起こそうとしていると判断、みー君の逮捕を決めた。
みー君にはまったく身に覚えのない事だった。だが自身の神力が残ってしまっている以上、みー君は何も言えない。それが納得できなかったみー君はわざわざここまで足を運び、調査をしにきていたのだ。
みー君が青い顔で助ける術を探しているとふわりと風が舞った。みー君はビクッと肩を震わせ後ろを振り向いた。
「……!」
みー君のすぐ後ろに冷林が浮いていた。冷林は人型クッキーのような体つきで顔に渦巻きのペイントをしている。目も口も何もない。
「冷林……。っち。」
みー君がつぶやいた時、一人の女性が真っ青な顔で井戸を覗き込み、泣きながら電話をしている。おそらく救急車とかを呼んでいるのだろう。
「セレナ!セレナ―!なんで?どうしてよ!なんで井戸なんかに……。」
母親と思われる女性は近くに無残に放置された松葉つえを抱えながら井戸に向かって叫び続けていた。
その声を横で聞きながらみー君は冷林を見ていた。
「……俺じゃない。俺は今、助けようとしただけだ……。ここの井戸にありえない風で人間が何人か落ちている事は知っているがそれは俺じゃない。」
みー君の言葉に冷林は何も返してこない。
冷林は何も語らずにみー君を霊的光で拘束した。
「ちょっと待て!俺じゃない!いままでの件も全部違う!クソ!違うって言ってんだろうが!俺はこの井戸を調査しにきただけだ!俺じゃないと証明するために!」
みー君が霊的光から出ようとしたが出る事はできなかった。
―ザンネンダ……オマエノヨウナ……カミガ……コンナコトヲ……―
みー君の頭の中にワープロの文字のようなものが浮かぶ。冷林は声を持たない。だが文字を相手の頭に打ちこんで会話をする事はできる。
「……。」
―トリアエズ……カイギニカケル……マチガイナク……マンジョウイッチデ……オマエハ……サバカレルダロウ……―
みー君は何も言えなかった。今の件はみー君が突き落としたと言えばそうなる。追い風を起こしてしまった以上、言い逃れはできない。他の件もみー君の神力が残っていたとあればみー君がまっさきに疑われる。この少女の件でみー君自体、言い逃れが不可能となった。
「クソ!」
……誰だ?俺をハメた奴は……俺の神力をどうやって手に入れた?ふざけんじゃねぇ!ひでぇ濡れ衣だ。
みー君は拳をギュッと握りしめた。
気がつくと遠くで雨の音に紛れ、救急車やら何やらのサイレンの音が聞こえてきていた。

三話

サキはみー君がいなくなっている事に気がつき、廊下をうろうろしながら探していた。
そんな時、サルから会議が開かれる事を知った。
招集は冷林からだった。
……なんか嫌な予感がするねぇ……。
サキは不安げな顔でサルの報告を聞いていた。
「と、いう事でこれから北の冷林方へ行ってもらうでござる。駕籠を外に待たせているでござる。」
「あー、はいはい。」
サキは暁の宮の門を通り、橙色の空間に出た。この橙色の空間は暁の宮の外。緑や土はない。ただの橙の空間だ。その橙の空間の中にポツンと白く生える鶴の姿があった。駕籠を引きながら待機している。
「鶴、またお世話になるよ。」
「よよい!今回は北だよい!」
「またあんたかい。」
人型にならないかぎり鶴の顔の区別はわからない。だがこの特徴的なしゃべり方の鶴はよく覚えていた。
サキは頭を抱えながら駕籠に乗り込む。
「では出発するよい!」
「よろしく頼むよ。」
サキがそうつぶやいた時、鶴が羽ばたき、駕籠が空に舞った。


駕籠が心地よく揺れ、眠くなってしまったサキは乗った直後に寝た。鶴の声掛けで失っていた意識を呼び起こすと、もうすでに北の冷林の居城にたどり着いていた。
自分の緊張感のなさにサキは頭を抱える。
「ああ、眠い。もうついたのかい?」
「着いたよい!」
鶴が元気よく返事をする。サキは眠い目をこすりながら駕籠の外に出た。あたりは何もなく、荒野のようだった。緑もなければ建物もない。
高天原もさすが北といった所か秋だからというのもあるがだいぶ寒い。サキは霊的着物に羽織を羽織ると大きく伸びをした。
この何もない荒野にポツンと場違いな建物が建っている。ガラス張りの超高層ビルだ。
間違いなくここが冷林の居城だ。北に住む神々は真面目な者が多く、ほぼ現世で修行している。北に集まる神々は生物の心に関係している神が多く、高天原にいるよりも現世にいる方が良いようだ。
故にほとんど北には神はおらず、このような荒地になっている。
サキは目の前のビルを鬱陶しそうに見上げると自動ドアから中に入って行った。
「ようこそ。こちらでございますわ。」
キノコのような頭をしている女がすぐにサキを出迎えた。サキはキノコ髪を呆然と見つめながら女に案内されるままについて行った。
まわりはオフィスビルのような感じで受付はないが高い天井に休むためのソファ、タイルでできている床、遮光ガラスの大きな窓などがある。
サキは促されるまま、それらを通り過ぎ、エレベーターに乗った。
「もう皆さんお揃いでございますわ。ただ、月照明神姉妹だけ連絡が間に合わずに陸に行ってしまったのでおりませんわ。」
「そうかい。」
キノコ髪の女にサキはなんとなく返事を返した。キノコ髪の女はそれ以降何も話さず、『無』と書いてある謎のボタンを押す。刹那、エレベーターがありえない速さで上昇していった。
「ちょ、ちょっと!なんかこのエレベーター速すぎじゃないかい?」
先程までぼうっとしていたサキは完全に目が覚めた。
「まあ、リーちゃんがかなり上の階にいますからしかたないですわ。」
 キノコヘアーの女はなんともないのか平然と言葉を話している。一方サキはエレベーターの壁に張りつく形で悲鳴を上げていた。
 しばらくして勢いよく止まったエレベーターは何事もなくスムーズにドアを開けた。サキは壁に頭をぶつけ、涙目になりながらエレベーターを降りた。
 「このエレベーター、絶対欠陥品だよ……。フリーフォールの逆バージョンかい?」
 「皆さんそうおっしゃりますわ。わたくしにはわかりかねますが。」
 女はふふっと微笑むとサキを降ろし、手を振り、下の階へ行ってしまった。
 「あの神も只者じゃないねぇ……。だいたいなんだい、あの頭。やれやれ。」
 サキは頭をエレベーターから会議に切り替える。エレベーターを降りるとすぐに大きくて高級そうな長机が置いてあり、その長机とセットに置いてある椅子にそれぞれの代表者が座っていた。
 「いやー……今回もそれがしは関係ないんだけどねぇ……。」
 邪馬台国にいそうな髪型の男が顎のひげを撫でながら唸る。服装は水干袴だ。
 この男は西を統括しているタケミカヅチ神、西の剣王である。
 「ああ、やっと来たかYO……。」
 剣王の横でひときわ暗い声を出した幼女がサキを見つめた。幼女は袴にカラフルな帽子をかぶっており、その帽子から赤い髪が剣山のように飛び出ている。目にサングラスをかけており、残念ながら目は見えない。
 この幼女は東をまとめている思兼神(おもいかねのかみ)、東のワイズである。
 「太陽の姫君、私の横が空いている。座るといい……。」
 剣王と向かい合う形で座っている男は緑色の長い髪をしており、龍のツノのようなものが頭にささっていた。整った顔立ちをした青年だが頬に緑色の鱗が付着している。
 この青い着物を来た緑の髪の青年は南の中にあるレジャー施設竜宮のオーナーである天津彦根神(あまつひこねのかみ)だ。龍神達をまとめる役も引き受けている。
 サキはオーナーの横の椅子に座った。
 「……。」
 その横に冷林が座る。冷林は青い人型クッキーのような姿で顔に渦巻き模様がかいてあるだけだ。簡単なつくりで見た目、ぬいぐるみのようだ。
 冷林は北を統括する神で本名は縁神(えにしのかみ)である。元々は林にいた神であり、その林は霊や魂の通り道であったため、霊気で冷たく、夏でも涼しい場所だった。そこを守っている神だったため、縁神は冷たい林で冷林と呼ばれるようになった。
 「で、それがしは何にも事態がわかってないんだけど……。」
 剣王は軽くアクビをすると冷林に目を向けた。冷林は一つ頷くと代表者面々に顔を合わせ、また頷いた。
 ❘ゲンセノイド二、フトウナカゼデ……オチルモノガオオク……。ヒガシ二……タチアッテモライ、シラベタトコロ……カレノ……シンリョクガ……ノコッテイタ。―
 冷林が机をトンと叩く。叩いたと同時に白い光が冷林の後ろに現れ、不機嫌そうな顔のみー君が現れた。
 「なっ!」
 剣王とオーナーは同時に驚きの声を上げた。
 「ちょ、ちょっと!みー君!部屋を借りといて簡単に捕まるん……」
 サキが叫んだ刹那、みー君がサキを睨みつけた。どうやら話すなと言っているらしい。
 「……その件で太陽の姫君は関係あるのか?」
 オーナーが眉を寄せたまま、隣にいるサキに話しかける。
 「え……。いや、別に……何でもないよ。」
 サキは冷汗をかきながらオーナーに答えた。今、みー君の味方をするのはなんだかまずそうだったからだ。みー君をちらりと見るとサキに向かい大きく頷いていた。サキの返し方は間違っていなかったようだ。
 「まあ、それはいいんだけどさあ……まいったねぇ……。本当に彼なのかい?」
 タケミカヅチ神は温かい緑茶を口に含みながらみー君を仰ぐ。
 「信じられないがそうなんだYO……。彼の神力が色濃く残っている以上、私からはもう何も言えないYO。」
 ワイズは暗い顔で悔しそうにつぶやいた。
 「神力に何か違う神力が混ざっていたりなどはなかったのか?」
 オーナーは疑いの目をワイズに向ける。
 「冷林が残っていた神力を少し持ち帰っているから感じるといいYO。」
 ワイズがふてくされた顔で冷林を指差した。ワイズの言葉に頷いた冷林は手から白い光を発した。この白い光が神力なのだろう。サキにはよくわからなかった。
 「!」
 冷林が放つ光が突然、禍々しい物に変わる。恐怖と深い闇がフロアを埋め尽くした。狂気に満ちた何かをサキも感じ取る事ができた。激しい重圧と深い闇に落ちていく感覚が滝のようにサキに襲いかかる。サキは身震いをしながら目を見開き恐怖していた。
 ……な、なんだい!これは!
 ほんの少しの時間がとても長く感じた。気を失ってしまいそうな何かに当てられサキは狂いそうだった。
 冷林はすぐにその禍々しい力を消した。あたりが元に戻る。サキは我に返り、机を見ると水たまりになるくらいの汗をかいていた。自分でも恐ろしいくらいに身体が濡れていた。
 「太陽の姫君にはつらいだろう。この神力は太陽とは真逆のものだ。」
 オーナーがガクガクと身体を震わせているサキの背中をさする。
 「わかったかYO。この強い神力、おまけにこの雰囲気は間違いなく天御柱神だYO。」
 ワイズの頬にも汗がつたっていた。ワイズすらも恐怖におとしめるこの神力は相当なものだろう。
 「まあ、それがしは平気だけどねぇ。こういう波形の力は戦が起これば必ず発生するものだし、それがしはこの手の力には強いから。」
 ただ、平然と座っていられたのは西の剣王一人だった。サキは剣王の涼しい顔を恨めしそうに見上げた後、冷林に目を向けた。
 冷林はいつもと変わっていないようだ。変わっていてもよくわからない。その後ろにいたみー君は目を見開き、困惑していた。
 「ねえ、これ、確かに君のだよね?」
 剣王が目を細めながら青い顔のみー君を見上げる。
 「……。」
 みー君は拳を握りしめ下を向いた。
 「私もわかる。これは天御柱の神力だ。間違えるはずはない。他に何の神力も混ざってはいないな。残念だが……。」
 オーナーも頭を抱えながらみー君を仰いだ。
 「……ああ、間違いないな。俺のだ。俺の潜在的な力だ。」
 みー君はなぜ自分の神力があの井戸にあるのかまったく身に覚えがなかった。ただ、動揺する頭を落ち着かせながら神々の質問に答えていくしかできない。自分ではない事はあきらかであるのにこれだけはっきりとした自分の力が残っていると不安になる。
 「そこまでの力を持ちながら、まだ厄がほしかったのか?」
 「そんなわけないだろうが。俺はだいぶん前だが人間に俺を祭ったら魔風を起こすのをやめて悪疫流行を防ぐ守護神になると告げた神だぞ。人間が約束を守っているのに俺が守らないわけないだろう。だいたいこの神力は俺がもう捨てただいぶん前のものだ!」
 みー君は力なく反論する。神々は眉を寄せながら黙り込んだ。
 「それは天御柱の言っている事が正しいYO。」
 ワイズは他の神々の誤解を解こうと一言つぶやいた。
 ―ダガ、アナタモ……モウ……ワカッテイルハズダ。ショウコガアルダロウ。―
 ワイズの言葉は冷林にかき消された。冷林は記憶した映像を神々の頭に流す。その映像は先程みー君が起こした少女の件の記憶だった。あきらかにみー君が風を起こし、少女を井戸に突き落としたように見える。
 「……。」
 ワイズは黙り込んだ。冷林に対して何も言う事はなかった。
 長く生きている神は本心を隠す事もたやすい。故に神々の中では罪を犯した神の発言はあまり通らない。通るのは証拠だ。はっきりした映像や神力などしっかりとした証拠が鍵となる。みー君の場合、これらの証拠が残ってしまっていた。冷林だけではなく、他の神も神力の判断などをして天御柱神のものであると主張していた。その後にワイズにも確認をとっている。もう間違えようがなかった。神力は人間でいうDNA鑑定よりも重要なものだ。もう言い逃れはできず、みー君はふうとため息をついた。
 「これはマジだねぇ……。まだ信じられないが……この証拠だと彼が犯神だね。」
 剣王はお茶を飲みながら腑に落ちない顔をしていた。
 「私からも何も言う事はない。信じられんが。」
 オーナーも眉を寄せたままみー君を見ていた。
 ―ワイズ、ケツダンヲ……―
 冷林が苦しそうな顔をしているワイズの方を向く。
 「……輝照姫……お前はどう思うYO?」
 ワイズが苦し紛れかサキに意見を求めてきた。
 「……あたしは……みー君はそんな事しないと思うよ。」
 サキもあの映像を見て反応に困っていた。間違いなくみー君はそんな事はしないとわかってはいたがサキはみー君の深くを知らない。それに今は仲がいいからと味方になるわけにはいかない。太陽の上に立つ者として正当な判断をしなければならない。仲が良いからかばうのではただの子供だ。みー君を救うには証拠がいる。しかし、サキは重要な証拠を何も持っていなかった。
 「それは自己の感情だNE?」
 「そうだね。彼が無罪だと証明するものがないからねぇ。残念だけどあたしからも何も言えないよ。」
 サキはワイズにそっけなくつぶやいた。本当はみー君ではないと叫んでやりたかった。だが、その証拠を求められたら反論ができない。サキはあたりさわりのない事を言う事しかできなかった。そんなサキをみー君は満足そうに頷いて見ていた。
 「……。」
 ワイズはため息をつくとサキの返答に何も答えず、ゆっくり立ち上がった。感情を消し、冷林の後ろに立つみー君の元へ歩いて行った。
 「サキ、お前、歯のクリーニングとか興味ないか?着色ついているぜ。」
 みー君は突然、意味深な言葉を吐いた。ちらりとサキを見る。サキは暗い顔を上げるとみー君を見た。目と目が合う。サキは「ん?」と首を傾げていた。
 「何か言う事はあるかYO。」
 ワイズはみー君の前に立ち、腑に落ちない顔でみー君を見上げた。
 「別に。」
 みー君はワイズに向かいニコリと笑った。色々吹っ切れてしまったようだ。みー君は清々しい顔をしていた。
 「お前はいなくては困る神だから……封印にするYO。」
 ワイズは手を上げた。鎖が不敵に笑うみー君に巻きつく。着物が白い着物に変わり、上から突然大きな岩が現れ、いたずらっ子のように微笑むみー君を押しつぶした。岩はすぐに光となり消え、みー君もいなくなっていた。
 最後、サキには聞こえていた。
みー君が
 ……頼んだぜ……
 とつぶやいた声が。


 光が消え、みー君は跡形もなく消えた。
 「みー君はどうなったんだい?」
 サキの質問にワイズはうんざりしたように答えた。
 「封印だYO。ふういん。冷林め……。」
 ワイズはこぶしを机に叩きつけた。
 「そうかい……。もうみー君には会えないのかい?」
 サキは残念そうな顔をワイズに向ける。 
 「会えるわけないだろうがYO。……ん?いや、証拠があれば無罪だYO。」
 「証拠ねぇ……。」
 サキが考え込んでいるとまた頭に冷林の文字が浮かんだ。
 ―ワイズニモ……キンシンショブンヲ……クダソウトオモウガ……ドウカ。―
 「……っち。」
 冷林は全員に聞いたのだがワイズはもう答えがわかっているようだ。軽く舌うちした。
 「ワイズはもうわかっていると思うけど、これは仕方ないねぇ。それがしもワイズの謹慎に賛成だよ。冷林がなんとかしたから今回はうまく収まったけど本来は君の仕事だ。このまま人間の被害が増えていたら大変だったねぇ。」
 剣王は何か腑に落ちない顔をしていたが言葉では決断をしていた。
 「……。しかたあるまい。これはお前の責任だ。ワイズ。お前は一応上に立つ者だ。責任は逃れられん。」
 オーナーは目をつむりお茶を飲むとすっと立ち上がった。
 「もう行くのかな?君は。」
 剣王はオーナーをぼんやりと眺める。
 「私はここで退出させてもらう。もう話は大方ついただろう。」
 「ふーん。なんか冷たいねぇ。ま、それがしももう行くけど。」
 剣王は大きく伸びをするとオーナーに続き、立ち上がった。
 「なんだい。なんだい。あんたら、自分には関係ないからってさ。」
 サキは剣王とオーナーの態度に対し、怒りをぶつけた。剣王はサキの方を振り向きニヤリと笑った。
 「当たり前だ。これでそれがしはこの女の監視を抜けて好きなように動ける。」
 「!」
 剣王の気迫と言雨(ことさめ)にサキは一瞬怯んだ。言雨とは言葉に神力を乗せて重圧をかける一部の神しかできない技だ。言葉が重圧となり雨のように降り注ぐ事からこう呼ばれている。
 「なーんてね。」
 剣王は両手を広げるとニコリと微笑み、オーナーと共にエレベーターに乗り消えて行った。
 「な……。」
 サキは何かを言い返そうとしたが間に合わなかった。
 「いいYO。私達はお互い仲がいいわけじゃないからYO。こんなもんだYO。しかし、困ったNE。東が弱くなってしまうYO……。」
 「どういうことだい?」
 サキはうなだれているワイズに質問をする。
 「ああ、謹慎はただ、領土にいればいいってわけじゃないYO。領土に帰ったら光の輪で拘束されて他の神との干渉をすべて遮断されるんだYO。ああ、まいったYO……。ろくに会話もできないYO。」
 「謹慎ってそんな感じなんだねぇ……。」
 サキがそうつぶやいた時、冷林が部屋から退出しろと言ってきた。
 「まさかあのエレベーターにまた乗れとか言わないよねぇ?」
 サキは青い顔で冷林を見つめる。冷林は呆れたのかため息のようなものをつくと高天原に売っているグッズの一つ、ワープ装置を起動した。
 「なんだい?それは……ワープ装置かい?高天原にはそんなのもあるんだねぇ……。」
 サキのつぶやきに冷林はこくんとひとつ頷いた。
 「……。」
 ワイズは冷林を睨みつけるとサキと共に冷林の前に立った。冷林は青い宝石が散りばめられた指輪を取り出した。これが高天原のワープ装置である。冷林が指輪をかざすと青い光りがサキとワイズを包んだ。
 「わっ?なんだい!?これは……。」
 サキが不思議がって青く輝く光を眺めていたがふと気がつくと冷林のビル前に立っていた。
 「ええ?外に出ちゃったよ……。何が起きたんだい?」
 きょろきょろとあたりを見回しているサキを見、ワイズは呆れた顔でサキに言った。
 「高天原のワープ装置も知らないのかYO。」
 「知らないよ。」
 サキは何やら興奮した顔でワイズを見つめる。
 「高天原は現世の先を行く世界。おまけに霊的世界だYO。これくらいの技術は東にも普通にあるYO。他にも古典的な道具もあるYO。物運び用の空飛ぶ羽衣とか西の奴らがよく持っているNE。」
 「へ、へぇ……。」
 サキは普段太陽に住んでいるため、あまり高天原には詳しくなかった。
 サキが感動している横でワイズが難しい顔をしてブツブツと何かつぶやいていた。ワイズはワイズで今は自分の事で精一杯らしい。サキには目も向けず、これからどうするべきかを必死で考えているようだ。その独り言の中ではっきりとではないが聞き取れた所があった。
それは
 「これはKに頼むしかないNE……。あいつを使おう……あの元厄神に。」
 の一言だ。
 「K?」
 ワイズのつぶやきにサキは素早く反応した。
 「あ……いや、なんでもないYO。」
 ワイズは焦りながら話をもみ消そうとしたがサキが許さなかった。
 「Kって何さ。」
 「……。」
 ワイズは難しい顔をしながら黙り込んだ。サキは睨みつけながらさらに問う。サキ自身が知らない利になるような事を神々はそれぞれ隠しながら持っている。その情報の切れ端をサキは今、ワイズから掴んだのだ。
 「Kって誰さ。」
 「っち……最近調子悪いYO。それくらい自分で調べろYO。」
 「じゃあ、取引だね。あたしがみー君の証拠を掴んでくるからあんたはあたしにKの事を教えるんだ。あんたの謹慎がどれだけ続くかわからないけど剣王が何かしでかすかもしれないし、あんたはいち早く謹慎から抜けたいはずだよ。」
 ワイズに教える気がないとわかったサキはカケに出ることにした。
 「小娘に指図をされるほど困ってないYO。そんな子供じみた取引じゃあ私は動かないYO。」
 ワイズはふふんと鼻で笑った。ワイズの発言で取引は一方的にサキがお願いする形となってしまった。
 「なんでそんなに余裕でいられるんだい?剣王が動くかもしれな……」
 サキは開きかけていた口を閉じた。ワイズがサキを嘲笑していたからだ。
 「馬鹿だYO。剣王の話をまともに受けたのかYO?あいつは動かない。いや、動けない。あれもあれで自分の事で精一杯だからNE。」
 「どういうことだい?」
 「お前は聞いてばかりだNA。ま、いいだろう。教えてやるYO。剣王も部下の不始末で追われている。私が謹慎を喰らっている間にその部下を消そうと考えているんだYO。有罪なのか無罪なのかもわからないうちにNE。この件を知っているのは私だけ。私が監視をしなければ部下を消しても証拠がないから罪を犯した部下がたとえ無罪でも剣王は有罪にならない。死刑になる西の罪神は邪魔の入らない弐に連れて行かれ、剣王と戦わせられるんだYO。そして剣王に殺される。剣王を殺せたら罪がなくなるらしいYO。戦闘狂ばかりだから剣王はそう言う風にしたんだろうNE。武の神なら例え罪神でも戦場で死ね……それが西のルール。」
 「西らしいねぇ……。で、なんで剣王は有罪か無罪かもわからないその部下を消そうとしているんだい?」
 「それは知らないYO。なんかあったんだろうYO。私がこの件を知っているという事を剣王は知っているんだYO。だからあいつはさっきああ言った。なんか弱みを握ってやろうと思ってたんだがYO。謹慎になってしまったらしかたないNE。」
 「まあ、それはいいや。それよりKって誰だい?」
 「だから自分で調べろYO。」
 ワイズの壁は厚い。
 「そんなに大事な情報なのかい?」
 「別に。お前もその内わかるYO。」
 ワイズは一言そう言うと待機している鶴の元へと歩いて行ってしまった。
 「だったら教えてくれればいいのにねぇ……。」
 サキは肩を落として歩いているワイズをため息をつきながら見つめていた。

四話

 「ふう……。」
 サキは現世に戻ってきた。今は何か情報がないものかとみー君がうろついていたとされる観光地を散策中だ。最近肌寒くなってきているのでストールを身体に巻きつけ、秋らしく黒のキャノチェをかぶっている。紫のワンピースを着、黒のストッキングを履いていて秋らしい雰囲気の格好を目指した。しかし、雨が降っており、紅葉を楽しみながら散歩するような気はしない。
 「ふーん。今はこんなのも人気なのかい。ワインレット色とか?」
 サキは情報を探している。今は若干脱線気味だ。町の中にあるオシャレな服屋のショーウィンドウを眺めながらサキは真剣に歩いていた。
 ……ん?あ!あたしはこんな事をしている場合ではないんだよ!
 サキはしばらく散策し、やっと本来の目的を思い出した。
 ……と、言っても情報なんてどうやって見つければ……
 「あ!」
 サキはすぐにみー君が言っていた事を思い出した。
 ……そういえば着色ついているから歯の掃除に言った方が良いって言っていたっけねぇ。
 ……とりあえず……着色を落としに行けばいいのかね?
 ……あのみー君があのタイミングで全然関係ない事を言うわけないしねぇ……。
 サキは一人頷くとさっそく近くの歯科医院の検索をはじめた。
 ……って、歯医者って予約制じゃないかい……。いますぐに着色取ってくださいなんて迷惑極まりないよ。
 そう思いながらサキはスマホで近くの歯科医院を検索した。検索した結果、やたらと口コミが多い歯科医院を一つ見つけた。なぜかわからないがとても評判がいい。
 名前はパールナイトデンタルクリニック。
 距離はここから少し離れているが行けない距離ではない。むしろこのあたりではこの歯科医院しか検索に出てこなかった。
 「……んん……この歯科医院でなんか情報があるのかね?……でもこれしか手がかりないし……行くかい……。」
 サキは乗り気ではなかったがとりあえず行くことに決めた。電車の時間を検索すると一時間に一本ペースで電車が出ている。サキはため息をついた。
 ……一時間に一本……。鶴で行こう……。
 サキは電車を待つのが面倒くさいので鶴を呼んだ。鶴はどこから来たのかすぐに来てくれた。
 「よよい!また太陽の姫君かよい!」
 人型になっていない鶴が駕籠を引きながらこちらに向かって来た。
 「またあんたかい……。」
 サキは一言つぶやくとさっさと駕籠に乗り込んだ。毎回この鶴が来るのでだんだんと突っ込むのが面倒くさくなっていた。
 「場所はどこにするよい?」
 特徴的な話し方で鶴はサキに声をかける。
 「ああ、えーと……パールナイトデンタルクリニックってわかるかい?」
 「……。」
 サキの質問に鶴は黙り込んだ。
 「鶴?聞いているかい?」
 「聞いているよい。少し前の事件を思い出しただけだよい!知っているよい。」
 「事件?まあ、いいや。とりあえず知っているなら行っておくれ。」
 サキが寝る体勢に入りながら鶴に命令をした。
 「なつかしいな……。」
 その時、鶴がふと声を低くしてつぶやいた。
 「なつかしいって?普通の歯科医院なんだろう?まあ、気にしないようにするけどなんであんたはそんな一般的な歯科医院を知っているんだい?」
 サキの質問に鶴はふふんと笑った。
 「一般的?なめちゃいかんねぇ。あそこの医院長は以前、深い闇を抱えていた立派な神だよい……。」
 鶴はどこか楽しそうにサキに言い放つと羽を広げ雨空に舞い上がった。
 「神……。」
 サキが知らないその少し前の事件で鶴が何かしらで関与したようだ。サキは聞くのが面倒だったのでそれ以上は聞かなかった。
 

 気がつくとサキはまた寝ていた。本当に緊張感がないなと自分で呆れるほどだ。
 「ついたよい!」
 鶴の声がしてサキは目覚めた。降りるのが面倒だなと思いながら重い腰を上げ、駕籠から降りる。雨は止んでいた。あたりを見回すが何と言うか周りは山にだらけだった。近くは田んぼで先程の観光地とは雲泥の差だ。よく見ると街灯すらもない。というか家がない。サキは顔をひきつらせながら後ろを振り向く。サキの後ろにはこじんまりした白い建物が建っていた。
 看板を見ると塗りたての文字でパールナイトデンタルクリニックと書いてあった。
 ……最近できたばっかりなのかね?
 サキは疑いながら隅々まで建物を観察する。中を観察すると待合室に座れないくらい患者さんがいた。
「うわあ……。どこにこんなに人が住んでいるんだい?」
 サキは思わず声を漏らした。近くにいた鶴がふふっと笑っていた。人型になっていないため、本当に笑っていたのかはわからないがおそらく笑っていたのだろう。
 「じゃ、やつがれは行くよい!」
 「え?ああ、そうだね。ありがとう。」
 サキはてきとうに返事をすると鶴と別れた。鶴は駕籠を引きながら優雅に空を飛んでいった。
 「と、とりあえず……はいるかい……。」
 サキは頭を切り替え、歯科医院のドアを開ける。
 「こんにちは。」
 すぐに女の人の声がした。どうやら受付の方らしい。
 「って……アヤ!?」
 サキはギョッと目を見開いた。受付にはかわいらしい顔つきの少女が座っていた。肩先で切りそろえられた茶色の髪を振りながら少女も驚いていた。
 「サキ!?」
 アヤと呼ばれた少女は仕事場という事も忘れ叫んでしまっていた。周りの視線が気になったのかアヤは顔を赤くして席に着く。
 アヤとサキは友達だ。そんなに会わないが暇な時はよくショッピングをしたりカラオケに行ったりと普通に遊んでいる。ちなみにアヤはサキと同い年の神である。サキと同様、アヤは人間の目に映る特殊な神様だ。
 「バイトしてたのかい?」
 サキはアヤの方へいそいそと近づいた。
 「ええ。まあ……色々あってね。あなたは何しにきたの?」
 「着色取りにきたんだよ。うん。確か。」
 サキは顔を曇らせながらつぶやく。
 「確かって何よ。予約はいっぱいだから後日になるわね……。」
 「後日じゃダメなんだよ!」
 サキはアヤに突っかかった。アヤは迷惑そうにサキを見つめた。
 「着色なんて後でも大丈夫よ……?それとも……なんか違う用事で来たのかしら?何があったの?」
 「何かっていうか……。あたしもよくわかんないんだけどさ、天御柱神が今大変でさー。」
 「天御柱!?」
 「あれ?アヤ、会った事あったかい?」
 アヤの反応が異常だったのでサキは恐る恐る尋ねた。
 「ええ、ちょっと前にね、色々あって襲ってきた竜巻でイドと一緒に飛ばされた時にお面かぶった神に会ったのよ。その神、イドが天御柱神だって言っていたから……。」
 「イド!?え?井戸?」
 サキはみー君が関わりそうな言葉を素早く聞き取る。
 「イドを知っているの?」
 「井戸って古井戸かい?」
 「はあ?」
 「ん?」
 サキの言葉にアヤは首を傾げた。会話が噛みあっていない。しばらく沈黙が続いたがアヤの方がすぐに気がつき、会話を継続させた。
 「ああ、私が言っているのは井戸の神様で龍神の龍雷水天神(りゅういかずちすいてんのかみ)っていう神でね、井戸の神様だからイドさんって皆に呼ばれて親しまれている神の事で東のワイズ軍にいるわよ今……。」
 「誰だい?それは……。神じゃなくて古井戸関係の話聞きたいんだけどさ……。」
 「何よ?古井戸って……。城の近くの古井戸しか知らないわよ。」
 アヤは眉を寄せながらサキと会話していた。患者さんがつかえていて早く話を終わらせたいようだ。
 「その古井戸で人が何人も落ちている事件を知らないかい?」
 「……。天御柱神って確かワイズ軍よね……。だったらここの院長に話を聞くといいわ。ここの院長もワイズ軍だったのよ。……ごめんね。ちょっと忙しいの……。」
 「え?ああ、そうかい……。すまないねぇ……。お仕事中だったね。じゃあ、また今度どこか行こうじゃないかい。」
 「ええ。いいわね。院長は中にいるわ。医局で待ってて。今、院長は手が離せないから。」
 アヤはサキを診療室へ案内した。サキは診療室へ入り、キョロキョロあたりを見回した後、スタッフルームの札を見つけ、歯科医院独特の音をうんざりしたように聞きながらそちらに向かった。スタッフルームのドアを開けると黒い髪の少女がビクッと肩を震わせていた。
 「うわああ!なんだ!びっくりした。」
 「ああ、ごめんよ。ちょっと院長を待ちたいんだ。」
 黒髪短髪の元気そうな少女にサキはなるべく笑顔で言葉を発した。
 「太陽の姫君か!またなんでこんなとこに……。」
 「あれ?あたしを知っているのかい?」
 サキはこの少女を知らない。今会ったばかりだ。
 「あんたは有名なのさ。ちなみにうちも神だ!西の剣王軍所属、武神で今は三人で一人の神だけど小烏丸(こからすまる)って言うんだ。歯科衛生士やっているぜ。」
 小烏丸と名乗った少女はえへんと胸を張った。
 「ずいぶん難しい名前だけどあんたも神かい……。この医院は神しかいないのかい?」
 「ん?まあ、今のスタッフはそうだな。」
 不思議な病院だとサキは思った。
 「で、武神がなんで歯科衛生士なんてやっているんだい?」
 「まあ、昔、ちょっと犯罪をしてしまってだね、剣王と戦って負けて力を三つに分散されちゃってさ、いまや、こんなちっさい姿で武の神としての力もなく、こうして平和に日々を過ごしているってわけよ。人間と関わりすぎたのか人に見えるようになっちゃったしな。」
 小烏丸は楽しそうに笑った。
 「ちょっと!サボってないで手伝いなさい!」
 「何やってるのー☆手伝ってよぅ!」
 二人が話していると突然スタッフルームのドアが開いた。目を向けると茶髪のポニーテールの女の子と金髪のショートヘアーの女の子が不機嫌そうに顔だけ出してこちらを見ていた。
 「ああ、わりぃ。今行く。ああ、あいつらはうちの連れ。というか元々うちらは一人だったんだけどね。三分割ってこういう事よ。剣王に逆らうと怖いんだぜ。今や、三人になって三人とも歯科衛生士やっているけどな。」
 小烏丸はニコリと笑うと足早にスタッフルームを後にした。
 一人残ったサキはボウッとしたまま、先程ワイズが言っていた事を思い出していた。
 ……西は死罪になる神も戦場で死ねって考えで剣王と闘わされる。あの武神も弐の世界で剣王と闘わされたんだねぇ。たまたま生き残ったのかね?三分割されて……。一人の神が三人になって……力が分散されて……って……神の仕組みってどうなっているんだい?
 ふうとサキはため息をつくと近くにあった椅子に腰かけた。そんなに苦労してないはずだがなんだかとても疲れた。
 しばらく何もする事がなく、スマホでジャパゴの主題歌を歌っているヒコさんのツイッターを眺めて時間を潰した。
時間が経ち、どれだけ待ったかわからないがツイッターも飽き始めてきた頃、そっとスタッフルームのドアが開いた。
 「君が太陽の姫君かい?」
 男の声がした。サキは眠い目をこすりつつ、ドアの方に目を向ける。そこには白衣を着た黒髪の青年が立っていた。青年はドアを閉めるとサキのすぐ横に腰かけた。
 「あたしは太陽神の輝照姫大神(こうしょうきおおみかみ)だよ。あんたは例の院長かい?」
 「ああ。」
 青年は微笑みながらサキに答えた。
 「そうかい。あんたが何者かなんで人に見えるのか知らないけどさ、とりあえず、聞きたいことがあって来たんだよ。」
 「来ると思っていたよ。天御柱神だろう?懐かしい名だ。俺もワイズ軍にいた時はよく顔を合わせていたものだ。」
 青年はサキが来ることを予想していたらしい。
 「ワイズ軍にいたのかい?いたって事は今はいないのかい?」
 サキの質問に青年は顔を曇らせた。
 「いないな。というか俺は高天原追放の罰を受けている。」
 「何かしたのかい?……あんたはみー君を知っているんだね。」
 「知っている。……まあ、とりあえず罪を犯したんだ。俺は。……ちなみに俺は元厄神だ。今は違うけどね。」
 青年の黒い瞳が赤く鋭く光る。サキはビクッと肩を震わせた。
 「へ、へえ……それでみー君はここに来いって間接的に言ったのかね……。」
 「そうか。天御柱神にここに来いって言われたのか。古井戸の件……だろう?確かに神力は天御柱のものだ。共通している事はそれと……古井戸に落ちた人間は皆、弐の世界に行こうとしていたって事だね。」
 「弐!?……寝れば行けるじゃないかい……。なんで井戸なんかに落ちるんだい?」
 「そうだね。寝ればいけるんだが……向こうに行っている時の記憶はうっすらとしかなくて、夢という判断で流されるだろう?正確には自分の心の中の世界をまわってこっちに戻ってきているだけだ。機械的に現世で自己を保つために行っている行為に過ぎない。だから人間は弐の世界に行っているという感覚がない。それが普通で実際何があったか知らないがそういう世界があると気がついてしまった人間がはっきりとした目的を持って井戸に身投げしているんだ。井戸に落ちて意識を失えば記憶を持ったまま弐に入れると思っている。それが不思議だ。」
 「でも突き飛ばしているのはみー君なんだろう?」
 青年の言葉を聞きながらサキはうーんと唸る。
 「いや、突き飛ばしているかどうかはわからない。ただ、神力が残っているだけだな。俺が調べた結果だと。」
 「じゃあ、みー君じゃないのかい?」
 「いやー……それもなんとも言えない。」
 青年はサキの質問責めに困った顔を向けた。
 「とりあえずあたしもその井戸に落ちてみるって手もあるね……。」
 「行くならば近くの図書館に行くべきだと思うね。」
 青年の言葉にサキは眉をひそめた。
 「ん?図書館だって?」
 「そう。簡単に弐に行けるよ。そこにいる神に話を聞いてみたらどうだい?」
 「図書館から弐に行けるのかい?」
 「とりあえず行ってみなさい。そこに神がいるから。」
 青年はそう言うとサキに笑いかけた。

五話

 サキは歯科医院を後にし、紅葉が落ちている道を歩く。今は晴れているが先程まで大雨だったらしい。路面が濡れている。木々の香りを口いっぱいに吸いながらサキは息を吐いた。
 ……なんか仕事をしたって感じがするねぇ……。で、これから帰って寝る感じだよ。気分が……。
 サキは元厄神だという青年に書いてもらった図書館への地図を片手にぼんやりと歩いていた。
 「えーと……この田んぼ道をまっすぐ行って右に曲がって……スーパーを左……。」
 サキはぶつぶつ独り言を言いながら歩く。赤とんぼが何匹もサキの前を通り過ぎる。サキに赤とんぼを眺めている時間はなく、田んぼを過ぎ、スーパーマーケットを左に曲がった。するとすぐに商店街に当たった。その商店街をまっすぐに進むとこじんまりとした図書館がポツンと建っていた。建物自体は塗装が剥げており、なかなか古そうだが中はそうでもなさそうだ。サキは手動のドアを開けて中に入った。
 「雰囲気的に古そうだけど中はそうでもないねぇ……。えーと……。」
 ホールにある案内板を見て図書館がどこかを探す。ここは図書館の他に多目的ホールなどもあるらしい。
 サキは案内板通りに歩き、図書館へ向かった。
 ……それにしても人がいないじゃないかい……。大丈夫かい?ここは……。
 サキは不安そうな顔であたりを見回しながら図書館の前に立った。開館しているのかしていないのかわからないがとりあえずドアを開けた。
 不気味なくらい静かだ。利用者はいないが受付に人がいる。とりあえずやっているようだ。
 「えーと……来たけど何をすればいいんだい?」
 「一番奥の右側の棚です。」
 「うわあ!」
 いつの間にサキの前に来たのかわからないが受付の女の人がサキに話しかけてきていた。
 「……?」
 サキは突然の事に戸惑い、女の人に質問をしようとしたが女の人は受付に戻ってしまっていた。
 ……なんだったんだい? 
 サキは意味深な言葉に首を傾げていたがとりあえず、「一番奥の右側の棚」とやらに行ってみる事にした。右側の棚を覗くと奥の方に一つだけ棚が置いてあった。棚にはなぜか本の一冊も入っていない。
 「なんだい?棚だけかい?……ん?」
 サキは何も入っていない本棚に近づいて行った。近づくと下の方に一冊だけ真っ白な本が立てかけてあった。
 「……真っ白な本?」
 サキは物珍しそうになんとなくその本を手に取った。真っ白な本には天記神(あまのしるしのかみ)とだけ書いてあった。
 ……神?
 サキは中身が気になり本をペラペラと開いた。
 「なんだい、なんだい……。何も書いてな……」
 サキの言葉は途中で止まった。なんだかわからないが空間がゆがんだ。ハッと我に返った時、全く違う場所にサキは立っていた。目の前には古びた洋館が建っており、あたりは霧でよく見えない。手に持っていたはずの白い本はサキの手から消えていた。
 ……一体なんなんだい……?
 サキは回転しない頭をぶんぶん振ると洋館しか行く場所がないので洋館の中に入る事にした。
 「えー……お邪魔するよ……。」
 サキは恐る恐る洋館のドアを開いた。ドアは変な装飾がしてありとても重かった。両手で引っ張りながら開けた。
 「あらあら、ごめんなさいね……。今はちょっと原因不明の事件で手が空いていなくて図書館はお休みよ。」
 サキが中に入ったと同時に低い男の声がした。男の声であるのに不思議と女性に聞こえる。
 「ここは図書館なのかい……。」
 サキはあたりを見回す。見た目、小さい洋館だったが中は広く、天上付近まで本が積み上がっている。本棚には本がびっしり入っており、上の方の本はどうやってとったらいいかわからない。
 「そう。図書館よ?……あら!太陽の姫君ちゃん!」
 サキの視界の端に不思議な格好をしている男がいた。男はサキだとわかると笑顔で近寄ってきた。男は星をモチーフにした帽子をかぶっており、青いストレートの長髪で橙色の瞳をしている。なかなか整った顔立ちをしており、紫の着物に身を包んでいた。
 歩いてくる物腰はサキよりも女らしい。
 「えー……えー……これは言っていいのかわかんないけど……あんた、オカマかい?」
 「そうよ❤そしてこの図書館の管理と弐の世界の妄想を担当しているわ。あ、妄想の世界の事ね。ここの図書館は人間が書いた妄想、幻想、想像の書物が集まり、神々の歴史書も多く置いているわ。」
 男は区切りもなく話しはじめる。
 「それでね、子供の想像ノートが本当に面白くてね。その子はもう大きくなっててせっかく書いたノートを恥ずかしいからって捨てちゃったのよぅ。そのノートがここに流れてきてね。悪と戦うカッコいいお兄さんが怪物から少女を救ってあげるの。その少女はお姫様ダッコされて擦り傷に優しく薬を塗ってもらうんですって。んもう、それでねーここからなのよう……」
 男が興奮しはじめて話が止まらないのでサキはとりあえず話を止める事にした。
 「ちょ、ちょっと待っておくれ。あたしを知っているみたいだけどあんたは誰なんだい?」
 サキの発言に「あら!」と驚いた顔を向けた男は会話を打ち切り自己紹介を始めた。
 「ごめんなさいね。つい興奮しちゃって。私は天記神(あまのしるしのかみ)。ここは弐の世界なんだけど人間が書き記した小説や想像力、妄想力などが集まる場所。私はそれを監視しているの。」
 天記神と名乗った男は頬を赤らめ、バツが悪そうにはにかんだ。
 「じゃ、じゃあ、あんたは神でここは弐の世界なんだね?」
 サキは天記神に押されつつ、かろうじて言葉を発する。
 「そうよぅ。弐の世界って言ってもここは人間の心の中の世界じゃないし、夢の世界でも霊魂の世界でもないから……特殊空間よね。」
 「そうなのかい。あたしはこんなとこがあるなんて今知ったよ。……で、さっき言ってた原因不明の事件ってなんだい?」
 サキの言葉に天記神は顔を曇らせた。
 「ちゃんと聞いていたのね……。まあ、いいわ。教えてあげる。いままでは何とかなっていたんだけど、今回、九歳の女児がここを通って心の世界に入って行ってしまったの。おそらく彼女は今、壱の世界現世で意識不明に陥っていると思うわ。はじめ、自殺未遂とかも考えたんだけどどうやら違うみたいで……。彼女ははっきりとした目的があってここに入り込んできた。調べていくとある井戸にたどり着いたの。」
 「井戸!それだよ!それ関係の事で調べているんだい!あたしは!」
 天記神に向かい、サキは叫んだ。
 「それを調べているの?じゃあ、やっぱりあなただったのね。」
 天記神はサキに対し、納得したように頷いた。
 「……?何さ?」
 「Kって方からこの件を調べている神が来たら貸すように言われているものがあるの。誰がKとこの取引をしたかわからないんだけどね。あ、Kは壱、弐、参、肆、陸と伍の世界を結ぶ者とうっすら聞いたことがあるわ。伍の世界だけは特殊らしいわね。おそらくK以外伍の世界を知らない。こちらの世界が壱、弐、参、肆、陸で向こうの世界を伍と呼ぶらしいわ。向こうとかこっちとかよくわからないわね。私も詳しくは知らないんだけど。」
 「Kだって!知りたい事、全部聞けちゃったよ……。Kに会った事がある神はいるのかい?」
 サキは不安げな顔を向けながら天記神の話を待つ。
「おそらく、誰も知らないわ。取引も頼み事も全部、Kではなく使いの者がやるの。」
 「そんな謎な奴があたしに貸す物があるって事かい?」
 サキはなんだかどんどん不安になっていく気がした。
 「そうよ。まあ、Kの事は置いておいて、先に今回の事件の話を聞いてちょうだい。」
 天記神は顔を引き締めるとサキの肩をポンポンと叩き、席に誘導した。サキは天記神に従い、近くにあった椅子に座る。
 「井戸の件かい?」
 「そう。調べた結果、その古井戸に何人も人が落ちてここに来かけたのよ。全部冷林がいままでの人間は何とかしてくれたけど今回はそうはいかなくてね。何かの書物でここに来れる事を知ってしまったみたいでね。他の落ちた人間も皆そう。皆書物を介してここに来ようとしたの。その少女はどうしてもここに来たかったようだわ。子供は躊躇も何もないからね。おまけに海の向こうから来た子だから日本の神話とか、日本にはこういうやり方があってこうすればこうなるっていうモノを書物で読んだりして信じ切っていたみたい。しかもその書物、神が書いたものらしいの。通り過ぎた魂の中にわずかに神力が残っていた。」
 「なんでそこまでわかっていてその魂を止めなかったんだい?」
 「何の躊躇もなく、ある目的のためだけに通り過ぎて行ったから一瞬だったわ。言っておくけどこの空間は心の世界ではないから実体化されないのよ。魂がはっきりとした目的を持って動いた場合、本当に一瞬よ。そんなの止められるわけないじゃない。別にそれならそれで放っておくんだけど……今回は神が不当に起こしたものだから弐の世界に入られちゃうのは困るのよね。人間が自分の意思で勝手に行くのは止めないけど、あ、弐の世界を上辺から守っている神は止めるわよ。えーと……で、この件は神が誘導しちゃった事じゃない。……問題はその書物を人間に読ませて古井戸に落ちさせた事。そして人間達が読んだ書物が見つからない事。天御柱神がこれらを計画した事。」
 天記神の言葉にサキはうーんと唸った。
 「最後のみー君がこれらを計画したっていうのは間違いだと思いたいねぇ。」
 「まあ、人間を一人、井戸に落としたとして確実にその人の家族や友達が悲しみ、厄が降りかかるじゃない?もちろん本人も厄が降りかかる。その厄で厄神は信仰心が増えていく。これは厄神が起こした不当な厄確保となるわ。つまり、現状だと天御柱神が不当な厄を手に入れるために人を突き落としていたと言われても反論ができないわけ。」
 「まったく関係ないってわけにはいかないって事だね。」
 サキのつぶやきに天記神は大きく頷いた。
 「まだ原因がわかっていないんだけど……私が調べた結果はこんなとこね。ああ、後はKの事。今、持ってくるわね。」
 天記神は早口で言葉を吐きだすとさっさと奥の方へ消えて行った。天記神も今はあまり余裕がないらしい。少女はおそらく意識不明であると天記神は言った。このまま、弐に居座りすぎて魂が壱に戻ってくる事ができない場合の方が確率的に大きい。天記神はそれを心配しているようだ。死んだ者は人間の心の中に住む。生きている者は自分の心の世界を魂となって寝ている間に浮遊し、壱に帰る。中途半端な者は自分の世界に行く事ができず壱に帰る事もできない。そのまま弐の世界の住人になってしまう。つまり死ぬ。
 人間個人がそれを望んだ時、全力で止める神もいるがその神達を振り切ってしまうと逆に神達はもう何もしない。弐の世界に行ってしまった人間や動物をあたたかく見守る。
 しかし、今回の件は人間が望んだ事ではなく、神に誘導されて起こったもの。弐に干渉する神達は焦り、必死でその少女を探していた。
 ……あたしはただ、みー君を助けたいだけなんだけどその少女の件ってのも気になるねぇ。弐の世界は確か、人や動物達の心の数だけ世界があるんだっけ。弐に入ったらまず出て来れないって誰か言っていたような……。弐の世界に住んでいる神はこの天記神くらいなものかね。後は皆外から弐を監視しているんじゃなかったかい?
 サキは弐の世界について頭の中でおさらいをしていた。一つ一つ大切な事を思い出していると天記神が二つのカゴを持って歩いてきた。
 「はい。これね。」
 天記神は机の上にカゴを二つ置く。茶色の網カゴだった。
 「なんだい?これは。」
 「さあ?中身を確認していないからわからないわ。」
 サキは天記神に質問をしたが天記神は首を傾げていた。
 「とりあえず開けてみる。」
 サキはカゴのフタをパカッと開けた。
 「……ん?これは……ハムスター?」
 サキはカゴの中に入っていたサツマイモ色をした生き物をじっと見つめる。サツマイモ色の生き物はエサ入れに入っているひまわりの種をぱりぱりと食べていた。一瞬ネズミかとも思ったがハムスターのようだ。アプリコット色のきれいな毛並みをしている。
 「ハムスターのようね……。これは今人間に人気のキンクマハムスターっていうゴールデンハムスターね。ハムスターの中では大きい方だわよ。」
 天記神はどこから持って来たのかハムスターの飼育書を見ながら話していた。
 「……これをどうするかとか……何も聞いていないかい?」
 「中身、知らないって言ったじゃない。何も聞いてないわよぅ……。」
 サキも天記神も困っていた。しばらくハムスターをただ眺めていると
 ―む。気がつかなかった。―
 ふと二人ではない声が聞こえた。男の声だったのでサキは天記神を見たが天記神はフルフルと頭を横に振った。
 二人は一瞬にして何かを悟り、キンクマハムスターに目を向ける。
 ―ここは窮屈だな。我が城に早く帰りたいものだ。―
 鼻をひくつかせたネズミがこちらをじっと見ている。声は二人の頭の中に響いて聞こえているようだ。
 キンクマハムスターはカゴのフチに手をかけると足をばたつかせながら外に脱走した。
 「……。」
 二人はしばらく言葉がなかった。驚きと困惑で頭が真っ白になっていた。
 「よっと……。」
 キンクマハムスターは外に出ると人型に変身をした。黒の布地に金字で『金』と書いてある着物を身に纏い、金色で癖のある長髪を払いながらこちらを見ていた。
 茶色の穏やかな瞳でちらりと前歯を覗かせて微笑む。頭にはハムスターの耳がついていた。口元にはわずかにハムスター時にあったヒゲがついている。
 「……っ!?」
 ハムスターは大人の男性に突然変わってしまった。サキ達はさらに混乱し目を見開く。
 「私は金(きん)。人間からはキンクマと呼ばれている種だ。」
 「ネズミが人になってしゃべった!?」
 サキの時間がやっと動きはじめ、驚きすぎて椅子から落ちた。
 「今更ね……。太陽ちゃん、驚きすぎよ。あなたの所も猿がいるでしょう。」
 「それは使いだよ!これはわけわからないよ!」
 天記神の言葉にサキは頭を抱えた。
 「ふむ。私のご主人はK。そして私はKの使いである。我が帝国は豊かな国だ。食べ物もある、寝る所もある。」
 「それってただ、飼われているだけじゃん……。」
 金と名乗ったハムスターにサキはぼそりとつぶやいた。
 「私はKと契約をして仕事をしている。昼間寝ているので寝ている間に弐の世界のパトロールをしろと言われている。我々、ハムスターは最近、人間と共存する事が多く、弐の世界を守る者として昼間に派遣されるようになった。夜は安心して休めるように壱での生活は保障されている。夜は無限車で遊んでおるぞ。私はな!ははは!」
 金の言う無限車とは回し車の事だろう。金は胸を張り、高笑いをする。
 「じゃあ、最近、ちょこちょこハムスターが昼間の弐を監視する役を担っているって事かい?」
 「人に愛されているハムスターだけだが。その他のハムスターは人間との関わりをよく思っておらず、人間を恨んでいる者もおる。」
 「なるほどね……。結局Kって何者なんだい?」
 サキの言葉に金は顔を曇らせた。
 「しゃべったらひまわりの種を没収されてしまう。それは言えない。あ、それとご主人から書状を……。」
 金はそこで言葉をきった。
 「Kからなんかきているのかい?」
 サキは止まったままの金を不思議そうに眺める。
 「渡そうと思ったが私が噛んで床材にしてしまったのでなかった。」
 「……。」
 金の発言でサキは頭が痛くなってきた。結局、Kが何を思って彼を派遣してきたかまるでわからない。
 困っていると天記神がサキをつついた。
 「もう一つカゴがあるわよ……。」
 「あ……。」
 サキは何か嫌な予感がしたがしかたなくもう一つのカゴを開けた。
 「……またハムスター?」
 もう一つのカゴでは金の半分くらいしかない小さなハムスターがいた。小さいハムスターは背中に黒い線が入っており、毛並みがブルーグレーだ。忙しなく毛づくろいをしている。
 「えーと、これはジャンガリアンハムスターのサファイアブルーね。ちなみにゴールデンハムスターとは種類が違うみたい。ドワーフハムスターっていうらしいわよ。ジャンガリアンもかなり人気の種らしいわ。」
 天記神は横でハムスター飼育書を熱心に読んでいる。
 「どっちにしてもネズミかい。」
 サキはふうとため息をついた。
 ―あら。気がつかなかったでしゅ。―
 ここでまたもハムスターがしゃべり出した。サキは二回目だったのでさっきほど驚かなかった。今度は女の子の声が頭で響く。
 ―あんまり外に出たくないでしゅが……ちょうがないでしゅね。―
 丸い身体を忙しなく動かしながらカゴのフチに手をかけ、外に脱走する。
 「わたちは青(あお)。わたちのおうちは別荘三つもあるんでしゅ。」
 また知らない内にハムスターが人型になっていた。目の前にかわいらしい女の子が突如出現した。紫の布に水色の文字で『青』と書かれた着物を着こんでおり、青い長髪だが真ん中の髪の毛だけ黒いラインになっている。くりくりとした大きな瞳とピコピコ動いているハムスター耳がなんともかわいらしい。金と同様にハムスター時のヒゲが残っている。長い前歯をちらつかせながらこちらに向かいニコリと笑った。
 「ネズミが二匹……。」
 「ご主人様から書状を預かっておりましゅ。これ、どうじょ。」
 舌足らすな話し方だが子供ではないらしい。
 青と名乗ったハムスターは真面目にもカゴから小さい紙切れを取り出しサキ達に渡す。
 「あ、ええ?二枚あったのかい?えーと……ありがとう。あんたはずいぶんしっかりしているんだねぇ……。」
 サキは戸惑いながら青を見つめた。
 「当然でしゅ。金さんと一緒にちないでください。」
 「わ、私は王国つくりで忙しいのだ。あまりの忙しさに床材と勘違いして破いてしまったのだ。しかたないだろう。」
 慌てた金が同意を求めるようにサキに目を向ける。サキは「どうでもいいや」とため息をつくと金から目を離した。
 「まあ、いいよ。とりあえずこの書状、読ませてもらうからね。」
 サキは小さい紙切れに書いてある文字を黙読した。
 内容は
 ……元厄神の青年から援助を頼まれたのでお送りした。送る場所が天記神と聞いていたので図書館に派遣した。一応、昼間の弐の世界を駆け抜けられる存在だ。援助を願う者に私のハムスター二匹を貸そう。
 「いやいや……。これだけかい……?なんか他に……。」
 サキは紙をぺらぺらと裏表にしてみたが何も書いていない。
 「これだけみたいね。」
 天記神もよくわからずため息をついた。元厄神とは先程、サキが会った院長の事だろう。
 院長が図書館に行けと言った理由がやっとわかった。
 「わかったよ。あの院長は弐の世界を調べろってあたしに言っているんだ。最初の所からするとみー君があの院長と話をつけていたって事かね。あたしはいいように動かされているだけかい……。まあ、いいけど。」
 サキは不機嫌な顔で金と青を見た。二人はきょとんとこちらを見ていた。
 「Kについてはよくわからないけどこのハムちゃん達は弐の世界を昼間だけ自由に動けるって事よね?」
 天記神は確認するように金と青に目を向ける。
 「うむ。私達に関しては問題ない。人間に世話されているハムスターとは違うからな。Kと契約を結んだKの使いであるから。他のハムと比べ物にならんくらいこちらに詳しいし、能力も高い。」
 金が偉そうに頷く。
 「まあ、それはそうでしゅね。ただ、一般的に人間に世話しゃれているハムは自由気ままな性格が多く、はっきり言って弐を監視できる状態じゃないのでしゅ。それにとても臆病な性格で、実際、こちらを監視しているハムはほとんどいましぇん。まだ、人間との歴史もそんなに長いわけではないのでまだまだこれから人間を知っていかなければならないのでしゅ。そのため、まだハムは誰かの使いになる事も弐の世界を見守る事もできましぇん。これからわたち達みたいなハムもじょじょに増えていく可能性はありましゅがね……。」
 青が冷静にキチッと答えた。
 「つまり、今はハムスターに関しては様子見をとっているってわけかい。もし、ハムスターが弐を監視できるようになったとして一体、どの神の使いになるんだい?」
 サキは会話が成り立ちそうな青に質問をする。
 「弐の世界に住む神の使いになる可能性が強いでしゅ。もしくは弐の世界を昼間だけ守る存在として別物になるか……。それとなぜかハムは生きている存在でも昼間寝ると弐の世界に行けるんでしゅよね。ちゃんと記憶を持ったまま、夢とは考えずに……でしゅ。」
 「ふーん。いつも寝ているだけかと思ったけど不思議な存在なんだねぇ……。」
 青の言葉にサキは感心したように頷いた。
 「とりあえず、あなた達は心の世界に行きなさい。ハムちゃん達が弐を自由に動き回れるのは昼だけなんでしょう?早くしないと……。」
 天記神がのんびりしているサキに声をかけた。サキは大きく伸びをすると天記神を見た。
 「天記神はどうするんだい?」
 「私はここからは出られないの。だから原因となった書物を探すわ。」
 天記神にも色々とあるらしい。ここにいなければならないそういう神のようだ。
 「わかったよ。とりあえず、少女を探せばいいんだよねぇ?」
 「そうね……。頼んだわよ。」
 天記神は申し訳なさそうにサキに目を向けた。サキは頷くと金と青の方を向いた。
 「あんた達、頼んだよ。」
 「む。では弐の世界に行くか。我が帝国に使える物があれば持ち帰ろう。」
 金はどこか楽しそうにドアに向かって歩き出した。
 「おうちに帰った時におっきなひまわりの種ありましゅかね……。今はそれだけ楽しみでしゅ。」
 青も楽しそうにドアに向かった。
 ……自由気ままな奴ねぇ……。たしかにハムスターは使い向きじゃないよ……。
 サキは楽しそうな二人を眺めながらため息をついた。

六話

 「で、どうすればいいんでしゅか?」
 天記神の図書館を出た所で青がぴたりと立ち止った。
 「ええ……?知らないよ。とりあえず弐の世界に入って女の子を助けないといけないんだろう?」
 サキはこれからの事を何も考えていなかった。だいたい、その少女の顔も特徴も何も知らない。探しようがなかった。
 「む……。この土は我が城に使ったらよさそうだな……。」
 「ちょっと、あんたは何やってんだい!」
 サキは突然穴を掘り始めた金を叱る。
 「い、いや……我が帝国に……。」
 金は戸惑い、サキを見つめたまま止まった。
 「あたし達は女の子を探しているんだよ。そんな事をやっている場合かい?」
 「む……すまん……。」
 金はサキの睨みに手を止め、寂しそうにサキの元へ戻ってきた。
 「まったく。とりあえず情報がなさすぎだけど心の世界とやらに行こうじゃないかい。」
 「あー、この葉っぱ、おいしそうでしゅね~。」
 「青!」
 近くの木の葉っぱを食べようとしている青をサキは厳しく叱る。
 「うう……ごめんなしゃい……。」
 青もいそいそとサキの近くに戻ってきた。
 ……油断も隙もないね……。こんなやつら、使いとして機能するのかい?というか、彼らを連れて心の弐に入るのは凄く不安なんだけど……。
 サキは顔をひきつらせながらハム二人を引っ張り真っ白な霧がたち込める中へ入って行った。
 「こっちしか行く場所がないんだけど……いいんだよねぇ?なんか真っ白で見えないよ……。」
 あたりは霧で覆われていて視界は非常に悪い。天記神の図書館以外はこういう霧で覆われているらしい。
 「結界だ。」
 金がふとそんな言葉を口にした。
 「結界?」
 「うむ。私達は鼻が利くのでな。あの書庫の神とやらがでられんような結界になっている。」
 「そうでしゅね。でしゅが、わたち達は大丈夫みたいでしゅ。」
 金と青がサキに笑いかけた。サキはちょっと二人を見直した。
 「へぇ、じゃあ通っても大丈夫なんだね?」
 「問題ありましぇん。」
 「問題ない。」
 金と青はサキの質問に口をそろえて答えた。
 「そうかい。」
 サキはこの緊張感を保てるように金と青をひっぱり歩く。しかし、緊張感はすぐになくなった。
 「そういえば最近、わたち達の健康とか何とかで新ちいペレットがごはんとして出てくるのでしゅがあんまりおいちくないのでしゅ。ひまわりの種を持っておりましぇんか?いつも個数が決まっていましゅのでたまには沢山食べたいなと……。」
 青がサキにどうでもいいことを願ってきた。
 「持ってないよ。仕事終わってから主人にねだりなよ。」
 「太陽の元、太陽の花を沢山育てているのではないのか?」
 落ち込んでいる青をよそに金が喰いつきよく会話に入ってきた。
 「太陽の花って……ひまわりかい……。育ててないよ……。」
 「がーん。」
 金も落胆の意を見せ、青に続いて歩く。
 ……彼らの頭の中は食事と自分の住居の事だけなのかい……?
 縄張り意識を持ち、単独で生活するハムスターはおそらく寂しいという気持ちはないのだろう。思い思いのまま、自由に生活をする。一生を自分に尽くす。人間がやりたくてもできない生き方だ。彼らは人間とは感覚が違う。人間と一緒に考えてはいけない。
 そういう生き物だとサキは理解しなければならない。
 サキは理解ができないまま、しばらく二人を連れて真っ白な空間を歩いた。
 「む。ここから先がここと匂いが違うな。」
 金はあまり興味がなさそうだが一言言葉を発した。
 「匂いが違う……ねぇ……。ここから心の世界って事かい?」
 「そうだと思いましゅ。入りましゅか?」
 青の問いかけにサキは少し詰まった。
 「あ、あのさ……あんた達……本当に大丈夫なんだろうねぇ?」
 「問題ない。細かい事はわからんが心の世を自由に動けるというのは本当だ。もちろん、出る事も私達ならば容易だ。」
 「そうでしゅ。」
 金と青が同時に頷くのでサキはため息をつきながらもこの二人を信頼する事にした。
 恐る恐る足を踏み出す。地面があるはずなのになぜか浮いているような感覚だ。それは一歩一歩進むにつれて大きくなっていく。踏み込んではいけない領域であると咄嗟にサキは判断したが青と金が平然と歩くので今更やめようとは言えなかった。
 「どうちまちたか?」
 「あ……いやー……なんか入ったらまずそうな感じだからさー……。」
 青が不思議そうな顔でこちらを見るのでサキは怯えながら答えた。
 「ここはもう本格的な弐の世界である。たまにひまわりが咲いている世界にたどり着けるのでお腹いっぱい食べる夢を見られるのだ。あ、言っておくが、今、私達は壱では寝ている存在だぞ。つまり私達は今や、魂。だから弐ではいっぱい食べてもそれは所詮夢である。」
 「はあ……ハムスターの仕組みがよくわからないねぇ……。」
 金がえへんと胸を張るのでサキは腕を組んで眉を寄せた。
 「それでもあたち達は食べ続けるでしゅ。そこにひまわりがあるから!」
 青も大きな声で叫んだ。一体ひまわりの種のどこにそんな魅力があるかはわからないがハムスターにとってそれは何をしてでも食べたいものらしい。
 「ま、だいたいそういう食べ物は身体に悪いんだよ。」
 サキがしれっとつぶやいた言葉に金と青は落胆の意を見せた。
 「腫瘍ができてもいいのだが……。」
 「今が幸せなら……でしゅ。」
 このハム達は今の事しか考えていないようだ。幸せな頭をしている。
 サキはポリポリと頭をかきながらため息をついた。
 

 「真奈美……真奈美!」
 セレナは歩きながら真奈美を探す。ここがどこなのかまったくわからない。不思議と怪我はしておらず、足は普通に動く。ここはどこであるかわからないが色鮮やかな紅葉が沢山の木々から止まることなく落ち続けている。ときたま、どこからか銀杏の葉も落ちてきてあたりは紅と黄で埋め尽くされていた。
 「……セレナ?」
 ふと真奈美の声がした。
 「真奈美!」
 セレナはあたりを見回し真奈美を探す。真奈美は木々の間からひょっこり顔を出した。真奈美は病院時の寝間着ではなく紅色の鮮やかなワンピースを着ていた。靴は履いていない。気がつくとセレナの方の服も黄色のワンピースに変わっていた。こんなに紅葉が落ちていて秋の終盤だろうと思われるのに不思議と寒くはない。
 「やっと会えた!」
 セレナは真奈美に向かい走って行った。
 「久しぶり。色々とイメージしてみたんだけどどう?ちょっと紅葉が赤いかなあ……。」
 真奈美は恥ずかしそうに笑いながらセレナを見ていた。
 「これくらい赤い方がきれいだからいいよ。」
 セレナは真奈美に笑いかけた。
 ここがセレナの夢なのか、真奈美の世界にセレナが入り込んだのかはわからない。だがセレナにはそんな事はどうでも良かった。
 「どうやって……ここまで来たの?」
 真奈美がセレナに問いかけた。
 「うん、図書館でね、日本の事を調べていたら凄い本を見つけちゃって。」
 「凄い本?」
 「そう、なんか日本の神様が書いた本なんだってさ。」
 「神様が書いた本!凄いね。それは。」
 真奈美はセレナの話を聞き、嬉しそうに叫んだ。
 「古井戸があってね、その古井戸に魔風が吹く時に落ちると会えない者に会えるって書いてあって……。」
 「会えない者に会える……か。」
 セレナの話を聞きながら真奈美は気難しい顔をしていた。
 「ああ、千羽鶴持ってくれば良かったなあ。会えなかったから看護師さんにあげちゃったんだよね……。」
 セレナはふうとため息をついた。
 「千羽鶴持って来てくれていたの?ありがとう!嬉しい!」
 真奈美は嬉々とした声でセレナに抱きついた。
 「へ、下手くそだけどね……。」
 セレナは顔を赤くしながら真奈美との再会を喜んだ。


 サキは謎の浮遊感にだんだん慣れてきていた。少女を探す余裕も出てきており、金と青に次ぎ、心を持つ者、一つ一つの世界を飛ぶ。
 「こう世界がいっぱいあったら探しようがないよ……。」
 サキ達は世界の上空を飛ぶように進んでいる。上から心の世界を伺う事ができるが沢山ありすぎて何か手がかりがないと辛そうだ。
 「困りまちたね……。」
 青は腕を組むと立ち止った。
 「その少女とやらがどんな外見をしているのかなど私達は何も知らないのだが……。」
 金も頭をかきながらあたりを見回した。
 「そうだねぇ……。しらみつぶしにやっていったら日が暮れちゃうよ……。」
 「む!」
 サキがため息をついた時、金のヒゲがピクンと動いた。
 「どうしたんだい?」
 「大きな力を感じるぞ。」
 「ホントでしゅ!」
 金と青はサキに答える事なく突然走り出した。
 「ああ!ちょっと待ちなって!ねぇ!」
 サキもとりあえず二人を追う。ハムスターは余裕が出てくるとやたらと好奇心旺盛になる。この二人も一応人型だが中身はハムスターそのものなのだろう。
 「なんだい……なんだい!はやっ!」
 サキは二人に追いつくので精一杯だった。ハムスターは本来足が速い。一晩中回し車を回していられるほどの体力がある。おそらくその小さい身体で十キロは軽く走っているのではないか。
 普段、のんびりしている彼らが突然、機敏になったのでサキは驚きつつ足を速める。
 走るにつれて強い神力が漂ってきた。自分に向いていないはずなのに神力は身体を突き刺すように鋭くサキを包む。気がつくとサキの足元は雲がかかったように真っ白になっていた。先程までははっきりとサキの足元で心の世界が見えていた。それが今はすべてが真っ白だ。こういう世界なのか、神力のせいなのかよくわからない。
 ……こ、これは……剣王の神力……!
 サキは剣王の神力を知っている。刺すように鋭く、威圧に満ちたものだ。
 「なんで剣王の神力がこんなところからするんだい?」
 金と青は怯えはじめ、来るんじゃなかったとおずおず後ろに退いている。
 ふと、真っ白だったサキの足元が突然開けた。
 「!」
 雲が切れたように白い靄が左右に割れる。そこから下の世界がはっきりと見えた。
 荒地の真ん中で剣王と鎧を着た女が刀を交えている。女の方は怪我をしているようだ。そしてそのすぐ後ろに幼い男の子がいた。女はその男の子をかばっているようだ。
 「どうせ死ぬんだからもうちょっと力を見せたらいいよ。」
 剣王がいつもの雰囲気ではなくまるで別神のようにつぶやいた。
 「はあ……はあ……。」
 女は肩で息をしており、頭から血を流している。
 「前にも言ったが……それがしはわりと女に容赦はない。」
 「……っ。」
 女は苦しそうに剣王を仰ぐ。剣王の瞳は冷たく、底冷えするような声である。
 「罪神に性別はないか。お前が生きるすべはそれがしを殺す事だけだ。」
 剣王は言雨を放ち、女に威圧をかける。女はちらりと男の子を見ると覚悟を決めたように刀を構え直した。
 剣王が刀を振りかぶった時、ふと上を向いた。サキ達に神力が突き刺さる。ビリビリと皮膚が破けるような感覚が襲い、三人は震えあがった。
 「いっ!」
 サキが呻くように声を発した時、剣王がにやりと笑った。刹那、白い雲がまたサキ達の足元に集まり、下に見えていた世界を閉じた。その直後に爆風が三人を襲う。
 「うわあああ!」
 状況を理解できないまま、サキ達は勢いよく吹っ飛ばされた。
 「うう……。」
 気がつくとまったく違う世界の上空にいた。かなり飛ばされたようだ。
 「な、なんだったんだい?」
 サキの問いかけに金も青もガクガクと身体を震わせながら首を横に振った。おそらく知らないと言っているのだろう。
 三人は冷汗をぬぐいながらしばらく呆然としていた。
 「なんか剣王が……。なんだったのか気になるけど、もうあんな思いはしたくないよ……。これは首をつっこまないようにしよう……。」
 サキはつぶやくように言葉を発した。それに呼応するように金と青が大きく頷く。
 ―ちょっといいでしょうか?―
 三人が心を落ち着けている間、頭の中に天記神の声が響いた。
 「だ、誰だい!」
 サキはパニックになっている頭で鋭く叫んだ。
 ―ちょ……どうしたのですか……。落ち着きなさい。私は天記神よ。―
 「て、天記神……?ああ、天記神かい……。」
 サキはやっと言葉を理解し、ふうとため息をついた。
 ―人間達が読んだ本を見つけたわよ。―
 「えーと……なんだっけ?」
 ―なんだっけって……。あれよぅ!井戸に落ちる前に何かしらの本を読んだって言ったでしょ。その書物が見つかったのよぅ!―
 「ああ!そんな話していたっけねぇ!」
 ―大丈夫かしら……。―
 ふと天記神の心の声が聞こえた。
 「大丈夫、大丈夫。悪かったね。で、その本に女の子の手がかりとかあったかい?」
 サキはわざとらしく笑った。
 ―その本に……天御柱神の神力がついていたの……。天御柱神が本を読んだ人間に自分の神力をつけていたわ。だから天御柱神の力を頼りにいけばその少女に出会えるはずよ。―
 天記神の結論にサキは腕を組んだ。
 「みー君のせいじゃないんじゃないかい?もっとちゃんと調べておくれよ!」
 ―間違いようがないわ……。その本についていた神力は間違いない。中身を読んだんだけど……あの井戸周辺の歴史書だったわ。そこの昔話に天御柱神の話が多数書いてあったわ。―
 「その本は神が書いた本なんだろう?じゃあ、みー君が自分の話を自慢げに書いたって事かい?」
 サキは腑に落ちない顔で餌を求め歩いている金と青を眺める。
 ―読んだ感じだとそうね。自慢げに人々を恐怖におとしめた昔話を永遠と書いているわ。古文で書かれているからこの辺は一般の人には理解できないでしょうね……。でもね、最後の部分だけ今の人間が理解できる文章になっている。だから読めると勘違いした人や、パラパラめくっててたまたま最後を読んでしまった人などがもしかしたらと希望を抱き、もう会えない人に会う為にこの本に書いてある通りに動いてしまう。―
 「その本には井戸に落ちろって書いてあるのかい?」
 サキは楽しそうに暴れている金と青を険しい顔で見つめた。
 ―サキちゃん、あなた、そんな現実離れしている話で人間が動くわけないと思っている?それは間違いよ。精神的にまいっている者や何かにすがらないと生きていけない者は理想と妄想の区別がつかない。それと後先考えずに面白半分でやる者は理想も妄想も何もない。過剰な好奇心。人間にはそういう心を持った者もいるのよ。特に現実と妄想の区別がついていない者は子供に多いけど、それは時が経つにつれてわかる。怖いのは大人。区別がつかない大人ほど怖いものはないわ。―
 「な、なるほど……。」
 サキは自分自身が現実離れしているのでちゃんと理解はできなかった。
 ―で、本の話に戻りますよ。城近くの古井戸は霊魂の通り道と言われているらしく、その深い水底に霊魂の世界が広がっていると昔から伝えられてきたらしいわ。―
 「じゃあ、昔からあったならさ、昔からその井戸に落ちる人がいるんじゃないかい?」
 ―その通りよ。でもこの井戸に落ちる人はいないと言ってもいいわ。ここ最近なの。落ちはじめるようになったのは……。おかしいと思ってよく調べたら、今の人間が読める部分のページだけ後書きされているのよ。つまり、このページも元は古文で書かれていて今の人間には理解不能だったはずなの。―
 「書き換えた奴がいるってわけだね?」
 サキは眉をひそめ、天記神に問いかける。
 ―そう。後もう一つ。今、現世が大変なのよ。―
 「どういうことだい?」
 天記神の声が真剣なのでサキも顔を引き締めた。
 ―不当な台風が何度も地上を切り裂いて何百人もの人が避難生活。それはちょっと前からで天御柱神がいなくなってからさらに酷くなった。農業を営んでいる人はお天道様を望んでいるわ……。―
 「なんだって!あたしが現世に降りた時も雨は降っていたけどさ、まさかあれがずっと続いていたのかい?」
 サキはその場で叫んでしまった。金と青が遊ぶ手を止めビクっと身体を震わせた。
 ―あなたが地上に来る前からずっと魔風と大雨よ。あなたが降りてきて少し、弱まったみたいだけどあなたが弐に入ってからまたすごくなったらしいわ。―
 「それはみー君のせいじゃないね。みー君は今、封印されているんだ。」
 サキは興奮気味に天記神に話す。
 ―そうね。だからわからないのよ……。今、わかるのはここまで。これでちょっとはあの女児を探せるはずよ。―
 「壱の世界はどうするんだい?」
 ―それは今はいいわ。とりあえず少女を探してください。その少女は生死がかかっている。―
 「わ、わかったよ……。」
 サキは深く頷くと天記神と通信を切った。
 「ねえ、あんた達、聞いていたかい?」
 サキは無駄な質問を金と青にした。金と青はどこから持って来たのかわからないがひまわりの種をもぐもぐ食べている。人型になっているため、ひまわりの種はやたら小さく、彼らは不満そうな顔をしている。
 「全然、食べた気がしない……。」
 「満足できないでしゅ……。」
 二人はサキの声が聞こえていないほど呆然としていた。
 「ああ、もういいよ……。」
 サキはあきらめて先に進む事を考えた。こちらが先導すればネズミ達はついてくるだろう。むしろ餌でつるか……。
 「とりあえず、今は天御柱神の気配、および神力をあんた達の野生の勘で見つけるんだ。あんたらは本来食われる方の動物だ。禍々しい物とかにすぐに反応できるはずだよ。」
 「ま、まあ……確かにそうだが……た、食べてもうまくはないぞ……!そう!うまくない!」
 金はサキの発言にビクビクしながら必死でおいしくない事をアピールしている。
 「は、ハムスターなんて骨と皮だけでしゅよ……。」
 青も青い顔をしてぶんぶんと首を振る。
 「ああ、わかったから、とりあえず気配を感じるんだよ!ほら、やったやった!」
 サキは急かすように手を動かした。この者達の扱いは先導してやる事だ。すぐに自由に走ってしまうなら拘束すればいいだけの事だ。
 金と青は額に汗をかきながらひたすら鼻先をクンクンと動かしている。耳もピコピコと可愛らしく動く。
 「あ……。」
 二人は同時に同じ方向を向いて止まった。動きも完全に止まっている。
 「ん?どうしたんだい?」
 サキが問いかけるが二人は反応を示さない。
 ……これが所謂フリーズである。何か自分にとって脅威と感じると思考回路が停止し、その場でピタリと止まるのだ。
 「ま、まさか。もう見つけたのかい?」
 サキが二人の肩に手を置き、大きく揺する。ふと二人が我に返った。
 「なんかほんのわずかでしゅが……怖い気配を感じましたでしゅ。」
 「う、うむ……。禍々しい。」
 青と金が交互に興奮気味に話した。サキにはよくわからなかったがやはりハムスター、野生の勘のようなものが働いたのだろう。
 「禍々しいねぇ……。アタリかね……?なんか余計なものだったらどうするんだい……。もう、変な事件に巻き込まれるのはごめんだよ。」
 サキは独り言のようにつぶやいたが手がかりがないため、金と青が向いている方向に行ってみる事にした。
 「守ってくれるのだろうな?」
 なぜか金が偉そうにサキに言葉を発した。
 「あんたら、弱そうだもんねぇ……。任せときな。あんまりやばそうなら逃げればいいし。あんた達は強引だったけどKから借りた大切なネズミだからね。」
 「言いましゅね!さすが我らが嫌う太陽の姫。」
 青も偉そうに頷いた。
 「嫌うって言うんじゃないよ!ほめられてんのか、けなされてんのかわかんないからさ。」
 サキは歩きながら青をこつんと小突いておいた。
 

 金と青には自分が行きたくない方向に歩いて行ってもらった。野性の勘を逆に使う方法だ。落ち着かずにオロオロしている金と青を急かしながらサキは歩いている。
 「そ、そろそろはっきり感じましぇんか?」
 青が怯えた瞳でサキを仰ぐ。
 「……確かに、あたしも感じてきた。うっすらと……だけど。」
 サキもやっと周囲を警戒しはじめた。足元の世界は赤と黄色の世界だ。青空に紅葉と銀杏の葉が絶えず地面に落ちている。
 「ずいぶんと今の季節にあった世界だな。食べ物が……。」
 「あー、わかったわかった。わかったからその嫌な気の本体を見つけてくれ。」
 サキは金の言葉を途中で切り、さっさと活動させた。
 「ふむ。あれだな。」
 「あれでしゅね。」
 金と青が急に止まり、同時に下を指差した。界下では二人の少女が楽しそうに遊んでいる。お互いに紅葉を巻き上げながら走り回っていた。
 「……あれが?……そういえば少女を探してて……まさか……。」
 サキは笑い合う少女達を何とも言えない顔つきで見つめた。
 「ふむ。人間の少女達であったか。」
 金はひまわりを持っていないかチェックしている。
 「そうだ!あんた達、ちょっとハムスターになって偵察に行っておいでよ。その方があの子達も安心するだろうし、いきなりあたし達が行ったらびっくりしそうだからさ。」
 サキは我ながらいい案を出したと思った。しかし、金と青の表情は複雑だ。
 「うーん……ハムになったら人間は大きめの肉食動物にちか見えないでしゅ……。怖いでしゅ。」
 青のつぶやきを聞き、サキはなるほどと頷いた。確かにハムスターからすれば慣れていない人間は肉食動物に見えるだろう。人間の足首くらいのサイズしかない動物にとって人間は恐ろしく巨大な生き物である。それは確かに怖い。
 「太陽の姫が守ってくれるというならばなってやってもいい。」
 金は相変わらず偉そうにサキに発言した。このハムスターは人間との駆け引きがよくわかっている。頼まれているとわかると偉そうになり、命令されるとしゅんとなる。
 「わかったよ。守ってあげるからさ。あんな少女達のどこに脅威があるんだい?あたしにはわからないよ。」
 サキは手をヒラヒラと振ると二人を送り出した。金と青は渋々ハムスター姿になるとその世界に向け勢いよく落ちて行った。
 サキはゆっくりと見つからないようにその世界に侵入した。
 「でね、神様はいるんだなって思ったよ。日本には神様が多いんだってね。やっぱり日本だから日本式で会った方がいいんじゃないかと思って……。それで……」
 「誰か来たね。」
 セレナと真奈美は楽しそうにおしゃべりをしていたが口をつぐんだ。警戒が二人を包む。
 「な、何?」
 二人は地面を見て驚いた。落ちた紅葉がモゾモゾと動いている。
 「ん?」
 二人はほぼ同時に声を発した。紅葉から顔を出したのはサツマイモ色をした大きなハムスターとグレーに黒いラインの小さなハムスターだった。
 「ハムスター?」
 セレナと真奈美の警戒は溶け、顔を出したハムスター達を柔らかな表情で眺めた。
 「かわいい!もこもこ!ふわふわだね!」
 真奈美は興奮しながらグレーの小さなハムスターをすくいあげ眺める。
 「どこから来たんだろうね?」
 セレナはサツマイモ色の大きなハムスターを指で触りながら微笑んだ。
 「わかんないけどおとなしいね。」
 「かわいい!」
 セレナも真奈美も突然現れたハムスター達に夢中になっている。小動物は子供の心に深く入り込む生き物だ。緊張を解くのもとても早い。
 「ハムちゃん達も井戸から落ちたの?」
 セレナの問いかけには答えずサツマイモ色のハムスターは髭をピクピクと動かしているだけだった。
 「あの井戸にね、落ちて私、本当に良かったと思っているの。真奈美に会えたし、真奈美を助けてあげられる。」
 にこりと微笑んだセレナの瞳は突然赤く輝き、体からジワジワと禍々しい神力が沸き出した。ハムスター二匹はその神力に怯え、丸く縮こまった。
 「そこまでだよ!」
 ふとどこからか鋭い女の声がした。セレナはビクッと身体を震わせ、漂わせた神力を消した。
 「誰?」
 セレナは声のした方を仰ぐ。木々の間から白いストールに黒のキャノチェをかぶっている女が現れた。
 「青、金!もういいよ。戻っておいで。」
 女はセレナに何も言わずにハムスター二匹を呼び寄せた。青と呼ばれたハムスターと金と呼ばれたハムスターはそれぞれ少女達の手から飛び降りると突然、人型になった。ハムスターだった少女と青年は素早く女の後ろに隠れる。
 「Sino ito?」
 セレナは同じ言葉を今度タガログ語のようなもので聞いた。セレナは元々フィリピン出身だ。多少の会話ならできる。セレナは女に自分が日本人ではない事に気がついてほしかった。ここは日本ではない全然違う場所ですという事を伝えたかった。つまり、出て行ってほしかった。
 自分達の世界を汚されたくなかった。
 「何言ってるのかわからないよ?さっき誰って日本語で言ってたじゃないかい。あたしは日本の神様だよ。あんたはここにいちゃいけない。元の世界に戻った方が身のためだよ。」
 女は自分が日本の神であると告げた。そしてここに残るなと言ってきた。
 セレナは眉をひそめた。
 ……日本の神様は悪い神様もいるって聞いた……。もしかしたら私と真奈美を引き裂く悪魔みたいな神様かもしれない。
 「 Huwag sirain ang ating mundo !」
 セレナはまた異国の言葉で叫んだ。
 「だから、何を言っているのかわからないよ……。」
 女は戸惑っていた。これも狙いだった。何を言っているのかわからなければいずれ去っていくだろう。でもやっぱりこの言葉だけは相手に知ってほしかった。セレナは今度、日本語で叫んだ。
 「私達の世界を汚さないで!」
 「!」
 セレナが叫んだ刹那、周りの世界が大きく動き出した。セレナが手を前にかざすと落ちていた紅葉がフワッと竜巻のように舞い上がった。
 「……!」
 セレナは驚いたと同時にこれを使って悪い神様を追い出せばいいと考えた。
 ……私を見守ってくれている日本の神様もいる。日本は神様が一人じゃない!私が信じている神様は違うけどきっと今、良い日本の神様が力を貸してくれているんだ。
 セレナの瞳がまた赤く輝く。後ろにいる真奈美をふと振り返ると真奈美は微笑みながら頷いていた。
 ……真奈美は日本人だからきっと日本の神様の名前もわかるだろうね。
 「真奈美、一緒にあの悪い神様を追い出そう!」
 セレナは真奈美の手をとり微笑む。
 「そうだね。今ならなんでもできる気がするよ。」
 真奈美もセレナの手をとり、ニコリと笑った。二人は手をとり合うとキッと目の前に立つ女を睨みつけた。二人は映画のヒロインにでもなったかのようにどことなくワクワクした気持ちになっていた。
 
※※

 少女の禍々しい気配を感じ取り、サキは鋭い声をあげて飛び出した。
 「そこまでだよ!」
 少女はビクッと身体を震わせ、「誰?」とつぶやいた。
 とりあえずビクビク怯えている金と青をこちらに呼び寄せる事にした。一応約束をしてしまった以上、彼らを守る義務がサキにはある。
 それ故、少女の質問に答える余裕がなかった。少女は何を思ったか呪文のような言葉を発した。
 「 Sino ito ?」
 ……んん?なんて言っているのかわからないよ……。日本語じゃないね。でもあの赤い瞳は間違いなく厄をもらっている。
人間同士では区別がつかないが神々は厄神特有の赤い瞳を人間が持っているか持っていないかで厄を判断する。神にしか見えない赤色だ。つまり神々だけが人間の厄の量を見ることができる。
……この子は厄のせいで酷い状況になる事ばかりを進んでやっているんだね。このまま後ろの女の子と一緒に死ぬつもりなのかね……。そうすると自分にも厄が降りかかり、彼女達の周りの人間にも厄が降りかかる……。
「何言ってるのかわからないよ?さっき誰って日本語で言ってたじゃないかい。あたしは日本の神様だよ。あんたはここにいちゃいけない。元の世界に戻った方が身のためだよ。」
とりあえずサキは相手を刺激しないように親密的に柔らかく言った。
「 Huwag sirain ang ating mundo !」
少女はまたどこかの国の言葉を叫んだ。
「だから、何を言っているのかわからないよ……。」
サキは友好的に話しかけたつもりだったが少女はなぜか怒っているようだった。
「私達の世界を汚さないで!」
少女は何を思ったか今度は日本語で叫んできた。刹那、少女の瞳が赤く輝くのをサキは見逃さなかった。風が吹き、舞った紅葉がサキの頬を切り飛んで行った。
金と青はサキの後ろで怯えていたが一応構えていた。
二人の少女は暴風を操り、紅葉でサキ達を切り裂く。
「うっ!」
サキは禍々しい風を受け苦しそうに呻いた。
「きいているよ!真奈美!」
「私達の力で悪い神様を倒そう!セレナ!」
二人の少女はとても楽しそうだ。魔法が使えるようになったと思っているらしい。魔法とか、変身とか、オシャレとか、お化粧とかそういった類のものを女の子はだいたい好む。
まるでヒロインにでもなったかのように嬉々とした表情でサキを襲う。
……悪いのはこの子達じゃない……。この子に厄を不当に振りかけた神が悪い。何があったかはわからないけど、この子達の気持ちを踏みにじっているんだろう。たぶん。
そう考えたサキはだんだんと腹が立ってきた。すぐに裏で手を引いている神を引きずり出したくなった。それほど怒っていたがサキは不思議とみー君を疑う事はしなかった。
サキが手から炎でできた剣を出現させる。それを合図に金と青がまるで別人のように少女達に襲い掛かった。
「ちょ……。」
サキは突然の事に驚き、剣を引いた。金と青の表情は相手を威嚇している顔だ。
金と青はカマイタチや紅葉を華麗に避けながら少女達に噛みつく。
「わっ!何?」
少女達も金と青の迫力に押されながら風を使い二人を離す。
ハムスターは草食に近い雑食。普段、危険を感知すると一目散に逃げるが本当に逃げられないと悟った時、我を忘れたかのように相手を威嚇し、戦う。縄張りに入って来た同種族のハムスターも容赦なく噛み殺す。そして殺した同族を骨になるまで食べつくす。
孤独に戦うハムスターは自分以外すべて敵。飼われているハムスターでもその本能を持っている。ハムスターはそういう生き物だ。
サキは咄嗟にまずいと判断した。いくら変な風が使えるといっても人間の子供だ。これから成長していく彼女達に変なトラウマも怪我もさせたくなかった。
「金!青!やめるんだよ!」
サキは持っている剣を炎に変えると少女達と金と青の間に出現させた。
「!」
さすがのハムスターも火に飛び込もうとはしない。慌てて後ろに退いた。
突然の事に少女達は戸惑っていた。先程の威勢はもうない。サキを怯えた目で見つめている。炎は轟々と一直線に紅葉を焼いた。
……やばっ!やりすぎた!
サキは慌てた。炎を出現させたはいいが消し方がわからない。近くに水はなかった。
……ああ!どうしたらいいんだい!こんな時にみー君がいたら!
炎はどんどん広がり、周りの木々も燃やしてしまう。不思議と煙は出ていないが灼熱が少女達と金と青を焼く。サキは何の問題もなかったがこの状況がまずい事くらいはよくわかっていた。太陽の炎は地上の炎よりも遥かに熱い。近くにいるだけで皮膚が溶ける高温だ。
サキは金と青をまず遠くに押しやり、少女達の元へ走って行った。少女達はお互いの身を抱き合い、泣きながらしゃがみこんでいた。炎はもうかなり高い位置にあり少女達が抜け出す事はもう不可能だ。まだ火に触れてはいないがおそらくもう火傷をしているだろう。
……馬鹿!これじゃあ、あたしが彼女達にトラウマを植え付けているじゃないかい!
サキは太陽の灼熱に飛び込み、少女達二人の前へ立つ。少女達の周りを自身の神力で覆い、炎を軽減してあげた。
「大丈夫かい?こっちにおいで!」
サキは少女達の手をとろうとした。
「こっち来ないで!悪い神様!」
少女の一人がサキの手を払った。炎は轟々とさらに高くなる。まわりの紅葉の木はほとんど焼けてしまっていた。
「あんた達、ここにいたら死んでしまうよ!向こうの世界に戻れなくなるよ!」
「なんで……私達の世界を……壊すの?△a○p□n△a o△t(出て行って)!」
少女は感情がかなり不安定なようだ。もう一人の少女をかばいながらサキを睨みつけている。もう一人の少女もサキを睨みつけている。
「セレナと楽しく遊んでいたんだから邪魔しないで!紅葉の木も……返してよぅ!」
もう一人の少女は怯えながら叫ぶ。
「なんで……悪い神様はこんな事をするの?私達が何をしたの?悪い事何もしてないのに。いい子にしていたのに。どうして?」
少女はサキに掴みかかる。両袖を掴まれ、サキは困った顔をした。
「あたしは別に悪い神様じゃないよ……。あんた達の世界を壊しているって言ったらそうかもしれないけど……でもこれはあんた達の為になる事でさ……。」
サキはなだめるように少女に言う。少女は泣きながらぼそりと一言つぶやいた。
「私は……真奈美を助けてあげたいだけなの……。」
その一言がサキの顔を曇らせた。一瞬だけ昔の自分とこの少女が重なった。自分も昔同じことを言った事がある。
……あたしはお母さんを助けてあげたいだけなのに……
サキは頭を振った。もうその母親はいない。いないといっても死んではいない。ただサキの事は忘れ、人間として生きているだけだ。
「いいかい?後ろの女の子を助けたいなら元の世界に戻る事だよ。とりあえず、今はここから出ないと……。」
「嫌だよ。ここは私とセレナの世界でやっと会えたんだから……。」
後ろにいた少女がサキと少女を突き放した。
「真奈美。」
「私はね、もうセレナに会えないかもしれないの!なんとなくわかるの!私はここから出られない。セレナが出て行っちゃうならもうどうでもいいよ!」
真奈美と呼ばれたツインテールの少女はセレナと呼ばれた少女をかばいながら叫ぶ。
……おそらくこの真奈美って子もまだ壱に帰れる。だけど……帰る気がない……。ここにいる方が楽だと思っているわけだね。つまりこの子も厄をもらっていて厄まみれの方向にしか動こうとしないと……。
「出られないなんて誰が決めたんだい?あんたの大切なものは全部元の世界にあるよ。戻らないといけないんだ。」
「楽しくないんだよ!皆退院してしまうし、私は外にも行けずにベッドの上……。セレナが会いに来てくれたのに会えなかったし……。」
真奈美はセレナの手を震えながら握る。
「真奈美……。」
セレナも真奈美の手を握り返した。
子供らしい心の声だった。気持ちはよくわかるがこのまま流すわけにはいかない。
……病院で入院している子かい……。本来、厄をもらっちゃダメな子だね……。
「ねえ、君、奇跡って信じるかい?」
サキは額に汗をかきながら真奈美に問いかける。もうあまり時間はない。炎が強くなりすぎて金と青が無事かもわからないのだ。自分でやってしまった事だがとにかく早くここから出たい。
「し、信じてるよ。」
真奈美は口をとがらせながらつぶやいた。ずっと待っているのに奇跡なんて起きない……と顔が言っていた。
セレナは不安そうな顔でサキと真奈美を交互に見つめている。
「じゃあ、今一度、信じてみなよ。」
「真奈美!その神様は悪い神様だよ!信じちゃダメ!」
セレナがサキを睨みつけながら声を上げた。その時、ふとセレナの手にハムスターが乗ってきた。
「金!……と青!」
サキは思わず叫んだ。
セレナの手にはハムスターになっている金が、真奈美の手には青がちょこんと座っていた。
「え……ハムちゃん……。」
真奈美とセレナは一瞬、止まった。
「あんた達、どうやってここにきたんだい?」
サキが驚き、声を上げたが二匹は答えず二人の手の中で毛繕いをしていた。
……まさか、あたしがこの炎に入る前に素早くハムスターになってあたしの服の中に隠れたってわけじゃないよねぇ……?
なんとなくそんな気はしたが今はそんな事を言っている場合ではなかった。
……ちょうどいいや。
「そのハムちゃんはあたしの使いだよ。どうだい?かわいいだろう?こんなかわいい生き物を使いにする悪い神様がいるかい?」
サキの一言に二人の心は揺れていた。警戒は薄れ、目元が優しくなっている。
「あなたは悪い神様ではないんですか?」
真奈美が急に畏まったように言う。どうやら話ができる段階まで彼女達が落ち着いたようだ。
「だからさっきも言ったけどあたしは悪い神様じゃないよ。あんた達を助けにきたんだ。この世界にいる事が悪い神様のワナなんだよ。あたしはその悪い神様を懲らしめるために動いているんだ。」
サキはなるべく自分が正義の味方に聞こえるように言葉を選んで話した。
セレナはまだ疑っているようだが悪い神様じゃないかもと迷っているような感じだった。
「とにかく奇跡は起こるから、あたしを信用しておくれ。」
サキは焦りながら早口でまくしたてた。
「……。」
二人はどうしようか迷っていたがとりあえず信じてみる事にしたらしい。
「本当にここにいちゃダメなの?」
セレナはまだ疑っているらしく、不安そうな顔でサキを見上げていた。
「ダメだよ。君はあの本を読んでここに来たんだよねぇ?実はあの本が悪い神様が書いた本なんだ。そこまであたしはわかっている。そしてね、君達にできればその悪い神様を懲らしめる手伝いをしてほしいんだ。」
我ながらうまい言い方を思いついたとサキは心の中で思った。
セレナと真奈美はお互いの顔をちらっと見ると目を輝かせた。
……よし。
サキは明らかな手ごたえを感じ、心の中でガッツポーズをした。そして金と青に感謝をした。

七話

真っ暗で何もない場所……。みー君は一人鎖に繋がれ磔にされていた。
……っち。封印も楽じゃねぇな……。サキはちゃんと動いてくれてるのか……。
みー君はぼうっとしながらそんな事を思った。なんというか眠いのだ。
みー君は知っていた。ここで寝てしまったら数千年は寝てしまう事を。
……クソ……ねみぃ……。
みー君は目をこする事もできずただ瞬きを繰り返し、眠気を飛ばす。
「お助け致します。天御柱様。」
ふと男の声がみー君のすぐそばで聞こえた。
「誰だ?誰だか知らねぇが余計なお世話だ。俺は今、虫の居所が悪い。しばらく放っておいてくれ。」
「なるほど。俺のやった事にご立腹ですか。」
しれっと言い放った男の声にみー君の目は見開かれた。
「なんだと?」
「今のあなたを殺し、昔のあなたを蘇らせる……俺はあなたのためにやったのです。今のあなたはあなたらしくない。本来あるべきあなたに戻し、ここから出します。」
「余計なお世話だって言ってんだろうが!誰だが知らねぇがどっかに消えろ。」
みー君は誰にともなく叫んだ。
「この状態でここから出ればあなたは間違いなくあなた自身です。あの書物の昔話の通りにあなたは俺があこがれていたあなたになる。」
「あの井戸周辺に伝わる昔話の事か。」
みー君は鋭い声でつぶやく。
「今のあなたはあなたじゃない。だから一緒に元に戻りましょう。あなたの暗く美しい紅い瞳をもう一度見せてください。」
男は興奮しているのか息が荒い。
「余計なお世話だって言ってんだろうが!誰だか知らねぇが俺をお前のモノサシではかるな。俺はお前に興味もなければあの頃に戻ろうとも思わない。」
みー君はどこかにいるであろうその声の主を睨みつけた。
「まあ、いいです。今のあなたはあなたではない。俺があなたにしますから。今のあなたはあなたではない。俺が憧れているあなたではない。だから俺はあなたの命令は聞かない。」
「てめぇ!ふざけんな!」
みー君は何か嫌な予感がし、周囲を自身の神力で覆った。
「無駄ですよ。……俺を覚えていないなんてやはりあなたはあなたではない。」
ふと男の声が近くに聞こえた。
「お前……なんで俺の力を……。」
「あーあー、酷い有様ですね。憧れているあなたはそんな罪神の証の白い着物なんて着ないですよ。」
近くにいるであろう男はみー君を嘲笑していた。
「!」
みー君が本体を探していると目の前にふと赤い髪が映った。
「俺の知っているあなたはそんな顔で驚いたりしませんよ。」
みー君の目の前に赤い髪の少年が立っていた。目の下に独特な紫色のペイントをしており、鉢巻をつけ、額を出していて右側に緑色の鬼のお面がついている。
「お前誰だ?あいにくだが俺はお前を知らない。」
「まったく、無意識にあの時俺を救ったのですか?酷いですね。ま、とりあえずここから出してあげますよ。あなたと同じ神力なんでこの封印空間に簡単に入れましたし。」
「てめえ……なんで俺の神力を持っているんだ……。」
「思い出しませんか。」
赤い髪の少年は紅い瞳で微笑むとみー君を縛っている鎖に手をかけた。
「ちょっと待て!やめろ!この封印空間から無理にでも出たら俺がダメージを食う。」
「あなたは俺が知っているあなたじゃない。だから命令は聞かない。」
焦るみー君に対し、赤い髪の少年は楽観的に笑っていた。
「クソ!やめろって言ってんだろうが!」
みー君の喝もむなしく、少年はみー君の鎖を乱暴に引きちぎった。
みー君の身体に突如、耐えがたい苦痛が襲う。
「がっは……!」
真っ暗な封印空間は弾け飛ぶように消え、気がつくとどこかはわからないが紅葉が沢山落ちている路上に転がされていた。
「っぐ……あぐ……。あああ!がふっ……ごほ……。」
みー君は痛みに喘ぎ口から大量の血を吐きだした。
「早く……早く、元のあなたに……。」
少年は興奮気味に笑いながら苦しんでいるみー君を見下ろしていた。
「て……てめぇ……。」
みー君は腹を押さえながら滲む視界で少年を見上げていた。みー君の白い着物は血で赤く染まっている。みー君は風なので物理的に傷をつける事はできないが封印は神力などの霊的なものだ。神力を押さえつける形で封印をするので突然押さえつけていたものが外れると神力が逆流し、体の内部から破壊活動をはじめる。
「早く戻ってください。俺はあなたを助けたいだけなんです。」
みー君はこちらを見下ろす少年をキッと睨みつけた。
みー君の青いきれいな瞳はルビーのような真っ赤な瞳へと変貌していた。封印の時に使われた神力が抜け、みー君の奥深くに眠っていた神力を呼び覚ます。
「っち……。戻ってきやがった……。人間の祈りで封印したはずの力が……。」
みー君の瞳は元に戻る気配はなく、紅いままだ。みー君を縛る鎖は完全に崩れ落ち、白い着物もみー君が着ている元々の青い着物に戻った。みー君はゆっくり起きあがる。口元に残った血を乱暴にぬぐうと鋭い瞳で少年を睨んだ。
「おお!その冷たい瞳……。間違いなくあなただ!待っておりました!」
少年はみー君に頭を下げた。
みー君は少年の頭を乱暴に掴むとそのまま地面に叩きつけた。
「俺の前に立つな。」
みー君は冷徹な瞳で少年を見下ろすと歩き出した。
「も、申し訳ありません。」
少年は頭から血を流しながらみー君に土下座をした。みー君は禍々しい神力を身体に纏ったまま歩く。足がついた場所から旋風が巻き起こった。
「元に戻られた!成功した……。」
少年は泣きながら喜んでいた。
 「ん?ここは壱じゃねぇのか。おい。そこのお前。答えろ。」
 みー君は感情のない声で少年に声をかける。
 「は、はい!ここは弐の世界の……」
 少年が頭を上げて話そうとした刹那、みー君は少年の頭を踏みつけた。
 「そのまま言え。」
 「はい。申し訳ありません。ここは弐の世界でございます。封印の空間が弐の世界であったため、そのまま弐にお連れ致しました。」
 少年の声は震えていた。恐怖からではなく喜びだ。地面を見つめる目は爛々と輝き、口元にわずかに笑みを残している。
 「そうか。」
 みー君は踏みつけていた頭から足を離した。みー君は別神のようだが雰囲気はみー君そのものだ。
 「俺はサキに会わなければならないのだが、どこにいるかわかるか?」
 「サキ……とは?太陽の姫君でございますか?」
 少年は地面に頭をつけた状態のままみー君と会話をしている。
 「そうだ。」
 「太陽の姫君に会ってはなりません。あなた様とは真逆の存在でございます。ですから……」
 みー君は話している少年の顔を思い切り蹴りとばした。少年は鼻から血を流し、のけ反ったがまた頭を地面につけた。
 「お前は俺の問いだけ答えればいい。」
 「申し訳ございません……。この世界、この道をまっすぐ行った所に……。」
 「……。」
 みー君は少年には何も言わずに背を向け、紅葉が落ちる道を歩き出した。
 ……太陽の姫に会いたいとは……まだ天御柱様ではないのか?
 少年は鼻血をぬぐうと歩き去るみー君を見つめた。
 ……そうか。太陽の姫がいるからいけないんだ。俺が消してやれば……。
 ……いや、待てよ。今の天御柱様だったら太陽の姫と接触する事は太陽の姫を弱らせる事にも繋がる。太陽の姫はまだ発展途中だ。俺が消すまでもなく、天御柱様があれを消してくれる……。
 少年はふふっと笑うとこっそりとみー君の後をついて歩いて行った。


 「……っ!?」
 みー君はしばらく歩いて驚いた。あたり一帯がどういうわけか轟々と燃えている。
 ……なんだこれは?こういう世界なのか?
 みー君が紅い瞳でじっと炎を凝視しているとその炎の中からサキと女の子二人が飛び出してきた。
 「ふいー。なんとか抜けられたねぇ。大丈夫かい?」
 「大丈夫!」
 「私も!」
 サキは二人の少女を気遣い話す。セレナと真奈美も大きく頷いた。
 「サキ!」
 「ん?」
 みー君とサキの目が合った。サキはパッと顔を明るくした。
 「みー君!大丈夫だったのかい?すまないねぇ、まだ原因わかってないんだ。それより瞳の色が……。」
 サキは矢継ぎ早に話し出す。みー君はそっと微笑んだ。
 「原因は俺が見つけた。迷惑をかけたな。」
 みー君はサキの肩をポンと叩こうとした。刹那、触れてもいないのにサキの左肩が焼け始めた。
 「なっ?あぐ……。」
 サキは左肩を押さえながら呻く。
 「……っ!」
 みー君は咄嗟に手を引き、自身の手に目を落とす。みー君の手からは禍々しい神力が渦巻いていた。みー君は戸惑いながら手を見つめた後、苦しむサキに目を向けた。
 「みー君……痛いじゃないかい……。何するんだい……。あたし、みー君に何かしたかい?」
 サキはみー君に何かされたと思っているらしい。
 「……お前に俺が何かするわけないだろう……。」
 みー君は拳を握りしめ、奥歯を噛みしめた。セレナと真奈美は何事かと二人を不思議そうな顔で見ている。
 「みー君?どうしたんだい?」
 サキは不安そうにみー君を見上げている。
 「サキ!俺……」
 みー君が話そうと一歩踏み出した時、一筋の鋭い風が飛びサキの頬を切り裂いた。
 「いっ……。」
 サキは切られた頬を押さえ動揺した表情で滴る血を目で追っていた。
 何故、自分がみー君に傷をつけられているのかサキにはわからなかった。
 「サキ!」
 みー君が慌ててサキの怪我を見ようと手を伸ばした刹那、サキがまるで鉄砲にでも当たったかのように横に吹っ飛んだ。
 サキは地面に思い切り叩きつけられ身体を強く打ちつけてしまった。
 「……?」
 サキは痛む身体を起こし、戸惑いの表情をみー君に向ける。真奈美とセレナが慌ててサキの元へ駆け寄り身体をさすっていた。
 「ごめん。悪かったよ……。あたしがのんびりしてたからみー君怒っているのかい?まだ原因がわかっていないから怒っているのかい?あやまるよ。あたしは出来の悪い太陽神だからさ……色々とうまくいかないんだ……。」
 「違う……違う!俺はお前に感謝しているんだ……。俺は……。」
 みー君は戸惑いと恐怖が入り混じった顔で一歩、二歩と後ろに退いた。
 「あたしは……こう見えてもみー君を助けたかったんだよ。いつも助けてもらっているからさ。……いくら怒ってても顔は傷つけてほしくなかったよ……。けっこう深く切ってくれたね……。」
 サキは身体のダメージよりも顔を傷つけられた事にショックをうけているようだった。
 しきりに頬を手で撫でている。
 「血が止まらない……。血が……。血が止まらないよ……。」
 サキの瞳に涙が浮かんだ。涙は嗚咽と共に地面に落ちていった。
 「サキ……。」
 みー君は怯えた表情のまま静かに泣くサキをただ黙って見つめていた。
 「ひどいよ……。みー君……。」
 サキの顔は暗く、悲しみに満ちていた。いくら太陽神の頭だと言ってもまだ実年齢十七歳の娘だ。いままで気を張っていた分の疲れも顔に現れていた。
 「サキ……すまない……。俺は今、どうかしているんだ。なんで俺、お前に傷つけてんだよ!何やってんだよ!畜生!俺を返せ!返してくれ!」
 みー君は耳を塞ぎながら膝をつき叫んだ。
 みー君の身体から竜巻が発生し、一瞬で周りの火を消した。しかし、そんな風をもろに受けたサキと少女二人は大きく飛ばされた。
 「はっ!」
 サキは慌てて二人の少女を抱きしめ守る。サキは二人を抱いているせいで着地ができず、二人を怪我させないよう背中から落ちた。
 「っ……!」
 サキは痛みに悶え、起き上れなかった。
 「神様!大丈夫?しっかり!」
 セレナがサキを抱き起こした。
 「ありがとう。神様。私達を守ってくれたんだよね?」
 真奈美は半分泣きそうな顔でサキを見ていた。
 「ほんと……さっきまで悪者扱いだったのに……素直な子達だねぇ……。」
 サキは二人の手をそっと握り、撫でる。
 二人の不安そうな顔を見ていたらいてもたってもいられなくなった。
 「あんた達はあたしが助けるよ。だから……奇跡を信じるんだよ。」
 サキはそう一言つぶやくと痛む身体に顔をしかめながら起き上った。
 みー君は自分のしてしまった事に目を見開いた。今、みー君の心は不安定だった。昔は制御できていたはずの力が今はまったく制御できない。心かわりをして人間と約束をかわし、性格も少し変わったみー君は昔の神力に馴染めなかった。
 もともと合わないと思い、捨てていたものだ。今のみー君には本来持っている力と心のすれ違いが起こっていた。
 「みー君……。」
 サキは様子がおかしいみー君と話をしようとフラフラと近づく。
 「サキ……。来るな。俺からなるべく離れろ。お前をこれ以上、傷つけたくないんだ。後ろの娘は松葉つえをついて井戸に落ちた娘だな。サキ、よくその子を見つけてくれた。その子達の身体にもう厄はない。お前が導いてくれたんだな。ありがとう。」
 みー君は悲しそうに笑った。あまり感情を表に出さないように無機質にみー君は話した。
 ……思い出してきた。俺は感情がほしかったんだ……。いままでこうやって感情を殺し神力を制御してきたんだ。人間と約束を交わしてから上辺だけの優しい神力に俺は守られて感情を表に出す事ができるようになった。もうずいぶん前の事だから俺自身、あの時の気持ちなんて覚えてなかった。今、思い出した。俺はずっとこうやって生きてきたんだ。
 「みー君……。なんか……あったんだね。」
 「……。」
 サキに問われ、みー君は何も言えなかった。何かを言えばおそらく今の状態だと感情が入ってしまう。感情が入るとまたサキを傷つけてしまう。
 ……何も思わない。感じない。考えない……。
 「ねえ……みー君?」
 サキは優しくみー君に声をかける。みー君は紅い瞳でサキを表情なく見つめていた。
 「!」
 ふとサキはみー君の後ろにいる少年に気がついた。少年は不気味にこちらをみて笑っていた。
 「あの子は……誰だい?」
 「知らない。」
 サキの問いかけにみー君はそっけなく答えた。みー君が後ろを振り向くと少年はその場で膝をつき、頭を地面に押し当てた。
 「おい。お前、何故俺につきまとっている?」
 みー君が少年に質問を投げる。
 「俺はあなたを尊敬しています。今のあなたは俺が尊敬しているあなたです。俺はあのあなたから今のあなたを救いだそうと思いました。俺はあなたに恩返しをしたいのです。」
 少年の声は弾んでいる。みー君の力になれた事を喜んでいるようだ。
 「……お前は誰だ……。」
 「風渦神(かぜうずのかみ)です。信仰が集まらず、消えてしまいそうだった俺をあなたが救ってくれました。俺はあなたの傘下に入り、あなたがくれた神力を増加させる努力をしてきました。」
 「俺は厄神を救ってきたが俺があげた神力はなけなしだ。俺の神力を参考に自分で神力を作り、信仰を集めろと俺は言ったはずだが。お前にだけ言っていないわけはない。」
 みー君は感情が高ぶらないように無感情で話す。
 「言いつけを破りました……。俺はどうしてもあなたの神力を忘れることができませんでした。なるだけあなたに近づきたかったのです。それなのにあなたは人間といらぬ約束を交わし、大切な神力を封印してしまった。だから俺はあなたを助けたかった。」
 少年、風渦神は目を輝かせ、みー君を仰ぐ。みー君は表情を変えず、風渦神の頭を蹴り飛ばした。
 「話すときはそのまま話せ。」
 風渦神は大きくのけ反ったがまた地面に額をつけた。鼻血が地面を汚す。
 「申し訳ありません。」
 「ちょっとみー君……。蹴り飛ばすのはどうかと……。」
 サキの言葉に反応をしたのは風渦神だった。風渦神はキッと鋭い瞳でサキを睨みつけた。
 「お前、何様のつもりだ。次は殺すぞ。」
 風渦神は変貌し、禍々しい神力を発しながらサキに威圧をかけた。
 サキはこの手の神力は好きではない。冷や汗をかきながら黙り込んだ。
 「サキに手を出すな……。」
 みー君がほんの少しだけ怒りを露わにした。カマイタチが風渦神を斬りきざむ。
 「うっ……。」
 風渦神は体中血にまみれながらその場に倒れた。しかしすぐに顔を上げた。
 「……やはり……あいつが原因ですね……。大丈夫です。俺が消してあげますから。」
 風渦神はふらりと立ち上がると突然サキに襲い掛かってきた。
 「やめろ……っ。」
 みー君は力なく叫ぶ。感情を入れると風渦神の先にいるサキを傷つけてしまうからだ。みー君は動けなかった。助けなければと頭では思っているが下手に動いたらみー君がサキに大怪我を負わせてしまう恐れがある。
 「金!青!セレナと真奈美を遠ざけるんだよ!」
 サキの声にセレナと真奈美の服に隠れていたハムスター二匹が人型に変わり、セレナと真奈美を素早く引っ張る。
 「向こうから禍々しいモノを感じるでしゅ……。」
 「確かにこれは逃げた方がよさそうだ。」
 青と金はそれぞれ言葉を発すると近くの紅葉の木に避難した。
 「やっぱりあっちの怖そうな男の神様が悪い神様なの?」
 セレナが金と青、どちらともなく声をかける。
 「うむ。あちらはなんだか怖いな。」
 「そうでしゅね。」
 金と青はサキに飛び込む風渦神とみー君を見ながらつぶやいた。
 サキは太陽の剣を手から出現させると危なげに風渦神のカマイタチを受けた。
 「うっ!」
 サキは風渦神に近づいただけで身体が焼けていくのを感じた。その感覚は相手も同じのようだった。風渦神も顔をしかめている。体中から煙のようなものがあがっていた。
 向こうの方が苦しんでいる。おそらく神格はサキの方が上なのだろう。
 「お前がいなければお前のような存在がいるから俺達が苦しいんだ!」
 風渦神から刃物のように鋭いカマイタチが発せられる。サキはそれを危なげにかわした。
 「っく……。なんとなくわかってきたよ。みー君を苦しめているのはあんただね。」
 サキは炎を身体に纏うと風渦神に放った。風渦神は風で炎を追い払う。
 「苦しめている?俺はお助けしているのだ。苦しめているのはお前だ!なぜかお前にも何か厄がついているようだがお前は俺の敵だ。」
 「あたしに厄がついてるって?」
 「はっ!気づいてなかったのか!これは滑稽だな。まあ、いい。お前はそのまま苦しんで死ねばいい。」
 「うっ……!」
 風渦神が大きな竜巻を起こした。サキは慌てて近くの木につかまった。
 「ボケっとしている暇はないぜ。」
 すぐ後ろで風渦神の声がした。サキは暴風で木から手を離す事ができずそのままカマイタチで背中を斬られてしまった。
 「あぐっ……!」
 サキは痛みに悶え、近くの地面に転がった。竜巻は消え、その爪痕だけあたりに残る。
 「なかなかしぶといな。まだ力が完全ではないうちに始末するぜ。」
 「あたしに危害を加えたらあんた達も終わりだねぇ……。」
 サキは倒れたまま顔だけ上げて風渦神を見上げる。
 「ああ?」
 風渦神はサキの背中を思い切り踏みつけた。風渦神の足にはかなりの痛みが走っているはずだが顔色を変えない。怒りで我を忘れているようだ。サキは斬りつけられた背中を踏まれ激痛が走っていたが風渦神をまっすぐに睨みつけた。
 「ずっと天候に厄が続いたら地上に生きる者は厄なのか何なのかわかんなくなってくるよ。それが普通だと考える。そうするとあんた達はどんどん強い力で厄を振りまかなければならなくなる。そうすれば神力以上の力を使う事になり、あんた達は死ぬ。馬鹿だねえ……。結局は厄神を全員消滅させることにつながるんだ。」
 サキは炎の力で風渦神を遠くにどけると痛みに顔をしかめながら起き上った。
 「ま、でもあんた達が死ぬとあたしらの太陽の力が強すぎて日照りという厄が生まれる。だからあたしはあんた達を放っておけない。このままでは雨を呼ぶ雨神や使いの蛙、龍神に迷惑がかかるからねぇ。あたしとしてはそれは避けたい。」
 サキの瞳がオレンジ色に光る。体中から炎が舞い、太陽のエネルギーが剣を構えたサキに纏いつく。神力が倍に膨れ上がり風渦神は目を見開いた。
 「っち……。普通では勝てないか!ならばこうしてやる。」
 風渦神は手をすっと上げると大きく腕を横に凪いだ。凪いだが何も起こらなかった。サキは警戒を強めて剣を構え直した。
 「お前には何もしない。俺は力がないからな。あの辺一体しか魔風を起こせない。ふふ……。だがそれで十分だ。」
 「……!?」
 風渦神の発言にサキの表情が焦りに変わった。
 「わかったようだな。」
 「まさかあんた!」
 サキは慌てて後ろに隠れている少女達に目を向けた。少女達は怯えた目でこちらを見ているだけだった。
 「そこにいるやつは関係ない。関係あるのは壱の方だ。あの娘達が搬送された病院は今、停電だ。はははは!」
 サキの顔がさっと青ざめた。なぜこの厄神はそれを平然と笑っていられるのだろうとサキは怖くなった。
 「停電……。」
 病院にとっての停電は大きな災害だ。電気が通っていないと生きる事ができない人もいる。今の少女達もおそらくそうなのだろう。セレナは井戸に落ちて意識不明。真奈美は集中治療室に入っている。このままだと壱に帰れなくなる可能性がある。
 「この暴風を止めてほしかったら武器を捨てて動くな。」
 「……。」
 風渦神はケラケラと笑いながらサキを見つめる。サキは奥歯を噛みしめながら剣を消した。それを見た金と青が慌ててサキの方へ走ってきた。
 「来るんじゃないよ!」
 サキの鋭い声に金と青はビクッと肩を震わせ止まり、少女達の方へ帰っていった。
 風渦神は不気味に笑いながらサキに近づき、カマイタチを起こした。サキはカマイタチで肩を斬られ、再び地面に膝をつけた。
 「うう……。」
 ポタポタと血が滴る。サキは肩で息をしながら起き上った。
 「神力を最低限まで落とせ。できなければ……。」
 「わかったよ。」
 サキは上昇させることに制御はできないが下げる事はできた。サキが神力を下げた刹那、風渦神の暴力がはじまった。サキの方が神力が下になり風渦神は好き勝手にできるようになった。サキは殴られ蹴られ散々な暴力に黙って耐えた。
 金と青がまた再びサキの側に寄ろうとした。
 「来るんじゃない!来るな!」
 サキは殴られながら二人に叫んだ。金と青は預かり物だ。傷をつけるわけにはいかない。
 金と青は戸惑った表情で再び少女達の元へ戻った。
 「は、はやく暴風を消しておくれ……。もう……いいだろう?」
 サキは力なく声を発したが風渦神は手を止めない。
 「まだだ。まだまだ!お前が死ぬまでな!」
 みー君は身体を震わせながら殴られているサキを黙って見つめている。もうみー君は押さえつける感情をコントロールできなかった。
 「ごほっ……。」
 サキは腹を蹴られてうずくまった。
 「うぐっ……。」
 すぐさま髪を掴まれ殴られる。サキの瞳から徐々に光がなくなっていった。
 「やめろ……やめろ!」
 みー君は身体を震わせながら叫んだ。みー君はもう無感情でいられなかった。風渦神に対する怒りが禍々しい神力を増大させる。
 「ゆるさねぇ……。絶対ゆるさねぇ……。」
 みー君の身体から巨大な竜巻が出現した。竜巻は周りの木々をすべて持っていくほどの力強さでそれがみー君が歩くたびに出現する。
 「はっ……天御柱様……。何故……お怒りなのですか?」
 風渦神は複数の大型竜巻が近づく中、サキから手を離し、額を地面につけ戸惑った表情で問う。
 「なぜかだと?そんな事もわからねぇのか。」
 風渦神の視界が突然赤く染まる。カマイタチが風渦神を切り裂き、鮮血が飛び散った。
 それでも風渦神は額を地面につけたままだ。
 「わかりません!わからないです!」
 風渦神はみー君の怒りを買ってしまった事に動揺と怯えを見せた。
 「てめぇが……厄神のバランスを崩したからだ!厄神はほぼ俺の傘下だ。俺はルールを決めたはずだ。それをお前が破った!」
 みー君は風渦神の腕を斬り飛ばした。風渦神の腕は風となり消え、また新しく生成された。
 「うぐ……。あ、あなた様の為に大切な事だと思い……禁忌を冒してでもあなた様を……。」
 いくら再生されるとはいえ、痛みは伴う。風渦神は斬られた腕を手で押さえた。
 「俺を助けるだと?余計なお世話だと言ったはずだ。それから俺は女への暴力は嫌いだ……。お前は俺が最も嫌いとする事をやってみせたわけだ。俺の目の前でな。卑怯な手で厄神の恥だ。おまけに武器を捨てさせて丸腰での暴力だ。お前はそれを楽しそうにやってみせた。俺が最も嫌っている事をなァ!」
 みー君は風渦神をカマイタチで切り裂いた。風渦神の断末魔が響く。
 風渦神は全身を斬りきざまれたが風となり元の形に戻った。ただし、あまりの激痛に立ち上がる事はできない。倒れたまま痙攣をしていた。
 「た、太陽の姫は……天御柱様にとって……敵ではないですか……。だから俺は……あなた様の為に……。」
 風渦神はせつなげにとぎれとぎれに話す。みー君が発生させた複数の巨大竜巻はみー君が歩くにつれてどんどんサキ達に近づいていた。
 サキはもう言葉を発する事も起き上る事もできなかった。ただうつろな目でこちらに来る巨大竜巻とみー君の紅い瞳を見上げていた。
 「ゆるさねぇ……。殺してやる……。サキは……輝照姫大神は……お前の要求を飲んだ。だがお前は……。」
 強風がサキ達にも届きはじめる。またも鋭いカマイタチが風渦神を切り裂いた。
 「ぐう……っ!」
 風渦神の身体はまた再生され元に戻る。風渦神の精神的痛みは大きい。体を震わせ次の痛みに怯えている。
 「ははっ!いいザマだ。俺に斬られるだけ斬られてそして死ね。立ち上がる事は許さん。そのままでいろ。いいな。」
 みー君は鋭い紅い瞳を風渦神に向ける。
 「はい。」
 風渦神は素直に地面に額をつけた。刃物で斬りつけたような音と鮮血が絶えず静かな空間に散らばる。サキが倒れている付近にも血が飛び散っていた。
 「……っ。」
 サキはただ斬られ続ける少年の身体を苦しそうに見つめていた。金と青も恐怖心で目をそらしており、セレナと真奈美は涙を流しながら耳を塞いでいた。
 「がふっ……ごほっ……あぐっ……。」
 少年のうめき声が絶えず聞こえる。サキはもう見ていられなかった。風は先程よりも強くなっている。みー君は怒りの感情が暴走しているのかみー君の後ろをうごめく巨大竜巻がサキ達を襲う事に気がついていない。
 ……みー君……もうやめておくれ!
 サキは心の中でそう叫んだ。力が入らず声になる事はなかった。
 「ん?」
 みー君がふとカマイタチを起こす手を止めた。あたりを見回すといつの間にか色鮮やかだった紅葉がセピア色に変わっている。そして周りの空間が止まっていた。
 あたり一帯静寂が包み込む。竜巻もありえない角度で止まっており、飛び散ったものも全部止まっている。
 「……?」
 サキの身体がふと楽になった。ぼやける瞳をそっと開くと黄色い星形の帽子が目に入った。次に青色の髪、オレンジ色の瞳……それらを視界に入れ、それが天記神であると気がついた。
 「サキちゃん……。ひどい怪我をしているわね……。」
 「……。」
 サキは天記神に抱き起されていた。サキは肩で息をしながら天記神をそっと仰いだ。 
 「あ……あんた……あそこから出られないんじゃ……。」
 「違法なんだけどこの空間を本にしたの。」
 「ほ……ん?」
 サキは苦しそうにつぶやく。
 「そうよ。私の図書館にある本は全部木の記憶なの。その木が見てきた過去、つまり参の世界に行けるように本として加工したのが私の図書館にある本。私の図書館にある本は開くと参の世界へ行けるのよ。その木が持っている記憶部分しか見れないけどね。ここの世界はあの女の子達がつくったもの、妄想の世界。そしてここは弐の世界。歴史書は参の世界へいざなうけど妄想はこれから作っていく方、未来よ。弐の世界の肆に繋がるの。木があれば壱では参に弐では肆に本という媒体で飛べるようになる。それを作れるのが私。ここの木を使い肆に繋がる本を作った。だからここは本の中。ページとページの隙間にあなた達を連れこんだの。」
 「……なんで……そんな事を……」
 サキはみー君をちらりと見る。みー君は腕を振り上げたまま戸惑いの表情でこちらを見ていた。
 「だってあの竜巻危ないじゃない?ここにいる皆に危害が加わるわ。ページとページの狭間は誰も読まない所だから時間は止まるのよ。後、この本について。人間を井戸に突き落とした本。」
 天記神は冷静に一冊の本を着物のたもとから取り出す。
 「この本は壱の世界の本。壱の世界の本は私ではなくて人間が作っているから文字という媒体だけで状況を説明させるの。今の状態を見るとこの本の最後のページを書き換えたのはそこの少年ね。」
 「あの子は……みー君を尊敬……している……みたいなんだ。」
 サキはきれぎれに必死で言葉を紡ぐ。
 「そうなの……。自慢げに天御柱神について書いたのはやっぱりあの子なのね。人間が加工した紙に文字を書き、人間が読める本としたわけね。」
 「そうかい……。」
 天記神は何とも言えない顔で少年を見ていた。
 「それでここはもう私が作った本の中。私が好き勝手にページを進める事ができるわ。でも今はできない。天御柱神をこのまま放置しておけないから。」
 「……。で、でもさ……ここにいるあの子達……とか……金とか……青とかも……普通に動いているんだけど……。」
 金と青は怯えながらあたりをうろついており、セレナと真奈美は震えながらサキ達を静かに見ている。
 「登場人物にカウントされる者はリアルタイムなのよ。」
 「よくわからないけど会話はできるんだね。」
 「ええ。」
 天記神は腕を振り上げたままのみー君をそっと見つめた。
 「俺を……本当に覚えていませんか……。」
 風渦神は小さくみー君につぶやいた。
 「ああ?知らねぇな。昔、俺の力をやってルールを決めた奴の内の一人だろ?そんなのいちいち覚えているか。覚えていてもお前は俺の恥だ。」
 「……っ。」
 みー君の発言に風渦神は絶望しきった表情で下を向いた。
 「俺は……あなた様に助けられたんです……。あの紅い瞳で人間達を恐怖に陥れていたあの時代で。今、あなた様は神力が変わってしまい、いつかあなた様をお助けしようと思っておりました。」
 「ふざけんじゃねぇ!俺の神力を返せ!俺はお前なんて知らねぇし、知った事じゃねぇ!」
 みー君は暗い瞳でいる風渦神に叫ぶ。
 「みー君!」
 サキは力を振り絞ってみー君を呼んだ。
 「……。サキ?」
 驚いたように止まったみー君にサキは荒い息を押さえながら話し出した。
 「その子の事……ちゃんと思い出して……大切にするんだよ……みー君。」
 「お前!何言ってんだ!お前に酷い傷を負わせたのはこいつなんだぞ!お前、痛くなかったのかよ!辛くなかったのかよ!」
 「痛かったし辛かったよ。……みー君。でも……そういう子は……大切にしな。」
 みー君が感情を露わにしても神力が渦巻くだけで何も起きない。周りの風景は止まっているのでそれを壊す事ができず、故に何も起こらないのだ。サキは小さく笑うと風渦神に目を向けた。風渦神は怒りを押し殺した表情をして叫んだ。
 「ふざけんな……。偉そうに言いやがって!お前に何がわかるっていうんだ!」
 「わかるさ……。誰かの為に……何かしたいって気持ちは……。あんたは……あたしと同じなんだ……。」
 「お前と一緒にするな……。」
 風渦神はサキを睨みつける。
 「あたしも……お母さんがね……悪い事をしているって知っていたんだ……でも……手を貸していた……。お母さんは人間でさ、巫女さんでね……アマテラス大神をその身に宿して神様になろうとしてたんだ……。太陽を散々どん底に押しやって……あたしはそれを黙認してた……。お母さんの為だからって……。」
 サキはぼうっと天記神の顔とセピア色の空を眺めながらつぶやいた。
 「一緒にすんなって言ってんだ!」
 風渦神にはサキの気持ちはまったく伝わっていなかった。
 「……そうだねぇ……。ちょっと違う……かもねぇ……。」
 サキは風渦神の発言に否定も肯定もしなかった。風渦神がサキに殴りかかろうとしたのでみー君が言雨を放った。言雨とは威圧を言葉に乗せて雨のように降らす事からそう呼ばれた古流な術である。
 「お前……動けない女をまだいたぶるつもりか。」
 みー君の言雨が風渦神をとどまらせる。風渦神は膝を折り、再び地面に額をつけた。
 「みー君。」
 サキはみー君を咎めるように声を発した。
 「サキ……しゃべるなよ……傷が……。」
 みー君はサキを心配したがサキはみー君の声にかぶせるようにつぶやいた。
 「その子は……みー君に恩返しをする方法を……間違えただけなんだ……。……もう斬らないでおくれ。傷つけないでおくれ……。……かわいそうだよ。」
 サキは泣きそうな顔でみー君を仰いだ。
 「……。お前は……優しすぎるんだ……。そんなにされて……こいつをかばうのか……。」
 みー君は拳を握りしめ、サキから目を離した。
 「ねえ、風渦神。あたしが……偉そうに言えないけどさ……。あんたもそこの少女達の力になりたいって気持ちを……見習った方がいいよ。」
 サキは怯えている二人の少女に優しく微笑む。
 「うるさい!俺はこういう恩返ししかできないんだ!」
 風渦神はまたもサキを睨みつけ、刺々しい言葉を吐いた。
 「大丈夫さ。……みー君が本当に喜ぶ事は何か……あんたはよく考えればわかる……。今度は自分本位な『助けたい』じゃなくて……相手が喜ぶ『助けたい』を……見つけるんだよ。」
 サキはそっと微笑んだ。その微笑みが全体を暖かくした。どこからともなく光が射し、ここにいる者達を照らす。
 「……っ!アマテラス大神……。」
 みー君は目を見開き、そうつぶやいた。
 サキの神力はとても優しく大らかな雰囲気で包まれていた。
 「お、お願いしようか……。」
 真奈美がふとセレナにそんな事を言った。
 「どうしたの?」
 セレナは真奈美に不思議そうに問いかけた。今、二人はとても穏やかな気持ちだ。
 「私、これからセレナに悪い事が起こらないようにお願いするね……。もうこんな夢見るの……嫌じゃない?」
 「真奈美……。じゃあ、私は真奈美に悪い事が起きないようにお願いするね。それからこの怖い夢が終わりますようにって。」
 二人は手を組み、目を閉じた。
 「もう……悪い事が起きませんように……。」
 二人は偶然か必然かお互いまったく同じ言葉を発した。刹那、二人の身体が光りだし、その光がみー君へと飛んだ。
 「ん……。この光は……。」
 みー君は自分を包む光をじっと見つめていた。徐々にみー君の瞳が紅から青へと変わっていく。
 「瞳が青くなったわ。」
 天記神がみー君を見ながらそうつぶやいた。
 「あの子達の……願いが……みー君に届いたんだ。」
 サキが先程出した光は徐々になくなっていった。
 「人間との約束で生まれる神力を取り戻したのね。」
 天記神が不安そうにみー君と風渦神に目を向けた。風渦神は目を見開いて驚いていたがやがて悲しそうに目を伏せた。
 「ああ……天御柱様はいなくなってしまわれた……。」
 風渦神は肩を落としてうなだれていた。
 「お前、俺は俺だ。今の俺が好きになれなきゃもう二度と俺に関わるな。俺はお前の事を思い出すようにするが俺とまた付き合う気がないのなら俺はお前の事をきっぱりと忘れる。サキに免じてお前に俺は何もしない。」
 みー君は先程とあまり変わらない冷たい瞳で風渦神を見おろしていた。
 「このままでいたい……それがあなたの願いですか……。」
 風渦神は顔を上げて話したがみー君が何かする素振りはなかった。
 「ああ。俺はこのままでいたい。俺はあの頃とは違う。今は感情を大切にしている。お前、俺に失望しただろ?でも俺はこれでいい。今の俺が嫌ならお前は消えろ。」
 「……。」
 「俺の為に尽くしてくれた事はありがたいがお前はもう新しい神力を作り、俺を追いかけるのをやめた方がいい。お前を大切にしたいからこそ言う。俺になろうとするな。」
 「天御柱様……っ。俺が……俺が憧れていたあなたは……。」
 風渦神はみー君を見上げ、涙を流した。
 「……すまない……。」
 みー君は目を伏せ、風渦神に謝罪した。
 「そんな……そんな……あなたは……そんなんじゃ……。そんな神では……。」
 風渦神はふらりと立ち上がると光のない瞳でみー君の青くなってしまった瞳を見つめる。
 「お前がまだ俺を失望しきれないなら一つ約束しろ。」
 「……。」
 「もう絶対に問題を起こすな。俺が教えた言いつけは守れ。それだけだ。」
みー君はこの一言だけ言雨を放った。風渦神はとても悲しそうな表情をしていた。
 「はい。あの辺一帯の魔風も元に戻します。」
 風渦神は深く頭を下げると覇気がなくなってしまった身体を引きずりながら去って行った。
 「おい。ここは弐だぞ。どうやって壱に戻るつもりだ!」
 みー君は風渦神に叫んだが風渦神は何も聞こえていないのか反応を示さなかった。
 ……やっぱりわかりあえなかった。あいつは心底俺に失望したんだろうな……。
 ……あいつを大切にすることはできない。あいつは曲がっている。今度問題を起こしたら俺が始末をしてやるしかない。だが、サキが言ったようにあいつの事は思い出してやろう。あいつが今の俺を受け入れて近づいてきたら全力で守ってやろう。
 ……俺ができる事はそれだけだ。それだけしかない。
 みー君はどこへともなく去って行く少年の背中を少し切なげに見ていた。

八話

 みー君は少年の事は諦め、サキの方に目を向けた。サキは天記神に抱えられながら苦しそうにしていた。
 「サキ……。」
 みー君がサキに近づこうとした時、怯えている表情の少女二人が映った。真奈美とセレナはみー君を怖い神様だと思っているらしい。みー君はサキに近づくのをやめ、そのまま話しかけた。
 「天記神だったよな。お前。……サキは大丈夫か……?」
 「天御柱様。輝照姫様は先程の風渦神の厄を受けて弱っております。早急に太陽にお返ししなければ……。」
 天記神はサキを抱きかかえる。
 「そうか。そこの娘達は大丈夫なのか?」
 みー君は木の陰に隠れている真奈美とセレナを見た。
 「ええ。厄はさっぱり落ちております。ただ、輝照姫様が奇跡を起こすと約束を交わしてしまったらしく、わたくしは困っております。」
 天記神はこの空間を本にした。故に何がおこなわれたのかすべてわかっていた。
 「……そうか。……天記神、その後ろにいるネズミはKのか?」
 「ええ。」
 みー君は天記神の後ろでウロウロと餌を探している金と青に目を向けた。
 「一匹貸せ。」
 「これはわたくしが使役しているものではありません。わたくしが勝手な判断を下す事はできかねます。」
 「お前はこの空間を本にするという罪を犯している。お前は冷林かワイズの軍の者だったな。」
 「図書館を守るわたくしの方は思兼神様、魂を監視する方のわたくしは縁神様です。……お二方から罰を受ける覚悟はできております。」
 天記神はサキを抱いたままみー君に深く頭を下げた。
 「お前にこれ以上罪を重ねさせることはない。そこのネズミだとは思わなかったがワイズがKと交渉をしていたようだ。それで連れて来られたのがそこのネズミどもだ。……俺がうまくやる。だからネズミを一匹貸せ。」
 みー君はまっすぐ天記神を見据えた。天記神は迷っていたが決心したように青を呼んだ。
 「青、あなた、天御柱様につきなさい。」
 「ええええええ!いやでしゅ!」
 青は即答した。青はみー君を敵だと思っているらしい。
 「お願いだから……。あ、あとでひまわりの種あげるわ。」
 天記神は青を必死でなだめている。天記神もみー君に怯えていた。みー君の神格は古くからはるか上だ。怒らせるとどうなるのか不安でビクビクしていた。
 「お前も来い。」
 みー君は天記神に目を向ける。
 「で、ですが……輝照姫様が……。」
 「もう一匹のネズミに頼め。サキは早急に太陽に帰す。」
 「で、ですが……。」
 天記神は金を困った顔で見つめた。信用できないといった顔だ。金は近くにあった葉っぱを食べ、まずかったのかペッと吐いている。
 「時間がない。」
 みー君がふと上を見上げた。青い空は真っ暗に変わりつつある。少女達の心が壱へ向かう準備をしており、この世界は崩壊へと進んでいるのだ。
 「あ、あれ?」
 真奈美が突然声を上げた。
 「どうしたの?真奈美?」
 「セレナ、セレナが消えているよ。」
 真奈美は不安げにセレナを見る。セレナの身体は足先から徐々に消えていた。
 「真奈美も消えているよ!」
 セレナも真奈美が足から消えているので動揺していた。
 「大丈夫よ!あなた達は元の世界に戻れるの。心が向かうまま、自然になりなさい。あなた達のこの世界での物語は終わりよ。新しい世界でいっぱい笑いなさい……。大丈夫。あなた達はまた元の世界で出会えるから。」
 天記神は優しい笑みをセレナと真奈美に向ける。セレナと真奈美は安心したように目をつむった。刹那、セレナと真奈美は光の塵となりこの世界から消えた。
 「さすがだな。」
 「魂の管理をわたくしはやっておりますから……。辛い気持ちはわたくしにもわかります……。でもあの子達はあちらでまだ生きなければならない。寿命一杯まで生きた者がこちらの世界に来るのです。中途半端な者がこの世界で住む事はできません。自ら命を絶ったとしてもそれはその人が命一杯生きた事になるのでそれも拒みません。ですが、その前に止めてくれる人、神がいるはずなのです。できればその存在に気がついてほしい。あの少女達も突発的ではなく、もっと周りを見てほしかった。これは人間特有のもので他の動物達は自ら命を絶つなんて事は絶対にしないのです。故に自分の身は自分で守る。ですが人間は他者とコミュニケーションをとりながら自分を守ります。人間と動物とでは魂の管理方法が全く違うのです。」
 天記神はそっと金と青を見つめる。二人はきょとんとした顔をこちらに向けた。
 「たしかにな。じゃあ、神はどうなんだ?」
 みー君は崩壊していく世界をぼうっと眺めながら天記神に尋ねる。もうあまり時間はないがみー君は静かに答えを待った。
 「……神によります。一概には言えません。」
 「ふっ。違いない。」
 みー君は天記神の答えに軽く笑うとサキを金に預けるよう、目で天記神に合図した。
 「しかたありません。金、輝照姫様を太陽へ。」
 「むぅ!ひまわり大国太陽か!先程は否定されたがおそらく隠し持っている!いざ!ひまわりへ!」
 金はサキをありがたく受け取るとさっさと行ってしまった。
 「ああ!ちょっとまだ話が……。」
 天記神が手を伸ばしたが金は聞いていないのかサキを抱えスキップしながら去って行った。
 「『いざひまわりへ』って……大丈夫か……?あいつ。」
 「……ですから……止めたのですよ……。」
 みー君の顔に不安の色が出る。天記神はやれやれと頭を抱えると青に向き直った。
 「もうしかたありませんから私達は天御柱様に従いましょう。」
 「一緒に来てくれるんでしゅか!じゃあ、なんかあった時に盾になってくだしゃいね!」
 青は無邪気な顔を天記神に向ける。天記神はため息をつくと頷いた。
 「盾って……。」
 「俺は何もしないからとりあえずこの弐から出してくれ。」
 みー君は暗くなっていく世界を眺めながらつぶやいた。
 「わかりまちた。」
 青はちらりと天記神を見る。
 「……わかったわ。後でひまわりあげるわね。」
 天記神の言葉に目を輝かせた青はぴょんと飛び跳ねた。
 「ついてきてくだちゃい。」
 青はふわりと浮きあがり、天記神とみー君に目を向ける。
 「はい。」
 天記神は青がやったとおりに軽く飛び跳ねる。天記神もふわりと浮き、青に追いついた。
 「一体どういう仕組みなんだか……。」
 みー君も二人の後を追いかけ、軽く飛び跳ねた。三人はまるで地面を歩くかのように空間を歩きだした。
 しばらく歩くと暗くなっていく世界はあっという間になくなった。かわりに別の世界が現れる。猛吹雪の世界だ。しかし、寒くはない。
 「……なんだ?壱にこのまま帰れるんじゃないのか?」
 みー君の発言に青はビクッと震えながら答えた。
 「こ、ここはあの少女達の上辺の世界でしゅ。今、わたち達がいた所は心の中の心。人間は上辺を飾る生き物と聞きまちた。ここはウソとかそういうモノが渦巻く中の心を守る世界でしゅ。」
 「なるほど。で、吹雪か。」
 みー君は雪を払いながら頭をかしげた。
 「あの子達の中で秋の次は冬っていうだいたいの流れがあったのですよ。深く考えられた世界ではないです。」
 天記神が付け加えるように説明した。
 「ほお。」
 みー君はあたりを見回しながら適当に返事をした。
 「今、太陽の姫がいらっしゃらないのでお話しますが……。」
 どこかぼうっとしているみー君に天記神は口を開いた。
 「ん?」
 「なぜ、輝照姫様に厄がついているのですか?」
 「!」
 天記神の不安そうな顔を見ながらみー君は目を見開いた。
 「あなたがつけたわけではないと……。」
 「俺じゃねぇよ。……ん?待てよ……。そうか!」
 みー君は少し考えてから興奮気味に天記神に言葉を発した。
 「だからワイズがサキの所に行けって言ったのか。……あ、いや、俺は月姫事件後にワイズから頼まれてサキの所にちょこちょこ出入りしてたんだよ。あいつ、サキについている厄に気がついてやがったのか。」
 「……ではあなたではないのですね。あなたは監視をしている方だと……。」
 天記神は前を歩く青の小さな背中を追いながらつぶやいた。
 「いや、何とも言えない。ワイズに聞けよ。俺はサキとなるだけ会えと言われているだけだ。」
 「そうですか。あなたが反応を示さなかったとなるとその厄はあなたの範疇ではないと言う事ですね。それをワイズは確認したかった……。」
 「……かどうかは知らないが、後でワイズに問いただす。」
 みー君は天記神と共に前を歩く青を見た。
 「後、もう一つあります。」
 「なんだ?」
 天記神の言葉にみー君は振り向かずに聞く。
 「あの井戸の側で糸が見つかったみたいです。」
 「糸?」
 みー君がちらりと天記神を見る。
 「そう。運命を操る糸。」
 「……なんだと。」
 天記神の言葉にみー君の顔色が曇った。
 「あの少女達を落としたのは……。」
 「語括神(かたりくくりのかみ)マイか!」
 みー君は怒りに満ちた目を天記神に向けた。わずかに荒々しい神力が出たのか青がビクッと縮こまっている。
 「それにあの大雨、暴風、あの風渦神と共にやった犯行ですね。大雨と暴風ならば視界も悪く、おまけにあの少年の神力、つまり前のあなたの神力が渦巻いているとあってはその他の神力、特にその芸術神のような極小の神力など気がつきません。糸も神力も嵐に持っていかれる。……これは計画的です。」
 天記神は頷き、みー君を見た。
 「俺をハメったってわけか!」
 みー君が叫んだ時、あたりは真っ暗になっていた。星が散らばっている。ここは宇宙のようだ。
 「あ、あのぉ……。」
 刹那、青が弱々しい声で二人を仰いだ。
 「どうしたの?」
 天記神がなるだけ優しい笑顔で青を安心させる。
 「あ、もうそろそろ図書館につきましゅが……。」
 「あら……もう?」
 「はい。」
 気がつくと天記神の図書館の前にいた。どこをどう歩いたのかは覚えていない。というかわからない。それだけにこのハムスターの力の凄さを思い知った。
 「あ……。」
 突然、女の子の声がした。みー君達は驚き一瞬止まったが女の子を見てほっとした顔を向けた。
 「芸術神、絵括神(えくくりのかみ)ライ……。」
 「あ、うん。そうだけど。えっと、みー君?」
 ライは短い金髪に赤い帽子をかぶっており、くりくりとした目がかわいらしい、外見サキと同じくらいの少女だ。服装は青いボーダーのワンピース。
 「おい。語括はどこにいる!お前の姉だ。」
 みー君は荒々しくライの肩を握り大きく揺すった。
 「な、何?痛い……。知らないよ。私はおねぇちゃんに弐を彷徨っている神をむかえに行って来いって言われているだけだよ。」
 ライは突然の事に怯えながらみー君を見上げた。みー君はハッと我に返り、「すまない。」と言って手を引っ込めた。
 「風渦神の事かしら?」
 天記神が冷静にライに聞く。
 「あ、うん。確かそんな名前だったよ。私は絵を描いて上辺の弐を出す事ができるからちょっと大変だけど行って来てって言われたよ。おねえちゃんは弐の世界の肆を出せるから弐の世界の未来が少しわかるみたい。彼がどこにいるか突き止めてくれたの。これって彷徨っている神を助けるんだから神助けだよね。」
 ライは楽しそうに笑った。ライはこの事件について何も知らないようだ。
 みー君は拳を握りしめ、もう一度聞いた。
 「お前は本当にマイの居場所を知らないのか?」
 「え……知らないよ?」
 「そうか。」
 ライの表情に曇りがなかったのでみー君はライにマイの事を聞くのを諦めた。
 「……?じゃあ、私は行くね。」
 ライはきょとんとした顔でみー君を見上げると筆を動かしドアを作った。そしてそのドアを開けて描いた弐の世界へと消えて行った。
 「クソ!」
 みー君は足で地面を思い切り蹴った。
 「……マイを追いかけるのは後にした方がよろしいかと。」
 「ちっ……。おい、ネズミ。お前、高天原にこのまま行けるか?」
 みー君は荒々しく言葉を吐いた。
 「ひぃ。い、いけましぇん……。い、壱に入り、そこから鶴で……。」
 「そうかよ。」
 青にみー君は投げやりに答えた。相当頭にきているらしい。
 「あの、わたくしと共に行動をした理由は……?」
 天記神が若干怯えながらみー君に目を向ける。
 「ああ、これからお前とネズミは高天原へ来てもらう。そして会議を開く。証拠はあるんだ。今度は俺が勝ってやる。」
 みー君は鋭い瞳を二人に向けた。
 「わ、わたくしはここから出る事は禁じられていますが……。」
 「必要な情報提供者とあれば高天原のあいつらは処罰しない。俺とお前が出てくるからには必ず冷林は出席するだろう。冷林とワイズがいれば問題はない。ワイズは出られるかわからんがどうやってでも出てくるはずだ……。まあ、他はいてもいなくてもいい。」
 「……しかたありません……。従います。」
 天記神はみー君に頭を垂れた。青はビクビクとあたりを見回している。自分も行くのかと顔が言っていた。
 「あ、あのでしゅね……。」
 青が困った顔で二人を見た。
 「なんだ。」
 みー君の刺々しい声にガクガクと身体を震わせた青は小さい声でつぶやいた。
 「わ、わたちは高天原にいけないでしゅ……。わたち、まだ生きているから、神様でもないでしゅから。」
 「そうか。ならば壱で開く。」
 「壱で!?」
 みー君の発言に青と天記神は驚きの声を上げた。
 「ああ。俺の部下がいる所で開こう。」
 「あの歯科医院……。」
 「あそこなら剣王の部下もいるし、冷林に管轄されている神もいる。おまけに経営者が俺の部下でワイズ軍だ。」
 「ああ、そういえばアヤちゃんがいましたね。あそこには。」
 「冷林に管轄されている時神か。一度会った事はあるがあまり覚えていないな。」
 みー君はふうとため息をつくと二人を見た。
 「俺に力を貸してほしい。うまくいけばすべてうまくいく。サキが望む結末になるはずだ。」
 「……わかったわ。」
 「しょうがないでしゅ……。」
 「招集は俺がやってはまずいので剣王の部下にでもやってもらおう。」
 天記神と青は乗り気ではなさそうだったがみー君の一睨みで渋々承諾した。


 金は慌てていた。弐の世界から霊的太陽付近まで来れたはいいがそこから先に行けなかった。おまけに人型になれるのは弐の世界のみ。壱の世界ではただのハムスターである。
 「こ、ここから先に行けば私はハムに戻ってしまう。そうしたらひまわりを沢山持って帰れない!おまけに近づくと暑い。眩しい。もう我が帝国に帰りたいぞ。」
 金はサキを抱きかかえながら叫んだ。弐の世界からなら霊的太陽にも月にも行ける。しかし、門が開かないと中には入れない。
 「サキ様!」
 「ん?」
 ふと男の声が響いた。前を見ると鳥居と階段が出現している。太陽に行くための門が開いたのだ。鳥居と太陽に続く階段は太陽神か使いの猿しか出せない。サキは完全に意識を失っており、サキが太陽の門を開くことは不可能だった。つまり、サキではない他の誰かが門を開いた事になる。
 「サキ様!」
 目の前に髷を結った男が現れた。目は細くて見えているのかいないのかわからない。後ろから茶色いしっぽが見えている。
 「ああ、小生はサルでござる。一体何事でサキ様がこんな……。」
 「んん……。よくわからんがこの太陽の姫君を太陽までお連れしろと天御柱神から言われてな。事情があって弱っているとか。任せられるか?」
 金はあまり事情がわかっていなかったがサキをサルに押し付けた。
 「えっと……。」
 「ああ、私は金。ハムスターである。」
 「はむ?」
 サルは状況がまったく読めなかったがとりあえずサキを連れてきた恩人として太陽に招く事にした。
 鳥居をくぐった途端、金は人型からキンクマハムスターになってしまった。
 「ね……ネズミ……。」
 サルは驚いたがサキを抱きながらハムスターを掌にのせた。
 「おもてなしをしたいのでござるが……一体、ネズミは何を食すのか……?」
 サルは近くにいた猿に声をかける。猿は首をかしげていた。
 「ああ、ひまわりの種とかどうだろうか?」
 サキを心配して集まった太陽神達は口々にそう言った。
 「そ、そうでござるか……。では小生が取って参ります。サキ様をよろしくお願い致します。」
 サルは自分がサキを抱えているのが畏れ多いと思い、太陽神にサキを預けた。
 「一体誰がこんなひどい事を……。」
 「サキ様に色々任せきりで信仰心が足らず動けない我々が憎い……。」
 太陽神達の顔は暗く、眩しく輝くはずの太陽の面影が今はなかった。

九話

 「で、この医院で働いている武神からここで会議が開かれると言われたのだが……。」
 竜宮オーナー天津彦根神は歯科医院内部のスタッフルーム、医局の事務椅子に座り顔をしかめていた。
 「一時的に謹慎は解かれたがお前がいる事が不可解だYO。」
 東を統括するワイズは事務椅子に座りながらみー君を睨みつけていた。ワイズは会議に出る為、一時的に謹慎処分から抜けたらしい。
 「まあ、なんだかわかんないけどいいじゃないの。彼が出てきたのは確かに不可解だが彼、何か証拠を持って来たみたいだし。」
 剣王はいつものやる気なさそうな顔でオーナーとワイズを見ていた。
 「今の壱は夜。故に参加させていただきます。あ、もう一人の月照明神、月ちゃんの方は置いてきました。」
 妹ではなく、白拍子の格好をしている姉の方の月照明神がふふっと微笑んだ。
 ちなみに青はハムスターに戻っており、今は用意されたプラスチックのケースに入れられている。天記神はみー君の横に座り、緊張した面持ちをしていた。
 冷林も来た。冷林は何も話さず、事務椅子にじっと座っている。
 「今回は太陽の姫が大怪我を負ったとか。今回の事件に巻き込まれたのか……?」
 オーナー天津は状況の確認を急いだ。
 「長い話になる。」
 みー君は一同を見回し厳しい目つきで話し出した。
 「まず、俺が封印されていたのに外に出ている件からだ。」
 「確かに、自分の神力を使った封印は抜け出すのきついよねぇ。というか抜け出せないはずなんだが。」
 剣王が嘲笑しながら一同を見回す。みー君は構わず続けた。
 「そこで俺は昔の俺とまったく同じ神力を持った奴に出会った。」
 「ふむ。」
 オーナーは適度に相槌を打つ。
 「弱小の厄神はほぼ俺の傘下だが奴もその一人だった。名前は風渦神。色々とルールを決めてやっていたんだがあいつだけは昔の俺を追いかけており、俺になろうとした。結果、自己の神力を確立するに当たらず、いまだ俺の神力を持っている。その神力を使い、俺の封印を解きやがった。俺を昔に戻すために俺をわざと封印させたらしい。俺は最大級の苦痛と共に封印から無理やりはがされたわけだ。」
 「君、よく生きてたねぇ……。そりゃあ、大量吐血に痙攣レベルの激痛だろうに。それがしだったら死ぬ自信がある。くくっ……。」
 剣王はクスクスと笑った。
 「笑い事じゃねぇ!まじで死ぬかと思ったんだからな……。」
 みー君は剣王にツッコミを入れると咳払いをして続けた。
 「俺は無理やり外に出されてからあの現象を調べていたサキに出会った。」
 「そこで輝照姫か……。」
 オーナーはサキを心配しているらしい。顔つきが暗かった。
 「俺にとっての脅威はサキだと風渦神は言い、サキを攻撃し始めた。お前達もわかっていると思うがサキに会った当初の俺は昔の神力のままだ。」
 「と、いう事はあなたは輝照姫に危害を加えるので動けず、ただ、黙ってみていたと?」
 月照明神が目の前に置いてある緑茶を静かに飲みながら会話に参加する。
 「そうだ。風渦神は弐に入り込んだ人間の少女達を人質にとっていた。サキは抵抗ができず風渦神の暴力に耐えていた。それはそこのネズミも見ている。」
 みー君はプラスチックケースに入っているハムスター姿の青を見る。青はこくんと小さく頷いた。
 「ですが、あなたは昔から女性には手をあげない紳士だったではありませんか。わたくしはそこを高く評価していましたがただ黙って見ていただけなのですか?」
 月照明神は口からゆのみを離し、そっと置いた。
 「そんなわけないだろう。そこでだ。まあ、いずればれると思っていたが天記神だ。天記神に助けられた。」
 みー君はそこで頭のお面を顔につけた。
 「……なんだ?それがし達と取引でもするつもりか?」
 剣王はふふっと笑う。
 「もちろんだ。だがお前じゃない。あんたはいてもいなくてもどっちでも良かった。」
 「ふーん……。そんな事言われるとなんだか悲しいねぇ……。」
 剣王はみー君をちらりと見ながら置いてある緑茶に口をつけた。みー君の表情はお面をかぶっているのでまったくわからない。
 「そんな事はいいYO。で、天記神は何をしたんだYO。」
 ワイズはみー君が何を言い出すのかなんとなくわかっていそうだったがあえて聞いた。
 「奴とサキがぶつかったのは弐の世界。井戸に落ちて行った少女の世界だ。サキはその少女を救うべく、弐に入った。それで風渦神と戦闘になり、少女を人質にとられ疲弊。天記神がサキを助けるべく違法行為を起こし、時間を止め、サキを救ってくれた。」
 みー君は天記神に目を向けた。天記神の顔は青く、じっと机を凝視している。
 「ですが、結局は禁忌。良いか悪いかは抜きにして処罰の対象です。」
 月照明神はまったくぶれる事なく会議を進めた。
 「その通りだ。しかしだ、俺はあの世界の少女達に祈られて今の神力に落ち着いた。これは俺の中でもあんた達の中でもかなりデカいはずだ。」
 「まあ、そうだねぇ。今更君が元の神力に戻ってもねぇ……。だけどやっぱり禁忌だし……。」
 剣王は面倒くさそうに言った。
 「天記神は弐の世界の異変を解決するのがある意味仕事だ。職務を全うしたに過ぎない。おまけに太陽の姫に大怪我を負わせているんだ。天記神としては放っておけないだろう。そもそもこうなった原因は冷林だ。証拠はなかったがかなりの早とちりだ。俺に罪をなすりつけたとしか思えない。」
 ―……。―
 冷林は何も話さなかった。冷林の隣りにいたワイズは小さく笑い、緑茶を口に含んだ。
 「まあ、わたくしはいなかったのでわかりかねますが……全員が解決するまで話し合おうとしていたのですか?」
 月照明神はそっと高天原の権力者達を見つめる。
 「……サキ以外は皆、俺だと断言した。証拠が残ってしまっていたからな。しかし、サキだけは俺を信じ、独自に誤解を解こうとしてくれた。ワイズもだ。ワイズも謹慎処分を受け、動きたくても動けなかったはずだ。ワイズもおかしいと思って動こうとしていた。」
 「ふむ。その通りだYO。」
 ワイズはにやりと不敵な笑みを見せる。
 「どうしてワイズがお前の誤解を解こうと真剣になっていたと言える?」
 オーナーが目をつむりながら聞いた。
 「ワイズは謹慎になる事がわかっていた。故に先手を打っていたんだ。……Kを知っているか?」
 「む?知らんな。」
 オーナーは興味なさそうに答えた。
 「知らないならそのままでいい。ワイズは謹慎処分になる前、そこのネズミを借りてきた。そのネズミ達は不思議と弐の世界を自由に散策できるらしい。ワイズは弐の世界に重点を置いていた。」
 みー君はそこで言葉をきった。真相はワイズがこの病院の院長にKと取引するよう言ったのだがそれを言うと話がややこしくなるので後はワイズに話してもらう事にした。
 「そうだNE。弐の世界を調べたかったが無理になったので輝照姫が最後まで天御柱を信じてくれていたから輝照姫に助けてもらったんだYO。そこのネズミ達を護衛につけるかわりにNE。」
 「よく言うよ。本当は輝照姫とそんな話してないくせにねぇ。」
 ワイズが堂々と言い放ったので剣王はやれやれとため息をついた。
 「証拠はあるかYO?私も彼を助けたかったんだYO。彼がそんな事をするはずがないとずっと思っていてNE。」
 ワイズは剣王に笑いかけた。
 「……ま、こうなると……非があるのは何もしなかったそれがしと天津。足して、勝手に判断し、強行に及んだ冷林……かねぇ。」
 剣王は頭を抱えながら呻いた。
 「あんた達、剣王とオーナーは天記神の罪を消す事で許したい。どうだ?悪い話ではないだろう?」
 みー君は剣王とオーナーを見る。
 「それがしはちょっと西で問題が起こり、君まで手がまわらなかっただけなんだよ。本当はねぇ、君じゃない事はわかっていたんだけど。」
 剣王は困った顔をみー君に向けた。それを見たみー君は即座に交渉の内容を変えた。
 「まあ、あんた達は悪くないさ。本当はあんた達に罪なんてない。俺の名に免じて天記神を許してやってほしい。ただそれだけさ。」
 みー君はオーナーと剣王に頭を下げた。隣に座っている天記神は慌ててみー君に顔を上げるように言っている。
 「君、色々うまいねぇ……。それがし達に罪の意識を覚えさせた上で許してやってくれと懇願する……そんなふうにやられてはそれがし達も許さないといけないじゃない……。後、もう一つ、君はそれがし達がこの件に関して罪があろうがなかろうがどうでもいいって思っている事を知っているんだねぇ?」
 「……。」
 みー君は何も言わなかった。ここで「どうでもいいんだろ」と発言してしまったら剣王の遊びに乗ってしまった事になる。剣王との交渉がすべて無に帰す。もしこれを発言したら「それがし達がこの件の事をどうでもいいと考えているのではと天御柱に思われている。」というようなことを言われ、不利になる可能性がある。剣王はこういう所で突然、すべてをひっくり返そうとする。
 「つれないねぇ……。」
 剣王はふふっと苦笑した。
 「剣王、話を面倒くさくするな。今回は我々にも非がある事を認めよう。私は天記神を許す事にした。」
 オーナーは剣王と共に許すとは言わず、自分だけ天記神を許すと言った。
 「しかたない。それがしも天記神を許そう。君の望みはそれなんだろう?」
 剣王は頭をポリポリかくと頷いた。
 ……やはり一筋ではいかないな……。
 みー君は剣王とオーナーをじっと睨みつけた。どちらにしろ、剣王とオーナーはしっかりと謝罪はしていない。つまり前者のみー君の意見ではなく、後者の方で会話が成立したのだろう。みー君が『許す』のではなく、みー君に免じて『許してやる』に意見がさらりと変わっていたという事だ。だが、向こうも悪いと思ったのだろう、どちらも優位になる事なく、痛手なしで天記神は許された。
 「まあ、私は天記神の味方をするYO。天御柱を助けてくれたからNE。」
 ワイズはみー君の予想通りの返答をした。
 ―……コノケンデハ……セメルコトハ……デキナイ。―
 冷林もこれ以上不利になる事は避けたかったのか天記神をすっぱりと許した。
 みー君はちらりと天記神を見ると静かに頷いた。天記神はどこかほっとしたような顔でみー君を見ていた。
 「で、問題は現在罪をなすりつけたことになっている冷林ですわね。」
 月照明神は静かに会議を進める。
 「そうだ。よく調べもせず、俺を封印した結果、あの古井戸周辺の気候が乱れ続け、不当な厄をばら撒き続けた。ワイズまで謹慎処分にし、俺を封印した後もワイズと共に原因を探ろうとはしなかった。」
 みー君は冷林への攻撃をはじめた。
 「まあまあ、冷林の肩を持つわけじゃないが君だって自分の部下の管理ができていなかったじゃない。君と同じ力を持っている神……、それがし達にはわかんなくても君は目星がついたんじゃないか?あの時、それを発言せず、自分の神力であると認めた君がいう事じゃないなあ。」
 剣王はふふっと笑う。
 「あの時はもうわかっていた。だが、部下を疑いたくはない。ただの俺の心情だ。俺はあの井戸を調査していた。奴の痕跡を探すためだ。その後、少女が井戸に落ちそうになっていたため、助けようと風を送ったが風渦神に邪魔をされた。あたかも俺が少女を落としたように見せかけ、奴は消えた。まさかあいつがそんな事をするわけないと思い、俺は動揺し、戸惑い、とりあえず俺がやったと言った。」
 みー君は額に汗をかきながらウソをついた。本当は風渦神の事は知らず、あの時は本当に自分がやったのではないかと考えていた。
 「今更だが……その証拠がない。」
 オーナーはすっと目を開き、橙の瞳をみー君に向ける。
 「これが証拠だ。俺はこれを見て、もしかしたらと思った。」
 みー君は天記神が取り出した一つの本を受け取り、机に置いた。
 「これは歴史書?」
 月照明神が本を手に取りパラパラとめくる。
 「そうだ。これは古くからあるものらしいが俺達なら読めるだろう?壱の世界にあったものだ。俺の事が書いてある。だがこれは俺が書いたモノじゃない。」
 「確かに、君の神力がするが君が書くようなものじゃないねぇ。」
 剣王は本の内容が面白かったのかクスクスと笑っていた。
 「これの最後のページを見てくれ。俺はこれの最後のページには気がつかなかった。これをパラパラ読んだ瞬間に風渦神の顔が浮かび、井戸へ向かい走ったからな。」
 みー君は嘘に嘘を重ねる。本当は暁の宮でかくまってほしいと言っていたのだが。
 みー君自体、サキに何も言っていないため、サキが後で何か言ったら冷林から隠れるために宮でかくまってもらっていたと言えばいい。
 権力者達は最後のページに目を向ける。
 「ここだけ人間が読めるようにしてあるのか。」
 オーナーの言葉にみー君は頷く。
 「天記神に今一度本を調べてもらった所、ここのページだけ人間が読めるように後付されているらしい。井戸に落ちていたのはこれが原因だ。」
 みー君はそっと天記神に目を向ける。天記神は頷くと口を開いた。
 「天御柱様からこの本を調べてくれと預かり、この文を発見しましたのが天御柱様の封印直後。その後、独自調査をはじめた輝照姫様にこの事を伝え、わたくしは手を引きました。」
 天記神が面々を恐る恐る見上げながら言葉を話した。
 「なるほどねぇ。」
 「だから輝照姫は例の少女達を見つけられたと。」
 剣王はほおづえをつきながら、月照明神は緑茶を口に含みながらそれぞれつぶやいた。
 「そうだ。……俺にも非がある。部下を捕まえる事ができず、しっかりと状況も把握できず、一瞬だけ自分を疑った。風渦神と俺は決着をつけた。だから今後、問題が起きたら俺のせいだ。あんた達にしっかりとした情報を提供できず大変申し訳ない。」
 みー君は椅子を避け、土下座をした。
 「ほお。」
 剣王はかなりの神格を持った神が土下座をするのを物珍しそうに見ていた。
 ……ここでのプライドは捨てろ……。サキのためだ……。
 「顔を上げろYO。天御柱。お前の気持ちはわかったYO。」
 ワイズは吹き出すのを堪えながらみー君に座るよう指示した。
 「ここまでやられちゃあ、冷林、君、そのまま逃げるわけじゃないよねぇ?」
 剣王がにやりと冷林に目を向ける。
 ―……ワレノ……ハヤトチリデアッタコトハ……アヤマロウ……。オマエヲ……ソウカンタンニ……フウインシテハ……ナラナカッタ。セキニンヲ……トル……。―
 冷林がワープロの文字のようなものをそれぞれの神の頭に打ちこんだ。みー君はわずかに微笑むと顔を上げた。
 「じゃあ、あんたにやってほしい事がある。今回はそれで終いにしたい。」
 みー君が椅子に座り、机をドンと叩く。
 ―ナンダ?―
 「少女に奇跡を起こしてほしい。サキが奇跡を信じろとあの少女達に言ったらしい。」
 ―キセキ……。ナルホド……。ワカッタ。タイヨウノヒメノ……シリヌグイヲ……シロトナ……。―
 「そうだ。もともと不当な厄のせいだ。それくらいできるだろ?」
 みー君の言葉に冷林は素直に頷いた。みー君はもうわかっていた。人間を全力で守る神がここで人間を見捨てるわけがない。こんな簡単な事が罰の内容ならば冷林は喜んで了承するだろう。
 「そんなの冷林が喜ぶだけなんじゃないのぉ?」
 剣王がつまらなそうにため息をついた。
 「剣王、確かにその通りかもしれんが奇跡を起こす事もかなり大変だぞ。今回は不当な厄が原因の事だ。この世にある厄ではなく、勝手に作られた厄。奇跡を起こした分、色々な所から湧き出てくる不当な厄を冷林はすべて背負う事になる。つまり冷林が嫌う所の天御柱神の昔の神力をその身に受け続ける事になる。」
 オーナーがお茶を飲みながら静かに言う。
 「わたくしもその罰に賛成いたします。半分は冷林が悪いですからこの事件を処理するのは冷林がいいかと。そして輝照姫を弱らせてしまった分はあなたが償いなさい。」
 月照明神はみー君をキリッとした瞳で見つめた。
 「ああ、わかった。俺もその罰を受けよう。サキが元に戻るように全力を出す。約束する。」
 みー君は座っている面々を見回し、意見を求めた。
 「お前、大丈夫かYO。お前と輝照姫は真逆の存在だYO?」
 ワイズの質問に対し、みー君は声を低くして答えた。
 「あんたも知っていると思うが……あいつにも何か不当な厄がついているそうだ。俺にも判別できなかった力が働いている可能性がある。俺はそれを探す。」
 「それは私が指示した内容じゃないかYO。罰にならないNE。」
 ワイズがしれっと言い放ったのでみー君はふんと笑った。
 「ワイズ、あんた、ミスをしたな。……俺はあんたからそういう指示は受けていない。月姫事件後にサキに近づけとしか言われてないぜ。俺は。」
 みー君の発言にワイズはしまったと頭を抱えた。
 「っち。じゃあ、それを解決するのはお前の仕事にするYO。それとプラスに罰として太陽の姫から離れないという制約をつけるYO。逃げたら即封印だNE。」
 ワイズは緑茶を飲み干すとゆのみを乱暴に置いた。
 「なるほど。俺から自由を奪うわけか。まあ、それもいいだろう。」
 みー君は腕を組み大きく頷いた。
 「君の神力は今の神力だから輝照姫を傷つける事はないと思うが君の潜在的な力はまだあるだろう?それが眩しい太陽の力を拒み、君を苦しめるんじゃないかね?……だからずっと暁の宮にはいられなかったんだろう?」
 剣王の言葉にみー君は仮面をはずして頷いた。
 「その通り。今回の俺に対する罰もかなり俺としては苦しい。だが俺もケジメをつけなきゃならない。だから受けたんだ。」
 みー君のきりっとした表情を見て一同は頷いた。
 「なるほど。もう私から言う事はないな。ワイズの謹慎処分はもういいだろう。」
 オーナーはため息をつきながらお茶を飲みほした。オーナーの言葉に冷林はこくんと頷いた。
 「それがしも言う事はないねぇ……。まあ、結果はどうあれ、あの内容に嘘が含まれていても天御柱と冷林のどちらにも罰が行くから一緒だね。そして黙って流していたそれがし達も天記神を許すという事だけで済んだ。うん。満足だ。」
 剣王はちらりとみー君を見、にやりと笑った。
 「……。」
 剣王の言葉を聞いたみー君の頬に一筋の汗が伝う。
 ……嘘だってバレていた……。結果的に良い方向へ行ったものの、不利な状況であれば負けていたかもしれんな……。
 みー君は立ち上がる剣王を黙って睨みつけた。
 「それでは私も退出するぞ。」
 オーナーも席を立ち、歩き出した。その後を冷林が追う。冷林は特に何も言わなかった。
 「ああ、お茶を……。」
 院長がおぼんにお茶を乗せて持って来た時に剣王達とすれ違った。
 「大丈夫もう終わったからね。」
 「長居をした。すまないな。」
 剣王とオーナーは院長に軽く会釈をすると去って行った。診療時間はもう過ぎているようだ。会議の内容が気になって残っていた武神達に剣王は軽く手を振った。武神達は剣王達を不思議そうに見つめていた。時神のアヤはもういなかった。神々の話には興味がないらしい。
 「ではわたくしも失礼いたします。」
 月照明神はお茶を上品に飲むと音も立てずに立ち上がり静かに去って行った。
 残ったのはワイズとみー君と天記神、そして青だ。
 「お前、あんな適当な事を言って大丈夫なのかYO?輝照姫が本当の事を言ったらどうするつもりだYO。」
 ―それにはわたちが活躍いたちましゅ。―
 ふいに青の声がした。ワイズだけはびっくりしていたがすぐにハムスターが話したのだとわかった。
 「お前、話せるのかYO?」
 ―話せましぇん。神々にはテレパチーで通じましゅ。―
 青はプラスチックケースの中で忙しなく毛づくろいをしている。
 「ほお、なかなかKも凄いのを使いによこしたものだNE。」
 ワイズは感心し、笑みを浮かべた。
 「で、青ちゃん、どうやって活躍するの?」
 天記神が周りに放置されたゆのみを一つにまとめながら聞く。
 ―わたちはこの距離でしゅが金さんと会話できましゅ。―
 青の発言にみー君と天記神の顔が明るくなった。
 「本当か!それは凄い。さっそく今の事を伝えてくれ。今はおそらくこっちでは月が出ている。あいつらがサキに会う術はないが……できるだけ用心したい。」
 ―ちゃっきの話ってなんでしゅか?―
 「あ、天御柱様?青ちゃんは会議の内容、何にも聞いていなかったみたいです……。」
 天記神の言葉にみー君は盛大にため息をついた。
 「ああ……じゃあ、紙に内容書くからそれを金に伝えろ。」
 ―わかりまちた!終わったらひまわりよろしくでしゅ。―
 「ああ、わかった!わかった!」
 みー君は苛立ち、声をあげた。青の頭の中はひまわりの種でいっぱいらしい。
 「んん……よくわからないが後はそちらで何とかできるって事かYO?」
 ワイズは一人ついていけず首を傾げていた。
 「ああ、問題ない。俺の誤解が解けてあんたも謹慎から解放されただろ?戻ってていいぜ。」
 「じゃあ、後はお前に任せる事にするYO。」
 ワイズは椅子からちょんと降りると去っていった。
 「さて、じゃあ、この内容をサキに伝えてくれ。」
 みー君はいつの間に書いたのか文字が書かれている紙を青がいるプラスチックケースの前に置く。
 ―今はハムなので日本語どころか目もあまりみえましぇん。―
 青の発言でみー君は思い切りズッコケた。
 「まじかよ……。」
 「話すしかないですね……。この内容がしっかり金に伝わるかどうかも怪しい……。」
 天記神も困った顔をした。

十話

 「う……。」
 サキは暁の宮の自身の部屋で寝かされていた。体の手当はしっかりできている。ゆっくりと布団から身体を起こし、あたりを見回した。サキは知らぬ間に意識を失っていたようだ。ここが暁の宮だとわかると安心したのかまた布団に倒れ込んだ。倒れ込んだ時、傷口に触れ、あまりの激痛に身体を起こした。
 「いっつ……。」
 サキは腹を抱え込みながら痛みに耐える。
 ―おお、目が覚めたか。―
 すぐ近くで声がした。サキは涙目になりながら自身の枕元に目を向ける。マヌケにもサツマイモ色をしたハムスターがもしゃもしゃとひまわりの種をほお袋に入れていた。
 「金……。あんたがあたしをここまで連れて来てくれたのかい?」
 ―天御柱神に頼まれてな。―
 「そうかい。すまないねぇ。」
 サキは状況があまり把握できていなかった。
 「そういえば今、外の天気はどうなっているんだい?」
 ―む?晴れのようだが……。―
 サキの質問に金はもぐもぐ言いながら答えた。
 「ああ、でもここは陸の世界か……。じゃあ向こうはどうなっているかわかんないねぇ。あの子達は大丈夫だったのかね……。」
 サキはほぼ独り言のようにつぶやいた。
 ―青の方から通信が来ているぞ……。―
 「青?あの子は何をやっているんだい?」
 ―天御柱神と天記神と共に行動しているぞ。―
 金はふんふんと鼻を動かしながらサキを見る。
 「そうかい。で?青はいまなんて言っているんだい?」
 サキの質問に金が息を吐いて答えた。
 ―伝言。サキ、大丈夫か。今、冷林達と会議をした。一応、少女達の奇跡は保障された。それで守ってほしい事がある。他の権力者から何か聞かれる事があるかもしれないから言っておく。お前はワイズと共に俺を助け出す算段を考え、ネズミどもを借り、俺を助け出す間で怪我をした事になっている。そう言う風に話を合せてほしい。―
 金は聞いた言葉そのままを話している。これはおそらくみー君の言葉だろうとサキは判断した。
 「みー君……。もう一度ちゃんと会いたいよ……。」
 サキは追い詰められたみー君の顔が脳裏に焼き付いていた。
 サキはふらりと立ち上がると金をそっと手に乗せた。
 ―む……。まだひまわりの種が……。―
 金は慌てて手から飛び降りようとしたがサキがもう片方の手で落ちるのを防止した。
 「これ以上食べたら身体に悪いよ。いいかい?これからみー君に会いに行くよ。」
 サキはヨロヨロと襖を開ける。
 ―その身体で行くのか?ここは陸だぞ……。―
 金が慌てて止めた刹那、太陽神達がサキの前を塞いだ。
 「ダメです!まだ動いてはいけません!」
 「お体に障ります!」
 「ああ、どくんだよ!あたしはみー君に会わないといけないんだ。」
 サキは太陽神達をどかしながら進む。
 「ダメです!いけません!」
 「あんた達に迷惑をかけた事は承知しているけど……あたしは行かないと……。」
 サキはあまりに皆が必死に止めるので覇気がだんだんとなくなっていった。
 「なら、私が一緒に行くよ。」
 「ん?」
 この腰が低い神々の中にひときわ元気な少女の声が響く。少女は太陽神の中を潜るように避け、サキの目の前に現れた。
 「ライ!?あんた、なんでここに?」
 サキの声と共に太陽神達が騒ぎ出した。
 「芸術神がなぜここに?」
 「サキ様の知り合いか……。」
 次々に言葉を発する太陽神達をよそにライは言葉を紡ぐ。
 「弐の世界にいたんだけど、たまたまサキを見つけてふと見たら門が開いていたからこっそり入っちゃった。」
 「ああ、そう……。なんで太陽なんかに来たんだい?」
 サキは呆れた目をライに向けた。
 「うん、みー君にさっき会ったんだけどなんかお姉ちゃんを探しているみたいで……。」
 「語括神マイ……だっけ?」
 「うん。なんだか気になるからサキの所に来たんだけどサキ、何にも知らなそうだね。」
 ライは困った顔をサキに向けた。
 「そうだねぇ……。あたしはマイについては何も知らない。」
 サキもうーんと唸った。
 「サキが知らないんだったらやっぱり直接みー君に聞くしかないかなーと思って。」
 「じゃあ一緒に連れてっておくれ。」
 サキは目を輝かせた。ライは上辺だけの弐の世界を出せる。弐の世界を開いてもらってから金を連れて弐の世界にあり壱に繋がる天記神の図書館を探す。そこから壱の世界に戻ればいい。
 そこまで考えたがやはり太陽神に止められた。
 「ダメです!」
 太陽神達がまた騒ぎ出したのでサキは強行に出ることにした。ライに目を向け、弐の世界を出すように指示を出した。ライは頷くと筆を動かし絵を描く。一つのドアが出来上がり、ライとサキはそのドアを開け、中へ飛び込んだ。
 「サキ様アアアア!」
 「我々もお供します!ですからお戻りくださァい!」
 「サキ様!行かないでください!」
 「ああ、えっと……ごめんよ!すぐに戻るから!」
 太陽神達が騒ぐ中、サキはほぼ力づくでドアを閉めた。いつの間にか手に持っていたハムスターが人型になっており、困惑した顔で立っていた。
 「金、頼むよ。」
 サキはライに肩を抱かれながらただ佇む金に叫んだ。
 「む……。わ、わかった。」
 金はサキに押される形で先を歩き始めた。


 「ん……。」
 月明かり照らす病院の一室でセレナは目を覚ました。
 「セレナ!」
 目が覚めたとたん、母親の顔が映った。
 「おかーさん……。」
 セレナはなんだか怖い夢を見ていたような気がして目に涙を浮かべた。
 「良かった……。セレナ……。」
 母はセレナに覆いかぶさり、泣いていた。肩が震えている。
 「お母さん……。ごめんね……。」
 セレナは自然に母にあやまっていた。こんなに泣いている母を見るのは初めてだった。自分がどれだけ母に迷惑をかけたかセレナは幼いながらも感じていた。
 「ごめん……。ごめんね。」
 セレナはあやまるしかできなかった。母はセレナをもう手放すまいとしているようにきつくセレナを抱きしめる。
 ふとセレナが横を向くと棚に置いてある造花が目に入った。母の他に迷惑をかけた人がいたようだ。真奈美には会えたが周りの人を悲しませるのはよくない。セレナはそう思った。
 ……もうあの井戸には落ちない……。
 そう心に決めた。
 「さっきまでここ停電してたのよ……。灯りがついた直後にセレナが起きてね。」
 「停電……。」
 セレナは夢の中の会話を思い出した。あの時も停電がどうとか言っていたはずだ。
 ……夢じゃなかったのかな……。
 セレナには夢だったのか現実なのかいまだによくわかっていなかった。意識がぼうっとしており、いままでここに寝ていたのがウソのようだ。
 「おかーさん、私ね、変な夢を見たみたい……。女の神様に奇跡を信じなさいって言われた。日本の神様なんだって。」
 セレナは涙で濡れる母の顔を見つめながらポツンとつぶやいた。
 「そう……。奇跡ね……。」
 母はそんなに深く考えてはいなかった。セレナは考えるのをそこでやめ、窓から映る月を静かに眺めていた。
 ……真奈美……。
 そしてただ真奈美の事を想った。


 みー君と天記神と青は歯科医院から外に出た。先程が嘘のように今は風もなく、星がキラキラと輝いている。明日は晴天だろう。風渦神はみー君との約束を守り、ここら一帯の魔風を消して去って行ったようだ。
 「おい。天御柱、もう大丈夫なのか?」
 歯科医院長、元厄神の青年は腕を組みながらもうロックをかけてしまった自動ドアに背中をつけている。
 「ああ。大丈夫だ。迷惑をかけた。ああ、そうだ。こいつはお前に返せばいいのか?」
 みー君は手にしていたプラスチックのケースを差し出した。中には青がいる。青は元厄神の青年がストックしていたひまわりの種をモシャモシャと口に含んでいた。
 「ああ。取引をしたのは俺だからね。」
 院長はニコリと微笑むと青の入ったプラスチックケースを受け取る。
 「どうやって取引をしたか知らんが助かったぞ。」
 「たまたま、実験で使いたい動物がいると言われてさ。だったらそれでいいから貸してくれと頼んだだけだ。ハムスターのデータと潜在的能力を調べる機械をつけるのが条件だった。実際、この子にはそれがついているらしいがどこにあるのかさっぱりだ。ま、この辺の事はしゃべらない方が堂々と事件に集中できると思ってね。」
 院長は青の頭を指で軽くつついていたが噛まれたので慌てて手を引っ込めた。
 「違いない。……青、もう仕事は終わりだ。助かったぜ。」
 みー君は痛がる院長をよそに青に話しかけた。
 ―ふう、やっと終わったでしゅか。もう夜でしゅから残業でしゅね……。―
 青はぶれる事なくそう言った。周りの事は本当にどうでもいいらしい。
 「お前、残業代はそこに散らばってるだろ。」
 みー君は青の横に散らばっているひまわりの種を指差した。
 ―まあ、これだけじゃなくてでしゅね……お芋食べたいでしゅ!―
 「それはKに頼め。」
 ―わかりまちたよ~。じゃ、これからわたちは自由時間に入りましゅので早くおうちに帰してくだしゃい。―
 「あー、わかった。ありがとうな。」
 青の呑気な声を聞き、みー君は大きなため息をついた。
 「じゃあ、もう一匹の方は後で返してくれよ。あの大きいハムスターな。」
 院長はみー君達を見送った。
 「ああ、後で連れてくるよ。今は違う所にいるから後日な。あ、嫁さんと仲良くな。」
 「余計なお世話だ……。さっさと行きなよ。」
 院長はみー君の言葉に顔を赤くしてうつむいた。みー君はにやりと笑うと天記神に目配せをし、歩き出した。
 「まさかあいつが人間の嫁さんをもらうとはな……。あいつも人間と密接に関わる神だから人間に見えるって事は知っていたがまさか厄除けの神になって人間の嫁を……。」
 みー君はぶつぶつと独り言をもらした。
 「あら、そうなのですね。神というのも不思議な存在です。」
 天記神がふふっと楽しそうに微笑んだ。二人は肩を並べて静かな田んぼ道を歩く。もうだいぶん肌寒く、風はないが気温は低い。雲はうっすらと風に流されて動いており、月の光と星がやたらと眩しい。
 「お前、弐に帰れるか?」
 「ええ。大丈夫です。まだ図書館はぎりぎりやっている時間帯ですから。」
 「人間がやっている図書館が閉まってしまったら帰れないのか?」
 みー君の質問に天記神は困った顔を向けた。
 「ええと……わたくし自身、あそこから出た事はないので……わかりかねますね。」
 「ああ、確かにな。送っていこうか?迷惑をかけたしな。」
 みー君が心配そうに天記神を仰ぐ。天記神は顔を赤くして照れていたが首を横に振った。
 「い、いえ。大丈夫です。わたくし、心が女でも外見は男ですから。夜道に危険はありませんよ。女性よりは。」
 「まあ、一応、女のカウントに入るから聞いただけだ。」
 「ありがとうございます。えっと……その……ではわたくし、こちらですので。」
 みー君の心に感動したのか天記神はやたらと気分が上がっており、キャッキャッ言いながら何もない田んぼ道を横にそれて行った。
 「不思議な奴だな。あいつも。」
 みー君はそうつぶやくとまっすぐに続く田んぼ道をゆっくり歩き出した。もう一度あの井戸に行こうと思っていた。マイにつながる何かがあるかもしれない。
 みー君は月明かりの中、井戸へ急いだ。
 しばらく歩き、ちょうど来た電車の上、パンダグラフ付近に座り観光地の城を目指した。
 あたりは観光地付近だというのに暗く、静かだった。みー君は一時間ほど時間をかけて井戸にたどり着いた。城の石垣の隣り、ぽつんとある古井戸に金髪の髪が揺れているのをみー君は見た。みー君の目は見開き、徐々に怒りに変わっていく。
 「ふむ。やっと来たか。待っていたぞ。天御柱。」
 井戸のすぐ横に立っていたのは語括神マイだった。金色の短い髪に鋭い瞳、口にはわずかに笑みを浮かべている。白い着物に赤色の花がアクセントについていた。月明かりの中でその着物は美しく映える。
 「お前……。あいつを操ったか?」
 「あいつ……とは、風渦神の事か?」
 「そうだ!」
 マイに対し、みー君は声を荒げた。
 「ああ、その通りだ。奴に天御柱を元に戻せる術があると教えた。あの時の事を思い出すたびに……ああ、ぞくぞくする。あの子はすべて私の思い通りに動いてくれた。」
 マイは頬をわずかに赤らめ、狂ったように笑う。
 「なんで俺をハメた……。」
 みー君は鋭い瞳でマイを睨みつけながらマイに向かい歩き出した。
 「それはこないだの仕返しだ。お前の断末魔、いい声だったぞ。そしていいザマだった。こういう物語を傍観できるとはたまらなく興奮するな。お前の情けない顔がしばらくわたしのおかずになりそうだ。ははは。」
 マイはうっとりとした顔をみー君に向け、そしてまた笑い出す。
 「ふざけんな……。」
 「今回は悪役を演じてみた。いいだろう?影の悪役ってやつだ。悪役の裏を操る悪役。考えただけでもドキドキするだろう?そして悪役はこうしてヒーローにすぐに見つかる。まったく滑稽だ。」
 みー君は乱暴にマイの胸ぐらを掴んだ。
 「てめぇだとわかんねぇ方が良かったぜ……。わざと糸を残しやがったな。」
 「やはりそれでここにきたか。わたしはもうワイズの傘下であり、あなたの下についている者。人間に直接手は下していない。わたしが下したのは神だ。人間がダメなら神でやるしかないだろう?ふふ、悪役が最後まで逃げ切れたら悪役ではない。こうやって捕まるのが常だ。ああ、急に現実に戻されたな。物語はここまでか。」
 「……てめぇは全部見てやがったのか……。サキが傷つきながらも必死で動いているのをお前は笑ってやがったのか……。」
 みー君はマイの胸ぐらから手を離した。
 「まあ、太陽の姫はよく動いてくれた。わたしの中の評価は高い。……なんだ?怒っているのか?ふ……当然か。」
 「部下の不始末を黙ってみているわけにはいかねぇ……。」
 みー君の言雨がマイを射抜く。マイは震えながら笑っていた。
 「あなたの顔は部下を罰する時のものではないぞ。自己の感情が入り込んだ顔だ。その表情、なかなか出せるものではないな。……ああ、いや、すまない。上司であるあなたのお仕置きはしっかりと受けよう。紳士なはずのあなたがわたしに何をするのか。」
 「お前は許さない。本当はその腕を斬り落としてやろうと思ったが……やめた。俺は女には優しいんだ。お前は女であった事を喜べ。そして腕を斬り落とされるよりも遥かに辛い罰を受けろ……。」
 みー君は荒々しい言雨をマイにぶつける。マイは意思とは正反対にみー君に対し、額を地面につけた。
 「……封印か?ぬるいな。顔に余裕がないぞ。あなたはどんなに憎しみが積もっても女だからと言う理由で殴る事もできないのか。」
 みー君はこのマイの発言で前も後ろも見えなくなるほど激怒した。もうマイの挑発を軽く流せるほどの感情がみー君にはなかった。
 「……んだと!立てっ!今すぐ立て!」
 みー君の怒鳴り声が静かな城に響き渡る。マイは額を地面から離すとすっと立ち上がった。そしてフッと微笑んだ。
 「それを望むならお前が後悔するまでぶん殴ってやるぜ……。死んじまうかもしれねぇがなァ!」
 みー君が奥歯を噛みしめたまま、こぶしを振り上げる。マイに当たる寸前、影がマイとみー君の間に飛び込んできた。
 「……っ!?」
 みー君は影に驚き、慌てて拳を引く。
 「みー君……今回のみー君はさ……人を傷つけてばかりだね……。」
 みー君とマイの間に入って来たのはサキだった。
 「さっ……サキ……なんでここに?」
 みー君は震える右手を左手で覆いながらサキを見た。
 「あたしはさ……今、みー君に会いに来たんだけど、会いたかったのはこんなみー君じゃない。」
 サキは酷く切ない顔をしていた。
 「……っ。」
 みー君はサキの頬の傷を見、苦しそうに目をそむけた。
 「……『後悔するまでぶん殴ってやるぜ』だって?……みー君、どうしちゃったんだい?なんであたしはみー君のこんなところばかり見させられるんだい……。あたしは悲しいよ。それがみー君の本性だって言うのかい?」
 サキはみー君の肩にそっと手を伸ばした。もうみー君がサキを傷つける事はなかったがみー君は震えながらサキを拒んだ。
 「……っ。悪かったな……。サキ。」
 「……。みー君……。」
 サキはみー君の肩に再び手を伸ばす。サキを怯えた目で見つめていたみー君だったが今度は拒まなかった。
 「なるほど。天御柱はこんな簡単に自身のルールを破れるのか。ここで輝照姫が何もしなければあなたはわたしを気がすむまで殴っていたな。部下にはああ言っておいて自分は守らない。……なるほど。」
 マイは冷汗をかきながらニヤリと笑っていた。みー君は両の拳を握りしめると悔しそうにうつむいた。
 「あんたもあんただ……。みー君の優しい心を踏みにじってこんな事をするなんてさ。」
 サキはマイに振り向くと威圧のこもった目で睨みつけた。
 「優しい?この神のどこが優しいのだ?」
 「みー君は優しいさ。女性に手を上げないってそのルールを作れる事があたしは凄く立派だと思う。男神は力強くて荒々しい、猛々しい者が多いけど女神は物を作ったり物を守ったり育てたり母性を持って接する者が多い。人間は男女平等って言うけど神はそうじゃない。まったく別の種として女神と男神は存在しているんだ。女神は違う方面で大きな力を持っているけど物理的な力を持っている男神には勝てない。そこで気性の荒い厄神に対し、みー君はそう言うルールを作ったんだと思う。あんたは弱いくせにみー君に喧嘩を売るなんて凄い根性していると思うよ。あたしは。」
 サキは冷たい瞳でマイを見つめていた。
 「あなたは人間だけでなく神も守るのか。ふっ……まあ、いい。わたしはあなたが守ってくれたので逃げる事にする。」
 「!」
 マイは不敵に笑うと背を向けて歩き出した。
 「まっ……。」
 サキが叫ぼうとした時、みー君がサキを止めた。
 「……もういい。……サキ、止めてくれてありがとう。危なかった。」
 「みー君……。」
 みー君は暗く沈んだ顔をしたまま、拳の力を緩めた。
 「おねーちゃん!」
 その後すぐライがマイを追って走っているのが見えた。
 「ライか。」
 「おねえちゃん……。なんであんなことを……。」
 ライは影から会話を聞いていたらしい。みー君に逆らうなんてライには考えられない事だった。
 「ああ……。この前の仕返しと上に立つ偉そうな神を苦しめてやりたかったんだ。わたしはただの芸術神。なんだか腹が立ってな。いや、かなり怖かった。だがなかなか楽しかったぞ。」
 マイはそう一言つぶやくとライの前から姿を消した。
 「おねぇちゃん……。私達の力はそんな為にあるわけじゃないよ……。おねぇちゃん!」
 ライの悲しそうな声は闇夜に溶けて消えて行った。
 ライはそのまま姉のマイを追い、走り去った。
 「……ダメだなあ。俺。最悪だ。お前が止めてくれなきゃあ……やっちまってた……。」
 みー君はぺたんと座り込むと自身の震える手を暗い瞳で見つめた。
 「みー君、神もある意味人間と似てるとこがあると思うんだよ。ライはマイを凄い心配してた。みー君、もしあそこでみー君がマイを自分の感情だけで殴ってしまったらさ、ライはどうなるのさ?ライは何も悪い事してないのに悲しむんだ。」
 サキは下を向いているみー君を見据える。
 「お前は……俺にあんなにされて、事件に巻き込まれて余計な仕事を増やされて大怪我して……なんで誰に対しても怒りをぶつけないんだ……?」
 みー君はいつものみー君ではなく、かなり弱々しい顔つきでサキを見上げた。
 「あたしは別に怒ってなんてないよ。まあ、あの少女達を操ったのは怒ったけども。今回はみー君を助けてあげたかった。ただそれだけであたしは動いたのさ。……まあ、結局はみー君に助けてもらっちゃったけどねぇ。」
 サキはほっとした顔をみー君に向けた。
 「俺はお前を傷つけただけで何もしてねぇ……。」
 「何言ってるんだい!助けられたよ!それと、そんな情けない顔をしない!あんた、これからもあたしを助けてくれるんだろう?違うかい?みー君……ううっ……。」
 サキは話している途中、ふらりと倒れ込んだ。みー君は慌ててサキを抱く。
 「おい!サキ!」
 「うう……やっぱり少し頭が痛い……。」
 「お前、無茶するから……熱出てるぞ!」
 サキは熱を出していた。みー君は慌ててサキを抱きかかえると金を探した。陸にいるはずのサキがここにいるという事はさっき、マイを追って行ったライと弐の世界を渡れる金がいるとみー君は踏んだ。
 金はすぐに見つかった。ハムスター姿でほお袋パンパンにしてマヌケにもトテトテ歩いていた。
 「金!」
 ―ふあ!?な、なんだ?―
 金はビクッと身体を震わせるとみー君を見上げた。
 「いますぐ、サキを陸に送りたいんだが……。」
 ―弐の世界を開いてくれたらいけるぞ。―
 「クソ……。それでライがついてきたのか。」
 みー君は舌打ちをした。しかし、すぐにいい事を思いついた。
 「そうだ。天記神の所から弐に入ればいい!」
 みー君は金を無理やりつかむとサキを抱え走り出した。
 ―むお!お腹を持つのはやめよ!優しく横からァ!―
 金はジタジタ暴れるがみー君はそのまま走った。なにせ、色々と時間がない。今、何時くらいだかわからないが図書館が閉まってしまうかもしれない。みー君は風なので閉まってしまった図書館に侵入できるがサキと金はドアをすり抜ける事ができない。サキは人間に見える神なので構造が人間と一緒だ。そして金はまだ生きているハムスターだ。
 みー君は必死でかけた。それでは間に合わないと思い、サキを抱きながら空を飛ぶ。
 きれいな月と星、流れる雲が嵐が過ぎ去った事を物語る。もう一、二カ月前の猛暑はどこへ行ったのかかなり寒い。秋の気配に身をゆだねながらみー君は必死で図書館を目指した。
 もうだいぶん遅い時間だというのに何故か図書館は開いていた。
 「……ウソだろ……。いつまでやってんだここは。」
 ドアは開いていたが中は暗い。もうとっくに閉まっているようだが偶然か必然かドアが開いていた。みー君は構う事なく中に入り込み、真っ暗な図書館に侵入し、天記神の本を探した。
 「っち……。夜目はきかないんだよ。俺は……。見えねぇ。」
 ―右の一番端に白いのがあるぞ。―
 金は手足がぶらぶらのままぶっきらぼうにつぶやいた。持ち方が気に入らず機嫌が悪いようだ。
 「お前、見えるのか!」
 ―ふむ。夜行性故な。―
 みー君は助かったとつぶやくと金が指示した方向に手を伸ばし、さっさと白い本を手にし、開いた。

最終話

 「お待ちしておりました。」
 「ん?」
 みー君が気がついた時には天記神がお辞儀をしていた。周りを見回すと天記神がいる図書館の前に立っていた。
 「サキ様をすまないでござる。」
 天記神の横からサルが顔を出した。茶色の髪を頭の上で髷にしており、橙色の着物を着ている。目は見えているかわからないくらい細い。そしてかなり動揺していた。
 「ああ、この図書館は霊的太陽、月とも繋がっているのですよ。まあ、向こうから門を開いてくれないと入れませんが……。輝照姫様がいなくなってから太陽は大騒ぎだったようで、サルがここまで迎えにきたそうです。」
 天記神はみー君が持っている金を優しく手に乗せるとそっとみー君を見つめた。
 「ああ、そうか……。助かった。サキは熱を出している。早々に太陽に帰したほうがいい。俺のせいだ……。すまない。サキが何をしにきたか知らねぇが後で話をするから今はおとなしくしてろと言っておいてくれ。」
 みー君は早口でまくしたてるとサルにサキを渡した。
 「いや、天御柱様も共に陸へきていただきたいでござる。サキ様がまたあなた様を追って壱に向かわれたら困るので……。」
 サルは必死な顔でみー君を見た。みー君はため息をつくと小さく頷いた。
 「はあ……わかった。行く。……天記神、金をKに返せるか?」
 みー君は今度、天記神に目を向ける。
 「大丈夫です。鶴を使ってあの歯科医院の院長様にお返しいたします。」
 「頼む。……金、世話になった。もうお前はゆっくり休め。」
 みー君は金をツンと突くとそう言った。
 ―む……。かなりの残業だぞ……。後でひまわりをもらう。青はもう戻っているようだな。ご主人からお芋をもらっている。私も早く帰りたいぞ!ご主人!―
 「お前もとことんネズミっぽいなあ……。呑気なやつだ。」
 みー君は呆れながらつぶやいた。
 「輝照姫様を……サキちゃんをよろしくお願いしますね。」
 天記神はサルとみー君にそっと手を振った。
 「ああ。迷惑をかけたな。」
 みー君はそう言うとサルが開いた太陽へ続く門をくぐって行った。みー君が鳥居をくぐると鳥居は風のように消えてなくなった。天記神と金はふうと大きなため息をついてヘナヘナとその場に座り込んだ。


 「はっ!」
 サキはまた目覚めた。気がつくと布団の上にいた。
 ……ああ、やっぱ無茶するんじゃなかったよ……。
 「サキ……。」
 「うわっ!」
 目の前にみー君がいたのでサキは驚きの声を上げた。変な所に力がかかってしまったのか傷に響きサキは悶える。
 「大丈夫か!サキ!」
 みー君は心配そうな顔でサキを見ていた。
 「んあ……。いてて……。みー君!あんた、色々と大丈夫かい?」
 サキが心配している所はそこだった。みー君には覇気がなく、いつもの元気もない。サキはみー君を元気つける為だけにみー君に会おうとしたのだ。
 「大丈夫って……お前の方が大丈夫か?」
 「あたしは平気だよ。」
 サキはみー君に微笑み、ゆっくりと起き上った。みー君はサキの頬に目を向ける。
 「顔の傷……俺が治せたら良かったんだけどな……。」
 「大丈夫さ。傷が残っても姉御な感じでかっこいいじゃないかい。」
 サキは元気に答えた。みー君にはそれが空元気である事がわかっていた。
 「無理するな……。」
 「……。」
 みー君の一言にサキは黙り込んだ。
 「すまない……。」
 みー君は苦痛の表情でサキにあやまった。もう何と言ったらいいかわからなかった。
 「いいよ。あたしは大丈夫さ。しかたないし。事件の渦中に入り込む事が多いし、怪我をする事もたぶんこれからきっとあるからさ。」
 サキは掛布団の布を握りしめながら震える声で言葉を発した。
 「お前は……お前は怪我をしてはいけない神だ!お前は太陽の頭なんだぞ!お前が弱ったら太陽が酷い目に遭う。俺が甘かった。俺がお前に任せっきりだったから!」
 みー君は震える手でサキの肩を揺する。
 「みー君……もうこの件は終わったんだろう?だったら次に目を向けないと……。これからみー君はあたしを全力で守ってくれるんだろう?紳士だもんねぇ。」
 サキはふふっと笑った。そのサキの顔は痛々しいほどに歪んでいた。
 「サキ……お前は……優しすぎるんだ……。クソ……。いっそのこと恨まれた方が良かったぜ……。」
 「そんな事言わないでおくれよ。あたしは別に恨んでなんかないよ。今回、うまくいったのも全部みー君のおかげでみー君はあたしが勝手にあの子達に約束した奇跡を冷林に起こさせてくれた。あたしはすごく嬉しかったよ。ただ、みー君が辛そうだったからさ、さっき会わないとって思ったんだ。」
 「サキ……。」
 みー君が泣きそうな顔でサキを見るのでサキはみー君の頭に手を置いた。
 「あたしは怒ってないよ。だから安心しておくれ。」
 「ちょっ……てめっ……何しやがるんだ!」
 サキはみー君の頭をそっと撫でた。みー君はなんだか恥ずかしくなりサキの手を掴むとぎゅっと握りしめた。
 「みー君、元気出てきたね。あたしはほっとしたよ。」
 「ああ、お前の優しさのおかげだな。」
 「じゃあ、みー君、今度ジャパゴの主題歌を歌っているヒコさんのライブに一緒に行こうじゃないかい。」
 サキはどこか楽しげにみー君を見つめた。それを見たみー君も少し切なげに微笑んだ。
 「まあ、それは付き合おう。だが無理はするなよ。今はゆっくり休め。後は俺がなんとかするから。」
 みー君の言葉にサキはニコリと笑うと再び横になった。
 ……この女は強い……。太陽神の頭にふさわしい性格をしてやがる。それ故に壊れた時が怖い。やはり俺はこいつを全力で守らなければならない。今回のような俺の過失がこいつを酷く苦しめる。俺は間違いを起こしてはいけない。こいつの厄を慎重に調べないと。
 みー君はサキを眺めながらそう決心をした。


 あれから一カ月ほど経った。サキの体調はすっかり元に戻り、傷もなくなった。心配していた頬の傷もきれいになくなり、サキは元気を取り戻した。今はみー君と共にジャパゴのライブに行く途中である。太陽がキラキラと輝く雲一つない晴天だが風は冷たい。もう冬が近いのかもしれない。
 「まさか、この前来たこの城でヒコさん……えっと本名はコウタさんだったっけね……がライブをやるなんてねぇ……。」
 「ああ、あの男も突拍子もない事を考えるぜ。」
 サキはジャパゴのグッズを沢山持ちながら古井戸のある城へと向かう。みー君はこんなに持ってやがったのかと驚きの表情でサキを見ていた。
 「ん?」
 サキはふとこちらを向いている子供と目が合った。ここは堀から城へ続く橋の途中だ。子供は遠くでもう一人の子供を呼ぶとこちらに向かい走ってきた。近くに来るにつれてあの時の少女達だとサキはわかった。
 「あ!あの!」
 セレナが真奈美を連れてサキに声をかけてきた。
 「ん?」
 「あの……変な事を聞きますが……私の夢に出て来た神様ですか?」
 セレナと真奈美には壱の世界でみー君は見えない。二人ともサキに話しかけていた。
 「夢?さあ?いやー、でも元気そうだねぇ。」
 サキはしらばっくれる事にした。あの件は夢でいいのだ。少女達はこれから現実と向かい合っていかなければならない。だからもうサキが関わる事はない。
 「奇跡です。実はあなたに似た人が夢で出てきて……真奈美も同じ夢を見てて……それで……真奈美が元気になって!お医者さんもびっくりしてました!そしてまた、奇跡で私達元気になって会えたんです!それで……やっぱり停電の時に……」
 セレナは興奮気味にサキに話しかけている。サキはふふっと笑った。
 「セレナ、いきなり知らない人に声かけたらびっくりしちゃうよ。あの夢は私達の秘密でしょ。」
 隣でツインテールの少女、真奈美がセレナに向かい頬を膨らませた。
 「ああ、えっとごめんね。あ、ごめんなさい。あんまりに似ていたから声かけてしまいました。」
 セレナは真奈美に軽くあやまるとサキに目を向け再びあやまった。
 「よかったねぇ。奇跡は信じてみるものだよ。あたしも信じようかな。」
 セレナと真奈美はお互い輝かしい笑顔を向けると鬼ごっこをしながら去って行った。
 「ふう……冷林の奴、とことん奇跡を起こしてくれたぜ。」
 みー君が楽しそうに走り去る二人を疲れた顔で見つめた。
 「さすが冷林だねぇ。あたしはまさかあの二人がもう一度会って元気に走り回っているとは思わなかったよ。とくにあの真奈美って子、あの子、集中治療室にいたんだろう?天記神から聞いたけどさ、まさか一カ月で走り回るほど元気になっているなんてねぇ。」
 サキは気持ちよさそうに笑った。なんだか清々しい気分だった。
 「ま、たまにこういう突拍子もない事が起こる事もあるさ。」
 みー君もサキにニコリと笑いかけた。
 「そうだねぇ……って、ああ!というか、もう会場に入れるよ!急ごう!みー君!」
 サキはみー君を引っ張り走った。みー君は半ば引きずられる感じでサキについて行った。
 「ああ。わかったよ。」
 みー君はサキの笑顔が戻った事に心底ほっとしていた。サキの眩しい力は正直、みー君には辛い事もあるがそれでもみー君はしばらくサキと行動を共にする事を誓った。


 奇跡は起こる。真奈美とセレナはお互い、夢かもしれないあの出来事を一生忘れないだろう。きっと大人になったらこれは曖昧な記憶になってしまうかもしれないがこんな事があったという出来事は忘れない。大人になって二人の少女は離れ離れになってしまうかもしれない。でも奇跡の事を思い出し、そっと微笑むだろう。そしてまた、あの時に帰りたいと思い、二人はまた再会する。
 ……そしてまた笑い合うだろう。きっと。

旧作(2011年完)本編TOKIの世界書二部「かわたれ時…3」(太陽神編)

今回は「憧れ」がテーマでしょうか?
物語が少し動き出した感じです。全体的にサキ編で起承転結でいうと今は転です。

旧作(2011年完)本編TOKIの世界書二部「かわたれ時…3」(太陽神編)

憧れを抱き続けるとそれが崩れた時にひどく幻滅する。昔はこういう人だったのにと自分もこういう人になりたかったのにと。 でもそれは勝手に憧れを抱かれた人にとってはいい迷惑である。その人もその人なりに変わろうとしているのだ。 憧れを抱いている側がその人を縛ってはいけない。

  • 小説
  • 長編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-10-04

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  1. 理想と妄想の紅
  2. 二話
  3. 三話
  4. 四話
  5. 五話
  6. 六話
  7. 七話
  8. 八話
  9. 九話
  10. 十話
  11. 最終話