戦国BASARA 7家合議ver. ~戦国武将の結婚事情  慶次と秀吉と元就の場合~

はじめまして、こんにちは。
どうぞよろしくお願いします。

これは戦国BASARAの二次創作作品です。
設定にかなりオリジナル色が入っている上、キャラ崩壊が甚だしい・・・。

別物危険信号領域。


かなりの補足説明が必要かと思いますので、ここで書かせて頂きます。

オールキャラ前提で、皆の気配はちらほらとありつつ。

カップリングとしては、豊臣秀吉×毛利元就。
より正確には、秀吉×ねね・長曾我部元親×毛利元就 前提の、豊臣秀吉×毛利元就。

チカナリからのヒデナリ万歳。
皆もっとヒデナリを書こう?!



前提としては・・・。

まず、家康さんが元親さんに、こういう提案をしました。『天下人が1人じゃなきゃいけないって縛りが、戦国が終わらない元凶じゃね? 日の本を7つに分割して代表家を決め、その7家の合議で政治をしてけばいんじゃないの?』という提案です。

元親さんが乗り、慶次さんが乗り、『中国地方は我の物』が口癖の元就さんが乗り。
九州→島津家、四国→長曾我部家、中国→毛利家、近畿→豊臣家、中部→前田家、関東→徳川、東北(奥州)→伊達家、という担当になるの前提で、7家同盟が成立している状態です。

代表家になる予定ではないながら、謙信公と信玄公も理想に共鳴し、助力してくれてます。

この先は、合議制なんて反対だっ! って言ってる人たちを武力で纏める段階は、
何とか過ぎました。えぇ、いつの間にか過ぎました。

今は、7人全員が征夷大将軍、という前代未聞の勅許が、そろそろ貰えそうな感じです。


そして鶴姫さんが元就さんの事を、何故か『兄様』って呼んでスーパーブラコン状態発動です。
元就サンも『明(あかる)』ってオリジナル名前で呼んで、スーパーシスコン状態発動です。

実は2人は『陰陽8家』という、術者を纏める裏組織の西ツートップ。
幼い頃から色々あって、2人で生きてきた的な部分がかなり強く・・・という、設定があります。
えぇ、オリジナルです。

『陰陽8家』の設定は、今回、全然出てきません。スルーしても読めますので、ご安心下さいませ。


今回投稿したこのお話は・・・。

朝廷内部での協力者・近衛前久卿が、近衛家の政略の為に、秀吉さんに縁談を持ってきました。
が、元就さん大事な秀吉さんが応える訳もなく。大事なのは元就さんの事だけでもなく・・・。

元就さんが秀吉さんの、心の柔らかい部分を守るお話、かな。

再婚同士は、色々あるのさ。


で、慶次さんももうイイ歳なんだし、そろそろ嫁でもどうよ、近衛さんトコの娘さんとか、どう?
って話です。

エロは無いッスっっ!
体の接触だけが、オトナの愛情表現ではないのですよ、うん。

(入れたかったけどタイミングが無かった・・・。)

色気のある仕草は、結構あるんだけどね・・・。


こんな感じでオリジナル設定てんこ盛りのお話ですが、楽しんで頂ければ幸いです。
本当に、この上なく幸いです。

チキンハートに石を投げないでっ。

戦国BASARA 7家合議ver. ~戦国武将の結婚事情  慶次と秀吉と元就の場合~

 彼の修練を見るのが、好きだった。
 寡黙に、ストイックに、基礎練に励む様を見るのが。

「型をなぞっているだけだ。
 こんなモノ見て、楽しいのか?」

 彼はそう言って苦笑するけれど。
 毎晩、大阪城や屋敷の私室の、前庭で。格闘の技と基礎から向き合い続ける。その姿勢に秀吉の誠実さが表れているようで。
 倦む事なく繰り返される技のそのキレが、秀吉の武将としての格好良さを表しているようで。
 縁側の柱に凭れ、右腕を預けながら。定位置に座した元就は、彼の修練を見守るのが大好きだったのだ。



 絶っっっ対にコイツらは誤解している。安芸毛利にその人あり、謀神、詭計智将、着流し集団のボス、インテリヤクザ、悪徳高利貸し。悪し様な二つ名にだけは、妙に自信がある。
 その、この自分を。この妹は、兄ではなく実は『姉』だと思っていたのではなかろうか。
 元就は絶望的な気分で愛しの妹と、妹との共通の友と、そして己が盟友を眺めていた。

「チキチキッ! 第(ピー)回、同盟軍幹部参加の『女子会』を始めま~すっ♪」

「司会進行はこの私、今年結婚7年目にして、未だピチピチ17歳♪ 政宗様大好きなヤンデレお姫様・伊達家正室・愛(めご)と!」

「インテリヤクザの妹はやっぱりインテリヤクザだった! 任侠一家に嫁いだらヤンデレも直るのか? 毛利妹こと鶴がお送り致します♪
 皆様お待ちかね、今回、ご相談にお見えになったのはこの御方、前田慶次さん♪」

「どうも~♪」

「ご相談内容はいたってシンプル、三千世界、洋の東西を問わず全ての殿方が一度は通るお悩み『彼女が欲しい』!
 慶次さんにカノジョを作るには、どんな風に世界を改竄すればいいのか。
 今回は皆さんに、ソレをご一緒にお考え頂きま~す♪」

「その三流漫才師の如きノリを、いつまで続ける気だ。
 明、愛(めご)姫。」

「え~? 兄様がそうやってノッて下さるまで、です♪」

「・・・・・・。」

 しまった、ノっちまった。
 そう考えてしまう時点で元就は、自分が妹の悪影響を受けている気がしてならない。ノリの問題ではなく、今『ココ』で。安芸は毛利家・元就の私室で。男である兄を交えて『女子』会を開く事こそが、問題なのだが。
 呻く元就は、意味もなくこめかみなど揉んでみる。
 言う事はひとつだった。

「外でやれ。『兄は』女子会なぞ聞きたくない。」

「にゃんですとっ?!
 兄様、ひどい・・・璃空から帰って以来、ずっと秀吉公の御許に入り浸ってるのに・・・久し振りに安芸に帰ってきたと思ったら、妹と全然遊んでくれない・・・・。いくら彼氏とラブラブで上手くいってるからって・・・からって・・・っ。
 妹は悲しいです。実に悲しいです。」

「秀吉に着物買わせて喜んでた賢妹がよく申すわ。
 中国地方の執政に滞りが出ない程度には、ちゃんと帰ってるぞ。行ったり来たり、コレで結構大変なのだからな?」

「妹を即物的な物欲人間みたいに言わないで下さいっ。
 それに、だからって何日もお泊まりの上、朝帰りしなくてもいいじゃないですかっ。」

「そなたこそ賢兄を、荒淫を重ねる下半身ズボラ人間の如く申すでないっ。
 領地が隣接しておるからと申して、白湯の冷めぬ距離ではないのだ。何日『か』、泊まるのは当然の仕儀。朝方に城に帰ったは、単に旅程の問題ぞ。」

「ストレートに言いましょう・・・。
 遊んで兄様♪」

「だが断るっ。」

「秀吉公ばっかりズルいッ! 私も兄様と遊びたいっ!!」

「大阪や京都の歓楽街で、遊び回っておると思ってるのであろう? 違うからなっ?!」

「まぁまぁ、毛利公?♪」

 兄妹の不毛な口喧嘩に終止符を打ったのは、誰あろう愛姫である。
 伊達家正室・・・『あの』政宗が生涯で唯一と定めた妻で、古く坂上田村麻呂の血を引く田村家の末裔である。戦をはじめ外仕事が好きで、関東に出張してまで武田と上杉の戦に首を突っ込んだ事もあれば、京都に出張しては盟友たちと飲み会・・・もとい、会議を重ねたりもする。そんな感じでよく奥州を空ける夫に代わって伊達家を纏め上げている女傑。伊達家の内政は、正しく彼女で回っているのだ。
 身の丈は鶴姫より少し小柄なくらいで、癖の強い栗髪を腰まで伸ばしている。雪国の人間は肌が白いというが、彼女は外遊びが好きなせいか、肌色は健康的に日焼けしていた。屋外は好きでも武芸の才は皆無で、手足にあまり筋肉は付いていないが、代わりに女性らしい柔らかさを備えている。
 政宗にぞっこんのヤンデレで、可愛らしい系統の美人。それが伊達家が誇る内政家・当主の一の方・愛姫だった。

「お気持ちはお察し致しますけれど、此度の慶次殿のご相談。解決には、公のご意見がどうしても必要ですの。」

 没落名家の出のせいか、彼女の口調は・・・口調『だけ』はおっとりしている。
 だが聞き飽きるとか苛々するという種類ではなく、柔らかく、しっとりと優しい声音は耳によく馴染む。『気疲れした時は愛の声を聞くに限る。』と政宗が零しているのを聞いた時は、人嫌いの元就には矛盾して聞こえたものだが。聞いてみると成程、耳に心地よい声だった。
 元就とも、割と気が合う方ではあるが・・・。
 この茶飲み友達の声に、今、騙されてやる気はない。

「重々しく申してみせても、結局『この』慶次の相談だぞ?
 『彼女が欲しい』などと、10代半ばのような浮ついた事を申しおって・・・明、愛姫。そなたらの知り人を集めて、合コンでも開いてやったらどうだ?」

「お甘いですわ毛利公っ。
 定職ナシ、放浪癖アリ、家事能力ナシッ! ご実家が名家で顔が良い『だけ』で釣れる程、イイ女の審美眼は甘くありませんの。」

「武芸は達人級だとか、人脈はお持ちだとか。そういうのって武将としては凄いんですけど、女の子の目を惹く凄さじゃないんですよね~。
 何というか・・・所謂『イイ人止まり』っていう? 社交的なご性格でもあるんですけど、男友達と飲み騒げる社交性と、女の子を口説ける社交性は違うっていうか。」

「好き放題言われておるぞ、風来坊。」

「返す言葉もございません。」

 行儀良く膝を揃えて滂沱の涙を流す風来坊は、元就の許に至るまで、相当にダメ出しされて来たらしい。流石に少し哀れになって、真面目に考えてやるかと、元就は閉じた扇で口許を押さえた・・・押さえようとして、ふと、その扇を見る。
 黒漆の上から螺鈿を施した小振りな扇は、秀吉が贈ってくれた物だった。
 高価な物ではない。仕事の合間に京を歩いていた時、偶然覗いた小さな小間物屋。そこに元就の気を惹く扇があって、秀吉が、お前に似合うからと言って買ってくれたのだ。
 たったそれだけの、扇。

「取り急ぎ我が気付くのは・・・。
 まずもって進物の筋が宜しくない。雑賀の頭目相手に、生花を贈った事があると申しておったろう。孫市に同情したぞ。」

「元就?!
 なんで?? 花って言ったら、女の子が一番喜ぶモノなんじゃないの?!」

「その発想が短絡だと申すのだ。
 贈られる側に立って考えよ。生花などというものはな、結構、扱いに困るのだぞ? 保ちの良い花でも結局は萎れるし、どんな名品、珍かな花でも萎れた姿は汚いし、では捨てようと思っても、相手の目に付かぬ場にと気遣わねばならぬ。者によっては、捨てる時に一抹の罪悪感を抱く者もおろうな。
 贈るなとは申さぬし、喜ぶ女子もおらぬではなかろうが。
 基本、仲が深まってから贈る類のモノであろう。同棲、同居、あるいは、捨てる時に気を回す必要が無い程に仲が深まってから、な。
 その前に贈るのだとしたら、その進物は真面目に口説く為のツールではなく、挨拶、礼儀、サプライズ。その程度の意味合いの進物であって、相手の女との付き合いも、浅い関係に留め置くぞ、という宣言になる。無意識に『そう』発してしまっているのだ。
 継続して『未来の妻女』として付き合いたい相手に、何か贈りたいのであれば。
 初めの内は、むしろ物の方が良かろう。無論、自分が贈りたい物ではない。相手の欲しい物を、だがな。
 どうやってソレを判断するのか、などという愚問は問うてくれるなよ、風来坊。相手が何を欲しているのか。ソレを知る事が、即ち相手を知る事。相手を理解する事ぞ。
 たかが進物、されど進物。
 須らく、とは言わぬ。が、まともな物を贈れるかどうかで、ある程度は、察せられるモノだ。その男が、口説きたい女をどの程度理解しているか。あるいは、理解しようと努力しているのか。どのように見ているのかが、な。
 女、即ち花、などと短絡に考えている内は、まだまだぞ。」

「流石ですわ、毛利公・・・!
 贈られ慣れた御方、特有の有意義なご意見。愛は感動致しました♪」

「流石兄様、一目惚れされ続けて26年、ご経験は並ではございませんね。
 ちなみに、今お持ちの扇は、秀吉公からの?」

「まぁな。
 『仕事の合間に』京を歩いていて、偶然入った小間物屋で見つけたのだ。見るだけにしておこうと思っていたら、共に居た秀吉が、我に似合うからと申して買ってくれてな。
 戦に使って螺鈿が剥げては勿体ないから、風操りには使わぬが。
 なに、専用の扇を別に用意致せば良いだけの事よ、問題はない。」

「兄様ったら♪ 素直に『秀吉公からのプレゼントを血に染めたくない』って、仰ったら宜しいのに♪」

「ツンデレですわね、まったく。そこが豊臣公にはたまらないのでしょうけれど♪」

「うるさい黙れ。」

 目許を渋める元就の眼力を、女子たちは華やかな笑い声で受け流す。
 術能力者としての元就の異能は、風操りと大地操作。嵐を呼んで一国を吹き飛ばし、地面を割って100万の軍勢を散らす。特に植物操作が得意で、一夜と掛けず砂漠に巨大な森を創り出せる。一度使えば地形が変わる、それはそれは破格の力だ。
 その風操り、無手でも為せるが、扇を使って操った方が術としての効率は良い。最近扇を持ち歩くようになったのは、使い慣れた物を作る為、なのだが。
 黙って聞いていた慶次は想像した。
 扇を戦の道具として遣う『彼女』。その彼女が、自分の贈った扇を何食わぬ顔で持ち歩き、だがしかし、大切に握り締めて持ち歩くばかりで、敵を、人を傷つける事には使わない。別の扇をちゃんと用意している。仲間の前ではさりげない顔で普通に扇を見せ、訊かれれば、そこはかとなく喜色を漂わせて、贈り物だとミニマムライトに誇ってみせる。
 『あの』詭計智将が。

「カワイイ・・・めっちゃくちゃカワイイじゃんっ。
 俺もそんな可愛い彼女が欲しい・・・!」

「うつけめ。
 猿使い如きにそんなん口走られても、何が嬉しいものか。」

「慶次さんには、もうひとつ秀吉公が羨ましい事があるんですよね?」

「? ロクな事ではあるまいが・・・良い、申してみよ。」

「あのさ、あのさっ。
 元就、今度のねねの命日に、秀吉と一緒にねねの墓参りに行くんだろ?」

「あぁ、まぁ・・・。」

 流石の詭計智将にも、その一件が慶次の口から出てくるとは意外だった。墓に眠る人物が人物だけに、この男には言わずに済まそうと思っていたのだが。
 慶次の瞳に淀みはなく、チラリと鶴姫と愛姫を見遣れば、2人共澄まし顔で微笑んでいる。

「俺、鶴姫ちゃんからソレ聞いた時、ビックリしちゃって。
 今まで一度も参詣に来なかったアイツが、来る気になったのも驚きだけど・・・ソレを勧めたのが元就で、しかも元就も一緒に参詣するって。
 元就からすればさ、ねねは秀吉の『元カノ』だろ? ヤキモチとか無いの?」

「半兵衛にも驚かれたな、ソレ。
 元カノというか、もっと直截に申せば『亡き妻』であろう? 別に良い子ぶってる訳ではなく、悋気などガチで感じぬが。そういう発想自体が無かった。天才軍師から指摘されて初めて、そういうものか? と思った程度ぞ。
 我との間にトラブルがあった訳でなし、秀吉を取った取られたという話でもなし。前室の仏壇に継室が手を合わせるとか、普通であろう?
 ぶっちゃけ、もう死んでる相手だし。
 かの者の存在も、秀吉の一部。秀吉にとって負担になる別れ方でもあった。ココで更に我が下らぬ騒ぎ立てをしては、秀吉の苦しみが増すばかりであろう。
 それと猿使い、言葉の使い方を弁えよ。
 秀吉は参詣に『来なかった』のではない。『来れなかった』のだ。ねねの一件は、アレの覚悟の証。天下が定まるまで、墓前に立てるほど整理する余裕が無かっただけ。
 別に亡妻の墓がどうでも良かった訳ではない。
 その証拠に、三成が参詣するのも、三成が墓の手入れをするのも知っていて黙認していたと聞いたぞ、半兵衛から。
 っとに、アレはよく出来た『息子』よな。」

「はい、ねねの墓ほったらかしてたのは俺の方でした。
 すんませんでしたっ。」

「良し。
 戦火も殆ど収まって、朝廷からの勅許も程なく取れる。このような折に、かの者の命日が近いのも何かの縁。この辺りで一度、あの時の『覚悟』に向き合ってみるのも悪くあるまい。
 そう我から進言し、秀吉もソレを受け入れた。
 コレで当日、天気が少し曇っていれば完璧なのだがな。」

「? 何で? 晴れてる方が良いんじゃないの、そういう日って。
 元就だって日輪が好きだろ?」

「・・・我の墓に参るのではない。『ねねの』墓参りぞ。
 『ねねは』、快晴よりも、少し曇っているくらいの方が好きだったそうな。あまり眩しいのは好みではないと。雷の光る様を見るのが好きでな。鳴っているのが聞こえると、雨でも必ず外に出て、空を見上げて弱い視力を凝らしていたそうだ。
 墓参りの話を出してから秀吉に教えてもらった事なのだが・・・。
 そうか、慶次。そなたの方は、そんな事すら忘れてしまったのか・・・・・。」

「ごめっ、ホントマジごめんなさいっ!!!!
 怖ぇっ、マジで怒ってるし、目がインテリヤクザ状態だしっ。何でこのネタでマジで怒れんのっ?! ねねに怒られてる気分なんですけどっ?!」

「そなたが、秀吉にとって大事な人間を忘れているからだっ。
 ったく・・・。
 仕官の先は、その気になれば幾らでも選べよう。家事能力は、前田の妻女にでも仕込んでもらえ。どこぞの海賊風情でもあるまいし、放浪癖など努力次第で改善できよう。
 そういう表層以前に、そなたは人として、男としての魅力を磨く方が先決ではないのか?
 いくら実らずに終わった相手とはいえ、アレだけ拘っておった初恋相手の所作を忘れるとか有り得ぬであろう。」

「いっ、・・言い返せねぇ・・・。
 ていうか、ていうかっ、俺もそんな、『出来た』彼女が欲しいってハナシですよっ!!」

「ウフフ、毛利公ったらホントに豊臣公がお大事なのですね♪
 ねね様といい、毛利公といい。情を向けた方から同じように愛を返してもらえるという事は、それだけの魅力が豊臣公にお有りという事でございましょう。
 政宗様みたいに♪」

「愛姫様と政宗さんは、政略結婚だったのですよね?
 最初から政略づく、正室になる為に初めて伊達家にいらっしゃって、正室として政宗さんに初見を賜り、恋愛期間も無かったと。
 それで、いつ政宗さんを好きになるタイミングが?」

「そうね、政略づくだったわ。
 私11歳、政宗様が13歳。子供同士で、それも私の方が立場が弱くて。同盟の証の結婚で、私の実家・田村家は、その同盟が無ければ滅びる所だったの。
 くれぐれも伊達家の機嫌を損ねないようにと。輿入れの前の晩に、母上にきつく申し付けられたものよ。何をされても言われても、我慢せよと。
 でもね、伊達領に入ってから、私の世界は変わってしまったの。
 だって政宗様が、国境までお迎えに来て下さったのですもの。『お前はもう俺の妻なんだから、俺がお前を守ってやる。』って。あのヒト完全武装で子分たち引き連れて、花嫁行列を取り囲んだのよ? コレで表情が笑ってなかったら、同盟破棄かと誤解されてる所だったわ。
 片倉殿のハラハラした顔を、今でもよく覚えてる。
 箱入りで世界が狭かった私は、ひたすら驚いてしまって。そういう時の人間て、素っ頓狂な行動を取ってしまうものよね。
 政宗様にお願いしたの。お馬に一緒に乗せて下さいと。我ながら、一体何を考えていたのか・・・多分、政宗様の傍に行きたいとか、13歳の愛馬にしては大き過ぎる馬に圧倒されてたとか、そんな所だと思うのだけど。
 政宗様は笑って、まだ白無垢も着ていなかった私の手を掴んで、引き上げて下さった。
 そうしてご一緒にお屋敷に入って、侍女たちからのお説教には、私の手を引いて逃げ回って下さったの。『見せたい物が沢山ある。』と仰って、部屋一杯の宝物を見せて下さってね。どんな物があったのかまでは覚えてないけれど、私を歓迎して喜んで下さってるのは伝わってきたし、心細かった私には、それが何より嬉しかった。
 夢も語って下さったわ。
 奥州統一、天下統一。それに、南蛮貿易。
 『家を空ける事も多いだろうが、お前をアテにしてるからだ。』って。戦場で背中を守るのは片倉殿の役目、私の役目は、政宗様のお帰りになる伊達の家を、守る事だと。
 それもね、すごく嬉しかった。この人は私をちゃんと見てくれる。この御方にとって、私はどうでも良い存在じゃないのだって。重大なポジション過ぎて、期待通りに動けるか不安もあったけれど。この人が望んでくれるなら、やってみたいって思ったの。11歳の箱入りなりの決意よ。
 11歳と13歳だもの、流石に初夜には何もなかったわ。ずっと手を握って下さってたのは、覚えているけれど。
 でもね、政宗様に私に関心を持ち続けて欲しかったから、考えたの。年頃になって、政宗様のお相手が務まるまでの『繋ぎ』を。
 『伊達の流儀を学びたいので、どうぞお手ずからご教授下さい。』って。要は家庭教師をお願いしたのよ。
 お優しいのよ? 政宗様。
 武家の正室のクセに、武芸百般も馬術も、結局ロクに身に付かなかった。出来の悪い生徒をそれでも冷たく扱わず、『こんなに頑張ってるんだ』って。むしろ私のイメージアップに活用して、伊達家の中に私の居場所を作って下さったの。
 ご自分が戦やら何やらで家に居ない時でも、肩身の狭い思いをせずに済むようにって。
 馬術はね、ゆっくりと散歩程度なら行けるの。政宗様、本当は全力疾走で野駆けするのがお好みでしょうに・・・私の作ったお弁当を持って、よくピクニックにお付き合い下さるのよ?
 それにね、私の南蛮語は、全部政宗様に教わったの。
 辞書の引き方、アルファベットの読み方から教えて下さって・・・私の真意など、政宗様はご存知だったのでしょう。肩を抱いてご一緒に辞書を引いて下さったり、髪を撫でながら発音を直して下さったり。
 家庭教師プレイ万歳♪ って、何度思った事か。
 それでね、」

「その辺りにせい、愛姫。
 で? 前田の風来坊。今の話を聞いて、思う所を述べてみよ。」

 茶飲み友達の口を強制的にシャットダウンする元就。放っておくと、愛姫はそれこそ一日中でも政宗賛歌を歌い続けられる女性だった。
 元就から淡々と振られた慶次はのほほんとしている。

「思う所って・・・『独眼竜カッケー♪』みたいな?」

「感心して済ますな馬鹿者ォォオッッ!!
 愛姫の惚気を聞いて、己をどう処したいか、という事ぞ、今の話はっ! 我はそなたに、イメージトレーニングやら自分探しから施さねばならんのかっ?!」

「だって、だってっ!!」

「よし、では訊き方を変えてやろう。
 今の話。愛姫は婚儀を取り結ぶまで、独眼竜と一目たりとも会わなかった訳だ。それでも会ってから後は、独眼竜に男として惚れた。童の頃に大人どもの都合で初見を得ていながら、良き幼馴染みで終わらなかった理由は何だと思う?」

「・・・・・・・・・・・・・・お、男の魅力っ。」

「だから、その『男の魅力』とやらが愛姫に伝わった理由を述べよと申しておるのだが。
 そなたはまこと、唐変木の朴念仁よの。」

 他人の色事には首を突っ込むクセに。
 グリグリと扇を・・・こんな時でも秀吉に贈られたのとは別の扇の頭を、慶次の頬に押し付ける元就。その本気で蔑んだジト目に耐えかねて、慶次はロープを掴むように鶴姫に手を伸ばした。元就に叱られた時には、彼最愛の妹に助力を求めるに限る。

「つ、鶴姫ちゃんっ!
 鶴姫ちゃんが竜の右目に惚れた理由は? やっぱ賭け戦? 女の子って、やっぱ強い男の気配に敏感なモンかな?」

「私ですか・・・ええと、その・・・必ずしも、武力ではない気が・・・。」

「そうなのっ?!」

「えぇ、まぁ・・・正確にいつ、惹かれたかと問われれば・・・・賭け戦の前、に、思い当たる節があります、し・・・。」

「聞きたい聞きたい♪ 賭け戦の前に接点なんてあったっけ?」

「っっ、愛姫様ぁっ。」

「鶴ちゃんったら、可愛いわ♪ 片倉殿とのアレコレを話すのに慣れてないのね♪♪」

「根掘り葉掘り、女子高生かそなたはっ!」

「2人共ヒドイ・・・。じゃぁさ、元就は?
 俺、秀吉が元就に惚れてたってのも、2人が璃空から帰って来て初めて知ったんだけど。秀吉の理由も気になるけど、俺はそれ以上に、元就が秀吉に惚れた理由が知りたいなっと。
 元親やめて、秀吉にした理由は?
 つか、いつから秀吉が好きになったの?」

「・・・元親をやめた理由は、はっきりしておる。『置いて行かれるのがイヤだった』。
 放浪癖があって、利家だの前田の妻女だの、いつも『置いて行く側』のそなたにはピンと来ないかも知れぬな。」

「うっ、コレまた、返す言葉が見つからない・・・。」

 明後日を向く慶次とは裏腹に、元就は薄っすらと、静かな笑みを唇に乗せていた。
 もう決めてしまった者特有の、静かで、何処か郷愁すら感じさせる微笑だ。

「アレはいつか、異国の海に海賊として乗り出したがっている。日の本を、四国を安定させたいという願いの原動力には、海への情熱があるのだ。
 そして我は、元親の望む海に共に参ってやる事は出来ぬ。日の本を離れれば視力を失うというのもあるが・・・それ以上に『ひとつ所に留まって、腰を据えて医術や自然科学の研究に没頭したい。』。ソレが太平の世での、我が望み故。
 術者としての務めもある。
 『陰陽8家』はこれから潰す気でいるが、仮に潰せても、術者としての務めは一生付いてまわるモノ。混沌とする術者の世を、誰かが纏め上げねば表の世にも悪影響が出る。そしてソレが出来るのは、我が毛利家を置いて他にない。
 我には『日の本に居て』、やりたい事、やらねばならぬ事が多過ぎるのだ。
 元親は、そんな我の傍らには居てくれぬ。我が共に参ってやれぬようにな。一度海に出ればそれきり、二度と帰って来ぬであろうよ。
 我はな、置いて行かれるのが本当に嫌いなのだ。
 父母にも兄弟にも、甥にさえ、手酷く先立たれた過去がある。10の年に、信頼していた家臣たちの人格は豹変した。悪魔でも乗り移ったかのように、それはもう劇的な変化だった。我にとって、家臣たちは一度全員が死に絶えているのだ。人格的な意味でな。
 明は片倉家に嫁ぐだけ故、いつでも会えるが・・・。
 元親の奴、いつ日の本を出るのか。今日か明日か明後日か。まだ勅許は取れておらぬから大丈夫か。否、四国だけなら既に安定して久しいし、とっとと嫡男に家督を継がせて、経験を重ねたのを見届けてから出航するつもりかも知れぬ。否々、作りたいカラクリがあるとか申しておったし、まだ大丈夫、日の本に居るだろう。
 はっきり申そう。
 疲れるのだ、そういうのは。
 そうやって、トラウマを思い出しながらビクビク指折り数えるのは。
 怯える自分も、そうやって内心で袖に縋っている自分も、元親が止まらぬ事を知っている自分も。留まってくれぬ元親も。
 全てが苦々しい。重苦しくて、疲れる。
 そういう意味では、戦火を交えていた頃の方が、気楽ではあった。安定しない内は日の本に居てくれる。留まってくれないのは、敵対しているせい。
 己に対してそう、言い訳する事ができたからだ。
 今更そんな、半端な感情論で戦火をぶり返そうなどとは思っておらぬ。
 ただ、あのまま元親が出航致すギリギリまで関係を続けていたら。或いは別れたかどうかも曖昧なまま、本当に置いて行かれていたら。
 歴史に残る醜態を晒していたかも知れぬな。」

「毛利公が長曾我部公を刺していた、とか?」

「昼ドラの読み過ぎか? 愛姫。だがまぁ、近い事は否定せぬ。我ならもっと上手くやるがな。残るとしたら、『裏』歴史の類であろうよ。
 表の世には、病死とか事故死とか、謎の死とか。そんな感じで残るのが関の山ぞ。」

「やりそう・・・兄様なら、完全犯罪が成立しそう・・・むしろ長曾我部家を乗っ取ったりしてそう。乗っ取っても誰も気付かないくらい自然に乗っ取ってそう。
 なら兄様、兄様から秀吉公へのご好意にお気付きになったのは、いつなのですか?
 璃空への出航直前、私から思い切って振ってみましたけど・・・『そなたでも勘違いする事があるのだな』とか仰って、まともに取り合って下さいませんでしたよね?」

「そうだな、そなたに告げられた時は信じていなかった。
 実の所な、秀吉から告白される瞬間まで、我は、己が秀吉に惚れておる事を知らなんだのだ。否、ソレは正確ではないか・・・。
 秀吉の部屋で告白された後、返事を猶予して、自分の部屋に戻る途中で視力を失った。
 その時咄嗟に助けを求めたいと思ったのは、明でも元親でも、同じ船に乗っておった三成でもなく、秀吉であった。甘え方が卑怯な気がして、結局1人で戻ったが・・・。
 弱視が秀吉にバレるまでの2日間。最も気掛かりであったのは、バレて、伴侶と致すには重荷と判断され、あの告白は無かった事にして欲しいと言われたらどうしたものか、という一事だった。どうやら我は、ソレが恐怖であったらしい。
 バレてから改めて今一度告白され、安堵した。
 守りたいと言われ、抱き締められて、更に深く安堵した。
 そうしてやっと、だ。やっと、どうやら自分は『嬉しい』らしい、己は秀吉に惚れているのだと得心致した。」

「『やっと』過ぎです、兄様っ。得心するの遅過ぎっ。」

「そう言ってくれるな、賢妹よ。
 東の陰や、杉大方。あ奴らが、我に何を致したか。知らぬ訳ではあるまい?」

「っ、ごめん、なさい・・・兄様・・・。」

「別に良い。
 愛姫よ、我の感情はな、一部が完全に壊れてしまっているのよ。悪意に対するセンサーは度を越して肥大化し、反対に、好意に関するセンサーは瓦礫と化している。
 人より施されし好意もそうだが・・・それ以上に、己から人に向ける好意が壊滅的だな。平たく申せば我は、己が誰をどの程度、好きなのか。全くと申して良い程、判らぬのだ。
 妹は大切。徹底的に愛し、守って良い。
 だが、それ以外の人間への匙加減が今イチ判らぬ。感情を麻痺させる事で、辛うじて自我を守る。そういう時間が長すぎた。
 盟を結んだ6家に、武田・上杉は大切に思っている、のだと思う。そなた自身も、そなたの大事な政宗も。元親にも、今でも不幸になって欲しい訳ではない。
 ただ、な。
 どうして自分がそう思うのか。何故、そう在るのか。その好意がどの程度の深さで、どう表せば良いのか。今イチ・・・ぶっちゃけ、我は全く理解しておらぬ。
 客観して考えるのは簡単だから好きだ。だが、感覚に根差した主観というのが、どうもな。元親には昔から、他人を客観視し過ぎだとよく詰られたものだが。
 文劉めに妃だ何だと騒がれた時は、何故あんなに不快に思ったのか。
 秀吉に手を引かれる時には、何故あんなに安堵致すのか。
 ソレすら我は、本当の意味では理解しておらぬのだと思う。
 ねねに対して悋気を催さぬのも、その延長ではないかと思うのだ。我はねねに対しては、実は全く、興味がない。
 だが秀吉の事は大切で、そしてねねは、その秀吉にとって今でも重要な位置を占める相手。我が共に墓に手を合わせる事で、秀吉の心が軽くなる相手。『それ』をすれば、秀吉が喜ぶ相手。ならば参詣せぬ道理など無い。
 子供じみた理詰めであろう?
 我の行動は『出来た彼女』のソレなどではない。単に惚れた相手への好意を表すのに必死な、童の如き振る舞いぞ。」

「豊臣公は、毛利公の感情についてご存知ですの?」

「全て、話してある。
 『東の陰』という敵が、我にどのような性犯罪を致したのかも、な。
 ソレはソレで、我には不思議なのだ。元親には、結局最後まで話を致す気になれなんだ。元親は我の弱視を知らなかったし、この先も、感情の一部が死に絶えている件も、東の陰の性犯罪の件も、少なくとも我の口から聞く事は無いであろう。
 妙な話だとは思わぬか、愛姫。
 我は何故、秀吉には話せた事が、元親には話せなかったのだろう。
 その理由すら、我には本気で解らないと申すのにな。」

「いつか、ご理解なされる日が参りますわ。
 豊臣公が、あなた様にソレを教えて下さいましょう。」

「そうだな。秀吉と共に過ごせば、我も昔の、感情が死ぬ前の我を、少しは取り戻せそうな気がしている。」

「秀吉公には感謝しないといけませんね、兄様。
 先方から行動して下さらなかったら、きっと一生気付けなかったですよ?」

「片倉に行動させたそなたが申すか?」

「私はちゃんと行動しましたっ。
 兄様、次のバレンタインには、チョコレートご一緒に作って下さいね♪」

「うるさい黙れ1人で作れ。
 秀吉は、あまり甘味は好まぬのだ。それより良い酒でも見繕って、贈ってやろうかと思う。手作りするとしたら酒肴の方であろう。」

「素敵ですわ、毛利公♪
 私もよく、政宗様のお酒のお相手を務めるのですけれど。肴は政宗様が作って下さいますの。慕う方が作って下さるお料理って、何であんなに美味しく感じてしまうのかしら。
 ねぇ鶴ちゃん。今度政宗様と片倉殿と、4人でお酒を飲みましょう。
 きっと楽しいお話が出来ると思うの♪」

「え? あ、いえ・・・ソレは色々マズいかも・・・。」

「え~? どうして?」

「その、・・・何と申しますか・・・片倉さん、晩酌の途中で・・・私に手を出す事、多いから、とか、」

「きゃぁ♪ 片倉殿ったらダイタンっ♪♪」

「さ、流石に主君ご夫妻の前でそういう事はしないと思いますけどっ、」

「判らないわよ? 政宗様と片倉殿も、大概普通の主従じゃないから。割と気安い仲なのだし、お酒入って気が緩んで、普段しない事までしちゃうかも♪」

「飲みませんっ、絶っっ対に、人前で晩酌のお相手なんてしませんからっ。」

「竜の右目め・・・人の妹に何を致しておるのか。」

「兄様っ!」

「えっとあの、お三方?
 俺の彼女の作り方は?」

『・・・・・・。』

「何だよ、結局3人の惚気聞かされただけじゃん俺っ。」

「まぁそう落ち込むな、猿使い。」

「元就・・・。」

「秀吉と違って、男としての器量に足らぬそなただが。まぁ、そのようなダメ野郎が好みと申す物好きな女子もおるかも知れぬからな。
 だがしかし悲しい哉、秀吉と違って男としての器量に足らぬそなたには、そのような女子を探す事すら困難を極めるであろう。
 そなたに彼女が出来れば、秀吉も喜ぶ。
 どれ、秀吉と違って、想い人1人作れぬ哀れな猿使いよ。
 どのような女子が好みなのだ? 仕方がないから秀吉の為に、我がそなた好みの女子を見繕ってきてやろうぞ。
 秀吉に感謝するが良い、猿使い。」

「ソレ『秀吉』って単語が言いたいだけだよね? だけだよね元就っ?」

「うるさい黙れ早く申せ。でなくば男を紹介するぞ。」

「待って、俺が好きなの女の子だからっ。」

 元就は冗談のつもりで言ったのだが、慶次は本気で危機感を覚えたらしい。『秀吉大事なこの性悪詭計智将なら、やる・・・!!』というカオで、好みのタイプを並べ始めた。
 走り書きの箇条書きで、簡単に書き留めながら。
 本当に何食わぬ顔で書き留めながら、この時の元就の口許には、既にひとつの策略が浮かび上がっていた。



 綺麗な満月だった。
 その満月に照らされた地上で、男が一人、黙々と格闘の技を磨いている。

「・・・・・・・。」

 所は大阪城。秀吉の私室の、前庭。
 空を切り裂く拳や蹴りを、元就はいつもの定位置に座して眺めていた。

「秀吉。」

 敢えて出した独り言の如き小さな声量に、彼はやはり気付かない。
 そんな声量で人に話しかける事自体、常の元就には在り得ぬ事ではあるのだが。それにしたって、いつもの秀吉なら、すぐに気付いて振り向いてくれる筈なのだ。
 傾けた首筋に、紫茶色の髪がサラリと流れる。
 音もなく立ち上がると、流水の如き優雅な動きで彼の内心の怒気を受け流し、元就は秀吉の傍らに歩み寄った。

「音が濁っておる、秀吉。
 腕を傷めてしまうぞ。」

「・・・・・・。」

 繰り出した体勢のまま、静止した秀吉の突き。肘に繊手を添えると、元就は静かに微笑んで頬を寄せる。
 秀吉は黙って繊手の手首を掴むと、その突き出した腕で絡め取るように抱き寄せ、そしてギュゥッと抱き竦めた。想いを告げた頃より伸びた恋人の髪に、火照った指先で手櫛を通す。
 体格に恵まれた偉丈夫なのも、今、元就を腕に収めているのも秀吉の方なのに。どこか、彼の方がこの麗人に縋っているように見える。

「昼間の、近衛卿の使者。
 アレを気にしているのだな。秀吉。」

「あぁ。」

 嘆息と共に短く返して、秀吉は少しだけ身を離す。左の瞼に口づけを落とすと、元就の額に自分の額を重ね合わせた。
 元就は瞳を伏せ、額を合わせたまま、精悍な頬を両の指先で包み込む。
 温もりを分け与えるかのように。
 近衛卿が『あの話』を言い出してから、ふた月余り。最初は京都で会う度にさりげなく水を向けられるだけだったのが、この数日は毎日のように『それ』だけの為の使者が来るようになってしまった。
 体調が優れぬ、という見え透いた嘘で会わずに追い返した本日の使者も、持って来たのは『あの話』だった。
 この件に限り、秀吉の出す声は呻きにすら似ている。

「俺には、お前が居ればいい。女など要らん。
 そう直接、面と向かって断れれば良いのだがな。目上な相手に、大事な時期。だからこそ、断れまいと思ったか。狙い澄ましたように厄介な話を持って来られたものだ。」

「嬉しい事を申すな、秀吉。
 案ずる事は無い、躱す策なら、既に立てている。」

「元就?」

「半兵衛の了解も取り付けた。
 我とても、そなたに守られてばかりではない。そなたが我が立場を守ってくれるように、我もまた、そなたの心の柔らかい部分を守ってやる。
 だから・・・身を大切にせよ、秀吉。」

「あぁ・・・俺は、我が伴侶の性悪ぶりを忘れていたようだ。」

「ぬかせ。」

 クスクスと含み笑いながら、秀吉の胸に寄り添い、額を擦り付ける元就。秀吉は詭計智将の頭を撫でると、柔らかい髪を一房取って、口づけた。
 近衛卿の望み。
 それは娘を豊臣家の室に入れたい、という事。直接的に言えば、秀吉と自分の娘を結婚させたい、という事だ。
 全く不自然な話、という訳でもない。政治的には、極めて合理的な判断だ・・・あくまで近衛家側からのみ、見た場合。そして秀吉とその周囲の感情を考慮に入れなければ、という注釈が付くが。
 朝廷内部での勅許の内諾は、既に得ている。7家合議が日の本の正式な政府になる日は、既にカウントダウンに入った。公家にパイプを持つ元就と、朝廷内部の権力者の筆頭・近衛前久卿。この2人の指揮下で皆が朝廷からの無理難題に果敢に挑んだ・・・もとい、動いた結果である。
 近衛家からすれば次の数百年間、日の本の政治の実権を握る7家のいずれかと婚姻を結び、血を入れたい所。入れて縁戚関係を結び、発言力をキープし、可能なら実効のある政治力も手に入れたい、と。
 近衛卿の目に映る『娘婿』候補。その目は当然7家の当主、中でも、豊臣家を率いる秀吉に向く。
 7人の内で唯一、正室も側室も娶っておらず、領が西域に有り、京都所司代を置いている。健康な20代の男で素行も割と良く、三成はじめ部下からの人望も篤い。
 近衛卿からすれば秀吉は、政治的にも、可愛い末娘を嫁がせる男としても。正にうってつけの人材という訳だ。
 秀吉が何故、女の伴侶を望まなかったのか。その理由も知らず。

「そなたの伴侶の座は、我とねねだけのモノ。そなたと共に苦労して日の本の乱れを整えた、『我ら』の。
 全て終わってから出てきた近衛の娘なんぞに、誰がくれてやるものか。」

「元就。」

「判っておる、秀吉。悪いのは近衛卿。娘の方には手出し致さぬよ。」

「・・・・・。」

 名を呼んだだけで自分の微妙な内心を汲んでくれた恋人に、秀吉は幸せな溜め息を吐いて白皙の美貌に口づけた。
 ねねを・・・殺した時。秀吉は誓ったのだ。金輪際、女の伴侶は得ぬと。彼女を黄泉路に送り出したのは、愛していたからこそだった。天下を取るまでの戦で、敵は容赦なく彼女の身柄を狙うだろう。命を、誇りを、大事な物を。力に足らぬ当時の自分では、軽度とはいえ、弱視というハンデを背負った彼女を守り切れるとは、到底思えなかった。
 敵に、嘲弄と苦痛に満ちた死を与えられる前に。
 夫の手で、一瞬で。
 ・・・本当は『伴侶』自体、得る気は無かった・・・相手がたとえ男だとしても。ソレは、ねねへの手酷い裏切りだと。そう思っていた。
 だから元就に惚れた自分を許せなかったし、手を伸ばすのはもっと躊躇われた。
 だが結局、惹かれる心に抗えなかった。元就は男だから、と・・・女ではないからと、己が心中の彼女に言い訳していた。
 周囲の後押しがあったとしても、添う事を望み、手を伸ばすと決めたのは、秀吉自身だ。

「じきに、近衛卿の無神経な口出しにケリを付ける。
 身辺を落ち着かせてから、ゆっくりとねねの墓に参ろうぞ、秀吉。」

「あぁ。」

 秀吉の短く、寡黙な返事に、元就は無邪気に微笑んでギュッと首筋に抱きついた。
 教えてやりたいのだ、秀吉は。元就に・・・無垢で透明な瞳で『東の陰に強姦し尽くされ、穢し尽くされた汚れた自分に墓を拭われたら、ねねは怒るだろうか。』と大真面目に訊いてきた元就に。花鳥風月、色々な綺麗な物を見せ、聴かせてやりたい。そしていつか、自分がいかに周りから愛されているか・・・自分がいかに価値ある、美しい人間か。
 悟って欲しい。自分から。
 悟らせてやりたい。

「先日な、明にねだられた。
 次のバレンタインには、洋菓子を共に作れと。」

「バレンタインか・・・鶴姫と竜の右目には、思い入れ深い催事だな。」

「うむ。だが秀吉、そなたは、甘味はあまり得手でなかろう?
 酒の方が良いかと思うが、何か欲しいモノはあるか?」

「そうだな・・・。」

「そうだ秀吉、璃空の酒、唐黍酒の古酒などどうだろう? 曲折あったれど、璃空との貿易は始まったのだ。良き記念にもなろう。
 あるいは安芸産の米で造った日本酒でも良いかも知れぬ。今の内から良き新酒を手に入れて、蔵で寝かせておこうか。」

「楽しそうだな、元就。」

「あぁ、楽しい。そなたの喜ぶ顔を見られるのは、想像致すだけでも素直に楽しい。
 それに・・・『来年』を考えて良いというのは、幸福な事よな。元親相手には、出来なかった事ぞ。」

「・・・・・・。」

 いつ、置いて行かれるか判らなかったから。
 言外の嘆きを汲み取って、秀吉は黙って、元就を抱き締め直した。こういう時だ。秀吉が何となく漠然と、自分と元就が惹かれ合った理由を感じるのは。
 抱いている嘆きが、祈りが、よく似ているから。
 かつて、秀吉はねねを置いて行く側だった。元就は現在進行形で、元親に置いて行かれる側である。そしてどちらも・・・本意ではない・・・置いて行きたくも、置いて行かれたくもなかった。
 ずっと傍に居てくれる人。長い事、ソレが欲しかったのだ。

「酒は、要らん。」

「秀吉?」

「断つ気は無いが、飲む量や機会は、少し減らそうと思っているのだ。
 酒で体を壊しては、やりたい事が出来なくなる。」

「どうしたのだ、急に。やりたい事とは?」

 本気で驚いた顔をした元就に、秀吉は静かに苦笑する。
 見上げてくる彼の額にかかる、綺麗に櫛の入った前髪。優しく撫でつけてから、目許に口づけた。親愛を表す穏やかな口づけだ。

「ずっと、な。ずっと、戦乱を終わらせ、強い国造りの基礎を造り終えたら、跡目は能ある若手に・・・三成に継がせて、俺自身は、いつ死んでも良いと思っていたのだ。
 元々後継者は、血統ではなく才能で選ばれるシステムを作ろうと思っていた。
 始祖というのは、良くも悪くも存在感が強烈だ。2代目以降に悪影響を及ぼす可能性は、充分にある。2代目・3代目の才を歪めたり、家臣が割れたり、逆に依存を誘発したり。
 俺にしか成せぬ役目や領分を終えたら、速やかに退くに限る。
 半兵衛の病を知って喪失を覚悟してから、その考えは更に強くなった。
 成すべき事を成し終え、語り合うべき友も喪い、伴侶も既に鬼籍に入れているなら。この上、俺に何が残るというのか。己の存在そのもので己の所業を歪めるくらいならば、素直に自害でもして果てるのが筋道。
 そう、思い定めて歩んでいた道だったのだが・・・。」

 腕の中で静かに耳を傾ける元就、その左頬を慈しんで、右手を添わせる。

「お前との未来が、欲しくなった。」

 いつも冷静な金茶の瞳が、驚愕の感情、その一色に染まった。
 秀吉の声は穏やかだが強く、元就を見つめる瞳は何処までも深い。

「お前と共に時を過ごしたい。
 この日の本だけでも、まだ目にしていない文物、経験していない物事が沢山ある。それらを、元就。お前と共に。視力が弱くても良い、俺が道を案内してやる。感情が死んでいるというなら、蘇るよう、感動する経験を沢山しに行こう。
 天才的な頭脳を持つお前なら、自然科学の研究成果も、きっと歴史に残る発見を沢山する筈だ。そういうのを広めに行くのも楽しいだろうな。『コレは俺の伴侶が実用化に成功したのだ。』と吹聴して回ろう。
 いつか、この身が天寿を全うするその日まで。
 後進の相談事に適度に乗りながら、そうして、笑っているお前と共に時を過ごす。
 ソレが今の俺の『やりたい事』だ。その為には、アル中で酒瓶が手放せないようでは困るだろう? アルコールで臓器が弱っている体では、お前を自慢しに行く事も出来ん。
 だから、な。
 今の内から少しずつ、酒を減らす。
 来年のバレンタインの進物は、何か他のモノを・・・元就?」

「っ・・ちょ、・・待て。
 今、真っ直ぐそなたを・・・見れぬ。」

 つむじを彼の胸に押し付けるようにして俯き、肩を震わせ、両手の指先で口許を押さえて嗚咽をこらえる。
 やっとの思いで絞り出した声に、秀吉は静かに笑うと元就の肩を抱き寄せた。
 乱れた髪に、そっと頬を寄せる。

「半兵衛がな、笑って言うのだ。
 『この病は、ボクのお蔭で薬が出来たようなものだ。死病と言われたこの病、後々に語り継がれる特効薬生成秘話の主人公にして、初の生還患者第一号として医学の歴史に名を刻む。そういうのも悪くない。』とな。
 お前たち兄妹がくれた、我が友の笑顔で、命だ。
 世が平らかになったら、我が伴侶は、より多くの命を日の本に留めるだろう。友がこの世に留まってくれて、俺が救われたように。患者の数以上の人間を救うだろう。
 ソレを想像すると、酒なぞ飲まなくとも胸が高揚する。
 そういう日が来るのがな、俺はとても楽しみなのだ。」

「ほん、っっっとに、そなたは・・・。
 常は寡黙なクセに・・・我を口説く時ばかり、なにゆえ、そんなに口が回るのか・・・っ。」

「そう訊かれてもな。
 では口説きついでに、あとひとつ。しばらく、髪は切らないでおいてくれ。」

「聞きたいような聞きたくないような・・・。
 何故?」

「来年のバレンタイン。
 俺からは、お前に髪留めを贈りたい。」

「?!」

「既に品物は手許にあってな。お前に似合う、透かし彫りの美しい髪留めだ。
 見せるのは来年まで控える事にする。楽しみにしていてくれ。」

「っ!!」

 惚れた相手から、楽しみにしているのは自分かのような、とてつもなく良い笑顔でそんな事を言われて喜ばない者が居るだろうか。否、居ない。
 二の句が継げなくなった元就は、黙って秀吉の胸に顔を埋めた。



 前田慶次・27歳。大抵の事は笑って許せる。家族や友達は大切にする方だと思うし、貸した物や金が返って来なかったりするのも、別に構いはしない。
 だが。
 だがしかし、だ。

「見損なったぜ毛利元就・・・。」

 コレは、この扱いは、あんまりなんじゃなかろうか。

「何処の世界に、友達を家に招いときながら、座敷入って速攻スマキにするオクラが居るんだよっ!! 有り得ねぇ! ナイからね絶対っ?!」

「現実に有り得ているのだから、騒ぐな猿使い。あと、我はオクラではない。」

「いやいやいや、なんか文法おかしいって絶対。
 つか『オクラじゃない』って訂正してる時点で自覚してるだろっ。」

「あぁ、こんな所に踏み易い丸い物体が。
 てい。」

「元就・・・取り敢えず靴、脱ごっか?」

「そなたが大人しくなったら、な?♪
 安堵せよ、土は付いておらぬ。そなたを押さえるついでに、新品の靴の履き心地を確かめておるまでの事。」

「ゴメン、どんなついでなのかっていう点が全く理解できない。」

 微笑まれた。真っ黒い笑顔で。可愛らしく小首を傾けて。
 簀巻きになったまま尺取虫よろしく腰を曲げたら、『逃げるな』という意味なのだろうか、ピンヒールを履いたままの足で、畳と強制的に親睦を深めさせられた。替えたばかりなのか真新しい藺草の香りが、優しく爽やかに慶次の鼻孔をくすぐる。
 だがしかし、ヒールのピン部分が、丁度つむじに当たっているのはわざとなのだろうか。結構力を入れているらしく、それなりに痛いのだが。

「本日そなたに足労させたのはな、慶次。大事な話があるからなのだ。」

「え? ちょっと待って、この体勢のまま聞かなきゃイケない話? ソレ。」

「先日、そなた自身が望んでおった事を叶える算段が付いた故、呼んだのだ。
 喜ぶが良い、猿使い。そなた所望の『可愛い彼女』をくれてやるぞ。」

「わぁ、嬉しいなぁ♪ ヤな予感マックスウェルカム☆
 既にして苦労フラグ立ちまくりの、安定のブラックオクラ・クオリティっ!」

「だからオクラではないと申すにっ。鎧が緑で少し兜が長い程度で、オクラオクラ騒ぎ過ぎなのだ皆の者っ。
 我がオクラかどうかは、この際どうでも良い。
 猿使い。そなたの齢も、既にして27となった。戦も少なくなってきた昨今、この辺りで身を固めてはどうか。」

「身を・・って、結婚っ?!
 待って、超待って元就っ! 俺が言ったのはカノジョ欲しいって事で、別に今すぐ結婚したいとか、そういう事じゃなくてっ!!
 恋愛がしたいの、俺はっ! どうしてイキナリ結婚ってハナシになるんだよっ?!」

「何を申すかたわけ者っ!
 ソレが20代も後半に入った者の申すセリフかっ?! 砂浜を追いかけっこしてキャッキャウフフ出来る年齢をかーなーり、過ぎている事にまず気付けっ!
 気軽に手ぇ出して、何となく自然消滅・・・。
 そんな付き合いはもう古いっ! 男ではなく女が好みだと申すなら、尚の事ぞ。現実的な婚儀を大前提にした相手を探さねば、そなたが60代になった時、本っっっっっっ気で花街にしか相手してくれる女が居なくなると思え!」

「20代の内からスマキになりながら考える事か、ソレっ?!」

「そなたの場合、簀巻きにでもせねば真面目に考えぬであろうがっ。
 良いか、猿使い。
 相手は既にして考えてある。我とても、鬼だの夜叉だのではないのだ、きちんとそなたの好みやら都合やらを勘案した相手を用意しておる。
 よく聞け。
 まず相手の身元だが・・・近衛前久卿の末娘だ。」

「思っきし政略じゃねぇかぁぁぁぁ!!」

「うるさい黙れよく聞けっ。
 見た目も手頃・・・もとい、そなたが先日申しておった通りの女子ぞ。『可愛い美人』で『小柄』『年下』『化粧が濃過ぎない、黒髪の綺麗なお淑やか系』。
 公家の姫君そのものではないか。
 実はな、利家と前田の妻女には、既に引き合わせてあるのだ。嫁姑問題なぞ、そなたにはハードルが高かろうからな。2人共、かの姫が気に入ったと申しておったぞ。
 特に前田の妻女とは話が合うようでな。
 安心せい、公家とは申せ、武家に嫁ぐという事の意味は理解しておる姫御ぞ。前田の妻女との対面中、ついぞ上座には座らなかったような姫だ。素質アリ、三つ指ついて姑に教えを乞う気構えも出来ておるから、そうそう酷い・・・もとい、そなたを困らせるような事態は引き起こすまいよ。
 それに短期間とはいえ、宮仕えの経験もある。宮中という限られた世界での経験だがな。故に、全くの世間知らずという訳でもない。教養もそうだが、話術も中々ぞ。話相手を楽しませる事を知っておる。
 相手の姫の齢は、17。我が賢妹や愛姫と同い年である。
 そなたとは丁度10歳差になるが、まぁ、誤差の範囲・・・もとい、適齢であろう。女心が判らなくなった時、明と愛姫に相談に乗ってもらえて便利であろ?
 動物が好きな姫君でな、夢吉に会いたがっておったわ。
 どうだ、何の不足も不都合もあるまい? 心通うか、あとは猿使い、そなた次第。大事にしてやるが良かろう。」

「自由恋愛希望っ、超希望するっ。」

「まだ申すかほっつき歩きまくりの放浪ニートがっ。惚れた女子の1人も居ないダメ男が、生意気な口を叩くでないわっ!
 明の先見を待つまでもない。予言してやる。この機に乗じて娶っておかないとな、そなた、20年後、絶対に放浪先で野垂れ死ぬぞ。」

「元就・・・俺も大概アンタと長く付き合ってきて、多少のパターンは理解してきた・・・。だからこそ言わせてもらうっ!
 アンタがスマキなんつー強引な手を使う場合は、どうせロクな事じゃないんだっ!
 予言してやるよ、今ココで徹底抗戦しておかないと、俺は後で絶対に後悔させられるに決まってるっ! アンタにっ!」

「ええい、うるさいわ大道芸人の分際でっ!
 全ては秀吉の、もとい、豊臣と毛利と前田と徳川と伊達と、あとついでに近衛家の為ぞっ! そなたがひとつ頷くだけで、近衛卿のうっさい口出しがひとつ減るのだ、良いから何も言わずに頷け、愚か者っ!」

「元就っ、元就また『秀吉』ってゆったっ!
 結局は秀吉の為なんじゃんっ、俺の為じゃナイじゃんっ! 何で徳川と伊達の名前?! 訳判んねぇっ!」

「ソレは私からご説明しますね、慶次さん♪」

「鶴姫ちゃん・・・♪」

             ガチャン

「え? ガチャン?!」

「あぁ、うん・・よくやった、賢妹よ。」

 慈しみに満ちた笑顔で、簀巻きにされたまま踏みつけられる慶次の傍に膝をついた鶴姫。元就を止め得る唯一の人物の登場に、慶次の瞳が潤む。
 だが己が首許で鳴った鎖の音に、その涙目も凍り付いた。
 仮にも仲間に対してナチュラルに首輪を嵌めた妹の姿に、手慣れた様子で鎖の先を握る、その姿に。流石に口許を引き攣らせながら、それでも賢兄は褒め言葉を与える。
 たとえそれが明後日の方向を向いたまま発せられたものだとしても・・・褒め言葉は褒め言葉だ。
 鶴姫のカオは・・・カオだけは、ニコニコと微笑んでいた。

「はい、兄様♪
 あのですね、慶次さん。わたしの口から、委細をご説明申し上げます。
 近衛卿からすると、次代の政を司る事が確定した私たちと、縁戚になっときたい訳ですよ。平たく言って最低限、7つの内、どれかの家の何処かの家系図に、近衛家出身の人の名前を入れたい訳です。
 男の子を養子に入れる手段もありますが、現状、何処も後継者には困ってません。男の子じゃ、血の入る確率が減りますしね。
 で、女の子。
 近衛卿にとっての第一候補は、秀吉公です。」

「我が居る限り、秀吉には近付けぬがな。」

「第二候補は、実は片倉さん『だった』んです。」

「過去形?」

「過去形に決まってるじゃないですか~、モチロン♪
 片倉家は7家の当主でこそないものの、伊達家第一の腹心で、この先どんなに代を重ねても、政治の中心からそう遠い場所には行かない家ですから。婚約者が居るといっても、解消させてしまえば良い訳で。
 鶴ね、急に出てきた女の子に、横から片倉さんを取られたくないかなって♪」

「『出来た彼女』たちかと思いきやっ!
 とんだヤンデレ兄妹っ?!」

「うるさい黙れ彼女ナシ野郎。
 我と明の為・・・もとい、秀吉と竜の右目の為・・・否、違うな。
 全ては7家合議の為ぞ。腹を括るが良い、『元』風来坊。」

「ちょ、待っ・・・! つかさっきっから元就、ちょいちょい本音出まくりなんですけどっ?
 家康は?! 何で徳川の名前っ?!」

「あぁ、アレはな、『糟糠の妻に今更その手の苦労を掛けたくない。』と申しておる。
 近衛卿としては、色々と条件が揃っておるのは家康も同じぞ。この際側室でも良い、とにかく添わせたい、という魂胆が見え透いておるのだが。
 家康は人質大名時代が長かったであろう? 夫が人質の間、徳川家臣団の世話やら、夫が人質に行かされた先の奥様連中のイビリやらに耐え、理想も理解し、献身的に支えてくれた妻に。今になって、女如きで余計な心労を掛けたくないと。
 泣かせる話ではないか。
 そなた、『その』家康夫妻に問題を押し付けよと申すのか?」

「うっ、ソレを聞いてしまうと・・・。」

「じゃ決まりな。
 明。」

「はい、兄様っ。」

「慶次の部屋に結界を張り、封をしておけ。絶っっ対に、逃がすでないぞ。
 それと。本来、術者ではない慶次に術を施すのは流儀に反するのだが・・・GPSを付けておけ。コレの放浪癖は元親以上故な。術の選択は任せる。
 が、先々の事も考え合わせた上で、近衛の娘に『夫の行方が知れぬ』と泣き付かれた時、一発で検索できるような。
 何か、そんなよーなのを頼む。」

「『武には武で、術には術で対する』のが毛利家の家訓では?」

「当主の我が申すのだ、構わぬであろう。それに火急の事態でもある。
 良いか明。我ら兄妹の幸福の為、この縁組、どのような手を駆使してでも必ず纏めるぞ。」

「わ~い、手段を選ばず本気の兄様、クロ格好イイ~~♪」

「元就っ、最後の一言、最早建前すら無いっ。」

「うるさい黙れ、建前並べるのも、これで結構面倒なのだっ。」

「知らないよ! 本音で話そっ?!」

「直属の上司ではなく、普段は伊達領で暮らすであろう妹に術を掛けさせる辺りに上司の気遣いを感じて欲しいモノなのだがな。
 仕事中は扇で殴られ、オフの日までGPSで管理されるのでは息が詰まろう?」

「・・・今、何つった? え? 『直属の上司』?
 元就が? 俺の? 何で???」

「あぁ、『そういえば』まだ申していなかったな。
 コレは近衛卿の条件ではなく、利家の『教え』の一環と心得よ。
 利家曰く『仮にも妻を娶るなら、自前の収入源を持つのが最低限のケジメだ。』と。」

「慶次さん。
 近衛卿はね、娘婿となる御方の職業については、何も仰っていないんです。輿入れさせると言っても、繋がりを切る気は無い・・・むしろ繋がり続ける為に輿入れさせるようなモノですから。
 金銭面で困るようなら、近衛家から何億円でも援助する気でいらっしゃるんです。近衛家は公家の中でもトップクラスの名家。その鷹揚さとでも言いますか。
 金銭的ヒモ、オッケー、っていう。
 むしろその点に拘ってるのは利家さんで。
 舅となる立場上、近衛の姫様を不安にさせたくない、というお気遣いもありますし。
 慶次さんに夫としての自覚を持って、そろそろ社会人としての勉強をして欲しい、という親心もありますし。
 だからって、仕官の先が何処でも良いという訳でもありませんし。
 前田家だと、甘やかしちゃって教育にならなさそうっていう親心もありますし。
 毛利家なら気心が知れてるし、中部とも割と近いから顔も見やすいし、近衛家との仲立ちをしたのは兄様だから、『その手の事』も色々と相談し易いし。
 という訳で、ご結婚に先立って、慶次さんには毛利家に仕官して頂きます♪」

「より正確には『婚儀と並行しての仕官』だがな。
 形式的にも毛利家の郎党ではなく、前田家から毛利家への人材貸与、となる。明が毛利家から豊臣家へ、人材貸与されているのと同じ事ぞ。
 近衛家と縁を持つのは、毛利でも、ましてや豊臣でもない。あくまで前田家だからな。」

「拘りますね~、兄様♪
 私はじきに、『片倉家から豊臣家への』人材貸与に変わる予定ですけど。お揃いですね、慶次さん♪ 2人でいっぱい実績作って、『人材貸与』制度、広げていきましょ♪」

「内堀も外堀も埋まりまくりじゃねぇかチクショウっ!!
 何コレ、何の暴力なの?! 数? 権力? 人脈? むしろ全てを駆使した巧妙な罠! 俺の恋愛の自由も人生設計も、一体何処へ消え失せちゃったのさっ!」

「うるさい黙れ、我に相談した時点で、そなたに恋愛の自由など無い。」

「人生設計って言っても、慶次さんの場合、短期的な旅行計画の域を出ない気がします。」

「もうヤダこの兄妹・・・。」

「安心せよ、猿使い。
 父親は無神経な部分の否めない男だが、娘の方は良き姫御ぞ。この我が、救いようのないバカ娘を秀吉の側近くに住まわせる筈がなかろう?
 夢吉共々、良き人生が送れるであろうよ。」

「安心して下さい、慶次さんっ♪
 10年くらい死に物狂いで頑張って、それでも上手くいかなかったら。そしたら離婚出来るように手助けして差し上げますから。
 10年、頑張りましょ?♪」

「10年・・・。」

「はい、10年♪
 結婚生活とは、長いスパンで考えるモノだと。片倉のお義父様が仰っておられました♪」

「鶴姫ちゃんて、ホント、片倉家に馴染んでるよね・・・。」

「ヤだ、慶次さんたら♪ そんなコトありますけど♪
 その調子で、近衛の姫様にも優しい言葉を掛けてあげてください。いくら気構えが出来ているとおっしゃられても、より負荷がかかるのは、公家社会から武家社会に飛び込んで来る姫様の方なんですからね?
 こういう時こそ、初対面の時に花束でも持って行くのが宜しいかと。」

「・・・・名前と生年月日、教えてくれる? ソレに因んだ花を持ってくから、さ。」

 黒元就と黒鶴姫の最強コンボに、とうとう観念した慶次はぐったりと畳の上に弛緩した。夏の炎天下に放り出されたスアマの如きダレっぷりだ。
 話の最中、ずっと慶次の頭を踏みつけていた元就の靴がようやくどかされる・・・だからと言って縄までは解いてくれないのが、この兄妹の地味に怖い所なのだ。
 ともすればブーイングと共に不貞腐れそうになる慶次に、元就は持ち前の美貌を惜しみなく駆使すると、キラキラとした笑顔を光の如く振りまいた。

「猿使い、否、これからは正式な部下となるのだから、きちんと『慶次』と名前で呼んでやろう。
 慶次。そなたも既知の通り、我が毛利家は人材が不足しておる。捨て駒は腐るほど居ても、我が意を理解できる者は殆どおらぬのが現状だ。忠節など期待すべくもない。我には味方が必要ぞ。
 そなた自身の流儀は、曲げずとも良い。そなたは前田の人間故な。
 我が盟友の一として、毛利家の中に居る前田家の人間として。そなたに出来る事、したい事を、意のままにせよ。
 期待しておる。」

「元就・・・☆☆☆」

 ドスッ。
 甘言を弄して油断させておいて、ダークマターな笑顔を乗せた詭計智将の拳が、慶次の腹に食い込んだ。いくら女顔負けの美貌でも、元就は男、戦国武将なのだ。それも、家が名家故に忘れそうになるが、本人単品は『叩き上げ』と呼んで良い部類の。
 青い顔で動かなくなった慶次の様子は敢えて視界の外に置いたまま、鶴姫はズルズルと彼の体を引き摺って退場していった。
 彼女と入れ代わりに襖を開けたのは、吉継だった。
 上司の半兵衛から『毛利君、アレで結構、妬いてるんだと思うんだ。自分の感情にはキミ以上に鈍い人だから、気付いてないみたいだけど。恐らくスッゴイエグい手段で結婚を強要されるであろう慶次君を見るのは忍びないからさ、ボクの代わりに見物してきて☆』とカルく言いつかってきた包帯軍師は、いつもの輿に乗ってカラカラと笑っている。

「ヒィッヒィッヒィ。
 相も変わらず、綺麗なカオでエグい策を弄するものよの、謀神よ。」

「大谷。」

「敢えてエグい術策を選んで施すは、鬼神が如き容姿に騙される者共への当て付けか?」

「騙される方が悪いのだ。
 今の我が言霊、もしも大谷、そなたが言われたら何と取る?」

「やれ、さてもさても。
 結句の所、ぬしは我を、外のモノとして扱う心算。毛利のモノとして受け入れてはくれぬ。そういう事であろ。」

「是。
 我が毛利は、術策の家。空気のように自然に、血腥い策謀が渦を巻く家ぞ。7家内の術策担当と心得る。それが判らぬようでは、いくら家屋敷を与えようと、慶次は死ぬまで前田の敷地から出ぬも同然。
 アレの気性は、前田家でこそ生かされる。
 適当に事務仕事を仕込んだら、前田家に返してやるわ。ウチに置いておいても、使い道に困る故な。使い勝手の悪い捨て駒は要らぬ。」

「そして謀神が見定めた近衛の姫は、その前田家の家風にこそ馴染む娘、か。
 謀神の家は術策担当。ならば我が豊臣は、7家随一の武闘派集団。なるほど、太閤の室に馴染まぬ道理よ。」

「・・・大谷。念の為、申し置いた方が良いか?
 そなたは聡い方だと思っておったがな?」

「いや? 悟っておると思うがな?
 謀神に悋気を囀らせるとは、太閤も隅に置けぬ男よの。そのデレっぷりたるや、海賊相手には終ぞ目にした事がない。いや、伊達也、伊達也。」

「海賊船の出航前に、絶対殺されるぞ、そなた。」

 美貌の上半分をベタ塗りにして明後日の方向に黒炎を吐く元就だが、『味方』と書いて『捨て駒』と読むのが彼の辞書である。その元就が慶次を使い捨てない理由が『秀吉と和解した昔馴染みだから』と見抜かれていては、口にする嫌味の全てがツンデレと取られるのがオチ。ソコはよく判っていた。
 最も賢明な判断として口を噤むと、軍師2人、連れ立って秀吉たちに報告しに行った。



 ねねの墓参りの日、空はとても晴れ渡っていた。
 真っ白い程の輝きで、太陽が大空の中央でその存在を誇示している。その白さに比例するように、空の色は深い青色、一色に染まっていた。

「うーむ。見事なまでに晴れてしまった・・・。
 流石は我よ。ビバ日輪の申し子。」

「良い事ではないか。この方が参詣し易い。」

 好天を悪し様に言う詭計智将のひねくれ具合に、秀吉は水桶を持ち直しながら、物静かに苦笑した。
 所は前田領。慶次と秀吉と半兵衛と・・・ねねの、故郷。2人はかねてからの予定通り、秀吉の亡妻・ねねの墓参りに来ていた。
 おかしなものだ。かつて秀吉は豊臣の1人天下を目指していたというのに、亡妻の眠る地を治めるのが前田利家で良かったと。あの温厚で、人望篤い、心穏やかな愛妻家で良かったと、安心して・・・ホッとしている。
 秀吉は正直、寺の住職にも会いたくはなかった。慶次と半兵衛と、3人でつるんで悪ガキしていた頃からの付き合いだったのだ。なまじ顔馴染みだっただけに、ねねの葬式の時には既に半兵衛と2人、旅立っていた秀吉の事を、さぞ疎ましく思っているに違いない。
 そう、思っていたのだが。
 そこは元就が調べておいてくれた。
 寺の住職は、若い者に代替わりしていると。よく考えれば当たり前なのだ。アレからもう、何年も経っている。当時ですら老齢で、引退の話も出ていたという住職の事、存命しているかどうかも怪しい所だ。
 秀吉は、墓参りを決意してから改めて思い知らされていた。
 自分はあの日から、一歩も動けていない。『時間が止まったまま』というのは、こういう事を言うのだと。

「秀吉?」

「あぁ。」

 墓地に続く門。
 俗世と死界を隔てる門の前で、ぼんやり足を止めていた秀吉は、元就の声に我に返った。敷居を見て、そして、先に敷居をまたいでいた元就を見る。
 元就が差し出してくれる、手を。

「共に参ろう、秀吉。」

「・・・・・・。」

「我1人で参っても、意味はあるまい。
 ねねも『何しに来たんだ、誰コイツ。』という感じであろう?」

「・・・そうだな。」

 ゆっくりと、一歩を踏み出す。
 取った繊手を、知っている以上に大きく感じた。この手の確かな存在感だけが、今の秀吉を、トラウマの対象ですらある亡妻の墓に導ける。
 彼の導きが無ければ、秀吉は墓前にすら立てないのだ。

「秀吉。暫し待てるか。」

「? 元就?」

 頼りない、曖昧な表情で参道を眺めていた秀吉は、元就の声で顔を上げた。
 初めて見る秀吉の表情を、茶化すでもなく元就は、体温を感じる距離に寄り添ったまま、手だけを離す。身近にあった秀吉には名も知れぬ花を一輪。摘み取った彼は、両の掌の間に起こした風の渦の中心に置く。水中花を思わせるその空気玉は、すぐに大風を起こすと大量の雲を連れて来た。
 日輪が、隠れる。
 元就お気に入りの、太陽が。

「珍しいのだな、元就。お前が自分から太陽を隠すなど。」

「なに、大した事ではない。我からの、ねねへの供物よ。」

 気負いのない声音で紡がれた言葉に、秀吉が瞠目する。
 戦場で怜悧な光を宿しているのと同じ瞳とは、まるで信じられぬ穏やかな瞳。その優しい金茶色の瞳で、元就は自分が呼び寄せた白雲を見上げていた。

「我が毛利家は、陰気使い。死者の為に祈るが、その役割の本分。心安く、穏やかに眠れと。逝き惑う死者を輪廻に導き、既に眠った死者には平穏を約束する。
 また、死者に対して礼節を保つのは、生者が正しく生きる為の道標ともなる。
 そう・・・そんな風に、教えられて育てられたような気がするのだ・・・10までは。」

「・・・・・。」

 幸せだった頃の記憶、その断片なりとも、思い出せたという事だろうか。
 秀吉の方から手を握ると、元就はぎこちなく、握り返してくれた。

「今の我の風操りは、攻撃に特化し過ぎている。我の攻撃的な心象の表れなのだろう。
 攻撃でなく穏やかな風を呼ぶには、花が必要なのだ。花のイメージ・・・花の香気が風に移り、その香気が上空に拡散していくイメージが。雲を呼ぶ時には更にその応用で、香気が水の核となり、寄り集まるイメージが要る。
 本来は、有り体に申して未熟の証なのだが・・・。
 花の香りを纏う風と、雲。女の墓に捧げる供物としては、悪くなかろう?」

「あぁ・・・感謝する。」

 元就の柔らかい繊手を握り直すと、秀吉はゆっくりとだが自分から、墓に向けて参道を歩み始めた。
 常の秀吉の、力強く自信に満ちた歩みからは程遠い道行き。
 だが元就は、何も言わずにのんびりと、彼と同じペースで歩いていた。墓地の最奥に鎮座する、ねねの墓に至るまで。

「流石に三成クオリティよな。ピカピカではないか。
 掃除する所がない・・・秀吉?」

「・・・・・・。」

 鬼のような怖い瞳で、亡妻の墓を睨みつけている。その秀吉の、余計な力が入りまくりの、握り締め過ぎた拳の強さといったら。
 元就は、両の掌で彼の右の拳を包み込んだ。
 途端に、電流でも走ったかのように、ビクリと震えて強張った。握り締めたまま、だ。

「ねねを害した時も、そんな瞳をしていたのかな、そなたは。」

「・・・・・・・あぁ。多分な。」

 責めるでもなく静かな声音に、秀吉の返した声は苦渋に満ちていた。
 あらゆる資格がないと思っていた。参詣する資格は元より、寺に何かを寄進する資格も、泣く資格も。墓に向かって世間話など、論外だ。
 そう、思っていて・・・やっぱり、今も秀吉は、どうして良いか判らない。
 あの時の自分には、『ああ』する事が必要だった。
 そこは、今でも後悔していない。だが、だからこそ。懺悔が出来ないなら、他に何を語れば良いというのか。
 殺したくなかった。そう言い連ねても、ただの言い訳だ。
 理想の中の、乱世を終わらせるという部分。そこは成就しようとしている。それも、ただの報告だ。『海外進出』という部分に至っては、『戦争して海外に領土獲得』から『通商条約を結んでの海外貿易』に変わってしまった。
 それもまた、後悔はしていない。だからこそ、語るべき言葉に迷う。
 隣に居る元就の事さえ、どう言葉にしたら良いのか判らない。

「ただ、傍に居てやれば良い。」

「・・・もと、なり・・・。」

「報告書を読み上げる為に来た訳でなし。
 一言も発さず・・・心中がグチャグチャなら、無言で語りかける事もしなくて良いのだ。こうして足労致して・・・雑草のひとつもむしってやれ。
 そういう手間をかける事、そのものが、死者への祈りなのだと思う。
 ソレが、汚くても誰も困らぬ墓を、綺麗に保つ意味。墓というモノの存在する意味なのだと・・・無言ではどうしても座りが悪いと申すなら、経でも己の口で上げてやれば良い。
 本職が読むのとは違う、下手で当然な経をな。
 と予想し、このような物を持参致したのだが・・・。
 使うか?」

 声すら上手く出せなくて、掠れてしまう秀吉に元就が、懐から見せたのは短い経文だった。
 美しくご立派な装飾を施した、仰々しい代物ではない。普通に店で売られている、有名処の経文の、サビ部分だけを白い巻紙に抜粋して書き付けた物。二束三文で誰でもが手に入れられる代物だ。
 その気安さが、むしろ今の秀吉にはありがたい。

「流石だな、詭計智将。」

 安堵の息と共に受け取った秀吉。その短い言葉に込められた最大限の賞賛に、元就は複雑なカオで微笑んだ。

「・・・褒め言葉には値せぬ。
 我にもな・・・我にも、参らねばならぬ墓があるのだ。参詣したくて、だが、どうしても参詣できぬ墓が。
 その墓に眠る者たちは、我が身の穢れを見れば怒るであろう。荒ぶるであろう。責めるであろう。そう思うとな、どうしても足が向かぬのよ。
 それに・・・そなたにとっての三成のような者が、我にはおらぬ。自ら忠節を知る家臣も、気を回す家族も。恐らく墓は、このように美しくは保たれておらぬ。雑草と土に埋もれて見る影もなく、もしかしたら、打ち壊されてさえ、いるやも知れぬ。
 明だけは気に掛けてくれたが、不安定な家中の事。1人で墓地などに行かせては危ない故、墓の世話などするな、と。我の口から禁じておった。
 秀吉。
 我がそなたに、この件で何をしてやれるか。考えた時、浮かんだのはあの墓の事であった。我なら、墓の前に立つのに、何が入り用であろうかと・・・。
 実際には墓前に立てていないのだから、想像の域を出ない訳だが。
 この経文もな、その一環なのだ。
 故に・・・褒めるには及ばぬよ、秀吉。」

「・・・やはり、俺はお前に感謝せねばならん。
 俺とねねへの気遣いに。想像するだけで辛い事を、想像してくれた事にな。」

 泣きそうなカオで笑った。肩を抱く秀吉の腕の中で、あの元就が。
 彼は7回、女と婚儀を結んで、その7人共が狂死している。今も正室の座は埋まっているが、その『8人目』も気を病んで久しいとかで、秀吉は会った事がない。
 子は3人。いずれもが毛利宗家の証たる紫茶色の髪の者だが、その存在では元就を救い得なかった。彼は嫡男の年齢すらまともに覚えていないのだ。
 どうしても、覚えられない。聞いた側から抜けていくのだと。
 日の本一の策士が、乾いた瞳で呟いていた。

「その経・・・共に読んでくれるか、元就。」

「あぁ。」

 墓前に膝を屈し、俯き加減で手を合わせて、2人で同じ経を読む。水桶からの清水で墓石を清め、清潔な布を使って綺麗に雫を拭い取る。仏花を供え、線香を焚いて、香気を含んだ煙を墓石に纏わせる。
 雑草は生えていなかったので、草むしりの必要性は無かった。十中八九、几帳面な三成のお蔭だ。彼の事だから、吉継にも手伝わせて徹底的に根絶したに違いない。
 祓い清める全ての所作が、そのまま、秀吉の心を救う所作。秀吉の中で、ねねの死が消化されるのに必要な所作だった。
 そして元就が、自分の中の『穢れ』と向き合うのにも、必要な。

「・・・・・・。」

「ふむ。こんな所か。」

 仏花の向きを直していた元就が、納得したように息を吐いて秀吉の隣に戻ってくる。
 彼が自分の隣で、同じ物を見ている。
 その事に言い尽くせない安堵を感じて、秀吉は、自然に元就の指先に自分の指先を絡めていた。温もりを感じて、更に力を込める。

「どうした? 秀吉。」

「いや・・・ねねの次に惚れた相手が、お前で良かったと。そう思ってな。」

「・・・我が身の穢れを知っていて、よく申すわ。」

「俺はそうは思わんが。」

「・・・・・・。」

「また一緒に来てくれ、元就。
 今日、来られて・・・区切りにはなった。だが、まだまだ悟りには程遠い。1人で普通に参詣出来るレベルではないのだ。いつかは半兵衛や慶次、他の仲間とも一緒に参れたらと思うが・・・。
 まだ到底その境地に達していない。今の俺は、他ならぬお前と共にでなくては、墓前に立つ事も侭ならぬ有り様だからな。」

「・・・仕方のない男よ。」

 まだ少し泣きそうだったが、元就の見せた笑顔は穏やかなモノだった。
 秀吉は心密かに思う。コレを言うと元就はまた泣いてしまうだろうから、口には出さずにおくが・・・秀吉を相手にする時のみ妙に涙が出易いと、そう元就が恥じているのを秀吉は知っていた。
 いつか・・・元就が参詣したくて出来ないでいる墓にも、共に参りたい。恐らくは父や兄、甥っ子が眠る、先祖代々の墓であろう。
 いつか、全部が終わったら。
 全てが丸く収まって、以前に語り合った通りの生活が出来るようになったら。

「大阪の城へ帰ろう、元就。」

「うむ、秀吉。
 慶次についての相談、何故に皆が皆、前田家でも京都でもなく、大阪の城で行うのであろうな?」

「そうだな、何故だろうな。」

「??」

 棒読み口調で苦笑すると、秀吉は本気で解っていない元就の髪を、クシャクシャとかき混ぜるようにして撫でた。彼の髪は手触りが良いので、つい触ってしまう。
 本当は判っている。大阪城に、元就が入り浸っているからだ。
 慶次の婚儀の支度は、着々と整っている。近衛卿は政略の為、利家とまつは可愛い息子分の貴重な婚期を逃さぬ為。それはもうスピーディーに、遺漏なく。
 家康などは慶次に申し訳ない気分があるらしく、その分め一杯の進物や企画で婚儀を盛り上げようと頑張っていた。慶次本人には、『そんなトコで頑張んないでっ。』と悲鳴を上げられているが。
 仲の良い所で謙信はじめ上杉勢や、政宗ら伊達勢、幸村たち武田勢、9家全てを巻き込んだ、ちょっとした一大イベントと化していた。
 そのまとめ役は、仲人とも言うべき元就が買って出たのだが・・・この辺り、いつも面倒がって引っ込みたがる元就が自主的に手を上げた辺りに、仲間たちは『何が何でも『慶次と』添わせる、秀吉には近付かせぬっ。』という、詭計智将の本気を見た。
 その元就がこの一件を、安芸より京都に近い、大阪城に秀吉が与えた一室で仕切っているものだから。だから、皆も自然とソコに集まるようになっているのだ。

「元就相手に悲鳴を上げてみせる割に、慶次も満更でもなさそうではないか。京の都は近衛卿の屋敷に、足繁く通っていると聞く。
 瑶子姫も、お前が見定めた通りの良き姫御。あの2人は幸せになれるだろう。」

「そうだな。」

 『ようこ』姫。
 近衛卿の末娘の名を、訊いた時の義弘の強張ったカオときたら。思い出した元就は、頷きながら困ったように、僅かに苦笑した。
 元就の母の名も、瑶(よう)姫といった。義弘は、今でもずっと後悔しているのだろうか。
 元就が10歳の『あの時』、彼を守り得る位置に居ながら、動かなかった事を。元就の母と、父と親交を持ちながら、無自覚に突き放した事を。
 歩きながら元就は、肩を竦めて溜め息を吐く。

「こういう時、下戸というのは機会に困る。」

「? 酒に・・話に誘いたい相手でも居るのか?」

「ん・・・義弘をな。
 10の年の乱、義弘からすれば『我を突き放してしまった』という感覚なのだろうが、我からすれば、父と親交があった事すら知らなんだ人間の事など、頼りようもない。義弘が駆けつけた所で、父と兄と義姉と甥を一息に殺されたばかりであった我が、ヤツの手を取ったとも思えぬ。話が拗れ、ややこしくなっただけである気がするのだ。
 義弘に保護責任があった訳でなし、恨みようもないわ。
 瑶子姫・・・偶然とは申せ、我が母と同じ字を使った名。その名を耳に致した時の、義弘の妙な顔が気になってな。
 一言、余計な気を回すなと言い置きたいのだが・・・。
 だが、まぁ、不特定多数の前で致す話でもあるまいし・・・素面で昔語り、というのもな。さりとて、我は酒の匂い自体がダメで、うっかりするとすぐ眠ってしまうし。
 どうしたものか。」

「俺が島津を酒に誘い、果実付きでさりげなく、お前が同席する?」

「・・・そうしてくれると、助かる、かも知れぬ・・・・。」

 恋人からの珍しい『おねだり』に、秀吉は気持ち良く笑うとヨシヨシ、と元就の紫茶色の髪を撫でた。この手の頼み事を、元就は滅多にしない・・・誰に対しても。
 人間関係に首を突っ込みたがる面子は他に幾らでも居る。元就が一番消極的なメンバーだろう。仮に必要性が出来たとしても、元就の思考様式も行動パターンも、今でも一番よく理解しているのは鶴姫だ。彼女に頼めば元就は、自分の流儀を曲げないまま、目的を達成できる。
 今回はソコを敢えて、秀吉を選んで、手助けを依頼してきた。義弘の『あの後悔』を教えたのが、他ならぬ秀吉とはいえ・・・。
 彼にはソレが愛おしくてならない。

「承知した、元就。俺から島津を誘ってみよう。」

「すまぬ、秀吉。手間を取らせる・・・。」

「構わぬさ。俺は、お前に頼み事をされたのが嬉しくてならんのだ。それもあの乱に関わる事でな。お前にとってのあの乱は、俺にとってのねねの事。
 繊細で重要な部分に関わらせてくれた事、嬉しく思う。元就。」

「2度も言わぬで良いわっ。」

 俯いた顔が真っ赤に染まっているのは、もう見なくても判る事だ。
 城に帰ったら早速、義弘に一筆書くとしよう。元就の父とよく飲んだという、芋焼酎でも用意しておこうか。
 秀吉は元就の手を、改めて強く握り直した。



                          ~終幕~

戦国BASARA 7家合議ver. ~戦国武将の結婚事情  慶次と秀吉と元就の場合~

はい、あとがき。


エロ・・・入れたかったなぁ・・・(←まだ言ってる。)。

BASARAの豊臣秀吉という人は、とても誠実な人なんじゃないかと思ってる訳です。

だって、だって・・・!
半兵衛さんとか三成さんとか大谷さんとか左近さんとか、部下の人たち、
皆『重いモノ』抱えまくりな人たちじゃないですか・・・!!

少なくとも、武田的な熱血爽やか集団じゃないよね。


そういう人たちがね、仰ぐ相手として選び、
命と共に、抱えてる荷物を多少なりとも預ける相手として選び、
苦しみを伴う時間を、コイツの傍でなら、少しでも安らげる時間に変えられるかも知れないと選ぶ。

そういう相手として選ばれるだけのモノが、あるんじゃないかな、と。

それは秀吉さん自身、ねねさんの事で、現在進行形で苦しんでいるからじゃないかと。
苦しみを知る人は、同じように苦しんでいる人を引き寄せ、安らぎを与え得る、みたいな。


今回のお話は、その秀吉さんが、自分の中の言葉に出来ない生々しい苦しみに向き合い、
ねねさんのお墓参りに行くお話です。


アレ? まえがきと言ってる事が違うぞ? どっちも嘘じゃないって事でひとつ。



元就さんは、とても繊細な人なイメージです。

不安定だとかネガティブだとか、そういうのとは違うんだけど。
聡明すぎる故に、人の悪意まで靄のようなイメージで見えてしまって、
ソレが気持ち悪いって、口許を押さえてるような人。


感情が無いんじゃなくて、
自分でも、自分の喜怒哀楽を掴みかねてる人。

(そして良くも悪くも裏表なく開放的な元親さんには、
 自分の喜怒哀楽が掴めていないという事すら自覚していない元就さんの、
 微妙な心理が判らない、気付いてやれない、
 愛があるのはホントなのに、というすれ違い萌。)


大元は感受性の強い、優しい子供だったのが、10歳の時に派手に裏切られ、
『変わってしまった』のではなく、『変えられてしまった』人。


だってさ、だってさ・・・。
史実だけでも、結構ひどい目に遭ってるんですよ、この御方。
戦国BASARAの世界では、きっともっと酷い目に・・・。


(そして漆黒猫は、そういうドロドロが結構、大好きだ。)


人の心というモノにうんざりしていて、10歳前に出会っていた元親さんの事も、
心の何処かで信じ切れなくて。
「どうせいつか、嬉々として『我の居ない』外海に乗り出していくのであろう?」とか、スレてて。


それでも合議制に参加した事で、ほんの少しずつでも、変わってきていて。

今回は、側に居ると言ってくれた秀吉さんの為に、自分に何が出来るのか。
一生懸命、考えてみました、みたいな。


元就さんサイドから見ると、そんなよーなお話でした。



それでは、また次作で。

戦国BASARA 7家合議ver. ~戦国武将の結婚事情  慶次と秀吉と元就の場合~

朝廷内部での協力者・近衛前久卿。彼が『豊臣当主』に持って来た末娘との縁談は、7家内部に静かな波紋を呼びます。特にその大波をかぶるのは、秀吉さんと元就さんと・・・何故、慶次がっ?! あの風来坊に、名門公家の娘婿が務まるのか?! ・・・エロはありません。カラダの付き合い以上の深いレベルで愛情表現するのが、オトナの恋愛というモノです。具体的には秀吉さんが、元就さん同伴で、ねねさんの墓参りに行ったり、ね。苦しみに寄り添うっていうのは、こういう事だと思うのです。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 時代・歴史
  • 青年向け
更新日
登録日
2014-09-20

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work