遺手紙「貴女はもう忘れたかもしれないが?」

ナホトカ

○貴女(あなた)はもう忘れたかもしれないが?

真っ青な海と空。横浜港から出発しましたね、ナホトカ号。
食事のときの同じテーブルになりました。はじめまして。
青タオルとマメタンの出会いでした。

あなたのTシャツにはJUSTMARRIEDとかかれていて
よく冷やかされてましたね。覚えてますか?
小説家夫婦とよくドボンをやりました。

津軽海峡では船が揺れてダンスパーティーのとき
あっちへぞろぞろこっちへぞろぞろ。床にヒッピーが
座ってたりして楽しかったですね。


○あなたはもう忘れたかもしれないが?

ナホトカに上陸して足がふわふわしてたりして。
町には何にもなくて灰色で、バスの中でガイドさんが

最近建った集団住宅です、なんて。
皆で顔を見合わせましたよね。
今は相当変わっていることでしょう。


○あなたはもう忘れたかもしれないが?

シベリア鉄道でハバロフスクへ向かいました。
インツーリストのお姉さんに盛んにアタックしましたね。

憶えてますか?荒野に突然停車して、遠くで農夫が
じっと列車を見つめていたのを。

シベリアの空

○あなたはもう忘れたかもしれないが

ハバロフスクの大食堂。私は青いタオルを首に掛けて食事をしました。
ウェイトレスのおばさんが付け髪をしていて、色が違っているのに
おどけたりして。ハラショー、スパシーバ。

何か独特な味のする固いパンでしたね。
必死で噛み砕きました。
透き通るような青い空でしたね。

○あなたはもう忘れたかもしれないが

イリュージンのジェット機はなんと36時間も乗ってました。
「今日誕生日の人いますか?一番長い一日になりますよ」
そのとおり。沈む太陽を追っかけていつまでたっても夕日のままでしたね。

○あなたはもう忘れたかもしれないが

モスクワが近づくと、緑の森が延々と続き、ところどころ
途切れていて、人家もなく、だだっ広いだけ印象のシベリアでしたね。

○あなたはもう忘れたかもしれないが

ウクライナホテルのデスクにでんと座ったおばさんは、
ちょっと怖い感じでしたね。トイレもバスもでっかくて
トイレットペーパーの質が悪くて・・・。

モスクワ

○あなたはもう忘れたかもしれないが。

モスクワの町に出ましたね。小説家の方と一緒に、走れコータローもいたかな。
タクシーを止めるのが大変でしたね。小説家のおじさんが轢かれそうでしたね。

地下鉄に1区間だけ乗りましたね。お金は払えませんでした。
でかいおまわりさんに「ベトナム?」と言われたの憶えてますか?

○あなたはもう忘れたかもしれないが。

市内観光を貸し切りバスでしたとき、モスクワ大学に行きました。
三人で走ってトイレに行きましたね。とても大きな便器でほんとに驚きました。

青い空と美しい眺め。あそこが競馬場ですと指差されましたね、いまだに
わかりませんが憶えてますか?

クレムリンの石畳。レーニン廟。もう、あまり思い出せません。

チャップマン

○あなたはもう忘れたかもしれないが。

モスクワで小説家夫婦のワルシャワ組と別れて我々ストック組は空路ストックホルムへと向かいました。
日大の走れコータローも一緒です。よく考えて見るとあの時ぺテルスブルグの上を飛んだんですね。

ストックについて最初にびっくりしたのはバス代の高さとオープンサンドの高いことでしたね。
アンチョビをちょこっと乗っけただけで700円とは驚きました。

帆船ユースのチャップマンに泊まりましたね。
船倉のベッドは今でもよく憶えています。

初めてのヒッチハイク

○あなたはもう忘れたかもしれないが

楽しかったですね、生まれて初めてのヒッチハイク。
コータローと3人で紙にKOPENHAGENと書いて
一人ずつ交互に指を立ててたちました。

よく考えてみるとあの場所はかなりスピードが乗るところで
なかなか止まりませんでしたが30分ほどでやっと
止まってくれました。じゃんけんでコータローははずれ。

西ドイツの学生でしたね。あなたたちはずっとしゃべってました。
憶えてますか?私は後ろで寝てましたよ。

コペンで野宿

○あなたはもう忘れたかもしれないが

コペンはもう夜でした。チボリのイルミネーションを抜けて
中央駅まで行きました。もう真夜中でしたね。

橋の袂の芝生で寝袋に入って眠りました。
憶えてますか?よくもまあ大胆にも。

でかい米軍の寝袋でしたから何とか二人入れました。
一生忘れることはないでしょう。
ヨーロッパで初めての野宿でした。


○あなたはもう忘れたかもしれないが

ベラホイのユースで分かれました。
「リューベックで車買ってきます」
「コペンで仕事探します」
ユースの掲示板が唯一の連絡場所でしたね。

トラベラーズチェック

○あなたはもう忘れたかもしれないが

私は全財産をはたいてリューベックで中古のワーゲンを買いました。
それがコペン間近でクランクシャフトが折れて、どうしたものか?

修理屋に預けてヒッチでベラホイにやっとの思いでたどり着きました。
掲示板の『青タオルへ、私は東京館にいます、マメタン』
を見たときには正直うれしかったです。

今でも感謝しています、驚いています。あの時よくお金を貸してくれました。
「私は仕事が見つかったし、いいから使って」
そういってトラベラーズチェックにサインしてくれましたね。

憶えてますか?ずいぶん時間がかかりました。
あなたの手元を見つめながら、
『絶対に早く返すぞ!』そう誓いました。

出発の日

○あなたはもう忘れたかもしれないが

借りたお金でワーゲンを修理してベラホイで1ヶ月働きました。本格的に稼ぐ
ために西ドイツへ、私は絵描きのおじさん、佐々木さん?、と出発しました。

ワーゲンにはペイント、前に弁慶後ろに助六、ど派手ジャパンポップアート。
楕円形のツーリストナンバープレート。みんなが見送りに。

あなたは運転席のシートを何回も動かして固定してくれました。
今でもよく憶えています。本当によく人のために一生懸命尽くす人だと。

借金のプレッシャーが強くこの時期ほとんど会ってませんでしたよね。
あなたは日本人社会の中でぐんぐんと目立ってきました。

はちきれんばかりのマメタン全開でしたね。
ジュードーの佐藤氏とのうわさは耳にしていましたが・・・・・。

ヘルシンキ

○あなたはもう忘れたかもしれないが

私はミュンヘンで半年働いてお金をためてコペンへ戻ってきました。
この時でしたかコペンの中央駅で出会えなかったのは。

今でも不思議で仕様がないのですが申し訳ありませんでした。
一旦お金はお返ししましたが、どういうわけかあなたにはいろいろあったみたいで

小曽根と私の二人に加わって3人で北上することになりましたね。
憶えてますか?オゾネ。カナダの庭師。前歯の抜けるのそっとした男の子。

フェリーでチュルク、ヘルシンキまで行きましたね。憶えてますか
あのフェリー?帰りは雑魚寝でしたね。何年か前に沈没したんですよー!

ヘルシンキ、サウナのプール。佐藤栄作ジャンプ台。マツダの車ばかり。
ディスコで食事中の女の子を誘ってあなたにたしなめられましたね。

白夜

○あなたはもう忘れたかもしれないが

10円玉で学生証を造ったの憶えてますか?
職安で必要だったからです。オゾネは疑われてだめでしたね。

この年トルコ系が解禁になってまったく仕事は見つかりませんでした。
ストックの町をさ迷い歩きましたね。憶えてますか?

駅前のブルーハウス。ガムラスタンのディスコ、ブラックシープ。
長い長い夜のエスカレーター。お金を使い果たし途方にくれました。
ほんとにすみませんでした。

○あなたはもう忘れたかもしれないが

憶えてますか?ストックで借りた部屋で朝まで話してて。
幽霊が座ってた?白く光ってた?白夜のころでしたね。

マルメの別れ

○あなたはもう忘れたかもしれないが

マルメを目指してヒッチハイクのとき、老夫婦の家に泊めてもらいましたね。
一生忘れません。マッサージをしたり歌を歌ったり新聞に載ったり。

失意のどん底なのに勇気付けられました。ログハウスの引き出しベッド、
憶えてますか?大きな窓に美しい星空でしたね。

○あなたはもう忘れたかもしれないが

マルメの別れ。脳裏に焼きついています。あなたはコペンへ私はストックへ。
かもめの鳴き声がかくも悲しいものだとはこの時初めて知りました。
船が見えなくなるまでずっと見送ってたんですよ。

トーマスペンション

○あなたはもう忘れたかもしれないが

毎日はがきを出しました。仕事が見つかりそうにないことは
はじめから感じてました。ついに敗北宣言コペンに戻りました。

あなたは東京館に復帰。悔しかったですね。
懐かしくもつらく苦しい一冬でした。

トーマスペンションのあの部屋。青春のすべてがそこにはありました。
暗いうちにノアポップに行き暗いうちに帰ってくる。

ほんとに暗い半年間でした。いろんな人が出入りしましたね。
部屋だけはいつもにぎやかで。操さん。小林君。佐藤君。ETC.
操さんと人魚の像の前で『枯葉』をフランス語で憶えたりしました。

再会

○あなたはもう忘れたかもしれないが

操さんの下宿のおじいさん憶えてますか?
操さんを養女にしたいとかいった感じでしたね。

日本人コミュニティーにどっぷり。
私はあなたの影に隠れて、ひっそりむっつり。

長い髪にあごひげ口ひげかかとの高い木靴を履いて
白いパンタロンに袖の長いカーデガン。
まるでキリストみたいでしたね。

○あなたはもう忘れたかもしれないが

春になって私だけ先にデュッセルへ旅立ちました。
ここから何か突破口を開くつもりでした。

東京からもと彼があなたを追ってストックに来ましたね。
私が針金細工を知った直後に、
あなたはデュッセルへとやってきました。

一大決心でしたね。デュッセルドルフの中央駅での再会。
映画のシーンのようにはいきませんでしたが、
一生忘れることのできない名シーンです。

涙で売れた

○あなたはもう忘れたかもしれないが

あなたはおお泣きになきました。
「私はこんなことをするためにここに来たんじゃない!」

ほんとに申し訳ありません。当時、この針金にすべてを
掛けてみようという時期で、私は必死でした。

とにかく一度売ってみて、それからよく考えようと
涙ながらに説得したと思います。

○あなたはもう忘れたかもしれないが

初めて販売した夜のこと憶えてますか?かなり
アルト(旧市街)の雑踏から離れた銀行の脇で

小さな別珍を広げ、”アンバランスの調和”という
テーマで作ったへんてこな針金首輪。
あっという間に売り切れてびっくりしましたね。

太陽と一番角

○あなたはもう忘れたかもしれないが

これで決まり!あなたを絶対に幸せにしてみせる。
心底そう思いました。ほんとです。

『全ヨーロッパを制覇するよ!この二人でOK?』
てな感じでした。

○あなたはもう忘れたかもしれないが

それからアルトシュタットの一番角を取るまでは
そう時間はかかりませんでした。

あなたは10kgもやせて、とてもスリムになりました。
ほんとに大変な日々でしたね、申し訳ありません。

憶えてますか?縁日、石松、よれよれ、獣医、日本館,
キプロスetc。太陽の大ヒット。

アルトシュタット

○あなたはもう忘れたかもしれないが

ラインの広い川床にメッセという移動遊園地がやってきて
シンカンセンが回ってました。

「ポリツァイ!」毎日ワンタッチでしまって逃げまくりました。
ユースでトンカチ作り続け、なぜか大声で怒られたり、
いまだに何故だか分かりません。


アパートのエレベータで住人のおばさんがケッテを持ってたり。
禿げの中国人コックがあなたに抱きついたり。

アルトではクリームチーズ。ピザ屋のピザ回しを眺めたり。
小さなバーで女の人がかつらを取られたり。

ドイツ銀行にお金を預けにいったら何か聞かれて、
「ブラートブルストミトポンフリ」(ポテトと焼きソーセージ)
と答えて大笑いされたことがありました。これもいまだに分からない。

乱闘事件

○あなたはもう忘れたかもしれないが

12月にはいるとアルトの近くのホテルに移りました。
のほほんとしたフランスの女の子を憶えてますか?

小石に絵をかいて売ってました。ホテルに来たこともあります。
目が覚めたら彼氏がいなくなっていた話を何度も聞きましたね。

○あなたはもう忘れたかもしれないが

あのクリスマスイブの乱闘事件!新聞にでかでかと出ていましたね。
一生忘れません。置いて逃げてごめん。スプレーをかけられたんだよね。

ほんとにごめん。そのために『デュッセルドルフの針金師たち』を
書きました。これはあなたに捧げる永遠の青春バラードです。

この事件をきっかけに私たちはデュッセルを去ることにしました。
さあ約束どおりヨーロッパからイスタンブールへ旅をしよう!

イスタンブール

○あなたはもう忘れたかもしれないが

デュッセルを出る前に駅前の宝石店で銀の指輪を買いました。
憶えてますか?さあハネムーンですよ。

思い通りにあちこち回りましょう。まずはトルコ、イスタンブールへ。
オリエント急行に乗りました。オーストリアを抜けるまでは定時でしたが
その後どんどんと列車は遅れていきましたね。

○あなたはもう忘れたかもしれないが

トルコ、イスタンブール。一生忘れません。あなたと二人。
グランバザール、ブルーモスク。シシカバブ、ガラタ橋のいわしのから揚げ。

チャイを一杯飲みました。スピーカーから町中に鳴り響くコーランのだみ声。
一日何度も響くあの声はしばらく耳について離れませんでしたね。

ギリシャへ

○あなたはもう忘れたかもしれないが

ポケットにたくさん詰め込んでパズルリングを一杯買いましたね。
人の入るほどの大きなかめがたくさんありました。

アフガンコートも買いました。当時はすごくはやってましたね。
ヒッピースタイルのきわみです。

映画館の脇で両替をしようといわれてゼロの一杯ついたお札。
何だったんでしょうねあのお札?だまされなくてよかった。

○あなたはもう忘れたかもしれないが

ギリシャへ学割で飛びました。エーゲの海を下に見て。
空港について驚きましたね。αβγδさっぱり分かりません。

オリンポスの神殿。シンタクマの写真屋さん。領事館の人。
手塚治虫のアニメを見たの憶えてますか。クレオパトラか
なんかだと思います。胸も腰も黒ベタでなんとも異様でしたね。

アイガーの北壁

○あなたはもう忘れたかもしれないが

次はスイス。インターラーケン、グリンデルワルド、アイガー。
とんでもないところへ来たものです。

ユースで毎日アイガーの北壁を眺めながら、ホンデュを食べ、
好きなだけ皆さん滑ってください、私は滑れませんのでと
ユースで3日間引きこもっていました。

アイガーの北壁の中をケーブルカーで登っていきました。
数年前にトンネル事故があったところです。

途中ののぞき壁。頂上のアイスパレス。展望台からの
ユングフラウヨッホ。イタリアへと続く大氷河。フィルスト。
一生忘れません、あなたと二人で眺めましたね。

スキー三昧

○あなたはもう忘れたかもしれないが

スキーはほんとに大変でした。私はインストラクターを頼んで初級から。
熊男とかカメラマンとかユースで知り合った人達とツアーに行きました。

雪だまりに埋まったり、雪煙の中誰かがこんにちわーと言って通り過ぎたり。
途中であなたがリタイアして、まことに申し訳ありません。

あの時何故一緒に付いて下りなかったんだろうなと悔やまれます。
イタリア人だったら必ずこう言うでしょう。
「お前は男じゃない、バカタレ!」

流れ星

○あなたはもう忘れたかもしれないが

フィルストでの直滑降、憶えてますか?雲の上。
とても短いスキーで滑ってる人たちがいたりして。

映画007の舞台になった所だそうです。
長いスロープ、直滑降。バランスを崩して、

ものすごい雪煙でスライディングストップ。
一生忘れません。

○あなたはもう忘れたかもしれないが

結局スイスには1ヶ月いました。東北からの海外青年協力隊
の人たちに食事に招かれました。

久しぶりに食べたご飯とすき焼き、最高でした。帰りの夜空も。
流れ星がすぐそこで、手に届きそうでしたね。

フラメンコジャポン

○あなたはもう忘れたかもしれないが

何とかという特急でグラナダまで行きました。
バルセロナのサグラダファミリア。
登りましたねかなり上まで。

暖かい地中海。スーパデペスカード、トルチリア、
パエリャ。オリーブとサフランの香り。

○あなたはもう忘れたかもしれないが

グラナダ、アルハンブラの宮殿。
日系アメリカ人に声をかけましたね。
下町でギターの作業場をのぞいたり。

そしてあのソクラモンテの丘。
強烈なギターとフラメンコの踊り。

私がスカーフを巻かれて踊ったの憶えてますか?
あなたと二人のフラメンコの夜、一生忘れません!

マドリード

○あなたはもう忘れたかもしれないが

マドリード、ここにも1ヶ月近くいましたね。
私は小説を書くとかいって
毎日オレンジばかり食べてた様な気がします。

食堂でバッグを盗まれましたね。残念、ちょっとした隙に。
置き引き、ほんとに申し訳ありません。

○あなたはもう忘れたかもしれないが

蚤の市で火縄ライターを買いました。風が強くても火がつく
しかも安いということでたくさん買いました。

マドリからサンセバスティアン行きの夜行列車、
みんなから大歓迎されてまったく眠れませんでしたね。

パリからアムスへ

○あなたはもう忘れたかもしれないが

サンセバスティアンの砂浜を歩いたような気がします。
国際夜行列車、夜中に停車して目を覚ますと、ボルドーでした。

パリ。地下鉄であちこち移動。ルーブル美術館にミロのビーナスを
見に行きました。人も少なく目の当たりでしたね、これ本物?て感じ。

セーヌ川、モンマルトルの丘、ムーランルージュ近くのホテル。
凱旋門、サンジェルジェ、大使館。シュトレーン。

○あなたはもう忘れたかもしれないが

アムステルダムでサンダーバードを見ました。
灰皿付の椅子でしたね。いよいよ旅も終わりです。

思えばあなたはコペンから意を決してデュッセルへやってきました。
涙のあと針金を作りまくり、半年後この旅行が実現しました。

凱旋

○あなたはもう忘れたかもしれないが

あと1年頑張って日本に帰ろうと決めたのもこの頃でした。
車を買って、コペンに一旦戻ることにしました。凱旋です。

みんなを見返してやりました。あなたはとても生き生きとしていましたね。
ほんとにみんなに好かれているな、大事な人だと心底思いました。

○あなたはもう忘れたかもしれないが

大槻、岡山の大阪漫才コンビはほんとに面白かったですね。
その大槻さん、もと整備士が我々に加わりました。

憶えてますか。突然の大雨でワイパーのヒューズが飛びました。
大槻さんはとっさにタバコの銀紙で直してくれましたネ。

アウグスブルク

○あなたはもう忘れたかもしれないが

あちこち小さな町を巡りましたね。アウグスブルグ、
あなたのおなかが痛くなって病院を探しました。

個人病院だったと思います。旅のかただからと無料で
診察、お薬ももらいました。不安だったでしょう。

○あなたはもう忘れたかもしれないが

ハーナウ。フランクフルトの近くの街です。陸橋の上でよく
売れました。黒人の女の人がジャラジャラをぱっと手に

とって身に付けて、びっくりするほどよく似合ってましたね。
ポラロイドカメラで写真を撮ってもらったこと憶えてますか?

フルダ

○あなたはもう忘れたかもしれないが

シュバルツバルト(黒い森方面)、ザール、バーデンバーデン。
チューリンゲンバルト、フルダ、バイロイト、ニュルンベルグ。

バイエルン地方、ローテンベルグ、ケンプテン、パッソー。
などなどくまなく周りましたね。

○あなたはもう忘れたかもしれないが

フルダのキャンピング場、憶えてますか?
焼き飯を英国人家族にプレゼントしたり、

「ゲナウゾウエッセンス!」と言われたり。
風邪を引いて声が出なかったり。
夏、毎日シャワーを浴びました。

デモよく売れました、あの大通り。
二人ボッチでしたね、ずっと。

UFO?

○あなたはもう忘れたかもしれないが

フランクフルト。ユースのすぐ前を流れるマイン川の川土手に
バンを止めて寝てました。真夜中、「戦争を知らない子供たち」
の歌声には驚きましたね。あったかいお味噌汁でした。

政治集会を見に行きました。かなり派手なイベントでしたね。
終了後にバンドのボーカルに誘われたのを憶えたますか?

○あなたはもう忘れたかもしれないが

ハイデルベルグ。お城の中はできませんでしたね。すぐに
地元のヒッピーが飛んできました。

チューリンゲンの森のアウトバーンで戦車と競争しました。
憶えてますか?UFO。誰かに「UFOを見たことありますか?」
と聞かれたら必ずこの話をします。ほんとにあれは不思議な出来事でしたね。

ロマンチック街道

○あなたはもう忘れたかもしれないが

ローテンベルグ、ロマンチック街道。有名な観光コースだったんですね。
憶えてますか?ガソリンスタンドで給油してたら大型観光バスが止まって、
どっと日本人が降りてきたのを。

○あなたはもう忘れたかもしれないが

ケンプテンという町を覚えてますか?最後に売りまくった町です。
ヴィーネンバルトで誕生日。二人きりのもうくたくたの誕生日でした。

みんなの商品が手薄になりミュンヘンまで鉄道で届けに行きました。
帰りに乗り間違えて。列車の中で渦巻きブレスを必死で作りました。

乗客が不思議そうにじっと見つめていましたね。
12月、暗くて長い夜でした。

テロ

○あなたはもう忘れたかもしれないが

ミュンヘン!なんといってもテロの直後。
「何かあったんだ?」
アウトバーンでラジオがずっと叫んでいる。

アウグスブルグ、出口は完全武装の兵隊が何人も
自動小銃を持って警備している。

そのままやり過ごしついに終点ミュンヘンの出口。
「ハルト」(止まれ)

銃口を向けられ万歳状態で身体検査。車の内部をチェック、
パスポートを取り上げられて白バイ先導で警察署へ。

先導の白バイを見失ったらすぐにまた現れて、
片言のドイツ語で必死に弁明をして、
やっと許してもらった。

最後の一言は、
「グーテライゼ!」(よい旅を!)
冷や汗ものでしたね。

バイロイト

○あなたはもう忘れたかもしれないが

バイロイト。ほんとに大変な目にあわせてしまいました。
その前の回では新聞に載ったりしてすごく受けがよかったのですが、

あの地下道とあの橋のたもと。地下道から橋に戻ったらあなたの姿は
ありませんでした。とうとうあなたは捕まりました。

警察署の前で待つことしばし、あなたは元気で出てきました。
強がってけど大変でしたね。ほんとはきつく抱きしめてやるところなのに、
そういうことは結局一度もありませんでしたね。商品は没収。

「なんて書いてあるの?」
パスポートのスタンプともらってきた紙に書いてある内容を必死で訳すと。
「1ヶ月以内に出て行きなさい。半年間は再入国禁止」と書いてありました。

「クリスマスまでは大丈夫、よかったね、ばんざーい!」
もうこんなことではへこたれません。
二人はそれなりにたくましくなってはいましたが・・・・・。

コペンで挙式

○あなたはもう忘れたかもしれないが

おおつき、おがわ、ぼんぼん、ひょうきん、山男、
映画俳優、イスラエル。みんなよく頑張ってくれた。

ついにクリスマスも終わりデュッセルに終結しました。
大成功でした。もうお札を数えるのも面倒な状態でしたが、
総売り上げは日本円で1000万円を超えていましたね。

みんなを引き連れて再びコペンへ凱旋。盛大に結婚式をやりました。
とても寒かったですね。そう、あなたはウェディングドレスの下は
下着だけでしたから大通りを歩き、人魚姫のまえでお姫様抱っこ。

あちこち写真を取りまくっているうちに、あなたはその晩高熱を出しました。
さあ、日本に帰るぞ!何とかローマ行きの飛行機に飛び乗って、

「今どこら辺?」
「デュッセルの真上くらい」
二人はそろって真下に手を合わせました。
「デュッセルドルフ、ありがとう!」

                         -完-

遺手紙「貴女はもう忘れたかもしれないが?」

遺手紙「貴女はもう忘れたかもしれないが?」

1970年から1973年。ヨーロッパ放浪の旅。 憶えてますか貴女(あなた)との出会い。 鮮明にあのころがよみがえります。 長編小説「デュッセルドルフの針金師たち」の 資料メモ日記です。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-09-02

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. ナホトカ
  2. シベリアの空
  3. モスクワ
  4. チャップマン
  5. 初めてのヒッチハイク
  6. コペンで野宿
  7. トラベラーズチェック
  8. 出発の日
  9. ヘルシンキ
  10. 白夜
  11. マルメの別れ
  12. トーマスペンション
  13. 再会
  14. 涙で売れた
  15. 太陽と一番角
  16. アルトシュタット
  17. 乱闘事件
  18. イスタンブール
  19. ギリシャへ
  20. アイガーの北壁
  21. スキー三昧
  22. 流れ星
  23. フラメンコジャポン
  24. マドリード
  25. パリからアムスへ
  26. 凱旋
  27. アウグスブルク
  28. フルダ
  29. UFO?
  30. ロマンチック街道
  31. テロ
  32. バイロイト
  33. コペンで挙式