(2010年完)本編TOKIの世界書二部「かわたれ時…2」(太陽神編)

(2010年完)本編TOKIの世界書二部「かわたれ時…2」(太陽神編)

ごぼうかえる

TOKIの世界。
壱‥‥現世。いま生きている世界。
弐‥‥夢、妄想、想像、霊魂の世界。
参‥‥過去の世界。
肆‥‥未来の世界。
伍‥‥謎
陸‥‥現世である壱と反転した世界。

七夕のお話。自分の運命がわかっている運命。
少年少女と見えないところで活躍した神様達の話。

織姫と彦星の運

織姫と彦星の運

七月七日。
 海に近いこの村は毎年七夕の日に花火大会がある。けっこう有名な花火のようで村以外からも人が来るため何にもないこの村がこの日だけとても賑やかになる。今も海岸には花火を見に来た人達が所狭しと座っていた。今は午後八時半過ぎ。花火がはじまって少し経ったあたりか。
 人々はぽかんと口を開けたまま、そのきれいな花火を眺めていた。
 「きれいな花火だ……。」
 座っていた女の一人がぼそりと口を開いた。女は十六、七あたりで短い髪を左右で三つ編みにしている。上は袖が白いレース生地のシャツ、下はオレンジ色のスカートと別々な服に見えるが実はワンピースだ。
 「うん。きれいだね。シホ。」
 シホはとなりで一緒に花火を見ていた男をそっと見つめる。男も十六、七あたりで癖っ毛なのか髪がツンツンととがっている。灰色のパーカーを着ており、暑いのか腕をまくっている。下はカーゴパンツに近い半ズボン。
 「コウタ……。」
 シホは隣りに座っている男、コウタをさみしそうに見つめた。
 「シホ、いいんだ。俺は楽しかったよ。」
 花火が上がる音が響く。コウタの切なげな表情が花火に照らされてはっきりと浮かぶ。
 「本当に……いいんだよな……。これで……いいのか。ほんと、ふざけんじゃねーよ……。」
 シホは拳を握りしめながら息を漏らす。コウタの顔がシホの発言で曇る。
 「シホ、『ふざけんじゃねぇよ』は使うなって言ったよな。……俺、そういうの好きじゃないんだ。」
 「あ……ごめん。」
 コウタが怖い顔をしたのでシホは素直にあやまった。
 「俺がいなくなったらお前、また汚い言葉使うのかな。最近の女の子ってそういう子多いよな。」
 「あ……あんたがいなくなってもちゃんと言葉使いはなおす……よ。」
 「ならいいよ。……あ……手、握ってもいいか?」
 コウタがそっとシホに手を伸ばしてきた。
 「……何言ってんの?良いに決まってんだろ。付き合ってんだから。」
 シホは強引にコウタの手を握る。コウタの手は震えていた。
 「ごめん。俺、なんか情けなくて……。」
 「……いいよ別に……だって怖いだろ。誰だって。後……何分?あんたといられる時間……。」
 シホは唇を強く噛みしめながら必死に涙を堪えていた。
 「……。」
 花火が連打で上がっている。もしかしたらそろそろ花火大会の終わりが近づいているのかもしれない。時間が過ぎるのは残酷で速い。
 「シホ……。」
 コウタはシホの名前を呼ぶとそっとシホを抱きしめた。コウタの体温を感じたその時、シホの押さえていた感情が溢れ出した。
 「……イヤ……。いやだぁ……。やっぱりいやだぁ……!」
 シホは駄々っ子のようにコウタにすがり泣いた。
 「シホ……しょうがないんだ。これは……俺の運命なんだから。」
 「なんで?なんであんたなんだよ!この花火大会で皆あり得る事なのに!」
 シホの瞳に切なげに笑うコウタが映る。
 「幸せな顔をしている人が多い中でそんな顔をするなよ。」
 コウタはシホを強く抱きしめる。
 「……。」
 シホは潤む瞳でコウタの顔をじっと見つめていた。
 「お前と会えて俺、楽しかった。いままでで一番幸せだった。」
 「……うん。うちも……楽しかった。」
 花火はクライマックスをむかえていた。いままで打ちあがった花火が連続で打ち上げられる。暗かった夜空が一瞬で明るくなった。
 「……じゃあ、混まない内に今から帰ろうか。」
 「……うん……。」
 コウタはシホの涙をぬぐってやるとシホを離し、立ち上がった。シホもコウタに習い立ち上がった。
 「シホ、手を繋いで帰ろう?」
 「……うん。」
 コウタはシホの手を握るとまだ座り込んでいる人々を避けながら歩き出した。
 「今日はなんだか特別な花火だったなあ。」
 コウタが人々を避けながら嬉しそうにつぶやいた。
 「そう?いつもと同じだったじゃん。毎年、連打で締めるんだからさ。」
 「そうだったっけ?」
 二人は人ごみから離れ街灯のない海岸の道路を歩く。二人からは心情とは真逆の言葉ばかり発せられている。
 九時……十分……。
 道路の曲がり角に差し掛かった時、トラックがかなりのスピードを出して曲がり角を曲がってきた。
 ……もしかしたら……まだ……!
 シホは咄嗟にコウタの手を引く。しかし、シホは地面にあった小石に運悪く躓きコウタの手を離してしまった。コウタはバランスを崩し道路に投げ出された。
 「シホ……やっぱダメみたいだ。」
 「……うん。そうみたい……。」
 「シホ、楽しかったよ。じゃあ……さよなら。」
 コウタは笑顔でシホに手を振った。刹那、トラックが角を曲がりきれずに横転した。
 トラックはコウタを巻き込んで近くのガードレールにぶつかり止まった。
 「わかってた……わかってたよ……。だけど……。だけどさ……っ!」
 シホはその場に座り込み泣いた。運よくシホには何の被害もなかった。
 ……彼は七月七日の午後九時十一分に死んだ。
 これでよかったのだ。
 
 
 時はさかのぼり七月七日、午前十時。今日は真夏のような暑さだった。
「うわあ……凄い沢山人いないかい?」
 サキは夏らしい青いワンピースに紺のスパッツを履いておめかししてこの会場に来た。ウェーブのかかった黒いロングヘアーを暑苦しそうに払いながら隣で佇む男を見上げる。
 「ああ……けっこういるのな……。ジャパゴ好きな女子は。」
 男は橙色の長い髪になぜか安物のお面をつけている。服は着流しに袴だ。
 「みー君、これじゃあどこに何があるかまったくわからないじゃないかい……。」
 「俺が空飛んでお前を運んでやろうか?」
 サキの隣りにいた男、みー君がいたずらっ子のような顔でサキを見つめる。
 「いや、いいよ。そんな事したらあたしが空飛んでいるのと同じになっちゃうからさ。みー君は人間に見えない神だし、あたしは見える神だし。」
 みー君、本名天御柱神。彼は風雨悪疫の神という鬼神である。心霊的な神なので人間に見える事はない。その反対でサキはわけありで人間が半分入った神であり人間の目に映る。ちなみに彼女は太陽神でアマテラス大神の力を一番受け継いでいる太陽神の頭である。
 それでそんなすごい神達がこの東京の大きなホールで戸惑っている理由はずばりジャパゴ祭である。
 ジャパゴ祭とはジャパニーズゴッティという乙女ゲーム、通称ジャパゴのファンのための祭りだ。
 乙女ゲームとは女の子のためにつくられた恋愛シミュレーションゲームである。ジャパニーズゴッティは日本の神様と恋愛ができるというコンセプトで作られたゲームだ。もちろん、キャラクターはかっこいい男の子ばかりだ。
 サキはこのゲームのファンだった。一人でこの会場に来るのが嫌だったサキはみー君がゲーマーであるという理由で勝手に連れてきた。みー君は色んなゲームをやるゲーマーだ。間違ってはいないが女子ばかりなのでみー君は肩身が狭そうだ。
 「じゃ、ムリくり行くか?俺は霊的な奴ら以外は見えないし触れないからこのままススッと奥まで行けるが……。」
 「あたしは人間に普通にぶつかるからゆっくり頼むよ。」
 サキは額の汗をハンカチでふきながらゆっくりと進み始める。
 「お前が狙っているのってみー君グッズだろ?」
 「だからあんたじゃないって。ゲームの方の天御柱神様だって。」
 「せっかくキャラモデルの俺が目の前にいるってのにつれないな。」
 サキの言葉にみー君は肩を落とした。
 「みー君、来てくれてありがとう。後でごはんおごるから許しておくれ。」
 「別におごらなくてもいいぜ。色々華麗にスルーしやがって。」
 みー君とサキは次のフロアに入った。となりのフロアも人が多かったが先程までいたフロアよりはすいていた。ふと横を見ると
 『ジャパゴゲーム大会』
 と看板にデカデカと書かれているのが目に入った。
 「ゲーム大会だと?どういう事だ?恋シュミでどうやって大会するんだよ。」
 みー君が険しい顔で首を傾げた。
 「ああ、これはジャパゴキャラを使った格闘ゲームの事だね。ジャパゴバトル。通称ジャパバ!」
 「お前……まだこのゲームファンになって浅いのにどんだけオタクになってんだよ……。」
 サキのガッツポーズをみー君は呆れた目で見つめた。
 その時、アナウンスで元気な女の人の声が響いた。
 「はーい!エントリーする方はこちらへどうぞ!優勝賞品はここでしか手に入らない天御柱神、七夕にちなんで天若日子神(あめのわかひこかみ)のオリジナルグッズ一式!」
 「ななな!なんだって!わかひこはいいけどみはしら!?」
 サキは鼻息荒くみー君の肩を叩く。みー君はなんだか嫌な予感がした。
 「だからなんだよ……。」
 「みー君、こういう手のゲーム得意だったね?あたしは苦手だからかわりに出ておくれよ。」
 「あのなあ……。俺は人に見えないって言ってんだろうが。」
 「大丈夫だよ。あたしが出て、みー君はこう……あたしの後ろからコントローラーを持って……いかにもあたしがやっている風を装ってだね……。」
 サキはジェスチャーを交えながら必死で説明をしはじめた。よほど天御柱神グッズがほしいらしい。
 「はあ……まあ、そうくると思ったけどな。」
 みー君は頭を抱えたまま承諾した。
 サキは自信満々で頷くとジャパバ大会にエントリーした。大会出場者は多くはなかったが皆強そうだった。ギャラリーの方は沢山いた。ギャラリーの視線がサキに向いていたがサキには緊張している暇などなかった。
 「なんか……変な感じだぜ……。」
 みー君はサキの後ろに立ち、サキの手に自分の手を添える感じでコントローラーを持っていた。
 「さあ、行くよ!」
 相手の女性は自信満々な顔でサキを見ていた。サキがこのゲームをやった事がないのに気がついたらしい。完全に「もらった!」と顔が言っていた。大画面にサキが誘導する天御柱神と相手の女性が動かすタケミカヅチ神が映る。
 「俺もこのゲーム初めてなんだが……操作方法がなあ……。まあ、なんとなくわかるがな。」
 「みー君、しっかりするんだよ!」
 サキはみー君に喝を入れる。みー君はなんだか複雑な気分だった。天御柱神本人が天御柱神を動かしていて天御柱神のグッズを手に入れるために頑張っている。実に奇妙だ。
 相手の女性がタケミカヅチ神を扱いこちらに突進してきた。
 刹那、みー君の目つきが変わった。何かに目覚めたらしい。無駄な集中力を出し、ゲーマーの力を存分に見せる。サキの指を払いのけ凄まじいスピードでボタンを押しはじめた。
 「え?ちょ……みー君?」
 画面では天御柱神がスムーズにかつ高速に動いている。相手の女性は若干驚きつつタケミカヅチ神を動かす。タケミカヅチ神の武器である刀がカマイタチのように飛び始める。みー君は軽々とそのカマイタチを避けた。
 「ふーん。けっこう簡単だな。」
 そうつぶやきながらみー君はタケミカヅチ神に風で攻撃していた。
 「おー!ジャパゴキャラで一番使いにくい彼をいとも簡単に動かしています!」
 「まあ、俺だしな……。やたらイケメンになっているが。」
 実況者が感情表現豊かに騒いでいる。それに呼応するようにギャラリーも騒ぎ出す。
 二人の戦いは知らぬ間に肉弾戦になっていた。ガードをして攻撃の攻防戦が続く。
 「な、なんだい……あの人、めちゃくちゃ強いじゃないかい……。」
 「まあ、ゲーム大会って言ったらあんな化けもんがいっぱいいるんじゃないのか?」
 サキはコントローラーを持ったまま固まっていた。もう完全にみー君に任せていた。
 ……もう何が起こっているのか全然わからん……。
 自分だけで出ていたら最初で瞬殺だったに違いない。
 「あっ!」
 相手の女性が小さく声を発した。
 「気がついたか。遅い。」
 みー君は女性の反応を見てにやりと笑った。
 「な、なんだい?」
 「まあ、見てろよ。」
 サキは動揺しながらみー君を見上げたがみー君は画面を見るように言った。刹那、天御柱神が必殺技らしきものを出した。カマイタチと大嵐がタケミカヅチ神を襲う。必殺技画面に変わり、タケミカヅチ神をボコボコにしていく。
 「うわあ……。」
 サキが顔を青くした時、相手の女性ががっくりとうなだれていた。画面に目を戻すと大勝利という文字が映った。
 「え……?大勝利?……な、なんか勝ってる……。勝った?」
 サキは引きつった顔で画面を食い入るように見つめた。
 「ま。こんなもんか。この自機はな、肉弾戦でダメージを負わないでいると必殺技スキルがたまっていくらしい。相手のタケミカヅチ神はどうやら逆タイプのようだな。攻撃する事にスキルがたまる。天御柱神が使いにくいのは相手の攻撃を一発でも喰らったら必殺技が出ないって事と防御力が低いって事だな。的確に防御していれば攻撃は当たらないが一発でも当たったら高リスクだ。」
 みー君はゲームをやりながら色々と分析をしていたらしい。この男はこういう事は得意なのだ。
 「全然わからないよ。」
 サキがつぶやいた時、女性がこちらを怯えた目で見つめていた。
 「あ、あの、あなた、どうやって御柱様を……。攻撃が一発も当たらないなんて普通の人を超えているわ。まさか神!?」
 「あ、いや……まあ……あはは……。」
 サキは曖昧に返事をした。女性は肩を落として去って行った。
 「すっごいです!凄い人きましたー!あの天御柱神を涼しい顔で操る凄腕です!」
 実況に応じてまたギャラリーが騒ぎ出す。サキはとりあえず笑顔で手を振っておいた。
 「で……後何回やるんだ?」
 「わかんないよ……。みー君!お願い!」
 「あーはいはい。」
 みー君とサキはこそこそと話し合い、次の試合に挑んだ。
 みー君はやはり強く、次々と出場者を倒していく。サキは何がなんだかわからないままただ、コントローラーを握りしめ突っ立っていた。
 「はーい!やはり強し!天御柱神使い!彼に対する愛情を人一番感じるのは私だけでしょうか!」
 「だから俺だって言ってんだろうが……。なんで誰もサキの指がまったく動いてねぇ事に気がついてないんだ……。」
 実況者に向けみー君は叫んだがもちろん、みー君の声は実況者には届かない。彼の存在を確認できるのは神だけだ。
 「さて、では決勝戦にすすみましょうか!この神速のプリンセス、厄災使いに対するは七夕の織姫、天若日子神使いです!なんと今日は彦星なのか彼氏さんも同伴で来て下さっているみたいです!」
 実況者の紹介をうんざりと聞いていたのは白のレース生地の上とオレンジのスカートを組み合わせたワンピースを着ている女だ。となりにはフードつきのパーカーにカーゴパンツ風の半ズボンを履いている優しそうな男が立っている。
 「まったくうっせぇなあ……あの実況者……。プライバシーもくそもねえじゃねぇか!死ね!まじ迷惑じゃん。ねえ、コウタ。」
 女が口悪くつぶやく。それを聞いた男は女の尻を思い切り叩いた。
 「シホ!口が悪い!」
 「痛い!なんでケツ叩くんだよ!変態か!」
 「だから言葉遣い!」
 男はまた女の尻を叩く。
 「うわああん。痛いってば!わかった!ごめん!気をつける!気をつけるから!」
 シホはコウタに甘えるようにあやまった。コウタはシホの頭を撫でてあげていた。
 「仲がいいカップルのようですねぇ!ぜひ頑張ってほしいです!」
 実況者はニヤニヤと笑いながらシホとコウタを見ていた。
 「だからうっせぇんだよ!てめぇ!」
 「シホ!」
 シホはまたコウタに怒られていた。
 「なんだよ……あれ。」
 みー君がげっそりとした顔で二人のやり取りを見ていた。
 「なんか痛々しいカップルが次の対戦相手みたいだねぇ……。てか彼氏がいるのにこのゲームやってるなんて……なんかあたし、許せないよ!浮気相手いっぱいじゃないかい……。」
 サキはよくわからないが怒っていた。
 「別にいいだろ。彼氏がいてもジャパゴをやっちゃいけねぇわけじゃないんだから。」
 「ま、まあ、そうだけどさ……。ンん……みー君、あの子には絶対勝ってよ。」
 「なんでだよ……。」
 「なんでもさ!」
 サキは自分ではやらないくせになぜかやる気だった。みー君はため息をつくとコントローラーを握り直した。
 「あ、あんた、なんかわからないけど何かが憑依したみたいにボタンを動かす事ができんだって?」
 シホがサキに話しかけてきた。サキはギクッとしたがみー君の存在は絶対にばれないと思い、なるべく平常心でシホに言葉を返した。
 「えー、憑依?あたし、このゲーム好きでしてこれをやっている時だけはなんだか別人になってしまうというか……。」
 サキは我ながら気持ち悪い返答をしたと頭を抱えた。後ろでみー君が笑った声が聞こえた。
 「ふーん。ああ、うちは天若日子神が自機だから。よろ。」
 「あ、はい。」
 サキはシホの威圧に顔色を悪くしながら頷いた。
 「じゃあ、そろそろはじめますよ!」
 実況者が元気よく叫んだ時、サキに変な感覚が襲った。
 ……ん?なんか……前もこんな事があったような……。
 そう思ったがよくあるデジャブかと思い、あまり気にしなかった。
 「んおりゃあ!」
 シホは気合十分で天若日子神で突進してきた。
 「天若日子神か。サキ、お前も少し関係のある神だぞ。太陽神とも言われているからな。まあ、七夕の彦星のが有名か。」
 みー君はサキの親指をどけるとボタンを素早く押しはじめた。
 「へえ。全然知らなかったよ。」
 「お前なあ……。攻撃はおそらく弓か、音楽関係の攻撃だ。」
 みー君がそうつぶやいた刹那、無数の矢が天御柱神に飛んできていた。みー君は風をあやつり弾こうとするが矢の威力に風が負けてしまい防御が通じなかった。みー君は危なげに指を動かしながら矢を全部かわした。
 「へえ、あの子、けっこう強いぜ。」
 シホの存在がみー君の心に火をつけてしまったらしい。
 「わあ、あの矢を全部避けやがった!攻撃力上乗せしたっていうのに!」
 「シホ……言葉遣い……。」
 シホはコウタを半ば無視しつつ、悔しそうにつぶやいた。サキを背後から抱くような感じでコントローラーを持っているみー君はぼそりとサキの耳にささやいた。
 「ああ、ちなみに天若日子神ってのは生と死の神とも言われててだな……。おそらく死んでももう一回蘇る能力を持っているんじゃないかと俺は踏んでいるが……。」
 みー君は唸りながらシホの攻撃を避けている。今の所まったく反撃ができない。
 「みー君!」
 サキが突然叫んだ。
 「ん?なんだ?」
 みー君は手を動かしながらサキに耳を傾けた。
 「今の会話、前もしなかったかい?ほら、蘇るとか生と死とか!」
 「……ん?さあな。俺は覚えてないぞ。」
 サキの不安げな表情を見たみー君は首を傾げたがすぐに画面に目を移した。
 みー君は矢を避けながら天若日子神に突進する。近接戦が得意ではないと踏んだらしい。
 「ふふ。よし、音楽スキル七夕の軌跡がたまっている!喰らえ!」
 シホは必殺技を繰り出した。これは相手が近づけば近づくだけ大ダメージを与えられる技らしい。それにいち早く気がついたみー君は慌てて天御柱神を後退させる。
 「っち!なんかすげーの繰り出してきやがった……。」
 「避けられるか避けられないか……どっちだ?」
 シホは今までで見せた事ない真剣な顔でみー君が扱う自機を見つめていた。画面全体が真っ白になるくらいの爆発がみー君の自機を襲う。
 「うーん。これは無理だな。」
 みー君がつぶやいた刹那、みー君の画面に敗北の文字が浮かんだ。
 「ええええ!嘘だ!ま、負けちゃった!?ちょっとみー君!あの子には絶対に勝ってって言ったじゃないかい!」
 サキはしゅんと落ち込んだ。ここまで来て負けてしまった。
 「いやー、あれは無理だ。気がつくのが一秒遅かったな。」
 みー君はどこか清々しい顔をしていた。
 「なんとー!神速の厄災が七夕の織姫に負けました!天若日子神特有の音楽スキルをタイミングよく当てた!まるで天御柱神がこちらに向かって来ることを予想していたかのように音楽スキルをためていた彼女はまさに神!」
 熱く語る実況者にギャラリーが騒ぐ。
 「あーもう……うっさいなあ。あ、そこのあんた、天御柱グッズいらない?うちは若ちゃんだけでいいから。」
 シホがサキをどこかほっとした顔で見つめながら提案を持ちかけた。
 「ええ!天御柱神様のグッズくれるのかい!」
 「ん?いいよ。」
 シホは実況者からグッズをもらうと天御柱神のグッズ部分だけサキにあげた。
 「あ、ありがとう!あたし、天御柱神様が好きでねぇ……。これがほしかっただけなんだよ。」
 サキは天御柱神がカッコよく描かれているクッションを抱きしめながら微笑んだ。
 「よかったね。じゃ、うちらは行くわ。」
 シホは手を振りながらゲーム会場を後にした。コウタはこちらにお辞儀をするとシホを追いかけ走り去って行った。
 「よかったじゃないか。もう負けた事悔やんでないだろ?」
 「そうだねぇ!みー君!ありがとう!嬉しいよ!」
 みー君の笑顔にサキも笑顔で返した。


 ずっと負けっぱなしだったけどこれで勝った。これでまた運命が変わるかもしれない。
 何百万通り以上の確率でコウタが生きる未来があるかもしれない。おみくじでは完全否定されたけどきっとある。こういう分岐点を確実に変えていかないと同じ結末になってしまう。
 うちは……ストーリーを何度も演じ続け、そしバグを起こす。この演劇のセリフを忘れて演劇をめちゃくちゃにしてやる。演劇させられているなんてうちは認めない。
 「ねえ、コウタ。あんた、花火行きたい?」
 「本当は行きたくないけど行かなきゃならない気がする。」
 シホはコウタに問いかけた。コウタは渋面をつくりながら答えた。
 「じゃあ、ダメそうだね。」
 「ああ。ダメそうだ。これはきっと気がつくと花火大会の会場にいるパターンだ。」
 コウタが肩を落としてつぶやく。
 「じゃあ、とりあえずこれからを聞いてみるか。……地味子!」
 シホは誰かの名前かあだ名を呼んだ。
 「じ、地味……。やめてくれない?そんなふうに言うの……。神が皆華やかだと思ったら大間違いなんだから……。それで地味でもないんだから……。」
 シホの目の前に突然、暗そうな女の子が現れた。オシャレな麦わら帽子に柄のないワンピースを着ており、なぜかけん玉を持っている。
 「で?地味子、あのおみくじの神はなんて言ってんの?うちはあんたしか神様見えないんだから教えて。」
 シホは地味子を睨みつけるように見つめた。地味子と呼ばれた女の子は人間に見える神様らしい。
 「だから……地味やめて……。相変わらずコウタ君の運命は変わってないみたいよ……。」
 地味子はぼそぼそと小声で言葉を発する。
 「そうか。じゃあ、もう一度やり直す。今回の演劇は失敗だ。芸術神、語括神(かたりくくりのかみ)マイに伝えといて。」
 「シホ、やれても後一回かもしんない……。」
 やる気なシホに地味子は苦しそうに言葉を発した。
 「あと……一回?なんで?」 
 「……。後一回か……。」
 シホとコウタは歩きながらつぶやく。二人はジャパゴの会場を後にして夏の日差しにくらくらになりながら足を進めている。
 「後一回の理由は……あの会場にいた神に気がつかれたから……。うっすらだったけど……次は自覚するくらい気がつかれる可能性がある……。」
 地味子もシホとコウタの後を追い、歩く。
 「その神、どこにいた?」
 「……シホがジャパゴ決勝で戦ったあいつ……。」
 「!」
 地味子の言葉にシホは目を見開いた。
 「あの子か……。でもジャパゴ大会出場とあの子と戦うのは俺の運命に組み込まれちゃっているから避けられないな。」
 コウタが腕を組みながら唸る。
 「マイのストーリー上、ジャパゴは避けられない。今回、はじめてあの子に勝って少し運命が変わったかと思ってたけどこちらの勝ち負けが変わっただけで大きく変わったりはしなかったって事か。」
 シホも渋面をつくったまま暑苦しいビルの間を歩いて行く。コンクリートがやたら固く感じた。
 「で……君達は今、その足で花火大会のあの海辺へと向かっている……。これも運命に組み込まれているから君達は……逆らえない。未来がこのけん玉の技のように沢山あったらいいのにね……。」
 地味子は淡々と言葉を紡き、けん玉で日本一周を軽々とやってみせる。
 「もう一回やり直そう。もしかしたらあの子に気がつかれるのがこの運命のバグかもしれない。もう一度演じ直す。」
 シホは一つの結論に至った。
 「……わかった。……もう一度竜宮とマイに協力してもらうわね……。」
 地味子はそう言うとけん玉でまわしけんをしてけん先に玉を入れるとシホとコウタから離れていった。
 

 サキはなんだか腑に落ちなかった。
 前に夢かなんかかもしれないけど……この大会でみー君が勝ったような気がする。
 あの子達が出てきて決勝で戦って……
 みー君が瞬殺したけど天若日子神が生と死を司る神で特殊スキルで蘇って……みー君苦戦してたけど勝った。
 それで……
 あの子がこう言うんだ。
 「あーあー……負けちゃった。なんで必殺技気がつかれたんだ?あー……若ちゃんのグッズぅ……。」
 悔しそうにしている女の子を男の子がなだめていて……なんかかわいそうになったあたしは天若日子神のグッズを彼女にあげたんだ。
 「あ、これよかったらどうぞ。あたし、天御柱神様が好きだから。」
 「ほんと!やったあ!いいのか!若ちゃんのグッズもらっていいのか!」
 彼女は本当にうれしそうにグッズをあたしから受け取ってた。
 さっきみたいな緊迫感はなかったけどなんだかこちらの記憶のが正しい気がする。
 その後みー君がこう言うんだ。
 「いやー、あれはイケた。気がつくのが一秒早かったな。」
 ……ん?
 なんであたしは会話まで完璧に覚えているんだい?夢かなんかだっていうのに……
 ……いや……違う……。
 思い出した……。これは本当にあった事だ。
 夢なんかじゃない……。
 「みー君!」
 「うえあ?なんだ?びっくりするじゃないか。」
 みー君はサキがいきなり叫んだので驚いて飛び上がっていた。
 「あたし……気がついたんだ!実は……」
 サキの言葉はそこで切れた。突如この空間全体がまぶしい光に包まれ、サキは唐突に意識を失った。

二話

 七月七日午前十時。
 「うわあ……凄い沢山人いないかい?」
 サキはあたりを見回しため息をついた。そしてそっと隣に佇むみー君を見上げる。
 「ああ……けっこういるのな。ジャパゴ好きな女子は……。」
 みー君とサキが楽しそうに話している横でシホとコウタは人に飲まれていた。
 「すっごい人だな……。これ。」
 「コウタ、迷子になるなよ。」
 シホはコウタの手を引きゲーム大会へ向かう。シホの目的は七夕限定版である天若日子神のオリジナルグッズだ。ネットで調べてこのゲーム大会の賞品だという事を知った。
 「若ちゃんのグッズ手に入れたら他のブースはいいや。若ちゃん以外興味ないし。あ、そうだ!まだ十時だし、ゲーム大会終わったら花火見に行こうぜ!」
 「シホ……言葉遣い!」
 コウタはぴしゃりとシホに言い放った。
 「あ……えっと……ゲーム大会終わったら花火見に行こうよ。」
 シホは怒るコウタに怯えながらボソボソと言い直す。コウタは満足そうに頷き会話を進めた。
 「今日は地元の花火大会だったな。せっかく東京まで出てきたのにゲーム大会だけ出て帰るのか?他に東京観光しなくていいの?まあ、花火はみたいけど。」
 「コウタは毎年花火楽しみにしてるじゃん?今日は付き合ってもらったし、ちゃんと場所取りして見よう!」
 シホは元気よくコウタに笑いかけた。
 「そうだな。いままでけっこう立ち見とか多かったもんな。よし、今回はちゃんと場所取りしよう。その方がムードもでるしね……。」
 コウタがシホに優しく微笑む。シホは顔を真っ赤にして下を向いた。
 「な、何言ってんだ!からかうんじゃねぇよ。あ……」
 「今の言葉遣いはかわいいから許す。」
 二人は楽しそうに笑い合った。どことなくまわりにいた人が退いていたが二人には関係がなかった。
 

最初演じたセリフ、最初演じた表情……何度繰り返してもこれは変わる事はない。
 「人には覚えている事と覚えていない事がある。」
 短い金髪に鋭い目、白い着物を着ている芸術神マイはつぶやく。
 「うん……。」
 マイの横に座っていた地味子はけん玉の技、たけとんぼをしながらマイの話を聞いていた。ここはジャパゴ祭の開催地からそんなに離れていない神社。二人は階段部分に腰かけている。
 「覚えている事は自分が主役である所だけ。わき役だと無意識に感じた瞬間にその記憶は残らない。明らかに主役の人間がいる場合、それを見て『すごいなあ』とか思っている自分が主役になる。人間の世界は演劇と一緒。人生はその人の物語。ここにいる運命の神の役目はその劇が脱線しないように見守る事。助言としておみくじがある。人間がそこから先の未来を予想できるように。」
 マイはまだ早いだろうセミの鳴き声がする中、涼しげに話す。地味子はけん玉の技、つばめがえしを危なげに成功させていた。
 「面白い事に人間はゲームというものを作った。特にロールプレイングと言われるもの。主人公をプログラム通りに動かし、何度やっても同じ結末にたどり着く。我々がやっている事と同じ事を皮肉るように人間がやりはじめた。未来は沢山あると人間は言う。しかし、人間は一つの結末しか見る事ができない。ゲームで例えるとプログラミングをされているからだ。運命とはそういう事だ。だから何度やり直しても記憶に残る部分、つまり自分が主人公であると認識している部分はセリフを変えようと動いても無意味。主人公として劇をしなければならない。」
 「うん……。てゆか、それ、私に言わせるの……?長いんだけど……。」
 地味子はほとんど聞き流しながらけん玉でやじろべえとめけんに挑戦していた。マイは困った顔で地味子を見た。
 「そう言う感じの事を伝えてほしいって言った。」
 「無理。」
 地味子はマイに即答した。マイは頭を抱えて唸った。
 「まあ、いい。シホとコウタは薄々わかってきているようだ。……そろそろゲームで例えるならバグが発生する頃。いや、今までがバグか。そろそろゲームが正常に戻る。」
 「ゲームでの表現はやめた方がいいんじゃない………。」
 「人間に親しみやすくいうならこれが一番いい。特にこの辺をうろつくやつらには。」
 マイは真夏の太陽を眩しそうに見上げる。
 「シホはなかなか思い通りにいかないわね……。私達はシホとコウタ君の部分を元に戻そうと必死だけど……。」
 地味子がぶっきらぼうにつぶやいた。いままで成功していたけん玉が初めて外れた。
 「あきらめれば変わるかとも思ったが変わらない。あの部分の修正のためだけに竜宮使って何度も巻き戻してシホにも協力している形になっているが……困った。コウタはあそこで死なないといけない。それが彼の最終章であり、シホの……彼女の続章に繋がる。なんとしてもコウタをあの事故に巻き込まないと……。」
 マイは額の汗をぬぐいながら真剣な顔で膝に目を落とす。
 「その言葉何回か聞いたけど……全部失敗しているんじゃないの?」
 地味子はまたけん玉を器用に動かしている。難易度の高い、つるし飛行機に挑戦中だ。額に汗をかきながらも玉からけんをうまく突き刺す事に成功していた。
 「っち……。何度シミュレーションしてもシホが死ぬ!コウタをかばって死ぬ……。そこから先のコウタの章は真っ暗で何もないっていうのに。」
 マイはいらだちながら立ち上がると神社の階段を降りて行った。
 「未来である肆の世界でシミュレーションか……。」
 地味子はけん玉の剣先に球を刺す、とめけんを軽々とやってみせた。

 この世界は主に六つの世界でできている。壱は現世、弐は妄想や夢と言った心の世界、幽霊もこの世界に住んでいる。参は過去の世界。肆は未来の世界。伍は解明されていない。陸は壱の世界つまり現世と反転している世界。基本同じ世界だが昼夜が逆転している。この六つである。
壱と参と肆は三直線である。つまり、平成で例えると平成を過去と考える世界が参、平成を未来と考える世界が肆、そして今が平成だと考える世界が壱。平成だけでも三つの世界が存在する。
 芸術神マイは未来である肆の世界で人を操りシミュレーションをする事ができる力を持つ。

 しばらくけん玉で遊んでいた地味子にふと声がかかった。
 「なるほど。マイも大変なんだね。だがあんたも大変だねぇ。そんなに竜宮を何度も使って龍神から怒られない?」
 「問題なし……。気がつかれないし……。地味だし……。」
 地味子はぼそりとつぶやく。声の主は楽しそうに笑った。声の主は男性のようだ。
 「そうか。地味子だもんな!」
 「何か嬉しくない……締めるよ。君。」
 地味子が鋭い声を発する。
 「ああ、あんたを怒らせると意味わかんなくなるらしいな。だから怒んないでね。」
 「意味わかんなくなるかどうかはわからないけど……確かに意識が曖昧になる。」
 地味子は無表情のまま、けん玉の技であるうずしお灯台に挑戦していたが残念ながら玉の上にけんは乗らなかった。
 「しっかし、人生のバグか……。まあ、人間に巻き戻している事を知られている時点ですでにバグ。マイ風にゲームで例えると制作段階でもうぶっ壊れている。おまけにストーリーの破たんに気がつかないままコウタ君とやらの最終章まで行ってしまうとは……運命の神である僕もビックリだ。」
 どうやら男はこの神社の祭神らしい。人からすれば占う、神から言わせれば未来を知るヒントを与える運命神。彼はこの神社に来る者達に未来を知るヒント渡し、やる事を示唆し、その人の人生が脱線しないように見守るのが仕事である。
 「だから……ゲームで表現はいい気分しない……。それにマイはただの演劇の芸術神……未来である肆の世界を少しいじれる程度の力しかない……。つまりシミュレーションしかできない……。竜宮あってはじめて巻き戻しができる……。竜宮は過去である参の世界を出す事ができる……。現代である壱の世界の時間を不変にするにはマイが出す肆の世界と竜宮が出す参の世界、そして人間の想像物である竜宮が出す架空感、マイが行う演劇、これがそろってはじめて巻き戻しができる。巻き戻すと言っても……現代である壱の世界を巻き戻しているのではなく、壱の世界を一端とめて壱ではない別の所で架空に巻き戻してシミュレーションをしているだけ……。だから時間にうるさい時神も干渉して来ない……。壱の世界をいじっているわけじゃないからね……。」
 地味子は長々と覚えたてのセリフを話す。これはマイに説明用に覚えさせられたものだ。
 「長い説明なんかよくわからないよ。つまり妄想とか心関係の世界である弐なのかよ?」
 運命神は声だけで地味子と会話をしている。今、この神社に運命神はいないようだ。どこか違う所からテレパシーで会話をしているらしい。
 「肆の世界の弐の世界……ね。つまり未来での弐の世界。」
 地味子はけん玉の技、秘龍のぼりけんを軽々と行いながらつぶやく。
 「なるほど。」
 「普通なら……一回シミュレーションして本番って感じだから運命を人間に知られる事はないはずだけど……シホとコウタ君はイレギュラー……。だいたいほっときゃあいいのに少しのズレを見つけたってマイが言って竜宮を使って巻き戻してシミュレーションしなおした結果がこれ……。二人に気がつかれて修正がきかなくなった……。別に人間は考えて動く生き物なんだから……きっちり管理しなくてもいいと思うんだけど……。」
 「マイは真面目なのか楽しんでいるのかわからないけどさ、自分が担当したものはきっちりやるよな。他の語括神(かたりくくり)はてきとーな奴もいるけどな。最近じゃあ、人間の運命設計をすっぽかして自分でなんか演劇の台本を作ってそれを人間に劇としてやらせているらしい。つまり演劇のアイディアを人間に売って信仰を得ていると……。リアルな運命設計よりも人間が劇団ひきつれて面白おかしく劇場で演劇している姿を見るのが好きなんたってさ。それくらいでいいんじゃないかって僕は思う。マイは固すぎる。人間の運命をガチガチに固めすぎている。ある程度放っておいても運命が変わっても実際、たいして壱に被害があるわけじゃない。」
 運命神はため息交じりに声を発する。地味子はその声を聞き流しながらギラギラと照らしてくる太陽を眩しそうに見つめた。
 「で?今、君は……どこにいるの……?」
 地味子は太陽から目を逸らすと立ち上がり日陰に移動した。
 「ん?僕は神社の本社にいるけど。分社じゃなくてね。」
 「ああ、あのど田舎のね……。てっきり東京の方にいるかと思ったけど……。」
 「今、参拝客が多いのがこっちなんだよ……。海辺でやる花火大会の関係で人が多いんだ。」
 「はいはい……。あの花火大会ね……。ここは壱の世界じゃないっていうのに……よくやるね……おみくじ。」
 地味子はおみくじが売っている箱の前まで歩き、箱から一枚おみくじを引いた。
 ……大凶だった……。
 地味子の表情がとたんに暗くなり、涙目になった。そのままおみくじをぐしゃぐしゃに丸めて近くにあったゴミ箱に放り投げた。
 「なんだ?大凶か!良いも悪いも運命だ。どこかの枝分かれした道であんたは大凶の道を進む。その道をいつどこで選ぶのか。それはあんたが決める事だ。」
 「うわーん……嫌な言い方……。」
運命神の声で地味子のテンションは急降下した。
 「だが神様に祈れば最悪な運命も少し変わるかも?まあ、実際はこの辺の管轄であるマイに運を上げていいか交渉と言う形になるけどね。」
 「……知っているわよ……。だいたい私……人間じゃないし……龍神だし……。」
 地味子はふてくされたのか賽銭箱に腰かけて口をとがらせていた。運命神はクスクスと笑った。
 「龍神も大変だ。」
 「うう……。けん玉の技だって三万くらいあるのに……なんで私の未来が大凶なの……?」
 「まあ、あんまり気にすんなよ。」
 がっくりとうなだれている地味子を運命神は軽く慰めた。
 「まあ……いいけど……。で、今……コウタ君とシホはゲーム大会に出ている頃……かなあ?」
 「ああ、もうそんな時間か。はえーなあ。じゃ、僕は忙しいんで通信切るよ。」
 「はいはい……。」
 地味子は運命神を軽くあしらうとまたけん玉を動かしはじめた。

三話

 「やったー!やったよ!みー君!」
 サキの声がジャパゴ会場に響く。ちょうどジャパバ大会の決勝が終わったばかりだ。
 「サキ、うるさいぜ。耳元で叫ぶなよ。」
 みー君は呆れた声をあげている。シホとコウタは呆然とその場に立っていた。
 「負けた……。音楽スキル避けられた……。なんで……?」
 シホはコントローラーを握ったまま画面に映った敗北の文字をただ見つめていた。
 「天御柱神の特殊スキル、風を使って耳を塞ぐ無音。天若日子神の最強スキルをかわすにはこれを使うしかない。だが、これは発生の条件が難しい。相手が攻撃した時に発生する風を少しずつ貯めてマックスになったら使用可。かつ、必殺技スキルを貯めていないと避けられても回避力の低下でどんな攻撃も当たる。つまり、これを使った後は必ず必殺技を出さないとならない。」
 みー君が説明口調でサキにそれを伝える。サキからシホに自分が勝った理由を話してほしいらしい。だが、サキには何を言っているのかさっぱりだったので首を傾げるだけで終わった。
 「ごめん。みー君、全然わからないよ。」
 「だよな……。相手の攻撃した後の風を集めるのがどんだけ大変か……。そんでついでに必殺技スキルをためないとならないんだぜ……。誰向けに作ったゲームなんだよこれ。恋する乙女がやるゲームじゃねぇだろ。」
 みー君は大きくため息をついた。サキ達はいそいそとゲーム大会ステージから降りる。
 サキはグッズを実況者から受け取り、天若日子神のグッズをシホにあげた。
 「あ、あたし、天御柱神様のグッズだけでいいからわかひこはあげるよ。」
 「ほんと!ありがと!うれしい!ほんとにいいのか?」
 シホは喜んでグッズをサキから受け取った。
 「お互いジャパゴに心奪われた同士じゃないかい。」
 「あ、そうだ。ゲームの主題歌聞いた事あるか?」
 シホにそう問いかけられサキは満面の笑みを見せて答えた。
 「もちろんだよ!大好きすぎてリピートがとまんないよ!えーと、ヒコさんだっけ?まだ未成年だから顔出しとかしてないけど、音楽が好きで地道に活動してきたっていう……。あの甘いボイスがまた……。」
 「そうそう!好きなんだ!あたしも大好きなんだ!」
 ふたりはやたらと盛り上がっている。
 「なんか盛り上がっているな……。」
 みー君は戸惑いながら遠目で二人を眺めていた。
 「やさしい指で~あなたに触れる~。るんるん……。」
 「あなたはすでに~惹かれている~潤む瞳で見つめ合う~。」
 二人は主題歌をデュエットで歌いはじめる。
 「シホ……俺の歌で盛り上がるのはやめてくれよ。恥ずかしい。」
 「!?」
 ぼそりと恥ずかしそうにつぶやいたコウタにサキは飛び上がるほど驚いた。
 「ん?え?ちょ、ちょっと待っておくれ……。今なんて?」
 「あ……な、なんでもないです。シホ、行くよ。」
 コウタは戸惑いながらシホをつつく。
 「え?あ……そうだね……。じゃ、うち、行くわ。じゃね。」
 シホはサキに手を振るとコウタに連れられてあっという間に去って行った。
 「あ……行っちゃったよ……。まさか……あの男の子はヒコさん!?って……そんな事はないだろうねぇ……。」
 サキは驚きと疑惑と喜びが混ざった顔をしていた。
 「いや、あいつだろうな。ヒコさんは。あれはウソで言った顔じゃなかったぜ。」
 みー君に突っこまれ、サキは表情を暗くした。
 「あー……サインもらっとけばよかったよ……。顔出ししてないから全然わからなかった。なかなかイケメンだったしねぇ……。」
 「お前、面食いか?」
 「いや、違うよ。男はハートだと思うよ。現実と妄想は違うのさ。」
 「ふーん。」
 なんだか誇らしげなサキにみー君は再びため息をついた。
 「ツイッターとかやっているかね?」
 「さあな。やっているんじゃないか?」
 「あっ!スマホ忘れた!いったん、太陽に戻ろう!」
 サキは慌てて鶴を呼んだ。鶴は神々の使いで呼べばすぐに来る。
 「こういう時の行動力は凄いな……。お前。」
 とりあえず鶴で太陽神の祭られている神社まで戻り、そこから太陽へ続く門を開き、帰るつもりだ。サキとみー君はたったとジャパゴ会場を出る。夏の照りつける日差しがまぶしく、サキ達を焼いた。
その後、鶴はすぐに来た。駕籠を持ちこちらに頭を垂れる。
 「よよい!むかえに来たよい!」
 鶴はこの暑さをなんとも思っていないのか元気に羽をはばたかせた。
 「またあんたかい……。やたらとあんたに出会う気がするねぇ……。」
 サキは変な話し方の鶴と会話をしながら駕籠に乗り込む。みー君もサキの後を追い、駕籠に乗る。
 「あー、外は暑いな。風を起こす気にもならねぇ。」
 みー君は変なお面の下の自身の額を袖でぬぐい、汗を拭いた。
 「お暑い所ご苦労様だよい。これから竜宮に向かうよい!」
 鶴の発言にサキとみー君は目を見開いた。
 「はあ?あ、あたしは太陽へ帰るんだよ!竜宮なんて行くかい!」
 サキは慌てて叫んだが鶴は涼しげに言葉を続けた。
 「いんやー、竜宮の天津様から太陽の姫君を連れて来いとの命令があったんだよい。だから輝照姫様をお連れするために来たんだよい。」
 「あたしの命令よりも天津のが早かったって事かい!」
 サキは頭を抱えた。
 「そうだよい!」
 鶴が元気に言葉を発した刹那、駕籠が宙に舞った。鶴が飛び立ったらしい。
 「あー……逃げらんないじゃないかい……。なんで天津があたしを呼んでいるんだい?」
 観念したサキは頭を違う方へ動かすべく頭を振った。
 「それはわからないよい。」
 「あー、そう。」
 鶴の言葉にサキは呆れながら答えた。
 「で?俺も行くのか?」
 みー君は竜宮と聞いて少し嬉しそうな顔をしていた。ちなみに暑いからか今、みー君は仮面をずらしてつけている。
 「天御柱様もお呼びだよい!」
 鶴の声を聞いたみー君はニコニコと笑ったままサキを見た。
 「だってよ?」
 「なんで嬉しそうなんだい?みー君……。」
 「だって、お前、竜宮だろ?自分がゲームの世界に入れるゲームがあるって聞いたぜ!」
 「ああ、それで嬉しそうなのかい。」
 サキはふうとため息をつきながら楽しそうなみー君を眺めた。
サキが呆れていた時、
 「まあ、要件はまったく違うと思うがな。」
 みー君は楽しそうな顔から一変して鋭い瞳をサキに向けた。サキは一瞬ドキッとし、目を逸らした。こういうちょこちょこ見せるみー君の顔は鬼神そのものでなんだが怖かった。
 「みー君、やっぱりあたし達……よからぬことに巻き込まれている……?」
 「だろうな。」
 恐る恐るみー君を見たサキにみー君はそっけなく答えたが自分の雰囲気が悪い事に気がつき慌ててサキから目を逸らした。
 「実はあたしもジャパゴ祭からなんか変だなって思ってた所だよ。」
 「ああ……なんかな……。無意識になんかやったかな俺ら。天津彦根の怒りはあまりかいたくねぇな。」
 みー君はそっと駕籠の外を見た。駕籠にはなぜか窓がついているので外は丸見えだ。窓からしきりに雲が流れている。駕籠はもう空を舞っているので逃げるに逃げ出せない。
 「とりあえずめんどくさいけど竜宮に行こう。」
 「あ~、観念するしかないか……。とりあえず竜宮のゲーム、体験してみてぇなあ。」
 サキとみー君は逃亡を諦め、それぞれリラックスをし始めた。


 「ねえ、コウタ、花火大会行きたい?」
 シホは恐る恐るコウタに尋ねる。
 「行きたくはないが行かなければいけないような気がする。」
 コウタの返答を聞き、シホは目を伏せた。
 「ダメか。」
 二人は沈んだ顔で日光が照りつける道路を歩く。歩道の横では車がひっきりなしに通っている。車道も狭く歩道も狭い。東京で車を運転するのはけっこう大変なのかもしれない。入りくんでいる道が多く、土地勘がないと近道もできなさそうだ。
 「地味子呼ぼう。」
 シホはすぐさま地味子を呼んだ。
 「……だから地味じゃないって言ってるのに……。で?……何?」
 地味子はけん玉をやりながらシホとコウタの前に現れた。
 「もう一回やる!」
 シホは地味子の前に指を突き出した。地味子は驚きながら目をパチパチさせた。
 「もう一回って……もう……あきらめたら……?」
 「あきらめない!あきらめたくない!」
 シホは困った顔の地味子を睨みつけた。
 「……シホ……もういいよ。俺の為にありがとう。」
 コウタは切なさを含んだ瞳でシホにそっと微笑んだ。コウタはもう諦めていた。
 「よくない!せっかく何度も試せるんだ!大吉が出るまで頑張ろう!」
 シホは必死の表情でコウタに掴みかかる。
 「……神様ももう無理だって言ってたじゃないか。」
 「馬鹿コウタ!あきらめんじゃねぇ!」
 コウタとシホは精神共に限界がきていた。こうやって何度も繰り返していればコウタが死ぬ事はない。時間も進まない。そうやって繰り返している間に運よく大吉が出るかもしれない。何度も繰り返しているが故に時間を大切にしなくなっていた。今は何の考えもなしにただ、演劇を進め、ダメだったらはじめからやり直しているだけだ。
 「……シホ、もう無理なの……。もうあのゲーム大会に出ても無意味。……決勝で戦う相手がいない……。演劇はそこで終わる……。そうしたらもう、選択肢なんてなく、花火大会よ……。」
 地味子の発言にシホは気がついた。
 「じゃあ、あの子には気がつかれたって事か?でも、気がつかれたってだけでなんで演劇がそこで終わるんだよ!」
 「君達が……あの大会の決勝で彼女と戦うのは運命に組み込まれているから……。彼女がいなくなっちゃったら……その内容部分を飛ばすしかないでしょ……?きっと……あのゲーム大会の部分が飛ぶよ。……断言してあげる……。」
 地味子が静かに語った。まだまだ早いだろうセミの鳴き声が姦しく聞こえる。シホが固唾を飲み込む音が聞こえた。
 「じゃあ……あきらめろって言うのか?」
 「そう……。……なんか色々ごめんね……。」
 地味子は必死なシホに同情すると背を向け歩き出した。
 「ざけんじゃねぇ!待てよ!待て!」
 シホは咄嗟に地味子の肩を掴んだ。
 「……無理だって言ってるのに……。」
 「他に……他に何か……」
 「……まだ花火大会まで時間があるんだし……運命の神が祭られている神社にでも行ってみたら?」
 あまりにシホが必死なので地味子は困った挙句、運命神に振る事にした。
 「なんかそれで変わんのか?」
 「……わからない……けど……。今、運命神は……君達の地元にいるみたいよ……。」
 地味子は汗をかきながらシホ達に助言にならない助言をした。
 ……私も困っているのに……竜宮に気がつかれたみたいだし……。
 地味子はけん玉でとめけんをやると逃げるようにシホとコウタから去って行った。


 「じゃあ、ここまでだよい!」
 鶴はそう言うとサキ達を降ろして飛んで行ってしまった。サキは夏の日差しをもろに浴びながらあたりを見回した。目の前には海が広がっていた。砂浜では神か人間かわからないが楽しそうに遊んでいる。バカンス中のようだ。
 「日差し暑すぎだね……。みー君。七月のはじめとは思えないよ。」
 サキはとなりでグダグダしているみー君に話しかける。
 「あちい……。」
 みー君はヒイヒイ言いながら着物の袖をまくった。
 「で、ここはどこなんだい?」
 サキはみー君に汗を拭きながら尋ねる。
 「ん?ああ、ここは高天原南にある竜宮所有の海だ。神々がよく遊びにくる所だ。」
 「やっぱりここにいるのは皆神かい……。」
 サキは汗をぬぐいながらため息をついた。
 「ああ、それと……竜宮はこの海の中だぜ。」
 「ええ!海の中って……どうやって行くんだい?」
 サキはあっさり言うみー君に慌てて言葉を返した。
 みー君が何かを言おうとした時、
 「あの……。」
 と、どこからか女の子のひかえめな声が聞こえた。
 「ん?」
 サキは声が聞こえた方を向いた。海をバックに舞妓さんのような女性が緑色の盾のようなものを持ち、佇んでいた。
 「何かの神かい?」
 「いや、あれは亀だな。」
 「亀?」
 サキの独り言にみー君が答えてくれた。女性は涼しげにこちらに向かい歩いてきた。
 「どうぞ。こちらへ。」
 女性は海の方へ手を向けた。
 「あんた、カメかい?」
 サキは慌てて女性に声をかける。女性は微笑んで答えてくれた。
 「ええ。龍神の使いカメでございます。天津様がお呼びでございます。カメがご案内致します。」
 カメは丁寧にお辞儀をした。
 「そ、そうかい?じゃあ、頼むよ。」
 サキはビクビクしながらカメについて海に向かう。
 ……まさか息止めながら行くんじゃないだろうね……。
 「お前、なにビビってんだ?ははーん、息が続くか心配してやがるな?」
 みー君はサキに向かいニヤリと笑った。
 「な、なんだい?みー君は余裕なのかい?」
 「あのなあ……。竜宮はけっこう深い所にあるんだ。水系の神でもないかぎり、誰も息なんか続かない。誰もレジャー施設の竜宮で遊べねぇだろ。そしたら。」
 みー君はそこで言葉をきり、カメに目を向ける。
 「カメが連れて行ってくれる。」
 「観光の場合はツアーコンダクターの龍神がゆっくりと竜宮の門まで運んでくれますが今回は天津様直々の呼び出しでございますので裏門を開いております。」
 カメは丁寧な言葉遣いで微笑んだ。
 「裏門か……。遊園地の裏側を覗くようだぜ。」
 みー君はぼやきながらカメの甲羅に手をかける。サキもみー君に習いなんとなく手を乗せた。
 「はい!じゃあ、出発します!」
 カメはノリノリで突然海に飛び込んだ。サキは突然の事に声を発する暇もなかった。
 気がつくと海の中を高速で進んでいた。不思議と呼吸ができる。海中はかなり深く、サキ達はもうすでに太陽の光りが届かない薄暗い中にいた。ウミガメ達が頭を垂れ、直線の道をつくっている。
 「あー……いきなりびっくりした……。」
 サキは今更ながらカメの行動に対し、口を開いた。
 「思い切りが大切だと思いまして……。サキ様は竜宮初めてでございましょう?」
 カメがクスクス笑いながらサキに話しかける。
 「初めてだけどどういう風に行くのかとか言ってくれないとさ……。」
 「説明が面倒くさかったものですから……。」
 「黒っ!」
 クスクス笑うカメにサキは顔を青くして叫んだ。
 「カメ、竜宮で遊んでいいのか?」
 みー君は竜宮のアトラクションを楽しみに来たらしい。こっそりカメに確認をとっていた。
 「え……?えー……どうでしょうかねぇ?こちらは連れてくるようにとの指示しか伺っておりませんので……。」
 「あー、そうなのか。」
 カメの反応を見、みー君は色々と諦めた。
 しばらくすると鳥居がうっすらと見えてきた。鳥居から先の空間はこの海の空間とはまったく別のようだ。
 「ここは正規ルートではなく、従業員用なので面白みはまったくないです。」
 カメがわざわざいらない情報をサキ達に語った。
 「はあ……。」
 サキとみー君はてきとうに返事をした。
 「じゃあ、鳥居をくぐります。えー……カメです。」
 カメは鳥居の前でお辞儀すると自己紹介をした。刹那、鳥居が光りだし、サキ達を包み込んだ。
 「うわっとと……。」
 サキとみー君は同時に声を上げた。いままで水中にいたはずだが知らない間になぜか地面に立っている。地面というか床だ。顔を上げ、あたりを見回すと部屋の中だった。部屋は質素な事務室のような感じで整理整頓がしっかりできており、物がなくパッと見て殺風景だ。
 部屋の真ん中にある事務椅子に座っている男がカメに目を向けた。
 「……来たか。カメ、下がっていい。」
 「はい。天津様。」
 カメは男の言葉に素直に従い、サキ達を置いて近くのドアから外へ出ていってしまった。
 「ここがあんたの部屋かい?……ま、いいけど……天津彦根神があたしらに何のようだい?」
 サキはこの場所に不適当な格好の男に問いかけた。男、天津彦根神は袖なしの着物を着ており、頭には龍についているツノが生えている。そのツノからまっすぐに伸びる髪は緑色で腰くらいまであった。体の所々にうろこが見えるが見た目は整った顔立ちの青年だ。
 「招いたのには理由がある。……貴方達は今日の朝の時点で何かおかしいと思ったはずだ。それの件に関して話をするべく呼んだ。」
 天津彦根神、竜宮のオーナーは足を組み、やや困惑した顔でサキ達を見た。
 「おかしい?うーん……。なんか同じ事を何度もやっているようなそんな気が朝からしたね。」
 サキは腕を組みながら朝からの事を思いだす。
 「そうだ。実際に貴方達は同じ事を何度もやっている。」
 「あたしらは何にもやっていないよ!時間を巻き戻したりできないし……。」
 何かを疑われていると思ったサキは素早くオーナーに反論した。
 「いや、貴方達を疑っているわけではない。……貴方達が首謀者と関わっている可能性が高いため、話を聞こうと思ったのだ。」
 オーナーは事務椅子から立ち上がり、サキ達をまっすぐ見つめた。
 「確かに時間の巻き戻しは異常だがなんで管轄の時神が出てこなくてお前が出てくるんだ?」
 みー君はお面で顔を隠した。感情を知られたくないのかプライベートじゃない時はお面をかぶってお仕事モードなのかサキにはわからなかったが声も低くサキと一緒にいる時とは雰囲気が全く違った。
 「今回、時神には関係がない。竜宮の問題なのだ。」
 オーナーは目を閉じ、一呼吸おくと話しはじめた。
 「誰かが勝手に竜宮を使って時間の巻き戻しを行っている。いや、正確には巻き戻しはされていない。肆の世界、未来と参の世界である過去の行き来が竜宮を使って行われている。私も状況がよくつかめていない。」
 「ふむ……。」
 「ああ、竜宮は確か、参の世界と密接な関係で今やおとぎ話の建物だから心の世界である弐にも少し関わっているってこないだ勉強したよ。」
 サキはまだ太陽神の頭になってまもない。今は勉強期間中だ。
 「その通りだ。だが、そんなに簡単に操れるものではない。竜宮にいる者がそれをやれば私はすぐに気がつく。竜宮を使い、巻き戻すのは犯罪行為だ。龍神ならばその場で死罪だ。」
 オーナーは深刻な顔を二人に向けた。
 「話を聞くだけならもういいか?俺達は何にも知らない。それはお前らの問題だろう。」
 みー君はそっけなく言い放った。
 「その通りだ。だが貴方達を解放する事はできない。何かの術を浴びている可能性もあるし、利用されている可能性もあるからだ。」
 オーナーは鋭い目でサキ達を睨みつける。
 「うっ……。」
 サキは言葉を詰まらせ、青い顔で唾をごくんと飲んだ。
 「そのため、申し訳ないがしばらくこの竜宮で過ごしてもらう。貴方達は客神だ。この竜宮でゆっくり遊んで行ってくれ。他の者達にも最高級の対応をお願いしている。だから安心してくれ。本当に申し訳ない。」
 オーナーはサキ達に深く頭を下げた。
 「天津、あんた、ずいぶん余裕なさそうだねぇ。」
 「……問題はない。」
 オーナーはサキに素っ気なく答えたが内心は焦っている風だった。

四話

 サキとみー君はオーナーの部屋から出た後、付き添いのカメに連れられて龍神達の住まいからレジャー施設の竜宮へ入った。龍神達の住まいはホテルのように廊下を挟んで部屋があった。
物音ひとつなくほとんどの龍神が部屋にいないようだった。その静かな廊下を歩き、ここが何階かわからないが近くにあった階段を降りた。下の階を見ると上の階と同じように沢山の部屋があった。カメはまた階段を降りて行く。
サキ達は無言でついていった。それをいくらか繰り返し、サキは先程いた所が六階であった事を知った。エレベーターはないのかとぼんやり思っていたら一階に到達した。そこにはまだ龍神以外の神はおらず、とても静かだった。
カメに連れられ、大きなホールを抜け、だんだんときれいになってくる廊下を渡った時、サキ達の視界がいきなり開けた。
 「!」
 今まで静かだった竜宮が真逆の反応を見せていた。様々な神が亀達の舞を見ながら笑いあい、拍手をしている。お酒も飲んでいるようだ。こじんまりとしたステージで人型になった亀が楽しそうに踊っている。どうやらここは宴会席のようだ。
 「昼間から宴会とは……な。」
 みー君はやれやれとため息をついた。案内していたカメは丁寧にお辞儀をすると「お楽しみください」とひとこと言い、龍神達の住まいの方へと帰って行った。
 「さて、みー君……どうする?」
 サキはこれからどうするべきか一応みー君の意見を求めた。
 「俺に聞くな……。俺達は無期限でここにいないといけないのか?」
 みー君は頭をポリポリとかきながらお面を頭の上にあげた。みー君の声の調子はもとに戻っている。
 「そうなるんじゃないかね。」
 「お前はどうしたいんだ?これから。」
 「あたしはここから抜け出して竜宮を使った犯神を見つけたいね。そして天津に貸しを作る。龍神よりも先にあたしがこの件を解決する。そうすれば太陽への援助交渉がうまくいきそうだからね。」
 サキは決意のこもった目でみー君を見上げた。みー君は呆れた顔をしていた。
 「お前な……。一つ言っておくが……もうすでに俺達は天津から借りちまっているぞ。」
 「ええ?なんでだい?」
 サキは驚き、声が大きくなってしまったが幸い誰の目にも留まらなかった。
 「いいか。あいつの話だと俺達は何度も同じことをやっていたとの事だ。あのまま、ジャパゴ祭を何度も繰り返していたら俺達はずっと敵の術にハマっていた事になる。天津は俺達を探し出し、よくわからんループから助けた。おそらくあいつも貸しを相手に作るのが嫌なのだろうな。俺達が独自に動き、竜宮関連で問題が起きている事をつきとめ、解決してしまったら天津は俺達に感謝せざる得なくなる。だから、あいつは俺達をここに留めて竜宮関連で問題が起きている事を話し、あたかも俺達を救ったかのようにしたんだ。」
 「じゃ、じゃあ、もうここから出られないじゃないかい。助けられといて逃げ出す形になっちゃうし、犯神を見つけて捕まえても勝手に抜け出した事を咎められるじゃないかい。」
 「そういう事だ。あいつは慎重な男でまわりが良く見えている。あいつに貸しを作るのはかなり大変だぜ。それとあいつは竜宮の管理不足を謝罪し、俺達に最高級の対応をしてくれると言った。助けられた上に最高級の対応……こちらとしては文句はない。」
 「た……たしかに……。」
 サキはみー君の言葉に肩を落とした。
 「だから、ここは貸し借りなんて言ってないでせっかくの竜宮を満喫する事だけ考えようぜ。滅多に来ないしな。」
 「そ、そうだねぇ……。」
 みー君は楽しそうに笑っていたがサキの表情は暗かった。


 オーナーは広い事務室の椅子に座り、電話をかけていた。
 『はい。こちら龍河龍神(りゅうかりゅうのかみ)。ツアーコンダクターだ。』
 「龍、ここに太陽の姫君とワイズの側近が来ている。外に出ないように見張っていろ。そして上辺は客神として最高に親切な対応で頼む。」
 電話の向こうにいるのは男の龍神らしい。
 『オーナー直々の電話なんて珍しいな。あ、ちなみ、俺様はいつも親切な対応だぜ。……そんで今日は客が多いんで仕事優先になっちまうが、まあ、いたら監視しとく。』
 「……頼む。」
 オーナーはそこで電話を切った。広い事務室を見回し、ふうとため息をつくと他の龍神に電話をかけはじめた。


「みー君、ここは海の中なんだよねぇ?」
 サキとみー君は宴会場を後にして高級感あふれるデザインの階段を降りていた。
 「海の中ではないな。正確に言えば海の下だ。」
 「海の下?」
 サキの不思議そうな顔を見てみー君はそんな事も知らなかったのかと言いたそうな顔で続きを話しだした。
「この竜宮は上の海とは別空間でおまけに高天原でもない。高天原は上の海まで。ここはまったく違う空間だ。言うなれば現世と高天原みたいなもんだ。まあ、よくわからんが俺は参の世界にこの竜宮が入り込んでいるんじゃないかと思っているわけだが……。」
「じゃあ、高天原南の方にあるってだけで竜宮は竜宮なのかい?」
「そういう事だな。」
二人は階段を降り切り、全面ガラス張りの廊下を歩く。窓の外は遊園地のようだった。観覧車があり、ジェットコースターがあり、中にはよくわからないものもあるが神がうじゃうじゃとひしめきあっていた。上を見ると海の感じはなく、普通の青空だ。
「なんだか現世の遊園地と一緒じゃないかい。」
「まあ、神用だからそれなりに激しいがな。」
二人はどこへ向かうか決めていないままガラス張りの廊下をただ歩く。すれ違う龍神、亀は皆二人に丁寧にお辞儀をし、パンフレットを渡し、飲み物をくれ、色々してくれた。
「……気持ち悪いくらい良い対応だねぇ……。」
「……だな……。」
二人はよく冷えたアイスグリーンティが入っているコップに口をつけながら長い廊下を渡った。
中身を飲み終わった直後に素早く通りすがりの亀がコップを受け取り去って行く。
「凄いうまい緑茶だったねぇ……。みー君……。」
「……だな。」
二人は戸惑いながら廊下を抜けた。
「ん?」
廊下を抜けた先は何かのアトラクションか近未来な感じで作られた広い空間だった。みー君はパンフレットを広げ位置を確認する。
「みー君、ここ、みー君がやりたがってたゲームじゃないかい?」
「そうみたいだ。」
サキは説明とアトラクション名に目を向けた。
……ドラゴンクワトロ……
アトラクション名は間違いなくそう書いてあった。
「ドラゴンクワトロ……。RPGか?なんか色々危ない橋渡ってんな……これ。国民的RPGのパクリじゃねぇのかよ……。」
みー君はぼそぼそとつぶやきながら説明を読む。
「ふむ……。二人一組でゲームの世界に入れる。絆が深まるアクションゲーム。……って……ん?アクションゲームかよ!てっきりRPGかと思ったぜ。しかもこの説明じゃ全然わからん。」
「ねえ、みー君、これ、二人一組って書いてあるんだけどさ……まさかあたし巻き込もうとか考えてないよねぇ……?」
サキは恐る恐るみー君を見上げる。みー君はにんまりと笑って大きく頷いた。
「当たり前だろ。二人一組って書いてあるじゃないか。」
「みみみ……みー君、これアクションゲームだよ?しかも実際にあたしらが入るんだろう?あたし、戦闘に自信がないんだけどさ。」
「大丈夫だ。お前は俺が守ってやる。」
本当だったらキュンときそうな言葉だがサキには絶望的な言葉に聞こえた。
 中に入り、あたりをよく見まわすとこのアトラクションに並んでいるのは男女のカップルばかりだった。なんだかよくわからないが腕を組んだり手を握ったり初々しさが目立つ。男二人で来たらしい神は肩身が狭そうに隅っこに立っている。
 「なんでこんなにカップルばっかりなんだ?」
「知らないよ。カップルに人気のゲームなんじゃないかい?」
二人は若干戸惑いつつ、最後尾に並ぶ。するとすぐ前にいたカップルの話し声が聞こえた。
「なんか今、カップルフェアやっているのって竜宮に変な記憶がたまっているからなんですって。しかも飛龍がいるこのアトラクションにだけその記憶が見れるとか。」
「レアなんだなあ。てか、カップルフェアやっているからこんなにカップルが多いのか。」
男女はそっと声をひそめる。
「そう。で、しかもその記憶……人間の恋人同士の記憶らしいんだけど、飛龍に勝ったらエンディングとして特別に見れるんだって。そんでね、けっこう切なくてかわいそうなんだって。泣いたらなぐさめてね。」
「何言ってんだよ。」
男女のカップルは無駄にいちゃいちゃし始めた。サキは鬱陶しいなと思いながら二人の会話が気になっていた。
「みー君……今の話……聞いたかい?なんか事件のかおりがするね。」
「ああ。竜宮のここだけに人間の記憶が入り込んでいるとな……。そしてカップルフェアなんてものをやっている所からするとその記憶で飛龍がカップルを対象にアトラクションをアレンジしたと考えるのが一番だな。」
「飛龍って誰だい?」
「ああ、無茶苦茶強い女の龍神だ。雷や風、炎といった攻撃にもってこいの神格を持ったやつだが神格自体が高いわけじゃない。ただ、単純に戦闘の技術にたけたものを持っているだけだ。名前はたしか……飛龍流女神(ひりゅうながるめのかみ)。」
「ああ、そう言えば思い出した。実際には見た事ないけど、一度その飛龍とかいう龍神と対峙したあたしの友神(アヤ)が凄まじかったって言っていたから相当やばい奴なんだろうねぇ……。」
「かなり神の中では有名神だな。まあ、竜宮にこもりっきりだから実際に会った事ないやつのが多いけどな。」
「そんでここに来ればいつでも会えるって事だね。」
「そういう事だな。」
サキは戸惑いながらあたりを見回す。アクションゲームの前に少しでも飛龍を見ておきたかったが神が多すぎてよくわからない。
「あ……輝照姫様、天御柱様……。アトラクションにお並びで?」
ふと男の声がサキとみー君を呼んだ。
「ん?」
サキは横に立っている愛想笑いを浮かべた男を見た。おそらく彼がサキ達に話しかけてきたのだろう。彼は目つきが鋭くあまりよさそうには見えなかったが根は優しそうだった。服装は黒の生地に金の龍が描かれている着物。その着物を半分だけ脱いでいる。たくましい肉体が半分だけ見えているそんな感じだ。緑の短い髪になぜかシュノーケルグッズをつけている。はっきりと言って奇妙な格好だ。
「えーと……誰だ?」
みー君は男に問いかけた。
「はいはい。俺様……じゃなくてわたくしはツアーコンダクターでございます。今はちょうど暇なんで……じゃなくて……輝照姫様と天御柱様にはアトラクションを待たすなとの天津様からの伝言でして……お先にアトラクションへお連れいたします。」
「お前……ボロボロじゃねぇか……。」
みー君はツアーコンダクターを名乗る龍神にため息をつきつつちらりとサキに目を向ける。
「先に行かせてくれるんだったらそっちのがいいじゃないかい?」
「だよな。」
みー君はサキに確認をとるとツアーコンダクターに目を向けた。
「じゃ、よろしく。」
「はいはい。二名様!」
ツアーコンダクターの話を聞いていたまわりの神がざわざわとざわめいていた。
「おいおい……太陽の姫君様と天御柱様だぜ……。なんで堂々とこんなところにいるんだ?」
「私……粗相したかしら?」
サキは神々の会話を聞きつつ、自分がけっこうな有名神な事に気がついた。みー君はまあ、知らない神はいないだろう。だが自分はついこないだ太陽神の上に立ったばかりだ。
「サキ、お前は四大勢力プラス月と会議ができるんだぞ。有名になるのは当たり前だろう。おまけにアマテラス大神の力を持っている。アマテラス大神から太陽を任されているんだぞ。自覚しろよ。」
「う……うん。そうだね。」
サキの顔色を見たみー君はサキの肩をポンと叩くとツアーコンダクターについて歩き出した。
サキも我に返ると慌ててみー君を追い走り出した。
「はいはい。ここからどうぞ。」
ツアーコンダクターはそそくさと二人を置いて去って行った。サキ達は怯える神々の間を抜けて近未来風に作られたエレベーターの前に連れて行かれた。どうやらアトラクションは上の階にあるらしい。何気なく横を見ると大きなテレビ画面があった。そのテレビ画面の映像は赤い大きな龍と楽しそうな神々が戦っていた。現在アトラクション内にいる神々が映し出されているらしい。
「ちょ、ちょっとみー君!あの赤いでかいのが飛龍とか言うんじゃないだろうね。」
「ああ。あれは飛龍だな。」
「やだーっ!もう帰る!無理無理!死んじゃうよ!あほか!火吹いてるじゃないかい!」
サキはジェットコースターに乗りたがらない子供のようにダダをこねはじめた。
「あいつは容赦ないが……ゲームだからな。死にはしない。」
みー君は楽しそうに笑った。しばらくしたらエレベーターが開いた。みー君は嫌がるサキを引っ張りながらエレベーターに乗り込んだ。
「無理だって言っているじゃないかい!」
「大丈夫だって。アトラクションだから。」
みー君がサキを励ましているとエレベーターに一緒に乗っていた女性がこちらをむいて微笑んだ。
おそらくこのアトラクションの説明係だ。
「ではアトラクションの説明をさせていただきますね。」
「ああ。頼む。」
みー君はとなりで何かに祈りを捧げているサキを呆れた目で見つめながら話を進める。
「このアトラクションはアクションゲームの中に入り込むアトラクションです。竜宮の過去を見せる能力と架空感能力を使い作られたアトラクションでございます。今、お二方の頭についているのがHPでございます。つまりライフ。このメーターがゼロになったらゲームオーバーでございます。」
サキ達は慌てて上を見る。サキ達の頭少し上で緑色の線が浮いていた。
「ほお。」
みー君はフフッと楽しそうに笑った。
「戦闘向きではないお客様には色々能力をお貸ししておりますがお二方は必要なさそうなのでそのままでよろしいですか?」
「え?ええ?いいわけあるかい!」
サキは真っ青で叫んだ。
「おいおい。そんなチート技、使ったらいけないだろう。そのままでいい。」
「ええ!ちょっとみー君……。頼むよ……お願いだよぉ……。」
サキが必死にみー君を止めるがみー君は聞いていない。
「大変失礼いたしました。ではドラゴンクワトロへどうぞ。」
「あんたもなんか反論しておくれよ……。」
始終笑顔でいる説明係の女性に、サキは涙目で訴えるが軽く笑われて流されてしまった。
女性が笑った刹那、エレベーターのドアが開いた。大きな闘技場の真ん中に赤い髪の女性が立っている。みー君はサキを引っ張りエレベーターを降りた。
「お?なんかずいぶん凄いのが来たな!」
闘技場の真ん中に立っていた女性は男っぽい口調で豪快に笑った。袖のない紫の着物に鋭い瞳、燃えるような赤い髪が無造作にはねている。胸が大きく、スタイルは抜群だ。
「飛龍、相変わらず殺人龍みたいだな。」
「あー?ひでぇ男だな。あたしは人間に恵みをもたらす龍。母性の龍神って呼ばれてんだ!」
「そんなやる気満々で言われてもなあ……。」
みー君は後ろに引っ付いているサキを鬱陶しそうに見つめながらつぶやいた。
 「みー君、今……飛龍は人型なのかい?」
 「そうだな。」
 サキがささやくように言葉を発したのでみー君も小声で返事をした。飛龍の頭には長い緑のラインが浮いていた。おそらく飛龍のHPだろう。かなりある。
 「で、あんたらなら難しさは最上級でいいよな。あたし久しぶりに本気だしちゃおー。」
 飛龍は狂気の瞳でこちらを見て笑っていた。サキは青い顔で怖気づいていた。
 「ひいい。」
 「おいおい。そこの太陽の姫様、そんなに怯えんなよ。そこのモニター見えるか?」
 飛龍は怯えているサキを眺めながら自分の後ろを親指でさした。
 「へ?」
 サキは飛龍のすぐ後ろを見た。大きな画面が闘技場についており、その画面から先程サキ達がいた場所が映し出されていた。神々の注目が画面に集中している。
 「あんたらの登場は人気アトラクションに火をつけたらしいな。ギャラリーが多い事。」
 飛龍はまた豪快に笑った。
 「……。これじゃあ、怯えてらんないじゃないかい……。」
 サキはみー君の影からこそりと出、手から太陽神が持つ霊的武器、剣を出現させ、飛龍を睨みつけた。
 「おい。サキ、まじで相手を殺そうと思うんじゃないぞ……。なんかお前、今すごい怖い。」
 「え?」
 みー君に言われサキは自分が言雨を発していた事に気がついた。言雨は息や声が重圧となって雨のように降り注ぐ事からこう呼ばれるようになったと言われている。
 「お前、色々制御できてないもんな……。」
 「うーん……。」
 サキは自覚がなかった。唸りつつ飛龍を眺める。飛龍の目は爛々と輝いていた。この龍神は強い者と戦う事を趣味としているらしい。
 「ルールは簡単だ。あたしのHPをゼロにすれば勝ち。逆にあんたらのHPがゼロになったら負け。ちなみに怪我してもバトルゲームが終われば元に戻るぜ。」
 「怪我!?これのどこがカップルで楽しむゲームなんだい!怪我する時点でゲームじゃないじゃないかい!」
 サキはまた顔色を悪くする。
 「だから難易度があるんだろ?最上級クラスは戦闘趣味の神しかやらない難易度だから手加減しないぜ。ああ、西の奴らとかはかなり強いな。」
 「高天原西はタケミカヅチ神率いる武の神が集うとこじゃないかい!そんな奴らと一緒にするんじゃないよ!」
 サキは必死で叫んだが、飛龍は楽しそうだ。
 「ま、タケミカヅチ神が実際このゲームをしに来た事はないが……戦ったら負けそうだな。あたし。あれとは戦いたいとは思わない。うちのオーナーと戦っている所は見てみたいが。」
 「そ、そんな事より……あ、あたしらは戦闘狂なんかじゃないから難易度を下げておくれ……。」
 「はあ?何言ってんだよ。難易度の選択はさっきエレベーターにいた龍神の女が最上級に設定してたぜ。あんたらが望んだんだろ?」
 「何言ってんだい!あたしらは難易度の選択なんてしてないよ!」
 飛龍とサキは困惑した顔でお互いを見つめている。
 「はあ……あの女にやられたな。あの女も龍神……龍神はだいたい勝負事とか好きで気性が荒い奴が多い。あの女は俺達を知っててわざと難易度を最上級にしやがったな。」
 みー君のつぶやきにサキは涙目になってみー君に詰め寄った。
「どうすんのさ!怪我……怪我するって!」
 「ま、まあ……死にはしないんだから……その……悪い……。何にも言う事が思い浮かばない。もしかしたら最高級の対応ってここでもそうなのか……?」
 「そんなの嬉しくない!」
 サキが涙目でみー君の頬をつねる。
 「じゃあ、はじめようか。」
 飛龍がにこりと笑った刹那、もうその場に飛龍はいなかった。サキは慌てて神々の正装である着物に着替える。着物は手を横に広げるだけで着替える事ができる霊的着物だ。動きやすく軽い。故、オシャレをする神以外は皆、だいたいがこの着物を着ている。
 着替えた瞬間、すぐ後ろに飛龍が現れた。すぐさまみー君がサキをひっぱり飛龍から離れる。
 「さすが。」
 飛龍は拳を突き立てたままニコニコと笑っていた。
 「風を使ってはやく動いてるのか。」
 「はやいー!見えないよ!みー君!死ぬ!」
 「しっかりしろよー……。死んでねえから。」
 みー君は呆れながらサキから手を離す。サキは額に汗をかきながら剣を構える。サキが剣を構えた理由はもちろん、ギャラリーに弱い所を見せないためだ。
 横から風がうなる音が聞こえる。サキはかろうじて後ろに下がった。飛龍の足が目の前で止まっている。
 「ひい……。」
 サキは青い顔で顔の真横で止まっている足先を凝視していた。頬から生温かいものがつたっている。恐る恐る手を顔に伸ばすと赤い液体が手についた。
 「……っ!血!」
 サキの頬が飛龍の巻き起こした風で切れていた。それを確認している最中、みー君がまたもサキを引っ張り遠くに飛ぶ。
 「おい。大丈夫か?」
 「血……顔から血!うあーん!治るかな……傷になったらやだよ……。」
 みー君は自分が誘っている分気まずかった。そしてサキを傷つけてしまった事に罪悪感を覚えていた。サキになんと声をかけてやればいいかよくわからず、サキの顔と後ろのモニターを交互に見るくらいしかできなかった。ギャラリーが騒ぐ声だけが耳障りだ。気がつくと飛龍はもう目の前にいなかった。
 みー君はとりあえずサキを励ます事にした。
 「え……えー……あれだ。サキ……頑張ろう!」
 「ふっざけんじゃないよ!この……!」
 みー君が苦し紛れに放った言葉はサキをさらに激怒させていた。
 「……たく、あの女、なんで俺を狙ってこない!」
 みー君が目で飛龍を追うが飛龍がどこにいるかよくわからない。またすぐ横で風を斬る音がした。
 「ちっ……サキ!右だ!」
 「みー君、ちゃんと聞いているかい?あたしはもうやだって言ってんだよ!」
 サキはたまたまか飛龍の右からの攻撃を軽くかわした。みー君は驚いて目を丸くした。
 「え……えー……聞いている。聞いてるぞ。もう嫌なんだな?うん。わかってる。サキ!左から……。」
 「聞いてないじゃないかい!あたしは怒っているんだよ!さっきからどこ見てんだい!」
 サキはみー君をまっすぐ見据えながら、飛龍の左からの攻撃を軽くかわした。
 ……ま、待てよ……サキのやつ……怯えていなければかなりの……
 「みー君?なんて顔してんだい!あんたが誘ったんだから何とかしてよ!」
 サキはまたも飛龍の攻撃を軽くかわした。
 「……お前……一人でなんとかできるんじゃないか?」
 みー君が放った不意のこの発言でサキの怒りは最大級になった。
 「何言ってんだい!あんたがなんとかしてよ!なんであたしが一人で戦わないといけないんだい!あたしはか弱い乙女だよ!もう!いい加減にしてよ!あーイライラする!」
 サキは怯えるみー君をよそに飛龍の攻撃をさらりと受け流している。
 「最近の男はこんなのばっかりだよ!何が草食系男子だよ!ふざけんな!そんなんだから女の子が寄ってこないんだ!ヒイヒイヘタレこんじゃってさ!」
 「えー……そ、そうだな……。まったくその通りだ。だがお前の好きなジャパゴの天御柱は完全なる草食系じゃねぇのか?主人公に助けを求めてばかりじゃないか……。『僕には無理だよぉ』が有名なセリフだし……。」
 サキはみー君の話をまったく聞かずにただ暴走している。飛龍の攻撃はまったく当たらない。
 「もっとこう俺が守ってやるビシーッとか!これが終わったらお前の相手をしてやるとかカッコいいセリフを吐けないのかい!ええ?」
 「お前……ワイルド系の男が好きなんだな……。じゃあ、なんでジャパゴキャラでそういうワイルド系の男にいかなかったんだ。なんでヘタレキャラがお気に入りなんだか……。……わかった!いいから少し落ち着け。」
 「そうだよ!あたしはね、肉食系のライオンよりもね、切っても切れないプラナリア系男子の方が好きなんだよ!」
 サキはまったくみー君の話を聞いておらず、勝手に舞い上がり、突然身体中から炎をまき散らした。
 「う、うおわあ!火!ぷ、プラナリア系男子ってなんだよ!肉食系のにの字もないじゃねぇか!」
 「プラナリアをなめるんじゃないよ!エビとかにひっついてじわじわと食べていくんだよ!完全な肉食!そして何度駆除されてもしつこく立ち上がる!住んでいる石を天日干しされようが薬品づけにされようが切られようが分裂し、誰にも見つからないようにしつこく生きる!」
 「完全な陰湿系だな……。なんでそんなにプラナリアに詳しんだよ……。」
 サキの炎は増し、円を描いて高く燃え上がっている。みー君はなんとかサキを落ち着かせようしていた。その時、みー君はなんだか嫌な予感がし、咄嗟に上を向いた。
 「……っいい!」
 みー君とサキの前に大きな翼を持った赤い龍がそびえ立っていた。
 「ええええ!?な、なんだい!あれ!いきなり……ひいいいい!みーくぅん……。」
 サキは龍を見たとたん、怒りの感情は消え、小動物のように目を潤ませ、体を震わせていた。
 「お、落ち着け!あれは飛龍だ。お前もさっきテレビ画面で見ただろうが。って、飛龍……お前はなんでそんなにやる気なんだよ……。」
 みー君は飛龍に向かい叫んだ。龍になった飛龍は口から火を漏らしながら笑っていた。
 『ああ、最難関の難易度だからな。あと……お前らにあの記憶は見せたくないんだ。』
 「!?」
 サキとみー君の困惑した顔を眺めながら飛龍はまた豪快に笑った。
 『あたしも色々背負ってんだ。おとなしく負けろ。』
 飛龍はそう一言叫ぶとサキとみー君に向かい火を放った。

五話

 シホとコウタは地元に戻っていた。今日は花火大会だがまだ午後三時だ。海辺が混雑してくるのはもうちょっと時間が経ってからだ。二人は運命の神が祭られているという神社に来ていた。古くからある神社らしく、看板が錆びていてなんと書いてあるかも何神社なのかもよくわからない。だがここは昔から運命神が祭られているとこの辺の人は誰もが知っていた。
 「いつ来ても思うけどさ、ここ、サイコロがいつも社にお供えされてるんだよな。」
 コウタが社前に置かれているサイコロを不思議そうに眺める。シホはコウタの話を聞きながらまったく別の事を思っていた。
 ……ここの神様が一体何をしてくれるっていうんだ……。コウタの大凶は変わっていないし、だいたいうちらはここの神が見えない。
 ……ねぇ、神様、これはうちへの罰かよ?うちが荒れていた時に色んな人に死ねって言ったから……だけどあれは口癖だったんだ。今は後悔している。だからコウタの命を奪うのはやめて!あれだろ……身を持ってわからせるためにうちの大切な人を死なすんだろ……。神様……お願いだよ。うちはもう……死ねなんて二度と使わないから……。
 シホの頬から涙が流れた。泣くつもりはなかったが胸が苦しく、勝手に目から涙が出てきていた。
 「シホ?」
 コウタが心配そうにシホの肩に手を置いた。シホは涙をぬぐうとコウタに向き直った。
 「おみくじ……やってみたらいいんじゃね?」
 「……。」
 シホの空元気にコウタは表情を消すとそっとシホから目をそらした。
 ……いやあ、まいったねぇ……。まさか僕の神社に再び来るとは……。一回来て大凶を引いたのが最後だったが……。
 シホとコウタのすぐそばの石段に、岡っ引きのような格好をした男が座っていた。髪は黄土色で短く、少年の風貌を残す顔つきとは裏腹、落ち着いた雰囲気を出しており右目に眼帯をしている。
 これもまた不思議な格好だ。赤い着物とズボン代わりにスキニ―を履いている。
 ……シホは演劇を繰り返す過程で死ねと言う言葉に罪悪感を覚えているんだね。
最初のシミュレーションの時は躊躇なくジャパゴ大会の実況している人に死ねと言ったのに演劇を重ねるうちに言いはするもののどこか苦しそうだった。まあ、あそこでその言葉を発するのは演劇に入っていたから仕方ないけど……。
 男はうーんと唸ると立ち上がった。
 ……やっぱり彼の運命は大凶だ。それは変わらない。そしてあのシホという娘の運は大吉だ。それも変わらない。彼が死に、シホという娘の方は運よく助かる……そういう運命だ。
 コウタがおみくじの近くにある箱にお金を入れるとおみくじの箱に手を突っ込んでいた。
 ……馬鹿だな……何度やっても同じだ。お前が手を入れた瞬間にその箱の中のおみくじは全部大凶に変わっているよ。最初取った所と違う所からおみくじを取っても変わらないんだ。お前の運命は大凶だ。色んな道から選ぶ一つの道は死だ。……残酷なもんだな。色んな道を提示しておいて生きる者が行ける運命は一つだ。僕は奇跡を信じたいね。
 男は顔が曇っているコウタのすぐそばで言葉を発していた。しかし、コウタには男の言葉も聞こえないし、姿すら見えていない。
 「どうだった?ねえ!」
 シホはコウタが見ているおみくじを覗き込んだ。
 「うん……大凶。花火大会に行けば沈んでいた気持ちもいくらか和らぐでしょう……って。」
 コウタは大凶が出た事にひどく落ち込んでいた。
 「大丈夫だよ!……てことは、花火大会に行けばきっと運が上がるって事だろ!どうせ今日行くし、いいじゃん!」
 「そうだな……。」
 二人はお互い顔を見合うと笑い合った。
 ……これは前回来た時と同じ会話だな。だがお互いもうわかっているはず。最初の時と笑顔が全く違う。もう運命を知っている……悲しい笑顔。これは花火大会へ行けと導かれているだけさ。
……嘘は言っていない。沈んでいた気持ちは花火で和らぐ……それは間違いない。それをシホが勝手に『運が上がるだろう』って思ったみたいだがこちらはそんな事一言も言っていない。……まあ、今となっちゃあ、シホは自分が言った言葉を悔やんで発している事だろう。
 「あ、うちは大吉だってさ。あなたにはどんな事が起こっても必ず幸せが訪れます……だってさ。」
 シホはコウタが大凶を引いた手前、なんだか居心地が悪かったが小さい声でコウタに報告した。
 「お!大吉?凄いね!なんか俺達真逆だなあ。足したら真ん中くらいになりそうだ。俺の運も小吉くらいは上がっているといいなあ。」
 「えー……やだよ。うちの運、コウタに持ってかれているって事じゃん?ふざけんなよ。」
 「ちょっとくらいくれよ!この脇腹のあたりからとかさあ。」
 「うわっ!脇腹突くんじゃねぇよ!大凶が移った!返す!」
 二人はお互いを突き合い笑いあう。
 ……今見ると……僕も若干心が痛むな……。おみくじなんてこんなもんで良かったんだ。本気で信じたり、すがったりするもんじゃない。彼らは最初、とても楽しそうにこんな会話をしていたんだ。今もまったくあの時と同じことをしているのに……感情が違いすぎる。おみくじにすがりついて二人とも心で泣いている……。この二人は運命をもう知ってしまっている……。かわいそうだ。マイのせいだ……。マイのせいで……。何とかして救ってやりたい……。
 ……あの子達がときたまここへ来る事は知っていた。シホがこっそりコウタと付き合えますようにとか願っていた所も知っているし、コウタがシホを助けるために運を試しに来た事も……知っている。この二人はよく僕の神社に運を試しに来た。裏から見れば僕を信じてくれたって事だ。
 助けてやりたい……でも僕は道を照らす事しかできない。もうそこらへんに立っている看板と一緒だ。
 実際は何もできず……ただここで二人の運命を見守るだけ。
 ……そんなにこの二人の事を知ってもいないのになんでこんなにせつないのか。


 「くそっ!強ええ……。」
 「みー君!血だらけじゃないかい!死なないでおくれよ!」
 サキとみー君は飛龍を相手に苦戦をしていた。サキは先程の能力は消えて今は戦力にはなっていない。みー君がサキを守って戦っているだけだ。龍になった飛龍は尾を鞭のようにしならせ、みー君達を襲う。みー君は風に近いため、当たる事はないが隣にサキがいるため、完全な人型となって攻撃を受けている。そのために本来打撃が当たらないはずのみー君はボロボロだ。
 飛龍がまたも火を吐く。みー君はサキを連れて逃げようとするがまわりは炎の海で逃げる場所が見つからない。
 「みー君!あたしが頑張るよ!」
 「サキ!?」
 サキはみー君の前に悠然と立つと剣を構えた。
 「火は怖くないよ。どんな火も太陽の炎に勝てるわけない。」
 サキは飛龍の炎を一身に浴びた。
 「おい!」
 みー君は慌てて叫んだがサキは何事もなかったかのようにその場に立っていた。飛龍がまき散らした炎はすべてサキのまわりに集まっている。しばらくして炎はエネルギーとなりサキを包み込んで消えた。
 「炎関係の攻撃はあたしには効かないね。むしろ力をくれるものさ。」
 「できんなら最初にあいつが火吹いた時にやれよ……。」
 「あの時は驚いててみー君を盾にする事しか思い浮かばなかったよ。」
 「……お前……。」
 サキが真顔で言うのでみー君は頭を抱え唸った。
 「……みー君、ごめん。」
 サキはみー君にあやまったがみー君は複雑な表情で飛龍に向かいカマイタチを飛ばした。
 カマイタチは飛龍に当たる事はなく遠くの壁を破壊して終わった。
 「とりあえず、勝つぞ。あいつ、なんかよからぬ事を隠してそうだ。」
 「あの巨体なのになかなか身軽だねぇ……。やっぱ勝てる気がしないよ……。」
 サキの気持ちは相変わらず、がた落ちだ。勝とうという気持ちもはじめからない。みー君はなんとかサキのやる気を出そうと必死になっていた。
 「サキ!飛龍に勝ったら俺がジャパゴの天御柱のマネしてやる!」
 「え!ほんとかい!ふふ……。みー君のモノマネ……見たい!」
 サキの身体から炎が溢れ出す。どうやら気分が上がってきたらしい。
 『……っ!まじかよ!』
 飛龍はサキの力を見、動揺していた。みー君の風の力でサキは自由に空を飛べるらしい。サキは飛べる事になんの違和感も覚えていないのか爛々と輝く目で飛龍に向かい飛んで行った。
 「おいおい!待て待て!あんまり突っ込むな!危ないだろ!」
 みー君は慌ててサキを追う。
 ……まったくさっきとまるで別神だ……。アマテラス大神が出ているのか?
 サキは剣に炎を纏わせかなり大きな剣を作り上げた。飛龍の爪をその剣で軽々と弾く。もう片方の爪もサキは軽く避ける。
 「おう……すっげえ……。」
 みー君は唖然としていたがすぐに我に返り、飛龍に向かいカマイタチを飛ばす。今度のカマイタチは飛龍にうまく当たり、HPを減らしていた。みー君は先程までサキを守って戦っていたため、HPの消費が激しくもうあまり動けない。
 ……今のうちに大技の準備しておくか。
 みー君はずらしていた仮面をつけ、座禅を組んで神力を高めはじめた。
 『楽しくなってきたな!ははは!』
 飛龍がサキ目がけてしなる尾を振り上げる。サキは剣で受け止めるが、あまりの勢いに吹っ飛ばされて壁に激突した。かなりのダメージのはずだがサキのHPはほとんど減っていない。
 「みー君のモノマネ!あたし、頑張る!」
 サキは破壊された壁の一部に足をかけると風の力を利用して飛龍に飛んで行った。
 ……なんというか……やっぱりあいつは単純なのか馬鹿なのか……。
 みー君は呆れながら様子を見ていた。もうあまり心配しなくてもよさそうだ。
 サキは大きくなった剣を振り回し飛龍を攻撃している。飛龍も応戦し、サキのHPも徐々に減ってきていた。
 画面には沢山のギャラリーがこちらを向いて応援していた。ときたま大きな歓声が上がる。
 『クワトロは『し』!つまり死……!安全に死闘ができるアトラクションだ!ははは!』
 「全然安全じゃないよ!痛いし。」
 二人は会話をしながら激しく打ち合いをしていた。
 「サキ!いったん離れろ!」
 刹那、みー君が叫んだ。サキはとっさに飛龍と距離をとり、みー君を見た。みー君は仮面をかぶったまま、右手を上にあげていた。
 『なんだ?』
 飛龍は何かを感じ取ったのかあたりの様子をうかがっていたが上に気を配ってはいなかった。飛龍の上には真黒な厚い雲が渦巻いていた。
 「喰らえ!」
 みー君が右手を思い切り下げた時、飛龍の上に集まっていた黒い雲から雷が放たれ飛龍を貫いた。
 『ぐあっ!』
 一発で感電死しそうな電気が飛龍を襲う。その後、みー君がまたも手をあげる。すると今度は下の地面から竜巻が発生した。竜巻はすべて刃がついているのか飛龍の身体を斬りきざんでいく。
 「み、みー君!やりすぎだよ!死んじゃうって!」
 「大丈夫だ。」
 サキが慌ててみー君に掴みかかる。しかし、みー君はひどく冷たい瞳でサキを見つめた。まさに鬼神といった表情で感情も何もない。これがみー君の本性だろう。
 「みー君!しっかりするんだよ!」
 サキの呼びかけにも反応を示さず、みー君は風の力で瓦礫を持ち上げ飛龍にぶつけた。雷と針のような雨が再び飛龍を襲う。
 「みー君!これはゲームなんじゃなかったのかい!」
 「はっ……。」
 サキがみー君の肩を思い切り揺すった事により、みー君の集中力が切れた。みー君は手をそっと降ろした。
 「どうしたんだい?みー君らしくない。」
 「……。俺は鬼神だから……厄神なんだ。ちょっと集中力を高めただけで鬼神に戻っちまった。危なかったな。サキ、悪い。」
 みー君はひどく沈んだ顔でサキを見つめた。
 「あんたの神格は良く知っているから別になんとも思わないけどさ、あんたはちゃんと祭られているんだから勝手に鬼神になっちゃダメじゃないかい……。」
 「ああ。悪い。」
 サキの戸惑う顔を見ながらみー君は頭を抱えてあやまった。
 『いってぇ……。容赦ねぇなあ。』
 竜巻も何もなくなってから飛龍が力なくつぶやいた。HPはまだかろうじて残っている。
 「とどめはあたしがやる!」
 サキはすばやく飛んでいき、炎を纏った大きな剣を飛龍に素早く振り、飛龍を叩きつけるように袈裟に斬りつけた。
 『ま、マジかよ!ぐはあ!』
 飛龍は口から炎をまき散らして人型に戻った。飛龍の傷はかなり重い。意識を失っているようだ。
 「お前もやりすぎだ!」
 みー君は慌てて飛龍の元へと走って行く。
 「力の制御がまったくできなかったよ……。」
 サキも動揺した頭でみー君を追い走り出す。みー君は飛龍を抱き起し、必死に声をかけた。
 「おい!しっかりしろ!死ぬな!」
 「飛龍!起きておくれ!」
 二人は飛龍に向かい何度も声掛けをした。
 「あー……うるせぇな。」
 二人がしばらく叫んでいると、鬱陶しそうに声を発しながら飛龍が目を開けた。
 「あんたらさ、あたしの事を心配すんだったらはじめから殺す気で突っ込んでくるんじゃねぇよ。」
 飛龍は何事もなかったかのようにみー君から離れて立ち上がった。
 「あれ?」
 サキとみー君は目をパチパチとさせて飛龍を見つめた。飛龍の傷はきれいさっぱりなくなっていた。画面でギャラリーの歓声が響いている。
 「何驚いてんだよ。最初に言っただろ。これはゲームだ。怪我してもバトルが終わったらもとに戻るってな。」
 飛龍は豪快に笑った。顔はどことなくスッキリしているようだ。
 「あんた、いつもこんな事をしているのかい!もっと肌を大切にしないとさ……。せっかくいいもん持っているんだから傷つけたらもったいないじゃないかい!」
 サキは飛龍に詰め寄った。
 「近っ……。あたしはもういいんだよ。この仕事、シュミみたいなもんだし。戦った後は全部もとに戻るしな。あたしはあんたよりも遥かに生きている。古代の人間があたしを信仰していたんだ。そんだけ昔の龍さ。今更男神を誘惑しようとか思ってないからどーでもいいんだ。まあ、子供ならあいつの子がほしいかな。強い龍神の子が……。」
 飛龍がどこか遠くを見る目で笑った。
 「まさか……あんた、天津を狙っているのかい?」
 サキの言葉で飛龍はまた微笑んだ。
 「まあ、オーナーの母上の前でこんな事をいうのもあれだがなぁ。」
 「はっ!」
 飛龍の言葉にサキは気がついた。
 ……そうだ。天津彦根神は……アマテラス大神の第三子……。つまり……あたしがアマテラス大神とほぼ同化しているという事はあたしの……子供!?天津が!?
 「いやいや……。あたしとアマテラス大神は別神だし……ただ、あたしがアマテラス大神の力を受け継いだだけで……。だいたいあたしはエッチもした事ないのに子供なんてありえない!断じてありえない!」
 「おい。思っている事が声に出てるぞ。」
 「はっ!」
 みー君に突っこまれサキは慌てて口をつぐんだ。思っている事を口に出してしまったらしい。
 「まあ、あれだ。とりあえず飛龍が無事だったからいい。例の特典を見せろ。」
 みー君は呆れながら飛龍に向き直った。
 「特典か。あれ、見せたくねぇんだけどな。まあ、負けちまったし……しょうがねぇか……。クワトロ……つまり肆の世界のなんからしい。じみ……あ、いや……なんでもない。」
 「じみ?」
 飛龍は慌てて立ち上がるとこちらへ来るように促した。
 「いいから早く来いって。後ろつっかえてんだから。」
 「ああ、俺達の後にも客がいるんだったな。」
 飛龍が逃げるように走って行ったのでみー君は追いかけようとしたが視線を感じ、ふとサキに目を向けた。
 「おい。どうした?」
 「みー君、約束を忘れてないかい?」
 サキがブスっとした顔でみー君を見ていた。
 「あ……ああ。や、約束な。……覚えてやがったか……。余計な事言ったな……俺。」
 「みー君、声に出てるよ。」
 サキの睨みが強くなったのでみー君は飛龍を気にしつつ一つ咳払いをした。
 「……わかった。やる。やるから……。」
 みー君はサキになだめるように言うと風のようにその場から消えた。
 「!」
 サキが驚いていると目の前にサキが大好きなジャパゴキャラの天御柱神が現れた。みー君は風である。もともと実態はないが、人間に信仰されていく上で人型という形をとっていた。故に姿を簡単に変える事ができる。
 「うわお!」
 サキが変な声を出し感動しているのを確認してからみー君はやたらイケメンにつくられた顔をそっと触わる。
 「サキさん。僕は怖いよ。夜一人で寝られないんだ……。一緒に寝てくれるとうれしいな。怖い夢……見ちゃったんだ。僕ね……サキさんが一緒に寝てくれたら落ち着くんだ。ねぇ?こんな鬼神イヤ?」
 声もジャパゴの天御柱神そのものだ。ゲームからそのまま外へ飛び出した感じだ。
 「おおおお!イヤじゃないよ!大好きさー!」
 サキはみー君である天御柱神に勢いよく抱きついた。
 「ちょっ……。あーっ!もうダメだ!」
 みー君は焦り、慌てて元のみー君に戻った。
 「なんだい……。もう終わりかい?」
 「終わりだ!」
 サキはつまらなさそうにみー君から離れた。みー君は気持ち悪そうにゲーゲー言っていた。
 どうやらこんな事をいままで言った事がなかったのでみー君自体、相当まいってしまったらしい。
 遠くで飛龍が爆笑している声がする。
 「あっはっはっは!なんだ?そりゃあ?お前に似合わない気持ち悪さだぜ。気持ちわりぃ!」
 「う、うるさい!そんな事わかってる!」
 みー君は顔を赤くしながら飛龍がいる場所へと歩いて行った。
 「みー君!すっごい似てた!そのままって感じだったよ!また今度やっておくれ!」
 サキがやたら興奮している中、みー君は呆れながらつぶやいた。
 「今度な。お前がかわいくおねだりしたらやってやってもいい。」
 「ふむ。」
 ……って……俺が言った言葉なんか変だぞ。
何が『かわいくおねだり』だ……。あいつがかわいく言ったら俺はあれをやるんだぞ!何言ってんだ俺。ダサい!こういうセリフはここで言うもんじゃない。もっと俺がカッコよく引き立つ場面で言うべきだった!て、訂正しよう!
 「な、なあ、サキ……。」
 「どうしたのぉ?みー様ぁ。」
 サキはみー君を潤んだ瞳で見つめながら似合わないセリフを吐いた。
 「うっ……。」
 みー君は思い切り詰まり、額に謎の汗をかきながら困っていた。
 「冗談だよ。気持ち悪い。」
 サキはさらっと元に戻ると飛龍の方へと歩いて行った。
 「……だよな。びっくりした。」
 みー君はどこかほっとした顔でサキについて歩き出した。

六話

 シホは神社の近くにある大きな松の木と青空を自身の瞳に映した。なんだかとても懐かしい気がした。以前もこうやってこの神社のこの場所で空を見上げた気がする。
 その時ふとコウタと出会ったころの事を思いだした。
 あれは小学四年生くらいの事か。
 シホは正義感あふれる少女だった。困っている人がいたら率先して助け、いじめられている子がいたらすぐさま救ってやっていた。彼女はクラスの中でなくてはならない存在だった。
 喧嘩もそこそこ強かった。シホは男の子と喧嘩してもあまり負けた事はなかった。とはいっても現実的に強気で突っかかってくる女の子をめんどくさがっていた感じだったかもしれない。たいがい、殴り合いの喧嘩にはならず男の子の方が醜い言葉を吐いて去って行った。
 シホはある時、集団で暴力を振るわれている男の子に会った。
 ……そのいじめられている男の子がコウタだった……。
今現在の小学生のいじめでここまであからさまにやるのは少し珍しかったなとシホは懐かしそうに青空を見上げた。そのまま目を閉じ、過去の記憶を思い起こす。
そのいじめは確か、校庭の端にある体育小屋で行われていた。
「お前、……に……の事チクッたろ!」
「一回死んだら?むしろ死ね。」
「これからこーかいしょけいだ!」
「りんちだろ?」
 まだ意味がよくわかっていないだろう言葉を男の子の集団がボロ雑巾のように横たわっているコウタに浴びせている。コウタは何も話さずに暗い瞳で地面を見つめていた。
 蹴られっぱなしのコウタを見ていられずシホは男の子達の輪に割って入った。
 「あんた達、何してんの?ばっかじゃないの?」
 「つり目が来た!」
 男の子達はシホを指差しながら馬鹿にしたように笑った。つり目とはシホがいつも怒っている所からとった男の子達のあだ名である。まあ、悪口のようなものだ。
 「あんた達がいじめているって事、先生に言っておくから。」
 「馬鹿じゃねぇの?証拠なんてないだろ。」
 少し怯えている男の子がシホに向かい叫ぶ。シホは不気味に笑いながら男の子達を見据えた。
 「大丈夫。証拠はあるから。そのうちPTAにいくかもね。」
 具体的に何の証拠かは言わない。だがこのシホの顔を見た男の子達は怯えながらシホにそれぞれ汚い言葉を吐いて去って行った。
 「ふう。相手が馬鹿で良かった。で?あんた、大丈夫?名前、なんて言うの?」
 シホは逃げていく男の子達を眺めながらコウタに話しかけた。
 「……コウタ。瀬戸内コウタ。助けてくれてありがとう。……名前、なんて言うの?」
 コウタは身体のほこりを払いながらシホを見上げた。
 「うち?うちは鳥海シホ。……あんた、もっとしっかりしなよ。なんでなんも言わないの?」
 「いつもの事だからさ。俺は……別に。」
 シホの質問にコウタがそっけなく答えた。
 「あんた、悔しくないわけ?」
 「悔しいけど……それ以上に怖いんだ。俺、弱いよね。女の子に助けてもらうなんて……なさけないよ。」
 コウタは力なく笑った。シホは何となく放っておけず、コウタの背中をそっと撫でながらいままでのいじめの経緯やその他を聞いてあげた。しばらくして幾分かすっきりした顔のコウタがシホに微笑みお礼を再び言ってきた。
 「ありがとう。鳥海さん。」
 「うちはシホでいいよ。」
 「女の子を下の名前で呼ぶのは恋人とかだよ。俺には無理かな。でも……ありがとう。」
 コウタは早口にそう言うと逃げるようにシホから去って行った。
 コウタと会ったのはそれが最初でそれからまたしばらく彼に会う事はなかった。
 中学に入ってオシドリ夫婦だった父と母が毎日口げんかをするようになった。父が家族に黙って多額の借金をしていたらしいことが母にバレたようだ。この時シホはすべてがバカバカしくなっており、無駄な毎日を繰り返し送っていた。家庭の事情も相まって小学校の時の記憶をすべて捨て去りたいくらい正義感という言葉が嫌いになってしまっていた。毎日誰かに当たっていないと気が済まなくて幸せに暮らしている人を恨んでいた。
 シホはあの時の男の子達と同じ事をやって憂さ晴らしをしていた。
 「パンツ姿で犬のモノマネしろよ!きっもい男。」
 「ああ、キモい!こっちこないで!」
 シホが憂さ晴らしにつかっていたのが病弱な男子生徒だった。シホは面白半分で入り込んできた女子生徒を仲間にし、暴力を重ねた。
 「逆らうんじゃねぇよ。さっさとやれ!」
 シホは怯える男子生徒の腹を思い切り蹴る。男子生徒はじざい箒で頭を叩かれながら怯えるように下着姿になり犬のモノマネをしはじめた。シホはその瞬間がたまらなく好きだった。
 「あははは!ほんとにやってんよ。こいつ!」
 「うわっ!キッモ!」
 「きったない犬には汚いものが似合うよ。モップかけてあげる。」
 シホは男子生徒の顔にモップを押し付ける。まわりの女子達もこぞってモップを押し付けていた。
 机にはカッターで悪口を書き、その男子生徒に一生残る心の傷を刻み続けた。
 実はその男子生徒は隣りのクラスだったコウタと親友だった。
 「コウタ……。」
 「ユウスケ!またやられたのか……。」
 ユウスケと呼ばれた男子生徒は暗く沈んだ顔でクラス内の椅子に座っていたコウタの前に現れた。
 「……。」
 「ユウスケ……。お前の身体が弱いって事を知っててやっているんだな。あの女ども。俺はもう我慢できない。俺が仕返ししてやる。」
 コウタは小学四年生の時と比べ別人のように成長していた。身長も遥かに伸び、体型はがっしりと成人男性に近づいた身体つきをしている。
 「そんな……悪いよ……僕は平気だからさ。仕返しなんてよくないよ。」
 ユウスケは必死にコウタを止めていた。
 「お前は優し過ぎるんだ。一発脅しの文句でも言ってみればどいつも蜘蛛の子散らすように逃げて行くぞ。」
 コウタはユウスケの肩を乱暴に掴む。
 「コウタはなんでそんな事がわかるの?」
 「俺がそうだったからだ。小学校低学年の頃さ、俺、超いじめられててほんと、死のうかと思ってたんだ。情けない話だけど俺、女の子に助けられちゃってさ。あの子はホントに強い子なんだなって思った。男子に囲まれて何とも思ってないみたいだった。いまでも忘れられない。その後さ、俺、その女の子がやったみたいに強気で突っかかってみたんだ。そしたら皆逃げて行ったよ。で、そいつらさ、その次の日に友達になろうとかぬかしやがったから嫌だとはっきり断ってやった。」
 「そうなんだ……。僕はそんな事言えないよ……。」
 コウタはユウスケの肩を叩く。ユウスケが自分を責めはじめていたからだ。
 「お前は変わらないといけないと思うが変われない事に罪悪感なんて覚えなくていい。お前自身を憎むな。無理ならやらなくていい。」
 コウタは怯えるユウスケを横にどけると夕陽が差す廊下を足音荒く走り出した。だいたいこのいじめがおこなわれるのが放課後。先生はもういないが生徒はちらほら残っているそんな時間帯。もちろん、他の生徒がシホ達のいじめに関わってくる事はない。皆、見なかったふりをして気の毒そうに走り去る。認めたくはないがそれが一番自分の身を守る良い方法だ。下手に手を出すとめんどうくさい事になると人間は生きている内にそれを学ぶ。自分自身を守るのに必死な者はそれでいいとコウタは思っていた。
 ……でも俺はあの子みたいになりたいんだ。あの時はなんだか気恥かしくて逃げるように去ってしまったが……本当はとても嬉しかったんだ。
 「ユウスケをやったのは誰だ?」
 コウタはシホがいる教室へズカズカと入り込み怒りを殺した声でつぶやいた。シホの教室にはシホ達グループ他、数人の学生が残っていた。数人の学生は恐る恐る教室を出ていく。
 残ったのはシホのグループだけだった。
 「あんだ、誰?」
 シホが睨みつけるようにコウタを見た。
 「ユウスケにひどい事をしたのは誰だ。」
 「ユウスケ?ああ、あいつか。」
 シホはクスクスと笑っていた。まわりの女子達はこちらを威嚇するように睨みつけているコウタに怯えはじめていた。
 「お前らだな。ユウスケは俺の友達だ。お前らは許さない。ぶんなぐられたいやつから出て来い。」
 さらに睨みつけると女子達は怯えて次々と何かを言い始めた。
 「あ、あたしはシホに頼まれてやっただけだから!し、しらない!」
 「私もやれって頼まれたから……。ほんとはやりたくなかったけど。」
 「裸で犬のモノマネやれって言ったのシホだから!モップはやれって言われて……。」
 皆、自身を守るため必死に言い訳をし、そのまま逃げるようにコウタの横をすり抜けて行った。
 コウタは別に何もしなかった。……いや、できなかった。
 コウタはシホと呼ばれた少女を呆然と見つめていた。
 「……あーあ、皆いなくなっちゃった。つまんねーの。……で?あんた誰?」
 「シホ……まさか……鳥海……。」
 コウタが驚いているのをよそにシホは眉をひそめていた。
 「ああ?お前誰だよ?うちは鳥海シホだけどなんで知ってんの?マジキモいんだけど。」
 シホはコウタに気がついていなかった。男の子は中学へ入るととたんに成長する。身長、顔つきもだいぶん変わる。コウタも小学校の時とは顔つきも全く違った。
 反対にシホは胸やおしりが少し出て来たくらいで顔つきに変化はあまりなかったのでコウタはすぐに気がついた。
 「俺は瀬戸内コウタ。あんたは覚えていないかもな。俺の事。」
 コウタはシホを懐かしむように見つめた。
 「瀬戸内……コウタ……。」
 シホの顔に動揺の色が見えた。シホはコウタの事を覚えているらしい。
 「なんでいじめられている奴を助けていたのにいじめる側になってんだよ。あんた。」
 「うるせぇな!あんときの話はすんじゃねぇ!殺すぞ!」
 「やってみろよ。」
 シホの脅しをコウタは軽く流した。
 「……。」
 「俺、あんたにあの時助けられて嬉しかったんだがな。あんた、こんな奴だったのか。」
 「うるせえって言ってんだよ。」
 コウタはシホを睨みつけた。シホは言葉が見つからず悪態をつくくらいしかできなかった。
 「俺、お前許さないぜ。お前らにとってそれはどうでもいい事かもしれないがユウスケは心に大きな傷をつけられた。」
 「そんな大げさなもんじゃねぇだろ。ちょっとからかっただけだ。」
 シホは何とも思っていないのかフフンと偉そうに笑った。それを見たコウタは怒りを抑える事ができずにシホに叫んだ。
 「裸で犬のモノマネさせるのがか!ああ?じゃあ、お前がやってみろ!俺がお前をからかってやるよ。早く裸になって犬のモノマネやれよ。俺がモップで顔を洗ってやる。」
 「は、はあ?馬鹿じゃねぇの?あんた、とんでもない変態だぜ!死ねよ。」
 シホはコウタの気迫に若干押されていたが無理に笑ってみせた。
 「お前らがユウスケにやったのは変態の行為じゃないっていうのか?どういう頭してやがんだ。ああ?」
 コウタはシホの胸ぐらをグイッと掴んだ。シホに初めて怯えの表情が浮かんだ。
 「ちっ。イラついてんなら……殴ればいいじゃん……。」
 「殴りたいのはやまやまだが……俺が犯罪になるからな。」
 「じゃあ……離せよ。女の胸ぐら掴むなんて最低だぜ。」
 シホがコウタから離れようと身体をばたつかせた。その時、シホの首元に痣がある事にコウタは気がついた。よく見ると首だけではない。ブラウスから見える腕にも痣。膝にも痣。いや、よく見るとたばこの火か……。
 コウタはその痣や火傷を見てとっさにシホを離した。
 「お前……。」
 「殴るのは別にいいけど腹と顔以外な。顔は学校行けなくなるからやめろ。腹は昨日親父に殴られて痛みがひかねぇからやめろ。」
 シホの瞳が暗く沈んでいく。
 「お前……まさか……。」
 「ああ?なんだよ。ああ、これか?これは親父にこないだ首絞められて……。」
 シホは首筋の痣をそっと撫でた。
 「虐待……されて……。」
 「さあな。もうどうでもよくなっちゃってさ。ほんと、ユウスケみたいな呑気なやつがうらやましい。スゲーむかつく。」
 シホはそう捨て台詞を吐いて近くにあった椅子を蹴るとコウタから逃げるように走り去って行った。


 コウタがシホと会って数日後、シホがユウスケをいじめる事はなくなった。
 「鳥海!」
 コウタが屋上でボウッと突っ立っているシホに声をかけた。たまたま、シホが屋上に行くのをコウタが見ており、なんとなく追いかけて行った感じである。
 「なんだ。あんたか。もう何もしてねーよ。うちは。」
 「あんた、腕どうしたんだ。」
 シホは左腕にギブスをしていた。
 「ああ、これ?こけたかな?」
 「親父か?」
 「……。」
 シホはコウタの問いかけに何も話さなかった。
 「鳥海……。」
 「ほんと……何正義の味方きどってたんだって話だよね。うち。あんな事しても意味ないっていうのに。あんたはうちの恥ずかしい記憶を持っている一人だ。……うち、何してたんだろう……。」
 シホはそう一人つぶやくとそっと空を眺めていた。せつなくつぶやくシホの頬は涙で濡れていた。
 「そのあんな事とは俺や他の人を助けた時の事を言っているのか?それなら、俺はあんたに命救われた。大げさだって笑うかもしれないが……あの時のいじめで俺は……まあ、子供でまわりがみえてなかったってのもあるが死のうと思ってた。でもあんたが助けに来てくれてこうやってあいつらを追い払えばいいのかと気がついた。悔しくないのってあんたに言われて……ああ言ったけど本当は悔しくて負かせてやりたいって何度も思ってたんだ。あんたは俺の人生を変えてくれた。あこがれが女じゃ今となってはあれだが……ああなりたいって思ってたんだ。俺。」
 コウタはシホの背中にそっと声をかけた。
 「それはきれい事で結局は自分が損するかもしれないってうちは気がついたんだ。小学校六年くらいから親父がおかしくなってさ、お母さん助けたくてけっこう自分を犠牲にしたけどさ……お母さん……浮気してて今、ほとんど家に帰って来ないんだ。たまたまお母さんが男と歩いている所、こないだ見ちまった。ねえ、こういうのって見返りとか求めちゃいけないって言うけどさ……でもさ……なんか良い事くらいあってもいいじゃん……。痛い思いしてもただこれ、痛いだけじゃん……。」
 「……。」
 コウタはシホの言葉に何も言い返せなかった。
 「あんたさ、まだうちの事許す気ないんだろ?でもさ、あんたに言われて気がついたよ。ユウスケにあたってもしょうがないってさ。」
 「……そうだな。ユウスケに当たってもしょうがない。」
 「ああ、裸で犬のモノマネ、してやってもいいけど……うち、そんな魅力的じゃないぜ。見せられる身体でもないしな。」
 「別にあれはただの脅し文句だよ。本当にやれって言ったわけじゃない。あんたが使ったあの時のハッタリと一緒さ。証拠なんて何もないのに証拠あるって言ってさ。」
 「だからその話を出すんじゃねぇって言ってんだろ!死ね!」
 「あんた、ひっどい言葉使いだな。」
 コウタはシホの言葉使いに眉をひそめた。
 「どうでもいいだろ。ほっとけよ。」
 「ほっとけない。……それからお前が昔やってた事は恥ずかしい事なんかじゃない。きれいごとかもしれないけど俺はあんたみたいな人間が増えればいいのにって思っているよ。」
 「そう。うちはもうどうでもいいけどね。」
 コウタの言葉にシホは振り返らずにただ空を見上げて答えた。
 ……あの時のシホの心はズタズタだったに違いない……。
 コウタはぼうっと松の木と空を眺めているシホの背を見、あの時屋上で見たシホの背中を重ね合わせていた。
 ……あの後俺は、この神社に来た。
 コウタは自分の運を試しに運命神が祭られているという神社に足を運んだ。おみくじを引く前に賽銭箱にお金を入れ、願い事を心の中で叫んだ。
 ……シホという女の子が母親をかばい、父親から虐待を受け苦しんでいる。俺はシホを助けたい。お願いだ。力を貸してくれ。
 コウタは祈るように願っていた。そしてその後、この神社の名物であるおみくじをそっと引いた。
 ……大吉が出たら俺は何のぶつかりもなくシホを助けられる……。
 別におみくじに頼っていたわけではない。気休めとしておみくじを引いただけだ。助けると決心した後の勢いになればとおみくじを引きにきたのだ。
 コウタはおみくじを広げた。
 中身は大吉だった。コウタは飛び上がるほど喜んだ。
 さっそく中身の内容を読む。
 ……あなたはあなたを想っている人の不幸を取り払い幸せを手に入れるでしょう。そしてあなた自身も近いうち、現在うちこんでいるものが評価され幸福が訪れます。
 「ここのおみくじは良く当たるらしいし、いい感じだな。現在うちこんでいるものか……。音楽……俺の歌が評価されるって事か?じゃあ、最初のはなんだ?俺を想ってくれている人なんていないな。シホが俺を想っているわけないしな。ま、大吉だからいいか。」
 コウタはおみくじをお財布に入れると気合を入れて神社の階段を降りて行った。
 コウタが去って行って数日後、今度はシホがこの神社に現れた。
 ……別に本当にそうであってほしいなんて願ってないんだ。そう……願ってない。
 シホは神社の階段を登りながらずっとこの言葉をまわしていた。
 賽銭箱にお金を入れ願う。
 ……コウタがうちの事……好きでありますように……神様!お願い!うち、コウタに一目惚れしたらしいんだ!コウタの事、一日中考えちまうんだ……。うち、コウタの事好きなんだ。だけどコウタを前にするとひどい言葉をかけちまう。コウタがうちの事好きだなんて思ってないけどでも……。
 シホは願っている内に何が言いたいのかわからなくなっていた。
 「……あー、もう……何が言いたいのかわかんなくなってきた。」
 シホは頭をかきながら恋愛運のおみくじを引く。
 ……まあ……期待してないけど……
 シホはおみくじを開く。内心、ドキドキしていた。
 中身は大吉だった。
 「ウソ……。」
 シホは思わず叫んでしまった。慌てて内容を読む。
 ……あなたはもうすでに身近な人に想われています。後はあなたの気持ち次第です。
 短い文だったがシホは目を輝かせて喜んだ。コウタではないかもしれないのに勝手にコウタだと仮定して嬉しがっていた。
 「うち、もう我慢できない。告白しよう。」
 シホは頬を赤らめながら幸せそうに神社の階段を降りて行った。
 
 
 シホは強気な態度とは裏腹、精神的に弱い部分の方が多かった。もう母親は家に帰ってこないというのに時間通りに自宅へ帰り、父親を怯えながら待っていた。何をされるかわからない恐怖で身体が震えていたが外に助けを求めようとも反撃しようとも思っていなかった。はじめから容易に逃げられる状態だったのだがシホの場合、その後、また再び家に戻されたり、父親が追って来たりしてもっとひどい事をされるのが怖かったため、いつも通りを心がけていた。
 「はあ……はあ……。」
 シホは震えながら部屋の隅でうずくまっていた。息は自然と荒くなる。冷や汗で服が濡れはじめ、目は瞬きする事ができない。折れた腕を抱くようにお腹に押し当てる。
 父親は何を投げるわけでもなく、静かにシホに暴力を振るう。故に外に気がつかれにくい。
 「……今日こそ帰ってきたら昔の親父に戻っている……。優しいお父さんに……。」
 シホは叶わぬ願いをこの待ち時間にずっとつぶやいていた。この未来を神社のおみくじで引くことはなかった。これよりも悪い事が書かれていたら狂いそうだったからだ。
 「シホ、いるだろー。ただいまー。」
 「ひっ!」
 父親の声とドアを開ける音が聞こえる。シホは身体を固くした。とっさに遠くへ逃げなければと身体が反応をするのだが頭がついていかずにその場で動けずに固まる。いつもの事だった。
 父親の借金はもう返済し終わっていた。詐欺などでお金を稼いだらしい。詳しい事はよくわからない。ときたま、何百万稼いだと電話で誰かと話をしていたのを目撃している。おそらくよからぬ人達だろう。そこら辺の事はシホにはわからない。
 父親の借金がまだあった時は普段から落ち込み、あまり寝てないのか目の下にクマができていた。その時はまだ暴力は振るってこなかったが酒におぼれていたのを覚えている。暴力を振るいはじめたのは詐欺で金を貯めはじめた辺りからだ。同じ詐欺仲間とかから奴隷のように働かされて父親も心が疲弊しているのかもしれない。もう詐欺なんてやりたくない。あの時は借金の帳消しに必死で詐欺になんて手を染めてしまったんだ。父親は背中でそう言っているような気がした。
 もう抜けられず、逃げられず、どうしようもなくなった心をおそらくシホにぶつけているのだ。
 ……本当は全部わかっていた。
 「シホ!お前はなんて悪い子なんだ。」
 「!?」
 父親がやつれた顔でうずくまっているシホを睨みつける。
 「そんな顔で見ても俺にはわかっているんだ。お仕置きしなきゃなあ。」
 「な……。うち……今日、何にも悪い事してない!が、学校に行って帰ってきただけだ!」
 「学校に行く事がわりぃ事なんだよ!」
 今日も優しいお父さんではなかった。狂った父親だった。シホは震える足でかろうじて立ったが再び膝をついてしまった。父親の手にはバッドが握られている。シホは震えながら父親に必死であやまった。


 深夜零時頃、コウタは小腹がすいたので近くのコンビニでおにぎりを二個買って夜風にあたりながら公園のブランコでおにぎりを頬張っていた。
 特に何も考えず、ぼうっとぶらんこに乗っていたら人影が公園内に入ってくるのが見えた。こんな時間に珍しいなとコウタは気になって人影の方に目を向ける。雰囲気的に女性だった。
 ……女の人がこんな時間に公園なんて来て大丈夫なのかな。
 コウタはやはり気になり、こちらに近づいてくる人影を注意して見ていた。公園の明かりに照らされて顔を見たとたん、コウタは驚いた。
 「と……鳥海!?」
 コウタの声にびくっと肩を震わせたのはシホだった。シホは下着姿という酷い格好で髪はボサボサでフラフラとコウタの方へ歩いて来ていた。シホ本人もこの公園に誰かいる事に驚いていたがコウタだと思い、安心したらしい。
 「お、お前……。」
 コウタは何も言葉を発する事ができなかった。シホの身体を見て震えた。
 シホの身体は血にまみれていた。背中が特にひどい。顔は無傷できれいだったがその他が痛々しいほどに腫れている。
 「……。」
 シホはひどく怯えていた。なぜこんな格好で怯えながら外へ出てきたのか、なぜ身体中に打撲の跡があるのか切り傷があるのか……コウタはすぐにわかった。
 ……父親に暴力を振るわれて……必死で逃げてきたんだ……。
 シホはその場で崩れ落ちた。コウタはすぐにシホの側に寄った。
 「おい!大丈夫か!しっかりしろよ。」
 「……っ……。」
 シホは目に涙を浮かべながら震えていた。コウタは何も救急道具を持っていなかったのでとりあえず自分が来ている上着をシホに着せてやった。
 「……大丈夫だ。怯えるな。俺んちに行こう。」
 「……ころ……殺される……。も、もう……うごけ……な……。はっ……はっ……。」
 シホはまともにしゃべれないくらいに震えていた。とっさにやばいと感じたコウタは携帯電話を取り出し、救急車を呼んだ。これは家に連れて帰って呑気に包帯を巻く程度の傷ではない。
 同時にシホは過呼吸を起こしていた。コウタはコンビニのビニール袋をシホの口に押し付け、背中をさする。
 ……ひどいな……。本気で娘を撲殺する気だったのか。ひどい。理由はどうあれ、許せない。
 コウタは救急車が来るまでシホを軽く抱き寄せながら背中をさすっていた。


 しばらく時間が経って、シホの父親は警察に捕まった。詐欺罪もそうだが覚せい剤などの所持もしていたらしく、色々な罪で刑期を増やしていた。
 シホは病院のベッドでぼうっと外を眺めていた。あんなに暴力を振るわれたのになんだか父親がかわいそうでならなかった。昔の良い思い出ばかり蘇ってくる。シホは耐えきれずに泣いた。
 ……あの優しいお父さんに……もう戻ってはくれない……。お父さんの運命はもう変わってしまった。
 シホの頭はそれでいっぱいだった。
 「鳥海!」
 窓の外を眺めていたらコウタの声がしたのでシホは振り向いた。
 「コウタ。」
 「大丈夫か?なんか怖いか?」
 「え?大丈夫。大丈夫。面倒かけた。ごめん。コウタ。」
 コウタはシホが泣いていた事に動揺しているようだ。シホはなるべく優しくコウタに笑いかけた。
 「鳥海、お前これからどうするんだ?あの家に住むのか?」
 「……あの家には住みたくない。幸い、親せきから援助をもらえるし、安い賃貸で一人暮らしでもしようかなって思ってる。もちろん、これから高校なわけだしバイトもするし。」
 シホはもうほとんど治った身体で大きく伸びをする。
 「お前は強いな。」
 「……コウタがいてくれたからだ……。あんたがいなかったら死んでたよ。……ほんと、はじめ誰だかわからなかった。声も全然違うし……体型も全然……。うちと同じ身長だったのに……。あんたはうちが無駄な日々を過ごしている間に男の人になってた……。」
 シホは小声で恥ずかしそうにつぶやいた。それを聞いたコウタも一瞬止まり、頬を赤くした。
 しばらく沈黙が流れた後、
 「ねえ……。」
 ほぼ同時に二人は声を発した。
 「え?う、うちはいいから先にコウタどうぞ。」
 「お前、何か言いかけただろ。お前からでいいよ。」
 またしばらく沈黙が流れた後、しかたなくシホが声を発した。
 「あ、あのさ……別にあんたが何とも思ってないんだったらいいんだけど……えーと……その……うち、あんたの事気になって気になって寝られないっていうかー……。その……えーと。」
 シホはコウタから目をそらして頬を赤らめながら左右の指をいじっている。
 「で……まあ、つまりは……すっ……すっ……。」
 シホは顔を真っ赤にしながら机の上を指差した。コウタが机を覗くと一枚の紙に『コウタ、好き、付き合ってください』と書いてあった。
 シホはまともにコウタの顔を見る事ができなかった。真っ赤になったまま自分のかけ布団を凝視している。コウタも思考がいったん停止していた。またも音のない静寂が二人を包み込む。コウタも自分の頬が紅潮している事に気がついた。心臓の高まる音だけが耳にすんなり入ってくる。
 「あ……いや……別にあの……なんでもない!」
 シホがこの沈黙に耐えきれず叫んだ。このまま話が終わってしまう事を恐れたコウタが慌てて声を上げた。
 「おっ!……俺も……鳥海の事、好きだよ。」
 コウタはびっくりするほど情けない声でつぶやいてしまった。
 「……。」
 また二人に沈黙が流れた。お互いに目を合わせず真っ赤になっている所を眺めながら隣りのベッドのおばあさんが微笑んでいた。
 そして
 「若いっていいわねぇ。」
 とつぶやいていたような気がした。
 

 あの時はコウタに沢山助けられた。だから今度はうちがコウタを助ける。コウタと一緒にいたい。コウタが大好きだ。だからうちは……。
 物思いにふけっていたシホは空を見上げるのを止め、コウタを切なげに見つめた。
 「大丈夫か?シホ。」
 「大丈夫だよ。うちは。ちょっと思い出しただけ。」
 「そうか。」
 コウタは「自分がいるから大丈夫」と声をかけたかったができなかった。自分はもう死ぬ存在。シホと一緒にはいられない。かける言葉が見つからず、目に涙を浮かべながらシホを抱きしめた。
 「コウタ……。ありがとう。」
 シホはコウタの優しさを受け止め、素直にお礼を言った。

七話

 「……で?特典ってやつはどこにあるんだ?」
 みー君とサキは飛龍に連れられ、闘技場の奥へと進まされた。暗いトンネルを通っていると急にトンネルの壁がなくなり、真っ暗な空間に変わった。
 「もう見れるよ。」
 飛龍がパチンと指を鳴らした。
 「ん?」
 指を鳴らした直後、二人の身体が浮き上がった。そのまま飛龍は消え、サキとみー君だけ残された。映像が目に飛び込んでくる。
 「なんだい?これは。」
 「これが記憶なんだろうな。人間の。」
 「肆の世界の記憶ってなんだい?肆は未来なんだろう?」
 「その通りだ。肆の世界の記憶って事は時を巻き戻して何度も同じ事をやっている人間の記憶と考えられるな。肆で巻き戻した記憶はもう過去だ。つまり参に入る。ややこしいが肆の世界の記憶だが参の世界のものという事だ。こんな事通常はありえないだろ。」
 みー君は難しい顔でサキを見ていた。
 「時関係でまったく壱が絡んでこないってなんかすごい世界だねぇ。」
 サキも唸りながら記憶に目をやる。しばらくぼんやり映っていた映像が鮮明になった。
 「!?」
 二人はその鮮明に映った映像に映る人物に驚いた。
 「あ……ヒコさん!?」
 サキは何度も瞬きを繰り返した。
 「ああ、あのジャパゴの主題歌の……。という事はこの記憶はもう一人の少女のものか。」
 「時間を巻き戻していたのはあの二人かい……。」
 記憶を眺めていると花火が夜空に上がった。どうやら花火大会のようだ。近くにあった看板には『七月七日、花火大会のお知らせ』と書いてある紙が貼ってある。
 「七夕に花火大会とは……なかなか早いな。」
 みー君はぼうっと夜空に咲く花火を眺めつつ、状況を読む。
 「みー君、七夕の花火大会って今日じゃないのかい?これって今日の未来の話かもしれないねぇ。」
 サキの発言にみー君は大きく頷いた。
 「間違いなく今日だ。見ろ。あの男の格好。」
 みー君は海辺の階段付近に座っているコウタを指差す。
 「あ、そう言えば服装が一緒だよ。」
 サキはこちらを振り向いたコウタに手を振りたかったが意味のない事であると思い直しやめた。
 コウタは歩いてくるシホを見ていたらしい。今、サキとみー君はシホの目線だ。
 シホがコウタに焼き鳥を差し出す。コウタは優しく微笑みながら焼き鳥を受け取った。
 「あー……あたしにもこうやってさ、優しく微笑んでくれないかなー。」
 サキは羨ましそうに口を尖がらせた。
 シホが海の方を向いたのかコウタが映らなくなった。サキはなぜか悔しそうに「もうちょっと」と言いながら手を横に動かしている。まだコウタを眺めていたかったらしい。
 「お前……ちゃんと記憶を見ろよ……。あの歌手を追いすぎだぜ。」
 「みー君、黙ってておくれ!今大事な所だよ!」
 「お前に言われたくねぇよ……。」
 みー君は呆れた目で興奮しているサキを眺めた。
 夜空に花火が咲く。だんだんと花火が曇りガラスのように曇っていく。
 「……泣いてやがるな……この娘。」
 みー君が曇ってよく見えない花火を眺めながらつぶやいた。
 「泣くほど感動したのかな?」
 「俺はなんだか違う気がするがな。」
 サキとみー君が会話をしていると曇った映像が一瞬暗くなった。おそらくシホが涙を拭いたのだ。
 その後またクリアな花火が夜空に咲く。それをしばらく眺めていたがまた映像が揺れた。
 コウタが視界に映る。
 「お!」
 サキが嬉しそうに声を発したがコウタの表情を見てサキの表情も変わった。コウタは震えていた。下を向き、手を口に当てて必死に涙を堪えている。
 「……。」
 ただならぬ状況を見ながらサキ達は言葉を失った。これはただの楽しい花火大会ではない。
 シホがコウタの手を握ったらしい。コウタが驚いてこちらを向いている。視界がまた悪くなった。
 またシホが泣いているようだ。
 コウタがシホを抱きしめた。また映像が真っ暗になる。シホがコウタの胸に顔をうずめているようだ。
 「羨ましいけどさ……なんでこんなにこの二人は泣いているんだい?なんか雰囲気がおかしいね。」
 「これは何かよほどの事があったんだな。……もしくはこれからあるか。」
 やがて視界が高くなった。シホが立ったらしい。となりでコウタも立ち上がった。まだ花火は終わっていないが混まない内に帰ろうなどの言葉を交わしているのがわかる。シホとコウタは手を繋ぎながら歩き出す。コウタがシホを引っ張っていっている感じだ。
 いくつか何か会話をしている感じで歩いている。街灯がない夜の道路だ。横はガードレール。そのさらに先はすべてを飲み込んでしまいそうなほど真黒な夜の海。
 急カーブの所で後ろからピカッとライトが光った。
 「車!」
 思わずサキは叫んだ。トラックは曲がり角を曲がりきれず前を歩くコウタを持って行ってしまった。映像がぐらっと揺れた。シホが何かに躓いたらしい。一瞬の事だった。
 「あ……ああ……。」
 サキは怯えるようにみー君を見上げた。みー君は何も動じずにまっすぐ前を見つめていた。
 『コウタァァ!あ……あああああ!』
 シホの泣き叫ぶ声が耳に響いた。その次に見えたのが血だまり。運転手は無事だったようで慌てて出てきて救急車を呼んでいる。トラックは幸いガードレールを乗り越える事はなく、横転しただけだった。居眠り運転だったのかもしれない。
 コウタの状態はもう間違いなく助からない。出血量が多く、横転したトラックの下敷きになって身動きもできない。
 サキは膝をついた。口に手を当てて吐かないように息を大きく吸っていた。
 「サキ、わかったぞ。あの人間達は自身の運命をあらかじめ知っていたって事だ。これがあの子達に起こる未来。」
 みー君は何とも思っていないのか平然と言葉をサキにかけた。
 「あんた、なんでそんな平気な顔してられるんだい!」
 「ああ、俺はそういう神だからな。もともとこういう事をやってきたんだ。台風とか、竜巻とかな。」
 「やっぱり……あんたはそういう神なんだね。」
 サキはみー君を睨みつけた。
 「……。しょうがねえだろ。人間にとっての災害を俺が全部じゃないがそこそこ引き受けてんだぜ。こんなのでいちいちへこめないんだよ。俺は。」
 みー君はふうとため息をついた。
 「……。」
 サキが何とも言えない顔で下を向くのでみー君は付け加えた。
 「だが何回見ても慣れるもんじゃないな。俺だってやだぜ。」
 「ヒコさんは……死ぬ運命なのかい……。」
 サキは相当ショックを受けているようだ。着物の裾を掴んで唇を噛んでいた。
 「そうみたいだな。だが……その運命を人間が知っているって事が俺は問題だと思うがな。」
 「せめて最後の花火くらいは楽しそうにしてほしいよ。あたしは。」
 「……。」
 みー君は何も話さなかったがサキをじっと見つめていた。しばらく黙っていたみー君はふと口を開いた。
 「天之導神(あまのみちびきのかみ)……運命神。一瞬映ったあの神社……。あいつ、怪しいな。」
 記憶の映像はまだ続いている。しかし、シホ目線ではない。
 「記憶が続いてやがる……。誰だ……これは。」
 「もう終わりじゃないのかい……?」
 みー君とサキがあたりをキョロキョロと見回す。場所はシホ達が座っていた神社が見える階段。
 「今更、こんなところで何があるっていうんだ。」
 花火大会は終わっている。今は何もない。虫の声だけが響いている。
 「やっと入れた。」
 ふと声がした。サキとみー君はビクッと肩を震わせた。声がやたらと身近に聞こえる。
 「誰?」
 サキが恐る恐る声を発した。声は男性のものだ。
 「……僕は天之導神(あめのみちびきのかみ)。運命神だ。この記憶に入り込んだ。あの子達を助けたいと思わない?」
 「ん?助けたい!ヒコさんはこれからも歌を作ってほしい!」
 サキが即答をするのでみー君が慌てて止めた。
 「待て待て。そんな簡単に回答を出すな。運命神、お前が何考えてんのかわからんが……自分の言っている意味がわかっているのか?」
 「わかってるさ。」
 みー君の前に運命神が現れた。運命神は岡っ引きのような格好をしており、赤い着物に眼帯をしている。黄土色の短い髪を揺らし、下駄をつっかけながらこちらに歩いてきた。
 「何が目的だ?めんどくさい事はお断りだぜ。」
 「別に僕としては何か目的があるわけじゃないさ。」
 「じゃあ、なんだ。」
 みー君は油断せずに運命神を睨む。運命神は表情を変えずにみー君を見つめた。
 「……。」
 みー君は運命神の目を見て必死さを感じ言葉に詰まった。
 「で、ヒコさんを助けるってどうやるのさ。あたしはこの件がどうして起こったのかも知らんのだがねぇ。」
 サキはもうコウタを助けるつもりで動くようだ。
 「とりあえず僕と一緒に来てほしい。ここから僕の神社に行けるんで。」
 運命神は自分の後ろを指差した。運命神の後ろでは夜の神社の映像が映っていた。
 「どういう仕組みだい?現世から竜宮に来れちゃうってさ。」
 サキは興味深そうに神社を覗いている。
 「ある龍神にここに割り込めるようにしてもらった。肆の世界の記憶と竜宮の参の世界を繋いだんだ。少し色々わけありで……もしかしたらここを開いてくれた龍神、敵にまわるかもしれない。」
 「なんか面倒くさそうだな。」
 運命神の話を聞き、みー君はため息をついたがサキが何を言っても聞かなそうなので運命神の話だけでも聞いてやる事にした。
 「しかし、あたしらはここに閉じ込められているようなものなんだよ。現世に勝手に行ったら怒られちゃうよ。」
 サキが思い出したように言った。
 「だったら、僕が連れ出したって言えばいい。僕は構わない。」
 「罪を被るほど俺達に協力してほしいのか?」
 みー君の言葉に運命神はそっと目を閉じた後、大きく頷いた。
 「そうか。ならしかたない。」
 みー君は彼の必死さに負けて手を貸す事にした。
 「じゃあ、あんたの神社に行くかい?」
 サキはやる気満々で運命神をまっすぐ見据えた。運命神は目を開け、再び大きく頷いた。
 サキとみー君は運命神に従い映像の中へと入って行った。


 「あっつい……。」
 照りつける太陽にサキは思わず叫んでしまった。まだ七月なのにやたらと暑い。時間は午後二時くらいか。一番暑い時だ。
 「で?結局、お前に一体何があったんだ?あの人間は巻き込まれただけだろう?」
 みー君はさっそく運命神に質問をする。
 「その通りだ。あんたも関係すると思うが……芸術神マイがやった事がはじめだ。」
 「語括神(かたりくくりのかみ)か。芸術神、絵括神(えくくりのかみ)ライの姉。ライはワイズ側にいるが他はいないぜ。三姉妹だろ。確か。マイはこちらにはいない。」
 「そうか。じゃあ、関係ないかもしれないな。……そのマイが人間の一生を管理しているんだけど気に入らない事が一カ所あったらしく、その修正に肆の世界でシミュレーションをした所、彼らに気づかれてしまったらしい。それから修正がきかずダラダラと彼らに合せて時間の巻き戻しをしているってわけだ。ちなみに肆の世界と参の世界をいじっているだけなので現世である壱は関係がない。」
 運命神は二人の反応を見る。サキはどうでもよさそうに辺りを見回しており、ちゃんと聞いているのはみー君しかいなかった。
 「いまだに人間の一生を管理している語括がいるとはな。他の語括は今や演劇の神じゃないか。……じゃあ、今回の原因は参の世界を開いた龍神とマイという事だな。」
 「そういう事。僕はそれを導いているだけだから今回は関係がないが……運命神失格だな。あの子達に情が移った。僕を信仰してくれた子達なんだ。だから助けたい。ただ、それだけ。」
 運命神はすがるような目でサキとみー君を見つめていた。
 「お前がそんなんでいいのかよ……。」
 「今回はいいんだよ。」
 運命神の瞳を見てみー君はふうとため息をついた。
 刹那、サキ達の後ろから足音が静かに響いていた。
 「ねえ……どういうこと?君さ、あの記憶が飛龍以外に漏れていないかの確認に行ったんじゃないの?」
 サキ達ではない女の声がした。サキ達は後ろを振り向く。
 「……?」
 麦わら帽子にけん玉を持っている少女が静かに歩いて来ていた。
 「ワイズの側近と太陽の姫君……君達は何をしにきたのかな。」
 少女は表情なしにつぶやく。
 「あんたは誰だい?」
 サキの質問に少女は嫌な顔をした。
 「誰でもいいよ。」
 答えたくないのか少女はそっぽを向く。その様子を眺めながらみー君がぼそりとつぶやいた。
 「……お前、龍神だな。」
 みー君の言葉に少女は驚きの表情を作った。
 「……。」
 「お前からは龍神の匂いがする。東のワイズのとこにいる龍神と同じ匂いがする。図星だろ。」
 「ちっ。しかたない。私のもとはヤモリ。家を守る神として祈られ生まれた。名前は家守龍神(いえのもりりゅうのかみ)。元々、家を守るヤモリだった私は信仰で龍神の神格も手に入れた。人間と密接に関わっていたからかなぜか人間に見える。別に引きこもりではないよ。」
 少女はふてくされたような顔でけん玉の技、秘龍のぼりけんを成功させた。
 「そんな事はどうでもいいけどさ、あんたが原因の龍神なのかい?」
 サキは龍神なのに地味だなと思いながら言葉を発した。
 「原因って何?」
 地味な少女が恐ろしい顔で睨んでくるのでサキは唾を飲み込むと口をつぐんだ。
 それを横目で見たみー君は少女を睨みつけながらはっきりと言った。
 「太陽の姫君はこう言っている。竜宮を勝手に動かしたのはお前だろうとな。」
 「ち、違う。証拠はないでしょ。」
 「証拠はないが……おそらく、お前の名は龍神達に知れ渡っていないだろう。だから天津も知らないんだ。飛龍は何か知ってそうだったが戻って問い詰めればお前の名が出てくるんじゃないか?」
 みー君は少女をまっすぐ見つめる。
 「いくら言っても意味ないよ。証拠はないんだからね。」
 少女もみー君を睨みつける。そんな睨みあいを見つめながら運命神が覚悟を決めたように口を開いた。
 「竜宮を動かしていたのはヤモリだよ。マイとヤモリがあの二人の運命を狂わせている。僕も困っているんだ。」
 「なっ!君!黙っているって言ったじゃない!私がどうなるか君、わかっているはずだよ!」
 運命神の発言で少女は顔色を変えた。
 「ごめん。僕は裏切り者だ。」
 運命神は少女の顔を見ずにつぶやいた。
 「私、死刑だよ!死刑!オーナーがこんな事、許すわけないでしょ!私が龍神だって事すら皆知らないんだから君が言わなきゃバレないんだよ!今更そういう嫌がらせやめてくれない?私、あの時やだって言ったじゃない!君達が私を守るからって言ったから私は!」
 少女はおとなしそうな外見とは裏腹、運命神に掴みかかった。
 「だからあやまっているだろう。僕も一緒に死刑になってやるからさ。」
 「勝手に決めないでよ!」
 運命神は少女の顔をぼんやりと眺めていた。少女の顔は怒りで満ちていた。
 「ちょっとちょっと、待ちなよ。死刑って……。」
 サキは慌てて二人の間に割って入る。
 「私は死にたくないの。君と一緒にしないでよ!無責任じゃない!」
 サキが仲裁に入ったのだが少女と運命神の会話はまだ続いている。
 「もともと、いけない領域だったんだから罰は喰らった方がいいよ。地味子。」
 「地味子って言わないで!死ぬなら君だけ死になよ!私は絶対にイヤだよ!オーナーは私を絶対に許さない……。オーナーにバレたらおしまい……。おしまいなの!」
 少女は何かぶつぶつつぶやき始めた。
 「……そうだ。君達を全員消去してしまえば私の名が出る事はないね。」
 やがて少女は一つの結論を導き出した。そして彼女はここで大凶の道を選んでしまった。
 「なんだと?やってみろよ。」
 少女のつぶやきにみー君が反応した。
 「ちょっとみー君!これ、挑発したらやばいパターンだよ!あたしらが。」
 サキが焦った声でみー君を止める。
 刹那、どこからか強い風が吹き、サキ達を渦巻きはじめた。
 「な、なんだ!?」
 「私は死にたくないの。」
 気がつくと少女の雰囲気がガラリと変わっていた。少女が目を見開き、こちらを睨みつけた。
 その時何が起こったかはわからないが少女の意識がプツンと途切れた。少女はなぜか突然意識を失った。
轟々と風が渦巻き、ぐったりと倒れている少女を包み込む。
 「おいおい……。な、なんだよ?」
 鬼神であるみー君も突然の事に動揺していた。
 「あれが来る……。」
 運命神は覚悟を決めた顔でぼそりとつぶやいた。
 「あ、あれって?」
 サキはただならぬ気に怯え、みー君の影に隠れながら質問をする。
 「見ていればわかる。あっちの彼女は龍神なら誰もが知っているはずだ。」
 しばらくすると渦巻いていた風が消えた。少女がゆっくりと立ち上がる。
 「!?」
 サキは少女を見て驚いた。外見がまるで違う。別の神を見ているようだ。髪はピンク色のストレート。その頭部に龍のツノが生えており、青い瞳は冷たく暗く沈んでいる。服装もまったく違う。ワンピースだった彼女の服装が前で合せる着物みたいなワンピースに変わっていた。
 「おい……あいつは……。」
 みー君は青い顔で少女を指差した。
 「あんたも知ってたか。天御柱。」
 「?」
 サキはなんだかわからずみー君と運命神を交互に見ているだけだった。
 「あいつは今や伝説と言われた龍神。一度竜宮に現れ、散々暴れて突然消えたというあの龍神。俺も知り合いの龍神に連れられて奴を見物した事がある。恐ろしい奴だったが……まさかあの娘が……。」
 みー君は恐る恐る運命神に目を向けた。
 「その通り。だが彼女はあの姿になっている時、意識はない。怒らせ、追い詰めるとあの姿になるらしい。僕が思うにヤモリが龍神の神格を得た時にヤモリの自分と龍神の自分がわかれてしまったのではないかと。」
 「二重神格者って事か。」
 みー君の言葉に運命神はこくりと頷いた。
 「ちょ、ちょっとみー君、なんか襲ってくる気満々みたいなんだけどさ……。どうするんだい?」
 やや呑気に会話をしている二人にサキが怯えた声を上げた。
 「どうするって……どうしようか。」
 みー君はガラリと変わってしまった少女を戸惑いながら見つめた。少女は無言、無表情でけん玉を水剣に変えると突進してきた。水の剣はどういう仕組みなのか鉄よりも硬そうだ。
 「わああ!」
 「サキ!」
 少女はサキに襲いかかった。サキは太陽神の剣を出し、水の剣を受ける。みー君はサキを少女から離すため、突風を起こしたが少女は剣を持っていない方の手から雷を発生させ、みー君が起こした突風をはねのけた。雷はそのままみー君を貫いた。
 「痛ってぇ!」
 みー君は大きく吹っ飛ばされたがすぐに起き上った。
 「大丈夫か?天御柱。」
 運命神がみー君の側に駆け寄ってきた。
 「お前はなんかできないのか?あれ、かなり強いぜ。いたた……。」
 「……一日二回までしか使えないけど神の運命なら少しいじれる能力はあるよ。」
 運命神はまっすぐサキを見つめた。サキは怯えながら少女の攻撃を避けている。かなり危なげだ。
 「ゲームの必殺技みたいだな!よし。とりあえず破壊が激しいのでこの神社に結界を張らせてもらう。」
 みー君は薙ぎ払われた敷石をちらりと視界に入れながら鳥居に手を添えた。
 みー君が手を添えた刹那、神社の空間は消え、ただの真っ白な空間になった。
 「あんたはずいぶんと細かい結界をつくる事ができるんだな。これで僕の神社が破壊されなくて済む。鳥居に手を添えるだけで結界ができるなら僕も最初にやればよかったな。」
 運命神は真っ白な空間を見上げながらみー君と言葉を交わした。
 「これには高等な技術がいるんだ。俺あたりの神格を持ってないと辛いぜ。」
 みー君はどこか誇らしげにふふんと笑った。
 「ちょ!みー君!笑ってないで助けておくれ!」
 気がつくとサキが悲鳴を上げていた。サキは雷を避け、水の剣を避け、暴風雨に吹っ飛ばされていた。
 「すまん。今助ける。」
 みー君は慌ててサキの元に駆け寄って行った。みー君は雷を鞭のように動かし、少女にぶつけた。同時に竜巻も発生させ、少女をサキから大きく離した。
 「こんなんじゃ全然効かないか。」
 みー君は無傷で立ち上がる少女を戸惑った目で見つめた。
 「飛龍より……強いんじゃないかい?」
 「強い。だが俺は女神を傷つけたくはない。本気は出せないな。」
 「飛龍をボコボコにした神が何言ってんだい。」
 「あれはゲームだっただろ。」
 サキの視線に耐えられずみー君は下を向く。
 二人がそんな会話をしている時、運命神は右目の眼帯をとっていた。右目は真っ白で瞳があるのかもわからない。
 「……左は生命の運命。右は神、霊魂の運命……。神や霊魂は運命があるのかないのかはっきりしないために真っ白だ。その真っ白な目で二回だけ僕は神の運命を自分の思い通りに導く事ができる。」
 二人に説明しようと声を発したのだが二人ともそれどころではないらしい。運命神は構わずに白い瞳でサキとみー君を視界に入れる。
……二回の内、一回はまだ残しておきたい。導くのであれば天御柱と太陽の姫君よりも地味子がいい。地味子には負けてもらうレールを引き、二人には勝利してもらう。地味子には申し訳ないが彼女は元々この神社で大凶を引いた。しかたないという面で流してもらおう。
「地味子……!ごめん!」
運命神はそう叫ぶと右目を少女、地味子に合わせた。地味子の青い瞳が運命神の目と重なり、白く変わる。
「!?」
みー君とサキは地味子の微妙な違いに気がついた。
相変わらず暴れているが何かが変わったのは事実だ。
「……うっ……。」
運命神は低く呻いた。
……これは強い神が相手ほど自分に負担のかかる術……。
 ……正直きついな……。
 運命神は重くのしかかる重圧に必死で耐えていた。その間、みー君とサキは地味子の攻撃を避けている。
 地味子は無数の雷を操り、容赦なくサキ達にぶつける。竜巻を起こし、雹を降らせ、散々に暴れていた。何の声も出さず、表情も変わらずに地味子は動く者相手に攻撃をしている。
 「みー君!」
 「なんだ?」
 「あたし、雷ダメなんだよ……。なんとかならないかい?」
 サキはゴロゴロ鳴り、ピカッと光る雷にビクビク怯えながらみー君を見上げた。
 「雷は全部俺が当たってやるからお前はそのままヤモリと戦え。」
 「みー君……あんた、冷たいね。もっとこう……僕が耳を塞いであげる、もう怖くないでしょとか言ってみたらどうだい!できれば天御柱様で!それか勇敢にもう雷やめてください!とか!できれば天御柱様で!」
 呆れた顔をしているみー君にサキはブスッとした顔でつぶやいた。
 「アホか!こんな状況でそんな事やれるか!お前の余裕あるなしは相変わらずわからないな。頼むからこんなところであのゲームを持ち出さないでくれ!それにあれに雷やめてくださいって言っても意味ないしな……。それより雹だ。こいつは痛い……。」
 みー君はサキの頭上を両腕で覆い、傘の役割をしてやっていた。
 「みー君、あんた、不器用だね。そういう優しさがあたしは好きなんだよ。」
 「うるせぇよ!」
 サキの発言にみー君は照れながら叫んだ。
 「いいよ。みー君にばかり頼れないからあたし頑張るよ。まあ、どうあれヒコさんを助けるっていうのは変わらないしねぇ。」
 「じゃあ、俺はお前のまわりを風で覆って雹に当たらないようにしてやる。で、雷は俺が全部あたってやる。」
 サキはみー君の言葉にうんうんと頷くと地味子に向かい飛んで行った。みー君はすぐにサキの身体を風で覆い、雹を弾き返す。襲ってくる雷をすべて自分からあたりに行った。
 「やっぱ痛いな……。」
 みー君は元々風なので雹などの攻撃はあまり効かない。しかし、雷は効いてしまうらしい。対したダメージではないが痛みを伴うようだ。
 「みー君、やるねぇ!かっこいいよ。」
 「お前は呑気でいいよな。」
 剣を振りかぶるサキにみー君はため息をついた。
 「さあ、ヤモリ。ちょっとおとなしくしててもらおうかね!」
 サキは剣を地味子に向け薙ぎ払う。地味子は水の剣を使い、サキの剣を受ける。しかし、地味子は運悪く、水の剣を落としてしまった。サキは好機だと判断し、炎を巻きつけた剣を思い切り振りかぶった。地味子はまたまた運悪く水の剣を拾おうとしてサキの炎に気がつかずにあたった。
 「!」
 そして気がついた時にはもう遅く、地味子はサキの剣に叩きつけられた。地味子は運悪くサキにやられた。
 そして地味子は元の地味子に戻った。意識は戻っていない。
 「あれ?けっこうあっけなかったねぇ……。あたしが強すぎたのかね?」
 サキは呆然とその場に立ち尽くしていた。ここまで簡単に倒せるとは思っていなかったのでやや本気でぶつかってしまったのだ。
 「馬鹿言うな。お前の力も相当なものだが今回はあそこで苦しそうにしている奴のおかげだな。」
 みー君は心配そうに運命神を見つめていた。
 「運命神?大丈夫かい?」
 サキは慌てて運命神の元へ駆け寄る。地味子は大丈夫そうだったので放っておいた。
 「いや……しかし、この龍神もとんだ災難だな。俺はかわいそうでならないぜ……。」
 みー君はサキとは逆に地味子の方へと向かった。
 「大丈夫かい?運命神!」
 運命神は肩で息をしていたが大丈夫そうだった。サキは運命神を立たせてやった。
 「大丈夫。ありがとう。」
 運命神は一言サキにお礼を言うと眼帯を震える手で付けなおした。かなりの疲労感が彼を襲っているらしい。
 サキが背中をさすってやっている間、みー君が地味子をダッコして歩いてきた。
 「みー君、彼女の方は大丈夫かい?」
 「大丈夫そうだ。怪我はしていない。気は失っているがな。」
 心配そうに見上げるサキにみー君はため息と共につぶやいた。
 「運命神、あんた、何をしたんだい?」
 サキはだんだんと呼吸が戻ってきている運命神に尋ねた。
 「ああ。地味子の運命を少しいじらせてもらっただけだ。」
 「そんな事ができるのかい!」
 サキの驚いた声を聞いて運命神はふうとため息をついた。
 「さっきも説明したがいじれるのは神だけでしかも一日二回だ。」
 「ごめん。全然聞いてなかったよ。」
 サキの言葉に運命神はさらにため息を重ねた。
 「とりあえず、この女は寝かせておくのか?お前、まさかわざと挑発したんじゃないよな?」
 みー君が地味子を寝かせながら運命神を仰ぐ。運命神は頭をポリポリかきながら控えめに頷いた。
 「寝ててくれた方がいいと思ったんだ。僕に戦闘の技術はないからあんた達に倒してもらう予定だったんだよ。地味ちゃんは地味に強いからね。怪我しないようにさ、『怪我しないように負ける』ってレールを彼女に引いたんだ。」
 「お前なあ……。」
 あきれ顔のみー君を見ながら運命神は申し訳なさそうに下を向いた。
 みー君が他に何か言葉を発しようとした時、足音がしている事に気がついた。
 「おい……誰か来て……。」
 みー君がそう言った時、聞き覚えのある声が後ろでした。
 「な、何これ……?」
 サキ達は咄嗟に声の聞こえた方を向いた。真っ白な空間の視界の先では少女と少年が驚いた顔で立っていた。シホとコウタだ。
 「まずい!霊的空間である結界を張ったままだからあの人間達に俺達が見えちまう!物の破壊以外考えてなかったからあの子達は簡単に入って来れたのか。すぐに解除を……。」
 みー君が鳥居に向かい走り出したが運命神が止めた。
 「待ってくれ。僕は彼女達に話がある。あんた達はどこかに隠れていてくれ。」
 運命神は静かにそう言った。
 「じゃあ、あたしも隠れてた方がいいのかい?」
 「当たり前だろ!もともと見えない存在が見えたらまずいんだよ!まあ、お前は人間に見えるけど一応な!」
 みー君がぼうっとしているサキを引っ張り、地味子を抱えるとぼんやりとだけある鳥居の後ろに隠れた。
 「みー君、そんなに人間に怯えなくてもいいんじゃないのかい?」
 「お前がいたらややこしくなるだろうが。それに俺は人間に不幸をもたらす存在だ。下手な干渉であの子達が酷い事になったら困るだろう。」
 みー君はどこか必死にサキに向かい語っていた。
 「ああ、なるほど。あんたのそういう所、あたしはけっこう好きだよ。」
 「お前、なんでもストレートなのな……。」
 サキはニヤニヤと笑いながらみー君を見つめる。みー君はプイッとそっぽを向いてしまった。
 二人がこそこそと隠れている中、運命神は少年少女の方へ向かっていた。
 「……?」
 目の前にいきなり奇妙な格好の男が現れたのでシホもコウタも驚いていた。
 「僕は運命の神。天之導神(あめのみちびきのかみ)だ。」
 運命神はそれだけ言った。
 「運命の神?この神社の祭神!?地味子が見えたんだもんな。ここの神が見えてもおかしくなかったのか?」
 シホは若干戸惑いながら運命神を見つめた。
 「う、運命神。俺の運命を決めたのもあんたなのか。」
 コウタもシホ同様戸惑いながら運命神を見つめている。
 「まあ、そうだね。僕が導いている。」
 運命神が何の感情もなしにつぶやいた。神が人間に接触する時は感情を交えてはいけない。それは人間が神の定義としてそう決めたのだ。運命神も未だにそれを守っていた。
 それがシホにとっては許せなかった。自分達の運命はこの神に握られており、この神は人間の生を何とも思っていないのだと捉えた。
神達の都合で自分達の人生が狂わされた、自分にとってはあまりいい人生とは言えなかった、なんでコウタが死ななければならないのか、自分がやっとの思いで掴んだ幸せがこんな簡単に消し去られてしまうのか……色々な思考がシホの頭を駆け巡った。怒りと空しさ、憎しみがシホの心でじわじわと大きくなっていく。
……自分の人生がどうなろうともう構わない!この神がうちに何か罰を与えたとしてももう構わない!もう我慢できない。
シホは怒りの感情のまま、運命神の胸ぐらを掴んだ。
「ふざけんな!てめぇがうちらの人生を狂わせたんじゃねぇか!何とかしろよ!うちがこんな人生だったのもあんたのせいなんだろ!お前がいなければうちらは……うちは!今も家族と平和に暮らしてて!コウタとも笑い合って!花火見て!」
悔しさを押し殺した声で叫びながら運命神を押し倒す。
「コウタが死ぬ事もないし!何度も繰り返す理由なんてなかったんだ!うちも腕折られたり、バッドで殴られたりしなくて済んだんだ!親父の運命を壊したのもあんたなんだろ!あんたがうちから全部幸せを奪って行ったんだ!あんたが!」
シホの頬を涙が伝う。運命神はただ、じっとシホを見つめていた。
「なんだよ!返す言葉もねぇのかよ!なんとか言えよ!このクソ野郎!」
シホは運命神を殴った。何度も殴った。しかし、運命神の表情は変わらない。
「このっ……。」
シホがまた殴りつけようとしたのでコウタがシホの手を掴んだ。
「っ……!何すんだよ!コウタ!」
「シホ。相手は神様だぞ。」
コウタは静かにシホに言った。
「それがなんだよ!うちは我慢できない!うちの人生なんてもうどうなってもいいんだ!こいつは殴らなきゃ気が済まない!殴るだけじゃおさまらない!」
シホはコウタに叫んだ。
「自分の人生がどうなってもいいなんて言うな!俺はここまでだけどお前にはまだ先があるじゃないか!俺はお前が少し羨ましいんだ……。まだ先があるお前がな……。」
コウタはシホの腕を引っ張り、運命神から引きはがした。
「コウタ……。」
シホは呆然とコウタの顔を見つめていた。
「……その神様だって色々苦労してるはずだ。お前に対して素直に殴られてくれたんだ。なんか別の事情があったかもしれないのに何も語らない。神様って立派なんだな……。俺も見習いたい。……もう言ってもしょうがないけどな……。」
コウタは沈んだ顔で倒れている運命神を見据えた。
運命神は切れた唇を手でこするとまた表情変えずに立ち上がった。
「……やりきれない気持ちもわかるがこれは運命だ。僕が現れたのは君の行き場のない怒りを僕が引き受けようと思ったからだ。僕は運命神。これが仕事だ。」
運命神はシホに向かい、一言つぶやいた。
「……。」
「シホ、俺とお前を引き合わせたのもここの神様のおかげだ。あの家族からお前を救ったのもあの神様だ。俺はそう思う。」
コウタはシホの背中にそっと手を置いた。
「……そんなのわかんないじゃん。」
シホは拳を握りしめて運命神を睨みつけている。
「それは僕が言える事じゃない。僕は運命を導くだけ。その他の事はできない。」
運命神は目に涙を浮かべているシホに優しく言葉をかけた。
「じゃあ、うちはどうすればコウタを助けられるんだ!教えろよ!」
「……それは運命に従いなさい。僕から言える事はそれだけだ。」
「……。」
運命神の言葉にシホは両手で顔を覆いながら泣き叫んだ。
「ごめんね……。」
運命神はひどく切ない顔で一言そうつぶやくとみー君に向かいアイコンタクトをした。みー君はアイコンタクトを受け、すぐに結界を消しにかかった。
早生まれのセミの鳴き声がジワジワと戻ってきた。白い空間は徐々に消え、松の木が現れ、お賽銭箱や社が現れ、あっと言う間に元の神社に戻っていた。
運命神は泣き叫ぶシホをただ黙って見つめていた。もう彼女達に彼の姿を見る事は不可能だ。
コウタはシホの肩に手を添えるとただひたすら泣くシホと共に歩き出した。鳥居をくぐり、階段を降りて行く少年少女の小さくなった背中を運命神は胸が締め付けられる思いで見つめていた。
「ねえ、ちょっとあれで良かったのかい?助けようとしてたのに散々殴られてさ。」
サキがうかがうようにひょこひょこと近づいてきた。
「……。あれでいい。どうせ僕は何もできない。交渉はマイにかかっている。」
運命神は殴られた顔を撫でながら頭を抱えた。
「どこへ行っても交渉だな。神の世界は。お前は立派だったよ。」
みー君は呆れながら運命神の肩を叩いた。
「マイって芸術神、演劇の語括だね。」
「それもさっき言ったじゃないか……。」
「ごめん。聞いてなかったよ……。」
運命神はまたもため息をついた。
「!?」
そんな会話をしていた時、みー君がいち早く異変に気がついた。
「おい!」
みー君が叫ぶのと空間がゆがむのが同時に起きた。急に世界がひっくり返ったような感覚をサキ達は覚えた。
「な、なんだい!?」
サキが素早くみー君の影に隠れた後、すぐに女の高笑いが聞こえた。
「なんだ。ちゃんとうまくいくじゃないか!」
「?」
どこからともなく聞こえてきた女の声にサキ達はあたりを見回した。
「誰だ?」
みー君が鋭い声で尋ねた。
「わたしは語括神マイ。芸術神演劇だ。」
女は丁寧に答えた。姿はまだ現れていない。
「お前が原因か……。」
みー君はどこにともなく声を発する。
「まあ、そうだ。しかしおもしろいものを見せていただいた。」
声が突然近くなる。刹那、金髪の少女が現れた。顔に浮かぶのは嘲笑。白い着物が夏の青空に映える。
「……マイ……?」
運命神はマイの雰囲気の違いに驚いていた。
「やはり演劇はリアルでなくてはな。」
マイは興奮を抑えきれていないのか楽しそうに笑っていた。
「……?」
「おや、わからないか?わたしがやった事が。これは素晴らしい。さらに素晴らしい。このまま素敵な演劇をわたしにみせてくれ。」
笑うマイに運命神の顔色が変わった。
「お前……まさか……。」
「やっと気がついたか。そのリアルな表情もたまらない。これから起こる悲しみのストーリーの前戯として最高だ。」
マイはまたクスクスと笑う。
「……お前は真面目な語括だ。そんな事するわけないよな?マイ……。」
「ああ、至って真面目だ。人間の運命の修正を頑張ってやっているのだからな。他の神にも協力してもらってな。ああ……自分もストーリーに入り込めるというのもなかなかいいものだ……。」
マイは満足そうに目を細めた。運命神はそんなマイを見て顔を青くした。
サキとみー君はマイが元々どういう者かわからなかったので状況を見ていた。
「お前……僕も地味子も騙してたのか?あの子達も騙してたのか?」
「騙してはない。本当はシホという娘が死ぬ運命だったのだ。肆でシミュレーションし、色々と頑張ったらコウタが死んだ。そしたらこちらの方が本物だったとわたしは気がついたのだ。コウタの続章はそれはつまらないものだった。しかし、シホの続章はなんと面白い事か。しかし、シホが納得してくれず何度もやり直す形になったがわたしが運命を変えない限り変わらない。まあ、彼女にとっては気休め程度。」
「という事はだ。お前はわざとこのデカい演劇をするために二人の運命をいじったのか。自分が演劇を楽しむためだけに少年少女に近づき、地味子を操り何度も何度も……。地味子は何かの手違いでシホが死んでしまうと思っているぞ。お前がそう言ったんだろう?本当はお前がいじってコウタが死ぬ運命を作り上げたっていうのに地味子はあの少年が死ぬ方が正しいと思っている。すべてお前が作り上げた演劇が招いた事だろう。」
「それは言えないがわたしは人の生きる道を敷く神だからな。別に悪いことじゃないだろう?」
「ちょっと待て。」
運命神とマイの会話に無理やり入り込んだのはいままで状況を見ていたみー君だった。
「……?」
「人間の運命は生まれる前から決まる。昔はお前達がやっていたようだが今は人間の運命を管理できる神はいない。こういう問題が多数起こったからだ。芸術神はこういうやつばかりだからな。今は人間の運命を勝手にいじるのも勝手に作るのも違法だ。俺はワイズからそれを聞いた事があるぞ。語括。」
みー君は仮面をつけ直し、冷たい声で語る。
「え?」
運命神が疑う目でみー君を見つめた。
「お前も地味子も現世に長く居すぎたせいで法が変わった事を知らないんだ。マイは知っていたはずだ。なんせ、お前の妹はワイズ軍にいるからな。絵括神ライが……な。」
「ふむ。妹がいるのはその通りだ。しかし、それはわたしも知らなかった。」
マイはしれっと言葉を発した。
「知らなかったのか?」
「ああ。」
みー君の問いかけにマイは一言そう言った。
「だが、これは違法行為だ。今の話を聞くとお前は自己目的で娘の方の人生を見たいと思ったと。これはいかんだろうが。」
みー君は仮面で表情がわからなかったが声のトーンは無機質だった。
「これはこれは扱いにくい神を選んでしまったな。こういう演劇も悪くない。」
「……。」
みー君とマイはじっとお互いを見つめ合っている。それを眺めながらサキはどうすればいいか考えていた。
……みー君はマイと交渉しているつもりなんだろう。みー君からしたらこの件、黙っててやるからあの二人の状態を元に戻せと言っている。マイは断固拒否している。
あたしがやる事は……なんだろう?
そう考えた時、サキはすでに走り出していた。
「!?おい!」
みー君が叫んだ気がしたがサキは気にせずに階段を駆け下りる。もう日は沈みはじめ、海辺の神社はオレンジ色に染まっていた。サキはただひたすら花火大会の会場に向かい走っていた。
……あたしがやれる事は何もない!
でも……みー君達を信じる事でやれる事はある!
もう準備を始めている屋台を通り過ぎ、場所取りをしている人々を通り過ぎ、サキはオレンジ色に染まる海岸であの二人を探した。
必死で探していると二人で寄り添って座っている影を見つけた。
「えーと……シホさんとヒコさん!」
サキがそっと声をかけると寄り添っていた少年少女が肩をビクつかせてこちらを向いた。
少年少女はコウタとシホだった。
「あ、あんたは……ジャパゴ祭の……。」
シホが口をパクパク動かしながらサキを見ていた。
「そう。あたしはあんたらに言いたい事があって来た。」
「なんだよ?」
「シホ……言葉遣い……。」
コウタの言葉も半ば無視でシホはサキを見上げた。シホの目はもうすべて何もかもあきらめていた。
「あんたは夢でヒコさんが死ぬ所を見たんじゃないのかい?その夢を信じてヒコさんが死んでしまうからと何度も時間を巻き戻していたにすぎないだろう?実際を見た事はあるかい?」
サキはシホを見据えてはっきりと声を出した。
「もうやめろよ……。あんたも神様なんだってね……。何度も何度も希望持たせるなよ……。もう静かにコウタとの最期を楽しませてよ……。」
シホは暗い瞳でコウタに寄り添う。コウタも反応に困りシホに寄り添った。
「最期じゃないかもしれないのに最期って決めつけてこの花火大会を送るのかい?そんなの全然楽しくないと思うんだけどさ。あたし、ヒコさんのファンなんだよ。だから今全力であんた達二人が生き残れるように頑張っている。あんた、見た感じ、あきらめ悪そうだし頑固そうだよ。それなのに簡単に諦めちゃうのかい?」
「あんたに何がわかるんだよ!神様なんて結局は人間よりも高い所にいて人間をあざ笑っている存在なんだろ!うちらをみて楽しんでんだろ!……いいよ。もう。うちはどうせ神なんて信じてなかったんだ。……あんた達……なんでこの世界にいんの?」
シホは憎しみのこもった瞳でサキを睨んだ。コウタが必死でシホをなだめているがシホはサキしか見ていなかった。
「……あんた達が願ったからこの世界にいるんだよ。あたしらはね。……あんたがどう思おうが別にいいけどさ、運命神はひどく心を痛めていたよ。人間と関わる時は感情を出してはいけないって昔から言われていてねぇ、まあ、そのルールもあんたら人間が決めたんだけどさ。彼はそれを守ってただけだよ。本当はあんたらを助けたくて必死だったんだ。あんたは自分の事ばかりで一方的に殴ってたけどさ。」
海風がシホとサキの頬を撫でる。
「それをうちらに言いにきたってのか?ご苦労さんで。そんな事言ったってコウタは助からない。そんな事言われても逆に困るんだよ!」
「シホ、もういい加減にしろよ。」
コウタがシホを止めたがシホはコウタを睨みつけた。
「なんでコウタはそう冷静でいられるんだよ!あんた、死ぬんだよ!わかってんのかよ!あんたと一緒にいたいって思ってるのってうちだけかよ!あんたは死にたいって思っているわけ?」
シホがコウタに掴みかかった。コウタはシホの手を思い切りはたいた。
「いい加減にしろ!もうやめてくれ!」
コウタは苦しそうに叫んだ。シホははたかれた手を撫でながら切ない瞳でコウタを見つめた。
「コウタ……ごめんね……。」
「……俺に当たってどうするんだよ。今のお前は話しかける人すべてに当たっているだけだ。少し頭冷やしてくれ。俺は最期を静かにむかえたい。それから……お前には笑って俺を見送ってほしい。花火も……せっかく場所取りしたんだ……こんなんじゃムード作れない。最期がこんなんじゃ俺、やだよ……。」
コウタの背中が震えていた。声も涙声だ。シホはコウタの手を握ろうとしてやめた。そのままオレンジ色に染まる海を眺めていた。
「……。とにかく、これから神を信じなくてもいい……。でも今回は信じておくれ。運命神がこの運命から救ってくれる。強く願って花火を楽しんでおくれ。あんた達は信じるだけでいい。絶対ヒコさんは死なせない。だから……。」
サキはオレンジ色に光る瞳でサキとコウタを見つめた。太陽に照らされたサキはとても神々しかった。シホとコウタはサキを美しく思ったと同時にサキに力強い太陽の力を感じた。
「……本当に……信じていいのか……?」
シホは目に涙を浮かべながら情けなく声を発した。
「信じておくれ。」
サキは大きく頷くとシホとコウタから走り去って行った。残されたシホとコウタは走り去るサキとオレンジ色に照らされている海岸をぼんやりと見つめていた。

八話

サキは先程の神社に戻ってきた。瞳はオレンジ色をしており、決意を感じる。あまりの重圧にみー君達は歩いてくるサキに驚いた。
サキは突然太陽の剣を手から出現させるとマイの首元に突き付けた。
「お、おい……。」
みー君と運命神は同時に声を上げた。その声もむなしく、サキはズカズカとみー君達を押しのけた。
「あの子達を元に戻しな。今すぐに。」
「この運命が正しい。太陽のひよっこがわたしに指図をするな。」
マイの返答にサキは思い切り太陽の剣を振りかぶった。炎と衝撃波が神社の敷石を巻き上げる。
 マイは素早くサキの攻撃をかわした。
 「もう一度言う。元に戻しな。」
 「もうこれが元に戻っている状態だ。わたしが壱の世界に戻した。もう運命を操る事はできない。」
 マイの涼しげな発言にサキの身体から炎が噴き出る。今度は太陽の剣でマイを薙ぎ払う。
 サキはギロリとマイを睨みつけた。
 「あんただけは絶対に許せないよ……。あんただけは絶対に許さない!」
 「何と言うか人間臭い神だな。貴方は。」
 「……人間に見えるからかね?あんたは狂っているよ。」
 「ふん。」
 マイはサキの挑発を軽く流すとみー君を睨みつけた。
 「!」
 すると突然、みー君が意思に反して動き出した。
 「天御柱に演劇をさせてやろう。そして太陽の姫君にも。」
 「まずい!」
 運命神が叫んだ。
 「お前も見ているといい。神格が高い神が演劇をやる様を。設定は憎き仇。そうだなあ、両親を殺された女剣士が極悪非道の魔法使いと殺し合いっていうのは。」
 マイがそうつぶやいた刹那、周りの風景が突然荒野に変わった。
 「弐の世界……。シナリオを考えて演じさせるシミュレーション……語括の能力……。」
 運命神が手を伸ばすも空しく、サキとみー君はぶつかり合い始めた。
 ……あれを使うしかない……
 運命神はそっと眼帯をはずした。
 「……ん?」
 しかし、運命神は目を使うのをやめた。よく見るとサキの攻撃をみー君が一方的に防いでいる。みー君自身が攻撃をしていない。
 ……もしや……天御柱には術がかかっていない?
 お面をかぶっているので実際の所よくわからない。運命神はカケに出ることにした。
 ……天御柱に術がかかっていないとして僕はマイが負けるというレールを引く。相手も運命を操れる神だ……この手の術は効かない可能性のが大きい。だから本当に小さい運命しかたぶん操れない。だがやってみるしかない。
 運命神は真っ白な目をマイに向ける。おそらく『負ける』という運命しか操れないだろう。そこから先、根本的な『元に戻す』というのは不可能に近い。なぜならもう戻せる状況ではないからだ。ここはもう肆の世界ではなく、壱の世界だ。巻き戻すという行為自体できない。それに、なかった事にできたとしてもシホとコウタの頭には肆の世界の記憶が残ってしまう。未来も変えられるかどうか不明だ。結局は解決しないだろう。だがマイが負ける事によって何か変わるかもしれない。今はそれを期待するのみだ。
 運命神はダメもとでマイに術をかける。マイはにやりと笑い、運命神を睨みつけた。
 「やっぱりダメだ。気がつかれたか。」
 運命神はマイにかけた術が自分に跳ね返ってくる事を察していた。しかし、その直後、みー君が仮面をはずし、マイに襲いかかった。瞳は真っ赤だ。サキも同時にマイに襲いかかった。
 「なっ!」
 マイは驚き、一瞬隙ができた。刹那、運命神の術がマイに当たった。
 マイは運悪く、みー君の起こした風に目を閉じ、サキの炎に当てられた。マイが影で操っていた人形が炎で燃え尽きる。
 「っち……。」
 マイが呻いたと同時に弐の世界が消え、元の世界に戻った。
 「あんたの攻撃なんて効かないよ。あたしらを誰だと思っているんだい?」
 サキがマイに向かい剣を振り上げそのまま叩きつけた。
 「ぐっ……。」
 マイは地面に叩きつけられ低く呻いた。
 「サキ、だからやりすぎだ。」
 みー君は元の青色の瞳に戻っており、サキを呆れた目で見つめた。
 「手加減の仕方が相変わらずわからないよ……。あたしは。」
 サキはどこかスッキリした顔で剣を消した。
 「しかし、危なかったな。完全にハマる所だった。サキ、お前の威圧が俺の神格を呼び戻した。自分の神格を忘れたままだったら術にハマってた。今回は怒っていたお前のおかげだな。」
 「ああ、だからなんかスッキリしているんだね。あたしは。」
 「自覚なしかよ……。」
 サキのスッキリした顔を眺めながらみー君はため息をついた。
 「まあ、でも運命神が最後頑張ってくれたから助かったよ。」
 サキが微笑みながら運命神を見つめた。運命神は立ち上がる事ができずに松の木にもたれかかっていた。
 「おい。大丈夫か!チート技を二回も使うから……。」
 「みー君、あれはチート技じゃないよ……。」
 みー君とサキは慌てて運命神を抱き起した。
 「ああ……ダメだ。もう動けない。」
 運命神は頭を抱えながら呆然と暗くなっていく空を眺める。もう星がちらほら出て来はじめていたがまだ明るい。
 「お前のおかげでマイをおとなしくできた。」
 みー君は倒れて動かないマイを横目で見つめる。
 「……だが、マイをおとなしくさせても……運命は……。」
 運命神は沈んだ顔で神社の敷石に目を落とした。
 「……。」
 サキは何も言えなかった。二人に信じてと言ったがちゃんとした解決策はまだない。サキは考えを巡らせていた。
 「サキ様!」
 しばらく考えているととても聞き覚えのある声が近くで聞こえた。
 「ん?」
 サキが目を向けるとサルが頭を垂れていた。
 「サル?なんだい?あたしはあんたを呼んでないよ。」
 猿は太陽神の使いだ。鶴と同様だが猿は太陽神にしか仕えない。
 「何を呑気な……。もう太陽が沈むでござる!急いで太陽へ戻るでござる!」
 「あ……。でもあたしはさ、今、竜宮に監禁されてて……。」
 「どこが竜宮に監禁されているでござるか!思い切りここは壱の世界でござる!」
 サキ達太陽神は太陽と共に動く。太陽と月は反転の世をまわっている。反転の世とは陸の世界である。太陽と月は壱と陸に一つしかない。壱に太陽が出ていたら陸に月が出ている。つまり、サキ達太陽神はこれから太陽が登る陸の世界へいかなければならない。陸の世界も壱の世界と同じ世界であり、ただ昼夜が逆転しているだけだ。太陽神は太陽にしかいないため、壱の世界に残ってしまうと陸の世界に太陽神がいなくなってしまう。
 「とりあえず早く戻るでござる!」
 「ちょっと待っておくれよ……。あたしにはやる事があって……。」
 サキはとりあえずみー君を見つめる。
 「大丈夫だ。お前はもう太陽に帰れ。ついでだ。そこの龍神も連れてってやってくれ。太陽の宮、えーと暁の宮で休ませてやってくれ。そいつは今回一番不幸な神だ。そして後はお前次第だ。」
 みー君の意味深な言葉にサキは首を傾げていたがすぐに気がついた。
 「なるほど。うまくこの龍神使って天津を何とかしろとね?あったまいいじゃないかい。みー君。……それで……。」
 サキは大きく頷いた後、控えめにみー君を見つめる。
 「こっちは問題ない。あのヒコさんとやらと娘を助ければいいんだろ?俺に任せろ。」
 「頼もしい。じゃあ……頼むよ。あたし、あの子達に信じろって言って来ちゃったからさ。」
 「お前、さっきそんな事を言いに行ってたのか……。」
 サキの真剣な表情にみー君はふうとため息をついた。
 「サキ様!」
 「ああ、わかったよ。行くよ。じゃあ、あの子、連れて来て。」
 サキは地味子をダッコするようにサルに頼んだ。
 「了解でござる。」
 サルは素直に地味子を抱き上げると歩きはじめた。
 「このままのスピードで間に合うかい?」
 「神社の階段下に駕籠を待たせているでござる。今回は鶴に頼み、最速で太陽に帰る計画で進んでいるでござる。」
 「あーそうかい。」
 サキはどこかうわの空でサルに続き歩き出した。


 みー君はサキがどこかせつない顔で去って行くのをじっと見つめていた。
 ……あいつは本当にあの少年を助けたいみたいだな。自分の事もそっちのけてさ。
 みー君はふうとため息をつくと肩で息をしている運命神に目を向けた。
 「お前はそこで休んでな。ここからは俺の仕事だ。」
 「……?」
 運命神は声を発する事もできないくらいの疲労に襲われていた。当然立つ事もできない。
 みー君はもがく運命神をよそにマイに近づいた。
 しゃがみこみ、呻いているマイの髪を乱暴に掴む。
 「……お前、俺に何をした?許される行為じゃねぇよな。それとこの手の厄を引き受けるのは俺の役目じゃないが他の厄神がお前の自己中心の厄の処理をするんだ。お前はただ楽しんだだけだがお前はこの厄の処理、できるのか?お前には荷が重すぎる厄だ。俺にした行為とプラスして後先考えない厄の処理。お前どうするつもりだ……。」
 みー君の瞳が赤く輝く。禍々しい気がマイを包み込む。マイはこの厄神は制御できないと悟った。
 「まったく……エラいのをつれてきてしまった……。少し演劇にスリルを求めすぎたか……。」
 「まだ言うか……。まあ、いい。共に来てもらおう。」
 マイは顔をしかめたがみー君に無理やり起こさせられた。
 「ああ、身体中が痛い。」
 「だろうな。あの太陽の姫君は手加減を知らない。悪いが俺も死なない程度の手加減しか知らない。逃げ出そうとか考えたら身体のパーツが無くなる事を覚悟するんだな。」
 みー君は薄い笑みを浮かべながらマイを睨んだ。マイは怯える風もなく答える。
 「貴方じゃわたしの身体に傷をつける事もできないだろう。なぜなら貴方は紳士だからだ。」
 「ふん。どうかな。」
 「わたしの髪を掴み、わたしが少し痛そうな顔をしただけで貴方は動揺していた。顔に出ていたぞ。お面をかぶった方が良かったんじゃないか?」
 マイがケラケラ笑っているのでみー君も笑った。
 「とりあえずお前に逃げる意思が無い事はわかった。芸術神は単純で馬鹿な奴が多いから困るぜ。」
 みー君はそうつぶやくとマイを連れ、歩き出した。
 神社内は遠くに聞こえる人の声のみで後は虫の鳴き声が響いていた。暗くなってきた神社はもう松の木にもたれかかっている運命神一人となった。
 ……天御柱……お前、何をするつもりだ。お前は厄神だ……お前が行ってもあの子達の厄が大きくなるだけだ……。
 運命神は声にならないうめき声を上げながら去って行くみー君に手を伸ばした。運命神の手は届く事はなく空気を掴むのみだった。

九話

 ……さて。太陽に戻ってきたわけだがヤモリちゃんをどうすればいいかね……。
 ここは太陽にある暁の宮。太陽神や使いの猿が住むお城だ。太陽は無事、陸の世界に入り、陸の世界は朝を迎える事となった。
 現在サキは暁の宮最上階にある自室で目を覚ました地味子と机を囲んで座っていた。
 地味子は何もしゃべらない。ただ怯えた風に目を忙しなく動かしている。
 「ね、ねえ、あんた、大丈夫かい?」
 サキは恐る恐る地味子に尋ねる。怒らせないように必死だ。
 「大丈夫なわけないじゃない……。もう殺される。死ぬ……。」
 地味子はけん玉の赤い玉をうつろな目で見つめている。
 「え、えーとだね……。実はヤモリちゃんはあんまり悪くなくてだね……。あたしに協力してくれたら死ななくて済むよ……。」
 「……どこまで信じていいのかわからないよ……。」
 地味子はチラチラとサキを見ながら小さい声を発する。
 「じゃあ、ちょっと話を変えるけど、今、ヤモリちゃんは命の保証以外に何かほしいものはあるかい?」
 サキの発言に地味子は疑うように目線を動かしたがとりあえず話しはじめた。
 「そうねぇ……竜宮には戻りたくないけど天津様からは守られたいな……。今回みたいに騙されちゃう事とかあるし……。相談できる龍神がほしい。でも私は頼れるオーナーから死刑を宣告されることになると思うけどね。トップはああでないと務まらないと思う……。仲間は手厚く守って罪を犯したら容赦なく罰する……。私はあの神だけは尊敬しているんだ。もう死刑だけど。どんな殺され方するのかな……私。」
 地味子はしくしくと泣きながらけん玉を握りしめる。サキは慌てて言葉を追加した。
 「わ、わかった。あたしが天津と交渉するから安心しておくれ。いままでの真相をちゃんと話してあんたが悪くないようにするからさ。」
 「でも……竜宮をいじっただけで死刑なんだってばあ……。」
 地味子がグシグシ鼻水を垂らしながら泣いているのでサキは喝を入れることにした。
 「しっかりしなよ!あんたね、天津を尊敬しているんだろう?だったらあんたのトップをもっと信じたらどうだい?ねえ?天津だってそんなに頭の固い神じゃないし、あんたよりも遥かに生きている神だ。なんて言ったってアマテラス大神の第三子だよ!」
 「……!」
 サキに喝を入れられて地味子は口をパクパクさせていた。そういえばそうだったと顔が言っている。サキをじっと見つめながら目を見開いていた。
 「やっとわかったかい?太陽は人間の希望の象徴であり、神々からすれば一番神々しい。そんな太陽の姫君を前に辛気臭い顔を向けるんじゃないよ!ま、まあ、象徴とか神々しいとか……自称だけど。」
 サキはビシッと答えた。
 「本当に大丈夫なの?」
 地味子が怯えた顔をこちらに向けた。どことなく希望を持った顔つきになっている。
 「大丈夫さ。ついでにあんたの要求も飲ませてやる。」
 サキはドンと胸を叩いた。それを見た地味子は初めてホッとした笑顔をサキに向けた。


 「貴方はあの子達をどうするつもりだ?」
 海辺の道路を歩いているみー君について行きながらマイは質問をした。
 「お前に絶望を味わってもらってからワイズに突き出す。お前ら、芸術神はワイズの傘下で支配された方がいい。特にお前はな。」
 「そういう意図か。まあ、芸術に目覚めると狂ってしまうのはある意味仕方の無い事なんだがな。……ついに我が三姉妹もワイズの傘下に入っていないのは妹のセイだけか。」
 「そうか。まだいたんだったな……。音括神(おとくくりのかみ)セイが。……お前以外の他の語括は今やほぼワイズの傘下だ。一番やばいお前を捕まえられて良かった。音括の方はまだおとなしいので放っておいてやる。ちなみに他の音括もほぼワイズの傘下だ。お前の所の姉妹は手のかかる姉妹だぜ。絵括のライも問題を起こしたしな……。」
 「月姫の事件か。まあ、あの子が一番普通だとわたしは思うがね。」
 「どうだかな……。」
 マイとみー君はお互い隙のない笑みを浮かべながら道路を歩く。もう辺りは暗い。道路が真ん中に通っていて海と山に挟まれている。二人は山の方に入って行き、背の高い木の上に飛び乗った。
 太い枝にみー君とマイは腰かける。
 「ここのカーブであの少年は死ぬのか?」
 「そうだ。」
 「そうか。それは楽しそうだ。気が変わった。俺も厄神だからな。あの少年を助けるのはやめた。よく考えたら俺らしくない。」
 みー君はケラケラと赤い目で笑う。
 「貴方、さっき、わたしに絶望を味わってもらうとか言っていなかったか?このままわたしと一緒に楽しむなら意味ないぞ。」
 「問題ない。お前にはこれからワイズの支配下という地獄が待っている。最後に楽しんだらどうだ?」
 みー君が笑いながら言った。マイは目を細めて薄笑いの表情を消した。
 「……それは本心なのか?貴方の本心はどこにある?」
 マイの言葉にみー君は狂気的な笑みを浮かべマイをグイッと引き寄せた。
 「さあな。」
 みー君の赤い瞳の中を覗いたマイは全身から冷や汗が噴き出してくるのを感じた。恐怖心がマイを包む。支配という言葉の意味を体で実感した。
 ……こいつからは絶対に逃げられない。わたしよりも狂っている神……。それの上に立つのが……ワイズ……。
 マイは花火の音がする中、この演劇がどう転ぶのか気が気でなかった。いままで楽しんでいたはずの演劇が不安で埋め尽くされ、どうしようもない恐怖に襲われている。
 これは台本を渡されずに演劇に出ているのと同じだ。内容がまるでわからない演劇にアドリブをつけるのも大変だ。特に結末がわからないとあれば。
……あの少年が死ぬのか助かるのか。もしくは少女の方が死ぬのか。全員死ぬのか。見ているわたし達も死ぬのか。わからない……。先が見えない……。
演劇は先が見えているから演じられる。今のマイは演じられるほどの余裕はなかった。
この時間が間違いなく彼女には地獄だった。しばらくして花火の音が止んだ。マイは震える身体を押さえるように道路を凝視していた。
みー君は何も話さない。また何の会話もない所が不気味だった。
この演劇を支配しているのはマイではなくみー君だ。マイには何もできない。みー君が事故の運命を握っている。
ただ、マイの身体からは絶えず冷や汗が流れているのみだった。
「……来たな……。」
赤い目をして笑っているみー君が突然立ち上がった。マイはビクッと肩を震わせる。
「あ、貴方!何を……。」
マイが苦し紛れに叫んだ時、トラックが歩いている少年少女に向かい突進して行った。
「こんな感じでどうだ?」
みー君が人差し指をチョンと上に上げる。少年少女の目の前に小さい旋風が起こった。
「……!」
マイは頬に流れる汗もそのまま起こった運命を息荒く見つめていた。
「ま、こういう運命もいいだろう。あの少年はあの神社で大凶を引いたんだろう?」
みー君は元の青い瞳に戻り、震えているマイにいつもの笑顔を見せた。


 時は花火大会前にさかのぼる。
 コウタとシホはサキに言われた事を考えながらただ花火の開始を待っていた。
 「……信じろって。助けてくれるって……。コウタ。」
 「……。」
 二人は目線を海に向ける。もう海辺は暗く、海も真黒で何も見えなかったが波の音だけ静かに響いていた。
 まわりの人達は幸せそうに笑っている。子供が焼きトウモロコシをかじりながら母親の手にひかれ歩き去った。遠くではお酒を飲んでいるのか宴会のように騒ぐ人達の声も聞こえてくる。
 コウタとシホはなんとなく焼き鳥を頬張りながら空を見上げた。
 「きれいな星だな。」
 コウタがぼそりとつぶやく。
 「ちょっとロマンチックな事言ってみるけど……七夕だね。織姫と……彦星。」
 シホもきれいな星空を眺めながらつぶやいた。
 「……明日は学校だな……。寝坊してガチな織姫と彦星にならないように気をつけよう。」
 「何それ?朝一緒に行けなくて会えないって事?もっとムード出してよ。コウタがムード出すって言ったんじゃんか。」
 シホは吹き出して笑った。
 「意外とムードを作るのって難しいな。いきなりアクション起こすのも問題あるしなあ……。」
 「もういい。普通に見ようぜ……。ムードなんてその内出る。」
 コウタの背中をシホがポンと叩く。
 「ああ。そうだな。なんか今回はいつもと違う会話ができてないか?」
 「そういえばそうだね。……今はなんだか心が軽い。花火にわくわくしているよ。」
 コウタの発言にシホは笑顔で答えた。
 しばらくして花火がはじまった。きれいな花火を見ながらコウタとシホは固く手を握り合っていた。会話はなく、いままでの思い出を思い出していたのか花火から目をそらさず、花が咲く瞬間を目に収め続けた。
 そして運命の時が近づく。花火大会は終盤をむかえ、コウタが混まない内に帰ろうと提案を持ちかけた。シホもそれに従った。
 二人の顔は強張っていた。歩き方もぎごちなく、運命に組み込まれた会話だけが意思とは関係なしに発せられる。
 「シホ!」
 コウタが歩きながら突然声を上げた。
 「!」
 シホは驚いてコウタを見上げた。
 「俺が死んでも神様を恨むな。俺が死んでも笑っていてくれ……。」
 「!」
 運命に組み込まれていない会話がコウタから発せられた。シホは目を見開いてコウタを見つめた。
 九時十一分……。ガードレールを曲がりきれなかったトラックがコウタとシホに突進してきた。
 シホはコウタの手を掴むが運悪く石に躓き、コウタの手を離してしまった。
 「コウタああ!」
 シホは必死に手を伸ばす。小さな旋風が起こった気がしたが意味はなく、トラックはコウタを巻き込み、カードレールに激突して止まった。
 「コウタあああ……。」
 シホはトラックに向かい、コウタを探す。コウタはトラックの下にはいなかった。
 「……え?コウタ?」
 「うう……。」
 シホはすぐ横で苦しそうに呻くコウタの声を聞いた。
 「え……?」
 シホは恐る恐る横を見る。コウタが頭から血を流しながら倒れていた。かなりの出血量だが生きている。
 「コウタ!コウタ!」
 シホはコウタの名前を必死で呼んだ。
 「シホ……。あれ?俺……生きてるのか……?」
 「生きてる……生きてるよ!コウタ!」
 慌てて救急車を呼んでいるトラックの運転手も視界に入らないくらいシホは血だらけのコウタを見つめていた。
 「ダメだ……。体が動かない。」
 「動いちゃダメだ。」
 シホは泣きながらコウタに話しかける。
 「はは……。死ぬってのは夢だったのかな……。本当はこれが大凶の真実か。お前は運よく助かって俺は運悪く交通事故に巻き込まれるって……。よく考えたらさ、死んだら大凶もクソもないよな。生きているから先の運を知れる……。ははは……。超イテェ……。でも大凶だからしかたないよな。ま、今の俺からしたら生きているだけでも大吉だ。」
 「あんた、笑っている場合じゃないんだ!しゃべれるのは凄いけどけっこう状態やばそうだぞ!」
 楽しそうに笑っているコウタにシホは怒鳴った。
 「お前はいつも怒っているなあ……。」
 「何を呑気な事言ってんだ!」
 シホが目に涙を浮かべながら怒っていた時、遠くの方から救急車の音がした。


 「とまあ、こんな感じでどうだ?」
 みー君が穏やかな笑顔をマイに向ける。
 「……負けだ。わたしが貴方を思い通りに動かせるわけがなかった。わたしが演劇できなくなるとはな……。完璧に貴方の演劇に乗せられた。負けたよ。ワイズの元へ行こう……。」
 「当然だ。お前にはその選択肢しかない。あの子達に奇跡を与えたかわりにお前は奇跡分の厄を受けないといけない。」
 みー君の瞳がまた赤く輝く。
 「そうか……。」
 マイは一息つくと目を閉じた。
 「輝照姫に尽力しろ……。それがお前の厄の返し方だ。」
 「……そうか。……了解。」
 マイは観念したように頷いた。
 いままで色々な者を操り演劇をさせてきたマイが操り人形として演劇をやらされている。これがマイにとって最大の屈辱であり、地獄だった。
 「ワイズの傘下に入るのはその後だ。」
 「ああ。わかった。」
 マイは少し残念そうに救急車で運ばれて行くコウタを見つめていた。

最終話

 翌朝、壱の世界の日の出と共に起こされたサキはサルに文句をつけていた。
 「あんたねぇ、なんでこんな時間に起こすのさ!あたしは疲れているんだよ!」
 サキは寝間着姿で布団の上にちょこんと座っている。
 「いや、申し訳ござらぬ。ええと、突然、会議を開くと言うお話でして南の竜宮まで来ていただきたいらしいでござる。」
 サルはサキの様子を伺いながらボソボソと言葉を発する。
 「そうかい。こんなに早くなくてもいいんだけどねぇ……。」
 サキは面倒くさそうに髪を払った。
 眠い目をこすり、正装の着物に着替えて階段を降りる。
 「ああ、お食事は帰ってからにするでござるか?」
 「おにぎりちょうだい。駕籠の中で食べるからさ。」
 「それでよろしいのでござるか?」
 サルがいままでにないくらい真剣なサキに戸惑いながら声をかけた。
 「いいよ。ヤモリは?」
 「ああ、あの客神でござるか?下の階で待たせているでござる。」
 「鶴は?」
 「もう外に駕籠を持って待機しているでござる。」
 「はい。了解。」
 サキは階段を降りながら一階に地味子がいるのを確認した。地味子は怯えながら一階にあるソファに座っていた。
 素早く他の猿がサキにおにぎりを手渡す。
 「ありがとう。」
 「サキ様、お出かけですか?」
 すれ違う太陽神達がサキに対して声をかけてきた。
 「ああ。そうだよ。これから会議なんだ。太陽をよろしく頼むよ。」
 サキは太陽神達に笑顔を振りまく。太陽神達は深く頭を下げて去って行った。
 ……まったく、なんで太陽神は朝がこんなに早いんだい?壱と陸は交代制でまだ陸勤務の太陽神が起きているはずなんだけど……。まあ、いいか。
 サキは最後の階段を降り、地味子に声をかけた。地味子はビクッと肩を震わせたがサキだとわかるとホッとした顔を向けた。
 「おはよう。あんた、朝早いねぇ……。」
 「お部屋一部屋もらって嬉しかったけど……全然寝れなかったの……。」
 「ああ、だろうね。死刑を待つ死刑囚みたいなもんだしねぇ……。」
 「ああう……。」
 地味子が涙目になっていたのでサキは慌ててあやまった。
 「ああ、ごめん。ええとじゃあ、行こうか!」
 「本当に大丈夫なの?」
 「大丈夫だよ!」
 サキにも不安はあったが地味子を安心させようと必死だった。
 とりあえず二人は外に待たせてある鶴の元へ行き、駕籠に乗り込んだ。
 「よよい!待ってたよい!では竜宮に向けて出発するよい!」
 「またあんたかい……。」
 鶴は羽をばたつかせてサキ達を迎えた。
 「私なんて鶴どころか亀も会った事ないし……。」
 「これから竜宮行くんだから死ぬほど見れるよ。」
 「死……。」
 「あー……えっと……いっぱい見れるよ。」
 サキは敏感な地味子を刺激しないように駕籠の中で気を使い続けた。


 「サキ、サキ起きて……。」
 「ん?」
 サキは目を開けた。知らない内に駕籠の中で寝てしまっていたらしい。
 地味子が涙目でサキを起こしていた。
 「起きてよ……。私一人じゃ不安だよ……。」
 「ああ、ごめんよ。ついたのかい?」
 「ついたよ……。」
 サキは寝ぼけ眼をこすりながら外に出る。地味子も後に続いた。朝焼けの海が目の前に広がっていた。まだ観光客はいない。まるでプライベートビーチだ。
 サキは大きく伸びをした。
 「こんな状態ならきれいだしいいねぇ。神がいっぱいいるとゴミゴミしているし……。」
 「竜宮ってきれいだね……。」
 地味子もサキもきれいな海にしばらく心を奪われていた。
 「よよい!後は亀がなんとかするよい!」
 「あ、ああ。そうかい。」
 鶴がサキに声をかけた。サキは慌てて返答をした。
 「では。」
 鶴はそう言うと駕籠を引っ張り飛んで行ってしまった。
 「なんて言うかあの鶴は軽いなあ……。」
 サキは飛び去る鶴を呆然と見つめた。
 「もし……。」
 サキが空を眺めているとすぐ近くで声がした。サキは声の聞こえた方を向く。
 「ああ、カメかい。じゃあ、また頼むよ。」
 サキの前にはあの時の舞妓さんのような格好をしたカメが甲羅を片手に立っていた。
 「はい。」
 「で、あんたは鶴とは違って人型をとっているんだねぇ……。そういえば。」
 「え?ああ、そうですね。職業的にこちらの方がいいんです。見た目とかも。鶴はまた別でしょう。」
 美しい顔立ちをしているカメがニコリと微笑んだ。
 「なるほど。」
 「では行きましょう。」
 サキは地味子にカメの甲羅に手をかけるように言い、自分もカメの甲羅に手をかけた。
 ふと気がつくとまた海の中にいた。ウミガメ達が朝早くだというのに頭を垂れて道を作ってくれている。竜宮の体勢がどれだけ整っているか、サキは見てすぐにわかった。
 しばらく海の中を進み、こないだと同じように鳥居をくぐる。するとすぐに海は消え、事務的な部屋が現れた。天津彦根神の部屋だ。
 「天津様。お連れ致しました。」
 「……よい。さがれ。」
 「はい。」
 天津彦根神、オーナーの真剣な顔をビクつきながら見上げたカメはイソイソと部屋から出て行った。よく見ると事務の椅子にお馴染みの神達が座っていた。真ん中に天津彦根神が座り、その左右に剣王、ワイズが座り、ワイズの横に冷林が座っている。剣王の横には月子と月照明神の月姫姉妹が座っていた。
 「太陽の姫君、遅いYO!」
 ワイズが口をとがらせて叫んだ。
 「ああ、悪かったよ。なんでまた全員いるんだい?」
 「まあ、それがしと月姫姉妹は関係ないんだけどねえ……。」
 剣王がため息をつきながら出された緑茶を飲んでいる。
 「そうね。私達には関係ないわ。せっかくだから顔を出せと姉から言われてしかたなくよ。」
 「月ちゃん。やっぱり陸に行ってしまった月を放置しているのはまずいかしら?」
 「大丈夫じゃない?前もって言っておいたし。」
 月子と月照明神は迷惑そうにサキを見ていた。
 「そんな顔で見ないでおくれよ……。あたしだって被害者なんだからさ……。」
 サキは空いている席に地味子と共に座った。
 「……ん?」
 よくみて見るとワイズと冷林の間に芸術神マイが座っている。マイはサキをちらりと見るとつまらなそうにそっぽを向いた。
 ……そういえば……ヒコさんは助かったのかな……。
 サキにジワジワと不安が襲ってきた。だが、みー君を信じて今はこの交渉を成功させなければならない。
 「では、集まった所で今回の件について話す。飛龍。」
 オーナーが会議の開始を告げ、すぐに飛龍を呼んだ。オーナーの後ろで頭を下げていた飛龍がすっと立ち上がり話し出す。
 「えー、今回は参と肆と弐の問題でして……。あたし自身、詳しくは知らないんで何とも言えねぇが……竜宮を不正に使い、参の世界を出現させていた龍神がいるんだ。それがそこの地味な龍神。」
 「地味……。」
 飛龍の説明で一同の目線が一気に地味子に映った。地味子は顔を真っ赤にして下を向いた。
 「あたしと地味子は一回戦った仲で、あ、ほら、龍神は皆知ってると思うけどさ、一回竜宮が変な龍神によって襲われた事件あっただろ?あれ、こいつなんだよ。怒ると意識失ってさ、すっごい強い龍神になるってわけ。で、おもしろかったから戦ったんだ。急に意識失って元の地味子に戻っちまったがな。ええと、それからの仲なんだが……他の龍神は皆覚醒している方は知ってても地味子の方は知らない。地味子本人も竜宮にいなかったから知る術もなかったってわけだ。」
 飛龍はバツが悪そうにボソボソと語る。もしかすると飛龍自身にも罰がくるかもしれないのだ。
 「なんかよくわからない説明だがお前とそこの少女の接点はわかった。」
  剣王が緑茶を飲みながらほのぼのと話を聞いていた。
 「で?お前は何をしていたんだYO 。」
 ワイズが先を急かすので飛龍はまた口を開いた。
 「……あたしは竜宮の利益を考えて地味子の策に乗ったんだ。地味子が竜宮を動かした事で変な記憶が竜宮に溜まってて見つかったらやばいからって地味子があたしに隠せって言ってきた。だからあたしはドラゴンクワトロってバトルゲームを作って勝ち残ったらその記憶を見せるってルールを作って金儲けした。繁盛していれば逆に龍神には見つからない。他の神に堂々と見せる事でカモフラージュをしてた。他の神に見つかってもダメージは全然ないからさ。龍神にさえ見つからなければ。」
 飛龍はちらりとオーナーを怯えた目で見つめる。オーナーは目を閉じて話を聞いていた。
 「なるほどNE。お前にも罪がありそうだYO。」
 ワイズは黒いサングラスをかけ直した。
 「飛龍君の意見はそこまでだな。その記憶に輝照姫と天御柱が気がついたと。」
 剣王がちらりとサキを見る。サキは発言の場と判断し、口を開いた。
 「もともとあたしらはその巻き戻しの被害者だよ。異変にいち早く気がついた天津があたしらを竜宮にかくまってくれた。その竜宮でたまたまその記憶をみたのさ。」
 サキの発言にワイズがふふっと笑った。
 「あいつだNE。あいつはゲームに目がないからNE。」
 「たまたまドラゴンクワトロってゲームをやっただけだよ……。」
 「まあ、いいYO。」
 「で、なぜ巻き戻しが行われていたかと言うとだね……。」
 サキはちらりと地味子を見る。地味子はサキから話を振られた事に気がつき、恐る恐る話しはじめた。
 「えっと……芸術神マイも私も今のルールを知らなくて……その……マイがある人間の少年少女の運命に欠陥を見つけたって言ってシミュレーションし直したいから竜宮を使ってくれないかと言ってきたんです……。私も絶対にばれないと思いましたので……はうう……ごめんなさい。」
 地味子は耐えられずシクシクと泣きはじめた。
 「ふん……こいつは罪確定だYO。いくらルールを知らないって言ってもバレないって思っている時点で悪を感じるNE。天津。」
 ワイズはサングラスの奥の鋭い瞳をオーナーに向ける。
 「……。しっかり話を聞いてからだ……。まだ結論は出せん。」
 オーナーの状況は不利だ。
 「そもそも、そのマイって芸術神が人間の運命をいじれなくなった事を知らなかったのが原因じゃないかねぇ?」
 剣王は緑茶を飲みながらつぶやく。
 「そうよ。確か、そいつはうちによく出入りしている絵括神ライの姉。ライはワイズの傘下だったはずだけど。」
 剣王と月子がワイズに目を向ける。
 「さあ?私は知らないYO。こいつは今から私の傘下に入ったんだYO。もともとはライだけだったYO。」
 ワイズは腕を組みながら唸る。
 「そうだ。私はワイズの配下ではない。今回の件でワイズに引き取られただけだ。」
 どこか偉そうにマイは答える。
 「……まあその件はいいでしょう。わたくし達が気になっていた事をお話ししましょうか。何故何回も弐の世界が開いたのか、わたくし達月の神は壱と陸以外に上辺だけ弐の監視をしています。それだけですが何度も何度も数時間の内に同じ弐の世界が開いたのが気になって。」
 月照明神はマイに視線を合わせた。
 「ああ、それはわたしの能力だな。わたしは未来である肆で弐の世界を開いてシミュレーションをする能力がある。貴方が見ていたのは壱の世界の弐ではなく、肆の世界の弐だ。」
 「巻き戻しをするのであれば一度だけで良かったはず。シミュレーションは本来一回だけです。人間に気がつかれていたのではないですか?まさかそこの龍神もそれを知ってて参を使っていたわけじゃないでしょう?」
 月照明神の発言で地味子は下を向き、マイも下を向いた。
 「図星ですか……。ではその人間は己の運命を知っていた事になりますね。」
 「あの運命はトラックの横転事故で少女の方が命を落とす予定だった。だがわたしが少年が命を落とす方が自然であると判断し、運命を改ざんしたのが原因だ。何度も同じことを繰り返した理由は彼らに運命を気がつかれてしまい、少女の方が少年を助けたいと強く思っていたからだ。わたしは自分でやった事ながら彼らに手を貸した。地味子を騙してな。」
 「それが真相か。最悪だな。あんたはそれを楽しんでいたわけだ。」
 マイの説明に剣王は顔をしかめた。
 「それでなんでサキは竜宮にかくまわれてたはずなのに外に出ているわけ?」
 月子が予想していた質問をサキにぶつけてきた。
 「天導神、運命神にさらわれたんだよ。何かと思ったら少年少女を助けたいって懇願されてさ。運命神も竜宮に頼れば良かったのにそれをして来なかった。あたしらを頼ったんだ。あたしらは連れ去られた上にマイやらヤモリやらに襲われて大変だったんだ。ヤモリはルールを知ってだいぶん混乱してて竜宮を動かしてしまった事にかなりの罪悪感を持っていたからあたしの暁の宮で保護したんだよ。彼女はマイにいいように使われただけだから動揺して大泣きするのもおかしくはないね。」
 サキは冷静に言葉を発した。
 「太陽の姫君が動揺していた彼女を救ったんだとさ。天津。」
 剣王がふふんと笑いながらオーナーを見る。
 「そうか……すまないな……。こちらの情報不足で迷惑をかけた。」
 「それからもう一つ。全員に言う。ヤモリを罰する奴はあたしが許さない。あたしが彼女を全力で守る。」
 「……。」
 サキの発言に一同はクスクスと笑った。一斉にオーナーに目を向ける。
 皆わかっているのだ。オーナーは恩を着せられた上に過失で太陽の姫君を危険にさらし、竜宮所有の龍神を全力で守ろうとされたのだ。
 これはオーナーからすれば謝罪をせざる得ない。
 「大変申し訳ない。我が管理体制の見直しをする。お詫びをしたい。」
 「それは後で話そうじゃないかい。天津。」
 サキはふふんと笑った。オーナーも真面目な顔を少し緩めた。本当は地味子を救ってあげたかったらしい。
 「で、後は運命神だねぇ……。あの子は何をしていたのかな?噂によるとあの少年少女は両方とも生きているみたいなんだけど。」
 「生きてる!?」
 剣王の発言でサキが声を上げた。
 「おい!なんだYO。いきなりデカい声を出すなYO!」
 「ああ。ごめんよ。」
 ワイズが注意をしてきたのでサキは素直にあやまった。
 「今の感じだと太陽の姫君はこの事を知らないみたいだねぇ。」
 剣王は顎のひげを撫でながら笑った。剣王を見ながらマイが声を上げた。
 「それに関してはわたしが話そう。わたしは実はもうワイズの側近から手痛い罰を喰らっている。恐ろしくて今でも冷や汗が止まらない。これからワイズの傘下になる事はわたしとしてはとても地獄だ。その手痛い罰の中でワイズの側近が二人を救った。少年の方は元々運命神の神社のおみくじで大凶を引いていた。ある程度つじつまは合うが奇跡を起こしてしまった分、厄の処理に困った。ワイズの側近から厄を引き受けろと二重の罰を受けた。そもそもワイズの側近が動いたのは輝照姫様が頭を下げて二人を助けてくれと頼み込んだかららしく彼も輝照姫様のご意見をよしと思い計画に乗っかったとの事。」
 「あのバカ……。」
 マイの発言にワイズが頭を抱えて呻いた。
 「なるほど。ではワイズから彼に対し何か指示を出したわけではないという事ですわね。それをいかんと思った輝照姫が彼と交渉をし、二人を助けた。そして彼は輝照姫の指示に従い速やかにマイを罰したと。」
 月照明神が涼しい顔で語った。
 サキはそんな話になるとは思わずなんと反応を示したらいいかわからなかった。
 「だけどさあ、彼女、少年が生きている事知らなかったみたいだけど……。」
 剣王がマイに視線を向ける。
 「ああ、それは知らないだろう。輝照姫様はワイズの側近にすべて任せて太陽の業務に戻り、地味子を保護したのだから。今朝、その話を聞いてもおかしくはない。」
 「ああ、そうなんだ。だが、太陽の姫、君は一つ処理しきれていない事がある。」
 剣王に睨まれてサキはごくんと唾を飲み込んだ。
 「厄の処理はマイがするとして奇跡の処理はどうするんだい?」
 「奇跡の処理?」
 サキはもう何の話なのかまったくわからなかった。
 「厄だけでなく、良い事も神は処理しないといけない。それを信仰心として盛り立てるのもいいが今回はそっちの奴らの過失で起こった事故。無理やり起こした奇跡は誰かが処理しないとさ。」
 「剣王、そのために冷林がいるんじゃないの?」
 月子は頬杖をつきながら剣王を見つめる。
 「その通り。だが冷林ともおそらく交渉が必要だぞ。今回は人間が願った奇跡じゃない。神が事故を起こしてそれの修正に使った奇跡だ。当然、冷林は動かないぞ。」
 剣王はサキに向かい、にこりと笑ってみせた。冷林はまったく動きがない。
 「……わかったYO。今回は私の過失もあるYO。奇跡の交渉は私と冷林で行う。天御柱はマイが私の傘下で管理をしなければならないと思ったんだと思うYO。まあ、マイはあの時点でまだ誰の傘下でもないわけだから誰が罰しても文句はないYO。」
 「だいたい芸術神を監視しようと言いだしたのはワイズですもの。輝照姫はそれを見込んであなたの側近と共に動いていたんでしょう。」
 月照明神の言葉にワイズは悔しそうに緑茶を飲んだ。
 ……まあ、なんて言うか……たまたまだったんだけど……。これは言わない方がいいかな。
 サキはだんまりを決め込んだ。
 「わかったYO。輝照姫には感謝申し上げるYO。後でお礼を差し上げるYO……。」
 「おお!」
 サキは思わぬ展開に転び、目を輝かせた。マイのおかげが半分ある。そしてみー君が裏で頑張った行為が半分だ。マイはみー君にサキが頭を下げて頼み込んだと言った。強制的に従わせたわけではないのでワイズは何も言えない。みー君は芸術神を監視するのは東だと思っていたため、サキの意見に従った。ワイズが芸術神を監視すると言ったためにみー君の行為を咎める事はできない。
 結果的にワイズ本人がこの大事に気がつかず、まったく関係のないサキにすべてやらせたと言う風になった。
 こうしてサキは竜宮と東から多大な援助をもらえる形となった。おまけに地味子も助けられ、マイもワイズに縛られる形で暴れられなくなった。コウタとシホの幸せも保障された。
 すべていい方に転がった。
 会議はその後、すぐに終わった。月姫姉妹は前回の借りは返したとは言わなかったが笑顔の表情がそれを言っていた。剣王はだるそうに歩き出し、冷林は浮遊しながら後に続いた。ワイズは虫の居所が悪いのかマイを引っ張りながら足音荒く去って行った。マイはサキを見てフフッと意味深に笑っていた。
 事務的な空間に残されたのはサキとオーナーと地味子と飛龍だ。
 「天津、ヤモリがね、今回みたいにルール変更を知らずに事件を起こしてしまうのが嫌だから形だけでも自分を守ってほしいと言っているんだよ。竜宮には戻りたくないらしいけどあんたには守られたいんだってさ。」
 「そうか。」
 サキの言葉を聞きつつ、オーナーは事務椅子に座りながら地味子に目を向けた。
 「あの……太陽の姫君に守られてこういう事言うのもあれなんですけど……私は弱いですから守っていただきたいんです。死刑になるほどの罪だってわかっているんですけど……その……。」
 「今回の件はもうよい。輝照姫に感謝するんだな。……お前を守る事は可能だが死刑になる罪だとわかってやっていた行為を許すわけにはいかない。」
 オーナーの言葉に地味子の肩がピクンと動いた。
 「それと飛龍。お前も速やかに私に報告するべきだった。それも罪が重いぞ。」
 「……。」
 飛龍は青い顔で下を向いている。
 「だからお前達は二人で現世に三か月追放だ。高天原の地を踏む事は許さん。」
 オーナーの厳しい目線に二人は肩を落とした。
 「三か月も戦えないのか……あたしは……。」
 「こんな野蛮な龍神と三か月も……。」
 二人はとても嫌な顔をしていたが渋々罰を受け入れた。
 「三か月経ったら私が直々にヤモリを守ってやろう。その間、何か罪を犯したら死刑だ。飛龍もだ。」
オーナーの鋭い瞳に怯えながら二人はため息をつきながら頷いた。
 「それと輝照姫、本当に迷惑をかけた。なんでもいい。かなえられる範囲で詫びをさせてくれ。」
 オーナーが深々と頭を下げるのを見ながらサキは口を開いた。
 「じゃあ、暁の宮に援助をしておくれ。」
 「……了解した。」
 サキの発言にオーナーは素直に了承した。サキは勝ち誇った顔で笑った。


 色々援助の交渉をして疲れたサキは暁の宮に戻り、自室でゴロゴロしていた。
 「よう!」
 ゴロゴロしていたら突然みー君が現れた。
 「……!?うわあああ!」
 サキは突然現れたみー君に驚き、近くに置いてあったツボに頭をぶつけた。
 「お、おい。大丈夫か?」
 「いたた……。な、なんでいきなりあたしの部屋にいるんだい!」
 「いや、前も説明したと思うがこう、風でひゅるっと……。」
 怒鳴るサキにみー君は逆に驚いた。
 「よくも女の子の部屋になんの声掛けもなく入って来れるね!あんたは!」
 「別にお前、いつもゴロゴロしてて何もしてないじゃないか……。」
 「今は疲れているんだよ……ほんと。」
 サキはみー君を無視して寝ようと思ったが一番大切な事を思い出した。
 「そうだ!みー君!」
 「ん?」
 「あんた、ヒコさん助けてくれたって……。しかもワイズから援助までもらっちゃったよ……。」
 「ああ。良かったな。」
 みー君は爽やかな笑顔でサキを見つめた。
 「もう!そういうクールな所が大好きだよ!みー君!」
 サキはガシッとみー君に抱きついた。
 「おわっ……!現金なやつだな……お前。」
 みー君は少し照れながら嬉しそうなサキを眺めていた。
 みー君が仮面をつけていた意味はこういう交渉の時に役立つからだ。表情がわからなければ後で咎められた時、好きなように言い逃れができる。今回大切な場面で仮面をつけていたのはそのためだった。
 「あ、みー君はなんで来たんだい?そういえば。」
 「切り替え早いな……。ああ、ちょっと運命神の様子を見に行こうと思ってな。松の木に放置したままなんだ。」
 「あ……。」
 みー君の言葉にサキの顔が青くなった。
 「なんでそれを早く言わないんだい!」
 「それを今言いに来たんじゃねぇか!」
 二人はほぼ同時に叫んだ。
 「まったく!早く行くよ!」
 「疲れて寝たいんじゃねぇのかよ……。」
 サキがさっさと用意をするのでみー君は首を傾げていた。
 
 
 寝間着から正装に着替えたサキはみー君を連れて運命神の神社に来ていた。
 七月八日。午後三時。この日も早生まれのセミが姦しく鳴いていた。そして八月はどうなってしまうのかと心配したくなるくらいに暑い。天気は晴天。
 サキ達は日陰を選んで歩き、松の木に寄りかかりぐったりしている運命神の元へ近づいて行った。
 「おーい……生きてるか?」
 みー君がまったく動かない運命神に恐る恐る声をかけた。
 「大丈夫かい……?」
 サキも控えめに声を発する。
 「う……うう……。」
 運命神は呻いていた。
 「ちょっと!しっかりしなよ!」
 サキが運命神を乱暴に揺すった。
 「うう……。」
 「ん?」
運命神は泣いていた。呻いていると思った声は嗚咽だった。
 「お、おい。どうしたんだ?ま、まさか、放置されて寂しくて泣いてるわけじゃないよな……。」
 みー君はバツが悪そうに笑った。
 「あの子達が……この神社に来たんだ……。さっき……。」
 運命神は涙声でぼそりとつぶやいた。
 「あの子達ってヒコさんとシホって女の子かい?」
 サキの問いかけに運命神は軽く頷いた。
 「あの少年、コウタは擦り傷だらけだったけど擦り傷だけだったんだ……。大きな怪我を奇跡的にしてなかった。一日で退院したんだって……。」
 運命神は涙目をサキ達に向けた。
 「おわっ!」
 顔をこちらに向けたと思った刹那、運命神はみー君の腕をガシッと掴んだ。
 「ありがとう……。本当にありがとう!」
 運命神が頭を下げてお礼を言うのでサキとみー君はお互いの顔を見合い、微笑んだ。


 サキ達が来るちょっと前。
 奇跡的に擦り傷で済んだコウタと奇跡的に無傷だったシホは運命神の神社に来た。
 いまだ松の木に寄りかかっていた運命神は二人が来た事にとても驚いていた。
 「……生きて……。」
 運命神は二人を見ながら声にならない声を上げていた。
 二人はお金を賽銭箱に入れ、声に出してありがとうとつぶやいていた。そしておみくじを引いて笑い合っていた。
 それを運命神は何とも言えない顔で眺めていた。
 ……幸せそうだ。二人とも大吉が出たか……。
 運命神は目を閉じ、二人の笑いあう声だけを聴いていた。
 しばらくすると声が途切れた。運命神は二人が帰ったのだと思い目を開けた。
 「!」
 帰ったと思った二人はなんと運命神の前に立っていた。いや、正確に言えば松の木の前に立っていた。目線はまったく運命神に合っていない。彼らに運命神は見えていない。
 「とりあえず、運命神、この松の木の側にいそうな気がするんだよ。」
 「俺もそんな気がするんだよな……。」
 シホとコウタはそんな会話をしていた。
 「ま、いいや。ここにいると仮定して話す。最初にありがとう。最後にごめんなさいだな。」
 シホは松の木に向かい頭を下げる。
 運命神はシホをじっと見つめていた。こんなに近くにいるのに彼女は運命神が見えていない。もちろん、運命神の声も聞こえない。
 「コウタ……助かって良かったな……。シホ。」
 運命神はつぶやくがシホは何事もなく話を続ける。
 「うち、あんたにひどい事言った。ほんと、罰あたりだ。おまけに殴った。許してくれなんて言わないけど……今、なんて言ったらいいかわからない気分なんだ。だからあやまる。ひたすらあやまる。そんで……うちらの為に頑張ってくれてありがとう……。うち……神様を誤解してた……。本当はとても一生懸命なんだ……。うち……あんたに会いたいよ……。会って直接あやまりたい。」
 シホは堪えきれずに泣き出した。シホのきれいな涙が運命神の頬に当たる。
 「……。」
 運命神はシホを微笑みながら見ていた。
 「運命神、俺からも言わせてくれ……。俺を生かしてくれてありがとう……。俺は助かった命で沢山の人を幸せにするよ。やれる事はかぎられてしまうと思うが……。俺、あんたを信じるから。ずっと信じる。」
 コウタは泣いているシホを自身に引き寄せながら真剣な顔で松の木を見ていた。
 「そうか。……幸せになるといいな……。」
 運命神は二人に向かい声を発した。もちろん、この声も届いてはいない。
 「じゃあ、俺達、行くから。」
 「うちもあんたを信じるよ……。」
 二人はきれいな瞳を松の木に向けるとゆっくりと去って行った。
 「ああ、それから……。」
 コウタが歩きながら声を発した。
 「俺のファンらしい女の子の神様に今度、十月にライブをやるからよかったら来てくださいと言っておいてくれると嬉しいです。」
 コウタはチラリと松の木を振り向き、満面の笑顔を見せた。
 そして最後に
 「また……来ます。」
 とつぶやいた。

 
 運命神は自分が泣いている事に気がつき、着物の袖で涙をぬぐった。
 「僕、こんな事言われたの初めてだ。なんか感動しちゃってさあ……。」
 運命神はサキとみー君を交互に見る。
 「良かったじゃないか。あの時一瞬でも顔を出して良かったな。ああ、俺の結界のおかげか!」
 みー君は運命神から感謝をされて調子に乗っているようだ。
 「そんな事どうでもいいけど十月にライブだって?顔出しするのかい!」
 「ちょ……どうでもいいってお前……。」
 サキはみー君を押しのけ運命神に真剣な顔を向ける。
 「え?いや、僕はよく知らないけどさ……。ライブやるからよかったら来てくださいって言ってたが。」
 運命神はサキの真剣な顔に戸惑いながら答えた。
 「行くって絶対行く!みー君!」
 サキは鼻息荒くみー君に勢いよく振り向く。
 「な、なんだよ……。なんか嫌な予感しかしないが……。」
 「寂しいから一緒に行こう!」
 サキの発言にみー君は盛大にため息をついた。
 「ああ。なんかそんな気がしたんだ。暇だったらいいぜ。」
 「大丈夫。みー君はいつも暇じゃないかい!」
 「勝手に俺の予定を決めるんじゃない!俺だって忙しいんだ。」
 運命神はサキとみー君の会話についていけずにはにかみながら二人を見ていた。
 「ま、とりあえず、なんかおいしい物でも食べに行こうよ。」
 サキが急に話題を変えた。
 「おいしい物って……お前はコロコロ話題が変わるな……。」
 みー君は頭を抱えた。
 「じゃあ、あんたも行こうよ。お腹空いてるだろう?……高天原でなんか食べようか。あ、動けなくても鶴で連れて行くからさ。」
 運命神に選択肢はなかった。
 「わかった。僕も腹が減ってたんだ。いいよ。お付き合いする。」
 運命神はしかたないなとつぶやきながら頭をかいた。
 「やれやれ。運命の神が一つの運命を強制的に選ばされるとは滑稽だな。」
 みー君もどこか楽しそうに運命神に笑いかけた。
 「じゃあ、とりあえず暑いから鶴で行こう!つーるー!」
 サキは元気よく叫んだ。
 みー君と運命神はやたら元気になったサキを呆れた顔で見つめていた。


 鶴が持つ駕籠に乗り込んだサキは駕籠についた窓から下を眺めていた。一瞬だけコウタとシホが幸せそうに笑い合って歩いている姿が見えた。
 「本当に良かったねぇ……。」
 サキもそれを見て幸せそうに微笑んだ。

 人間に起こる奇跡とは沢山の神々が関わっているのだった。

(2010年完)本編TOKIの世界書二部「かわたれ時…2」(太陽神編)

(2010年完)本編TOKIの世界書二部「かわたれ時…2」(太陽神編)

よくあるループのお話ですが少し違います。 季節は夏になりました。今回は竜宮のお話でもあります。 サキ編第二弾。

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更新日
登録日
2014-08-08

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  1. 織姫と彦星の運
  2. 二話
  3. 三話
  4. 四話
  5. 五話
  6. 六話
  7. 七話
  8. 八話
  9. 九話
  10. 最終話