吹雪となれば 掌編
第九章のあたり、花守たちの様子です。
崩れゆく壁
掌編 崩れゆく壁
「―――――近いわ」
「壁の崩壊が?」
「ええ、もう、すぐそこまで来ている」
摂理の壁近くに集った花守の、どの顔にも緊張があった。
「お前は知っていたのか、明臣」
明臣は水臣の問いに、ちらりと視線を向ける。
「雪の御方様が御自害されようと、吹雪は成る。僕はそう思っていた」
「なぜ」
「根本的な原因までには気付いてなかったけどね。―――――水臣、君は喪失の絶望をまだ知らない。若雪様を亡くした嵐が、ただそのままで済ます筈など無いと、僕はそう思っていた。………僕の根拠は、それだけだ。絶望への陥落はね、人に狂気と、有り得ない力を与えることがある。嵐の絶望が、吹雪を招く一要因であったとしても、何ら不思議なことじゃないんだよ、水臣」
それは、明臣が語るゆえの説得力だった。
「成る程な。お前の言う通りだ、明臣。私はまだ失ったことが無い。失ったゆえの狂気も理解出来ない。ただ、愚かとしか思えない」
「言葉は自らに跳ね返ってくるもの。あまり軽率(けいそつ)なことは言わないほうが良いんじゃないかしら、水臣?」
「木臣、何が言いたい」
「自分が万一姫様を失った時のことを考えてみてごらんなさいな。あなた、一番狂気に近い場所にいると、私は思うわよ」
言いながら、木臣の目は摂理の壁を映している。
壁の崩壊の予兆を見逃すまいとして。
「それに、壁の崩壊は、あなたにとっても明臣にとっても僥倖(ぎょうこう)じゃなくて?新たな壁が出来れば、恐らく私たちにも転生が可能となる。水臣は理の姫様に直に触れることを長い期間で許され、明臣も富の転生後と寄り添い合えるかもしれない。これがあなた方にとって幸いでなくて何と言うの」
水臣も明臣も、何も言わなかった。
木臣の言葉が正鵠(せいこく)を得ていたからだ。
「姫様は、そこまで見越しておられたと思うか?」
初めて口を開いた金臣に、木臣は頷いて見せる。
「思うわ。恐らく、吹雪を光の方向に転換する際に、もうその見通しは御心の中にあった筈」
「新たな壁は、我々の行動にどこまで干渉するのだろうな。先んじて災いを防ぐとは、どの程度のことまでを言うのだ?」
誰にともなく問いを発した黒臣に、正確な答えを返せる者はいなかった。
「―――――恐らく、それはほんの少しの許容となるだろう」
その場にいる者誰もが振り返る。
「姫様………」
「けれどそのほんの少しが、私たちにとっても、人にとっても大きな躍進となる。私はそう考えている。――――――――私たちが、自らを神と称して恥じない程度のことは、出来るようになるものと、私は信じたい」
理の姫のその言葉が、どれだけ真摯な思いで紡がれているか、理解する為に花守たちは沈黙する。
(神とて願うことはある――――――――)
水臣は思った。
誰も、一言も発しないまま、彼らの視線は一様に摂理の壁へと向けられていた。
若雪と嵐はもうすぐ目覚める。
――――――――壁の崩壊が始まる。
吹雪となれば 掌編