吹雪となれば 幕間

吹雪となれば 幕間

理の姫サイドの掌編です。
明臣の想い人を探しに、理の姫が現世に降りているお話です。
時系列的には「綾絹(あやぎぬ)」よりも前になります。

神に偽り

幕間 神に偽り

 出会う人物の前生を見分けることは、花守ならば可能だ。
 まして理の姫には容易な話だった。理の姫は、顔を見れば一人のみならず複数の人物の前生を、瞬時に把握することが出来た。
 その筈だが、理の姫・光(こう)の目をもってさえ、かつての明臣の許嫁(いいなずけ)である富の転生後を未だ見出すことが出来ずにいた。
(もしや、この国にはいないのでは)
 幾たびか、富の生まれ変わりを探して現世に降りたのち、光はその疑念を抱いた。
(…けれど、明臣と過ごしたこの地を、転生後とは言え離れるとは思えない)
 その魂が、明臣が富を求めると同じく、明臣を求めるならば。
 そして光は、そうであって欲しいと願っていた。
 明臣が富を恋うるように、富もまた明臣を恋うての転生を果たしていて欲しかった。
(そうでなければ、余りに哀れというもの―――――――)
 神の身となり百年の時が過ぎても尚、一途に嘗(かつ)ての許嫁を想う明臣が。
 光は今、戦乱で荒れた京都に降りていた。人々が行き交う、朱雀大路(すざくおおじ)の端。
 季節は夏。
 蝉(せみ)の鳴き声が割れんばかりに響いている。
 強く照りつける日の下、大路の所々には屍(かばね)が転がり、肥えた鼠(ねずみ)が我が物顔で闊歩(かっぽ)していた。
 御所の栄光も、今や昔語りのようだ。
 荒れたとは言っても、信長が手を入れる前よりはずっとましになったほうだとは聞く。
 そんな大路を、仄かな鴇色(ときいろ)の小袖に被衣(かづき)を掲げ持って歩く光の姿は、常人には見えていない。
 今回も収穫は無さそうだ、と思い光は歩きながら溜め息を吐いた。
(明臣………)
 花守の中でも最も年少の、心優しい花守の切なる願いを、光は叶えてやりたかった。
 そう、考えていた時。
「好い加減になされませ」
 呆れたような響きの声が、彼女の耳を打った。
 視線を巡らせた先に立っていたのは、やはり水臣だった。
「………水臣…」
「一花守の為に、姫様が自ら現世に降りられ、直々に人探しをなさるとは。しかも、かように穢(けが)れた場所で。理の姫様のお勤めは、そのようなことではありますまい」
 水臣は人界に降りる時も、あまり服装を人に合わせない。それが今日は珍しく、浅葱(あさぎ)色の上衣に深い紺の袴を穿(は)いて現世に相応しい身なりをしていた。
「――――――見逃しては、もらえないだろうか」
「…難しいことを仰せられる。それ程に、明臣の気を晴らしてやりたいとお思いですか」
 水臣の声音は、一言発するたびに冷たさを増していくようだった。
 ぐいっと、光の手を掴むと、逃れる暇も与えず抱き締める。
 薄物(うすもの)の被衣が地面に滑り落ちた。
「水臣――――」
 被衣が落ちてしまった、という非難の意味合いを込めて光が名を呼んだが、水臣はそのことに一顧だにしなかった。
 水臣は光の耳元で低く囁(ささや)くように言った。
「私以外の者の為に、動くあなたを見るのは耐え難い。あなたの慈しみや優しさは、時に私にとってひどく残酷です」
 光は水臣の腕の中で眉を顰(ひそ)めた。
 この熱に流されてはいけない、と思いながら。
「あなたは、同胞の嘆きをどうでも良いと言うのか」
「今更それを仰いますか?同情はします。けれどあなたが全てです。私にとっては。気付かない振りは、止めていただきたい」
 光を抱く手に力が籠る。
 しかし光は渾身の力で水臣の身体を押しやった。
乱れた髪の一筋が、白い面に落ちる。
「水臣。―――――あなたは私が、あなたに負い目を感じていないとでも?私は花守の長だ。理の姫だ。あなただけを特に大事に、想う訳にはいかない。あなたが私を想ってくれる程に、あなたを想うことは出来ない。そのことに、私が何ら後ろめたさを感じていないと思うか――――」
「御本心ですか」
 腕を組み、余裕を持って光の弁を聴いていた水臣が、その余裕のままゆったりと問いを投げかけた。
「何?」
「御本心から、とりわけ私を想うことは出来ないと仰せですか?」
 水臣の口調はあくまで緩やかだった。
「―――――本心だ」
 固い声音で言い切った光を、水臣は首をやや傾げて見る。
 そしてクッと喉の奥で笑った。
「…姫様は嘘が下手であらせられる」
 見る間に、光の頬に朱が差した。
「あなたは」
 光は頬を紅潮させたまま、水臣を睨みながら言った。
「――――自惚(うぬぼ)れが過ぎる」
 そう言って光はやや手荒く水臣から離れると、拾い上げた被衣で再び頭を覆い、朱雀大路を走るようにして去って行った。残された水臣は口元に楽しげな笑みを浮かべ、まだ低い笑い声を響かせていた。

吹雪となれば 幕間

吹雪となれば 幕間

理の姫サイドの掌編です。 神様も、時には嘘を吐くーーーーーーー。 特に根拠は無いのですが、作品に合うような気がして、イエローターコイズを主役に使ったネックレスを載せてみました。水臣はあまり感じが良くない、と書き手ですら思います。 だからと言って、産みの親として可愛くない訳ではありませんが。

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更新日
登録日
2014-07-20

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