吹雪となれば 幕間 

吹雪となれば 幕間 

九藤 朋

これまた理の姫サイドの掌編です。
主に明臣の心情が描かれており、第七章を読まれてからのほうが理解はしやすいです。

火の記憶

幕間 火の記憶

 ポチャン、と明臣の投げた石は湖の中に姿を消した。
 丸い輪を、いくつも生じさせる波紋を残して。
 先程から明臣は同じ動作を時折思い出したように繰り返していた。
(定行(さだゆき)様。お帰りをお待ちしております)
 そう言って、かつて自分を送り出してくれた人がいた。
 愛らしい、優しい笑顔の人。
 ポチャン、とまた一つ投げる。
 ――――――――二度と会うことは叶わなかった。
(大変だ、定行。富どのが―――――富どのが)
 明臣は小石を持った手を握り締め、目を閉じた。
「あまり投げ過ぎては水臣の不興を買おう。程々にしておけ」
 女にしてはやや低めのその美声に左を見遣ると、すらりとした長身の美女が腕を組んで立っていた。
「金臣(かなおみ)…。いつからそこに?」
 黄金に波打つ長い髪を後頭部で一つに束ねた、どこか凛々しい印象を見る者に与える美女は、少し考えてから言った。
「多分、明臣が三つめの石を放るところあたりから。いや、四つめだったかな?水音が、聴こえたので」
「そう……」
「人の恋とは苦しいものなのだな。…いや、人に限ったことでもないか」
「え?」
 不意に同情するような声音で言われ、明臣が訊き返す。
「富とやらのことを、また考えていたのだろう?我らにとってさえ、人の転生を把握するのは難儀なことゆえな。……理の姫様も、お心を砕いておられる」
「…………」
 知っていた。
 明臣は、理の姫が富の転生後の行方を、時々自分に察せられないように捜していることに気付いていた。
 気付いていて、何も言わなかった。
 もういいからやめてくれ、と言えなかった。
「僕のこと責めるかい、金臣?」
 ふっと美女が笑った。
「いいや?目に余るようなら、水臣が姫様を止めよう。それまでは、姫様が明臣の為になさりたい、と思うことをされれば良い。―――――私も、目に余ると感じたなら姫様をお止めする。姫様御自身を損なう程のものならば、そこは譲れぬ一線ゆえに」
「……僕はただ、もう一度会いたいだけなんだよ、金臣」
「ああ。それは花守の誰もが知っている―――――――――」
 子供をあやすような口調で金臣が頷いた。
 明臣は湖面にじっと眼を据えた。
「…晴れた朝だった。出陣に相応しい。男たちは皆が自治を守る戦の為に高揚していた。そんな中で、不安が無い訳でも無いだろうに、富は僕の前では笑顔しか見せなかった。…帰れば、祝言を挙げる筈だったんだ。そうして、花のような笑顔で見送られて―――――――それっきり」
(定行様。どうか御無事で――――――)
 しばらく黙ってから、金臣もまた湖面を見ながら言った。
「……神界の湖水は澄んでいるな。澄んでいながらにして寛容だ。誰ぞの涙の一粒や二粒、混じり入ったところで知れるものではあるまい。私は摂理の壁のもとに戻る。明臣は、今しばらくここで湖を見ていると良い」
 そう言い置いて金臣が去り、初めて明臣は自分が泣きたい思いであることに気付いた。
 金臣の、思い遣りだった。
 しかし明臣は涙を落とすことなく、新たな石を手に取ると、高々とそれを湖に向かって放り投げた。
(見つけてみせる。どれだけ時がかかっても、必ず)
 石はそれまでで最も大きな放物線を描くと、明臣のいる湖のほとりからはだいぶ離れた湖水の中に、吸い込まれていった。

吹雪となれば 幕間 

吹雪となれば 幕間 

理の姫サイドの掌編、その二です。主に明臣の心情が主眼となっております。 彼と言えば火、ということで作品画像のネックレスも、赤を選んでみました。 あまり赤系統のものは作らない私が珍しく作った過去の作品です。

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更新日
登録日
2014-07-10

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