
吹雪となれば 幕間
九藤 朋
「吹雪となれば」理の姫サイドの掌編です。
よろしければご覧ください。
綾絹(あやぎぬ)
幕間 綾絹
綾絹が、さらりと揺れる。
「…水臣」
「はい」
「行かなくては」
「はい」
しかし水臣は理の姫・光(こう)の手を捕らえたまま、一向に放そうとしない。
のみならず、その手の甲に口づける。
手の甲に、肘に、肩に、口づけは密やかに上って行く。
上った果て、胸元にも唇を落とし、次いで到達した光の形の良い唇に、自らのそれを重ねようとする。
だが、光は顔を背けて拒絶する。
「…姫様」
「行かなくてはならないと、何度も言っている……。欲しない訳ではない私を、試すような真似をしないで」
水臣は聴く耳を持たないとばかりに、言い終わった光の唇に深く口づける。
「―――――水臣」
「はい」
「黒臣(くろおみ)が来る」
ここに来て初めて、水臣が眉を顰めた。
陰陽五行の理に基づいて存在する彼ら花守は、相克、相生の関係に縛られてもいる。
水の性質を持つ水臣は、土の性質を持つ黒臣に勝てない。
火の性質を持つ明臣が、水臣に勝てないのと同じように。
だが、水臣はクスリ、と次の瞬間笑った。
「来るのであれば、あなた様を隠せば良い」
処置無し、と言う顔を光がするのにも構わない。
そこに声が割り込んで来て、水臣は目論見を果たせなかった。
「何を馬鹿なことを言っている。この、不遜(ふそん)の輩(やから)が」
水臣の作った空間に、いともたやすく入り込んだ黒臣は、不機嫌にも呆れた顔をしていた。軽い怒りの為に、一重で切れ長の目が、更に細められている。
「こんな空間をこそこそ作って、姫様にまとわりつくしか能が無いのか。自分の勤めを履き違えるな」
整った、鋭い風貌の口から出る言葉は、それに相応しく辛辣(しんらつ)だった。
言いながら、綾絹を纏った光の手を取り、丁重な手つきで立たせる。
「―――――そしてそのあとは、お前が姫様を独占するという訳か?」
軽く憤る口調で水臣が、自分の手から放れた光の隣に立った、黒臣を揶揄(やゆ)した。
「誰も彼をも、自分と同じ尺度で見ないことだ、水臣」
黒臣は水臣の揶揄に対して侮蔑(ぶべつ)混じりにそう返すと、光を連れてその空間から去った。
あとに残された水臣は軽く鼻を鳴らすと、自らも、作り上げた空間から去った。
吹雪となれば 幕間