ラジオドラマ 女神湖伝説

姫が淵

蝉しぐれが聞こえる。
(カズのナレーション)「そうあれは暑い真夏の信州だった」

蝉しぐれがずっと聞こえている。
突然、車の爆音。加速、シフトダウンのギアの音。
タイヤのきしむ音。再び加速、ギアの音。

(ヒデ)「おっとっとっと」
(カズ)「まだヘアピンが続くぞ」

タイヤのきしむ音。
(アキ)「キャー!」
(トラ)「吐きそう」

車の加速、シフトダウンのギア。
タイヤのきしみ。再び加速。
ターボでトップに入る。

(カズ)「これで終わりだ。後は白樺湖まで一直線」
(トラ)「あー、疲れた」
(ヒデ)「白樺湖は通過して、女神湖まで行くんだろう?」
(カズ)「ああ、そうだ」

こころよいターボの音が続いている。
(アキ)「女神湖、姫ヶ淵を探しに」
(ヒデ)「姫ヶ淵にはUFOの基地がある」

シフトダウンのギアの音。
加速の爆音。

(カズ)「ここからまた坂道だ」
(トラ)「ふう」
(アキ)「トラ、大丈夫?」
(トラ)「あー、大丈夫」
(ヒデ)「カズ、ゆっくりと走ってくれ」
(カズ)「あいよ」

こころよいターボの音が続く。
(アキ)「姫ヶ淵には昔から伝説があるのよ」
(ヒデ)「ほう、どんな?」

タイヤのきしむ音。

(アキ)「戦国の頃、諏訪城のお姫様が、武田の
荒武者に追いつめられて、恋仲の若者と二人で
飛び込んだのが姫ヶ淵」

(ヒデ)「そうだったのか」

湿原

ターボの心地よい響きが続いている。
(アキ)「それだけじゃないのよ。二人が飛び
込んだすぐその後に無数の蝶が舞い上がって」

(カズ)「へー」
(アキ)「最後にひときわ美しく大きな紫色の
蝶が二匹、空高く飛び去って行ったんだって」

(カズ)「で、その二人の死体は?」
(アキ)「それが、いくら探しても見つからなかったらしいの」
(ヒデ)「蝶になったんだ」

(アキ)「そう。天然記念物のあの蝶はその末裔よ」
(トラ)「そうか、この近辺にしかいないよな、
紫色のあのちょうちょ。とてもロマンチックですね」

急勾配、シフトダウンのギアの音。
サードで上る車の音。
(ヒデ)「かなりきつい坂だ」
(カズ)「白樺湖は通り過ぎた。もうちょっとで女神湖だ」

サードが続く。
(アキ)「姫ヶ淵、そこがUFOの基地だって言うのよこの人は」
(ヒデ)「うーん多分な。昔からそういう伝説がある」
(トラ)「それも面白いですね」

ターボのトップに入る。
(カズ)「見えてきた。あれが女神湖だ」
(アキ)「まあ、可愛い湖」
(ヒデ)「もう天まで届きそうだ」
(トラ)「夜空の星は、きっと素敵でしょうね」

(カズのナレーション)「高原ホテルとペンション街を離れると
人家はなく、訪ねる人もいない。女神湖畔の車止めに車を止めて
御泉水湿原林という所まで歩くことにした」

カッコウの声、小鳥のさえずり、
山鳩の飛び立つ音。砂利を踏む四人の足音。

(アキ)「まあきれい、見てみて、すずらんにキスゲ、しゃくなげよ」
(ヒデ)「それ、トリカブトじゃないの?」
(アキ)「まあ、トリカブトやリンドウはまだ早いわ」

甘い香り

水のせせらぎ。滝の音。
木橋を歩むみんなの足音。

(トラ)「きれいな滝だな」
(アキ)「冬は凍るんでしょうね?」
(カズ)「ああ、凍るさ。全てが綺麗にクリスタルの森になる」

変な鳥の鳴き声。急に飛び立つ大きな羽音。
(ヒデ)「何か、薄暗くなってきたみたい」

ふくろうの声。がま蛙の声。
気味の悪い声が不気味に響く。
みんなの砂利を歩く音。

(ヒデ)「もう疲れた戻ろうよ、日が暮れる」
(カズ)「そうだな腹も減ったことだし」

ふくろうの声。奇妙な鳥の声。
飛び立つ羽音。犬の遠吠え。
(アキ)「急ぎましょう!」
(皆)ああ」

砂利道を走る音。
(カズ)「こっちだ」

砂利道を走る音。
(カズ)「あそこに車が見える」
(ヒデ)「もう真っ暗だ」

足音がアスファルトに変わる。
(アキ)「やっと着いたわ」
(トラ)「あー、疲れた」

車のドアを開け、乗る音。ドアを閉める音。
(カズ)「やあ、ひと安心だ」
(アキ)「もう真っ暗。曇ってて星も見えない」

(皆)「ふう(ため息)」
(ヒデ)「・・ジュースあったよね?」
(アキ)「あ、ここ、ここ」
(カズ)「俺にもくれ」

ジュースを飲む音。
(ヒデ)「あー、うまい!」
(アキ)「私にも」
(カズ)「あー、うまかった。トラも飲めよ。ほら」
(トラ)「ああ、ありがとう」

ジュースを飲む音。
(アキ)「あー、おいしい」

トラが鼻で匂いを嗅いでいる。
(トラ)「(くんくん)?」
(ヒデ)「どうしたトラ?」

(トラ)「(くんくん)何か匂う」
(カズ)「えっ!何が?」
(トラ)「いや、すごく甘い、いい香りだよ」

(アキ)「そういえばさっき、ボート乗り場の林の中で
おじいさんが、落ち葉を燃やしていたわよ」
(ヒデ)「それだよ、それ!」
(トラ)「皆は、匂いませんか?」
(ヒデ)「そういえば・・・・・」

不思議な洞窟

そこで、ヒデが鼻でにおいをかぐ。
皆もにおいをかぐ。

(カズ)「いい匂いだ」
(アキ)「ほんとにいい香り。体が深く沈んで行きそう」
(ヒデ)「重たーい。体がなまりのように重たくなってきた。
海の底に沈んでいくみたいに気持ち良い・・・・・」

マッサージで両肩を叩くような心地よい音が続く。
音が次第に大きくなる。
ヒューと穴倉に吸い込まれる音。
ドサッ、ドサッと四人が底に落ちる音。

(カズ)「(エコー)いてーっ!」
(アキ)「 (エコー)いたーい!」
(ヒデ)「(エコー)おーいてて、洞窟のような穴倉のような?」

(トラ)「シー。人の声が聞こえる。静かにして」
(ヒデ)「ほんとかよ?」
(トラ)「シーッ!」

ゆっくりと歩む音。水の雫が落ちる音。
小声が聞こえてくる。少しずつ大きくなる。
遠くの声で、

(仙人)「なりませぬ、なりませぬ。
わがままを言ってはなりませぬぞ、アキ姫」

近くの声で、
(アキ)「あき姫て私にそっくり」
(トラ)「シーッ!」

遠くの声で、
(仙人)「五百年に一度のこの機会を逃すと、次は
二千五年まで、この四人は地上をさ迷うことになりますぞ」

(アキ)「それでも姫はもう一度あのお方にお会いしたいのじゃ」
(仙人)「だだをこねてはなりませぬ!」
(アキ)「どうしても会いたいのじゃー(泣く)」
(仙人)「五百年でござりまするぞ。姫には耐えられませぬ!」
(アキ)「絶対に耐えて見せますー(泣く)」

近くの声に変わる。

(仙人)「しょうがないのう。それほどまでに言われるならば、
・・・ならば若武者三人を付けまするゆえ。和之進!」
(カズ)「ははっ!」
(仙人)「秀次郎!」
(ヒデ)「ははっ!」
(仙人)「虎之助!」
(トラ)「ははっ!」
(仙人)「五百年間、アキ姫を守り続けるのじゃぞ」
(三人)「ははっ、かしこまって候!」

(仙人)「では、この四名に、天界のコンピューターに
地上の歴史をインプットする仕事を仰せ付ける。
その間に、姫の一目ぼれした若者を探し出せればよし。
探せなくとも、2005年のこの日この場所より、
天空へ飛び立つ。よいな!」

(三人)「ははっ!」

声が遠のいていく。
(仙人)「これに間に合わなければ、四人とも永遠に地上を
さ迷うことになる。よいな!絶対に遅れることなかれ!」

(四人)「ははっ、かしこまって候!」

アキ姫

遠くで大きな電源スイッチの入る音。
大画面が起動する音。
すぐ近くの声で、

(ヒデ)「すげえ!大画面!」
(カズ)「シーッ」

遠くの声。
(仙人)「それでは、天界の第一指令。川中島の戦い!」

大画面の音高まる。声近づいて、
(仙人)「よいか、この大画面をよく見るのじゃ。
現場に落とされたらもう仕舞いじゃ。徹底的に
情況を頭に入れとくこと。よいな!」

(四人)「ははっ、かしこまって候」
(仙人)「ここの城が武田軍。その数2万数千。その半分が
今動き出す。こちらの山に上杉軍。その数2万。濃霧の中を

息を殺して全軍山を下り川を渡る。武田本隊も城を出て川を渡り
平原に陣を張る。1万2千の別働隊は山の裏手に進軍する。山の
上杉軍を追い出そうという戦法だが、上杉軍はもう山を下りている。

濃い霧の中、両軍間近で合間見えることになる。そこでじゃ。
四人は武田軍の本陣、旗本にのり移る。別働隊の合流を見るや、
謙信は自らの旗本数騎とともに、武田の本陣を中央突破してくる。

謙信が馬上より信玄に打ちかかる名場面。この場に姫の慕う若者が
おるやも知れぬ。しかと確認されたし」

(四人)「ははっ、かしこまって候」

小型宇宙船の来る音。ピポパピポパピポパ。
空中で停止、ホーバリングの音。

(仙人)「これぞ特製超小型時空宇宙船。スペシャルスペースサテライト。
略称3Sじゃ。近くまでわしが送っていく。さあ乗り込むぞ」

ホーバリングの音が続いている。
3Sの乗り口が開く音。
ステップがセットされる音。

(仙人)「さあ、このステップを登って」

ステップを登る音。
(アキ)「いつのまにか鎧を着てる」
(カズ)「ほんとだ」
(ヒデ)「やっぱりUFOだ」
(トラ)「あの香りは、マリファナ?」

(仙人)「何をしゃべっておる。早くベルトを締めよ。
その若者が見つかったら、姫、オーイクモ!と叫んで
下され。その場にこの船が現れ申す。おっとその前に、

大事なことを言い忘れておった。この四人は、意識と
生命は共有しておるが、体は別々である。一人が死ぬと、
この洞窟基地へと全員瞬間移動し振り出しに戻る。
軽はずみな行動は厳に慎むように。よいな!」

(四人)「ははっ、かしこまって候」

川中島

3S発進の音。
音、遠のいていく。

ほら貝の音と馬のいななきが遠くに聞こえる。
群馬疾走の音、近づき遠ざかる。

近くの声。
(勘助)「おやかた様」
(信玄)「ふむ、車がかりの戦法か?」
(勘助)「勘助一生の不覚。裏をかかれました」

群馬疾走ひづめの音、近づく。
遠くで絶叫が聞こえる。

(トラ)「きたぞーっ!」
(謙信)「それ!一気に突き崩せ!」
(ヒデ)「撃てーっ!」

一斉射撃の音。
うまのいななき。絶叫。

(謙信)「ひるむな!突っ込め!」

絶叫。剣槍のかみ合う音。
矢の放たれる音。
馬のいななき。阿鼻叫喚。
ドバッと切られる音。
ブスッと刺される音。
断末魔の叫び。

(謙信)「信玄はあそこだ!」
(勘助)「うおお!山本勘助見参!謙信覚悟!」

弓矢の一斉発射の音。
遠くの声。
(ヒデ)「山本勘助殿!討ち死に!」

阿鼻叫喚。
遠くの声。
(トラ)「武田信繁殿!討ち死に!」

戦闘の音、遠のく。
近くの声。
(カズ)「おやかた様、今第九の陣が破られました」
(信玄)「ふむ、あと三陣を残すのみか。・・・・
  ・・・・・・・ 別働隊は、まだか?」

遠くで絶叫。
(ヒデ)「いま、風林火山の御旗が見えましたーっ!」
近くの声。
(信玄)「おお、やっと来たか!」

馬一騎のひづめの音、急速に近づく。
(信玄)「誰じゃ?あ奴は?」
(カズ)「なにやつぞ!」
(謙信)「どけどけい!謙信参上!狙うは信玄ただひとりぞ!」

馬のひづめの乱れる音。
(アキ)「おやかた様!幕の外へ!」
(信玄)「逃げも隠れもせぬわ!」

馬のいななき。剣戟の音。
(謙信)「南無毘沙門天!信玄覚悟!」

刀で軍配を切りつける音。
馬のいななき。乱れるひづめの音。
(信玄)「何をこしゃくな若造め!」

刀と軍配の切りあう音。
馬のいななき。乱れるひづめの音。
(謙信)「信玄覚悟!」
(カズ)「そうはさせじ。謙信、お命頂戴!」
(アキ)「あっ、カズの進!だめーっ!」

ドバッと体を切られる音。
(四人)「あっ、あああーっ!」

叫び声、遠のき消える。

桶狭間

洞窟、水の雫の音が響いている。

(アキ)「あっ?」
(仙人)「気が付いたか?」
(カズ)「ううーん」
(ヒデ)「いてててて」
(トラ)「うーん」

(仙人)「皆、気が付いたようじゃな」
(アキ)「人探しどころじゃなかったわよ」

(仙人)「そうじゃろうな。戦闘現場はそれどころではないわな。
じゃがしかし、人間、必死の戦いをしている時が最も美しい。
すばやくその者の手を掴み、オーイクモ!と叫ぶことじゃ」

(アキ)「ぱっと掴んでオーイクモ!ね」
(仙人)「そうじゃ」
(アキ)「皆、分かった?今度こそ絶対つかまえようね!」
(3人)「ははっ、かしこまって候」

(アキ)「で、どこへいくの今度?」
(仙人)「それでは、同時代の桶狭間の戦いをのぞいてみよう。
今度は必ず若者を連れてまいられよ。天界の第二指令!
桶狭間の戦い!」

大きな電源スイッチの入る音。
大画面が起動する音。

(仙人)「よいかここが桶狭間じゃ。今川義元は2万4千の大軍じゃが
隊列が延びて、ここ桶狭間に5千の兵で本陣を張った。早朝、この報を
察知するや信長は直ちに出陣。熱田神宮へ向かう。旗本や家来達が必死

になって追いかける。その数2千!その中にもぐり込むのじゃ。必ず
姫の探す若者がおるはずじゃ。心して探し出しここへお連れ申し上げよ。
よいな!」

(四人)「ははっ、かしこまって候」

小型宇宙船(3S)が来る音。
ホーバリングの音。ピポパピポパピポパ。
ステップが下りる音。
四人が駆け上がる音。

(アキ)「今度こそは必ず掴まえる。みんな!早死にするな!」
(三人)「ははっ、かしこまって候」

3S発進、遠ざかっていく。
ー間ー
稲妻、雷鳴、豪雨の音。
鎧武者が忍び歩む甲冑の音。
馬の鼻息。強い雨の音。

(トラ)「もう少しの辛抱ぞ」
(カズ)「激しい雨で今川どもはこちらに気付いておりませぬ」

激しい雨の音。
(信長)「皆のもの、止まれ!無用な旗指物は打ち捨てよ!
鉄砲火縄をぬらすな!大いに息を吸って心して待機せよ!」

激しい雨の音。

(ヒデ)「アキ姫、決して先駆けなさらぬよう」
(アキ)「分かっておる」
(カズ)「絶対に私の背から離れてはなりませぬぞ」
(トラ)「とにかく姫は若者を探してください」
(アキ)「わかっておる。腕を掴んでオーイクモ」

前田利家

雨の音、次第に小さくなる。
(ヒデ)「あっ、雨がやんだ」
(トラ)「空が明るんできたぞ」

(信長)「天の加護!今じゃ!全軍総攻撃!」
(全軍)「うおーっ!」

鉄砲の一斉射撃音。弓矢の一斉射撃音。
群馬が駆け下る音。馬のいななき。
突撃の喊声。

(遠くの声)「織田の軍勢だ!」
(〃)「にげろーっ!」
(〃)「逃げるな!踏みとどまって戦え!」
(〃)「ぎゃーっ」

阿鼻叫喚。戦闘の音。
剣槍の響き。殺戮、断末魔の叫び。
音、遠のく。

歩む甲冑と砂利ふむ足音。
(トラ)「姫、離れてはなりませぬぞ」
(ヒデ)「あっ、あっちから雑兵が!」
(カズ)「どけっ、俺が切る!」

乱れる甲冑と足音。剣戟の響き。
(遠くの声)「おーりゃー!」
(カズ)「とう!」

ドバッと切られる音。
(雑兵)「ううっ」
ドサッと倒れる音。

(利家)「かたじけない!貴殿天晴れ!清洲のものか?」
(カズ)「いかにも。こちらはわが城主、清洲アキ殿じゃ。ぬしは?」
(利家)「前田利家と申す。急ぐゆえ、これにて御免」

戦闘の音、遠くに聞こえる。
(信長)「本陣は目の前ぞ!押せ押せ!」

近くの声。
(アキ)「マエダトシイエ。あの加賀百万石の?(大声で)
みんな!今川の本陣へ向かうのじゃ!」
(トラ)「姫、危のうございます」

(アキ)「前田利家殿を探すのじゃ!」
(ヒデ)「分かりました、姫。絶対に私どもから
離れてはなりませぬ」
(カズ)「本陣はあそこだ!」

阿鼻叫喚。戦闘の音。
(信長)「あの円陣が今川の本陣ぞ!」
(遠くの声)「お歯黒がいたぞーっ!」

阿鼻叫喚。戦闘の音。
(遠くの声)「今川義元討ち取ったりーっ!」

大歓声が上がる。
(信長)「勝ち鬨用意!」
(全軍)「おーっ!えいえいおーっ!えいえいおーっ!えいえいおーっ!」

ああ失敗

勝どきが遠くで続いている。
(カズ)「アキ姫、前田殿はあそこに」
(アキ)「あっ、あそこね」

砂利を歩みだす音。
(カズ)「前田殿」
(利家)「これは清洲殿。残念じゃ、義元が首取れなんだ」
(カズ)「わが殿が貴殿に相談あり申す」
(利家)「何?相談とな?」
(アキ)「前田殿、御免!」

乱れる足音。甲冑の音。
(利家)「何をなさる、清洲殿」
(アキ)「御免。オーイクモ!」

3S瞬間出現の音。ボヨヨーン。
(四人)「それっ!」

3S一気に遠ざかる。ウィーン。

洞窟。水の雫の音が響いている。
3Sが近づく音。ホーバリングの音。
ドアが開きステップが下りて、
五人が転げ落ちる音。

(仙人)「おっ、戻って来よったな」
(利家)「ややや、ここはどこじゃ?」
(カズ)「地の底の砦にござる」
(利家)「今川の者か?」
(ヒデ)「今川ではござらぬ」

(利家)「わしを桶狭間へ返してくれ。わしは信長殿に
嫌われておるのじゃ。手柄を立てねばならぬのじゃ!」
(皆)「・・・・・」
(仙人)「アキ姫、このお方がアキ姫の一目ぼれのお方か?」
(皆)「・・・・・」

(アキ)「ちょっと違うみたい」
(トラ)「まだ戦は続いておりまする」
(カズ)「前田殿!急ぎ帰り支度を」
(仙人)「わしが送っていく」

3Sが来る音。ウィーン。
ドアが開きステップが下りる音。
(仙人)「さ、前田殿!」
(利家)「かたじけない」

3Sの飛び去る音。

(アキ)「皆、ごめーん!」
(トラ)「難しいと思うよ」
(ヒデ)「そうだよな」
(カズ)「姫、諦めてはなりませぬ。あと
四百年あります。がんばりましょう!」
(ヒデ・トラ)「がんばりましょう!」
(アキ)「ありがとう、みんな!」

3Sが戻ってくる音。ドアが開きステップ
がおりて、仙人が落ちる音。ドサッ。

(仙人)「ああ、疲れた。・・・姫!」
(アキ)「ごめんなさい」
(カズ)「我々が付いておりながら、誠に申し訳ない」

(アキ)「彼らは悪くないの。慌て者の私が悪いのよ。
叱らないでください。今度はうまくやりますから」
(仙人)「あと四百年もありますぞ」

(アキ)「全てはこれからです。今までのはウォーミングアップ
ということで。ね、みんな!」
(カズ)「ははっ、これからが本番だと思われます。
我々も心して姫をお守りいたします」

(仙人)「ようし分かり申した。では少し飛ばして、
天界の第三指令に入る。新撰組、池田屋騒動じゃ」

新撰組

大きな電源スイッチの入る音。
大画面が起動する音。

(仙人)「これが京の町。鴨川の西北角、ここに池田屋がある。
長州が京都を火の海にして天皇を誘拐するという極秘情報を得て
新撰組は総力を挙げて長州テロリスト集団を探しておった。

近藤、沖田以下十名が四条から木屋町筋を北上。土方以下二十四名が
祇園を探索して池田屋で落ち合うことになっている。姫と和之進は
土方隊に付いて行け。秀次郎と虎之助は近藤隊と共に池田屋に入れ。
くれぐれもすぐには切り殺されぬように」

3S発進、遠のいていく音。

鳥の鳴き声。寺の鐘の音。
犬の遠吠えが聞こえる。
砂利道。忍び足の音。

(近藤)「間違いない。おるぞ国賊長州が」
(ヒデ)「二十人くらいか?」
(トラ)「そんなもんじゃろう」

(近藤)「二階の奥が一番怪しい。踏み込んだら、
わしら四人は上へ駆け上がる。お前達三名は下。
他の三名は逃げる者を追え」

(全員)「はい」
(近藤)「よし、踏み込むぞ!」

開き戸を開ける音。
(近藤)「新撰組だ!御用改めでござる!」
(主人)「あああ、皆様方!御用改めでござりまする!」
(近藤)「ええいどけっ!やはり二階だな」

寺の鐘の音。犬の遠吠え。
砂利、二十四人が歩く音。
(カズ)「土方さん!池田屋が!」

はるか遠くの声。
(声)「新撰組だ!逃げろ!ぎゃーっ!」

近くの声。
(土方)「走れ!みんな!」

二十四人、駆け足の音。
(土方)「井上隊の十人は正面から切り込め!
そっちの八人は裏へ回れ!一人も逃すな!」
(全員)「ははっ!」

砂利をけって足音遠ざかる。
アキのつぶやく声。
(アキ)「かっこええわぁ」

(土方)「そこの二人!見慣れぬ顔だな?」
(カズ)「新参でござりまする」
(土方)「ああ、近藤の」

(アキ)「(小声で)土方様」
(カズ)「(小声で)なりませぬアキ姫。この方は」
(土方)「お前か?近藤のせがれは。引っ込んでおれ!
戦とはこうするものぞ。自ら切り込んでいくだけが能じゃない」

剣戟の響き。悲鳴が途切れ途切れに聞こえる。
(土方)「長州が出てくるぞ、構え!」

(アキ)「かっこいい」
(カズ)「なりませぬアキ姫。あの人は姫を幸せにする人ではありませぬ」
(アキ)「でも・・・・・」

剣戟の響き。気合の声。
戸を蹴破り、乱れる足音。
(土方)「できるだけ生け捕れ!」
(ヒデ)「おー、カズ!姫は大丈夫か?」
(トラ)「まだ長州が出てくるぞ!」
(アキ)「どうしよう?」
(ヒデ)「カズ!姫を守れ!来たぞ!」

戸を蹴破り乱れる足音。絶叫。
(トラ)「姫!危ない!」

刺される音。ドスッ!
(アキ)「あっ、カズ!死んじゃだめ!」
(カズ)「絶対に、姫、なりませぬ、うっ」
(アキ)「カズーッ(エコー)」

エリーゼのために

洞窟、水の雫の音が響いている。
遠くでアキが泣いている。

(アキ)「(鼻をすすりながら)バカバカ」

こちらの声。
(仙人)「難しかろうてなぁ」
(カズ)「申し訳ありませぬ」
(仙人)「短時間で人の性格を見抜くのは、難しかろうて。
土方歳三を連れてきてても、まあ、すんなりとはいきますまいよ。
人の心の奥に潜む冷徹さを見抜くのは、姫、難しゅうござりまするぞ」

アキ、遠くで鼻をすすりながら泣いている。
(仙人)「御三方。姫が泣きつかれて眠るまで、そして、
成長して目覚めるまで、そっとしておきましょうぞ」
(三人)「ははっ」

『エリーゼのために』のメロディーがずっと流れている。

(アキ)「じい?姫の父、母は?」
(仙人)「はっ、天界にて二千五年に姫が帰ってこられるのを、
心待ちにしておられます」

(アキ)「そう・・・・」
(仙人)「まだ二百年ありまする。しっかりと姫の慕われる若者を
見つけ出し、共に天界までお連れするのがじいの役目でござりまする」

(アキ)「あと二百年か。一目ぼれした若者が、
どんな人だったか分からなくなってきた」
(仙人)「それでは困りまする。姫のわがままで五百年間、
この地上で探し、見つけ出すのがお約束でござりまする」

(アキ)「そうだったね。あと二百年、がんばろーっと」
(仙人)「頑張りましょう、姫様。意外と身近にその若者は・・」
(アキ)「えっ、今何か言った?」
(仙人)「いえ、何でもござりませぬ。ふー、やれやれ」

『エリーゼのために』が次第に消える。

洞窟、水の雫の音が響く。
(カズ)「三人揃いました」

(仙人)「御三方。これよりいよいよ近代戦に入る。ますます
個性はなくなり、今までとは比較にならない大量の若者が、次々と
戦場で命を落としていく。悲しいことだ。姫をしっかりとお守りして
その若者を何とか探し出してくれ」

(三人)「はっ、かしこまりました」
(カズ)「敬礼!」
(ヒデ)「いつのまにか陸軍になっている」
(トラ)「あっ、ほんとだ。今度はどこに?」
(仙人)「二百三高地!」
(三人)「二百三高地?」

大きな電源が入る音。
大画面が起動する音。

(仙人)「ここが二百三高地じゃ。ここを落とせば旅順港。
当時世界最強のロシアの基地。日露戦争の最激戦地じゃ。
塹壕、鉄条網、トーチカの機関銃。何度も総攻撃をかけるが、

全滅につぐ全滅。若者の死体が累々と折り重なっていく。
総攻撃は中止され、いくつかの決死隊が結成された。その
中へもぐり込むのじゃ必ずや姫の若者がおるはずじゃ。
しかと探し出し、ここへ連れて来ること。以上!」

(カズ)「敬礼!」
(ヒデ、トラ)「はっ!」

203高地

(アキ)「わかりました。必ず真の若者を見つけ出して連れてまいります」
(ヒデ)「姫、起きておられたのですか?」
(トラ)「何か少し大人びたみたい」

(アキ)「無駄口叩くんじゃないよ!ほら、行くよ皆!」
(ヒデ)「ああ、こわい」
(カズ)「姫に何か変化が?」
(仙人)「そのようじゃの。では、参るぞ!二百三高地!」

3S,発進。遠のいていく。ウィーン。

大砲の音が遠くで響く。
突撃ラッパの音。突撃の声。
機関銃の連射音が続く。
阿鼻叫喚。

近くの声。
(隊長)「いくぞ!とつげき!」
(全員)「おーっ!」

10数名の駆け足の音。ヒュンと弾の音。
突撃ラッパの音。
(全員)「わーっ!」

(ヒデ)「トラ、姫は大丈夫か?」
(トラ)「みな、大丈夫だヒデ」

機関銃の連射音。
(隊長)「ふせーっ!塹壕へ入れーっ!」

ドサッと穴に飛び込む音。
大砲の音。突撃の音が遠くで聞こえている。
間近でヒュッと弾の音。

(隊長)「うわー、ううう」
(カズ)「あっ、隊長と副長がやられた!」
(皆)「隊長!」
(隊長)「とにかくトーチカをやっつけて、この旗を
掲げてくれ!それをめがけて総攻撃が始まる!ううっ」

(ヒデ)「カズ!指揮を取ってくれ!」
(トラ)「旗は俺が持つ」
(カズ)「よし!ひるむな!頭を下げて全員突撃!」
(全員)「オーッ!」

突撃の声。ラッパの音。機関銃の連射音。
阿鼻叫喚。断末魔の声。

(カズ)「(あえぎながら)みんな無事か?」
(ヒデ)「我々四人だけ生き残っております!」
(カズ)「よし!トーチカに上るぞ!」
(三人)「オーッ!」

四人、駆け出す音。大きな爆発音。
(カズ)「やったぞ!旗を立てろ!」
(トラ)「よし!それ!」

突撃ラッパがいたるところで鳴り響く。突撃の喚声。
ラッパの音次第に遠のいていく。

(アキ)「私達以外皆死んでしまった。一体誰を探せばいいの?」
(カズ)「姫!立ち上がっては危ない!」

ヒュンと間近に弾丸の音。
(カズ)「うっ!ううう」
(アキ)「あっ!カズ!死んじゃだめ!」
(カズ)「姫、ご無事で」
(アキ)「二度までもお前は!死ぬな、カズ!」

戦場の音、遠ざかり消えていく。

神風特攻隊

(仙人)「ふーむ、残念じゃのう。もうちょっとなんじゃが」
(トラ)「なにが?」
(仙人)「二人に愛が芽生えるのがじゃ。しっ、これは内緒じゃぞ」

洞窟、水の雫の音が響いている。

(アキ)「またカズが撃たれた。いつも真っ先に死ぬのはカズだ」
(ヒデ)「姫、それはカズがいつも姫を命がけで守っておる証です」
(トラ)「そうです。その思いはとても我々二人には遠く及びません」

(アキ)「そ、そうか。そうむきになるな二人とも。カズ、いつもすまんな」
(カズ)「はっ、恐れ入りましてござりまする」
(仙人)「(ごほん)あー、いよいよあと百年をきってしもうた。
最後、これ一回限りじゃ」
(アキ)「最後はどこへ?」
(仙人)「神風特別攻撃隊!」

電源スイッチの入る音。
大画面起動の音。

(仙人)「ここが鹿児島にある海軍神風特攻基地国分飛行場じゃ。
ここからは九九式艦爆と言う二人乗りの特攻機が三七○キロ爆弾
を抱えて、超低空から米艦に突っ込んでいった。非常に高い確率の

特攻で有名な所じゃ。もう米軍主力部隊はこの沖縄まで来ておる。
一刻の猶予もならん。玉水隊出撃に間に合いそうじゃ。そっと
11番機と12番機の前にたて」

プロペラの回転音が聞こえてくる。

(隊長)「以上のように早めに下降し超低空にて海面すれすれ
まっすぐに飛行せよ。もし前席絶命したとしても、後部偵視員
操縦桿を確保し必中せしむること。以上!司令官殿に敬礼!」

プロペラの音高まる。

(司令官)「米軍主力部隊は沖縄の北方50キロに来ておる。
神州不滅!敵艦に体当たりし見事神風とならんことを、ここに
切に願うておる。それでは杯をもて、かんぱい!」

杯を叩き割る音。

(カズ)「行くぞ!アキ姫!」
(アキ)「カズ」
(カズ)「どうした姫?11番機に二人乗るのだ」
(アキ)「(小声で)カズ、とてもかっこいいよ」
(カズ)「姫、お急ぎ召されよ。しっかりと帽子振りの
皆に敬礼してくだされよ」

おーい雲!

プロペラの音高鳴る。
(司令官)「第28神風特別攻撃隊玉水隊、一番機発進!」

爆音と共に飛行機の飛び立つ音。
(声)「必殺必中!がんばれよ!」

プロペラの音高鳴る。
(司令官)「玉水隊二番機発進!」

爆音と共に飛び立つ音。
爆音と共に飛び立つ音。
爆音と共に飛び立つ音。
プロペラの音高鳴る。

(司令官)「玉水隊11番機発進!」

爆音と共に飛び立つ音。

(カズ)「姫、風防を開けて凛々しく敬礼をしてください!」
(アキ)「わかってる。敬礼」
(遠くの声)「がんばれよー」

飛行機の音遠のいていく。
飛行中の爆音が続く。

(カズ)「敵艦が見えたらすぐ超低空飛行に入る。
よく見張っててくれ。敵機にも注意」
(アキ)「分かったわ、カズ。あんたと心中ね」

(カズ)「ヒデとトラの12番機は付いて来てるか?」
(アキ)「ぴったり。ヒデが手を振ってる。あっ、雲。
海面が見えなくなったわ」
(カズ)「少し高度を下げよう。雲が切れる」

対空砲火の炸裂音。

(アキ)「わっ、真下にすごい数の船!」
(カズ)「よし!一番でかいのを狙おう。あれだ!」

急降下の爆音。対空砲火の炸裂音。

(カズ)「海面すれすれに飛行し、そのまま
体当たりをする。姫、お覚悟を!」

急降下の爆音。対空砲火音。

(アキ)「大丈夫よ。覚悟はできてる。
思いっきり体当たりして」

爆音高鳴る。弾丸の音。ビシッ。

(カズ)「うっ」
(アキ)「カズ、大丈夫?しっかりして。
体当たりするまで死なないで!お願い!」

大爆発音。

(アキ)「カズーッ!オーイクモー!」

声、大きくエコーして消えていく。

UFOだ!

遠くから奇妙な音が聞こえてくる。ワウンワウンワウン。
音、次第に近づいてくる。
大型宇宙船がホーバリングしながら下りてくる音。

ピポパピポパワウンワウン。音高まる。
(アキ)「みてみて。皆見て!何か空から降りてきたわ」
(カズ)「おおつ、すげえ!」

(ヒデ)「わっ、まぶしい。なにこれ?大型UFOの母艦
じゃないか。ホンまもの見るの初めて。すごーい!」
(トラ)「見て。湖の底。小型宇宙船が輝きながら浮上してきた」

3Sが浮上する音。ウィーン。
ピポパワウンピポパワウンの音はずっとつづいている。

(アキ)「すごい。ドラマチック。光のトンネル!」
(ヒデ)「かぐや姫とおんなじだ。小型宇宙船が、
湖面から空中へ、母艦に吸い込まれていく」

電磁波の音。ビリビリビビビ。
リズミカルなピポパピポパピポパの音が
ワウンワウンワウンの音に吸い込まれていく。

(全員)「わあ!すごい!」

ワウンワウンワウンワウンという母艦の音が急速に高まり、
最高潮に達してバッと音がして、いきなり、
ウィーンと遠ざかっていく。

(ヒデ)「ワープしたんだ!」
(トラ)「一瞬だね」
(カズ)「500年後か」

小鳥のさえずり。鶯の声。
(アキ)「あ、夜が明けてる」
(カズ)「オーイクモって誰か叫ばなかった?」
(アキ)「わたし、夢の中で叫んでた」
(カズ)「やっぱりそうか。ここは女神湖」

(トラ)「おれ、トイレ行きたい」
(ヒデ)「トイレはボート乗り場の所だ。とにかく皆で行こう」

車のドアを開ける音。下りる音。ドアを閉める音。
(ヒデ)「あっちだ!」

砂利をふむ音。
(アキ)「あれ、昨日のおじいさんだ」

庭を掃く音。
(ヒデ)「あ、千人に似てる」
(トラ)「おはようございます。すみません」
(老人)「ああ、おはよう」
(トラ)「ト、トイレはどこでしょうか?」
(老人)「トイレは向こうのあの建物じゃ」
(皆)「ありがとうございます」

北帰行

ユースで知り合った小曽根という、前歯が差し歯で
いつも抜けそうなボーっとした男、カナダで庭師を
して欧州入りしたその男とストックへ向かうことにした。

ところが出発前日になってあのマメタンが、私も連れてっ
てと言ってきた。東京館に退職願いを出して、アパートも
清算し、荷造り準備オーケーとのことだ。なんて奴だ。

しかし、どうも何か訳がありそうだ。無理して笑顔を作っ
ている。小曽根と顔を見合わせて”まあいいじゃん”
3人で行こかと決まった。またまた珍道中が始まる。

もうヒッチハイクはなれたものだ。何台か乗り継ぎ、
バイキングの大型人形の目印を超えて、
なつかしのストックに着いた。

途中のヒッチ、BMWのお兄さんはめちゃくちゃ飛ばすし。
2人のヤングの車はずっとしゃべりっぱなしで、途中で
いきなりポンと下ろされるし。郊外から乗ったバスには、

右顔面半分が全部黒いあざの美少女が乗り込んでくるし。
我々は思わずびっくりしたが他の乗客は全く平気だった。
少女はにこりとこちらに微笑んだが、金髪に抜けるような

白い肌、ブルーの瞳、顔半分が真っ黒なのだ。平気で友達
とおしゃべりしている。日本ではまず考えられない。まわ
りも出歩くなと言うだろうし、本人も出たがらないだろう。

すばらしいことだ。日本も早くこうならなくちゃ。
そういえばコペンで、乳母車に黒白二人のベビーを
二人とも私の子だと母親がうれしそうにほお擦りしてた。

やはり日本では考えられない。

コペンで出産した日本人女性は、費用は全て無料で毎週
大きな天秤量りを持って看護婦さんが巡回に来る。
至れり尽くせりだ。さすが福祉の国。

ところがオサムたちのような出稼ぎ労働者には重税が
のしかかる。なんと収入の半分が税金なのだ。それでも
ドイツより北欧のほうが実入りがいいのは、そうとう

物価が高いということだ。朝晩ダブルで必死に稼ぐと
いうのが実態だった。それでも労働許可証が取れて
福祉は十分行き届き、3年で永住権が取得できると

いうのは、捨て身の日本人には魅力であった。

仙人?

砂利を駆ける足音。小鳥のさえずり。
水のせせらぎの音。庭を掃く音。
ゆっくりと砂利をふむ音。

(トラ)「ああすっきりした」
(カズ)「あのおじいさんに聞いてみよう」
(アキ)「そうね。姫が淵のこと?」
(ヒデ)「そうそう、姫が淵」

庭を掃く音。
砂利をふむ音、立ち止まり。
(アキ)「すみません?」
(老人)「なんじゃな?昨日はゆっくりと眠れたかな?」
(皆)「はあ?」

(老人)「ハッハッハ。夕方から朝まで皆大いびきじゃったぞ」
(カズ)「あ、おじいさん、この近くに姫が淵という
小さな池があるのをご存知ありませんか?」
(老人)「姫が淵は、この女神湖の底じゃ」
(ヒデ)「この女神湖の底?」

(老人)「そうじゃ。大雨が降ると必ず鉄砲水になるというので、
明治の中ごろに女神湖と白樺湖は人造湖として大掛かりに造成された。
それまでは二つとも小さな池だったんじゃ。蓼科山、別名女神山の影

を映すから女神湖と名付けられ、銅像まで建っておるが、その昔は
今の御泉水の湿地帯のような沼じゃった。蝶が大量に舞う季節が
あっての。戦乱の頃に諏訪の姫が飛び込んで蝶になったと言われとる」

(アキ)「それだわ、姫ヶ淵伝説」
(老人)「500年ごとに天から船が舞い降りてくるという言い伝えもある」
(ヒデ)「それそれ、UFOの話も本当なんだ」

(老人)「さらに」
(アキ)「まだあるんですか?」
(トラ)「あの匂いの事だと思う」

(老人)「その通り。この一帯はその昔麻の群生地じゃった。
特殊な麻での。しびれ、麻酔はもとより、その煙をかぐと、
大いなる幻覚に落とし込まれる。その香りがまた甘くとろり

としていて逃れがたい。戦国の忍者が煙で集団催眠にかけたのも、
ここの麻だったのじゃ。その実が冠の形をしているので冠草。
甘い夢を見るので甘夢草。忍者達は蹴毬の毬と罠にかけるとで
毬罠と呼んでおった」

(トラ)「マリワナ!」
(老人)「昭和にはいって全て伐採されてしまったのは残念じゃが」
(トラ)「今でもどこかに?」
(老人)「あることはあるんじゃろうハッハッハ」

(アキ)「おじいさん、おいくつですか?」
(老人)「さあ、わしはよう知らん。今度天からの船が来るまで、
わしは生き続けにゃならんのじゃ、ワッハッハッハ」
(皆)「どうもありがとうございました」

新女神湖伝説(最終回)

(カズのN)「それから1週間後。俺たち4人は御礼を持って
更なるデータを収集すべく女神湖へ向かった」

車の加速の音。爆音。
カーブをきしむタイヤの音。
シフトダウンのギアの音。
サードで上る音。

(ヒデ)「かなりきつい坂だ」
(カズ)「もうちょっとで女神湖だ」

ターボのトップに入る。
(ヒデ)「見えてきた、見えてきた」
(アキ)「そこの車止めに止めて」

ブレーキ、止まる音。
ドアが開いて下りる音。
(トラ)「今日は匂わないなあ」
(カズ)「そう毎日は匂わないさ」
(アキ)「ほら、おみやげもって、ヒデ」
(ヒデ)「あいよ。もっと一杯聞きださなきゃな」

ドアを閉める音。
4人歩く砂利の音。
(アキ)「ボート乗り場の受付が売店につながってる」

戸を開ける音。ギイ。
(アキ)「ごめんください」
(皆)「ごめんください!」

奥から女の人の声。
(女)「はーい。今開けたばかりなのですみません」

足音と声、近づく。
(女)「はい、いらっしゃいませ」
(アキ)「あのう、おじいちゃんいらっしゃいますか?」
(女)「おじいちゃん?ここにはおじいちゃんなんていませんよ」

(ヒデ)「ええっ、うそー?」
(女)「いいえ、ほんとです。私が週末だけ開けてるだけですから」
(カズ)「1週間前の夕方と早朝、ここで庭を掃いておられる仙人
のような白ひげのおじいさんに合いました」

(女)「おかしいえすね?1週間前のその時間にはここは閉まってて
誰もいないはずです。この近辺にはペンションが10軒ありますが、
そのようなおじいさんはおられません」

(トラ)「どっかからフラッとやってきたんだ」
(ヒデ)「そうかもな?」
(アキ)「とてもお世話になったんです、そのおじいさんに」

(女)「そうですか」
(アキ)「とりあえずお土産、ご家族で食べてください。ね、みんな、お礼言って!」
(皆)「どうもありがとうございました」
(女)「それは、どうも」

4人砂利を歩む音。
(アキ)「なんだったんだろうね?」
(カズ)「わからん?」

4人、アスファルトを歩む音。
車のドアを開け乗り込む音。
ドアを閉める音。
(トラ)「あっ、見て、湖の底!」
(ヒデ)「あっ、ひかってる!」

3Sが浮上する音。ウィーン、ピポパピポパピポパ。
仙人のエコーの聞いた笑い声が、
3Sの音と共に遠ざかり消えていく。
(仙人)「ワッハッハッハ(エコー)・・・・」

ウィーン…と消えていく。

(カズのN)「そしてまた、新たなる女神湖伝説が生まれた」


                       ー完ー

ラジオドラマ 女神湖伝説

ラジオドラマ 女神湖伝説

(ラジオドラマ)仲良し四人組がUFOの噂を聞きつけ信州の女神湖へと向かう。怪しい甘い香りがして人の声が聞こえ四人は湖底の洞窟へと落ちる。そこで四人は姫と若武者とにのり移り色んな時代を駆け巡る。そして・・・・。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-07-05

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 姫が淵
  2. 湿原
  3. 甘い香り
  4. 不思議な洞窟
  5. アキ姫
  6. 川中島
  7. 桶狭間
  8. 前田利家
  9. ああ失敗
  10. 新撰組
  11. エリーゼのために
  12. 203高地
  13. 神風特攻隊
  14. おーい雲!
  15. UFOだ!
  16. 北帰行
  17. 仙人?
  18. 新女神湖伝説(最終回)