シナリオ「はりぼて代表取締役」

取り立て

〇高級マンション、外、朝
   田んぼの中の高層マンションの遠景。

〇同、408号室、外、朝
   松平の表札。

〇同、内、朝
   松平が電話をしている。
   妻静子がその足元で泣いている。

松平「裁判所でっか、もう執行官の方は出はりましたか?
えっ、もう着くころ、そうでっか。おおきに」
   松平、受話器を置き泣いている静子をなだめながら、

松平「しゃあないなあ。お前がはよわしに言わんからや。差し押さえ
でもなんでもしてもらおう。昨日の今日じゃなんにもでけんわ、ほれ」
   松平、静子を立ち上がらせる。

静子「かんにんえ。父ちゃん」
松平「とにかくベランダから覗いてみよ」
静子「(うなづく)」

〇同、ベランダ、朝
   松平と静子、下を覗いている。
   下方に玄関口が見える。
   黒塗りの乗用車が静かに止まる。
   二人、不安げに顔を見合わす。

〇同、玄関口、外、朝
   黒塗りの乗用車が止まる。

〇車、外
   車の助手席が静かに開いてパンチパーマ黒サングラス
   紫色のスーツを着た小男が降りる。
   運転席のドアが開き黒スーツ大柄な坊主頭が降りてくる。
   後部ドアが開いて事務スーツの女執行官が書類を抱えて降りてくる。
女執行官「さあ、行きましょか!」
坊主頭と紫スーツ「(素直な声で)はい!」

執行官

〇マンション、408号室、内、朝
   松平と静子、奥の仏間で正座して必死で祈っている。
松平と静子「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、・・・・・」

〇同、エレベータ、外、朝
   エレベータの扉が開き、坊主頭、
   紫スーツ、女執行官の順で歩いてくる。

〇同、408号室、外、朝
   坊主頭、紫スーツ、女執行官408号室の前に立つ。
   坊主頭、女執行官から書類を受け取る。
   坊主頭、インターホンを押し強く扉をたたく。

〇同、内
   インターホンが鳴り扉を激しくたたく音。
   松平と静子、仏間で立ち上がり玄関へ。
   松平が扉を開ける。
   静子、松平の背後に隠れる。

松平「どうも、ごくろうさまです」
坊主頭「松平静子さんはいてはりますか?裁判所から来ました」

   静子、おびえながら、
静子「私が、松平静子です」
坊主頭「あんたが静子さんでっか?」

   坊主頭、松平を無視して手に持った督促状の束を
   静子の眼先に突き出す。
坊主頭「これどないしてくれるんでっか?1年以上、
   何回催促しても無しのつぶて、借りたもんは
   ちゃんと返しなはれ。そうでなかったら・・・」

   松平が割って入る。
松平「ちょっと待ってや、わし・・」
   坊主頭、松平をにらみ、
坊主頭「あんただれや?」

松平「わ、わしは静子の亭主や。き、昨日の晩
   聞いたばかりで何も手が打てへんかったが、
   わ、わしが責任もって払うから・・・」

坊主頭「あんたご主人?ほな静子さんの分
   責任もって払うてくれまんな」
松平「ええ、もちろん」
坊主頭「ほな、この書類のここにサインして」

   松平、震える手でサインする。
   坊主頭、サインを確認して、
坊主頭「責任もって払うてくださいや」

松平「はい、払います」
坊主頭「ほな行こか」
   坊主頭、紫スーツに声をかけて玄関の扉を閉める。

〇同、408号室、外、朝
   坊主頭、書類を女執行官に渡す。
女執行官「じゃ、戻りましょうか!」
坊主頭と紫スーツ「(素直な声で)ハイ!」
   通路を歩む3人の後ろ姿。

シネマ村

〇タイトル
   『はりぼて代表取締役』

〇タイトルバック
   京都、嵐山の美しい風景。

〇シネマ村、外、朝
   シネマ村正面の風景。

〇同、内、中央売店
   開店準備をしている風景

〇村内、日本橋の売店
   開店準備をしている

金吾のN(ナレーション)「シネマ村に7年ほど前
テナントとし”切り文字屋”が出店した」

〇村内、中村座前
   数人が掃除をしている

金吾のN「社員3人の小さな店舗だが不況の影響で
売り上げが激減してきた」

〇同、仲見世
   各店舗、開店準備をしている
金吾のN「僕と妹と進学を控えていたので家族会議が開かれた」

松平の声「指定校の推薦を勝ち取って奨学金とアルバイトで
二人とも進学!生活のことは心配するな、わっはっは(笑い)」

金吾のN「と決定したのだが」

切り文字屋

〇村内、切り文字屋
   モヒカン刈りで化粧をした山上が糸鋸を切っている。
   静子が釣銭を持ってくる。

静子「おはようさん、今日ライブ?」
山上「おはようございます。ええ、6時からミューズホールです。
 4時に上がっていいですか?」
静子「いいわよ。まりっぺも行くんでしょ」

山上「なちちゃんと四条で待ち合わせ言うてました」
   山上、顔を上げニコッと笑う。
   ヘビメタの気味悪い厚化粧。

〇マンション、408号室 内、夜
   居間で松平が帳簿をつけている。
   静子が夕食の支度をしている。

松平「今月も厳しいな。おくだ木工もう少し待ってもらおう。
 いうてももう4か月や」
静子「山上君にやめてもろうて私が糸鋸切ろうか?そしたら
 私らだけやもん少しは楽になるやろ」

松平「そやかてとんがり頭でバイトでけるとこここしかあらへんから
 山上君もすぐには辞めてくれへんで、それにお前糸鋸切れるか?
 何年もやっててこれっぽっちも切ったことないやろ」

静子「そうなりゃそれこそ必死でやりますわいな」
松平「そやな、お前が店見てわしが外売りに出るこれがベストやな。
 山上君とまりっぺがはよくっついて山上君が故郷に帰るように祈ろかいな」
静子「それしかないな」

〇ミューズホール、内、夜
   強烈なサウンド。若者でごった返している。
   4人のバンドでドラムをたたいている山上。
   とんがり頭の気味悪い化粧でにっと笑う。

〇シネマ村、切り文字屋
   ホタルノヒカリが鳴っている。
   山上が戸締りをしている。
   静子、銭袋を持って、

静子「じゃ、入金行ってくるからね」
山上「はい、あとやっときます」

   銭袋持って歩く静子の後ろ姿。

〇村内、関所、夕
   静子、藤屋の社長と立ち話している。
藤屋「あかんやろ?」
静子「ぜんぜんだめ」

藤屋「うちも全然あかんわ。先月でタワーのほうは撤退や。
 人件費も出へんしな。家族でこじんまりとやるのが一番やで」
静子「そういうてもなかなかやめさせられへんし」

藤屋「そんなことない、くびにしたらええがな」
静子「そうもいかへん、生活かかってるやろし」
藤屋「ほなしゃない、しっかり稼いで給料払うてやり」

静子「ほんまや、社員のために社長が休みなしで働いてるみたいや」
藤屋「ほんまやで、借金までして。そやけど今が一番しんどい時や。
 そのうちきっとええことある。今しっかり辛抱しときや」
静子「おおきに」
   静子、涙ぐむ。

まりっぺ

〇村内、西門、守衛室前、夕
   静子、脇の自転車置き場から自転車を押しながら出てくる。
   山上とまりっぺが待っている。

静子「おまたせ、帰えろか」
守衛「お疲れ様でした」
3人「お疲れ様でした」
   三人、撮影所の中を歩く。

〇撮影所内、スタジオ前
   スタジオ前を歩く3人
まりっぺ「この間ライブに来ていただいてありがとうございました。
 なっちゃんも金吾君も」

静子「二人ともライブの後耳が痛うて何も聞こえへん言うてたわ。
 相変わらずやね、まだずっと続けるの?」
山上「いや、もう京都に来て10年になりますし、そろそろ帰ろうかと
 思うてます」

〇撮影所内、大道具作業場前
   3人歩いている。
   静子は自転車を押している。

静子「ほんま?」
   静子、うれしそうな悲しそうなあいまいな顔をして山上を見る。
   まりっぺ、にっこり笑って、
まりっぺ「そうなんです」
山上「僕たち結婚することにしました」

   侍姿、町娘姿の俳優が、お疲れ様でしたと言って通り過ぎる。

〇撮影所内、食堂前
   静子、自転車を止める。
静子「結婚!そりゃ、おめでとう!」
   笑顔でたたずむ3人。

〇マンション1F、玄関口
   静子、自転車を置いて駆け込む。

〇同、408号室内
   扉が開いて静子があわただしく駆け込んでくる。
   松平、電話帳をめくっている。

松平「どうした、あわてて?」
静子「山ちゃんがこの秋で仕事を辞めて島根にまりっぺ
 を連れて帰るそうや!」

松平「そうか、ほな急がなあかんな」
静子「え、何を?」
松平「お前の特訓やがな。せめて山上君の半分くらいの技術
 身に付けてや、この2か月で」
静子「そや、えらいこっちゃ。すっかり忘れてた」

なちげ

〇京都会館、外
   『バトントワラー京都大会』の垂れ幕

〇同、第一ホール、内
   バトンの団体演技中である。
   ナチが中央にいて見事なフィニッシュ。
   大拍手の観客の顔。

〇同、楽屋控室、内
   数人のバトン部員が話している。
友人1「ナチ、よかったやん。ぐー!」
ナチ「一回も落とさへんかったからね。ラッキー」
友人2「優勝したら全国大会、東京やね」

ナチ「そうや優勝したら東京や。えらいこっちゃ」
友人1「なんでやのん?」
ナチ「今うちのお店潰れそうなんや。潰れてしもたら
 東京どころか大学も無理や」

友人2「そや、今ぎょうさん潰れてんで、夜逃げやら、
 首つりやらなんやらかんやら大変やで実生活は」
ナチ「そやねん、そやからうちバイトしてお金貯めてるねん」

友人1「えらいなあナチゲは」
友人2「他人事やないであんたんとこも」
友人1「そ、そやな」

〇京都会館、入り口
   バトンを片手に制服姿でナチと友人たちが出てくる。
友人1「残念やったなあ」
友人2「また今度がんばろな」
ナチ「がんばろな!」
   手を振って別れる3人

〇マンション、408号室、内、夜
   静子、夕食の仕事をしている。
   松平、仏間で祈っている。
   玄関の扉が開きナチが帰ってくる。

ナチ「ただいまー」
静子「おかえり、大会どうだった?」
   ナチ、靴を脱ぎながら、
ナチ「今年も第三位。1回も落とさんかったのに残念やわ」

   ナチ、居間を横切り自分の部屋に入りながら、
ナチ「そやけどええねん。全国大会やったら東京に行かな
 あかんし、いまうちんとこ大変なんやろ?」

   静子、聞いていない。鍋をテーブルに移しながら、
静子「山ちゃん結婚するんやて!この秋にまりっぺ連れて
 島根に帰ることになったんや」

ナチ「え、ほんま?」
   ナチ、着替えて居間に出てくる。
ナチ「ねえねえ、どこで式上げんの?」

静子「春に島根で式上げてその後京都でお披露目会やて」
   ナチ、手伝いながら、
ナチ「すごいやん。結婚やて。まりっぺ思い切ったなあ。
 田舎暮らし大変やと思うけどな」

静子「こまめにこっちへ帰ってくるんやて」
ナチ「そやろな。うちやったら耐えられへん」

   奥の仏間で松平はずっと祈っている。
   金吾が帰ってきて一家団欒夕餉のひと時。

ナチのN「楽しい家族やのにいつも何かが欠けている。
 そうやお金や。2年前に家族で上海に行った。
 クレジットで分割払い。そのお金も払えんと言って
 父は困っていた。残念この年頃に不景気が重なってもた。

 それでも父は進学しろという。推薦もらえるやろか?
 それよりお店大丈夫やろか?私にできることを全力で
 やろう。そや、バイトやバイトや」

電話の声

〇マンション 408号室 内 朝
   松平、紙袋に新聞を入れている。
   静子、ビニール袋に水筒を入れている。
   ナチ、靴を履いている。

ナチ「いってきまーす」
静子「はーい、気を付けて行ってらっしゃーい!」

   松平、靴を履く
松平「行ってきます」
静子「今日は大津のホームセンターやったね?」
松平「そや、帰んの7時」
静子「OK、いってらっしゃい!」

   ナチと松平玄関を出ていく。
   静子、靴を履く
静子「金吾!ごはん、テーブルの上に置いてあるからね。
 午後から言うても早めに起きてちゃんと食べていくのよ。
 電話は絶対に出ないように、いいね!」

〇金吾の部屋
   ベッドで寝ている金吾。
金吾「ああ、わかった」

〇玄関
   静子、扉を開けて出ていく。

〇金吾の部屋
   金吾、寝ている。
   電話が鳴る。三回コールして留守電になる。

電話の声「家賃が三か月たまっています。何とかしていただかないと
 出て行ってもらわなくなります、至急電話ください」

   金吾、ゆっくり寝返りをうつ。
   電話が鳴る。三回コールして留守電。

電話の声「こちら亜細亜信販ですが、このままでは
 法的手段に訴えざるをえません」

   金吾、寝返りを打つ。
   電話が鳴る。すぐに、
電話の声「月末でガスが止まります」

   金吾、寝返り、すぐ電話、
電話の声「こちら国民金融公庫ですが」
   金吾、寝返り、すぐ電話、
電話の声「社会保険事務所ですが」
電話の声(女)「保証協会ですが」
電話の声「税務署です!税務署です!」

   金吾、がばっとベッドから起きて、
金吾「うるさーい!」
静子の声(電話)「金ちゃん、金ちゃん、起きた?」
   金吾、受話器を取る。

金吾「ああ、今起きた」
静子(電話)「そう、じゃ、ちゃんとご飯食べてね」
金吾「ああわかった」

   金吾、受話器を置くとすぐ電話。
   金吾、思わず受話器を取る。
電話の声(だみ声)「かねいつになったらかえすんやわりゃ!(ガチャ)」
   金吾、ゆっくりと受話器を置く。

負債

〇マンション、1Fフロピー
   金吾、レターボックスに立っている。
   408のボックスを開けて手紙の束を出す。
   一つ一つ確かめる金吾。

金吾「家賃、国金、銀行、保証協会、仕入先、車のローン、
 保険事務所、税務署、電気、ガス、水道、電話、サラ金、
 こりゃあかんわ・・・・今晩詳しく聞いてみよう」

   金吾、手紙の束を持ってエレベータへ向かう。

〇マンション、408号室、内、夜
   金吾が正座して座っている。
   松平と静子も座っている。
   手紙の束が置いてある。

松平「ここにあるとおりや金吾。詳しゅう言うたかてなあ・・・
 とにかく一覧表取ってくるわ」
   松平、仏間からA3の用紙を持ってくる。

松平「詳しゅう言うたらこれや金吾」
   松平、A3の用紙を見せながら、

松平「一枚目が会社分、12社で600万円。2枚目がわしの分で
 家賃も含めて8件500万円。3枚目がお母さんの分でサラ金3社
 から200万円。占めて合計300万円。

 どこやらの会社の数億円に比べりゃ可愛いもんや。そやけど個人で
 今すぐ返せと言われてもそりゃでけへん」

   金吾、じっと用紙に目を通している。
   静子、じっとその姿を見つめている。   

きんご

金吾「・・・・・(涙)」
松平「どないしたんや金吾!」
金吾「(涙声で)僕、進学辞めて働く・・・」

   松平、テーブルをたたいて叫ぶ。
松平「バカモン!」
   静子、驚く。
   金吾、泣いている。

松平「このくらいでびびっててどないするんじゃ!」
   松平、用紙を手にする。

松平「わしらにはな、幸いなことに財産が一銭もないんじゃ。
 そやから差し押さえもでけへんのや、安心せえ。
 わしらもそうやが取るほうも景気がようなるまで
 じっと我慢で 耐え忍ぶしかないんや」

   松平、お茶をがぶりと飲む。

松平「一番大事なことは、優先順位を間違わんことと
 絶対落ち込まん事や。向こうさんは仕事やから次から次に
 矢の催促をしてきよる。それはしゃない。

 ぎりぎりのところで、ちょこっとだけ払うしかない。
 おかしなもんやな、おおきに言うて頭下げて帰りよる。
 気長うふてぶてしくお付き合いすることや」

   金吾、まだ泣いている。

奥の手

   静子もじっと聞いている。

松平「さらに押し迫って借金取りが押し掛けてきよっても
 心配するな。夜逃げせんでも首くくらんでも奥の手が
 あるんやから・・・・・学校やめてしもたら、
 もともこもないやないか、そやろ?」

   金吾、泣きながらうなづく。
松平「元気出せよ、将来の跡取り社長やから。よろしく
 たのんまっせ!もうすぐそうなる」

   松平、金吾の肩をたたき立ち上がると電話をかけ始める。
   静子、金吾の背を押し部屋へやる。

松平「(電話)まいど、長いこと出張ですんませんな。ちょっと
 入金が遅れとったんで今からとりあえず1か月分振り込んどきますわ」

   松平、電話を切るとまたすぐかける。
松平「(電話)まいど、すんませんなおそなって・・・」

金吾のN「これから続く修羅場の本番にはとても耐えられそうにない。
 学校をやめて働いたほうが気が楽かも?それでもよく考えると、
 家族全員が昼夜必死で働いても3年ではとても返せそうもない。
 それもしんどいなあ。大学生活を満喫することが僕の勝利やと親父
 は言うけど・・・・。そしてとうとう12月大変なことが起きた」

差押え

〇金沢平和堂、外
   『アルプラザ金沢』全景。

〇同、催事場
   切り文字の実演販売中。焼杉の板に切り文字を貼って
   その場で手作りのプレート表札を作る。
   2坪のワゴンセール。一人の客がたっている。

松平「はいいらっしゃい、可愛いプレート作りますよ。
 今やったらいっぱいおまけしますよ」

   事務員が来てメモを渡す。
   松平、メモをじっと見る。

〇同、電話ボックス、内
   松平、電話をしている。

松平「どないした?」
静子の声「売掛金が差し押さえられてお金が一銭もおろせへん
 どないしょう?」
松平「なんでや?詳しゅう話してみい?」
静子の声「今日10日の入金日で銀行に行ったら・・・・・」

〇銀行、窓口(回想)
   静子、窓口で女行員と話している。
   男の行員と代わる。

銀行員「保証協会さんが売掛金を全額預金拘束されまして・・」
静子「そんな・・私たち生活でけしません。なんとかなりませんか?」
銀行員「どうぞ中へ入ってください。保証協会さんと連絡とってみますから」
   静子、奥の応接室へ案内される。

〇同、応接室
   銀行員と静子が座っている。
   静子、電話をかけている。

静子「もしもし」
電話の声「ああ、切り文字屋さんですか?お宅はもう返済が3か月遅れて
 ますので売掛金を全額預金拘束します」

静子「そんな急に、それやったら私たち食べていけません。どないせって
 言われるんですか?死ねと言われるんですか?」

電話の声「そんなことはないでしょう、ま、至急ご主人と連絡を取って
 ください(ガチャ)」

   途方にくれた静子の顔。

預金拘束

〇金沢平和堂、電話ボックス、内
   元の電話ボックス。
   松平、受話器を握っている。

静子の声「それですぐ電話したんや(涙声)」
松平「そうか、そりゃ口惜しかったやろ、修羅場や。
 絶対何とかするからそのまま店で待期しとき。
 誰やその窓口の係りは?・・梶山?ふむふむ」

   松平、メモをして受話器を切り再ダイヤルをする。
松平「あ、もしもし梶山さんですか?今金沢から電話かけてます。
 よう聞いてください。先月資料をもって事情を説明しに伺いました。

 担当の方が『よくわかりました年明けに決算表をもってもう一度お
 越しください』と言われてましたのに何の予告も無しに売掛金全額
 差し押さえとはどういうわけですか?我々庶民に死ねといわはるん
 ですか!」

電話の声「死ぬなんて、そんなことはないでしょう。ま、とにかく今
 その上司が居りませんので預金は拘束いたします。規則ですので」
松平「法律では21万円までは差し押さえされへんのとちゃいますか?
 全額はちょっとひどいですよ!」

電話の声「差し押さえではありません預金拘束です。とにかく私では
 わかりかねますので明日ご連絡ください(ガチャ)」

   松平、受話器をにらみ叫ぶ。
松平「あほたれ!くそっ!」
   

佐藤議員

〇同、電話ボックス、内
   松平、ダイヤルする。
静子の声「あ、どやった?」

松平「あかんわ。前の上司が休みでらちがあかん。ほれ、あの、
 近くに住む庶民の味方佐藤なんとか、何とか党の佐藤府会議員
 さんとこ大至急調べて」

静子「議員さんが私らのために動いてくれはるやろか?」
松平「あほ、庶民が今一家4人死にかけてるんや。こんな時に
 動いてくれへんかったら、庶民の味方が嘘になる。かならず
 動いてくれはるから大丈夫や」

   松平、決意の表情で受話器を置く。

〇佐藤宅、外
   庶民の味方佐藤議員のポスター。

〇同、内、電話口
   佐藤議員が電話をしている。
佐藤「それはお困りでしょう。おかしいな、おっしゃるとおり
 21万までは差し押さえでけへんはずやのにな。わかりました
 今日明日私が動いてみます。最悪の場合でも年末年越し金
 というのがありますのでご安心ください」

〇金沢平和堂、電話ボックス、内
   松平、電話している。
松平「なにとぞよろしくお願いします」
   松平、受話器を置き笑みながら出る。

〇イメージ
   実演販売中の松平。
松平のN「地獄に仏とはこのことや。選挙の時に応援しといてよかった」

破産決意

   微笑みながら実演販売中の松平。

松平のN「結局、協会の窓口が出向社員で事情のわからないもの
 でしたのでと上司から詫びが入り、翌日夕方銀行で家賃学費と
 水道光熱費をその場で払わされて手にした現金は3万円だった。

 これじゃもうほかのところへの返済はできない。向こうの言い分
 としては、サラ金にはちゃんと払っとるのにこっちには払えてない
 のはけしからんというわけだ。同じことを国金の時にも言われた」

〇佐藤宅、外
   「庶民の味方佐藤議員」のポスター。

〇同、応接室
   佐藤議員と松平が座っている。
   テーブルの上にA3の資料。
   佐藤、じっと目を通している。

佐藤「自己破産しかありませんね。この際ご一家一致団結して
 元気いっぱい自己破産して免責をいっぱいもらって
 ゼロからやり直してください!」

   松平、目をいっぱい見開いて、
松平「は、自己破産、わかりました!」

松平のN[心強いお言葉、これで決まった!。長い人生めったに
 こういう機会はない。この際じっくり自己破産なるものに
 挑戦してみよう!」

   松平、立ち上がる。
松平「免責を勝ち取りましたならば元気いっぱいまた報告に参ります。
 今回はほんとにありがとうございました」

   松平、深々とお辞儀をする。
佐藤「ほやな、秋口までには免責取れるやろ。しっかり頑張ってください」
   佐藤、立ち上がり松平と握手をする。

年越しそば

〇マンション、408号室、内
   居間に家族4人そろっている。
   テーブルの上にそばが4つ置いてある。

松平「今年もいよいよ押し迫った。みなよう聞いてくれ。
 『奨学金とアルバイトで進学、指定校の推薦を受けること、
 生活のほうは何とかする』と言うてこの春スタートしたが
 君たちはしっかり頑張ってくれたのに店のほうが失敗して
 もた。不況のせいや言うてみても今更始まらん。

 会社は倒産、お父ちゃんとおかあちゃんは連帯保証人やから
 即二人とも自己破産を申請する。店の名義はお母さんに変える。
 車のローンは目録にあげたら取り上げられるから金吾が代わり
 に払っていくことにする。破産が知れると店とマンションは

 出ていかなあかんかもしれんから復活するまで秘密厳守。
 破産してもみんなが元気で今までどおり仕事ができて、
 君たちが無事大学を卒業できたら、それをわが家の大勝利
 とする。まずは正月明けに一日も早く自己破産の申請を受理
 してもらうことと、金吾の授業料免除を勝ち取ることや、以上」

   全員黙って聞いている。
静子「売掛金から家賃と学費水道光熱費を先に振りこまないかん
 分気が楽やけどとにかく取り立てを何とかせんと店まで来よる」

松平「そやとにかく急がなあかん、この正月大いに売り上げて、
 正月明けから大忙しや。みな心して夏までの長い修羅場勝ち
 抜こな!ほな年越しそば食べよか」
全員「いただきまーす!」

   全員そばを食べ始める。

授業料免除

〇亀山学園大学、外
   亀山大学正門

〇同、学生課、外
   学生課のプレートがかかっている。

〇同、応接室、内
   学生課長と松平が話している。

学生課長「状況はよくわかりましたが誠に残念なことに
 前期分は12月10日に締め切りました。次回は来年
3月になります。あと1ヶ月早ければ・・・」

   松平、目をむいて、
松平「ええっ!死亡や倒産を三か月前に申しこんどかないかんかったのですか?」
課長「授業料延納届の時に先を見越して免除申請をされまして、支払日に
 免除という形になりますが」

松平「そんな!先を見越してやなんて。急死とかとても見越せへんのとちがい
ますか?」

課長「申請は次回にされて当面は銀行か御親戚からお借りになるとか、
 教育ローンなどあっせんしますが・・・・」
松平「あの、お恥ずかしい話ですが、国金も銀行も教育ローン目いっぱい借り
 てますのやもうすでに・・・。何とかなりませんやろか?」

課長「休学してアルバイトでお稼ぎになって後期から復学するとか、なんとか
 前期分を用立てていただいて次回申し込んでいただくとかしかありませんね」
   松平、課長を睨みつけて、

松平「とにかく急な倒産で前期の授業料は払えません。資料を取り揃えて
 学長様に直接お話に行こうと思っとります」
課長「そこまでおっしゃいますか・・・しばらくお待ちください。本人の
 成績と他の奨学金枠ないか調べてみます」

   課長、資料を持って出ていく。
   松平、額の汗を拭き大きく溜息を吐く。

裁判所

〇同、応接室
   待ち続ける松平、立ち上がって背伸びをする。

〇同、夕
   外暗く、部屋に明かりがついている。
   待ち続ける松平。
   ドアをノックする音。
   扉が開いて、課長が資料を持って入ってくる。

課長「長らくお待たせしました。御子息の成績は優秀でしたので、
 諸資料を取り揃えて担任と学部長の推薦状をもらい創立30
 周年特別奨学生に採用が決定いたしましたのでお知らせします。
 おめでとうございます。これが採用通知です。ここに署名と
 捺印を。こちらは御子息。明日学生課窓口に提出してください」

   松平、立ち上がり最敬礼する。
松平「ありがとうございました!」

〇京都地方裁判所、外
   モダンな京都地方裁判所の正面。
   守衛がたっている。

〇同、第五民事、外
   第五民事、保全、破産とある。

〇同、破産、内
   カウンター、向こうに数人の職員がいる。
   松平、中に入りカウンターに近づく。
   眼鏡をかけた職員宮前が対応する。

松平「あのう、破産の手続きに来ました」
宮前「個人ですか法人ですか?」
松平「個人二通と法人一通です」
宮前「計三通ですね?」

   宮前、申請書を三通カウンターに置く。
   松平、申請書を受け取る。
松平「なんや、法人も一緒か・・・」
   松平、パラパラと申請書をめくりながら出る。

法律相談

〇同、応接室
   待ち続ける松平、立ち上がって背伸びをする。

〇同、夕
   外暗く、部屋に明かりがついている。
   待ち続ける松平。
   ドアをノックする音。
   扉が開いて、課長が資料を持って入ってくる。

課長「長らくお待たせしました。御子息の成績は優秀でしたので、
 諸資料を取り揃えて担任と学部長の推薦状をもらい創立30
 周年特別奨学生に採用が決定いたしましたのでお知らせします。
 おめでとうございます。これが採用通知です。ここに署名と
 捺印を。こちらは御子息。明日学生課窓口に提出してください」

   松平、立ち上がり最敬礼する。
松平「ありがとうございました!」

〇京都地方裁判所、外
   モダンな京都地方裁判所の正面。
   守衛がたっている。

〇同、第五民事、外
   第五民事、保全、破産とある。

〇同、破産、内
   カウンター、向こうに数人の職員がいる。
   松平、中に入りカウンターに近づく。
   眼鏡をかけた職員宮前が対応する。

松平「あのう、破産の手続きに来ました」
宮前「個人ですか法人ですか?」
松平「個人二通と法人一通です」
宮前「計三通ですね?」

   宮前、申請書を三通カウンターに置く。
   松平、申請書を受け取る。
松平「なんや、法人も一緒か・・・」
   松平、パラパラと申請書をめくりながら出る。

申請開始

〇京都地方裁判所、外、
   モダンな京都地方裁判所正面。
   守衛が敬礼している。

〇同、第5民事破産窓口、内
   カウンターに松平が座っている。
   担当の宮前が資料を見ている。

宮前「あのう・・・」
松平「はっ、何か?」
   松平、覗き込む。

宮前「会社の取締役のままでは申請できません。破産の権利制限に引っかかります。
 役員を降りるか50万の予納金を収めて会社の破産と同時進行で行くか、どちら
 か決めてください。それと各債権者の残高証明をもらってください」

松平「えっ、50万?・・・役員おりますわ」
宮前「それでは法務局で新しい謄本をあげてきてください」
松平「はい」
   松平、頭を下げて出る。

〇京都地方法務局、外
   京都地方法務局とある。

〇同、法人カウンター
   松平、担当者と話している。
松平「治と静子が辞任して金吾を代表取締役にしてください」

担当「金吾さんはおいくつですか?」
松平「この11日で19歳になります」
担当「19歳、未成年者ですね?」
   担当、机上の判例集を調べる。
   松平、不安顔。

担当「18歳ではだめだとはっきり書いてあるんですが。19歳?ちょっと
 お待ちください。上司に聞いてまいりますので」
   担当、席を立つ。
   松平、その後ろ姿に合掌する。

   x  x  x

   担当が戻ってくる。
担当「お待たせいたしました。親の同意書と戸籍謄本の写しがあれば
 いけるそうです」

   松平、額の汗を拭きながら、
松平「で、費用のほうは?」
担当「2万円です」
   松平、驚きの顔で笑顔に変わる。

はりぼて代表取締役

〇法務局正面
   『1週間後』のタイトル。
   嬉しそうに謄本を手にしている松平。

〇マンション、408号室、内、夜
   鍋の用意がされている。
   コップにビールが次いである。
   松平、謄本を見せながら、

松平「ここに有限会社松平代表取締役松平金吾が誕生した」
奈知「ほんま?見せて、見せて」
   奈知、謄本を手に取る。
   静子が覗き込む。
   皆笑顔である。

松平「(金吾に)お前は何にもせんでええから、形だけの
 はりぼて代表取締役や。お父とお母で稼ぐからしっかり勉強
 しいや。これからは金吾から給料をもらうことになる」

奈知「わ、ええな!」
金吾「あほ、給料ゼロ円円やで、わし」
奈知「ほんま?」
松平「ま、当然やな。とにかく乾杯しよう」

   みな、コップを持つ。
松平「新社長、おめでとう。乾杯!」
皆「乾杯!」
   皆で乾杯する。
   楽しい夕食が始まる。

静子「奨学金も決まったし」
松平「これで自己破産も何とかなりそうや」

親戚

  皆、満腹でくつろいでいる。
   鍋も食器も空っぽである。
   静子がかたずけ始める。
   電話が鳴る。3回コール。留守電。
   奈良の義姉の声。

奈良姉「(電話)静子さん、奈良の北岡です。今、主人が亡くなりました。
 明晩通夜。明後日告別式。草津の姉さんにはもう伝えてあります。
 よろしく。(がちゃ)」

   皆、顔を見合わせる。
   また電話が鳴る。3回コール。留守電。
草津姉「(電話)草津の姉やけど」

   静子、受話器を取る。
静子「ああ、姉さん。今留守電で聞いた」
   3人大きく溜息をつく。

〇葬儀場、内、夜
   棺の前で奈良の義姉と松平が話している。

奈良姉「葬式代も出えへんから主人が貸した110万円はよ返てください。
 ここに借用書を私宛にきっちりと書いてハンコ押してください」
   奈良姉、紙切れをテーブルに置く。
   松平、書き出す。

松平「そやけど一括では無理ですよ。今破産しかけてますから」
奈良姉「なんやて、破産?」
松平「ええ、間もなく申し立てが受理されて裁判所から連絡が
 行くと思いますけど」

奈良姉「それでも払うてもらえますな?」
松平「免責取れたら少しづつでも返していきます」
奈良姉「ほな、そう書いて署名してハンコ押しといてや」

   松平、真剣に書いている。
松平のN「しかし貸主が死んでしもたら返済は・・・?免責がおりれば
 返さんでもええというのが免責の主旨やのに・・・。これがなければ
 ほんま、自殺するか、夜逃げするかしかあらへんのに・・・この
 おばちゃん、免責の意味知らへんのとちゃうやろか?」

   松平、真剣に書いている。
   ちらと顔をあげて義姉を見る。
   じろっと睨み返されて目を伏せる。

信販

〇マンション、1Fピロティー(イメージ)
   408号室を押し続ける怖そうな男。
松平のN「この2週間が長かった・・・・・」

   ポストに『金払え!』のメモがわざと見えるように入れてある。
   慌てて取り除く静子。

〇同、408号室、電話機

留守電の声「法的手段に訴えることになりましたので通知します(ガチャ)」

留守電の声「事故扱いとし口座を閉鎖させていただきます(ガチャ)」

留守電の声「裁判所から通知が行きましたら必ず出廷してください(ガチャ)」

留守電の声「近日中にお店に伺いますので覚悟しといてください(ガチャ)」

〇シネマ村、切り文字屋、外
   静子が一人で店番をしている。
   営業中だが客はいない。
   スーツ姿の男が裏からくる。

信販「こんにちわ、亜細亜信販のものですが、静子さんおられますか?」
静子「私が静子です」
   信販、近寄りささやく。
信販「少しでも払っていただけませんか?」

静子「ぜんぜん、今手持ちがありません」
信販「今日の売り上げからでもなんとかなりませんか?」
静子「見ての通りのお客さんです。それにもし売れたとしても、売り上げは
 全額シネマ村に入金せんとあきません」

   信販、隅のほうに行き。
信販「ちょっとここに座らしてもろうとってもいいですか?」
静子「ええ、どうぞどうぞ」
   信販、隅に座る。

信販「毎日こんなんですか?」
静子「毎日こんなんです日曜でも。人件費が出へんから仕入れの店舗は皆
 撤収しました。今残ってるのはメーカー直販の店ばっかりです」

信販「10年位前に来た時はすごい人やった」
静子「10年前と今とでは大違いです、どこでも」
   しょんぼりと座り続ける二人。

タイガー

〇切り文字屋、外、夕
   閉店の戸締りをしている静子。
   ホタルノヒカリが鳴っている。
   怖そうな男が一人来る。

タイガー「切り文字屋てここか?あんたんとこ金払わんきか!
 毎日来るよってに旦那にそう言うとき!」
   男、去る。
   他の店の者が見ている。
   主任が近づいてきて、

主任「誰?今の人?」
静子「車検屋のおやじ。新車がすぐ壊れてサービスで修理と
 言うたのに金取りよると言うて主人が払ってへんのよ」

主任「買うた車がすぐ壊れた。そりゃあサービス修理やなあ」
静子「でしょう、タイガーじゃもう買わんとき」
主任「そやな。いまどきサラ金の取立てでも規制法ができて
 おとなしいのに、いまのはえげつないなあ」
静子「タイガーまるだしやなあ」
   みんな大笑い。

〇京都地方裁判所、外、
   モダンな正門。
   守衛が車を誘導している。

〇同、通路
   松平、資料を抱えて歩いている。
松平「これで6回目や、もう完璧やろう」

〇同、第五民事破産窓口
   カウンターに松平が座っている。
   担当の宮前が資料を見ている。

宮前「あのう・・・」
松平「はっ?」
   松平、カウンターからのぞき込む。
宮前「これでいけるでしょう」
   松平、喜びの顔になる。

宮前「5階の会計に行って予納金を払ってきてください」
松平「おおきに」
   資料を受け取り笑顔で出ていく松平。

受理番号

〇同、会計、外
   会計のプレートがかかっている。

〇同、会計窓口カウンター
   松平、カウンターに資料を置き、
松平「すみません、やっと受理されました。いくら払うたらいいですか?」

職員「2万4千円です」
   松平、お金を払う。

職員「これが領収証でこちらに受理番号が書いてあります。平成14(ホ)
 123という番号があなたの番号ですので、今後審議はすべてこの番号
 で行いますので憶えといてください」

松平「はいわかりました」
   お辞儀をして出ていく松平。

〇同、通路
   通路を歩む松平。

松平のN「この番号が大事なんや、早よ債権者に手紙を出さなあかん」

〇手紙の文面

松平のN「このたび負債合計1300万円が返済不能となり、京都地方裁判所
 に自己破産の申し立てをし本日受理されました。受理番号は平成14(ホ)
 123番です。本日以降の審議手続きにご協力のほどよろしくお願い申し上げます」

〇マンション、全景
   『それから数日後』のタイトル。

〇同、408号室、内、夜
   家族四人で夕食を食べている。

静子「何かすごく静かやねえ」
金吾「電話がないからや」
奈知「そや、留守電が全然あらへん」
静子「店にも一切かかってこんようになった」

松平「いうてもまだ安心はできへん。免責を勝ち取るまでは。あと半年や」
奈知「そやけど、やっぱり静かやわあ」
   みんなで笑う。

税理士

〇同、電話口、夜
   松平、電話をしている。

松平「税理士の大西さん、おられますか?」
大西「(電話)はい大西です。松平さん!ひさしぶり。元気してた?会社のほうは?」
松平「独立派しましたが。・・倒産しました。かくかくしかじか・・です」

大西「(電話)そうでっか。一人でようやらはりましたなあ。そやけど、代表者が
 息子さんになったら、会社の借金全部息子さんに行きまっせ。代表者なしで
 突っ張りなはれ!」
松平「ゲッ!」
   松平、驚きの顔、冷や汗。

〇法務局、外
   京都地方法務局とある。

〇同、法人カウンター
   担当と松平が話している。

松平「やっぱり19歳じゃ無理ですわ。代表取締なしではあきまへんか?」
担当「あきまへん」
松平「どうしても、あきまへんか?」
担当「どうしても、あきまへん」
松平「ほな、10分したら戻ってきます」
   松平、立ち上がる。

〇同、トイレ、外
   使用中の扉。
松平の声「うーん。(大声で)そやっ!」

法人解散

〇同、法人カウンター
   担当がいる。
   松平、入ってきてカウンターに座る。

松平「会社を解散することにしますわ!」
担当「解散、そうでっか。ほなこの手順で」
   担当、手際よく資料を整え、

担当「一週間後に謄本あがります」
松平「もし裁判所のほうに届けだけ出して、いつまでも
 解散結了がなされなかったら、どないなるんですか?」

担当「ずーっとそのままです。また立て直して復活することもできます」
松平「えっ?」
担当「ええ、復活です。届けを出してもらえば有限会社としてまた
 復活できます」

松平「なるほど、ようわかりました。で、今日の手数料は?」
担当「5000円です」
松平「えっ5000円!おおきに!」
   松平、深々と頭を下げる。

〇京都地方裁判所、外
   モダンな裁判所正面。
   守衛があくびをしている。

〇同、正面玄関受付カウンター
   松平、カウンターに資料を出す。

松平「法人解散届を出しに来ました」
受付「清算登記簿謄本持っとられますか?」
松平「はい、もってます。これです」

受付「ここで受け付けますので、この事例集の中で最もふさわしい
 貸借対照表と財産目録を書き出して解散届に添付してください」
   松平、カウンターの隅で資料を書き込む。

松平「これでよろしゅうおまっか?」
   受付、資料に目を通し、
受付「これで結構です。受理番号は(へ)の一番です」
松平「(へ)の一番?」
   受付、奥に行こうとする。

松平「あ、あのうすいません。手数料は?」
受付「いりません。受理は致しましたが、結了するまでに予納金が
 50万円いりますので用意しといてください」

   受付、さっさと奥へ行く。
   ぽつんと立ち尽くす松平。
松平「・・・50万?・・・・・こいつらぐるや!」

法廷

〇京都地方裁判所、外
   モダンな正面。
   守衛がゴルフの素振りをしている。

〇同、民事207号法廷、外
   通路に民事207号法廷の標示板がかかっている。
   15分刻みで開廷している。
   松平他10人ほどが長椅子に座っている。

   後ろ扉ののぞき窓から誰かが中をうかがっている。
   2月8日の時間割が壁に貼ってある。

   弁護士がおばさんを伴って中に入る。
   入れ替わりに若い娘と老弁護士が出てくる。

老弁護士「よかったですね。次は免責だ」
   しばらくして、

係りの人「松平治さん静子さん、中へ」
   二人立ち上がる。

〇同、法廷内
   壇上に裁判官席がって、その下に書記。
   中央に半円形の証言台。左右に検事席と弁護士席。
   柵がしてあって傍聴席。

   後ろの扉を開けて二人中に入る。
   証言台の前に長机、一人の裁判官が座っている。
   向かいに二人座る。広い法廷の中で
   3人が密談をしているみたいに見える。

裁判官「松平治さんですね?」
松平「はい、そうです」
裁判官「生年月日を言ってください」
松平「昭和21年12月7日です」
裁判官「この内容に間違いありませんね?」
松平「はい、間違いありません」

裁判官「松平静子さんですね?」
静子「はい、そうです」
裁判官「生年月日を言ってください」
静子「昭和25年4月12日です」
裁判官「この内容に間違いありませんね?」
静子「はい、間違いありません」

裁判官「それでは一週間後に破産宣告が出されます。財産が0なので
 同時廃止、免責の申請に入りまして各債権者に通知を出します。
 4月12日異議のある方を交えて免責の審尋をいたします。この日だけは絶対
 に欠席のないように不利になりますから必ず出廷してください。以上、閉廷!」

   次の人たちがもう入ってきている。
   二人急いで出廷する。

免責

〇同、通路
   松平と静子が歩いている。
松平「まだまだ先は長いなあ」
静子「あせらんとじっくり仕事頑張ろうな」
松平「そや、それが一番や」
   歩く二人の後ろ姿。

〇マンション、1Fピロティー
   静子、ポストを確認する。
   茶封筒2通が来ている。
静子「裁判所からや」
   静子、茶封筒を手にする。

〇同、408号室、内
   松平が手紙を広げて読んでいる。

松平「(手紙)松平治を平成14年2月15日午後5時破産宣告する。
 これは決定正本である。免責申し立てにより平成14年4月12日
 午前10時民事207号法廷にて審尋を行う。出廷のこと」
   二人顔を見合わせてうなづく。

〇同、夜
   4人食事を終えたところである。
   電話が鳴る。静子がとる。

草津姉「(電話)裁判所からきたで、異議がなければ出廷は不要
 と書いてあるけど?」

静子「そうなんや、異議申し立ててもその人にだけ返済するということ
 でけへんので結局却下されるんや」

草津姉「(電話)そうか、ほなしゃあないな。奈良の義姉とこにも来たらしい」
静子「サラ金もようわかってるから、誰も当日来んそうやて、裁判官が言うとった」

草津姉「(電話)そうか、わかった(ガチャ)」
   静子、受話器を置く。すぐまた電話。
   静子が出て松平に代わる。

松平「黒田材木さん、ご迷惑をかけて本当に申し訳ありません。前の会社の経理責任者やったんで社長も専務も逃げてしもて私が借金全部かぶりまし

た。300万ほどは何とかして返したんですけどあと1300万は
どうにもならんよってにもう破産ですわ。すんません」

黒田「(電話)そうか。たいへんやったんやなあ。うちとかは10万やからもうええで。不景気やからしゃあないわ。弱気になってはあきませんよ。何とか踏ん張って頑張りなはれ」

松平「おおきに。名義変更して店は元のまま営業してますのでご安心ください」
   松平、受話器を置く。

税務署の差押え

〇マンション、1Fピロティー
   静子、ポストを確認する。
   茶封筒が1通着ている。

静子「税務署からや!」
   大急ぎでエレベータへ。

〇同、408号室、内
   ドアが開いて静子  が入ってくる。
静子「お父ちゃん、税務署からや!」

   松平、仏間から出てきて封筒を受け取る。
松平「税務署?」
   松平、封筒を急ぎ開け読む。

松平「『貴社は廃業との届けが出されておりましたが、調査の結果
 財産があることが判明いたしましたのでスーパーの売掛金を差押
 えいたします』なんやて?ほんまもんの税務署の差し押さえや!

 ちゃんと誓約書を書いて秋口に全額払うとハンコ押してきたのに
 きたないやつやなあ。保証協会の預金拘束といい、税務署の差し
 押さえといい、こういうやり方で庶民は路頭に迷うんやろな。

 くそったれ!ちょうど税金分だけの売掛でよかったわ。破産して
 も税金は免責にならへん。税務署だけは一生気をつけよう」

   入り口の扉が開いてブロンドのアフロヘアーにした奈知が入ってくる。
   金吾も部屋から出てきて、みんなで、
皆「なんやその髪ーっ!」
   

復活復権

〇京都地方裁判所、外
   モダンな正面。
   守衛がゴルフの素振りをしている。
   Vサイン。

〇同、民事207号法廷、内
   広い法廷の中央に、長椅子を挟んで
   裁判官と松平夫婦が座っている。

裁判官「今日は4月12日。2回目ですね?」
二人「はい」
裁判官「名前と生年月日を言ってください」

松平「松平治、昭和21年12月7日生まれです」
静子「松平静子。昭和25年4月12日生まれです。今日や」

裁判官「はい結構です。あれから2か月がたちました。債権者の方々にも
 通知を出しましたが、どなたも見えておられません。これは20数件の
 債権者の方々がお二人の免責に異議なきものと認めます。

 念のためにさらに1か月の猶予期間をとりますので異議申し立てがなければ、
 5月中旬に免責決定。さらに公示されて6月の中旬に確定になれば、官報の
 破産者名簿から抹消され復活復権して今まで通りの権利を行使できます。

 お二人で1300万円。20数件の方々にご迷惑をかけたのですから、
 今後は生活をつつしみ、ちゃんと計画を立てて、2度とこういう事に
 ならない様に、しっかりと生活をしていってください。以上、閉廷!」

   二人立ち上がって深々と頭を下げる。
二人「ははーっ」

〇同、通路
   二人歩いている。
松平「まだやがな。決定まで1か月、確定までさらに1か月やて」
静子「気長に行こうな、とうちゃん」

   二人の後ろ姿。

大勝利

〇イメージ
   シネマ村、修学旅行でいっぱいである。
   大忙しの『切り文字屋』

〇シネマ村、西門、守衛室前
   守衛がいる。
   静子、礼して通りかかる。

守衛「切り文字屋さん。ちょっとちょっと」
静子「え?どないしたん?」
守衛「・・藤さんとこ。おととい夜逃げしはった」
静子「えっ、ほんま?」

〇回想、関所
   静子、二藤の社長と立ち話している。
社長「そやけど今が一番しんどい時や。そのうちきっとええ事ある。
 今、しっかり辛抱しときや」
   涙ぐむ静子。

〇切り文字屋(イメージ)
   雨が降っている。
   店の前のアジサイが美しい。
   一人でポツンと座っている静子。

〇マンション1Fピロティー
   ポストを確認する静子。
   後ろに両手いっぱいの食糧を下げた松平。
   2通の茶封筒が来ている。
   松平、周りを見回し、

松平「いま、開けてみ!」
   静子、封筒を開け松平に見せる。
   松平、荷物を持ったまま大声で読む。

松平「『5月23日付けで松平治を免責する。これは決定正本である』
 やったー!大勝利や!」

   叫ぶ松平の大きな顔。

                  ーーーーーーーーーー完ーーーーーーー
   

シナリオ「はりぼて代表取締役」

シナリオ「はりぼて代表取締役」

面白家族の自己破産奮戦記です。

  • 小説
  • 短編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-06-18

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 取り立て
  2. 執行官
  3. シネマ村
  4. 切り文字屋
  5. まりっぺ
  6. なちげ
  7. 電話の声
  8. 負債
  9. きんご
  10. 奥の手
  11. 差押え
  12. 預金拘束
  13. 佐藤議員
  14. 破産決意
  15. 年越しそば
  16. 授業料免除
  17. 裁判所
  18. 法律相談
  19. 申請開始
  20. はりぼて代表取締役
  21. 親戚
  22. 信販
  23. タイガー
  24. 受理番号
  25. 税理士
  26. 法人解散
  27. 法廷
  28. 免責
  29. 税務署の差押え
  30. 復活復権
  31. 大勝利