ラジオドラマ 杏子の墓

これはラジオドラマのシナリオです。目をつぶりながら読んでください。

3年ぶりの広島

ボートのオールと波の音が単調に続く。
遠くで烏の声。インド人たちの祈りの声が聞こえる。

(若林のN)「柴山杏子さんお元気ですか?僕若林治は今、
インドのベナレスにいます。ヒンズーの人々は朝早くから沐浴し、
祈りをささげています。ゆったりと流れるガンジス河には、

不思議に人の心を癒す魅力があります。ヒマラヤからの大自然の
懐に抱かれて、母なるガンガでは安らかに死を迎えることができる。
ベナレスはそんな聖地でした」

ボートのオールと波のの音がゆっくりと遠ざかる。
カモメの群れる声。ポンポン船の音。
(駅員)「宮島口、宮島口。宮島行き連絡線乗り換え」

駅の雑踏音。
(若林のN)「三年ぶりか。いい海の香りだ。
少しも変わってないな、牡蠣殻の山」

牡蠣打ちの音。婦人の語らい(広島弁)。
国道の車の音。音遠ざかりきえる。
砂利をふむ足音。玄関を開ける音。

(若林)「ただいま」
奥から足音。
(母)「お帰り治ちゃん。よう元気で帰りんさった。
はよ、あがりんさいや。お風呂わいとるけえ」

奥から父と弟の声。
(父)「よう、お帰り」
(弟)「兄さんお帰り。すぐめしじゃあや」
(若林)「ああ、ただいま」

足音、奥へ。
(父)「ほうか。ドイツで事故ったんか」
足音、声奥へ。

食卓の音。
(父)「ビールじゃビールじゃ」
ビールを注ぐ音。
(弟)「あー、はらへった」

遠くで若林の声。
(若林)「ええ風呂やった」
(母)「そこへ早よ座りんさい」
(父)「さあ、乾杯じゃ」
(皆)「おかえり、かんぱーい!」

コップのあたる音。飲む音。
(皆)「ふう、頂きマース」
(若林)「やっぱり牡蠣フライは最高」
(母)「治ちゃんの大好物じゃろう?」

(父)「ほいでよのう。さっきの話。ドイツの
アウトバーンでひっくり返ってよう助かったのう」
(弟)「ほんまじゃあや。はあ、死ぬかと思うたろう?」

声次第に遠のいていく。
(父)「タイヤが取れた?ほりゃたまげたの」
皆の笑い声が遠くに聞こえる。

(若林のN)「お人よしの義父をはじめ、義理の弟も
皆、この3年間あまり変わっていないようだ」

遠くに声かすかに。
(若林)「ああ、右の後ろのタイヤが外れて」
(父)「よう助かったのう。あ、かあさん、灰皿」
(弟)「わし、ちょっとトイレ」
(父)「あ、わしもトイレ行って来るわ」

母の声が近づく。
(母)「治ちゃん。実はこんな手紙がきとったんよ。
連絡の仕様がなくて・・・・・・」

(若林)「70年の12月か。旅立った年の暮れ、
インドにいた頃だ。・・児玉?小学校の同級生の児玉から?
母さん、ちょっと海、見てくる」

砂利を走る音。国道の車の音。
(若林)「電話ボックスはと、あ、あった」

ダイヤルの音。着信音。
(児玉の声)「はい児玉です」
(若林)「児玉か?若林や。昨日帰ってきた」

(児玉の声)「おお、若林!生きとったんかいの?
ハア死んだとおもっとったがの」
(若林)「何とか生き延びてる。ところで柴山のことやけど」

(児玉の声)「ああほうよ。お前にも手紙を出したんじゃがの。
急性の白血病での、入院して3ヶ月よ。葬式にゃあ広島におる
川合、土本と宮本さん増田さんが出席してくれたんじゃがの。

死に顔が綺麗での。あいつよう見たら美人じゃったのう。
ほいでの、柴山の親父さんがの、あの時・・・・・・・・」

読経の声が聞こえてくる。
(杏子の父)「児玉さんですか?」
(児玉)「え、あ、柴山のお父さん、このたびは」
(杏子の父)「若林さんはお見えじゃないですか?」

(児玉)「あいつ海外で、3年は帰ってこんとか」
(杏子の父)「そうですか。3年ですか・・
3回忌には是非お会いしたいものです」

(児玉)「なにか?」
(杏子の父)「いやなに。杏子が小学校6年の時、
若林君が1度我が家に立ち寄ってくれたことがあって、
彼の事はよく憶えているんですよ」

読経の声遠のき消える。
(児玉の電話の声)「そういうことがあっての、ちょうどこの
20日が3回忌じゃが、どうする?墓参りするか?」

(若林)「ああ、墓参りする。お前も何人か当たってくれ」
(児玉の声)「よしわかった。柴山の親父さんにも伝えとくけえの」
電話を切る音。

(若林のN)「柴山杏子とは小学校以来の幼馴染だ。中学高校と
離れ離れになり、中3の同窓会で1度会ったきりで受験の時期を迎えた。
若林は京都の1期校に二度失敗し、二期校の伏見の学芸大に通いながら

翌年最後のチャンスをかけて毎日学内の図書館で受験勉強をしていた。
柴山が偶然この大学にいることに気付いてはいたのだが。
それどころではなかった」

京都で

テニスの音が続く。
(若林のN)「一度だけ秋の夕暮れ時にテニスコートで柴山を見かけ
たことがあった。それはことのほか美しかったが、タブーな物を
そっと眺めるようにコートの陰に隠れて見つめていた」

テニスの音遠のき消える。
(若林のN)「12月にはいって追い込みに没頭していたある日、
図書館で背後に人の気配を感じた」

(杏子)「ひょっとして、あ、やっぱり若林君?」
(若林)「あ、柴山さん。ひ、久しぶり」

(若林のN)「あのときの慌てようったらなかった。平静を装いつつ
心臓は高鳴り心は動揺していた」

(若林)「あ、とにかく外へ出よう」
本をたたむ音。立ち上がる音。

サッカー部の練習の声が近づく。
(若林)「きょうは?図書館?」
(杏子)「ううん、もういいの。ちょっと調べ物。もう帰るとこ」
(若林)「下宿は?」
(杏子)「桃山南口」
(若林)「桃山南口か。桃山御陵を越えてか。ちょっと歩こうか」
(杏子)「ええ、いいわよ」
サッカー部の声遠のく。

遠くで踏み切りの音。
(若林)「残念ながらまた不合格だった。今の僕には君と話せる資格がないよ」
(杏子)「また来年も受けるのね」
(若林)「ああ、親との約束なんだ。最後のチャンス、もうほんとに疲れきったよ」

(杏子)「どうしても、そこじゃなきゃだめなのね?」
(若林)「男の意地って奴。一度決めたことだから。
男のプライドって厄介なものだ」
(杏子)「ほんとね」

時々車の通る音。
(若林のN)[あの日は心の動揺を隠すべく一方的に一人でしゃべり
続けていた。杏子にはさぞかし迷惑だっただろう」

近くで踏み切りの音。
(若林のN)「とうとう日が暮れて、下宿の前まで来てしまった。
それでもしゃべり続けていた。突然玄関の戸が開いて」

玄関の戸が開く音。
(下宿のおばさん)「中に入って二階のお部屋でお話なさい。
お茶もって行ってあげるから」
(杏子)「ありがとう、おばさん」

階段を上がる音。
(若林のN)「清潔で簡素な部屋だった。小さなテーブルを挟んで
さしむかい、正座して足がしびれてきた。来年、受かっても落ちても
日本を飛び出して海外放浪の旅へ出る決意を述べて、あとは何を話たか

さっぱり憶えていない。足が限界に達し、意を決して部屋を出た。
なんとも気恥ずかしい思いしか残っていない。それから3ヶ月が過ぎて」

合格発表風景。遠くで万歳の声。
おめでとうの声。胴上げの歓声。
電話のダイヤル音。着信音。

(父)「ようがんばったのー。合格おめでとう。
ほいじゃ二十歳になったことじゃし、約束どおり
大変じゃろうけど自活してみいや」
(若林)「ああ、がんばる」

電話を切る音。
再びダイヤル音。コールが続く。
(若林)「・・・ま、いいか」
電話を切る音。

(若林のN)[その日の夜」
電話のダイヤル音。着信音。
(下宿のおばさんの声)「杏子ちゃん今、教育実習やら
バイトやらで忙しそうやで。手紙書かはったら」

(若林)「そうですね。どうもありがとうございました」
(若林のN)「あのあとすぐには手紙をかけなかった。それからは
入学手続き、寮の面接、アルバイト探しと猛烈に忙しくなり、
学園紛争が始まって年の暮れにやっと手紙を出した」

デモの騒乱の音。
(デモの声)「安保粉砕!闘争勝利!(繰り返し)」
(機動隊マイクの声)「ジグザグを止めなさい!直ちに止めなさい!」

(アジテーションの声)「われわれはー、大学当局ノー、今回の決定をー
断固実力でー、粉砕しー・・・・・」
デモの騒乱が遠のいていく。

(若林のN)「デモを横目に見ながら、朝昼晩とアルバイトにあけくれた。
幸いこの1年、学園はバリケード封鎖され、試験はすべてレポートになっ
ていた。杏子からの返事もなく、連絡もつかず、多忙の中、いまさら幼馴染
でもあるまい、と忘れかけていた。何よりも海外出発準備が最優先だった。
・・・・・・・・・・・・・そして」

ドラの音。霧笛の音。
カモメの声。蛍の光。
人々の別れの声。霧笛。
音が遠のいていく。

(若林のN)「出発前の年の暮れにもう一度杏子に手紙を出した。
旅先から必ずたよりを出すと書いて。しかし、この出発の3ヵ月後に
杏子は急逝するのだ」

カモメの群れる声。
遠くでポンポン船の音。
(駅員)「広電宮島。広電宮島。松大船乗換え。
一番線から広島駅行きがまもなく発車します。
ご乗車の方はお急ぎください」

(車掌の声)「広島駅行き発車します」
扉の閉まる音。
(若林)「ふう、まにあった」
電車の動き出す音。
(車掌)「次の停車駅は地御前、地御前」

走る電車の音。
(若林のN)「この電車で6年間、毎日瀬戸の海を
ながめながら広島まで通学した。ほぼ1時間で町の中心に着く」

電車の止まる音。
(車掌)「ええ、天満屋前です。白島線は向こう側。
ほらあそこ。乗り換えてくださいや」

墓参り

交差点の雑踏の音。
(宮本)「若林君、おひさしぶり!」
(若林)「ああ、こんにちわ。宮本さんか?」

(児玉)「よう、今日が平日じゃけえの、わしと宮本さんしか
来れんかったんじゃ。すぐそこじゃけえ15分ありゃいけるよ。
横断歩道渡ろう」

横断歩道の信号音。
車の音。雑踏。足音。
(児玉)「そこの角を曲がるんじゃ」

雑踏遠ざかり消える。
小鳥の声。三人の足音。
自転車の鈴。
足音だけがゆっくりと響く。

(宮本)「杏子は若林君のことが大好きだったのよ」
(若林)「え、うそだよそんな事。1度も聞いたことないよ」
(宮本)「ほんとよ。小学校の6年の時、皆誰が好きって言い
っこした時。あの無口な杏子が最初に若林君って言ったのよ」

(若林)「うそだよそんなの。本人から1度も聞いたことないよ」
(宮本)「当たり前でしょ。本人を前にしてそんなこと言えるわけ
がないでしょ。それでその時、若林君のどこが良いのて聞いたら、
死んだお兄さんにとてもよく似てるからって言うのよ」

(児玉)「へー、初めて聞いたのう、杏子に兄貴がおったんじゃ」
(宮本)「そう、ひとつ上のお兄さんだったんだけど、その前の
年に亡くしてるのよね彼女。病気だったらしいんだけど」

(児玉)「そういやあ、なんとなく兄弟みたいじゃったのうお前ら」
(若林)「そんなことないよ」
砂利道を3人が歩む音が続いている。

(宮本)「ねえ、憶えてる?私が若林君に手紙渡したこと?」
(若林)「忘れたよ、そんな事」
(宮本)「柴山さんのこと好きですか?って書いて渡したじゃない?
憶えてない?」
(若林)「憶えてない!」

(宮本)「彼女、返事がなくて落ち込んでたわよ」
(若林)「知らないよそんなこと。だって好きとか嫌いとか、
分からないよ小学生じゃ。わっ、いきなり立ち止まるなよ」

(宮本)「若林君!じゃ、今はどうなの?」
(若林)「むむ、いや、それは、それこそ妹みたいで、
ちょっと太めだけど何と言うか嫌いじゃないし、
どちらかと言うと好きだったかも?」

(宮本)「ほら見て御覧なさい。はっきり言って欲しかった
のよ彼女。その一言で幸せに死ねたのに。
男ってほんとに鈍感なんだから」

(若林)「そんなバカな!ちょっと待ってくれ。それじゃ
まるでこの俺が悪者みたいじゃないか!」
(宮本)「そうよ。女の気持ちも分からない、無神経で
わがままなあなたが彼女を不幸にしたのよ!」

(若林)「そりゃひどいよ。どうしてそういうことが
分かるんだよ。勝手に決め付けると俺だって怒るよ!」

ゆっくりと歩き出す音。

(宮本)「私のかってな決めつけじゃないわ。
彼女が入院した時お父様から若林君の居所
分かりませんか?連絡つきませんかと訊ねられたの。
あなたの実家にも連絡して秋口に海外へ飛び出したきり
全く連絡がつきませんとのことだったわ。ねえ児玉君?」

(児玉)「ほうよ。ほんまじゃのー。会いたがっとったんじゃのー」
(宮本)「そうよ。ほんとに会いたがっていたのよ」

(若林)「分かった。どうも俺が悪かったような気がしてきた。
それで、なにかな?杏子は何をいおうとしたのだろうか?」
(宮本)「若林君、あなたってほんとに鈍感ね。言うんじゃなくて、
言って欲しかったのよ。たった一言」

(若林)「ひとこと?」
(宮本)「そうよ。好きだって」
(若林)「そんなこと。(おどけて)いくらだって言えるよ。
好きだ。好きだ。好きだ。ほら?」

(宮本)「そうじゃなくて。心を込めて。一言でいいのよ」
(若林)「よくわからないなあ」
(宮本)「だから男は鈍感って言うのよ」

足音がつづいている。
(児玉)「あ、この寺がそうじゃ」

砂利道の足音。
水道、手桶に水を入れる音。

(児玉)「宮本さん花もってえや。若林、この手桶、ほれ。
わしゃ線香に火点けるけえの。右の一番奥のとこらへんじゃ。
柴山て書いてあろう」

砂利の足音。手桶の音。
(若林)「あれ、この新しいの違うみたいや」
(児玉)「ああけむた。その新しいのんは去年亡くなった
お母さんのじゃろう。真ん中が杏子の墓。一番奥のんが
兄さんのじゃろうて」

(宮本)「そうよ。今はもうお父さん、お店を閉めて
お一人で暮らしておられるそうよ」
墓石に水をかける音。

(児玉)「さあ三人で祈ろうか」
(若林)「ああ」
(宮本)「ええ」

小鳥のさえずり。
静寂が続く。
砂利をふむ弱々しい足音が近づいてくる。
足音止まる。

(杏子の父)「こんにちわ」
(若林のN)「男の人の声に振り向いて驚いた。
そこには今にも倒れそうな白髪の老人が、重そう
な包みを持って立っていた」

(三人)「こんにちわ」
(杏子の父)「よく来てくれました。あなたが若林さん
でしょう?これを渡さないかんかったのです。娘の
形見ではありますが、この日記と手紙だけはあなたに
お渡します。どうか、受け取ってください」

包みを渡す音。
(若林)「え、あ、はい」

手紙1

(杏子の父)「これでひと安心だ。杏子は、小学校の5年生
の頃から日記をつけ始めました。ちょうど息子が亡くなって
からの事だと思います。それからほぼ毎日、死の1週間前まで

書かれています。私も何回となく読み返しました。特にあなた
に関する記述の所は赤い糸ヒモを目印にしておきました。後半
あなたのことが増えてきています。特に急性骨髄性白血病が

発症してからの3ヶ月間は、狂おしいまでにあなたのことが
つづられています。私も後わずかの命ですから、この日記と
手紙を持っていても仕方がありません。どうか必ず一読なさ

って、用が無くなれば焼却してください。
よろしくお願いします」

(若林)「はい、かしこまりました。必ず最後まで
じっくりと読ませていただきます」

(若林のN)「この時初めて杏子の父はかすかに笑みを浮かべた」

カモメの群れる声。
遠くでポンポン船の音。
(駅のアナウンス)「広電宮島。広電宮島。松大船乗換え」

砂利をゆっくり歩む音。
(若林のN)「実家の自室で包みを広げた」

包みを広げる音。
(若林のN)「20冊の大学ノート。一番下は古めかしく
一番上は真新しい。赤い糸紐が上のほうに集中している。

若林治様と書かれた封筒3通と柴山杏子様と書かれた封筒2通。
海外からの航空便が1通。なつかしいなあ。あのあと大変だった。
あれっ、あの時のだ。出発前のもちゃんと届いていたんだ。なに

も知らずに俺は。返事もきちんと書いてあるじゃあないか?何故
出さなかったのだろう?切手も貼ってあるのに」

手紙を開ける音。
(若林のN)「若林さん遅くなりましたが」
杏子のナレーションが重なってくる。

(杏子のN)「念願の合格おめでとうございます。去年の暮れ、
桃山御陵の坂道を歩きながら、若林さんは一生懸命話してました。
今の僕には君に合う資格がないんだとか、世界に必ず飛び出すんだ

とか、自分の使命は何なのかとか、とても難しいお話を何度も繰り
返しておられました。下宿に上がってもらってから、卒業したら
どうするの?と聞かれて、登町小学校の先生になろうと思うのと

答えた時、若林君はとても喜んでくださいました。その後が変で
したよ。君のテニスは天使のようだ、涙が出るほど美しい、て
言われたのを憶えてますか?思わず私が吹き出したので気分を

害されたのでしょうか?すぐ帰られましたね。ごめんなさい」

(若林のN)「何故出さなかったのだろう?そうだ、
その頃の日記を見てみれば分かるはずだ」

ノートをめくる音。
(杏子)「切手を貼ってこれでよし、と」

階下で電話の音。音止む。
(下宿のおばさん)「杏子ちゃん!電話!」

テレビの音が聞こえている。
(杏子)「(階上から)はーい」

階段を下りる音。足音奥へ。
(杏子)「(奥で)もしもし・・えっ、分かりました」

足早に足音近づく。
(杏子)「(不安げに)おばさん」
(おばさん)「どないしたん?」
(杏子)「母が倒れたので今すぐ広島へ帰ります」
(おばさん)「そりゃたいへんや。はよかえり」

発車のベルの音。
(駅のアナウンス)「三番線より広島行き夜間特急宮島が発車いたします」

夜行列車の単調な音が続く。
(杏子のN)「資格てなんでしょう。人と人とのふれあいの中で、
資格って何なのですか?人を好きになったり愛したり、あるいは
愛されたりするのに資格がいるのでしょうか?私に会う資格がない

とおしゃるのは、きっと若林さん自身のプライドとの戦いなので
しょうね?よく考えてみればあまり大した事のない些細なことでも、
その人にしてみれば大きな大きなとげなのでしょうね。時が来れば

とげは跡形もなく嘘のように消滅してしまうかもしれません。最近、
私の心と体の中の小さなとげに気付かされました。小さなとげなら
そのうち自然に消えていく。悪いとげなら、もしかして毒を持った

とげなら、必ず私を食いつぶしてしまう。このとげを持った人間には
人を愛する資格も人に愛される資格もないのでしょうか?いつか
若林さんに確認してみよう」

踏み切りの音。列車の音がずっと続いている。
(車内アナウンス)「まもなく終点広島です。山陽本線くだりは
1番ホームから岩国行き・・・・・」

アナウンスの声遠ざかり消える。
(若林のN)「杏子は母親が退院するまでの1ヶ月間広島にいた。
父の食事の世話をしながら毎日看病に通った。結局その年の暮れも
正月も杏子は広島にいたのだ。だから、手紙はそのままになったのか」

近づく足音。ノックの音。
(杏子)「はい」
(婦長)「柴山さん、ご機嫌いかがですか?今日退院ですよ」
(杏子と母)「ありがとうございます」

(婦長)「もりもり食べてもっと元気になってください」
(母)「はい、もりもり食べます」
みんなの笑い声。

(若林のN)「その晩のことである」
スキヤキの煮える音。
(杏子)「もうお肉大丈夫よ、おかさん」
(母)「あーいいにおい。はようこんなんが食べたかったんよ」

(父)「はよう食べんさい、食べんさい。美味しいものをうんと食べて
きちんと薬を飲み続けときゃあ、もう発作は起きんと先生が言うとったろう」
(母)「ほうよね。あの発作の時には背骨にズキンときて立っとかれんのよ」

(父)「体力と精神力でお母さんは乗り越えられる!」
みんなの笑い声。
(母)「杏子、はよ京都に戻らにゃいけんのじゃろう?」
(杏子)「そう。期末もあるし、いよいよ四回生。卒論と教育実習で大忙し」

(父)「もう4年生か」
(母)「来年卒業、はやいもんよね」
(父と母)「小学校の先生、はははは」

声、遠のいていく。
(杏子)「うまくいけば登町小学校」
(母)「あほうね、ははは」
(父)「頑張りや杏子。後は大丈夫やけえ」
(杏子)「うん。もう疲れたから寝るわ。おやすみ」

階段を上る音。声近づく。
(杏子)「ふう、疲れた。ぐっすり眠ろう」
布団を敷く音。
(杏子)「よいしょっと。わー、かわいいパジャマ!
父が買ってくれたんだ」

時計の秒を刻む音。
寝息がかすかに聞こえる。
(杏子)「むむん」

寝返りをうつ音。
小さく心臓の鼓動が聞こえる。
小さな衝撃音が走る。
(杏子)「ううん(うなされる)」

心臓の鼓動が高まる。
衝撃音が走る。
(杏子)「キャッ!」

布団をめくる音。
鼓動さらに高まる。
大きな衝撃音が走る。
(杏子)「キャッ!助けて!背骨が・・・」

布団から這い出す音。
柱にすがりながら立ち上がろうとする音。
二階からの杏子の声。
(杏子)「キャー!助けて!おとーさん!・・・背骨が」

大きく倒れる音。
(父)「うん?なんだ?杏子!きょうこ!」
飛び起きて二階へ駆け上がる音。
(母)「(不安げに) きょうこ・・・・」

手紙2

救急車のサイレンの音。
走る救急車内の音。
(隊員の声)「背骨が痛いといって倒れたそうです。どうぞ」
(無線の声)「意識はありますか?どうぞ」

(杏子)「(苦しそうに)はあ、はあ、」
(父と母)「・・・・きょうこ」
サイレンの音遠ざかり消えていく。

診察室の音。
(医師)「ふむ」
椅子の回転音。
(医師)「急性貧血ですぐ退院できますよ。看病疲れかな?」

(母)「ごめんね杏子。私のために」
(杏子)「いいのよお母さん。すぐ良くなるから。
私のほうこそ、ごめんなさい」

椅子の回転音。
(医師)「あ、念のため検査で3日間入院していただきます。
そのあとすぐ退院、間違いありません。じゃ、お大事に」

(若林のN)「杏子は予定どうり3日で退院した。
この間杏子は次のような夢を見ている。

”白衣を着た若林医師が駆け込んでくる。杏子のベッドで
ひざまずき目をつむって眠っている杏子の手をとり必死で、

『悲観的になってはいけない!君は必ず助かる。すぐ元気に
なって退院できるから頑張るんだ杏子!』

そこで杏子は目を開けて笑いながら思い切り抱きつく。
唖然としている若林医師。"

という夢だ。楽しそうな字で日記に書かれていた。この頃か?
杏子が、自分が抱えるとげの正体を本能的に自覚し始めたのは。

その後二人とも多忙になった。12月に入って出発日が確定し
手紙を出したが、その返事もきちんと書かれていた。教育実習
も卒論も終了し、後は登町小学校の採用通知を待つだけだと書

いてあった。・・・・・・・何故出さなかったんだろう?
日記を見てみた」

(杏子のN)「12月になるとひょっとしたらと思っていた
ところへ、若林さんからの手紙が届いていました。私には
直感で分かるのです。えいって指を鳴らすとポストに手紙が
入ってて輝いていたんですよ」

(若林のN)「その1週間後」

(杏子のN)「もう手紙は出さないことに決めました。
若林さんは返事を期待していない。住所も不安定。3年間も
旅に出るなんてもってのほかだわ。さっさと忘れて私も頑張ろう」

(若林のN)「その後の日記は最後の真新しいノートになっていた。
杏子は心機一転、新生活の戦いを開始したのだ」

小鳥のさえずり。
授業開始の鐘の音。
(杏子)「みなさん、おはようございます!」
(子ども達)「おはようございます!」

(杏子)「先生の名前は」
黒板にチョークで書く音。
(杏子)「しばやまきょうこ。きょうこ先生です!」
(子ども達)「わー、きょうこ先生!」
拍手の音、遠ざかり消える。

(若林のN)「その年の夏は以上に暑かった」
カモメの群れる声。ドラの音。霧笛。歓声。
船出の音遠ざかる。

(若林のN)「横浜からナホトカまで船。シベリア鉄道で
ハバロフスクへ出てイリュージンのジェット機でモスクワまで
36時間。秋口、凍えながらストックホルムに着いた。

ヒッチハイクでデンマーク、ドイツと南下してミュンヘン
からイスタンブール行きの国際列車に乗った。バスを乗り継いで
やっとの思いでインドにたどり着き、ベナレスで1ヶ月、

いろいろとものを考えさせられた。よし、ヨーロッパへ戻って
働こうと意を決した時、ふと柴山杏子のことを思い出し、
手紙を出して12月、インドを後にした」

セミのなく声。
(杏子のN)「その年の夏は異常に暑かった。2学期が
始まっても30度以上の猛暑が続いていた」

(杏子)「あいうえお、はい!」
(子ども達)「あいうえお!」
(杏子)「かきくけこ、はい!」
(子ども達)「かきくけこ!」

心臓の鼓動が急速に高ぶる音。
激しい衝撃音。
(杏子)「ああっ」
倒れる音。
(子ども達)「きょうこせんせーい!」
一斉に立ち上がる椅子の音。

救急車のサイレンの音。
隊員の声。ストレッチャーの音。
あわただしい数人の駆ける音。

(杏子)「(あえぎながら)若林さん助けて。若林さん助けて」
ストレッチャーと足音遠のく。
遠くでサイレンの音。

(杏子のN)「三日前に私はまた倒れた。この1年発作は全く
起きなかったのに。体の中で毒のとげと生きる命とが戦っている」

点滴の音が単調に響き続けている。
(杏子のN)「救急車の中で若林さん助けてと叫び続けていたそうだ、
恥ずかしいったらありゃしない・・・・・・・(寝息)」

心臓の鼓動が単調に続く。
小さな衝撃音。
(杏子)「うっ」

再び心臓の鼓動が続く。
小さな衝撃音。
(杏子)「うっ」

寝返りをうつ音。
心臓の鼓動が高まる。
大きな衝撃音。
(杏子)「キャッ。助けて!」

駆け足音近づく。
(婦長)「柴山さん!大丈夫?」
(杏子)「大丈夫じゃありません。助けてください。
背中にズキンと来るんです。とても怖いんです」

(婦長)「よしよし分かった。今先生が来るからね。
我慢するのよ柴山さん。背中さすってあげるから、ほら。
我慢するのよ」
(杏子)「う・・・ううう(泣く)」

(杏子のN)「今回は長引きそうだ。あの苦しい検査が続くのか
と思うと気が重くなる。子ども達はどうしてるのかな?」
遠くで子ども達の声。
(子ども達)「きょうこせんせーい!」

(杏子のN)「今日転院になった。検査が前の時より厳しい。
医師の対応も微妙に違う。もう、助からないかも?」

遠くで父と母の声。婦長の声。
(婦長)「今日はお元気そうですよ」
(父)「そりゃどうも。ほんまじゃ。ははは、元気そうじゃ。かあさん果物」
(母)「起きとるんね杏子?ハア顔色がようなって。これ食べないけんよ」

(杏子)「ありがとう、おかあさん」
紙包みを開ける音。
(父)「今日は元気そうじゃの、杏子」

(杏子のN)「父の表情がさえない。何か私に隠している。
父は何かを知っている。気丈に振舞う父と母。見舞いに来ても
まともに顔を見れない。必死で笑顔を作っている」

点滴の音が単調に響き続ける。
杏子の寝息。
心臓の鼓動が徐々に高まる。
するどい衝撃音。
(杏子)「キャッ!」

跳ね起きる音。
(杏子)「(大きな息遣い)ふう、ふう」

(杏子のN)「薬で今までの発作が薄められてその分毎日ズキンと来る。
とても背中が痛く背骨が熱い。助けて若林さん。一人で死ぬのがとても怖い」

手紙3

ブザーの音。あわただしい足音。
(婦長)「柴山さん発作。モルヒネ用意して」
(看護婦)「はい」
(婦長)「先生は?」
(看護婦)「すぐ来られます」

駆ける足音。ドアを開ける音。
ベッドのきしむ音。
(杏子)「痛い痛いとても背中が痛い。助けて若林さん!
助けて!何も悪いことしてないのに。なにも・・ああ、痛い痛い」

(医師)「そっち抑えて。もっと強く。そう、そのまま。モルヒネ!」
(婦長)「はい!」
(医師)「少しレベルを上げよう」
ベッドの音静まっていく。
(医師)「もう、かなりきびしいな」
足音が遠のいていく。

(杏子のN)「私は絶対若林さんのことが好き。退院したら
結婚して欲しい。早く帰ってきて。プロポーズしてあげるから」

(若林のN)「この頃から発作が頻繁に起き、モルヒネの量が
増えて、杏子は狂おしくなってきた」

(杏子のN)「きょうは私達家族でピクニックに行ってる夢を見
ました。小学生の子どもが二人、もちろん登町小学校の生徒ですよ」

ブザーの音。
(婦長)「柴山さん発作!」
駆け足音が遠のいていく。

(杏子のN)「痛い痛い。夜中も眠れません。体中が痛くてどうしようも
ありません。今若林さんはどのあたりを旅してるんですか?お便りください。
3年間は長すぎます。約束しましたね、お便り待ってます」

ここから心臓の鼓動が不気味にリズミカルに響いてくる。
衝撃音が一定の間隔を置いて徐々に大きくなりながら入る。

(杏子のN)「痛い痛いほんとに痛い。体中の骨が酸に侵されているみたいです。
父も母も涙を一杯ためて見守ってくれています。私はいつも必死で笑顔を作って
きました。もうこの痛みには耐えられません。父母が帰ると私は思い切り叫びます。

『死にたい!殺して!早く殺してーっ!』」

心臓の鼓動と衝撃音がリズミカルに流れている。

(杏子のN)「とげの毒が体中を回っています。生きる命の力が負けそうです。
若林さんの力を信じています。時々ふと我に帰って痛みが全くない時があります。
(狂おしく)必死で手紙を書きましょう!私が愛した人は若林治君!大好き!

私の先生なんですよ。両手で私の手を握り締めて、がんばれ杏子!お前は僕の妻だ!
結婚しよう!かっこいい若林君。賛成の方手を挙げてください。学級委員の若林君
大好きです!私をお嫁さんにしてください」

鼓動と衝撃音が大きくなり少し早まる。

(杏子のN)「12月に入りました。きっと手紙が来ます。
絶対来ます!私は直感で分かるのです。えいっと指を鳴らすと
ポストに手紙が入って輝いているんですよ」

鼓動と衝撃音さらに早まる。

(杏子のN)「手紙はまだでしょうか?間違って京都に
送ったのでは?広島の住所は知ってるはずなのに」

鼓動と衝撃音急激に高まる。

(杏子のN)「もうだめ!私死ぬ。手紙はまだですか?
必ず来ます。絶対来る!父に噛み付きました」

鼓動と衝撃音、最高に達する。

(杏子のN)「ああ、もうだめ。何がなんだか分からない。
手紙来てるはずよ!お父さん見てきて!」

鼓動と衝撃音ぴたりと止む。
遠くから駆ける足音が近づいてくる。
声が近づく。

(父)「(大声で)杏子!若林さんからの手紙が来てたぞ!」
手紙を開ける音。
(父)「ほら、若林さんからの航空便だ!」

(若林のN)「父に支えられ必死に起き上がる杏子。もう視点が定まらない。
手に持とうとするが持ちきれない。父、しっかりと封筒を杏子の手に握らせ、
手紙を読み始める。杏子は無表情で耳を傾けている」

(父のN)「杏子さんお元気ですか?僕は今インドのベナレスにいます。
ヒンズーの人々は朝早くから沐浴し祈りをささげています」

(若林のN)「父が杏子に分かるかと確認している。
杏子はかすかにうなずいた」

ボートのオールと波の音が単調に続く。
遠くで烏の声。
インド人たちの祈る声が聞こえる。

(若林のN)「杏子さんお元気ですか?僕は今インドのベナレスにいます。
ヒンズーの人々は朝早くから沐浴し祈りをささげています。12月でも30度
を越える蒸し暑さです。昨日この河を上る観光ボートに乗ってみました。

濃い深緑色を帯びた流れは非常にゆったりとしていて、どこまでも神秘的で
奥深いガンジス河そのものでした。ボートから見えるガートと呼ばれる階段は
所々途切れていて白い砂地になっています。何ヶ所か木組みの上に死者を白い

布に包んで荼毘に付しています。中にはとても小さいのもあります。
淡い煙が曇天の空に昇っていきます。

ガンガ

死者は必ず一度聖なるガンジス河にじっくりと浸してから
火をつけられるので、白い灰になるまでに相当時間がかかります。
その間家族は荼毘の周りで祈り続けるのです。白い砂地に見えたのは

数千年に及ぶ死者の灰の集積だったのです。インドの人々は親しみを
こめてガンジス河のことをガンガと呼びます。家族は灰をこのガンガ
に流します。ボートから流れに手を入れてすくってみました。白い粉

が確かに手のひらに残ります。上流まで何箇所もこういう場所がある
のです。きっとこの深いとうとうと流れるガンガの底は、無数の骨と
白い灰とで幾層にも重なっていることでしょう。

ベナレスの町には全国から死者が担ぎこまれてきます。白い布に包ま
れて、色とりどりの花に飾られて、家族総出で担いできます。

ここには、死を待つ人々の無料の館があちこちにあります。死を覚った
老人や不治の病の人たちが家族のもの何人かと数年暮らすのです。
ある晩裏通りに迷い込んだことがありました。何かの祭りの夜でした。

京都の地蔵盆のような子どもの祭りです。じっと見とれていたら、僕の
脇にとても美しい少女が立っていました。黒髪で小麦色の肌、瞳が大き
く澄んでいてびっくりしました。杏子さんにそっくりでした。みんなと

遊ばないのと目で示したら、アチャとか言って可愛く首をかしげるのです。
向こうの家からお母さんらしき人が出てきました。インドサリーのよく
似合う若いお母さんです。中に入れと手招きしています。少女は僕の手

を掴んで引っ張りました。お母さんもにっこり笑ってアチャと首を傾げ
ています。ナマステと言って館の中に入ると、ベッドにおじいさんが横
たわっていました。枕元でおばあさんが編み物をしています。にっこり

と微笑んでくれました。閑散とした部屋にテーブルがひとつ、少女が座
れと合図をします。座ると少女はちょこんと僕の横に座って何かを待っ
ています。やはりミルクティーのチャイとお菓子が運ばれてきました。

少女はとてもうれしそうに僕を見上げます。お母さんの話では、この先
何年でもおじいさんが亡くなるまでここに居るそうです。しごく当然の
ように本人も家族もそれが一番幸せなのだと言ってました。

ガンガには不思議に人の心を癒す魅力があります。ヒマラヤからの
大自然懐に抱かれて、母なるガンガでは安らかに死を迎えることができる、
ベナレスはそんな不思議な聖地でした・・・・・・」

(杏子のN)「死んでしまうと私の体も灰になってガンジス河の底
深く沈んでいくようです。白い衣に包まれた私のなきがらは少し
重たそうです。綺麗な花一杯に飾られて前を父が後ろを若林さんが

担いでいます。太くて重い私のなきがらにはなかなか火がつかずに
父は困っています。やっと火がつき母と三人で私が真っ白な灰に
なるまで祈り続けていてくれました。・・ありがとう、若林さん。

告白します。私の人生で心の底から好きだったのは、若林治さん、
あなたひとりでした・・・・・・」

荼毘の燃える音。
遠くに烏の声。
しばらくの静寂。

間近に小鳥のさえずり。
(若林のN)「すまなかった杏子。ほんとに鈍感ですまなかった。
・・・・・・・・最後の封筒には柴山清三郎と書いてあった」

封筒を開ける音。
(父のN)「若林治さん、杏子はもう字が書けなくなりました。
血液のガンと骨のガンとが体全体に転移して医師は一ヶ月と
宣告しましたが、若林さんの手紙を信じて三ヶ月生き通して

くれました。手紙を受け取った後、幸い脳と神経が先に侵されて
痛みはずいぶん和らいだようです。時々意識が戻るとまた手紙を

読んであげました。一週間後、最後に若林さんの名をかすかに叫
んで、娘は微笑みながら眠るように亡くなりました」

カモメの群れる声。
遠くでポンポン船の音。
(駅のアナウンス)「一番線から広島駅行きが発車します」

扉のしまる音。
電車の動き出す音。
(車掌)「次の停車駅は地御前、地御前」

電車の走る音。
走る音遠ざかっていく。
電車の止まる音。雑踏。

(車掌)「白島線は向こうです。乗り換えてくださいや」
車の音。雑踏。横断歩道の音。
音、遠ざかり消える。

砂利道を歩く足音。
足音とまる。
水道の音。手桶の音。

砂利道を歩く音。
歩く音止まり、墓石に水をかける音。
小鳥のさえずり。

(若林)「杏子。今なら言える。心の底から言える。
お前が好きだ。・・・・・・・・・ごめん」


                       −完ー

ラジオドラマ 杏子の墓

ラジオドラマ 杏子の墓

幼馴染の杏子が急死した。 3年ぶりに帰国した治は その隠された真実に驚愕する。 ガンジス川に抱かれて、 果たして治の手紙は 間に合うのだろうか?

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-06-11

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  1. 3年ぶりの広島
  2. 京都で
  3. 墓参り
  4. 手紙1
  5. 手紙2
  6. 手紙3
  7. ガンガ